学び直し$謳i企業に聞く! 「人生100年時代」を生涯現役で生き抜くため、必要とされる学び直し=Bこのコーナーでは、社員の学びを積極的に後押しする先進企業の事例にスポットをあて、中高年世代の学び直し″ナ前線に迫る。 第1回「株式会社グローバルクリーン」 第2回「東京海上日動火災保険株式会社」 第3回「エーザイ株式会社」 最終回「大樹生命保険株式会社」 第1回 株式会社グローバルクリーン  「人生100年時代」を生涯現役で生き抜くため、必要とされる学び直し=Bこのコーナーでは、社員の学びを積極的に後押しする先進企業の事例にスポットをあて、中高年世代の学び直し″ナ前線に迫る。  今回紹介する先進企業は、10年以上前から独自の研修・人材育成プログラムを導入している「株式会社グローバルクリーン(宮崎県日向市)」。学び直しによるダイバーシティ人材の戦力化、管理職の育成などを中心に、同社の取組みのねらいや効果について聞いた。 「多様な人材の戦力化」を戦略に  宮崎県日向(ひゅうが)市と宮崎市でおもにビルメンテナンス業を展開する株式会社グローバルクリーンは、税田(さいた)和久(かずひさ)社長が2000(平成12)年に創業。税田社長と非正規社員9人でスタートした同社だが、右肩上がりに業績は拡大し、現在、アルバイト・パートを含む社員数は約130人に上っている。  「ビルメンテナンス業は人が行う仕事なので、業績を上げようとするなら、人材が必要になります。いまでこそ、全業種で人手不足といわれていますが、もとから私たち清掃業界は不人気職種。人材確保が大きな課題でした」とふり返る税田社長。創業からしばらくは、求人に費用をかけても「応募者がまったくない」という状況に、悩まされ続けた。  そこで、同社が取り組んだのが、「働きやすさ」だ。まずは、働きやすいように職場環境を整え、人材確保につなげることを目ざしたという。  「すると、働きやすい職場になったことで、女性、高齢者、障害者、ひきこもりの若い人など、働きづらさを抱えている人が入社してくれるようになったんです」。  そこから同社は、多様な人材を採用して戦力化することに、力を入れるようになった。  「求人や採用に費用をかけるのではなく、まずは働きやすい環境を整える。そして来てくれた人材の育成・戦力化に費用をかける。そういう戦略で経営を行ってきました」と、税田社長は力説する。 「自発的な研修」で資格保持者が増加  人材確保と人材の戦力化を目的に、およそ15年前から社員研修の強化を始めた同社。最初の年は、外部研修に社員を強制的に派遣したそうだ。  「でも、その研修のなかで講師の先生が質問するんですよ。『どうして今日、みなさんはこの研修に参加したのですか?』と。すると大多数の人が『会社から行けといわれて来た』というのです」。  結局、行きたくない研修に行っても成果は出ない。お金と時間の無駄になる。「強制的に派遣するのは1年でやめました」(税田社長)という。  2年目からは、研修への参加についても「行きたい人は行ってください」と、社員の自発性に任せる方針に変更。すると「面白い現象」が起きたそうだ。まずは「行く社員」と「行かない社員」に二極化した。そして「行く社員」は、自ら学びたいと思って研修に参加するので、目に見えて成長する。それに対し「行かない社員」が焦りを感じ、同じように研修に赴くようになったそうだ。  結果として、15年前は1人もいなかった「建築物環境衛生管理技術者」、「防除作業監督者」といった、清掃に関連する資格の取得者が、現在はおよそ50人にまで増加した。  「社員同士、影響されるんですよ。とてもよい影響ですね」(税田社長)。  社員の自主性を尊重することで、学び≠ニ学び直し≠ヨの機運が醸成された形だ。 個々に合わせた「オーダーメイド」プログラム  当初は外部研修主体で行っていた同社の学び・学び直しだが、同社では、自社での研修開発にも取り組むようになった。その一つが、「キャリアアップ研修プログラム」。中途採用者のほか、アルバイト・パート、契約社員として働いていた人が正社員となる際も、必ず受けてもらうプログラムだ。多様な人材を採用し、戦力化していく取組みのなかで、大きな役割をになっている。  同プログラムの最大の特徴は「定型ではない」こと。各人に合わせた「オーダーメイド」の研修プログラムを人事担当者・教育担当者が中心となって策定し、その内容に基づき、約半年かけて学んでいくという仕組みになっている。  具体的には、キャリアアップ研修の前に、一人ひとり面接を行い、「研修期間中に一番何を学びたいか」、「今後キャリアアップを望んでいるか」などをくわしくヒアリングする。スキルの「棚卸し」も行い、これまでの経験のなかで十分に学べていないスキルは何か、今後どんなスキルを身につければ仕事の幅が広がるのかなどを分析。本人の希望を重視する形で、学び・学び直しのプログラムを組んでいくのだ。  ある女性社員の例では、「パソコンのスキルを上げていきたい」という希望があったため、研修期間中、パソコンスキルに関する内容を多めに取り入れた。さらに、「営業的な分野をがんばりたい」という希望に基づき、「営業に役立つ」ことに主眼を置いた研修を実施。見積もりや積算の仕方などテクニカルなスキルのほか、コミュニケーションや傾聴スキル、プレゼンテーションスキルといったヒューマンスキル面も含め、幅広く学び直しを行ってもらった。  キャリアアップ研修プログラムは、対象者の年齢やこれまでの経験値に応じて、すべて組み替えている。中途採用者でも、年代によって必要となることは異なる。  「中途で入った人たちが新人のときに勉強したことと、いまの時代に必要なスキルは変わっています。キャリアアップ研修のなかで、いまの時代にあった学び直しをしていただき、それを仕事に活かすということをしてもらっています」  同プログラムの終了後には、必要に応じて、さらに学び直しの研修を行う。「会社としては、来ていただいた人には長く働いてもらいたい。定着という意味も含めて、戦力化のため、スキルを上げてほしい」というのが、税田社長の願いだ。 中高年齢層の学び直し≠ナ経営マネジメント研修も  同社は3年前の2021(令和3)年、社内の人材育成プログラムの体系化を、社長、同社役員に加え、キャリアコンサルタントなど外部の人事戦略専門家にも参加してもらい、1年間かけて行った。同社各部門の職務に必要な能力要件を明確化し(図表)、それを明示した「人材育成計画」を策定した。  能力要件は、役員・管理職・中堅社員・若手社員・新入社員の各職務階層に応じ、「テクニカルスキル(業務遂行能力)」、「ヒューマンスキル(対人関係能力)」、「コンセプチュアルスキル(概念化能力)」の3要素で整理している。  例えば、「テクニカルスキル」の場合、新入社員に求められるのは「パソコンスキル」や「ビジネスメールや社内ドキュメントの書き方」があるが、若手社員になると「タイムマネジメント」や「業界の市場理解」、中堅社員では「プロジェクトマネジメント」や「業界の市場分析」、管理職では「人事考課」、「生産性向上」などとなる。  人材育成計画には、各職種の各階層に応じた、独自の教育訓練体系についても盛り込まれている。同社は現在、この教育訓練体系に基づき、必要な職務能力を育成するための学び・学び直しを実践。特に近年は、会社の業務が拡大し、社員・スタッフの人数も増加しているなか、マネジメント人材の育成が急務となっており、40〜50歳代の学び直しとして、管理職研修に力を入れているという。  また、同社では、部長や課長といった管理職をすべて女性が占めるなど、女性の活躍が目立っているが、「これまでのキャリアで、管理職、あるいは管理職以上に必要とされるスキルを身につける機会がなかったケースが多い」(税田社長)のが実情だ。今後、長く活躍してもらうためにも、管理職の育成が不可欠となっているそうだ。  そこで同社では、2023年度に、管理職、管理職以上に必要とされる「コンセプチュアルスキル」を学んでもらおうと、宮崎県の「ひなたMBA」に、管理職である50代の女性社員2人を派遣した。ひなたMBAは、「これからの宮崎をリードする産業人材を育成すること」を目的に、県と経済団体・金融機関などが実施する人材育成プログラム。県内企業に勤めている人が対象で、組織マネジメントや経営学などをはじめ、経営者・幹部、管理者やマネージャーとして必要なビジネススキルを学ぶことができる。2人は会社の業務と並行して研修に通った。 個人・部門の「目的・目標チャート」で主体的な学び  「ひなたMBA」に参加した2人は、受講と仕事を両立し、「期間中は、とてもたいへんだった」という感想の一方で、「ものすごく勉強になった」とも話しているという。初めて学ぶ内容も多く、2人に大きな影響をおよぼしたようだ。税田社長は、「中高年齢層の学び直しで、経営マネジメントスキルを身に着けてもらえれば、将来的には役員などの道も拓けます。さらなるキャリアアップにつなげてほしい」と願う。  ただ、この管理職育成の学び直しも、「強制的には行わない」のが同社の流儀だ。年齢と経験を積んだ社員に対しては、会社から「そろそろマネジメントの勉強もした方がいいのではないか」などと呼びかけはするものの、学び直しをするか、しないかは、本人次第。会社として策定した「人材育成計画」も、社員に強制するものではなく、「人材育成計画を動かしていき、自分のものにするのは社員本人です」と、税田社長は強調する。  同社は、社員に主体的な学びをうながすため、「目的・目標の4観点シート」と「曼荼羅(まんだら)チャート」を活用している。目的・目標の4観点シートとは、教育者の原田隆史氏が考案した目的達成のための手法「原田式メソッド」で使われるツール。「自分」と「他者」、「有形」と「無形」の四つのカテゴリーを軸に、目標を分析し、目標の意味づけをすることで、目標達成のためのモチベーションを上げるものだ。  曼荼羅チャートは、目標達成の手段を可視化するためのツールで、米大リーグ「ドジャース」の大谷翔平選手が高校時代に活用していたことでも知られている。9×9の計81マスを用意し、まず、中心のマスに大きな目標を置く。そして、その周囲8マスに目標を達成するためのアイデア八つを書き出す。さらに、その八つのアイデアに基づき、アイデアを実現するための行動をすべてのマスに記入してシートは完成。この一連の作業により、目標を達成するために必要な行動が明らかになるほか、新しいアイデアを発見できたり、目標を関係者で共有できたりする効果があるとされる。  同社では基本的に、次期の目標を立てる際、目的・目標の4観点シート、曼荼羅チャートを、部門ごと、個人ごとに作成。正社員のシートやチャートについては、同社が毎期策定している経営指針書に全員分を盛り込み、目標設定や目標達成への思いを共有しているという。「次年度に向け、自分の目標を自分で立てて、それを達成していくためにはどうするか―。それを考えることが、学びにつながっていく」との考えだ。 チェンジ・チャレンジ・チャンス  「特に中小企業の場合、研修をする暇も時間もないということで、学び直しについては『余裕があればやる』というスタンスの会社が多いと思います。しかし、そんなことをいっていると、人は来てくれないと思います」と、税田社長は企業における学びの必要性を力説する。  同社は毎期、売上げのおよそ5%におよぶ資金を研修費に投入。研修を充実させたことが、人材確保にもつながり、「『自分を成長させてくれる会社を選んだ』といってくれるスタッフもいます」ということだ。  なお、同社では「働きやすい環境整備」の一環として、早くから定年を70歳に引き上げ、70歳以降も本人の希望があれば年齢の上限なく継続雇用できる制度を導入している。約130人のスタッフのうち約30人が60歳以上で、そのうち17人が70歳以上と、シニア層が活躍している。  一方で、研修の充実なども功を奏し、20代、30代の若手社員も増えており、正社員10人中6人が20代。「働きやすい環境、そして来てくれた人材の戦力化」という戦略が、「ダイバーシティ人材の活躍」として実を結びつつあるようだ。  税田社長がよく口にするのが「チェンジ・チャレンジ・チャンス」という言葉。「変わることを恐れずに、チャレンジすると、チャンスが広がってくる」という思いを込めたものだ。年齢を重ねても恐れずに、学び直しにチャレンジすれば、チャンスは広がり、長く活躍していけるということだ。 図表 階層に応じた能力要件 テクニカルスキル ヒューマンスキル コンセプチュアルスキル 役員 事業計画策定 高度なネゴシエーション 経営戦略 リスクマネジメント 高度なプレゼンテーション 意思決定 財務分析 組織運営 組織開発 管理職 労務 コーチング 問題解決 決算書などの数字の見方 ファシリテーション マーケティング 生産性向上 傾聴 戦術立案 人事考課 チームマネジメント 中堅社員 プロジェクトマネジメント リーダーシップ クリティカルシンキング 業界の市場分析 ネゴシエーション クリエイティブシンキング 業界の市場予測 ティーチング 企画提案 業務改善 問題発見 若手社員 タイムマネジメント プレゼンテーション ラテラルシンキング 業界の市場理解 アサーティブコミュニケーション 課題発見力 分析視点を持った自社サービスの商品知識 ヒアリング力 企画力 フォロワーシップ 新入社員 就業規則 社会人としてのコミュニケーション ロジカルシンキング 社内のマニュアル チームビルディング 自社サービス 各配属予定部署の業務内容 パソコンスキル ビジネスメールや社内ドキュメントの書き方 PDCAの回し方 ※資料提供:株式会社グローバルクリーン 写真のキャプション 税田和久社長 日向市に本社を構える株式会社グローバルクリーン 第2回 東京海上日動火災保険株式会社  「人生100年時代」に向け、社員の学び直し≠積極的に後押しする企業を紹介する本連載。第2回は、「東京海上日動版ライフシフト大学」などのプログラムで、中高年人材のリカレント教育に力を注ぐ、東京海上日動火災保険株式会社にご登場いただいた。生涯現役を可能にする学び直し≠ヨと、社員の意識をいかにして高めるか―。取組みのポイントについて聞いた。 社員数約1万6000人 「エイジフリー」の活躍を後押し  日本最大手の損害保険会社として知られる東京海上日動火災保険株式会社(東京都)。2004(平成16)年10月に、旧東京海上と旧日動火災が合併して現会社が誕生し、20年の節目を迎えるが、創業自体は明治時代にまでさかのぼる。自由闊達な社風で、大学生の就職先人気ランキングでも上位の常連だ。  社員数は2023(令和5)年3月末現在で1万6645人。定年は60歳。60歳以降は「シニア社員」として1年更新で65歳まで再雇用。現在、60歳以上のシニア社員はおよそ900人となっている。  同社では、シニア社員の活躍をうながし、自律的にキャリア開発を行ってもらうために、おもに二つの制度を導入している。一つ目は「シニアお役に立ちたい」。社内公募でシニア人材を募り、人員が不足している地方部署などに派遣し、当該職場をサポートするとともに、シニア社員がこれまでつちかってきた経験・知識を元に交流することで、組織力を高めていく制度となっている。二つ目は「シニア戦略ジョブリクエスト制度」。高度な専門性や知識・経験が求められるポストについて、シニア人材の社内公募を行い、シニア人材が蓄積してきたノウハウや知見を活かす仕組みだ。いずれも年々、社内公募数、応募者ともに増えてきているという。  「年齢にかかわりなく活躍していただきたいという意味で、会社として『エイジフリー』を掲げてきました」と話すのは、同社人事企画部の部長で、キャリアデザイン室長を兼務する山本(やまもと)泰浩(やすひろ)氏。  「人生100年時代を見すえ、『ライフシフト』の考え方が浸透しつつあるなか、会社としても、社員の能力開発や自己研鑽の機会の提供に取り組み、エイジフリーで活躍する社員を後押ししようと考えています」と語る。  その取組みの一つとなるのが、「東京海上日動版ライフシフト大学(以下、「東京海上日動版LSU」)」だ。 リカレントプログラムで「ミドル層のさらなる成長」を支援  東京海上日動版LSUは2021年10月に開講。「学び直しを通じて自分自身を内省し、自律的キャリア開発のためのマインドを養うとともに、具体的アクションに繋げ、変化対応力を備える」ことがプログラムのコンセプトだという。同社で活躍しているミドル層社員の学び直し、さらなる成長を支援するのが目的だ。  プログラムは、株式会社ライフシフト(東京都)の協力のもと開発された。同社は、ミドル・シニア層のセカンドキャリア形成に特化した教育機関である「ライフシフト大学」を運営している※。同大学が一般のミドル・シニア人材に提供している学び直し・リカレントプログラムを、東京海上日動向けにカスタマイズし、新しいプログラムとして創設したのが東京海上日動版LSUとなる。  東京海上日動版LSUのプログラムは、全8回、各回3時間のリアルタイム講義と、「ミドル・シニア学び放題」と銘打ったeラーニング講座などで構成されている。対象は、42歳から57歳のミドル層社員(2024年度より40歳から59歳に拡大)。定員は20人程度で、例年4月ごろから募集をし、7月から9月にかけて開催する。  リアルタイム講義は、「夜に実施することも検討しましたが、夜は業務の影響で参加できないなど、中途半端になってしまう可能性もあるので、土曜日にしました。また、家庭がある人などへの影響も考え、講義時間も3時間にしています」と、山本室長。社員が参加しやすいプログラムになるよう、検討を重ねたという。 何を学べばよいかわからない―― 学び直しへの「きっかけ」を提供  「『学び直し』に注目が集まるなかで、おそらく多くの人が『学ばなければいけない』と考えていると思います。しかし、仕事が忙しい、子育てや介護があるなど、さまざまな理由から学ぶ時間がとれない、考える時間すらないという人が多いのも現実」というのが、山本室長の見解だ。「まずは『何を学んだらよいのかわからない』という人に、学ぶきっかけを提供したい」という思いから、東京海上日動版LSUについては、専門特化型ではなく「さまざまな分野について『きっかけ』になるような内容」を意識しているそうだ。  2024年のプログラムを見てみよう。「マインド」、「知恵」、「健康」、「評判」、「仲間」の五つをテーマに、イノベーターシップやキャリア戦略、マインドフルネスやウェルビーイング、セルフブランディング、ロジカルシンキングなどの内容がリアルタイム講義に盛り込まれている(図表)。2024年からは新たに「知恵」をテーマとした講義で、「未来を考えるための視点として、歴史や哲学に関する内容も学ぶのが特色の一つ」(山本室長)だという。  そのうえで「プラスα」のコンテンツとして、見たいとき、学びたいときにオンデマンドで視聴することができる、eラーニング講座も開設。内容は@ライフシフトプランニング、Aミドルシニアロール、Bイノベーション、C未来を考える力、の4カテゴリーで、各カテゴリーの講座数は10〜16。いずれも20〜30分程度にコンパクトにまとめられており、例年「予想以上に視聴されている」(山本室長)そうだ。前年までの実績では、1人あたり10時間以上視聴している計算になるという。 「新たなマインドセットができた」 「会社を退職後も人生は続く」  東京海上日動版LSUの受講費用は計12万5000円。すべて受講者が負担する。「自己負担してでも学ぼうということなので、意識が高い人が集まっているという面はありますが、しっかり勉強をしていただいて、すばらしいと思います」と、山本室長。受講者を対象に、プログラムの満足度について調査した結果によると、受講者のうち半数以上が満足度「10点満点」で、全員が8点以上、平均は9.4点という結果だった。  東京海上日動版LSUのスタートから3年間で、受講した社員の数は計約60人。そのうちの2人に、プログラム受講の感想をうかがった。 A社員(54歳) ◯所属・役職/Y支店・企業営業チーム、マネージャー ◯参加理由/「メンバーを指揮する・鼓舞する・よい影響を与える」という役割にあるリーダーとして、最新の確立されたビジネス理論と自身の経験を融合させる意義・重要性を強く感じたためです。また、「人生100年時代」において、文字通り折り返し年齢を過ぎた時点で、公私ともにこれまでの人生をふり返る絶好の機会だとも思いました。当時の勤務地(北海道)から、休日にオンラインで受講できるという利便性も参加の決め手になりました。 ◯受講した感想/全8回にコンパクトにまとめたプログラムで、効率・効果的に学び、深く考えるきっかけも得られたと思います。特に自身の持つ強みに気づき、半生を「心の充実度」という切り口でふり返ったことで、自分の想いを再確認し、公私ともに新たなマインドセットができたと思います。お金の重要性にもあらためて気づかされ、国家資格の1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得することもできました。 B社員(47歳) ◯所属・役職/Z支社、支社長 ◯参加理由/以前に別のビジネススクールを受講して刺激を受けるとともに、学び続けることの大切さを実感していたなかで、東京海上日動版LSUが開講することを知り参加しました。社会人経験は長くなってきてはいますが、「このままでよいのか」といった漠然とした将来への不安があり、変化の激しい時代において、自らが変化したり学んだりできる環境を求めていたのではないかと思います。 ◯受講した感想/会社員人生が終わっても、その後の人生は長く続くこと、そして10年、20年後の将来について、いまから考えておく必要があることを実感しました。変化の激しい時代だからこそ学び、チャレンジし続けることが大切です。そのためには健康が重要だと思い、体調管理にも非常に気を遣うようになりました。健康について体系的に学ぶため「日本健康マスター検定」のエキスパートコースの受験を決意し、合格することができました。 「50研修」で醸成する学び直し≠ヨの意識  成果をあげつつある東京海上日動版LSUだが、同社にとってはミドル層社員向けの研修体系の一部であり、40代・50代の社員に学び直しや自己研鑽(けんさん)の機会を提供する取組みは、ほかにも重層的に行われている。  まず研修体系の第1ステップとなるのが47歳に到達した社員を対象としていることから「47歳研修」と呼ばれ、長く実施されてきた「人事制度説明会」だ。研修には47歳を迎えた全社員が参加し、ミドル・シニア向けの人事制度に関する説明が行われる。年金や退職金に関することや、セカンドライフ支援制度(早期退職等)など、いわば「今後の人生のために、知っておくべきこと」を学ぶ場となっている。  次のステップが「キャリアデザイン50研修」。以前は、47歳研修と同様、50歳研修を必須で実施していたが、「キャリア選択は自律の時代。全員に一律の研修を受けさせることはやめ選択制としました。いまは、今後のキャリアに向けて、まだ一歩をふみ出せていない人、自分の取組みでは足りないと感じている人に向けて、研修を行っています」(山本室長)  研修の対象となるのは、50〜57歳の社員(2024年度より50〜59歳に拡大)。毎年、希望者を募り、各回定員20人で年8回、計約160人が参加している。各回とも、4時間の研修2回で構成。1回目は、自分を理解すること、内省をうながすような内容が中心で、例えば「欲求」について考え、「自分は何をしたいか」の原点に立ち返ったり、自分の能力、経験の棚卸しを通じ、「自分に何ができるか」を考えたりするそうだ。  2回目の研修は、1回目の2週間後に実施される。1回目から2週間の時間をおき、その間に「自分が今後、何をしていきたいか」などを考える時間を設けているのがポイントだ。2回目の研修では、考えたことをふまえアクションプランを作成する。「『まずは最初の一歩から』、『小さな目標からでも始めよう』ということで、アクションプランを作成します。現実として、何から始められるかを考えるきっかけになればよい」(山本室長)と、研修のねらいについて話した。 「第一歩」へ背中を押す―― 学び直し≠ナの会社の役割  東京海上日動版LSU、キャリアデザイン50研修はいずれも、受講者から好評を博しているが、「いま、受講している人も、社員の分母からすれば決して多いというわけではありません。もっと会社のなかで、リスキリング、学び直しの裾野を広げてムーブメントにすることが課題だと思います」(山本室長)  山本室長自身、キャリアデザイン室を運営するにあたり、「自分も学び直しをしなければ」と考え、キャリアコンサルタントの国家資格取得に挑戦。専門機関の講習会に参加し学びの輪に入るなかで、自ら費用をかけ、時間をかけて学んでいる人の多さに、刺激を受けたという。  「私たちの世代、少なくとも入社当時の私には、勉強の機会や研修は会社が与えてくれるもので、会社がレールを敷いてくれるという感覚がありました。いまでは社内にも自ら学んでいる社員はたくさんいますが、会社全体で学び直しの大きな流れをつくっていく必要があると感じています」(山本室長)  社内に学び直し≠フ文化を根づかせるために、大切だとするのが「きっかけづくり」。キャリアについて考え、学び直しのきっかけにもしてもらおうと、同室はこのほど、同室社員によるキャリア相談をスタートさせた。  山本室長は、「キャリア自律ということで、『自分で考えるべきだ』という考え方もあるかもしれませんが、スタートはやはり、背中を押してあげることが大事」と強調する。会社が背中を押すことで、「生涯現役につながるような意識をもってもらいたい。社内で『これからも、しっかりがんばっていこう』という人たちを、1人でも多くしたい」という思いだ。 ※ 『エルダー』2022年12月号特集「いまだからこそ学び直す」参照   https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202212/index.html#page=8 図表 東京海上日動版LSUの講義プログラム(2024年) テーマ 概要 1 マインド VUCAの時代に生き残るためのイノベーターシップ イノベーターシップの総論と学び方を学習します。創造のためには過去の経験をアンラーニングし、自分の未来への思いを描くことが大切です。イノベーションマインドを呼び覚まします。 2 マインド 人生100年時代のキャリア戦略 変身資産確認@ 人生100年時代の現実を認識したうえで、自分が本来持っている強みに気づき、これからのキャリアのビジョンを描きます。その実現のための自身の力(変身資産)を確認します。 3 知恵 問題解決のための思考力を磨く 意思決定、論理思考、問題解決力など、ビジネスに求められる基本的能力をおさらいし、ミドルシニアとしてしっかり応用が効くスキルを再構築します。 4 健康 マインドフルネス・ウェルビーイング 心身ともに健康であってこその人生100 年。マインドフルネスやウェルビーイングの極意を得てご自身の健やかなライフシフトに向けての実践方法を理解します。 5 評判 セルフブランディング力(自己PR力) 第二の人生を切り拓くための自己PR力を高める具体的なノウハウを学びます。将来のキャリアの方向性を見定めセルフブランディング力を高めます。 6 知恵 未来を考える力 ミドルシニアのための教養講座 グローバル世界と日本についての歴史や哲学のおりなす背景、また主観を鍛えるアートなどミドルシニアに相応しい教養を学ぶ新たな視点を身につけます。 7 仲間 ミドルシニアのコミュニケーション力 ミドルシニアに求められる「支援型リーダーシップ」の重要性を認識するとともに、必要なコミュニケーションスキル(共感力/傾聴力/モチベート力/コーチング力)を実践的に学びます。 8 まとめ 変身資産確認A 並行 キャリア・コーチング ・個人別に2回(各回30分) 並行 オンライン自主学習 ・ライフシフト大学オンライン(WEBシステム)を6カ月利用(7月〜12月末) ※学習動画(ミドル・シニア学び放題:全48講座)、ジャーナリング(学習振返り)、セルフコーチング(日記) ○c 2022 LIFE SHIFT INC All Rights Reserved. 写真のキャプション 人事企画部 部長兼キャリアデザイン室長の山本泰浩氏 第3回 エーザイ株式会社  「人生100年時代」の到来に向け、社員の学び直し≠支援する先進企業を紹介する本連載。第3回は、「学び方改革」、「社内EKKYO」など多彩なプログラムで、リスキリングの啓発に力を入れている、エーザイ株式会社にスポットをあてる。年齢を問わず、全社員に門戸を開いた取組みが、中高年人材のさらなる活躍にもつながっている。 社員自らの選択で挑戦する「学び方改革プログラム」  大手製薬会社、エーザイ株式会社(東京都)の創業は1941(昭和16)年。80年を超える歴史を持ち、2023(令和5)年には、アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」の開発で注目を集めた。2024年6月には、米タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100社(TIME100 Most Influential Companies)」にも選出されている。  国内外に拠点があり、グループ会社全体の従業員数は約1万1000人にのぼる。国内本社の従業員数は約3000人。年齢別構成比(2023年度)は、30歳未満が16.6%、30〜39歳が23.2%、40〜49歳が24.8%、50〜59歳が28.3%。定年は65歳で、60歳以上の従業員の割合は7.1%となっている。  同社は、「自律的にキャリアを築き、挑戦していくことで成長できる人財を育む」ことを目標に掲げ、多様なプログラムで構成される研修体系を整備している。そのうちの一つが2021年に全社員を対象にスタートした公募型の研修「学び方改革プログラム」だ。  同社の人財育成やキャリア開発戦略を管轄するグローバルHRキャリアディベロップメント部の古森(こもり)雄一朗(ゆういちろう)さんは同プログラムについて、「一つの特定の研修に手をあげてもらうという形ではなく、参加者それぞれが、個人の嗜好やニーズに応じて自ら選択し、挑戦するスタイルで行うのが研修の特徴」と話す。具体的には、外部の研修会社が提供する研修コンテンツから、社員それぞれが、学びたい領域、学びたいテーマのプログラムを選択して受講する。  プログラムは、@キャリア、A営業、Bリーダーシップ、Cマネジメント、Dセルフマネジメント、E思考力、Fコミュニケーションの7種のテーマで、約120のコンテンツをラインナップ。スタートからこれまでに、延べ約700人の社員が参加している。 社外の人たちとの学び合いに効果 シニア層も積極的に参加  学び方改革プログラムの目的は、「新たな価値観、付加価値・多様性を持つ人財の醸成」だ。外部のプログラムを受講することで、社外の人たちと交流し、視野を広げることも、重要なポイントとなっている。  「研修で学ぶ内容そのものへの期待もありますが、自分でプログラムを選んでいくことや、社外の人たちと一緒に勉強することの意味が非常に大きいと考えています。プログラムを通じて、いわゆるハシゴを上っていくような単一型のキャリア形成だけではなく、上下左右と自由に動けるようなキャリアへの視野を広げていただく。そういうところにも期待しています」(古森さん)  学び方改革プログラムの参加者を年代別に見ると、「管理職少し前の世代」の30〜35歳ぐらい、「管理職になって間もない、あるいは組織長になる少し前の世代」の40〜45歳ぐらいの割合が多いという。シニア層については、「特に多いということはないが、参加割合が特に低いということでもない」のが現状。全社の年代構成比と申込者の年代構成比に大きな差はなく、「研修についてポジティブに前向きに考えている人が、シニア層にもたくさんいる」と見ている。 「社内EKKYO」―ふだんと異なる環境で「今後の自分」を考える  同社の研修体系には、「社内EKKYO」というプログラムもある。「会社主導のキャリア形成」から、「社員個々の価値観・挑戦意欲に基づく主体的なキャリア形成」へと、社員の意識改革をうながすことを目的とした社内インターンシップの取組みで、2016(平成28)年から続いているものだ。  同社には、薬の研究開発を行う部門をはじめ、生産、営業、コーポレート部門まで、さまざまな職場があるが、社内EKKYOでは、人事異動をともなうことなく、自部門以外の実務を経験したり、会議などに参加したりすることができる。自部門以外の情報や他部門の仕事の意義、業務の進め方の違いなどについて知るのに加え、ふだんと異なる環境に身を置くことで、「自分自身が今後どうありたいか」を考える機会にしてもらうのが、プログラムのねらいだという。  「キャリアを志向していくうえでは、当然のことながら広い視野が必要だと認識しています。キャリアオーナーシップを築くためにも、社内EKKYOは、きわめて重要なイベントです」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディベロップメントグループの近藤(こんどう)樹(たつき)グループ長。「キャリアオーナーシップ」とは、一般的に「個人が自分自身のキャリアに対して主体性(オーナーシップ)を持って取り組む意識と行動」をさすが、「企業にとって、社員のキャリアオーナーシップを高めていくことは、とても重要な課題。そうした認識が、このプログラムにつながっている」という。  2023年度は、11部門で、計82人が社内EKKYOに参加。スタート以来の参加者は延べ364人にのぼる。若手層が多いが、ベテランということはないが、参加割合が特に低いとい層、管理職からの参加もあるという。 「社外越境体験」もスタート プロボノ活動で「新たな視点」を探る  2022年には、社外を対象とした越境プログラム「社外越境体験」もスタートした。プロボノ活動(会社に勤めながら、自分の専門知識や経験を活かして社会貢献する活動)に参加し、ほかの会社の人と学び合い、新たな視点から気づきを得てもらう取組みだ。  社外越境には、人材活用支援などを行うエッセンス株式会社(東京都)が提供する「プロボノプログラムitteki」(以下、「itteki」)を活用。ittekiでは、「異業種×多世代×社会課題」をコンセプトに、参加者の視野の拡大、キャリア自律などにつなげる活動が行われる。具体的には、地域も職種も違う企業の社員が全国から集まってチームを組み、支援が必要なスタートアップ企業やエリア中小企業の経営課題の解決策について話し合うなどの活動に取り組む。  「自由な発想で、ほかの会社の人と一緒に学び合うことで、新たな視点でさまざまなものが生まれます。『世の中はまだまだ広く、知らないことがたくさんある』という気づきを得てもらうのが、プログラムの目的です」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田(うちだ)清(きよし)ディレクターは話す。  社外の人たちとの共同作業は、「社内ではあたり前だと思っていた仕事の進め方やアイデアの出し方が、まったくあたり前ではない」といった気づきにつながる。また、社内の会議やミーティングでは、上司や先輩が発言の機会を与えてくれるが、社外の活動では他者の助け舟を待つのではなく、自ら発言することが前提になることなども、成長につながると期待される。  ittekiには、エーザイからこれまで合計35人が参加。うち40代は31%、50歳以上が14%となっている。プログラム終了後、参加者の上長を対象に行ったアンケートでは「発言が積極的になった」、「先輩に対する接し方が変わってきた」などといった回答があり、参加者に行動変容の兆しも見られる。  また、参加者からは「『隣の芝は青い』と思っていて、実際に隣の芝も青かったが、エーザイの芝はもっと青々としていた」といった感想も聞かれるという。他社の人たちと接したことで、自社のよさへの気づきもあったようだ。 年齢制限を設けない研修制度 シニア層にも若手と同じコンテンツを  エーザイの研修体系には、学び方改革や社内EKKYO以外にも、多種多様なプログラムが盛り込まれている。入社時研修や新任経営職研修、新任組織長研修など、階層別の必須プログラムのほか、キャリアコーチングや個別キャリア相談などのキャリアデザインプログラムも充実。リスキリングに関しては、オンライン動画学習サービスなどのe-learningで、自発的な学習を支援している。本社約3000人のうち、約2000人が受講しているそうだ。  さらに、学んだことを現実に活かす、実践の機会も提供されている。自らの意思で他部署への異動が希望できる「ジョブチャレンジ制度(社内公募)」の拡大に力を入れているほか、国を超えた活躍を希望する社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラムなども推進している。  同社の研修には「年齢制限を設けているプログラムが少ない」というのも特徴だ。中高年齢層も、若手と同じ研修プログラムを受けることができるのが大きなポイント。以前は、年代によって受講できないプログラムもあったが、会社として方針を転換し、現在では、学び方改革プログラム、社内EKKYOも社外越境体験も全世代対象で、年代を問わず参加することができる。  近藤グループ長は、シニア層を対象とした研修について、一般的に退職を視野に入れた内容、退職を促進する内容が多い点を指摘し、「ミドル層、シニア層の社員もエーザイにとってきわめて重要な人的資本。現在のミドル層、シニア層の人たちが最後まで働いて、輝き続けるためにも、若手と同じ研修を受けていただく。そういう発想で進めています」と、強調した。 学び直し≠ゥら新たな道へ 50代からのチャレンジも  年齢制限を廃した、積極的な学び直し≠フ推進は、ミドル・シニア層の新たなチャレンジにもつながっている。  入社以降、営業部門で活躍してきたAさんは、50代後半で「人生100年時代」のライフシフトをテーマとした研修を受けたことをきっかけに、定年後も続くキャリア形成について考えるようになった。学び直しにも積極的になり、新型コロナウイルスの感染拡大で外出を制限されていた期間は、英語の学習などに取り組んだ。  そんなAさんの目に飛び込んできたのが、国際的に活躍したいと考えている社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラム。公募選抜式のプログラムだが、ほかの研修と同様、参加者の年齢制限は撤廃されている。Aさんは募集に応じて参加し若手社員とともに課題に取り組んだ結果、希望していた国際業務部門に、グローバル人材として配属され、いまも挑戦は続いているという。  医薬情報担当者(MR)のBさんも、同じく50代後半でライフシフト研修を受講したことをきっかけに、新たなチャレンジを始めた1人だ。Bさんの場合、学び直し≠フ場として選んだのは社外越境のitteki。さまざまな地域、業種の人たちと切磋琢磨し、課題解決について考え、学び合うことで、視野を広げた。  研修終了後、Bさんがチャレンジしようとしているのが「医薬品を受け取れず困っている人たち」に向けた取組みだ。ドローンを使って医薬品を届けるビジネスについて考えており、ドローンの免許を取得するための勉強も進めているという。  こうしたベテラン人財の新たなチャレンジについて、近藤グループ長は、「人生100年時代、エーザイに所属している期間というのは、本当に道の半ばであって、人生のなかのごく一部です。そう考えると、どの年代にとってもリスキリングは必要です」と話す。続けて「自分が最期を迎えるときに、自分がどんな人間でありたいかというところを目ざし、人は生き抜いていかなければならない」と、現在の仕事を、自分が目ざす人間像につなげていくためにも、チャンスに即応できるよう、つねにリスキリングが必要だとの考えも強調した。  ミドル層やシニア層の学び直し≠めぐっては、今後さらなる雇用延長の可能性もあり、そのニーズがより高まることも予想される。近藤グループ長は、「組織長などが中心になり、学び直しに対するモチベーションを高めるような活動をしていきたい」と話し、会社全体の、学び直し≠フ機運をさらに高めていく構えだ。 写真のキャプション グローバルHRキャリアディベロップメント部の古森雄一朗さん グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディべロップメントグループの近藤樹グループ長 グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田清ディレクター 最終回 大樹生命(たいじゅせいめい)保険(ほけん)株式会社  「人生100年時代」の到来に向け、学び直し≠支援する先進企業を紹介する本連載。最終回となる今回は、「学習する個・組織」の実現に向けた環境づくりを、人の大樹<vロジェクトとして全社的に進める大樹生命保険株式会社に迫る。「学びの仕組みづくりは、街づくりと一緒」という視点から、独自の「学びMAP」を作成。世代を超えた学び合い、主体性や持続可能性を重視した取組みが特徴だ。 従業員の学びから組織の好循環を「“人の大樹”プロジェクト」  1927(昭和2)年の三井生命保険株式会社発足から90年を超える歴史をもつ大樹生命保険株式会社(東京都江東区)。2019(平成31)年4月の社名変更から、今年で5年目を迎えた。  全国47都道府県に63の支社と433の営業拠点を展開し、従業員数は1万918人、うち内勤職員は3857人。50歳以上の従業員が大きな割合を占めるようになるなかで、企業の持続的な成長と経験豊富な当該層の知識や能力を最大限に活かすことを目的に、2020(令和2)年に65歳定年制を導入している。  同社では、「大樹生命のだれもが働きがいのある職場」づくりを目ざして、2020年度に人の大樹<vロジェクトをスタートさせた。「従業員一人ひとりの成長を通じて、お客さまの満足度向上から企業価値の持続的成長につなげていく好循環を目指す」もので、@上司と部下の関わりの強化、A成長のための主体的な学びの支援、B成長のための土台作り―の三つの柱で構成されている。  プロジェクトでは、研修やeラーニング拡充などのリスキリング施策も進められているが、「研修とは基本的に、会社が指名し、会社が定めた画一的なプログラムなので、受講者にとって必ずしも自己実現のイメージが湧かず、しかも、あまりワクワクしないですよね」と、従来型の学び≠ノ限界を感じると話すのが、人事部人材開発室審議役・CDPプロジェクトリーダーの高橋(たかはし)俊哉(としや)さんだ。高橋さんは、入社10年までの従業員を対象としたキャリアデベロップメントプログラム(CDP)をはじめ、社内全体の人材育成施策をになう人物である。  以前の研修プログラムは、高橋さんが主導して作成していたが、「リーダーシップのような普遍的な考え方やメソッドであっても、研修の場では高揚感や自己変革への意識が芽生えるものの、3〜4カ月後のモニタリングでは具体的な一歩をふみ出せていない受講者も多く見受けられます。期待値が大きいほど、人の意識や行動を変えるのはたやすいことではなく、職場に戻れば、形状記憶合金のように元に戻ってしまう。数年に一度、単発の研修ではどうしても限界があります」とジレンマを口にする。「会社主導で、『自立的な学びを』、『キャリア自律を』と拳を振り上げたところで、一人ひとりを動かすのはむずかしい」と、高橋さんは話す。  人材育成のあり方を大きく見直すきっかけとなったのが中期経営計画だ。2024〜2026年度の3カ年で掲げる人材像は、@デジタルを活用し、仕事を根本からデザインできる人材、A変化に挑戦し、新しいビジネス・戦略を構想できる人材の2点。この方向性をベースに、一般的な企業が抱える「学び直し・リスキリングの壁」の要因分析なども丹念に行いながら、より身近で、持続可能性を重視した内容に再構築した。 「学びの仕組みづくりは街づくり」“学びMAP”で世代を超えた学びを  「いままでは、特定の階層やスキルにフォーカスし、会社の定める方針や人材像に沿った人材育成を進めていた」(高橋さん)という点を見直し、学びの新たなプラットフォームとして2024年4月に打ち出したのが「人の大樹 学びMAP」(図表)だ。職階・施策名を縦に並べた、ありがちな人材育成体系図ではなく、社内外の学びのすべての取組みが一目で体感できるように「4つの大陸」を模したイラストで表現した。イラストは従業員の手によるもので、「“人の大樹”の社風を大切にしつつ、従業員一人ひとりが自分らしさを探究できるように」とのメッセージを込めた「地図」となっている。  「背景にある思想は、“街づくり”です。学びの仕組み自体は、街づくりと共通する部分が多いと思います」と高橋さんは話す。「街づくりではまず、地域性が重要です。地域には歴史や文化、独自の環境がありますが、同じように会社の文化やDNAを大切にし、それを活かすことが重要」と考え、「大樹生命らしさ」を意識した。  さらに、「シニアがいれば若者もいて、パートタイムで働く人も、障害のある人も、多様な価値観や背景を持った人たちが、ともに学び合う環境が不可欠」として、「多様性・自律性の尊重」を一つの大きなテーマとして掲げている。地域の住民が主体的に参加し、意見を出し合って進む街づくりのように、多様な人材が世代を超えて、共通の目標に向かって協力し、互いに学び合えるような風土の醸成を目ざしている。  人材開発室では「学びMAP」と合わせ、「互いに学び合い、成長することの重要性」を従業員に伝えるため、社内向けの動画※も作成した。文書などではなく動画でのメッセージを選んだ理由について、「自分ごととして受けとめてもらうためには共感が土台にないと機能しない」と、高橋さんは話す。  対話を「見える化」するグラフィックファシリテーションの手法で制作した動画は、いわゆる「Z世代」とシニアの会話を軸に構成。「若い世代とシニア世代が一緒に学び高め合うことが、個々の成長・共創につながる」ということを視覚的に訴えている。 組織のトリオで一体研修「関係性向上プログラム」  「学びMAP」は、「キャリアパス・プログラム」、「関係性向上プログラム」、「ブック・コミュニティ」、「ラーニング・スクエア」の四つのセクターで構成され、それぞれが連動する仕組みになっている。そのうち「キャリアパス・プログラム」は、従来からある総合職、エリア総合職の階層別・スキル別研修、DX(デジタルトランスフォーメーション)研修が中心。リーダーシップ開発研修やビジネススキル強化研修などとともに、「プレ・シニア層の個≠活かした多様な活躍」を目ざしたキャリアデザイン研修なども盛り込まれている。  「関係性向上プログラム」は、経営ビジョンの実現に向け、一人ひとりが主役意識を持ち、多彩な能力を最大限に発揮できる企業を目ざす研修プログラムで、2024年度から本社を中心に実施。12の部門から3人ずつ招集し、計3回のセッションの研修を、7カ月にわたって実施する計画だ。研修メンバーは、例えば「部長・グループ長、所属員」のように、同じ組織内の上司と部下のトリオで構成され、三者一体で、個人・グループワークなどを通じて自分の原動力の探求、組織のミッション、未来ビジョンなどを徹底的に言語化・対話を通じて磨き合う。  「従業員の持っている本来的な力は、『本音がいえる』という心理的安全性や、衝突や対立を恐れない対話によってこそ、職場の創発活動や新しい価値の創出につながると思います」と、高橋さん。一定期間をかけ、段階をふんで関係性を高めていくことで、互いへの理解と尊重が生まれる。それによって、生産性が向上し、従業員もそれぞれの自己認知・創造性を高め、イノベーションを促進できる組織風土が育まれる、というのがプログラムのねらいだ。 「本」を通じた身近なリスキリング書籍要約サービスが中高年層にも人気  大樹生命の育成施策のなかでも、もっとも個性的で特徴的な取組みの一つが、「本」、「読書」を通じたリスキリングだ。「学びMAP」では、「ブック・コミュニティ」のセクターに具体的な施策がまとめられているが、同社では2020年から、本の要約サービス「flier(フライヤー)(★)」の法人版を導入。「自分磨き」のツールとして、社内での活用が広がっている。  flier は、株式会社フライヤーが運営する、ビジネス書を1冊10分で読める要約を提供するサービス。「ビジネスパーソンが読むべき本」3700冊超がラインナップされているという。最新書籍や過去の名著から厳選された要約が毎日配信される仕組みや、要約から学んだことを社内で共有するための「学びメモ機能」、通勤中などのすき間時間でも利用しやすい音声機能などがある。  2020年に法人契約した当初の社内の利用者はおよそ100人だったが、現在の登録者数は従業員の約1割まで増加。flier利用者の年代別割合を見ると、40代が約2割、50代が5割近くと、中高年層の割合が圧倒的に多くなっている。  高橋さんは、中高年層のリスキリングや、新たなキャリアへの挑戦について、「ある程度の年齢になると、ずっとつちかってきたコンフォートゾーン(いまあるスキルで対応ができる居心地のよい場所)から飛び出すのは簡単なことではありません」と話す。  そこで注目したのが「読書」だ。新たなキャリアを目ざしたり、資格を取得したり、具体的な挑戦にふみ出すのはハードルが高くても、「読書」であれば身近で手軽に自分を磨くことができる。「50代を超え、人生100年の折り返し地点にくると『ちゃんと地に足のついた大人になりたい』、『教養を身につけたい』という感情が芽生えるものなのですね」と高橋さんは自分自身もふり返り、リスキリングのツールとしての「読書」の有効性を強調。flierで読んだ内容が「心に刺さった」、「顧客との会話で役立った」という利用者も多く、研修との相乗効果もあらわれているという。 民間初の「雑誌読み放題」持続可能な“学び”へのつながりに期待  「学びMAP」で創設された「ブック・コミュニティ」では、flier 利用のほか、読書を軸にしたリスキリングの場として「グローアップ・カフェ」、「ブック・カフェ」、「ブック・ラボ」が盛り込まれている。  「グローアップ・カフェ」は、本の著者を招いたランチタイムセミナーで、有名な著者の肉声を聞くことができる機会となっている。「ブック・カフェ」は、ランチタイムの読書会だ。どちらもZoomで月一回開催しており、全国の従業員が気軽に参加することができる。さまざまな本を通じて、従業員同士が交流を深め、読んだ本からの気づき、学びを共有してもらうのがねらいだという。  「ブック・ラボ」は、ビジネスパーソンから支持を得ている本の著者によるオンラインのワークショップで、総合職、エリア総合職、業務職から参加者を募り、著者の実践知を体感できる学びを展開している。  さらに、本による継続的な学びを後押しするために、2024年5月に「大樹生命電子図書館」を開設。同図書館では、キャリア・仕事術などの自己啓発書だけではなく、絵本から子育て・料理・健康・文芸書や雑誌まで、幅広いジャンルの本を取り揃えており、いつでも好きな時間に、好きな本をWeb上で借りることができる。従業員のみならず、同居する家族の利用も可能だ。コロナ禍の影響や災害被災地での心のケアなどを背景に、自治体などで電子図書館を導入するケースが増えているが、民間企業の導入は大樹生命が全国で3例目だという。  さらに2024年8月からは、同図書館内で「雑誌読み放題」がスタートした。民間企業では初の取組みで、閲覧可能な雑誌は計230誌。ビジネス誌はもちろん、旅行や鉄道、バイク、カメラなど中高年層に人気の雑誌も豊富にラインナップされている。「雑誌には刺激があふれていて、仕事でも、生活でも、いろいろな意味で、最新のヒントを得ることができます」と、高橋さん。雑誌が発信するアイデアや視点によって、若手からシニア層まで、創造性や思考力が刺激され、継続的な学びにつながるとの考えだ。  また、特に、人口の少ない地域などにある営業部や支所では、書店の閉鎖が進み、気軽に雑誌を手に取ることができないケースもあるという。  電子図書館が、そうした地域でのリスキリングの活性化やQOL(生活の質)の向上にも、一役買うことが期待される。 「学びMAP」で自分の「宝島」へシニアのキャリアにも新しい要素を  「学びMAP」ではそのほか、「ラーニング・スクエア」のセクターで、公募型・選択型の10のプログラムを提供している。「研修」といっても、従来のeラーニングに並んでいるようなメニューとは趣が異なり、「人間力やウェルビーイングの探究」、「おもしろさ」、「ワクワク感」にもこだわった内容となっているのが特徴だ。例えば、2024年は、「心を突き動かすメッセージング技術」、「自分らしさを育む感性開発ワークショップ」といったラインナップで、各分野の専門家から学ぶことができる。  同社は、この「キャリアパス・プログラム」、「関係性向上プログラム」、「ブック・コミュニティ」、「ラーニング・スクエア」の4セクターを、それぞれに連動させることで、持続的な新しい学びにつなげ、多様性に富んだ人材の育成をさらに進めていく。  「中高年世代の従業員にも、DXを含めて、自身のフィールドから一歩ふみ出して新しい興味・関心を、自分のキャリアに取り込めるような、そんな学びの場を広げていきたい」と話す高橋さん。最後に「この学びMAP≠手に、自分で行けるところ、目ざすもの―自分の『宝島』を探してほしい」と語ってくれた。 ※ https://www.youtube.com/watch?v=AgTBhpPX3cI ★ 「flier」は株式会社フライヤーの登録商標です 図表 人の大樹 学びMAP ※資料提供:大樹生命保険株式会社 写真のキャプション 人事部人材開発室審議役・CDPプロジェクトリーダーの高橋俊哉さん