シニア社員を活かすための面談入門 株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 高橋(たかはし)稔明(としあき)  長年の職業人生のなかでつちかってきた豊富な経験や知見を持つシニア社員。その武器を活かし、会社の戦力として活躍してもらうために重要となるのが「面談」です。仕事内容や役割、立場が変化していくなかで、シニア社員のやる気を引き出し、活き活きと働いてもらうための面談のポイントについて、人と組織に関するさまざまな調査・研究を行っているパーソル総合研究所が解説します。 第1回「シニアとの面談とは? シニア面談の目的・効果について」 第2回「面談に必要なスキルとは?」 第3回「こんな面談はNG!シニア面談はどう行うべきなのか?」 第4回「再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツ」 第5回「シニア社員の不安や不満を解消する行動」 最終回「シニアの活躍支援のために、知っておきたい「躍進行動」」 第1回 シニアとの面談とは? シニア面談の目的・効果について はじめに  2021(令和3)年4月の改正高年齢者雇用安定法の施行により、シニアの就業率は過去10年間で大幅に上昇しています※。  株式会社パーソル総合研究所が、シニア人材に関して企業がどのような課題を抱えているかを調査した結果、最も頻繁にあげられた課題は「モチベーションの低さ」、「パフォーマンスの低さ」、「マネジメントの困難さ」でした。しかしながら、人手不足の問題が深刻化するなかで、シニア社員が長年つちかってきた経験と知識を活かし、さらに長く活躍してもらうことが、企業とシニア社員本人の双方にとって利益となるでしょう。  そこで、シニア社員の力を最大限に引き出すために、「面談」という機会を活用するポイントを今回から6回シリーズで紹介していきます。 シニア社員との面談とは?  まず、シニア社員との面談には、どのようなものがあるでしょうか。定年前後の時期には、定年前面談や定年後再雇用面談があります。定年後再雇用以降には、契約期間前に行われる契約更新の確認面談もあります。また、シニア社員にかぎらず行われる面談として、目標面談、評価フィードバック面談、キャリア面談、1on1などがあります。会社によって面談のタイミングはさまざまだと思いますが、定年後のシニア社員に対してはあまり面談を実施していないという話も聞かれます。これは、管理職が自分よりも大先輩のシニア社員に対して面談を行うことに遠慮する気持ちや、役割や評価などの方針が明確に決まっていないために避けているケースもあるようです。しかし、次項で紹介するようにシニア社員との面談にはさまざまな効果があるので、有効に活用していただきたいと思います。 シニア社員との面談の目的・効果  次に、「面談」の目的について考えてみましょう。 「面談」とは、互いの気持ちや人柄を知るために行われる会話の機会です。面談の目的は、互いの考えや思いを共有し、認識のずれを修正し、共通の理解を築くことです。シニア社員との面談では、特に定年を機に役割や期待が変わることや、本人の働き方の希望が変わることなどを確認し合うことが重要です。しっかりと意思疎通を図ることで相互理解が深まり、信頼関係が築かれます。シニア社員にとっては、期待される役割が明確になり、モチベーションが高まり、取り組むことが明確化されます。また、キャリア目標や成長のための計画を共有し、支援を受けることができるなどの効果が考えられます。組織側にとっては、パフォーマンスの向上や経験や知識の共有、組織全体の活性化などの効果が期待できます。 躍進して働いている60代の傾向  シニア社員のパフォーマンスについて、「定年後再雇用において躍進している60代にはどのような特徴があるのか」を分析しました。その結果、仕事観・キャリア意識において共通する傾向として、@「社会の役に立つ仕事をしている」、A「今の仕事で成長を実感している」、B「自分のやり方で仕事をしている」、C「組織に影響力を発揮できている」の4点が明らかになりました(図表1)。特に注目すべきは、2番目にあげられた「仕事を通じた成長実感」です。定年後再雇用のシニア社員については、これまでつちかってきた知識やスキルをどのように活かすかや、世代間の知識の継承に焦点があてられがちですが、実際には躍進するための鍵は専門的な能力を発揮≠キることよりも、さらなる成長≠ノあることが示唆されています。  シニア社員との面談では、今後も成長する個人≠ニして、希望や目標を確認し、仕事を通じた成長機会を共有することが有効です。そして、そのやり方については、シニア社員の意向を尊重し、組織への影響を期待しながら伝えることが大切です。 定年前面談の重要性  定年後のさらなる躍進に向けて、定年前面談や定年後再雇用面談は非常に重要です。しかし、最近では定年後再雇用があたり前のようになり、定年前面談が単なる就業継続の希望確認にとどまるケースもあります。調査結果では、図表2に示されているように、「定年後再雇用に備えた事前準備」についてたずねたところ、全体の約4割が「備えとして行っていたことは特にない」と答えていました。前項でも見てきたように定年後も躍進してもらうために、今後のキャリアをどう考えているのか、選択肢はどのようなものがあるのか、会社としてはどのような期待があるのかなどを提示しながら話合いを行うことは非常に重要です。シニア社員の思いをよく聴き、早めに準備行動に移すことは、組織とシニア社員の両方にとって有益な結果となるでしょう。冒頭で紹介した企業の課題「モチベーションの低さ」、「パフォーマンスの低さ」への解決にも有効であると考えられます。 ※ 総務省統計局「労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)平均結果」 図表1 60代の躍進行動に影響を与える要因 60代の躍進行動 + 社会貢献・社会的意義 + 仕事による成長実感 + 自己効力感(自分のやり方でできる) + 組織内影響力発揮の見通し 出典:パーソル総合研究所・法政大学大学院石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017年) 図表2 定年後再雇用に備えた事前準備 〈仕事の意識転換〉〈家族と話し合い〉〈職場メンバーとの良好な人間関係構築〉→7割がしていない 仕事に対する考え方を変えていた30.3% 定年後の過ごし方について家族と話し合った 29.7% 職場メンバーと、良好な人間関係を築けるよう心掛けていた28.3% 専門性を深める・広げる2割程度 専門性を深めるために努力していた20.3% 仕事のやり方を見直していた19.7% 専門性を広げるために努力していた19.3% 定年後の具体的な業務を計画していた16.3% 定年後の具体的なキャリアプランを計画していた14.3% 人脈を広げるよう努めた13.3% 定年後については極力考えないようにしていた13.3% 社外での活動に取り組んだ10.0% 転職に向けて準備していた9.7% 副収入を得るために副業をしていた6.0% 起業に向けて準備していた3.7% 4割弱が何もしていない 備えとして行っていたことは特にない36.7% 出典:パーソル総合研究所・法政大学大学院 石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017年) 第2回 面談に必要なスキルとは? はじめに  独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査結果※1によれば、社員の能力開発・キャリア管理のための施策に注力する企業の58.5%が、「管理職によるキャリアに関する部下との個別面談」を実施しています。また、株式会社パーソル総合研究所が2021(令和3)年に実施したアンケート調査※2では、企業に勤める60代の社員が何歳まで働きたいかという設問に、54.1%が「69歳まで」、41.4%が「70歳」あるいは「それ以上生涯働けるまで」と回答しています。  働きたいと思うシニア社員の方々が、職場で活き活きと働き、組織に貢献し続けるうえで、キャリアに関する面談の重要性は今後さらに高まると考えられます。「シニア社員を活かすための面談入門」第2回では、上司と部下とのキャリア面談を中心に、必要なスキルの一部をご紹介します。 キャリア面談とは  キャリア面談は、社員一人ひとりの自律的なキャリア形成と、中長期的な社員の活躍を実現するための面談です。その人が過去から築いてきたその人らしさ、蓄積してきた知識やスキル、いまの仕事のとらえ方、感じているやりがい、さらに、その人にとってよりよい未来に向かううえでどのような目標を立て、行動に移せればよいか、といったことを話し合います。一定期間における面談相手のパフォーマンスに焦点をあてる評価面談と異なり、面談相手である「人」に焦点をあて、過去・現在・将来にわたる会話をします。面談相手を主役とし、その人とその話に関心を寄せながら、その人のキャリア形成を支援する「支援者」としての姿勢が上司には求められます。 キャリア面談に必要なスキル  面談を始めるときには「伝える」スキルを使います。例えば「今日はお時間をいただきありがとうございます。〇〇さんが毎月の事務処理を間違いなく進めてくださるので、たいへん感謝しています」といったように、シニア社員の方に対する敬意や、日ごろの貢献に対する感謝の言葉を具体的に伝えます。「自分の仕事は認めてもらえている」と感じられたら、社員の方の気持ちもほぐれ、話し合いやすくなります。また、「今日は○○さんのキャリアについて一緒に考えていくためにお時間をいただきました」といったように、面談の目的を伝え、キャリアについて会話する心の準備をお互いに整えます。もし2回目以降の面談であれば、前回の会話の内容をふり返ったうえで、「今日の面談では○○さんの今後の希望についてうかがいたいと思います」といったように、今日の面談の目的を伝えます。  面談中、特に重要なスキルは「傾聴」と「問いかけ」のスキルです。「傾聴」には、話し手が話を続けることを励ます効果があるといわれています。相手の話に聞き入りながら、相槌を打ったり、「…ということがあったのですね」と相手の言葉をくり返したり、「たいへんなご苦労があったのですね」と相手の話を受けとめたりします。  パーソル総合研究所の調査結果によれば、部下の話を傾聴できている・しようとしているという上司の認識は、部下より約1.5倍高い傾向にあるそうです(図表)。上司の方はよりていねいな傾聴を心がける必要があるかもしれません。  「問いかけ」の代表的なスキルには、「オープン・クエスチョン」と「クローズド・クエスチョン」があります。例えば、相手の話を広げたり、深掘したりするときには、「もう少し詳しく教えていただけますか?」といったように、相手が自由に話せるオープン・クエスチョンを使います。相手の話を要約して整理したいときには「いまのお話はつまり、…ということで合っていますか?」といったように「はい」か「いいえ」で答えられるクローズド・クエスチョンを使います。  上司としての期待やフィードバックを伝えたいときは、上から目線にならないように、例えば「いまの仕事は、○○さんなら充分期待に応えていただけると思うし、○○さんのこれからにとってもプラスにもなると私は思っているのですが、○○さんはどのようにお考えですか?」といったように、「私」を主語にして肯定的なニュアンスを含めて問いかけます。もし気持ちや考えにギャップがあっても、すぐに埋めようとせず、「わかりました。では、〇〇さんのお気持ちやお考えをあらためて聞かせていただけますか?」と問いかけ、次回の面談の約束を得るなど、結論を急がないようにします。  面談を終えるときには、今日の会話をふり返り、会話を通じて立てた目標や、次の面談で話し合う内容、今後の進め方などを整理して伝えます。 シニア社員との会話で留意すること  シニア社員は、健康状態については特に留意する必要があります。過去から長時間働くことを美徳とされ、無理を重ねてきた方も多いのではないでしょうか。また、役割の変更によって、仕事の量や質、職場の人間関係がこれまでと変わっている場合もあります。このようなことが強いストレスとなり、心身に不調をきたした場合、仕事ぶりに表われるまでは気づきにくいものです。ある管理職の方は、シニア社員と会話する際に、「最近パソコンの文字が見えづらくなりました。〇〇さんはいかがですか」と笑顔で先に自己開示することで、「じつは私も…」という自己開示を引き出しているそうです。このような年長者に対する敬意を交えた会話の工夫や、普段の様子から面談前に聞きたいことを整理しておくといった事前準備、いつもと異なる様子が見られたときのタイムリーな声がけといった日常からのかかわりも、相互理解や信頼関係を築くための重要なスキルといえそうです。 ※1 独立行政法人労働政策研究・研修機構『労働政策研究報告書 No.196』「日本企業における人材育成・能力開発・キャリア管理」(2017年) ※2 株式会社パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年) 図表 傾聴行動についての上司と部下の認識ギャップ 上司 n=635 部下 n=2327 あてはまる計(%) 上司側に約1.5倍の過剰認識 部下の話を【最後まで丁寧に聞く】 部下認識56.0% 上司認識84.7% 部下の思いや意見を【いったん受け入れようとしている】 部下認識 57.6% 上司認識 86.3% 出典:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」(2022年) 第3回 こんな面談はNG!シニア面談はどう行うべきなのか? はじめに  総務省の調査によれば、2023(令和5)年の全労働力人口は約6925万人で、このうち約930万人は65歳以上のシニア労働者です※1。このシニア労働者は、2000(平成12)年には、労働力全体の7.3%でしたが、2040年には19.0%にまでなるそうです※2。一方で、株式会社パーソル総合研究所と中央大学が行った労働市場の未来推計によると、2030年には約644万人の人手不足に到達する見込みです※3。このような労働力不足を背景に、企業ではますますシニア人材への期待が高まっています。 シニア人材を取り巻く課題  株式会社パーソル総合研究所「企業のシニア人材マネジメントの実態調査」(2020年)によると約9割の企業が「シニア人材に既に課題感を感じている」、「10年以内に課題になる」と回答しています。シニア人材を取り巻く課題として多くあげられているのは(シニア社員の)「はたらくモチベーションの低さ」、「パフォーマンスの低さ」、「シニア社員に対する現場マネジメントの困難さ」といったものでした。そのため、約60%の企業が何らかのシニア人材施策をすでに実施しているとのことです。 シニア人材課題を解決するカギは?  シニア課題への施策として多くの組織では制度変更やスキルアップ研修に取り組んでいます。しかし、それらの機会の提供だけでは、課題解決にはなりません。働く人のパフォーマンスはモチベーションと連動しています。このモチベーション向上には本人の意識だけでなく、上司を含む周囲がどのようにかかわり、支援を行うかが大きく影響をします。本連載の第1回「シニアとの面談とは?シニア面談の目的・効果について」※4でもご紹介したように、上司は自分よりも年上の部下に対し、遠慮をしたり、できるかぎりコミュニケーションを避ける気持ちが生まれやすくなるものです。  一方で、定年を迎える本人は、「まあ、悪いようにはされないだろう。なんとかなるだろう」と漠然と根拠のない期待を持ち、働き続ける人、「仕事内容も職場もこれまでと同じなのだから、周囲との関係も変わらない」とこれまでの延長線上にシニアの働き方をイメージされている方も多くいらっしゃるようです。ただ、実際にシニア人材として働き始めると、自分にとって想定外の現実にショックを受け、モチベーション低下が起こりやすい状況となります。このギャップの調整役をになうのが、上司の役割の一つでもあるのです。 こんな面談はNG!  パーソル総合研究所の調査において「年上上司」と「年下上司」について調査を行ったところ、マネジメント行動についての感じ方に大きなギャップがあることがわかっています(図表1)。  このギャップは、じつは面談の前からスタートしている可能性があります。例えば、シニア社員に対し「長年のやり方で凝り固まって、変わろうとしない」、「年金受給までのつなぎだろう」などのバイアスを持っている方もいるようです。それに対し、シニア本人は「いまさら出しゃばらず、責任ある仕事は避けよう」、「厄介者扱いされて、いつの間にか孤立している」などと考えます。このシニアの考えや行動がさらに上司・周囲から「モチベーションが低い」と見られることにつながるという悪循環が生まれるのです。「こんな面談はNG!」よりも前に「シニアは面談の必要がないだろう」と考える上司もいるかもしれません。マネジメントに求められていることは、部下が年上でも年下でも、同じなのではないでしょうか。一人の部下として日ごろの働きを観察し、バイアス前提で面談を行うのではなく、一人ひとりの価値や経験に敬意を示し、課題があれば指摘をする。部下のモチベーションやパフォーマンス向上に向けてともに考え、支援する姿勢が、どのような「面談」においても必要なのです。 組織活性につながるシニア面談とは  アメリカの心理学者アブラハム・マズローの欲求5段階説にて、人間の欲求は、低階層の欲求が満たされるとより高次の欲求を欲するといわれています。第3の欲求「社会的欲求」は、帰属欲求とも呼ばれ、集団に属したり、仲間がほしくなる欲求です。生存や安全が確保されると一人では寂しくなるわけです。そして第4、第5の欲求に至り、内的に満たされたいという欲求が生まれます(図表2)。  新しい働き方や変化が求められるとき、だれもが「社会的欲求」、「承認欲求」が脅かされ、不安や孤独を抱きます。新しい働き方を求められるシニア人材との面談においては、特に最初の「信頼関係構築」をていねいに行うことが大切です。「相手をよく知ること」、「(面談者自らも)構えないこと」、「相手のそのままをいったん受け入れること」などです。信頼関係構築によってシニア自身が変化を受け入れるきっかけになるはずです。「シニアだから」というバイアスをいったん取り外し、信頼関係構築の面談に挑戦してみてください。 ※1 総務省統計局「労働力調査」(2023年) ※2 総務省統計局「労働力調査」および独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働力需給の推計ー労働力需給モデル(2018年度版)による将来推計」(2019年) ※3 パーソル総合研究所、中央大学「労働市場の未来推計2030」(2018年) ※4 本連載第1回は、本誌2024年6月号をご覧ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202406/index.html#page=50 図表1 上司のマネジメント行動 年上上司 年下上司 上司は、仕事の目標を考える機会を与えてくれる 39.0% 27.0% 上司は、今後のキャリア形成についての課題を指摘してくれる 28.6% 16.7% 上司は、中長期のキャリアについてともに考え、支援してくれる 32.0% 20.4% 上司は、自分にない新たな視点を与えてくれる 35.8% 24.4% 上司は、私の課題を明確に指摘してくれる 34.5% 23.5% 上司は、仕事の成果を労ってくれる 44.3% 33.3% 上司は、些細なことでも声をかけてくれる 35.4% 24.6% 上司は、チャレンジを高く評価してくれる 38.8% 28.4% 上司は、あなたの業務に対して専門的な指導をしてくれる 28.6% 18.2% 上司とは定期的に会話をする機会がある 52.7% 42.5% 上司は、責任のある仕事を任せてくれる 51.0% 40.9% 上司は、私の強み・弱みをよく理解してくれている 37.7% 27.7% 上司は、敬意を持って接してくれる 45.8% 47.5% 【差分】年上−年下 12.0 11.9 11.6 11.4 11.0 11.0 10.8 10.4 10.4 10.2 10.1 10.0 -1.7 年上上司−年下上司のGAPが大きい 出典:石山恒貴・パーソル総合研究所「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017年) 図表2 マズローの欲求5段階説 精神的欲求 物理的欲求 成長欲求 欠乏欲求 自己実現欲求 承認欲求 社会的欲求 安全欲求 生理的欲求 第4回 再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツ はじめに  近年、高齢化社会の進展、また労働力人口の減少にともない、企業における定年後再雇用や定年延長後のシニア層の戦力化への期待が高まっています。株式会社パーソル総合研究所と中央大学の調査では、2025年には505万人、2030年には644万人の労働力が不足するという結果が出ていますが※1、この労働力人口不足を解消するためにはシニア層の活躍が不可欠です。  一方で、日本企業のなかで高い労務構成比率を占めるシニア層の戦力化の実態はどうでしょうか。ポストオフや役割変化など、さまざまな人事施策の影響によりパフォーマンスが停滞しがちという現実があります。シニア層に再雇用、定年延長後もパフォーマンスを発揮し続けてもらうためにも目標設定のあり方は重要なテーマです。  再雇用者、定年延長者が目標設定をネガティブに受けとめるか、新たなキャリアを築く躍進への糧として受け入れるか。シニア層の戦力化に向けてこの課題に真摯に取り組むことが、企業の持続的成長の鍵です。  本章では、さまざまなトランジションを経て現在に至るシニア層が、新たなキャリア形成にポジティブに向き合うための目標設定のポイントやコツを解説します。 「いまさら目標設定?」シニア層の心理的側面を知る  まずは再雇用者、定年延長後のシニア層の心理的側面を上司は把握しておく必要があります。一般的にシニア層は「ポストオフ」や「再雇用後の年収変化」といった負のトランジションを経て定年を迎えています。ある方は、ポストオフで自分の居場所を失ったままかもしれません。あるいは定年後、収入が大幅に下がり、モチベーションを喚起する材料を持てないまま残りのキャリアをやり過ごそうとしているかもしれません。  本来、人事制度において「目標」とは、従業員の業務パフォーマンスやキャリア成長の促進のために設定されるものですが、多くの場合シニア層の心の状態と目標設定の意義との間に大きなギャップが存在しています。パーソル総合研究所の調査では、ポストオフを制度として導入している企業の比率は57%※2、さらに再雇用後に平均44%も収入がダウンするという結果が出ています※3。つまり大半のシニア層は「いまさら目標?」、「目標を達成して何かよいことがあるのか?」などと、懐疑的な思いを抱いています。  さて、評価制度の根幹は「目標設定」と「フィードバック」ですが、これらを支えていたものは「外発的動機づけ」です。つまり「昇給したい」や「昇格したい」といった目に見える動機がモチベーョンの源泉となっているのです。一方で、シニア層には外発的動機づけは働きません。動機のメインエンジンを失った状態にいるのです。ではシニア層のエンジンとなり得るものとは何でしょうか?  それは「内発的動機づけ」です。内発的動機づけをいかに喚起させるかが、上司が押さえておかなければならない重要な課題です。 再雇用、定年延長後の目標設定のポイント  内発的動機づけとは、昇給や昇格などのインセンティブではなく、個人の内面から湧き上がる興味や満足感に基づいて行動を起こすことをさします。これは、活動そのものが楽しい、興味深い、挑戦的であると感じる場合に生じます。シニア層に与えられる仕事はこれらの要素を満たすものばかりではありませんが、目標設定において最も重きを置くべきポイントは“目標の意味づけ”と“仕事の意味づけ”です。  仕事の意味づけとは、個人が自分の仕事に対して感じる意義や価値をさしますが、具体的には「自分の担当業務は何に貢献するのか」、あるいは「自分は何のニーズを満たすために存在するのか」、「ニーズを満たすために果たすべき役割は何か」という視点で形成されるものです。  空港の清掃業務に従事されている方が、「自分の仕事は世界の方々に日本の清潔さをアピールすることです」とテレビの取材でお話しになられたエピソードが有名ですが、まさしくこれが仕事の意味づけです。  「組織のこのミッションを達成するうえで〇〇さんの経験をお借りしたいのです」  「〇〇さんの△△の知見をメンバーに伝播させることが事業部の成果に直結するのです」  このように、目標設定における仕事の意味づけは従業員のモチベーションや満足度、ひいてはパフォーマンスに大きく影響します。上司や経営者は、シニア層が自分の仕事にポジティブな意味づけを感じられるような環境を整えることが重要です。  またシニア層にとっても、挑戦意欲を刺激する要素も必要です。 【目標の高さ】どのくらいの(程度・水準)を目ざすのか 【目標の方向性】どんな成果・成長を目ざすのか 【目標の目じるし】「目標」の表現の仕方  シニア層にとって自分に相応しく、達成基準が明確な目標は再び奮い立たせる起爆剤です。この三つの視点もシニア層の躍進に向けて押さえるべきポイントです。 年上部下との信頼の確保  再雇用者、定年延長者との目標設定面談は、年上の部下に対して行うケースが大半ではないでしょうか。そのため、目標のコミットメントや合意性の確保は、年下部下との面談よりも配慮が必要です。それは、上司の聞き手としての姿勢です。相手の年齢や経験を尊重し、謙虚な姿勢で接することが重要であり、意見や考えに真剣に耳を傾けることで、年上部下との信頼関係が得られます。  開かれた、開放的な対話の場をつくり、相手が自由に意見や感情を表現できるように心がけることで目標の合意性が高められます。面談において以下の三つのポイントを意識すると開放的な対話の場をつくるために有効です。 @部下の強みを伝える/部下との対話に興味を持つ A上司も完璧でなくてよい/上司もちょっとした自身の課題や悩みを話す Bまずは、受け入れる/そのままを受け入れる。判断も評価も否定もしない  以上、再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツについて解説してきましたが、すべてに共通するキーワードは、シニア層の「自己効力感の再形成」です。シニア層の大半はこれまで会社の発展に貢献してきたという自信を持たれています。長年つちかってきた自己効力感を再び解き放つ場をつくるためにも、目標設定と面談の重要性をあらためてご理解ください。 ※1 パーソル総合研究所、中央大学「労働市場の未来推計2030」(2018年) ※2 パーソル総合研究所「大手企業における管理職の異動配置に関する実態調査」(2022年) ※3 パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年) 第5回 シニア社員の不安や不満を解消する行動 はじめに  本連載の第1回※1で、シニア社員との面談には定年前面談や定年後再雇用面談など、特定の時期に行われるもの、評価フィードバックやキャリア面談など、定期的に行われるものがあることはお伝えしました。  自律的なキャリア開発を推進する企業が増えてきたいま、上司と部下の間でキャリア面談や1on1でキャリアについて語る機会が増えています。第2回※2ではキャリア面談に必要なスキルについて解説しました。スキルを学んでも、さまざまな経験を積んだシニア社員との面談はイメージ通りに進まなかったり、相手の気持ちが読み取れず不安に感じたりする方もいるのではないでしょうか。  面談をする側だけでなく、シニア社員自身もキャリアについて語るのに不慣れで、自分の想いを上司や組織に理解してもらえるのか不安に感じるものです。  第5回ではこのようなシニア社員の不安や、上司や組織に理解されていないという不満をどのように解消していくかを考えます。 キャリア面談をどう思っているか  まず、シニア社員は面談についてどう思っているのでしょうか。株式会社パーソル総合研究所では、キャリア面談について「部下側からの視点」で実態を明らかにすることを目的として、2023(令和5)年に「部下のキャリア面談に関する定量調査」と題する調査を行いました。その結果、40代以降はキャリア面談をポジティブに受け取っている人は減少しており、ミドル・シニア社員の面談への苦手意識がうかがえます(図表1)。 キャリア面談の機会をポジティブに転換するには  さらに、同調査ではキャリア面談をポジティブな印象にうながす上司の行動を分析しました。その結果、「キャリアに関する助言、気づきがもらえる」、「あなたの話をしっかり聞いてくれる」という上司の行動の影響が特に大きいことがわかりました(図表2)。経験豊富なシニア社員に対して「助言や気づきを与える」のはむずかしく思えるかもしれません。ただ、相手の「話をしっかり聞く」ことは少しの努力でできるのではないでしょうか。  また、独力で支援するのではなく、適切な第三者にリファーすることは、シニア社員にとっても面談対応者にとっても有益です。調査では「参考になりそうな先輩を紹介してくれる」とありますが、「先輩」の部分は、自身の上司や、シニア社員と同じ経験をした人、シニア社員が知りたい情報の専門家など、相手のニーズによって読み替えてください。  本調査はキャリア面談について分析していますが、定年前面談や定年後再雇用面談、評価フィードバックにおいても、シニア社員自身の想い、キャリアについて話す機会はあるため、同様の効果があると考えられます。 シニア社員の不安や不満を解消する行動  最後に、調査結果をヒントに、シニア社員の面談への苦手意識を低減させ、想いを引き出す接し方や話し方について解説します。  「何を話せばよいのか」とシニア社員に不安を抱かせないよう、面談冒頭で『今日の面談の目的(テーマ)』と、面談の目的に応じて『相手に話してほしいこと』を伝えます。「自由に話してください」といわれると単なる雑談になったり、何を話してよいかわからず話しにくくなる可能性があります。  シニア社員が話し始めたら、相手の話すペースに応じてうなずきや相槌(あいづち)を入れ、「話をしっかり聞いている」姿勢を見せてください。  定年前面談や定年後再雇用面談、評価フィードバックでは相手の話を聞くだけでなく、組織として伝えなければならないこともあります。その場合も、一方的に話すだけでなく、話した内容について「どう思うのか」シニア社員の気持ちを聞きます。もし、そこでこちらの考えやシニア社員への期待がうまく伝わっていないとわかったら、「相手の理解が間違っている」と否定せず、あらためてていねいに組織からのメッセージを伝えましょう。  最も大切なことは、「組織全体で支援する姿勢を示す」ことです。組織で支援してもらえるとわかれば、シニア社員も安心して自己開示できます。 ※1 『エルダー』2024年6月号 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202406/index.html#page=51 ※2 『エルダー』2024年7月号 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202407/index.html#page=51 図表1 部下は、キャリア面談をどう思っているのか 20代、30代は、66%が役立つ機会とポジティブに受け取っているが、40代、50代と下がっていく 自分のこれからのキャリアにとって役立つ機会である 20代 強くそう思う12.1% 少しそう思う54.0% 30代 強くそう思う16.9% 少しそう思う49.2% 40代 強くそう思う14.3% 少しそう思う48.4% 50代 強くそう思う11.1% 少しそう思う37.3% 出典:株式会社パーソル総合研究所「部下のキャリア面談に関する定量調査」(2023年) 図表2 キャリア面談をポジティブ印象にうながす上司の行動 キャリア面談の目的を話してくれる +0.091* あなたの話をしっかり聞いてくれる +0.203** キャリアに関する助言、気づきがもらえる +0.282** 社内でのキャリアの選択肢を教えてくれる +0.153** 参考になりそうな先輩を紹介してくれる +0.133** 自分のこれからのキャリアにとって役立つ機会である ■重回帰分析 統制変数 従業員数・年齢・性別・未既婚・子供有無・キャリア面談回数(1回以上)・キャリア面談時間n=500 *:5%水準で有意 **:1%水準で有意 出典:株式会社パーソル総合研究所「部下のキャリア面談に関する定量調査」(2023年) 最終回 シニアの活躍支援のために、知っておきたい「躍進行動」 本連載第1回から第5回の要旨をふり返って  第1回では、面談の目的・効果について取り上げました。シニア社員との面談は、定年前後の変化に際し、会社の期待と本人の希望をすり合わせ、さらなる成長を支援する場として重要です。期待や取組みが明確になることでシニア社員のモチベーションが高まり、仕事成果や組織全体の活性化にもつながります。多くの企業がシニア人材のモチベーションやパフォーマンスの低さを課題に感じていますが、面談は、まさにこれらの解決に有効な機会の一つです。  第2回のテーマは面談スキルでした。基本は、面談の目的を伝えること、相手を理解するための「傾聴」と「問いかけ」、こちらの理解と共感を示す「伝え返し」や「受けとめ」、期待やフィードバックは「提案」の形で問いかけることなどでした。そして、年長者への敬意を交えた上司自身の課題や悩みの「自己開示」の有効性にも触れました。いずれも、事柄だけでなく気持ちも含めた意思疎通を支えるスキルです。  第3回では、面談以前の留意点として、「シニアは面談不要」、「どうせ変われない」など上司側のバイアスと、「いまさら出しゃばるまい」といったシニア側の遠慮や思いこみが、相互理解を阻害しシニアを孤立させるリスクを問題提起しました。人間は、居場所を実感できる「社会的欲求」や「承認欲求」が満たされてはじめて高次の「成長欲求」を抱くものです。上司は、このような溝を埋めるためにも、相手をよく知り受け入れることから始めるとよいでしょう。  第4回では、再雇用・定年延長後の目標設定時の「内発的動機づけ」を扱いました。シニア社員がポストオフや年収変化など負の転機を乗り越えようとするとき、従来の“昇進・昇給”での外発的動機づけは働きません。それに替わる本人の興味や価値観と関連づけた仕事の「意味づけ」が不可欠です。開放的な対話の場づくりや挑戦意欲を引き出すことも意識したいポイントです。  第5回では、シニア社員の不安や不満を解消する行動を紹介しました。シニアのなかにはキャリアを語ることへの苦手意識や不安、年下上司の対応への不満を感じている人もいます。そのような印象をポジティブに転換し、面談を安心な場にすることが上司には求められています。特に重要な行動は、「話をしっかり聞く」、「キャリアに関する助言、気づきを与える」でした。「助言」は年下上司にとってむずかしいものですが、自身の上司やシニア社員と同じ経験をした人、知りたい情報の専門家に「つなぐ」ことも立派な支援です。組織全体での支援に目を向けていきましょう。  本連載の最終回では、活躍しているシニア社員の行動特性を紹介し、それをふまえて上司にできる支援について考えます。 活躍するシニアが行っている「躍進行動」とは?  株式会社パーソル総合研究所では、ミドル・シニア層(40〜69歳)の実態調査で、仕事上の成果をあげている人に共通する五つの行動特性を明らかにし、「躍進行動(PEDALモデル)」と名づけました(図表)。これは、この世代特有の停滞期や大きな転機のなかでも前向きに“自走”することを支える行動特性です。  だれしも、新しい役割や働き方を確立しようとするときに、何から手をつけてよいのかわからないことがあります。そんなとき、このような行動特性をヒントに、自分が得意なこと・できることから始めてみるのは、取り組みやすい方法です。また、ある種の「壁」を感じるとき、これらに照らして行動を点検し現状を打開するヒントとしてもよいでしょう。 「躍進行動」をふまえた上司の支援  上司が「躍進行動」を理解していると、シニア社員との面談でテーマとなるさまざまな支援に活かすことができます。まずは、本人の強みと感じる点を具体的に称賛しましょう。自分の強みに気づいていない人も多いので、それに気づかせさらなる実践をうながすことは、取り組みやすい支援です。他者からほめられることは、いくつになってもうれしいもので、モチベーションを直接高める効果も期待できます。参考までに、五つの躍進行動それぞれに関する支援例をあげておきます。 【まずやってみる】  シニア社員は、経験豊富であるがゆえに物事の苦労を想像しやすく、失敗を恥じて新たなことへのチャレンジを躊躇しがちです。相談しやすい環境を整え、小さな一歩から安心して挑戦できる仕事の機会を提供しましょう。 【仕事を意味づける】  自分にとっての仕事の意味を考える機会は意外と少なく、語る相手がいてこそ引き出されるものです。傾聴や問いかけで、本人がそれに気づけるようにかかわることは重要な支援です。 【年下とうまくやる/居場所をつくる】  多様なメンバーとの協業、本人の得意領域での若手相談役のアサインなどは、シニア社員が職場にとけこむ支援につながります。 【学びを活かす】  その人ならではの経験を傾聴し、称賛しながら強みを棚卸し、それらを異なる場面にも応用できるよう一緒に考えましょう。そのような対話は、老若男女問わず、相手の前向きな挑戦を引き出す根本的な支援といえます。 連載のまとめ  全6回にわたり、シニア社員に会社の戦力として活躍してもらうための「面談」のポイントを解説してきました。シニア社員一人ひとりを“成長し続ける個人”として信頼し、本人らしさを活かせる影響力発揮への期待を伝え、躍進に向けて支援するための貴重な機会として、ぜひ面談を活用しましょう。 ★本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでお読みいただけます。  https:www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html 図表 五つの躍進行動(PEDALモデル) 躍進行動 〈まずやってみる〉 P:Proactive ・失敗をいとわず、試行錯誤しながら挑戦する ・新しい仕事や業務にも、先入観を持たずにやってみる ・過去の経験や自分のこだわりにとらわれない 〈仕事を意味づける〉 E:Explore ・自分にとっての意義や価値を報酬や肩書き以外の価値でとらえる ・全社最適、俯瞰した視点で自分の役割を理解している ・自らが価値貢献できることは何かを考える 〈年下とうまくやる〉 D:Diversity ・年下の上司とも、良好な関係を築く ・仕事を進めるうえで、相手の年齢にはこだわらない ・年下や後輩に教わることをいとわず、謙虚に学ぶ 〈居場所をつくる〉 A:Associate ・他部門や社外の人と積極的にコミュニケーションする ・多様な人と新たな関係をスムーズに構築する ・積極的に異なる意見や主張を周りから引き出す 〈学びを活かす〉 L:Learn ・経験したことを分析している ・応用が利くように仕事のコツを見つけている ・自分なりのノウハウに落とし込んでいる 出典:パーソル総合研究所・法政大学大学院 石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017年)