新連載 多様な人材を活かす 心理的安全性の高い職場づくり  職場におけるチームマネジメントを考えるうえで、近年注目を集めているキーワード「心理的安全性」をご存じですか? 心理的安全性が高い職場は、チームメンバーのモチベーションが高まり、生産性の向上も期待できるといわれています。そこで、高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。 株式会社ZENTech(ゼンテク)シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 第1回 心理的安全性をつくる「4つの因子」 1 いまという時代の組織課題  いまという時代は、変化の激しい時代です。自然災害、コロナ禍や戦争といった予期せぬ出来事だけではなく、テクノロジーの進化や顧客ニーズの多様化など、日々激しい変化を実感する毎日ではないでしょうか。たとえ社長や取締役、その道の専門家であったとしても、まだ経験したことがない状況のなかで、手探りで進み続けざるを得ない時代、いわば「だれも正解を知らない」時代です。  さらに悪いことに、少子高齢化による労働力人口の減少はすでに始まっています。このような変化の激しい時代にあって、企業のマネジメントに求められるものは何でしょうか。それは、高齢者の雇用だけではなく、性別、国籍、育児や介護などの家庭環境、障害の有無など、企業で働く人たちの多様性を、チームの力に変えることです。  つまり、いまという時代には「多様な人材を活かし、急速な変化に対応しながらチームの成果に結びつけること」がひとつの重要な組織課題になっているのです。この人々の力を組織やチームのゴールに向けて最大化するための土壌が、「チームの心理的安全性」です。  「心理的安全性」というキーワードを見聞きすることが多くなってきました。新聞や雑誌で目にしたり、テレビやラジオ、上司・同僚との会話のなかで耳にしたり。もしかすると、経営陣から「当社では、心理的安全性を重視する」、「心理的安全性の欠如が課題だ」などといわれている方もいらっしゃるかもしれません。  それではこの「ヌルい組織では?」と誤解されることも多い「心理的安全性」とは、何なのでしょうか。 2 「心理的安全性」とは  心理的安全性とは、「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。この言葉が登場したのは、半世紀以上も前の1965(昭和40)年のこと。もともとは組織全体に使われる言葉でした。その後、現在ハーバード・ビジネススクールの教授を務めるエイミー・C・エドモンドソンがチームに応用し「対人関係のリスク※1をとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」と定義しています。さらに、米グーグル社が「プロジェクト・アリストテレス※2」のなかで再発見。チームにとって「圧倒的に重要」と結論づけ、注目を集めました。  この成果や生産性につながるという心理的安全性は、左右に仲のよさを、上下に成果やパフォーマンスをとった、図表1で考えるとわかりやすいのではないでしょうか。  図表1の左側のように、仲が悪いことが生産性に悪影響をおよぼすことは明らかでしょう。けれども、心理的安全性は、単にチームメンバーの仲がよいということでもありません。仲がよすぎる状態で、現状の人間関係を維持することが優先され、言うべきことが言えない場合も成果は上がりません。  心理的安全性が高いチームとは、仲が「悪すぎる」でも「よすぎる」でもなく、目ざすゴールや成果のために「健全な意見の衝突(ヘルシーコンフリクト)」が起こせるチームです。 3 心理的「非」安全性について考える  よりイメージを膨らませるために、心理的「非」安全なチームを見てみましょう。対人関係のリスクの高いチームと言い換えてもよいでしょう。人はチームで働くなかで、どんなときに「対人関係のリスク」を感じるのでしょうか。  みなさんの職場でも、該当することはありませんか。 ●現場から離れて長い上司の感覚と、いま現在現場を見ている自分の感覚では、かなりの乖離があるので、率直に意見を言いたいが、失礼だと思われるリスクがある(だから、今回も上司の方針に従った。後日「やっぱり」と思う悪い出来事があった)。 ●自分のほうが経験は豊富だが、役職が上の年下上司に対して意見を言うことはチームの雰囲気を気まずくさせてしまうリスクがある(だから、言った方がよいかもしれないことを言わなかった)。 ●「これからはチャレンジが大事である、という全社方針」に従って、せっかくやってみた新しいチャレンジや意見に「それ、ほんとにうまくいくの?」と訝(いぶか)しげにたずねられた(だから、二度と余計なチャレンジはしないつもりだ)。 ●何か新しいことに挑戦・工夫してみたいが、もし失敗したら評価が下がる、あるいは、仕事ができない人だと思われるリスクがある(だから、従前通りのやり方でやった)。  このように、対人関係のリスクとは、自分の発言や行動が、チームのほかのメンバーから「こんなふうにネガティブに受けとられるかもしれない」、「よかれと思って行動しても、罰を受けるかもしれない」という恐れからくるものです。  上記の事例で見てきたように「罰」といっても、規定による罰則のような大きな罰ではなく、ちょっとした不愉快な反応も含めて「罰」と感じられます。この罰や不安が心理的に「非」安全な職場を生み出し、必要なことでさえメンバーが行動を控えるようになってしまう、厄介なチームの雰囲気が生まれてしまうのです。  心理的「非」安全な職場は、「チームの学習」という観点で、大きく次の二つの問題があります。 @挑戦することがリスク…実践し、模索し、行動することから学ぶということができなくなります。 A情報の滞留と知識の蒸発…個々のメンバーが気づいていたり知っていたりすることを、うまくチームの財産へと変えることができません。つまり、チームというよりも分断された個人の集合(グループ)となってしまい、個人の学びはチーム・組織の学びとならないのです。  一方「心理的安全な職場」は、このような対人リスクに怯えることや、忖度することにエネルギーを使う代わりに、「健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすること、成果を出すことに力を注げる」チームです。  「高齢者活用」というと、「高齢者をどのように活かすか」というラベルを貼って物事を見てしまいます。もちろん、高齢者全般にいえる、ケアすべき点・フォローすべき点もあるでしょうが、大原則としては「多様な人材を活かす、心理的安全性の高いチームをつくること」を目ざしていただく、そのチームの一員として、ときに高齢者とくくられる年代の人がいる。そのようなとらえ方をしたほうが結果として高齢者も含めて、全員が輝くチームに近づけます。 4 心理的安全性「4つの因子」  ではこの「心理的安全性」は、どのような構成要素によってつくられるのでしょうか。  私がシニアコンサルタントを務める株式会社ZENTechは、日本の組織文化・働き方・職場環境にあわせた「日本版・心理的安全性」づくりに取り組んできました。独自のサーベイシステムSAFETY ZONE○Rを開発し、日本の1万チーム以上もの組織を計測。検証を重ねたところ、心理的安全性を高めるために重要な因子(要素)を見いだしました。  それが「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子です。組織・チームに心理的安全性があるとき、この「話助挑新(わじょちょうしん)」の「4つの因子」が高いと思ってください(図表2)。  4つの因子は、それぞれのチームの状態を表すバロメーターでもあります。まずはこの4つの因子をモノサシとして、ご自身のチームに当ててみてください。 【「話しやすさ」因子】  雑談を含め、情報共有が頻繁に行われる環境はもちろん大切です。「話しやすさ」因子では、そのような情報共有の「量」に加えて「質」も大切です。  例えば、あえての反対意見や、従来のサービスがうまくいっていない兆候など、あなたのチームは、「言いにくいけれど、仕事を前に進めるうえで大切なこと」、「不都合だけど、しかし必要な真実」が発言され、共有され、それが歓迎される環境でしょうか。 【「助け合い」因子】  チームワークの根本となる因子で、互いに助け合える環境のことです。日常的にリーダーや同僚と相談ができ、ミスやトラブルがあったとき、失敗した個人を責めるのではなく、解決・改善に向けて建設的な対話ができる状態です。  特に、あなたがリーダーや先輩の立場であれば、「知らないことをメンバー・後輩に率直に聞けるか、フラットに助けを求めることができるか」をふり返ってみてください。 【「挑戦」因子】  「挑戦」を掲げる組織で、実際に歓迎されているのは多くの場合、挑戦ではなく成功です。けれども成功が保証されていないものに取り組むのが挑戦であって、失敗はつきものです。挑戦の結果が判明する前に、まずは「挑戦したこと、そのもの」を歓迎できる周囲の環境が重要です。この挑戦因子が高いと、アイデアや企画が出やすくなり、挑戦そのものの数、いわばチームの挑戦の総量を増やすことができるでしょう。 【「新奇歓迎」因子】  「人」にフォーカスした因子です。その組織やチーム、ときに社会や業界の「常識」にとらわれず、メンバー一人ひとりの強みや個性、新しい視点や発想を受け入れ、「まとはずれ」をむしろ歓迎する環境です。多様性(ダイバーシティ)が、早期に包摂(インクルージョン)され、うまく活用することに優れた組織・チームです。  これら心理的安全性4つの因子「話助挑新」について、まずはあなたのチームの現状把握を試みましょう。小さなチームであれば、この記事を見ながら数人で「ウチはこれが高そう」、「ここは伸びしろかな」と対話してみてもいいでしょう。全社規模であれば、SAFETY ZONE○Rのような組織診断サーベイの活用が効果的です。診断や対話をもとにフォーカスポイントがわかると、打てる手も見えてくるものです。 5 まとめ  チームの目標に向かうために、地位や経験、年齢も含めた多様な人々が、さまざまな視点を持ち寄り、意見を出し合える状態が心理的安全性の高い状態です。「話助挑新」の4つの因子をチームで高め、多様な人材が活かされ、成果の出るチームを目ざしましょう。 ※1 無知だと思われるリスク、無能だと思われるリスク、邪魔だと思われるリスク、否定的だと思われるリスク ※2 プロジェクト・アリストテレス……2012年に米グーグル社が行った、生産性が高いチームの共通点を見つけるための企業リサーチ 図表1 心理的安全性とは 成果・パフォーマンス 仲が悪すぎる ・話もしたくない ・足を引っ張りあう ・自分中心・他責 心理的安全な関係 ・成果のため健全な意見の衝突 ・意志ある仕事と働きがい 仲がよすぎる ・成果より人間関係重視 資料提供:株式会社ZENTech 図表2 心理的安全性をつくる「4つの因子」 話助挑新 話しやすさ ちょっといま、いいですか? 助け合い 何かサポートできる? 挑戦 まずはやってみよう! 新奇歓迎 その視点はなかった! 資料提供:株式会社ZENTech 『最高のチームはみんな使っている心理的安全性をつくる言葉55』 (飛鳥新社) 原田将嗣 著/石井遼介 監修 定価 1,650円(税込) 職場の心理的安全性を高めるうえで、もっともシンプルで効果的な「言葉の使い方」。本書では、55のケースを用いて、心理的安全性を高めるための言葉の使い方を、「4つの因子」を交えて紹介。ぜひご一読ください。 第2回 言葉からつくる心理的安全性 1 なにげなく使っている言葉から、チームづくりを  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。前回お伝えしたように、「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができます。逆にそれが低い、いわゆる心理的「非」安全なチームというのは、チームの成果のためにとった行動に対しても、「罰や不安」が与えられている状態をいいます。  心理的「非」安全は例えば、アイデアを言ったら「それうまくいくのかなぁ…」と否定的な反応が返ってきた。チームで改善した方がよい課題を見つけて、リーダーに報告したところ「じゃあ、あなたがやっておいて」と自分の仕事がただ増えた。このように、チームのためによかれと思ってとった行動に対して、一つひとつは小さくとも「罰」や「不安」が与えられてしまうと、チームの心理的安全性が低くなります。  では、どうすればよいのでしょうか。じつは、チームで与えられている「罰や不安」のほとんどが「言葉」や「言い方」によって与えられています。コミュニケーションのなかであたり前に交わされている言葉が、じつは相手にとって罰や不安になっていることがあるのです。  以下に、NG言葉の例を紹介します。みなさんのチームで使われている言葉はないか、確認してみましょう。 @相談されたら「まずは自分で考えて!」と言っている A新しいアイデアが出てきたら、「じゃあ、やっておいてね」、「よろしくね」と任せるようにしている B一度教えたことをまた聞かれたら「前にも言ったよね」と厳しく指導している Cチームで失敗が明らかになると、まず「だれの責任?」と責任の所在を明確にしている Dミスが起きたら、「どうしてミスしたんだ」と詰め寄るようにしている E期限を過ぎたり、失注したときには「なんでできなかったの?」と聞くようにしている 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) イラスト/やまねりょうこ  最後の「なんでできなかったの?」というセリフがNGと聞いて、「ホントに?」と、びっくりした方もいらっしゃるかもしれません。純粋に間に合わなかった理由や、失注した原因を知ることができれば対策を打てるので、「なんでできなかったの?」と聞くようにしている人は多いのではないでしょうか。  けれどもぜひ、「この声かけが、役に立つかどうか」、「声かけの目的を達成しているかどうか」をふり返っていただきたいのです。あなたは「できなかった原因」を知りたくて「なんでできなかったんだ?」と質問したとしましょう。けれども、相手は問い詰められている、怒られていると感じ、「すみません」と謝罪が返ってきたり、「いや、これは違いまして…」と言い訳と聞こえるような返答があったり。  つまり「なぜ?」、「WHY?」と人に詰め寄ると、あなたが聞きたい、課題解決につながる返答が得られるのではなく、相手の萎縮と謝罪、ときに言い訳や人間関係の悪化が得られるものとなってしまうのです。  日常的に使っている言葉だからこそ、言葉ひとつ変えることの影響は積み重なって大きなものへとなっていきます。しかも、声かけの言葉は、意識的に変えていくことができます。次回「失注しました…」と部下から報告を受けたとき、どう対応するか、練習をしておくこともできるでしょう。  もし、あなたの日常の声かけのなかに「罰や不安のNG言葉」が多く使われているのであれば、それらを「心理的安全性をつくる言葉」に変えるところから、心理的安全性づくりに取り組んでいきましょう。 2 「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」  声かけの言葉は大きく2種類に分類できます。それが、「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」です。  図表1に示したように「きっかけ言葉」を使って、相手の行動をうながします。そうして起きた行動や結果を「おかえし言葉」で受けとめます。この2種類を、バランスよく使うことが重要で、多くの管理職やリーダーは「きっかけ言葉」はよく言うのですが、「おかえし言葉」は行動の直後には使われず、大きな成果が出たときや失敗に終わったときのように結果が出た後に使われるなど、アンバランスになっていることが多いようです。  相手の行動をうながす「きっかけ言葉」のポイントは「かみ砕くこと」です。言われた相手が何をしてよいかがわからない言葉は「きっかけ言葉」として機能しません。例えば新入社員が「新規事業案、つくっておいてね」と言われても、何をどう進めてよいかわからず行動ができませんよね。これはじつは、部下から上司に対してもそうです。数十ページにわたる書類をドサっと渡されて「◯◯さん、一応ご確認お願いします」と言われても、忙しい上司は困ってしまいますよね。「◯◯さん、この書類なのですが、特にこの点とこの点は課題になるかもしれないので、一応ご確認いただきたいのですが…」のように、相手が行動に移しやすい「きっかけ言葉」を使うことは有用です。  私自身「この書類ですが、ご覧いただけたら5分で確認できますので…」と言われて「じゃあ、先にやっておこうかな」と、強力に行動をうながされたこともあります。  このように「相手のレベルや状況に合わせてかみ砕く」ことで、効果的な「きっかけ言葉」を使うことができます。  相手の行動を受けとめる言葉が「おかえし言葉」です。「きっかけ言葉」によって行動をとったとしても、行動の後に感謝の言葉やフィードバックによる「受けとめ」がないと、「これでよかったのかな?」、「次回もやったほうがよいの?」と不安や迷いがわいてきます。「おかえし言葉」で、相手の行動そのものや進捗・結果を受けとめることが、組織やチームのなかに望ましい行動を増やす秘訣なのです。  「おかえし言葉」のポイントは「即座」と「承認」です。行動をとった相手に、できるだけ早く、行動に対する承認をすることで、効果的な「おかえし言葉」になります。  目覚ましい成果・よい結果が出たときだけ承認をするリーダーや管理職がいますが、行動そのものを承認することや、その行動の持つ意味・意義を伝えることで承認ができます。「すぐにやってくれて助かったよ」、「朝早く出社してオフィスの整理整頓してくれていたね」、「今回のプロジェクトは全社で参考になりうる事例だね」など、行動に対して即座に「おかえし言葉」で受けとめましょう。  ときに、「でも、承認しようにも承認するところがない部下もいるんだよ」という意見が聞かれます。じつは「承認」には「@成果、A行動、B成長、C存在」の4種類の承認があります(図表2)。  一般的に多く使われる「@成果承認」は、成果や結果を認めることです。結果が出る前の「行動そのもの」を承認することが「A行動承認」、相手の過去と現在を比較して成長を認めることが「B成長承認」、ここにいることそのものを認めることが「C存在承認」です。  この@成果承認だけを使っていると「成果や結果が出ていないのに承認できない…」となり「おかえし言葉」がかけづらくなってしまいます。業務によっては、そもそも「目覚ましい結果」が出ない業務もあります。そういった際は、「成果承認」だけで承認しようとすると「おかえし言葉」が不十分になりがちです。迷ったらおすすめしたいのは「行動承認」です。相手が何かやってくれたときに、すぐさま行動を受けとめる「おかえし言葉」を届けてみましょう。 3 言葉がけの具体例  例えば、みなさんの職場で再雇用の方が新たに加わったときに、どのような「きっかけ言葉」を使うと効果的でしょうか。再雇用といっても、元々は別の職場で働いていた方のケースです。  おすすめしたいきっかけ言葉は 「〇〇さんに期待することは〜〜で、そのため△△ということをしてもらいたいと思っています」です。  ポイントは二つです。  一つめが、相手の名前をつけて会話をはじめること。日常の挨拶でも「〜さん、おはようございます」と、名前をつけて挨拶するだけで、相手からも「あ、〜〜さん、おはようございます! じつはちょっと相談したいことがありまして…」なんて、あいさつプラスアルファの情報交換ができる「きっかけ」になりますのでぜひ試してみてください。これは、4つの承認でいうC存在承認ともいえるでしょう。  二つめが、期待している行動を、期待や目的や意義とセットで伝えることです。きっかけ言葉のポイントで「かみ砕く」ことをお伝えしました。相手がどんな行動をとればよいかわかる、効果的な言葉がけを模索してください。相手がこの職場やこの業務領域での経験が少ない場合は、ぜひ具体的な行動、できるだけかみ砕いた行動をお伝えすると「では、まずはそこから手をつけてみます」と戦力になりやすいものです。しかし、それだけではなく期待や目的、意義とセットで伝えることで、例外が発生したり、問題が起きたり、具体的に依頼したタスクから領域を越えて別の仕事に取り組む際に、活躍しやすいでしょう。  この知見は、再雇用の方だけでなく、組織に新しく入ってこられた方にも同様に活用できるはずです。ぜひ、新たに加わったメンバーには、既存メンバーに対してより、具体的な行動を伝えましょう。  もう一つ、再雇用の方がミスをしたときや、失敗をしたときに、どんな「おかえし言葉」で声かけをしますか。どんな声かけをすると、適切な「きっかけ言葉」・「おかえし言葉」になるのでしょうか。  すでに「なんでできなかったの?」はNGな「おかえし言葉」だとお伝えしました。おすすめしたい「おかえし言葉」は「手が止まったところって、どこでしたか?」、「特に何が、むずかしかったですか?」です。  ポイントは、疑問詞を変えることです。「なぜ(Why)」という疑問詞を「なに(What)」、「どこ(Where)」に変えてみましょう。そうすることで、問い詰められている状況から、起きたことや事実を思い出して話す状況になります。また、相手がむずかしく感じていることが明確になれば、必要な教育やトレーニングなど次につながる学習を推進することができるようになります。  このように、ただ疑問詞を変えることは、建設的に問題解決や人材育成を行う、きわめて有用で、しかしシンプルな「おかえし言葉」なのです。 4 まとめ  今回は、具体的な心理的安全性のつくりかたとして「言葉がけ」をご紹介しました。ぜひ、声かけを通じて、多様な人材が活躍できるチームづくりへチャレンジしてください! 自分自身が使う言葉だけでなく、チームで使われている言葉にも注意を向け、チーム内で心理的安全性をつくる言葉を増やしましょう。 図表1 「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」 きっかけ言葉で 行動をうながす おかえし言葉で 受け止める イラスト/やまね りょうこ 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表2 4つの承認を使い分ける @成果承認 A行動承認 B成長承認 C存在承認 イラスト/やまね りょうこ 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 第3回 心理的安全性を高めるのは、一つひとつの行動の積重ねから 1 いまのチームの心理的安全性は過去の「行動」の積重ねでつくられている  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  「ミスの報告がしにくい」、「わからないことでも聞きづらい」、「新しいアイデアを言いにくい」、「自分の強みや個性が発揮しにくい」。このような状態は心理的安全性が低い状態です。このチームの状態は、いつから始まったのでしょうか。昨日から急に変わった、ということはないはずです。  いまのチームの状態は、これまでのチームでの歴史の積重ねによってつくられています(図表1)。  ミスの報告に対して叱る、怒鳴るという反応をリーダーやベテランが頻繁にしてきた結果、そのチームでは「ミスをしたら怒鳴られるので、言いにくい」という状態になってしまいます。また新しいアイデアに対しても「前例はあるの?」、「それはうちではむずかしいね」などの否定的な反応がくり返されると、新しいアイデアは言いにくくなるのです。  メンバー一人ひとりがとった行動に対して、リーダーやほかのメンバーがしてきたリアクション(反応)の一つひとつが、いまのチームの状態をつくっています。職場によっては、だれも反応してくれないので、朝の「おはようございます」という挨拶にすら抵抗感がある職場もあるかもしれません。  このように、日々のメンバー同士の発言や行動、リーダーの反応などを見ながら、チームのなかで学習してしまっているのです。 2 一つひとつの「行動」の積重ねからチームの心理的安全性がつくられる  いまという時代は、以前に比べてチームで働く人たちが多様になりました。性別や国籍、育児や介護などの家庭環境、高齢者の雇用など、一人ひとりの持つ多様性をチームの力に変えていくために、より心理的安全性の高い状態にすることが求められています。  心理的安全性の高いチームを目ざすうえでの注意点は「心理的安全性をつくれ」などと指示をしても、一朝一夕には変わることはない、ということです。これは前述の通り、いまの「心理的安全性が低い」状態は、過去の歴史の積重ねによってつくられているからです。  よりよい状態に変えていくためには、一人ひとりのよい行動を積み重ねていくことが大切です。では、どうすれば「行動変容」は起こせるのでしょうか。 3 チーム運営に役立つ行動分析のフレームワーク  行動分析学という学問分野で使われる「きっかけ↓行動↓みかえり」フレームワークをご紹介します。行動変容に役立つフレームワークで、図表2のように、三つの箱を使って、何が人々の行動をもたらすのか、分析をすることができます。  例えば「同僚に『近くに新しいレストランができたから行ってみようよ』とランチに誘われる」という【きっかけ】があって、ランチに行ってご飯を食べるという【行動】が起きます。そして行動の後の「安くて美味しかった!」という【みかえり】が【Happyなみかえり】であれば、そのレストランをリピートするというように行動が増え、一方で、美味しくない・高いのに不愉快な接客など【Unhappyなみかえり】であれば、二度とそのレストランには行かないでしょう。  このように、人々は【きっかけ】をもとに行動をとり、そして自分がとった行動に対して、その直後に【Happyなみかえり】があると次にまた同じ行動をとる確率が上がり、【Unhappyなみかえり】があると、次にまた同じ行動をとる確率が下がるのです。  レストランの例を聞くとあたり前のことのように感じるかもしれませんが、あなたがリーダーの立場で、メンバーから「トラブルの報告」を聞いたら、どう反応しているでしょうか。「なんでこんなになるまで報告しなかったんだ!」と部下を叱る、といった方も少なくないでしょう。  その際、これ以上くり返しトラブルが起きることを避けるために、叱責は重要だと感じている人も多いのではないでしょうか。  しかし、図表3のように「報告するメンバー」の立場で行動分析のフレームワークにあてはめて考えてみると、「報告する」という行動の直後に「叱責される」という【Unhappyなみかえり】があるわけですから、次にトラブルがあったときの「リーダーへの報告」が減ってしまうのです。リーダーは、ミスそのものを減らしたくて、ともすると心を鬼にして、厳しく叱っているのかもしれませんが、行動分析の考え方では、ミスそのものを減らす効果は小さく、報告を減らす効果が大きいと考えます。  心理的安全性の低い、罰や不安が多く与えられる職場では、メンバーの多くの行動に【Unhappyなみかえり】が返されています。それが原因で、メンバーは行動を減らしてしまい、成果も出にくくなってしまうのです。つまり「怒られない範囲で指示されたことをやろう」、「余計なことはしないようにしよう」と、後ろ向きな努力に向かわせてしまうのが心理的「非」安全なマネジメントなのです。  トラブルそのものは、望ましくないものかもしれません。しかし、もし起きてしまったのであれば、「早急に、漏れなく報告される」ことは、「報告がない、あるいは遅い状態」よりは望ましいことのはずです。行動分析を知っておけば、増やしたい行動・本来望ましい行動にUnhappyな罰を与えて、減らしてしまうことを避けることができます。行動の質や結果ではなく、行動そのものの量を増やしたいかどうかを見分けることが重要ということです。  「言いにくいことだったと思うけど、いち早く報告してくれてありがとう」という言葉は、まさに発言の内容自体は「深刻なトラブル」であったとしても、「話してくれる」という望ましい行動に感謝を伝え、少しでもHappyなみかえりを伝えようとする言葉です。  前回の連載(第2回)でお伝えした「言葉がけ」、そのなかの「きっかけ言葉」、「おかえし言葉」は、まさにこの行動分析のフレームワークに則った心理的安全性の高いチームをつくるための具体的な手段なのです(図表4)。  重要なことは「きっかけ言葉」で行動をうながすだけではなく、メンバーが行動をした後、「おかえし言葉」までをセットで伝え、望ましい行動を増やしてもらうことです。このときの「おかえし言葉」はみかえりとして、行動をとった本人がたしかに実感できるHappyであることが重要です。  ですから「ありがとう」とただ伝えるだけではなく、あなたが何についてありがたいと感じたのか、「〜してくれてありがとう」と、理由をつけて感謝を伝えることが、相手の次の行動を生み出す秘訣です。  ほかにも、日常的に枕詞のようにあたり前に使っている言葉が、悪いきっかけとして作用しうる、という例をご紹介します。  「自分は嘱託社員だから…」という言葉が浮かんでしまうと、遠慮してしまうことがあります。これは、この言葉が悪い「きっかけ」となって「気がついた改善点を言う」という行動を減らしている、といえます。  また、「あの人は再雇用だから…」という言葉が浮かぶと、負荷をかけ過ぎないようにと気遣いが生まれます。チーム全体で考えたらその人にお願いしたい仕事でも、依頼ができなくなってしまいます。気遣いは決して悪いことではありませんが、過度になると本人は言われれば自然と引き受けていたかもしれない仕事でも、依頼されなくなるわけですから、実際にやらなくなってしまいます。これも「あの人は再雇用だから…」という言葉が悪い「きっかけ」となって「できるかどうか確認する」、「依頼をする」という行動を減らしているといえます。  このように、日常的に使っている言葉を一度ふりかえってみると、すぐに変えることができる【きっかけ・みかえり】が見つかることがあります。あなたの言動が、相手の望ましい行動を引き出し、またその行動をリピートさせる言動になっているかどうかを、この機会にふりかえってみましょう。  特にリーダーにおすすめしたい「きっかけ」づくりのヒントがあります。それは、再雇用や嘱託の方にかぎらず、メンバー一人ひとりに「相手に期待すること」を明確に伝えることです。特にベテランのメンバーには「いま現在何を期待しているのか」をあらためて伝えてみてください。本人が思っている「期待されていること」とリーダーが考えている「期待していること」にずれがあるかもしれません。ベテランメンバーは知識や経験が豊富でできることが多いので、どの能力を活かすことを期待されているのかが、明確になっていたほうが本人は迷いなく力を発揮することができます。期待に応えて行動してくれた際は、先述の「理由をつけて感謝を伝える」も、ぜひセットで実践してみてください。 4 まとめ  チームの状態を変えていくためにはあなたを含むメンバー一人ひとりの日々の行動の積重ねが重要です。行動変容のために「きっかけ→行動→みかえり」の行動分析のフレームワークが役立ちます。  ここまで読んでいただき、お気づきになっているかもしれませんが、あなたの言動が相手にとっては、行動を起こす【きっかけ】や、行動をリピートするかどうかを左右する【みかえり】になっていることが多々あります。「手伝ってくれない相手が悪い」のではなく、自分は相手が手伝いたいと思える適切な【きっかけ】や、相手が手伝ってくれたときに「次回もぜひ手伝いたい!」と思える【みかえり】を届けられているのか、という視点をぜひ持っていただきたいのです。  もちろん逆に相手の言動があなたにとっての【きっかけ】や【みかえり】となって、あなたの行動に作用していることもあります。仕事を進めるうえでお互い望ましい【きっかけ】や【みかえり】を提供し合えると、チームがより機能的になっていくのではないでしょうか。  あなたが新たに用意できる【きっかけ】には何がありますか。また行動した人にとってHappyに感じる【みかえり】として何ができそうでしょうか。行動分析のフレームワークを活用し、心理的安全性を高めるために必要な「チームにとって望ましい行動」を増やしていきましょう。 図表1 過去の行動の積重ねでつくられる心理的安全性 これまでの一つひとつの積重ね 資料提供:株式会社ZENTech 図表2 行動分析のフレームワーク きっかけ その人が行動を起こす 状況・文脈 行動 その人が自分からとれるアクション みかえり 行動した後の結果がHappyかどうか 次回、同じ行動をとる確率が変わる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表3 【Unhappyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ ミス・トラブルが発覚! 行動 上司にいち早く報告! 確率Down みかえり めちゃくちゃ怒られる… Unhappy 次回、同じ行動をとる確率が減るつまり、ミス・トラブルを報告しなくなる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表4 【Happyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ きっかけ言葉 行動 メンバーの望ましい行動 確率Up みかえり おかえし言葉 Happy 次回も、また望ましい行動をとるぞ! 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 第4回 心理的安全性をつくる3ステップ 1 チームの心理的安全性を高めるためのステップ  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  組織に心理的安全性を浸透させていくために、その規模・対象に応じ【全社】、【自部門・自チーム】という2つのレイヤーで考えることが重要です。  心理的安全性をつくる対象としてはじめに【全社】について簡単に触れたうえで、【自部門・自チーム】内の心理的安全性を実際につくるための「3ステップ」についてお伝えしたいと思います。 2 全社レベルで進める心理的安全性  全社で組織の風土を変えていくために、現状の見える化をすることから始めましょう。  当社では、「SAFETY ZONE○R」(★)という、組織・チームごとに心理的安全性を計測できるサーベイ(アンケート)をもとに、風土改革のサポートをしています。人事部門や管理職の感覚と、心理的安全性の高低は一致することが多いのですが、それでも感覚で「あそこは高そうだ・低そうだ」というよりも、明確な数値でスコアが出たほうが、空中戦を避けてディスカッションをする役に立ちます。  また、全従業員を対象とした研修や、全社規模の管理職研修・役員研修などを行い、心理的安全性そのものへの認知を上げてスタートするとよいでしょう。部署やチームレベルの施策を行ううえでも、前提をそろえ誤解を修正しておくことが役に立ちます。 3 自部門・自チームの心理的安全性をつくる3ステップ  自身の職場や部門・チームで心理的安全性を育むためには、次の3ステップが推奨されます。 ●ステップ1:心理的安全性宣言と、行動の約束  まず、特に管理職やリーダーから「心理的安全性宣言」を行うことが有効です。「心理的安全性宣言」とは、心理的安全性向上に取り組む目的を明確にすることです。問いを変えるならば「心理的安全性を育むことで、ほかでもない自分たちのチーム・自分たちの業務に、どのようなメリットがあるのか」を明らかにすることです。  例えば、顧客満足度向上プロジェクトのチームであれば「今回のプロジェクトを機に、顧客満足度が大幅に向上するような、全社的にインパクトあるプロジェクトにしたい。そのためにも、プロジェクトメンバーからお客さまの状況や課題に対して、気づいたことをどんどん共有してもらいたい。そこで、まずは、このチームの心理的安全性を高め、小さな気づきを共有できる環境をつくりたい」といった話し方ができるでしょう。  一方で、この宣言は「行動の約束」とセットで実施することが重要です。行動の約束とは、そのような心理的安全性の高い組織やチームを実際につくるために、あなた自身は何をするのかという約束(コミットメント)です。例えばプロジェクトリーダーであれば、「プロジェクトの問題点やうまくいっていない報告に対し、まずは『教えてくれてありがとう』と伝え、問題の報告を歓迎し、話を最後まで聴いてからコメントをする」といった「具体的な行動の約束」をすることが、そしてその約束を守り続けることが役立つでしょう。宣言したものの実際に行動がともなわない場合は、かけ声倒れになってしまい心理的安全性の高いチームはつくることがむずかしくなってしまいます。  実際、私たちはだれもが知る上場企業の経営トップから、省庁の事務次官に至るまで、日本中の複数の組織で、経営者からの「宣言と約束」を実践していただいています。これらは、経営陣からの後押しのメッセージとして、心理的安全性浸透の強力な武器となりました。 ●ステップ2:診断と対話による、現状認識と解決案の立案  次に現状の認識をするフェーズです。これは全社レベルで行われるサーベイがあれば、その結果を利用することがもっとも簡単な始め方でしょう。それがない場合も、部や職場内で心理的安全性に関するアンケートを作成し行うこともできます。心理的安全性の4因子「@話しやすさ、A助け合い、B挑戦、C新奇歓迎」それぞれについて、質問をしてみるとよいでしょう。  大切なことは、結果に一喜一憂することではありません。特に心理的安全性が高い場合には「私たちの部署は、心理的安全性がすでに高いので、特に問題ありません」と結論づけがちですが、心理的安全性の計測は、体温計や体重計のようなものだと思ってほしいのです。  風邪の治療で、一度高熱から平熱に戻ったら、あとは体調管理をしなくてよいわけではないように、そしてダイエットを一度やって目標を達成したら、あとは野放図にカロリーを摂取し続けてもよいわけではないように、心理的安全性とは向上させ続け、維持し続けるものです。法律の改正なども含め、さまざまに変化するビジネス環境のなかで組織の状態を良好に保ち続けることは、終わりなき取組みなのです。そして、どうしてもトラブルや不祥事が起きると、心理的安全性は悪化しがちです。  ですから、心理的安全性が高いときこそ「なぜ、わたしたちのチームは高いのか」、「わたしたち一人ひとりの、どのような行動が心理的安全性づくりに貢献しているのか」を明らかにしておくことで、状態が悪いときにもその行動を思い出したり、またほかのチームへ「組織のなかの好事例」として横展開することができます。  このような「対話」の重要性は、多くの人が耳にしたことがあるのではないかと思います。しかし落とし穴もあります。みなさんも、いきなり「さあ、組織の課題や方向性について何かしら対話をしてください」、「心理的安全性について、自由に活発な対話をお願いします」といわれても、何を話してよいのかわからず、なかなかむずかしいのではないでしょうか。  そこで活用できるのが、先述のサーベイ結果です。客観的な数値があることで、数字の方向を向いて話すことができ、結果として人を悪者にするのではなく、組織やチームと、よい距離感を保って対話をしやすくなります。  対話を元に現状の認識をそろえたうえで、その次に「対話による解決案の立案」をすることで、よりチームのなかで実態に合った立案ができるようになるのです。 ●ステップ3:「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」による、組織の活性化  心理的安全性の計測は「体温計や体重計」と記載した通り、心理的安全性への取組みは、継続して日常的に行い続けるべき取組みです。組織やチームの人々の不断の努力によって、心理的安全性は保たれます。そこで、日常的に仕事を進めるうえで使われる「言葉」に焦点をあて、心理的安全性の維持・向上を試みます。第2回※で紹介した、「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」を使います(図表2)。  第2回では、声かけの言葉は「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」の大きく2種類に分類でき、「きっかけ言葉」は相手の行動をうながす言葉、そして「おかえし言葉」は起きた行動や結果を受け止めるものだとお伝えしました。よい「きっかけ言葉」は、人々の背中を押し、行動をうながします。また、よい「おかえし言葉」は、行動した人がHappyに感じる言葉を投げかけることで、行動や結果をしっかりと受け止め、「また、次回もこのような行動を取ろう!」と感じさせ、組織・チームの行動を活性化させます。  日常でなにげなく使っている言葉を、心理的安全性をつくる言葉に変えることは、すぐに取り組めます。  例えば、「おかえし言葉」の改善例を見てみましょう。  業務改善案を出し合うミーティングで、メンバーから業務改善案が出てきたとき、以下のリーダーの発言はいかがでしょうか。 メンバー:「〇〇ということをやってみたらどうかと思うんですが……」 リーダー:「いいね! じゃあやっておいてもらえる?」 メンバー:「……あ、はい。」  よく見られる光景ですが、リーダーの言った「じゃあやっておいてもらえる?」は、アイデアを出したメンバーを「言ったもん負け」にしてしまうNGおかえし言葉です。  この場面では、リーダーが「いいね! だれのサポートがあればうまくいきそう?」という「おかえし言葉」で受け止めると、アイデアを出したメンバーに対して、むしろ自分のアイデアがチームで前向きに進められることになったと嬉しい気持ちになります。さらに、この言葉はメンバー同士が協力し合って進めることをうながすため、助け合い因子が高まる効果があります(図表3)。  このように、ステップ2で現状認識と解決案の立案ができたら、ステップ3では実際に増やしたい行動を「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」で推進していきます。望ましい行動が増えることで、チームは心理的安全性が高い職場に着実に近づいていくでしょう。 4 まとめ  今回は、心理的安全性を実現するための3つのステップ、@心理的安全性宣言と行動の約束、A診断と対話による現状認識と解決案の立案、B「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」の活用をご紹介しました。いかがでしたでしょうか。  最後にアクションへのヒントをいくつかお伝えしたいと思います。まずは仲間を1人見つけるところから始めてください。その2人、3人の小さなチームで心理的安全性を確保し、そして3ステップへと歩みを進めてください。  もうひとつは自分自身を問題のなかに入れていただきたいのです。組織で働いていると、つい「なぜ、あちらの部署は協力的じゃないんだろう」と悩むことがあると思います。しかしそんなときこそ「私たちは、あちらの部署が進んで協力したくなるような、適切な『きっかけ言葉・おかえし言葉』を使えていただろうか」とふり返っていただきたいのです。  きっと、そのほうが仲間が増え、組織に笑顔が増え、よりよい組織づくりにつながるはずです。心理的安全性をつくるのは、組織を変えるのは、あなたです。ぜひあなたから一歩をふみ出しましょう。 ★「SAFETY ZONER」は株式会社ZENTech の登録商標です。 ※ 「エルダー」2023年12月号 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202312/index.html#page=42 図表1 心理的安全性の高い職場づくりの3ステップ 自部門・自チーム Step1 「宣言」と「行動の約束」 Step2 「診断と対話」による現状認識と解決案の立案 Step3 きっかけ・おかえし言葉で課題解決行動を活性化 全社 全社講演会・管理職研修・役員対談 心理的安全性の高い組織診断サーベイ 全社:土台があると進めやすい ※筆者作成 図表2 「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」 きっかけ言葉 行動をうながす おかえし言葉 受け止める イラスト/やまね りょうこ 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表3 行動変容に役立つ「きっかけ」、「行動」、「みかえり」フレームワーク 行動変容に役立つフレームワークでNGおかえし言葉とOKおかえし言葉を見る おかえし言葉 例 きっかけ 業務改善 ミーティング 行動 アイデアを出す 確率Up おかえし言葉 「いいね! だれのサポートがあればうまくいきそう?」 Happy 自分のアイデアを、みんなで進められることになったので嬉しい NGおかえし言葉 例 きっかけ 業務改善 ミーティング 行動 アイデアを出す 確率Down NGおかえし言葉 「いいね! じゃあやっておいて!」 Unhappy 一人でやらされる「言ったもん負け」になり次回、アイデアを出そうと思えない 出典:筆者作成 第5回 心理的安全性の高い職場づくりを後押しする心理的柔軟なリーダーシップ 1 心理的安全性の高い職場づくりに欠かせない一人ひとりのリーダーシップ  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  では、心理的安全性の高い職場は、だれがつくるものなのでしょうか。リーダーだけではなく、メンバーも一緒に全員協力・全員参加でつくっていくものが、心理的安全性です。  全員参加で職場づくりをするために大切なことが、一人ひとりのリーダーシップです。リーダーシップと聞くと「管理職やリーダーが備えているもので、まだリーダーではない自分には求められていない」と考える人がいるかもしれません。しかし、リーダーシップの本質は、権力や権限、ポジションではなく「組織・他者に与える影響力」です。実際みなさんの職場でも、新入社員だけれども発信力があり、影響力を持っているメンバーはいませんか。役職を持ってはいないけれども、プロジェクトリーダーを務めているメンバーはいませんか。リーダーシップとは、役職やポジションに関係なく、一人ひとりが発揮できるものなのです。  今回は、これらのリーダーシップのなかでも、心のしなやかさ「心理的柔軟性」に焦点をあてて紹介します。心理的柔軟性の高い組織メンバーが、心理的安全性の高い組織をつくり、また心理的安全性の高い組織のなかで、人やリーダーシップが育つ、いわば「よいサイクル」が心理的柔軟性と心理的安全性の関係です(図表1)。 2 心理的柔軟性というリーダーシップを磨くことが心理的安全性をつくる  心理的柔軟性は一人ひとりが持ち、鍛えることができるリーダーシップです。端的にいうと「たとえ困難な状況であっても、大切なことへ向けて役に立つ行動をとれること」です。  弊社(株式会社ZENTech)の調査では、心理的柔軟性が高いメンバーが多いチームは、チームの心理的安全性が高い、という相関があることがわかっています。言いかえると、チームの心理的安全性を高めるために個人のリーダーシップとしての心理的柔軟性を高めることが有効なのです。  心理的安全性の低い職場では、意図せずともやってくる法改正や社会情勢の変化などの「困難」にあって、チームで問題を解決するかわりに、チームで問題を増幅してしまいます。  例えば、これまでのやり方では対応できないと考え、抜本的な業務改善案を提案したら「じゃあそれ、あなたがやっておいて」と言われ、ただただ自分が忙しくなる「言ったもん負け」や、マネジャーのやるべき業務が多すぎて、メンバーへの配慮やよりよい環境づくりができなくなる「マネジャー忙殺」など、心理的安全性が低い職場では、さまざまな「自分たちでつくってしまう困難」があるでしょう。  すでに職場の心理的安全性が低く、このような困難が日常にあるとき、多くの人は「本当はやったほうがよい、こういう職場にしたい」という想いがあったとしても、ブレーキがかかって、新たな行動が生まれません。 3 心理的柔軟性3つの要素  心理的柔軟性が低い状態を、具体的な場面で見てみましょう。  1カ月前に中途で入社した私は、業務改善会議に参加しました。現在会社は「顧客満足向上」を掲げており、前職で有効だった施策が、この会社でも効果が高いと私は思っています。しかしキャリアが短いことが気になり「効果的と思われる施策のアイデアがあるが、入ったばかりの自分が言ってはいけないのではないか」という思考が働いてしまい「今日はまずは話を聞いて、また機会があったら言おう」と考え意見を言いませんでした(図表2)。  この場面では「言った方がよいだろう」と思うものの、不安が頭をよぎって行動のブレーキとなってしまい、役に立ったかもしれない発言ができませんでした。  心理的柔軟なリーダーシップは、上記のようなブレーキとなる不安や感情といった「困難」を直視したうえで、「にもかかわらず」チームが向かっていきたい先、ありたい姿に近づく行動をとることを助けます。  心理的柔軟性には次の三つの要素があります。これら3要素からなる「しなやかな行動」がとれることが、心理的柔軟性です。 @受入れ・直視…たとえ困難があったとしても現実に直面する A行動・取組み…大切なことに向かって進む B気づき・軌道修正…その状況、その文脈で気づきを得て、役に立つ行動へ切り替えること  三つの要素を自動車に例えるならば@ブレーキを外し、A行きたい方向に向かってアクセルを踏み、Bハンドルを動かして軌道修正する、といったイメージです。  心理的柔軟性の@の要素を高めるうえで大切なことは、困難を避けるのではなく、困難を直視することです。いわば「不都合な現実にオープンでいること」が求められます。そして困難とは、実際に目の前で起きていることそのものではなく、自分のなかにある感情や思考であることがほとんどです。  再雇用の高齢者の方が持っている「再雇用の自分が余計なことを言ってはいけない」という思考や、高齢者をメンバーに持つマネジャーが考える「高齢者の方にこんなに依頼をしてはいけないのではないか」という思いこみも、この心理的非柔軟な「ブレーキ」として現れます。このような思考や思いこみが現れ、避けようとすると、本当は試しに意見やお願い、そして確認してみればよいことでも、行動に移すことができなくなります。  このとき「考えこんでしまって、自分でブレーキをかけているな」と、自分自身の思考に気づき、直視することが大切です。わたしたちは「これは無理だ」、「これはむずかしい」という思考が頭の中に浮かんできたとしても「にもかかわらず」役に立ちうる行動をとることができるからです。  それはまさに「月曜日、会社に行きたくないなあ…」という思考があったとしても、「にもかかわらず」出社できたのと同じようにです。  このように、ブレーキとなる思考や感情、思いこみがあったとしても、「できる行動から実行すること」、「やってみること」を、私たちは選択できるのです。  行動を選択するために大切なことが、心理的柔軟性Aの要素です。自身や組織にとって「大切なこと」を言語化し、そこに向かって役に立つ行動をとることです。先ほどの具体例では、まだキャリアが短いメンバーが、組織をよくするためのアイデアを持っていましたが「こんなことを言ってよいのだろうか」というブレーキが現れてアイデアを言うことができませんでした。しかしながら、組織にとって「大切なこと」に向かっていくためという確信が持てれば、勇気を持って言うことができるようになります。先程の例では「このチームでは、顧客満足向上を第一にしていると聞きましたので、私も一言お伝えしたいのですが…」のように切り出すのもよいでしょう。  企業理念やミッションなど組織の「大切にしていること」が言語化されているのであれば、自分の「チーム事」として言語化をしてみましょう。そしてそれをメンバーと共有してください。そうすることで、メンバーは心理的柔軟性の要素A大切なことに向かって進むことができるのです。  心理的柔軟性三つ目の要素は、軌道修正をすることです。軌道修正をするには、自分がいま、正しい方向へ進んでいるかどうかに気づく必要があります。正しい方向とは、Aで定めた向かっていきたい使命や目標、いわば大切にしていることです。大切にしていることがはっきりしているからこそ、ブレーキの存在や役立つ行動をとれていないことに気づき、軌道修正をしていくことができます(図表3)。ここからは、リーダーとメンバー、双方から発揮できる心理的柔軟なリーダーシップについて、それぞれ見ていきたいと思います。 4 リーダーが発揮できる心理的柔軟性  リーダーのみなさんは、「チームで大切にしたいことを言語化」し、またそれを「メンバーに共有する」までを試みてください。単に会社が掲げているミッションや、本年度の重要方針をそのままチームに伝えるのではなく、会社が掲げていることをふまえて、ほかならぬあなたのチームで大切にしたいことを言語化します。  メンバーへの共有は、一度話して終わりではなく、くり返しメンバーに話してください。自分なりに大切なことを考えたあなたは忘れることはないと思いますが、メンバーは一度聞いただけでは忘れてしまいます。日ごろ目にするところに掲げておく、定例会議で毎回確認し合う、などくり返しメンバーに伝えていく機会をつくることで、大切にしていることは定着します。 5 メンバーが発揮できる心理的柔軟性  メンバーのみなさんに推奨したいのは、リーダーがどのようなことを大切にしているかを聴きに行くことです。「お客さまからの相談を誠実に聞く」であったり、「メンバー全員が、活き活きと働いている」であったり、リーダーが仕事において大切にしていることを聞いてください。その「大切にしていること」を、自分なりに具体的な仕事のシーンと紐づけたり、それを大切にすることで、自分自身や同僚・お客さまに、どのようなポジティブな影響がありうるか、思いを馳せてください。  リーダーだけではなく、チームのメンバーと一緒に取り組むときも、他部門と連携するときも同様です。相手が大事にしていること、考えていること、感じていることに思いを寄せることで、自身のとっている行動が機能しているか、役に立っているかの、気づきを得やすくなります。 6 まとめ  チームのなかで、日々大切にしていることを確認しながら、ブレーキとなる思考や感情が出てきたとしても、そのときどきで役に立つ行動をとっていく、それが心理的柔軟なリーダーシップです。そして職場やチームで役立つ行動をとるメンバーが増えることで、心理的安全性の高い職場がつくられていくのです。  そのためにも、1日をふり返るとき、こんな問いかけを自分にしてみてください。「自分は今日、役立つ行動をどれくらいとっただろうか」、「今日の判断は、大切にしていることに向かっていただろうか」、「次回、同じ問題が降りかかってきたら、次回はどう対応したらよいだろうか」。ふり返りのなかで「気づく力」が育まれます。  チームの大切にしていることを明確にし、そこに向けて行動し、気づく力を高めて軌道修正をしていきましょう。その積重ねが、心理的安全性の高い職場をつくります。 図表1 「心理的安全性」と「心理的柔軟性」の相互作用 事業成果・企業価値へ 組織・チームの組織開発 話挑助新 心理的安全性の高い組織風土・文化づくり 組織・チームが個々人へ与える影響 人材の開発・成長(人的資本増強) 心理的柔軟なリーダーシップ 個々人のリーダーシップが組織・チームへ与える影響 ※筆者作成 図表2 心理的柔軟性が低いケース 業務改善会議でのこと ブレーキがはたらく! 先月中途入社した私 入ったばかりでキャリアの短い自分が業務改善について意見してよいのだろうか言っても聞いてもらえないのではないか 会社が大事にしている「顧客満足」を上げるために、以前の職場で上手くいっていた施策はこの職場でも役立つはず!このアイデアは伝えたい ・・・ (今日は言わずに聞いておこう) ※筆者作成 図表3 心理的柔軟性が高いケース 業務改善会議でのこと 先月中途入社した私 @「大切なこと」が明確だから「役立つ」がわかる 会社が大事にしている「顧客満足」を上げるために、以前の職場で上手くいっていた施策はこの職場でも役立つはず!このアイデアは伝えたい Aブレーキがはたらく!受入れ・直視 入ったばかりでキャリアの短い自分が業務改善について意見してよいのだろうか言っても聞いてもらえないのではないか B気づき、軌道修正 と、自分は思っているなぁ。そして、いま自分は発言せずに黙っている。こうして黙っていることは役に立っているの? C役立つ行動をとる 前職で顧客満足向上した施策が参考になると思うのですが… ※筆者作成 最終回 事例で見る、やりがいのある職場をつくるリーダーシップ 1 営業マネジャーからシニアのワクワクをつくる仕事へ  今回は、「再雇用で楽しく活き活きと働いている高齢社員がいる」という情報をもとに、直接お話を聞く機会をいただきました。お話を聞くなかで、「シニアも含めた多様な人々が輝く、これからの職場づくり」のヒントがありました。特に「シニアとしての働き方」と、「会社・職場のシニアとのかかわり方」の二つの点で実践的な知見をいただきました。  株式会社ポーラの佐野(さの)真功(まさのり)さんは、2021(令和3)年に60歳で定年を迎えるまで25年以上、営業マネジャーとしてキャリアを積んできました。定年前は関越エリアゼネラルマネジャー(部門長)として、群馬・長野・新潟の3地区を担当し、化粧品販売でトップクラスの業績を残してきました。定年後は役職を離れ、また営業も離れ、現在は人事戦略部ヒューマンバリューチームで、後述の「ミドルシニアワクワク支援」―ポーラのなかで従業員のキャリアデザインを支援する仕事―を「自分自身の使命」と考え、精力的に取り組んでいらっしゃいます。役職定年や役割の大きな変化、ときに過去の部下や後輩が組織図上は上司となるなど、一般的には「落ちこんでしまう」ことも多い再雇用で、佐野さんはどのようにキャリアを考え、またポーラはそれをどのようにフォローしてきたのでしょうか。まずは、佐野さんがセカンドキャリアについて考えを深め始めたきっかけをうかがいました。 2 喪失感からキャリアデザインへ  営業の第一線で働いていた佐野さんが、セカンドキャリアについて考え始めたのは50代半ばを過ぎたころでした。それまで営業マネジャーとして業績を上げることで感じていた、大きな達成感ややりがいが感じられなくなってきたといいます。そのように感じていたタイミングの2020年、コロナ禍が押し寄せ、対人接客を主とする佐野さんの仕事にも大きな影響がありました。もともと人と会うことが好きで、営業の仕事をしていた佐野さんにとって、リアルで会える時間がとれないことの喪失感は決して少なくありませんでした。  そんな折に、佐野さんは自分から一歩前に進んでトライしてみました。転機になったのは二つ。一つは、ポーラが社内で開催したキャリア研修に参加したことでした。あらためて「自分とは何か」、「自分にできることは何か」を考えたといいます。役職定年後、マネジメントの任を解かれたとき、いちプレイヤーとして自分に何ができるのかを考え始めたのだそうです。そしてもう一つ、新規事業提案制度に手をあげて参加したことでした。自分より10歳も20歳も年の離れたメンバーとともにプロジェクトを進めるなかで、「若手から学べることがある」、また「自分の得意なことを教えることもできる」と体感し、年代に関係なく学び合うことの大切さを感じました。新規事業として提案した「セカンドキャリア制度」について、そのときは残念ながらプロジェクト化にはなりませんでしたが、この提案が定年後、人事部の仕事を会社から提案されるきっかけになったのでした。 3 自分が一番のペルソナと考えて学び、考え、体感したものを広げる  自らを「ワクワクまーくん」と呼ぶ佐野さんは、インタビューの冒頭から柔らかい表情と穏やかな口調で、話しやすい場をつくってくださいました。  営業マネジャーとして第一線で働いていた佐野さんが、定年を迎えるにあたって直面した疑問がありました。それは、定年を迎えて本部に戻った際、「いちプレイヤーとして何ができるのか?」、「自らの居場所をどうしたらよいのか?」という問いです。これまで営業マネジャーとして結果責任を負い、リーダーやメンバーの育成をにない、判断や決裁をしてきました。当時、60歳を過ぎて再雇用となった先輩方が元気がなくなっていく姿に「なぜだろう?」と思っていましたが、いざ自分がその立場になったとき、「役割が変わる不安」、「収入減による経済的不安」、「家族との関係性が変わることへの不安(佐野さんの場合は、15年の単身赴任から自宅生活に戻る)」など、さまざまな不安が生まれ、自分自身にあらためて向き合う必要があったのです。  会社が実施したキャリア研修を受講してから、社外のキャリアに関するセミナーやカウンセリング、コーチングを受けたり、ファイナンシャルプランナーの資格を取ったり、自ら積極的に学びを進めるなかで、ある考え方が生まれました。  それは、「再雇用で仮に70歳まで働くとしたら、生活のためだけに働くのはつらい」ということでした。多くの企業では再雇用のシニアに、役職も収入も大きく下がる代わりに、任せる仕事や責任も軽いものに調整することが多いでしょう。しかし、じつはシニアは、少なくとも佐野さんのような意志あるシニアは、責任やタスクを単に減らされたいのではなく、期待されたり、なにか自分から仕掛けていきたいのです。  実際、佐野さんは「10年あったら何か新しいことができるのではないか」と、考えたそうです。未来について好きなことや得意なこと、新しいことを考えたとき、少しずつワクワクした気持ちになってきたのです。そして、多くの定年を迎える人も同じように不安を抱いているなら、自分と同じようにワクワクした気持ちでセカンドキャリアを始めてもらいたい、との想いが大きくなったといいます。そこから、いま取り組んでいる「ミドルシニアワクワク支援」が誕生しました。  いまは、自らをミドルシニアのペルソナ※として、ポーラ社内にある「幸せ研究所」でミドルシニアの幸せについて研究・実践をくり返しながら、立ち上げた社内コミュニティ「ライフシフトカフェ」の月1回の企画運営を通して、シニアと職場がWin−Winになる関係づくりに挑戦しています。 4 これからのシニアがやっていく「二つの言語化」 @自分の経験を社外で通じるスキルへ言語化する  これまでの経験のなかでつちかってきたことのうち、社外・市場でも価値を発揮するものは、どのようなものがあるか、棚卸しし、言語化してみてください。例えば「プレゼンテーションが上手い」のであれば「わかりやすく話す」というスキルがあります。自分のやってきたことを「論点を整理する」や「まとめる」、「文書にする」、「ファシリテーションする」、「教える」など、社外に発信してもわかりやすいスキルにいいかえてみましょう。 A自分の好きなこと、ワクワクすることを言語化する  あらためて、「自分の好きなことってなんだろう?」、「楽しいと感じるときはどんなときだろう?」、「だれの笑顔を見るとうれしく感じるだろう?」、「これから『こうなったらいいなぁ』と思う理想の未来像ってどんな未来だろう?」、「幸せに感じることってなんだろう?」などを言語化してみましょう。仕事人生をふり返り、最も自身が輝いていた瞬間を思い出してみてもよいでしょう。もちろん、仕事とまったく関係のないことでもよいと思います。「ワクワクの言語化」がセカンドキャリアの原動力になります。 5 これからの職場・リーダーは「期待の対話」をしよう  佐野さんは「再雇用の方には、補助的な仕事を設定しがちです。そこには『いままでのように責任ある仕事を任せてはいけないのでは』という思いこみがあるように感じます。でも、補助的な仕事で定年後10年間、モチベーションを保って働くことはできるでしょうか。本人のワクワクを大事にし、やりたいことにチャレンジできる環境をつくることが大事だと思います」といいます。  ぜひ、会社や管理職、人事として、シニア本人が、どのような責任を果たしたいのか、どのようなチャレンジがしたいのか、どのように期待してもらいたいのか、そんなテーマで未来志向の対話をしてみるのはいかがでしょうか。  もちろん、やりたいことはどんなことでもチャレンジしないといけないのか、というと決してそのようなことはありません。大切なことは、自分のやりたい〈利己〉と、仕事仲間・チーム・会社のため、顧客・社会のためという〈利他〉の両方を同時に満たしている接点を見出していくための対話です。  佐野さんは、「自分のためだけだと『自分勝手』となって共感を得られませんし、相手のためだけでは『自己犠牲』となり継続が困難になります。シニアが主体的に取り組むためにこそ、じつは〈利他〉だけではなく〈利己〉も大切なのです。そのような考えをリーダー・メンバーが共有し、信頼関係ができている職場が『心理的安全性が高い職場』といえると思います。私の職場は◎です! 感謝しています」と笑顔で話してくださいました。  佐野さんのいう「『いままでのように責任ある仕事を任せてはいけないのでは』という思いこみ」を、お互いに外して、敬意は持てども遠慮はせず、ぜひ心理的安全な対話をしてみましょう。 6 シニアの働きがいと職場の心理的安全性  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことをいい合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができます。  佐野さんに、いまのチームで高いと思う心理的安全性の因子を聞いたところ、「話しやすさ」、「助け合い」が高いとおっしゃっていました。シニアはチームにおいて「必要とされているかどうかに不安を感じていることが多い」ので、リーダーやメンバーから声をかけてもらうと居場所を実感できて、心理的安全性を感じられます。いきなり「対話」はむずかしいと感じる方も、まずは挨拶や「いつも◯◯してくださって、ありがとうございます」とお礼を伝えるところから、コミュニケーションを始めてみてはいかがでしょうか。  最後に佐野さんから、多様な年代のチームで心理的安全性の高いチームをつくる秘訣をうかがいました。「心理的安全性は、リーダー・メンバーとの信頼関係を実感できるかどうかが重要と考えます。その信頼関係はコミュニケーション濃度(互いに相手を知る)と、一人ひとりの失敗許容度に影響されるかもしれません。シニアと若手、年代の異なるメンバーがそれぞれの得意なことでお互いに協力・フォローし合えるチームは、心理的安全性が高いチームなのだと思います。思いやりですね」(佐野さん)  実際、弊社ZENTechの調査でも、心理的安全性は、信頼関係やエンゲージメント(働く人のやりがい)が、ポジティブに関連することが分かっています。その一歩目は、じつは遠慮して「責任ある仕事を任せない、補助的な仕事のみを任せる」ことではなく、むしろ遠慮なくお互いにリクエストする、困っていたら助けを求める、新しいアイデアや情報を共有することなのです。  世代を超えて、心理的安全性の高い組織・チームをつくるため、あなたから「ぜひ、◯◯さんに、これをお願いしたいのですが…」と、リクエストしてみるところからスタートしてみてはいかがでしょうか。〈おわり〉 ★本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※ ペルソナ……モデルとなる人物像のこと 写真のキャプション 佐野真功さん(写真提供:株式会社ポーラ) ライフシフトカフェで「ミドルシニアワクワク支援」に取り組む佐野さん(写真提供:株式会社ポーラ) 佐野さんと上司(部長)の岸本裕さん(右)(写真提供:株式会社ポーラ)