新連載 高齢社員活躍のキーマン 管理職支援をはじめよう! 株式会社新経営サービス 人材開発部 シニアコンサルタント 岡野隆宏  役職定年や定年後再雇用により、かつての上司だった高齢社員が部下となるケースなど、逆転する人間関係に戸惑いながら業務にあたっている管理職は少なくありません。しかし、豊富な知識や経験を持つ高齢社員にその能力を発揮してもらい、戦力として活躍してもらうためには、管理職の役割が重要なのはいうまでもありません。当連載では、高齢者雇用を推進するうえで重要なキーマンである管理職の支援のあり方について解説していきます。 第1回 高齢社員の実態と管理職に求められる役割 1 はじめに  ダーウィン※1の進化論に、このような一説が記されています。「生き残るのは強い者ではない。賢い者でもない。変化できる者である」。XUCA※2時代といわれるいま、企業を取り巻く環境変化のスピードは、今後ますます加速していくと考えられます。その変化のなかで、求められる要素のひとつが「適応力」です。そして企業がさまざまな適応を迫られるなか、それを実行するのはいうまでもなく「人」です。  しかし、その「人」において、近年「50代・60代を中心とした高齢社員層の戦力化が進んでいない」という問題に直面している企業が増加しています。今回は、その現状と対策の方向性について触れていきます。 2 日本の高齢化と高齢社員を取り巻く状況  まず、日本の高齢化の現状は、内閣府『令和2年版高齢社会白書』によると ・2019年時点で日本の総人口は1億2617万人、そのうち65歳以上は28.4% ・高齢化率は2036年に33.3%で3人に1人、2065年には38.4%に達し、国民の約2.6人に1人が65歳以上 ・15〜64歳人口は、1995年に8716万人(総人口の約69%)でピーク。2020年には7507万人(総人口の約59%) となっています。  また高齢化が進むなか、60歳以上の方々に対する「収入を伴う就業は何歳までと考えているか」という問いに対しては、65歳もしくは70歳くらいまで、という回答が約半数を占めており(図表1)、個人としても長く働きたいという志向が見られます。  こうしたなか、当然ながら企業における社員の高齢化も進んでいます。東京商工リサーチによると、2020年3月期決算の上場企業1792社の平均年齢は41.4歳で、近年は上昇傾向にあります(図表2)。  一方、企業では「50代の非管理職社員」、「役職定年者」、「再雇用者」など、高齢社員に関する問題が多岐にわたって表面化しています。また、高齢社員もこのような状況に個人では対応しきれず、モチベーション・ダウンを引き起こすケースが目立ちます。  しかし、このような事態に経営陣や人事部門がどこから手をつければよいかを判断できず、問題が放置されている、もしくは解決に向けた取組みが進まない、といった状況が散見されます。結果として、高齢社員の不活性化を招くと同時に、人件費の上昇や、(不活性状態による)中堅・若手層の高齢社員に対する不満の増幅などが生じ、組織運営に悪影響を与えています。  今後、高齢社員の増加が想定されるなか、高齢社員の活性化・戦力化が、企業の生産性を左右するといっても過言ではありません。 3 問題の具体例  先述のような高齢社員のモチベーション・ダウンにより、活動の量・質が上がらず、企業の成長に貢献できていないという周囲からの不満の声が上がっています。 [不満の例] ・新しい方法やアイデアを受け入れない ・頑固で、過去の経験に固執する ・自分が若かったころのやり方を通そうとする ・柔軟性に欠ける ・責任ある仕事を受けたがらない ・話しかけづらい ・積極性に欠ける ・覇気がない ・健康(体調不良)を理由に頻繁に休む など  もちろん個人差はありますが、総じて耳にする高齢社員に対するクレームの例です。  では、なぜ高齢社員のモチベーション・ダウンが生じるのでしょうか。原因としてはさまざまな要素があげられますが、整理すると、主に以下の三つが考えられます。 @制度・処遇の変化  多くの高齢社員は、役職定年や再雇用という状況を迎え、その変更にともなって役職が外れる「ポストオフ」を経験し、給与が下がっていきます。  いままでは管理職としてバリバリと働いていた第一線の立場から外れることで、「今後は会社においてどのような存在であればよいのか…」といった戸惑い、孤独、自信喪失、場合によっては屈辱感を抱くケースもあります。  実際にポストオフを経験したシニア層に話を聞くと、「仕事の責任ややりがいが失われること」の方が給与の低下以上にモチベーションに影響するという声がよく聞かれます。こうした高齢社員層の心情に対して、経営サイドは「ルールだから仕方がない」と割り切っていることが多く、十分に寄り添えているとはいえません。 A立場の逆転  幼少のころから「指示を出すのは年長者」という環境下で育ってきた高齢世代にとっては、年下上司の指示に従うことが心理的に受け入れがたく、ときに反発してしまう高齢社員も見受けられます。  このようなことから、周囲、特に年下上司とのコミュニケーション不足が生じやすく、結果として好ましい関係が構築できない状況に陥ることもあります。「高齢社員とその上司」だけの問題に留まっていればまだしも、元々組織内で強い影響力を発揮していた高齢社員が不活性化し、いわゆる「老害」的にふるまってしまうと、組織全体に悪影響が及び、若手・中堅からポスト高齢層に至るまで、当該高齢社員(年上部下)に対して、また管理職者(年下上司)に対しても大きく不満を抱くことになりかねません。 B環境変化への適応力  「人は習慣に支配される」という言葉があります。高齢社員のようなベテランになると、年齢を重ねるにつれて過去の習慣から脱却することがむずかしくなり、刻々と変わるビジネス環境への対応が困難になってきます。  特に、専門的知識の吸収やより効果的な新手法への取組み、また働き方改革を念頭に置いた社内諸制度への対応など、新たな仕組みや柔軟な対応に大きな課題が見られます。  この点については、一部の高齢社員からも「変化への柔軟性が期待されている」という自覚が見られますが、思うような行動変容が図れないのが実情のようです(図表3)。 4 年下上司のアプローチ  このような問題に対して解決のカギを握るのは、まず第一に直属上司による高齢社員への指導アプローチです。  高齢社員の直属上司は、年下の元部下がなるケースが多くあります。年下上司にとっては心理的にマネジメントしづらいことが容易に想像されますが、避けては通れないプロセスでもあります。この役割をしっかりと遂行することが求められます。 そこにおいて重要なポイントは3点あると考えられます。 @高齢社員も教育対象者≠ニいう認識を持つ  新人研修や管理職研修は行うものの、その他は手つかずになっている、ましてや高齢となれば「過去の経験で何とかなるだろう…」、「ベテランなので必要ないか…」というように、教育対象から外されるケースが多くあります。  しかし、立場や環境は変化している、また当然ながら世の中は常に変化していく、ということをふまえると、当然ながらこの段階で相応の努力が必要となります。そうとらえるなら、エネルギーをかける割合はあるでしょうが、高齢社員にも適切な教育は欠かせません。  高齢社員本人にも、過去の知恵や経験によって残して来た成果だけにこだわるのではなく、ここから新たな未来をつくる心構えが大切だと理解してもらいたいところです。  近年では「リスキリング(学び直し)」という言葉が流行してきていますが、ある調査では、大企業を中心に約8割の企業が「余剰人員の活用」が今後重要になってくると回答しています※3。そして、高齢社員はいずれの企業においても余剰人員化するリスクを抱えていると考えられるため、「高齢社員教育」はますます重要なテーマになってくることでしょう。 A会社、部門の課題共有化を図る  改めて、シニア層に対しても会社が積極的に教育の場を提供することで期待を寄せていることを伝え、そして自分が向かう今後の道筋を高齢社員自身もイメージし、それを真剣にやり切ろうとする姿勢を持たせることが大切です。  特にポストオフなどの大きな環境変化が発生するタイミングでは高齢社員として、これまでとは異なる目線から組織課題を明確にすることも重要です。会社サイドとしては、今後の市場動向の変化にどう対応していくか、といった根本的な方向性を高齢社員の上司である管理職者との間で共有し、新たな動機づけを図っていく必要もあります。  立場的に一線から外れ、会議にも呼ばれなくなった、といった状態であれば、人知れず疎外感に苦しんでいるかもしれません。そのような心理状態時に「一緒に○○という目標に向かって進んでいただきたい。そのなかで、△△の役割をになっていただき、一緒に成果を導き出していただきたい」と言葉で伝え、相互理解が促進されれば、高齢社員にとっての新たな一歩をふみ出すきっかけになるでしょう。 B年上部下との協働力を強化する  上述のような切り口をベースに、年下上司と高齢社員の関係性を強化していくことが求められます。例えば、1on1ミーティングやフィードバック強化などを日々のなかで行い、高齢社員の自己肯定感を再び醸成させることがポイントになってきます。  高齢社員のなかには「これ以上の成長はない」とあきらめ、停滞感を払拭できないままに過ごしている場合があります。「キャリアプラトー」という言葉がありますが、天井にまで行き着いた状態で、伸びしろがないようなイメージをさします。  しかし、立場や環境の変化に応じた視点と方法を身につけることで「次のステージ」が開かれていきます。そのためには年下上司が高齢社員のマインドセットを図り、高齢者だからこそ可能な貢献を果たすことが期待されます。  このように、年下上司に求められるマネジメントや教育の進め方についてもさまざまな手法がありますが、企業の現場ではあまり知られておらず、実践できているところも少ないのが実情です。次回以降はこうしたノウハウの具体例を織り交ぜながら解説していきたいと思います。 ※1 ダーウィン……イギリスの自然科学者 ※2 VUCA……Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を組み合わせもの。将来の予測がむずかしい時代であることを示す言葉 ※3 「『大企業人事の人材活用』に関する意識調査」(2021年11月実施/シェアエックス株式会社・ユームテクノロジージャパン株式会社)より 図表1 何歳まで収入を伴う仕事がしたいか n=1,755 全体 男性 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 80歳以上 女性 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 80歳以上 65歳くらいまで 70歳くらいまで 75歳くらいまで 80歳くらいまで 働けるうちはいつまでも 仕事をしたいとは思わない 不明・無回答 出典:内閣府『令和2年版高齢社会白書』 図表2 3月期決算 上場企業1,792社従業員平均年齢 2011年 39.8歳 2012年 40.0歳 2013年 40.2歳 2014年 40.5歳 2015年 40.7歳 2016年 40.9歳 2017年 41.0歳 2018年 41.2歳 2019年 41.3歳 2020年 41.4歳 出典:東京商工リサーチ『「従業員平均年齢」調査』(2020年) 図表3 今後、ご自身が働く上で「周囲から求められる」ことは何だと思いますか 年齢問わず、周囲との良好な関係性43.3% 判断力37.8% 自身のノウハウ(成功実績/豊富な経験)共有36.3% コミュニケーション力36.1% サポート力36.0% 変化に対する柔軟性34.6% 専門性/得意分野33.1% 自身のノウハウ(成功実績/豊富な経験)に固執しない姿勢27.0% 知識/情報のアップデート25.8% リーダーシップ19.3% チャレンジ精神15.6% 社外人脈12.3% 役割へのこだわり11.7% 成長欲求/学習意欲11.3% 上層部へのパイプ11.1% 好奇心7.6% 周囲への自己開示5.1% この中には無い9.9% 出典:サイボウズ チームワーク総研『「シニア社員の職場との関わり」についての意識調査』(2021年) 第2回 年下上司からのアプローチ方法@ 1 はじめに  前回は、「高齢社員を取り巻く現状を確認すると同時に、活性化を図るためには年下上司による年上部下のマネジメントがポイントである」、という内容をお伝えしました。では、高齢社員の活性化はどのように進めればよいのでしょうか。今回は年下上司からの具体的なアプローチ方法をご紹介します。 2 高齢社員も教育対象者という認識  自分よりも年齢が上、なかには元上司という方々が部下となれば、やりにくさを感じる管理職の方は少なくないでしょう。しかし、組織においてはこのような状況もあり得ることと前向きにとらえ、それぞれの役割を遂行することが求められます。  新人研修や管理職を対象とした研修は行うものの、ほかは手つかずになっているという状況を耳にします。ましてや高齢社員ともなれば「過去の経験をもとに、自分で対応してくれるだろう」、「先が見えてきた層なので対象外」など、教育対象から外されるケースがあります。  しかし環境変化はくり返し生じ、それに応じた対応が常に求められます。現状のままでは変化を乗り越えられず、先々で困難に直面することが想像されます。そのように考えるならば、上司は「高齢社員にも適切な教育は必要である」と考えるべきです。  また、高齢社員自身が過去の努力や経験によって獲得してきたスキル・ノウハウも、残念ながら時代の流れとともに陳腐化してしまうことがあります。同様に、長年にわたって残してきた成果も、いまでは評価に値しないと厳しい声が上がることもあります。過去へのこだわりがあるのは察することができるものの、現実的には新たに未来を創る気持ちへの切り替えが必要であると理解してもらうことが重要です。  さらに、昨今年齢を問わず社員からの「自信がない」という言葉をさまざまな場面で耳にします。立場や環境の変化によって苦手、未経験の仕事を担当することになり、不安心理が増幅しているケースです(図表1)。これは高齢社員にとっても同様で、先述のような状況下では自信を喪失しているため、自信がないという高齢社員も意外と多いようです。  この背景の多くは「思考過多(考えてばかりで、行動しない)」によるもので、結果として活動量が減少している状態が考えられます。自信を得るには、周囲からの励ましや賞賛なども効果的なのですが、もっとも有効なのは自分自身が行動を起こすことで経験し、手応えをつかむことです。それがチャレンジ意欲をかき立て、次の一歩につながっていきます。高齢社員にも新たな教育を施すことで自信を与え、「自分もまだまだやれる!」という自己肯定感の醸成をうながすこともポイントでしょう。 3 組織・部門の課題共有化  前回、ポストオフによって役職が外れ、立場が変わり、孤立した状況に陥ることがあることに触れました。それによって、自分自身の目標・ゴールを見失っていることになっている高齢社員がいます。また高齢社員の上司も、高齢社員の役割が変化することによって、期待事項が不明瞭になり、その状態が放置されてしまうことが少なくありません。まずは状況変化に応じてあらためてしっかりと今後の目標をすり合わせ、それを共有しながら「再スタート」することが重要です。  ここでのポイントは、再スタートをした後も、小さな話を通じて頻繁に共有状態を確認することがあげられます。一定スパンを空け、時折り多くを語り合うこともありますが、高齢社員にはむしろこまめに声をかけ、ズレが生じていないかをチェックすると同時に、向かうべき方向性をくり返し分かち合い、認識強化につなげることが有効です。  またゴールを共有していくなかで、上司としての期待を言葉で伝えることも効果的でしょう。人は、相手が自分に対して抱いている期待を感じることによって、成果が上向きに変わるといわれています。この期待感を持って指導・教育することで物事が前進し、成果につながる現象を「ピグマリオン効果」といいます。逆に、「ゴーレム効果」という、期待感を持たずに接することでパフォーマンスが下がる現象があることも知られています。  第一線から外れ、疎外感を持つ高齢社員に、例えば「立場は変わっても、これからも一緒に目標に向かって進んでいただきたい。そのなかで〇〇をになっていただき、ともに成果を出したい」と、年下上司としても素直な思いを明確に伝えるようなイメージです。これによって、人間が保有する「(期待に応えようという)貢献欲求」が満たされ、高齢社員が一歩踏み出そうという心境を導きやすくなります。 4 協働力の強化  この数年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、多くの組織で上司・部下間のコミュニケーションが総じて不足しているといわれています。言葉を交わしたとしても業務上の必要な連絡事項のやり取り程度で、十分に時間をかけての意思疎通が図りにくい状況になっています。またコミュニケーション機会として面談の場を設けたとしても、多忙ななかで時間をかけた話ができないといったケースも散見しています。このような状況が発生することによって、若手・中堅社員のみならず高齢社員のモチベーション・ダウンも誘発してしまい、双方の良好な関係構築が困難になっています。  このような状況を好転させ、年下上司と高齢社員がともに協力体制を構築する、いわゆる協働力の発揮を目ざしたいものです。  先述した課題共有化を進めるうえでも、協働力を強化するにはコミュニケーション量を一定量以上に保つことが必須事項であるといえます。昨今、広く取り入れられている1on1ミーティングは、相互理解を深め、チーム形成するには効果的な手法ですので、おすすめの活用法です(「1on1ミーティング」については、次回に詳細をご紹介します)。  そしてコミュニケーションを図るなかでのポイントに、「承認」の言葉を投げかけることがあげられます。人は、否定されるよりは肯定される方が好ましく感じるもので、これは高齢社員にとっても同様で、承認されることはプラスに作用するでしょう。  また、人は自分を承認してくれる人に対しては、自分も相手の美点・長所を探し、承認行為を返そうとするものです(これを「返報性の法則」と呼びます)。このような作用が働くことで、両者の関係性が良好になり、仲間(パートナー)として働く協働体制が構築しやすくなります。  異なる切り口として、協働力の強化には、年下上司からの「依頼」も有効な手段でしょう。依頼というのは単純にいえば仕事を頼むことですが、依頼されることによって頼られている、(よい意味で)責任を与えられている、という心理を生みやすく、これが動機づけにつながることもあります。協働力の強化に、意外と効果的な観点であるといえるでしょう。 5 ノウハウの共有化  長年にわたり努力や実績を重ねてきた高齢社員たちは、豊富な経験を有しています。ただ多くの組織において、それらが有効活用されていないケースも見受けられます。このマイナス点を解消することが必要です。そのための着眼点として、以下の3点をマネジメントすることがポイントと考えられます。 @スキル・ノウハウの見える化  後輩世代に向けて、高齢社員が保有する知識や技術の伝承が求められます。そのために、まず高齢社員自身が保有している知識やノウハウ、経験値などを確認し、いわゆる「棚卸し」をします。そして、それらをどのような場面で、どのような活用方法によって活かすことができるかという具体的な方法を考えます。それらを一覧表に落とし込んでいきます。時の流れとともに、なかには陳腐化している内容もあるでしょうが、エッセンスとして活かせることも多くあります。ていねいに作業を進め、正しく「伝えて」、「残す」ようにします。 A周囲とのいえる∞聴ける♀ヨ係づくり  伝えるべき内容を整理したうえで、伝えるべき後輩世代との関係を良好にすることも念頭に置きます。ここでもカギを握るのは周囲とのコミュニケーションの量・質でしょう。もちろん、関係性が悪いということではないでしょうが、一方ではお互いに遠慮が先行してしまい、本音では口にしたいことでも伝えきれないことがあります。逆に、充分な聴き取りが不足していることで相互理解がなされていない場合もあり、固定観念や思い込みが働く、また相手の意図が正確につかめないケースもあります。この点の解消に、ここでもやはり対話の頻度を増やし、そのなかで自由闊達(かったつ)な意見交換ができる関係をつくる意識を高めます。それによって、高齢社員のスキル・ノウハウが活かせるようになってきます。 B異なる価値観・多様性の受容  上記Aに関連して、コミュニケーションを図る際に、年長者である高齢社員から後輩世代に対して「自分たちのころは…」といった言葉を発してしまうことがあります。しかし、後輩世代は異なる時代背景のもとで成長してきたため、考え方が違って当然です。エジプトのピラミッドには「いまどきの若い者は…」という言葉が彫られているそうですが、大昔から年長者は若者を受け入れがたく感じる傾向にあるようです。相手を理解し、相手に合わせることも時に必要と考え、柔軟な姿勢を示すことが重要でしょう。  ノウハウの共有化を進めるために、高齢社員が保有しているこれまでの思考、感情のみにとらわれず、積極的に状況に合わせて変化することが肝要です。「マインドセット(自分に習慣として根づいている物の見方や考え方)」という言葉がありますが、これを場面に合わせて適応させていくことが求められます。高齢社員のマインドセットの進化を図り続けるサポートも、年下上司の役割として認識しておくべきでしょう(図表2)。 図表1 立場の変化による不安心理 今から成長を求められても… 元部下には聞きにくい… 気力・体力に自信がなくなってきた… 何をやっても誉められない… 失敗したら格好悪い… ついていけない“お荷物”… フェイドアウトしようか… 資料提供:株式会社新経営サービス 図表2 マインドセット進化 シニア人材のマインドセット進化 ノウハウの見える化 異なる価値観・多様性の受容 周囲とのいえる・聴ける関係づくり 資料提供:株式会社新経営サービス 最終回 年下上司からのアプローチ方法A 1 はじめに  前回は高齢社員の活性化に向けた育成アプローチに関して、年下上司が保有すべき観点をご紹介しました。その内容に続き、今回は1on1ミーティング(以下、「1on1」)を中心としたコミュニケーションの場面で活用できる具体的手法をお伝えします。 2 傾聴(1)〜アクティブ・リスニング  対話をするときには、伝え手として相手に伝わりやすい、相手が理解できる話し方が求められます。しかし、同様に話の聴き方も重要な要素といえます。  みなさんは、話をしている際に「相手はきちんと自分の話を聴いてくれているのかなあ…」と不安になったご経験はありませんか?例えば、話をしているときに相手が ・スマートフォンを操作している… ・よそ見をしている… ・腕組みしながらしかめっ面をしている… ・話を最後まで聴かないうちに口をはさんでくる…  このような態度で自分の話を聴かれても、 「しっかりとコミュニケーションを図れた」という心境には至らないでしょう。こうして考えてみると、話の聴き方も対話の際には重要な要素であることがわかります。  話の聴き方においては、「アクティブ・リスニング(積極的傾聴法)」という効果的なコミュニケーション技法があります。これは、アメリカの臨床心理学者であったカール・ロジャーズが提唱したコミュニケーション技法の一つとして知られています。  具体的には、以下のようなことを念頭に置き、コミュニケーションの促進を図ります。 @共感……相手を尊重する気持ちで、相手が話したい内容をそのまま聴き、それが自分にきちんと伝わっていることを相手に伝えながら聞く A受容……相手や話の内容を否定せず、ありのままを受け入れる B内面・外面の一致……見せかけの姿勢で聴くのではなく、誠実に、気持ちと態度が一致している状態で聴く  これらを意識しながら、 ・身体を相手の方に向ける ・相手の目を見る ・うなずく ・あいづちを打つ などを心がけ、しっかり聴こうとしている態度を示します。  また、もう一歩ふみ込み、 ・聴いた内容をいい返す(オウム返し) ・質問して確認する(「いまの話は、○○ということでよいのでしょうか?」) ・同意する(「たしかに、その通りですね」) ・整理する(「ここまでの内容は、Aということと、Bということが必要だという話ですね」) といった返しを行い、相手の話がしっかり理解できていることを伝えます。  アクティブ・リスニングを行うことによって、相手が感情的になったり、自己防衛的な態度を取ることが減り、心を開いて対話するように変化していきます。  「1on1」では言葉通り1対1で対話をするので、アクティブ・リスニングが効果的です。これをくり返すなかで高齢社員には「年下上司は自分のことを受け入れてくれている」という安心感が生まれます。小さなことのように思えるかもしれませんが、この傾聴姿勢を示すことが年上部下との信頼構築に大きな影響を与えます。 3 傾聴(2)〜ノンバーバル・コミュニケーション  コミュニケーションといえば、多くの人たちが「言葉による意思疎通」を連想されるのではないでしょうか。たしかに私たちは、言葉を使って意思疎通を図ります。  しかし、みなさんは ・自分の話を聴いている相手の表情が気になった ・相手が身振り手振りをつけて話していたため、感情がよく伝わってきた ・相手から声のトーンに強弱のある話し方をされたことで、聴きやすく感じた といった経験はありませんか。これらは言葉そのものではなく、言葉以外の要素に意識が向いたことを表しています。  コミュニケーションは、「言葉」によるものと、「言葉以外」によるものの2種類があるといわれます。「言葉」によるコミュニケーションは「バーバル(言語)・コミュニケーション」、「言葉以外」のコミュニケーションは「ノンバーバル(非言語)・コミュニケーション」と呼ばれます。  「ノンバーバル・コミュニケーション」は、「視覚情報(目で確認するコミュニケーション)」と「聴覚情報(耳で確認するコミュニケーション)」の二つに分類されます。 ●「ノンバーバル・コミュニケーション」の例 ・視覚情報…服装、風貌、表情、視線、身振り手振り、など ・聴覚情報…声の抑揚、アクセント、リズム、明暗、話すスピード、など  私たちは意識的に、ときには無意識的にこれら2種類のコミュニケーションを使いながら、考えや感情のやり取りをしています。先述のような、身振り手振りを交える、話し方に抑揚をつけて意図や想いをより正確に伝えようとする、などが該当します。  もし「1on1ミーティング」において、年下上司が目を合わせない(もしくはうなずかない)ならば、たとえ年上でも部下の立場になれば安心して話せない、表情で意向を忖度して自分の意見・本音をいわなくなり、場合によってはネガティブな心理状態に陥る、といったことが考えられます。  コミュニケーションは、単に言葉を使って会話することだけではなく、話し手と聴き手の双方がさまざまな手段を使って意思疎通を図る行為です。「バーバル・コミュニケーション」と同時に「ノンバーバル・コミュニケーション」にも気を配り、良好な関係構築につなげたいものです。 4 フィードバック  フィードバックとは「相手の言動に関して、自分が感じた印象や感想を本人に伝えること」をさします。年上部下が自分の現状や周囲への影響度合いを把握し、長所伸展・短所改善に向き合うためのサポートがフィードバックの目的です。よって、ここに年下上司の私心が入ることは好ましくありません。あくまでも高齢社員のためであり、真に成長を願う動機からの行為といえます。  また「フィードバック」という言葉を耳にすると、多くの方々が改善に向けたマイナスのフィードバックを連想されます。もちろん状況に応じてこれは必要です。しかしそれだけではなく、長所や善行にも着目し、プラスのフィードバックも心がけるべきでしょう。  フィードバックを行う際の具体的なポイントとしては、以下のような点があげられます。 ■三つの観点をおさえる〜「場面」、「行為(言動)」、「影響」  フィードバックは、シンプルに三つの項目を伝えることで成立します。まずは「どのような『場面』でのことか?」、二つ目は「どのような『行為』のことか?」、最後は「どのような『影響』を与えたか?」という3点です。  例えば、次のようなフィードバックを行ったとします。 ・あなたが会議中に ← 会議という「場面」 ・参加者の発言内容を板書してくれましたね ← 板書という「行為」 ・それによってみんなの理解が促進され、会議がスムーズに進みました ← スムーズに進んだという「影響」  この場合、三つの観点をおさえることで、プラスのフィードバックが成立しています。 ■「Iメッセージ」を活用する  「Youメッセージ」という相手を主体にした表現がありますが、ときに自分を主体にした「Iメッセージ」を活用することで、年下上司の言葉にインパクトを与えることができます。 <例> ・Youメッセージ → 「○○さん、がんばりましたねぇ…」 ・Iメッセージ → 「○○さんが努力されたことで、私もうれしく思います」  フィードバックされる側にすると、「Iメッセージ」で伝えられる方が自分の言動などが相手の心に響いた感じが強く、部下もうれしさや反省の感情が増すという作用が働きます。 ■言葉の定義を一致させる  お互いの言葉の定義(何をさしているのか)が一致していない状態もあり、ときにフィードバックしても話がかみ合わないことがあります。「相手が受けとめた内容が、コミュニケーションの結果である」といわれます。コミュニケーションを図る際にどう伝えるか≠ヘ重要です。しかしときにはどう伝わっているか≠ニいうことにより意識を置き、自分の意図が正しく理解されているかを確認することも必要です。 ■フォローを忘れない  年下上司はフィードバックをした後、その内容を時間の経過とともに忘れてしまっている、ということが意外に多くあります。しかし、フィードバックされた年上部下はその内容を念頭に置き、伸展や改善に向けた活動を行います。  上司がそれを意識せず、取組みのフォローをしなければ指導としては不十分でしょう。そしてこのような状況になると、上司・部下間の信頼関係が損なわれ、高齢社員のモチベーションダウンも懸念されます。  人の成長にはさまざまな「気づき」が必要です。しかしその「気づき」は、プラス・マイナスにかかわらず、他者から伝えられることで得られる「気づき」が大半です。だからこそ、フィードバックが重要となります。  以前、私は次のような言葉を教わりました。「フィードバックしないことは罪である。フィードバックしない上司は悪である」。この言葉にフィードバックの重要性が集約されていると痛感させられました。「1on1」で事の大小を問わず、感じたことを部下の方々にフィードバックし、成長へとリードしてあげましょう。 5 マインドセット  「マインドセット」という言葉があります。人はさまざまな経験から、自分の価値観や信念、また思考習慣や思い込みなどが固定化される、という意味の言葉です。これらを基に、人は自分なりの基準で物事を考える傾向が強化されます。これがプラスに作用する場合はよいのですが、マイナスに働いてしまう場合があり、それが人の成長を阻害してしまうケースがあります。このマイナスを回避するためには、現状のマインドセットに新たな視点を加え、マイナスの思考やそれにともなう行動をプラスに好転させる必要があります。  ただ、人は自力で思考習慣を変えたり、思い込みや固定観念を排除することは非常にむずかしいといわれます。そのため、多くの場合は先述した他者からのフィードバックやアドバイスなど、客観的な立場からのサポートを必要とします。  いいかえれば、これが「1on1」における気づきの促進であり、年下上司が高齢社員に行うことのねらいといえます。  「1on1」に関しては、ときに部下の方々から ・単にコーチングスキルで詰め寄られるだけで、憂鬱になる… ・雑談だけで意味がない、時間の無駄でしかない… ・部下のための時間といいつつ、年下上司の話をひたすら聴く時間にすぎない… といった不満の声を耳にします。  しかし、これらは当然ながら「1on1」のねらいではありません。高齢社員を理解し、日々の言動のなかから課題をつかみ、よりよい方向へと導く考え方や行動を伝える取組みです。  人と人は、信頼関係のうえに成り立っていると思います。「1on1」を通じてマインドセットに好影響を与えることで、高齢社員は、年下上司に信頼を寄せるようになってきます。結果、高齢社員の活性化が図られ、成果創出に導けるのではないでしょうか。 ◆  ◆  ◆  3回にわたり、高齢社員の活躍をテーマに管理職の支援方法について触れてきました。微力ながら、このメッセージが読者のみなさんのお役に立てることを願っています。 ★本連載の第1回から最終回までを、当機構ホームページでまとめてお読みいただけます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html 写真のキャプション アクティブ・リスニングを意識した面談を 面談時には、ノンバーバル・コミュニケーションにも気を配りたい