加齢による身体機能の変化と安全・健康対策  高齢従業員が安心・安全に働ける職場環境を整備していくうえでは、加齢による身体機能の変化などによる労働災害の発生や健康上のリスクを無視することはできません。そこで本連載では、加齢により身体機能がどう変化し、どんなリスクが生じるのか、毎回テーマを定め、専門家に解説していただきます。第1回のテーマは「腰痛」です。 OHサポート株式会社 代表/産業医 今井(いまい)鉄平(てっ平ぺい) 第1回 職場における「腰痛」の予防と対策 1 はじめに  高齢従業員においては、加齢にともなう筋力や柔軟性の低下など、腰痛リスクが高まりやすい状況にあります。  今回は、加齢による身体機能の変化、それによる腰痛の発生リスク、そして高齢従業員の腰痛予防対策に向けて、事業者に求められる安全・健康対策(作業管理・作業環境管理・健康管理)について解説します。 2 加齢による身体機能の変化  高齢者特有の健康課題に関して、以下にあげるような加齢による機能低下をまず考える必要があります。なお、高齢者の健康状態は個人差が大きいことが特徴となります。 ・感覚機能(視力、聴力、皮膚感覚、目の薄明順応) ・平衡機能 ・疾病への抵抗力と回復力 ・下肢筋力 ・柔軟性 ・速度に関する運動機能(動作調節能力) ・精神機能(記憶力や学習能力)  これらに対して、あまり低下しない機能には、手や上腕の筋力、筋作業持久能力、分析と判断能力、計算能力などがあります。さらに、長年蓄積してきた豊富な経験、知識と卓越した技術、慣れた業務であれば正確に遂行できるといった優れた点も多く認められます。  女性従業員においては、骨粗しょう症についても注意が必要です。骨量は、20代から40代後半まで、あまり変化しません。しかし50代以降は、エストロゲンの分泌が閉経によって減少し、新しい骨をつくるよりも古い骨を壊す働き方のほうが活発になるため、何もしなければ骨量はどんどん減っていきます(図表1)。 3 腰痛について  腰痛には、ぎっくり腰(腰椎ねん挫など)、椎体骨折、椎間板ヘルニア、腰痛症などがあります。職場における腰痛は、特定の業種のみならず多くの業種および作業においてみられ、休業4日以上の業務上疾病として2023(令和5)年には6132件の発生を認めており、新型コロナウイルス罹患を除くと業務上疾病として最も多いものとなっています※。さらに、腰痛は労働生産性の低下と関連する重大な要因となることも示唆されており、各職場における腰痛予防対策はきわめて重要といえます。  腰痛の発生要因は動作要因、環境要因、個人的要因、心理・社会的要因に分類されます。これらのうち、単独の要因だけが腰痛の発生に関与することは稀で、いくつかの要因が複合的に関与しているとされています。 ・動作要因……重量物の取扱い、人力による人の抱上げ作業、長時間の静的作業姿勢(拘束姿勢)、不自然な姿勢、急激または不用意な動作 ・環境要因……振動、温度、床面の状態、照明、作業空間・設備の配置、勤務条件など ・個人的要因……年齢および性、体格、既往症および基礎疾患 ・心理・社会的要因……仕事への満足感や働きがいが得にくい、上司や同僚からの支援不足、職場での対人トラブルなど 4 加齢にともなう腰痛発生リスク  下肢筋力の低下により重量物を持ち上げるときの負担が大きくなる、柔軟性の低下により無理な姿勢を取りやすくなるなど、加齢にともない腰痛リスクが高まることが考えられます。また、平衡機能や動作調節能力の低下により転倒リスクが高まり、転倒した際に受け身などの体勢がとりづらいことなども、転倒による腰痛リスクを高めることにつながります。さらに、外傷を受けた際の回復力の低下や骨粗しょう症による骨折のしやすさが加わることで、腰痛災害が重症化・長期化する懸念もあります。 5 職場における腰痛予防対策  腰痛の発生要因は複数存在することから、単独の予防対策だけでは、また、個別的に各予防対策を行うのでは、腰痛の発生リスクを効果的に軽減するのはむずかしいとされています。このため、事業者が中心となり、職場で総合的な腰痛予防対策を講じていくことが重要といえます。2013(平成25)年に厚生労働省から公表された「職場における腰痛予防対策指針」では、このような総合的な腰痛予防対策のために事業者や労働者が取り組むべきことがまとめられています。具体的な予防対策は「作業管理」、「作業環境管理」、「健康管理」の三つに分類されます。以下、分類別に取組みのポイントを示します。 ■作業管理 ・自動化、省力化  重量物取扱い作業などの腰部に著しい負担のかかる作業については、作業の全部または一部を自動化することが望まれます。それがむずかしい場合は、運搬物の軽量化、台車などの適切な補助機器や道具を導入するなどの省力化を行うことが求められます。 ・作業姿勢、動作  作業者が自然な姿勢で作業対象に正面を向いて作業できるように、作業台などを適切な高さと位置に設置するとともに、十分な作業空間を設置することなどがあげられます。また、不自然な姿勢を取らざるを得ない場合も、前屈の角度やひねりの程度を小さくするとともに、不自然な姿勢を取る頻度と時間を少なくする工夫が求められます。 ・作業の実施体制  作業者の年齢・性別・体格・体力なども考慮して、作業密度・作業強度・作業量などが個々の作業者ごとに過大になりすぎないよう配慮することが重要です。 ・作業標準  おもな作業動作・作業姿勢・作業手順・作業時間などを盛り込んだ作業標準の策定も、腰痛防止に必要な対策の一つです。その際、必要に応じてイラスト(図表2)や写真なども活用して、具体的な内容にすることが大事です。 ・休憩・作業量、作業の組合せなど  各作業間に適切な長さと頻度の休憩を取り、腰部の緊張を取り除くことが大事です。また、不自然な姿勢を取る時間が多い作業や、姿勢の拘束や同一作業の反復が多い作業では、ほかの負担が少ない作業と組み合わせるなどして、負担がかかる一連続作業時間をなるべく短くすることも求められます。 ・靴、服装など  転倒などの事故を防ぐために、作業用の靴は滑りにくいものを使うこと、また、作業服は適切な姿勢や動作を妨げることのないように、伸縮性のあるものを使うようにすることが大事です。 ■作業環境管理 ・温度  気温が低すぎると腰痛が悪化したり、発生しやすくなるため、寒冷時の屋内作業場では適切な温度環境を保つこと、冬季の屋外作業では、保温のための衣服を着用させるとともに、適宜、暖が取れるように休憩室などに暖房設備を設けることが望まれます。 ・照明  照度不足で足もとや周囲の安全が確認できないと、腰痛の原因となる転倒や階段のふみ外しなども招く危険があります。このため、作業場所・通路・階段などで、適切な照度を保つことも重要です。 ・作業床面  転倒・つまずき・滑りなどのリスク低減のため、作業床面はできるだけ凹凸・段差が少なく、滑りにくいものとすることが望まれます。 ・作業空間や設備、荷の配置など  不自然な作業姿勢・動作を避けるため、十分な作業空間を確保することが大事です。作業場そのものが整理整頓されておらず、雑然と物が置かれている状況だと、作業・移動の妨げとなるため、作業開始前に十分な作業空間を確保しておくことが求められます。また、作業場を日ごろから整理整頓しておくことで、転倒防止にもつながります。 ■健康管理 ・腰痛予防体操  職場で腰痛予防体操を実施し、腰部を中心とした腹筋、背筋、殿筋等の筋肉の柔軟性を確保し、疲労回復を図ることが重要です。腰痛予防としてはストレッチングを主体としたものが望ましく、作業開始前・作業中・作業終了後などが実施のタイミングとなります。ストレッチングは床や地面に横にならずとも、作業空間、机、いすなどを活用して手軽に行うことができます(図表3)。  効果的にストレッチングを行うポイントとして、以下があげられます。 @息を止めずにゆっくりと吐きながら伸ばしていく A反動・はずみはつけない B伸ばす筋肉を意識する C張りを感じるが痛みのない程度まで伸ばす D20秒から30秒伸ばし続ける E筋肉を戻すときはゆっくりとじわじわ戻っていることを意識する F一度のストレッチングで1回から3回ほど伸ばす ・労働衛生教育  腰痛予防のための労働衛生教育を従業員に対して実施することも大事です。職場における腰痛予防対策指針では、@腰痛の発生状況および原因、A腰痛発生要因の特定およびリスクの見積り方法、B腰痛発生要因の低減措置、C腰痛予防体操を項目に盛り込むことが推奨されています。それに加え、女性従業員向けには骨粗しょう症予防に関する内容として、バランスのよい食事や、骨に適度な負荷をかける(骨をつくる細胞を活性化する)運動習慣に関する啓発を行うことも効果的でしょう。 ・職場復帰時の措置  腰痛は再発する可能性が高い疾病です。腰痛による休業者の職場復帰の際は、重量物取扱いなどの腰部に負担のかかる業務の免除など、腰痛発生に関与する要因を排除・低減し、休業者が復帰時に抱く不安を十分に解消することが大事です。また、休職に至らずとも、腰痛の訴えや既往症を把握した場合には、必要に応じて作業方法の改善・作業時間の短縮・作業環境の整備などの配慮を行うことが求められます。 ・心理・社会的要因への対応  上司や同僚の支援、腰痛で休業することを受け入れる環境づくり、腰痛による休業からの職場復帰支援、相談窓口をつくるなどの組織的な取組みが重要です。 6 おわりに  本稿では、加齢による機能低下にともなう腰痛発生リスク、そしてその予防対策として労働衛生の三管理(作業管理・作業環境管理・健康管理)を中心に述べてきました。高齢従業員に向けた対策を行うことで、だれにとっても働きやすい職場環境づくりにつながることと思われます。ぜひ各事業所で率先して対策に取り組みましょう。 【参考文献】厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」2013 ※ 厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(令和5年)」 図表1 年齢にともなう骨量の変化 骨量 男性 女性 女性ホルモン 成長期 閉経 骨量の急激な減少 骨粗鬆症の範囲 出典:『骨粗鬆症 検診・保健指導マニュアル第2版』ライフサイエンス出版(2014) 図表2 作業姿勢の例 好ましい姿勢 好ましくない姿勢 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013)より編集部作成 図表3 腰痛予防体操の例 事務機材を利用した上半身のストレッチング 20〜30秒間姿勢を維持し、1〜3回伸ばします 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針及び解説」(2013)より編集部作成 愛知医科大学医学部 衛生学講座 川越(かわごえ)隆(たかし) 第2回 職場における「転倒災害」の防止対策のポイント 1 はじめに  労働災害における転倒は、近年増加傾向にあり、休業4日以上の死傷災害全体の約25%を占める最も発生頻度の高い災害となっています※1。特に50歳以上の高齢労働者において多発しており、60歳以上の労働者では死傷者数が増加しています。これらの背景には、高年齢者雇用安定法の改正により60歳以上の労働者が増加したことが要因としてあげられています。業種別では、第三次産業、製造業、陸上貨物運送業など幅広い分野で発生しており、特に第三次産業に属する小売業、社会福祉施設および飲食店では転倒災害が約30%を占めています。また、性別では女性労働者の発生率が高く、特に50歳以降の女性労働者において顕著となっています。転倒災害の特徴として、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」発生する可能性があり、一瞬のできごととして発生するため、予防対策が困難な労働災害として認識されています。今回、特に転倒災害の要因のなかでも、「内的要因」を中心に概説します。 2 転倒災害の要因  転倒災害の要因は、「内的要因」、「外的要因」、「社会管理的要因」、「傷害増幅要因」の四つに大別され、これらが複雑に絡み合い転倒災害が引き起こされます(図表1)。内的要因には、運動機能低下、認知機能低下、視覚機能低下、身体・精神的疾患、服薬状況など、個人の身体機能や健康状態にかかわる要素が含まれます。外的要因としては、床面の摩擦係数、凹凸、段差、手すりの有無、照明条件、通路幅など、作業環境にかかわる要素が該当します。社会管理的要因には、整理・整頓の状態、作業時の焦りや規則違反、職場風土などの組織的な要素が含まれます。傷害増幅要因には、身体強度・耐性、回避能力(敏捷性)、骨強度、内臓耐性など、転倒時の生体への傷害の程度に影響を与える要素が含まれます。  また、転倒災害のリスク要因の影響度は、加齢によって変化してきます(図表2)。20〜30代では外的要因の割合が高く、40代以降になると徐々に内的要因の割合が増加し始めます。さらに50代以降になると、内的要因のなかでも疾病・機能低下の割合が増加する傾向が見られます。この年齢によるリスク要因の変化は、高齢労働者の転倒災害対策を考えるうえで重要な視点となります。 3 転倒リスクと加齢にともなう運動機能の変化  加齢にともなう運動機能の低下は転倒リスクと密接に関連しています。労働者の運動能力は、静的バランス機能を示す閉眼片足立ちでは、20代前半と比較して50〜54歳で約50%、60〜64歳で約30%という著しい低下を示します(図表3)。また開眼片足立ちでも50〜54歳で約80%、60〜64歳で約70%まで低下します。さらに、敏捷性は55〜59歳で約70%まで低下することが示されています。特に50歳以降の静的バランス、敏捷性の機能低下は、身体のふらつき感や作業中に危険に遭遇した際の回避能力低下につながり、転倒災害の重要なリスク要因となると考えられます。さらに、バランスを維持するための生体の防御機能である足関節戦略、股関節戦略、踏み出し戦略においても、加齢とともに足関節戦略を利用してバランスを維持できる領域が狭くなり、より不安定な股関節戦略や踏み出し戦略に依存せざるを得なくなってきます(図表4・5)。 4 服薬状況と転倒リスクの関連性  転倒災害のリスク要因として注目されているのが服薬状況です。高齢労働者を対象とした研究によると、転倒を増加させるリスクのある薬剤の服用は、転倒災害の発生割合を2.23倍に高めることが近年明らかになっています※2。特に、ベンゾジアゼピン系薬剤、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、抗精神病薬、抗うつ病薬、抗コリン薬、降圧薬、利尿薬などFall Risk Increasing Drugs(FRIDs)と呼ばれる転倒リスクを高める薬剤として指摘されています※3。これらの薬剤は、眠気やふらつき、注意力低下、失神、めまい、低血圧などの副作用を引き起こし、転倒リスクを高めます。高齢労働者は複数の疾患を抱えていることも多く、多剤併用による相互作用や副作用が問題となります。現在の産業保健の現場では、労働者の服薬情報を本人の承諾を得て取得することがむずかしい状況にありますが、転倒災害のリスク低減の観点から、服薬管理を含めた包括的な健康管理体制の構築が求められます。 5 健康状態と転倒リスクの関連性  転倒リスクはさまざまな健康状態と密接に関連しています。特に糖尿病は、高齢労働者においても、転倒リスクを高める要因となることが報告されています※4。また、最近、女性労働者を対象とした研究において、貧血が転倒災害のリスク要因となることが報告されています※5。さらに、視覚機能の低下も重要なリスク要因であり、視力が0.3未満者では転倒災害のリスクが2.27倍に増加することが明らかにされています※6。これらの健康状態における転倒のリスクの関連性は、加齢とともに増加する傾向にあり、そのほかの要因と複合的に作用して転倒リスクを高めるものと考えられます。 6 転倒災害を防止するうえで事業者に求められる対策  職場での転倒予防のために、厚生労働省より「いきいき健康体操※7」や「転倒予防体操※8」が公開されています。これらの体操は、専門家により監修されており、これら転倒予防体操の実施は、運動機能の低下に歯止めをかけ、日常生活や作業での段差や階段でのつまずきやつま先の引っかかりを減少させ、結果的に転倒頻度の減少につながるものと考えられます。  また、近年、高齢労働者の転倒リスクとなりうる健康状態が明らかになってきており、それら疾患に対する転倒災害の視点からの定期的なフォローも重要な視点と考えられます。  これまで多くの企業においては、階段や段差解消、滑り防止など外的要因からの対策にとどまっているケースが多くみられますが、健康状態や運動機能の低下などの内的要因からの対策を織り込むことにより、さらなる転倒リスクの低減につながるものと考えられます。 7 まとめ  今回、転倒災害の要因のなかでも、特に内的要因を中心に概説しました。転倒災害の特徴として、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」発生する可能性があり、単に「滑っただけ」、「つまずいただけ」、「注意不足」などと軽視される傾向があります。転倒災害を防止するためには、内的要因を含め、外的要因、社会管理的要因、傷害増幅要因の総合的なアプローチと転倒災害を軽視しない企業レベルでの意識改革が不可欠であると思われます。 ※1 厚生労働省「令和5年における労働災害発生状況(確定)」(2024) ※2 Osuka Y et al., Geriatr Gerontol Int. 22(4):338-343, 2022 ※3 日本老年医学会・日本医療研究開発機構研究費・高齢年齢の薬物治療の安全性に関する研究研究班:高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015.メディカルビュー社、東京,2015 ※4 Osuka Y et al., Occup Med. 73(3):161-166. 2023 ※5 Shima A et al., J Occup Health. 2024. doi: 10.1093/joccuh/uiae063. ※6 Shima A et al., J Occup Environ Med. 2024; 66(10):e483-e486. doi: 10.1097/JOM.0000000000003184 ※7 https://jsite.mhlw.go.jp/saga-roudoukyoku/content/contents/000626649.pdf ※8 https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/tentou1501_27.html 図表1 転倒災害の要因と転倒発生時のフロー 内的要因 運動機能 認知機能 視覚機能 身体・精神的疾患服薬状況など 障害増幅要因 身体強度・耐性、回避能力(敏捷性)、骨強度、内臓体制など 外的要因 床面摩擦・凹凸、段差、手すり、照明、通路幅など 社会管理的要因 整理・整頓、焦り・規則違反、職場風土など すべり (路面) 転倒災害発生 踏み外し (階段) つまずき (段差) ※永田久雄『「転び」事故の予防科学』(労働調査会)より一部改変し筆者作成 図表2 加齢にともなう転倒リスク(内的・外的要因)の影響度 要因割合(%) 年齢 20歳 40歳 60歳 外的要因 安全領域 内的要因 健康領域 ロコモ サルコペニア フレイル 内的要因 疾病・機能低下 図表3 加齢にともなう運動機能の変化 加齢とともに、特にバランス機能が大きく低下→転倒危険性を増大させるリスク 20−24歳時からの相対的変化率 ・開眼片足立ち(静的バランス) ・閉眼片足立ち(静的バランス) ・ファンクショナルリーチ(動的バランス) ・Time up and go(移動能力) ・スクエア−ステップ(敏捷性) ・最大1歩幅(柔軟性) ・椅子立ち上がり(下肢筋力) 年代 20-24 (n=364) 100.0% 25-29 (n=323) 97.9% 95.5% 30-34 (n=347) 91.4% 88.2% 35-39 (n=387) 88.3% 40-44 (n=264) 87.3% 59.2% 45-49 (n=200) 84.2% 81.1% 52.3% 50-54 (n=145) 79.9% 72.9% 46.3% 55-59 (n=354) 71.0% 70.5% 37.5% 60-64 (n=145) 72.0% 27.6% 69.2% (敏捷性・認知機能:スクエア−ステップ) 反応性遅延 危険回避能力の低下 (静的バランス・閉眼片足立ち) 立位バランス悪化 転倒危険性を増大 出典:川越隆「高年齢労働者の転倒災害防止対策『安全作業能力テスト』と『いきいき安全体操』による転倒リスク低減の試み」『労働の科学』66(11),678-684,2011 図表4 転ばないための生体の防御機能 バランス戦略(Balance strategy) F1 足関節戦略(Ankle strategy) 突発的な外力を受けたときに、まず、足関節の柔軟性を利用してバランスを維持 F2 股関節戦略(Hip strategy) Ankle strategyでバランスが維持できない場合、股関節を曲げることで衝撃を受け流し、バランスを維持 F3 踏み直り戦略(Step strategy) それでも無理な場合は、足を踏み出して(踏み直り戦略)バランスを整える F1<F2<F3 出典:川越隆「4 発生要因(内的要因、外的要因、社会・管理的要因、傷害増幅要因)―高年齢労働者の労災としての転倒・転落事故―」『高年齢労働者のための転倒・転落事故防止マニュアル』日本転倒予防学会監修, 22-26, 2023 図表5 転ばないための生体の防御機能 若齢者と高齢者の比較 前後方向への重心の変化 若齢者 高齢者 足関節戦略 重心 股関節戦略 踏み出し戦略 加齢とともに足関節戦略は徐々に低下 足首でのバランスが取りにくくなる! 出典:樋口貴弘, 建内宏重『姿勢と歩行 協調から紐解く』(三輪書店), p192-193, 2015. をもとに筆者作成 順天堂大学 眼科学教室 先任准教授 平塚(ひらつか)義宗(よしむね) 第3回 加齢による“目”の変化(アイフレイル)と労働衛生における目の重要性 1 はじめに  最近、本を読むのがつらくなってきていませんか。新聞やスマートフォン画面で小さな文字を追うとき、夜間に運転するとき、「見えにくさ」を感じることはないでしょうか。  ちょっとした不調を「年のせいだろう」と放置していると、視力を失う原因となる目の病気が悪化し、物を見る能力が低下する可能性があります。血圧や血糖値、コレステロールなどの数値には敏感なのに、「目の老化」というとピンとこない、理解できていない、という人はとても多いです。  目の健康が後回しにされがちである理由として「年のせいだから仕方ない」となんとなく考えている人が多い点があげられます。また、「眼科は本当に困った症状が出たときに受診するところ」という考えが一般的である点もそうでしょう。しかし、視力が失われる要因となる病気であっても、早期に適切な治療を行えば、視力を維持することが可能になってきています。とにかく早期に問題を発見し、治療に取りかかることが重要なのです。 2 眼底検査を受けよう  目の病気の早期発見につながるもっとも重要な検査は、眼球の後面にある網膜を観察する「眼底検査」です。眼底写真を撮影したり、眼科で瞳を開いた状態での検査で行われます。われわれ眼科医はその重要性をずっと訴えてきましたが、40歳以上の国民が対象となる特定健康診査(いわゆるメタボ健診)で眼底検査を受けられるのは、高血圧または高血糖があり、医師が必要と認めた人にかぎられています。その結果、受診者の18%しか眼底検査を受けることができていません。「目は全身の窓」といわれるように、目の血管は全身の健康状態を反映するため、目を観察することによって動脈硬化や糖尿病の悪化に気づくこともできます。 3 目の病気の多くは初期には自覚できない  私たちは二つの目を持っているので、片目が悪くてももう片方の目がその機能を補填してしまい症状が出にくいという弱点があります。現在、日本の視覚障害の一番の原因である緑内障は、見える範囲が狭くなってしまう病気です。しかし、初期には視野が完全に欠けるわけではなく、部分的に感度が低下するだけなので、自分で気づくことはできません。緑内障で視野が本当に大きく欠けるのは、相当進行してからであり、そのときに治療を開始しても遅すぎます。日本では疫学調査の結果、緑内障のじつに90%が未発見であるといわれています。  糖尿病患者さんの15%程度に発症している糖尿病網膜症も同様に、初期には自分で気づくことができません。目の奥が出血していても、中心視力をつかさどる網膜のなかの黄斑部というところに出血がなければ視力は落ちないのです。詳しい検査をして、かなり進行している、という状態でも、本人はまったく自覚がないことが恐ろしいところなのです。  見え方の悪い状態はさまざまです。「かすむ」、「ゆがむ」、「暗い」、「まぶしい」、「虫が飛ぶ」など、いろいろな症状が重なって「見えづらい」状態となります。こうなると車の運転がむずかしくなったり、字が読みづらい、転倒しやすいなど、日常生活にも支障を来すようになります。さらに、行動に制限が生まれ、外出機会が減り、社会的に孤立する――ということになりかねません。 4 それ「アイフレイル」ではないですか?  加齢による目の不調を総称して「アイフレイル」といいます。「アイフレイル」の「フレイル」という言葉は、年齢を重ねるとともに心身が弱った、健康と要介護の中間に位置する状態のことです。視機能が低下する「アイフレイル」もまた、自立した生活を困難にする要因となります。  アイフレイルのベースとなるのは、加齢による目そのものの変化です。例えば、目の血管が硬くなり動脈硬化を起こしたり、酸化ストレスによる慢性炎症が起きたり、視神経がもろくなったりします。網膜で光刺激の情報を処理する神経節細胞は30代に比べて70代では15〜20%ほど減少し、視野の感度低下につながります。レンズのように焦点合わせをする水晶体は加齢により硬くなり、ピントを合わせる力が減少していきます。これが老眼です。さらに年をとると透明だった水晶体は白く濁ります。これが白内障であり、進行すると手術が必要になります。このような理由から、年齢を重ねることで、ピントを合わせる力やくっきりと見る力も低下していくのです。 5 「外的要因」と「内的要因」が目にストレスをかける  こうした加齢による衰えに、生活習慣や喫煙、紫外線、手術による侵襲、薬の副作用などの「外的要因」が拍車をかけます。見えづらさを感じても目に関する正しい情報が手に入らない、周囲に相談する人がいないといったことも、目の健康維持に負の影響を与えます。目が見えづらい方は社会参加も減少することが報告されており、ますます悪循環に陥ってしまいます。  もう一つの大きな要因が、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの「内的要因」です。これらはいずれも視機能にかかわる血管や神経の働きに悪影響を与えます。しかし、眼底検査をすることで、これらの病気のリスクを目から判断することもできます。例えば、高血圧患者さんの眼底に軟性白斑という変化が出ていたら3年後に脳卒中を起こすリスクは7倍程度に上昇します。  このように「加齢にともなって眼が衰えてきたうえに、さまざまな外的・内的ストレスが加わることによって目の機能が低下した状態、また、そのリスクが高い状態」をアイフレイルといいます。 6 目の異常を示唆する「10の症状」  ふだんの身近な症状から視機能低下に気づいてほしいということで、日本眼科啓発会議※1が作成したものが「アイフレイル自己チェックリスト」です(図表1)。10のチェック項目のうち二つ以上に該当すると、アイフレイルの可能性があります。 (1)目が疲れやすくなった  眼精疲労や老眼などによってかけている眼鏡やコンタクトの度数が合っていない可能性があります。またドライアイかもしれません。 (2)夕方になると見にくくなることが増えた  長時間のパソコンによる眼精疲労で夕方になると見えにくくなります。また、花粉が飛散するピークは夕方が多く、花粉症の症状として見えにくさが出ている可能性もあります。 (3)新聞や本を長時間見ることが少なくなった  小さい文字を追うのがむずかしくなるのは老眼の典型的な症状です。眼鏡やコンタクトを目に合う状態に調整する必要があります。 (4)食事の時にテーブルを汚すことがたまにある  これも、老眼によって近くにあるものが見えづらくなっていると考えられます。また緑内障で視野が欠けているのかもしれません。 (5)眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった  近視、遠視、乱視など、網膜にピントが合わない屈折異常や、老眼が原因のことが多いですが、度数を調整し直しても改善しなければ目の病気の可能性があります。 (6)まぶしく感じやすくなった  まぶしく感じるのは初期の白内障の代表的な症状です。 (7)はっきり見えない時にまばたきをすることが増えた  目が乾燥するドライアイの症状です。まばたきを増やして涙で目を潤そうとします。また、涙の下水道である涙道が加齢でせまくなることで、涙が流れにくくなり外に漏れ出す流涙症(りゅうるいしょう)も考えられます。 (8)まっすぐの線が波打って見えることがある  真ん中の見え方に問題がある場合、働いている人にストレスで起こりやすい中心性漿液性脈絡網膜症(ちゅうしんせいしょうえきせいみゃくらくもうまくしょう)や網膜の表面に薄い膜が形成される黄斑前膜(おうはんぜんまく)などのことが多いです。それ以外にも、加齢黄斑変性や糖尿病黄斑浮腫などの病気の可能性があります。 (9)段差や階段で危ないと感じたことがある  緑内障など視野が欠損する病気の可能性があります。 (10)信号や道路標識を見落としそうになったことがある  これも、緑内障など視野が欠損する病気の可能性があります。  この「アイフレイル自己チェックリスト」は、医学的な信頼度と妥当性が高いことが2024(令和6)年に実証されています。目の疾患のある人と正常な男女2656人(平均年齢62.4歳)を対象に行った研究では、「チェックリストで10項目中2項目以上に該当すること」とさまざまな目の病気との間に、統計学的に有意な関連があることが示されています※2。具体的には、黄斑変性であるリスクが3・3倍、白内障であるリスクが2.4倍になるほか、糖尿病網膜症が2.2倍、緑内障が1.9倍、老眼が1.6倍という結果で、すべて有意な関連(p<0.001)が認められました。アイフレイルチェックリストは10項目の簡単な質問に答えるだけで、目の病気の可能性を教えてくれる優れた質問票です。視力検査ができなくても、眼底検査ができなくても、まずこの10項目だけでもチェックしてみてください。 7 労働衛生的見地からみた視覚の重要性  視覚は、労働者が作業環境で安全かつ効率的に作業を行ううえで不可欠な役割を果たしています。労働衛生学的見地からは、従業員の健康管理と生産性の維持の2点が特に重要です。  まず、健康管理ですが、先ほども書いた通り、目の特徴として左右の両眼でものを見ているために、片眼の問題には気づきにくいという点があげられます。また、眼疾患に関するリテラシーの不足のために、必要な検査や修正可能な対策が十分には行われていないという点も問題になります。目に関する定期的な健康診断は、目の健康を維持し、潜在的な問題を早期に発見するのに役立ちます。視力検査や眼底検査ができなくても、アイフレイルチェックリストであればどこでも簡便に行うことができます。  次に、生産性の維持です。良好な視力は職場の安全に欠かせません。最近、国内の20〜69歳の女性7317人を対象とした職場における転倒に関する大規模な研究が報告されました※3。結果ですが、労災対象の転倒が、視力が0.3〜0.7では1.3倍、0.3未満では2.3倍ということが明らかにされました。  健康な目は、労働者が作業中に情報を正確に認識し、適切に判断するのに役立ちます。視覚障害がある場合、作業の質や効率が低下するため、目の健康管理は、生産性の維持に不可欠です。 8 健康経営○R(★)の観点からみた視覚の重要性  昨今、注目されている健康経営の観点からも、眼の健康管理は重要です。日本における34の健康状態のプレゼンティーイズムによる年間損失額(一人当たり)についての研究では、4位が「目の不調」となっています(図表2)。さらに、1位の「首・肩のこり」の重要な原因に眼精疲労があり、2位の「睡眠不足」と視覚障害との関連も近年指摘されています。  以上のように、労働衛生的観点からみても目の重要性は明白です。労働者の目の健康を保護し、安全な作業環境を確保するためにも、職場における目の健康管理の果たす役割は非常に大きいといえるでしょう。 ※1 公益財団法人日本眼科学会、公益社団法人日本眼科医会、一般社団法人日本眼科医療機器協会、一般社団法人日本コンタクトレンズ協会、一般社団法人日本眼科溶剤協会の5団体が運営するコンソーシアム ※2 山田昌和, 平塚義宗, 鹿野由利子, 加藤圭一, 杉山和久, 辻川明孝.Web調査によるアイフレイルチェックリストの検証.日本眼科学会雑誌128:466-472, 2024. ※3 Shima A, Kawatsu Y, Murakami M, Morino A, Okawara M, Hirashima K, Miyamatsu N, Fujino Y. Relationship Between Low Visual Acuity and Nonfatal Occupational Same-Level Falls in Japanese Female Employees: A Cohort Study. J Occup Environ Med. 2024 Oct 1;66(10):e483-e486. ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 図表1 アイフレイル自己チェックリスト アイフレイル自己チェックリスト 出典:日本眼科啓発会議資料 図表2 34の健康状態の該当人数とプレゼンティーイズムによる年間損失額 プレゼンティーイズムによる年間損失額(一人当たり) Presenteeism/person/year(US$) N 人数 N=12,350 the employees in four pharmaceutical companieses in Japan. Painful neck/stiff shoulders Insufficient sleep Back pain Eye symptoms Weariness/fatigue Depression Anxiety Headaches Pain in arms and leg joint Insomnia Skin disease/Itchiness Cold, Influenzas プレゼンティーイズムによる1人当たりの年間損失額上位の症状 日本人労働者(12,350人)を対象に34症状で調査 1位:首・肩のこり 2位:睡眠不足 3位:腰痛 4位:目の不調(ドライアイ・緑内障など) 5位:うつ 出典:Nagata T, et al.Total Health-Related Costs Due to Absenteeism, Presenteeism, and Medical and Pharmaceutical Expenses in Japanese Employers. J Occup Environ Med, 2018. 北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学 教室 准教授 渡邊(わたなべ)裕(ゆたか) 第4回 加齢による“歯・口腔”への影響と対策のポイント 1 加齢による歯・口腔への影響  1990(平成2)年の日本人の平均寿命は男性75.9歳、女性81.9歳で、2023(令和5)年の日本人の平均寿命は男性81.1歳、女性87.1歳となりました※。つまりこの34年で男女とも約5年延伸し、高齢化率も12.1%から29.3%と約2.7倍に急伸したことになります。歯科においても80歳で20本の自分の歯を有する者(8020達成者)は1993年の10.9%から2022年には51.6%と5倍近くに増加しています。平均寿命に相当する85歳以上の高齢者においても、20本以上自分の歯を有する者の割合は、2011(平成23)年17.0%、2016年25.7%、2022年38.1%と急増しており、また、むし歯や歯周病などで歯を失っても、歯科インプラント(人工の歯)で補われることも多くなってきています。つまり日本の高齢者は相当数の歯を有したまま、生涯をまっとうできる時代になりました(図表1)。  2022年に行われた歯科疾患実態調査(厚生労働省)でむし歯をもつ者(治療した歯を含む)の割合は、40歳〜69歳までは97%を超えており、これはむし歯に罹患したことがない者はほとんどいないことを示していますが、裏を返せば、治療すればずっと自分の歯を使っていけるということでもあります。中年期以降は家庭や職場、地域などにおける役割の増加によって生活習慣が不規則になりがちで、歯や口の健康へのリテラシー(健康や医療に関する情報を正しく入手し、理解して活用する能力)も低下する者が散見されるようになり、口の中の環境の悪化も相まってむし歯や歯周病が徐々に進行しやすくなります。  中年期以降で歯を失うおもな原因である歯周病は、歯肉からの出血に始まり、歯が動揺するようになり、やがて噛んだときに痛みを生じるようになるなど重度化するまで症状が出にくいため歯科受診が遅れ、抜歯となってしまうケースも少なくありません。しかし、現在高校卒業後は歯科健診は義務づけられておらず、早期治療や定期健診などの受診行動は、個人の健康認識に委ねられているのが現状です。  高齢期以降では、退職などにより生活環境に大きな変化が生じ、身体機能の低下や疾病の罹患によって、歯や口の健康へのリテラシーがさらに低下し、職場近くの歯科医院で行っていた定期的な歯科受診も中断してしまう者も多くなってきて、さらに口の中の環境は悪化してくるため、むし歯や歯周病が急速に進行しやすくなります。  歯周病と関連する生活習慣病には糖尿病や高血圧症などがあります。生活習慣病とは、食事や運動の習慣、喫煙・飲酒・睡眠といったさまざまな日々の習慣が発症や進行に関与する疾患群です。中年期以降ではこれら生活習慣は悪化しやすく、生活習慣病も発症・重度化する可能性が高くなり、それにともない歯周病も急速に悪化します。  特に糖尿病は歯周病と関連が深く、糖尿病を有する歯周病患者に対する歯周病の治療は糖尿病の重症度の指標の一つであるHbA1cの改善に有効であることが明らかになっています。中年期以降では毎日の口腔清掃の不良、食事をあまり噛まずに飲み込む、喫煙、過度の飲酒等の生活習慣の悪影響が大きいことから、これら生活習慣を改善することで、糖尿病、歯周病ともによい効果が得られることが多くあります。 2 加齢と歯・口腔の病気 (1)むし歯  むし歯は口の中の細菌により歯が溶かされる感染症です。むし歯は口の中の細菌と、食事による糖分や粘着性の食品の摂取とその頻度、歯の質、歯並び、唾液の量や質、健康状態、生活習慣などが複雑に関連し発症します。特に中年期以降になると、歯周病により歯肉が退縮し、露出した歯の根に生じるむし歯が増加します。この根面のむし歯は進行が早く、歯の土台である根が急速に侵されて、歯を失う原因となるため、早期に治療する必要があります(写真1)。また、歯の治療でつめたり、被せたりした修復物と歯の隙間に生じる二次むし歯も増加してきます。これは修復物が多くなり口腔清掃がむずかしくなることと、修復物と歯の隙間が歯に加わる温度差(口の中には熱いものや冷たい飲食物が入るため)や噛む力によって徐々に広がり、細菌が侵入することで生じます。二次むし歯は修復物で隠れた部分で進行するので、初期では見つけにくく、明らかに黒くなったり、欠けたりしたときにはかなり進行していることが多いので、定期的に歯科医院でチェックしてもらい、早期に発見し治療しないと歯を失う可能性が高くなります。 (2)歯周病  歯周病は口の中の細菌により歯肉炎が生じ、歯を支える骨が溶かされる感染症です。加齢とともに、歯の周囲に歯周ポケットが形成され、その中で歯周病原菌が増殖することで歯肉炎が生じます。重症化すると歯肉から出血するようになり、歯を支える骨が高度に溶かされると歯の動揺が生じ、噛むと痛みが生じるようになります。歯周病の直接的原因は歯周病原菌ですが、歯並びの悪さや歯ぎしり、喫煙、服薬内容、生活習慣病などの全身疾患がその発症や重症化に関連しています。  歯周病の予防には、歯周ポケット内の歯周病原菌を毎日の口腔清掃と定期的な歯科治療で除去することが重要です。歯科医院でほかの関連因子の影響を少なくする生活習慣に関する指導を受け、改善することも重要です。特に中年期以降では、歯並びの悪化や歯肉の退縮、治療済みの歯の増加など、口の中は複雑になり、口腔清掃は困難になります。そのため、毎日の口腔清掃で使用する歯ブラシ以外の歯間ブラシやデンタルフロス(糸ようじ)などの補助的清掃用具や歯磨き粉、含嗽剤(がんそうざい)などを歯科医師、歯科衛生士の評価と指導のもと個人個人で最適化していくことが重要です。 (3)歯の破折と咬耗(こうもう)、摩耗  高齢期になると噛む力などによって、歯が破折することが多くなってきます。特に神経を抜いた歯や、被せ物や詰め物など歯の治療を受けた歯は脆く、破折しやすい状態になっています。これは、歯の欠損や移動によって特定の歯だけに噛む力が加わったり、歯はだんだんと摩耗していきますが、金属の詰め物はあまり摩耗しないため、強い力がかかりやすくなるからです(写真2)。  また、加齢により歯は酸蝕、咬耗、摩耗などによって知覚過敏や噛む能力の障害、審美障害が生じることがあります。酸蝕は歯が酸によって化学的に溶解されること、咬耗は歯と歯の接触によりすり減ること、摩耗は歯以外の物理的な力によりすり減ることです。これらは酸性の強い食品の摂取や胃食道逆流症、歯ぎしり、不適切な口腔清掃、習癖などによって生じます。歯がしみる、噛むと痛む、歯が変色してきたなどがあれば、歯科医師に相談しましょう。 (4)口の機能低下  口には食べる、話す、感情を表す、呼吸するなど多くの機能があり、これら機能は生活に欠くことのできない機能です。これら機能には歯や歯の周りの組織、顎の骨や関節、唾液腺、口の内外の筋肉、舌などの多くの組織、神経が協調して働く必要があります。生活環境の変化や、加齢による身体と精神(心)の生理的および病的変化によりこれらは老化し、口の機能は低下します。  歯を失うと食べ物を細かく砕き、すり潰す能力が大きく低下します。食べ物を細かく刻んだり、すり潰したりすればよいと思われるかもしれませんが、噛んだときの食感や風味などを感じることができなくなり、食事の楽しみが損なわれます。また味覚も低下します。味覚は食物が砕かれ、すり潰されるときに食物から溶けだした味物質が唾液と混ざり合い、舌などの表面にある味のセンサーに触れることで感じます。細かく刻んだり、すり潰したりすることで、センサーに触れる味物質のバリエーションは少なくなり(砕き、すり潰す過程での、味の変化を知覚できないなど)、短い時間しか味を感じることができないため、食事の楽しさが大きく損なわれることになります。歯を失わないよう、口の状態にあわせた毎日の口腔清掃と定期的な歯科医院でのチェックを継続していきましょう。  話す機能は肺からの呼気で声帯を振動させて音をつくり、その音が口や鼻へ抜けるときに、下顎の開閉や口唇、舌そして軟口蓋の形を変えることでさまざまな音をつくり出す機能です。高齢期になると、話す機会が激減し、意欲の低下、口の内外の筋肉や神経の機能の低下により、話す機能は低下します。滑舌が悪くなり、何度も聞き返されたりすると、話すことがいやになって、話す機会が減り、さらに話す機能が低下するという悪循環が生じます。また、話すことは、相手に配慮しながら、思考をめぐらせ、記憶を呼び覚まし、次に何を話すか考えるなど、とても頭を使う機能であり、認知機能の維持にもつながります。歯並びが悪かったり、口臭が気になるなどで、話すことを避けたり、あまり口を動かさずに、ぼそぼそと話したりしないよう、毎日の生活のなかで、積極的に話すこと、口をしっかり動かすことを意識することが大切です。高齢期になると脳の老化により感情を表す機能も低下します。これは歯の喪失や口の周りの筋肉や皮膚の老化により動きが乏しくなるからです。できるだけ人と会う機会をつくって楽しい会話を楽しむようにしましょう。  口の機能の低下は、食事や体調に影響を与え、快適な生活を損なうおそれがあります。歯科で、むし歯や歯周病に対する治療を受けるとともに、口の機能の評価とトレーニングを受け、食事や生活の維持改善を続けていくことが重要です。 (5)口腔粘膜疾患 @口腔乾燥症  口腔乾燥症とは自覚的な口腔乾燥感または他覚的な口腔乾燥所見( 唾液の量的減少と唾液の質的変化を含む) を認める症候と定義されており、「唾液分泌量の減少あるいは分泌唾液の質の変化があるもの」と「唾液分泌量の減少と分泌唾液の質的変化のいずれもないもの」に分類されます。前者には、シェーグレン症候群(自己免疫疾患)、唾液腺疾患、精神的ストレスや薬剤の副作用などによるものが、後者には口呼吸や心因性などによるものが含まれます。原因に応じて、薬物療法、口腔保湿剤や唾液腺マッサージなどの対症療法を行います。糖尿病、加齢、放射線治療、口呼吸なども原因となり口や喉が乾く、むし歯の多発、噛んだり飲んだりすることが困難、食塊形成不良(食べ物が口の中でまとまらず、なかなか飲み込めないなど)、味覚異常などが生じ、食事や会話など口の機能を障害します。  口や喉の渇きが気になるようであれば、医師・歯科医師に相談しましょう。 A口腔カンジダ症  カンジダ菌(カビの一種)の感染によって生じる感染症です。高齢者や免疫力が低下した者など、感染防御機能の低下にともない引き起こされます。加齢、ステロイドや免疫抑制剤の使用、がん、抗がん剤による治療、唾液量低下、義歯の清掃不良なども誘因となります。  白い偽膜が粘膜表面に付着するもの(写真3)、口の粘膜が萎縮したり、赤くなったりするもの、口の粘膜が硬く肥厚するもの、ヒリヒリと痛むものなどさまざまな症状があります。治療は口腔清掃の徹底と抗真菌薬を使用します。放置すると治りにくく、くり返すようになるので、早期に治療する必要があります。 ※ 厚生労働省「令和5年簡易生命表の概況」 図表1 20本以上自分の歯を有する者の割合の推移 1993年 8020達成者10.9% 85歳以上2.8% 1999年 8020達成者15.3% 85歳以上4.5% 2005年 8020達成者24.1% 85歳以上8.3% 2011年 8020達成者38.3% 85歳以上17.0% 2016年 8020達成者51.2% 85歳以上25.7% 2022年 8020達成者51.6% 85歳以上38.1% 出典:厚生労働省「令和4年歯科疾患実態調査」(2023年) 写真のキャプション 写真1 根面のむし歯 ※写真提供:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 写真2 咬耗 咬耗した歯 ※写真提供:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 写真3 口腔カンジダ症 白い偽膜 ※写真提供:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 福岡国際医療福祉大学 医療学部言語聴覚学科 教授 堀川(ほりかわ)悦夫(えつお) 第5回 自動車の運転適性 1 はじめに  個人の移動に関しては、モビリティ(移動行動全般)に関する最近の動向から、Maas(マース)※1やライドシェアの普及促進が叫ばれ、物流においては、インターネット通販の普及による宅配需要の増加というポジティブな側面が見られています。一方、労働力人口の減少や「2024年問題」に示されるような運転者不足、特に、バス、タクシー、トラックなどの職業運転者不足が深刻化しているというネガティブな側面も指摘されています。再就職などで運転業務にたずさわる方の年齢が高くなってきている傾向も見られます。  自動車運転は、モビリティの維持においてもっとも利便性が高く普及した手段といえますが、日ごろ、何気なく行っている自動車運転を、必要な要素に分解していくと、日本では「認知」・「判断」・「操作」の過程と考えられています。また、欧米で多用されるのが、3段階モデルで、「運転方略(どこへどのような経路で行くのか、など)」、「運転操作過程(ある場面で実際にどのような運転行動を選択するか、など)」、そして「実際の操作の実行(ペダルを踏む、ハンドルを切る、など)」から構成されています。運転は、さまざまな機能を総合した高度な行動といえます。その過程のいずれかに機能低下が生じる場合には自動車の運転が危険な状態になります。 2 運転が禁止となる一定の病気  その機能低下をもたらす要因として、疲労、疾患、服薬、加齢などがあげられます。道路交通法によって、一定の病気に関する運転禁止項目が規定されており、それらは、認知症、統合失調症、てんかん、再発性の失神、無自覚性の低血糖症、そううつ病、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害などとされています。そのほか運転に支障のあるものとして、認知機能の低下、身体の麻痺、意識消失をともなうような各種疾患などが指摘されており、これらの疾患はいずれもその疾患がもとで、安全な運転能力が維持できなくなる恐れのあるものです※2。  本稿においては、急性に発症する場合と慢性的に発症する場合などに分けて、最近の研究成果の一部をご紹介いたします。 3 急性発症  国土交通省の資料によれば、運転中に発症して交通事故に至った人数は2465人(2013〜2021年の9年間)で、心筋梗塞、心不全などの心臓疾患が369人(15%)、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など脳卒中が339人(14%)、大動脈瘤および大動脈乖離が77人(3%)と報告されています(図表)。このなかには死亡に至った例があり、426人(17%)となっています。各疾患群ごとに分類した死亡事故比率は、心臓疾患55%、脳疾患、および大動脈解離などが各12%となり、運転時の心臓疾患発症の死亡率が高いことがわかります。  脳卒中は、高齢者にかぎったものではなく、壮年期の働き盛りの方にも発症の可能性がありますので就労者にとっても雇用者側にとっても重要な問題となります。意識を失う、あるいは身体の麻痺が発症すると、例えば、前方の車両に対して、ブレーキを踏まなければという認知・判断自体ができない、判断ができたとしてもアクセルからブレーキペダルに足を移動して停止させることもできなくなります。また運転中に発症し、意識消失が生じた場合には、1回の衝突だけではなく、多重事故になり複数台の車両や歩行者、そして道路標識、看板などの損害が発生することがあります。  また特定の疾患によらず、治療のために服用している薬の影響による交通事故もあります。病院からの処方薬あるいは処方箋なしに薬局で購入できる薬、いずれもが運転に影響する副作用を生じる場合があり、多くの薬剤の添付文書においても、運転を控えるべき、あるいは運転禁止というような添付文書が示されていますので注意が必要です。  では、「そのような心臓疾患や脳卒中を防止したい」、そして「運転中の発症リスクを下げたい」ということになりますが、CT、MRIなど医療機器の発達によって、われわれの脳の形態を断層撮影して可視化することがかなり鮮明にできるようになってきたものの、脳の働きを可視化することや発症の予測や事故の予兆検出の方法は未だありません。これらの疾患の発症を防ぐための公衆衛生的な知識が重要になります。  その第一は、健康診断や人間ドックで定期検診を受けていただき、脳卒中のリスクが高い方を見いだして、少しでもそのリスクを下げることが必要になります。また、要精密検査となった場合、確実に精密検査を受けていただくことが必要となり、職場での受診喚起も重要です。  運転を職業としている方々においては、9時から17時までの勤務の方、深夜勤務の方、さらには長距離を重量物を積載して運転される方など、勤務形態が大きく異なります。途中で仮眠をとってまた運転を続けるというようなことが職務の状態から必要になりますが、適切な休憩時間をとったとしても、睡眠時間の減少、生活リズムの変化、食事による栄養バランスの乱れ、そして運動不足、腰痛、肩こりなどが生じます。さらに、喫煙、飲酒習慣の良否などはいずれも心臓疾患や脳卒中の発症リスクを高める行動となります。  職場のなかで交通事故を起こさないということはもとより、働いている仲間の健康維持にも深くかかわっています。 4 慢性発症、特に変性疾患  加齢にともない、人間の心身機能は変化してきますが、特に自動車運転にかかわる注意すべき変化としては「認知機能の低下」があります。認知機能は記憶、注意などの複合的な脳機能によるものですが、これが低下してくると、運転に影響をおよぼすことは容易に想像できます。そして認知機能低下と特に関連しているのが、認知症です。認知症にはアルツハイマー病、前頭側頭型認知症、びまん性レビー小体病などが該当し、さらに脳卒中による認知症が含まれて「4大認知症」といわれています。そしてこれらの疾患の診断に至ると、症状や機能低下が進行していくこと、治療法が開発されていないことなどから運転は禁忌となります。  脳卒中による認知症は、脳卒中発作によって発症の日時を確認できますが、ほかの認知症は、次第に機能低下が進行していくなかで、複数の認知機能低下と自立した生活が困難になることなどから診断されるため、発症の時点を詳細に確認することは困難です。例えば、アルツハイマー病は、脳内のタンパク質の一種が神経毒性を有する作用に変異することなどが原因と考えられ、その進行過程は、20年程度と考えられます。  認知機能低下は各種の検査によって数量化されますが、認知症の進行による機能低下と、加齢にともなう機能低下の両面が考えられ、その峻別は専門的な知識・経験を有する医療関係者によって進められますので、受診が必要です。  認知症の症状としては、時間や場所の認識(時間見当識、場所見当識)そしてワーキングメモリー、注意機能、空間知覚などの機能低下が見られますが、ほかに怒りっぽくなった、いままでできていたことができなくなった(例:ネクタイが結べない、食事の準備がうまくできなくなる、など)といったことがあげられます。  特に運転に関しては、初めての道でもないのに道に迷う、制限速度よりかなり速い、あるいは逆にかなり遅く走行してしまう、周囲の車の走行速度が速いと感じる、悪天候や夜の運転を必要以上に避けようとする、などが指摘されています。また、運転機能低下の初期の段階では、最近、車の周囲を軽く擦ることが増えた、駐車区画に入れることがうまくできなくなってきた、交差点で緊張することが多くなってきた、などの行動変化が見られます。  受診先としては、まずかかりつけ医に相談することをおすすめします。さらに必要であれば、脳神経内科、精神神経科、リハビリテーション科のような診療科に紹介をしてもらい、より精密な検査を受け、早期の診断・治療を開始するということが求められます。 5 日常的運転行動記録の重要性  ドライブレコーダーの普及にともない、一般車両での利用に加え、企業においても“運転診断”などの機能を標榜した装置やサービスの利用が増えています。単なる交通事故の記録から保険会社の査定や裁判に備えるような“交通事故記録器”のような利用法ではなく、日常的運転行動を記録して、運転者の再教育に応用することが有用です。  先行例では、当初、運転者から「見張られているようで嫌だ」というような反応が多く出ましたが、管理者や上司が叱責しながら危険運転を指摘するような運用ではなく、 安全運転管理者とドライバーが運転行動について客観的な資料をもとに話合いをし、より安全運転へ、そして業務の効率的な遂行へつながるような改善をしていくことが求められます。「そのためのヒントを探す」というような認識で対応したほうが効果が上がりますし、特に安全運転管理者がカウンセリングマインドを持ってドライバーと接することは非常に重要です。指摘された運転行動の修正による交通事故の減少、さらには保険料の減少、そして何よりも運転者の健康維持などに多大なる効果があると期待されます。 6 運転への復帰の可能性、運転リハビリテーション  脳卒中であれば発症し治療が行われ、そしてある程度の期間のリハビリテーションを経て、機能回復を示される方もいらっしゃいます。  雇用する側にとっては、その方の専門的技能を高く評価し、職務に復帰してほしいと考えるものの、運転可否判断、そして復職の判断が容易ではない場合もあります。  脳卒中後遺症のような方々はもう復職できないのか、運転業務に戻ることはできないのか、そのような判断は一義的にできるものではありませんが、脳卒中を発症してもその後、仕事に復帰、特に運転関係の仕事に復帰されたという方もいます。  日常生活のなかで「車の運転が必要という理由」が、「収入を得るため」であり、そのため「家族を養うために職場復帰」、そして「その中心的な業務が運転である」という方が運転リハビリテーションを行うことで、復職や運転復帰が可能になったケースでは、当事者本人の希望とともに、家族の理解、そして協力が必要です。  また、医療側が「運転可」という判断に至った場合には、さらに運転免許センターなどの公的機関と相談をしながら、運転可否について総合的に判断をしてもらうということも行われています。  私たちの研究チームでは、認知機能検査、運転シミュレータ検査、そして実車運転評価を組み合わせながら、医療サイドの意見を総合して診断書や意見書を交付し、運転免許センターなどでの安全運転相談を受けて判断をしてもらうといった取組みも行っています。  脳卒中発症によって事故を起こしてしまい、免許証が取り消しになった方が、免許の欠格期間を過ぎてから自動車学校に入り直して免許を取得し、日常生活において車を中心とした移動を行っているというケースもあります。  一方、脳出血からの治療、そしてリハビリテーションがかなり進んだ方で、本人が強く希望されて、運動系の機能の低下はほとんど見られなくなったものの、視野障害があり、やむなく運転をともなう仕事への復帰を断念したというケースもあります。 7 まとめ  これまで高齢者の運転と健康の問題、特に高齢あるいは障害のある方の職務への復帰という観点からまとめてきましたが、ケースバイケースの傾向が特に強い分野でもあります。  日本老年学会では、高齢者の基準を10年伸ばし、「75歳からを高齢者とすべき」という見解を示しています。高齢者は健康を守りながら再就職して自己実現を図れる、雇用者側は技能も社会的スキルも身につけた高齢者を雇用できるということで、双方にメリットがあります。  高齢者雇用の推進においては、高齢者の健康や安全確保の視点から、各専門家や機関との情報交換をおすすめいたします。 ※1 Maas……Mobility as a Serviceの略。複数の公共交通機関やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決裁などを一括で行うサービス ※2 詳細は法務省ホームページを参照 https://www.moj.go.jp/content/000107459.pdf 図表 健康起因事故を起こした運転者の疾病別内訳 (平成25 年〜令和3年) 計2,465人 心臓疾患(心筋梗塞、心不全等) 369人、15% 脳疾患(くも膜下出血、脳内出血等) 339人、14% 大動脈瘤および解離 77人、3% 呼吸器系疾患 163人、7% 消化器系疾患 117人、5% 睡眠時無呼吸症候群 2人、0.08% その他 976人 40% 不明 424人 17% 出典:国土交通省・令和4年度 事業用自動車健康起因事故対策協議会「健康起因事故発生状況と健康起因事故防止のための取組について」 早稲田大学名誉教授 順天堂大学客員教授 竹中(たけなか)晃二(こうじ) 第6回 高齢社員のメンタルヘルス 1 はじめに  少子高齢化にともない労働力人口が減少するなか、高齢者の雇用促進が叫ばれています。雇用の延長や再就職を望む高齢社員の数は、経済的なニーズもともなって、今後も増えていくことが予測されます。しかし、企業における高齢社員の増加にともなって生じる年齢構成の偏りや役割分担の再構築などによって、彼らの意に沿わない事態も生じてきます。例えば、いままでの部下が上司になったり、慣れないパソコン作業やインターネットの操作に従事したりと、従来とは異なる業務に四苦八苦している高齢社員もいることでしょう。  また、高齢社員のなかには、「やりがいの持てる仕事を昔ほど任せてもらえなくなった」という不満があったり、一方で自身の身体は疲れやすく、体力の低下を自覚する人も増えてきます。  そのため高齢社員のメンタルヘルスを守るための課題を整理し、あらかじめ予防策を講じておくことは、企業にとって高齢社員の有効活用に役立ち、なによりも高齢社員自身の心身の健康を守るために重要なことです。 2 高齢社員の生きがい  高齢社員のメンタルヘルスに大きな影響を与える「生きがい」について考えてみましょう。高齢者にかかわる生きがいには、「生活地盤的要素(居りがい)」と「生活目標的要素(行きがい)」があります※1。「生活地盤的要素」とは、自分の存在意義ややりがいを表し、健康度、社会経済的地位、社会活動の3要素に大別されます。この要素は、まさに高齢社員が担当する仕事の変化にかかわっています。一方、「生活目標的要素」は、人生の価値や意義、喜び、張り合い、生きがいなどをさし、主観的幸福感の概念に相当し、広く生活の質に影響します。高齢社員のメンタルヘルスを守るためには、これら二つの要素に並行して配慮する必要があります。 (1)生活地盤的要素への配慮  高齢社員にとって、自分を犠牲にして積み上げてきた会社への貢献や実績は、彼らのプライドを支え、しかし若い世代や中間層の社員には理解してもらえないというもどかしさがあります。このもどかしさは、仕事についての動機づけを低下させる原因になります。しかし、この動機づけの低下は、さらに生活地盤的要素に悪影響をおよぼすために、会社側が行える対策と高齢社員自身が行える対処法を準備しておく必要があります。  また、職場などで生じるジェネレーション・ギャップは、仕事のやり方や価値観に大きな影響をおよぼします。50代後半〜60代の人は、長く会社中心の生活を送り、ゼネラリスト志向で、褒められるよりも叱られて育ち、がまんすること、皆勤、無遅刻・無欠勤が美徳と教えられた世代です。特にゼネラリストとして仕事を行ってきた世代には、スペシャリストや個性尊重といわれて育ってきた若い世代との違いを意識することになり、それらはストレスのもとになります。理不尽な下積み生活を続けてきた高齢社員にとって、下積みを嫌い、過程よりも結果を重視する中堅・若手とのつきあい方に戸惑いが生じています。さらに、世の中すべてのスピード感が速くなってきて、昔に通用していたことがいまに活かされないことが多くなっています。  しかし、活かせる内容もあります。仕事の本質は、自分の働きによってアウトプットに価値を加えること、よりよい成果を得るために効率的なプロセスを組むこと、だれか他者の役に立つことです。長くつちかってきた高齢社員の経験は、きっと本質的な仕事の価値に結びつくはずです。職場では、そういう彼らの経験を活かせる仕事を適材適所に配置し、ほかの世代への支援として役立っていることにやりがいを感じてもらうことです。一方で、お互いの接し方に注意が必要です。ほかの世代が高齢社員をリスペクトして学ぶ姿勢を持つこと、また逆に高齢社員の方からジェネレーション・ギャップの存在を意識したうえで、中堅・若手との関係づくりに注力することが重要です。 (2)生活目標的要素への配慮  生きてきた年数よりも、これから生きていく年数のほうが短くなり、仕事中心の生活だった高齢社員にとって、残された年数をどう生きていくかを考えることはきわめてむずかしい課題です。  職場では、ワーク・エンゲージメントと呼ばれるように、仕事に生きがいを見いだす生き方があります。ワーク・エンゲージメントとは、仕事に対してのポジティブで充実した心理状態のことで、仕事にやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ている状態です。しかし、ややもすると、仕事に対して依存的になってしまってメンタルヘルスを病む原因になりかねません。そこで、仕事と家庭、仕事と趣味のバランスを取りながら生活するワーク・ライフ・バランスを保つことが重要になります。  高齢社員は、ワーク・ライフ・バランスを保って生活を送っている周りの社員から学んでみたらいかがでしょうか。図表1は、メンタルヘルス状態のよい中高年者が日常生活で行っている「意味がある活動」です。これは、高齢者が日常生活において満足度を強化することを目的に推奨されているものです※2。仕事以外の活動にも目を向け、バランスの取れた生活を送ることで生活目標的要素が強化されます。 3 高齢社員がメンタルヘルス不調にならないために推奨する活動  ここからは、高齢社員のメンタルヘルス不調を予防する方法について解説していきます。働く人たちにとって、職場に心の問題が存在することをだれもが知っています。しかし、自分に何もなければ「人ごと」と思うだけです。多くの人がメンタルヘルスの職場研修に参加しているのですが、予防の観点が希薄で知識が実生活に活かされておらず、自覚症状がなければ何の行動もとらないのが実情です。周りが気がつき始め、またご本人に自覚症状が出てきたときには、すでに深みにはまっているものです。そうなれば、専門の病院や専門家に治療を行ってもらう対症療法に任せることになります。ここでも職場復帰が思うようにいかない場合は、優秀な人材を失うことになってしまいます。  職場で行うメンタルヘルス研修では、早期発見・早期対応が中心で、具体的な一次予防対策については触れられていません。本稿で紹介するメンタルヘルス不調への対策は、まず日ごろからストレス・マネジメントと呼ばれる予防(プリベンション)を生活のなかに取り込むこと、そしてポジティブ・メンタルヘルスの強化(プロモーション)を行うことです※2※3。  プリベンション(予防)とは、事前予防や一次予防のことで、ストレスなどが原因でメンタルヘルスが悪くなって体調を崩す可能性があることを前提にして、その原因を突き止め、和らげたり、対処法を身につけさせることです。一方、プロモーションは、メンタルヘルスについて意識や関心を高め、行動を起こしやすくすることで、ポジティブ・メンタルヘルス(喜び、楽しみ、充実感など)を強化し、ネガティブな反すう(嫌なこと、ストレスになることばかりに目を向けて大きくさせる)を和らげることにつなげます。 (1)プリベンション(予防):ストレスマネジメント  予防をになうストレス対処は、一般にストレス・マネジメント(ストレスの自己管理法)と呼ばれています※4。  ストレス・マネジメントでは、自分に立ちはだかるストレスを特定し、和らげたりするために以下の五つの対処法が考えられます。 @認知的方略:物事を合理的に考え、楽観的になり、気晴らしをする。 A対処資源の増強:能力、体力を増強し、よい人間関係を構築する。 Bリラクセーションまたはアクティベーション:緊張を解く(消化)、あるいはからだを動かす(昇華)。 C臨床的処置:専門機関を受診・通院し、治療を受ける。 D一時的避難:しばらく様子を見る、時間をおく。 (2)ポジティブ・メンタルヘルスの強化:メンタルヘルス・プロモーション  メンタルヘルス不調を起こすことを前提にして予防することとは別に、ポジティブなメンタルヘルスをいかにつくっていくかは、高齢社員のこころを守るうえで重要な課題です。欧米諸国では、専門的なメンタルヘルス・サービスにおいて精神疾患・障害を予防し、また治療を試みている一方で、ポジティブ・メンタルヘルスの強化を目的とする行動を積極的に奨励しています。これらの試みは、共通して、ネガティブ側面の低減に焦点を絞るのではなく、ポジティブ・メンタルヘルスの強化によってメンタルヘルス問題の予防をとらえている点が特徴です。  ここでは、その方法として、私たちがさまざまな場で推奨してきた活動のなかから、@こころのABC活動、A職場の雰囲気づくり:DJB(大丈夫?)、の2点について簡単に解説を行います。 @こころのABC活動(38ページ図表2)  私たちは、被災地域を中心に、「こころのABC活動」と名づけたメンタルヘルス・プロモーション活動を開始しました※5。「A:Act」は、散歩する、好きな音楽を聴く、友達と話すなど、からだ、こころ、そして人とも活動的に過ごすことをさします。「B:Belong」は、行事に積極的に参加する、趣味のサークルに参加するなど、社会的集団に属すことで集団への帰属意識を高め、同時に他者からのサポートを得やすくしています。「C:Chall enge」は、新しい活動に挑戦する、ボランティア活動を行う、困っている人を助けるなど、新規の活動や社会奉仕活動をうながす活動を意味します。それぞれの活動を、能動的に実践することで満足感や達成感を味わうことができます※6※7※8。  「こころのABC活動」では、肯定的な態度変容を目的として、対象者が望ましい活動に積極的に取り組み、メンタルヘルスをよい状態に保持することを目ざしています。動画(https://www.youtube.com/watch?v=i5RolvCetqY&t=28s)を配信していますのでぜひご覧ください。 A環境を整える:DJB(大丈夫?)(図表3)  職場で日ごろから声をかけあうことは、人間関係を円滑にするだけでなく、相手に相談しやすくさせます。メンタルヘルスに問題を持つ人は、その気持ちをだれかに伝えたり、ましてや専門家に相談したりすることはハードルが高いと考えがちです。専門家も問題を抱える人をいかに相談のテーブルにつかせるか、連絡させるかという援助要請をうながすことにむずかしさを感じています。オーストラリアで行われている「R U OK?(Are You OK?)」は、R U OK?と声をかけること、つまり人々が定期的に簡単な声がけをしあったり、それをきっかけに会話を行うことで地域メンバーを元気づけたり励ましたりするキャンペーンで、自殺を防止するために実施されています。私たちも、「DJB(大丈夫?)キャンペーン」と称して、メンタルヘルスに問題を持つ(かもしれない)人を含めて、彼らが相談しやすいように、さまざまな声がけをすることをうながしています。  以上、本稿では、高齢社員のメンタルヘルスと題して、メンタルヘルス不調のプリベンション(予防)やプロモーションについて述べてきました。人事・労務の部門にいらっしゃる方には、高齢社員の仕事のやりがいを確保しつつ、高齢者の特徴に合わせた対応が求められます。 ※1 谷口幸一(2010).高齢者の生きがい 佐藤眞一・大川一郎・谷口幸一編 老いとこころのケア:老年行動科学入門. ミネルヴァ書房 ※2 竹中晃二(2023).ヤング中高年:人生100年時代のメンタルヘルス.集英社新書 ※3 竹中晃二(2021).メンタルヘルス不調の予防を目的としたセルフケア活動実践のすすめ 看護 10, 76-81. ※4 Matheny, K.B., Aycock, D.W., & McCarthy, C.J. (1993). Stress in school-aged children and youth. Educational Psychology Review, 5, 109-134. ※5 竹中晃二・富永良喜共編(2011).日常生活・災害ストレスマネジメント教育―教師とカウンセラーのためのガイドブック― サンライフ企画 ISBN978-4-904011-37-9 C2047 ※6 竹中晃二・上地広昭・綾田千紘(2020).教員における仕事関連イベントが誘発する気分不調の改善―イフ・ゼン・プランの適用―ストレスマネジメント研究 16, 20-33. ※7 竹中晃二・野田哲朗・山蔦圭輔・松井智子(2020).気分症状改善・回復のための自助方略の検討―デルファイ法を用いた調査―. Journal of Health Psychology Research 33, 125-136. ※8 竹中晃二・上地広昭・吉田椋(2020).イフ・ゼン・プランを用いたメンタルヘルス・プロモーション活動の行動変容介入:準実験的研究 Journal of Health Psychology Research 33, 67-79. 図表1 「意味がある活動」の内容※2 活動の内容 定義 例 身体活 動運動・スポーツ、ハイキングなどのほか健康増進を目的として行う活動 ランニング、筋トレ、登山、ストレッチ ボランティア・地域貢献 他者、地域への貢献を目的とした、無償で行う活動 地域のゴミ拾い、子どもの見守り、動物の保護活動 自己研鑽・啓発活動 知識や能力を身につけ、スキルや技術を高める活動 資格勉強、語学、パソコン教室 ゲーム・動画視聴 スマートフォンやタブレットを用いて行うオンラインゲーム・動画の視聴 携帯ゲーム、テレビゲーム、動画視聴アプリ 音楽鑑賞・活動 音楽鑑賞や楽器演奏 CD、サブスクリプション、演奏 家事(衣食住関連) 日常生活を送るうえで必須となる衣食住全般の活動 料理、掃除、洗濯 家族の世話 育児、両親の介護 育児、両親の介護 読書・創作活動 読書、書道、描画などの創造的活動 読書、書道、描画 信仰 宗教的な意味合いを持つ活動 聖書、神社への参拝 動物の世話 飼育ペットの世話や協同活動 ペットの世話、ペットとの活動 ガーデニング 畑、家庭菜園ほか、庭づくり全般 畑、花の世話、家庭菜園 副業・投資・収集活動 副業・投資、趣味の収集活動 副業、投資、ポイント収集 図表2 こころのABC活動 具体的な例 A…Act からだ、こころ、そして人とも活動的になる 好きな音楽を聴く、好きな本を読む、積極的に外出する、友人とおしゃべりする、家族と今日のできごとを話す など B…Belong 趣味の会、食事会などの集まりに参加する 職場の行事に積極的に参加する、地域で活動する、健康教室に参加する、フィットネスクラブに加入する など C…Challenge さまざまなことに挑戦する 苦手な仕事を引き受ける、友人の相談に乗る、ボランティア活動に参加する、初めての楽器を習い始める など ※筆者作成 図表3  DJB(大丈夫?)キャンペーン 作成:早稲田大学応用健康科学研究室 株式会社はるうらら代表/日本医師会認定産業医/産婦人科専門医 高尾(たかお)美穂(みほ) 最終回 加齢と疾病 @はじめに  日本では、少子化高齢化が進むなかで、働く期間がどんどん長くなっています。70歳まで働くことが企業の努力義務になったり、健康で長生きを目ざす動きが広がったり。そんな時代だからこそ、歳を重ねることで少しずつ変わる心と体に、早め早めに準備をしておくことが大切です。  これからの私たちにとって特に気になるのは、加齢とともに増える病気のリスク。女性の場合特に、ホルモンの変化(エストロゲンやプロゲステロンの減少)によって、特定の病気を引き起こしやすくなります。骨粗しょう症、心血管疾患、乳がん、アルツハイマー病、2型糖尿病といった病気も、毎日の生活習慣を見直したり、医療の力をうまく取り入れたりすれば、リスクを大きく減らせることがわかっています。女性の健康課題に対する意識を持ち、早いうちから対策を始めましょう。  企業も、健康な状態を維持できるよう、相談窓口や情報提供を整えつつあります。でも、まずは自分の体は自分で知ること、自分の体は自分で守ることが大切です。加齢による病気や女性特有の健康の変化についてあらかじめ学んでおけば、未来の健康リスクが減り、ご自身が望む人生に近い人生を過ごせる可能性が高くなるでしょう。 A加齢において気をつけたい病気と対策  歳を重ねると、だれでも体の変化を感じるものです。男女共通でリスクが上がる病気と、すぐに始められる対策方法をご紹介します。無理なく、できることから始めてみましょう。 @心血管疾患(心筋梗塞・脳卒中) →心臓と血管をいたわりたい  厚生労働省によると※1、65歳以上の心疾患による死亡率は全体の約3倍と高く、血管が硬くなったり(動脈硬化)、血圧が上がったり(高血圧)するのがおもな原因です。女性は閉経前、つまり50歳前後まではエストロゲンが血管を守ってくれているのでリスクがそこまで高くはありませんが、閉経後は気がつかないうちに守られなくなっており、さまざまなリスクが急上昇します。65歳以上の女性の心筋梗塞は男性を上回り、75歳以上では心血管疾患が死亡原因の半分以上を占めることも報告されています。 【生活においてできる対策】 ●食事  塩分は1日6g未満に。濃い味つけに慣れている方は、味つけの方法を見直してみてください。外食は塩分多めですから、スープは残すくせをつけましょう。魚や野菜、オリーブオイルたっぷりの地中海風の食事が血管や心臓にやさしいです。 ●運動  週に150分、ウォーキングなどの軽い運動をおすすめします。1日30分を5日でもOKです。エスカレーターではなく、階段を使うのもよいでしょう。 ●血圧チェック  130/80mmHg未満を目ざして、毎日同じタイミングで測って記録してみましょう。血圧が高めの方は、家に血圧計があると有用です。 ●医療でのサポート  血圧やコレステロールを下げる薬で、心臓への負担を軽くすることが可能です。心筋梗塞・脳卒中が起こらないように、あらかじめの取組みを意識しましょう。 A糖尿病 →体のバランスを整える  2022(令和4)年の調査※2では、65歳以上の5人に1人が糖尿病かその予備軍です。加齢によりインスリンの働きが弱くなることで、2型糖尿病のリスクが上がります。男性のほうが糖尿病を発症しやすい傾向はありますが、女性は閉経後に内臓脂肪が増えることで、リスクが上がります。65歳以上の女性の糖尿病有症率は約15〜20%。特に肥満女性の有症率は一般人口の2〜4倍に達する場合もあります※3。 【生活においてできる対策】 ●健康診断  HbA1cは6.5%未満が望ましいです。年に1回のチェックで、自分の体の状態を把握しましょう。 ●食事  糖質は1日130g程度に。ご飯は小盛り、野菜や豆をたっぷり。甘いものは「ご褒美」程度の頻度に抑え、野菜たっぷりの食事を意識しましょう。また、食物繊維を1日30g摂ると、糖尿病発症のリスクを減らすことができると報告されています。 ●体重  BMI(体重kg÷身長m÷身長m)を18.5〜25に。減量によって糖尿病発症のリスクを減らすことができます。 Bがん →早めの気づきが鍵  国立がん研究センターによると※4、60歳以上のがん罹患率は全体の7割。細胞の修復力が落ちることが原因とされています。女性は特に乳がんに気をつけてください。エストロゲンが分泌される期間(初潮から閉経までの期間)が長い女性や、家族に乳がん経験者がいる場合は、乳がん発症リスクが増加することが知られています。閉経後のホルモン補充療法(HRT)も、わずかではありますがリスクを高めるとされます。乳がんは日本人女性の9人に1人が経験する病気です。  がんは、見つけるのが早ければ命を落とさずにすみます。検診とセルフチェックで、ご自身の安心を手に入れましょう。 【生活においてできる対策】 ●禁煙  タバコは肺がんリスクを4〜5倍に。禁煙10年で発がんリスクを半分に減らすことができます。まずは「1日1本減らす」から始めましょう。タバコを吸わない方は、受動喫煙を避けることを意識しましょう。 ●お酒  禁酒がおすすめですが、まずはビールなら1日600ml、日本酒なら1合程度までに抑えましょう。  アルコール摂取量が多いと、発がんリスクが上がる一方で、アルコール摂取量を抑えることは乳がん発症リスクが下がることが知られています。 ●検診  早期発見のためのスクリーニングとして、年に一度、肺がん、大腸がん、胃がんの検診を受けましょう。乳がんについては2年ごとのマンモグラフィでの検診と、月1度のセルフチェックを習慣にしましょう。セルフチェックはお風呂や寝る前など、リラックスしているときがおすすめです。  しこりや皮膚の変化、痛みなど、いつもと違うことがあれば、乳腺外科を受診しましょう。 ●生活習慣  体重管理はとても重要です。BMIを25未満に維持すると、閉経後乳がんリスクが低下します。 C骨粗しょう症 →骨を強く、しなやかに  骨粗しょう症は、骨密度の低下と骨質の劣化により骨折リスクが高まる疾患です。骨密度は加齢によって毎年1〜2%減少し、日本骨粗鬆症学会によると※570歳代の女性で約3人に1人(約33%)、60歳代で約5人に1人(約20%)が骨粗しょう症に罹患しています。女性においては、閉経後のエストロゲン減少が骨吸収を加速させ、骨形成が追いつかなくなります。エストロゲンは破骨細胞の活性を抑制するため、その欠乏が骨量減少を促進します。  国際骨粗鬆症財団(IOF)によると※6、50歳以上の女性の3人に1人が骨折を経験します。転倒などによる骨折は生活の質を落とすだけでなく、特に大腿骨近位部骨折において、1年以内の死亡率は20〜24%と高いことも知られています。まずは骨密度の計測により、現状を把握することがとても大切です。骨はあなたの「体の柱」です。カルシウムと運動で、いつまでもしっかり立ったり歩いたりできる体を維持しましょう。 【生活においてできる対策】 ●カルシウム  1日650〜800mgを、牛乳など乳製品や小魚から摂取しましょう。 ●ビタミンD  カルシウムを骨に吸収させるビタミンDにおいて、日本人の平均摂取量は推奨量に達しないことが多い※7ため、日光浴やサプリメントを活用し、ビタミンDを1日15〜20μg摂取することが望ましいとされています。これらにより骨密度低下を抑制できるとされています。 ●運動  週2回程度の筋力トレーニングによって、骨密度低下を抑制することが可能であり、週に3回程度の重量負荷運動(ウォーキング、軽いウェイトトレーニングなど)は骨密度を1〜2%増加させます。運動習慣は骨に対して有効です。 ●医学的なサポート  整形外科ではビスホスホネート(アレンドロネートなど)の薬剤が選択肢としてあげられ、骨吸収を抑制し、大腿骨骨折リスクが約50%低減します。女性において、閉経後早期にホルモン補充療法(HRT)を開始することで骨密度を維持でき、適切な介入によって骨折リスクを3〜5割減らせます。 D認知症 →頭をすっきりと保つ  厚生労働省の推計※8では、65歳以上の約20%(約700万人)が認知症に罹患し、特に85歳以上では発症率が40%超とされています。また、女性は男性よりアルツハイマー病(AD)の発症率が高く、これはエストロゲン減少によって失う神経保護効果や、遺伝子の影響を強く受けると考えられています。アミロイドβやタウタンパク質の蓄積が脳の機能を障害します。 【生活においてできる対策】 ●睡眠  1日7〜8時間、しっかりと睡眠をとることで脳をリセットしましょう。 ●脳トレ  週3回以上の記憶力・計算課題、読書、パズルなど脳トレ的な要素を含む頭のエクササイズが、認知症予防に効果的とされています。 ●運動  週150分の運動で認知機能低下が抑制されるほか、血圧・糖尿病の管理によりAD発症リスクを低下できるため、AD予防としても生活習慣の見直しは大切です。 ●友人との時間  週1回のおしゃべりや趣味の集まりなど社会への参加で、認知症のリスクは3割減少します。社交的な活動がおすすめです。脳は「ちゃんと使おうと思えば使える」もの。友人との時間やちょっとした脳トレで、いつまでもすっきりとした頭を維持しましょう。 E身体機能の低下 →動ける体を大切に  身体機能面においての加齢による変化としては、骨密度の低下が知られていますが、筋肉量も毎年減少していきます。筋力と筋肉量の減少(サルコペニア)は意識的な運動習慣、特に筋力トレーニングで補える一方で、関節機能の変化により慢性的な痛みを経験する女性は少なくありません。変形性関節症の有病率は65歳以上で約半数と報告されており、膝の可動域が低下し、動作が制限され、痛みが生じることで活動量が減少し、肥満や筋肉量減少の原因となり、さらに身体機能の低下を引き起こす、といった負のスパイラルに陥りがちです。  仕事を長く続ける時代において、身体機能をある程度の状態に維持することは必須不可欠です。 【生活においてできる対策】 ●筋トレ  週2回の軽い筋トレで、筋力をキープしましょう。ペットボトルを持って腕を動かすだけでも筋トレになります。 ●関節ケア  毎日ストレッチして、柔軟な膝や股関節を維持しましょう。痛みが続くようであれば整形外科を受診しましょう。 ●動く習慣  意識的に階段を使ったり、1駅分歩いたり。少しの運動が体と心を元気にしてくれます。体は、意識的に動かすことでちゃんと応えてくれるもの。小さな一歩から、アクティブな毎日をお過ごしください。 B加齢は「自分を大切にするチャンス」  年齢を重ねることは、体の変化との出会いともいえます。でも、心血管疾患、糖尿病、がん、骨粗しょう症、認知症、身体機能の低下、どんな病気も、毎日の小さな習慣と早めのケアで、リスクを多少なりとも減らせるものです。運動、食事、睡眠といった生活習慣、定期的な健康診断やがん検診、そして友人との時間、ご自身の笑顔を大切に、これからの自分のためにできることを見つけてください。  これからは特に、自分が「健康の主役」です。今日からできることをまずは一つ、始めてみましょう。 ※1 内閣府「令和4年版高齢社会白書」および厚生労働省「令和5年(2023)人口動態統計(確定数)」をもとに推計 ★ 本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけます  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※2 厚生労働省「令和4年国民健康・栄養調査」 ※3 国際糖尿病連合(IDF)「糖尿病アトラス第10版」(2021年) ※4 国立がん研究センター「がん情報サービス『がん統計』」2020年データ(https://ganjoho.jp/reg_stat/index.html) ※5 一般社団法人骨粗鬆症学会「骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2015年版」 ※6 InternationalOsteoporosisFoundation「Facts&Statistics」(https://www.osteoporosis.foundation/facts-statistics) ※7 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)『日本人の食事摂取基準』策定検討会報告書」 ※8 厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」(2019年)