がんと就労 −治療と仕事の両立支援制度のポイント− 産業医科大学 医学部 両立支援科学 准教授 永田(ながた)昌子(まさこ)  二人に一人が罹患するといわれる病気「がん」。医療技術の進歩や治療方法の多様化により、がんに罹患したあとも働きながら治療を続けている人は増えています。その一方で、企業には、がんなどの病気に罹患した社員が、治療をしながら働き続けることのできる環境や制度を整えていくことが求められています。本企画では、特に「がん」に焦点をあて、その治療と仕事の両立支援に向け、企業が取り組むべきポイントを整理して解説します。 第1回 がんの治療と就労の現状 1 はじめに  今回は、がんの罹患者数の増加、5年生存率の向上、そして治療法の多様化といった現状について解説します。がんは発生部位や悪性度によって予後が大きく異なり、依然として厳しい予後を示すがん種もある一方で、「不治の病」から「つき合う病気」へと変化しつつあるがん種も増えています。  本連載では就労支援の観点から、特に治療と就労の両立が可能ながん種を中心にご紹介します。高齢労働者におけるがん罹患率の高さをふまえ、がん治療の基本的な理解を深めていただければと思います。 2 高齢者のがんの罹患率  高齢者の方が病気になりやすいことは、読者のみなさまもご承知の通りです。具体的な数字で確認しましょう。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響でがん検診の受診率が落ちた影響もあると考えられていますが、この5年間は、年齢ごとのがんの罹患率に大きな変化は読み取れません。罹患率を50代前半と比較すると60代後半は、男性は約4倍、女性は約2倍です。高齢者に多いがんは、がん検診の対象となっていますので、高齢労働者のがん検診の受診の必要性も強調したいところです(図表1・2)。 3 生存率の向上  罹患率の変化は目立ちませんが、がん治療の進歩は目覚ましいものがあるようです。がんの5年相対生存率は、1993(平成5)〜1996年登録の値(男性48.9%、女性59.0%)から2009〜2011年登録の値(男性62.0%、女性66.9%)に上昇しています。手術はより低侵襲に、薬物療法は細胞傷害薬に加えて、ホルモン療法や抗体療法、分子標的薬など副作用が少ないものが登場し、また副作用をマネジメントする方策も進化しています。  特に分子標的治療薬の登場などにより、治療の発展が目覚ましい肺がんを取り上げると、肺がんのStage4と診断された方の生存期間の平均値は、確実に長くなっているようです。最近公表された論文によると、肺がん(非小細胞がん)Stage4と診断された時期が1995〜1999年の生存期間の平均値は、8・9カ月でした。徐々に、生存期間が延び、2015〜2019年に診断された方は、25.2カ月と約3倍に延びていること、2020(令和2)年以降に診断された方は、さらに延びていることが報告されました(文献3)。 4 がん治療の進歩と就労  このような医療の進歩により、がんの平均在院日数(35〜64歳)は、1996年の31.0日から2020年の13.3日と半減しました。同じくがんの外来患者数は2005年に入院患者数を上回りました(図表3/文献3)。  治療の変化により働ける状態の患者が増えており、がん治療をしながら就労継続を希望する割合も増えています。特に薬物療法をしながら、働く人が増えています。  がん治療の主要な方法は、手術、放射線療法、薬物療法です。ここでは、就労と継続することが多い薬物療法と放射線療法を特に取り上げます。  薬物療法は、おもに内服と点滴に2分され、化学療法、ホルモン療法、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などを組み合わせて行われています。点滴投与では、太い静脈にカテーテルを挿入し、皮膚の下にポートを埋め込んで、継続して化学療法を受けられるようにすることが多くなります。近年は長時間投与や多剤併用をする療法が増え、中心静脈ポートを留置するケースが増えています。頻度が多い薬物療法をご紹介すると、2〜3週に1度、外来で数時間かけて点滴治療を行い帰宅します。外来での点滴を終了後も薬剤を持続注入できるポンプ(たばこの箱より少し大きめのケース)を約2日間装着する治療です。通常の生活や入浴を制限する必要もありません。副作用がなければ、薬剤を持続注入している状態で、仕事に従事している人もいます。点滴をしながら仕事をすることに驚かれる患者さんや職場の方もいらっしゃいますが、就労することで治療の効果を下げることはありません。就労に支障が出る副作用がなければ、問題なく就労することができます。また、副作用が出るタイミングと通院の日のみ休んで、そのほかの日に働いている方もいます。  これらの薬物療法により、就労現場で遭遇することが多い副作用とその対応についてまとめたものが図表4です。副作用は個人差が大きいため個別対応(本人のケアと職場での理解・配慮の組合せ)が必要です。みなさまの職場でこのような症状がある方が就労するとき、どんな支援が可能でしょうか。イメージしていただき、環境整備やルールづくりなど、必要な方策を職場で検討いただくとよいかもしれません。  最後に、放射線療法についても触れておきます。放射線療法は連日短時間の照射を行うのが一般的で、毎日の通院が必要となります。しかし、朝一番や夕方最後の時間帯に照射スケジュールを調整することで、就労との両立を図ることが可能です。副作用が軽微な場合には、治療を継続しながら半日勤務などの働き方を選択される患者さんも多くいらっしゃいます。 5 支援の視点  ここまでご紹介したように、がん治療をしながら働く人の支援は、治療法も多様であり、症状の個人差も大きいため個別対応が必要です。本人が行うセルフケアと職場での理解・配慮を組み合わせ、定期的な症状モニタリングと治療状況の確認が重要となります。治療のスケジュールや治療によって生じる副作用、日常生活の留意点を本人を通じて医療機関に確認してください。医療機関、職場、本人の三者連携により、治療と就労の両立を模索することが求められています。  また、これらの医療の進歩、先ほどご紹介した新しい治療薬を利用する場合など、薬剤費が高額となっている印象があります。本人の収入に合わせて、高額療養費制度などの制度が設けられ、自己負担割合が異なるため、「この治療費であれば医療費の自己負担金額は○万円」とは、いえません。医療費は薬剤費だけでなく、血液検査や画像検査、遺伝子パネルの検査の費用などもかかります。月額の医療費を外来でたずねると、月4〜8万円程度の医療機関や薬局での支払いをされている方は珍しくありません。継続してかかる費用ですので、負担を感じる方が多いです。治療費を負担なく支払うためにも就労を希望する方もいらっしゃいます。  さて、連載第1回目として、がんの罹患率やがん治療の多様化、副作用について触れました。第2回目に仕事の両立しやすさの現状や具体的に企業に求められる取組み、第3回目に実際に両立支援者が出た場合の進め方等とそのポイントをご紹介いたします。 【参考文献】 〈文献1〉 国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」https://hbcr-survival.ganjoho.jp/ 〈文献2〉 がん診療連携拠点病院等院内がん登録2015年3年生存率集計報告書https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/hosp_c/hosp_c_reg_surv/pdf/hosp_c_reg_surv_4_2015.pdf 〈文献3〉 Yoshida, K., Watanabe, K., Nishimura, T., Ikushima, H., Ohara, S.,Takeshima, H., ... & Usui, K. (2025). Improvement in Survival in Patients With Advanced Non-small Cell Lung Cancer. Anticancer Research, 45(1), 295-305. 図表1 50代〜70代のがん罹患数の順位 男性 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 1位 大腸がん 大腸がん 肺がん 2位 肺がん 肺がん 大腸がん 3位 胃がん 胃がん 胃がん 女性 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 1位 乳がん 乳がん 乳がん 2位 子宮がん 大腸がん 大腸がん 3位 大腸がん 肺がん 肺がん 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表2-1 がんの罹患率(男性) 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表2-2 がんの罹患率(女性) 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表3 がんの推計入院外来患者数の推移(35〜64歳) 外来 入院 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017 2020 2023 ※厚生労働省令和5(2023)年「患者調査」より筆者作成 図表4 就労現場で遭遇することが多い薬物療法の副作用とその対応 具体的な症状 本人のケア/職場の対応 疲労・体力低下 疲れやすさ がん患者が最も経験する症状で、活動量と休息のバランス調整が重要である。 職場では就労時間短縮、段階的復帰、休憩環境の整備が有効である。 認知機能の低下 短期記憶の低下 集中力の低下 口頭からメールや文書で作業指示をする。 メモを活用するなどの自己対応が必要である。 末梢神経障害 手足のしびれ 感覚障害 冷所や冷温のものを取り扱うと症状が強くなることがある。パソコン作業や細かい動作に支障をきたす。保温や指先運動で症状が和らぐことがある。 消化器症状 悪心・嘔吐、下痢・便秘 頻度が高い副作用である。予防的な服薬管理と食事環境の配慮が重要。 見た目の変化 頭髪、眉毛の脱毛 爪や皮膚の変化 ウィッグや帽子の準備、職場でのプライバシー配慮が就労継続に重要である。 皮膚障害 発疹、色調の変化など 保湿剤の塗布。 直射日光にて悪化することがある。 排尿障害 尿漏れなど 排尿障害では、デオドラント効果のある尿取りパッドの使用、自己導尿といった自己対応が必要である。トイレに行きやすい環境の整備があると就労継続しやすい。 ※筆者作成 第2回 職場で求められる両立支援とは 1 はじめに  第1回※1では、がんの罹患率が高まるのは高齢者であること、がん治療の進歩により、治療を継続しながら就労可能な人が増えていることなど、特に医療の視点からご紹介しました。  第2回となる今回は、職場を含む社会全体で治療と仕事の両立がしやすい環境になってきているのか、治療と仕事の両立のしやすさのために企業には何が求められているのか、という視点でご紹介したいと思います。 2 がん治療と仕事の両立のしやすさの現状 (1)がんと診断されてから仕事を辞める人  国立がん研究センターが実施している患者体験調査※2によれば、がん診断時に収入のある仕事をしていた人のうち19.4%(2023年)が、がん治療のため、退職・廃業をしていました。さらに、退職・廃業をした人のうち、58.3%が、治療を開始する前に退職・廃業をしていました(45ページ図表1)。  病気をきっかけに仕事との向き合い方を見直し仕事を辞める方もいますが、病気の受け入れが不十分な状態で、「周囲に迷惑をかけたくない」と、治療と仕事の両立の困難を想像して性急に仕事を辞める人も一定数いると考えられています。辞めたあと、治療が一段落した際に辞めたことを後悔する方もいらっしゃいますので、医療機関でも診断時に「急いで辞めないように」との声かけの重要性が指摘されています。  しかし、高齢者の場合、体力的な不安やキャリア終盤期において「もう十分に働いた」という思いを口にされることもあり、医療機関のスタッフも就労継続について積極的な助言を控える傾向もあり得ます。そのため、職場の担当者の方にお願いです。病気が判明してすぐに退職を申し出てこられた従業員の方がいらっしゃいましたら、退職を保留し、まずは休業することを勧奨いただくと、本人にとってよい選択に結びつくことがあります。  なお、75歳以上は、後期高齢者となり、傷病手当金(私傷病で4日以上欠勤すると、請求できる)は支給されませんので、ご注意ください。 (2)がんと診断されたことを職場に伝えるか  両立支援を受けるためには、病気であることを申し出るところから始まりますが、病気であることを開示することにより、必要以上に心配されたり、就業機会を奪われたりするなど本人が希望していない職場の反応も想定されるため、がん患者の就労が受け入れられていないと感じる状況であれば、病気であることの申し出をためらったり、嫌がったりする人も多いかもしれません。  現状、情報を開示している人の割合をみていきましょう。職場や仕事関係者にがんであることを伝えた人は89.0%と、2018(平成30)年度の81.0%から増加し、職場での情報開示が進んでいることがわかります。ここでさらに注目すべきは、治療と仕事の両立に配慮があったと感じた人が74.5%と、2018年度の65.0%から増えている点です(図表1)。これは、職場全体の意識改革が進んでいることを示しているといえるかもしれません。 (3)社会全体からみる「治療と仕事の両立のしやすさ」  第1回の記事でご紹介したように、がん治療は外来で行われることが多くなってきているため、治療と仕事の両立のためには、「通院のために休みをとりやすい」もしくは「柔軟な働き方ができる」ことが重要となります。  内閣府が行っている「がん対策に関する世論調査」※3では、「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、現在の日本の社会は、働き続けられる環境だと思いますか?」という問いに対し、「そう思う」、「どちらかといえばそう思う」と答えた人は合わせて45.4%(2023年)でした。2016年の27.9%、2019年の37.1%から増えており、社会全体でも、治療しながら働くことへの理解が進んでいるといえます(46ページ図表2)。  一方、依然として約半数は、働き続けられる環境でないと回答していることも注目すべき事実です。抗がん剤投与以外にも各種検査や治療のための通院も合わせると、年次有給休暇がなくなってしまい、通院以外の理由で休むことができない状況となり、働き続けることに不安を感じる患者さんも多くいます。年次有給休暇以外の制度として、病気欠勤などの制度があると、ルールに則り欠勤(通院)し、治療と仕事の両立を図ることができる事例もあります。  このように治療と仕事の両立のしやすさは、会社が持っているルールに依存する事例があるため、会社が事前に環境整備として、ルールをつくっておいていただけると治療と仕事の両立が進みます。 3 会社が事前に行っておく環境整備  がん治療と仕事の両立のしやすさに必要な環境整備を考えていきましょう。事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドラインに沿って確認していきます(47ページ図表3)。 (1)基本方針の表明と意識啓発の重要性  治療と仕事の両立支援を実施する際、当事者をサポートするために、上司や同僚等に負荷がかかることがあります。過度の負担とならないように配慮する必要があるとともに、一定の負担を理解し協力してもらうために、関係者の理解は欠かせません。関係者の理解を得るために、事業者の方針の表明や、両立支援の必要性や意義についての意識啓発が進むと、いざ事例が出た際も安心して、受け入れることができます。  企業の先進的な取組みとして、「社内ピアサポート」という取組みをご紹介します。がんを経験した社員が、同じくがんに直面している(または治療中・治療後の)社員を支える仕組みや活動のことです。ここでいう「ピア(peer)」は「同じ立場の人」、「仲間」という意味で使われており、患者同士の支え合い(ピアサポート)の企業内版です。大企業であれば、がんを経験した社員は複数います。社内ピアサポートの取組みが進むと、そのほかの社員の方に対しても、がんに罹患しても就労できることの安心感、両立支援の必要性や意義の意識啓発につながると考えます。 (2)相談窓口などの明確化  当事者の相談窓口や、申し出があった際の関係者間の役割を整理しておくと、相談がたらい回しにならず、情報が過不足なく伝えられると考えられます。相談窓口は、産業保健スタッフもしくは人事労務スタッフが担当することが多いです。社内ルール(休業期間や休業願いなどの必要な文書について)、社会保険料や復職の手順や必要な文書などについて説明するなかで、両立支援の申し出の有無について確認するとよいでしょう。  両立支援の申し出において、症状や治療の状況などの病気に関する情報が必要となりますが、これらの情報は機微な個人情報であり、取り扱う者の範囲を決める、情報を同僚などに開示する場合は本人の同意を得るプロセスが必要です。特に、性別に特有のがん(子宮がん、卵巣がん、精巣がん、前立腺がん)の病名の開示を嫌がる労働者の心情もあることと、職場に必要な情報は、配慮の根拠となる症状や治療の内容の情報であり、必ずしも病名は必要ありません。これらの情報の取扱いも、健康診断の情報などの取扱いと含めてルール化しておくことが必要です。 (3)休暇制度や勤務制度  休暇制度や勤務制度において、どのような場合に利用するのか、もしくは両立しやすくなるのかを考えていただくために、図表4のような利用想定を示します。一つの制度で、働きにくい障壁のすべてを解決することはないと考えられますので、複数の制度をつくっていただくと、両立しやすくなります。また制度があっても利用しにくい場合もあるようです。利用しやすい環境かどうか、すべての職場で利用しやすいことが理想的です。  第1回でご紹介したように、がん治療をしながら働く人の支援は、治療法も多様であり、症状の個人差も大きいため、個別対応が必要です。次回は、具体的に事例が発生した場合に、どのように対応するとよいのかをご紹介します。 ※1 本連載の第1回は、当機構(JEED)ホームページでお読みいただけます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder_202507/index.html#page=46 → ※2 国立がん研究センター「患者体験調査」 https://www.ncc.go.jp/jp/icc/policy-evaluation/project/010/2023/index.html ※3 内閣府「がん対策に関する世論調査」 https://survey.gov-online.go.jp/r05/r05-gantaisaku/ 図表1 がんと診断された人の両立支援の状況 2018年度 2023年度 がん診断時に収入のある仕事をしていた人 44.2% 44.1% 診断時に働いていた職場や仕事上の関係者にがんと診断されたことを話した人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人のみ) 81.0% 89.0% 職場や仕事上の関係者から治療と仕事を両方続けられるような勤務上の配慮があったと思う人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人のみ) 65.0% 74.5% 治療開始前に就労の継続について医療スタッフから話があった人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人のみ) 39.5% 44.0% がん治療のため、休職・休業した人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人のみ) 54.2% 53.4% がん治療のため、退職・廃業した人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人のみ) 19.8% 19.4% がん治療開始前に退職した人(がん診断時に収入のある仕事をしていた人、かつ、退職・廃業した人のみ) 56.8% 58.3% 出典:国立がん研究センター「平成30年度、令和5年度患者体験調査」 図表2 仕事と治療等の両立について Q.現在の日本の社会では、がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働き続けられる環境だと思いますか。この中から1つだけお答えください。 2016年 1.そう思う 9.8% 2.どちらかといえばそう思う 18.1% 3.どちらかといえばそう思わない 35.2% そう思わない 29.3% 無回答 7.7% 2023年 1.そう思う 8.6% 2.どちらかといえばそう思う 36.8% 3.どちらかといえばそう思わない 39.1% そう思わない 14.5% 無回答 1.1% 出典:内閣府世論調査「がん対策に関する世論調査」(2016、2023) 図表3 事業場における治療と仕事の両立支援ガイドライン 「4.両立支援を行うための環境整備(実施前の準備事項)」 1)事業者による基本方針等の表明と労働者への周知 2)研修等による両立支援に関する意識啓発 3)相談窓口等の明確化 4)両立支援に関する制度・体制等の整備 (ア)休暇制度、勤務制度の準備 (イ)労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理 (ウ)関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり (エ)両立支援に関する制度や体制の実効性の確保 (オ)労使等の協力 出典:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」 図表4 両立支援制度の具体例 制度 利用想定(具体例) 時間単位の年次有給休暇 短時間の通院等があっても、年次有給休暇を無駄なく利用できる。治療だけでなく、検査の受検や検査の結果の説明など、医療機関に通院する頻度が増える場合あり 傷病休暇・病気休暇制度 通院や抗がん剤の副作用等があるなど症状の変動に合わせて、休業することが可能となり、症状が落ち着いている状態であれば就労できる 短時間勤務制度 (復職直後など)徐々に仕事の負荷を上げていくことができる放射線治療など、毎日通院治療が続いても、就労が可能となる場合がある 時差出勤制度 満員電車等、通勤の負担を減らすことができる。通勤の負担として、薬物療法等による下痢等の副作用や時間的、身体的負担も軽減される 在宅勤務制度 通勤の負担なく、就労することができる感染症に罹患しやすいことを懸念している場合、安心して就労可能である ※筆者作 最終回 従業員が、がんに罹患したら 1 はじめに  連載第1回では、がんの罹患率やがん治療の多様化、副作用について、第2回では、治療と仕事の両立しやすさの現状や具体的に企業に求められる取組みについて解説しました。  最終回となる今回は、実際に従業員の方ががんに罹患したと報告があった場合の、両立支援の具体的な進め方とそのポイントをご紹介します★。 2 早期の退職を思いとどまらせ会社の制度などを紹介する  がんと診断された従業員から、「治療のために退職を考えている」と伝えられた場合、上司や人事担当者の最初の対応が非常に重要です。連載第1回でご紹介したように、国立がん研究センターの調査によると、がん診断時に仕事をしていた人のうち、19.4%ががん治療のために退職・廃業しており、そのうち58.3%もの人が治療開始前に退職しています。これは、病気の受入れが不十分な状態や、周囲への迷惑を懸念する気持ちから、性急に離職してしまうケースです。病気が判明してすぐに退職を申し出てきた従業員に対して、まずは退職を保留し、治療を優先して、治療の目途が立ってから決めてほしいとお伝えすることが、本人にとってよりよい選択につながり、企業にとっても人材の確保につながると考えられます。  本人には慰留するとともに、情報提供を行ってください。会社の制度などの私傷病による休業制度や両立支援に関連する制度(時間単位の年次有給休暇、短時間勤務制度、時差出勤制度、在宅勤務制度など)、復職の制度についてです。休業期間、休業期間の手当の有無、傷病手当金の手続きの方法を知ることで、本人は安心して治療に専念することができます。復職の制度を知ることで、復職をぼんやり考え始めたときから、次に取るべき手続きを念頭に置き、本人はあらかじめ備えることができます。  例えば、入院中に退院後の生活指導をたずねたり、主治医に仕事に戻る時期を相談したり、診断書が必要なことを伝えるなどの行動につながります。情報提供とあわせて、今後の連絡のタイミングについて相談しておくとよいでしょう。治療方針が立ったり、治療の目途がついたり、退院した場合、もしくは1カ月に1度は本人から会社に連絡をもらうなどをあらかじめ決めておきます。 3 休業が必要な期間に関する情報をできる範囲で収集する  がんと診断された従業員から治療の報告を受けた際、休業した場合の業務の引継ぎや人員の補充の検討などのために、休業期間や治療の基本的な流れは知りたいものです。休業する期間が1カ月なのか、6カ月なのかで、人員の補充などの検討に影響を与えるでしょう。しかし、休業する期間に影響を与える治療方針や治療計画は、明確に初めから決まることは少なく、検査結果や副作用の出現に応じて適宜変更されるのが一般的です。そのため、入院期間や休業期間を医師に「正しく教えてください」とたずねても、医師は断言できないことがほとんどです。  そこで、患者である従業員には、医師に対して「同じ治療を受ける人は、一般的にどの程度入院するか」、「おおよそどのくらいの期間、仕事を休む必要があるか」などの聞き方で確認してもらうようお願いしてみるとよいでしょう。また、得られた情報も、変更がありうることを理解して、欠員への対応をするように、直属の上司にお伝えください。 4 復職を検討する時期は医療機関との連携を  従業員が治療を終える、もしくは治療を継続しながらも、復職を検討する段階に入ったら、職場は医療機関と連携し、従業員の状況を正確に把握することが重要です。この連携のツールとなるのが「勤務情報提供書」と「主治医意見書」です。 ■勤務情報提供書(39ページ図表1)  従業員本人と職場が共同で作成し、従業員の職種、業務内容、労働時間、職場環境などの情報を主治医に共有する様式です。厚生労働省のホームページ※1からダウンロード可能です。従業員本人の職務内容や勤務形態、勤務時間、利用できる制度に関してチェックします。「振動工具を使った作業はさせてよいのか」、「屋外での警備業務はさせて大丈夫だろうか」などの具体的な懸念がある場合には、その旨を記載してください。また、復帰直後に元の業務とは別の業務を担当させることを検討していたり、元の業務であっても負担を減らす配慮を検討していたりする場合もその旨を記載いただくと、主治医の判断を助けます。  記載例……「デスクワークをメインに仕事をしてもらう予定です」、「元の業務ですが、定数外のスタッフとして業務に入ることは可能」など ■主治医意見書(図表2)  勤務情報提供書に基づき、主治医が作成します。この意見書には、患者の病状や治療内容から、就業上の配慮が必要な事項(例えば、仕事が持病を悪化させるおそれがある場合の就業配慮や、事故・災害リスク予防の観点からの措置)や、望ましい就業上の措置に関する意見が記載されます。  職場と共同で作成された勤務情報提供書に基づき、一定規模以上※2の職場に勤める患者さんについて、主治医意見書を記載もしくは診療時に同席した産業医などに医療情報を職場に提供すると、医療機関はその費用を診療報酬として請求できます。これは、2018(平成30)年度の診療報酬制度改定で新設された「療養・就労両立支援指導料」です。医療機関もしくは医師がこの制度を十分理解していない可能性もあります。職場に必要な情報ですので、職場側から積極的に働きかけを行うことをおすすめします。  主治医意見書の内容をもとに、就業上の措置および治療に対する配慮に関する産業医等の意見聴取を行いましょう。産業医等がいない場合は、各都道府県の産業保健総合支援センターに相談することも可能です。仕事上の配慮を検討するためには、安全配慮義務と合理的配慮と治療を継続するうえでの配慮の三つの視点が重要です。  安全配慮義務とは、就労により病状が悪化したり、再発したり、労働災害が生じたりしないよう、事業者が労働者の疾病の種類や程度に応じた措置を講じる責任です。がん自体が仕事によって悪くなることはほぼありません。しかし、日常生活上で医療機関から禁止されていることは、職場でも避ける必要があります。  例……「骨転移があるから重たいものは持たない、腕を捻らない」、「術後3カ月は重量物の取り扱いは避ける」など  合理的配慮は、患者さん自身が働きやすくなるための工夫です。安全配慮とは異なり、医学的禁忌とまではいえないことがらへの対応です。  例……「下痢の副作用があるので、長距離出張は避ける」、「体力低下があるため、徐々に業務量を増やす」など  治療を継続するうえでの配慮は、おもに、通院や副作用が強い時期のための欠勤を許容する配慮です。  これらの配慮を適切に行うには、労働者の職務内容を記載した勤務情報提供書と、主治医が医学的見地から意見を記した主治医意見書を通じた医療機関との連携が不可欠です。  配慮の検討の際には、配慮が実施可能なものか、配慮を実施するおおよその期間、配慮を実施することで影響を受ける職場の上司や同僚の理解などを考慮するとよいでしょう。 5 必要な配慮とフォローアップ  一度配慮したら終わりではなく、継続的なフォローアップが不可欠です。特に治療を継続している方は、治療の変更、それによる体調の変化などに合わせて、配慮が必要となることがあります。図表3のような視点でフォローアップをするとよいでしょう。  今回は、事例対応の流れとポイントをご紹介しました。がんの事例対応は、事例ごとに必要な対応は異なりますが、基本方針の表明や意識啓発、休業したときに説明する資料などの準備や相談窓口の明確化、短時間勤務制度などの利用できる制度整備などは、共通して必要なことです。  高齢労働者のがんの罹患の頻度は高いこと、「不治の病」から「つき合う病気」へと変化しつつあるがん種も増えており、働けるがん患者が増えています。無理なく働くためには会社の制度など環境整備が重要です。  ぜひ、事例が出る前に、もし事例が出ていれば、その事例を契機に、環境整備をしていただければと思います。  高齢労働者の方ががんになっても、生きがいを持って働き続けられる職場づくりが求められています。 ★ 本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけます。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※1 https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/download/ ※2 衛生推進者が選任されている事業者……常時10人以上雇用している事業場では、労働安全衛生法により、衛生推進者または安全衛生推進者を選任する義務がある 図表1 勤務情報提供書と記載例 勤務情報を主治医に提供する際の様式例 (主治医所属・氏名) 先生  今後の就業継続の可否、業務の内容について職場で配慮したほうがよいことなどについて、先生にご意見をいただくための従業員の勤務に関する情報です。  どうぞよろしくお願い申し上げます。 従業員氏名 Aさん 生年月日 ●年●月●日 住所 ●●●市●● ●‐● 職種 ※事務職、自動車の運転手、建設作業員など 職務内容 (作業場所・作業内容)  倉庫作業 フォークリフト運転 冷凍倉庫での作業もあり □体を使う作業(重作業) □体を使う作業(軽作業) □長時間立位 □暑熱場所での作業 □寒冷場所での作業 □高所作業 □車の運転 □機械の運転・操作 □対人業務 □遠隔地出張(国内) □海外出張 □単身赴任 勤務形態 □常昼勤務 □二交替勤務 □三交替勤務 □その他(      ) 勤務時間 8時30分〜17時30分(休憩1時間。週5日間。) (時間外・休日労働の状況:                    ) (国内・海外出張の状況:  なし                 ) 通勤方法 通勤時間 □徒歩  □公共交通機関(着座可能) □公共交通機関(着座不可能) □自動車 □その他(        ) 通勤時間:(             )分 休業可能期間 ●年●月●日まで(   日間) (給与支給 □有り □無し 傷病手当金 66%) 有給休暇日数 残 14日間 その他 特記事項 利用可能な制度 □時間単位の年次有給休暇 □傷病休暇・病気休暇 □時差出勤制度 □短時間勤務制度 □在宅勤務(テレワーク) □試し出勤制度 □その他(              ) 上記内容を確認しました。 年 月 日 (本人署名) 年 月 日 (会社名) ※厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」の様式例をもとに筆者作成 図表2 主治医意見書と記載例 治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例 (診断書と兼用) 患者氏名 ○○ ○○ 生年月日 ○年○月○日 住所 ○○ ○○ 病名 大腸がん 現在の症状 (通勤や業務遂行に影響を及ぼし得る症状や薬の副作用等)  上記病名に対し、手術を●月●日に施行した。術後の経過は順調で、現時点で症状はありません。 治療の予定 (入院治療・通院治療の必要性、今後のスケジュール(半年間、月1回の通院が必要、等))  今後2週に1度の頻度で化学療法を外来にて、●月まで実施予定である。 退院後/治療中の就業継続の可否 □可(職務の健康への悪影響は見込まれない) □条件付きで可(就業上の措置があれば可能) □現時点で不可(療養の継続が望ましい) 業務の内容について職場で配慮したほうがよいこと(望ましい就業上の措置) 例:重いものを持たない、暑い場所での作業は避ける、車の運転は不可、残業を避ける、長期の出張や海外出張は避ける など 注)提供された勤務情報を踏まえて、医学的見地から必要と考えられる配慮等の記載をお願いします。  薬剤の副作用は、冷たい物に触れると増強します。現在の化学療法を実施している間は、冷凍庫での作業は避けることが望ましいです。 その他配慮事項 例:通院時間を確保する、休憩場所を確保する など 注)治療のために必要と考えられる配慮等の記載をお願いします。  2週に1度外来にて化学療法を予定しています。通院時間の確保をお願いします。 上記の措置期間 ○○年○月○日〜○○年○月○日 上記内容を確認しました。 年 月 日 (本人署名) ●● ●● 上記のとおり、診断し、就業継続の可否等に関する意見を提出します。 年 月 日(主治医署名) ●● ●● (注)この様式は、患者が病状を悪化させることなく治療と就労を両立できるよう、職場での対応を検討するために使用するものです。この書類は、患者本人から会社に提供され、プライバシーに十分配慮して管理されます。 ※厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」の様式例をもとに筆者作成 図表3 フォローアップの視点 1.通院しやすさなど、仕事をしながら治療に取り組むことができる状況か? 2.治療中の、体調について自身でコントロールできる状況か? 3.勤怠の乱れがなく、仕事で十分なパフォーマンスを発揮できているか? 4.会社が求める就業レベルが医学的に妥当であるか?  (主治医意見書による必要な配慮とかけ離れていないか) 5.上司や同僚から継続的な理解や支援があるか? 6.職場から支援を受ける姿勢や、周囲への説明力が整っているか? 7.職場の考えと本人の自覚との間にギャップが生じていないか? 8.困りごとの変化や新たな困りごとはないか? 出典:厚生労働省科学研究報告書「治療と仕事を両立する患者に対する継続的な支援の実態と方策の検討」