科学の視点で読み解く 身体と心の疲労回復  高齢者が毎日イキイキと働くためには、「疲労回復」の視点を持つことも重要になります。この連載では、「疲労回復」をキーワードに、“身体と心の疲労回復”のために効果的な手法を科学的な根拠にもとづき紹介します。 国立研究開発法人理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム プログラムディレクター 渡辺(わたなべ)恭良(やすよし) 第1回 なぜ「疲労の研究」を始めたか 疲労研究の歩み  筆者は、医学部出身で医師でもありますが、ほとんどの時間を基礎研究と臨床研究、双方の医学研究に費やしてきました。私たち人間の病気を対象に、原因・メカニズム研究、そしてその根本的研究を通じた診断法・治療法の開発などの研究を行っていくと、やはり「病気にならないこと」の重要性がよくわかります。「健康〜未病(みびょう)〜病気」の間にはくっきりとした区分線はなく、切れ目なくつながっています(図表)。ただ、健康が少し損なわれて未病の範囲に入ってくる過程で、ヒトは心身の変調を感知できるようになっています。それが、「痛み、疲れ・だるさ、熱っぽさ、不安感、抑うつ感、予期せぬ動悸(どうき)・不整脈、食欲不振・胃腸症状、便通・排尿異常」などに表れます。  みなさんもご存じのように、このうち「痛み」に関してはかなり研究も進み、痛みをやわらげる医療技術は進んできました。みなさんが医療機関にかかる主訴(しゅそ)(主な訴え)の一位は痛みですが、次は僅差(きんさ)で疲労・倦怠(けんたい)感です。しかしながら、疲労・倦怠に関する研究は30年ぐらい前まではそれほどきちんと行われていませんでした。「活動すれば疲労するのはあたり前」、「疲労しないのは頑張っていない証拠」などと考え、漠然とした「疲労」というものにあまりメスを入れようとしていませんでした。そこで、いまから約30年前に私たちの疲労科学・医学研究はスタートしました。 慢性疲労症候群の発見  長年の共同研究者の倉恒(くらつね)弘彦(ひろひこ)先生・木谷(きたに)照夫(てるお)先生らにより、1990(平成2)年に日本で初めての「慢性疲労症候群」(Chronic Fatigue Syndrome、以下、「CFS」)の患者が大阪大学医学部微生物病研究所附属病院で発見され、診断を受けました。CFSは、現在では「筋痛性脳脊髄炎(きんつうせいのうせきずいえん)/慢性疲労症候群」(ME/CFS)と名称が変更されています。健康に生活していた人が、ある日突然、原因不明の強い全身倦怠感におそわれ、通常の生活を送ることが困難になる病気です。重度の疲労感とともに微熱・頭痛・咽頭痛(いんとうつう)・脱力感・思考力の低下・抑うつなどが長く続きます。ストレスや遺伝的要因による神経・内分泌・免疫系の変調に基づく疾患というところがクローズアップされていますが、いまだ原因は十分には解明されていません。  そのため、1992年から筆者らは、CFS患者たちの脳内異常の原因を調べるために、当時、スウェーデンと国際共同研究を進めることに決定していたポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)※2研究の枠組みのなかで疲労の脳科学研究を開始しました。ここからの研究経過の詳細はいずれ紹介しますが、CFSのような厳しい病的疲労の研究を懸命に進めていったところ、私たち人間の疲労のメカニズムに関しても、当時は何もわかっていないことに気づいたのです。 日本の疲労研究の現状  そこでCFSの研究に並行して、疲労の研究、とくに、疲労の脳科学、神経―免疫―内分泌相関研究に歩みを進め、1999年から6年間の文部科学省科学技術振興調整費による生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(平成11―16年度)、日本学術振興会21世紀COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」(平成16―20年度)、科学技術振興機構・社会技術研究『脳科学と教育』公募研究「非侵襲的脳機能計測を用いた意欲の脳内機序と学習効率に関するコホート研究」(平成16―21年度)において、筆者を研究代表者として、脳機能・形態・分子イメージング・バイオマーカー・コホート研究※3より疲労倦怠・意欲低下の分子・脳病態解明につながる多くの研究成果をあげてきました。  これらの研究では、国内外の30にもおよぶ大学・研究機関との共同研究を推進し、3回にわたる国際疲労学会を主催、2005年には日本疲労学会を設立しました。学会を契機に、@多角的な研究を進めて疲労が起こるメカニズムを解明してきたこと、Aさまざまな要因による疲労度合を計る「尺度」を発見し、自身の疲労感も含めて疲労度合の計測を進めてきたこと、B慢性疲労症候群、人工透析患者などの疲労倦怠の臨床研究を進める疲労クリニカルセンターや疲労計測ラボを設けて疲労による病気の診断・治療に努めてきたこと、Cこれらの環境を最大限に利用し、抗疲労・癒し製品・サービス開発プロジェクトを立ち上げ推進してきたこと、D子どもの慢性疲労と学習意欲の研究により、学習意欲低下児の生活改善・教育向上の糸口を見いだしたこと、が大きな成果として、国内外で高い評価を得ています。  国は高齢者雇用を推進し、生涯現役社会の実現を目ざしています。高齢者雇用を進めるうえでも、「疲労とは何なのか?」、「疲労により生じる症状は何か?」など、疲労の原因とメカニズム、疲労と意欲、疲労回復の方法、過労のメカニズム、過労の予防方法などを知ることは重要です。この連載では、こうした観点から、私たちの取組みを中心に疲労をめぐる問題を解説していきます。 ※1 バイオマーカー……特定の病状や生命体の状態の指標 ※2 ポジトロンエミッショントモグラフィー……体内の物質の分布を測定し、各種の疾病の診断に用いる手法 ※3 コホート研究……特定の要因に曝露した集団としていない集団を一定期間追跡し、疾病の発生率を比較する手法 図表 健康と疾病の連続性 健康科学 先制医療 生活習慣病 (糖尿病等) バイオマーカー※1 (臨床検査) バイオマーカー (イメージング活用) バイオマーカー (正常値、正常域) 「病気にならない医学」を進めることが必須の課題 未病の人達が集まる仕組みや社会基盤の構築 先制医療・健康科学の着手と効果的・科学的な展開 認知症 疾病 患者さんは病院に! 未病 慢性疲労・倦怠感 慢性不定愁訴 病院へあまり行かない or 行きたくない 患者数の数倍対象が存在 健康 健康増進 うつ がん 生体防御システム(復元力) ※筆者作成 第2回 疲労とは「生体アラーム装置」 疲労とは生体アラーム  疲労は、私たちに休息の必要性を伝え、過剰活動による疲弊(ひへい)を防御するための重要な「生体警報(アラーム)」の一つです。筆者は、「痛み」、「発熱」、「疲労」を『三大生体アラーム機構(図表)』と位置づけていますが、「痛み」、「発熱」の原因物質や神経活動の問題(分子神経メカニズム)は解明が進んでいるのに対し、疲労の分子神経メカニズムに関しては、筆者らが本格的な研究に取り組む1992(平成4)年以前は、ほとんど断片的な研究しかありませんでした。  すなわち、1980年代から日本体力医学会と連携して活躍していた「疲労研究会」は、登山やスポーツのトレーニングに関する事象を中心に扱い、また、日本産業衛生学会に属する「産業疲労研究会」は、主に産業疲労に関する労働環境や労働衛生といった観点で研究をしていましたが、人体の内部の機能、特に脳機能、免疫機能、内分泌代謝機能、生体調節機能などに直接迫る研究はほとんどありませんでした。  一方、ストレス、睡眠、未病、抗加齢、介護・健康づくりなどは、それぞれ研究が進んできましたが、「疲労」に関わる研究は、そのなかでは決して中心テーマではありませんでした。「疲労・倦怠」は、医学・医療にとって重要な研究対象であったのですが、「一生懸命活動すれば疲れるのはあたり前」、「病気になれば疲労・倦怠感が生じるのはあたり前」という観念や諦念によって、疲労は「医学・医療の忘れ物」になっていたのです。 「疲労」の定義とは  2005年に設立した一般社団法人日本疲労学会(http://www.hirougakkai.com/)では、「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である。疲労は『疲労』と『疲労感』とに区別して用いられることがあり、『疲労』は心身への過負荷により生じた活動能力の低下を言い、『疲労感』は疲労が存在することを自覚する感覚で、多くの場合は不快感と活動意欲の低下が認められる。様々な疾病の際にみられる全身倦怠感、だるさ、脱力感は『疲労感』とほぼ同義に用いられている」としています(2010年日本疲労学会「疲労」定義委員会)。  研究のうえでは、「過度の肉体的および精神的活動によって生じる作業能率や作業効率が統計的有意に低下した状態」を疲労と定義しています。このように定義すれば、疲労が客観的に計測できることになるからです。よく問われるのは、「疲労とストレスはどう違うのか」ですが、疲労はストレスが重積して起こる作業能率低下状態であり、原因と結果の関係にあると考えられます。  また、医療の世界では、疲労は未病の最たるものと考えられ、回復しない疲労は、さまざまな疾病へと移行する原因(予知因子)ととらえています。その一方、多数の病気による全身倦怠感は、症候学(しょうこうがく)(さまざまな訴えや診察所見を統合し医学的な意味づけを行う)では大きな要素であり、一般病院などのプライマリーケア※を来訪する患者の2番目に多い主しゅ訴そ であり、1番多い主訴の「痛み」とも僅差であることから、疲労を医学的に解明し何らかの医療的措置を施すことは非常に重要なことです。 「疲労」研究の最前線  みなさんもよくおわかりになると思いますが、疲労は精神的・肉体的に複合した要因で起こります。このため疲労のメカニズムの解明には、さまざまな原因によって起こる疲労を、運動性疲労、精神活動性疲労、感染免疫アレルギー性疲労などの要因別にわけて研究していくことが重要です。私たちは、さまざまな要因別の「疲労」という状態に共通した分子機構や神経系・免疫系・内分泌系にわたる問題をクローズアップするという戦略で研究を進めてきました。  筆者が理事長を務めている一般社団法人日本疲労学会では、疲労や慢性疲労に関する日本オリジナルの研究を進めています。この連載ではこれから、こうした研究によって得られた成果をもとに、みなさんの関心が高いと思われる「高齢者の疲労」にも触れていきます。  高齢者の疲労といえば、自律神経の機能のうち、疲労の指標となる副交感神経の活動が「65歳群」、「70歳群」、「75歳群」と年齢が上がるにつれて明らかに低下することがわかりました。また、指先の単純な運動課題や数字を昇順に探す課題でも、加齢にともなって反応時間が遅れることが明らかになっています。「人生100年時代」といわれるなか、高齢労働者に活き活きと働いてもらうためには、疲労とその回復が重要な課題となることがわかります。次号からは、「疲労のものさし」、「疲労を低減するための対策」、「過労を予防するための食事・環境・運動・行動」などを紹介していきたいと思います。 ※ プライマリーケア……身近にあり幅広く診療する総合的な医療 図表 三大生体アラーム機構 痛み さまざまな部位に感じる「痛み」、身体が発する危険信号 発熱 ウイルスや細菌などの侵入に対する警告 疲労 【作業能率の低下状態】 「疲労」を感じていても、「痛み」や「発熱」ほど危機感を持たない人が多い →「疲労」は「痛み」ほど脅威を感じない →体温計のように疲労を客観的に評価する物差しがない 疲労は「休め」を命じる生体アラーム 第3回 疲労のメカニズムと現代の疲労の特徴と課題 疲労のメカニズム  運動性の疲労であれ、精神性の疲労であれ、疲労には根本的に「活性酸素」(酸素ラジカル)がかかわっています。ほとんどの生命体は、酸素を使ってエネルギーをつくっていて、その過程で活性酸素が副産物として発生するからです。通常、活性酸素は細胞のなかにある、抗酸化物質によって消去され、細胞は健康を保っています。ところが、オーバーワークをすると活性酸素の発生量が多くなり、かぎりある抗酸化物質が減少すると、細胞のなかにある重要な部品である「タンパク質」などが活性酸素によって酸化、つまりサビついてしまいます。  このときに身体が若く、エネルギーを十分に生み出すことができれば、そのエネルギーを使ってサビついた部品を修理したり、新しい部品に置き換えることができます。しかし、加齢にともなう身体の変化やオーバーワークが連続すると、サビついた部品を修復するエネルギーが不足することになります。すると、サビついた部品が蓄積されて細胞の調子が悪くなります。これが「細胞傷害」というもので、全身を巡る免疫細胞がこの細胞傷害を見つけ出し、脳にその場所と程度を知らせます。このようにして、ヒトは疲労を感じているのです。これが疲労のおおまかなメカニズムです。 疲労を検知する機能の破綻(はたん)  ヒトが働きすぎて疲労を感じた場合、意欲や情動にかかわっている脳の部位が活発に働き始めて「休みなさい」という警告を発していると考えられています。このような疲労を検知する機能によって、普通は睡眠をとったり、休息をとったりすることになります。ところが、この警告を無視して、無理して働き続けると、意欲や情動にかかわる脳の部位が「疲れのSOS信号」を押さえ込んでしまいます。と同時に、交感神経が刺激され、癒やしをつかさどる副交感神経の働きが落ちて過緊張状態が継続するので、疲労していても休息をとれない状態、ときには不眠状態にさえ陥るおそれもあるのです。  ヒトは往々にして働きすぎてしまうことがあります。特に職場の管理監督者の方々には、働きすぎによってせっかくの疲労の検知機能が破綻してしまうと、慢性疲労や過労死につながる可能性があることを理解していただく必要があると思います。  働き方改革の実現が求められる昨今、疲労のメカニズムを理解することによって、働きすぎがもたらす危険性をよりよく知っておく必要があるといえるでしょう。 現代における疲労の特徴と課題  現代人の生活は、「忙しい」、「やることが山積みでエンドレスだ」、「気の休まるときがない」という状況にあります。仕事を優先するあまり、休憩、息抜き、癒やし、娯楽、そして睡眠というものをないがしろにしている読者も少なくないのではないでしょうか。特に働く人にとっては、このような「切迫感」が大きな課題となっているといえるでしょう。切迫感があるということは、自分のペースで働くことはできないということになるので、たとえ疲労を感じたとしても、タイミングよく休息を取ることができないのです。  特に近年では、スマートフォンの普及によって間断なく情報を入手したり、リラックスするべき時間にも、ついゲームに熱中してしまったり、何かにつけて瞬時に対応するための集中力を維持し続けてしまっている状況が見受けられます。  このように現代の生活における疲労の特徴を考えると、例えば、仕事中における休憩のとり方ひとつにしても、それぞれの立場で工夫を凝らして望ましい休憩の取り方の方向性を考え、それを実現していく必要があるでしょう。最近、社員の創造性を重視している企業のなかには、仕事中に休憩の時間をとったりスポーツを楽しむなど遊びの要素を上手に取り入れているところも増えてきています。また、疲労回復のために必要な睡眠時間を十分に確保するために、「時差出勤」や「テレワーク」を導入している企業も増えてきています。 自力でのコントロールが重要  仕事の場面でも、学びの場面でも、自身で主体的に計画して主体的にコントロールできる取組みに関しては、疲れを感じるケースは少ないといえます。これは、休憩をうまくはさんだり、気分転換をしたり、余裕あるスケジュールを構築することができるからだと思われます。疲労の効果的な対策としては、この点が最も重要なのかもしれません。  ですから他人が決めた仕事のスケジュールであっても、いったんは自分が立てたスケジュールとして受け止めて、十分に咀嚼(そしゃく)しておけば、先々に起きる場面を想定しながら動くことができます。「疲れにくさ」のキーワードは、このような「事前シミュレーション」や「リスク管理」といえそうです。  その一方で、疲労からの回復にはやはり睡眠が重要であり、自身の日内(にちない)リズム※とうまく合わせて睡眠時間を取ることが最も大切です。加えて、睡眠にかかわる環境や寝具、そして「睡眠時無呼吸症候群対策」も重要になります。  疲労への適切な対策を取るためには、疲労の度合いを知ることも大切です。そこで次回は、「疲労度の計測方法」をご紹介します。 ※ 日内リズム……約24時間を周期として変化する肉体的・精神的な変化 第4回 疲労の度合いの計り方  前回は疲労のメカニズム、そして現代の疲労の特徴と課題をご紹介しました。こうした疲労に対して、より望ましい疲労回復法や過労の予防法を開発していくためには、疲労の度合いを数値化して把握することが重要になります。そこで今回は、自分自身で感じる「主観的疲労度」と、他のヒトの疲労度と比較することができる「客観的疲労度」を計測し、数値化する方法を紹介します。疲労度を計るためには、疲労の主観的指標と客観的指標を合わせた総合的な評価が重要だとされています。多数の健康なヒト※1で、この両方の計測を行うと、主観的疲労の度合いと客観的疲労の度合いにはかなりの相関がある(一致性が高い)ことがわかりました。裏返して話すと、「健康」ということは、自分の心身で起こっていることがきちんと感知できているということだろうと推測できます。 疲労の客観的指標  疲労の客観的な指標に関しては、バイオマー カー(人の身体の状態を客観的に測定し評価する ための指標)に関する研究が行われてきました。 疲労の指標としてのバイオマーカーを大別する と、「生理学的バイオマーカー」と「生化学・免 疫学的バイオマーカー」にわけることができます。  生理学的バイオマーカーは、「@脳機能」、「A循環動態・自律神経機能」、「B行動量・睡眠態様」の三つにわけることができます。「@脳機能」は、疲労にともなって注意力や集中力の低下が起こり、エラーが増加することに着目した指標です。コンピュータ上で行う5分から10分の作業における反応時間の遅れやエラー回数の増加を測定することで疲労度を把握します。「A循環動態・自律神経機能」は、疲労によって、リラックスや癒しをもたらす副交感神経の機能が低下し、緊張や活動をうながす交感神経が優位になることに着目したものです。心電図を用いた心拍変動解析によって疲労度を把握します。現在、最も信頼性が高いとされているのがこの指標です。「B行動量・睡眠態様」は、腕時計型の活動量計によって数日から週単位の終日の活動量を記録して、覚醒時の活動量や睡眠時間、睡眠パターン、中途覚醒状況などを把握することで疲労度を計ります。慢性疲労時には、覚醒時の活動量が低下するといわれています。  一方、生化学・免疫学的バイオマーカーは、血液や唾液、尿などを採取し、疲労によるパフォーマンスの低下と連動すると思われる物質の変動を検知して疲労度を計ります。 疲労の主観的指標  疲労の主観的な指標に関しては、英国で開発されたスケール(物差し)が国際的によく使われています。このスケールは14項目の質問からなり、それぞれの質問に「0〜3点」をつけます。点数が高いほうが疲労の度合いが高いとしています。  ただし、このスケールは、質問票を書いてもらっている時点での疲労度というよりは、最近2週間から1カ月間程度の疲労を総体的に記入するものなので、記入時点での疲労感を把握することには向いていません。さらに、このスケールによって精神的疲労と身体的疲労の程度を把握することはできますが、疲労と関連している愁訴(症状)として知られている、抑うつ症状なども把握することはできません。  こうした点をふまえて、大阪市立大学医学部附属病院疲労クリニカルセンターでは、質問項目を64項目に増やして、疲労関連症状や背景となる日常生活習慣などの情報を十分に評価できる新たなスケールを開発しました。その疲労スケールでは、まず疲労を以下の八つの症状に分類して、各質問について「1〜5点」で点数化します。 1.疲労  (例:横になりたいぐらい疲れることがある、疲れた感じ/ちょっとした運動や作業でもすごく疲れる) 2.うつと不安  (例:ゆううつな気分になる/不安で落ち着かない気分になる) 3.注意力・記銘力の低下  (例:集中力が低下している/ちょっとしたことが思い出せない) 4.痛み  (例:関節が痛む/このごろ足がだるい) 5.過労  (例:ゆっくり休む時間がない/仕事量が多くてたいへんである) 6.自律神経症状  (例:まぶしくて目がくらむことがある/冷や汗が出ることがある) 7.睡眠  (例:どうしても寝過ぎてしまう/居眠りが多い) 8.感染  (例:リンパ節が腫れている/のどの痛みがある)  そして、総合的評価として、各症状の程度から疲労度※2を1〜4段階で評価することができ、結果をレーダーチャート(図)で示すことで、回答者が疲労の特性を視覚的に認識することができます。  また、簡易的な疲労度の指標としては、痛みなどでも行うVisual Analogue Scale(VAS)があります。これは10pの線に自分の現在の疲労度を記してもらうものです。VASに関しては、日本疲労学会のホームページ上に検査方法が紹介されています※3。  高齢労働者の疲労度が気になる場合は、産業医などの専門家と相談のうえ、これまで紹介したような方法を使って疲労度を計ってみてはいかがでしょうか。その結果、疲労度が著しく高い場合は、対策を立てる必要があるかもしれません。 ※1 健康なヒト……WHO憲章では「健康」を「肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義しているが、本稿では「病気の診断がついていない人、および診断は未定でも本人や周囲の人が明らかな病気の症状を認めていない人」を健康なヒトとした ※2 疲労度……大阪市立大学附属病院疲労クリニカルセンターでは、主観的または客観的指導によって疲労の度合いを数値化したものを疲労度と定義している ※3 http://www.hirougakkai.com/VAS.pdf 図 疲労スケールによるレーダーチャートの例(疲労度が1段階の場合) 1.疲労 2.うつと不安 3.注意力・記銘力の低下 4.痛み 5.過労 6.自律神経症状 7.睡眠 8.感染 第5回 疲労からの回復と睡眠の質  睡眠は、身体の疲労のみならず、脳の疲労回復にとっても極めて重要な生理現象です。このため、ヒトは1日約7時間、人生の約3分の1に近い時間を、一見すると非生産的に見える睡眠という行為のために割(さ)いているのです。そして、睡眠は、適切な時間(量)に加え、その深さなどの質についても、疲労回復のために重要な要素となっているのです。そこで、今回は疲労回復に重要な役割を果たす、睡眠について紹介します。 睡眠不足と脳機能の低下  脳は膨大なエネルギーを消費する器官です。脳の重さは体重のおよそ2%ですが、エネルギーとしては、身体全体の約2割を消費しています。また、脳の活動のエネルギーのほとんどはブドウ糖に依存しており、全身のブドウ糖の必要量の約25%を脳が使っています。  これほど大きなエネルギーを使う脳は、眠らないこと(断眠)によって、エネルギーとしてのブドウ糖を上手に活用できなくなります。ラットを使った実験の結果によると、1日の断眠によって脳のブドウ糖の利用能力は断眠前と比較して約6割に低下し、さらに5日の断眠を続けると、約4割に低下しました。一方、5日間の断眠による低下は、1日の睡眠によってかなり回復することがわかっています。このように、脳の疲労を回復させる能力が睡眠の本質のひとつともいえそうです。 睡眠障害と疲労  筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)※1の患者さんの多くに、睡眠の質の低下が認められています。これはどういうことかというと、健常者では睡眠時に上昇するはずの「副交感神経」が、ME/CFSの患者さんでは上昇しない傾向にあることがわかっています(図表)。つまり、副交感神経が生体のリズムにしたがって正常に活動していない場合は、たとえ睡眠時間を十分に確保できたとしても、質のよい睡眠が得られたとはいえないのです。いわゆる目覚めのよい睡眠≠ェ取れません。ますます疲労を助長する負のスパイラル≠ノ入るともいえます。  このような自律神経系のバランスの乱れはME/CFSの患者さんの多くに認められています。自律神経系のバランスの乱れによって、疲労の回復が阻害されるだけではなく、注意力や集中力、思考力の低下にも関係すると考えられています。つまり、就寝中の副交感神経の機能の低下が、疲労の問題の要因となっている可能性が考えられています。 睡眠時無呼吸症候群  中高年の人のなかには、睡眠時無呼吸症候群の悩みを抱える人も少なくないと思います。睡眠が深くなったときに舌の緊張がゆるんでしまうことで息の通り道が狭くなり、いびきが起こって十分な呼吸ができなくなり、また完全に息の通り道が閉塞して息が止まってしまうのが、閉塞性の睡眠時無呼吸症候群といわれるものです。  睡眠時無呼吸症候群の症状が重い場合には、夜間の睡眠が妨げられるため、日中の覚醒度が低下し、ミスや事故を起こしやすくなるといわれています。また、高血圧症や糖尿病のリスクを高め、動脈硬化による脳梗塞や心筋梗塞による死亡率が高まることが明らかになっているので、疲労からの回復につながる質のよい睡眠を確保するためにも、睡眠時無呼吸症候群の治療を行うことは、高齢社員の健康確保のためにも重要です。産業医と相談して、スクリーニング※2の実施について検討してみてください。 不眠と寝酒  ヒトは、50歳以上になると自らの健康状態などを背景として、不眠を訴える人が多くなるといわれています。みなさんの事業所で働いている高齢従業員のなかにも、「最近、夜眠れないので寝酒をしている」という人がいるかもしれません。  アルコールは睡眠導入には効果がありますが、睡眠を浅くし利尿作用もあることから、睡眠途中で目覚めることが増加します。アルコールを飲むと、このように睡眠の質が低下するため、熟睡するには逆効果であるといっても過言ではありません。  また、「お酒を飲んだ夜にはいびきがひどくなる」という現象に思いあたる人が多いと思います。この現象は、お酒(アルコール)が筋肉の緊張をゆるめることによって、一時的に、睡眠時無呼吸症候群と同じような状態が起こっていると考えられています。  高齢社員が寝酒に頼っている場合には、寝酒はただちにやめさせたうえで、産業医と相談のうえ、睡眠薬の使用を検討してみてください。最近の睡眠薬は以前に比べて安全性が高いものが主流になっていますので、適切に使用すれば安全ですし、効果的な疲労回復にもつながるでしょう。 ※1 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群……健康に生活していた人が、社会的・物理的・化学的・生物学的ストレスがきっかけとなり、原因不明の激しい全身倦怠感に襲われ、それ以降、日常生活に支障をきたす強度の疲労感とともに、身体を動かした後の微熱、頭痛、脱力感、筋肉痛、思考力の低下、抑うつ状態などの症状が長期にわたって続き、健全な社会生活が送れなくなる疾患。日本には約30万人の患者がいると推計されている ※2 スクリーニング……病気のある人を早期発見し、早期の治療や病気のコントロールにつなげるための検査 図表 健常者とCFS 患者の自律神経系の日内変動(概念図) (覚醒) 朝 昼 夜 (入眠) 活動期 回復期 交感神経:健常者 副交感神経:健常者 ME/CFS患者 ME/CFS患者 副交感神経が低下傾向 出典:筆者作成 第6回 疲労の回復に効果が期待できる栄養素  第3回(8月号)でご紹介したように、ヒトが生命活動を行うなかで、全身では多くの活性酸素(酸素ラジカル)が生産されます。この悪玉の活性酸素が、細胞の重要な部品(タンパク質や細胞膜脂質など)を酸化させて一時的に傷つけてしまうことによって、疲労がもたらされるのです。加えて、細胞の傷が修復できないままの状態で残ってしまうと「老化」にもつながることがわかってきています。  疲労の回復のためには、身体のホメオスタシス(恒常性)を維持する仕組みや、質のよい睡眠を十分に取るといった、体内の抗酸化物質の作用からの回復(=細胞の酸化状態からの回復)に努めることが大切です。さらに疲労を解消するためには、@細胞やタンパク質を傷つける活性酸素の発生を抑え、A発生した活性酸素を解消し、B傷ついた細胞を活性化するために必要な栄養素を摂ることで「疲労回復システム」を確実に修復することも必要です。疲労回復システムがスムーズに稼動すれば、疲れにくくなり、疲労の予防にもなります。そこで今回は、食生活の面から疲労回復するための対策として、どのような栄養素が疲れを予防し、疲れの解消に効果を発揮するのかを紹介します。 食事で疲れを取る!  活性酸素の発生を抑え、代謝をよくするカギは、毎日の食事にあります。エネルギーを増大させ、疲労回復に有効な栄養素は図表の通りですが、これらの栄養素をバランスよく摂ることが重要です。 (1)ビタミンB1  ごはんやパンなどの炭水化物は、呼吸から取り入れた酸素を使うことでエネルギー(アデノシン三リン酸、ATP※)となります。その過程でビタミンB1の助けが必須になります。ビタミンB1が不足すると、炭水化物をどんなに食べてもエネルギーに変えることができません。 【多く含まれる食品】うなぎ、かつおなど (2)α−リポ酸  α−リポ酸はビタミンの一種で、ビタミンB1とともに働き、炭水化物のエネルギー代謝を促進させるほか、活性酸素を防ぐ抗酸化作用があります。α−リポ酸が少なくなると、糖がエネルギーとして代謝されず、肥満の原因にもなります。α−リポ酸の抗酸化作用はビタミンCやビタミンEの数百倍もあるとされます。抗疲労の強力な助っ人といえるでしょう。 【多く含まれる食品】じゃがいも、トマトなど (3)パントテン酸(ビタミンB5)  パントテン酸は、ビタミンB2と協力して脂質の分解を促してエネルギーに変えるコエンザイムAの主材料で、必要不可欠の物質です。 【多く含まれる食品】桜えび、ほうれん草など (4)L−カルニチン  L−カルニチンは脂肪燃焼系アミノ酸です。脂肪酸がエネルギー工場のミトコンドリア膜に導入するために必要な物質です。ミトコンドリア膜は糖質や脂肪からエネルギーを産出する細胞小器官で、脂肪酸はそのままでは通過できず、L−カルニチンと結合して初めて通ることができます。 【多く含まれる食品】ラム肉、かつお、赤貝など (5)クエン酸  ヒトには身体を動かすためのエネルギーをつくるシステム(TCA回路)が備わっており、そこではエネルギーとなるATPがつくられています。この回路の動きをスムーズにして、効率よくエネルギーをつくりだす手助けをするのがクエン酸です。 【多く含まれる食品】柑橘類(レモン、グレープフルーツなど)、食酢など (6)コエンザイムQ10(CoQ10)  コエンザイムQ10は、ATPをつくる最終段階に必須の物質です。人の身体に含まれている補酵素ですが、加齢とともに産生能力が減少しますので、高齢者には不足がちで注意が必要です。これが不足するとエネルギーの産出に支障が出るため、食べ物から補うことが大切です。コエンザイムQ10は抗酸化作用も持ち、細胞膜の酸化を防ぎ、酸素の利用効率を高めます。 【多く含まれる食品】牛乳、いわしなど (7)イミダゾールジペプチド  イミダゾールジペプチドは、ヒトや動物の骨格筋にある二つのアミノ酸が結合したものです。渡り鳥が長時間、翼を休めずに飛び続けたり、遠洋回遊魚が長距離を泳ぐ原動力となっていることが知られており、強い抗酸化作用と疲労を軽減する効果が実証されています。 【多く含まれる食品】鶏の胸肉、かつお、まぐろ、かじきまぐろ、くじらなど 栄養はバランスよく!  疲労の原因である活性酸素の害から身体を守るためには、前述した栄養素を十分に摂る必要があります。ただし、一つの栄養素だけ摂れば効果があるというものではありません。栄養素は単独で役割を果たすのではなく、それぞれがお互いに助け合ったり、影響し合ったりして、パワーを発揮するのです。一つの栄養素に限らず、疲労回復に有効な栄養素をいろいろと組み合わせて、バランスよく摂るようにするのがよいでしょう。  また、身体の構成に欠かせない肉類や大豆などに含まれるタンパク質は、毎日、欠かさず摂るように心がけてください。代謝に不可欠な酵素や免疫の抗体なども、タンパク質が主たる材料になっているのです。そして、タンパク質はエネルギー源としても重要です。動物性と植物性のタンパク質をバランスよく摂ることが大切であることも覚えておきましょう。 ※ ATP……すべての生物の細胞内に存在するエネルギー分子で、ATP は活性酸素によって傷ついた細胞を修復するときに重要な役割を果たしている 図表 科学的に検証された抗疲労に効く栄養素 抗疲労 ビタミンB1 α-リポ酸 パントテン酸 L-カルニチン クエン酸 コエンザイムQ10(CoQ10) イミダゾールジペプチド 出典:筆者作成 第7回 疲労回復に効果的な日本食 「一汁三菜」はヘルシーメニューの基本  疲労の原因となる「活性酸素(酸素ラジカル)」。体内の活性酸素の発生を抑え、かつ発生した活性酸素を解消するために、あるいは傷ついた細胞を活性化するために有効なのが「食事」であることを前回ご紹介しました。疲労回復に効果的な食事のなかでも、特に注目していただきたいのが「日本食」です。  「日本食(和食)」は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録され、世界的にも人気を集めています。これは日本食が栄養面で充実していることに加えて、おいしく、ヘルシーだからです。古来より、日本食はごはんを主食とする「一汁三菜(いちじゅうさんさい)」を基本にしています。一汁三菜は、主食の「ごはん」と、「汁もの」、「おかず3種」(主菜1品、副菜2品)で構成されています。栄養バランスがよく、ヘルシーメニューのお手本ともいえるものです。一般的な、一汁三菜の組合せは以下の通りです。 ●ごはん:エネルギーの源になる炭水化物(糖質)をとります。これが不足すると、エネルギー不足になったり、集中力がなくなったりします。 ●汁もの:汁物の代表は味噌汁。栄養を補い、水分によって食事の満足感を高める役割を果たすので、食べ過ぎの防止にもなります。 ●主菜:献立の主役で、身体に力をつけるタンパク質をメインとしたおかずです。タンパク質が不足すると抵抗力が低下します。 ●副菜:ビタミンやミネラル、食物繊維など代謝を助ける栄養素をとる役割を果たしたり、不足しがちな栄養素を補ったりするような役割を果たします。野菜、イモ、キノコ、海藻などを使った和え物や煮物などが代表的な副菜です。  このように、一汁三菜は、汁もので水分を、ごはんでエネルギー源となる炭水化物を、主菜は魚や肉を中心にタンパク質を、副菜は野菜や豆、海藻などを使った和え物や煮物などで、ビタミンやミネラルをとれるような組合せになっています。  この一汁三菜にあてはめて献立を考えれば、さまざまな料理法と素材を使うことになるので、味と栄養のバランスが取れた食事になります。日本食は栄養バランスが理想的であり、健康によく、おいしいといわれる理由がここにあります。一汁三菜の組合せと理想的なカロリーは図表の通りです。ぜひ献立の参考にしてください。  一方で、疲れを解消するには、活性酸素の発生を抑え、代謝を助ける栄養素をとって疲労を回復するシステムを修復することが必要です。日本料理の専門家の協力のもと、日本食の特徴を活かしながら、疲労回復に効果がある食材を取り入れたメニューを考えましたので、その一部をご紹介します。 疲労回復に効果があるおすすめ食材とは ■主菜 @鶏むね肉:疲れを軽減させる効果が実証されているイミダゾールジペプチドが豊富に含まれる。アミノ酸バランスのよい良質のタンパク質で消化吸収率がよく、高齢者にもおすすめの食材。 【鶏むね肉のおすすめ料理】 ◇鶏むね肉の梅風味焼き…梅に含まれるクエン酸は疲労回復効果に加えて、カルシウムの吸収を高める効果も。 A牛肉:L−カルニチンやコエンザイムQ10を含み、アミノ酸バランスに優れる牛肉。体や脳を活性化させるアラキドン酸も含む。 【牛肉のおすすめ料理】 ◇サツマイモ入りハンバーグ…さいの目に切ったサツマイモを一緒に捏こねたハンバーグ。サツマイモは代謝のサポート役のビタミンB1や体の錆さびを防ぐビタミンC、ビタミンEを豊富に含みます。たっぷりな栄養素とあわせてボリュームも満点。 ■副菜 @ほうれん草:抗酸化成分であるカロテンや、脂質の分解をうながすパントテン酸、鉄分などのミネラルを豊富に含む、緑黄色野菜の代表格。 【ほうれん草のおすすめ料理】 ◇ほうれん草のツナ缶和え…DHAが豊富なツナに、カロテンやビタミンB群を含むニンジンと一緒にマヨネーズで和えるだけ。栄養豊富なうえ簡単につくれる一品。 Aひじき:不足しがちなカルシウムや鉄分のほか、神経伝達物質をつくるトリプトファンやビタミンB2も豊富に含まれる。 【ひじきのおすすめ料理】 ◇ひじきの五目煮…抗酸化作用のあるゴボウやニンジン、大豆などとあわせる定番料理。タンパク質も補え、抗ストレスの強力な味方になります。 ※レシピ詳細については、左記の参考資料を、ぜひご一読ください。 〔参考資料〕  渡辺恭良、水野 敬、浦上 浩著『おいしく食べて疲れをとる』(オフィス・エル) 図表 一汁三菜の組合せと理想的なカロリー ごはん+汁もの+主菜+副菜@+副菜A=500〜600キロカロリーの範囲が理想 主菜 副菜@ 副菜A ごはん 汁もの 主菜 約200〜300キロカロリー。体に力をつける「タンパク質」を摂取する。抵抗力をアップ。 ごはん お茶碗1杯100g=168キロカロリー。炭水化物(糖質)を摂取する。エネルギーや集中力の源に。 副菜@ 約20〜100キロカロリー。ビタミンミネラル、食物繊維など、代謝を助ける栄養素を摂取する。 副菜A 約20〜100キロカロリー。副菜@と合わせて、不足しがちな栄養素を補填。 汁もの お碗1杯100g=約20〜40キロカロリー。お味噌汁やお吸い物。栄養を補うほか、水分で食事の満足感を高める役割もあり、食べ過ぎの防止効果も期待できる。 第8回 疲労回復に効果的な環境の整備  第6回、7回では、疲労と「食」との関係性に注目して、疲労回復に効果があると考えられる食事と栄養を紹介しました。職業生活や日常生活において疲労を抱える人に、食事と同じく目を向けていただきたいのが、仕事や生活をする際の環境です。人に癒いやしをもたらす「環境(空間)」は、さまざまな面で疲労回復にもよい影響をもたらします。そこで今回は、疲労回復に効果があると考えられる職場や住宅の環境の整備について取り上げます。 ストレスを解消し、リラックスできる環境  各住宅メーカーでは、環境に配慮し、安全で安心な住まいづくりに取り組んでいます。最近では、耐震性や断熱性といった住宅の基本性能に力を入れるばかりではなく、ユニバーサルデザインの採用や睡眠環境の改善などにも力を入れている住宅メーカーが増えてきています。こうしたなかで、大手住宅メーカーの積水ハウス株式会社は、現代の日本のようなストレス社会では、「住まいでリラックスすることによって疲労回復することも重要である」という考えのもと、伝統的に日本人が住み続けてきた古民家や寺院を調査し、現代の住宅においても自然や四季を楽しめるように、大きな開口や軒先、縁側を設けたリビング空間を住まいづくりに取り入れています。同社では、これを「スローリビング」と呼んでいます。  同社と大阪市立大学は、共同でスローリビングに関する研究に取り組み、スローリビングと一般的なデザインのリビング(=自然を感じないリビング)について、疲労回復効果を比較検証しました。スローリビングのほうが一般的なリビングよりも、有意に疲労回復効果が高いことが明らかになりました(「疲労回復の住まい研究」より)。スローリビングは、日本の木造建築の特徴(木目調の壁など)を有しながら、自然と人造物の中間域(濡れ縁※など)を持つことでストレス解消や疲労回復に役立ち、さらにこのことによって副交感神経系の活力が上がることで、住む人の「五感を癒やす」と考えられています。  つまり、リビングの大きな窓を通して、室内から庭へと自然なつながりを感じることができる開放的な空間は、そうではない空間に比べて疲労回復効果が高く、パソコン作業で精神的に疲れた状態からの疲労回復過程において、自覚的なリラックス感や癒やしを感じる度合いが高くなるのです。これは、自律神経機能と認知機能が改善され、疲労感が緩和されるからです。  「スローリビング」はあくまでも一例ではありますが、こうした考え方で住環境を改善することによって、住む人の疲労回復につながることがわかるでしょう。職場における取組みとしては、事務室を改装する際に窓を大きく取ることで屋外の自然とつながりを持たせたり、休憩スペースなどを新たに設ける際に「スローリビング」の考え方を設計に取り入れることも有効でしょう。 癒やし効果がある照明の採用  室内の照明は、法令に基づいた十分な照度を確保することが第一ですが、そればかりではありません。光は音や温熱などとともに、快適性向上のための重要な要素であり、照明によって癒やしや快適性がもたらされることがあります。こうした点に着目し、大手家電メーカーのシャープ株式会社は、休息時によりよい休息が取れたり、デスクワークなどの作業時に負担感を軽減させたりすることを目的に、照明の色によって室内環境の快適性を向上させる、新たなLED照明の開発に取り組んできました。その結果として開発されたのが「さくら色LED照明」です。  桃色系統の色は、穏やかさや安らぎを引き出す色調であることが知られています。とくに「八重桜色」は夕焼けの色を想起させる色調であり、色彩心理学の観点からは、昼の交感神経系の優位な状態から、夜の副交感神経系優位な状態へ移行させる色ともいわれています。このような色調の心理面への影響から、これらの照明色による照明環境下での癒やしが期待できるのです。  同社が行った研究結果によると、「さくら色LED照明」は、主観的な評価において、疲労感の軽減や快適感の向上が確認されました。さらに、従来のLED照明に比べて、休息に適した副交感神経系優位な方向に自律神経活動を調整することが明らかになりました。このほかにも、さくら色LED照明の効果はありますが、照明の色を工夫することによって、癒やしや疲労回復につながる効果が期待できるといえそうです。 快適な睡眠環境の整備  加齢とともに疲れやすくなるといわれる高齢者にとって、良質な睡眠をとることは、疲労から回復して健康を維持するために欠かすことができません。このため、毎日の睡眠の量や質をコントロールするための製品(システム)も開発されています。  大阪市立大学医学部疲労医学講座が開発したのが「快眠健康ナビ」といわれるシステムです。これは、自然な入眠と熟睡、そして心地よい目覚めを提供するシステムで、自然界に暮らす動物のように、夜は自然に入眠し、朝は「起こされたのではなく、自然に目覚めた感覚で心地よく目覚める」システムです。  快眠健康ナビは、就寝時には照明が電球色から夕焼け照明に徐々に照度を落としながら変化し、内蔵した睡眠センサーが入眠したと判断すると自動的に消灯します。また、睡眠中に無呼吸状態になると、枕をゆっくり動かして呼吸をうながします。さらに、起床する時には、さくら色の照明が点(つ)いて、徐々に照度を上げるなどして、さわやかで心地よい目覚めを迎えることができます。 ◆◆◆  以上のように、疲労回復をよりうながすためには、環境の整備も重要です。大きな設備を、自宅や職場へ一朝一夕に導入することはむずかしいかもしれませんが、職場の休憩室の照明を、白色LEDからさくら色LED照明に交換するような取組みからはじめることはできるのではないでしょうか。住環境や職場環境の整備も、疲労回復に結びつくということを、ぜひ覚えておいてください。 ※ 濡れ縁……雨戸の敷居の外側に設けられた雨ざらしの縁側 第9回 アクティブレスト(積極的休養)のすすめ  読者のみなさんのなかには、仕事で多忙な日々を過ごしている方も少なくないと思います。働き方改革の浸透にともなって労働時間の管理は厳しくなったとはいえ、その分生産性の向上が求められるという場合もありますから、仕事をする際に感じる疲労度は以前とそれほど変わらないと感じている人もいるでしょう。  仕事が忙しくて疲れがたまったときの休日、「外出は控えて、家のなかでゴロゴロしていたい」、「平日に備えて寝だめをするために、いつまでもベッドのなかにいる」という人はいませんか。ところが、こうした休日の過ごし方は疲労回復には効果的ではなく、むしろストレッチやウォーキングなどの軽い運動に取り組むことで身体のコンディションを整え、疲労回復を図れるという考え方があります。これを「アクティブレスト(積極的休養)」といいます。  アクティブレストは、日常的にハードなトレーニングを重ねているプロのアスリートも実践している休養の取り方です。アクティブレストを日常生活で実践することで、効果的に疲労回復を図ることができます。  そこで今回はこの、アクティブレストについて紹介します。 「アクティブレスト」の考え方  アクティブレストは、疲労しているときに身体を軽く動かすことで血流の改善を図ることにより、このことで体内の疲労物質の体外への排出をうながして、疲労回復の効果を高めるとする考え方です。日本語では「積極的休養」と呼ばれており、安静や休養、睡眠などといった「静的休養」とは対になる考え方です。  アクティブレストは、すでにプロスポーツの世界ではかなり浸透しているといえます。プロスポーツでは、コンディションの整え方によって成績が左右されますから、次の試合に備えるための、試合の翌日の過ごし方が重要だとされています。  サッカーのJリーグでは、以前は、試合の翌日を「完全休養日」とすることが常識とされていましたが、アクティブレストの考え方を取り入れたチームが徐々に増え、現在では、試合の翌日にメンバーに集合をかけて、軽い運動に取り組むチームが多いといいます。その効果として、アクティブレストがチームに定着するにつれて、選手のコンディションは向上し、ケガも減ってプレーの質も向上する、という好循環が生まれていったそうです。 アクティブレストのメカニズム  それでは、アクティブレストがもたらす体の作用について考えてみましょう。一つめは、ストレッチや歩行などの軽い運動により、交感神経系が活動し始め、脳機能の鮮明化とともに血流が上がるので、疲労で溜まった老廃物や錆さびついた物質を体外に排出する機能が働くことです。  二つめは、睡眠やソファーでの休息などは同じ姿勢を続けることになるため、身体はそれほど動いていなくとも、逆に、身体のいくつかの部分を圧迫し、その部分の血流を低下・停滞させることになります。これを解除するために身体を軽く動かすことで、より多くの身体の部分に血流が増え、栄養物を運ぶとともに、やはり、老廃物などを排出することを促進します。  一つめと二つめの機序(仕組み、メカニズム)は、一見すると同じように見えますが、交感神経系などの自律神経系の活性化による「神経的血流改善」と「物理的血流改善」の双方が重要なメカニズムになっていると考えられます。  アクティブレストはデスクワークを行うときなどにも適用できます。デスクワーク中にときどき、身体を動かしたり、歩いたりすることで疲労が回復し、高い効率で仕事を続けることができるようになります。  講演会などで、多くの聴衆を集める評判のよい講演者のなかには、講演の途中に、ときどき聴衆に身体を動かしてもらったり、軽めの体操をやってもらったりしながら、聴衆を飽きさせることなく講演する人がいます。アクティブレストのメカニズムをよく理解している人といえるかもしれません。 職場や生活のなかでの実践  このように、アクティブレストは、軽めの運動を行うことによって疲労回復を図る取組みです。トレーニングウェアに着替えて、「さぁ、運動をしよう!」と身構える必要はありません。職場や日常生活のなかで気軽に取り入れてみることも可能なのです。 例えば、 ・パソコン作業の途中で、こまめに身体をほぐしてみる。また、作業の小休止の時間に、簡単にできる体操を取り入れてみる。 ・プリントアウトした書類を取りに行くときや、給湯室に飲み物などを取りに行くときなど、席を離れるときに、簡単なストレッチをする。 ・軽いヨガなどを立ったままでも行えるようなスペースと鏡を用意する。 ・エスカレーターやエレベーターを使わずに、数フロアだけ階段を使って上ってみる。 ・せっけんの泡によって軽い力でマッサージができるので、入浴したときに、手のひらでせっけんを泡立てて筋肉をマッサージしてみる。  などがあります。このように、少し工夫することでアクティブレストを実践することができます。  とくに高齢者が多い職場では、全社的な取組みとして、就業時間中にアクティブレストに取り組む時間を意識的に設けてみてはいかがでしょうか。アクティブレストが疲労回復を実現し、健康状態の改善、さらには生産性の向上につながるかもしれません。みなさんの職場でもぜひ、アクティブレストを試してみてください。 〔参考書籍〕  山本利春著『疲れたときは、からだを動かす! ―アクティブ レストのすすめ』(岩波書店) 第10回 心の疲労回復・認知症予防に役立つ取組み 心の疲労回復  みなさんは、仕事が立て込んだときや、難易度が高いプロジェクトに直面したときなどに、心にも疲れを感じるようなことはありませんか。  筆者は以前、慢性疲労症候群の患者さんと健常者の気質と性格を比較・対照した研究を行ったことがあります。その結果によると、慢性疲労症候群になった患者さんの気質や性格は、健常者に比べて、非常にまじめに物事を考え、完璧主義の人が多く、また、几帳面に仕事(学業)に取り組もうとするあまり、通常よりも強いストレスを感じたり、結果にこだわって、くよくよしたりする面が目立つことが明らかになりました。慢性疲労にならないようにするためには、日ごろからの「心の持ち方」も重要になると推測される結果が得られました。  実際、専門医の先生方は、慢性疲労症候群の患者さんなどに対して、認知行動療法(ものの受け取り方や考え方に働きかけて、気持ちを楽にする精神療法)や園芸療法(草花や野菜などの園芸植物や身の回りにある自然とのかかわりを通して、心や体の健康の回復を図る療法)、動物介在療法(犬や馬など動物の力を借り、精神的・肉体的な健康状態を向上させるために実施される療法)などを行うことがあります。要は、目の前の課題がうまくいかなくてもくよくよすることがないように、目標を一段ゆるめて、小さな成果でも毎日の喜びとしてとらえられるように、周囲から指導や助言をすることが大切になると思われます。慢性疲労に対する「一番の薬」は、努力によってもたらされた成果を、親しい人からほめられることなのかもしれません。それも本人が必ずしもベストの結果と思っていなくても、視点を変えることの重要性を感じられるよう寄り添うことが肝要に思えます。  また、人生100年時代といわれるいまの時代、心の疲労を防止し、認知機能の低下を防ぐための取組みとして、理化学研究所革新知能統合研究センター・認知行動支援チームの大武(おおたけ)美保子チームリーダーらが研究に取り組んでいる「共想法(きょうそうほう)」を紹介します。 認知症予防のための認知機能の活用  高齢期に至ってからの健康障害は、喫煙や過度の飲酒など身体に悪いことを積極的にすることに加えて、身体によいことを「積極的にしない」ことでも引き起こされます。このため、高齢期まで健康に問題がなかった人でも、あるとき気づいたら、後戻りができないほど重大な健康障害を抱えてしまっていたということもあり得るのです。  高齢期の代表的な健康障害に、「認知症」があります。認知症のうち、加齢が大きな要因とされている「アルツハイマー型認知症」には発症を防ぐための方策がいくつかあり、そのうちの一つが、加齢とともに衰えやすい認知機能を積極的に活用することだとされています。  認知機能が日常生活のなかで自然に使われる活動には「会話」があります。会話に着目し、認知機能を積極的に活用するような会話を行うことによって認知機能を強化することが、結果的に認知症の予防につながると考えられます。こうした考え方のもと、認知症の発症や進行を防ぐために、高齢で聞くことや話すことが苦手な人であっても、会話を楽しみながら、認知機能を活用することができるように、会話をする際に一定のルールを加えることによって支援する手法が「共想法」なのです。  共想法は、大武先生が、認知症になった祖母との会話をヒントに2006(平成18)年に提唱しました。日本発の会話支援手法とされています。 ◆「共想法」の進め方  「共想法」は6人程度のグループで行います。  会話のテーマは、人と共有しやすく、前向きな気持ちや考えにつながることを意識します。具体的には、「好きなものごと」、「ふるさと」、「旅行」、「近所の名所」、「好きな食べ物」、「季節の楽しみ」などがあります。一方、他人の悪口や噂(うわさ)話など聞いて不快になるような話題や、意見が分かれて口論になってしまうような話題は避けます。  次にあらかじめ選んだテーマに沿って、参加者が写真(または現物)とともに、話題を持ち寄ります。そして、6人の参加者(Aさん〜Fさん)の順番と持ち時間(1人5分〜10分程度)を決めます。1巡目は「話の時間」。スクリーンに参加者が持ってきた写真を映し(または現物を示し)、順番に写真(現物)にまつわる話をします。Aさんの持ち時間が終わったら、次にBさんの写真を映してBさんが話をします。次々に交代して、Fさんまで順番に話をします。話し手は話すことに、聞き手は聞くことに集中するのが1巡目です。そして、2巡目は「質問の時間」。順番にそれぞれの写真(現物)に関する質疑応答を行います。  こうした進め方により、参加者全員に対して、均等に「話す」、「聞く」、「質問する」、「答える」の4種類の機会が与えられます。  仮に、持ち時間を1人5分とすると、1巡目、2巡目とも約30分かかり、所要時間は合わせて1時間となります。なお、持ち時間は参加人数によって調整することができます。大武先生は、この共想法のための司会ロボットも開発しています。 ◆期待される効果  高齢者のなかには、「話しはじめたら止まらない」、「いいたいことがあっても、発言のタイミングがつかめない」、「人の話を聞くと、すぐに発言したくなり、自分の話をしてしまう」という人がいます。共想法は、一定のルールを決めていますので、話す時間と質問の時間を整理することで、参加者全員が均等に参加することができます。このため、認知機能を効率的に強化することが可能です。  さらに、共想法をきっかけとして、高齢者が周囲のものごとに興味を持つようになれば、自然に新しいことを覚えるようになります。このような生活習慣を身につけることで、長期的に高齢者の認知症の発症を防ぐことが期待されます。また、会話によって認知機能を高めることにより、心にも活力を取り戻せるのではないでしょうか。  70歳までの雇用が定着すれば、在職中に認知症や軽度認知障害を発症するリスクも増えます。特に60代後半の高齢者が多い職場では、共想法を取り入れることで、認知症発症のリスクを軽減することができます。休憩時間を活用するなどして、みなさんの職場でも共想法を実践してみてください。 〔参考書籍〕 大武美保子著『介護に役立つ共想法』(中央法規出版) 最終回 「健康関数」と「総合的健康度ポジショニングマップ」 「健康度」の表し方  私たちが自分の健康の度合いを表現するときは「〇〇病の疑いが少ないから(健康に近い)」という意味の表現をすることが多いと思います。例えば、「血液がさらさらである」は、動脈硬化や心筋梗塞(しんきんこうそく)、脳卒中などのリスクが低いので「健康に近い」ことを意味しますし、「空腹時血糖値が高くなく、食後の血糖値の上昇が比較的短時間で下がる」は、糖尿病になる兆候が少ないので「健康に近い」という意味になるでしょう。最近話題となっている、「ロコモーティブ症候群※1」や「サルコペニア※2」の疑いが小さければ、「筋力や筋肉量が保たれている」とか、「関節の可動域に問題ない」という望ましい健康状態にあるという意味となります。  一方で、みなさんの健康は、糖尿病や動脈硬化症などの生活習慣病、がん、認知症、サルコペニア、肝臓疾患、腎臓疾患、循環器疾患などの疾病ごとに、医学の専門家が健康リスクを評価しています。つまり、疾病ごとのリスク評価は存在します。しかし、検査正常値域の範囲にある人の健康の度合いを総体として表す指標は、まだ確立されていません。こうした指標は、高齢になって無理なく働き続けるための目安にもなるでしょう。筆者は、このような指標を「総合的健康度ポジショニングマップ」(図表)と呼んでいます。  読者のなかには、定期健康診断の結果によって、働く人の健康度がわかるのではないかという人がいると思います。職場の健康診断は、主要な疾患の発症リスクを把握するための検査です。主要な疾患の早期発見や予防策としては重要ですが、ある人の総合的な健康度を示すことはできないのです。 健康度を可視化するための取組み  そこで筆者らの研究チームでは、健康度を可視化して表現する技術の開発に取り組みました。筆者オリジナルのコンセプトで、「健康関数」といいます。漠然としている健康度を、「健康」〜「未病」〜「疾病」などの切れ目のない段階によって、連続して示すことを目ざしています。  実は、健康関数は、この連載で紹介してきた、筆者らの疲労に関する研究に端を発しています。疲労が蓄積し、そのシグナルを受け取ることで私たちは身体の調子が悪いことを知るというメカニズムを、健康度の指標に活用しようと考えました。  筆者らの研究チームでは、1000人を対象に242項目にわたる健康計測を実施しました。242項目の検査データは、最終的に76項目に絞り込み、そのデータセットをもとに、X・Y軸上に健康度をプロットする「総合的健康度ポジショニングマップ」を作成しました(図表)。これらの一連のプロセスを数式化したのが、健康関数といわれるものです。 健康度を知ることの意義  それぞれの人に合った健康維持や予防対策を行うためには、まず健康度を知る必要があります。同じ年齢で同じような生活を送っている人たちのなかで、自分の健康度がどの位置にあるのか、科学的な根拠を示すための指標が必要だと考えられます。「総合的健康度ポジショニングマップ」は、そのための指標になります。  自分の健康度がマップ上でわかると、健康のために何かやるべきことがあるのかというのが次のステップになります。実際、健康関数の研究・調査を行ってきて、およそ25%の人において健康が損なわれるリスクが高いことがわかりました。病気の発症を未然に防ぐためには、医療の側面からは、こうした人たちには精密検査により、早期の医療的な介入を受けることが有効と考えられます。それ以外の人たちには定期的な運動や毎日の食事の改善、サプリメントの活用などのような行動を起こさせるために個別にアドバイスを行うことも課題になります。また、健康情報の取扱いには十分留意する必要がありますが、将来的には企業の人事労務担当者にも働く人の健康度を共有していただき、従業員の健康の保持増進に活用していただくことができるかもしれません。  健康度ポジショニングマップ作成時の課題としては、当初は242項目を計測したため1人4時間程度の検査時間を要しました。頻繁(ひんぱん)に健康度を知って、行動変容につなげていくためには、より簡単に計測できるようにして、検査コストも抑えていく必要があります。そこで、項目を絞り込んで、現在では、1時間程度で検査できるようになりました。  この研究には、成果を研究レベルにとどめることなく、多くの人の健康の保持増進につなげてもらうために、新たなヘルスケアサービスを開発しようとする、数多くの企業にも参画してもらいました。研究プログラムは2020年3月で終了しましたが、ヘルスケア産業にかかわる多くの企業が、筆者らが提唱する健康関数を活用して新たなサービス開発に取り組んでいくことを期待したいと思います。 わたなべ・やすよし 京都大学大学院医学研究科博士課程修了、大阪医科大学医学部・講師、大阪バイオサイエンス研究所・研究部長、大阪市立大学大学院医学研究科・教授、理化学研究所分子イメージング科学研究センター・センター長、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター・センター長、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長等を歴任し、現在は、理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム・プログラムディレクター、理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター・顧問を兼任。日本疲労学会・理事長。 ※1 ロコモーティブ症候群……身体活動をになう筋・骨格・神経系などの運動器の障害により要介護になるリスクの高い状態になること ※2 サルコペニア……筋肉量が減少して筋力低下や身体機能低下をきたした状態 図表 総合的健康度ポジショニングマップ(一例) 一点一点が各個人の位置を表します。左下の位置の人がより健康度が高く、右上の位置に属する人が健康を損なうリスクが高く、このデータでは、3種類のリスク群があることがわかります。 若年-壮年 メンタルヘルス 疾患リスク群 中年-老年 生活習慣病リスク群 老年 糖尿病リスク群 健康関数 Y= 0.53×[指標I] ★ +0.40×[指標J] ★ +0.34×[指標K] ★ +0.33×[指標L] ★ +0.25×[指標M] ★ +0.21×[指標N] ★ +0.20×[指標O] ★ +0.20×[血液成分D] +0.20×[血液成分C] +0.18×[血液成分K] +0.13×[血液成分G] +0.11×[血液成分@] +0.08×[血液成分L] +0.04×[血液成分M] +0.07×[血液成分N] +0.12×[指標P] ★ +0.15×[指標Q] ★ +0.16×[指標R] ★ +0.18×[指標S] ★ +0.22×[指標21] ★ +0.31×[指標22] ★ +…… ★血液検査以外の項目 健康関数X= 0.53×[指標@] ★ 0.40×[指標A] ★ + 0.34×[指標B] ★ + 0.33×[指標C] ★ + 0.25×[指標D] ★ + 0.21×[血液成分@] + 0.20×[血液成分A] + 0.20×[血液成分B] + 0.18×[血液成分C] + 0.13×[血液成分D] + 0.12×[血液成分E] + 0.08×[血液成分F] + 0.04×[血液成分G] + 0.07×[血液成分H] + 0.12×[指標E] ★ + 0.15×[血液成分I] + 0.16×[指標F] ★ + 0.18×[指標G] ★ + 0.22×[指標H] ★ + 0.31×[血液成分J] + …… + 作成:筆者