ケーススタディ 安全で健康に働ける職場づくり 一般社団法人日本労働安全衛生コンサルタント会 編 第1回 交通事故にみる高齢労働者のリスク 労働安全・衛生コンサルタント 小林繁男  高齢で働く方々が増えています。今後ともいきいきと働くためには、「安全と健康」であることが基本ですが、加齢にともない労働災害のリスクが高まります。  この連載では、高齢による労働災害などのリスクが高い事例を紹介し、どのようにすれば高齢者の災害リスクを低くすることができるかを解説します。  第1回は、加齢による心身機能の変化が大きな影響を与える交通事故の事例を紹介します。  仕事中の交通事故(交通労働災害)による従業員の死亡は、2015(平成27)年の死亡者数でみると、図表1のように全死亡者数の2割近くを占めています。また、業種別では陸上貨物運送事業を超えて、第三次産業が半数近くを占めています(図表2)。このため、幅広い業種で仕事中の交通事故防止が求められますが、多くの事業場では、通勤時を含めた従業員の交通事故防止として取り組まれています。  また、交通労働災害は従業員が被災した場合のものであり、従業員が被災せず、加害者となった場合は含まれないことに注意が必要です。事業者としては、従業員の交通労働災害防止に努めることは当然ですが、事業者責任としてはむしろ加害事故の防止についての留意が必要です。このため、加害事故による災害発生事例を紹介します。  なお、2017年3月に道路交通法の改正が行われ、75歳以上で免許証を更新する場合には認知機能検査を受けなければならなくなりました。これも、高齢者による交通事故が増加していることによるものです。 1 災害発生事例 【事故事例】トラックを運転中、横断歩道を渡っていた男性3人をはね、3人死傷。 〈災害発生状況〉 @貨物自動車運転者(67歳)が、国道を時速40qで走行中、交差点にさしかかろうとしたとき、前方の道路案内標識に気をとられ信号が赤であることに気づかず、横断歩道の6m手前で歩行者3人が横断しているのを発見。あわてて急ブレーキを掛けたが間に合わず、3人をはねた。歩行者1人が死亡、2人が重傷の重大事故となった。 A走行計画は、千葉県の会社を17時30分に出て、新潟県の食品工場で荷物を積み込み、翌日21時に会社に戻ってくるもの。走行距離は約700q。 Bほぼ走行計画通りの走行であったが、翌日の19時10分ごろ、会社への帰路である埼玉県内の国道を走行中に事故を発生させた。 〈災害発生要因〉 @運転者の拘束時間は深夜早朝を含む16時間を超過しており、疲労の蓄積などで運転に対する集中力が大きく低下していたこと。 A食品工場におけるトラックへの荷物の積込作業は運転者の身体負荷が大きく、過労運転となっていたこと。 B運転者が高齢であり、動体視力の低下や視野狭小、とっさの反応時間の遅れなどの機能低下も要因として推測されること。 〈再発防止対策〉  高齢の運転者であったことをふまえ、次の対策を講じること。 @十分な睡眠時間がとれるような走行計画を作成すること。  トラック運転者、バス運転者、タクシー運転者については、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第7号)により、拘束時間(始業時刻から終業までの時間)、休息期間(勤務と次の勤務の間の時間)、連続運転時間などの規制がありますので留意が必要です。 A荷役作業による負担の軽減を図ること。 B高齢による機能低下に対応した対策を講じること。  加齢にともない、筋肉、眼、耳、骨、認知判断などの機能が低下します。これらの機能の低下は、自動車の運転に大きな影響を与えます。このため、運転者自身に心身の機能の低下の有無やその程度を自覚させるとともに、事業者として必要な対応を図ることが大切です。詳細を以下に示します。 2 心身機能の変化をチェックしよう  ここでは、従業員自らがその機能の変化を自覚し、必要な注意や対策をとることについて、それぞれのチェック項目を紹介します。  人は、年齢を重ねると体の組織も外見も、また、筋肉や認知判断という心身機能についても変化が生じます。こうした心身機能の変化は、日々の生活のなかで忍び寄るものであり、個人差が大きいため気づきにくい面があり、「私はまだ大丈夫」という過信を招くことにつながります。  高齢になっても、安全に運転や作業を行うためには、自分で心身の状態を正しく把握し、自覚することが大切です。 (1)加齢にともなう心身機能などの変化  「老化」とは、 @加齢にともなう細胞や遺伝子レベルでの変化 A臓器レベルでの変化 B髪や皮膚などの外見というレベルでの変化 C筋肉・眼・耳・骨・認知判断という心身機能のレベルでの変化 ということです。  高齢労働者に安全に働いてもらうためには、こうした心身機能レベルの変化をよく知り、その変化を少しでも遅らせること、変化に対し作業環境に配慮することが大切です。  また、筋肉・眼・耳・骨・認知判断という分類で、身体機能の変化をみると、図表3のような順に機能の衰えが始まります。  おおむね、筋肉・眼・耳・骨・認知判断の順に変化が生じ始めるといわれています。個人差はありますが、筋肉は30歳代後半から、眼は40歳代後半から、耳は70歳代以降、骨や認知判断は80歳代前後からというのが、一般的な発現時期です。  筋肉の変化では、瞬発性の筋肉(白筋)の老化は止められないものの、持久性の筋肉(赤筋)は適度な運動により維持可能です。  また、認知判断の変化では、年齢とともに短期記憶は低下しますが、言語能力は維持されます。 (2)心身機能のチェック  図表4のチェックを従業員に行ってもらいます。該当する項目があると、それぞれの項目の見出しの機能低下や疾病が考えられます。そのことを自覚してもらったうえで、事業者として必要な予防と対策を行ってください。従業員が高齢になっても元気にいきいきと働くことができるようにしましょう。 3 事業者として次のことに留意しよう  事業者は、2「心身機能の変化をチェックしよう」で示したように、従業員の心身機能が年齢とともに変化することをふまえ、交通労働災害をはじめとした労働災害を防止するための責務があります。  ただし、高齢労働者は心身機能の低下に加え、ベテランほどリスクを過小評価する傾向があるといったマイナス面だけでとらえるのではなく、これまでの経験や多くの実践による判断力や技能といった貴重な財産を有効に活用するという視点が必要です。そのうえで、具体的には、次のことに配慮しましょう。 (1)高齢の自動車運転者の交通労災防止の指導 @定期健康診断時、眼科の検査も受けさせるなどにより、目の機能低下をチェックし、自分自身の目の状態を自覚させ、必要な場合は専門の医師の診察を受けさせること。 A視野が狭くなり、自動車や人が横から来るのが見えにくくなるため、運転時の左右の確認は目だけでなく、顔をその方向に向けて確認をさせること。 B長距離運転の場合は、長時間の連続した運転とならないよう、通常よりも頻繁に休憩をとらせること。 C筋力低下などにより反応が遅れることから、車間距離を十分あけて走行することを徹底させること。 (2)荷役作業時の災害防止の教育 @取り扱う荷の重量、作業量について事前に確認し、適切な作業方法を指示すること。 A長時間の運転のあとは、股関節などへの影響が大きく、腰痛や転倒災害になりやすい危険な状態であるため、運転席からの飛び降りは禁止すること。また、降りた後すぐに重い荷物を持たないよう徹底すること。 (3)疲労回復と睡眠の確保のための指導 @十分な休息期間、休憩時間が確保できる走行計画とすること。 A夜間の運転業務の回数などについても配慮すること。 B疲労の回復ができるよい睡眠がとれるよう教育をすること。 C睡眠時無呼吸症候群(SAS)についてのスクリーニング検査を実施し、必要な場合は医師による治療を行うよう指導すること。 (4)心理的な変化に配慮した指導 @加齢にともなう自分の弱点を十分理解し、安全運転をするよう指導すること。 A長年の経験から自分はこれでよいとする「マイルール」ができます。指導教育では、運転者自身で気づき、行動を修正するようなアプローチとすること。ただし、経験や技能のあるベテランなので、強制的な指導では納得しない点もあり、注意が必要です。 Bベテランとしての立場から無理な行動(例えば、ほかの運転者の分まで替わってやるなど)にもなりがちです。高齢運転者の業務に無理がないかどうか十分検討すること。 (5)記憶力、認知力の変化に配慮した指導 @危険箇所を示した安全情報マップ(危険マップ)を作成し、運転時の危険箇所を明示して事前に注意を喚起すること。 Aヒヤリ・ハット、KYT(危険予知訓練)などにより危険感受性の向上を図ること。 B車間距離をあけること、速度超過にならないよう徹底すること。 Cデジタルタコグラフを装備し、運転者に自分の運転のクセなどについて自覚させ、安全運転の指導をすること。  以上の指導・教育を行い、従業員の心身機能の変化による交通労働災害のリスク低減に努めましょう。 ※デジタコ……デジタルタコグラフの略称。自動車運転時の速度・走行時間・走行距離などの情報をデジタル式に記録する 図表1 死亡労働災害に占める交通事故の割合 交通事故 19% 交通事故以外 81% 図表2 交通事故による死亡労働災害の業種別割合 第三次産業 45% 陸上貨物運送事業 31% 交通運輸事業 5% 製造業 3% その他 1% 図表3 成長と老化、ゆっくりとした多様な身体機能の生理的変化 時間軸の向き ☆個人差が大きい変化は 気づきにくく「自分は大丈夫」と誤解しやすい! 眼の変化 耳の変化 認知判断の変化 筋肉の変化 骨の変化 図表4 心身機能のチェック ■視野、視力の変化 【静止視力の低下(老眼)をチェック】 □かすんで見える  □特に近くが見えにくい 【動体視力の低下をチェック】 □道路上に掲げられている案内標識を見たとき、地名を判別しにくくなった 【視野の狭小化をチェック】 □左右からの車や人に気がつかないでヒヤリとしたことがある □見える範囲が狭くなり、周辺部が見えにくい気がする 【水晶体の黄濁化(こうだくか)をチェック】 □かすんで見える   □遠くも見えにくくなった □物が二重・三重に見える □薄暗くなると見えにくい   □まぶしく見える □見える範囲が狭くなり、周辺部が見えにくい気がする □追い越し禁止車線に気がつかずヒヤリとしたことがある □左右からの車や人に気がつかずヒヤリとしたことがある 【加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)をチェック】 □ものの中心がぼやける  □視野の中心が黒ずんで見える □ものがゆがんで見える  □薄暗くなると見えにくい □まぶしく見える ■筋力の変化 【腰痛症をチェック】 □運転席から降りるときに腰やひざに痛みを感じたことがある □腰、ひざ、足首に痛みがある 【股関節機能の低下をチェック】 □運転席から降りるときに腰やひざに痛みを感じたことがある □運転席から降りるときや歩行中に転倒したり、転倒しそうになったことがある □腰、ひざ、足首に痛みがある ■睡眠や心理的な変化 【睡眠をチェック】 □睡眠時間が足りない     □なかなか寝つけない □十分な時間睡眠をとっているのに昼間眠くなる 【睡眠時無呼吸症候群(SAS)をチェック】 □睡眠中呼吸が止まる  □大きないびきをかく □肥満         □口やのどが渇いて口臭がある □熟睡感がない、だるさを感じる □日中強い眠気を感じる □疲労感や集中力が低下する  □朝、頭痛がする 【心理的な変化をチェック】 次のようなことを思ったり、経験したことはありませんか □年をとっても運転には支障はない、これまでの経験がものをいう □ほかの運転者が割り込んできて腹を立てた □若い者では、この仕事は無理。ここは、自分が一肌脱がないといけないと思った 【記憶力・認知力の変化をチェック】 次のようなことがありませんか? □危険な交差点だったことに後から気がつくことがある □最近前の車に追突しそうになったことがある □最近デジタコ※分析で急ブレーキが多いと指摘された 図表5 高齢になると視野はこんなに狭くなる 第2回 高所作業における高齢労働者のリスク 労働安全コンサルタント 鈴木信義  今回は高所において発生した墜落・転落の災害事例を通して、高齢者の持つ心身機能のリスクの理解と、高所作業の際のリスク低減のヒントについて解説します。ここで、W墜落・転落Wと聞くと、バランスを崩したことが原因と思われがちですが、Wバランスを崩したWことは結果であり、そこに至る原因まで深掘りして考えることが大変重要です。  建設業の就業人口は製造業の約2分の1ですが、死亡災害は平成27年度においては、製造業160人に対し建設業327人と、人数では約2倍、発生率では約4倍となっています。そして、建設業の死亡者の内の墜落・転落は128人と約40%を占めています。また、東京労働局管内における全産業の平成17年〜26年の10年分の死亡災害統計では、全体778人の死亡災害のうち、50歳以上が395人を占めていますが、さらに事故の型別でみるとこのうちの42%を墜落・転落が占めています。このことは第2位の交通事故(道路)の約2・7倍にあたります。  いかに多くの業種を通して高齢者に対する墜落・転落災害の防止が重要であるかがわかります(図表1)。  なお、「高所」を落差の大きな作業する場所に限定しないで、階段、踏み台など「墜落・転落する恐れのあるところ」ととらえてください。高所は労働安全衛生法では高さ2m以上とされていますが、高齢者にとってはたとえ50cmでも高所ととらえる必要があります。 1 災害発生事例 【災害事例】ビル建設現場で、高齢作業員が残業を終え、暗い工事用仮設階段を下りていた際に、足を踏み外して転倒し、そのまま吹き抜け開口から墜落して死亡した。  この事例は建設業にかぎらず、どのような作業現場にも通じる高齢者の多くの特質を含んでいるので紹介します。 〈災害発生状況〉 @4階建て新築ビル現場の屋上での作業であり、定時で終わる予定であったが、当日の資材入荷が遅れたため、急遽(きゅうきょ)残業となり、終了が午後7時になってしまった。 A作業を終え、被災者(61歳)と同僚(41歳)が2人で吹き抜けとなった場所に設けられた仮設階段を下りている途中であった。階段の仮設照明のつけ方がわからず、被災者は同僚の照らす懐中電灯の明かりを頼りに、両手に廃材を抱えて下りていた。 B4階と3階の間で被災者が足を踏み外してバランスを崩した際、手すりが片側にしかなく、支えられず転倒し、吹き抜けから1階のコンクリート床まで墜落し、全身を打って死亡した。 〈災害発生要因〉 @作業が長引き夜間となっていた。 A仮設階段には片側にしか手すりがなく、防網(ぼうもう)※も設置していなかった。 B照明が点灯しておらず、階段部の照明スイッチの場所がわからなかった。 C両手がふさがっており、足元が隠れて見えなかったこと。また、片側の手すりに手を添えられなかったこと。 D懐中電灯は同僚だけが持っており、被災者が自分の足元を十分照らして確認できなかったと推測されること。 E加齢現象で被災者の視力(識別能力、コントラスト視力など)が低下し、足元がよく見えなかったと推測されること。 F加齢現象で被災者の平衡機能が低下し、また瞬発反応が遅くなってきていたため、バランスを崩したときのリカバリーが取れなかったと推測されること。 〈災害発生防止策〉  手すりや防網の設置など高所、開口部などにおける墜落・転落防止のための労働安全衛生法に基づく対応策を必ず実施することとして、被災者が高齢であったことをふまえ、この災害事例では特に次のような高齢者対策を講じることが必要です。 @通路、階段などは作業者が作業している間は常時照明としておく、通路の段差、凹凸部、階段などには視認性の高い表示をする、などの環境を整備する。 A懐中電灯などは各自に持たせる。 B両手がふさがり足元が見えにくいと、特に高齢者は身体機能であるバランス、周囲環境への視認力が劣るので危険であり、大きなものの運搬はエレベータなど、ほかの方法に変更する。 C会社の労務担当は、職長に高齢者の一般的特性や個人の特質を伝え、職長は現場での作業の危険性、作業量、休憩などに配慮する。 D高齢者の特性を着眼点としてリスクアセスメント、危険予知活動へ反映させ、未然に危険箇所への対策を講じ、認識を持たせる。 2 墜落・転落を誘発する心身機能の変化には何があるか  人は加齢とともにその心身の機能が低下していきますが、個人差もあり、また時間経過も緩やかです。そのため、時間に追われる現場では自覚しにくいものです。ぜひ、会社にいるときに心身機能の低下を本人が自覚し、また周りも知っておくようにしてください。  各種の心身機能の若い人と高齢者の相対関係は、図表2が有名です。非常に多くの機能に年齢差が生じてくることがわかります。このグラフのなかで高所からの墜落・転落と関係が深いのは、次のような機能です。 @平衡機能、瞬発反応  バランスを取り、崩れたバランスのリカバリー能力に関係し、高所における墜落・転落へ直結する能力。平衡機能の低下は、脚立や梯子、狭い場所でバランスを取りそこなうことにつながる。また、瞬発反応の低下は、バランスを崩したときにすばやく体勢を戻すことができなくなる。 A薄明順応、視力(図表3)  いわゆる視覚機能で、高年齢化にともない避けられない顕著な機能低下である。なお、この機能低下は加齢のほか、白内障などの疾患が原因となるときもある。白内障は早ければ40歳代から発症するといわれており、高齢者には定期的な健診が推奨される。 B夜勤後体重回復  疲れが残り、現場での集中力が落ちて危険な開口や床面の異常に気づけなかったり、普段以上に平衡機能が落ちていつもどおりの姿勢が取れずにバランスを崩し、墜落・転落へつながる可能性がある。 3 各職位としての留意事項  建設業は会社からは目の届かない現場で就業することが基本であり、会社の管理者(事業主も含まれる)、現場の作業員、そして自らも現場で業務に就きながら事業者に代わって作業員を直接指揮監督する職長の三者がそれぞれの役割を遂行することが必要です。  この三者がそれぞれ留意すべき点を紹介します。事業者は三者が相互につながりを持って実行していけるように指揮監督することが求められます。 (1)事業者および管理者の留意事項 @健康管理面 ・健康診断による有所見内容や持病(高血圧、血糖値、貧血、心疾患、視力障害(視力変化)など)の状況について本人と話し合い、必要に応じ高所作業につかせない。 ・本人の日常的な体調などを聞いたり出退勤時に顔色を観察し、その日ごとの高所への適性を判断する。 ・視聴覚検査や片足立ちテストなどの客観的測定で心身機能の低下を本人へ自覚させる。 ・疲労は平衡能力に大きく影響するので、週の半ばに半日休憩や社内作業にする、夜勤日数を減らすなどし、疲労を回復できる就労計画を立てる。 A高所作業用具の安全化など ・脚立や梯子での作業が減らせるよう、可搬式作業台、手すり付踏み台、高所作業車などを採用する。 B人員配置面 ・高齢者が高所作業につかなくて済むような人員配置を職長と相談して組む。 ・夜勤を避けるもしくは夜勤のときは高所作業へつかせない。 ・高所の経験の少ない高齢者は高所のある現場への配置を配慮する。 C教育面 ・職長へ高齢者の特性について教育し、現場での日々の適正配置に努めさせる。 ・高齢者へ役割分担について理解させ、職長の指示を尊重するようサポートする。 D現場の把握 ・現場パトロールを適時実施し、高所作業環境の安全状態、作業行動、作業負荷などを見るとともに、本人と職長のコミュニケーション、本人の要望、職長の報告を聞く。 (2)現場における職長の留意事項 @作業計画面 ・休憩は気候などを考慮し、長めにとらせる。 ・作業の流れ、内容などを検討し、高所での無駄な作業が生じないように計画し、せかすことなく時間に余裕を持てるようにする。 ・計画した作業内容を図や絵、簡潔な文などで明確・具体的に指示する。 A健康管理面  朝や休憩時に、健康KY※1で問いかけするとともに、顔色、目力(めぢから)、話しぶりなどの様子を観察する。 ・熱中症予防対策は特に注意を払う。 暑熱環境での作業……高齢者は体温調節機能や発汗機能が低下する傾向があり、熱中症にかかりやすい。外気が涼しくても、熱や湿度のこもる室内では熱中症になり得る。作業時間帯、作業負荷、本人の体調観察など十分な注意が必要である。 B高所作業にあたっての安全化など ・安易に脚立や梯子を使わないような作業計画を立てる。 ・作業まわりの整理整頓清掃への努力(特に床置きによるつまずきの防止)。 ・足場類、仮設設備、開口部などの作業前点検の実施。 C人員配置面 ・力を込めたり反動を必要とする、重量物を扱う、体を乗り出すなどの作業は高所では安全帯を使うとしてもつかせない。 ・脚立や梯子、開口回りなどでの作業は高年齢労働者と若年齢労働者を組みにして、補助者へ回るような人員配置を組む(一人作業はさせない)。 (3)高齢作業員自身 @健康管理面 ・会社の健康活動に積極的に参加する。 ・定期的に視力の低下状況、白内障の発症の有無などについて視聴覚検査を受ける。 ・疲労、体調不良などは積極的に職長へ相談し、休憩を取る。 A現場の把握 ・行動を起こす前に再度、段取りを確認し、直前KY※2で危険を再認識する。 ・作業まわりの整理整頓清掃を行う。 B作業に当たって ・ヘルメット、安全帯などの保護具は必ず使用する。 ・職長から与えられた役割分担を守り、自己判断で予定外の作業をしない。また、無理な作業、自信のない作業は職長へ相談して、ほかの作業へ振り分けてもらう。 ・顔を真上に向ける、体をねじるなどバランスを崩すような姿勢や動作をとらない。  最後に、高所からの墜落・転落災害は、一旦発生すると重篤な結果につながる災害です。今回のケーススタディから身のまわりの墜落・転落リスクのある箇所での高齢者の働き方を考え、対策の参考としてください。 ※防網……墜落防止のために開口部をふさぐように水平に張る安全ネット ※1:健康KY……「よく眠れたか」、「気持ちよく食べられたか」、「体調はよいか、ダルさはないか」、「悩みはないか」、「朝食は食べたか、水分は取ってきたか」 ※2:直前KY……「安定・固定はよいか」、「物陰、暗部は安全か」、「無理な姿勢はとらずに済むか」、「手掛かり、足掛かり、安全帯はよいか」、「仲間に一声かけたか」 図表1 東京局管内における事故の型別発生状況 (平成17〜平成26の10年間における死亡災害50歳以上395人) 事故の型別発生状況(50歳以上) 墜落、転落 42.0% 交通事故(道路) 15.4% はさまれ、巻き込まれ 10.9% その他 31.6% 出典:東京労働局労働基準部「高年齢労働者の安全と健康」 図表2 加齢にともなう各種身体機能の変化 20〜24歳ないし最高期を基準としてみた55歳〜59歳年齢者の各機能水準の相対関係(%) 字を書く運動速さ 77 分析と判断力 77 計算能力 76 比較弁別能 63 学習能力 59 記憶力 53 夜勤後体重回復 27 抗病回復力 68 傷病休業を少なく止める能力 66 平衡機能 48 皮膚振動覚 35 聴力 44 薄明順応 36 視力 63 肩関節 70 脊柱側屈 85 脊柱前屈 92 伸脚力 63 背筋力 75 屈腕力 80 握力 75 全身跳躍反応 85 タッピングテンポ 85 動作速度 85 単一反応速度 77 瞬発反応 71 運動調節能 59 出典:(斉藤 一、遠藤幸男:高齢者の労働能力(労働科学叢書53)労働科学研究所1980より) 図表3 高齢者の視覚機能で高所作業にかかる代表的な事項 視覚機能の低下は高所では、開口部や足元の障害物の認識低下、体のバランスの崩れなど墜落・転落、転倒の引き金となることがある。 1.うす暗い場所での識別能力低下 50歳を超えるとうす暗い場所での識別する能力が急激に劣ってくる。照度を上げることが必要になる。 2.薄明順応能力低下 明るいところから暗いところへ入ったときに、暗さに順応して物が見えてくる能力。目が暗さに慣れるのにかなり時間がかかる、または十分慣れることができなくなる。 3.コントラスト視力低下 対象物の明るさとその背景の明るさの対比を識別する能力。例えば、霧のなかで物を見分けるときなど。注意箇所の表示などは単に目立つ色とするだけでなく、周囲とのコントラストにも気を配る必要がある。 4.白内障化などの疾患 白内障化とは紫外線などで眼の中のレンズの役目をする水晶体のたんぱく質が分解され濁ってくる症状で、早ければ40 歳代から発症し、70 歳代では90%の人に現れるといわれている。物がうす暗く見える、光が眩しい、霧がかかったように見えるなどの自覚症状を視力低下と勘違いしている間に進行する。 5.視野が狭くなる 前号でも述べたが、若者の視野が175°であるのに対し、高齢者は158°というデータもある。加齢とともに視野が狭くなり、十分に顔、体を回して周辺確認しないと死角に入った開口部などに気づけなくなる。 第3回 高齢労働者の熱中症を防ぐために 一般財団法人君津健康センター 労働衛生コンサルタント 山瀧(やまたき) 一(はじめ)  日本の年平均気温はこの100 年間で1・19℃上昇しており、猛暑日も増加傾向です。現在、厚生労働省では、5月から9月を「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」※1期間とし、特に7月を重点取組期間として熱中症対策の推進を図っています。このようなこともふまえ、連載第3回では、高齢労働者の熱中症対策をとりあげます。 1 高齢労働者の熱中症の現状〜高齢労働者では重症化に注意〜  2012(平成24)年から2016年までの5年間での熱中症による死亡災害、計104件を年代別に整理すると(図表1)、50代以降の死亡災害は全体の約48%を占めています(各年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(厚生労働省)に基づく)。  また、高齢者、乳幼児、持病や障害のある人、社会的に孤立した人や経済的弱者は熱中症にかかりやすく、W熱中症弱者Wとされています。  このように高齢者の熱中症は特に重症化に注意が必要です。 2 高齢労働者の熱中症死亡災害事例  (職場のあんぜんサイト 労働災害事例No.779より) 【災害発生状況】 @被災者は61歳。真夏日が23日間続く炎天下、鉄筋コンクリート造りのマンション新築工事で、5階のスラブ※2にて二人一組で鉄筋の配筋作業を行っていた。現場はメッシュシートが張られ、ほぼ風の入らない状態であった。 A当日、被災者は前日に続き午前8時10分より作業を行っていた。鉄筋の運搬は行わず、しゃがんだ姿勢で作業していた。 B午前10時の休憩の少し前、被災者は「調子が悪いので少し休んでいる」と話し、5階スラブの片隅で休憩をとった。顔は赤らみ、両手両足の筋肉が張っている様子で、自分で手足をさすっていた。 C午前10時の休憩で、職長は元請の代理人に状況を報告し、被災者を日陰になっている下の階に連れていくことにしたが、このときはすでに一人で歩けない状態であった。職長は作業続行不可と判断し、会社にも連絡。正午ごろ、車で被災者を自宅に送った。 D夕方家人が帰宅するまで、被災者は一人で休んでいたものとみられた。家人帰宅後も張りが続くため湿布を貼り休んでいたが、症状が改善しないため、翌日午前4時半に持病で通院していたかかりつけの病院に救急搬送された。 E熱中症、高度脱水との診断で治療を受けたが、急性腎不全と消化管出血のため、11日後に死亡した。 F被災者は、災害前日にも同様の症状を訴えていた。 【災害発生要因】 @高温・直射日光下での作業。 A作業場所の環境把握(温度、湿度、WBGT〈暑さ指数〉など)がなかった。 B日よけや通風などの対策がなかった。 C涼しい場所での十分な休憩がなかった。 D水分と塩分の補給が不十分だった。 E応急処置・医療機関への搬送が遅れた。 F被災者は高齢で持病もあった。 3 熱中症とは  熱中症とは、暑熱(しょねつ)環境のなかで起こる健康障害の総称です。  人体には、体温や体液の状態を一定に保つ働きがあり、特に人体を構成するたんぱく質は42℃で変性するため、暑熱環境下では、人体はあらゆる手段で体温を下げようとします。その有力な手段が血液から汗をつくり、蒸発させること(気化熱)です。これらの調節は、脳にある生命維持中枢がになっています。  しかし、体温・体液のバランスが維持できなくなると、熱中症に陥ります(図表2)。  熱中症は重症度からT度、U度、V度と分けられています(図表3)。最も重いV度の熱中症では、生命維持中枢が障害され、体温調節機能も失われます。臓器障害も起こり、生命の危機に陥ります。  U度の熱中症は吐き気・嘔吐などを特徴とします。V度の前段階といえ、すぐさま治療が必要です。T度の熱中症は、脱水による強い立ちくらみや失神(熱虚脱・熱失神)、ナトリウムが失われ、体液のバランスが崩れることで起こる筋肉のけいれん(熱けいれん)をさします。悪化を防ぐため、やはり迅速な応急処置が欠かせません。 4 高齢者と熱中症  高齢者の熱中症が重症化しやすい理由として、加齢にともなう変化があげられます。もちろん高齢でも体力を維持しながら現場で活躍している人は少なくありませんが、身体機能の個人差が特に大きいことを十分に理解しておくべきです。 (1)水分量・血液量が少ない  人体に水分の占める割合は小児で77%、成人では男性60%、女性55%ですが、高齢者では50%と減少しており、同じ量の水分が失われても、若年者より強く影響が現れます。  また栄養状態が悪いと、血液中のアルブミンが減り、血管中に水分を留めておく力が弱まり、そのため血液の量も減少します。 (2)皮膚の血流が少なく、自律神経機能が低下している  皮膚には熱を放散する機能、血液から汗をつくり蒸発させ体温を下げる機能があり、これらは自律神経で調節されています。暑さにさらされると、身体が熱に馴れ(馴化(じゅんか))、数日で効率よく汗がかけるようになりますが、加齢でこれらの機能は低下します。 (3)感覚機能・運動機能が低下している  暑さを避け水分を摂るといった対処行動をとるためには、暑さやのどの渇きを感じる必要がありますが、高齢者はこの機能が低下しています。また運動機能が低下すると、対処行動をとることが億劫(おっくう)になりがちです。 (4)内分泌機能・臓器機能が低下している  体液を一定の状態に保つには、さまざまなホルモンの働きも必要です。暑さにさらされると、4〜6週間で脱水やナトリウム喪失を防ぐホルモンが働くようになります(馴化)。しかし、内分泌や臓器の機能が低下していると、このような適応力も低下します。  これら生理的な変化に加え、病気や薬の影響も無視できません。糖尿病や高血圧、心臓病、脳卒中など、高齢者では持病を抱える人も多く、健康状態の把握が不可欠です。 5 高齢者の熱中症を防ぐために (1)作業場所の環境を把握し、対策をとる  作業場所の環境を知るには、WBGTが有効です。作業強度、暑さへの馴化、着衣も勘案してJIS規格に基づく基準値(図表4)と照らし合わせ、基準を超えている場合には、環境改善や負荷軽減、休憩や小休止を増やすなどの対策を強化します。  なお、この基準値は既往症のない人を前提としているため、作業者の年齢や健康状態をみて、より安全を重視した対策をたてるべきでしょう。  WBGTの測定にはWBGT計を用いますが、直射日光などがなければ、気温と湿度から日本生気象学会が示す表※3に基づき、簡易的に評価することも可能です。  暑さ対策としては冷房、スポットクーラー、送風(ただし、体温以上の気温では逆効果)、日よけ、熱源の遮断などが有効です。快適な着衣や保冷剤、クールベストの利用、機器導入による負荷軽減も対策となります。 (2)休憩場所を確保し、熱への馴化、休憩や小休止を組み込んだ作業計画をたてる  休憩には体温を下げ、疲労を回復させる効果があります。冷房があるとより効果的です。  作業計画では、7日以上かけて段階的に熱への馴化を図るスケジュールを組み、休憩や小休止の時間・場所を確保します。また暑い時期・時間帯を避けた作業計画は根本的な対策となり得ます。 (3)計画的に水分と塩分を摂取させる  のどの渇きを感じたときには、水分とナトリウムの喪失はかなり進んでいます。こうなってから水だけを摂ると、濃縮された血液が薄まり、のどの渇きはおさまり、反対に水分を排泄しようとする働きも現れますが、実際には体液は不足したままです(自発的脱水)。そのため、自覚症状に頼らず、作業前と小休止・休憩ごと、計画的に水分と塩分を摂る必要があります。低カロリーのスポーツドリンク(ナトリウムが40-80mg/dl含まれるもの)の利用が便利ですが、麦茶と梅干などの組合せもよいでしょう。この場合、麦茶0・5〜1lに梅干し1個程度でほどよい塩分濃度となります。 (4)普段からの健康管理とともに、作業前・再開前・随時の体調確認を行う  栄養・休養は熱中症防止にも重要です。一方、深酒は睡眠不足・脱水を悪化させるため禁物です。また、糖尿病や高血圧などの生活習慣病は熱中症のリスクを高めるため、健康診断結果を活用し、自己管理や治療をしっかり行いましょう。事業者は医師の意見に基づき健康診断の事後措置を確実に行います。  作業開始前、再開前、随時で体調確認も行いましょう。体調の良し悪しだけでなく、「熱や下痢の有無」、「朝食の有無」、「睡眠状況」、「自覚症状」などを具体的に確認します。作業中も、絶えず目配り・声かけを行ってください。体重計や体温計も体調の把握に有効です。暑熱作業を止め、休ませる必要がある状態を図表5に示します。 (5)熱中症の発症が疑われたら、応急処置・救急要請など適切な対応をとる  涼しいところで応急処置を行います。  服をゆるめ、うちわなどであおぐ・濡れタオルでふく・首や脇、太ももの付け根を氷で冷やすなど、あらゆる方法で体を冷やします。嘔吐がなく受け応えがはっきりしていれば、経口補水液を少しずつ飲ませましょう。  最重症であるV度やU度の熱中症が疑われたら、ためらわずに救急要請してください。T度の熱中症も重症化の恐れがあり、また暑い現場での体調不良が別の病気による可能性もあるため、決して被災者から目を離さず、早急に受診させましょう。  何より、正しい知識が命を守ります。作業者や管理者は基礎知識や予防法、応急処置を事例もふまえて確実に身につけておく必要があります。 ※1 厚生労働省ホームページ「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)」 (http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133.html) ※2 スラブ……鉄筋コンクリート造の床 ※3 日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」Ver.3 (http://seikishou.jp/pdf/news/shishin.pdf) 図表1 熱中症死亡災害の年代別割合 0% 20% 40% 60% 80% 100% 10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 1.9 2.9 20.2 26.9 33.7 10.6 3.8 出典:厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」をもとに著者作成 図表2 熱中症発生の仕組み 体外からの熱 太陽 気温 熱源 増 体内で発生する熱 増 水分の蒸発 (気化熱) 止 呼吸? 体表からの放熱 ? 体温・体液のバランスが維持できない! 熱 熱 熱 熱 熱 熱 熱 体液は汗で失われている 汗 熱 汗 熱 図表3 熱中症の分類 分類 熱中症の重症度分類 重症度 T度 めまい・失神  脳への血流が瞬間的に不足→たちくらみ・失神 筋肉痛・筋肉の硬直  発汗で塩分(ナトリウムなど)の欠乏→筋肉けいれん、下肢などのこむらがえり 大量の発汗 低い 高い U度 頭痛・気分不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感  脱力など(V度とは血液・尿検査の結果を見て区別) V度 意識障害・けいれん・手足の運動障害  反応がおかしい、ひきつけ、ふらふら(脳の異常)高体温  体に触ると熱い  体内では臓器や血液凝固の異常 出典:環境省『熱中症環境保健マニュアル』をもとに著者作成 図表4 身体作業強度等に応じたWBGT基準値 区分 強度 WBGT 基準値 馴化 未馴化 安静 安静 33 32 軽 作業 ちょっとした歩行 30 29 中等度〃 鍛造、軽い台車 28 26 高 度〃 ハンマー作業、ブロック積み 気流なし 25 気流あり 26 気流なし 22 気流あり 23 極高度〃 激しくシャベルを使用しての作業 23 25 18 20 ただし衣類の状態により補正値を用いる 例 SMSポリプロピレン製つなぎ服;+0.5℃、ポリオレフィン布製つなぎ服;+1.0℃   二層の布(織物)製服;+3.0℃、限定用途の蒸気不浸透性つなぎ服;+11℃ ※既往症のないほとんど全ての人に有害影響がないレベル 出典:厚生労働省リーフレット「熱中症を防ごう!」をもとに著者作成 図表5 暑熱作業を止め、休ませる必要がある状態 心拍数 心拍数/分>(180−年齢)が数分続く※ 作業強度ピーク1分後の心拍数/分>120 休憩中の体温 作業開始前の体温に戻らない 体重 作業開始前より、1.5%超の体重減少 その他 強い疲労感、悪心、めまい、失神など ※心機能が正常な場合にかぎる 出典:厚生労働省リーフレット「熱中症を防ごう!」をもとに著者作成 第4回 転倒災害を防止するために 労働安全・衛生コンサルタント 田中通洋(みちひろ)  職場で転倒し、骨折するなどの理由によって仕事を休む人が、労働災害全体(休業4日以上)の約2割を占め、事故の型別発生件数ではトップの発生率となっています。このような状況に至る要因の一つとして、筋力などの心身機能に変化が生じてきた高齢者が労働者に占める割合が高くなってきていることがあげられます。  今回は、転倒災害事例を紹介しながら、転倒災害防止対策の基本を振り返るとともに、高齢従業員に配慮すべき点を解説していきます。 1 災害発生事例1 飲食店内の調理場で、濡れた床で足を滑らせ転倒 〈災害発生状況〉  飲食店内の調理場で、冷蔵庫に食材を取りに行ったところ、濡れた床で足を滑らせ、転倒した。 @床の清掃  床が滑りやすい現場はもとより、水、油、また食材の切れ端が散乱している現場をよく見かけます。対策の基本は、食材をこぼしたり落としたりした際には、すぐに拭き取ることなのですが、迅速に、かつ大量に食材をさばく場面においては、その都度清掃するのがむずかしい場合もあります。このようなとき、容易に使用できる清掃用具を選ぶ、あるいは清掃用具の置き場所を工夫することで、清掃頻度を高めている例もあります。高齢従業員でも容易に清掃できる段取りを、できるかぎり整えてください。 A滑り止め  床自体を滑りにくい素材に変えることがむずかしい場合には、写真1のような滑り止めテープを床に貼りつけてください。また、食品を取り扱う現場には、床清掃時に使う水を排出するための溝が設けられていることがあり、溝にはグレーチングと呼ばれる格子状のフタがはめられています。グレーチングは、格子表面の形状、また歩く方向によって滑りの原因となります。グレーチングもさまざまなものが市販されているので、格子表面の形状が適切かどうか一度確認してみてください。また、グレーチングを清掃後に溝にはめ込むときに、表裏を逆にはめてしまっている(裏面の格子部にはギザギザがない)例もあります。このようなことが起こらないよう、高齢従業員にも容易に理解でき、間違えないようなわかりやすい作業手順書(見える化を意識して)を整備することも大切です。 B滑りにくい靴  一言で滑りやすい床といっても、原因はさまざまです。水・油のような液体の上での滑りなのか、粉・砂などの粒の上での滑りなのか、あるいは凍結した氷上の滑りなのか。すべての滑りに対して万能という靴はありません。滑りの原因をよく見極めたうえで、適切な靴を選んでください。よくわからない場合は、滑りにくい作業靴を製造・販売している靴メーカーなどのアドバイスを得ながら選んでください。  水・油などの上で滑りにくい靴の靴底には、特殊な配合をほどこしたゴム材料に、スリップを起こしにくい工夫がされており、さらに図1のように接地面をしっかりとらえ続ける強度も持たせています。水・油で滑りやすい現場では、このような靴底の靴を履いてください。  自分の履いている靴の靴底を、自分で眺める機会はあまりないと思いますが、靴底に滑りの原因になるような汚れがついていないか、時折確認してください。また、同時に底のへり具合も確認し、靴の交換管理を適切に行ってください。昨今、交換時期の目安を目で見て容易に確認できる工夫をほどこした靴も市販されています。 2 災害発生事例2 台車に足を乗せたところ、台車が動き出し、バランスを崩して軸足の足首を骨折 〈災害発生状況〉  被災者は、食品の加工現場で、番重(ばんじゅう)(食品や食材を入れて運ぶ、浅く、フタのない箱)を運ぶためのドーリー台車(車輪があり、手押しのためのハンドルがない台車。以下「ドーリー」)を動かすため、ドーリーに足を乗せたところ、ドーリーが動き出し、バランスを崩し転倒。軸足の足首を骨折した。なお、加工現場では、食品衛生の観点から、作業者はドーリーには手を触れず、足でドーリーを操作し、移動していた。 @床の4S(整理、整とん、清掃、清潔)  ドーリーの使用を避けることが安全上は望まれるところですが、現状においては困難な現場が多いと思います。可能な範囲(例えば、ドーリー専用の保管治具(じぐ)を備え、長時間の平置き状態はなくす、足で操作する際には、靴のつま先や側面を利用することをわかりやすい作業手順書を作成したうえで徹底させるなど)で改善をほどこしてください。  また、台車にかぎらず箱、コードなどが、作業者が頻繁に行き交う場所に置かれていないかをよく確認し、不要な物は撤去してください。 Aちょっとした段差  1〜2pのちょっとした段差には、あわてて足を引っ掛けて転倒する危険が潜んでいます。ちょっとの段差でも、スロープを付けるなどの対策をできるかぎりほどこしたいものです。  また、フラットな床においてもつまずくことがあります。これは、長い時間歩いていると、足の疲れにともなってだんだんとすり足で歩くようになることが、原因のひとつとしてあげられます。特に高齢従業員は、この傾向が顕著です。そして、靴のつま先部の高さ(トゥスプリング)が低いと、さらにつま先が床に突っかかりやすくなります。したがって、図2のように、つま先の高さがある程度ある靴の方が歩きやすいといえます。このほかに、靴の重量バランス(つま先部に重量が偏(かたよ)っている靴はよくない)、靴の屈曲性(屈曲性がよいと、靴底の接地面積が大きくとれるので足が安定する)も考慮するとよりよいでしょう。 B適切な明るさ  職場を適切な明るさに保つことは、目の疲労を少なくするだけでなく、安全面、特に暗がりで物につまずいて転倒する危険を防止する意味からも大切です。加齢にともなう視力の衰えも考慮しなくてはならない高齢従業員にとっては、職場の明るさは特に重要です。  職場の明るさの評価は、通常「照度(単位・ルクス)」を測り、適切な数値であるかを、さまざまな基準あるいは目安となる数値と比較して判断します。働く場所の照度基準は、労働安全衛生規則第604条に示されています。そのほか、「JISZ9110・照明基準総則」は、人のさまざまな活動、作業、また場所ごとの照明要件、あるいは照明設計基準を設けています。これらの基準、目安を参考に、職場ごとに適切な明るさが保たれているかを確認してください。そして、暗すぎる、明るすぎる場合には、照明器具の交換、メンテナンスなどを行い、適切な照度が保たれるように改善してください。 3 災害発生事例3 階段を踏み外して転倒する 〈災害発生状況〉  段ボール箱を抱えて階段を降りていたときに足元が見えず階段を踏み外して転倒した。 @歩行時の心がけ  転倒を防止するためには、設備・環境の改善、あるいは保護具の使用といったハード対策だけでは防ぐことができません。ハード対策とともに、作業者一人ひとりが歩行時、あるいは階段昇降時に転倒の危険を理解して行動することが必要です。例えば、「急いで歩かない」、「後ろ向きに歩かない」、「できるかぎり手に物は持たない」、「ポケットに手を入れない」、「歩きスマホはしない」などの基本を徹底し、日々行動することが大切です。  また、階段昇降時には、「昇るときより、降りるときに転倒しやすい(足元、あるいは次に足を乗せる踏み面が見えないなどの理由で)」と、知っておくことが大切です。したがって、階段には必ず手すりを取りつけ、降りるときには必ず手すりをつかむことを心がけましょう。  また、階段の踏み面を、ラインを引いて昇る側と降りる側を区分けする場合、両側に手すりがあるのなら問題ありませんが、もし片側にしか手すりがない場合は、降りるときに手すりが持てるよう区分けすることをおすすめします。 A筋力の変化を実感しておく  階段昇降時の転倒には、筋力の変化、特に片足立ちが長くできないことが原因で起こることもあります。ふらふらすることが増えてきたことを一人ひとりが実感しておくことが、高齢従業員の転倒災害防止対策としてとても大切です。  ふらふらすること自体の良し悪しは別として、脚力や平衡感覚の衰えを自覚しておくだけで、例えば「階段昇降時に自らきちんと手すりをつかもうとする」ようになり、自分自身の行動が変わります。従業員の高齢化が進む企業では、まずは、高齢従業員一人ひとりに自身の身体の変化を自覚させるために、運動機能検査を利用した体感教育を実施することが大切です。  そして、足の筋力を鍛えるストレッチ体操※を、仕事の合間に日々くり返し行うことをおすすめします。 B階段の「けあげ」の寸法  階段、踏み台などで、足を乗せる面を「踏み面」と呼び、1つの段の高さを「けあげ」と呼びます。適切なけあげ寸法の目安として、建築基準法施行令第23条では「22p以下」とされています。踏み台などの昇降のための設備は、この目安に準じることが望ましいといえますが、現実には、もう少し高い寸法の踏み台が製造現場では広く使用されています。  高い寸法の踏み台では、おのずと片足立ちの極めて不安定な姿勢となります。踏み台からの転落、転倒災害を防ぐためには、高い寸法のけあげを持つ踏み台は、できるだけ使用を避けることが大切です。しかし、作業場所全体のスペースの関係で、適切なけあげ寸法を考慮した段数の多い踏み台を置くことがむずかしい現場もあります。このような場合には、手すりを取りつけた踏み台(写真2)の導入を考えましょう。  ちょっとした油断が大きなケガにつながる転倒。このことをよく認識して予防対策に取り組んでください。 ※ 長野労働局がホームページ上で公開している「転倒災害防止のための研修教材」。そのなかの転倒災害防止と身体機能改善を目的として、マツダ(株)安全健康推進部健康推進センターが考案した「いきいき安全体操」などが参考となります   http://nagano-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/tokushu_campaign/tentousaigai_boushi.html 図1 滑りにくい高機能靴底の例 靴底断面 水 力 力 靴底断面 力 力 接地面から靴底が浮かず、滑り出しても接地面をとらえ続ける(上)。また、靴底の形状が陥没などの変形をせず、接地面に力を伝え、しっかりととらえることで、滑りにくさが向上している(下)。 図2 トゥスプリングの例 一定のトゥスプリングがあると歩きやすい トゥスプリング トゥスプリングが低すぎるとつまずきやすくなる 写真1 滑り止めテープ 写真2 手すり付き踏み台 第5回 高齢労働者のための快適睡眠術 労働衛生コンサルタント 山田琢之(たくじ) 1 みんな睡眠不足  ヒトは、人生の三分の一を眠って過ごします。人生90年とすれば、なんと30年は寝ている計算です。  ナポレオンは1日3〜4時間の短眠(たんみん)といわれ、一方、アインシュタインは9〜10時間の長眠(ちょうみん)でした。個人差はありますが、理想的な睡眠時間は7〜8時間といわれています。  ところが近年は睡眠不足を訴える人が増加し、厚生労働省の調査では、日本人の約五分の一がなんらかの睡眠障害を抱えていました。寝つきの悪い「入眠障害」が多く、夜中に目が覚める「中途覚醒」、朝早く目が覚める「早朝覚醒」が続きます。  これらの原因には、遠距離通勤やテレビの深夜放送の視聴などで昔に比べて就眠時間が遅くなったことがあり、さらにインターネット社会の24時間化が睡眠の問題を複雑にしています。  英国の医学誌に掲載された論文では、「深夜のメールチェックは、エスプレッソコーヒー2杯分の覚醒効果(刺激)がある」と発表されました。便利な世の中が平均睡眠時間を短くする大きな要因となってしまっているのです。 【災害発生事例】 外回り中の居眠り運転による追突事故 〈災害発生状況〉  Aさん(62歳)は長年製薬会社で営業の仕事に従事してきた。営業では、安全運転を心がけていたが、得意先をまわっていた午後、ついウトウトしてしまい、前を走る車に追突事故を起こしてしまった。 2 居眠り運転を防ぐには  居眠り運転というと深夜の時間帯に多いと思われるかもしれませんが、日中にも強い眠気を感じることがあります。  まず、深夜から明け方にかけて大きな眠気があり、日中では午後1時から午後4時にかけて小さな眠気があるのです。眠気は身体が睡眠をとりたいというサインでもあります。  幼稚園や保育園に昼寝時間があるのは、昼間の小さな眠気という生理的欲求を満たすためなのです。  「お昼ご飯を食べたから眠くなるのでは?」  そう思われるかもしれませんが、昼食を取らなくても眠気は襲ってきます。眠くなったら、交通の妨げにならないよう、パーキングエリアなどで仮眠を取ってください。  さて、高齢ドライバーの昼寝や短時間の臨時仮眠にはちょっとしたコツがあります。安全運転の仮眠の条件は、「目が覚めた後、作業能率が維持できる」、「目覚めた後に眠気を残さない」などがあげられます。そのためには、15分から20分程度の仮眠が適当だといわれています。 3 一般的な睡眠術  厚生労働省の「睡眠障害の診断・治療ガイドライン作成とその実証的研究班」はその研究成果として、睡眠障害対処に12の指針を発表しました。  次の対応を活用し、高齢従業員の睡眠がより快適になるように周知しましょう。 @睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分 ・睡眠には個人差があり、季節でも変化するため8時間にこだわらない ・高齢になると(年を重ねると)必要な睡眠時間は短くなる  睡眠時間や睡眠パターンは年齢によって大きく異なります。高齢労働者では、若いころに比べて必要な睡眠時間が短くなります。年齢にあった適切な睡眠時間にすることが大切です(図1)。  高齢になると眠れる時間が短くなるにもかかわらず、寝床にいる時間が長く、そのことが「長くベッド(床)にいても眠れない」つまり、不眠の悩みが不眠を招く悪循環になっています(図2)。 A刺激物を避け、眠る前には自分なりのリラックス法 ・就床前4時間のカフェイン摂取、就床前1時間の喫煙は避ける  カフェインの覚醒作用は、3〜4時間といわれています。高齢者では、5時間以上続くこともあるので、夕食以降のお茶やコーヒー、紅茶、場合によっては栄養ドリンクにも注意してください。 ・軽い読書、音楽、香りなどで心を、そしてぬるめの入浴、ストレッチなどで肉体をリラックスさせる B眠たくなってから床に就く、就床時刻にこだわりすぎない ・眠ろうとする意気込みが頭をさえさせ、寝つきを悪くする  体内時計で寝る準備が整うのは、60代の高齢労働者でも22時から23時以降とされています。睡眠効率を高めるためには就床時刻を少し遅らせましょう。 C同じ時刻に毎日起床 ・早寝早起きでなく、早起きが早寝に通じる ・日曜に遅くまで床で過ごすと、月曜の朝がつらくなる D光の利用でよい睡眠 ・目が覚めたら日光を取り入れ、体内時計をスイッチオン ・夜は明るすぎない照明を  起きたときから1日のリズムをつくりましょう。朝の光を浴びて体を目覚めさせることが大切です。 E規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣 ・朝食は心と体の目覚めに重要、夜食はごく軽く  食べ物の消化には2〜3時間を要するため、寝る前には香辛料など刺激の強い食事や、高カロリーの食事は避けましょう。 ・運動習慣は熟睡を促進  高齢の方は運動不足気味です。散歩などを習慣にしましょう。昼夜のメリハリをつけることが重要です。 F昼寝をするなら、午後3時前の20〜30分 ・長い昼寝はかえってぼんやりのもと ・夕方以降の昼寝は夜の睡眠に悪影響 G眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きに ・寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る  眠くならないときには、本を読むなどしてリラックスしましょう。眠くないのに布団に入ると、焦って緊張し、余計に眠れなくなってしまいます。 H睡眠中の激しいイビキ・呼吸停止や足のびくつき・むずむず感は要注意 ・背景に睡眠時無呼吸症候群などの病気の可能性。専門治療が必要  睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群という疾患については専門医がいます。専門治療を受けることで、自覚症状が改善します。 I十分眠っても日中の眠気が強いときは専門医に ・長時間眠っても日中の眠気で仕事に支障がある場合は、専門医に相談を ・車の運転に注意 J睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと ・睡眠薬代わりの寝酒は、深い睡眠を減らし、夜中に目が覚める原因  昔から寝酒は睡眠によいといわれていますが、飲みすぎは反対に覚醒効果を招いてしまいます。寝酒はほんの少し、身体を温めるくらいにしましょう。 K睡眠薬は医師の指示で正しく使えば安全 ・一定時刻に服用し就床 ・アルコールとの併用をしない  最近の睡眠薬では、依存症はほとんどないといわれています。認知行動療法(欧米では20年以上前から不眠の治療法として普及)と組み合わせることで、依存をやめることもできます。  以上の指針を参考に、つらい不眠を解決しましょう。 4 深夜運転後や深夜勤務後の睡眠術  さて、深夜運転の高齢ドライバーをはじめ、夜勤をされる高齢労働者も多いものです。深夜運転・勤務後の睡眠術を紹介します。 @深夜運転明けの帰宅時、サングラスなどで強い日光を避けると、帰宅後の入眠が容易になる A深夜運転明けの睡眠は、家族の協力を得て、遮光(しゃこう)カーテンなどで明るさや音に配慮した寝室環境を確保する。エアコンを上手に利用して温度・湿度を快適にすることも必要 B深夜運転、日勤運転のくり返しより、深夜運転勤務を続け、その後、日勤運転を続けるシフトのほうが、睡眠時間の確保が容易になることも C昼間に寝る場合も、ぬるめのお風呂に15分から20分程度つかって、若干体温を上げて、その後、体温が下がるころから自然な眠りにつくことができる D深夜運転後や深夜勤務後の目の疲れには、温かいタオルで目を温めるのも1つの睡眠術 5 最近の睡眠対策の動き  最近は「睡眠負債」という言葉が注目されています。これは睡眠不足が蓄積された状態のことで、自覚がないうちに仕事や家事のパフォーマンスが低下し、さまざまな病気のリスクも高まるといわれています。「ちょっとの寝不足が命を縮める」、「睡眠負債が続くと、認知症の原因物質が脳に蓄積する」などの研究結果が発表され、世界中の研究者が「睡眠負債」に警鐘(けいしょう)を鳴らし始めています。今回のケーススタディを参考に睡眠負債を返済してください。  また、厚生労働省は、前日の終業時間が延びた場合(つまり時間外労働が発生した場合)、次の日の始業時間を遅くするなどにより、働く人の睡眠時間や生活時間を確保する取組みをはじめています。働き方改革の一環として『働く方々の健康確保とワーク・ライフ・バランスの推進のために「勤務間インターバル」※を導入しましょう』というものです。  現代社会では、睡眠が犠牲にされています。快眠できればストレスも発散でき、翌日の活力もわいてきます。健康のためには身体のなかにあるリズムを守って暮らすことが大切であり、睡眠はその代表です。快眠への努力をしましょう。 ※勤務間インターバル……勤務終了後、一定時間以上の「休息時間」を設けることで、労働者の生活時間や睡眠時間を確保する仕組み 図1 脳波を用いた健康人の年齢と睡眠時間 睡眠時間は年齢とともに短くなり、65歳以上になると6時間程度となる。長く眠ろうとして、年齢に見合った生理的睡眠時間を超えて長く床についていると、睡眠が全体に浅くなり、夜中に目が覚めてしまう時間が増えてしまう。 睡眠時間 (分) 600 500 400 300 200 100 0 年齢 5 10 15 25 35 45 55 65 75 85 (歳) 25歳 7時間 45歳 6.5時間 65歳 6時間 睡眠潜時 中途覚醒 レム睡眠 徐波睡眠 睡眠段階2 睡眠段階1 覚醒時間 睡眠時間 睡眠段階1、睡眠段階2、徐波睡眠、レム睡眠を合計したところが睡眠時間となる。 睡眠潜時と中途覚醒は就床後の覚醒時間に入る。 ※睡眠潜時:寝つくまでにかかる時間 ※中途覚醒:夜中に目が覚めている時間 ※レム睡眠:体が休んでいる睡眠 ※徐波睡眠:深い睡眠 ※睡眠段階1−2:浅い睡眠 出典:Ohayon, M. et al.:SLEEP,27(7),1255-1273(2004)一部内山真改変より著者作成 図2 眠れる時間と寝床にいる時間の差 5 6 7 8 9 10(時間) 10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 寝床にいる時間 実際に眠れる時間 実際に眠れる時間は、年齢を重ねるごとに短くなるが、寝床にいる時間は長くなる。この差に悩むことも、不眠につながる要因となる。 出典:Ohayon MM. et al. Sleep.2004.三島和夫「睡眠学」(日本睡眠学会編 2009)より著者作成 第6回 比較的低い位置での墜落・転落 労働安全コンサルタント 山口忠重(ただしげ)  今回は、比較的低い位置での墜落・転落に焦点を当てて、解説します。  厚生労働省・都道府県労働局の資料によると、墜落・転落による休業4日以上の被災労働者数(2011(平成23)年から2015年の5年平均で全2万186人)をその起因物で分類すると、はしご等(脚立、はしご、作業台等)が最も多く(約23%)、次いでトラック(約22%)、階段・桟橋(約15%)の順となっています(図表1)。  はしご等は手軽に使用できるので、墜落・転落の危険をそれほど感じずに使用してしまうのではないでしょうか。高さが2m未満しかない脚立から転落して死亡あるいは重篤災害になった例も多数あります。 1 脚立起因の災害事例  天井クレーンを用いて完成検査中、玉掛け作業者が脚立上から転落し死亡(職場のあんぜんサイト労働災害事例 No・101066より) 【災害発生状況】  工場内で完成した空調設備の客先立合い検査を行うため、天井クレーンを用いて空調設備の一部であるフィルター取付け下枠を移動させ、次いでその上に同じサイズの上枠を移動させ荷卸し後、上下枠をボルトで結合し、玉外しを行おうと箱枠の側に設置した脚立に上がり作業していたところ、玉掛け作業者がバランスを崩し、脚立上から転落して死亡した。 【災害発生要因】 @作業者の墜落や脚立の転倒を防止する措置が講じられていない脚立を使用した。A作業者が保護帽を着用していなかった。B安全な作業方法の検討および作業標準書の作成が行われていなかった。C安全な作業方法について、作業者への安全衛生教育が行われていなかった。 【類似災害防止策検討時の留意点】 (1)まず、脚立使用を回避できないかを検討します(可搬式作業台、手すり付き脚立、高所作業車など広い作業床面、踏みさん※1を有する用具の検討)。 (2)脚立使用を回避できない場合 @脚立関連の法令を遵守する  労働安全衛生規則第528条に、墜落等による危険の防止として脚立の規定があります。法令を遵守し、作業を行いましょう。 A脚立起因災害は重篤災害になりやすいことを教育する  脚立災害の主な流れを、図表2に示します。脚立上で作業中にバランスを崩したり、つまずいたり、滑ると、転落します。飛び降りて手足などを強打、骨折して1カ月以上の休業災害もしくは頭部を打つと死亡を含む重篤で悲惨な災害になります。脚立の高さが1・5mの場合、頭の床上高さは3・5m程度の高さになります。脚立作業では重篤災害になる危機意識を常に持つように指導しましょう。 B脚立上でバランスを保つことはむずかしく、墜落危険を予知させる  はしご等からの墜落・転落死亡者の8割強は保護帽を着用していませんでした(平成27年災害調査復命書集計)。墜落の危険を作業開始前に予知して、保護帽の正しい着用を行うよう指導します。高さ1m未満であっても着用します。労働安全衛生総合研究所の調査報告※2では、高齢者(50歳以上)の災害は全体の50%を超えています。  「休業4日以上の労働者死傷病報告」(平成18年)から3万4195件(25・5%)を無作為抽出し、「脚立」を検索語句として選定すると、992件の脚立起因災害が抽出され、うち6件が死亡災害です。年間推計件数は3896件、死亡災害は24件と推計されます。  死亡災害6件の被災者は55歳以上が5件と高齢者に集中しています。死亡した被災者の経験年数は3カ月以下が2人(2人とも60歳以上)、10〜20年が1人、20年以上が3人です。抽出事例の被災場所は脚立上での作業中に被災する割合が最多(70%)で、下り(19%)、上り(8%)です。狭い踏みさんに乗って作業中にバランスを崩して転落しています。  図表3に年代別に「両眼を閉じて片足立ちでバランスを維持できる時間」を示します。個人差はありますが、年代によるバランス維持能力差は明白です。高齢者には一度この閉眼片足立ちを体験させ、自覚してもらうことが有効です。2m以下の作業の場合でも、墜落防止措置の追加実施も検討します。  また、労働安全衛生総合研究所の研究報告※3では、作業姿勢について検討し「天板の1段下よりは2段下での作業」を推奨しています。少し高めの脚立を選び、脚立に寄りかかり、太ももから腰周辺を接触させて作業をしましょう。 C保護帽の着用違反者への対応  その場で直ちに指導します。そして、その背景を考慮して管理監督者側の課題の有無を検討します。経験豊富な高齢労働者は、これまで安全に行動してきたという自己流の安全哲学で、油断をする人もいます。この風土が未熟練労働者に伝達されないよう、指導・教育することも重要です。 D保護帽は正しい着用法を指導する  保護帽をかぶっていても、あご紐をしていない、墜落時保護用ではなく、飛来・落下物用保護帽を着用していた、もしくは保護帽の耐久性が劣化していたなどが原因で、最悪の結末を迎えた事例もあります。着用実態をフォローし、指導することが重要です。 E2m以上の高所での脚立作業はしない  やむを得ず実施する場合、安全帯の着用など高所作業としての対応が法令遵守の観点から必要ですが、できるだけ脚立の使用は避けます。 F脚立は正しい使用法を決めて守らせる  作業者にとって身近な用具であるだけに安全を確保してから作業するという意識が薄くなりがちです。正しい使用法(禁止事項)を決めて指導します。禁止事項の例を図表4に示します。非定常作業といえども、禁止事項を取り込んだ作業手順の作成・指導教育をおすすめします。 G不安全状態を放置しない  禁止事項の違反は不安全行動になりますが、一方、不安全状態を放置して作業することも厳禁です。日常点検、作業開始前点検を実施し、脚立の天板、踏みさん、支柱、開き止め金具、回転金具、滑り止め、全体のがたつきなどの異常有無を確認します。設置場所の地盤、平坦さ、安定性、周辺のレイアウト、天候などのチェックも重要です。 2 移動はしご起因の災害事例 住宅建築現場の移動はしごで、ペンキのふき取り作業中転落 (職場のあんぜんサイト労働災害事例 No・100572) 【災害発生状況】  住宅建築工事で、外部階段にさび止め塗装をしている際に、塗料が1階玄関の「ひさし」の上に垂れていたのをふき取ることになった。移動はしごを玄関先の土盛りに立て掛け、1・7mほど上がったところで塗料のふき取りを行っていたところ、はしごの脚部が後方に移動し、被災者は仰向けの状態で足、腰、頭の順にアスファルト舗装の上に転落、後頭部を強打し8日後に死亡した。 【災害発生要因】  @はしごの設置場所の地面が傾斜していた。階段状に土盛りされた状態で、はしごに乗ったことにより、重量がかかって後方に移動したと推定。Aはしご上端をロープで固定する、敷板ですべり止めをするなど、はしご転位を防止する措置を行っていなかった。B保護帽を着用していなかった。C安全に関する特段の指導・作業の監視を行っていなかった。 【類似災害防止策検討時の留意点】 (1)まず、移動はしごの使用を回避できないかを検討します(ローリングタワー、可搬式作業台、手すり付き脚立、高所作業車など広い作業床面、踏みさんを有する用具の検討)。 (2)移動はしご使用を回避できない場合 @はしご関連の法令を遵守する  移動はしごによる墜落等による危険の防止について、労働安全衛生規則第527条に規定されています。 A刑事責任に加え、民事責任も追及されることを想定しておく  この事例は、転位防止措置をしないで、高さ1・7mの比較的低い位置で、保護帽なしで作業し、死亡しています。作業員を死亡させて、刑事責任、賠償責任を追及され、また、道義的責任を感じ、一生苦しみ続けることになります。作業者が指示を無視したのであれば、作業者責任が問われます。  「なぜ保護帽をしないのか」。管理監督者側も、作業者側もともに、反省し、その真の要因を検討し、今後再発させないために、是正することが必要です。また、安全教育の強化、ルール順守の風土育成なども求められます。 B作業手順を作成、指導教育を怠らない  墜落災害の原因と対策の基本的な事項について、全国建設業労災互助会、労働安全衛生総合研究所の共同作成による資料を一部編集して掲載します(図表5)。定常作業に加えて非定常作業についても作業手順に織り込むことをおすすめします。 3 トラック(荷役作業)起因の災害  図表1に示したように、トラック荷役作業中に発生する墜落・転落災害は多く、トラックの荷台からの墜落・転落が約28%を占めています。死亡災害発生時の墜落の高さは2m未満が60%で保護帽未着用者は67%にも達し、被災場所は荷主、客先が73%となっています。  厚生労働省は「陸上貨物運送業における荷役作業の安全対策ガイドライン」(平成25年3月25日基発第0325第1号)を公表しています。陸運事業者側、荷主側などそれぞれの側での実施事項が区別して記載されています。特に荷主側等荷役作業実施個所に、あおりに設置する簡易作業床、移動式プラットホーム、安全帯取付設備、昇降設備などの充実が喫緊の課題です。荷役作業者への指導教育の強化も求められています。  さまざまな仕事のなかで、脚立・はしご・トラック荷台での作業は行われるでしょう。「1メートルは一命取る」ともいわれます。安全を確保、確認してから作業する意識を持つようにしましょう。 ※1 踏みさん……脚立やはしごなどの足をかける部分 ※2 菅間敦、大西明宏「労働安全衛生研究」Vol.8,No2,pp91-98 2015 ※3 菅間敦「労働安全衛生研究」Vol.10 No1pp55-58 2017 図表1 はしご等からの墜落・転落被災者 (H23-27年5年平均、休業4日以上) 全20186人 はしご等 約23% トラック 約22% 階段・桟橋 その他 はしご等:脚立、はしご、作業台など 出典:厚生労働省・都道府県労働局パンフレット 図表2 脚立起因災害の主な流れリスク 脚立の上に立って作業中 バランスを崩す、滑る、つまずく 転落 上肢または下肢を打つ 骨折又は休業1月以上 頭部を打つ 重篤な傷害又は死亡 出典:労働安全衛生総合研究所    「脚立からの転落災害の現状と防止対策の展望」 図表3 両眼を閉じて片足立ちでバランスを維持できる時間 時間 5秒以下 6-10秒 11-15秒 16-20秒 21-25秒 25秒以上 年齢 60歳以上 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 10歳代 出典:正田 亘『五感の体操- 心理学を活用したあたらしい安全運動技法』学文社 推奨する脚立使用時の作業姿勢 図表4 脚立作業時の禁止事項 @ 天板上での作業 A 脚立上で力を入れる作業 B 脚立上で身を乗り出す作業 (身体の重心は脚立の支持基底面内) C 踏みさん上で、つま先立ちで作業 D 開口部、作業床の端の近くで作業 E 足場・ゴンドラ・ひさしの上で脚立を使用 F 脚立を壁にたてかけ、踏台として使用 G はしご兼用脚立の背面側を使用して作業 H 段差のある場所に脚立を設置して使用 I 脚立を閉じたまま使用 J 脚立を背にしておりる動作 K 手放しでの昇降(3点支持の励行) 図表5 墜落災害の原因と基本的対策 原因 基本的対策 @ 強度不足 はしごまたは立てかけ先の強度不足 ・信頼性のあるはしご使用(JIS) ・使用前の点検、異常品は使わない ・強度十分なものに立て掛ける ・設置角度75 度で使用する A はしごの固定なし ・はしごの上方と下方を固定する ・補助者が支える ・はしごの上端を上端床から60cm以上出す B 不安全行動 はしごを背にして昇降する、重い荷物を片手に持ち昇降するなど ・安全教育の実施 ・昇降時に大きな荷物を持たない ・はしごを背にして昇降しない(3点支持) C 高所作業不対応 法令違反 ・原則として高さ2m以上のはしご作業は行わない (作業床設置、安全帯など使用) D 環境要因 設置面がぬかるんでいたり、滑りやすい場所、強風など ・設置面の事前点検、めり込みや滑りの想定される個所では使用しない ・強風などの悪天候では作業しない 出典:(一社)全国建設業労災互助会、(独法)労働安全衛生総合研究所    「墜落災害防止のための移動はしごの使用法等について」から著者作成 第7回 高齢労働者における「閉塞性睡眠時無呼吸(へいそくせいすいみんじむこきゅう)」対策と生活習慣改善の重要性 順天堂大学大学院医学研究科 公衆衛生学講座 木村真奈美、白濱龍太郎、和田裕雄 労働衛生コンサルタント 谷川武 1 閉塞性睡眠時無呼吸とは  「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)」とは、睡眠中にのどの奥(上気道(じょうきどう))の閉塞によって、呼吸が弱まったり停止したりすることがくり返され、さまざまな症状や合併症が生じる病態です。頻繁に起こる低酸素状態と脳の覚醒により、深い睡眠が妨げられ、たとえ睡眠時間を十分にとっている場合でも、日中の倦怠感、強い眠気、集中力の低下などの症状が出現することがあります。さらに、自覚症状がない場合でも、知らず知らずのうちに注意力が低下し、仕事の作業効率が悪化したり、ミスが増加したり、ときには居眠り運転による事故の原因につながります。また、OSAが高血圧や脂質異常症、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中などのさまざまな疾患のリスクを上昇させることがわかってきました。 2 OSAによる事故リスクの上昇  高い集中力が必要な職場や、危険をともなう作業を行う職場では、OSAによる眠気や倦怠感、注意力の低下は、大きなミスや事故に結びつく危険性があります。例えば、トラックやバスなどの職業運転者では、交通事故の危険性が増すことが問題となります。これまでの研究で、OSAを有する人が交通事故を起こす危険性は、そうでない人の2〜7倍であると報告されています。  しかし、たとえOSAがある人でも、医療機関で適切な治療を受けることで、OSAがない人と同程度まで、事故のリスクを下げることができます。OSAの有病率は加齢とともに増えるため、高齢労働者の働く職場では、OSAについてよく注意し、対策を講じることが重要です。 3 OSAによる災害事例  ここで、特徴的な事例を紹介します。 【災害発生事例】  ある日の18時ごろ、仕事を終えたAさん(63歳)が、営業車を運転して帰社する途中、いつの間にかうとうとしてしまい、気がつくとカーブを曲がりきれず、民家の塀に衝突してしまった。  事故後、Aさんが日ごろから日中も強い眠気を感じていることを心配した家族にすすめられ、Aさんは医療機関を受診。診察と検査の結果、重度のOSAと診断された。 (1)Aさんの症状や生活状況 @日中の症状……これまでにも、運転中に強い眠気に襲われ、うとうとしてセンターラインを越えかけたことや、信号待ちで居眠りをすることがあった。また、職場でもデスクワーク中に眠気や集中力の低下を感じることが多かった。 A睡眠の様子……40歳ごろから、睡眠中のいびきを指摘されるようになり、酒を飲んだあとは特にいびきが大きいといわれていた。 B夜間の中途覚醒、頻尿、熟眠感(じゅくみんかん)の欠如……毎晩必ず1〜2回、トイレで目が覚め、寝覚めがすっきりせず、平日は十分に休めていない気がしていた。 C体重増加……事故当時63歳、身長165p、体重76s、BMI27・9で、体重は20歳のころと比べ20s程度増加していた。 D飲酒習慣……数年前から寝つきにくくなり、夜中や朝早くに目が覚めることが増え、よく眠れるようにと毎晩酒を飲むようになった。1回の飲酒量も徐々に増えていた。 E鼻疾患(はなしっかん)……以前からアレルギー性鼻炎があり、症状がひどいときは鼻づまりのため頭がぼんやりすることや、就寝時、寝つきにくいこともあった。事故当時、薬は使用していなかった。 Fカフェインの多量摂取……眠気防止のため、日中は頻繁にコーヒーや栄養ドリンクを飲んでいた。 G就寝直前までの仕事、パソコン、睡眠時間……仕事を持ち帰り、帰宅後も遅くまでパソコンで作業をし、週に何日かは睡眠時間が4時間程度であった。 H活動量の低下……週に1日は丸1日の休みだが、最近は仕事の疲れをとるために、朝は普段より遅めに起きて、日中は家の中でのんびり過ごすことが多かった。 I喫煙習慣……20歳ごろから1日15〜20本のタバコを吸い、就寝直前に1本吸ってから布団に入る習慣があった。 (2)OSAの発症や悪化にかかわる要因  まず、OSAの発症や悪化にかかわる一般的な要因と、特に高齢者において注意すべき点について、紹介します。  OSAの原因は主に、肥満、加齢、顔の骨格(小さい顎や後退した顎)にあります。肥満によって舌が肥大し、さらに首周りの脂肪の増加により、上気道が圧迫されやすくなります。また、加齢による変化で上気道を開く筋の緊張が低下し、就寝中に気道が狭くなりやすくなります。さらに、日本人には、顎が小さく、もともと口のなかやのどの奥の空間が狭い人が多くいます。そのような人は、たとえ肥満体型ではなくとも、わずかな体重増加や加齢により上気道が容易に圧迫され、OSAが生じることがあります。  そのほかに、特にOSAを悪化させる要因として重大なのは、飲酒です。寝つきをよくする手段として寝酒を習慣にしている人も多くいますが、お酒は筋肉を緩める作用があり、就寝中に舌の付け根や上気道の周りの筋の緊張を低下させて上気道を狭め、OSAを悪化させます。高齢者は、加齢により筋力が低下しており、さらに体重増加や飲酒習慣が加わった場合は特に、OSAの危険性が高くなると考えられます。 (3)事故発生に影響した可能性がある要因  次に、Aさんのケースで、OSAやそのほかの要因がそれぞれどのように眠気と事故発生に影響したと考えられるかを説明します。 【OSA】  重度のOSAによる日常的な睡眠の障害が、日中の眠気や注意力の低下をもたらし、今回の事故発生に大きく影響していたと考えられます。加齢にともない、体重増加や飲酒習慣がOSAを悪化させたことや、夜間の覚醒や頻尿、朝の熟眠感の欠如がOSAにともなう症状であった可能性も考えられます。 【慢性的な睡眠不足】  日中眠気を感じずに元気に活動できる睡眠時間が、その人にとっての適切な夜間の睡眠時間です。Aさんの睡眠習慣や休日の様子から、慢性的に睡眠不足であった可能性があります。日常生活において、コーヒー、紅茶などカフェインの摂取が眠気解消に有用な場合もありますが、今回の場合は、疲れや眠気の常態化とカフェインの多量摂取により、実際より疲れや眠気に鈍感になり、体調の悪さに気づきにくくなっていた可能性があります。 【夜に脳を覚醒させ睡眠を妨害する要因】  パソコンやテレビ、スマートフォンなどの電子機器の長時間の使用は、睡眠の質の低下につながります。これらの電子機器が発する明るい光を見ることにより、睡眠のリズムをつくるメラトニンというホルモンが抑制されます。特に、夜や就寝前の電子機器の使用は睡眠を強く妨げます。  また、帰宅後も仕事に追われるという状態が気持ちの焦りにつながり、睡眠を妨害することもあります。Aさんの場合も、帰宅後遅い時刻までのパソコンでの作業が脳を覚醒させ、寝つきにくさや睡眠の質の低下につながっていた可能性があります。 【生活習慣:活動量の低下、酒、タバコなど】  運動不足や、昼間あまり日光を浴びない生活も、睡眠・覚醒のリズムを妨害し、睡眠の質を低下させます。また、タバコは交感神経を刺激し、睡眠を妨害します。就寝直前の喫煙は特に、悪影響があったと考えられます。酒は体内で分解される途中、脳を刺激し覚醒する作用のある物質になるほか、利尿作用もあるため、OSAを悪化させる以外の働きからも、夜間の中途覚醒や頻尿を起こしていたと考えられます。 【アレルギー性鼻炎】  鼻炎症状による眠気や集中力低下への直接的影響や、鼻づまりがOSAを悪化させた可能性も考えられます。 (4)事例の転帰  AさんのOSAに対し、CPAP(シーパップ)(持続陽圧呼吸療法)という治療が開始され、生活習慣改善にも取り組みました。その後、日中の強い眠気がなくなり、仕事中もよく集中できるようになり、以前より活動的に過ごせるようになりました。 4 高齢労働者と職場がとるべき対策 (1)労働者自身がとるべき対策 【OSA対策】  まずは、自身の体調や生活に注意を向け、OSAが疑われる症状や体調変化に気づき、医療機関を受診することが大切です。OSAの診療は、循環器科や呼吸器科などの睡眠呼吸障害の専門外来や、睡眠専門のクリニックなどで行われています。OSAと診断された場合は、治療とともに、減量や節酒など生活習慣の改善も重要です。  また、自覚症状がなくてもOSAに罹り患かんしている可能性があります。個人や法人でOSAのスクリーニング検査を希望する場合、NPO法人睡眠健康研究所(http://plaza.umin.ac.jp/sleep/)などのOSA検診機関に検査を依頼することで、自宅で簡易な検査ができます。その結果から要精密検査、要治療との判定が出た場合、専門外来や専門のクリニックを受診することをおすすめします。 【OSA以外の要因への対策】  睡眠を妨害し、日中の眠気に影響するOSA以外の要因への対策も重要です。睡眠時間は十分とれているかなど、睡眠習慣を含めた生活習慣全体を見直し、改善を心がけましょう。寝る前の1時間以内はテレビやパソコンを控える、日中は15分程度でも積極的に日光を浴びる、軽いウォーキングなどの運動習慣をつけるなどの工夫から始めてみてください。  また、さまざまな疾患のリスクを考え、可能であれば禁煙し、少なくとも、寝る前のタバコは避けましょう。ちなみに、昼食後に眠気が強くなるのは生理的な現象です。15時ごろまでの間に、1回15〜30分程度の短い昼寝をとることは午後の眠気の改善に効果的です。しかし、それ以上眠ると、起きた後に頭がぼーっとすることや、睡眠のリズムに悪影響を与えることがあります。  また、アレルギー性鼻炎などがある場合、眠気を心配して薬を使用しない人もいますが、眠気を起こしにくい飲み薬や点鼻薬などもありますので、鼻炎がある人は耳鼻科を受診することをおすすめします。 (2)職場でとるべきOSA対策  人は加齢の影響により感覚機能や運動機能が低下するため、高齢者は若年者に比べ労働災害の発生率が高くなります。さらに、OSAによる眠気や集中力の低下が加わると、重大な事故のリスクがより一層高くなると予測されます。高齢労働者の働く職場では、このことに留意した対策が重要です。  もし、会社で働く高齢労働者がOSAに罹患し、それに気づかず未治療である場合、その労働者は眠気や集中力低下から作業効率が低下している可能性があります。また、さまざまな健康障害や、仕事中のミス・事故の発生リスクが高くなる可能性があります。それに対し、会社がOSAについてよく認識して対策をとり、労働者が適切な治療を受けられるようになると、労働者の健康障害、仕事中のミス・事故のリスクが低下するため、労働者にとっても、会社にとっても、大きな利益となります。このような考え方の会社の経営戦略を、「健康経営」といいます。  具体的にはまず、仕事中の居眠りやミスが目立つ、あるいは大きな事故を起こした労働者がいた場合、就労状況などを確認したうえで、OSAの可能性も考え、SAS(睡眠時無呼吸症候群)検診や医療機関の受診をすすめます。この際、産業医に相談し、協力を得ることも有効です。そして、労働者がOSAと診断され通院治療が必要となった場合には、定期受診日は就業時間を調整するなどの配慮を行えば、労働者が治療を継続する時間的余裕を確保することができます。また、症状の程度や仕事内容によっては、主治医や産業医の意見をもとに、治療により夜間の睡眠や日中の症状が改善するまでは、その労働者の仕事内容について配慮することも必要です。 第8回 腰痛を予防しよう 労働衛生コンサルタント 藤田雄三  「腰痛は人類の永遠の課題だ」という人がいます。人間が直立歩行をするようになったことが、腰痛の根本的な原因だからです。図表1にあるように、ホモサピエンスが進化していく過程で、腰への負担が類人猿のときより過重な負担になってきたことがおわかりになるでしょう。  さて「腰痛」は症状名ですが、分類すると図表2のようなものがあります。労働との関係から「災害性腰痛」と「非災害性腰痛」に分けることもしばしばあります。作業中によくあるぎっくり腰は災害性腰痛に分類されます。つまり通常と異なる動作(屈曲(くっきょく)、伸展(しんてん)、旋回など)や瞬時の異常な力の作用で、作業中に発症した腰痛というわけです。  ただ、腰痛には急激な力の作用で発症する以外にも、腰に過重な負担が長期に重なり発症する腰痛もあり、これらを非災害性腰痛といいます。高齢労働者は加齢による筋力の衰え、骨粗しょう症の進行など、腰痛症になる多くの要因があります。 1 腰痛の災害事例 反物(たんもの)をリフトに乗せる作業中、不意に反物の上に乗ってしまい、バランスを崩し、急に腰をひねった(職場のあんぜんサイト労働災害事例No・101385より)  次の事例はどこにでもある荷の積み下ろし作業での腰痛発症事例で、高齢労働者も多く従事していると思われるケースです。 【災害発生状況】  被災者は、出荷場にて、配送トラックから生地(反物、一つ約10sを数十反)を降ろし、リフトに乗せる作業を行っていた。作業中、不意に反物の上に乗ってしまったため、不安定な状態から身体のバランスを崩し、急に腰を捻った。病院を受診したところ、筋膜性(きんまくせい)腰痛症と診断された。 【災害発生要因】  この災害の原因としては、次のようなことが考えられます。 @配送トラックから積み下ろした製品が、リフトに積み込む作業動作の妨げとなった。 Aリフトに乗せるため製品を持ち上げた際、「不自然な」作業姿勢となってしまった。 【災害への対策】  類似災害の防止のためには、次のような対策の徹底が必要です。 @「不自然な」作業姿勢や動作を避けるため、作業場、事務所、通路などの作業空間を十分に確保し、取扱い荷物は作業台などに載せるなど、床に放置しない。 A十分な作業空間が確保できない、動作や移動の際の作業動線の妨げとなるものが存在する場合は、作業開始前に作業空間の状態を十分認識し、適切な作業手順を検討しておく。B作業場に雑然と物品が置かれている状態では、転倒、つまずきなどの危険が増すため、日ごろから作業場の整理、整頓、清潔を励行する。 C上半身が前傾する前屈姿勢、上半身と下半身の向きが異なるひねり姿勢など「不自然な」作業姿勢を取らざるを得ない場合は、前屈の角度やひねりの程度を小さくするとともに、不自然な姿勢を取る時間と頻度を少なくする。 2 腰痛の原因  図表3のように脊柱(せきちゅう)はまっすぐになっているわけではなく、若干湾曲しています。特に頸椎(けいつい)と腰椎(ようつい)部分は前方に向けて湾曲しており、湾曲がなくなったり、反対に腰椎が前方にずり落ちたりすると(生理的湾曲が強くなりすぎると)腰痛の原因になります。  腰痛の内訳をみると、実は原因がはっきりしている腰痛はかなり少なく、診察や検査で腰痛の原因が業務上の負荷によるものと考えられるのは全体の10〜15%程度で、それ以外の85〜90%は医学的に原因が特定できないといわれています。つまり職業性の腰痛はいろいろな原因が複合して発症しているものと思われ、それらを以下のようにわけて話を進めます。 【動作要因】  これはよく理解しやすい要因です。何かの動作をする際、腰部への負担が過重であると発症するケースです。統計的には経験10年以上の労働者にも腰痛発症割合が高いのは高齢に差しかかっていることも原因の一つであることと、慣れ≠ナ不自然な作業姿勢をとってしまうこともあるでしょう。 【環境要因】  気温が低いと、血液循環が悪くなるため腰痛が発症しやすいものです。また、作業をする場が狭く照度不足だと、無理な姿勢をとる要因にもなるので、腰痛発症の原因になります。また床が滑りやすかったり凸凹があったりすると腰部に負担を強いるため、危険因子になります。 【個人的要因】  最大の要因は、やはり年齢です。加齢にともなった体力、筋力の衰えから腰痛が発症しやすく、高齢労働者はリスクを内包していると思われます。またそれに付随して、睡眠不足や夜間勤務なども関係してきます。 【心理社会的要因】  前述のように腰痛で原因がはっきりしているケースはまれで、8〜9割は原因が定かでありません。そして近年特に注目されているのは、「心理社会的な要因がかなり関係しているのではないか」、ということです。職場内の上司や同僚との人間関係がぎくしゃくしていて心が休まらない、仕事にやりがいがない、などの心理的な要因は、腰痛発症に大きく関係しているといわれています。 3 腰痛の発生件数の推移  腰痛は業種を超えていろいろな場面で発症するものですが、特に発症件数が多い製造業や建設業などでは対策が進んだ結果、図表4にあるように20年ほど前に比べると半分ほどに減少している一方、最近では保健衛生業など第3次産業での発症が著しく多くなっています。病院や老人保健施設などの看護師、介護士など、人を対象にした職種で対策が遅れていることを示しています。そこで行政ではそれらを含む第3次産業での腰痛予防対策を主要な施策として取り組んでいます。ちなみに全産業の業務上疾病は7361件、そのうち「災害性腰痛」は約60%以上を占めています(厚生労働省平成28年業務上疾病発生状況等調査)。介護施設や飲食店などの現場では高齢労働者が仕事にたずさわっていることも多く、注意が必要です。 4 腰痛予防  さて、肝心の腰痛予防について考えていきましょう。腰痛予防には二つの側面があり、一つは働く環境の改善、もう一つは仕事の仕方の改善です。 【働く環境の改善】  2腰痛の原因で述べた環境要因を、一つひとつ改善していくことが必要です。低温環境では暖房や防寒衣などが必要ですし、照度不足はつまずきなどの原因になるため、適切な明るさの照明が必要です。作業床は段差をなくし、凸凹を修正し、弾力のある床材に替えます。空間が狭いと腰に負担がかかることもあるので、整理整頓は基本的なことです。また設備の配置も、腰に負担のかからない高さや位置に工夫する必要があります。運転業務では長時間の運転を避けるような労務管理をし、運転席が腰、背中を安定して支えられるよう角度を調節できるような構造になっていることが必要です。  また、休憩設備などを整備するのも重要です。前述のように腰痛の原因には心理社会的な要因がかなりの程度を占めていることから、休憩の取り方、休憩室の整備などが大切です。簡単な運動用具、マッサージチェアなども用意されていると理想でしょう。  高齢労働者は視力、聴力の衰えなどにより環境適応能力の低下は避けられませんので、それをカバーするための環境整備が重要です。 【仕事の仕方の改善】  自動化・省力化を図って腰の負担を軽減し、道具・ツールを活用することは基本的なことです。また、扱う重量の制限を設定し、荷を運ぶ際の姿勢をととのえ、余分な負担をなくすことが必要です。  人的な面からは、作業姿勢や動作に留意し、腰に負担がかからないような姿勢をとるのは当然ですが、以上のことを常に実施できるようにするためには作業の実施体制や作業標準マニュアルを整備することが、管理者サイドの重要なテーマです。特に高齢者を雇用している事業所ではそのことを意識して、さまざまな対策をとることが必要です。  人力での持上げの際の重量は男性の場合、体重の40%以下、女性は男性の60%以下とするようにしましょう(厚生労働省 職場における腰痛予防対策指針)。例えば体重60sの男性の場合は24s以下、女性はその60%(14・4s)以下となります。ただ高齢労働者の場合はこの基準よりさらに低く設定するか、そもそも強い筋力を要する作業を少なくすることが求められます。 5 健康管理  腰痛は検査などではっきりとした異常を数値で示すことがむずかしい疾患なので、総合的できめ細かな健康管理が必要です。適正配置、腰痛者に対する措置、健康相談、指導、教育、健康づくりを実行する際には、その前提として腰痛健康診断を実施することが望まれます(図表5)。腰痛健康診断を実施したのち、産業医あるいは担当の医師の指示にしたがった事後措置を実施します。治療的な対応はその指示にしたがうとして、大事なことは日々の生活を健康に過ごせるよう整えることです。腰痛予防に関していえば、@十分な睡眠、入浴による保温、自宅でのストレッチング、A喫煙は末梢血管を収縮させ、椎間板の代謝を低下させるので禁煙を図る、B負担にならない程度の全身運動で腰痛のリスクを低減させる、C疲労回復や老化防止になるバランスのとれた食事をとる、D休日には疲労が蓄積するようなことを避け、疲労回復や気分転換を図る、などといったことが重要です。腰部負担作業の前後に腰痛予防のためのストレッチングをすることは、腰痛予防に効果的ですのでぜひ取り入れてください。また、より積極的に腰部を支える筋肉を鍛えるためのエクササイズもよいでしょう。  腰痛は非常にポピュラーな疾病で、多くの人が生涯に少なくとも一回は経験するといえます。その意味では、予防対策を立てることには大きな意義があります。本稿が高齢労働者の働く場面で少しでも参考になれば幸いです。 図表1 人類の進化と腰痛 図表2 腰痛の分類 1 ぎっくり腰 2 椎体(ついたい)骨折 3 椎間板(ついかんばん)ヘルニア 4 腰痛症※ ※ 靭帯(じんたい)、椎間板などに原因を見いだせない非特異的腰痛など 図表3 腰椎の構造 脊柱 図表4 業種別腰痛発生件数の推移 〔件〕 1,600 1,400 1,200 1,000 800 600 400 200 0 平成6 平成8 平成10 平成12 平成14 平成16 平成18 平成20 平成22 平成24 〔年〕 保健衛生業 製造業 運輸交通業 建設業 ※労働者死傷病報告による 図表5 腰痛健康診断 腰部に著しい負担のかかる作業に常時従事している重量物取扱い作業者や看護師・介護士などに対して、配置前とその後6カ月以内ごとに1回定期に実施する (指導勧奨による健康診断)。 配置前健康診断 (雇入れ時・配置替え時) ●既往歴・業務歴の調査 ●自覚症状の有無の検査 ●脊柱の検査 ●神経学的検査 ●脊柱機能検査 ◎画像診断・運動機能テスト など 定期健康診断 (6カ月ごとに1 回) ●既往歴・業務歴の調査 ●自覚症状の有無の検査 ◎脊柱の検査 ◎神経学的検査 ◎画像診断・運動機能テスト など ●必ず行う項目 ◎医師の判断により実施する項目 第9回 両立支援〜病気を抱えながら働く〜整備不良から、整備良好へ! THPオフィス島根 労働衛生コンサルタント 春木 宥子(ゆうこ) 1 はじめに  2016(平成28)年の定期健康診断有所見率は53・8%で、半数以上の人が何らかの所見を有しています。前年よりも0・2%増加し、年々増加傾向にあります。有所見項目で最も多いのは血中脂質検査32・2%、次いで血圧検査15・4%、肝機能検査15・0%、血糖検査11・0%、心電図検査9・9%、貧血7・8%と続きます。脳・心臓疾患につながるリスクのある血圧・血中脂質・血糖などは増加の一途をたどっており、疾病のリスクを抱える労働者が増加傾向にあります。これらの有所見については、健康診断結果に基づき必要な労働者に対する医師または保健師による保健指導の実施、治療や精密検査の要否判定が必須です。また就業上の措置の判定に際しては、異常所見者の業務内容に関する医師への適切な情報提供、医師からの意見聴取および事後措置の徹底が求められますが、必ずしも十分な対応ができていない状況があります。  2013年の企業対象アンケート調査(「治療と職業生活の両立等の支援対策事業」厚生労働省委託事業)によると、疾病を理由として1カ月以上連続して休業している従業員がいる企業の割合は、メンタルヘルス38%、がん21%、脳血管疾患12%で、これらの疾病の有病率は年齢が上がるほど上昇しており、高齢化の進む労働の現場においては、これらのリスク管理はとても重要です。厚生労働省の「平成22年国民生活基礎調査」によると、仕事を持ちながらがんで通院している人の数は32・5万人と推計されています。  かつては「不治の病」とされていた疾病でも、診断技術や治療方法の進歩により生存率が向上し「長く付き合う病気」になってきています。しかしながら、職場の理解・支援体制の不足のために適切な通院治療を受けることができず、離職を余儀なくされたり、ご自身が疾病を受容できず不十分な理解で治療が中断することで、状況を放置して悪化・重症化してしまい、働けない状況に至ることもあります。今後、疾病を抱えた労働者の治療と職業生活の両立への対応はさらに増加することが予測され、健康経営やワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ推進の観点からも、重要性を増しています。  厚生労働省は2016年2月に『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』を公表し、支援にあたっての留意事項や準備事項、支援の進め方を示しています(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html)。 2 発症から職場復帰支援の流れ (1)がん  生涯のうちに、日本人の2人に1人ががんに罹患する時代になっています。新たにがんと診断される人は年間約85万人で、うち約3割が就労世代(20〜64歳)です(国立がん研究センター「がん登録・統計」による2011年推計値)。 【両立支援事例】  49歳女性、直腸がん、喫煙10本/日(12年間)、甲状腺疾患(45歳)服薬通院中。  定期健康診断で白血球増多、HDLコレステロール低値、腹部エコー検査所見は肝嚢胞・左腎嚢胞、自覚症状(体がだるい/食欲がない/睡眠で十分疲れが取れない)あり、就業区分・就業上の措置の内容については、治療継続とともに判定保留とし、要面接指導としました。  初回面接日は、受診のため面接できず、次回の面談日に来室。入るなり「先生、私、涙・涙・涙です!」、「どうしたのです?」、「体調不良で、かかりつけ医から病院を紹介され受診しました。血液検査なども問題なく、それでもとCT検査を受けたら、直腸がんが見つかり、人工肛門といわれました。とても受け入れられなくて、ほかの総合病院や大学病院も受診しました。今週は築地のがんセンターに行く予定で、それで決断しようと思います。でも人工肛門ではなく、抗がん剤治療を受けようと思います」と、一気に語ってくれました。「たばこはもちろんやめてますよね?」、「ハイ、すぐにやめました」と。職場の産業医として、健診結果と本人の語ってくれた経過を簡略な紹介状として用意し、受診時に持参するよう手渡しました。紹介状を作成することで、本人の状況をより詳しく把握でき、職場での対応を検討するときに有用ですので、必ず作成しています。  過去の便潜血検査は陰性でしたが、今年は未検査です。理由を問うと、検査時はちょうど生理中だったとのこと。せっかくのチャンスを逃したことになってしまいました。時期をずらして提出していれば、もっと早い対応ができたのでは? と残念に思うとともに、今後は生理を避けての提出を周知することが必要と痛感しました。  職場の上司は、現在の状況そして今後の対応について相談に来室しましたので、共有すべき情報を提供しました。入院治療に入る際には、療養期間が記載された診断書提出が必要です。それにより本人の入院治療中、復帰までの時間(休業中)を、職場ではどのようにして業務を停滞しないよう遂行するのか、対応を検討し実施します。一時的に負担のかかる周囲の同僚や上司などには、必要な情報に限定して可能なかぎり情報を開示し理解を得るとともに、過度の負担がかからないようにします。また、本人に対しては休業に関する会社の制度などの情報提供を行い、安心して治療に専念できるよう配慮します。  休業期間中も、労働者あるいは家族と連絡を取り療養状況を把握し、活用可能な支援制度などの情報提供を行います。安心して治療に専念できるよう配慮するとともに、職場復帰に向けた準備も心がけていきます。  入院治療、自宅療養を経てから職場へ復帰しました。人工肛門を造設された場合は、便のたまったパックを交換する場所が必要で、大抵はトイレを使っています。職場復帰が間近となると、主治医より復職可能の診断書が出ますので、このときには今後の治療計画・通院予定・職場での必要な配慮などについても意見を求め、これを基に職場でも定期的通院、治療継続・経過観察に際して、可能とするよう就業上の必要な配慮を行います。  復帰は、原則元の職場です。術後は体力低下もあり、まずは通勤と半日勤務で身体を慣らし、体調を見ながら徐々に時間を長くし、おおよそ1週間程度で通常勤務に戻します。免疫力を維持するためにも、時間外勤務など負荷のかかる勤務は当分なくし、定期的に面談して状況を確認しながら勤務時間・仕事内容などを話しあい、職場と相談して決めていきます。場合によっては経過途中で職場での状況を、本人を介して(同意のもと)受診時に主治医に情報提供し、意見を求めることもあります。  事業者は、職場復帰支援プランを策定し、実施後はフォローアップし、必要な場合は見直しをすることが必要です。 【がんに関する両立支援にあたっての留意事項】  治療や経過観察が長期化したり、予期せぬ副作用の出現、再発などもあり、経過によっては就業上の措置や治療への配慮の内容を変更する必要が生じる場合があります。適切な措置や配慮をするためにも、労働者は必要な情報を事業者に対して提供し、事業者も情報を求めることが必要です。  術後の経過や合併症などには個人差があります。抗がん剤治療では副作用により周期的に体調変化をきたす場合があり、特に倦怠感、発熱、免疫力低下が問題となります。放射線治療は、基本的に毎日(月〜金、数週間)照射を受けることが多く、治療中は通院による疲労に加えて治療による倦怠感などが出現することがあり、症状は個人差があります。  がんの診断が主要因となって、メンタルヘルス不調に陥る場合もあります。治療継続や就業に影響があると考えられる場合には、精神科受診をすすめます。また、がんと診断されたことで精神的な動揺や不安から、早まって退職を選択する場合もあり、早めの相談対応が必要です。 【がん予防と有効な検診を定期的にきちんと受けることが必要】  がんのリスク要因の最も大きいものは喫煙(たばこ)と成人期の食事・肥満であり、生活習慣やウィルスなども関係しています。たばこは吸わない・受動喫煙を避ける生活が必須で、適正飲酒、野菜の多いバランスの取れた食生活で運動習慣を持ち、適正な体重を維持すること。ウィルスや細菌の感染予防と治療などが肝要で、定期的にがん検診を受け、体の異常に気づいたらすぐに受診しましょう。 (2)脳・心臓疾患〜生活習慣の是正・動脈硬化対策が必要です〜 @脳卒中…脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳内の血管が破れて出血する「脳出血」、脳の表面にできたコブ(脳動脈瘤)が破れる「くも膜下出血」などが含まれます。脳卒中を含む脳血管疾患の治療や経過観察などで通院している患者数は118万人と推計されており、うち約14%(17万人)が就労世代です(厚生労働省「平成26年患者調査」)。  医療の進展にともない、脳卒中を含む脳血管疾患の死亡率は低下しており、手足の麻痺や言語障害などの大きな障害が残るというイメージがありますが、就労世代では約7割がほぼ介助を必要としない状態にまで回復しており、発症直後からのリハビリテーションを含む適切な治療により、職場復帰することが可能となってきています。最終的な復職率は50〜60%と報告されています。  障害のなかには目に見える運動機能や言語機能の低下だけでなく、記憶力や注意力の低下など、一見して分かりづらい障害(高次脳機能障害)もあり、結果的に残存した機能低下を「障害」といいます。  症状が安定した後でも、再発予防のために継続した服薬や通院などが必要ですので、症状や障害の状況に適した就業上の措置を行い、適切な対応・配慮のためには、主治医との連携が必要です。 【両立支援事例】  55歳男性、微小脳梗塞。健康診断後の事後措置の際に問診表の記載に「脳疾患治療中」との書込みあり。本人と面談すると、ドックの際にオプションで脳MRIを受けたら、微小脳梗塞と診断され要治療となり、内服治療をしているとのこと。自覚症状はなし。血圧は内服治療中で、コントロール良好、肥満もなく先手のリスク管理となった事例です。 A心臓疾患…定期健診項目では、心電図異常があります。心臓疾患は血管の異常(狭心症・心筋梗塞)、刺激伝導系の異常(不整脈、心房細動、脚ブロックなど)、心筋や弁膜の異常(心肥大、心筋症、心臓の弁の機能異常など)に大別されますが、日常的に遭遇するのは、脚ブロックや不整脈、動脈硬化に起因すると推測される心電図異常ST−T変化、狭心症(進行すると心筋梗塞)が多いです。 【両立支援事例】  43歳男性、狭心症でカテーテル治療(ステント挿入)、毎朝歩いていたが捻挫したため断念。喫煙20本/日。  41歳のとき、休日の昼にたばこを多く吸ったところ、胸痛出現。夕方に飲み会があり、このときも喫煙本数が多くなって胸痛が出現したため、早めに帰宅し、翌朝病院を受診した。このときは軽い胸痛だった。カテーテル検査の結果、ステント1本挿入となった。その後3回ほど禁煙にチャレンジするも不成功が続いたが、加熱式たばこが壊れたのを機に1カ月前から禁煙していると語ってくれた。3カ月ごとに受診し、6カ月ごとに血液や尿検査を受けている。血圧と血液をサラサラにする薬を飲んでいる。脂質(中性脂肪、LDLコレステロール、HDLコレステロール)は基準値内にコントロール、内臓脂肪蓄積あり(腹囲93・0p)、血圧高値144−98oHg、面談時血圧は146−106oHgとコントロール不良。前回健診時より2・0s減量しており、問うと昼食のご飯をやめておかずのみにして、野菜を多くしたとのこと。肝機能や尿酸の高値もあり、さらに内臓脂肪の減量が必要なことを伝え、本人の希望もあり勤務制限はしないで通常勤務を指示しました。 (3)メタボリックシンドローム  脂質異常症、糖尿病、高血圧などの生活習慣病は、それぞれの病気が別々に進行するのではなく、内臓周りに脂肪が沈着した内臓脂肪型肥満が大きくかかわっていることがわかってきました。内臓脂肪型肥満に加え、高血糖、高血圧、脂質異常症のうちいずれか2つ以上をあわせ持った状態を、メタボリックシンドロームといい、動脈硬化が加速し、脳卒中や心臓疾患などのリスクを高める要因となります。内臓脂肪を解消し、たばこの煙を避ける生活が肝要で、事業場の支援・取組みが重要です。 治療と仕事の両立支援イメージキャラクター「ちりょうさ」 図表1 性別・年齢階級別 脳血管疾患患者数(推計) (人) 90,000 80,000 70,000 60,000 50,000 40,000 30,000 20,000 10,000 0 20〜29歳 30〜39歳 40〜49歳 50〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 出典:厚生労働省「平成26年患者調査」 ※患者数とは、継続的に医療を受けていると推計される人数をさす 図表2 脳卒中発症後の回復状況 0.0% 20.0% 40.0% 60.0% 80.0% 100.0% 45歳未満 (n=371) 45歳以上55歳未満 (n=996) 55歳以上65歳未満 (n=2438) 65歳以上75歳未満 (n=3555) 75歳以上85歳未満 (n=5759) 85歳以上 (n=3200) 完全自立 自立 部分介助 出典:秋田県脳卒中発症登録データ ※ 2008年から2012年の間に発症した初回脳卒中の方の退院時の自立度を示す ※ 完全自立:症状がないか、症状はあっても日常生活や社会生活に問題がない状態、自立:麻痺などがあっても自立している状態 第10回 過重労働〜高年齢労働者に配慮した職場づくりを〜 労働安全コンサルタント 増山茂雄 1 高年齢労働者の過労防止への配慮  日本で急速に進む少子高齢化にともなう労働力人口の減少や、2013(平成25)年4月より施行された「改正高年齢者雇用安定法」とあいまって、職場の高年齢化はますます進んでおり、今後もさらに進むものと思われます。  それでは高齢者に対する法的な保護はどうでしょうか。労働安全衛生法第62条では、「事業者は、中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当たつて特に配慮を必要とする者については、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置を行うように努めなければならない」と定められていますが、法条文が示す通り努力義務規定であり、具体的な措置などが労働安全衛生規則などの省令で示されているわけではありません。  ただし、厚生労働省から「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル」が示され、そのなかでは、「作業時間短縮と作業時間帯への配慮」として、以下の通り配慮することが記されています。 (1)勤務形態、勤務時間に選択の幅を持たせる。 (2)半日休暇、早退などの自由度の高い休暇制度を実施する。 (3)夜勤日数を減らし、極力一人夜勤を避ける。 (4)交代勤務では夜勤後は十分な休日がとれるようにする。  また、「筋力の低下、不良姿勢への配慮」の項目では、荷重のかかる作業に関する配慮として、以下の通り示されています。 (1)強い筋力を要する作業を少なくする。 (2)重量物の持上げ等について高年齢労働者や性差に配慮した基準を策定し、その基準を超えないようにする。 (3)取扱い重量物には重量表示をする。  以上のように、高年齢労働者の過労防止についての配慮をするような注意喚起が示されていますが、具体的な労働時間、夜勤の規制や、重量を定めた規制はありません。 2 年少者は法的保護を受けるが……  一方、満18歳未満を対象とした年少者についてはどうでしょうか。労働基準法第60条(労働時間及び休日)では、「第32条の2から第32条の5まで、第36条及び第40条の規定は、満18歳に満たない者については、これを適用しない」とされています。すなわち過半数労働者で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との協定があったとしても変形労働時間の適用や法定労働時間である週40時間、1日8時間を超えての超過勤務、休日勤務は原則法律で禁止されています。労働基準法第61条では満18歳未満の年少者に対しては午後10時から午前5時までのいわゆる深夜業も原則禁止されています(ただし、交代制による場合は満16歳以上の男性については深夜業が可能)。  さらに労働基準法第62条においては、クレーン運転や毒劇物の取扱いを禁止するなどの危険有害な業務についての就業制限が具体的に記されています。そのなかにある重量物取扱い制限については「年少者労働基準規則」に図表1の通り、具体的な重量で規定されています。  青少年の健全育成の観点から年少者に対する法的保護は主に労働基準関係法令により確立され、その大半は罰則つきの義務規定となっているのに対し、高年齢労働者に対しては、先にも記したように罰則規定のついた法的義務はなく努力義務、およびマニュアルの策定にとどまっています。  体力的にはどうでしょうか。高年齢労働者の身体機能については、本シリーズ「第2回高所作業における高齢労働者のリスク(2017年6月号)」で解説した通り、中高年齢者は若年者に対しすべての身体機能が相対的に低下しているのがわかります。  さらにスポーツ庁が実施している、「平成28年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」によると、「体力・運動能力の加齢に伴う変化の傾向」の代表例としての「握力」、「上体起こし」の結果は図表2−1・2−2に示す通りです。その概要として「テスト項目により差異はあるが、全体的な傾向としては、男女ともに6歳から加齢に伴い体力水準は向上し、男子では青少年期(6歳〜19歳)の17歳頃ピークに達するのに対して、女子では青少年期(6歳〜19歳)の14歳頃ピークに達する。男女とも20歳以降は加齢に伴い体力水準が穏やかに低下する傾向を示している」と記されています。  すなわち法律で労働時間や重筋作業をはじめとする危険有害な作業が厳しく制限されている年少者は体力的にピークであるのに対し、身体機能、体力・運動能力で相当劣る高齢者に対しては、配慮の努力義務こそあれ、法的保護はありません。  加齢にともなう身体機能、体力・運動能力の低下から推測するに、同じ労働負荷に対し、年少者、若年労働者に比べて、高齢者の方がはるかに疲労度が大きいことは明らかです。したがって、高齢者に対しては、労働災害防止の観点からも、また身体への負担軽減からも年少者並みとはいえないまでも、相当の就業制限を検討し、実施することが必要といえます。 3 過重労働による災害発生事例  食料品製造工場包装室で、金属探知機(重量約60s)の高さを調整しようと3人で金属探知機を持ち上げた際、被災者(67歳)が転倒、負傷した。 【災害発生状況】 @16時30分ごろ、ライン稼働の準備作業として、金属探知機の高さの調整を指示された。 A被災者を含む男性3人で金属探知機を持ち上げた際、力のバランスが悪く、金属探知機が被災者側に倒れてきた。 B被災者は、機械の下敷きになるのを避けようとして転倒。腰椎圧迫骨折の負傷をした。 【災害発生原因】 @被災者は、連日フルタイム勤務で、被災当 日も朝から製品の入った番重(ばんじゅう)(重さ20s程度)を台車に積み運搬、包装ラインで降ろす作業をしており、終業時間近くで疲労を感じていたときに、重筋作業を指示されたこと。 A本来4人で行うべき作業を3人で行い、しかも被災者側に荷重がかかるバランスの悪い配置をしたこと。 B非定常作業にもかかわらず、事前の打合せが行われず、いきなり作業をしたこと。 【再発防止対策】 @高齢者には身体負荷のかからない作業配置を考慮すること。 A高齢者は重筋作業を少なくすること。特に疲労が蓄積する終業間際の重筋作業は避けること。 B非定常作業については、事前に作業配置などの打合せを行い、KY※1などをして全員で作業配置、手順、危険性のポイントなどを共有してから作業にかかること。 4 建設業における送迎車両の運転は高齢者は極力避けましょう  次に高齢化率が高く、死亡災害が多い建設業の問題ついて検討してみましょう。  建設業は、次のような問題を抱えています。 (1)他産業に比べて高齢者の割合が高く、若年労働者の割合が低い。 (2)自動化、省力化が遅れており、重筋作業が多い。 (3)2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた準備や、関連施設の工事などで産業活動が活発化しており、特に首都圏の労働者不足が顕著である。 (4)事業場は必ずしも公共交通機関の利用可能な場所とはかぎらず、マイクロバスや車両による移動が多い。  まず、建設業の高齢化率の高さは図表3の通りで、他産業との差は年々大きくなる傾向にあります。労働条件や労働環境を改善し、若年者の入職者を増やし、定着率を上げることが喫緊の課題です。  自動化・省力化の遅れについては、建設事業は基本的に単品生産・屋外産業で、製造業のような自動化・省力化を図ることは困難な状況です。しかしできうるかぎりの重筋作業の機械化、省力化、工場生産によるプレハブ化、木造住宅におけるプレカット化など、建設事業場現場の負担を少なくする努力はさらに推し進めていかねばなりません。  東京オリンピック・パラリンピックの関連工事では、残念ながら過重な長時間労働などを要因とする自殺者が出てしまい、労災認定されました。やはり工期や多くの変更対応に追われ、過酷な労働環境が続いた結果のようです。今回の犠牲者は若手技術者でしたが、このようなことは、若年労働者の建設業への入職者減や離職者につながる恐れがあります。また、このような過酷な状況が高齢者におよんだ場合、精神的な負担はもとより、肉体的な負担は相当厳しいものとなるのは想像に難(かた)くありません。  建設業における死亡災害事故の型のトップは「墜落・転落」ですが、次に続くのは「交通事故(道路)」です。これは先にも記しましたが、多くの建設労働者がマイクロバスなどで建設事業場に通っており、その往復時、特に作業終了後の帰路で交通災害に遭遇する例が多くみられます。建設業においては、製造業などに見られる最寄り駅から工場間の送迎バスのような専属の運転手ではなく、その多くは建設作業兼務の運転手です。したがって1日の仕事を終え、疲れた体で車を運転しなければならないので、事故を起こすリスクは高まります。そしてひとたび事故に遭遇すると相乗りの関係上、1度に複数人が死傷する重大災害につながってしまいます。  年齢の公表はありませんが、千葉労働局発行の「平成27年度 グラフで見る千葉県の労働災害の現状」には、「現場作業を終え事務所へ戻る途中、高速道路でスリップし、加速車線側壁に接触後、前方に停車していた中型車後部に衝突した」という事故例の記載があります。この事故は3名が死亡するという重大災害でした。  建設事業場における送迎車両の運転をする作業者に対しては、早めに建設作業を切り上げさせ、十分な休養を与えてから運転させるなどの配慮が必要です。また、事業場の場所により移動が長距離になる場合や長期にわたる場合は、送迎をやめ、宿泊設備を整えるなどの配慮もすべきでしょう。  ますます進むと思われる少子高齢化にともなう労働力不足とあいまって、高齢者の活用が不可欠となります。そのためには、法による義務ではありませんが、各事業場においては、高齢者の働きやすい作業環境、労働条件などを整備し、さらに個々人の心身の状況に応じたきめ細かな配慮が必要となります。厚生労働省の「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル」を参考に職場改善に努めましょう。 ※1 KY…危険予知活動 図表1 年少者労働基準規則 第7条(重量物を取り扱う業務)表 年齢及び性 重量(単位kg) 断続作業の場合 継続作業の場合 満16歳未満 女 12 8 男 15 10 満16歳以上満18歳未満 女 25 15 男 30 20 図表2-1 加齢に伴う握力の変化 男子 女子 (kg) 60 50 40 30 20 10 0 (歳) 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 図表2-2 加齢に伴う上体起こしの変化 男子 女子 (回) 35 30 25 20 15 10 5 0 (歳) 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 出典:平成28年度体力・運動調査結果の概要及び報告書(スポーツ庁) 図表3 建設業における若年層・高年齢層の割合の推移 (%) 35 30 25 20 15 10 (年) H2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 建設業:55歳以上 20.9 24.1 33.9 全産業(55歳以上) 20.2 22.0 29.3 全産業(29歳以下) 22.8 16.4 建設業:29歳以下 16.8 10.2 11.4 出典:総務省「労働力調査」 第11回 職場で取り組む高齢労働者のメンタルヘルス 大神労働衛生コンサルタント事務所 労働衛生コンサルタント 大神(おおがみ)あゆみ 1 高齢労働者のメンタルヘルスの特徴  高齢労働者のメンタルヘルスの特徴に「認知機能の低下」がよくあげられます。たしかにそれは年代的に特徴的な精神機能のひとつに違いありませんが、本稿では高齢労働者のメンタルヘルスの特徴を広範に見渡して、その対応案とポジティブメンタルヘルスについて考えてみたいと思います。  高齢労働者のメンタルヘルスに関連した特徴にはどのようなものがあるでしょうか。図表1をご覧いただくと、おそらく身近な高齢労働者の方の顔を思い浮かべて理解いただけるのではないかと思います。  それでは、職場のメンタルヘルスとして、具体的なポイントと取組みについて考えてみます。ポイントは、一般的な職場のメンタルヘルス対策の基本と変わるものではありません。図表1の強みを活かしながら弱みをカバーし、次の3つのポイントに沿って進めることをおすすめします。 @ 仕事によるメンタルヘルス不調を防ぐ A 心身の健康状態と仕事の適応をはかる B @、Aを行い「働きづらさをなくす」ことでポジティブメンタルヘルス、ひいては生産性向上につなげる 2 高齢労働者の仕事によるメンタルヘルス不調を防ぐ  仕事によるメンタルヘルス不調を防ぐには 「仕事上のストレッサー(ストレスを引き起こす要因)」の軽減を優先します(図表2)。  ご存知のように「ストレス=すべて悪」とはかぎりません。ストレッサーのない生活は退屈で、少しがんばって対応できる程度のストレスは人の成長に必要といわれています。  図表3はストレッサーとなる出来事(イベント)をスコア化したもので、調査から約30年経過したいまも、精神障害の労災認定の判断指標として参考にされています。過去1年のストレスイベントの合計点数が150点以上だと、1年以内に何らかの心身の健康障害が出る可能性が50%、300点以上になるとさらに高率になるといわれています。  仕事上のストレスイベントには、「労働条件の変化」や「職場のOA化」といった対応のむずかしい内容も含まれますが、それを軽減する(=働きやすいものにする)という視点に立てば、多くの労働者の働きやすさづくりにつながります。  また、ストレスイベントは結婚のような「喜ばしいこと」も含んだ「生活の変化である」こともわかります。そして、高齢者の仕事のストレッサー特有のものには加齢にともなった心身の機能の変化もあります(図表4)。この図表の軽減策はほかの労働者のストレッサーの対策のヒントにもなります。 3 心身の健康状態と仕事の適応をはかる  次に、高齢労働者の心身の健康状態について考えてみます。図表3によると、高齢労働者は近親者の「死」や「生活の変化」といった私的なストレッサーも多く含まれることがわかります。職場のメンタルヘルス対策では仕事上のストレッサー軽減策を優先しますが、労働者の心身の状況に応じて仕事の方法を検討する必要もあります。  といっても心身の状況を「詳細」に把握する必要はありません。職場におけるメンタルヘルス対策の基本対応と同じで、職場の管理者はあくまでも「仕事への差しさわり」の視点から確認や声かけを行います。「あなたのことを気にかけている」という思いを込めて確認・声かけをすることが重要です。 ■メンタルヘルス相談事例1  Aさん(男性・62歳)。印刷工場勤務。定年退職後1年更新の契約で週5日(週1回夜勤あり)元の職場で働いています。  家族は妻と二女。痩せ型で言葉数は少なく、同僚からは「存在感の薄い人。お酒とたばこは好きな人だと思う」といわれていました。  ある日夜勤時に職場でボヤを起こしてしまいました。そこで上司が事情をたずねたところ、「黙ったまま泣き出して対応に困った」ということで、労働衛生コンサルタント(保健師)への相談につながりました。 【対応のポイント】 @Aさんへの対応  これまでの健診結果の経過から大酒家であることがわかり、「飲まずにいられなくなり」、「夜勤の合間の仮眠のときもつい飲んでいた」ことを確認しました。  飲酒と喫煙だけを楽しみに夜勤のつらさを紛らわせていたこともわかりました。  退職後、子どもが家を離れ、職場に親しい人はいません。かつての後輩である上司とは「遠慮があって」、お金を得るためだけに出社していたというつぶやきも聞かれました。  仕事に関連した「ミス・事故・トラブル」は心身不調のサインの場合もあります。今回のボヤ騒動は飲まずにいられなくなり、酔ったうえでのたばこの火の不始末が原因。アルコール依存症の可能性があること、「この機会に今後の仕事と生活について考え、適切な治療を受けることでこれからが変わる」旨を妻同席の場で伝え、アルコール専門外来への受診をすすめました。 A管理職への対応  注意のむずかしい関係でも、「仕事の支障となる変化のサインは見逃さず伝える必要がある」ことを伝え、小さな変化も感じ取れる信頼関係を意識したコミュニケーションを積極的にとることをすすめました。 B職場への対応  ストレスチェックの結果に職場の問題は見えませんでしたが、「ソーシャルサポート(職場内の相互支援)」は十分でないことがうかがえたため、お互いを思いあえるような声かけの工夫を考えてもらいました。 Cその後の経過  Aさんはこの一件を重く受け止め、アルコール専門外来受診で禁酒に成功。「体がとても楽になった」とのこと。干渉しない雰囲気の職場ながらお互いに関心を持ち、夜勤を気遣った「眠れている?」、「ご飯は食べられている?」といった声かけが自然にできるようになりました。 【事例からの示唆】 ・「ミス・事故・トラブル」に着目し、その要因に高齢労働者の特性への対応の必要性を見いだせました。 ・本人の判断力が落ちている場合は、ご家族などに説明し、理解を得ることが必要です。 ・産業医や保健師などの専門職は上司の代わりはできませんが、個人の仕事に関連した健康課題を整理し、職場のメンタルヘルス対策につなげられることがあります。 ・メンタルヘルス対策は、小さな思いやりとちょっとした「声かけ」から始められます。 ・高齢になると持病を持つことが増えるからこそ、労働者が「仕事のできる体調にコントロール」できるよう働きかけることが重要です。 4 ポジティブメンタルヘルスにつなげる  職場では事業の運営上避けられないストレスが発生することもあります。 ■メンタルヘルス相談事例2  B社はIT技術者が多い会社です。IT技術者も高齢化が進み、60歳を超えた社員は旧型システムのメンテナンスを中心とした定型業務にたずさわっています。一方で転職者も多く、社員の業務歴や心身の多様性に応じた仕事への適応支援を目的に、健診後に面談・保健指導を従業員全員に実施しています。  ある日、新任課長のCさん(48歳)が面談にやってきました。器用ではないけれど、とてもまじめな人で、プレイングマネージャーとして大きなプロジェクトを任されています。しかし、納期2カ月前の時点で月間残業時間が80時間を超え、睡眠不足から心身に疲労が蓄積していることが見て取れます。  面談では、Cさんの本音と疲労状況を整理しました。一度は休職をすすめたのですが、本人は仕事の継続を希望されました。  そこで、Cさんのサポート役として白羽の矢が立ったのが、隣部署で再雇用の元管理職Dさん(61歳)です。Dさんは面談時に仕事が退屈だと不満を漏らしており、Cさんのメンターをになってもらうことで、二人三脚でプロジェクトに取り組んでもらえるのでは、という狙いです。本人と上司と協議し、「残業禁止」と「睡眠時間の確保」を条件にプロジェクトを乗り切ることにしました。  後日、Cさんは「僕は具合を悪くしたけど、休むことなく取り組むことができ、売上げは〇億円増につなげられたんですよ」と報告に来てくれました。Cさん本人はもちろん、Dさんの自信にもつながり、プロジェクトチームの結束も強くなった事例です。 【対応のポイント】 @Cさんへの対応  疲労とストレス反応、就業意欲や生活状況の整理を保健医療職が行い、プレイングマネージャーの業務の整理と進め方を経営層と関係者が一丸になって進めました。 ADさんと経営層への対応  管理職経験を持つ高齢労働者のやりがいを尊重してメンターの役割とルールをつくり上げたことで、Dさんが意欲を持って適切なファシリテーター※1の役割を発揮できました。 B職場全体への対応  CさんとDさんで状況を説明し、業務の仕切り直しの会議を職場全体で行い、協働の相互理解が深まりました。 【事例からの示唆】 ・期間限定ならば、本人の就業意欲と業務の調整と周囲のサポートでストレス反応を軽減できることもあります。 ・高齢労働者には「定型業務」だけが適しているとは限りません。過去の経験から活かせる独自の能力もあります。 ・Cさん、Dさんだけでなくチーム全員の目ざす目標と整理されるべき事項が連動して、チームの働きやすさにつながりました。 ◇ ◇ ◇  高齢労働者のメンタルヘルス対策は職場のメンタルヘルス対策と基本的には同じです。個人差や要因への配慮のポイントは広範になりますが、全体の「働きづらさの軽減」につながります。高齢労働者の心身の特性をふまえて、その就業意欲に協働者の相互理解による納得感を重ねることで、より効果的なポジティブメンタルヘルスにもつながることがわかりました。 ※本事例は実際の人物への配慮から、若干の加工を行っています ※1 ファシリテーター……中立的な立場から活動の支援を行う役割をになう人 図表1 高齢労働者のメンタルヘルスに関連した特徴 強み ■就業意欲がある人が多い ■忍耐力がある ■経験や知識に基づく技能を多く持っている 弱み ■記憶力や認知機能の低下が見られる ■心身の疾病リスクが高まり、身体疾患がメンタルヘルス関連疾患に影響することも多い ■変化への適応がむずかしかったり時間を要する ■心身の状態の個人差が大きい ■自発的な相談に抵抗を持つ人は少なくない ※筆者の経験に基づきまとめたもの 図表2 職業性ストレスモデルと対策ポイント 性格・ストレス評価など 個人要因 仕事上のストレッサー 仕事外のストレッサー 緩衝要因 ソーシャルサポート ストレス反応 医療受診 抑うつ状態等 健康障害 対処行動 解消 出典:National Institute for Occupational Safety and Health (米国立労働安全衛生研究所)職業性ストレスモデルを元に一部改編 図表3 ストレスイベント(ストレッサー) できごと 点数 配偶者の死 83 会社の倒産 74 親族の死 73 離婚 72 夫婦の別居 67 会社を変わる 64 自分の病気やけが 62 多忙による心身の過労 62 300万円以上の借金 61 仕事上のミス 61 転職 61 単身赴任 60 左遷 60 家族の健康や行動の大きな変化 59 会社の立て直し 59 友人の死 59 会社が吸収合併される 59 収入の減少 58 人事異動 58 労働条件の大きな変化 55 配置転換 54 同僚との人間関係 53 法律的トラブル 52 300万円以下の借金 51 上司とのトラブル 51 抜てきに伴う配置転換 51 息子や娘が家を離れる 50 結婚 50 性的問題・障害 49 夫婦げんか 48 新しい家族が増える 47 睡眠習慣の大きな変化 47 同僚とのトラブル 47 引っ越し 47 住宅ローン 47 子供の受験勉強 46 妊娠 44 顧客との人間関係 44 仕事のペース、活動の減少 44 定年退職 44 部下とのトラブル 43 仕事に打ち込む 43 住宅環境の大きな変化 42 課員が減る 42 社会活動の大きな変化 42 職場のOA化 42 団らんする 41 家族メンバーの変化 41 子供が新しい学校へ変わる 41 軽度の法律違反 41 同僚の昇進・昇格 40 技術革新の進歩 40 仕事のペース、活動の増加 40 自分の昇進・昇格 40 妻(夫)が仕事を辞める 40 職場関係者に仕事の予算がつかない 38 自己の習慣の変化 38 個人的成功 38 妻(夫)が仕事を始める 38 食習慣の大きな変化 37 レクリエーションの減少 37 職場関係者に仕事の予算がつく 35 長期休暇 35 課員が増える 32 レクリエーションの増加 28 収入の増加 25 出典:『公衆衛生研究』1988年 夏目誠ら「ライフイベント法とストレス度測定」 図表4 加齢による心身の機能の変化にともなうストレッサーとその軽減策の例 1.視機能の変化、聴覚機能の変化 ○照度を上げて明るくする、大きめの文字やコントラストのはっきりした色使いを用いる ○背景騒音を減少させる、警告音だけでなく視覚での警告情報が伝えられるようにする 2.筋骨格や身体反応の変化 ○長時間筋力を要する作業を減らしたり、補助具を用いる ○重量物取扱いの基準を検討したり、取り扱い重量物には重量表示を行う ○とっさの反応を必要とする作業をなくす ○滑ったり転倒したりしないような段差や床材、手すりなどの工夫を行う 3.温度への耐性の変化 ○暑熱職場や寒冷職場の温熱対策や保護具の着用や継続時間の低減などを行う 4.生理機能の変化 ○呼吸が激しくなる作業を減らしたり、曲げ、伸ばし、ひねりの少ない作業にする ○できるだけ立ちっぱなしの作業を減らす ○仕事の合間に手洗いに行きやすくする 5.判断力や記憶力の変化 ○作業前に計画を立て作業内容をはっきり具体的に伝える ○できるかぎり定型の作業手順にもとづく業務とする 6.生活習慣病などの疾病罹患リスクの増加 ○いわゆる生活習慣病を抱える人が増え、関連する脳心臓血管疾患やがん、長年の飲酒習慣の影響からのアルコール依存症への罹患リスクも高まる。持病のリスクを本人が理解しコントロールできるように、仕事との適応について医師や保健師などの専門職からの支援を活かす 7.個人差の拡大 ○本人と一緒に業務の適性や適応の確認をこまめに行い、利点やサポートの必要な点について年齢差のある同僚などとの相互理解をはかる ○「仕事を行う」うえで必要となる健康情報については、健康診断や日々の体調確認などを通して管理者、本人で食い違うことのないよう過不足なく共有する 出典:厚生労働省「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル」をもとに一部改編 第12回 高齢労働者の安全・健康のための職場環境づくり CSP労働安全コンサルタント CIH労働衛生コンサルタント 中川 潔 1 はじめに  高齢労働者の安全と健康についてシリーズでまとめていますが、シリーズを通して高齢労働者が安全に、健康に働き続けることができる職場づくりのポイントが得られたことだと思います。  図表1〜3をご覧ください。図表1は年齢別の就業者数です。60歳以上の就業者が全体の20%を占めます。この比率は今後増える傾向にあります。図表2は年齢別の死傷者数(休業4日以上)です。60歳以上の労働災害は全体の24%になり、就業者の割合よりも高く、高齢者の労働災害が多いことを示します。さらに、図表3の年齢別死亡者数をみると、60歳以上の死亡者数は31%になります。  これらのデータから読み取れることは、高齢労働者への配慮が足りないということです。高齢労働者が安全で健康に働くためには、高齢労働者に対する配慮が必要です。労働安全衛生法第62条には「事業者は、中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当たって特に配慮を必要とする者については、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置を行なうように努めなければならない」と定められています。この適正な配置≠ェ重要であるとともに適正な労働環境≠つくることも重要だと考えます。 2 適正な労働環境  適正な労働環境とは、図表4の身体機能の変化に合った労働環境です。  例えば、作業手順書を職場に掲示したとします。高齢労働者が、文字が小さくて読めないときにどうするかというと、ルーペを持ってきて読んだり、人に聞いてくれるとよいのですが、「おそらく〇〇と書いてある」と納得したり、思い込んでしまうと、そのように見えてくることもあります。  また、やむを得ず、通路に電源ケーブルを伸ばす場合、モール(ケーブルを包み込むもの)で通路に貼りつければ大丈夫と考えてしまうことが多いのですが、高齢労働者にはそのモールが見えていなかったり、モールを乗り越えたつもりが引っかかって転倒することもあります。  これらを高齢労働者の不注意≠ニ考え、対策をおこたると同様の事故が発生し、まったく改善されません。「職場環境に人が合わせる」のではなく、「人に職場環境を合わせる」必要があります。  作業手順書は大きな文字でイラストや写真を多用し見やすくしたり、また通路に電源ケーブルがかかる場合は、床に配置せず、天井面で伸ばすと歩行の障害にはなりません。 ■照度の改善  図表4にありますが、高齢労働者は薄明順応力が低下します。これは、暗い所に入った際に早く暗さに順応して物が見えるようになる能力をいいます。例えば作業場所が明るく、廊下が暗いとすると、作業場所から廊下に出たときに、床面に置いてある荷物や、廊下の凸凹に気がつかないようになるのです。電力使用量を削減しようとして、廊下などの照明を暗くすることは好ましくありません。また、暗い廊下から明るい作業場所に行くと、その場所が明るくても、見えにくい状態になるのです。これは、自動車を運転したときに感じると思いますが、トンネルを走っていて、トンネルを抜けると、全体が白っぽく見えて、順応するまで時間がかかるのと同じです。 ■階段の改善  階段での転落・転倒の事故も多く発生しています。高齢労働者はコントラストの違いを認識する能力が低下します。例えば、階段を昇降するときは、階段の踏み面と蹴上げ面では光の当たり方で、濃淡がわかるものですが、その濃淡の違いを認識することが困難になるので、階段の塗装が1色であれば歩きにくい階段になります(特に階段を下りるときは距離感がつかみにくくなります)。  図5−1の階段は1色です。図5−2は、蹴上げ部分を違う色(色は階段の色より目立ちやすい色)にして、踏み面の端には滑り止めをつけます。さらに、階段の一番下は、最後の段であることを認識しやすいように色を変えます。  ある会社では、階段を下りるときに段数がわかるように「あと3段」、「あと2段」、「あと1段」と注意喚起表示をしていました(図5−3)。  また、高齢労働者が上っているときに、上から人が下りてきて、右に寄るか左に寄るか躊躇(ちゅうちょ)しているときにバランスを崩すこともありますので、階段昇降時は右側通行または左側通行のルール化が望ましいです。さらに、下り側の手すりは図5−2・3のように上下に2つあることが望ましいです。下るときは上の方の手すりを持てますが、バランスを崩したときには少し低いところにあった方が掴みやすくなります。 3 職場改善のヒント  だれかがケガをしてから対策するのではなく、危険なところを見つけて、改善することが重要です。しかし、危険なところを見つけることはむずかしいものです。  そこで、職場のなかに危険なところを見つけるヒントとして、「〜にくい」と考えるところを探すようにしましょう。例えば、「わかりにくい」、「見えにくい」、「歩きにくい」、「作業しにくい(やりにくい)」、「動きにくい」、「聞こえにくい」などです。「〜にくい」と感じるものがあれば、そこに改善のヒントがあります。 4 安全衛生委員会などの活用  若い安全衛生担当者に、高齢労働者のための安全施策を考えるのはむずかしいかもしれません。労使による安全衛生委員会は労働安全衛生法で毎月実施が定められていますので、高齢労働者の意見を反映させるために高齢労働者のなかから委員を選出するようにしてください。また、職場パトロールに高齢労働者も参加できるようにしてください。  多くの会社でヒヤリ・ハット活動やリスクアセスメントを行っていると思います。高齢労働者の危険情報は若年層の方から見ると、可能性や重大性を低く考えてしまうことがありますので注意が必要です。  高齢労働者が安全で健康に働ける職場環境づくりは、高齢労働者だけでなく、若年労働者にも効果があるはずです。すべての労働者が安全で健康に働ける職場をつくりましょう。 《災害事例に学ぶ職場改善のヒント》  実際の職場でありがちな災害事例をもとに、その対策について考えてみましょう。 災害事例@ 通路の交差部で出会い頭に衝突  通路の交差する箇所で、出会いがしらにターレット(構内運搬車)と激突した。この場所は搬送車両専用のため、人が通行するとは予想していなかったため、交差場所での確認をしていなかった。 災害事例A 階段と通路の交差部で衝突  階段と通路が交差する箇所で激突した。階段を下りる女性はぶつかる少し前に気がついたが、勢いがついていて止まれなかった。男性の方はまっすぐ歩いており、階段の方は気にしなかった。 《災害事例に学ぶ職場改善》  会社のなかにも交差する場所は多いと思います。左右の確認をおこたると接触事故になります。これらは「見えにくい」ことから発生しますので、見えやすくすることが必要です。対策として、廊下の交差部でぶつかりやすい場所にミラーをつける方法があります。  しかし、カーブミラーは凸型のため、通行の邪魔にならないように上の方に設置することが多く、視野角の狭い高齢労働者の視野に入りにくいので、平面型の広角鏡が適しています。 〔図表1〕平成28年度 年齢別就業者数 6440万人 20代 959万人 (15%) 30代 1246万人 (19%) 40代 1585万人 (25%) 50代 1265万人 (20%) 60代〜 1286万人 (20%) 〜19歳 20〜29歳 30〜39歳 40〜49歳 50〜59歳 60歳〜 出典:厚生労働省「平成28年度労働統計要覧」 〔図表2〕平成28年 年齢別死傷者数 休業4日以上 117,910人 20代 14,526人 (12%) 30代 18,166人 (15%) 40代 26,403人 (22%) 50代 27,603人 (23%) 60代〜 28,605人 (24%) 〜19歳 20〜29歳 30〜39歳 40〜49歳 50〜59歳 60歳〜 出典:厚生労働省 平成28年死傷災害発生状況 〔図表3〕平成28年 年齢別死亡者数 928人 20代 95人 (10%) 30代 128人 (14%) 40代 181人 (20%) 50代 224人 (24%) 60代〜 293人 (31%) 〜19歳 20〜29歳 30〜39歳 40〜49歳 50〜59歳 60歳 出典:厚生労働省 平成28年死亡災害発生状況 〔図表4〕加齢にともなう各種身体機能の変化 20〜24歳ないし最高期を基準としてみた55歳〜59歳年齢者の各機能水準の相対関係(%) 分析と判断力 77 計算能力 76 比較弁別能 63 学習能力 59 記憶力 53 夜勤後体重回復 27 抗病回復力 68 傷病休業を少なく止める能力 66 平衡機能 48 皮膚振動覚 35 聴力 44 薄明順応 36 視力 63 肩関節 70 脊柱側屈 85 脊柱前屈 92 伸脚力 63 背筋力 75 屈腕力 80 握力 75 全身跳躍反応 85 タッピングテンポ 85 動作速度 85 単一反応速度 77 瞬発反応 71 運動調節能 59 字を書く速さ 77 出典:(斉藤 一、遠藤幸男:高齢者の労働能力(労働科学叢書53)労働科学研究所1980より) 〔図5-1〕事故が起こりやすい階段 〔図5-2〕階段の改善事例@ 〔図5-3〕階段の改善事例A 第13回 普通の会話は高齢労働者に伝わらない!? 高齢労働者の難聴対策 一般社団法人労務安全監査センター 東内(ひがしうち)一明(かずあき) 事例 外階段の撤去に気づかず いつも通り階段があると思い込み……  一昨年、とある工場事務所の建物2階の出口から63歳の事務員が墜落、死亡しました。この建物の2階には直接外に出る外部階段があり、この事務員は、いつもそこから外に出ていたのです。  しかし、墜落した当日、そこには階段がありませんでした。その付近で、建設業者が建物を建設中だったのですが、階段が工事の妨げになるので取り外していたのです。そんななか、事故に遭われた方はいつものように扉を開け、いつものように外にふみ出して、墜落してしまったのです。  以上がこの墜落災害の概況ですが、もう少し詳しく背景を説明します。  その建物の外部の建設工事は2カ月前から開始されていて、その扉は建設工事開始当初から出入りが禁止され、その表示もありました。しかも当日の仕事始めのミーティングで、いよいよその階段が今日取り外されてなくなるということも知らせてありました。  出入りが禁止されていても、長年慣れ親しんでいた階段を利用することが何かと便利であったようで、その方は、時折その階段を利用して外に出ていたようです。禁止されていることは十分承知していても、現にそこに階段があり、便利なので、時折使うということは、残念ながらあり得ることです。しかもベテランですから、周囲も注意しかねていたのでしょう。  この災害の発生原因には、出入りが禁止されている扉を使っていたことがあります。また、内部の暗い場所から明るい外部に急に出たため、高齢労働者の視力の特性から、明るさに順応できず階段がないことに気づかなかった、ということもあるでしょう。  しかし、最大の原因は、この方の意識のなかに、「階段は、今日からない」ということが、しっかりと植えつけられていなかったことです。 聴力が低下する高齢労働者 一般的な会話が聞こえていないことも  高齢労働者は、聴力が落ちています。図表1は加齢による聴力の変化を示したものです。65歳の平均値を25歳と比べると、およそ10〜50デシベルも聞こえが悪くなっています。  ここでいう「デシベル」とは、「もっともよく聞こえる若い人が聞くことのできる最小の音を0デシベルとし、その音と比べた大きさを倍率で示すように考案された単位」で、対数という計算式を使って示されています。  すなわち、デシベルによって示す音の大きさは、数字が増えていくその比率に応じるのではなく、幾何級数(きかきゅうすう)的に大きくなります。図表2はデシベルが意味する音の大きさをわかりやすく示したもので、40デシベルの音は、20デシベルの2倍ではなく、10倍の大きさになります。  図表2の最右欄は、多くの文献で音の目安として使われているものですが、これを見て多くの人が誤解します。20デシベルの人は葉のカサカサ音が聞こえる、40デシベルの人は静かな図書館の音が聞こえる、ならば60デシベルの一般的な会話も聞こえるのだろう、と思いがちですが、そうではないのです。この欄は、若い人が、聞いている内容を示したものなのです。  65歳の高齢労働者の聴力レベルが20デシベルだとすると、聞き取れる限界の音は「葉のカサカサ音」です。つまり、65歳の高齢労働者にとって「一般的な会話音」は、「葉のカサカサ音」の100倍となります。若い人にとって聞き取れる限界の音(0デシベル)の100倍は「静かな図書館」の内容のわからないザワメキのような音ですから、65歳の高齢労働者が耳にする「一般的な会話音」は、図書館のザワメキ程度にしか聞こえていないことになります。  そうすると、今回紹介した事例の被災者は63歳ですから、65歳の平均的な聴力と仮定すると、この方にとっては、災害当日の朝のミーティングにおける話し声は、図書館のどこからともなく聞こえてくるざわめきのような音だったのです。しかも音として聞こえたとしても、音を聞き取る能力は年齢を重ねると圧倒的に低下します(図表3)。  これは、年齢を重ねると内耳がとらえた音の電気信号が神経を通じて脳に達する際の伝わり方、さらには信号を解析する脳の認知力の衰えなどが、加齢による聞き取り能力の低下に影響しているといわれています。また、高音域の聞こえの悪さから、カ行、サ行、タ行、ハ行の音の聞き取りが十分ではなくなり、ことばの意味、内容の把握がむずかしくなっています。  このような高齢労働者の難聴の状況から、この死亡災害の原因は明らかです。災害当日のミーティングの際に知らされた「階段が今日からない」が聞こえなかったのか、音としては聞こえてもその意味するところを十分に理解できなかったのか、このいずれかです。 高齢労働者は「聞き返さない」こともある  墜落していく一瞬の間、被災者の『ミーティングの階段の話はこれだったのか! よく聞いておけばよかった』という悲痛な後悔を、私は自分のことのように想像できます。なぜなら、70代の私は、会議でよく聞こえていなくても、自分には関係ないだろうと、聞こえたふりをすることがあるからです。  被災者は、定年後の継続雇用者でした。ミーティングでも、遠慮して隅の方で話を聞いていたのです。日ごろから十分に聞こえていなかったことは、容易に想像できることでした。 難聴の高齢労働者に指示をうまく伝える方法 ■大きな声で一語一語をゆっくり明確に  このような災害を防止するためには、高齢労働者に対してキチンと意思や内容を伝えることが重要ですが、高齢労働者が難聴であること、聞き取り能力が低下していることをふまえると、大きな声で、カ行、サ行、タ行、ハ行などの音を特に明確に発音しつつ、一語一語をゆっくりと話すことが必要です。 ■高齢労働者とは近くで話す  図表4のように、1点から発生する音は、おおむね距離の倍数で減衰していきます。反対に、距離が近くなれば近くなるほど、倍数で大きくなります。  したがって、ミーティングや会議などで3mの距離で聴く場合に比べて、1mの距離で聴く音の大きさは4倍にもなります。これだけで多くの高齢労働者が聞き取れるようになるでしょう。したがってミーティングなどでは、高齢労働者は職責にかかわりなく、できるかぎりキーマンのそばに席を置くようにお願いするとよいでしょう。 ■広い場所ではスピーカーを使用する  また、戸外や広い部屋で話すときは、できるかぎりスピーカーを使用するようにしてください。話し手から10m離れると、聞こえる音の大きさは10分の1に減衰します。しかも戸外や広い部屋は壁による反響音の手助けがないので、10m離れると、普通の音量による話し言葉や会話は、ほとんど聞き取れなくなります。 ■必要事項はメモにして渡す・メモを取るよう指導する  大事なことは、紙に書いて渡してください。 高齢になると、新しいことに対する記憶力が若い人に比べて悪くなります。注意事項が十分に聞こえていても、記憶が薄れていく場合もあります。必要な注意・指示事項は、できるかぎりメモで渡すように習慣化してください。  そして、高齢労働者の方にメモを渡す場合でも、それを補足する意味で、高齢労働者自身もメモを取るように指導してください。私も高齢ですから、必ずメモを取るようにしています。メモは後になって読み返すと、一層記憶がたしかになりますし、また、忘れている場合があることに気づき、驚くときもあります。  渡されたメモを保管することやメモを取ることは、高齢労働者にとって、若い人と伍(ご)して働く場合の、とても有効な武器なのです。 高齢労働者自身が聞き返すことが職場全体の理解の向上につながる  高齢労働者は、聞き返すことは話をしている人に迷惑だろうと思い、ついつい聞こえたふりをしてしまいます。しかし、これは間違いです。注意事項を与えている人は、職場の全員に必要なことを伝えなければなりません。職場のなかに難聴者がいる場合は、難聴者にも十分に伝達するのがその人の義務です。したがって聞こえない場合は、その難聴者対策が十分でないのですから、対策を補完する意味で、聞き返すのは当然のことです。高齢労働者の1人が聞き返すことは、ほかの高齢労働者にもその恩恵を与えることになります。  そして、高齢労働者がわかるまで、遠慮せずに聞き返せる環境をつくることが大切です。また、高齢労働者と話す人は、高齢労働者の聞き返しを温かく受け入れてください。さらには「聞こえましたか?」と問いかけ、聞き返しをうながしていただくようにお願いします。 高齢労働者が聞き取れる環境づくりは初歩的・基本的な安全管理の一つ  職場で高齢労働者が必要な情報を聞き取れないのは、対策が充分ではないからです。高齢労働者が悪いのではありません。  話す側は、高齢労働者との距離、音量、話すスピード、ことばの明瞭さ、メモの利用などを工夫するとよいでしょう。もしもその不備によって、労働災害が発生したら、それは職場の安全管理が不十分であるからなのです。  高齢労働者の身体状況は、若い人には思いもよらないような状況です。今回紹介した災害も、高齢労働者の難聴の状況について職場でもう少し配慮があれば十分に防止できました。その配慮も、とても簡単なことで対策可能です。また高齢労働者も、自分自身の身体状況に応じた行動が必要です。  今後は、高齢労働者とそれを取り巻く周囲の人に対して、高齢労働者が働く際の注意事項や設備の工夫について、十分な知識を習得させることが必要です。それが、今後ますます高齢化していく職場にとって、必要不可欠なのです。 図表1 加齢による聴力の変化 聴力レベル(db) -20 0 20 40 60 80 100 120 250 500 1000 2000 4000 8000 周波数(Hz) 25歳平均 65歳平均 75歳平均 出典:「高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策」中央労働災害防止協会 図表2 デシベルという単位の意味する音の大きさ デシベル 音の大きさの比率 音のおおよその目安 0デシベル 1倍 人間の聴力の限界 6デシベル 2倍 それより少し大きな音 10デシベル 3倍 静かな息 20デシベル 10倍 葉のカサカサ音 40デシベル 100倍 静かな図書館 60デシベル 1000倍 一般的な会話 80デシベル 10000倍 目覚まし時計 100デシベル 100000倍 地下鉄の電車 120デシベル 1000000倍 飛行機の爆音 図表3 加齢による聞き取り成績の変化 正答率(%) 100 80 60 40 10〜29 30〜49 50〜59 60〜 年齢層 純音聴力 単音節語音明瞭度 ひずみ語音明瞭度 出典:「高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策」中央労働災害防止協会 図表4 音圧の減衰 音圧の減衰量(db) 40 30 20 10 0 1 2 3 4 5 7 10 20 30 40 50 70 100 音源からの距離(m) 点音源1m点の音圧レベルとの差 -6dB/倍距離 線音源1m点の音圧レベルとの差 -3dB/倍距離 出典:日本騒音調査(ソーチョー)Web サイト 第14回 高齢労働者の屋外作業における熱中症対策 産業医科大学 産業生態学研究所 助教 永野 千景(ちかげ)  厚生労働省発表の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、2017(平成29)年の熱中症による死亡者数は16人(速報値)と、2016年と比較して4人増加しました。2018年2月に発表された「第13次労働災害防止計画」においても、「職場での熱中症による死亡者数を2013年から2017年までの5年間と比較して、2018年から2022年の5年間で5%以上減少させる」といった数値目標が設定されるなど、さらなる熱中症対策の徹底が望まれています。  2008年から2017年までの東京都における一日のWBGT値(暑さ指数)と、人口10万人あたりの熱中症救急搬送者数との関係を見ると、65歳以上の高齢者では、WBGT値31℃の日では成人(18〜64歳)に比べ、3・0倍発生しています(『夏季のイベントにおける熱中症対策ガイドライン2018』環境省)。また、過去10年間の職場における熱中症による死亡災害において、50歳以上の発生件数は建設業、農業、林業、運送業、警備業など(図表1)、比較的長時間にわたる屋外作業で多く発生しています。 事例 日差しをさえぎるものがない環境下での屋外作業。病院への搬送から21日後に死亡  ※平成27年「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(厚生労働省)より 【災害発生状況】 @被災者は50代の男性。7月の暑い日に午前9時から、住宅の新築工事現場で交通整理を行っていた。 A現場付近には日差しをさえぎる場所はなく、休憩時、被災者は縁石に座っていた。 B昼休憩中の12時ごろ、被災者の体調が悪そうであったため、監督者は被災者に午後の作業はしばらく休むよう伝えた。 C16時30分ごろ、監督者が被災者の様子を確認に行ったところ、倒れている被災者を発見したため、119番通報し、被災者は病院に搬送されたが、21日後に死亡した。 【災害発生要因】 @「環境省熱中症予防情報サイト」による事故当日のWBGT値は31・5℃、舗装した路上では、輻射(ふくしゃ)熱によりさらに高い温度であったと推定される。 A現場付近に、日差しをさえぎることができる休憩場所がなかった。 B水分や塩分の摂取は労働者まかせであり、不十分であった可能性がある。 C被災者に対して、熱への順化期間(体を徐々に暑い環境に慣らす期間)は設けられていなかった。 D被災者は50代で、熱中症発症に影響を与えるおそれのある疾患を有していた。 E被災者に対して、健康診断結果に基づく対応が不十分であった。 さまざまな要素が高齢労働者の熱中症発症リスクを高めている  「熱中症」は高温多湿な環境下で、体内の水分や塩分(ナトリウム=水分量の調節にかかわるミネラル成分など)のバランスが崩れたり、体温の調整機能が破綻するなどして発症する障害の総称で、めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感、意識障害・けいれん・手足の運動障害、高体温などの症状が現れます。高齢者は若年者と比較して以下の特徴により熱中症になりやすいことがわかっています(図表2)。 @体脂肪率が高く、体内の水分量が少ないので脱水を生じやすい。 A感覚神経の機能が低下し、暑さやのどの渇きを感じにくく、避暑行動や水分補給が遅れる。 B運動神経の機能が低下して迅速な動作を取りにくいので、避暑行動や水分補給が遅れる。 C腎臓で尿を濃縮したり、ナトリウムを再吸収したりする機能が低下するので、脱水やナトリウムの異常を生じやすい。 Dナトリウムを再吸収するホルモン(アルドステロン)の分泌が少なくなり、汗や尿へのナトリウムの喪失量が多くなる。 E自律神経の機能が低下して、皮膚の血流を増やし発汗させる反応が鈍く、体熱を放散しにくくなる。 F動脈硬化が進んでいると、皮膚の血流が少ないので、体熱を放散しにくくなる。 G若年者に比べ、自律神経やホルモンの順化が生じにくいので、暑い環境に慣れにくい。  さらに高齢者は持病のある人が多く、自律神経の作用に影響を与える薬(抗てんかん薬、抗うつ薬、睡眠薬など)を内服している場合は、体熱を放散しにくくなります。また、高血圧や腎臓病、心臓病で水分および塩分を尿中に出す作用のある薬を内服したり、塩分制限をしていると、脱水になりやすくなります。 屋外作業における高齢労働者の熱中症対策 (1)WBGT値を活用する  屋外作業では太陽光が主な熱源であり、作業当日の天候や気温、日照時間などを天気予報や気象庁のホームページで確認しておくことが重要です。例年、熱中症の発生は梅雨入り前に始まり、梅雨明けに多発します。気温が高くなくても、湿度が高いと熱中症が発生することがあるので、雨天の日やその前後も注意が必要です。  WBGT値は気温、湿度、日射・輻射、風の要素を積極的に取り入れた暑熱(しょねつ)環境の指標です。暑くなる前にWBGT値を計測できる測定器を準備し、積極的に測定しましょう。測定が困難な場合でも夏期には全国の暑さ指数の実況値や予測値が「環境省熱中症予防情報サイト」で公開されていますので参考にしましょう。  「職場における熱中症の予防について(平成21年6月19日付け基発第0619001号)」(厚生労働省)では、身体作業強度などに応じたWBGT値の基準値を示し、この基準に応じて対策を講じるように示しています。ただし、この基準は持病のない健康な成年男性を基準に設定されていますので、高齢労働者に適応する場合は注意が必要です。  同じく、WBGT値を用いた指針として、日本体育協会による「熱中症予防運動指針」、日本生気象学会による「日常生活における熱中症予防指針」がありますが、これらの基準では65歳以上の高齢労働者、特に75歳以上の後期高齢者や持病のある人は一段階上の区分の温度基準を適用し、より安全を重視して対応することを推奨しています(図表3)。 (2)屋外では直射日光や輻射熱に注意する  屋外では直射日光をさえぎるために、帽子をかぶり、可能であれば作業場所や休憩所に屋根や日除け、テント、遮光パネルなどで日陰ができるように工夫しましょう。その際、風通しや時刻による日陰の場所の変化に注意しましょう。道路のアスファルト、床面のコンクリートなど、人工的な地面も太陽光によって作業者に輻射熱を与えます。打ち水など、散水して地面を冷却すると輻射熱を抑制できますが、風通しの悪い所では水分が蒸発して湿度が上昇し、逆にリスクとなりますので、気温や湿度を確認しながら行いましょう。  屋外作業では休憩所の確保がむずかしいために車内で休憩をとる場合がありますが、暑熱下の車内では40℃以上になることもあり、エアコンが効いてくるまで時間もかかりますので、注意が必要です。また、決して不調者を車内で休ませ、放置することのないようにしましょう。 (3)休憩や体調不良を申し出やすい体制づくり  高齢労働者が若年者と同程度に発汗した場合、脱水状態に陥りやすく、また回復しにくいことも報告されています。しかし、前述の加齢による生理機能の低下から高齢労働者は避暑・飲水行動に移行しにくいので、あらかじめ作業前に水分・塩分を補給しておくことや休憩時間をきちんと設定し、また、それを周知のうえ、順守させることが必要です。作業者まかせにしていると、パートやアルバイト、再雇用者などは、遠慮して休憩を取らなかったり、水分・塩分を補給しなかったりします。  また、自身の体調や持病、服薬状況を申告しやすい職場の雰囲気や人間関係づくりも重要です。作業者同士でペアを組んで、相互に体調の観察や確認をし、監督者以外にも作業者の観察をするなど支援体制を構築するのもよいでしょう。作業に不慣れな新人とベテラン、若年者と高齢労働者の組み合わせは作業指導や技術継承の面でも有効です。  アメリカ合衆国産業衛生専門官会議(ACGIH)では、暑熱作業に従事する労働者について、心機能が正常なことを前提に、作業中止基準を提唱しており、年齢によるリスクが考慮されています(図表4)。休憩時間には体温や体重、脈拍数(手首の血管の拍動の数)を測定したり、体調不良の有無を確認したりすることが望ましいとされています。 (4)暑さに負けない身体づくり  老化により体の熱放散機能は、まず皮膚血流量が低下し、次に一つの汗腺あたりの発汗量が減少、その後、活動汗腺数が減少し、その低下は下肢→背中→胸部→上肢→頭部の順に進行することがわかっています。  一方、一般の高齢者は若年者と比較して総発汗量が低下しますが、運動をしている高体力高齢者では総発汗量は若年者と同等に保たれます。これは高体力高齢者でも一つの汗腺の発汗量は減少しますが、それを脳が感知し、老化のまだ進んでいない部位である上肢や頭部の発汗量を増加させて代償しているためだと推測されています。すなわち、高齢者でも運動により熱放散機能を維持することができるのです。さらには運動においてタンパク質と糖質を補給することで体内の血液量が増加し、皮膚血管拡張や発汗反応が改善されることから、栄養補給を行いながら運動することが望ましいといえます。  ただし、若年者に比べ、暑さに慣れるまでの期間は長く、その消失も早いことがわかっており、夏季には対応できても春や秋の暑い日には対応できない可能性があるので、運動をしているからといって油断は禁物です。暑熱順化には暑くなる前からの運動が推奨されていますが、近年は早朝・夜間でも気温が上昇していたり、高齢者の場合は視機能・運動機能の低下も見られるので、運動開始時には無理せず、十分注意しながら行いましょう。 〔参考資料〕 『熱中症環境保健マニュアル 2018』環境省 『夏季のイベントにおける熱中症対策ガイドライン 2018』環境省 『熱中症を防ごう・熱中症予防対策の基本』堀江正知 『体温U:体温調節システムとその適応』井上芳光、近藤徳彦 図表1 過去10 年間の職場における熱中症による死亡災害(2008年〜2017年) ※2017年は速報値 業種 発生件数 うち50歳以上 建設業 90 33(36.7%) 製造業 31 13(41.9%) 警備業 19 8(42.1%) 農業 15 12(80.0%) 清掃・と畜業 8 3(37.5%) 運送業 7 3(42.9%) 商業 7 2(28.6%) 林業 7 6(85.7%) その他 26 13(50.0%) 計 210 93(44.3%) 出典:厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の状況」より筆者作成 図表2 加齢による体温・体液調節機構への影響 加齢 体内水分量の低下 感覚神経機能の低下 運動神経機能の低下 腎臓の体液調整機能の低下 ホルモン分泌の低下 体脂肪の増加 自律神経機能の低下 動脈硬化 避暑行動・水分補給の遅れ ナトリウム不足 発汗量の低下 皮膚血流量の低下 筋けいれん 脱水 熱放散の低下 高体温 出典:堀江正知「熱中症を防ごう・熱中症予防対策の基本」(中央労働災害防止協会)より筆者作成 図表3 熱中症予防のための暑さ指数(WBGT)の基準 暑さ指数WBGT(℃) 熱中症予防運動指針(日本体育協会) 日常生活における熱中症予防指針(日本生気象学会) 31℃以上 運動は原則中止 危険 28〜31℃ 厳重警戒 厳重警戒 25〜28℃ 警戒 警戒 21〜25℃ 注意 注意 21℃未満 ほぼ安全 出典:日本体育協会「熱中症予防運動指針」、日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」より 図表4 アメリカ合衆国産業衛生専門官会議(ACGIH)の暑熱作業における作業中止を考慮すべき基準 ・1分間の脈拍数が「180−個人の年齢」を超える状態が数分間持続する場合 ・核心温が38℃(暑さに順化した人では38.5℃)を超えたとき ・最も負担の大きな仕事が終わってから1分後の心拍数が120以上のとき ・急性の強い倦怠感、吐き気、めまいもしくは立ちくらみがあるとき ・大量発汗が数時間にわたり継続したとき ・体重が1.5%以上減少したとき ・24時間の尿中ナトリウム排泄が50mmol(ミリモル、濃度を表す単位)以下の場合 第15回 高齢女性労働者と転倒災害 公益財団法人 大原記念労働科学研究所 客員研究員 永田 久雄 高齢女性労働者に多い転倒災害経験年数の浅い不慣れな作業で多発  転倒災害による死傷者数は2000(平成12)年から増加に転じ、2005年に墜落・転落災害を抜いてからトップとなっています(「労働者死傷病報告」厚生労働省)。2015年から「STOP! 転倒災害プロジェクト」が実施されていますが、いまだに死傷者数は増加しています。何かを見過ごしているのではないでしょうか。そのうちの一つが、高齢女性労働者に対する安全対策ではないかと考えています。  本稿では高齢女性労働者の転倒災害の現状を明らかにし、災害が多い背景、身体特性、災害事例について解説します。 ■男女別の転倒災害の全国統計  中央労働災害防止協会の調査報告書「生涯現役社会実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて」(1)のなかで、初めて男女別の転倒事故に関する災害発生状況が公表されました。筆者も委員の一人として参加し、2016年の「労働者死傷病報告」(厚生労働省)から男女別の転倒災害を明らかにする作業を行いました。この資料を基(もと)に高齢女性労働者の転倒災害の現状を解説します。  2016年に発生した転倒災害2万7152件の58%を女性が占めており、さらに、転倒災害全体のなかで50歳以上の年齢が占める割合を見ると、男性の54%に対し、女性では75%にのぼります。図表1は転倒災害に関する男女別・年齢別の発生割合です。50歳未満では、女性の転倒災害は男性より少なく、逆に50歳から急増し、61歳でピークを迎えています。  図表2の年齢別の年千人率から、全労働災害に関しては、若年者層と高年者層で高くなっていますが、転倒災害に関しては、50歳未満では男女ともに低く、50〜54歳以降から女性のみ年千人率が著しく高くなっています。 ■転倒災害による被災者の経験年数  経験年数別の転倒災害による死傷者数(図表3)をみると、1年以下がもっとも多く、次いで、1年超2年以下、2年超3年以下となっています。経験年数5年以下は、50歳未満では男性57%、女性71%、50歳以上では、男性40%、女性44%と高く、高齢者層でも性別を問わず経験年数の短い作業者ほど転倒災害が発生しています。 ■第三次産業で転倒災害が増加  第三次産業の死傷者数は年々増加し、全産業の46 %(2017年)を占めており(2)、大都市になるほど割合が高くなっています。また、第三次産業で発生する転倒災害は、全転倒災害の6割以上を占めています(3)。 雇用環境の変化が転倒災害増加の背景に ■第三次産業での女性作業者数の増加  2007年から2017年にかけて男性雇用者の増加数は約10万人(役員を除く雇用者数)ですが、女性雇用者の増加数は約266万人にのぼります(4)。製造業、建設業では作業者数が減少しているのに対し、第三次産業で働く女性が増加しており、特に、社会福祉施設などで働く女性が大幅に増加しています。 ■非正規雇用の女性の増加  雇用者の非正規雇用化が進み、全雇用者の約37%(2017年)がその非正規雇用で、さらにそのなかで女性が約68%を占めています(4)。非正規雇用者数は増加傾向にありますので、非正規雇用者に対する災害防止にも目を向ける必要があります。 ■雇入れ時の安全教育の現状  雇入れ時の安全教育に関する調査結果(5)によれば、正規労働者に対しては約85%が安全教育を実施しているのに対し、臨時・日雇い労働者では約21%、派遣労働者では約10%にとどまっています。中高齢女性を非正規雇用で採用した後に、十分な安全教育を行うことなく、作業に従事させていることが多いと見受けられます。 ■第三次産業における労災防止活動の問題点  第三次産業の多くの事業所は、経営規模が小さく、さまざまな理由から安全衛生活動のための余力がないようです。非正規労働者を安全衛生活動に参加させていない大きな理由は、「短期間で辞める作業者が多い」、「安全教育を実施する時間的な余裕がない」などの理由をあげています(5)。 加齢による身体機能の低下重篤化しやすい高齢女性の労働災害 ■女性は転倒時に強い衝撃を受けやすい  転倒災害が高齢女性労働者に多い理由として、身体機能の男女差があります。女性の腕力・握力は男性の約3分の2程度でしかなく、特に、筋線維がもっとも収束している脚筋力では、50歳以上の高齢女性の場合、男性の約半分以下です。高齢女性ほど足腰の深部筋が早く衰えるので、歩行中の足を上げる高さが低くなり、つまずきやすくなります。  不意の滑り、つまずきで倒れて、地面に身体を打ちつけるまでの時間は1秒以内と短く、高齢女性の場合は、身体機能の低下により、姿勢・バランスを崩してから身体を地面に打ちつけるまでに即座に防御姿勢を取れないことも多く、転倒時に強い衝撃を受けやすいのです。 ■女性は転倒で骨折しやすい  高齢女性は、全体的傾向として男性より骨量が少なく骨がもろいといえます。50歳ごろから女性は閉経により骨量が急減します。そのために高齢になるほど女性は骨折しやすくなります。今後、高齢女性労働者が増加するにつれて、転倒による骨折が増えて転倒災害の重篤度が増していく可能性があります。 正規・非正規雇用にかかわらず雇入れ時教育の徹底を ■転倒災害防止の基本  段差・階段での下り歩行、急ぎ歩行、曲がり角、ながら歩行などの転倒危険性と基本的な防止対策については、すでに多くの資料で取り上げています。筆者も本誌(6)において、「3Sの徹底」、「転倒要因別の作業環境の改善」、「自主的な活動の促進」、「エクササイズの推奨」、「定期健康診断の活用」などについて詳しく解説していますので、あわせて参考にしてください。 ■雇入れ時の安全教育  男女ともに経験年数の短い作業者ほど転倒災害を起こしやすいことから、雇入れ時の安全教育が転倒災害防止に結びつくと考えられます。  経験年数が短い作業者は、「何が危険かわからない」のです。危険だらけの建設現場では入場してから7日以内に起こる死亡災害が約6割を占めているため、建設現場への新規入場者の安全教育は必須となっています。第三次産業においても、雇入れ時に正規・非正規にかかわらず、安全教育を実施することが大切です。 事例 さまざまな危険要因がある高齢女性労働者の転倒災害 事例 @高いヒール付の女性靴の危険性 【概要】  Aさん(61歳)は、高いヒール付き靴を履いて徒歩で通勤中に、後方からきた自動車を、避けようとして道路の左端によった際、道路端のくぼみで左足をひねって左足首を骨折した。 【原因と対策】  高いヒール付き女性靴は不安定なだけでなく、歩行面のわずかな溝、凹凸、傾斜で足首をひねりやすく、また、階段、段差で踵(かかと)がひっかかりやすいのです。靴底面が平らで安定した靴を着用するとよいです。 事例 A早朝(冬)の歩行時の危険性 【概要】  Bさん(65歳)が早朝(冬)に作業場へ向かう際に通路を歩行中に転倒し、衝撃で腓骨と腕を骨折した。凹凸・段差のない平らな通路であった。 【原因と対策】  午前8時から昼までの時間帯で転倒事故が多発しています。早朝の寒さにより足腰の筋肉・関節の動きが硬くなっているためと考えられます。図表4のように歩行中に股・膝・足首関節を十分に可動させれば、靴先が高くなり床面をこすることはなくなりますが、高齢になるほど、靴先を床面にこすりやすくなります。 ◇    ◇    ◇  高齢女性の転倒災害が多発している現状から高齢女性の転倒防止のための配慮が求められます。非正規雇用者を含めて、雇入れ時の安全教育が必要です。 〔参考文献〕 (1) 中央労働災害防止協会「生涯現役社会実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて」2018年6月 (2) 厚生労働省「平成29年労働災害発生状況(確定値)」2018年5月アクセス。 (3) 厚生労働省「職場の安全サイト 労働者死傷病報告による死傷災害発生状況(平成28年確定値)」2018年5月アクセス。 (4) 総務省統計局「労働力調査(詳細集計)平成29年(速報)」2018年5月アクセス。 (5) 厚生労働省大臣官房統計情報部「平成25年労働安全衛生調査(実態調査)」2014年9月 (6) 永田久雄「転倒災害防止対策を中心とした職場の安全管理」 『エルダー』2013年7月。 図表1 転倒災害の男女別年齢別の発生割合(2016年) % 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 年齢 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 女性 男性 出典:中央労働災害防止協会「生涯現役社会実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて」2018年6月 図表2 転倒災害の男女別年齢別の年千人率(2016年)(役員数を含めた雇用者数を使用して年千人率を算定) 全労働災害 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 15〜19 20〜24 25〜29 30〜34 35〜39 40〜44 45〜49 50〜54 55〜59 60〜64 65〜69 70歳以上 女性 全体 男性 転倒災害 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 15〜19 20〜24 25〜29 30〜34 35〜39 40〜44 45〜49 50〜54 55〜59 60〜64 65〜69 70歳以上 女性 全体 男性 出典:中央労働災害防止協会「生涯現役社会実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて」2018年6月 図表3 転倒災害の経験年数別の発生状況(2016年) 50歳未満 男性 女性 人 2500 2000 1500 1000 500 0 経験年数 0 10 20 30 40 50 50歳以上 男性 女性 人 2500 2000 1500 1000 500 0 経験年数 0 10 20 30 40 50 出典:中央労働災害防止協会「生涯現役社会実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて」2018年6月 図表4 転倒予防のための歩行中の足の動かし方 第16回 業務請負で働く高齢者の災害と安全衛生教育 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 高木(たかぎ)元也(もとや) はじめに  職場で働く高齢者が増え続けています。内閣府発表の2017(平成29)年版『高齢社会白書』によると、2016年の労働力人口は6673万人であり、このうち65〜69歳の高齢者は450万人、70歳以上は336万人であり、労働力人口総数に占める65歳以上の割合は11・8%にもおよんでいます。2011年の同割合は8・9%でしたから、わずか5年間で約3ポイントも上昇しています。また、60歳〜64歳の高齢者は541万人であり、65歳定年延長が進展するなか、今後、その上昇が続くことは間違いないでしょう。  一方、定年延長や再雇用など、企業に雇用される高齢者とは別に、業務請負で働く高齢者も大勢います。例えば、発注者からの依頼に応じ、高齢者に「臨時的かつ短期的又はその他の軽易な業務」を提供するシルバー人材センターには、約71万人の高齢者が登録しており、さまざまな依頼に対応しています。  高齢者の労働災害が重篤化(じゅうとくか)しやすいことを考えると、法律上は「労働者」ではないものの、業務請負で働く高齢者に対する災害防止対策の視点も重要となります。  そこで本稿では、ケーススタディとして、高齢者の働く集団であり、業務請負という形態の者が多く登録しているシルバー人材センター≠ノスポットをあて、そこでの事故の実態をみていきます。さらに、これらの事故防止策には安全教育が重要になることから、後半では、高齢者の安全教育上の課題について解説します。 シルバー人材センターにおける人身事故の発生状況  ある都道府県のシルバー人材センターで発生した、人身事故発生状況をみていきます。  2005年度と2014年度を比較すると、人身事故は実に10%も増加しています。この10年間、危険な産業といわれている建設業全体でみると、休業4日以上の死傷災害が2万2869人から1万7184人と25%も減少しており、この10%の増加は極めて憂慮すべき事態です。 ■事故発生状況と事故事例  シルバー人材センターにはさまざまな作業があります。どのような作業で人身事故が多いのでしょうか、2014年のデータを基に作業別に上位のものをみていきます(図表1)。  最も人身事故が多かったのが、事務所、マンション、店舗、工場などでの屋内清掃作業です。そこでは、階段からの墜落、つまずきによる転倒、すべって転倒、無理な動きによる腰痛などが数多く見受けられます。また、モップがけ作業中の事故が目立ちます。  2番目に多いのは、植木・造園作業です。剪定(せんてい)作業などで、脚立や枝の上からの墜落、はしご昇降時の墜落、チェーンソー取扱い時の切れ・こすれなどの事故が多発しています。また、ハチなどによる虫刺されも少なくありません。  3番目は建物管理関連作業で、多くが学校の管理です。つまずいたり、ひっかかることによる転倒が多発しています。  4番目は、公園、道路、団地敷地内などでの屋外清掃作業です。すべる、段差でつまずくことによる転倒、ハチなどによる虫刺されが目立ちます。  5番目が、駐輪場等管理関連作業です。駐輪用ラックに起因する事故(頭をぶつけるなど)、自転車の倒れによるケガが数多く見受けられます。  6番目は除草作業です。ハチ、ブヨなどによる虫刺されが最も多く、すべって転倒・転落したり、熱中症も少なくありません。夏場の草むらは、湿度が高くなりやすく、このことが熱中症を引き起こす要因の一つに考えられます。  7番目の広報関連サービスは、広報誌配布などの作業で、自転車事故、階段・縁石につまずくことによる転倒・転落、犬にかまれる事故などが発生しています。  8番目の家事援助サービスでは、炊事、洗濯、掃除などのさまざまな援助作業中に、転倒、墜落、切れ・こすれなどが発生しており、9番目の各種安全指導サービスでは、子どもの見守り、登下校時の児童誘導、地域パトロール中の事故が多く、自転車事故が約半数を占めています。 ■極端に高い事故発生率  これら上位の人身事故をみると、事故原因には、バランス感覚の低下、とっさにうまく動けない、視力の低下、疲労のしやすさなど、加齢にともなう心身機能の低下が影響しているものがあると考えられますが、特筆すべきは、事故発生率の高さです。今回の調査結果を地域ごとに分類し、地域ごとの度数率※をみると、多くの地域で10以上の二桁であり、30を超える地域もありました。全産業における労働災害の度数率は、この10年間、1・66〜1・95で推移していますので、シルバー人材センターにおける事故発生率がいかに高いかがわかります。高齢者は、いったん、転倒、墜落すると被災しやすく、度数率の高さは、そうした要因の影響もあるものと考えられます。  死亡災害も発生しています。植木剪定作業中の墜落災害、交通事故などです。高所作業にもかかわらず70歳を超える高齢作業員が安全帯を装着せずに、はしごを用いて立木に登り、枝に足をかけたところ、身体の重みでその枝が折れ、墜落したというものがあります。  みなさんは再発防止対策をどのように考えますか。高所作業に不慣れな高齢者に作業をしてもらう場合は、十分な安全対策を講じることが必要です。  別の問題もあります。それは、シルバー人材センターで働く高齢者は、個々人が請負契約で仕事をすることが多く、それら高齢者は「法律上の労働者」ではないことです※1。請負契約では自分の安全は自分で守ることが基本です。このため、シルバー人材センターでも安全教育・啓発などは行われているものの、最終的には自ら安全対策を学び、適切な安全対策を講じることが必要です。安全教育を十分に受けていなければ、安全確保のための正しい作業方法がわからないため、正しい判断は困難です。例えば、脚立作業。脚立の正しい使い方は、「身を乗り出して作業しない」、「天板に乗らない」、「脚立を背にして降りない」などがありますが、このことを知らない人は少なくないでしょう(図表2)。また、安全教育が不十分な場合、作業前に欠かせない危険予知活動(KY活動)≠焉A効果的に実施することはむずかしいでしょう。 高齢者の安全教育上の課題  高齢者の事故防止対策の柱に安全教育があげられますが、そこにも問題があります。  水道工事業の団体が全国30カ所で開催した安全講習会において、講習終了直後に行った講義内容に関するアンケート調査結果を基に、その問題を見ていきます。その講習は水道工事の事故防止について、主に映像教材を使用するもので、合計1171人の受講者が集まりました。 ■再発防止対策の認知度  本講習では水道工事でくり返し発生している事故の再発防止対策について学習しましたが、アンケート調査では、それらの再発防止対策の認知度についてたずねています。  年齢階層別にみると、20歳以下は「すべて知っていた」、「だいたい知っていた」の合計が40・2%に対し、60歳以上が77・4%と高い結果となりました(図表3)。  本講習の理解度を確認するため、アンケート調査には理解度テストを2問設けました。1問はバックホウ※2による労働災害の再発防止対策、もう1問は第三者墜落災害の再発防止対策でした。 @バックホウによる労働災害の再発防止対策  全体の正答率(「監視人の配置」と答えた割合)は48・8%でしたが、年齢階層別にみると、60歳以上は正答率が41・4%と最も低く、「作業前に注意徹底」が19・1%とほかと比べ高い結果となりました(図表4)。 A第三者墜落災害の再発防止対策  正答率(「倒れない墜落防護措置」と答えた割合)は、全体では48・7%、年齢階層別では、こちらも60歳以上の正答率が41・9%と最も低く、@と同様の傾向でした(図表5)。60歳以上は「誘導員の教育」が28・2%と、ほかと比べ高い結果でした。  高齢者の正答率の低さについて、高齢者の多くは、長年にわたり、現場で実践してきたことや学んできたことが、新たな教育により間違っていると示されても、それを受け入れることが容易ではないためと考えられます。既往の研究でも、危険要因知覚教育ツールを用いた作業者教育の効果検証において、高齢者の教育効果が十分に見受けられないことが指摘されているなど、高齢者の安全教育をどのように進めていくのかは今後の課題であるといえます。 おわりに  本稿では、シルバー人材センター≠ナの事故の実態、高齢者の安全教育効果の問題などをみてきました。シルバー人材センターに代表される業務請負の高齢者の安全問題は、加齢にともなう心身機能低下に加え、業務請負であるがゆえのむずかしい問題を抱えています。事故を防止するためにも、早急に対策を構築しなければなりません。具体策としては、業務請負で仕事をする者に対し、労働安全衛生法規に定められているような安全ルールを遵守させるため、事前に一定の安全教育の受講を義務づけることも考えられます。重篤(じゅうとく)な事故につながりやすい墜落災害、交通事故の防止のための安全教育はもとより、頻発事故を防止するため、保護具の着用、手工具、電動工具(チェーンソーほか)などの正しい使い方、熱中症対策、虫刺され対策などの安全教育も必要になります。さらに、高齢者の安全教育効果を確認するため、安全教育を実施したら確認テストなどを実施し、その効果を確認することが求められます。 ※度数率……労働災害による死傷者の発生頻度を示す指標 ※1 シルバー人材センター会員の就業形態には「派遣」もあり、その場合は労働者に位置づけられます ※2 土砂地山などを掘削・整地する建設機械。パワーショベル・ユンボなど 図表1  作業別にみた人身事故ランキング 1位 屋内清掃作業 2位 植木・造園作業 3位 建物管理関連作業 4位 屋外清掃作業 5位 駐輪場等管理関連作業 6位 除草作業 7位 広報関連サービス 8位 家事援助サービス 9位 各種安全指導サービス 出典:筆者の調査・分析結果をもとに作成 図表2 誤った脚立の使い方 図表3 講義内容における再発防止対策の認知度(年齢階層別) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 〜20歳代 0.9% 39.3% 51.4% 3.7% 4.7% 30歳代 5.2% 64.8% 27.5% 2.6% 40歳代 5.3% 58.1% 29.2% 1.1% 6.3% 50歳代 6.0% 63.9% 23.4% 0.8% 6.0% 60歳以上 6.5% 70.9% 12.6% 10.1% 合計 5.4% 61.0% 26.6% 0.9% 6.1% すべて知っていた だいたい知っていた あまり知らなかった まったく知らなかった 不明 図表4 理解度テストその1:バックホウによる労働災害の再発防止対策(年齢階層別) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 〜20歳代 6.8% 26.5% 3.4% 49.6% 8.5% 5.1% 30歳代 7.3% 27.1% 1.8% 50.0% 11.5% 2.3% 40歳代 12.1% 20.5% 0.3% 52.2% 10.2% 4.7% 50歳代 13.6% 22.6% 2.7% 49.5% 7.3% 4.3% 60歳以上 19.1% 25.8% 2.0% 41.4% 5.9% 5.9% 合計 13.1% 23.8% 2.0% 48.0% 8.6% 4.4% 作業前に注意徹底 合図の徹底 現場パトロール 監視人の配置 一声かけ 不明 図表5 理解度テストその2:第三者墜落災害の再発防止対策(年齢階層別) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 〜20歳代 18.6% 8.8% 8.0% 55.8% 5.3% 3.5% 30歳代 23.9% 8.5% 3.8% 53.5% 6.1% 4.2% 40歳代 23.9% 9.2% 4.1% 51.0% 6.4% 5.4% 50歳代 22.9% 9.2% 6.7% 47.5% 8.8% 4.9% 60歳以上 28.2% 10.0% 9.1% 41.9% 4.6% 6.2% 合計 23.9% 9.3% 6.7% 48.7% 6.5% 4.9% 誘導員の教育 コーンとバーでしっかり囲う 作業前に作業員に注意徹底 倒れない墜落防護措置 通行人への注意 不明 出典:筆者の調査・分析結果をもとに作成 第17回 高齢労働者とヒューマンエラー 国立研究開発法人産業技術総合研究所 中田 亨(とおる) 加齢はエラーを増やすか?  人間は、加齢によって認知や思考といった知的能力が衰えるものだと思われがちです。年を取れば、「ヒューマンエラー」、すなわち間違いが増えるのだというイメージがあります。  しかし、事はそう簡単ではありません。知的能力は使えば使うほど熟達するので、むしろ高齢になるほど能力が向上したり、衰えない場合もあります。  囲碁棋士の杉内雅男九段は2017(平成29)年11月に97歳で亡くなりましたが、その年に公式戦で2勝をあげています。これにかぎらず、囲碁の棋力は高齢になっても衰えにくく、老棋士が数十歳も若い棋士を破ることは珍しくありません。将棋の場合は、囲碁よりも年齢の影響が出やすいといわれていますが、加藤一二三(ひふみ)九段は、引退直前の77歳にして公式戦で勝利を収めています。  ましてや、経験の長さがものをいう仕事では、高齢であることは有利なケースもあります。長年働いてきた高齢労働者は、若手よりはミスを犯しにくいでしょう。明治のころ、職場のリーダーを意味する英語の「フォアマン」という概念に対して、「宿老(しゅくろう)」という言葉があてられました。「老中」や「若年寄」という言葉もあるように、日本では、老い≠ェ肯定的な意味を持っていたのです。  もちろん、知覚能力や筋力は年齢の影響を受けるので、高齢となったこと特有のリスクはあります。  一口に高齢労働者といっても、人によって強みと弱みが異なりますから、「高齢者」だからとひとくくりにせず、個々人に応じて弱点に配慮をし、長所を活かすように工夫しましょう。 高齢労働者の特性とは  加齢にともない、人間は心身の特性が変化します(図表1)。心理的・認知的な面でいえば、新しい物事に慣れにくくなります。かくいう筆者も、学生の時分は、新しい装置に接すると興味津々で勉強し、使い方を習得したものです。しかしいまでは、最新の技術を追うのが面倒になり、興味がわきません。自分が使い慣れた装置で間に合わせようとします。これは一面においては合理的といえます。新しい技術は優れているかもしれませんが、未知の欠点もあるでしょう。自分がよく知っている技術なら、確実に使いこなせるし、性能は最高ではなくとも、仕事に差しつかえない程度にできるはずです。確実性という点でいえば、自分の知っている古い技術は、未知の新技術に勝ります。こうして技術者は新技術を嫌う頑固者になりがちです。  身体能力でいえば、知覚、筋力、持久力、瞬発力、四肢の可動域などで能力が低下します。これは低下が問題というよりも、「低下に気がつかない」ことに危険の根源があります。「昨日できたことが今日できない」ことが事故を呼ぶのであって、「昨日もできなかったこと」には自分自身が無理とわかっているので近寄らないため、事故にはならないものです(図表2)。 事 例 除雪機の使用とヒューマンエラー  高齢者が特に起こしやすい事故について取り上げてみましょう。独立行政法人製品評価技術基盤機構の調査(2017年9月14日付プレスリリース『高齢者の死亡・重傷事故を防ぐために』)では、高齢者が機材などの使い方を誤り、重篤(じゅうとく)な事故にいたるパターンが多いことが指摘されています。ストーブや脚立・はしご、電動車椅子、除雪機などを使う際に、正しい使い方をせず事故が起きています。  労働安全の観点からすると、特に除雪機が注目されます。というのも、除雪は重労働であり、たとえ自宅の周囲の除雪といっても、職場における機械操作に似ているためです。除雪機は家庭用機械にしては馬力も大きく、もはや農機具や建設作業用の機械といえるでしょう。実際、見た目は耕運機に似ています。  除雪機の事故で死亡する人は、ほとんどが高齢者です。使用者が65歳以下の場合には、ほとんど死亡事故にはいたっておらず、年齢の影響が顕著にあらわれます。  除雪機の事故を分析することで、高齢労働者の職場での事故がどのようにして発生するか、についてのヒントが得られると思います。除雪機での死亡事故には次の二つのパターンが考えられます。 事例@ 自走している除雪機と壁の間に体をはさまれる(図A)  除雪機を自動で前進させておいて、自分はその前に回り込み、雪を除雪機の前にかき集める、という誤った使い方をする人がいます。こうすれば、人が雪をどんどん除雪機に吸い込ませて処理することができ、仕事が早いのです。  しかし、この使用法は危険で、除雪機は強い馬力で前進を続け、作業者にぶつかってもお構いなしです。これにより、除雪機と壁など障害物との間に高齢作業者がはさまれてしまうのです。  除雪機を自走させると、いざというときに止まってくれません。除雪機は本来、運転者が操作レバーを握っていないと動かない安全装置がありますが、レバーをひもで縛(しば)るなどの「タンパリング」(規則違反行為)によって安全装置を無効にして使用するケースがあります。  高齢者でない場合、このパターンでは死亡に至ることはまずありません。若いうちは鋭い知覚や強い筋力によって事故を回避できるため、能率を上げようとしてタンパリングを行います。そして高齢になったとき、死亡事故が起こる、という構造になっています。「長年、大丈夫だったから」という自負心が高齢者の油断を誘うのです。  若くても、操作に自信がない、という人は、タンパリングをしません。むしろ上手な人ほど大きな事故を起こすという「リスク・ホメオスタシス」(上手でも下手でもだれでも同じ程度に危ないという現象)が見られます。 事例A 後ろ歩きで除雪機を後退させているときに、ひかれたり、壁にはさまれる(図B)  除雪機を後退させるとき、作業者は前方を向いたまま操作レバーを握っていなければならないので、どうしても後ろ歩きになります。これはやりにくくて危険ですが、Uターンできない狭い場所での作業の場合仕方がない一面もあります。しかし、この後方に進行中に転んでしまい、除雪機が後退をやめなかった場合、作業者の体の上に乗り上げたり、壁にはさまれたりして、死亡事故が起こります。  除雪機の機種によっては、人が機械の下に入りそうになったら安全バーに体があたり、自動的に後退が止まる仕組みもありますが、それでも高齢者の場合は事故につながるケースもあります。高齢者は体が小さく軽い場合が多いので、安全バーに触れず除雪機が止まらないなど思わぬ形で、はさまれたり、ひかれたりすることがあるのです。  また、高齢者の場合、除雪機の操作盤から何本も突き出しているレバーを即座に使いわけるなどの、認知機能にともなう瞬発力も弱まります。操作を間違え、後退を止められないケースも見受けられます。  このような事例から職場の安全を考えると、成人男子を標準的な作業者として想定している職場環境が、高齢労働者にとってはリスクになるのです。 記憶力の低下も工夫次第で予防できる  加齢による記憶力の低下も、高齢労働者の安全を考えると気がかりなところですが、記憶力それ自体よりも、記憶術や職場の整理整頓の方が、安全の鍵を握っています。  記憶力は、やり方次第ではありますが、加齢があろうが実質的には衰えません(図表3)。実際、落語の老練な名人は、長い話を丸々記憶しています。ストーリーという一本道の順序で、意味を持って並べてある事柄なら、比較的楽に記憶できます。  逆に、意味に乏しく、互いに前後関係のないバラバラな要素を覚えるのは、高齢者にかぎらず、だれにとっても大変なものです。「F、3、Q」などの記号の集まりは、若い人でも長くは覚えていられません。  このバラバラな要素に意味が加わると、少し簡単になります。「犬、梅、月」といった三つぐらいの名詞なら、しばらくは覚えていられます。  一本道の順序があれば記憶はさらに強まります。例えば、「犬が梅に登り月にほえた」という話に仕立てて覚えると忘れにくくなります。人間の記憶のメカニズムは、一本道が性に合うようです。調味料は「さしすせそ」、つまり砂糖、塩、酢……といった順で入れるべきといわれているように、「さしすせそ」と唱えれば、「まずは砂糖だ、忘れるな」と自分をコントロールできますから、取りこぼし、やり忘れがなくなります。  高齢労働者のエラーは、こうした工夫で十分に防ぐことができるのです。 変わる高齢者像  昔の高齢労働者と、いまの高齢労働者はずいぶん異なります。技術の進歩によって、できることが急速に広がっているためです。昔なら、高齢労働者がキーボードを使って電子メールを書くことはなかなかむずかしかったのですが、いまではスマートフォンやAIスピーカーに話しかけるだけで、メールのやり取りができます。特別な技能や、大きな投資はいりません。スマートフォンとSNSアプリがあればだれでも、業務の報告文作成や、写真撮影、連絡がずいぶん楽にできる状況にあります。情報化という強みを高齢労働者も利用して、効率と安全をより高めましょう。 〔参考資料〕  消費者庁ニュースリリース「ご家族など身近な方で高齢者の事故を防止しましょう!」(平成29年9月13日) 図表1 高齢労働者の特性 能力 加齢にともなう影響 対応策 囲碁や将棋の棋力 若いころの水準をかなり持続する人もいる 修行を続ける 新しいものへの適応力 弱まる 仕事が安全かつ能率的にできているのであれば、古い流儀を変えない 知覚や運動などの身体能力 弱まる 自分の弱点を知り、危険を避ける ※筆者作成 図表2 高齢労働者の事故への心構え リスク観 実際 対応策 「危険はあるが、昨日までできていたから、今日も大丈夫だろう」 身体能力の低下により、事故に遭遇する 正規の使用法の順守、職場の整理整頓 「私は上手なベテランで、いままで大きな事故に遭遇していない」 タンパリング(規則違反行為)を改めない 違反しないように見張り、単独行動をさせない 「安全装置が作動するはずだ」 安全装置が、高齢労働者の身体に適合しないおそれ 安全装置が個々人の身体に適合しているか再点検 ※筆者作成 図A 前進してくる除雪機と壁にはさまれる 図B 後退中の除雪機にひかれる 図表3 記憶の対象とむずかしさ 対象の特徴 仕事での例 記憶の難易度 無意味な記号で、順序が不定のもの 納品物の番号を次々とコンピュータに入力する 若い人でも困難で、抜けやダブリが起きやすい 意味のとれる事柄だが、順序は不定のもの 作業場に何種類かの道具を忘れずに持っていく やや容易だが、抜けがありえる 意味があり、順序が定まった事柄 上記の道具のセットを歌にして抜けがないか点検する だれでも容易 ※筆者作成 第18回 喫煙・受動喫煙と労働災害の関係 産業医科大学 産業生態科学研究所 健康開発科学研究室 教授 大和(やまと) 浩 はじめに  2013(平成25)年に始まった「健康日本21(第二次)」※1で、日本人の死因トップ16が示されました(図表1)。喫煙関連疾患によって毎年12万8900人が死亡しています。内訳で最も多いのはがんです。タバコ煙が直接接触する肺がん、口腔(こうくう)・咽頭(いんとう)がん、食道がん、胃がんだけでなく、血液を介して全身のがんのリスクを高めます。次に、動脈硬化の結果である循環器疾患(心筋梗塞、脳卒中)。特に、小さな脳卒中の多発は認知症につながります。認知症を予防するためには若いときからの禁煙が大切です。そして、肺の生活習慣病ともいわれる「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」。長年の喫煙により肺がスカスカになり酸素吸入が必要になります。高齢の喫煙者に特有の病気といえるでしょう(落語家の桂歌丸さんがCOPDで先日亡くなったことは残念なことでした)。  2016年には、受動喫煙によって年間1万5000人が命を奪われていることを国立がん研究センターが発表しました。オフィスでの受動喫煙対策はどの企業でも実施されていますが、喫煙室は煙の漏れを防止できないので十分ではありません。詳細は筆者のホームページ(http://www.tobacco-control.jp)をご覧ください。受動喫煙をゼロにするには建物全体から喫煙室を撤去=全面禁煙とし、出入口や窓の近くにも灰皿を置かないことです。  2018年、改正健康増進法が国会で成立しました。これまで、見落とされがちだったレストランや居酒屋の従業員の健康を守るためにサービス産業も禁煙化が必要なのです。すでに大手のファミリーレストランや居酒屋チェーン店が全面禁煙とする方針を打ち出しました。2020年4月の完全施行を待たずに、個人経営の店舗でも自主的に禁煙化するレストランが増えていくことでしょう。非喫煙者も参加するアフターファイブの懇親会は全面禁煙のレストランで行うなど、社外での受動喫煙にも気をつけてください。 喫煙と労働災害  安全衛生委員会の役割は、労働者の「安全の確保」と「健康の保持・増進」です。その接点が本稿のテーマ「喫煙と労働災害」になります。  欧米における喫煙と労働災害の関係について、これまでに多くのケース・コントロール(症例対照)調査や追跡調査が行われています。複数の研究をまとめた統合分析も行われており、その結果、非喫煙者が労働災害を起こすリスクを1・0とすると、喫煙者の労働災害のリスクは1・6倍(95%信頼区間※2:1・44−1・81)、元喫煙者のリスクは1・31倍(1・25−1・55)と統計的に明らかに高かったことが示されています。しかし、これまでの調査には非喫煙者が受動喫煙に曝露(ばくろ)されているかどうかの情報が含まれてい喫煙と労働災害なかったため、受動喫煙の影響については明らかではありませんでした。 日本における喫煙と労働災害の調査@  中田光紀(あきのり)教授(国際医療福祉大学)を中心とするグループでは、本人の喫煙だけでなく、受動喫煙の有無による影響についても調査するため、職場での受動喫煙を「なし」、「時々」、「ほぼ毎日」で把握する調査を2002年8月から12月に行いました(1)。調査は、埼玉県八潮市の職業別電話帳からランダムに329の中小規模の製造業事業者(労働者数1〜158人)を選び、電話をかけ、「ライフスタイルと健康」の調査に協力の同意が得られた244事業場の2302人に自記式アンケートを配布し、男性1416人、女性694人から有効回答を得ました。  当時の国民全体の喫煙率は男性48%、女性14%でした(2003年、厚生労働省調査)。また、受動喫煙に対する意識が低かった時代であったため、職場で受動喫煙の曝露を「いつも」受けている非喫煙者は、男性40%、女性39%でした。中田教授らの調査対象者は、喫煙率が高い中小規模の製造業でしたから、喫煙率は男性61%、女性22%と国民の平均的な喫煙率を大きく上回っていました。アンケートでは、年齢、婚姻状況、教育歴、アルコールとカフェインの摂取、体格指数、治療中の疾患、不眠の有無、仕事のタイプ、業種、勤続年数のほか、「過去1年間で仕事中に軽いひっかき傷や切り傷を含むケガをしましたか」という問いに「はい」、「いいえ」で回答してもらっています。  結果を図表3に示します。非喫煙者が労災事故を起こすリスクを1・0(縦線)とすると、男性の非喫煙者で職場の受動喫煙が「時々」ある場合の労働災害のリスクは、1・11倍(95%信頼区間:0・63−1・96)で統計的には明らかな差ではありませんでしたが、「いつも」では1・72倍(0・81−3・66)でした。一方、喫煙者が労働災害を起こすリスクは1・58倍(1・01−2・47)で統計的に明らかに高い、という結果でした。女性についても、回答数が少ないため、統計的に明らかな差とはいえませんが、同様の傾向があらわれています。 日本における喫煙と労働災害の調査A  某製鉄所(労働者数約3000人)において、喫煙の有無と労働災害の頻度について調査を行いました。この製鉄所は工場専用の救急車があります。工場内の事故で救急車が出動した5年間の記録と、事故を起こした人の前年の健康診断の喫煙状況を突き合わせたところ、単年度では明らかな差はでませんでしたが、5年間の結果を統合すると非喫煙者が労働災害を起こすリスクよりも喫煙者のリスクは1・49倍(95%信頼区間:1・02−2・19)と明らかに高いことがわかりました(図表4)(2)。  欧米での統合分析、日本の二つの調査結果は、いずれも喫煙・受動喫煙が労働災害を起こすリスクは約1・5〜2倍で一致していることから、確からしい現象だと思われます。 喫煙が労災事故を増やす原因  タバコを吸って肺で吸収されたニコチンは血液によって運ばれ、数秒後には脳内のニコチン受容体(ニコチンを感じる細胞)を刺激し、ドパミンやセロトニンなど快感や脳の覚醒作用をもたらす神経伝達物質が過剰に分泌されます(図表5)。神経伝達物質の過剰分泌がくり返されるとフィードバック効果で神経伝達物質を分泌する本来の能力が低下して、ニコチンがない状態ではイライラを感じます(禁断症状、離脱症状)。このとき、ニコチンを補給してドパミンなどが分泌されると快感とともに脳機能が覚醒し、仕事がはかどる、あるいはよいアイデアが浮かぶ、と感じます(図表6)。  逆にいうと、ニコチン濃度の低下は脳の覚醒度と注意力の低下につながり、労働災害を増やすのではないか、と考えられます。また、喫煙者の視覚障害や聴覚障害、あるいは睡眠障害による昼間の眠気なども、ニコチンが要因と考えられています。さらに、このようなニコチン濃度のアップダウンは気分のアップダウンと連動するため、うつ病になるリスクが約2倍高いという調査結果もあります。  先日、ある企業で「喫煙の本質はニコチン依存」と講演したところ、「帰宅するまで我慢できない、というのはアルコールよりもひどいですね」という感想を聴講者からいただきました。ビールは会社が終わるまで我慢できますが、ニコチンは午前中から何回も補給が必要であることを考えれば、「依存症」として重症なのはニコチン、と理解できるでしょう。 ニコチン依存症から脱出させる社内環境  喫煙者は、勤務の合間に喫煙(ニコチン補給)ができるから禁煙できない、禁煙しようと思わないのです。千葉県のA工場(約3000人)では「2020年に敷地内禁煙」と宣言し、工場全体で禁煙に取り組んだ結果、同世代の喫煙率より18%も低くなりました。通信関係で全国展開するB社では2015年1月より敷地内禁煙、かつ、勤務時間中は出張・営業で社外にいても喫煙禁止とし、その前後で喫煙率は約5%低下しています。  共通しているのは、社内をタバコが吸いにくい環境にして、禁煙治療に誘導していることです。そのためには、産業保健スタッフが禁煙治療の原理を知っておくことが大切です。 @ニコチンを補充する治療  ニコチンガムとパッチは口腔粘膜、皮膚からニコチンを補給することでニコチン切れの離脱症状を緩和します。 Aニコチンを含まない治療  ニコチンと形状が似ている薬を内服することでニコチン受容体をブロックし、かつ、部分的に刺激します。 おわりに  これだけタバコが吸いにくい世の中になってもタバコが止められない、というのは自力での禁煙は困難であることの証拠です。禁煙外来を受診させ、禁煙補助薬を使って科学的に禁煙させることは、社員の健康を守る、中高年になっても元気に働いてもらう、という意味で高齢労働者の健康を守るための根本的な解決策なのです。また、製造業では労働災害のリスクを下げ「ゼロ災」を達成するための隠れたポイントでもあります。さらに、喫煙者が禁煙に成功すれば脳細胞の神経伝達物質の分泌能力が回復し、吸わない人と同様、安定して能力が発揮できるようになるので、職場全体の作業効率の向上も期待できるのです。 〔参考文献〕 (1)Nakata A, et al. Social Science & Medicine. 63; 2452-2463. (2)守田祐作,他 第23回日本産業衛生学会 産業医・産業看護全国協議会 2013 ※1 健康日本21……厚生労働省が推進する国民健康づくり運動「21世紀における国民健康づくり運動」の通称。2000〜2012年までが第一次、2013〜2022年が第二次にあたる ※2 95%信頼区間……くり返し調査を行った際の平均値が95%の確率で含まれる範囲 図表1 日本人の死因トップ16 (循環器疾患33,400) (がん77,400) (呼吸器疾患18,100) @〜E、Jは生活習慣で改善可能 @喫煙 A高血圧 B運動不足 C高血糖 D塩分の高摂取 Eアルコール摂取 Fヘリコバクター・ピロリ菌感染 G高LDLコレステロール HC型肝炎ウイルス感染 I多価不飽和脂肪酸の低摂取 J過体重・肥満 KB型肝炎ウイルス感染 L果物・野菜の低摂取 Mヒトパピローマウイルス感染 NヒトT細胞白血病ウイルス1型感染 Oトランス脂肪酸の高摂取 0 20 40 60 80 100 120 140 死亡者数 禁煙&ウォーキングで上位4つの疾患対策が可能 128,900 103,900 52,200 34,100 34,000 32,700 30,600 23,900 23,000 21,200 19,000 11,600 8,900 2,600 1,100 0 循環器疾患 悪性新生物 糖尿病 その他の非感染性疾病 呼吸器系疾患 外因 出典:厚生労働省「健康日本21(第二次)」 図表2 受動喫煙による年間死亡数推計値、約1万5千人 男性:4,523人 肺がん 14% 虚血性心疾患 35% 脳卒中 51% 女性:10,434人 肺がん 18% 虚血性心疾患 28% 脳卒中 54% 肺がん2,484人、虚血性心疾患4,459人 脳卒中8,014人 出典:厚生労働省「世界禁煙デー シンポジウム資料」(2016年) 図表3 喫煙・受動喫煙の有無と労働災害のリスク 10歳ごとの年齢、婚姻状況、教育歴、体格指数、不眠状況、職種、労働経験で補正 男性 非喫煙者 受動喫煙 時々あり いつもあり 喫煙者 女性 非喫煙者 受動喫煙 時々あり いつもあり 喫煙者 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 出典:中田らの論文(2006年)より筆者作成 図表4 喫煙と業務中の怪我 (年齢、性別、体格指数、現場作業時間、平均睡眠時間で調整) 年 調整後オッズ比 95%CI 2008 2009 2010 2011 2012 1.51 1.96 1.10 1.55 1.66 0.71-3.27 0.81-5.07 0.53-2.24 0.60-3.99 0.55-5.23 統合オッズ比 1.49(1.02-2.19) 2008 2009 2010 2011 2012 2008〜2012 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 オッズ比 出典:守田らのポスター発表(2013年)より引用 図表5 ニコチンにより刺激・分泌される神経伝達物質とその作用 ニコチン ドパミン→快楽、食欲抑制 ノルエピネフリン→覚醒、食欲抑制 セロトニン→気分の調整(抗うつ)食欲抑制 アセチルコリン→覚醒、認知作業の向上 バゾプレッシン→記銘力の向上 β-エンドルフィン→不安や緊張の軽減 出典:N.Benowitz, Nicotine Dependence. 1999 図表6 ニコチン血中濃度の低下による症状 喫煙で「仕事がはかどる」と感じるが、本来の能力に戻るだけ ニコチン血中濃度 30〜60分 30〜60分 イライラ感 タバコが吸いたい 集中しにくくなる タバコによるストレス 吸いたくてたまらない 満足(いい気持ち) 出典:日本呼吸器学会「禁煙推進カード」より作成 第19回 反射神経が低下した高齢労働者の災害防止の方法 一般社団法人労務安全監査センター 東内(ひがしうち) 一明(かずあき) 1 高齢労働者の体の動き−−高齢労働者はとっさの動きが困難 ■指や腕の動きの間違いによる災害  筆者は74歳の高齢者ですが、エレベーターで目的の階とは違うボタンを押してしまうことがあります。しかも、押そうとする途中で間違いだと気づいても、とっさに改められないのです。これが、まさに反射神経の衰えの結果です。  多くの高齢労働者が、毎年、「挟まれ・巻き込まれ」災害によって、重篤(じゅうとく)な障害を受けています。ローラー、ギアー、コンベアーの近くで働いている人たちは、筆者と同じように反射神経の衰えにより、指や腕を挟まれ・巻き込まれて、重大な災害を起こしています(図A)。 ■ぺダルの踏み間違いによる車の暴走  ペダルの踏み間違いとは、ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違うことです。若いときであれば、間違いに気づいたその瞬間に、反射的にペダルを踏み替える動作ができます。しかし高齢者は、間違ったと気づいてもそのまま踏み続けてしまい、車が暴走します。筆者がエレベーターで間違ったボタンだと気づいても、そのまま押してしまうのと同じ現象です(図表1)。 ■転倒・転落・墜落も、高齢労働者の場合は反射神経の衰えが影響  高齢者は、畳のヘリでつまずいて、しかも自分が倒れそうになっているとわかっていても、しばしば、そのまま倒れてしまいます。これは、反射神経の衰えにより、バランスの回復が困難になっているからです。同じように、階段からの転落、通路の端からの墜落などにおいても、若い人であればバランスをすぐに回復し事故にならないようなケースでも、高齢労働者の場合は、そのまま転落・墜落して大きなケガをしたり、命を落としてしまうこともあるのです。 2 反射神経の低下による災害の防止策 @行動の安全化―急がず、一呼吸置く  高齢労働者の反射神経の低下は、だれにでも公平に訪れる人生の必然です。しかし、悲しむ必要はありません。とても簡単な対策があります。それは、「一呼吸置く」ことです。  エレベーターでボタンを押す、車のペダルを踏む、ローラーやギアーなどからゴミを取るなど、直前の動作と異なる動きをするときは、一瞬動きを止め、行おうとしている動作を確認し、ゆっくりと始めたらいいのです。急ぐ必要はありませんし、急いではならないのです。  これは、若い人でも、事務作業者でも同じです。例えば、打合わせなどで別の場所へ移動する際は、急に立ち上がらず、自分がこれから行おうとしている行動の全体像をいま一度思い浮かべ、それからゆっくりと立ち上がればよいのです(図B)。  この動作を、多くの作業標準・作業マニュアルには、「一呼吸置く」、「一人KY※を実施する」などと書いてあります。このやり方はあらゆる人の、あらゆる作業に適用される大原則ですが、残念なことに、筆者を含め高齢労働者は、これを若い人よりもおこたりがちです。つまり、「自分は長年この作業をくり返し行っているので、この『一呼吸置く』という原則を実行しないでも、いつも通りつつがなく作業ができる」と誤解しているのです。  しかし、そうではないのです。高齢労働者は反射神経が衰えているため、慣れている作業であればあるほど、さらに徹底して、この「一呼吸置く」という原則を実行しなければなりません。 A設備・機械の側の安全化  人間は、「とても誤操作を起こしやすい機械」と表現できます。この「誤操作」は、「ヒューマンエラー」と呼ばれ、これを100%なくすことはできません。「急がず、一呼吸置く」という作業標準の設定も、100%実行される、ということは期待できないのです。したがって、可能なかぎり、機械設備の方をいかなる場合にも安全であるようにするべきなのです。 ■機械の回転部分にカバーを設置  機械の回転部分は、高速で回転すればするほど、その回転部分は安全なように見えます。例えば、歯車は高速で回転すればするほど刃の部分は見えなくなって単なる円盤のように見えます。ゆっくり回っているときと比較すると危険度が増しますが、人間の警戒心は逆に減ります。そのため、この回転部分にはすべてカバーをすべきです。図A(40頁)のイラストのような巻き込まれ災害は、ローラー部分に保護カバーを設置していれば、決して起きない災害です。 ■機械の刃・作業点の部分にカバーを設置  機械の刃の部分や、加工する作業部分は、すべてカバーをしなければなりません。  機械の回転部分と異なり、機械の刃や作業部分はいかにも危険なように見えます。だからだれもここに指や手を入れないだろうと思います。しかし、間違いだとわかりつつも筆者がエレベーターのボタンを押してしまうように、作業員も「手を入れてはいけない」とわかっているのに、その部分にほこりを見つけたり、何か不具合があると、それを直そうとして咄嗟(とっさ)に手を入れてしまいます。入れてしまった場合に大事故につながらないよう、カバーの設置を心がけましょう。 ■カバーはインターロック式にすること  作業員が掃除などで機械のカバーを外した場合は、機械が動いていてはいけません。そこでカバーはインターロック式にするべきです。このインターロック式には、二つのやり方があります。一つは、カバーや柵を外したら自動的に機械が停止するような仕組み。もう一つは、機械の運転を停止しないと、カバーが外れないという仕組みです。筆者は、後者の方法をおすすめします。 ■通路・階段の設置とその安全確保―「ぬ・か・づけ」に注意  人は、働いているときも移動する必要があります。移動自体が職務の一つですから、「移動する」という職務を、安全に行わせるための施設が必要になります。それが「通路」です。通路は、人が通行するすべての場所に必要で、廊下や階段だけではありません。事務所にも、工場や建設現場の作業場所にも、通路が必要です。ところが、職場によっては通路が確保されていない場合がしばしばあります。職場の安全はまず通路からです。  転倒は、つまずきや滑(すべ)りによって発生します。高齢者は畳のヘリでもつまずくので、少なくとも5o以上のデコボコや、水濡れ・油濡れは厳禁です。また、通路に電気コードや踏み台などは置いてはいけません。  最近、高齢者の転倒防止には「ぬ・か・づけ」に注意が必要といわれています。「ぬ」は濡れた床、「か」は階段、「づけ」は片づけに注意しようという標語です。  続いて反射神経の低下による労働災害事例を紹介します。 事 例 とっさに立て直せない体のバランス反射神経の低下による労働災害とは 事例@ 掃除後の事務所の床で滑って転倒 【災害発生状況】  Aさん(62歳)は、事務所の床をモップで水拭き掃除後、床に水分が残っていたため滑って転倒。その際、机の角で頭部を強打し、4カ月後に慢性硬膜下血腫を発症しました。水濡れによる滑りは、若い人であればとっさに対応ができたものと思われますが、高齢であったためそのまま転倒し、しかも高齢者特有の疾病を発症させた事例です。  なお、慢性硬膜下血腫とは、高齢者が頭部を打撲した場合にその後数週間から6カ月程度の期間を経て、かなりの確率で硬膜下にできる血腫をいいます。この血腫は次第に大きくなって脳を圧迫し、認知症的症状を呈ていしたり、死に至ることもあります。そのため、高齢者が頭部打撲・外傷を受けた場合には、特に注意が必要となります。 【対策】  床を水で清掃した場合は、ただちに乾いた布で水分を拭き取る必要があります。それができない場合は、濡れている部分をカラーコーンなどで囲み、清掃注意という表示をしなければなりません。高齢労働者のいる職場では、転倒というありふれた災害が、死亡にいたる重大災害となることも稀まれではありません。完璧な対策が必要不可欠です。 事例A ハシゴから足を滑らせて墜落 【災害発生状況】  Bさん(66歳・経験年数15年)は、建設工事現場でハシゴを使って作業場に降りようとした際、濡れていたハシゴの桟(さん)で足を滑らせ高さ1・7メートルから墜落、死亡しました。 【対策】  この災害の直接の原因は、はしごの桟が濡れていて滑りやすかったことですが、若い人であれば、滑ってもただちに対応し、少なくとも墜落まではいたらなかったことでしょう。これも反射神経の衰えの結果です。しかし筆者は、この災害の原因は、そもそも高齢労働者に、このようなハシゴを使用させていることに問題があると思います。本来、ハシゴを通路として使用するには、上部を外れないように固定し、かつ墜落防止のための安全ブロックを設置し、昇降には墜落制止用器具(安全帯)の使用が必要です。これにより、高齢労働者はもちろん、若い人にとっても安全な作業が可能となります。 3 おわりに  高齢労働者の反射神経の衰えは、ウォーキングやジョギング、あるいは体操などの日常的な運動の習慣により進行を遅らせ、また、ある程度の回復も可能だといわれています。ぜひ、高齢者の方にはそのような努力をお願いします。また事業所においても、高齢労働者の運動を勧奨していただくようお願いします。しかし、そのような努力を尽くしても、筆者がそうであるように、若いときの体力には戻りません。  一方、反射神経の衰えからくる労働災害の予防策は、いずれも従来、すべての年齢のあらゆる労働者に対して必要なものとして、声高くいわれてきたことばかりです。特別なことはなにもありません。ただ、高齢労働者がいる職場では、それらの対策をより緻密に、より完璧に実施しなければならないということです。「これくらいならいいだろう」と少しでも油断すると、きわめて深刻な災害が発生します。  しかし、完璧に措置すれば、高齢労働者だけではなく、有病者や身体障害者、さらには若い人も守ることになり、ダイバーシティが進むわが国の職場を、より安全で理想的なものに変えていくこととなります。 ※一人KY……単独で作業などを始める前に、少し時間(1 分程度以下の短い時間)をとって、これから始めようとする作業の危険点(注意点)について頭のなかで予知してみること 図表1 四輪車の年齢層別のペダル踏み間違い事故割合(特殊車、ミニカーを除く)※事故割合=ペダル踏み間違い事故件数÷全事故件数 (%) 4 3 2 1 0 24歳以下 25〜54歳 55〜64歳 65〜74歳 75歳以上 事故割合(平成14〜18年) 事故割合(平成24〜28年) ペダル踏み間違い事故は75歳以上の高齢ドライバーが起こしやすい 出典: 公益財団法人交通事故総合分析センター『イタルダインフォメーション』No.124より抜粋 図A ローラーによる巻き込まれ災害 図B 立ち上がる前にこれからの行動の全体像をイメージ 第20回 高齢運転者の交通事故防止に向けて 公益財団法人交通事故総合分析センター 特別研究員 西田 泰(やすし) はじめに  職業運転者にはさまざまな職種があり、高齢の職業運転者の交通安全についてはそれぞれの業種で検討されているところです。ここでは業務にかかわる運転での交通安全ではなく、就業者に共通する通勤時や私用目的での運転を対象に、高齢運転者の交通安全について述べていきたいと思います。 高齢運転者の交通事故を防止するために  高齢者の交通事故の特徴には、歩行中の死亡事故が多い、操作ミスによる事故が多いなど、いろいろなものがあげられます。 ■被害者とならないための「予防安全」・「衝突安全」  交通事故を「災害」と考え、交通事故による「被害」に着目してみましょう。被害は負傷や死亡といった被害程度で分けられ、警察の統計や交通安全白書では、さらに被害に遭ったときの道路利用状態で分類しています。図表1は、2017(平成29)年の交通事故による被害者を被害程度と状態別に集計したものです。65歳以上の高齢者は歩行中(48%)や自動車乗車中(29%)の死者が多いのですが、負傷者を含めた死傷者に着目すると、自動車乗車中(54%)が多く、歩行中(19%)や自転車乗用中(19%)は約3分の1と少なくなります。  さらに、65歳以上は24歳以下と比べ死者は多いが死傷者が少ないことがわかります。つまり、交通事故対策は死傷者数を少なくするために事故(衝突)発生を抑える「予防安全」と、死者数を少なくするために事故に遭ったときの被害程度を抑える「衝突安全」の二つの視点から考慮すべきことがわかります。そして、交通安全対策をこの二つに分類することで、交通安全に関する教育・指導をわかりやすく、効果的なものにすることができます。  ただし、高齢者は衝撃などに対する耐性が弱く、シートベルトを着用していても交通事故に遭ったときの死亡率が高いため(図表2)、高齢の自動車乗員の死亡事故にかぎっては、交通事故を防止する「予防安全」に重点を置くことが現実的でしょう。 ■加害者とならないために  交通事故を道路交通法などに対する「違反行為」によるものと考えると、「加害者にならない」という観点から交通事故防止対策を実施することが必要です。  2017年の交通事故の第1当事者(以下「1当」)※1を道路利用者の種類別にみると、自動車が人身事故では91%、死亡事故でも79%を占めており、圧倒的に自動車が多くなっています※2。つまり、交通事故を防止するには、自動車運転者がミスや法令違反を犯さないようにすることが必要です。  図表3の○印は、自家用普通乗用車運転中に1当となった運転者数を示したものです。率が最も低い「55〜64歳」と比べて、「65〜74歳」は若干高いだけで、「75〜84歳」、「85歳以上」でも1・5倍以下であり、「18〜24歳」や「25〜34歳」と比べても、高齢者の率が極端に高いわけではありません。  では、若い人の運転が危険で、高齢者の運転は危険ではないのでしょうか。  1年間で、運転中に事故に遭う率は、以下のように表現することもできます。  年間の事故率(件数/年)=年間の運転頻度(運転頻度/年)×運転頻度あたり事故率(件数/運転頻度)  このため、運転頻度あたり事故率が高くても、年間の運転頻度が低ければ、年間の事故率は高くはなりません。  一方、図表3の■印は、自家用普通乗用車の運転頻度あたりの事故率(相対事故率)を示したものであり※3、○印に比べて65歳を超えると率が急激に上昇しています。つまり、高齢者は運転頻度あたりの事故率が高く、その運転方法は若い人に比べて危険である(事故を起こしやすい)と考えられます。  社会に与える影響としては、免許保有者数あたりの年間の事故率で考えた方がいいかもしれませんが、それでも75歳を超えると成年層の1・5倍近くになりますので、今後、高齢の運転免許保有者が増加することを考えると、高齢運転者の事故率の高さが大きな問題であることに変わりはありません。 高齢運転者の危険性―自己の能力の過大評価―  加齢にともない認知、判断および操作などの運転に必要な能力は低下しますが、図表3の■印が示す加齢にともなう相対事故率の上昇は、このような能力低下によるものだけではないと考えられます。  その理由を、先ほどの式を変形し、個人が1年間に事故に遭うことで考えてみましょう。  年間の事故件数=年間の運転頻度×運転頻度あたり事故率(件数/運転頻度)  この式の変数のなかで、一般に「運転頻度あたり事故率」を定量的に把握することはむずかしく、容易に把握できるものは「年間の事故件数」です。ただし、運転方法が少々危険であっても常に事故を起こすわけではなく、たまたま1年間事故に遭わなかったことで自分の運転能力に問題はないと誤って評価する者もいます。  人の運転行動を論じる際に使われる概念に、「認知モデル」というものがあります。このモデルでは、能力が低下してもそれを理解して運転方法を修正すれば、交通事故を防ぐことができるとしています。しかし、自己の能力評価が適切にできないと、運転方法の修正はできず、運転能力が低下した分、事故の危険性(例えば相対事故率)は上昇します。  図表3の■印や多くの調査研究が示してきたように、加齢にともなって運転能力が低下すること(運転頻度あたりの事故率が上昇すること)は確かなことですが、事故に遭っていないことで、自己の運転能力に問題はないと過大に評価すると、事故の危険性はさらに上昇します。 「意識」ではなく「行動」の変容を  図表4の左図は、過去6年間に脇見運転で人身事故を起こした者が、その後3年間に、同じ脇見運転で人身事故を起こした時の相対事故率を年齢層別に示したものです※4。  人は「反省の動物」といわれることもありますので、通常であれば事故を起こした者は同じ失敗をくり返さないように運転方法を修正するのではと考えられますが、この図はそれとは反対の傾向を示しています。  脇見運転は追突事故の原因となることが多い人的要因ですが、追突事故を防ぐためには、脇見をしないように注意レベルを上げればいい、というものではありません。人はどんなに注意してもミスを犯すものであり、高い緊張感を持続することはむずかしいものです。特に、高齢者の場合はなおさらです。  では、どうすればよいのか。それは、ミスをしても対応できる運転方法に修正することです。追突事故を防ぐのであれば、車間距離をあけることが効果的で実践可能です。外見からはわからない「意識」ではなく、外見からもわかりやすい「行動」で対応することです(図表5)。  図表4の右図は、同じく安全不確認を対象に描いたものです。安全不確認で人身事故を起こした者がその後も安全不確認で事故を起こす率(●)は高いのですが、脇見運転に比べ、事故経験のない者など(○、○)との差は小さくなっています。  安全不確認は、出会い頭事故の原因となることが多い人的要因であり、それを防ぐためには、一時停止して安全確認するように運転方法を修正することが効果的です。過去に同様の事故を起こしている、いないにかかわらず、行動化が大切です。しかも、一度停止しているので、発進直後の速度は低く、衝突しても人が死傷する人身事故になる率は低くなります。 おわりに  以下のような話題を通して、従業員の方の交通安全意識高揚を図ってみてはいかがでしょうか。 事故を防ぐための正しい理解 問 W1000日間無事故を続けることWとW2000日間無事故を続けることWどちらがむずかしいでしょうか? 答 W2000日間無事故を続けることWがむずかしい。  この問題は簡単ですが、すべての人がこの意味を十分に理解していないようです。  むずかしいことを達成するには努力が必要ですが、1000日間無事故が続くと気が緩んでしまい、以前よりも運転方法が危険な(運転頻度あたりの事故率が高い)ものとなって事故に遭ってしまうこともあります。次の1000日間のためには、いままで以上に安全運転に努める意識と行動をとることが大切です。 ※1 第1当事者(1当)は、最初に交通事故に関与した車両等(列車を含む)の運転者又は歩行者のうち、当該交通事故における過失が重い者、また過失が同程度の場合には人身損傷程度の軽い者。また、第2当事者(2当)は、当該交通事故の第1当事者が最初に衝突、接触した車両等(列車を含む)の運転者又は歩行者 ※2 交通事故総合分析センター:交通統計 平成29 年版 ※3 相対事故率は、運転頻度の指標として多くの資料で利用されている無過失で交通事故の2当となった者の数を使い、以下の式で計算したもの。相対事故率(=1当運転者数/無過失2当運転者数)。値は、「西田泰:交通事故の当事者属性を考慮した自動運転による事故防止、自動車安全運転シンポジウム講演資料」から引用 ※4 T.Matsuura & Y.Nishida:Study on mechanism of driving performance change with aging using cohort analysis of traffic accidents、ICAP2018 発表資料 図表1 年齢層別・状態別 死者数および死傷者数 2017年中 状態別 自動車乗車中 二輪車乗車中 自転車乗用中 歩行中 その他 全状態 年齢層 運転中 同乗中 死者数 24歳以下 71 58 118 32 60 1 340 25〜44歳 170 24 157 38 97 1 487 45〜64歳 288 31 221 83 219 5 847 65歳以上 414 165 136 326 972 7 2,020 全年齢 943 278 632 479 1,348 14 3,694 死傷者数 24歳以下 26,776 31,438 15,445 34,053 11,535 210 119,457 25〜44歳 127,946 27,151 21,480 20,889 11,118 247 208,831 45〜64歳 97,948 19,152 16,437 17,137 12,462 168 163,304 65歳以上 35,251 15,042 7,802 17,289 17,425 143 92,952 全年齢 287,921 92,783 61,164 89,368 52,540 768 584,544 出典:交通事故総合分析センター:交通統計 平成29年版 図表2 シートベルト着用者の年齢層別 致死率(2015〜17年) 致死率(%) 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 6歳以下 13〜15歳 20〜24歳 30〜34歳 40〜44歳 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 80歳以上 全年齢 運転者 着用 前席同乗者 着用 後席等同乗者 着用 致死率(%)=死者数/死傷者数 出典:交通事故総合分析センター:交通統計 平成27〜29年版 図表3 年齢層別 免許保有者10万人あたり事故件数および相対事故率 免許保有者数あたり事故率(件/10万人/年) 600 500 400 300 200 100 0 18〜24歳 25〜34歳 35〜44歳 45〜54歳 55〜64歳 65〜74歳 75〜84歳 85歳以上 相対事故率(1当運転者数/無過失2当運転者数) 14 12 10 8 6 4 2 0 免許あたり事故率(2013〜17年平均) 相対事故率(2013〜17年平均) 出典:交通事故総合分析センター:自家用普通乗用車運転中の人身事故 2013〜17年 図表4 過去6年間(2004〜09年)に経験した事故の人的要因とその後3年間(2010〜12年)の同じ人的要因での相対事故率(自家用普通乗用車を同乗者なしで運転中の人身事故) 相対事故率 1.5 1.0 0.5 0.0 41.5 46.5 51.5 56.5 61.5 66.5 71.5 76.5 平均年齢(歳) 事故経験なし 脇見運転での事故経験あり 他要因での事故経験あり その後3年:脇見運転 5 4 3 2 1 0 41.5 46.5 51.5 56.5 61.5 66.5 71.5 76.5 平均年齢(歳) 事故経験なし 安全不確認での事故経験あり 他要因での事故経験あり その後3年:安全不確認 出典:T.Matsuura & Y.Nishida:Study on mechanism of driving performance change with aging using cohort analysis of traffic accidents、ICAP2018 発表資料を編集 図表5 「意識」ではなく「行動」をかえる 第21回 7つの観点から考える高齢労働者にとっての快適な職場づくり こころの耳運営事務局 事務局長 石見(いわみ)忠士(ただし)  高齢労働者が安全・健康に働き、持っている能力を発揮してもらうためには、職場改善の取組みが重要になります。厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」※によると、そのためには、加齢にともなう身体機能の低下や機械設備・作業環境・作業方法の改善など、安全面からの快適な職場づくり(ハード面)のみならず、加齢による心理的な変化や若年労働者とのコミュニケーションのあり方への配慮、健康の保持・増進といった、衛生面からの対策(ソフト面)も必要です。  それらを考えるときに、「快適職場調査(ソフト面)」(図表1)の視点およびチェックツールがさまざまな職場で役に立ちます。これは厚生労働省委託事業として中央労働災害防止協会で長年調査研究された成果物であり、メンタルヘルス分野とキャリア形成分野の両面から開発されたチェックツールです。  「快適職場調査(ソフト面)」は、職場の現状を的確に把握し、そのうえで問題点を発見し、具体的な職場全体の取組みに役立てるためのものです。経営者や人事・労務担当者、管理監督者用の「チェックシートT(事業所用)」と、一般従業員用の「チェックシートU(従業員用)」の2種類のチェックシートを使用します。質問内容(7領域35項目)はまったく同じです。同じ質問項目により、管理者と従業員の意識の違いを比較・検討することで、働きやすい職場づくりに向けたソフト面の課題を把握し職場環境の改善につなげる仕組みとなっています。  「快適職場調査(ソフト面)」の7領域を順にご紹介します。「@キャリア形成・人材育成」におけるポイントは、「この職場では従業員を育てることが大切だと考えられているか」についてです。この視点は、若年労働者のみならず高齢労働者にとっても、安全で健康に、かつ快適に長く仕事を続けていくうえで重要です。人材育成は企業にとって永続的に取り組むべき経営上の基幹課題のひとつであり、人材の成長は企業の成長を支え、企業の成長が人材の成長機会を拡大します。近年は労働者も自らのキャリアのあり方に強い関心を持ち、自分を活かし成長させること(労働者の自立支援・強化)ができる組織を求める傾向が強くなっています。  「A人間関係」のポイントは、「上司は部下の状況に理解を示してくれるか」についてです。この視点は、高齢労働者にとって、上司が自分より年下になりうる状況のなかで、気持ちの整理をつけて関わっていくうえで重要です。企業組織において、タテ、ヨコの職場の人間関係は、働きやすさを左右する重要な要素ですが、特に、上司と部下の関係は、評価者と被評価者であるため、能力の発揮と成長、組織への帰属意識の醸成などに大きな影響を与え、組織運営上、もっとも重視すべき要素です。自由なコミュニケーションに基づく良好な関係、互いに支援・協力しあう関係が大切です。  「B仕事の裁量性」におけるポイントは、「自分のやり方と責任で仕事ができるか」についてです。この視点は、高齢労働者にとって、処遇とは異なる面で、自分がかかわっているという働きがいという点からも重要です。従業員としては、自分に一定の裁量と責任が付与され、自らの独自性や創造性を発揮することで、新たな価値を生み出すような仕事ができれば、大いにやりがいや満足感が得られるものです。  「C処遇」のポイントは、「給料の決め方は公平であるか」です。この視点は、高齢労働者にとって、「再雇用」などの形で継続して働いていても、再雇用の前とほぼ同じ量・内容の業務で賃金が下がってしまえば、不満につながってしまうため、とても重要です。賃金に関しては、制度運用面における総額賃金コストや賃金水準の適正性、個別社員間差異の公正性、評価の妥当性などに加え、制度設計における賃金構成、賃金体系、賃金形態などに着目する必要があります。さらに、賃金額の決定においては、社員の生計費、会社の業績・生産性に基づく支払い能力、労働力の需給関係、労使間の交渉、従業員の満足感やモチベーション、世間相場などさまざまな要素を考慮しながら決定することが必要であり、賃金構成や賃金体系の設計の際、何を重視して経営しているのかという企業経営の根幹となる考え方が反映されたものになります。  「D社会とのつながり」におけるポイントは、「今の職場やこの仕事にかかわることを誇りに思っているか」についてです。この視点は、高齢労働者にとって、「仕事の裁量性」と同様に、社会に役立つ働き方をしているという点から重要です。企業の社会的責任(CSR)の観点から、企業は社会の公器として大きな役割をになって存在しています。企業組織に所属する一人ひとりの従業員もまた、自らの仕事に社会的意義を感じられること、仕事を通じて社会に貢献することを望んでおり、その有無が労働者の満足感や充実感にも影響を与えています。  「E休暇・福利厚生」におけるポイントは、「この職場では年次有給休暇を取りやすい制度や雰囲気があるか」です。高齢労働者の場合、病気やけが、体調不良などで休む機会が増えることもあるため、休暇のとりやすさは重要です。年次有給休暇の取得については、企業や職場、階層によって取得しやすさが異なり、取得率に大きな差異があります。  「F労働負荷」におけるポイントは、「残業、休日、休暇を含めて今の労働は適当だと思うか」についてです。高齢労働者にとっては、「休暇・福利厚生」と同様に、心身疲労に直接つながる過度な労働負荷は抑えることが重要です。恒常的な長時間労働は、結果として従業員のパフォーマンスにマイナスの影響を与えるとともに、疲労やストレスが蓄積すると、業務上のミスや業務品質の低下を招くことになり、労働災害や過労死という重大な問題につながる可能性もあります。  最後に、「快適職場調査(ソフト面)」を用いた研究結果のなかから、「高齢労働者における職場の快適度の低い項目の把握とそれらへの対策事例」、「若年労働者と高齢労働者との間における意識差があった事例」、「快適な職場形成のための取組み事例」の3事例を紹介します。 【事例1】医療保険業・A社  医療と密接な業種でもあり、全体的に「@キャリア形成・人材育成」、「A人間関係」、「D社会とのつながり」の快適感は高い傾向がありました。しかしながら、50代・60代では、「C処遇」、「F労働負荷(翌日までに仕事の疲れを残すことはない)」の得点が低いという結果が出ました。  給与などの処遇に関しては、職種によっては年齢給の定期上げ幅があまり大きくないこともあるため、不満を持っていることが推察されます。さらに、60代以上の不満が大きい点からも、高齢者雇用の給与体系について検討する余地があることがわかりました。ただし、これらは担当者レベルで対応するのはむずかしく、経営方針として考えることであるため、幅広い視野でみんなで考えることにしました。  また、「仕事の疲れを翌日に残す」などの労働負荷の高さを感じていることに関しては、加齢にともなう心身の負担による影響と思われました。後日、調査結果をもとに外部の専門家が、職場訪問をした際に、従業員に対してヒアリングと助言が行われました。外部の専門家に職場の状況や悩みを語るなかで、従業員にとっては、自分の考え方を整理し、「外部からとらえるとそういうことなのか」と気づきが生まれ、自身が取り組むべき行動を明らかにすることにつながりました。 【事例2】製造業・B社  管理監督者と60代の従業員の意識差という点では、「@キャリア形成・人材育成」、「A人間関係」、「B仕事の裁量性」、「C処遇」、「E休暇・福利厚生」の項目が、管理監督者よりも60代従業員の方が快適感が低い傾向がありました。特に、給与などの「C処遇」においては差が大きいことが明らかとなりました。  調査結果に基づき、中央労働災害防止協会が推奨する危険予知訓練(KYT)の「4ラウンド方式(1ラウンド:現状把握、2ラウンド:本質追求、3ラウンド:対策樹立、4ラウンド:目標設定)」に沿って、各職場で討議・検討を行いました。この検討会を行ったことで、みんなで話し合う機会ができ、職場のコミュニケーションはよくなりました。また、管理監督者も従来は自分の仕事に追われていましたが、60代の従業員を含む部下の仕事ぶりにも気を配る必要があることの気づきにつながりました。高齢労働者の給与などの処遇については、60代従業員の不満を理解したうえで、経営者にとっての今後の課題として意識されました。 【事例3】保守管理業・C社  管理監督者と40代・50代の従業員においては、「B仕事の裁量性」、「C処遇」の項目が、管理監督者よりも40代・50代の従業員の方が満足しているという認識の差がありました。  管理監督者は30代後半から40代前半が多い職場です。そのため、40代・50代といった年上の部下を指導することになります。調査結果では、40代・50代の従業員が、仕事の進め方に関して自由度があり、給与などの処遇に満足していることで、一端だけを見るとよい職場ととらえがちです。しかしながら、年下の管理監督者にとっては、負担やそれらに関する不満があるのではないかと想像されます。この会社はまだ設立7年と社歴が短いこともあり、若い管理監督者を含め、社員の長期的なキャリアパスが現実として存在していないといったこともあるので、今後新たに作成して社員に提示していくことを目ざしています。  みなさまの職場でもぜひ「快適職場調査(ソフト面)」を活用して、高齢労働者が働きやすい職場環境改善活動を行ってみてください。 ※ 「職場のあんぜんサイト」http://anzeninfo.mhlw.go.jp/ 図表1 働きやすい職場づくりのための快適職場調査(ソフト面) 下記の設問について、該当すると思う個所に○を付けてください。 全くあてはまる どちらかといえばあてはまる どちらともいえない どちらかといえばあてはまらない 全くあてはまらない 領域1 キャリア形成・人材育成 1 意欲を引き出したり、キャリア形成に役立つ教育が行われている。 5 4 3 2 1 2 若いうちから将来の進路を考えて人事管理が行われている。 5 4 3 2 1 3 グループや個人ごとに、教育・訓練の目標が明確にされている。 5 4 3 2 1 4 この職場では、誰でも必要なときに必要な教育・訓練がうけられる。 5 4 3 2 1 5 この職場では、従業員を育てることが大切だと考えられている。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域1 合計  点÷5=  点 領域2 人間関係 6 上司は、仕事に困ったときに頼りになる。 5 4 3 2 1 7 上司は、部下の状況に理解を示してくれる。 5 4 3 2 1 8 上司や同僚と気軽に話ができる。 5 4 3 2 1 9 この職場では、上司と部下が気兼ねのない関係にある。 5 4 3 2 1 10 上司は、仕事がうまく行くように配慮や手助けをしてくれる。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域2 合計  点÷5=  点 領域3 仕事の裁量性 11 自分の新しいアイデアで仕事を進めることができる。 5 4 3 2 1 12 仕事の目標を自分で立て、自由裁量で進めることができる。 5 4 3 2 1 13 自分のやり方と責任で仕事ができる。 5 4 3 2 1 14 仕事の計画、決定、進め方を自分で決めることができる。 5 4 3 2 1 15 自分の好きなペースで仕事ができる。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域3 合計  点÷5=  点 領域4 処遇 16 世間的に見劣りしない給料がもらえる。 5 4 3 2 1 17 働きに見合った給料がもらえる。 5 4 3 2 1 18 地位に合った報酬を得ている。 5 4 3 2 1 19 給料の決め方は、公平である。 5 4 3 2 1 20 この会社の経営は、うまくいっている。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域4 合計  点÷5=  点 領域5 社会とのつながり 21 自分の仕事は、よりよい社会を築くのに役立っている。 5 4 3 2 1 22 自分の仕事が、社会と繋がっていることを実感できる。 5 4 3 2 1 23 自分の仕事は、世間から高い評価を得ている。 5 4 3 2 1 24 自分の仕事に関連することが、新聞やテレビによくでる。 5 4 3 2 1 25 今の職場やこの仕事にかかわる一員であることに、誇りに思っている。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域5 合計  点÷5=  点 領域6 休暇・福利厚生 26 この職場には、世間よりも長い夏期休暇や年次休暇がある。 5 4 3 2 1 27 この職場では、産休、育児休暇、介護休暇がとりやすい。 5 4 3 2 1 28 この職場では、年次有給休暇を取りやすい制度や雰囲気がある。 5 4 3 2 1 29 この職場には、心や身体の健康相談にのってくれる専門スタッフがいる。 5 4 3 2 1 30 心や身体の健康相談のために、社外の医療機関などを気軽に利用できる。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域6 合計  点÷5=  点 領域7 労働負荷 31 仕事はいつも時間内に処理できる。 5 4 3 2 1 32 全体として仕事の量と質は、適当だと思う。 5 4 3 2 1 33 残業、休日、休暇を含めていまの労働は適当だと思う。 5 4 3 2 1 34 翌日までに仕事の疲れを残すことはない。 5 4 3 2 1 35 家に仕事を持ち帰ったことはめったにない。 5 4 3 2 1 ○を付けた点数を合計し、合計点を5で割り小数点第1位まで記入してください。 領域7 合計  点÷5=  点 領域1〜領域7の合計点を合計した数を35で割り小数点第1位まで記入してください。 総合計点÷35=   点 出典:働きやすい職場づくりのための「職場のソフト面の快適化のすすめ」(厚生労働省・中央労働災害防止協会) 第22回 高齢労働者と座りすぎ 早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 岡 浩一朗 はじめに  経済協力開発機構(OECD)による国民の労働時間に関する調査によると、日本人の一人あたり平均年間総実労働時間は、ここ40年間で徐々に減ってきており、1990(平成2)年では年間2031時間でしたが、2015年には年間1719時間となっています。これは週休二日制の普及などによる労働時間の減少や非正規労働者の増加などの影響が考えられます。  その一方で、平日一日あたりの労働時間は増加傾向にあります。特に、在社中の残業時間は約90分と、ほかの先進諸国に比べて非常に長く、アメリカやフランスの約3倍にもおよびます。  このような状況が、週あたり60時間以上働くような長時間労働者が減少しない一因となっています。結果として、労働者に疲労の蓄積や睡眠・休養不足、血管病変の加速をもたらし、重大な健康障害(例えば、メタボリックシンドローム、重度の腰痛や首・肩痛、うつ病など)を誘発するだけでなく、生産性やワーク・エンゲイジメント※1の低下、アブセンティズム※2・プレゼンティズム※3を引き起こす可能性がある点は大きな問題と考えられます。  これら長時間労働の問題に加え、今日の技術革新にともなう仕事内容の急速な機械化・自動化と相まって、労働者における長時間の座位行動(座りすぎ)がもたらす健康リスクが注目されるようになってきました。  そのため、いかにして就業中の座位行動に費やす時間を減らすことができるかが公衆衛生上の大きな関心事となっています。特に、長時間のデスクワークや会議などにより、労働者(特にデスクワーカー)がどのくらい座りすぎているのか、それら座りすぎは労働者の健康や労働にどのような悪影響をおよぼしているのかを知り、労働者の座りすぎを減らす効果的な取組みにつなげていくことは、現在、国をあげて進めている「働き方改革」や「健康経営」といった取組みを、さらに推進していくことに寄与すると考えられます。 日本人労働者の「座りすぎ」の実態とは  筆者を含むグループでは、40〜64歳(平均年齢50歳)の中高年労働者345人(男性55%、女性45%)を対象に、就業日(就業時間内・外)および休日における座位行動のパターンについて、仕事形態別(デスクワーク、立ち仕事、歩き回る仕事、力仕事)に詳細に調べました(1)。  調査は、オムロンヘルスケア社製の「活動量計」を用いて1週間にわたって行い、睡眠や入浴などを除き、1日約15時間装着してもらいました。その結果を表したものが図表1です。  勤務日における座っている時間の割合を仕事形態別にみると、立ち仕事では41%、歩き回る仕事では46%、力仕事では37%であったのに対し、デスクワークでは63%とかなり高い値を示しています。これを勤務日の勤務時間内にかぎってみると、デスクワークでは勤務時間中の約7割は座っていることになり、ほかの仕事形態に比べ、1・7〜2・6倍の時間を座って過ごしていることがわかります。  また、デスクワークでは、就業時間中の23%は30分以上座り続けている状態であることもわかりました(立ち仕事・歩き回る仕事9%、力仕事7%)。  これらの調査結果から、日本でデスクワークに従事する中高年労働者の約7割が、就業時間の7割近くを座って過ごしており、かつ長時間連続して座っている実態が明らかとなりました。 仕事における座りすぎの健康影響および労働影響  一方、40〜64歳の中高年労働者430人を対象に、座位行動によるメタボリックシンドロームの発症への影響について調べた研究では、30分以上連続した長時間の座位行動が多い場合、3年後のメタボリックシンドロームの発症に大きな影響をおよぼすことが明らかになりました(2)。  また、50〜74歳の中高年労働者3万6517人を対象に、就業中の座位行動と総死亡リスクの関連について10年間にわたって追跡した研究では、第一次産業に従事する男性労働者の場合、就業中の座位行動が3時間以上の人は、1時間未満の人と比べて総死亡リスクが高くなる可能性が示唆されています(3)。  さらに、日本の40歳以上の中高年齢者1680人を16年間追跡調査した研究でも、就業中の座位行動の長さが、総死亡リスクに有意に影響をおよぼすことが証明されています(4)。  こうした座りすぎによる健康への影響のメカニズムについては十分に解明されているとはいえないのが現状ですが、最先端の研究によると、座りすぎによる身体活動(特に下肢)の低下により、血流の低下や血圧の上昇、血液中の中性脂肪の増加などの影響が指摘されています。これにより生活習慣病を引き起こす可能性が高まるほか、腰や肩への負荷により腰痛や肩こりが起こることで、ますます動くのが億劫(おっくう)となり、筋力や体力、血管機能などが低下し、老化が加速していくことになると考えられます。  また、最新の研究では、仕事の生産性やワーク・エンゲイジメントとの関連について、興味深い知見が報告されています(5)。  20〜59歳の労働者2572人のデータを横断的に分析した結果、20〜30歳代の場合、就業中の座位時間割合が多い労働者は、少ない労働者に比べて、「ここ最近の生産性(仕事の効率)が低かった」という回答が1・38倍多く見られました。さらに、40〜50歳代に目を向けると、座位行動が多い労働者の場合、ワーク・エンゲイジメント、特に「活力(仕事から活力を得て活き活きしている)」が低い労働者が1・43倍、熱意(仕事に誇りややりがいを感じている)が低い労働者が1・61倍、「没頭(仕事に熱心に取り組んでいる)」が低い労働者が1・39倍多くなっています(図表2)。  このように「座りすぎ」は、健康への影響だけではなく、仕事の生産性や活力にも影響があることが明らかになっています。 職場における座りすぎ対策  座りすぎによる健康などへの影響についての研究は、世界中で進められており、Buckleyら(6)は、デスクワーカーの座りすぎに警鐘を鳴らし、世界各国のこの研究分野の専門家らの議論をふまえ、「座りすぎ是正対策に関する国際合意声明」を公表しました。  具体的には、就業時間中に少なくとも合計2時間はデスクワークにともなう座位行動を減らし、低強度の活動(立ったり座ったりする、軽く歩いたりするなど)を行い、理想としてはそれを4時間まで拡げることとしています。そのために、スタンディングデスク※5などを有効活用することなどを奨励しており、労働者の座りすぎを減らす有効な対策を考えていくうえでの画期的な提言がなされました。  しかしながら、スタンディングデスクなどをオフィスに導入することがむずかしい職場も多々あるかと思います。まずは、仕事時間中に座りすぎないことを意識し、できれば30分のうちの3分程度、少なくとも1時間のうちの5分程度は、座りっぱなしの状態をやめ、少しでも身体を動かすよう意識することが大切です。  そこで、職場で手軽にできる体操を紹介します。図表3は「ふくらはぎ」を刺激する体操です。かかとを上げたり下げたりするだけですが、筋肉のポンプが働き足の血流が改善します。ゆっくり動かすことで、筋肉を効果的に刺激することができます。  図表4は「太もも」を刺激する体操です。太 もも前部の大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛えるスクワット体操で、血流も代謝もアップします。  これらの体操を取り入れながら、座りすぎとならない職場環境、作業環境の見直しに取り組んでいただければと思います。 〔参考文献〕 (1) Kurita et al. Patterns of objectively-assessed sedentary behavior and physical activity among Japanese workers : a cross - sectional observational study. BMJ Open, 2018 (in press). (2) Honda et al. Sedentary bout durations and metabolic syndrome among working adults: a prospective cohort study. BMC Public Health, 2016; 16: 888. (3) Kikuchi et al. Japan Public Health Centre (JPHC) study group. Occupational sitting time and risk of all-cause mortality among Japanese workers. Scand J Work Environ Health, 2015; 41: 519-528. (4) Sakaue et al. Association between physical activity, occupational sitting time and mortality in a general population: An 18-year prospective survey in Tanushimaru, Japan. Eur J Prev Cardiol, 2018:2047487318810020.doi:10.1177/2047487318810020. [Epub ahead of print] (5) Ishii et al. Work Engagement, productivity, and self-reported work-related sedentary behavior among Japanese adults: A cross-sectional study. J Occup Environ Med, 2018; 60: e173-e177. (6) Buckley et al. The sedentary office: an expert statement on the growing case for change towards better health and productivity. Br J Sports Med, 2015; 49: 1357-1362. ※1 ワーク・エンゲイジメント……仕事から活力を得て活き活きしている状態 ※2 アブセンティズム……欠勤や遅刻、早退などにより、職場におらず業務に就けない状態 ※3 プレゼンティズム……出勤はしているものの、心身の健康上の問題により、パフォーマンスが上がらない状態 ※4 オッズ比……ある事象の起こりやすさを二つの群で比較して示す指標 ※5 スタンディングデスク……立ったままデスクワークが可能な机 図表1 仕事形態による総座位時間の差異 (%装着時間) 勤務日 デスクワーク 63.2% 立ち仕事 40.6% 歩き回る仕事 45.5% 力仕事 36.8% 勤務内 デスクワーク 68.5% 立ち仕事 34.6% 歩き回る仕事 40.0% 力仕事 26.5% 勤務外 デスクワーク 54.0% 立ち仕事 49.8% 歩き回る仕事 52.5% 力仕事 56.5% 休日 デスクワーク 59.8% 立ち仕事 56.3% 歩き回る仕事 58.2% 力仕事 60.3% 出典:Kurita et al., 2019より作成 図表2 就業中の座位行動と生産性およびワーク・エンゲイジメントの関連 生産性(仕事の効率) <20〜30歳代> オッズ比※4 最高 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 0.89(0.67-1.17) 最低 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.38(1.05-1.81) <40〜50歳代> オッズ比※4 最高 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 0.98(0.74-1.29) 最低 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.03(0.79-1.33) ワーク・エンゲイジメント <20〜30歳代> オッズ比※4 活力 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.20(0.91-1.57) 熱意 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.30(0.99-1.70) 没頭 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.08 (0.82-1.42) <40〜50歳代> オッズ比※4 活力 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.43 (1.09-1.86) 熱意 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.61(1.23-2.11) 没頭 座位時間割合低群 1.0 座位時間割合高群 1.39(1.07-1.81) 出典:Ishii et al., 2018より作成 図表3 「ふくらはぎ」を刺激する体操 @座ったまま足をそろえ、手は太ももの上に Aつま先に体重をかけながら、かかとをゆっくり上げる Bかかとをゆっくり床に下ろす。これを5回以上くり返す 図表4 「太もも」を刺激する体操 @片方の足を膝を伸ばした状態でゆっくり持ち上げる。膝が伸びたときにつま先が上を向いていると効果的 Aゆっくり足を下ろす。左右交互に5回以上くり返す 最終回 高齢労働者の職場環境改善 ―改善費用はコストではなく、未来への投資― 一般社団法人労務安全監査センター 東内(ひがしうち) 一明(かずあき) 職場環境改善費用はコストでなく投資  いまから20年余も昔、私がまだ現役の労働基準監督官であったころ、アメリカの安全衛生状況を視察することになり、シリコンバレーを代表する、とある企業を視察することになりました。本社の建物は、カリフォルニアの鬱蒼(うっそう)と茂った広大な森のなかにあり、何となく大学のようなたたずまいで、応接をしていただいた安全衛生を担当するバイスプレジデント※も、医学部出身ということでした。  彼は、知的な雰囲気を漂わせながら、「当社は、売り上げの30%を研究費用に回して、未来への投資を続けている革新的な企業である」と自慢するのです。そこで、当時若くて生意気だった私は、「ならば、安全衛生のためのコストはどのくらいか」と、意地悪く質問しました。すると彼は、少し頬を紅潮させて、「安全衛生の費用はコストではない、投資だ、あなたは間違っている」と私を非難し、「コストであるなら、当社の株主は支出することを承知しないだろう。リターンのある投資だから許されており、来年度はもっと多くのリターンを求めて増額する予定だ。株主もそれをよしとするだろう」と胸を張りました。  私は恥じ入り、少し頭を下げました。同時に、自信たっぷりに予算を公表し、当時日本では聞いたことのない株主の意向を理由とする説明に、とても新鮮な感覚を覚えました。  ともあれ、いま日本は、比類ない速さで高齢化が進み、現在でも、高齢者を受け入れなければ、職場は到底成り立ちません。将来ますますその傾向は高まります。高齢者のために職場を改善することは、企業活動の維持・発展という貴重なリターンを得るための、必要不可欠な投資そのものです。 まずは転倒の防止を (1)通路、作業床、物置き場の分離と表示  高齢者は簡単に転倒します。転倒すると骨折して寝たきりになったり、余病を併発して死亡する場合があります。しかもその原因は、単純に、床の不具合です。  職場の床は、通路、作業床、物置き場の三つに分けられます。この三つに分けられるのは、作業者の行動と注意の払い方に、大きな違いがあるからです。  通路は、歩行にはまったく安全であると保障された場所。作業床は、作業者が各種の機械設備などに囲まれ、作業に意識を集中する場所。物置き場は、材料や道具などを置いてある場所で、それを出し入れする以外は、作業者の意識にのぼらない場所です。  転倒防止対策の第一歩は、作業者に、この三つ の場所が明確に区別できるようにすることです。  図1は、通路、作業床、物置き場を色分けした線で区別した例です。このように区別すると、置いたものの角に足をひっかけてつまずくといったことはなくなります。 (2)床のつまずき・滑りの防止  普通に歩いているとき、足は床から1pも上がっておらず、まして高齢者となると、ほとんど上がっていないといっていいでしょう。だから、自宅のような慣れた場所でも、1oや2o程度の畳のヘリにつまずいて転倒してしまいます。  職場で作業をしているとき、床の凸凹(でこぼこ)に気を遣っている余裕はありません。だから、ほんの少しの床の凸凹でも、つまずき転倒します。そのため、職場での床材の剥(は)がれ・めくれは、ただちに修理しなければなりませんし、また、修理できるまでは、目立つように注意喚起をする必要があります。  また、建物の床には凸凹が多数あります。特に一般的なのは、ドアの下の敷居として5oから1p程の突起があることです。したがって、この敷居の部分で転倒するのはごくありふれた事故です。「段差注意」、「止まれ」などの標示で危険を知らせなければなりません(図2)。 (3)履物の脱着場  履物の脱着は、片足立ちになったり、腰をかがめたりするような、高齢者には苦しい姿勢のため、よく転倒します。防止策は手すりを設置し、安全に靴の脱着をできるようにすることです。玄関だけではなく、靴の履き替えが必要となるトイレなどにも設置するとよいでしょう。 (4)踏み台  機械などを使用する際に使う道具として「踏み台」があります。しかし、踏み台も見方を変えれば床の凸凹ですから、とても危険です。転倒すれば墜落のような衝撃が加わり、死亡災害につながることもあります。この踏み台における転倒防止策はとても簡単で、これも手すりをつけることが大切です。すべての踏み台に手すりをつけてください(図3)。 (5)階段  階段は危険な踏み台を幾層にも積み重ねたものです。そのため、多くの人が、階段で転倒・転落して死亡しています。図4は、転倒防止用の手すりが両側につき、真ん中にも設置してあります。しかも、矢印で昇降が指定されており、衝突防止にもなっています。階段には、このような措置が必要不可欠です。 不自然な作業姿勢をなくすための改善  高齢者にとって、中腰や前かがみの作業姿勢は、腰痛の最大の原因です。また、普段の姿勢以上に疲れを誘発しやすく、転倒の大きな原因にもなっています。したがって、中腰や前かがみの姿勢にならないように、作業台の高さを作業者に合わせなければなりません。その方法は二つ。作業台の高さを調節するか、床自体の高さを上げ下げするかです。  ベルトコンベアーの流れ作業などで、作業台そのものの高さを調節できない場合は、床の高さを調節しなければなりません。図5は、床を掘って、作業台の高さを作業者にとって適切な高さに改善した例です。 重量物の持ち上げ・保持作業の改善  高齢者にとって、重量物を持ち上げ、かつ保持するような作業は、非常にたいへんです。図6は、一斗缶を持ち上げて内容物を別の容器に注ぐ作業をなくすために、一斗缶の専用置台を作成し、一斗缶には、別途購入したコックを取りつけ、コックの下に容器を据えて注げるようにしています。  図7は、生産の最終場面で製品を梱包し、出荷する際、従来は手作業で積み込んでいたものを、クレーンで積み込むことにした例です。 より望ましい未来への投資  ここでご紹介した改善策は、一般的で、かつ比較的安価に実行できるものもあります。しかし、それなりの費用が必要になります。特に最後にご紹介した機械化による製品の積込み作業には、高額の費用が投入されています。  しかし、いずれの場合も、企業の担当者は、作業自体が大幅に効率化し、生産性が大きく向上しており、元は十分に取れていると話しています。  振り返ってみると、ほぼ100年前に始まった安全第一の運動もそうでした。安全第一の運動の推進のために投じられた人々の時間と知恵と費用が、圧倒的に安全な職場と生産性の向上を実現しました。だからこそ実利主義のアメリカで、大いに盛んになったのです。これが日本にも伝わり、私がこの仕事を始めるべく旧労働省に入省した半世紀前と比べても、安全性と生産性の向上は実に歴然としています。  この道に誤りはありません。かつて私が視察したシリコンバレーのバイスプレジデントのように、私もいささか頬を紅潮させて、次のように、主張したいと思います。  「高齢者のための環境改善は、より望ましい未来への投資」です。 〈資料提供〉 図1〜4・7……株式会社不二家        図5・6……山崎製パン株式会社 ※イラストはご提供いただいた資料を元に編集部で作成したものです。 ひがしうち・かずあき 一般社団法人労務安全監査センター代表。1966(昭和41)年旧労働省入省、熊本・茨城労基局長などを歴任。現在、一般社団法人労務安全監査センターの代表、大手製造業などの顧問を務める。『働く高齢者の安全・健康管理』(労働新聞社)など著書多数。 ※ バイスプレジデント……法人の代表(プレジデント)を補佐または代理する役員の名称 図1 色分け線などで区画化された通路・作業床・物置き場 図2 凸凹部分の危険表示・注意喚起例 図3 踏み台への手すりの設置例 図4 階段への手すりの設置例 図5 負担の少ない作業姿勢のために作業床を掘り下げた例 図6 一斗缶の専用置台の設置例 図7 クレーンによる積み込み作業例