人生のベテランだからできる起業入門  健康寿命が年々延伸する昨今、意欲と能力があるかぎり働き続けたいと考える人も多い。定年後の働き方は、勤めている企業での「再雇用」を選択する人が多いが、最近は自らの経験を活かして「起業」を選択する人も増えてきている。本連載は、楽しさややりがいを優先して、小さな投資で無理なく収入を得る「シニア起業」のしかたについて解説する。 第1回 シニア起業とは 銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  私は50〜60代の方を中心に、起業支援サービスを提供している「銀座セカンドライフ株式会社」の代表取締役片桐実央と申します。私自身が2008(平成20)年に会社を立ち上げて約9年になりますが、定年前後の方の起業について、延べ7000人の相談に対応してきました。いま、シニアの方が充実した第2の人生(セカンドライフ)を送るための選択肢として「起業」が注目されています。これから6回にわたり、いままで受けた起業の相談事例をもとに「シニア起業」について紹介します。 一般的起業とシニア起業の違い  一般的な起業と違い50、60代で起業する方には特徴があります。@1人起業、A収入より、やりがい重視、B事業拡大より事業継続−の3点です。  @については、仲間とともに起業する方もいますが、自分のペースや意思で進めることを重視します。Aは、たくさん稼ぐことより、人から感謝され、地域や社会のために貢献することを優先する傾向が強いです。さらにBでは、一般的な起業の成功は、株式上場や従業員数・売上げの増加をさしますが、それよりも年齢に関係なく、「働けるうちはいつまでも働きたい」と考える人が多いです。  しかし、そのようなシニア起業のなかでも定年前に早期退職をして起業する50代と、定年後に起業する60代では起業に対する意識が異なるようです。50代の方からは「長年会社勤めしてきたが、もう一花咲かせたい」、「再雇用制度はあるが給与は激減」、「転職支援や再就職支援を利用しているが希望する職種や条件に合うものがない」、「老後、年金だけでは不安」−という声をよく聞きます。  また50代の起業は、思い続けた夢の実現や収入の確保を目的にされる方が多いです。最近は、転職や再就職に加えて、独立・起業にも関心を持つ方が増えていると感じます。  起業分野はいままでの仕事経験を活かせる分野が多く、50代の方は、「どの分野で起業するか」、「定年後に起業するか、早期退職して起業するか」などを考え、自分の「起業可能性」を自己診断している方が多いです。  一方、60代は「起業で人生一発逆転!」というより「定年後も社会とつながりを持ちたい」、「年金プラス副収入を得たい」というケースが多く、定年の数カ月前から準備を始める方が多いです。また、定年後に仕事から解放され、旅行三昧の日々を送ったものの、社会とのつながりを求めて起業する場合もあります。  60代の起業のもう1つの特徴は、楽しみながら収入を得ることがあげられます。起業分野も50代と比較して、いままでの仕事の延長というより、「得意なこと」、「やりたいこと」を活かす傾向があり、「人から頼まれたからこの仕事を始めた」という方も多いです。 シニア起業のメリット・デメリット  シニア起業の強みはなんでしょうか。まず1つ目は、豊富な「経験や人脈」を活かせることです。前職での職務経験、趣味や資格勉強などでつちかったものを活用できることが強みです。起業内容に関連する前職の経験がある人は、開業直後から良好な業績を得やすいという調査結果もあります。  2つ目は、ほかの世代と比較して、事業規模を小さめにして慎重に始める方が多く、失敗するリスクが低い点です。金融機関から融資を受ける方も少なく、在庫や店舗を持たない起業スタイルを選ぶ傾向にあります。  反対に、シニア起業の弱みはなんでしょうか。シニア起業では経験ある分野で起業する人が、全体の約8割です。前職の仕事内容を起業後も継続する方が多いのです。そのため、自社の強みやセールスポイントを意識せずに起業してしまう方も少なくありません。競合他社との商品・サービスの違いを知るために、比較表を作成することをお勧めします。 ゆる起業  私はこれまでに述べた50、60代で起業する方々の特徴、スタイルを「ゆる起業」と名づけました。「ゆるい」といっても、「責任がない」とか「いい加減」という意味ではなく、あくまで「自分が得意でやりがいのある分野で、身の丈に合ったやり方での起業を目ざす」という意味です。そして、多くのシニア起業家の方々とお話しし、そのなかで気づいた、成功している方々に共通する意見や考え方を、「ゆる起業の5原則」としています。 1 楽しいと思える仕事をする  「社会とのつながりを持つ」ことがシニア起業の1つの大きな目的ですから、仕事に追われて「いっぱいいっぱい」になるのではなく、ご自身が楽しいと思える仕事や働き方を見つけることが大切です。 2 やりがい、生きがいを感じる仕事を選ぶ  相手に求められ、喜んでいただける仕事をすることが、やりがいや生きがいにつながります。謙虚であることを前提としつつ、「ペコペコ」と頭を下げなくてもある程度の売上げが確保できるような、社会から必要とされる分野での起業をお勧めします。 3 得意分野の仕事をする  未経験の分野を本業とすることは避けるべきと考えます。お客さまや家族を「ハラハラ」させることなく、経験を活かせる分野で安定感のある事業を検討することが、シニア層には特に求められると思います。 4 投資はできるかぎり抑え、利益を追求しない  できるだけ長く楽しく、生きがいを感じながら働くために大切なことです。売上げと利益を上げることだけを目ざして、事業拡大に「ガツガツ」しすぎると、それに比例してリスクも高まっていきます。場合によっては、多額の借入金を抱え、返済のために退職後の生活が成り立たなくなる恐れもありますので、ご自身の目の届く範囲での起業を心がけるべきでしょう。そうすることが本来の起業目的である「社会とのつながりを持つ」、「やりがいや生きがいのある」仕事につながります。 5 健康が一番  働きすぎて健康を損なってしまっては意味がありません。シニア起業の場合は、一人で始める方も多く、健康を損なうとお客さまにも迷惑をかけてしまいます。経験上、少しでも多くの利益を得ようと、寝食を忘れてまで仕事に打ち込むのではなく、ご自身の気力・体力と相談しながら、やれることを絞り込んでいる方のほうが、息の長いお仕事をされているように思います。  次回は「シニア起業に乗り出すための自身の強みの見出し方」について説明します。 第2回 自身の強みの見出し方 銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  前回は、シニア起業の特徴について紹介しましたが、第2回目の今回は、シニア起業に乗り出すための「自身の強みの見出し方」についてお話ししたいと思います。  よく「起業に関心はあるけれど、どんな事業をやればよいのか、何から始めればよいのか分からない」といったご相談を受けます。このような場合、私はいつも、自分が「やりたいこと」か「できること」をもとに、起業アイデアを考えることをおすすめしています。 3つの円で起業分野を決める  起業を考える際に、ぜひやっていただきたいことがあります。それは、いままでの人生を振り返ってみて、「自分が得意だと思うこと・強みだと思うこと」、「自分のやりたいこと・好きなこと」を洗い出し、そのなかから「お金になること(市場性があること)」が何かを考えます。  図の3つの円をみてください。3つの円が重なる部分、つまり自分のやりたいこと、できること、お客さまにお金を払っていただける分野が、起業して成功する可能性の高い事業分野といえます。  単純なやり方のようですが、このようなシンプルな形にあてはめながら自己分析することで、逆に自分が「起業すべきでない」分野が見えてきます。自分に適した起業分野を探し出すという目的はもちろん、事業失敗のリスクをできるだけ排除するという意味でも、非常に有効な手法といえます。  私がおすすめしている「ゆる起業」とは、楽しみながら無理なく稼ぐという起業スタイルです。まずは、「やりたいこと」や「できること」から、起業分野を考えてみましょう。 「やりたいこと」の発見法  定年後に仕事(起業)をするのですから、せっかくならやりがいにつながることを見つけたいものです。  そこで、最初に「自分のやりたいこと・好きなこと」に当てはまるものから考えるとよいでしょう。考える際には、次の5項目を洗い出すようにします。 1 自分の好きなことは何か  「読書が好き」など何でも結構ですので、没頭できるほど好きで長続きしていることがあれば、お金になりそうかそうでないかは別として書き出していきます。 2 抱いていた夢  事業に関する夢ではなく、子どものころから抱いていた個人的な夢を書き出します。「サッカー選手になりたかった」といった、たとえ実現性に乏しい夢だとしても、大人になってから身につけた知識やスキルと組みあわせることで、事業のアイデアが生まれるかもしれません。 3 やってみたいこと  「事業としてこんなことをやってみたい」という、起業に直接つながることを書き出してください。これまでの生活のなかで感じていた「こういうものがあったらいいな」と思ったことを書いてもよいでしょう。 4 ボランティア活動  地域のコミュニティで町内会活動をしている、PTAの役員をしていた、といったことを指します。地域での人脈やネットワークがあれば、それを活かした起業を考えるヒントになります。 5 趣味・スポーツ  一見、事業とは無関係に思われることでも、書き出してください。趣味やスポーツも、会社での経験、人脈などの財産と組みあわせることで、事業のアイデアにつながる可能性があります。  以上の洗い出しをしても、まだやりたいことがはっきりしない方は、やりたくないことを洗い出し、その逆は何かを考えると「やりたいこと」が見えてくるかもしれません。 「得意分野」の発見法  次に、得意分野を見つける方法です。  まずは、「自己の得意分野の棚卸し」を行いましょう。他人と比べて「自分ができること・得意なこと」を思いつくかぎり書き出します。そして、書き出した各項目を自己評価して、「特A」〜「C」でランクづけをします。こうした自己の棚卸しを通じて、知識やスキル、ノウハウなどが、ビジネスとして社会に「売れる」レベルにあるのかを検討します。 1「特A」:現在の状態で十分外に売れる分野  定性的な評価ではなく、実績などをできるだけ定量的に記入します。例えば、その業務にたずさわった年数や営業成績がトップだったといった客観的に評価できる指標で裏づけされていると、説得力が増します。 2「A」:今後、重点的に補強していけば、事業としてやっていけそうな分野  一部分の専門的な知識やスキルを持っていても、それだけでは外売りはむずかしく、一連の流れをすべて理解し、実施できて初めて「特A」になります。業務全般を勉強し、競合他社の事業も知ることが条件となるようなケースが「A」です。 3「B」:自分としては得意な分野だが、需要があまり見込めないと思われる分野  例えば、長く海外に駐在し、その国の法規 制を熟知し、人脈もある場合、その国に進出したいという会社に対して、何らかのサービスを提供できるかもしれません。ただし、海外進出を希望する人が少なそうな国で、しかも支援できるのが特定の業界限定となると、お客さまを見つけづらくなります。このようなケースは、「B」とします。 4「C」:業務経験がかなり以前のもので、知識やスキルが古くなってしまった分野  例えば、市場が大きく変化してしまい持っているスキルが役に立たず、いまからその分野で起業するのはむずかしいという場合は、事業化の対象から外しましょう。  このように、目に見える形で自己の棚卸しをくり返し行っていけば、お金をいただいて提供できそうな分野が少しずつ見えてきます。  理想は、「特A」または「A」と評価した分野で、先に考えていた「やりたいこと・好きなこと」ができれば一番よいのですが、2つの円が重ならないこともあります。そのような場合は、まずはできる仕事から始めて収入を確保しながら、並行してやりたい仕事の準備を進め、徐々にやりたい仕事の比重を高めていく、という考え方をおすすめします。  次回は「成功する事業計画書の作り方」について説明します。 第3回 成功する事業計画書のつくり方  銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  前回は、「自身の強みの見出し方」について紹介しましたが、第3回目の今回は、「成功する事業計画書のつくり方」についてお話ししたいと思います。  事業計画書とは、「何を、だれに、どのように売るのか」をまとめた書類です。計画書などというと仰々しくて構えてしまう方もいるかもしれませんが、A4サイズの紙1、2枚でもいいので、文書にまとめることが大切です。とはいっても、いきなり事業計画書を書き始めるのはとてもむずかしいです。そこで前回の「3つの円」や「自己の得意分野の棚卸し」で考えたアイデアをもとに、次のステップに進むことをおすすめします。  そして、そのアイデアをビジネスプランにする流れのなかで、計画書上それ以上は無理だと判断した場合には、戻って考えるということを何度もくり返します。そうすることで起業失敗のリスクを減らすことができます。最終的にできあがる事業計画書では、計画書上では成功する、迷わずしっかりやればうまくいくという内容にします。計画を考えるうえで、無理があると思ったら、戻って考え直すということをくり返すことが、「成功する事業計画書のつくり方」の秘訣です。 @ 事業内容を考える  自分の好きなこと、得意だと思うこと・強みだと思うこと、さらにそのなかから、お金になるもの(=市場性)を考えます。その際、自分の強みを活かして、市場環境に適合した事業を考える「SWOT分析」という方法がおすすめです。これは、自分の強み(Strength)と弱み(Weakness)という内部環境、市場における機会(Opportunity)と脅威(Threat)という外部環境を組みあわせて、どこに事業のチャンスがあるかを見つけだすための基本的な分析手法です。 A 他社と差別化できているか考える  SWOT分析の結果をもとに、おおよその事業の方向性が見えてきたら、自分だからこそできるビジネスの確立に向けて、さらに磨き上げていきます。ポイントは「自社の商品やサービスが、どのような点で他社と差別化できているか」です。そのために行うべきことが「ターゲットの絞込み」と「競合分析」です。  「ターゲットの絞込み」は、最初からお客さまを絞ってしまうと、事業の可能性を小さくするのではないかと、不安を感じる方もいらっしゃるでしょうが、ターゲットを定めないばかりに、提供する商品やサービスが特徴のないぼんやりとしたものになり、結果的にお客さまに選んでいただけないことになりかねません。また、起業時には低コストで最大の効果を生むことを考えなければならず、そのためにも絞込みは必要です。  「競合分析」は、自社の商品やサービスをお客さまに選んでいただくために、競合他社と比べてどのような特徴があるものにしていくかを考えるために必要です。競合との比較をして初めて、自社の商品やサービスに価値を感じて選んでいただくために必要な、他社と差別化すべきポイントがわかってきます。そして、そこにこそ事業を考えるヒントが隠れているはずなのです。 B 事業環境を分析する  自社がターゲットとする理想の顧客像が定まったら、次はその顧客が属する市場の規模や動向を確認します。ここでは、マクロとして日本全体での確認と、ミクロとして実際に人と会って需要があるかどうかを確認する、双方向の考え方が必要です。  前者では、市場規模を確認することになります。市場規模とはその業界の売上全体で、お金がどれくらい動いたかを表しています。市場規模を確認する1つの方法としては、インターネットで「(業界の名前)市場規模」と入力して検索してみます。主要な業界であれば、業界ごとの市場規模をまとめたホームページが見つかります。また、関連データの統計を利用して推定する方法がよいと思います。  市場規模をとらえることができたら、次は後者の確認です。実際にお客さまになりそうな人にニーズがあるかどうかを確認します。これを「テストマーケティング」といいます。テストマーケティングを行う際は、料金を半額や無料に設定し、広くお客さまの意見をいただきましょう。今後の要望や改善点をアンケートなどで回答してもらい、本格的な起業の前に、サービスや価格設定など事業のやり方について見直す機会をつくるのです。 C 資金・収支計画を立てる  起業に必要な資金を把握し、自己資金がどの程度あるかを確認する必要があります。具体的には、最初の3カ月間にかかる経費を洗い出します。まず何が必要か、それにどの程度お金をかけるかをシミュレーションしてみましょう。自身で用意できる資金で足りなければ、金融機関の融資を検討します。  収支計画は見込める売上げと利益を現実的に予測します。起業1年目の赤字は仕方ありません。ただ、向こう3年でそれまでの赤字分を回収する見込みが立たなければ、そもそも事業を始める価値があるのかを見直す必要が出てきます。 D 事業計画書を作成する  事業計画書を作成すると、自身の事業について「何を、だれに、どうやって売るのか」を筋道立てて整理し、損益や資金計画など数値的にも明確化することで、起業の課題やリスクを把握することができ、起業時はもちろん、事業開始後の状況変化にも柔軟に対応できるようになります。  また、人に意見やアドバイスを求める際の説明資料、取引先へ事業内容を説明する際や、家族や身近な方に起業の思いを伝える際の資料としても有効に活用できます。  事業計画書の作成は、他人に任せるのではなく、自分で書き上げるようにしてください。そして、起業家の先輩や専門家に事業計画書を見てもらいながら、ご自身の言葉で事業を説明することが何よりも重要です。気づかなかったリスクを指摘してもらい、アドバイスをもらいながら何度も計画の見直しをくり返すことで、事業は練り上げられていきます。  最初から理路整然とした事業計画書を持っている方はほとんどいません。事業に対する思いや夢を事業計画書という形にすることが、起業への本格的なスタートとなるのです。  次回は「シニア起業の成功事例・失敗事例」について説明します。 片桐実央(かたぎり・みお) 行政書士、1級FP技能士。祖母の介護をきっかけに「ゆる起業R」を支援する、銀座セカンドライフ株式会社を2008年7月に設立。起業支援サービスを含むレンタルオフィス「アントレサロン」を銀座・東京・新宿・池袋・横浜・川崎・桜木町・武蔵小杉駅周辺に11店舗運営。講演は年間100回を超え、起業相談は累計7000件を超える。『50歳からの人生がもっと楽しくなる仕事カタログ』ほか著書多数。 第4回 シニア起業の落とし穴 銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  50、60歳代の起業家の強みは、豊富な経験や人脈を活かせることですが、ベテランだからこその自信や成功体験が逆に弱みになることもあります。今回は、「シニア起業の落とし穴」として気をつけたい8つの点と、起業の成功事例・失敗事例について紹介します。 シニア起業の8つの落とし穴 1 前職でつちかったつてをあてにしすぎる   起業当初、サラリーマン時代の人脈を頼るのは仕方のないことですが、実際には、その人たちから仕事をもらえたら、かなりの幸運です。本当の「独立」のために新しい顧客を積極的に開拓しましょう。 2 横柄な態度をとる   大会社で要職に就いていたりすると、その延長線で物事を考えがちです。起業後は新人に戻るくらいの謙虚な気持ちで臨むと、周囲の人も好意的に受け取ってくれます。 3 前の会社名や役職を名刺に書く   「元〇〇商事」などと書かれた名刺は、あまりよい印象を持たれません。経験が豊富であることをアピールするために、話のなかで前職の社名が出てくるのはよいですが、名刺には書かないようにしましょう。 4 市場調査をせずに過度な自信を持つ   前職の経験を活かして起業すると、いわゆる「勘」で動いてしまいがちです。具体的根拠もなく「絶対に売れる!」と思い込むことは禁物です。競合他社の動向など市場調査をきちんと行いましょう。 5 過去の成功体験に固執する   大会社に勤めていた方ほど、かつての成功が忘れられない人がいます。会社規模や仕事環境、お客さまそのものも変わりますので、状況にあわせた商品・サービスの改良は必須です。 6 初期投資をかけすぎる   最初にお金をかけ過ぎると、計画通りにいかなくなった場合に軌道修正がしにくくなります。退職金や年金を使い果たさないよう、「小さく始めて徐々に広げる」ことが大切です。 7 だれにも相談しない   家族や先輩起業家、起業支援の専門家などにアドバイスをもらうと、より広い視野で事業計画を見直すことができます。失敗のリスクを減らすため、一人で考えすぎずにいろいろな人に相談しましょう。 8 もうけにこだわりすぎる   お金はもちろん大切ですが、前職での取引額とは比べものにならないほど小さな仕事でも、人々に感謝されるやりがいのある仕事ととらえ、無理をせず、健康第一でやるのが長続きの秘訣です。 起業の成功事例  次に、前職の経験と人脈をうまく使って起業された方の成功事例を紹介します。 〈事例1〉未経験分野だが前職の経験を活かしての起業(銀行員↓保育園経営) ●初期投資  620万円(家賃保証金、内外装工事費、家具、備品、人件費、広告宣伝費、賃料など) ●起業当初の月商  60万円(3歳児15人の保育園)  長年銀行に勤めていた方が、保育園経営を始めました。この方は、前職の経験を活かして事業計画を作成し、今後どうやって多店舗展開していくか、広告費や人件費をどのようにかけるかということをよく考えて起業されました。一見未経験分野であっても、前職の「経験」を活かして起業し、成功された例です。 〈事例2〉未経験分野だが前職の人脈を活かして起業(製薬会社の営業↓看護服の製造・販売) ●初期投資  500万円(商品の一括製造) ●起業当初の月商  32万円(1着8000円の看護服を販売)  製薬会社の営業をしていた方が、定年前に退職されて、看護服の製造・販売で起業しました。営業でさまざまな病院やクリニックに出入りするうちに、医療現場でよりスタイリッシュな看護服が求められていることを知り、新たな看護服の製造・販売を思いつきました。ニーズに合った看護服をつくろうと飛び込みで探したイタリアの高級衣料品メーカーに生産を委託し、これまでの人脈を頼りに病院やクリニックを中心に販売しています。この方は、未経験分野で前職の「人脈」を活かして成功された例です。 起業の失敗事例  最後に、経験と人脈が足りないことが原因でうまくいかなかった失敗事例を紹介します。 〈事例3〉未経験分野での起業(デザイナー→オリジナル服の製造・販売) ●初期投資  300万円(商品の一括製造、ホームページ作成費、広告宣伝費) ●起業当初の月商  5万円(1着3000円のオリジナル服を販売)  デザイナーとして長年仕事をしてきた方が、オリジナルの服をつくりたいと思い起業しました。製造コストを安くしようと大量に海外の工場へ発注したところ、コミュニケーションがうまく取れずに製造スケジュールが延びてしまいました。また、営業が苦手で、インターネットでの通信販売だけで売り切ることを考えていたため、売上げが伸びず、大量の在庫を抱えることになってしまいました。この方は、製造・販売という「経験」が足りなかったことから、失敗してしまったという例です。 〈事例4〉人脈が必要な分野での起業(大手電機メーカーで営業→営業代行サービス) ●初期投資  10万円(会社案内作成、名刺作成) ●起業当初の月商  5万円(顧問契約5万円1件)  大手電機メーカーの営業として、多くの大型案件を獲得してきた経験をもとに、他社の営業を支援する営業代行サービスを始めました。幅広い人脈を持っていましたが、決裁権を持っている人との人脈が少なく、また新規に人脈を広げようとしなかったため、顧問契約の件数が計画通りに増えていきませんでした。この方は、必要な「人脈」が足りなかったことから、失敗してしまったという例です。  世の中を変えるような革新的な商品・サービスの提供だけが起業とはいえません。成功事例・失敗事例を参考にしていただき、「経験」や「知識」を十分に活かした起業を考えていただきたいと思います。  次回は、定年後の「起業スタイル」や「悩み」について紹介します。 第5回 定年後起業に多い悩みなど  銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  第5回目の今回は定年後の起業にスポットを当て、「定年後の働き方」、「定年後起業に多いスタイル」、「定年後起業に多い悩み」についてお話ししたいと思います。 定年後の働き方  現在、人口の4人に1人、約20年後には3人に1人が65歳以上になると見込まれる超高齢社会では、60歳で「隠居」という感覚は昔のこと。現在の50代、60代は体力・気力ともに若い人に劣らず充実し、現役そのものです。内閣府のデータによると、約8割は65歳以降も働きたいと考えています(「平成26年度高齢者の日常生活に関する意識調査結果」)。ところが、総務省の平成28年「労働力調査」によると、65歳以上の就業率は2割強で、働きたいシニアの多くは働きたくても働くことができていません。  現在の日本で、65歳以上のシニアの方の「働きたい」意欲を満たす選択肢は、@再雇用などの継続雇用、A再就職、B起業の3つとなります。2013(平成25)年4月から高年齢者雇用安定法が改正され、60歳以降の希望者全員が65歳まで働けるようになりましたが、65歳以降も会社から必要とされる人は一部の人です。また、継続雇用では、給料が半減することも珍しくなく、モチベーションが低下してしまいます。  さらに、高齢者の再就職は、仕事内容と本人の希望とがマッチせず、いままでの経験を生かせないこともあるようです。  50代、60代で起業する人が増えているのは「それならばいっそ、自分がやりたいことをやろう!」ということでしょう。働きたくてもよい職場に巡り合えず、自分の経験を生かす仕事がなかったとき、「起業」という選択肢を選ぶ方が増えているのかもしれません。 定年後起業に多いスタイル  起業というと、一昔前はリスクが高く、危なげなイメージがありましたが、現在は小規模な起業をする方が増えています。むしろ、定年後の起業の場合、より慎重に無理のない起業をしています。起業がもっと身近なものと知っていただくため、定年後の起業で多い例をお伝えします。 1 起業資金は数十万円  起業する際に掛けるお金はまず、広告宣伝のための会社案内、名刺、ホームページ作成代。そのほか、会社設立のための費用があります。賃料を抑えるため、自宅やレンタルオフィスを利用したりする方もいます。 2 プライベートも重視  定年後起業は1週間のうち3日間は働き、残りは自分の時間として楽しむという話をよく聞きます。 3 1人で起業  定年後起業では、人を雇って規模を大きくすることを目標にする方は少ないです。雇用を避ける理由として、「雇用は人の人生にも影響し、将来事業を縮小しようと思っても、できないかもしれない」、「人の管理は現役のころだけでもう十分」という話も聞きます。「1人の方が自由で気楽」という方もいます。 4 自分にできることをし、人のために役立つ  「料理が得意」、「歴史が好き」、「畑仕事ができる」など自分にできることでお金をいただくということです。例えば、「自宅で料理教室を開く」、「歴史学校を開く」、「農業体験ツアーを実施する」などです。 5 やりがい重視  定年後起業では、お金のために起業する方は少ないです。定年になっても、まだ働くのは社会のために役立ちたいから、人に「ありがとう」といわれたいから、人の笑顔が見たいからなどの理由です。 定年後起業に多い悩み  定年後の起業に多い悩みや相談内容を、いくつか紹介します。 Q 起業準備にどれぐらい時間をかけるものですか A 人によってさまざまですが、定年前後での起業は半年程度が多いと思います。退職したらすぐに始められるよう、事前に準備をして退職後すぐに起業したほうが人脈・経験が生かせます。 Q 起業するためにお金はどれくらい用意しておいた方がいいですか A 起業する際は、最初にかかる経費(初期費用)と毎月かかる経費(運転資金)の3カ月分くらいが必要です。初期費用は例えばパソコンの購入費用や会社の設立費用、ホームページ作成費などです。一方、運転資金は人件費、交通費、広告宣伝費などです。一般的な事業では、経費をかけてから売上げを得るまで3カ月くらいかかるのが目安とされています。必要な資金を計算したら、それをすべて自分のお金(自己資金)で賄うか、人から借りるか(融資)を考えましょう。借りる場合も起業資金全体のうち自己資金の比率をできるだけ高くしましょう。 Q 起業の業務内容が、事業として成り立つか不安です A 不安を少しでも解消するためにテストマーケティング(試験販売)の実施をおすすめします。実際に商品・サービスを提供し、お客さまの反応や手応えを感じてみましょう。友人・知人の紹介で仕事をしてみるとか、最初は無料で実施してもいいと思います。 Q 起業した後に事業をやめたくなったら、どうしよう A 起業時からやめるときのことは意識した方がいいです。後継者に引き継ぐのか、それとも自分の代で終わらせるのかです。自分の代で終える場合には、取引先に迷惑をかけないよう、同業他社にお客さまを引き継ぐ方法もあります。 Q 家族にまだ起業したいことを話していません。反対されるか不安です。どの段階で話をしたらよいでしょうか A 家族には早い段階で話しましょう。起業するのは精神的にもたいへんです。家族に理解がないと、一層たいへんになります。説得のために年間計画を家族に見せ、起業後の見通しを伝える人もいます。可能であれば、無理のない範囲で家族の協力を仰ぎましょう。  起業予定の方は、みなさん同じような悩みを抱えています。一人で抱え込まず、周囲に相談してみましょう。  次回(最終回)は、「起業のタイミング」や「起業後の収入の目安」について紹介します。 最終回 起業後の収入の目安など  銀座セカンドライフ株式会社 代表取締役 片桐(かたぎり)実央(みお)  起業について興味はあるけれど、本当に自分にできるのか、どのように始めればいいのか、悩まれている方は多いと思います。最終回の今回は、よくご相談を受ける質問とその回答について、いくつかご紹介します。 起業後の収入の目安  起業後の収入がどれくらいになるか見通せないため、会社の立上げにふみ切れずにいる方も多いと思います。そこで、起業に際しての収入の目安についてお伝えします。  まず、50代、60代のシニア起業家の場合、より高い収入を目ざして起業するわけではなく、定年退職した後も働き続けたいと考え、生きがいを求めて起業している人が多いのが現状です。  そうはいっても、収入がゼロというのでは困ります。私が相談を受けた際には、起業して3年以内は「起業後の年商」が「前職の年収」と等しくなるように計画を立ててもらっています。これは仕入れや設備投資が必要な業種ではなく、あまり資金がかからないコンサルタントなどの業種の場合です。  例えば、前職で会社から年600万円の給与を受けていた人は、起業後の自社の売上げとして600万円を確保してもらいたいのです。そこから交通費や広告宣伝費、通信費などの諸経費がかかり、それらを差し引いた額が収入となります。もちろん、現役時代より収入は減ることになりますが、生活を維持できたうえで、やりがいや満足度を得られれば成功といえるでしょう。  起業後の年商が、前職の年収の水準に達した人は、さらに売上げを伸ばしていけるでしょう。人を雇用してさらに売上げを伸ばす人もいれば、仕事を調整して自分でやれる範囲に仕事を制限する人もいます。どちらが正解というわけではありません。起業して何を目ざすのかを自分で決めることができるのも、起業の醍醐味といえます。  まずは、「前職の年収」を基準に、起業後の収入の目安を考えてください。 起業のタイミング  起業のタイミングは人それぞれです。前職を辞めるタイミングも一概に「ここがベスト」とはいえません。私が見てきた例をいくつかご紹介します。 1 起業に必要な人脈や知識にめどがついたとき  起業したい事業に対する理解が深まったときに、辞める人が多いです。資格を取ったときや、区切りとなる仕事をやり遂げたとき、という人もいます。 2 事業計画書が完成したとき  起業後の具体的な計画をまとめた事業計画書ができたとき、という方も多いです。  ただし、一度書き上げたら終わり、というものではありません。実現できるよう何度も検討を重ねる必要があります。 3 有利な退職ができるとき  早期退職制度などを活用し、有利な条件で退職して、起業する方もいます。 4 家族を説得できたとき  起業にはリスクがつきもの。家族の反対は珍しくありません。まずは、起業後の事業見通しを並べた「ライフプラン表」をつくり、家族と話し合いましょう。起業には家族のサポートが不可欠。しっかりと理解を得ておくことが必要です。 5 資金面のめどがついたとき  テスト販売で手応えを感じたときなど、起業後の売上げや収入が具体的に見えると、退職する決心がつきやすいようです。  また、金融機関の融資や行政の補助金申請が採択されるなど、資金調達ができそうな状況になって、ようやく決心できる方もいます。  人それぞれタイミングは異なりますが、それぞれの事情を考慮したうえで「決心したとき」が、「起業のタイミング」になるのだと思います。 起業家の資質  私は起業の相談を受ける前に、以下の5つの項目をよく考えてもらうようにしています。一つでも当てはまるものがあれば、「起業家の資質がある」といえますので、ぜひ起業を考えていただきたいと思います。 1 責任感がある  50代、60代では1人で起業するケースが多いです。仕事を請け負ったときに、最後まで仕事をやり遂げるということが最も必要な条件です。 2 自律できる  起業すると人から指示されることはありません。自分で決断して進めなければならないことから、自律できることが大切です。 3 夢がある  サービスや商品を社会に広めたい、世の中に知ってもらいたいという願望を強く持つことは、起業家の資質があるといえます。 4 自分の力を試したい  成功も失敗も自分次第。自分の行ったことが、直接結果につながるので、やりがいを感じられます。 5 仕事を楽しむ  起業すると公私の境界は曖昧になることから、仕事を楽しむ姿勢が大切です。  「決断するのが苦手」という人は残念ながら、事業を成功させることはむずかしいでしょう。人に決めてもらったり、指示を受けたりするのでは、起業した意味がなくなります。  また、「飽きっぽい」という性格も起業ではマイナスです。事業は始めることより、続けることの方がむずかしいです。新しいものに挑戦する気持ちは大切ですが、一度始めた事業を継続する力も必要になってきます。  「会計や事務が苦手で起業できない」という悩みもよく聞きます。しかし、会計記帳代行会社や税理士などの専門家に依頼することもできるので、それを理由に起業を断念するのはもったいないと思います。また「起業したいが、財産を失うのが怖い」という相談も多いです。起業の規模を小さくして、身の丈に合った起業を目ざすことも考えましょう。さらに「事業が継続できるか」という不安ですが、事業計画書を作成・改訂し、課題やリスクを把握することで、事業開始後の状況変化にも柔軟に対応できるようになります。  いかがでしたでしょうか。6回にわたってシニア起業の特徴や傾向についてお話ししてきました。「起業」とは決して遠い世界のものではありません。悩んでいる方もいらっしゃると思いますが、今回の連載を参考に、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。 片桐実央(かたぎり・みお) 行政書士、1級FP技能士。祖母の介護をきっかけに「ゆる起業R」を支援する、銀座セカンドライフ株式会社を2008年7月に設立。起業支援サービスを含むレンタルオフィス「アントレサロン」を銀座・東京・新宿・池袋・横浜・川崎・桜木町・武蔵小杉駅周辺に11店舗運営。講演は年間100回を超え、起業相談は累計7000件を超える。『50歳からの人生がもっと楽しくなる仕事カタログ』ほか著書多数。