高齢社員との『ギャップを埋める』『相手に伝わる』コミュニケーション 職場の高齢者雇用が進むと、高齢者と周囲の関係も変化し、そうしたなかで起こるすれ違いがトラブルに発展するケースも少なくありません。本連載では、高齢社員を含む職場の従業員が、ともに気持ちよく働いていくためのコミュニケーション術を紹介します。 特定非営利活動法人しごとのみらい 竹内 義晴 第1回 「上司風を吹かせる」、「老いて戦力にならない」高齢者とどうかかわる? 高齢者とのコミュニケーションのむずかしさ 経営者や人事担当者にとって、人材確保は喫緊の課題です。特に、労働力人口の減少が進むいま、人材確保に悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。実際、「給与を上げても人材が集まらない」など、業種・業態によっては、すでに人材確保がむずかしくなってきている企業もあるようです。 人材確保の問題を解決する一つの方法として、高齢者の雇用や再雇用を進めている企業も増えています。政府の働き方改革でも、高齢者雇用の推進は施策の一つです。 しかし、高齢者には加齢による「記憶力の低下」や「環境に対する適応力の低下」、「身体の老化」などの課題があります。また、年齢の差によって生じるコミュニケーションやマネジメントのむずかしさもあるでしょう。 例えば、若手の管理職が高齢の部下と一緒に仕事をする場合、「年上の人に指示命令する言い辛さ」や「遠慮」がありますし、「もっとちゃんとやってくれないと困りますよ」といったように強めに接してしまうと、パワハラのように受け取られてしまう危険もあります。逆に、高齢者が「自分のほうが年上だから」と、「こういう場合はこうするものだ」といったように経験や価値観を一方的に押しつけてきたり、役職定年者が上司風を吹かせて職場を乱したりすることもあるでしょう。 威圧的で上司風を吹かせる役職定年者 実際、私もある組織で、威圧的で上司風を吹かせるA氏に困ったことがあります。A氏は前職時代、名の知れた企業で管理職をしていました。その経験を買われ理事に就任しましたが、A氏はいわゆる「大きな声のタイプ」で、若い世代に対するモノのいい方が「上から目線でキツイ」のです。 ある事業が予定通りに進まず、解決策を考える会議での出来事です。担当者は20代のB君。A氏はB君に向かって「計画はどうだったんだ! こういうときは問題をきちんと把握して、PDCAを回していくのが仕事ってもんだろう!」と、こんこんと説教をし始めました。会議はA氏の独演場。B君は「すみません」としかいえず、ほかの参加メンバーは何もいえなくなり、逃げたくても逃げられない時間が30分以上にもおよびました。 人は老いると自分の思い通りにならなくなる 逆に、年齢を重ねることでいままでのように働けなくなる人もいます。私には、75歳になる父親と母親がいます。彼らはいまも働いていますが、近年「老けた」と実感することが増えました。例えば、「足腰が弱くなる」、「持続力がなくなる」、「話がくどくなる」などは顕著で、「老いとはこういう感じなんだな」ということを目の当たりにしています。 実は、筆者自身もここ数年、体の変化や老いを実感しています。40代後半ですが、目は見えにくくなり、飲食物の好みも変わってきました。 自分が老いを感じる前は、両親に対して「そんなこともできないのか」と、いまより冷たい態度で接していました。けれども、自分もわずかながらの老いを感じ始めたとき、「人は老いると自分の思い通りにならなくなってくるのだな」、「それは、自分の意思ではないから、あまり冷たくしてはいけないな」と考えるに至り、接し方を変える必要性を感じ始めています。 けれども、自分が「老いる」という感覚を知らないと、つい、「相手も自分のようにできるものだ」、「こんなこともできないのか」と思い、強く接してしまいがちです。 しかし、人はだれしも老います。「老いると自分の思い通りにならなくなる」―この事実を、意識しているか、いないかだけでも、高齢者との接し方は変わってくるのではないかと思っています。 同じ職場で働くならいい関係を築きたい このように、異なる世代の人たちが同じ環境で働くためには、さまざまな課題がありそうです。けれども、同じ環境で働くのも何かの縁。「あの人はああいう人だからしょうがないよ」と距離を置くのも一つの方法ですが、せっかくなら、お互いがいい気分で働ける環境をつくっていきたいものです。そのためには、何を意識すればよいのでしょうか。 一つは、「人は多様である」ということを認識することです。近年、「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉を見聞きするようになりました。これらの言葉は、日本ではLGBTや国籍、性別など、マイノリティ(社会的少数者や不公平な扱いを受けている人)を指す言葉として使うことが多いようです。「違いを受け入れようよ」、「お互いを理解し合おうよ」といったように。 一方、本来人は、一人ひとりが異なる存在です。マイノリティだけではなく、「となりの〇〇さん」になった時点で、すでに多様なのです。けれども、同じ環境で働いていると、そういう意識はあまり芽生えません。「同じ環境で働いているのだから、〇〇するのが普通」、「一緒の条件なのだから、〇〇すべき」のように、すべての人を同じように扱いがちです。 異なる世代の人たちが、いい気分で働く環境をつくるためには、まず、この「人は一人ひとり違う」という当たり前の事実を、改めて認識したいと思うのです。そして、「なぜ、あの人はあのような言動をするのか?」という一人ひとりの背景を考え、それに沿ったかかわり方をすることが大切なのではないかと思います。もちろん、これは、「言うは易く行うは難し」なのかもしれません。けれども、大切なことは間違いなく、このようなシンプルなことです。 とはいえ、このような「あり方」も大切ですが、高齢者に対するわかりやすい「話し方」や、心の距離を縮める話の「聞き方」、相手が言葉にできていないことを引き出す「質問する方法」など、コミュニケーションの「やり方」もあるでしょう。「あり方」と「やり方」の両輪で、働きやすい職場をつくっていきたいものです。 次回より、世代による考え方の特徴や、高齢社員とのギャップを埋めるコミュニケーションの方法について見ていきます。 第2回 世代による「考え方の特徴」を知って上手にコミュニケーションをしよう 高齢者世代と若い世代では、育ってきた教育環境や内容、過ごしてきた時代背景が違います。当然、それによって価値観や物事のとらえ方も異なります。もっとも、人は一人ひとり顔が異なるように、価値観や物事のとらえ方も人それぞれです。一方、世代でざっくり見てみると、なんとなく共通点がある……。これが、いわゆる「世代間ギャップ」です。つまり「〇〇するのが普通だよね」の「普通」が、世代によって違うわけです。 私たちは物事を理解するとき、「〇〇とは、こういうものだ」という、自分のなかにある「価値観」を基準に物事をとらえています。価値観は、私たちが生まれて、これまで触れてきた教育や情報、体験によってつくられています。 もし、高齢者世代と、中堅・若手世代との「価値観や物事のとらえ方の違い」がわかれば、「なるほど、高齢者はあのような時代を過ごしているから、自分のとらえ方とは違うのだな」と理解しやすくなります。また、違いが理解できれば、それにあったかかわり方の戦略も立てられます。そこで、高齢者世代の特徴について見ていきましょう。 高齢者世代の価値観やとらえ方の特徴 高齢者世代の特徴を見ていく前に、自分の世代と比較したほうが分かりやすいでしょう。そこで、ここでは各世代の特徴を「団塊の世代」、「しらけ世代」、「バブル世代」、「氷河期世代」、「ゆとり世代」で分類します(表)。このなかで、高齢者世代に該当するのが「しらけ世代」と「団塊世代」です。 各世代の特徴を見る際のポイントは「優劣をつけずに客観的な視点で見る」ことです。その世代を生きたのはその人の意思ではありませんし、各世代には、それぞれの時代に応じた苦労があります。「すべての人の価値観や物事のとらえ方は、教育や社会の影響を受けているのだ」という視点で、あなた自身の世代と比較しながら見てください。 それぞれの世代を考察してみよう ここからは、高齢者世代の特徴を見ながら、「なぜ、世代間によるコミュニケーションギャップが生まれるのか」を考察します。 「しらけ世代」は現在60歳前後で、まだ現役として働いている人もいる世代です。「個人主義の傾向」が強く、「無気力」、「無関心」、「無責任」が特徴です。そのため、自分たちの世代で大きな変化をするのは好みません。先日、ある教育大学の先生にうかがった話によれば、「この世代は、いろんな問題は次の世代に任せて、このまま逃げ切りたいと考えている人も多い」といいます。実際、筆者のまわりの「しらけ世代」を観察してみると、このような特徴の人が多くみられます。 「団塊の世代」は現在70歳前後で、すでに定年退職をしている人がほとんどだと思われますが、まだまだ元気で、再雇用や再就職で働いている人も大勢います。戦後の何もない状態から、物質的な豊かさを求めた世代です。「仕事に一生懸命取り組めば報われる」という理想を持っており、年功序列型の会社のなかで仕事に没頭してきました。消費に積極的です。そのため、「団塊の世代」から「若い世代」を見ると、なんとなく夢がなく、現実主義で、頼りなく感じる人もいます。一方、「若い世代」から「団塊の世代」を見ると、「押しが強い」、「自信過剰で人の意見を聞かない」ように感じる一面もあります。 高齢者にあわせたコミュニケーションのあり方 中堅・若手世代には、「高齢者世代が苦手」、「どうかかわったらよいかわからない」という人も少なくありません。過ごしてきた時代背景が異なり、価値観も違うからです。 けれども、表面だけを見て「高齢者は無責任だから」、「一方的だから」、「価値観が違うから」と決めてかかっていては、信頼関係が築けません。 高齢者とのコミュニケーションを円滑にする際、「高齢になると耳が聞こえにくい方もいるので時間をかけて話を聞く」、「大きな声でゆっくり話す」などのテクニックも大切だとは思います。けれども、大前提として、高齢者は「戦後の、大変な時代を生きざるを得なかった世代」であることを理解しておくとともに、人生の先輩として、高齢者の言葉を最初から否定せず、理解しようとする気持ちのあり方はもっとも大切にしたい点です。 また、いまでこそ「パワハラ」といった、人権を尊重しないかかわり方が問題視されるようになりましたが、高齢者世代が働いてきた環境では、そのような言葉はまだ認知されていませんでした。パワハラのような扱いを受けてきたり、気づかぬうちにパワハラのような言動をしてきた可能性もあります。高齢者はそのような環境で働いてきたということは、知っておく必要があるでしょう。 今回は、時代背景から見た「世代間ギャップが生まれる理由」と、高齢者と円滑なコミュニケーションを行ううえでの気持ちのあり方についてお話しました。次回は、コミュニケーションギャップを縮め、円滑にするコミュニケーションの具体的なスキルについてお伝えします。 表 各世代の特徴 世代特徴 団塊の世代 (1947年~1949年) ・消費に積極的である。 ・自分の趣味にお金を使う。 ・年功序列主義である。 ・洋楽に憧れがある。 しらけ世代 (1950年代~1960年代前半) ・クールで個人主義な傾向が強い。 ・政治にはあまり興味がない。 ・「無気力」、「無関心」、「無責任」といわれる。 バブル世代 (1965年~1969年) ・消費に積極的である。 ・コミュニケーション能力が高い。 ・見えっ張りな反面、自分の評価にこだわりがち。 ・「男らしさ」、「女らしさ」を意識している。 氷河期世代 (1970年~1982年前後) ・貯金をする。 ・浪費に消極的。 ・結婚、出産をあまり気にしない。 ゆとり世代 (1987年~2004年前後) ・失敗を恐れがちである。 ・叱られることに慣れていないためか「打たれ弱い」。 ・非常に現実的な「リアリスト」である。 ・ルールを順守する意識が高い。 出典:「【保存版】『○○世代』『新入社員タイプ名』いろいろまとめてみました」(マイナビウーマン)を元に作成 第3回 高齢者との「世代間ギャップ」を縮める最初のステップ コミュニケーションの基本は信頼関係 高齢社員とわかり合うためには、信頼関係が欠かせません。みなさんの周りには、世代を超えて「周りの人と仲よくなるのが上手」な人はいないでしょうか。コミュニケーション上手な人は、大概(たいがい)「話が上手」で「物腰が柔らかく」、ときには「小洒落(こじゃれ)た冗談」をいったりします。そのようなふるまいが得意な人はよいでしょうが、苦手な人もいるはずです。筆者自身も、どちらかといえば苦手だと感じていたタイプです。 けれども、コミュニケーション術を学び、実践するにつれて「信頼関係を構築することは、それほどむずかしくはないのかもしれない」と思うようになりました。もちろん、急に話し上手になったわけでも、小洒落た冗談をいえるようになったわけでもありません。しかし、コミュニケーションに対する抵抗感は小さくなりました。 「trust」と「rapport」 信頼関係を示す言葉に「同じ釜の飯を食った仲」というものがあります。この言葉が意味するように、信頼関係を築くためには、一般的には長い時間がかかるという見方がされています。しかし、それほど時間をかけずに相手と良好な関係を築けたらどうでしょうか。ましてや、定年後の再雇用制度のように、いままで社員だった人ではなく、社外から採用するとなると、短期間で信頼関係を構築することが必要でしょう。 日本語でいう「信頼関係」は、英語では「trust(トラスト)」と「rapport(ラポール)」の二つの表現があります。trustは「信頼」や「信用」、rapportは「調和的な関係」、「心が通った関係」という意味です。日本語の「同じ釜の飯を食った仲」は「trust」のニュアンスが近いです。一方、「rapport」は短時間でも築くことができます。高齢者世代と良好な関係を築くためには、「rapport」を意識すればよいといえます。 高齢者と「心を通わせる」シンプルな法則 高齢者と「心が通った関係」を築くための、とても簡単でシンプルな法則があります。それは「合わせる」です。 例えば、初めて会う相手の出身地や趣味が同じだとわかったとき、一瞬で心の距離が縮まった感じがしませんか。この例が示すように、相手との心の距離を縮めるためには、「合わせる」ことが大切なのです。つまり、心の距離を縮めるためには、相手と意識的に「合わせていく」のです。 「合わせる」といっても、「自分の意見は飲み込んで、とにかく高齢者の意見を尊重しよう」という意味ではありません。自分の気持ちを抑えたままでは良好なコミュニケーションとはいえません。自分の意見は意見として持ったまま、「〇〇さんは□□とお考えなんですね(私は違うけど)」のように、高齢者のペースに合わせていくイメージです。この「合わせる」を、専門用語では「マッチング」といいます。 「マッチング」は、子どもに対しては自然にやっていることが多いです。例えば、よちよちと歩くぐらいの幼児と接するとき、多くの人は幼児の目線に合うようにしゃがんだり、言葉遣いもむずかしい言葉を使わないようにするでしょう。同様に、高齢者にも「合わせていく」のです。 「合わせる」ポイントには「話の内容」のほかにも、「顔の表情」、「声のトーンやリズム」、「言葉遣い」、「体の姿勢」、「感情」、「価値観」などがあります。 世代を超えて「心を通わせる」ポイント では、「合わせる」を意識しながら、高齢者とのギャップを縮めるコミュニケーションの具体的な方法を考えてみましょう。 まず、コミュニケーションの前の心がけについてです。若いときは体力自慢だった人も、60歳を過ぎると、周囲から見ても足腰の衰えを感じる人が多くなります。また、高齢者世代はIT作業が苦手な人も少なくありません。「様子を見ながら作業を依頼する」、「特性を見極める」など、コミュニケーションをとる際の前提を理解し、気を配りたいものです。 次に、コミュニケーションです。高齢者はさまざまな経験をしています。そのため、「この場合はこうしたほうがいい」などの考えやこだわりを持っている人も少なくありません。なかには疑問を抱きたくなることもあるかもしれません。しかし、そこで「それは違いますよ」、「今はこうですよ」、などと否定してしまうと、高齢社員との関係がこじれてしまいます。 そこで、「合わせる」を意識してみます。自分の意見はとりあえず脇に置き、「なるほど、そういうこともありますよね」、「そういうやり方もあるんですね」など、まずは、相手の言動に合わせていきます。言動が肯定されると、心の距離が縮まります。 もし、自分の意見をいいたい場合は、心の距離が縮まった後に伝えると、こちらの意見を受け入れてくれる可能性が高くなります。その場合も、「〇〇はダメ」のような否定的ないい方よりも、「〇〇のほうがよりよい」など肯定的な伝え方がよいでしょう。 また、「いままで、どんな仕事をされてきたのですか?」、「大切にしていることを教えてください」のように、相手の経験や、大切にしている価値観などを確認し、合わせていくのもいい方法です。尊敬の念を持ちつつ合わせていけば、お互いがわかり合え、コミュニケーションギャップは縮まるでしょう。 高齢者も「多様な人」の一人 「高齢者」とラベルづけすると、「どのように接したらいいのだろう?」、「何か気をつけるべきポイントはあるのかな?」などと考えるのは当然のことです。けれども、年齢や経験も一つの個性です。「高齢者」としてあまり特別視するのではなく、一人の「人」としてかかわっていけば、よい関係が築けるはずです。 第4回 世代間ギャップが「信頼関係」に変わる傾聴法 高齢者に「合わせる」ための「傾聴」 本連載の前回記事「高齢者との『世代間ギャップ』を縮める最初のステップ」では、世代間ギャップを縮めるシンプルな法則として「合わせる」を提案しました。 ベテラン世代と自分の価値観が異なる場合、「その考え方はおかしい」、「イマドキはこうですよ」のように、ベテラン世代の意見を否定する形から入ってしまいがちです。しかし、否定されると相手は感情的になり、世代間ギャップはますます広がる危険性があります。 だからといって、「何でも、ベテラン世代の意見を尊重しよう」では疲れてしまいます。「合わせる」とは、「〇〇さんは□□とお考えなんですね(私は違うけど)」のように、自分の意見は持ったまま、まずは心の距離を縮めるために相手のペースに合わせていくイメージです。 「合わせる」のなかでも、最も効果的なスキルの一つが「傾聴」です。傾聴とは、いうまでもなく、相手の「話を聴く」ことです。「聴」という言葉に表れているように、傾聴では「耳と目と心で、相手の話をよく聴くことが大事」といわれています。 一方、「相手の話をよく聴く」といわれて思いつく手法といえば、適度な「あいづち」や「うなずき」ぐらいで、具体的な方法はよくわからないというのが実際のところではないでしょうか。そこで今回は、世代間ギャップを縮めるための「傾聴の方法」についてお話します。 傾聴の基本は「相手の話をくり返す」 傾聴の基本的なスキルとして「相手の話をくり返す」という方法があります。「この仕事はたいへんなんだよ」という相手に、「そうなんですね。たいへんなんですね」のように、相手が発した話をくり返し、ペースを合わせていく方法です。専門用語では「バックトラッキング」、または「オウム返し」と呼びます。 自分がいいたいことを話す前に、まず、相手の話をくり返しながら傾聴すると、「あなたの話はちゃんと聴いていますよ」という意思表示になり、相手も「話を聴いてもらっている」、「いいたいことを受け取ってもらえた」という印象をもちます。また、話が長い場合は、「なるほど、つまり〇〇ということですね」など、相手の話を一言で要約し、確認しながら傾聴すると、認識のずれがなくなります。 バックトラッキングのコツは、「なるほど」や「つまり」のような〝きっかけ言葉〟を最初につけることです。「なるほど、(〇〇さんのいいたいことは)○○なんですね」のように要約すると、相手の話をいったん受け取り、確認しながら傾聴するニュアンスになります。また、いいたいことがあれば、相手が一通り話し終わった後で意見をいうようにするといいでしょう。 「まず、相手のペースに合わせて話を聴く。その後で、いいたいことを伝える」――これが、世代間ギャップを縮めて信頼関係を築く傾聴のコツです。 相手のいい分を受け取るとギャップが縮まる 例えば、先日、定年を迎えたばかりのベテラン世代のAさんと人材育成に関する話をしました。Aさんの話を要約すると「人材教育には厳しさが必要」です。「最近の若い人は弱い」、「われわれのときは先輩からもっと厳しくしつけられた」、「寝る間も惜しんで働いた」、「困難を乗り越えるほど成長できる」とAさんはいいます。Aさんには役職経験があり、ご自身の意見には自信があるようでした。 一方、筆者は現在40代で、仮に定年を65歳とすると、ベテラン世代と若手世代のちょうど中間、ベテラン世代から叱咤激励(しったげきれい)を受けて育ってきた世代です。たしかに厳しさも大切かもしれません。しかし、それをそのまま若手世代にあてはめてしまうと、やる気を削(そ)いだり、過度なストレスを与える恐れがあります。実際、筆者自身がそのようなマネジメントを受けて心が折れそうになった経験があります。ましてや、いまは「働き方改革」といわれている時代です。 とはいえ、「いまの時代はちょっと違うのですよ」のように、相手の意見を否定する形で伝えてしまうと、ますます世代間ギャップが広がってしまいます。そこで、自分の意見をいう前に、まずは、Aさんの話を傾聴することに徹しました。 「なるほど、Aさんの時代は厳しくしつけられたんですね」、「残業100時間ですか!」、「それだけ、仕事に打ち込んでこられたんですね」のように。 しばらく傾聴に徹していると、「でも、昔と違って、いまの時代はたいへんだよな。いろいろうるさいし」とAさんは話し始めました。どうやら、Aさんとの心の距離がだいぶ縮まってきたようです。 そこで、「そろそろ自分の考えを伝えてもいいかな」と判断し、「人は、安心でき、いい気分で働ける職場のほうが、自然と前向きで行動的になれること」、「そのためには、ざっくばらんに話せる機会を定期的に設けて、フラットな関係を構築すること」など、これからの職場づくりで大切だと思う自分の意見を伝えました。 Aさんは、「われわれの時代とは違うよな……」といいながらも、筆者の話に耳を傾けてくれました。 「受け入れる」必要はない、「受け取る」だけでいい 傾聴する際には、「相手のことを受け入れよう」と無理に意気込む必要はそれほどありません。もちろん、相手を理解しようとする気持ちは大切です。しかし、本来、人は多様ですし、それぞれの考え方は違って当然です。傾聴は変に気負う必要はありません。相手の話を「受け入れる」よりも「受け取る」くらいがちょうどいいのです。世代間ギャップを感じたときは、まずは、相手の話を傾聴していったん受け取る。それから、自分の考えを伝える。このぐらいのスタンスでよいでしょう。 傾聴の基本スキルはとてもシンプルで、簡単なトレーニングで磨くことができます。あなたも職場で実践してみてはいかがでしょうか。 第5回 ベテラン世代の「本音を引き出す」質問術 高齢社員と世代間ギャップをもっとも多く感じるのは、「相手の言動が理解できない」ときではないでしょうか。 例えば、ある仕事にそれなりの経験がある人は、「〇〇というものはこうするものだ」、「昔からこうやってきた」、「だから、あなたたちもそうしなさい」というようないい方をすることがよくあります。けれども、「なぜそうするのか?」、「その理由は何か?」がわからないとき、若い世代にとっては軽いストレスになり、世代のギャップを感じます。 逆に、「いまの時代はそうじゃありませんよ」、「そういうやり方は古いですよ」というように、若い世代の常識を一方的に押しつけても、ギャップが縮まることはまずありません。 そこで今回は、世代間ギャップを縮める「質問」のスキルについて解説します。 ギャップが生まれる仕組み 世代間ギャップを縮める方法を理解するうえで、私たちが言葉を通じて第三者とコミュニケーションする際の特徴を知っておくと、「コミュニケーションギャップが生じる理由」と「ギャップを縮めるためには何をすればいいか」が見えてきます。その特徴とは、「人は、体験のすべてを言葉にできない」ということです。 例えば、あなたは昨夜、同僚のAさん、Bさんと食事に行く予定だったとします。けれども、Bさんは急な残業が入って行けなくなり、Aさんと二人で行くことになりました。あなたはレストランでナポリタンとサラダ、ビールを注文。そしてAさんとの会話を楽しみました。 翌日、あなたはBさんから「昨日はどうだった? 何を食べたの?」と聞かれました。あなたならどう答えるでしょうか。一般的には、実際に食べた「ナポリタンとサラダ、ビール」とはいわず、「パスタ」や「イタリアン」のように、ざっくりと答えることが多いでしょう。 このように、人は体験を言葉にするとき、体験のすべてを言葉にするわけではありません。もちろん、事細かに説明することもできなくはありませんが、これにはかなり意識が必要で、ざっくり説明したほうが話は端的に伝わりやすいのです。そのため、無意識に情報を減らして(削除して)「ざっくりと」伝えるのです。 いい方を変えると、体験を言葉にすると「あいまいになる」ともいえます。食事の会話ならあいまいなまま話してもさほど問題はないでしょう。けれども、重要な仕事の会話をするとき、高齢社員に「〇〇というものはこうするものだ」、「昔からこうやってきた」、「だから、あなたたちもそうしなさい」とだけいわれても、共通の認識が図れず、意思疎通がむずかしくなります。これが、コミュニケーションギャップが生じる「仕組み」です。 また、世代が異なると、考え方や価値観のギャップが大きいため、それによって言動も異なるので、高齢社員との距離をますます感じてしまいます。 言葉にできないことを引き出すのが「質問」 高齢社員と共通の認識が図れず、意思疎通がむずかしいと感じた場合は、高齢社員の言葉には表れていない、削除された情報を取り戻す必要があります。その手掛かりとなるスキルが「質問」です。 「どうしてそうお考えなのですか?」、「そうすると、何がいいのですか?」のように確認します。すると、相手は「それはね……」のように、いままで言葉にしていなかったことを口にしてくれるでしょう。 ときには、「いや、それはそういうものだからやればいいんだよ」といわれてしまうこともあるかもしれません。けれども「納得して仕事がしたいので、ぜひ教えてください」のように伝えたり、「〇〇さんは、なぜそうしようと思ったのですか?」のように質問をすることで、相手が言葉にできていない背景を知ることができます。「なるほど、だから〇〇さんはあのような言動をするんだな」……言葉に表れていない情報を共有できれば、コミュニケーションギャップを縮めることができます。 質問のもっともシンプルなスキルは5W1Hです。5W1Hとは「いつ(When)」、「どこで(Where)」、「だれが(Who)」、「何を(What)」、「なぜ(Why)」、「どのように(How)」の頭文字をとったもので、ビジネスの世界では有名なスキルです。「なぜ、そう思うのか?」、「いつからそう思っているのか?」、「だれに聞いたのか?」、「どのような体験に基づいているのか?」。こうした質問により、相手の考えや行動の背景にある「省略された情報」を取り戻すことができます。 質問するときに注意すべき点は、相手を「問いつめない」ことです。世代間ギャップを感じているとき、「なぜ、〇〇さんはああいう言動をするのだろう?」といった反感を抱いていることも少なくありません。すると、「なぜ、あなたはいつもそうなの?」、「なんで?」、「どうして?」などの、問いつめるような質問をしてしまいがちです。 大切なのは、「言葉になっていない情報を引き出し、相手がそのような言動をする背景を知る」ことです。 情報が共有できた分、ギャップは縮まる 質問には、「不明点を明確にする」という役割があります。もし、高齢者との間に世代間ギャップを感じたときは、「高齢者は頭が固くてダメだ」と嘆なげいたままにするよりも、「なぜ、そう考えるのか?」を質問し、相手の考えを聞き出したほうが、共通認識を図れます。そして、共通認識を図った分だけ、ギャップは縮まります。 「人は、すべての体験を言葉にできない」という特徴がある、だから質問する―これを理解し、実践すれば、高齢社員の考えを理解でき、働きやすい職場にすることができるでしょう。質問力はちょっとしたトレーニングで身につけることができます。あなたの職場でも取り入れてみてください。また、今回紹介した「コミュニケーションギャップの仕組み」を社内で共有するのもよい方法だと思います。 最終回 シニア世代にも「伝わる」わかりやすい「伝え方」 若い世代と比較すると、シニア世代はスキルレベルやモチベーション、価値観が非常に多様です。なぜなら、人生経験が長い分、それぞれの経験値が人によって異なるからです。 例えばITツールがそうです。パソコンを上手に使いこなす人もいれば、ほとんど使えない人も少なくありません。 また、仕事に対するモチベーションもさまざまです。「生涯現役」、「経験を若い世代のために活かそう」など、モチベーションが高い人がいる一方で、管理職から外れ将来が見いだせない人、体力や気力の低下によりモチベーションが下がっている人もいます。 このようなシニア世代に物事を伝えるときには、一人ひとりの個性を知り、わかりやすく伝え、動機づけるような言葉をかけていく必要があります。 「伝わって」こそコミュニケーション 多様な個性を持ったシニア世代とのかかわりで最も意識したいことは、「コミュニケーションは伝わってこそ意味がある」ことです。なぜなら、相手に伝わっていないのに「伝えたような気分になっている」ことがよくあるからです。 例えば、よくあるコミュニケーションエラーとして「いった」、「聞いていない」で口論になることがあります。また、不用意にカタカナ言葉を使ったり、むずかしい専門用語で説明したために、相手が理解できないこともあります。 これは、「伝えた」けれど「伝わっていない」状況です。つまり、「一方通行」です。 コミュニケーションは「伝わる」ことに意味があります。「伝わった」かどうかを確認するためには、相手の表情や言葉から「本当に伝わっているか」を確認する必要があります。「双方向」を意識するとよいでしょう。 シニア世代にわかりやすく伝える二つの方法 シニア世代にわかりやすく伝える方法として、ここでは「言葉遣(づか)い」と「伝え方」をご紹介します。 一つめは、「言葉遣い」です。シニア世代にわかりやすく伝えるなら、できるだけかみ砕いた言葉遣いで伝えましょう。一つの指針となるのが、「10歳ぐらいの子ども」でもわかるような言葉遣いです。 「10歳ぐらいの子ども」という表現に、「バカにしているのではないか」と思うかもしれません。しかし、知識や経験がない人にとって、カタカナ言葉や専門用語は理解できません。子どもに伝えるようにかみ砕くぐらいが、ちょうどよいのです。 例えば、タブレットを使った簡単な入力作業を依頼する場合、「フリック」、「スワイプ」といった専門用語は理解しにくいでしょう。「触れたまま横にずらす」ぐらいかみ砕いた表現だと理解しやすくなります。また、作業を負荷なく行ってもらうためにも、「タブレットは使えますか?」のように、「得意か、苦手か」、「どのぐらい使えるか」は、最初に確認したいところです。 二つめは「伝え方」です。シニア世代に何かしらの作業を依頼する場合、一般的には、「〇〇をお願いできますか?」のように、お願いしたいことのみを伝えることが多いでしょう。例えば、ある荷物の移動を依頼するとき、「〇〇さん、この荷物を□□に運んでいただけますか?」のように。 さらにわかりやすく伝えることを意識するには、「伝えたいこと(結論)」に、「なぜなら~」を加えて、「理由」もあわせて伝えるとよいでしょう。 例えば、先ほどの「荷物の移動」なら、「〇〇さん、この荷物を□□に運んでいただけますか? なぜなら、この場所に置いてあると、お客さんが通るときに邪魔になってしまうんです」というように、「結論」+「理由」を含めて伝えると、「なるほど、そのために移動する必要があるのだな」と、理解が進むことを期待できます。 シニア世代にこそ伝えたい「役割」と「期待」 また、モチベーションが低下しやすいシニア世代には、「前向きになれる言葉」をあわせて伝えるとよいでしょう。なぜなら、前向きな意識が、仕事に対するモチベーションを育(はぐく)むからです。 その、指針となるのが、「役割」や「期待」です。 例えば、先ほどの「荷物を運ぶ」例なら、「〇〇さんが□□をしていただけると、みんなが△△になるので助かります」、「もし、今度気づくことがあったら、ご自身で運んでいただいてもいいですか?」、「◯◯さんであれば、社員に技術を伝えていただけることと期待しています」のような具合です。 「役割」や「期待」を含めて伝えると、動機づけのきっかけにもなるでしょう。 イキイキ働けるコミュニケーションを これまで、6回にわたって「コミュニケーションの基本」、「世代による考え方の特徴」、「信頼関係の築き方」、「傾聴の仕方」、「質問の仕方」、「伝え方」についてお話ししてきました。 コミュニケーションには相手がいますし、人は多様なので、「こうすれば、必ずこうなりますよ」というものではないかもしれません。また、いろいろと試してみても、思い通りにならないこともあるでしょう。 けれども、困ったときに「ほかの方法はないか」と考える際の道しるべになるのがコミュニケーションスキルです。これまでの6回の連載でお伝えしたことを振り返っていただき、役立てていただければと思います。 超少子高齢化社会となり、人材不足が明白となりつつあるこれからの社会では、いままでの常識では考えられなかった問題が発生してくるでしょう。そのとき、問題を解決する土壌となるのが、多様な世代が安心して交流できる職場環境です。 さまざまな世代がイキイキと、楽しく働けるよう、シンプルなコミュニケーションスキルを身につけていただければ、これほどうれしいことはありません。 たけうち・よしはる 1971(昭和46)年生まれ。特定非営利活動法人しごとのみらい理事長。職場の人間関係などを要因とする課題を解決し、ビジネスパーソンが楽しく働くためのコミュニケーションに関する講習、カウンセリングなどに従事。『職場がツライを変える会話の力』(こう書房)、『うまく伝わらない人のためのコミュニケーション改善マニュアル』(秀和システム)ほか著書多数。