高齢者雇用と働き方改革 治療と仕事の両立支援のポイント 新連載  「働き方改革」で重要なのは、長時間労働の是正や処遇改善だけではありません。高齢従業員の増加にともない、病気を抱える高齢者が、持っている能力を安心して発揮できるよう、病気の治療と仕事の両立を支援する取組みがいままで以上に重要になります。そこで、事業者に求められる両立支援のポイントについて解説します。 第1回 両立支援に向けた社内環境・体制の整備 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 はじめに  高齢従業員の増加、診断や治療の進歩により、がんなどの疾病に罹患した後も、治療しながら就業したいという従業員が増加しています。すでに、メンタルヘルス対策などを推進していた企業では職場支援の制度があるのではないでしょうか。しかしながら、多くの場合、メンタルヘルスを念頭においた制度設計であるため、従業員のニーズと合致していないことが時に散見されます。本稿においては、メンタルヘルス不調者への対策との違いに触れつつ、社内環境・体制の整備について解説します。 よくある疑問「メンタルヘルス不調者の対応との違いは?」  先行しているメンタルヘルス不調者の対応との比較についてよく議論になります。疾病によって対応に差があることは好ましくないので、本質的には違いはありません。しかしながら、職場で見るメンタルヘルス不調は多くの場合、発症や再発において職場での出来事や人間関係に関連があります。したがって、就業配慮を実施するうえで発症に関連したストレス源の対策をすることが大変重要になってきます。上司から見ても明らかな問題点を見出しやすいので、介入するポイントについて共通の認識で対応できます。  しかしながら、がんを中心とする多くの身体疾患の発症や再発において仕事はあまり強い影響を与えていません(脳心臓疾患のように労働災害に認定されるようなものは除く)。例えば、メンタルヘルス不調でも、がんを中心とした身体疾患でも、同じように「だるい」という症状が発生します。外因性のメンタルヘルス不調であれば職場においてストレスの原因を突きとめ対応することが可能です。一方、身体疾患の場合、その原因が本人の側にあることが多く、職場の介入ポイントが明確でなく、支援をしたとしても従業員の思った通りの支援ではなく、「理解してもらえない」と勘違いされてしまうことがあります。  このように、身体疾患患者においては、職場のなかで明確な介入ポイントが見出しにくいという特性があります。したがって、本人から必要な配慮を申し出てもらい、配慮することが重要になります。メンタルヘルス不調はその疾患特性から従業員自らが判断し配慮を申し出ることが比較的むずかしいものですが、身体疾患であればメンタルヘルス不調者よりも容易に、本人が必要な配慮内容を検討することができます。このことから、「就業配慮の申し出をしやすい社内環境・体制」を整備することが重要です。これは、障害者差別解消法で規定されている合理的配慮の概念とも合致しています。 申し出をしやすい環境整備  病気であることが従業員の不利益につながらないことについて周知することが重要です。従業員は、会社に病気を申告すると「解雇されるのではないか」、「不当な配置転換をされるのではないか」などと想像し、自身に不利益な扱いをされることを恐れ、情報を出したがらなくなります。  しかし、具合が悪いことを隠し続けると、仕事上の大きなトラブルや労働災害につながるなど、あまり望ましくない結果をもたらすことになります。これは企業のリスクにもなります。  病気であること自体は本来、仕事とは関係ないはずです。病気であろうとなかろうと、仕事ができる状況であるかどうかを判断することがとても大事なことです。しかし、「病気=仕事ができない」という偏見はいまだに職場や社会に残っています。そのため、病気で配慮が必要な場合に申し出をしやすいよう周知をすることが重要になります。 就業配慮の申し出を受ける体制整備  就業上の配慮事項に関する申し出を受ける場合、最初は上司が対応することが一般的です。そのため、普段からの関係性が良好なことが大変重要で、この点がうまくいっていないと両立支援を実践する際のバリアになります。また、上司に申し出がなされた際の配慮については、部署をまたぐ内容の場合、人事部門や総務部門などとの連携が必要になってきます。  申し出の内容は医学的根拠に基づいていることが重要ですので、主治医からの意見をもとに具体的な対応に落とし込んでいくこととなります。その際、会社のことをよく知っていて、さらに、病気のことも理解できる産業医や産業看護職が判断にかかわることができれば、スムーズな対応が期待できます。  配慮の申し出にも、業務そのものに影響の出ることと出ないことがあります。前者の場合は配慮内容を決定するときに、実現可能性や継続性についても検討しておくことが重要です。労使間で適切な合意が得られるようにしっかりと話し合いをすることがルール化されているとよりよいでしょう。  また、一度実施された配慮を継続することは、当事者である従業員の働く権利の制限、ほかの従業員の負担の増加などの影響も懸念されます。そのため、定期的な見直しをすることも大変重要になります。  従業員から配慮の申し出があった場合のフローチャートを作成しておくと、現在はどの段階にあるのか、今後の流れ、担当者などを、だれでも直感的に理解できるので便利です。フローチャートの例を図表に示します。 不要な個人情報は取得しない  健康情報は個人情報保護法では「要配慮個人情報」として位置づけられています。情報収集には本人の同意、目的と周知の範囲の明示が必要になります。目的のない収集ができないということは、配慮不要の場合は健康情報は収集しないことが求められています。  例えば、初期の大腸がんで「リンパ節を切除した」という個人情報は、職場では一般的には不要な情報であるため収集しません(産業医など独立した立場の者が本人の健康支援を目的としている場合を除く)。 図表 就業配慮のフローチャート(例) 就業配慮の流れ 従業員からの配慮の申し出 必要書類:医師の診断書 部署内での配慮事項の検討 部署を超えた配慮事項あり 関係者による協議 就業配慮の流れ 配慮事項の実施 配慮事項の見直し 担当者 従業員・上司 上司 人事課 従業員 上司・人事課 産業保健スタッフ 事業者 上司 上司・産業医 ※筆者作成 第2回 個人情報の入手・整理と個人情報の取扱い 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 はじめに  今回は、個人情報を収集する際のポイントを簡潔にまとめ、必要な情報をタイムリーに取得するためのヒントを示したいと思います。 健康に関する個人情報「要配慮個人情報」  2017(平成29)年5月に改正された個人情報保護法により、健康に関連する個人情報(病歴、健康診断結果など)は「要配慮個人情報」として適正に取り扱うことが必要になりました。要配慮個人情報は、原則として情報収集にあたっては本人の同意が必要です。また、労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針(平成30年9月7日公示第1号)によると、事業者が労働者の心身の健康を確保するために必要な情報は、業務内容によって異なることから、適切な情報収集・活用を行うために安全衛生委員会などを利用して「取扱規定」を定めることが要求されています。当然のことながら、両立支援に関連する情報もこの枠組みに該当します。 個人情報の取扱いについて  両立支援のように個別の個人情報の取得に際しては、@目的の明示、A個人情報開示の範囲、B本人の同意、が重要となります。 @ 事業者が個人情報を収集する目的は、「労働者の健康確保措置や安全配慮義務を履行すること」です。これ以外の目的は原則的に存在しません。すなわち、就業上の配慮を行うために個人情報を収集することが目的となります。本人の不当解雇・不当な動機による配置転換など不利益な変更を行うための個人情報収集はできません。 A 個人情報開示の範囲の取り決めは、収集した情報の開示範囲を事前に明示しておくことが必要になります。事業場でいえば、産業医、上司、事業者、人事、関連する他部門などのうち、どの範囲まで開示されるかについて、情報収集の際に明示することが必要です。 B @・Aが明示されたうえで、労働者である本人の自発的な同意が必要です。 個人情報の入手方法  一般的に、両立支援において入手する個人情報は、多くは治療を受けている医療機関に依頼して収集します。前項で記載した個人情報収集の原則に基づいて、事業者が本人に対して、情報収集の目的の明示と開示範囲を示したうえで同意を得ることが必要になります。多くの事業場では、医療機関に任意の書式で健康情報の記載と就業配慮に対する意見を要求していると思います。医療機関が作成する意見書に対しては、「就業規則に則っていないので対応しようがない」、「難解な医学用語が多く理解不能」など、厳しいコメントが散見されますが、そもそも、本来は事業者側が目的の明示をしていないので、医療機関からは手探りでしかコメントが出されないという現状があります。当該労働者に関するピンポイントの意見書がほしいのであれば、事業者側からアクションを起こす方がリーズナブルであるといえます。その際参考になる書式として、「職場・事業場向け両立支援パス」(産業医科大学 産業医実務研修センターホームページに収載※)があります。 個人情報の取扱いケース例  これまでの一般的な話は、これまで両立支援を経験してこなかった事業場にとっては雲をつかむような話で理解しにくいかもしれません。そこで今回は、事例を通して理解を深めてもらうこととします。事例は完全に創作したもので、モデルケースもありません。 ケース1  食品製造工場勤務のAさん(62歳、女性)は、交代制勤務で夜勤が月に10日ほどあります。ある日、Aさんから「乳がんと診断されたため、仕事を休む必要がある」との申し出がありました。事業場側はAさんに対し、それを証明する診断書を要求しました。  個人情報収集の原則から、「目的(仕事を休むことの根拠となる病名など)の明示」、「個人情報開示の範囲(上司、人事など)の明示」、「本人の同意」が必要となります。この段階で収集する情報としては、病名とあわせて「乳がんのため●カ月の加療が必要である」と休職期間が記載されている診断書の発行が一般的となります。 ケース2  6カ月の休職期間を経て、Aさんから復職の意向が示されました。復職にあたり、事業者は病院定型の書式での情報提供を求めました。復職の診断書(意見書)には、「乳がんステージVa。外科手術、抗がん剤、放射線療法、ホルモン療法を実施した。●年●月●日より復職可能である。ただし、1日3時間ほどの勤務および週3日の勤務からスタートし、徐々に勤務時間・勤務日を伸ばしていくことが必要である。また、夜勤は体調悪化の可能性があるので実施してはならない」と記載されていました。Aさんは正職員であり、1日8時間・週5日の勤務が就業規則に記載されていることから、復職を延期する旨を人事部より伝えられ、Aさんは釈然としない気持ちになりました。  復職の段階での情報収集の目的は、「労働者の健康確保措置や安全配慮義務を履行すること」です。そのために、現状の業務と実施可能な就業配慮を示したうえで、医療機関に必要な情報を求める方が適切といえるでしょう。医療機関は職場の情報を知りえないため、今回のケース2のような記載となり、事業場側からすると「不適切な診断書(意見書)が発行された」ととらえがちで、事業者と本人・医療機関の溝は深まってしまいます。お互いの不信感が生まれないよう、できるだけ必要な情報が必要なだけ記載されるような工夫が必要です。  産業医や産業看護職がいない職場では、ステージ・治療法などは直接的に関係しない情報といえます。むしろ事業場の側から、例えば「当該労働者は正職員であるため、最低限1日8時間・週5日間の勤務が求められます。また、夜勤がありますが、復職後半年程度は実施しないことが可能です。必要な配慮についてご教授ください」などの記載があれば、医療機関から、大きく外れた意見が出てくる可能性は低くなります(このことは前述の「職場・事業場向け両立支援パス」の利用によって実証済みです)。事業者と治療が必要な従業員との信頼関係を構築するためには、事業場が求める情報を明確化したうえで、医療機関への働きかけを行うことが大切です。 ※ http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/ryouritsu/tool/ 第3回 職場復帰・両立支援プランの策定の方法 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 はじめに  休職している従業員の職場復帰プランを策定するときに、主治医の意見書(診断書)を参考に作成することが多いと思いますが、主治医の意見書について、「なんでこんな現実離れしたことを記載してくるのだろうか?」、「うちの就業規則では対応できないのに」といった不満を持つケースが多いのではないでしょうか?  筆者も産業医の立場のときには、同様のことを思っていました。配慮をする際の根拠として主治医の意見書は重要な書類ですが、まずは、できるかぎり主治医からよい意見書を得るための方法を述べたうえで、両立支援プランの策定方法について触れていきたいと思います。 主治医に「勤務情報提供書」を渡す  治療者の立場で労働者の労働状況・労働環境を想像することは、たいへんな困難をともないます。患者に、「どのような仕事をしていますか?」と聞いても、「産業廃棄物を取り扱う仕事をしています」といった業種に関する回答が来ることがほとんどで、職種や作業内容についてこれ以上の情報を得ようと深く聞こうと思うと、かなり長い時間が必要になることが多いのです。  治療者は忙しいことが多いので、職場側から主治医に働いている状況を伝えることが重要です。『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』では、「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」(以下、「勤務情報提供書」)が公開されています。  こちらの様式例では、@職種、A職務内容、B勤務形態、C勤務時間、D通勤方法・時間、E休業可能期間、F有給休暇日数、G利用可能な制度などが記載されています。主治医が復職時にどのような配慮が必要か検討する際にこれらの情報はきわめて重要です。例えば、同じ事務職であっても在宅勤務ができるような業務から、機密性が高く職場でしか行えない業務までさまざまです。このような情報を、主治医は知りようがないですし、患者(労働者)もどこまでの配慮が得られるのかという点はわかりにくいものです。  一般的に配慮できる範囲に関する権限は、事業者、特に直属の上司にあります。事業によってその範囲はさまざまで、一般的に事業場規模が小さければ小さいほど配慮余地が少なくなる傾向にあります。このような情報なしに主治医から事業者が対応することができない「●●の配慮をもとに復職可能である」という意見書が出され、職場内で検討した結果、「やっぱりできない」となると、労働者(患者)や主治医はちゃぶ台を返されたような気持ちになり、会社に対してネガティブな印象を持つ可能性があります。筆者らの研究でも、事前に職場状況や対応可能な就業配慮を伝えた場合と伝えなかった場合を比較すると、前者の方がより有効な主治医の意見書が発行されたという結果が得られました。  「勤務情報提供書」の作成は、事業者の立場ではそれほどの労力はいらないはずです。これらの情報を医療機関で本人から収集していることを想像してみてください。本人も利用可能な制度を知らないことがほとんどのため、それは本当にたいへんな作業です。医療機関と連携していい意見書を取得するには、「始動は事業者(職場)から」という姿勢が望まれます。 主治医からの意見書の受領  勤務情報提供書をもとに医療機関から労働者にとって必要な配慮が示されたら、意見をもとに就業配慮内容を確認します。医療機関や労働者に誤解があり対応不能な配慮内容が記載されていたり、労働者(患者)が遠慮して医療機関で本当のことを話していないために本来必要な配慮が記載されておらず、医療機関に再度問い合わせることが必要になることもあります。また、職場に産業医や産業看護職(保健師)などの医療職がいる場合には、医療職同士が直接コミュニケーションをとるほうがうまくいくことが多いと感じます。  就業配慮は重要である反面、労働者の働く権利を制限している側面もあります。また、ほかの労働者に過度な負担を与えることもあるため、過度の配慮は望ましくないケースも存在します。したがって、段階的に業務量を増やすという工夫が必要になります。この内容が両立支援プランになります。 両立支援プランの作成  両立支援プランは労働者が無理なく復職できるよう、段階的に業務量を増やしていくために作成されます。この際重要なのは、仮想でも構いませんので、長期的なゴールと短期的なゴールを作成しておくことです。  長期的なゴールを策定する場合において、労働負荷が再発や疾病経過に影響のないもの(例えばがんが再発するなど)、といったことは念頭に入れないことが一般的です(もちろん、ケースバイケースとなります)。長期的なゴールで労働者にどの程度の労働力を期待しているかを伝えることは、労働者自身がどれくらい努力をすればよいか明確になるので重要です。行き当たりばったりの就業配慮は労働者ががんばる方向性を見失うのみならず、事業者も何のために配慮をしているのかわからなくなり、お互いの信頼関係を損なうことになります。ガイドラインでは両立支援プランの例をいくつか示しているので確認してみるとよいでしょう。  事業者としての配慮をするときには、安全配慮上実施している配慮なのか、労働者が疾病による障害のために困っていることに対して環境整備をするための、いわゆる合理的配慮なのか、どちらの観点で実施しているのか把握しながら実施することも重要です。 定期的なフォローアップ  両立支援プランを策定しても、予定通りの体調回復が見られないケースなどもあります。逆に回復のペースは順調ですが、配慮しすぎているケースもあります。そのため、定期的に労働者と話し合いを行い、労働者の現状に合ったプランに策定しなおすことも検討しましょう。 おわりに  ときどき、支援者が一方的に配慮内容を通知するケースが散見されます。本来、労働者と事業者が合意形成のうえ、就業配慮を行うことが重要です。よかれと思って実施した配慮が労働者の重荷になっては本末転倒です。医療機関や労働者の意見を聞きながら、労働者にあった個別の就業配慮が実施されることが望まれます。 第4回 従業員ががんに罹患(りかん)したときの対応 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 はじめに  がんは多くの人にとって、いまだ「特別なもの」で、「死」に直結するイメージを持たれている人も多いのではないかと思います。しかしながら、70歳までには20%※1、それ以降も年齢を重ねるごとにがんに罹り患かんする可能性は高くなり、生涯のうち2人に1人はがんに罹患します。2006(平成18)年から2008年にがんと診断された人の5年相対生存率は、男女計で62・1%(男性59・1%、女性66・0%)とされています※2。  つまり、がんに罹患することはまれなことではなく、またがんに罹患しても治る(長期生存できる)ことも期待されるようになってきました。それでも、罹患した従業員のショックはかなり大きく、そればかりでなく、職場の上司や同僚なども同様に不安が募ることが多いのです。今回は従業員ががんに罹患した時の事業者や人事部門の組織マネジメントについて紹介します。 人事部としての考え方  病中の本人との向き合い方としては、休職開始は復職のためのプロセスであることをていねいに説明することです。人はデフォルト(初期設定)にしたがう傾向にあります。デフォルトが、「病気の治療に専念し元の状態に戻る」だと、元の状態に戻る見込みがなくなった時点で本人も戻れないことに落胆しますし、企業も元の状態に戻れないなら解雇となりがちです。デフォルトを「治療と仕事を両立する(支援する)」に設定すると、両立がうまくいくための手法を探り始めます。  人事部は、ときに制度をつくり、制度通りの対応をすることが多いですが、デフォルトが前者の場合、制度から外れると就業生活を継続させることはむずかしくなりがちです。デフォルトが後者の場合、就業継続のためにさまざまな方法を模索し、ときに制度が復職を拒んでいることに気づき柔軟な運用の重要性を感じ始めます。抗がん剤の外来治療中は3週間に3日程度は就業できない日が発生しますが、前者の場合だと「抗がん剤治療が終わるまで休ませる」、後者の場合だと「抗がん剤治療中もどのような配慮をすれば働き続けることができるのか」という運用ベースの視点になります。どちらがよいかという価値判断は企業によって異なりますが、健康経営を推進する場合は、後者の方が整合性が取れます。まずこの点を社内で議論するとよいでしょう。 本人への対応  本人にとってまず重要なことは「安心して休むことができる」ということです。「安心して」には、「休んでも職場に戻ってくることができる」ということも含まれます。というのも、がんに罹患した従業員のなかには、「診断されたことで先の見通しがないので辞める」とか、「職場に迷惑がかかるから辞めなければ」といったように、突発的に仕事を辞める人が多くいます。仕事を辞めてしまうと元の職場に戻ることがむずかしくなることのみならず、場合によっては傷病手当金が得られないこともあります※3。  仕事に戻れるかどうかは、治療の経過次第でずいぶん変わり、初期の段階では見通しがなかなかつきません。まずは、いったんしっかり休むことを伝えることが必要です。その際、従業員が休むことのできる制度をきちんと伝える必要があります。  具体的には、有給休暇、病気休暇(病気休職を含む)、などの休暇制度を伝えることが必要です。また、職場復帰にあたっては(とくに産業医が不在の場合)、医療機関と連携して進めることになります。職場復帰の希望は直前に申し出るのではなく、1カ月ほど前にゆとりをもって伝えてもらえた方がスムーズに復職できる旨も伝えることが必要です。 上司に対して  従業員が病気に罹患し職場を離脱することは、その上司にとってたいへん心配なことです。「働かせすぎて病気になったのではないか」と自分を責める上司もいます。本人の不安を払しょくすることと同様に、上司の不安を取り除くためには上司の話を傾聴することも必要です。  また、部下のがん罹患は上司にとっても予期できない突然の出来事でもあります。したがって、仕事の割振りについてたいへん混乱します。仕事の割振りを決めるためには従業員から休暇期間を聞かざるをえません。しかし、休暇期間を聞いて仕事をほかの人に割り振ることを伝えられることを従業員が、「自分は戦力外」ととらえることもあります。従業員が大事な人財であれば、「戻ってきてもらうまでの間、仕事を回さなければならないので休暇期間を教えてほしい」など、本人の立場に立って話をするように、上司に伝える必要があります。 医療機関に対して  事業者は「病気=医療」という考え方のもと、労務管理を含めて、すべての判断を医療機関に依頼しがちです。しかし、治療中の従業員を雇用することは、企業視点で見ると、労働力としての従業員が治療中という一要素を持っているという考え方もあります。企業にとっての労働力という視点を医療機関に理解してもらいたいときには、ぜひ、「事業場における治療と職業生活のためのガイドライン」(厚生労働省)で示されている、勤務情報提供書の作成を検討してください。医療機関にとって、患者から「復職のための意見書(診断書)を作成してください」と依頼があれば、仕事のことは患者経由でしか聞きようがないので、就業配慮内容は「患者に記載してほしいと依頼されたこと」をそのまま記載せざるを得ません。記載された意見書は事業場内において一定の拘束力を持つので、大幅に外れた対応はしがたくなります。ときに、事業者の立場としては対応できない配慮が記載されており「困る意見書」となることもあります。一方、勤務情報提供書に患者が行っていた業務内容や実施可能な就業上の配慮事項を記載すれば、医療機関もその範囲内で意見を述べやすくなります。事業者と医療機関の齟齬(そご)を減らすためにはお互いの情報共有が必要で、そのスタートを持つ方が就業方法についてリードしやすくなります。事業者として「困る意見書」が発行されないようにするためには、事業者から勤務情報提供書を医療機関向けに発行することが望まれます。  産業医がいる場合は、医療機関向けに返書を記載するよう依頼してください。医療機関は事業者に向けた意見書を作成し、産業医から返書を得た場合に診療報酬を得ます。医療機関ともよい関係を継続したいのであれば産業医からの返書はたいへん重要です。 ※1・2 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.htm) ※3 連続した3日以上の傷病休暇があり4日目以降の支給であるため 第5回 従業員が循環器疾患(心筋梗塞・不整脈など)に罹患した際の対応 産業医科大学 両立支援科・第二内科学 荻ノ沢(おぎのさわ)泰司 はじめに  心筋梗塞や不整脈など循環器疾患は高齢者に多い病気ですが、壮年期から中年期においてもまれな疾患ではありません。「心臓発作」という言葉があるように、何の前触れもなく働き盛りの人が倒れることもあります。また、一口に循環器疾患といっても、同じ病名でも発病前とほとんど変わらない生活が送れるものから、退院すらままならないものまで重症度の幅が広く千差万別です。 循環器疾患患者への安全配慮と両立支援  循環器疾患は再発のリスクが高いことが知られており、回復後も二次予防としての治療の継続および生活習慣の改善を図ることが重要です。労働安全衛生法では使用者に安全配慮義務が課せられているため、特に心不全や失神のリスクが高いものについては、業務にともなう疾病の悪化や事故・労働災害を防ぐための合理的配慮を行う必要があります。  しかしながら、必要以上にリスクを過大評価してしまうと労務をすべて制限する方向に向かい、結果として休職から退職へと追い込まれてしまいがちです。一方、両立支援の考え方は、適切なリスク評価に基づいて、本人および職場が許容しうるリスクと対応可能な配慮を見極めて、バランスを取りながら治療と仕事の両立を図ることにあります。 休職時の対応  循環器疾患には、心筋梗塞や致死的不整脈のように突然発症して緊急入院が必要なものと、弁膜症による心不全など比較的緩やかな経過をたどり、外来加療を基本に必要に応じて計画的入院治療を行うものがあります。急な発症で業務を引き継ぐ間もなく欠勤することになれば、職場は担当業務の割振りなど突然の対応を迫られることになります。事業者は普段から「お互いさま」と思える両立支援のための職場の風土づくりを行うとともに、本人の支援だけではなく、負担の増える同僚や上司などサポートする側のケアをすることも大切です。  本人には急性期は治療に専念してもらい、病状がある程度落ち着いてから企業内に設置した両立支援の窓口(職場の上司・人事担当者、産業医や保健師などの産業保健スタッフ)に状況と見通しを連絡してもらいます。最近は手術が必要であっても、身体に対する負担が小さくて済むように治療も進歩していますので、数日間の入院で治療が完結し、有給休暇だけで職場に復帰できる場合も少なくありません。有給休暇の範囲を超える場合には休職扱いになりますが、就業規則に定められた期間や満了後の扱いなど社内規程の確認が必要です。 復職時の対応  治療が一段落して復職を考慮できる状況になれば、復職に向けた対応を検討することになります。重症度や治療内容によって考慮すべき事項が異なりますので、必要に応じて当該従業員を介して病状や治療に関する留意事項などの意見書を主治医から発行してもらいます。  意見書を依頼する際には、実際にどのような職場環境で働いているのか、どのような懸念事項や配慮が想定されるかを職場側から主治医に伝えるとよいでしょう。医療機関側も職場での状況がわからなければ「職場復帰可能だが、過労を避ける必要がある」といったような具体性のない意見書になってしまいます。本人・職場・医療機関が連携することで、より職場での現状に即した具体的かつ必要十分な配慮を行うことが可能となります。 循環器疾患の両立支援における検討事項  循環器疾患の就労への影響は、@疾患の重症度・特性によるもの、A治療によるもの、にわけてそれぞれの配慮事項・検討項目を整理すると理解しやすいと思います。循環器疾患に特徴的な検討事項を下記に示します。 (1)身体的負荷の許容範囲  心臓の働きが悪くなると、身体的負荷に対応しきれず心不全や不整脈をきたすことがありますので、心機能に応じた身体的作業量の制限を考慮する必要があります。日本循環器学会のガイドライン※1では、安静時と比べたエネルギー消費量で仕事の活動強度を評価して許容範囲を示していますが、業務すべてを網羅しているわけではないため個別の判断が必要です。また、バイパス手術などの外科的手術後では、心臓自体は治療により回復していても開胸後の傷が安定するまでの一定期間、重いものを持たないなどの配慮が必要です。 (2)勤務形態や職場環境管理  夜勤や交代勤務などの不規則なシフトワークは虚血性心疾患や不整脈などのリスクを増加させることが知られており、病状に応じて就業時間の制限を検討する必要があります。また、虚血性心疾患患者では禁煙が原則ですが、職場の禁煙・分煙化がなされていない場合には環境整備も重要です。 (3)心臓デバイス植込み患者の電磁干渉※2  ペースメーカなどの心臓植込みデバイスは、電磁波により影響を受けて誤作動をきたす可能性があります。職場に発電機など強力な電磁波を発生させる装置がある場合には職場環境調査を行い、影響をおよぼす恐れがある区域を明らかにして、立ち入り制限を行うこともあります。また、溶接など行うことができない作業もありますので、心配な場合には医療機関に確認した方がよいでしょう。 (4)ICD植込み患者の運転制限※2  心臓デバイスのなかでも、植込み型除細動器(ICD)は、急激に脈拍が速くなり血液を送り出せなくなる致死的不整脈を防止し、心臓突然死を防ぐデバイスです。意識消失を突然きたす恐れのある患者さんに植え込まれることから、自動車の運転制限が定められています。一定期間、作動がなければ、資格を持った医師の記載した診断書を公安委員会に提出することによって運転は可能となりますが、旅客を乗せる第2種運転免許や大型免許の適性はありません。仮に普通免許であっても、営業など業務として長時間運転をする場合には方法を検討する必要があります。 おわりに  循環器疾患の病態と職種・職場の多様性のかけ算は無限大です。治療と仕事を両立するためには本人・職場・医療機関が連携し、個々の患者の病状・病態ならびに就労現場のすりあわせを行い、そこに生ずる「リスク」の適切な評価と、具体的な「困りごと」に対する可能な配慮を、バランスよく行っていくことが重要です。 ※1 『心疾患患者の学校、職域、スポーツにおける運動許容条件に関するガイドライン(2008年改訂版)』 ※2 『ペースメーカ、ICD、CRTを受けた患者の社会復帰・就学・就労に関するガイドライン(2013年改訂版) 最終回 まとめ・その他の留意事項 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 事業者にとっての両立支援を行う意義  これまでの連載のなかで、両立支援を行う体制整備、個人情報の取扱い、職場復帰プランの策定、がん・循環器疾患の支援の特徴などについて紹介してきました。読者の方のなかには、「たいへん」や「めんどう」という印象を持っている方もいるかもしれません。  そこで最終回の今回は、「なぜ、事業者が両立支援を行う必要があるのか」についてお話したいと思います。  これまでは「労働者を雇おう」と思ったら簡単に雇える時代でした。しかしながら、すでに日本の人口はピークを迎え、これからは人口減少時代に突入し、生産年齢人口とされてきた15〜65歳は実数・割合ともに低下していきます。高齢であったり病気を持っている労働者が社会参加しなければ、必要な労働力が足りなくなる時代がすぐそこまで来ているのです。  安定的な経営を行うために、働く能力のある人材を活かす仕組みを持っていることはたいへん重要といえます。画一的な人材ばかりをそろえている企業は、視点も画一的になりがちで、イノベーションが起きにくく、場合によっては消費者から置き去りにされてしまうということになるかもしれません。多様な人材を企業のなかで抱え、活躍できるよう、柔軟な対応をすることが企業の成長につながることでしょう。  健康経営に対する意識の高まりが出てくると、自然に「労働者を大事にしたい」という視点から、病気を持った人たちへの支援の必要性に気づき始めてくるのではないかと思います。  事業者が両立支援を行うことのメリットとしては、以下のような点があげられています。 ・従業員の定着率の向上および人材確保 ・企業イメージの向上 ・当該社員と同僚のモチベーションや安心感の向上 ・モラール(士気)の向上  一義的には両立支援は病気を抱えた労働者のサポートですが、企業価値を高めることにも寄与することが期待できます。 両立支援についての社会資源  両立支援の際は病状に合わせて必要な配慮(安全配慮、合理的配慮)を実施することが求められます。したがって、病気により発生する症状と仕事を調和させるための取組みが必要になります。  しかしながら、特に中小零細企業などでは、そのような専門職が不在であることもしばしばです。そのような場合には社会資源として、(独)労働者健康安全機構が各都道府県に設置している産業保健総合支援センターの両立支援促進員(看護師、保健師、社会保険労務士など)を活用することができます。事業者への個別訪問や事業者と労働者の個別調整など、幅広い支援を請け負っています。  また、両立支援コーディネーターという資格を持つ者もいます。両立支援コーディネーターは、企業と医療の情報共有を円滑にするための研修を受けています。企業や従業員が受診している医療機関内に資格取得者がいる場合には、相談してみるのもいいのではないかと思います。  さらに、各都道府県労働局では、中小企業が就業規則を整えたうえで両立支援を行った際に、助成金を支給する制度もあります。助成基準などの詳細については、厚生労働省のホームページ※をご覧ください。 障害者雇用安定助成金 両立支援 検索 病気になってもあわてないために  ほとんどの人は、明日病気になることを想定して日々の生活を送っていません。今日と同じ明日があると信じ、仕事をし日常を過ごしているのではないかと思います。  そんななかで突然病気を宣告された場合、診断・治療に向けてさまざまな意思決定が必要になります。  例えば、がんであれば、健康診断受診、精密検査受診、結果説明、診断・病気の確定、治療方針の決定、治療費の計画などを、そのときどきに対応し、決断することが要求されます。しかも、それらは仕事や社会生活に大きな影響を与え、さまざまな調整要件が重なることになります。考えなければいけないことが急激に増える状況が発生するのです。  もともと人間は、マルチタスクが苦手です。そのうえ、がんの診断を受けたショックや副作用の問題なども発生します。見た目は元気そうにしていても、多くの方がそのような状況を何とか乗り越えようとしているわけです。これらについて、少しでも負担を少なくするには、業務上の配慮もさることながら、普段からの準備も必要になってきます。  病気にかぎらず、急に休まざるを得ない状況というのはだれしも訪れることです。業務内容の共有化、代替可能性の確保など、だれかが急に休まざるを得なくなっても対応できる可塑性(かそせい)を、組織として持っておくことが必要です。  また、従業員教育として、生涯二人に一人はがんになることを想定するような訓練を積ませておくことも、今後は必要になってくると考えられます。いざというときに本人がパニックにならないように、そして周囲もその状況をしっかりと受け入れられるように、大人のがん教育が、今後展開されることが期待されます。 すべての人が労働者として輝けるために  いろいろと書いてきましたが、実はほとんどの企業が、すでに両立支援にかかわる対策を実行していると思います。  例えば、治療のために半日休暇を許可して病院への受診を認める、気分が悪いときに休憩室の利用を認める、体力が弱った人に自動車通勤を認める、などは、気がついていないかもしれませんが、何らかの体調不良に対して「お互いさま」の気持ちでサポートしている現状があるのではないかと思います。  こういった対応は立派な両立支援の活動です。可能な範囲で本人の希望を検討すること、これは合理的配慮の精神そのものです。あまりむずかしく考えずに、無理のない範囲で、「いまできることをしっかり行う」、くらいの軽い気持ちから始めていくと、数年後には素晴らしい両立支援を実施する職場になっていることと思われます。最初から100点を狙うのではなく、小さな一歩を積み重ねて、よりよい支援体制の構築を目ざしていただければ幸いです。 ※ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000162833.html