新連載 制度、仕組みづくり 生涯現役時代の高齢社員活躍支援のポイント 株式会社新経営サービス 人事戦略研究所 マネージングコンサルタント 森中謙介  「生涯現役時代の高齢社員活躍支援のポイント」と題して、シニア人材が活躍し続けるために必要な制度や仕組みづくりのポイントについて解説する連載をスタートします。第1回は、「高齢社員の活躍とはどういう状態をさすのか? そのイメージを具体化する」というところから始め、徐々に自社に合った制度や仕組みづくりを考える視点やノウハウを展開していきます。 第1回 高齢社員に期待する活躍のイメージを具体化しよう! 1 企業の高齢社員活躍はあまり進んでいない  高年齢者雇用安定法の改正(2021年4月1日施行)以後、高齢社員の活躍に向けて企業の関心が高まっています。「定年延長」の議論も引き続き盛んであり、定年延長に合わせて人事制度の大幅な見直しを行う企業もあるようです。  しかしながら、スムーズに取組みが進んでいる企業は必ずしも多くありません。筆者の感覚では、「高齢社員の活躍を促進すべきだとは思うが、具体的に何から取り組んだらよいかわからない」という状態の企業が大半であり、経営トップの肝入りでスタートしたプロジェクトが早々に頓挫したり、あるいは無用に長期化している傾向があります。  なぜそうなっているのか、その原因は「現状分析ができていないこと」、「高齢社員の活用方針が明確になっていないこと」の二つに分かれます。それぞれの内容について、具体的に見ていくことにしましょう。 2 現状分析から始める  まず、現状分析から解説します。ここでいう現状分析とは、「高齢社員の活躍を推進するうえでの目標と課題を整理すること」と理解してください。  そもそも、多くの企業で「高齢社員の活躍」という言葉が独り歩きしており、  「ゴールはどこなのか(=高齢社員の活躍が成功した状態の定義と具体的な目標設定)」  「ゴールに対して、自社の現状をどう評価すべきなのか(=課題設定)」  という、前提となるべきあたり前の議論がほとんどなされていないことが大きな問題としてあげられます。  「高齢社員の活躍」という切り口は総論では非常に賛成しやすいものの、「具体的にどうする?」という各論に入った際、取組みの範囲が広く、方向性が漠然としやすい性質を含んでいるといえます。この点、周囲に参考にできる情報が豊富にあればよいのですが、各社ともまだ取組みを開始した段階であることから、実際にはマイルストーンにできるものがほとんどありません。このように手探りで行う必要のあるテーマであることから、とにもかくにも、まずは自社の実態調査からスタートすべきであると筆者は考えます。  具体的な進め方として、三つの分析手法をご紹介します。これにより、「高齢社員を取り巻く自社の課題」を総合的かつ多面的に整理することができるようになりますし、少なくとも「何からやればよいのかわからない」という状態は脱することができるでしょう※。 @人員分析  人員分析とは、将来的に高齢社員の人員ボリュームがどう変化するか、そのことにより組織でどんな問題が起こる可能性があるのかを推察するなかで、高齢社員の活躍に向けた課題抽出を行う方法です。例えば、一般的な企業の人員構成として、@30代半ばから後半の層が少なく、A40代半ばから50代前半の層が多い、という類型があげられます。筆者はこの類型を「中抜け型組織」と定義しています。そのほかに、中間層が多い「中太り型」、文字通り高齢化の進度が早い「高齢化型」という類型もあります(図表1)。  中抜け型組織の特徴について、ベテラン層が厚く安定的な組織構成が行われやすいという見方もできますが、将来的に大量のシニア層を抱えるリスクがあるととらえる視点も重要です。例えば、中抜け型組織で高齢社員の活躍を促進する際、高齢社員に求める役割を「現役の継続」とするか、逆に現役は退いてもらい、「権限移譲、後進育成の強化」をになってもらうことにするかによって、取組みのスタンスが大きく変わることがあります。  前者の場合、幹部候補となる中間層の成長が間に合わない可能性が高ければ、高齢社員に「プレイヤー」として隙間期間を埋めてもらうことへの期待は高く、現役期間を続行してもらうために定年延長を行う方針が優先順位として高くなるケースもあります。 A賃金・人件費分析  賃金・人件費分析とは、組織の高年齢化にともなう総額人件費の上昇を抑制しつつ、高齢社員の個別賃金の最適化を図ることを目的として、外部の統計データと社内の実態を照らし合わせて課題抽出を行う方法です。  まず、総額人件費の分析については前述の人員分析と同時に行います。具体的には、5年、10年といった中長期の人員予測に合わせて、一定の条件下(入退社予測、昇進昇格予測、昇給予測など)における総額人件費のシミュレーションを行います。  次に、高齢社員の個別賃金については、「対外的な競争力と社内的な公平感」の2軸から検証を行います。多くの企業において採用されている「定年再雇用制度」では、再雇用後の賃金は定年前より大幅に下がることが一般的ですが、再雇用者の担当業務は定年前と同一であるケースが多く、モチベーションダウンにつながっています。  この点、例えば前述の人員分析で紹介した「中抜け型組織」における高齢社員活用方針との関係でいえば、高齢社員に現役を続行してもらうために賃金アップを行い、同業他社水準よりも魅力的な制度設計を行うことが重要な検討課題の一つとなります。 B職場環境分析  組織における高齢社員の現状についてダイレクトに調査・分析をしていく手法が職場環境分析であり、ソフト面とハード面に分けて実施していきます。  まず、仕事自体に対する高齢社員の満足度を調査する方法がソフト面の分析です。具体的には、仕事のやりがいや職場の人間関係といった、「日々の業務におけるモチベーション」に直接的にかかわる項目について調査を行います。  次に、社内制度や就労環境などに対する満足度を調査する方法がハード面の分析になります。賃金・評価制度に対する不満はないか、オフィスなど職務環境に対する不満はないか、能力開発・キャリアアップなどの仕組みは十分か、といった内容について調査を行います。  具体的な調査の進め方としては、高齢社員および高齢社員をマネジメントする管理職者に対して、アンケート調査(記名または匿名)および個別面談による聞き取りを中心に実施していく方法が最適です。 3 高齢社員の活用方針を明確化する  ここまで、現状分析の三つの手法について紹介をしてきました。それぞれの分析をどの程度実施するかは各社ごとの状況によって異なりますが、相互に関係しあっているため、必ず三つ同時に実施していただくことを推奨します。  現状分析を行うことにより、「高齢社員の活躍」を推進していくために何が重要か、何が障害になるのか、といった課題がある程度具体的に言語化できるようになります。また、「時間軸」で課題をとらえられるようになる点も現状分析を行うことの大きなメリットです。ここでいう時間軸とは、短期(1〜3年程度の期間)と中長期(5〜10年スパンの期間)の両軸で組織の高齢化の問題をとらえる視点と理解してください。  高齢社員の活躍に向けた取組み方針が曖昧になりがちな原因の一つとして、当該問題を時間軸でとらえられていないことがあると、筆者は考えます。前述の人員分析のテーマとも絡みますが、高齢化の進度は各社ごとに異なり、いままさに問題になっている企業もあれば、問題が顕在化するまでに時間がかかる企業もあります。高齢社員対策のフェーズを時間軸で区切ることで、より地に足のついた議論ができるようになります。  さて、現状分析の後は、いよいよ高齢社員の活用方針を検討していく段階に移りますが、その前に自社の全般的な経営環境について予測をしておくようにしてください。具体的には、市場の将来環境をどのように評価できるか(短期〜中長期視点で)、そのなかで(経営戦略として)自社はどのようなポジションを築いていくのかについて、言語化を行います。そのうえで高齢社員の活用方針について検討することで、議論に深みが増し、目標とする姿をより具体的にイメージすることが可能になります。  例えば、ある企業の現状分析の結果として、「高齢社員が急激に増加してきているなかで、高齢社員のやる気は高いのに、環境整備が追いついていないために生産性が低い状態である」という結論が導かれたとします。  これに対して、「市場全体としては縮小傾向にあるなか、高齢社員の能力・スキルが早期に陳腐化していくおそれがあり、再教育には莫大な費用がかかる」という予測が、高い精度でなされたとします。このような場合、「高齢社員活用を積極的に推進し、現役を続行してもらうことが可能なのか」ということは慎重に議論すべきですし、高齢社員に期待する役割を「現役の続行」ととらえるのではなく、「経験を活かした異なる貢献」ととらえる方が現実的(処遇もそこに合わせていく)なケースもありえるでしょう。  改めて、高齢社員の活用方針を類型化すると、おおむね三つに分かれると筆者は考えます(図表2)。これは各企業がとりうる高齢社員活用のスタンスといい換えてもよいでしょうが、スタンスが明確に定まっていれば、各種の制度や仕組みを構築していく際もスムーズに展開していくことが可能です。  もっとも、どの類型が良い悪いということではなく、各社の実態にマッチしていることが重要です。時間軸の視点も大切であり、例えば短期的には高齢社員の活躍できるフィールドを限定的にとらえたとしても、中長期的には生涯現役を実現するための取組みを計画的に行っていく必要がある、という2段階スタンスをとることも企業によっては現実的な選択肢になりえます。 4 高齢社員に期待する役割を伝達するポイント  最後に、高齢社員の活用方針から、高齢社員自身に期待する役割を伝達するポイントについて解説します。説明会などの場で会社の方針について伝えていくことは最低限必要ですが、それだけでは不十分です。これまでの仕事のやり方や考え方を転換していくことはだれしもむずかしいことですから、高齢社員に現役の続行を期待する場合も、まったく別の役割を期待していく場合も、直接対象者と面談を行って会社の意図を十分に伝えるようにしてください。場合によっては、研修のような形で高齢社員同士が期待される役割についてディスカッションし、理解・認識を深めることができればさらに効果的ですし、そうした取組みを行う企業も徐々に増えてきています。  次回は「評価・処遇制度」についてお伝えします。 ※ 現状分析の手法についてさらに詳しく知りたい方は、『エルダー』2021年2月号特集の解説「70歳までの雇用延長のポイント」、または拙著『人手不足を円満解決 現状分析から始めるシニア再雇用・定年延長』(第一法規)を参考にしてださい 図表1 企業における典型的な組織人員構成(主要3類型) 中抜け型 「中間層が少ない」 中太り型 「中間層が多い」 高齢化型 「高年齢者が多い」 ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成 図表2 高齢社員の活用方針(主要3類型) 制度設計における主要検討論点 限定活用型 シニア社員に対しては限定的な仕事での雇用機会のみ提供し、法的な対応を最優先して活用する 柔軟活用型 正社員と変わらず高度な貢献内容を求める社員と、限定的な貢献のみを求める社員とで、メリハリをつけて活用する 生涯現役型 年齢に関係なく、積極的にシニア社員を活用する 雇用形態 基本的に再雇用(契約社員か嘱託社員等)する 引き続き正社員で雇用する 等級 等級制度(役職制度)の設計をどのようにするか 再雇用後は、等級制度を設けない(個別対応) 再雇用後のコースまたは役割等級制度を設ける 65歳、70歳まで運用できる等級制度を設計する 評価 評価制度の設計をどのようにするか? 再雇用後は、評価をしない 再雇用後のコースに応じた評価表を作成する(目標管理中心) 正社員と同様の評価を行う 賃金 給与テーブルの設計をどうするか? 個別に設定するまたは、定年時の給与基準に一定額を減額して設定(昇給なし) 再雇用後の給与テーブルを設計する 生涯賃金を考慮した賃金カーブを描ける給与テーブルを設計する 賞与の支給をどうするか? 再雇用後は、賞与を支給しないまたは寸志程度の支給 再雇用後の賞与制度を設計する 正社員と同じ賞与制度を適用する 活用 新陳代謝をどう考えるか? 貢献度の低い社員に対して新陳代謝を促す(早期退職制度) 個別ニーズ(身体的衰え等)に対応するため多様な働き方を支援する(選択定年制) 本人の志向や能力をふまえて、今後の新陳代謝や職務転換を含めた働き方についての意識教育を行う(キャリア教育等) 職務転換をどう考えるか? 職務転換を視野に入れて活用する(限定的な仕事の創出を図るとともに計画的な職能教育を行う) 担当の専門領域において活用する(これまでの能力や知見が陳腐化しないように、継続的な教育環境を整備する) ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成 第2回 高齢社員がモチベーション高く働ける制度を整えよう! 1 高齢社員の活用方針に沿った評価・処遇制度を構築する  前回みてきたように、現状分析を詳細に行ったうえで高齢社員の活用方針を検討することで、各社ごとに高齢社員に期待する活躍のイメージが具体化されていきます。これを1stステップとしておきます。  2ndステップは、実際に高齢社員の活躍をうながしていくうえで、高いモチベーションと生産性を維持できるよう、1stステップで構築した方針に沿った高齢社員へ期待する役割をふまえた適正な評価・処遇制度を構築することがポイントになります。主要な論点としては、(1)雇用形態をどうするか、(2)既存人事制度との対応関係をどうするか、という2点に分類されると筆者はとらえています(図表1)。  (1)についてはさらに、@大多数の企業が採用する「定年再雇用制度」を活用するのか(この場合、雇用形態としては非正社員であることが大半)、それともA定年延長を実施するのか(定年再雇用制度から切り替える場合は、非正社員から正社員に転換するケースが多い)、という二つのテーマに分かれ、(2)についても、@人事制度非接続型(定年前後で高齢社員に適用される人事制度を変える)による高齢社員活用と、A人事制度接続型(定年前後で高齢社員に適用される人事制度を変えない)による高齢社員活用の2種類に分かれます。  以下、定年再雇用制度の構築・運用パターンと、定年延長実施パターンに分けて、具体的な評価・処遇制度の構築方法についてみていきましょう。各社の高齢社員活用方針に沿って、最適な組合せをチョイスしていくことが望まれます。 2 定年再雇用制度の構築のポイント  一般的に、多くの企業では「定年再雇用制度(ここでは、高年齢者雇用安定法の定める『継続雇用制度』と同義とする)」が採用されています。60歳定年制を前提とする場合、定年によって、いったんそれまでの正社員としての雇用契約が終了し、新たに非正社員として再雇用(新しい労働契約)されることになるため、定年前と比べて処遇を柔軟に変更しやすい点がメリットとしてあげられています。なお、一般的に定年再雇用後は定年前と比べて本人に期待する役割(職務や職責)を変更しているケースが多く、評価・処遇制度については前述の「人事制度非接続型」の枠組みで構築する企業が比較的多いようです(もちろん、人事制度接続型で定年再雇用制度を構築することも可能です)。  そこで、ここでは人事制度非接続型の枠組みを基礎として、高齢社員の活躍を促進する定年再雇用制度を構築する際のポイントについてみておくことにしましょう。具体的には、 @高齢社員個人の能力や意欲に応じて、本人が選択できる働き方のコースを設計する Aコースごとに、高齢社員に期待する役割や評価・処遇制度の詳細を設計する の2点が重要になります。筆者はこの構成を「コース別定年再雇用制度」と呼んでいます(図表2・3)。  例えば、定年再雇用後も高いレベルでの活躍を期待する社員に対しては、「エキスパートシニア(管理職級あるいは高度専門職級としての位置づけ)」のような形で、標準的な再雇用者よりも上位のコースを設けることができます。期待役割のレベルにより賃金差をつけたり、仕事ぶりによって人事評価を適切に行うことができれば、高齢社員のモチベーションアップにつながることが期待できます。  定年後も引き続き活躍する意欲が高く、能力発揮が期待される一部の高齢社員に対しては正社員同等の役割(内容は現役時とまったく同じでなくてもよい)を継続してになってもらいたいという方針の強い企業では活用しやすい仕組みといえるでしょう。  なお、一般的な定年再雇用制度の枠組み(雇用形態は非正社員)は、いわゆる「同一労働同一賃金」法制の対象となるため、適法な運用ができているかどうかのチェックも必要になりますので、くれぐれも注意するようにしてください(厚生労働省が発表している「同一労働同一賃金ガイドライン」※の内容についても参照)。 3 定年延長時における評価・処遇制度の構築のポイント  高齢社員の活用方針として中長期視点で生涯現役を志向する企業であれば、定年前と同様の期待役割を継続する「人事制度接続型」の構成を基礎とした定年延長の仕組みが適している部分があり、近年では実際に定年延長を行う企業も増えてきています。  さて、定年延長の決定にあたって検討すべき人事制度上の主要な論点は図表4の通りです。なお、高齢社員の多様な働き方については、次回(第3回)に詳細な解説を行います。  図表4のテーマを主要論点として、実際には企業ごとの高齢社員活用方針によって対応が変わります。定年延長=人事制度接続型だけではなく、人事制度非接続型での定年延長のケースも十分にありえます(定年年齢は伸ばすが、期待役割は60歳時点で切り替え、高齢社員の意識も60歳以後の期待役割に合わせて変えていきたいと考える企業がある)。これはどちらが正解/不正解というものではなく、あくまで各企業の実態に沿っていること、高齢社員の活用方針に沿っていることが重要です(図表5)。  また、人事制度接続型による定年延長に取り組む場合で、単に60歳以後の仕組みだけを変更するのではなく、会社全体で人事制度を変更していく必要性が高い場合があります。  例えば、定年再雇用制度で60歳以後の賃金を大幅に減額していた企業が、定年延長を実施するにあたって減額していた賃金を定年前の水準に戻すことを検討するとします。このとき、賃金アップの対象となる社員数、また今後新たに60歳を迎えていく50代後半の社員数を考慮し(これまでは下がっていた賃金分が下がらなくなる対象者層)、会社が許容できる総額人件費の上昇分を超えてしまうようであれば、60歳以後の制度改定だけではなく、全社的な賃金カーブの見直しも視野に入れる必要が出てきます。  具体的には60歳以後の賃金上昇分をカバーするために、40歳以後の賃金カーブを全体的に下げるように再設計する例があります。とはいえ、中間層の賃金をたちまち引き下げるわけではなく、等級制度の再設計による社員格づけの変更をともなう賃金ダウンや、定期昇給額のダウンなど(いずれも評価の低い社員が対象になりやすい)、さまざまな制度改定を組み合わせて、かつ数年程度をかけて段階的に実施することになります。  上記の方法は、60歳以後の仕組みだけを見直す場合と比べて企業としての取組みの負担度合いは大きいものの、総額人件費の課題だけにとどまらず、雇用期間の延長をふまえて生涯賃金の再設計を行うという点で本質的な取組みでもあります。取組みにかけられる時間的余裕があり、かつ定年延長を機に抜本的な人事制度改定に取り組みたいと考える企業であれば、中長期視点で検討していただきたいテーマです。  次回は、「高齢社員の多様な働き方」についてお伝えします。 ※ 厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000469932.pdf 図表1 高齢社員の活用に向けた評価・処遇制度構築における主要な論点 (1)雇用形態 (2)既存人事制度との対応関係 @定年再雇用制度の活用 @人事制度非接続型 A定年延長の実施 A人事制度接続型 区分 特徴 @人事制度非接続型  (定年再雇用制度導入企業に比較的多い) ・基本的な考え方として、高齢社員に対して定年前と異なる貢献・働き方を求める ・定年前後で期待する役割や賃金、その他の労働条件を変更する ・高齢社員活用に向けて人事制度を改定する際、定年後の人事制度だけを見直すケースが多い A人事制度接続型  (定年延長実施企業に比較的多い) ・基本的な考え方として、高齢社員に対して定年前と同等の貢献・働き方を求める企業が多い ・定年前後で期待する役割や賃金、その他の労働条件を変更しない ・高齢社員活用に向けて人事制度を改定する際、全社的に人事制度を見直す場合がある ※株式会社新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表2 コース別定年再雇用制度のイメージと、定年再雇用者に求める期待役割の例 再雇用 管理者として再雇用(+高度専門職) 管理職(役職者)として残る場合は、通常フルタイム勤務よりも処遇面を高めに設定する。 フルタイム勤務で再雇用 過去の人事評価で標準以上、もしくは特別な技能や技術を持っている者が対象となる。 パート勤務で再雇用 再雇用基準はクリアしたものの、過去の人事評価が標準を下回る者については、短時間勤務で再雇用する。 ※株式会社新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表3 定年再雇用者に求める期待役割の例(人事評価基準としても活用) 6級 @課長クラスの育成を行う A部長クラスの補佐を行う B下位者に対し、実務およびマインド面を指導する C自社を取り巻く経営環境・情報に気を配り、その内容を見据えたうえで適切な指導を行う D部門レベルの改善提案を行う 5級 @非管理職の育成をする A課長クラスの補佐を行う B下位者に対し、実務およびマインド面を指導する C自社を取り巻く経営環境・情報に気を配り、その内容を見据えたうえで適切な指導を行う D課レベルの改善提案を行う 4級 @新しい案件や非定常の案件にも、専門分野を通じて、適切な判断を行い、対処する A適切に意思疎通を行い、部門に大きく貢献する B高度で幅広い専門知識と、競争力あるスキルを発揮する C他部署関係者とも積極的にやり取りし、必要な情報を収集して業務を行う D顧客のニーズ・満足を意識した提案を行い、標準以上の成果をあげる E担当業務および課メンバーの業務改善により、業務の効率化に努める 3級 @担当分野の業務をスケジュール通り一人で行う A適切に報告・連絡・相談を行うとともに、相手に対して自分の考えを上手に伝える B担当する業務のなかで発生するであろう問題について正しく予測する C顧客のニーズ・満足を意識した提案を行う D担当業務の業務改善により、業務の効率化に努める ※株式会社新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表4 定年延長の決定にあたって検討すべき人事制度上の主要な論点 ※ここでは60歳から65歳へ定年年齢を延長する設定として考える @定年延長後の期待役割と評価 ⇒定年延長により、定年前後の期待役割を変更するか否か、人事評価をどうするか A定年延長後の評価・処遇 ⇒定年延長により、人事評価の基準・評価方法を変えるか否か  定年延長により、60 歳以後の賃金を変更するか(引き上げるor引き下げる)、  60歳以前の賃金も変更するか(全社的な賃金制度改革) B定年延長後の働き方 ⇒定年延長により、高齢社員の配置・異動・労働時間をどのように設定するか ※株式会社新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表5 定年延長時の制度設計における人事制度接続型/人事制度非接続型それぞれの対応方針 テーマ 人事制度接続型 人事制度非接続型 @定年延長後の期待役割 定年前と同様の期待役割 定年前と異なる期待役割 →管理職のサポートや後進への技能伝承など、高齢社員としての知識・経験を活かせる分野が望ましい A定年延長後の評価・処遇 基本的には定年前と同様 期待役割に応じた評価・処遇を行うことが望ましい B定年延長後の働き方 基本的には定年前と同様 多様な働き方のパターンを用意できれば望ましい ※株式会社新経営サービス人事戦略研究所作成資料 第3回 多様な働き方について扱います。 高齢社員が柔軟に働ける勤務制度を整えよう! 1 働き方に対する高齢社員のニーズを把握する  一般的な定年年齢を60歳として想定するとき、60歳以後に継続雇用を選択する高齢社員のなかには、働き方に対するさまざまなニーズがあることでしょう。  例えば、引き続き定年前と同じ会社で働く場合でも、健康面での心配や、あるいは副業・兼業を行うためにフルタイム以外での働き方を希望する場合があります。特に地方企業では、高齢の両親から引き継いで実家の田んぼや畑を維持する必要があることから、あえてフルタイム以外での勤務を行う(専業で農業を行うほどの規模ではない)ようなケースもよく聞かれます。当連載の第2回※1で「コース別定年再雇用制度」を紹介しましたが、このなかにあった「パートタイム」で働くことのできるコースを設ける例はこうした高齢社員の働き方のニーズに配慮した取組みの一つといえるでしょう。  事実、多くの企業でフルタイム以外の働き方を選ぶ高齢社員は一定数存在しています。独立行政法人労働政策研究・研修機構が2020(令和2)年に発表した調査「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」によれば、60代前半層の継続雇用者※2のなかで、パート・アルバイトで働いている社員が25.1%となっています(図表1)。 2 パートタイムで働く高齢社員の実態と処遇方法の工夫  ここからは、高齢社員の働き方に対するニーズに配慮した勤務制度の設計方法について、もう少し詳しく解説を行っていきます。まずは、先ほどに続きパートタイムで働く場合についてです。  実際に、60歳以上の高齢社員がどの程度の時間・日数勤務しているかについて調査した日本労働組合総連合会(連合)の「高齢者雇用に関する調査2020」を確認しておきましょう。同調査によれば、1日あたりの労働時間では4時間未満〜7時間、1週あたりの労働日数では1・2日〜4日と、短時間パターンも短日数パターンも幅広く活用されている様子がうかがえます(図表2)。  短時間勤務と短日数勤務のどちらをベースとするか、あるいは組み合わせるかなど、会社ごとに高齢社員の実際のニーズをふまえて柔軟に運用することができればモチベーションアップにつなげることができるでしょう。ただし、人事管理上は非常に煩雑な運用を求められるため、その点には留意が必要です。  また、賃金処遇の設計に関しては、一般的な定年再雇用制度の枠組みをベースとするのであれば、定年前の給与から20%〜30%程度引き下げたうえで、さらに短時間・短日数勤務を希望する場合には追加で賃金の減額を行う(フルタイムの賃金基準から時短分と日数減の分を控除する)方法が一般的でしょう。 3 高齢社員に関する特殊な働き方のニーズと処遇方法の工夫 @勤務地限定コースを設けるケース  定年後の継続雇用に関して、オプションとして、いわゆる「勤務地限定コース」を幅広く適用するケースがあります。例えば現役時代は転居をともなう勤務地の変更(転勤)があることを前提とした働き方をしていた社員のなかには、定年再雇用後は家族のいる本拠地での勤務を希望し転勤を望まないというニーズが一定量あります。そうした社員のために、本人の選択により「勤務地を限定する」ことが可能な制度を設けることで、高齢社員の再雇用後のモチベーションアップにつなげることが可能です。  なお、「再雇用後も引き続き転勤があってもかまわない」という高齢社員も当然いるでしょうから、勤務地限定コースを選択する高齢社員との間で処遇を分けておくかどうかについても検討が必要です。  一般的には、定年再雇用後にベースとなる賃金(基本給部分)に対して、勤務地限定コースを適用することで10%〜20%程度削減するようなケースが多いと思われますが、会社ごとの高齢社員活用方針によって、いろいろなアレンジも可能です(定年再雇用者は必ず勤務地限定コースとして再雇用し、そのことによる賃金減額は行わないとする仕組みも可能であり、勤務地限定を希望する高齢社員に対してさらに配慮した内容となる)。 A交替勤務や緊急呼出しなど、負荷の高い業務を免除できるコースを設けるケース  例えば製造業であれば工場内での深夜2交替、3交代業務、建設・工事業であれば夜間の緊急呼出しおよび待機業務など、現場作業者が担当する業務のなかでも、身体的な負荷の高い業務が発生するケースがあります。これらの業務に関しては、加齢とともに担当することがむずかしくなっていったり、高齢社員のなかには「できるかぎり避けたい」と考える社員も少なくありません。この点、定年後の継続雇用に関して、オプションとして当該業務を行う体制から除外されるコースを申請できるケースがあります。  60歳到達時点すぐであれば、59歳時と比べて急激に身体能力の低下をともなうことは少ないでしょうが、60歳を超えて以後も長く働けば働くほど、負荷の高い業務を担当することがむずかしくなることは想像に難くありません。当然、会社側としてもできるかぎりの配慮は行っていることと思われますが、当該配慮によってほかの社員の負担が増えることを鑑みると、制度的にそうした高負荷の業務を免除してもらえることで、高齢社員も気兼ねなく仕事をすることができますし、マネジメントを行う側も、そうした高齢社員が在籍していることを前提に仕事の割り振りを計画することが可能です。  なお、当該コースを選択した場合には、やはり賃金処遇面での差をつけておくことが望ましく、実際には先述の勤務地限定コースの場合と同様、定年再雇用後にベースとなる賃金(基本給部分)に対して10%〜20%程度削減するようなケースが多いと思われます。  以上の内容について、図表3にて整理しますので、参考にしてください。  なお、定年後の継続雇用に関して、給与を引き下げる場合は、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」第8条に抵触しないよう、留意が必要です。 4 高齢社員に対して業務委託を行うコースの運用と処遇方法の工夫  これまでは、高齢社員に対して「業務の負荷を限定する/減らす」方向での多様な働き方の選択肢について紹介してきましたが、逆にそうした措置を望まない高齢社員も一定数存在します。雇用延長の流れのなかで生涯現役を志向している社員も少なくなく、むしろ定年前と同様かそれ以上に活躍の場を求める社員に対しては、業務の負荷を限定する/減らす方向はモチベーションアップにつながりません。そこで、多様な働き方の一環として、定年前と同じ会社で正社員同等の貢献を行うだけに止まらず、改正高年齢者雇用安定法で示されている創業支援等措置の一つとして、個人事業主のような形で高齢社員への業務委託(独立)を支援して、より多くの活躍の場を設けるという事例もあります。  一例として、店舗サービス業A社における高齢社員の「独立支援制度」について紹介します。図表4をご覧ください。原則として50歳以後の社員を対象に、会社が提示する条件に合致する場合にはフランチャイズのような形で店舗オーナーとして独立することが可能になる仕組みであり、多店舗展開の業態などでは比較的利用しやすい仕組みです。  50代の優秀な社員が、自社だけで定年まで勤め上げるのではなく、幅広い経験を活かして50歳以後でも新しいキャリアを構築できるという多様な働き方のモデル事例をつくることで、高齢社員層の意識によい影響を与えることも期待できます。 ※1 第1回〜2回は当機構ホームページでもご覧になれますhttps://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/backnumber.html ※2 「継続雇用者」は、60歳に到達するまで正社員として勤続し、60歳以降も雇用され続けている従業員(正社員または非正社員)と定義されている。また、雇用確保措置としてグループ・関連会社等に継続雇用された者も含まれる 図表1 60代前半の継続雇用者の雇用形態(複数回答) 雇用形態 割合(合計) 正社員 41.6% 嘱託・契約社員 57.9% パート・アルバイト 25.1% 関連会社等で継続雇用された従業員(出向・転籍) 4.7% その他 4.0% 無回答 9.3% ※独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」(令和2年3月31日)をもとに、株式会社新経営サービス人事戦略研究所にて抜粋・作成 図表2 60歳以上社員の労働時間(1日あたり)、労働日数(1週間あたり)の調査 1日に何時間働いているか[数値入力形式] 対象:60歳以上 〈平均〉 全体:6.8時間 正規雇用者:8.0時間 正規雇用者以外:6.3時間 全体【n=400】 4時間未満7.5 4時間6.8 5時間9.5 6時間10.0 7時間17.5 8時間42.0 9時間3.8 10時間2.8 11時間以上0.3 1週間に何日程度働いているか[数値入力形式] 対象:60歳以上 〈平均〉 全体:4.5日 正規雇用者:4.9日 正規雇用者以外:4.3日 全体【n=400】 1〜2日6.5 3日10.3 4日19.5 5日54.5 6日8.8 7日0.5 出典:日本労働組合総連合会(連合)「高齢者雇用に関する調査 2020」 図表3 高齢社員の多様な働き方の設計における留意点(パートタイム、勤務地限定、高負荷業務の免除) コース名 コース概要 賃金処遇決定上の工夫 パートタイムコース ・定年再雇用後の高齢社員に対して、@短時間勤務A短日数勤務を複合的に認めるコース ・定年再雇用後の賃金ベース(基本給)に対して、時短分、日数減少分の控除を行う 勤務地限定コース ・定年再雇用後の高齢社員に対して、転居をともなう勤務地の変更を免除するコース ・定年再雇用後の賃金ベース(基本給)に対して、10%〜20%の減額を行う 高負荷業務免除コース ・定年再雇用後の高齢社員に対して、交代勤務や緊急呼出し業務、待機業務など、身体的な負荷の高い業務の担当を免除するコース ・定年再雇用後の賃金ベース(基本給)に対して、10%〜20%の減額を行う ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表4 A社の独立支援制度の概要と基本的な運用ルール 概要 ・原則として50歳に達した社員のうち、以下の条件を満たす人が希望する場合、フランチャイズオーナーとして独立を支援する ・例外的に上記年齢に達しない場合でも、審査により独立支援対象者として認める場合がある 条件 ・勤続10年以上で、勤務成績が優秀な者 ・エリア長(複数店舗管理)以上の役職経験者 審査方法 ・経営会議による審査(申請書を基にした審査) ・管理部長による、対象者の所属長へのヒアリング ・社長との面談により最終決定 独立支援の内容 ・既存店の譲渡(新規出店予定の店舗含む) ・金銭的支援策(出資、融資等) ・独立準備支援(在籍中からの開業準備支援、指導など) ・独立後の運営支援(スタッフ派遣、採用支援等) ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 第4回 役割・職責の変更に備えてもらおう! 1 高齢社員の活躍が、組織の新陳代謝を遅らせることもある  高齢社員の活躍を推進していくことは、ある意味では組織の新陳代謝を遅らせることにつながるという側面も有しています。  例えば、組織内のポストが空かないことで中堅・ベテラン層のモチベーションダウンを引き起こしたり、あるいは高齢社員が仕事を抱えてしまうことで適切に技能伝承が進まない、といったことは典型例です。こうした問題を放置すれば、組織全体の生産性を低下させる事態に発展するおそれもあるため、高齢社員の活躍を推進していくことのマイナス側面として対策が必要なテーマであるといえます。  以前、筆者の担当するクライアントのなかで、短期的には人材不足(特に中間層の不足)対策として高齢社員の活用を推進する必要がある一方、5年・10年単位の中長期で見ると、逆に高齢社員が増え過ぎて組織の新陳代謝に悪影響を及ぼすことが予想される、といった企業がありました。  仮にA社としますが、同社では定年延長を軸に短期的な高齢社員活用を目ざす一方で、組織の新陳代謝を図るために「役職定年制度」を導入しました。そのなかで、役割・職責が変更になる高齢社員に対しては、これまでと異なる多様な働き方の可能性を提示することで、シニア期のキャリアチェンジをうながしていくことにしました。 2 高齢社員の意識改革をうながすキャリア教育のポイント  引き続きA社の例をもとにして、高齢社員の意識改革をうながすキャリア教育のポイントについて解説をしていきます。  A社では人事制度を改定し、55歳での役職定年制度を設けました。役職定年により管理職者は例外なく役職を外れ、現役のプレイヤーに戻ることになりますが、マネージャーとしてのキャリアが長くなっていた高齢社員のなかには、プレイヤーとして現場に戻ることに対して消極的な者も少なくありませんでした。  そこでA社では、こうした役割・職責の変更をともなう高齢社員のモチベーション低下を抑制するために、役職定年となる55歳以降の社員を中心として、自身のこれまでのキャリアを見つめなおし、残りの仕事人としての人生を前向きに過ごすための機会として、「高齢社員向け マインドセット※2変革プログラム」という研修を実施することにしました(図表1)。  A社にかぎらず、役職定年あるいは定年再雇用により役割・職責が変更になった高齢社員の活躍を十分に促進できていないのが実情です。  特にマネージャーとしての経験が長かった管理職者などは、役職定年によりマネージャーからプレイヤーに戻るにあたり、深刻な「目標喪失」の状態に陥ることがあります。その結果、例えば惰性で業務を行ってしまい、成長・進化が図られず、結果的にパフォーマンスを低下させることも少なくありません。  「高齢社員向け マインドセット変革プログラム」では、こうした状況に陥っている高齢社員層に対して、 @ビジネスパーソンとしての集大成を迎えており、「つちかってきた技能を最大限に発揮するときである」というポジティブな考え方を醸成する A組織・上司の期待をもとに、自身のこれからの役割を具体的に検討することで目標を見出す B年齢を理由に自己啓発を怠るのではなく、環境変化に適応するためのスキル獲得のモチベーションを向上させる といったことを通じてマインドセットの改善を図り、組織全体の生産性を向上させることを主目的としています。  さて、A社ではこの研修の受講対象者を55歳以上の社員(役職定年者を含む、役割・職責の大幅な変更が行われた社員)とし、1チーム5〜6人程度の小チームを編成しました。研修を通じて自身のことを改めて理解することはもちろんのこと、同じ境遇である同年代の者同士が相互理解を深めることにより、研修成果を高めていくことがねらいです。  具体的な研修カリキュラムと同社で得られた成果について、いくつかポイントを確認しておくことにしましょう。 (1)自己理解(「バリュー=価値観言語化」フェーズおよび「ストレングス=強み探索」フェーズ)  このフェーズでは、現在の仕事状況にも触れつつ、自身の仕事人生をポジティブにとらえ直す(強みの再認識)ことを目的とします。  いまの評価だけにとらわれるのではなく、シニアとしての今後の働き方を考えるなかで、自身の強み、自身の仕事に対するとらえ方・価値観、自身のやる気の源泉はどういうところにあるのか、といった幅広い観点での自己理解を目ざします。  研修効果を高めるための施策として、いわゆる多面評価(360度評価ともいう)も取り入れています(図表2)。上司、部下・後輩、同僚、それぞれの視点で自身に対する評価を客観的に実施してもらうことで、1人では気づけない観点を得ることにもつながりました。 (2)期待役割明確化(「マスト=期待事項検討」フェーズ)  会社が抱える課題に対して、短期視点ではなく中長期視点で必要な事項に至るまで、できるだけ多くの観点を抽出します。  研修のなかではタブーをなくして、会社に対するネガティブな感情もできるだけ吐き出させるなかで、リアルな課題感を共有できるようにすることが大切です。いままでの仕事のやり方を変え、新たに自身に求められること、自身にできることは何かについて、じっくり時間をかけて検討します。  いま現在の会社の業績アップに向けてできることもあれば、いますぐには業績につながらないが中長期的に考えていまやっておかなければ後々問題になるであろう事項について、自身のキャリアだからこそ貢献できる事項を探す、という観点も重要になります。  そうした検討を自身で、またチームメンバー相互に話し合うなかで、高齢社員として会社に期待される役割を整理することにつながりました(図表3)。 (3)研修成果のまとめ  A社では、研修を通じて高齢社員層のモチベーション向上を実現することができました。役割・職責の急激な変更を受けて、今後のキャリアイメージが持てず「目標喪失」の状態にあった社員もいましたが、研修のなかで、 ・大切にしていきたい価値観 ・成功体験に基づく有用な強み ・上司を始めとした周囲からの期待 を深く掘り下げて検討・確認したことにより、今後の目標を具体的に見出すことにつながりました。  研修後は、高齢社員層のマインドセット変革にともなう成功例がどんどん増えてきています。例えば、技能伝承を目的とした高齢社員による社内勉強会は若手社員を中心に非常に好評であり、人材育成の活性化につながるモデルケースとなっているようです。 ※1 役職定年制度の運用に関しては『エルダー』2021年12月号特集(13頁)「役職定年のメリット・デメリット」の「解説1 役職定年制の導入・廃止と評価・処遇制度」も参考にしてくださいhttps://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202112.htm ※2 マインドセット……過去の環境・体験から形成され、固定化している物事の見方・考え方 図表1 高齢社員向け マインドセット変革プログラム例 時間 実施概要 実施形式 【初日】 9:00 T.オリエンテーション @研修プログラム概要説明 Aアイスブレイク 講義 体感ワーク 9:40〜13:40 U.「バリュー:価値観言語化」フェーズ  @「自分史」ワーク  幼少期から現在に至るまでの半生をふり返り、相互につちかわれた価値観をフィードバック  A「自己概念」ワーク  「自分とは何者か?」を検討するワークを通じて価値観探索  B「重要バリュー」言語化〜業務具現化検討  @Aをふまえて価値観を言語化。その価値観に沿って今後の業務をどのように進めるべきか?を検討 グループワーク 講義 個人ワーク 13:40〜16:40 V.「ストレングス:強み探索」フェーズ  @成功体験インタビュー  半生のなかでの成功体験【時期・テーマ・成功に導いた要素(自身・他者要素)など】を思い起こし、相互伝達。その内容より、メンバーから30〜40項目の強みフィードバックを受ける  A上位者からの手紙  受講者一人ひとりの上司に、事前作成してもらっている本人の強みと感じている内容・今後の期待事項を記した手紙を配付  Bストレングス活用施策検討  @Aの強みを今後の業務で「どのように活かすか?」を検討 講義 グループワーク 手紙配付 個人ワーク 16:40 W.初日のふりかえりとまとめ ※17:00終了 グループワーク 【2日目】 9:00 X.初日レビュー 講義 9:10〜16:00 Y.「マスト:期待事項検討」フェーズ  @期待役割ブレイクダウン検討  事前に策定している期待役割発表〜解説。以下の手順で現場において、役割遂行をどのように果たすことが効果的なのか、自身の存在価値を高めるのかを対話形式で検討  1st グループ別担当決定 2nd コアチーム検討 3rd ブラッシュアップチーム検討 4th コアチーム再検討 5th 全体対話  A重要マインドセット事項の確認 ・クリティカルシンキング ・時間感覚 など 個人ワーク グループワーク 全体対話 講義 16:00 Z.クロージング 「パフォーマンス向上計画」策定 ※17:00終了 グループワーク ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表2 高齢社員用 多面評価シート例 多面評価シート(シニア社員研修用) 対象期間 令和 年 月〜 年 月 対象者 氏名 役職 所属 評価者 関係 氏名 役職 所属 <評価の留意点> @対象者本人の“気づき”につながるよう、評価者はできるだけ率直な評価内容を記入してください。 A評価者の誰がどんな評価を行ったかは、直接分からない仕組みにしています。 ■すべての項目について、選択、または記述してください。 【対象者の行動レベル】次の15項目について、対象者の行動を4段階で評価してください。 1:できていない  2:どちらかといえばできていない  3:どちらかといえばできている  4:できている No 評価の内容 点数 1 上司が不在の場合でも、業務に対する姿勢は変わらないか 2 会社や部門の方針・計画を、自らの言葉でメンバーに伝えているか 3 目標の達成に向けて、具体的な計画を立て、その段取りを指示しているか 4 困難な状況でも、目標達成にこだわり、粘り強く努力しているか 5 周囲を巻き込んで、全体を目ざす方向に動かせているか 6 クレームやトラブルに対して、責任を持って自ら解決しようとしているか 7 言葉と行動は一致しているか 8 上司・部下・同僚・関係先とのコミュニケーションに努め、情報を共有できているか 9 他部署への働きかけ、連携を図っているか 10 メンバーが自由・活発に意見や提案を出し、行動することを奨励しているか 11 メンバーが相談しやすい雰囲気をつくっているか 12 好き嫌いといった感情や感覚ではなく、事実にもとづいて人物や仕事ぶりを評価しているか 13 部下・後輩の仕事ぶりや日々の変化を理解しようとしているか 14 自己管理や感情のコントロールができているか 15 自らの能力や知織を高めるために、定期的な自己啓発を行っているか 【長所についてのコメント】本人の「長所についてのコメント」を記入してください。 【成長に向けたアドバイス】本人の「成長に向けたアドバイス」を記入してください。 ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表3 高齢社員用 期待役割基準例 No 期待役割項目 期待役割詳細 @ 技能伝承 暗黙知化している熟達したノウハウを可能なかぎり形式知化し、後進の能力に合わせた指導を行い、効果的に技能の伝承を図る。 A 人脈継承 過去の活動のなかでつちかってきた顧客・協力会社などの人脈を後進に継承する。 B クリティカルシンキング 現状の仕事の進め方に疑問を持ち、より効果的・効率的な方法を模索し、組織に提言する。 C フォロワーシップ発揮 上司が打ち出す方針の意図・想いを理解し、積極的に推進するとともに、方針実現に向けた意見具申を行う。 D イニシアティブ 上司からの指示を待つのではなく、能動的に自ら取り組むべき課題を見つけて業務にあたる。 ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 第5回 退職金制度の見直しを検討しよう! 1 定年延長にともなう退職金制度の見直し方法  雇用延長にともなって人事制度(等級・評価・賃金制度)の見直しを行う際、企業によっては退職金制度の見直しが課題となります。特に、定年延長にともなって退職金の計算期間を延ばすかどうか、という点は企業側にとって非常にむずかしい問題です。  各社が採用している退職金制度の内容によっても検討すべき課題は異なります。  例えば退職一時金制度を例にとると、大半の企業では、いわゆる「最終給与比例方式」(退職金の支給額が、退職時の基本給×勤続年数に応じた支給率により決定される)が採用されています。この方式では、一般的に退職金のカーブは勤続年数が長くなるごとに上昇幅が大きくなっていきますので、仮に60歳⇒65歳への定年延長によって5年間退職金の計算期間が延長される(その間に基本給が増加し、勤続年数別の支給率が増加する)ことになると、会社の想定以上に退職金の負担が増加するおそれがあります(図表1)。  もちろん、上記はかなり一般化したモデルであり、退職金制度の詳細、設計方針は各企業によってさまざまです。仮に定年延長にともなって退職金が増加したとしても、高齢社員のモチベーションアップが見込まれるため許容するなど、積極的な投資としてとらえる企業も存在するでしょう。  とはいえ、総額人件費の上昇をできるだけ抑える工夫が必要と考える企業が大半でしょうし、退職金制度の問題がネックになって定年延長の検討が進んでいないという企業も少なくありません。  また、自社の退職金制度の運用方法として企業年金制度(ここでは、確定給付企業年金=DBおよび、企業型確定拠出年金=DCを想定)を採用している企業においては、見直しにあたって法令上の制約を受けることもあるため、より注意が必要になります。 2 定年延長にともなう退職一時金制度の見直し  まず、定年延長にともなう退職一時金制度の見直し方法についてみていきます。ここでは前提として、定年年齢を60歳から65歳に延長するケースを考えます。中心となる検討ポイントは、60歳以降の部分について退職金の増額を行うかどうかであり、基本方針としては大きく以下の三つに分けられます(図表2)。 @60歳以後も退職金を増額し、65歳時点で退職金を確定する A60歳時点で退職金を確定し、60歳以後の5年間は据え置きとする B60歳以後も退職金を増額し、65歳時点で退職金を確定するが、60歳以前の退職金カーブを改定することで、定年延長前と同じ水準を維持する  @〜Bの各方式の特徴と、それぞれがどういった企業に適しているか、ということについて簡単にみていくこととします。 @60歳以後も退職金を増額し、65歳時点で退職金を確定する  60歳以後も退職金を積み増す方法になります。定年延長にともなって、高齢社員のモチベーションアップが高い確率で見込めますが、一方で総額人件費の上昇が経営を圧迫するおそれがあるため、この方法を選択する企業は相対的に少ないと思われます。  もちろん、元々の退職金水準が低いことを課題視していた、あるいは高齢社員の戦力化を実現するための短期的な投資ととらえる企業であって、コスト増加分を賄えるだけの原資を捻出できるようであれば、この方法を選択するメリットは十分にあると考えます。  @の方法による場合、退職金の算定方式についてもさまざまな設計上の工夫が考えられます。一般的な最終給与比例方式であれば、単純に旧制度の適用期間を延長するだけだと、定年延長により勤続年数別支給率が大きく引き上がり、会社が想定している以上に退職金負担が上昇する可能性があります。60歳以後も昇給を行う場合は、さらに増加します。このような事態を避けるために、既存の給与制度を含めて退職金制度を変更し、例えば「60歳以後は昇給を行わない」、「60歳以後は勤続年数別支給率をマイナス調整する」といった見直しを行うことで、定年延長による過度な退職金の上昇を抑えることも可能です。  いわゆるポイント制退職金制度(退職金の支給額が、勤続年数、等級、役職等の要素について一定期間ごとに社員に付与されたポイントの累計により決定される)の場合は、最終給与比例方式よりも柔軟な設計がしやすい側面があります。勤続年数や等級、役職など、どういった要素をポイントとして設定しているかにもよりますが、「60歳以後は勤続ポイントを付与しない」、「60歳以後は等級ポイントを70%水準にする」といった方法により、退職金の上昇幅をコントロールすることも可能です。 A60歳時点で退職金を確定し、60歳以後の5年間は据え置きとする  定年延長を行う前と同じ退職金水準を維持する方法です。残り5年間分の退職金の増加を抑制できるため、この方法を選択する企業は多いと思われます。一方で、社員側としては定年延長により退職金が増加することを当然期待するところですので、その点が高齢社員のモチベーションダウンにつながらないよう、説明方法には工夫が必要です(例えば、定年延長にともなって退職金自体は増加しないが、給与水準が増加するため生涯賃金ベースではアップするなど)。 B60歳以後も退職金を増額し、65歳時点で退職金を確定するが、一方で60歳以前の退職金カーブを改定することで、定年延長前と同じ水準を維持する  60歳以後も退職金を増額しますが、60歳以前の退職金カーブを緩やかにすることにより、定年延長後の65歳時点の退職金を定年延長前と同水準にする方法です。会社としては退職金負担の上昇を抑えることができますが、そもそもベースとなる退職金制度を大幅に見直すことになるため制度設計に多くの時間を要することや、制度導入時に一時的に退職金が減額になる社員(退職金カーブを寝かせるため、60歳時点の退職金水準は旧制度時より下がる)に対する経過措置の設定など、慎重な検討が必要な事項も多くなります。定年延長にともなって全社的な人事制度を一から見直す(退職金だけでなく給与カーブも見直す)予定があり、かつ制度設計に十分な期間を設けられる、といった企業であれば選択肢に入ってくるでしょうが、限定的であり、この方法を選択する企業は少ないでしょう。 3 定年後再雇用制度で活用できる第2退職金制度  ここまで見てきた定年延長の場合とは異なり、一般的な定年後再雇用制度(高年齢者雇用安定法に定める継続雇用制度)を採用している企業においても退職金制度の工夫を行っている例があります。  60歳定年の企業が定年後再雇用制度を採用している場合、厳密には60歳時点で一度退職となり、退職金も確定して支払いがスタートするため、65歳までの再雇用期間については別途退職金が増加することはありません。その点では、会社側は定年延長のケースのように退職金負担の上昇を心配する必要はありませんが、再雇用期間に関しては別途退職金制度を設けていないケースがほとんどであるため、高齢社員の再雇用期間に対する勤続モチベーションにつながっていないという見方もできます。  そこで、定年再雇用期間だけに適用される別枠の退職金制度が活用されることがあり、「第2退職金制度」などと呼ばれています。例えば図表3のような運用方法があります。  メインの退職金制度とは異なり柔軟な制度設計が可能であるため、会社側にとっては運用が行いやすい制度であるといえます。退職金の水準としても、それほど高い水準を設定する必要は必ずしもありません。  高齢社員側としても、再雇用期間に関しての人事評価がダイレクトに影響するため、再雇用期間中の評価を高めること、また再雇用期間を満了することへのモチベーションにつながる仕組みです。 4 自社における高齢社員活用方針を明確にしておくことが重要  以上、簡単ではありますが、雇用延長にともなう退職金制度の見直し方法について解説を行いました。  各社での実際の取組みにおいては、制度設計の技術的なノウハウはもちろんですが、ともすると技術論が先行してしまい、自社における高齢社員活用の方針が置き去りにされてしまう懸念もあります。  例えば定年延長を考える企業の大半は、給与水準の引き上げは行ったとしても、退職金まで引き上げる余裕のある企業は少ないのではないでしょうか。そのため、今回紹介したパターンのなかでは、60歳時点で退職金の計算は据え置きにする方法が多く選択されるものと思われます。  もちろんその方法自体は現実的な選択肢であると考えますが、あくまで自社における短期〜中長期の高齢社員活用の方針に沿った決断が求められます(高齢社員活用方針の検討方法については、2022年8月号〈本連載第1回〉を参照※)。  高齢社員のモチベーションアップを少しでも実現するために、少額でも60歳以後の退職金の積み増しを戦略的に行う企業があってもよいでしょう。さまざまなプランを検討の土台に上げて最適な方法を模索していくことが大切ですが、常に「自社における高齢社員活用の方針に立ち返る」という姿勢は崩さないようにすることが肝要です。 ※ 本連載の第1回は当機構ホームページからもご覧いただけます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202208.htm 図表1 定年延長にともなう退職一時金の増加イメージ(最終給与比例方式) 旧制度(60歳定年) 年齢 基本給 勤続年数 支給率 退職金額 55 380,000 30 19.0 7,220,000 56 385,000 31 20.5 7,892,500 57 390,000 32 22.0 8,580,000 58 395,000 33 23.5 9,282,500 59 400,000 34 25.0 10,000,000 60 405,000 35 26.5 10,732,500 61 − − − − 62 − − − − 63 − − − − 64 − − − − 65 − − − − 新制度(65歳定年) 年齢 基本給 勤続年数 支給率 退職金額 55 380,000 30 19.0 7,220,000 56 385,000 31 20.5 7,892,500 57 390,000 32 22.0 8,580,000 58 395,000 33 23.5 9,282,500 59 400,000 34 25.0 10,000,000 60 405,000 35 26.5 10,732,500 61 408,000 36 28.0 11,424,000 62 411,000 37 29.5 12,124,500 63 414,000 38 31.0 12,834,000 64 417,000 39 32.5 13,552,500 65 420,000 40 34.0 14,280,000 ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表2 定年延長にともなう退職一時金制度の見直し方針 1 入社 60歳 65歳 現行制度水準 2 入社 60歳 65歳 現行制度水準 据置 3 入社 60歳 65歳 現行制度水準 ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表3 第2退職金制度事例の概要 制度概要 ・ポイント積み上げ方式の退職金制度 ・再雇用期間中、契約更新時にポイントを算出し、退職時まで積み上げる ・ポイント単価:1万円 ・ポイント表:下記参照 ・計算式:ポイント(再雇用後の勤続年数分)×1万円 計算式 ・累計ポイント(再雇用期間の勤続年数分)×ポイント単価 計算例 ・再雇用期間(5年間)の評価ランクが「B、A、B、S、B」の場合 10p+15p+10p+20p+10p=65p ・再雇用期間(5年間)の第2退職金合計:65p×1万円=65万円 <ポイント表> 評価ランク S A B C D ポイント 20 15 10 5 0 ※新経営サービス人事戦略研究所作成資料 最終回 常に状況を確認しながら制度の見直しを! A社の事例 定年後再雇用制度から、段階的に65歳まで延長する定年延長制度への見直し  中小建設・工事業のA社(60歳定年制、定年後は再雇用制度を採用)では近年、60歳以降の高齢社員層の離職が相次ぐようになっていました。総務人事部で退職者への個別面談を行ったところによると、再雇用後の賃金水準の低さが大きな原因となっていることが明らかになりました。さらに調査を進めると、A社の属する地域における近時の建設・工事需要の高まりから、同業他社における高齢社員層を中心とした賃上げの動きがあり、相対的に自社の賃金競争力が低下していました。  同社の定年後再雇用の賃金制度の特徴として、60歳以降、責任を軽減するとともに、65歳まで1年ごとに基本給の水準が10%ずつ低下していく(管理職と非管理職で下げ幅に違いがあり、管理職の方が下げ幅が小さい)ことがありました(図表1)。  特に非管理職層でみれば、旧制度は再雇用初年度こそ基本給の減額幅が小さいものの、65歳になる年次では定年前の50%まで低下します。  旧制度を導入した当初はそこまで課題が顕在化していませんでしたが、近年の建設・工事業における現場技術者の人出不足感が影響し、60歳以降の高齢技術者の需要が急激に高まったことを受け、A社の人事制度では賃金競争力の面で劣る状態に陥ったのです。  今後も同様の状況が続くことをたいへんに危惧したA社のトップは、早期に高齢社員層の賃金水準の見直しに着手することとしましたが、再雇用制度という位置づけのままでは定着に十分ではなく、60代だけではなく、50代半ば以後の技術者の定着もケアする必要性が高いという判断から、定年延長を行うという制度改定の決断に至りました。  A社の取組みの工夫としては、まず新定年年齢は一気に65歳まで引き上げるのではなく、63歳までとし、段階的に定年延長を行うこととしました。新定年年齢以降は、従来通り再雇用となり、残り2年間は継続雇用制度の枠内で処遇されることになります。  63歳までとした中心的な理由としては、A社の高齢社員層の離職者の中心が60代前半であったことと、定年延長にともなう総額人件費の上昇を見込んだ際、現実的に許容できる範囲が63歳までであったことがあげられます。もちろんこれは途中段階としての決定であり、将来的には65歳あるいはそれ以上への定年延長を見込んでの措置となります。  次に、賃金制度の扱いについてですが、定年延長後の新制度では、63歳までの期間は基本給の減額をなくしています(管理職、非管理職とも)。63歳以降は従来通り再雇用となるため、その時点で一定の減額がなされますが、旧制度の63歳以降の水準と比べても引上げは行われています(図表2)。  A社の定年延長にともなう人事制度改革は、同社の高齢社員層を中心に好意的に受け止められ、その後、目立った離職は抑えられています。とはいえ、これで改革が終了ということではなく、A社のトップは、内外の経営環境を注視しつつ、必要なタイミングで65歳への二段階目の定年延長も視野に入れているところです。 B社の事例 定年後再雇用制度から、65歳への定年延長と70歳までの再雇用制度への見直し  中堅製造業のB社( 60 歳定年制、定年後は継続雇用制度により希望者を65 歳まで雇用)では一般的な定年後再雇用制度を採用しており、60歳定年後は希望者が65歳まで継続雇用される仕組みです。65歳以降の雇用に関しては対象社員との個別労働契約において雇用を続けているものの、体系的な人事制度は整っていませんでした。  制度導入当初は60歳を超える高齢社員の人数も少なく、社内的に目立った問題は起きていませんでしたが、ここ数年で全社員に占める60歳以上の割合が20%を超えるなど、顕著に高年齢化が進んできていました。かといって中間層が厚いわけでもなく、また65歳以上の社員の割合が、一般的な企業と比べると多い状況でした。  そうしたなか、元々の制度の課題が徐々に顕在化するようになりました。具体的には、定年前と同じ仕事をしているにもかかわらず賃金水準は大幅に低下することと、人事評価なども実施されないため、高齢社員層のなかでもモチベーションが低い状態の社員が増えてきていたのです。  B社では今後さらに高齢化が進展していくことの危機感から、抜本的な制度見直しの必要性を感じ、65歳への定年延長のみならず、65歳から70歳までの継続雇用の仕組みについても同時に取り入れる方針を決定しました。 (1)65歳への定年延長  B社が定年延長を行うにあたって見直した制度内容は以下の通りです(図表3)。  まず、定年年齢は60歳から一気に65歳まで引き上げました。雇用体系は正規社員としての雇用(無期)が65歳まで継続されることになります。職務・職責の内容は60歳時点と同様であり、役職者は役職を基本的に継続します。ただし、1年ごとの人事評価結果をふまえ、会社都合により役職が外れる場合もあることが制度上予定されている点は現行の再雇用制度との違いです。等級は60歳時点の等級を引き継ぎ、人事評価も当該等級の基準で行われます。ただし、60歳以降は等級の変更(昇格・降格など)は原則行われない点が特徴です。  次に、給与処遇に関しては、年収水準で60歳時点の70%水準とすることを基本方針として制度設計を行いました。60歳時点より減額にはなるものの、基本給、賞与ともに現行の再雇用制度より増額となっており、諸手当に関しては60歳時点と同額の支給を継続することとし、年収水準では大幅に増額となります。 (2)65歳から70歳までの新再雇用制度  65歳以降の人事制度に関しては、基本的な考え方は現行の再雇用制度と同様であるものの、現行制度よりも処遇はアップさせることと、高齢社員層のモチベーションアップにつながる仕組みを設けること、というねらいを念頭に置いて制度設計を行いました(図表3)。  まず、雇用年齢の上限は70歳となり、再雇用後の雇用体系は嘱託社員(非正規)となります。1年単位の契約更新であり、体調面や仕事のパフォーマンスが低調な場合には、更新を行わないこともあります(現行の高年齢者雇用安定法では65歳以上の雇用は努力義務であり、希望者全員を雇用する義務まではないことを前提にしている)。  職務・職責の内容は、65歳時点から大きく変わることもありますが、変わらない場合も、業務量や責任の負担は必ず軽減することを前提に再雇用を行います。役職者は65歳を役職定年とし、特別な事情がないかぎりは役職を外れることとなります。  次に、賃金水準に関しては、65歳時点よりは減額となるものの、現行の再雇用制度よりは全体に処遇は上がる仕組みとなっています。基本給に関しては65歳時点より一定割合が減額となりますが、生活給への配慮から下限を設けることとしています。賞与ベースは定額での支給となりますが、対象社員の仕事へのモチベーションに配慮して、現行の再雇用制度では実施していなかった人事評価を実施し、賞与に反映させることとしました。諸手当に関しては65歳時点の支給項目はすべて引き継ぎますが、金額ベースで一定の減額がなされることとなります。  B社の制度見直しに関して、高齢社員層からは好意的な意見が聞かれました。定年延長を行うのに60歳以後の賃金水準が下がることについて一部否定的な意見も見られましたが、現行の再雇用制度と比べて生涯賃金ベースで増加すること、雇用の安定を最優先とし、やりがいのある組織環境整備を継続的に推進していくという会社方針を打ち出したことが、制度見直しの理解・納得度につながったものと思われます。  以上で、全6回の連載は終了となります。「生涯現役時代の高齢社員活躍支援のポイント」と題して、企業の制度、仕組みづくりについて解説を行ってきました。改めて、高齢社員の活躍がどの程度求められるかについては、各企業の置かれた状況によってさまざまです。定年延長を含めた制度改革が急務という企業もあるでしょうが、実際にはまだまだ様子見段階というところも多いことでしょう。しかし、生涯現役時代の到来はそう遠い未来の話ではありませんし、そのときまでに適切な準備ができていなければ、高齢化する組織の活性化が非常に困難になってくることは間違いありません。  本連載は、企業が健全な危機感を持ち、企業の高齢化に対して「適切な準備」を行うためのマニュアルとして使っていただきたい、そんなことも意識して展開してきました。社内で本格的に検討を開始される際に、ぜひ本連載を第一回から見返していただければ幸いです。 図表1 A社の旧制度 役職区分 再雇用にともなう処遇減額ルール 60〜61歳 61〜62歳 62〜63歳 63〜64歳 64〜65歳 旧定年再雇用開始 再雇用 再雇用満了 管理職 基本給減額 基本給×100% 基本給×90% 基本給×90% 基本給×70% 基本給×60% 非管理職 基本給減額 基本給×90% 基本給×80% 基本給×70% 基本給×60% 基本給×50% ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表2 A社の新制度 役職区分 再雇用にともなう処遇減額ルール 60〜61歳 61〜62歳 62〜63歳 63〜64歳 64〜65歳 新定年再雇用開始 再雇用満了 管理職 基本給減額 基本給×100% 基本給×100% 基本給×100% 基本給×80% 基本給×80% 非管理職 基本給減額 基本給×100% 基本給×100% 基本給×100% 基本給×80% 基本給×80% ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成資料 図表3 B社の制度改定 処遇区分 現行制度 新制度 定年後再雇用(60〜65歳) 定年延長(60〜65歳) 定年後再雇用(65〜70歳) 雇用体系 嘱託社員(非正規) 正社員(正規) 嘱託社員(非正規) 雇用契約 有期(60歳以降1年更新) 無期 有期(65歳以降1年更新) 雇用年齢上限 65歳 65歳 70歳 職務・職責 原則定年前と同様 旧定年前と同様 65歳時点より業務量・職責を軽減 等級 適用なし 旧定年前と同様(但し変更なし) 適用なし 役職 継続可(但し役職手当減) 旧定年前と同様(但し1年更新) 65歳時点で外れる 人事評価 なし 旧定年前と同様 あり 基本給 定年時×60%水準 旧定年時×80%水準 新定年時×70%水準(下限有り) 昇給 なし なし なし 諸手当 なし 旧定年前と同様 新定年前と同様(一部減額あり) 賞与 なし 旧定年時×70%水準 定額支給+評価加算 退職金 なし 60歳時点で確定 なし ※ 新経営サービス人事戦略研究所作成資料