解説 新連載! マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! こんなときどうする? 第1回 若手社員が定年延長の方針に不満を抱えています  高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となったいま、定年や継続雇用上限年齢の延長など、高齢者雇用制度を改定する企業が増えていくことが予想されます。しかし、会社や社員の将来のための制度改定も、会社からの説明や社員の理解が不足していると、今回マンガに登場した猫山産業株式会社のように、社員から不満があがってくることも少なくありません。制度改定を進めるうえでのポイント・注意点について、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 高齢者と若手の距離を縮め、すべての世代の社員が働きやすい職場づくりを  高齢者が活き活き働いている企業のトップに共通することがあります。それは高齢者の活躍が従業員と会社双方の利益になるという強い信念を持っていることです。加えて、高齢者を含めあらゆる年齢層の従業員の話を聴き、高齢者雇用の意義と重要性を従業員にしっかり伝え、世代を超えた幅広い理解と支持を生む風土づくりに取り組んでいることです。  若者の多くは目の前の利益や不利益は理解しても、高齢者になったときの自分の姿、そのときに思うことや願うことを想像するのはむずかしいでしょう。「定年延長になれば高齢社員が自分の給料分も持って行ってしまう」と若手が誤解すれば高齢者との断絶が生まれ、若手の退職が増えてしまうかもしれません。 若者に高齢期の姿を少しでも現実的にとらえてもらうには、高齢者といっしょに仕事をしてもらい、高齢者が長く働き続ける意欲と能力を持っていることを間近で見て感じ取ってもらう機会をつくるとよいでしょう。高齢者は若手に仕事のやり方だけではなく面白さや達成感も伝えます。若手から高齢者が学べることもあり、若手と高齢者の距離は縮まります。また、成果に応じた評価制度を導入し処遇するなど、若手も高齢者も納得する仕組みをつくることも必要です。その結果、若手の退職も減るのではないでしょうか。  少子高齢化が進むわが国では、働き手としての高齢者の重要性がいよいよ高まります。そのため高齢者が働きやすい職場環境の実現も不可欠ですが、その恩恵を受けるのは高齢者だけではありません。柔軟な勤務制度は通院や介護といった事情を抱える高齢者に加え、子育て世代の社員が働きやすい制度にもなります。「働きやすさ」の視点から生まれた制度は、高齢者だけではなく若手や中堅社員の支持も集め、「この職場で長く働きたい」と思える会社が実現します。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「65歳超雇用推進研究委員会」委員長(2016年度〜)を務める。 第2回 高齢社員のモチベーションが低くて困っています  高齢者雇用を推進するうえで避けては通れないのが、高齢社員のモチベーションの問題です。高齢社員のモチベーションの低下にはさまざまな要因が考えられます。賃金や処遇への不満もあれば、定年後の継続雇用による仕事内容や役割の変化への不満などもあるでしょう。不満がつのれば、今回マンガに登場した犬尾商事の高齢社員・芝さんのように、仕事をいい加減にするような社員が出てくるかもしれません。高齢社員のモチベーション向上のポイントについて、東京学芸大学の内田教授に解説していただきました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 高齢社員の意欲の低下は若手・中堅社員にも悪影響 適切な評価・処遇制度とともに、心理的報酬で高齢社員のやる気をアップ  年金がもらえるまでは働き続けたいと考える高齢者が増えています。今後、年金支給開始年齢は65歳となりますが、60歳定年制の企業で65歳以上への定年引上げや定年廃止が実現すれば、高齢者は安心して働き続けることができ、企業にとっては少子高齢化時代の労働力の安定確保につながります。もっとも、さまざまな事情から定年引上げがむずかしく、当面は60 歳定年をそのままに継続雇用・再雇用で対処したいと考える企業も存在します。では、定年後の継続雇用制度はいかにあるべきでしょうか。  現状の継続雇用制度は“問題なし”とはいえないようです。多くの高齢社員にとっての継続雇用のイメージは「定年前と仕事も責任も変わらない」、「給料がガクンと下がる」、「人事考課がないのでがんばってもがんばらなくても給料は同じ」というものではないでしょうか。もちろん会社のいい分もあります。「定年退職者は正社員と処遇が違う」、「役職を離れて責任は軽い」、「基本的に残業はない」などですが、会社の説明不足によって高齢社員の納得が得られないままですれ違いが生じ、意欲の低下した高齢社員の仕事ぶりが職場の若手や中堅社員に悪影響を及ぼしているかもしれません。  会社は一人ひとりの高齢社員が希望する仕事(いままでと変わらぬ仕事か負担の軽い仕事か)や希望する働き方(フルタイムかパートタイムか)を聴く一方、会社として取り組んでほしいこと(営業の第一線での業務、後継者育成やマニュアル整備など後方から支える業務など)も伝え、両者の意向のすり合わせに努めるべきです。  そして役割や負担の重さを反映した賃金制度をつくり、再雇用であっても人事考課を行って達成度を評価し、賃金や賞与など金銭的報酬だけではなく肩書や表彰などの心理的報酬も与えて処遇することが高齢社員のやる気につながります。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第3回 どうすれば高齢社員が安全に働ける職場になるの?  けがこそしなかったものの、職場でちょっとつまずいてしまったり、何かにぶつかってしまったりという経験に、心当たりのある人は少なくないのではないでしょうか。加齢で身体機能が低下している高齢者の場合、この“ちょっとしたつまずき”で転んで骨折をしてしまったり、若いころよりもその回復に時間がかかってしまったりすることがあります。高齢者が安全・安心に働くための職場づくりについて、東京学芸大学の内田教授に解説していただきました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 労働災害発生率が高い高齢者世代 高齢者の特性をふまえた職場環境改善の取組みを  高齢者の労働災害発生率はほかの世代より高くなっています。仕事の経験年数の短い若年者の発生率も高いのですが、長年同じ仕事に従事して経験豊かな高齢者の場合、注意していても体がついていかないなど高齢化の影響があらわれます。また、高齢期になって慣れない仕事に就けば、発生率が高まる恐れがあります。  製造業では、労働災害根絶を目ざした取組みが長年にわたってなされてきました。工場の労働災害は一歩間違えると死亡事故に直結し、甚大な被害を与えるからです。一方、福祉関係のようなサービス業は製造業に比べて労働災害防止の取組みが途上にあるようです。「工場のように大きな機械もないので死亡事故など起きるわけがない」と油断していることはないでしょうか。たとえ軽微な事故でも被害者のダメージは大きく、特に高齢者では回復までの期間も長く、職場への影響ははかりしれません。  労働災害を防ぐには、発生原因を考えて対策を取らねばなりません。高齢者の特性から考えてみましょう。体力や筋力が低下している高齢者が重量物を運ぶ最中に足もとに落とす危険性を考えて、重い物を持たせず機械で運ぶ、高齢者が歩くときは足が上がらなくなって段差につまずいて転倒しかねないので床の段差をなくして物も置かない、集中力が持続しづらいので危ない作業は長時間させない、などの対策が必要です。また、高温や多湿、騒音などの職場環境が高齢者の体調や集中力に悪影響を及ぼし、労働災害が発生することも考えられますので、職場環境の整備に努めるべきです。  職場の事情に通じていない者も起用して客観的な目で「ヒヤリハット」の事例を集めて再発防止ノウハウ蓄積と職場環境整備に努め、朝礼や研修でみんなが学ぶ風土づくりが労働災害を防ぎます。高齢者に安全な職場の実現は労働災害防止の第一歩です。 プロフィール 内田 賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第4回 高齢社員が新しい仕事のやり方を覚えてくれません  役職定年や定年後再雇用により、それまで務めていたポストを離れ、現場の一社員に戻る高齢社員は少なくありません。ところが、変化の激しいこの時代においては、数年現場を離れているだけでも、ICT機器の導入などにより、仕事のやり方が大きく変わってしまい、戸惑いを覚える高齢社員もいるようです。高齢社員が新しい仕事に対応していくためのポイントについて、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 高齢社員に新しい仕事を覚えてもらうには動機づけが重要 若手とのペア就労ならチームワークの強化にも期待がもてる  タブレットやドローンなど、職場には次々と新しいものがあらわれます。その昔、製造現場の工作機械がNC(コンピュータ制御)化され、オフィスにワープロやパソコンが登場したときも、働く人たちの仕事のやり方に大きな影響を与えました。追いついていくのがたいへんと感じる高齢社員はいつの時代もいました。  もっとも、最近登場する新製品や新技術は簡単に操作できるように開発され、高齢社員にとって「思ったよりも簡単」であることが多いようです。さまざまな知識や経験を持つ高齢社員がこれらを使いこなせれば、若手の及ばない質の高い仕事ができるようになります。高齢社員が最新機器を使う気になるように動機づけることが大切です。「使えれば仕事が楽になる」、「自分の強みをもっと発揮できて評価される」と思ってもらうことです。  「いまさらやり方を変えたくない」と考える高齢社員の真の理由は、「新しいことを覚えられないのでは」という不安かもしれません。単にマニュアルを渡すだけではなく、実際の仕事の場面を想定して実演するなど、ていねいに教えてあげることが大切です。職場の若手に聞くのは恥ずかしいという高齢社員には外部研修も検討の価値があります。一方、高齢社員には「わからないことは素直にたずねて覚える」という心がけが求められます。  技能伝承の場面では、技を持つ高齢社員がまだまだ未熟な若手とペアを組みます。高齢社員が新しいものを学ぶ際も、同じように両者がペアを組んで成功している会社があります。後者は若手が先生、高齢社員が生徒ですが、やりとりを通じて高齢社員の知恵を若手が学べる機会でもあります。両者の距離を縮め、チームワークが強固になることが期待できます。  なお、高齢社員がどうしても新しいものを使いこなせない場合、使わなくともよい仕事に専念させるか、最新機種ではなく一世代前のモデルで対応している会社もあります。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第5回 高齢社員が若手の育成をしてくれません  豊富な知識や経験、高い技能を持つ高齢社員に、若手・中堅社員への「技能伝承」や「後継者育成」の役割を期待している会社も多いのではないでしょうか。ところが、いざ高齢社員にその役割をお願いしても、今回のマンガのように「人に教えることに慣れていない」などと、抵抗感を示されてしまうこともあるようです。高齢社員に技能伝承・後継者育成をになってもらう際のポイントについて、東京学芸大学の内田賢教授にうかがいました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 若手社員・中堅社員の強みを活かして行う技能伝承 指導役の高齢社員のモチベーションアップも重要なポイント  高齢社員が習得してきたノウハウは会社にとって貴重な財産です。ノウハウを持つ高齢社員が後継者に直接伝える、また、社内全体で利用可能とするためにマニュアルや動画にして「見える化」することが必要です。ところがむずかしい場合もあります。  そもそもすべての高齢社員が優れた教え手とはかぎりません。話すのが苦手な人はその強みを伝えられません。マニュアルや動画を残そうにも本人は文章を書くのが苦手で、パソコンやタブレットなどを使いこなせないこともあるでしょう。  そのような場合、後継者となる若手社員や中堅社員が高齢社員のノウハウを聞き出し、記録し、マニュ アルやテキストを編集する方法があります。その編集をしながら仕事を覚えることもできます。高齢社員には仕事の内容やそれを行う理由、「コツ」を語ってもらい、ふだんの作業を行ってもらいます。若手社員が記録係になれば、自分が知りたいことを盛り込めるだけではなく、若手社員が理解しやすいポイントを押さえたマニュアルづくりが可能です。仕事の流れや何が重要かを知る中堅社員も協力し、経験の浅い若手社員が見逃しがちなノウハウももれなく収集します。  後継者育成が重要と考える高齢社員でも、技能伝承の役割が未経験であれば不安も大きく、拒否反応を示すかもしれません。むしろ、「仕事をやってみせる」、「コツを話してもらう」など、比較的簡単にできるところからお願いし、次第に高度な部分(機材操作やパソコンでの文書作成)も担当できるよう(ただし性急さを求めず)、周囲が支援していくのがよいでしょう。  なお、高齢社員が活き活きと技能伝承や後継者育成に励める環境づくりも心がけたいものです。例えば、技能伝承に努める高齢社員には正当な評価を与えて金銭面で処遇するだけではなく、肩書きや称号も付与します。ある会社では高齢社員が自身の名前を冠した塾(例えば内田塾)の塾頭として、各地の支店を巡回して教えています。 プロフィール 内田 賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 最終回 高齢社員が介護を理由に「辞めたい」といっています  高齢社員は、若手や中堅世代と比べて、自身や家庭で抱える事情が多様化していくといわれています。今回のマンガでは、家族の介護に悩む高齢社員をご紹介しましたが、自身が病気を患い治療を続けながら働くケースや、家庭内における役割が変わることで、仕事に影響が出てくるケースもあるでしょう。こうしたさまざまな事情を抱える高齢社員に仕事を続けてもらうためのポイントについて、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く高齢者雇用のポイント 高齢社員とのコミュニケーションを深め事情の把握に努めるとともに“辞めなくても働き続けることができる”仕組みの整備を  今回のテーマは「介護」ですが、高齢社員はさまざまな事情で仕事を続けることがむずかしくなることがあります。健康を害する、体力や意欲が低下するといった本人の事情もあれば、介護以外でも孫の世話や自治会などの地域活動を期待され、本人に働く意思や能力があっても仕事を断念せざるを得ないこともあるのです。  突然の退職は会社の想定を変えてしまいます。定年までに、または定年後の継続雇用の間に後継者を育ててもらう、顧客を引き継いでもらうといった計画が頓挫しかねません。退職を余儀なくされる高齢社員も無念さと申し訳なさに悩むでしょう。これでは高齢社員にも会社にも損失です。  そこで「辞めなくても働き続けることができる」方法を用意します。通院や介護と仕事を両立できるように短時間勤務や在宅勤務、休暇の有効活用、担当職務の変更で工夫します。介護休暇や介護休業をはじめ、いくつかの実例はマンガでご紹介した通りです。  問題を抱える高齢社員は「どうしたらよいか」と一人で悩み、切羽詰まってから会社に相談するのではないでしょうか。高齢社員と日常からコミュニケーションを深め、プライバシーに配慮しながらも個人的事情の把握に努めましょう。「みなさんが困ったとき、会社にはこんな制度があります」と日ごろから周知することが安心感を生みます。定期健康診断の要再検査者には必ず再検査を受けさせることも大事な取組みです。  社内規程にない運用で解決を図る場合、その前例をノウハウとしてこれからの制度整備に活かします。一方、ほかの高齢社員はもちろん、若手でも将来は起こりうることですので、職場の同僚が理解し助け合う風土づくりも進めます。  退職しても病気や介護から復帰すれば復職できる制度を持つ会社もあります。社員を大事にし、強みを持つ高齢社員にはいつまでも働いてもらいたいという会社の姿勢が表われています。 プロフィール 内田 賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。