新連載 シニア社員のための「ジョブ型」賃金制度のつくり方 株式会社プライムコンサルタント 代表 菊谷(きくや)寛之(ひろゆき)  従来型のヒト基準の日本的人事制度が制度疲労を起こし、年齢や性別などを問わず人材が活躍できるシンプルな雇用・人事・賃金制度に対するニーズが高まっています。  本連載では、正社員・非正社員を等しくカバーする役割・職務基準の人事制度を軸に、いま話題のジョブ型賃金の活用を含めた高齢者の賃金待遇のあり方を探っていきます。 第1回 賃金の基本要素と日本の賃金制度の変遷 1 賃金決定の基本要素と賃金制度  賃金には毎月の給与、夏冬等の賞与、退職時の退職金・企業年金などがありますが、なんといっても、毎月の給与が労働の直接の対価として最重要です。そのなかでも一番金額の大きい「基本給」部分の組み立て方こそ、賃金制度の最大のテーマです。  少し原理的な話になりますが、使用者が人を雇い賃金を払うのは、使用者の手元に次のような「仕事」があるからです。 1 第三者に任せられる、「目的」の明確な「仕事」がある。 2 人を雇ってその仕事をさせれば、使用者の利益となる「成果」が得られる。 3 使用者は一定の賃金でその仕事を引き受ける労働者を見つけることができる。 4 その成果がもたらす「価値」は、使用者が支払う賃金の額よりも大きい。 5 外部に費用を払って業務を委託したり、代わりの製品・サービスを購入するよりも、また自分で処理するよりも、人を雇うほうが費用対効果は大きい。  人を雇うという行為は、このように明確な経済的利益が見込まれる仕事があるときに、一定の賃金を払って人の「仕事をする能力」を一定の時間量あるいは作業量で買い取り、実際に仕事をさせて使用者の期待する「仕事の成果」を実現するところに本質があります。賃金は、使用者が労働力の使用権を買い取り、使用者の指揮命令のもとで仕事をさせ、使用者に成果をもたらす、社会経済的な媒介の働きをする特別な貨幣なのです。  ここから、賃金の直接的な決定要素は図表1の六つに集約されます。  図表1のうち@ABは、企業内で「人が・仕事をして・成果を上げる」という普遍的な価値創出の構成要素そのものです。Cの支払い形態※1に加え、@AB要素の何を重視して労働者一人ひとりの賃金を配分するかによって、賃金制度の基本的な性格が決まります(後述)。  例えば、だれでもほぼ成果が上がる難易度の低い仕事であれば、人の要素よりも「簡単な仕事」というAの要素で賃金の大半が決まるでしょう。ただし簡単な仕事であっても、経験の度合いによってB成果(貢献度)に有意差があるのであれば、@人材の年功的な能力評価を加味して賃金を決めるかもしれません。  一方、高い専門知識や熟練技能が必要な仕事で、大きな責任がともない、人材の採用や育成に時間がかかる職種の場合は、A仕事の専門性や責任の度合い、@人材のポテンシャルなどをより重視することになります。  専門性よりも、むしろ働く人の態度や努力が成果を大きく左右する仕事の場合は、@人材の行動姿勢を評価したり、仕事のB成果を評価して賃金を決めようとするでしょう。 2 賃金水準はどのように決まるか  @〜Cは企業内の事情ですが、Dの費用は、世間相場に照らしてどれだけ賃金コストがかかるかという「外部基準」を参照する必要性を示します。  経営者は、企業外部の競争環境とともに支払える賃金費用の限界やそのE効果性・経済性をシビアに判断し、なるべく安価に労働力を調達する方法を探りつつ、どの金額まで払えるか、払うべきかを決めていきます。  市場経済のもとでは、賃金水準は人材・労働力という商品の「機能・品質」に対する市場価格と企業間の需給関係によって決まります。  近代経済学の限界効用理論によれば、完全競争市場のもとで利潤を最大化しようとする企業は、次のような単純な理由から雇用や賃金を調整します。  (+)賃金コストを追加して労働者を増やすほうが、より大きな追加収入を得られると判断したとき、企業は人を増やして利益最大化をねらいます。労働市場がタイトになれば、人の採用や離職防止のため賃金を上げます。この動きは企業や経済が成長するときの常態であり、これ以上賃金を上げ、雇用を増やしても企業として追加利益が見込めない限界、または人材不足のため採用できないという限界まで進みます。  賃金の上限は高収益の企業ほど余裕があり、世間相場よりも高い賃金を提示し、よい人材を集めることができます。逆に低収益の企業はその余裕がないため、一定以上の賃金は提示できません。結果として企業の収益性により、賃金格差が生じます。  (−)逆に労働者を減らして賃金コストを減らすほうが、収入の減少以上にメリットが大きいときは、解雇規制などの制限がないかぎり、あえて人を減らします。賃金も上げません。この動きは、景気後退の局面や、企業が高成長から低成長に移行するときなどに起きやすく、これ以上労働者が減ると損失が出るという限界の手前まで進みます。  (±)雇用の増減にかかわらず、賃金を下げても質のよい人材が採用できるのであれば、企業は経済性を考えて、これ以下の賃金では採用しにくいという限界まで賃金を低く据え置きます。厳しい経済環境のもとでは、労働者の最低限の生活維持に必要な賃金水準まで割り込んでしまうこともあるため、最低賃金の法規制を設けることが重要な社会政策となります。 3 事業の成長と人材の評価・選別のメカニズム  企業が労働者を雇うのは、一般家庭で家政婦やベビーシッターを雇ったりする場合の「消費的労働」とは根本的な違いがあります。  企業の場合は、労働の成果が企業内で消費されずに、後工程に次々とリレーされ、最終的には会社の商品・サービスとなって顧客に効用と満足を提供し、その代価として会社の売上げ、そして人件費や利益の源泉となる「付加価値」を実現します。  付加価値とは、簡単にいうと、会社の売上げから、原材料の仕入れや外注にかかった費用(直接原価)を引いた残り、「売上総利益」あるいは「粗利」のことです。  このなかから、会社が支払う賃金・賞与・退職金費用・社会保険料などの人件費、役員報酬、設備に対する償却費などの内部経費や、借入金利息・賃借料などの外部経費がまかなわれ、最後に税前利益が残ります。税金や株主配当を引いた残りが、最終的な「純利益」として会社に蓄積されていきます。多くの会社は、これらの経費を成長の原資として人材や設備、資金に再投資し続け、さらなる事業の成長拡大を目ざします。  会社のいろいろな仕事は、付加価値の拡大再生産という共通の事業目的を効率的に達成するために、高度な分業制によって組織的に編制された「人と仕事の構造体」であり、その付加価値を原資とする配分・再投資・成長のメカニズムこそが企業経営の核心です。  ただし、経済が成熟化して競争が激化し、賃金が高くなればなるほど、人を増やせば収益が増えるという成長機会はかぎられます。複雑な分業制や情報ネットワークからなる高度経済社会において、企業が求める労働力は単なる「人手」ではなく、知的に訓練されさまざまな業務に有能さを発揮できる「高度人材」であり、採用する側もされる側も、互いに厳しい競争にさらされます。  同様の競争・選別は必然的に企業内部でも行われ、評価制度の運用や個別の賃金決定に大きな影響を与えます。例えば新卒が同じ初任給で入社しても、早く仕事を覚え、成長する人材は評価も高く、早く昇給するでしょう。仕事が簡易で人の代替がきく職種よりも、仕事がむずかしく育成に時間やコストがかかる専門的な職種や、責任が重く代替の利かない仕事のほうが、社内の賃金待遇は高くなります。  このように考えると、賃金は、単に人を雇い生活を支える必要コストではなく、さまざまな経営課題に積極的にチャレンジし、成果を上げる人材を確保・育成するための「人的資本投資」として再定義されねばなりません。  会社の賃金制度も、そのような人の目的意識的な働きをうながし、活躍にふさわしい賃金待遇を実現する戦略的な仕組みとしてリニューアルされる必要があるわけです。 4 賃金制度は人基準から仕事基準へ  賃金制度については、@人材、A仕事、B成果のうち、どの要素を重視するかによって、およそ4通りの考え方(やり方)があります(図表2)。  図表3で、これまで日本の賃金制度がたどってきた沿革をふり返ると、  (1)終戦直後の混乱期から経済復興期は、猛烈なインフレに対する生活防衛の戦いがなんといっても最優先され、労使紛争も多発して、大幅賃上げによる生活給の確保が労使の大問題となっていました。  (2)モノづくりによる貿易立国に成功した高度成長期に入ると、労使紛争を避ける春闘方式の枠組みのなかで毎年の賃上げと生活水準の向上が定着します。この時期に新卒採用・年功賃金・終身雇用という日本的経営の基本ができ上がりました。 (3)第一次オイルショックで高度成長期が終わった後も日本経済は順調に安定成長を続け、経済大国化を果たします。日本企業は能力主義的な人的資源管理を武器に「日本の一人勝ち」ともいえる歴史的な大成功をおさめ、この時期、「職能給」と呼ばれる年功的なヒト基準の賃金制度が分厚いサラリーマン・中間層の形成に大きな役割を果たしました。  (4)ところがバブル景気が崩壊し、経済のグローバル化によるデフレが進むなかで、年功的な賃金上昇に急ブレーキがかかります。新自由主義を背景とする自己責任論やリストラ、労働の規制緩和による雇用の多様化が進むなかで、年俸制に代表される成果主義ブームが起きたりしました。  成果主義はその後やや沈静化しますが、この時期を境に、賃金制度の中心は属人的な職能給から仕事基準の役割給に移行し始め、現在に至っています。  (5)現状では、少子高齢化と長期のデフレ経済に苦しむ国内企業とは対照的に、世界ではデジタル経済化で大成功をおさめたGAFAM※2などの巨大新興企業が市場を席捲しています。地政学的な危機も重なり、VUCA※3と呼ばれる急速で不確実な社会変動・流動性がグローバル経済を覆い、日本は明らかに劣勢に立たされるようになりました。最近の円安もいわば国力の低下のあらわれです。  どうも日本企業は経営戦略に基づく人材の確保・活用が弱いのではないか。このような反省から、従来型の日本的なメンバーシップ型の雇用人事の限界を感じられている経営者や人事担当者の間で、これからはグローバルなジョブ型雇用人事に見習い、より目的意識的に価値創造のための人的投資を強化する必要があるのではないか、という声が高まっています。  次回は高齢者の賃金実態にも目を向け、日本企業のヒト基準の雇用人事とジョブ型雇用人事の比較を通して、これからの賃金制度の方向性を検討します。 ※1 Cの支払い形態は勤務日数や労働時間に応じた給与計算や、出来高に基づく歩合給の計算処理などの部分をいいます ※2 GAFAM……Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft の頭文字を取った呼び名 ※3 VUCA……Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉。不確実性が高く将来の予想が困難であることを示す言葉 図表1 賃金決定の基本要素と賃金制度 内部基準 @人材……能力・意欲…………………どんな人が働くのか A仕事……手順・ロジック・道具……どんな仕事をするのか B成果……貢献度………………………どれだけの成果をもたらすのか C時間……作業量………………………どのように支払うのか 外部基準 D費用……世間相場・需給関係………いくらで人を雇えるか E効果……費用対効果・生産性………費用対効果はどれくらいか (賃金制度) (生活)生計費 @人材能力 →A仕事難易度・責任 →B成果貢献度 →(顧客の評価)事業収益 (C時間・作業量) 個別賃金 ↑ 賃金水準 (D費用、E効果) 世間相場・市場価値 付加価値生産性 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 4つの賃金制度 人材に注目し能力・年功で賃金を決める属人給→職能給 仕事に注目し職務評価で賃金を決める仕事給〈1〉→職務給 役割に注目し役割・貢献度で賃金を決める仕事給〈2〉→役割給 成果に注目し出来高で賃金を決める出来高給→歩合給 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表3 日本の賃金制度の沿革とその背景 時代相 経済・社会の動き 雇用・人事のトレンド 賃金制度の動き 経済復興期1945〜54年 経済復興と朝鮮特需猛烈なインフレ 生活防衛・労使紛争 (1)生活給の確保(大幅賃上げ) 高度成長期1955〜73年 モノづくりによる高度成長、貿易立国 生活水準の向上、新卒採用・年功賃金・終身雇用 春闘方式(2)年功給+能力給へ 安定成長期〜バブル景気1974〜1990年 経済大国化バブル景気 能力主義的人的資源管理(日本の一人勝ち) 能力主義(3)職能給が主流 バブル崩壊〜リーマン危機1991〜2010年 長期デフレ、グローバル経済、中国パワー 賃金抑制、自己責任論とリストラ、雇用の多様化 成果主義・年俸制(4)職能給から役割給へ 少子高齢化〜コロナ危機2011〜2023年 デジタル経済化、GAFAM、VUCA 経営戦略に基づく人材確保価値創造への人的投資 メンバーシップ型の限界(5)ジョブ型・職務給の活用 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 第2回 日本の賃金制度と「ジョブ型」賃金制度 1 日本企業の典型的な賃金・人事・雇用慣行  図表1は、戦後の昭和から平成にかけて基本形ができあがり、現在も多くの企業で行われている新卒採用、人材の内部育成・登用、年功賃金、60歳定年制などを特徴とする、「メンバーシップ型」の長期雇用慣行に基づく典型的な日本的賃金人事制度のイメージを年齢軸に描いたものです。以下、その実務的なポイントを説明しましょう。 (1)初任給  賃金の起点は、高校卒・短大卒・大学卒など学歴別の新卒初任給です。図表1の総合職・現業職・一般職のような「コース別管理」による違いを除いて、仕事内容による初任給の差はほとんどありません。この点が、採用する職種や職務(ジョブ)のグレードによって個別に賃金を決める職務給とは大きな違いです。近年、新卒採用の競争激化を背景に初任給を大幅に引き上げる企業が続出し、年功賃金のバランスが大きく揺らぎはじめています。 (2)年功賃金(定期昇給、昇格昇給)  入社後、図表1でメンバーシップ型雇用(M)の正社員は、毎年の定期昇給や随時行われる昇格昇給によって賃金が年功的に増えていきます※1。  ただし全員一律の年功賃金はさすがに少なくなり、幹部候補としての成長が期待できるポテンシャル人材(総合職)、現場の熟練や専門性を期待する技能人材(現業職)、それ以外の定型業務担当者(一般職)などの「キャリアコース」で正社員を分けたり、年功・職能や職務・役割などで「等級」に分ける人事制度をつくり、そのキャリアコースや等級、評価の枠内で昇給・昇格の上限を決める手法が主流となっています。 (3)管理職の待遇  時間外手当が支給されない管理職には、その代替として役職手当や管理職手当を支給したり、一般社員よりも一段高い賃金を支給するのが通例です。管理職は定期昇給の対象外とし、年俸制や役職別・等級別の「シングルレート」と呼ばれる定額賃金に切り替えたり、評価によって金額が上下する「洗い替え型」や役割給/職務給に切り替える例も見られます。  若手人材の早期登用と組織の活性化を図るため、管理職のポストに55歳前後の「役職定年制」を設け、役職離脱後は部下のいない専門職や専任職として待遇する会社も少なくありません。 (4)賞与  夏・冬あるいは決算時に、賞与・一時金を会社業績や労使交渉に基づいて支給します※1。属人給としての継続性や、生活給としての安定性を重視する毎月の賃金と異なり、会社業績や個人の評価査定によって、支給の都度金額を弾力的にリセットできる点が賞与の大きな特徴です。ただ、長年の慣行が重なり、業績にかかわらず賞与の支給月数からほぼ固定的に支給している企業も少なくありません。 (5)退職金・年金  長期勤続を奨励し、老後の生活費を補填する最終給与としての退職金・年金は、所得税法上、退職所得控除の税制優遇措置が講じられ、長期勤続者に有利な取扱いがなされています。しかし途中退職する従業員や中途採用者にはその仕組みが不利に働くため、企業間の労働移動が阻害されている面も否めません。 (6)定年制と継続雇用  厚生労働省の調査※2(31人以上企業)では、定年制の廃止および65歳以上の定年制を合わせた企業は約4分の1と少数派で、残り約4分の3のほとんどは60歳定年制です。定年後の継続雇用を希望する者は、65歳まで勤務延長または再雇用のかたちで勤務できますが、定年前の仕事のまま正社員の労働条件を継続する勤務延長は一部の管理職や専門職にかぎられるのが一般的です。大多数の企業は、定年前の賃金待遇を8割〜6割程度に切り下げる有期契約の定年後再雇用によって高齢者の雇用確保義務に対処しているのが実情です。 (7)パートタイマー等の非正規雇用  定年後再雇用社員の賃金待遇を見直すうえで、同じ非正規雇用の取り扱いは見逃せないポイントです。これまで多くの企業では、パートタイマーなどの非正規社員は職務を限定したジョブ型有期雇用による低賃金を適用し、正社員の昇給制度や家族手当・住宅手当などの生活補助手当、賞与、退職金などは対象外とされてきました。ただし2021(令和3)年4月からパートタイム・有期労働法が全面施行され、同一労働同一賃金の取組みが進むなか、最低賃金の大幅な引上げや人手不足を背景に、近年パートタイマーなどの賃金待遇を見直す企業が少しずつ増えており、高齢社員の賃金待遇にも影響が及びはじめました。 2 メンバーシップ型雇用の特徴  日本企業の人事・賃金制度は、市場価値に基づき、組織・職務基準で人材を調達する諸外国のジョブ型とは際立った違いがあります。  日本企業の場合、あらかじめ会社が確保したストック人材がいて(内部労働市場)、その能力・意欲・適性を見ながら会社がやらせたい仕事を割り振るという「人的資源管理論」に基づくメンバーシップ型の雇用・人事慣行が主流となっています(図表2の左)。  最大の特徴は、組織の正規構成員である「正社員」の身分として採用し、定年までの長期継続雇用を保障するかわり、個々の従業員に任せる職務(ジョブ)の内容は会社の裁量権の範囲内で無限定に決められる点にあります※3。  そのメリットは、新卒一括採用の多様な職務配置からはじまって、外部環境や組織の内部事情の変化に対して柔軟な人事異動が任意に行え、企業内で低コストかつ計画的に人材を育成・登用できることです。途中退職者や長期欠勤者が出ても、当面社内で人材をやりくりできます。  ただし配置・異動の都度賃金待遇が変わったのでは、人事の不公平が問題になったり、雇用関係も不安定になります。会社としては正社員の採用や人事配置を一元管理し、職務内容が多少変化しても安定した賃金待遇を行う必要がありました。こうして職能資格制度のような年功・能力基準の人事処遇制度を軸に、ヒトの身分・資格・ポテンシャルに値段をつける職能給など日本独特の「属人給」が生まれたのです。  しかしヒト基準の人事賃金制度には、無視できない欠陥もありました。一つは、「資格と役職の分離」というロジックが独り歩きし、人件費の肥大化を招いたことです。一度管理職になった従業員はそのポストを外れても職能資格は下がらず、実際の職務内容や業績とは無関係に各人の賃金が既得権になってしまいました。  二つめは、年功的な賃金待遇の副作用として仕事の評価基準があいまいになり、個人としても組織としても、成果や生産性に対する感度が低下したことです。なかには、評価制度もなく、事業経営に不可欠な経営計画や目標管理さえもない不思議な企業があったりします。  三つめは、給料が保障されるとはいえ、会社の一方的な人事権で配置と職務が決まる状況では、従業員はどうしても受け身になります。会社への依頼心が助長され、よほど意思がしっかりしないと自身のキャリア形成に主導権を持つことができません。自律的な学習意欲や向上心がなければ、定年後の生活設計も絵に描いた餅になってしまいます。  さらに、正社員を対象とするメンバーシップ型の人事管理は、無限定でフルタイムの働きを期待する男性・総合職中心の人材活用に偏りがちで、技術革新のスピードが早まり、人口減少社会において働き方改革が求められるなか、高度専門職や多様な働き方を求める女性・高齢者・外国人・障害者などの能力をうまく引き出し、活用することがむずかしいです。 3 ジョブ型雇用人事の特徴と設計・導入手順  これに対し、ジョブ型雇用は、経営計画と業績見通しに基づいて事業主体で組織を編成し、ジョブの塊であるポストの職務要件に対し賃金を決め、社内外から最適な人材を発掘・配置します。  多くの日本企業では職務内容の違いよりも、年功・能力など社内労働市場の人事序列に基づいて個々の給与が決まりますが、ジョブ型は、社員が従事する職務の内容や成果・責任を「職務記述書」としてオープンにします。そのポストについて、会社と従業員がその都度外部労働市場を参照し、対等な立場で賃金待遇を話し合い、雇用契約を交わします。ジョブに対するベスト人材を確保したい会社としては、内部登用とともに外部採用も視野に入れるので、人材の適正価格を常に意識して賃金を決めようとします。  このように経営がデザインした組織編制に基づく個々のポストやジョブに対し、期待される業績と必要な賃金水準を対比させつつ、事業として総額人件費管理を行いながら最適人材を戦略的に調達・配置していきます。そこでは、生産性の高い組織をつくっていく資本主義的な人材管理が、いわばあたり前に行われます。  これを働く人から見ると、ポストの定員・職務内容・報酬が決まっており、業績に基づくボーナスは別として、個人の能力や業績が多少アップしても仕事が変わらないかぎり大幅な昇給はありません。ポストがなければ昇進もないので、個人にとって決してやさしい環境ではなく、自助努力でスキルを磨き、キャリアアップを図るほかありません。このままでは限界があると判断した場合は、自分でキャリアを築くため、外部に機会を求めて転職することになります。  結果、社内・社外を問わず、採用する側と働く側との間で絶えず職務と人のマッチングが進むため、社会全体として低収益部門から高収益部門に人材が移動し、高い潜在成長力が維持されることが期待されます。  日本企業が生え抜き人材の採用・育成にこだわり、閉鎖的な同質性・モノカルチャー・囲い込み型の日本型コミュニティに走りがちな傾向があるのに対して、外部労働市場に対して常にオープンなジョブ型雇用人事のほうが、企業にとっては戦略的な鋭い経営感覚が、社員にとってはキャリア志向を持ちやすいという点がご理解いただけるのではないでしょうか。  ジョブ型雇用人事の設計・導入手順はある程度定式化されています。 1 組織設計…事業戦略に基づき最適な組織の区分と責任階層・職種別の職務ポジションを編制する 2 職務と成果責任の定義…職務内容および行動基準のディクショナリーに基づいて職務記述書(Job Description)を作成する 3 職務評価…職務の難易度や責任の重さを定量化する職務評価を行って職務等級(Job Grade)に格づける 4 報酬設計…賃金の世間相場や会社の賃金ポリシーに基づき職務ごとに支給する職務給/成果給の上限・標準・下限の金額を決める。また企業・部門業績と個人の貢献度に連動した短期業績賞与の配分基準を決める。 5 個別報酬管理…採用・配置する職務内容、業績期待値、人材の採用・リテンション、世間相場の配慮に基づき個別の基本給を決め、物価・賃金動向に基づき賃金改定を行う。 6 人材マネジメント…組織責任者を中心に事業目標に基づく組織課題の分析から個人の目標設定、実績のふり返り、業績評価/行動評価、フィードバックを行い、人材の動機づけとキャリア支援、賞与と賃金改定の評定などを行う。 7 キャリア支援…現在の職務の必要スキル、将来の有望な職務の選択肢、将来就きたい職務の必要スキル等の情報提供を行い、社員のスキルアップを支援する。  ただし、ジョブ型雇用人事をそのまま日本企業に持ち込もうとすると、柔軟な配置・異動がやりにくくなったり、人件費が一時的に膨張するなどのデメリットに直面します。  次回はこの点も考慮に入れ、これまでのヒト基準の人事賃金制度を組織側から仕事基準に修正する「役割給」の考え方を紹介しながら、内実のある高齢者の人材活用を実現する道筋について解説します。 ※1 図表1の年功賃金の傾斜が示す昇給カーブや賞与、退職金の支給水準は企業の規模や収益性により大きな差があり、特に中堅層以上の役職者になると、企業による年収や生涯賃金の格差も大きく広がります ※2 厚生労働省「令和4年6月1日現在の高年齢者の雇用状況等」 ※3 「日本における雇用の本質は職務(job)ジョブではなく、会員/成員(membership)であると規定」(濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何かー正社員体制の矛盾と転機』25ページ、2021.9、岩波書店) 図表1 日本企業の典型的な賃金・人事・雇用慣行(昭和〜平成) M:メンバーシップ型雇用 J:ジョブ型雇用 学校 就職 結婚(家族形成) 60歳定年制 65歳 学卒 初任給 年功賃金 定期昇給 昇格昇給 賞与・一時金 退職金 管理職・M 役職定年制 総合職・M 現業職・M コース別管理 一般職・準M パートタイマー・J 定年後再雇用・M 同・準M 同・J 公的年金 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 メンバーシップ型とジョブ型の違い 日本のメンバーシップ型雇用 ヒトに仕事をつけ、ヒトの能力・年功に人事考課で値段をつける職能給 職能資格制度 資格型 役職型 職能型 理事 部長格 M-9 参与 次長格 M-8 参事 課長格 M-7 副参事 課長補佐格 S-6 主事 係長格 S-5 主事補 主任格 S-4 書記 職員3 J-3 主務 職員2 J-2 係員 職員1 J-1 M…Manager S…Senior J…Junior 資格と役職が分離 内部労働市場 部長 課長 課長 課長 リーダー リーダー 主任 主任 係員 係員 ・正社員の人材ストックの中から組織運営・業務遂行の適任者に都度仕事を割り振る ・組織・職務とは切り離し、社内の年功・能力基準による属人給で人材を安定的に処遇する 諸外国のジョブ型雇用 仕事(ポジション)にヒトをつけ、市場価値に基づく職務評価で値段をつける職務給 外部労働市場 事業戦略と組織編制 職務記述書 事業部長 部長 課長 リーダー 一般スタッフ ・事業部長の裁量で人材を外部調達・登用 ・総額人件費管理に基づく生産性の高い組織づくりを行う ・個人の自己学習・自己決定・キャリア自立を促す c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 第3回 役割給の導入と定年後再雇用制度の再設計 1 日本ではジョブ型賃金はそのままでは使えない  ジョブ型賃金の本家であるアメリカでは、図表1のイメージのような範囲給(レンジ給)と呼ばれる賃金管理手法が普及しています。これは、会社が定めた賃金水準の「ポリシーライン」を中心に、職務のグレードごとに賃金の上限・下限のバンドを設定します。その幅(レンジ)のなかで個別の賃金を決め、図の右側のような昇給率のガイドラインを用いて毎年の昇給を行います。レンジはポリシーラインに対する最高額〜最低額の比率(%)で表し、その仕事に十分習熟するまでの所要年数を想定して設定します。  一般的には、仕事の個人差が少なく昇進機会の多い下位等級のブルーカラーや販売・サービス職などは時給制を適用し、グレードごとに単一金額を適用するシングルレートや、レンジ幅の小さい職務給(ペイ・フォー・ジョブ)を使います。評価は仕事のでき具合を○×式で簡単にチェックしたり、そもそも評価を省く会社も少なくありません。賃金は上位グレードの仕事に変わらないかぎり早く頭打ちになり、仕事がなくなったり、職務不適格と判断した場合は契約解除となります。  他方、昇進機会の少ない上位等級のホワイトカラー専門職や管理職・経営職などは、専門性や実力、業績・貢献度などの個人差を重視して賃金のレンジ幅を大きくとる年俸制の成果給(ペイ・フォー・パフォーマンス)が普及しています。評価は目標管理(MBO)に基づく業績評価や、リーダーシップやコンピテンシーなどの行動評価を実施し、昇降給を含めた弾力的な賃金待遇を行います。昇給ゼロやマイナス昇給は辞職をうながすニュアンスも含まれます。  職務給はそれなりによく考えられた合理的な賃金制度ですが、担当する仕事が直接賃金に紐づく職務給・成果給のままでは、柔軟な職務の割当や配置・異動を行う日本的な人材マネジメントにはなじみません。  日本では、職種を限定した特定のワーカーや専門職、管理職のキャリア採用はともかく、新卒採用から始まって、定年まで無限定の成長・活躍を期待する一般の正社員には、会社の裁量権の範囲内で職務内容や配置を柔軟に決めるメンバーシップ型の人事慣行が標準となっています。ここにジョブ型の職務を限定した労働契約や賃金を入れてしまうと、採用時点から柔軟な職務配置が制約され、その後の異動・転勤もむずかしくなります。  仮にジョブ型賃金で合意したとしても、仕事が変わらなければ大きな昇給は望めず、仕事が変われば変わったで、都度賃金が上がったり下がったりという影響を受けます。正社員とはいえ、身分が不安定で安心して仕事に専念できず、帰属意識も保てません。  会社も職務内容が変わる都度職務記述書を変更し、新たなグレードや賃金待遇を社員と合意する必要があり、職務の変更や異動・転勤はハードルの高いものになります。  そもそも日本では、年功や生活を考慮して賃金を支給している会社が大多数を占め、職務グレードに対応する市場賃金を客観的に把握しにくいのが現状です。仮に把握できても、職務給の導入は人件費の増大を招きがちです。  なぜなら、これまで若年層や独身者、女性などは年功的な賃金相場のもとで比較的賃金を低く設定されてきました。職務給を実施するとグレードの高い社員は賃金を上げねばなりませんが、「わが社は職務給だから」と気前よく賃金を上げられるのは、経営に余裕のある企業にかぎられます。  他方では、賃金の高い中高年層や世帯主層のなかにも、職務グレードの低い社員がいますし、「わが社は職務給だから」と他社よりも賃金を下げて社員は納得するでしょうか。実際は不利益変更に抵触するリスクがあるダイレクトな賃金の切り下げはむずかしく、当面は賃金の高止まりを招く結果になるのです※。  この連載では、このような職務給の短所を解消し、正社員の育成や人事配置に柔軟に対応できる職能給の長所を組み合わせた混合型の賃金処遇システムとして「役割給」を中心に説明していきます。  具体的な解説は次回にゆずりますが、組織のなかで人が役割を与えられ、キャリア・能力を伸ばし、成果責任を引き受けて実力を発揮するという、能力と仕事の相互関係、キャリアと役割の相互関係に着目して、実際の貢献に応じて賃金待遇を決めます。  仕事基準の職務給・成果給と人基準の職能給 の双方のよさを組み合わせた役割給は、メンバーシップ型/ジョブ型を問わず複合的な雇用形態にも容易に対応でき、習熟度や貢献度の異なる社員をフレキシブルに処遇できる利点があります。 2 高年齢者雇用確保措置における賃金待遇の実情と課題  図表2は、前回も触れた日本の60歳定年企業の典型的な年功賃金カーブと、65歳までの平均的な高齢者待遇の実情を図式化したものです。  山なりの右肩上がりのグラフは、新卒で入社し定年まで勤めあげる標準的な(Bモデル)正社員の基本給カーブを表しています。  日本の年功賃金カーブは長年の間、徐々に傾きが抑制され、現在では図のように55歳前後から昇給・昇格を停止する企業が大半となっています。それでも賃金カーブが寝ている中小企業は別として、ある年齢より後はオーバー・コスト(後述)になるため、企業の多くは60歳定年制を堅持しつつ、定年後は有期雇用として賃金待遇を70〜80%程度に切り下げる定年後再雇用制度によって高齢者を雇用してきました。  その場合、定年前と同じ仕事、同じ働き方をさせつつ慣習的に定年前賃金の60%に切り下げたり、仕事の内容にかかわらず一律25万円と決めたり、仕事や貢献度の違いが反映されない固定的な賃金待遇を実施する企業も少なくありません。  定年後の収入減は、在職老齢年金や雇用保険の高年齢者雇用継続給付などで補われてきましたが、団塊の世代全員が75歳以上の後期高齢者となる2025年4月には、これらの公的給付が廃止・縮小されます。人手不足のもとで、高齢者の一層の人材活用を図りたい企業としては、公的給付の低下による高齢者の収入減を無視できません。  また2020(令和2)年4月からパートタイム・有期雇用労働法が施行され、定年後の有期雇用を理由に低処遇とすることは、違法な労働条件の相違として、無効とされる可能性があります。いずれにせよ60歳以降の賃金待遇の見直しは避けられません。 3 なぜ定年延長はむずかしいのか  図表3は、高齢者の生産性を上回る人件費が発生する従来型の年功賃金カーブ(A)と、高齢者を含めて常に人件費と生産性を均衡させようとする仕事基準・短期決済の役割給(B)とを対比したものです。  年功賃金とは、簡単にいえば高齢者に貢献以上の賃金を支給することで、若年・中堅層に「自分たちも先輩を見習って仕事をすれば先輩のように昇給できるはず」と期待を持たせ、賃金以上の貢献を長期間引き出す仕組みです。  ただし左側(A)の図のように、ある限界年齢以降は、中高年層の生産性よりも人件費が高くなる賃金のオーバー・コスト(斜線部分)が急に膨らみ、人件費全体の費用対効果が著しく低下します。その防壁として、一定年齢以上は雇わない強固な一律退職ルールが不可欠になるわけです。  このような典型的な60歳定年の会社が無理やり定年延長を行えば、図(A)の斜線部のように定年延長分だけ人件費のオーバー・コストが大幅に増加することが明らかです。  加えて、定年を延長し、力のある高齢者が重要なポストを占有し続ければ、若手社員は昇進・昇格が遅れ、先輩の賃金にますます追いつきにくくなります。賃金の抑制や人事の停滞は若年・中堅層の不満・離職に直結する恐れが大です。  60歳定年制は、年功的な人件費の増大に歯止めをかけ、高齢者の代わりに伸びしろのある若年・中堅層を育成・登用し、組織の新陳代謝をうながす雇用・人事秩序そのものといってよく、特に賃金カーブが立っている大企業が定年を廃止したり、定年延長にふみ切ることは容易ではありません。  しかし、定年後再雇用の賃金を機械的に下げるやり方では、高齢者が活き活きと働き続けられる環境とは程遠いものがあります。パートタイム・有期雇用労働法に示された均衡待遇・均等待遇の原則に照らしても、賃金を下げる以上雇う側も高齢者の仕事の質を落とさざるを得ません。そのため、定年を境に仕事の意欲が明らかに低下し、なかには不満を抱えた高齢者を抱え込む結果になってしまいます。 4 正社員に役割給を導入、定年後はジョブ型の継続雇用賃金を適用  年齢・性別を問わず人材が活躍できるシンプルな雇用・人事を実現するシナリオのなかで最大の決め手は、正社員に役割給を導入して、常に働く人の貢献と会社が払う賃金のバランスをとり、緩やかな仕事基準の賃金待遇に移行することです。これにより、従来の属人的な年功賃金カーブを、図表3右側(B)の貢献度を表す曲線(点線)にフィットする賃金カーブへと修正する道が開けます。  このような仕組みであれば、人は働けるかぎり貢献し、働きに応じた賃金待遇を受けることができ、定年制もやがては意味を失います。欧米の職務給などはこうした実態に近いといわれています。  図表4は、ひとまず現実的な60 歳定年制のもとで正社員に役割給を導入し、メンバーシップ型の柔軟な職務・配置を維持しつつ、組織における役割と実際の貢献度の評価に基づくメリハリの利いた賃金待遇を実施するイメージを示しました。  左の扇状の山なりに昇給する5本の太い実線は、定年までの正社員の役割給の展開を示し、3本目の実線の新標準Bモデルを中心に、グレーの実線のように役割と貢献度の違いに応じて役割給が徐々に分岐・分散していく様子を表します。この例では、若手〜中堅層の賃金を意図的に引き上げ、その分、年功的に高くなりすぎている中高年層の賃金カーブを徐々に抑制しています。  正社員については、組織における社員個々の成果責任を確認し、目標設定や業績評価、行動評価を通してその貢献度を客観的に評価するノウハウが、すでにかなりの企業で運用されています。  定年後再雇用者には、正社員の役割給のテーブルを準用し、短期決済型の職務限定の有期雇用にあわせたジョブ型賃金を適用します。1年ごとの労働契約書により、職務内容と働き方に応じた再雇用賃金を確認し、契約更改の都度再雇用賃金を見直していきます。  次回は、役割給のモデル事例と賃金換算表方式によるジョブ型の定年後再雇用賃金の設定方法など、より実務的な解説を進めていきます。 ※ これまで日本では、パートタイマーのほか、建設・輸送・海運などの一部の技能職種、医師やパイロット、高度IT技術者などの高度専門職など、大多数の正社員の賃金待遇とは切り離して職務を限定できる分野に職務給が導入されるにとどまってい 図表1 職務給の設計イメージ 職務給 職務のグレード 職務記述書2−3 職務記述書2−2 職務記述書2−1 職務評価 ポリシーライン+10%〜20% ミッドポイント±10% 1 2 3 4 5 昇格 6 7 8 ミッドポイント±20% 習熟昇給 レンジ給の設定例 最低額 第1四分位数 中位額 第3四分位数 最高額 昇給ガイドラインの設定例 賃金の位置 評価別の昇給率 S A B C D 4/4 5% 3% 1% 0% 0% 3/4 7% 4% 2% 0% 0% 2/4 8% 5% 3% 1% 0% 1/4 9% 6% 4% 2% 0% (注)標準的なB評価の場合、賃金の位置が下方4分の1の従業員は4%、下方4分2の従業員は3%、上方4分の3の従業員は2%、上方4分の4は1%の昇給率となる c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 典型的な年功賃金と高齢者待遇の実情 (金額) 60歳 65歳 (年齢) 年功賃金=高年齢者に貢献以上の賃金を支給することで、若年・中堅層から賃金以上の貢献を長期間引き出す仕組み → 定年後は正社員の賃金待遇と切り離す 正社員≠継続雇用(1社2制度) 正社員の基本給カーブ(標準Bモデル) 継続雇用賃金は定年到達時賃金の70〜80%程度 高年齢雇用継続給付 無年金期間の減収 仕事や貢献度の違いが配慮されない固定支給 同一労働同一賃金に抵触する可能性 定年 定年再雇用 ・「先輩のように昇給できる」という期待感 ・ある限界年齢より後はオーバー・コスト ・賃金カーブが寝ている中小企業以外は、定年制による継続雇用賃金の大幅な引き下げが必要 →定年後再雇用制度を導入 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表3 年功賃金カーブの現状と役割・貢献度に応じた賃金カーブへの修 ●現状…高齢者の生産性<人件費 (A)人基準・長期決済の年功給 定年 貢献 賃金 すでにあるオーバー・コスト 定年延長で増えるオーバー・コスト ・最後は貢献以上の賃金を支給する仕組みなので、一定年齢後は高賃金を強制的に修正・終了しないと制度がもたない ・機械的な昇給抑制はモラールダウンを招く ・定年制を維持し、定年後の処遇の切り下げが必要(質の高い仕事はさせられない) ◎あるべき姿…高齢者の生産性≧人件費 (B)仕事基準・短期決済の役割給 定年 貢献 賃金 ・常に貢献と賃金のバランスをとる仕組みにしておけば、定年後の賃金を特別扱いする必要はない ・仕事の質を下げる必要はない ・働けるかぎり貢献でき、定年制は意味を失う(エイジ・フリー) c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表4 役割給による正社員の賃金カーブ修正と定年再雇用のイメージ(60歳定年) (金額) 60歳 65歳 70歳 (年齢) 旧カーブよりも早く昇給し、早く頭打ちになり、総面積(生涯賃金)は変わらない 役割と貢献度により賃金カーブが分岐 旧標準Bモデル 最高Sモデル 上位Aモデル 新標準Bモデル 下位Cモデル 低位Dモデル 元の再雇用賃金 定年 短期決済型賃金(有期雇用契約) 待遇改善 同一労働同一賃金に抵触しない設定 雇用確保措置 (定年再雇用) 就業確保措置 正社員と継続雇用に同一の役割給体系を適用 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 第4回 役割給のモデル例と定年後再雇用賃金の設定基準 1 役割給の導入・運用の手順  前回は、日本企業のメンバーシップ型の雇用・人事制度のもとで正社員にジョブ型賃金(職務給)を導入することの問題点を指摘し、柔軟な職務変更や人事配置にも対応できる「役割給」のコンセプトを紹介しました。  役割給の考え方を再確認すると、「役割」とは割りあてられ、引き受けた役のことです。組織上のポストや職責に配置された従業員は、割りあてられた業務活動を引き受け、付随する成果責任をにない、組織的な成果の実現に貢献することが求められます。会社は、役割の遂行度合を業績・行動面から評価し、組織活動への貢献度合いや市場価値を参照しながら、各人の賃金処遇を決めていきます。  役割給は通常、次のようなステップで導入・運用します。 @会社の事業戦略にふさわしい組織設計を行い、経営成果を最大化させるポスト・職責を編成する。 A組織の役割に求められる職責・成果責任の違いや、担当業務に求められる経験・熟練の違いに対応するキャリア段階に基づいて等級を区分する。 B役割等級ごとに範囲給(バンドともいう)の上限・下限を設定し、そのなかに各人のこれまでの基本給を位置づける。 C範囲給を貢献度に対応したいくつかの金額ゾーンに区分し、各人のゾーンの位置と貢献度の評価とを組みあわせて毎年の昇給・昇給停止・降給を実施する。 D事業戦略と経営目標に連動した業績評価と期待役割に基づく行動評価を組みあわせて貢献度の評価を進め、賃金の運用に連動させる。 E従業員の人員配置と昇降格を含めた役割等級の見直しを継続する。 F年月の経過とともに世間相場を参照して範囲給の水準を見直し、各人の役割と貢献度に応じた基本給のバランスをつくっていく。 2 役割等級の具体例  役割等級は、図表1のように企業規模によって4〜7段階に区分するのが一般的です。  はじめに課、チーム、営業所、店舗などの「業績責任単位」となる最小組織のユニットを考え、その責任者(課長や店長)を育成・登用するまでに何段階のキャリア・ステップを置くのが適当かを考えて、新卒入社から責任者までの等級を決めます。  上位等級は、その業績責任単位を統括する役職階層によって区分していきます。  左から、@は一般従業員を一般職・担当職・主任にわけ、単一組織を部長一人が統括する小企業で4等級に区分した例です。  Aは単位組織(課)が複数ある小企業で、管理職を課長・部長に分けた5等級区分の例です。  Bは実務職の最上位に店長・係長・職長などのリーダー職を置き、管理職を課長・部長に分けた6等級区分の例です。  Cは複数の事業部がある中堅企業で、部長の上に執行役員クラスの本部長/事業部長を置いた例です。  役割等級への個々の格づけは、 ア 上位等級の役職者は、ポスト・職責に必要な人材ポテンシャルの期待値に達しているかどうかを考慮して役職に登用し、対応する等級に格づけます。 イ 下位等級の非役職者は、担当業務に必要な仕事の経験・スキルやキャリア段階を判定し、期待役割に基づいて等級に格づけます。 3 役割給のバンド設定  次に役割等級ごとに世間相場や会社の目標額を考慮した賃金表の上限・下限を設定し、各人の役割に対する貢献度を反映させる賃金改定ルールを設けます。  一般的な役割給の昇給ルールは、バンドのなかをいくつかの金額ゾーンに区分し、各人のゾーンの位置と評価との組みあわせで昇給率を変えたり※1、公務員の俸給表のような段階号俸表をゾーンに分け、貢献度に応じた号俸改定を行う方式※2が知られています。  この解説では、もっともシンプルな手法として、昇給率や賃金表を用いず、基本給の上限・下限とゾーンの金額、昇給ピッチだけを決める「ゾーン型範囲給」のやり方を紹介します。  図表2の例は、部長がX等級、課長がW等級、主任V等級、担当職U等級、一般職T等級という5段階の役割等級に区分して役割給のバンドと昇給ピッチを設定した例です。  ここでは各人の貢献度をSABCD(Bが標準)の5段階で評価し、範囲給を対応する五つの「ゾーン」に分けています。各人の基本給は、原則として範囲給のゾーンのどこかに位置づけられます※3。  I等級のスタート金額は高卒初任給(通勤手当、固定時間外手当などを除く基本給部分)を想定した17万円とし、上限額を28万1000円としました。バンドのなかを、下からD、C、B、A、Sという五つのゾーンに分け、それぞれの上限額を決めています。各等級の上限・下限額と各ゾーンの金額は任意に設定できます。  この例では、仕組みをシンプルにするため、図のように等級が上がる都度ゾーン別の金額を階段状に二つずつ増やし、各等級のゾーンが重複する「2段階一致」の設定にしています。  今後は構造的な絶対的人手不足が続くことを考えると、これまでの抑制的な賃金ポリシーから脱却し、生産性の裏づけに基づく競争力のある賃金水準を設定する必要があります。  一般的には、下位等級では生活給としての必要水準や仕事の習熟を考慮した世間相場を参照し、上位等級では管理職の基本給部分(管理職手当や役職手当などを除く)の世間相場を参照し、それぞれ貢献度の違いによるメリハリの利いた賃金待遇が行える上下幅を設定します。どの等級のどのゾーンに自社の社員がいるのかについても個別にチェックし、他社と比べた採用競争力や、社員が将来に励みが持てる目標賃金を設定する必要があります。 4 役割と貢献度に応じた賃金バランスを実現する「段階接近法R」  昇給は、図表2の( )に表示したT等級1600円〜X等級4900円のように、等級別に「昇給単位」(昇給ピッチともいいます)の金額を決めておきます。昇給単位は、従業員の定着と能力開発を重視する低い等級では細かいピッチとし、賃金水準の高い上位等級はピッチを大きくして昇給額のメリハリをつけるよう工夫します。  毎年の昇給は、各等級の昇給単位に、図表3の賃金ゾーン位置と評価との組みあわせによる「昇給倍率」を掛け算して決定します。  図表3の下表でT等級の昇給単位1600円を例にとると、一番賃金の低いDゾーン(図表2の基本給19万円未満)では、S評価の5倍8000円からD評価の1倍1600円まで昇給額に差がつきます。  同じ評価で比較すると、低いゾーンでは昇給額は大きく、ゾーンが高くなるにしたがい昇給額は小さくなり、評価に対応するゾーンの上限に達したら昇給しなくなります。ゾーンより評価が低いときは昇給ゼロまたはマイナス昇給になります。  このような昇給ルールの運用を毎年続けると、徐々に各人の役割と貢献度にふさわしい基本給の水準へと段階的に接近し、いずれはその上限額に収れんします(段階接近法R)。  昇給単位は会社業績や世間の賃上げ動向を配慮して、任意に変えられます。  昇給単位の金額を小さくすると会社全体の昇給額・率が減り、逆に昇給単位の金額を大きくすると全体の昇給額・率が増えます※4。 5 均衡待遇に配慮した再雇用賃金の決め方(賃金換算表方式)  定年再雇用者については、正社員の役割給に準拠しつつ、定年後の新たな職務内容に応じた役割等級と働き方の制約に応じて、定年前の基本給に図表4の賃金支給率(%)を掛け算して再雇用賃金の基本給部分を算定します。  参考までに、定年前の基本給がW等級係長・職長クラス35万円の従業員Xさんに対して、再雇用の支給率をあてはめた計算例を下段に示しました。例えば再雇用後、V等級の類似業務に転換する場合の賃金支給率は80%で、35万円×80%=28万円が再雇用の基本給となります。  パートタイム・有期雇用労働法第8条に規定された「均衡待遇」の判断基準に沿って、定年再雇用者の賃金を減額できる理由を整理すると、@職務内容の軽減による減額、A働き方や人材活用の制約に基づく減額、Bそもそも定年まで勤務し退職後に再雇用された者であるという「その他の事情」として判示された減額に分けられます。  この賃金換算表の縦軸@は、定年後の職務内容(業務の内容および業務にともなう責任の程度)を確認したうえで、「職務変更にともなう減額率」の基準ア〜エにより、定年前の賃金に対する賃金の減額率(0%〜-20%)を判定します。  次に横軸Aは、定年後の働き方や人材活用の制約(職務内容および配置の変更の範囲など)に応じて、「賃率」を調整する判断基準を示します。  定年後も正社員のまま同じ仕事を継続し、職務内容も働き方もまったく変わらない勤務延長の賃率は100%(正社員と同一待遇)です。  定年再雇用者については、ジョブ型賃金の世間相場に準拠するという賃金待遇の方針に基づき、定年前と基本的に職務内容も働き方も変わらない場合の賃率を90%に設定しました(さまざまな事情を考慮し設定)。このあたりの判断は会社の賃金水準や、定年再雇用者の人材活用方針による裁量の範囲でしょうが、会社の賃金水準がそれほど高くない場合は、勤務延長と同じ賃率100%も検討すべきかと思います。  換算表の縦軸の減額率と横軸の賃率をあわせた再雇用の賃金支給率は最高90%〜最低60%となり、この例では、定年前の賃金35万円に対して最高31万5000円〜最低21万円という再雇用賃金となります。  次回は、正社員の役割給の賃金表を準用し、契約更改の都度、本人の役割(例えばV等級)に対する実績評価や働き方の見直しを行って、新たな再雇用賃金を提示するジョブ型賃金の運用方法について事例を交えて解説します。 ※1 「エルダー」2023年7月号(42ページ、図表1)参照 ※2 菊谷寛之『役割貢献の評価と賃金・賞与の決め方』(労働調査会)第4・5章参照 ※3 例外的に下限額に届かない場合は「E」、上限額を超えた場合は「S+」とゾーンを表記します。個々の社員が「どのゾーンにいて」、「どんな貢献度の評価をとるか」で、昇給、昇給停止、マイナス昇給を行い、この範囲給一本で基本給(役割給)を決めます。ほかの「職能給」や「年齢給」、「勤続給」などの併存型の基本給項目は使いません ※4 範囲給の上限額の設定によっても従業員の昇給率は大きく変わります。わかりやすくいえば、会社の平均基本給に比べて、標準的なB評価の上限額(図表2参照)を高めに設定すれば、全体の昇給率は増加します。逆に平均基本給にB評価の上限額を近づけると、全体の昇給率は大幅に抑制されます 図表1 役割等級のパターン 役割等級の区分と呼称を決める ・組織運営・人事配置・等級格付の基本フレーム ・評価制度、賃金制度、昇進・昇格など待遇基準の主軸 ・役割等級は身分的な呼称でなく、組織上の責任役職と等級区分を1対1で対応させる @4等級の例 (単一組織の小企業) 等級 役職 W 部長(管理職) V 主任(指導職) U 担当職 T 一般職 A5等級の例 (複数部門の小企業) 等級 役職 X 部長(経営管理職) W 課長(業務管理職) V 主任(指導職) U 担当職 T 一般職 B6等級の例 (中小企業) 等級 役職 Y 部長(経営管理職) X 課長(業務管理職) W リーダー(業務推進職) V 主任(指導職) U 担当職 T 一般職 C7等級の例 (中堅企業) 等級 役職 Z 執行役員本部長(経営管理職) Y 部長(部門管理職) X 課長(業務管理職) W リーダー(業務推進職) V 主任(指導職) U 担当職 T 一般職 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 等級別の範囲給(バンド)の設定例(円) ゾーン別の上限額 170,000 190,000 212,000 234,000 257,000 281,000 306,000 332,000 360,000 389,000 419,000 451,000 485,000 520,000 役割のグレード 2段階一致のバンド設定 (下位等級のA=上位等級のC) 細かな金額ステップ S A B C D (1,600) T S A B C D (2,100) U S A B C D (2,800) V S A B C D (3,700) W S A B C D (4,900) X 粗い金額ステップ (注)等級の下の( )書きは、等級別の昇給単位である。 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表3 役割給のゾーン別・評価別昇給ルール ●昇給倍率の基準(段階接近法R) 賃金↓ S評価 A評価 B評価 C評価 D評価 Sゾーン +1 0 -1 -2 -3 Aゾーン +2 +1 0 -1 -2 Bゾーン +3 +2 +1 0 -1 Cゾーン +4 +3 +2 +1 0 Dゾーン +5 +4 +3 +2 +1 (注)1.上限額(各ゾーンのちょうど境目の金額)では上位ゾーンの昇給倍率を適用する 例:Aゾーンの上限額(図表2参照)でA評価、Bゾーンの上限額(同)でB評価はそれぞれ昇給ゼロとする 2.A評価はAゾーンの上限、B評価はBゾーンの上限を超えないように昇給額を調整する ●昇給額の計算(昇給単位×昇給倍率=昇給額) T 等級の昇給単位1600円 賃金↓ S評価 A評価 B評価 C評価 D評価 Sゾーン 1,600 0 -1,600 -3,200 -4,800 Aゾーン 3,200 1,600 0 -1,600 -3,200 Bゾーン 4,800 3,200 1,600 0 -1,600 Cゾーン 6,400 4,800 3,200 1,600 0 Dゾーン 8,000 6,400 4,800 3,200 1,600 U 等級の昇給単位2100円 賃金↓ S評価 A評価 B評価 C評価 D評価 Sゾーン 2,100 0 -2,100 -4,200 -6,300 Aゾーン 4,200 2,100 0 -2,100 -4,200 Bゾーン 6,300 4,200 2,100 0 -2,100 Cゾーン 8,400 6,300 4,200 2,100 0 Dゾーン 10,500 8,400 6,300 4,200 2,100 (注)『段階接近法R』は株式会社プライムコンサルタントの登録商標です c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表4 定年再雇用の賃金換算表の例 例:定年前賃金350,000円(W等級係長・職長クラス)の場合 @職務内容の変化 A働き方や人材活用の制約(職務内容および配置の変更の範囲など) 職種転換 職務内容(業務の内容および業務にともなう責任の程度) ↓役割等級 ↓職務変更にともなう減額率 賃率→ 勤務延長(参考) 定年再雇用 まったく変わらない (100%) @再雇用という事情以外は基本的に変わらない (90%) A働き方や人材活用が若干限定される (85%) B働き方や人材活用が大きく制約される (80%) A同じ仕事を継続 ア 変わらない 等級変更なし 0% 100% 90% 85% 80% 350,000 315,000 297,500 280,000 イ 一部業務を軽減・免除するが基本は変わらない 等級変更なし -5% 95% 85% 80% 75% 332,500 297,500 280,000 262,500 B類似業務に転換・業務軽減 ウ これまでの経験・知識・能力を活用できるやや軽易な業務を担当する場合 1等級降格 -10% 80% 75% 70% 280,000 262,500 245,000 C異質な職種に転換 エ これまでのキャリアとは無関係で職務内容も異質な軽易業務に転換する場合 当該等級を適用 -20% 70% 65% 60% 245,000 227,500 210,000 (注)@の職務内容の変化に対応する「減額率」を、Aの働き方や人材活用の制約に対応した賃率と合計し、個別の賃金支給率を決定する。 (賃金支給率=減額率+賃率) c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 第5回 定年後の役割・働き方の見直しと賃金改定 1 ジョブ型継続雇用賃金表のつくり方  前回は、正社員の役割給に準拠しつつ、定年後の新たな職務内容に応じた役割等級と働き方の制約に応じて、定年前の基本給に賃金支給率(%)を掛け算して再雇用賃金の基本給部分を算定する方法を紹介しました。  ただし、この仕組みは「内規」としては有効ですが、一般の社員には複雑ですし、定年後の職務内容の軽減や働き方・人材活用の制約など、賃金の減額理由を一人ひとり具体的に説明するのは、かえって継続雇用者のモチベーションを下げるリスクもあります。  そこで今回は、定年後の新たな職務内容と働き方の制約に応じて、再雇用賃金の基準をダイレクトに説明できる「ジョブ型継続雇用賃金表」を紹介します。  図表1は、前回の図表2(2023年8月号※1 39ページ)で紹介した役割等級別の範囲給(役割給)のゾーン区分の位置関係を示します。  これに対応して、T等級Dゾーンの1ランクからスタートし、Cゾーン2ランク、Bゾーン3ランク…X等級Sゾーン13ランクというように、図表2に連番で賃金ランクを設定します。左の役割給のゾーン別の上限額を、そのまま対応する賃金ランクの上限額とします。  上限額は、前回紹介した正社員の金額を賃率100%の金額とし、その右に賃率90%、85%、80%の金額を設定します。賃率の適用基準は前回紹介した定年再雇用の賃金換算表の例と同じです(2023年8月号※1 41ページ図表4)※2。 2 初年度の再雇用賃金の決め方  図表4で、前回の例を再び用いて説明すると、定年前の基本給がW等級係長・職長クラス35万円の従業員Xさんに対し、賃金換算率を80%(減額理由は枠内)、V等級とした場合の再雇用賃金は28万円です。この金額を右側のように継続雇用賃金表の賃率90%にあてはめると、賃金ランクの7ランク(上限29万8800円)に該当します。これは図表3の「企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事」という職務レベルに対応する賃金ランクです。  Xさんには、枠内の減額理由の根拠とした定年後のXさんの具体的な職務内容を労働契約書に明記し、次のように説明します。  定年後はおもにこれらの仕事に従事してもらいます。これは継続雇用賃金表の7ランク「企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事」に該当し、初年度の再雇用賃金は28万円となります。2年目以降の契約更改では、1年間の仕事の実績をみて職務内容を見直し、新たな賃金ランクを提示します。  再雇用者には、上記の基本給に加えて、非管理職には時間外手当を支給します。  管理職には、従前通りフルタイム勤務を求めるのであれば相当額の管理職手当(役職手当)を支給する必要があります。ただし再雇用者は定時勤務または短時間勤務を基本とする場合は、勤務形態に応じて減額してもよいでしょう。  また家族手当や住宅手当などの職務内容とは無関係の手当は、同一労働同一賃金の観点から全額を支給し、短時間勤務者には所定労働時間の割合に応じて減額支給することを推奨します。賞与についても正社員の支給基準に準じ、再雇用者の賃金ランクに基づいた賞与額を働き方の制約に応じた賃率で支給します。短時間勤務者はやはり所定労働時間割合に応じて減額します。 3 定年後再雇用者の職務レベル判定と賃金改定  図表5に、再雇用2年目以降のジョブ型賃金の改定基準を示しました。  使い方は、前年の労働契約書で確認した職務内容(賃金ランクに連動)について年間の実績評価を行い、職務レベルを再判定します。  現行の賃金ランクと職務レベルを比較し、(+)前回契約時よりも高い職務レベルで貢献していると判定できる場合は、 ・2ランク上位相当ならS評価とし、昇給単位の3倍の昇給を行います。 ・1ランク上位相当ならA評価とし、2倍の昇給を行います。 (±0)前回契約時と変わらない場合はB評価とし、昇給単位の1倍の昇給を行い、上限額を超えないよう昇給額を調整します。 (−)前回契約時よりも低い判定の場合は、 ・1ランク下位相当はC評価とし、昇給なしとします。 ・2ランク下位相当はD評価とし、マイナス1倍の減給を行います。  昇給単位の金額は任意に設定できますが、図表5では正社員のV等級の昇給単位2800円を用いた例1と、賃金改定幅の拡大をねらって5000円とした例2を示しました。  この例では、2年目はXさんの職務レベルをA評価=「1ランクUP」と判定し、例2の5000円×2倍=1万円の昇給を行いました。結果、2年目の金額は29万円・7ランクとなります。  「1ランクUP」と判定したにもかかわらず、2年目の賃金も7ランクのままなのは、昇給単位の金額(5000円)が職務レベル変更に見合う賃金改定を1回でカバーできる大きさに設定されていないからです。定年後もある年限まで有期雇用を反復・継続する合意のもとでは、この程度のタイムラグは実務上あり得ると考えられます。この場合、3年目も職務レベルをA評価=「1ランクUP」と判定すれば、再度5000円×2倍=1万円昇給し、3年目で30万円・8ランクとなります。  このようなジョブ型賃金の改定基準を用いた契約更改を続けると、段階的に各人の職務レベルに対応する賃金ランクの上限額に接近し、収れんします(段階接近法R)。  また、契約更改後の働き方について本人の申し出があったときなどは、相談のうえ、働き方や人材活用の仕方が変わるときは、対応する新たな賃率(85%、80%など)を用いて再雇用賃金を合意します。例えば契約更改2年目の基本給が29万円で賃率を90%から85%に変えるときは、29万円÷90%×85%≒27万3890円が見直し後の新たな再雇用賃金となり、2年目以降は図表2の85%の継続雇用賃金表を用いて運用します。  このように賃率を意識的に適用することで、働き方や人材活用の制約の度合が、@基本的に変わらない再雇用者は正社員の90%、A若干限定される場合は85%、B大きく制約される場合は80%というように、正社員と定年後再雇用者との均衡待遇が常に維持できるようになります。 4 短期決済型の再雇用賃金の運用方法  前の節で昇給単位の金額は任意に設定できると書きましたが、職務限定の有期雇用にふさわしい短期決済型のジョブ型賃金を運用するためには、定年前の正社員の昇給ピッチ(例:V等級2800円、W等級3700円など)よりも意識的に大きな昇給単位とすべきでしょう。  なぜなら、高齢者の場合、働く人の志向性や健康状態、家庭事情などにより、能力・意欲はもとより、本人が希望する就労条件も予想外に変化することが多いからです。  業務の内容や責任の程度が大きく変わる可能性や、契約そのものを終了させる可能性も想定すると、契約更改のつど対応する賃金ランクに変更できる短期決済型の仕組みのほうが、合理性があるという意見も否定できません。  図表5では正社員と同じ賃金改定手法(段階接近法R)を継続雇用賃金に応用する方法を紹介しましたが、短期決済型のジョブ型賃金の考え方をより一歩進めて、職務レベルの判定に対応した賃金ランクの上限額をストレートに適用する方法を紹介します(図表6)。  これは労働契約書で定めた職務内容(賃金ランクに連動)について、1年間の実績評価と職務レベル判定を行い、また働き方についても話し合い、契約更改の都度対応する賃金ランクおよび賃率の再雇用賃金を提示します。  前述のXさんの例でいうと、定年前の賃金35万円に支給率80%(賃率90%−減額率10%)を掛け算して定年後はV等級28万円という仮計算を行います。賃率90%の賃金表でこの28万円と同額または直近上位の上限額を求め、B評価に対応する上限額29万8800円がXさんの1年目の再雇用賃金となります。  2年目以降の契約更改は、現行の賃金ランクと職務レベルを比較し、賃金ランクと職務レベルとにギャップがある場合は、実際に従事する職務レベルにあわせて賃金ランクおよび再雇用賃金をただちに変更します。  さらに働き方や人材活用の仕方が変わったときは、対応する新たな賃率を適用し、その金額が新年度の再雇用賃金となります。  図表6の右の例では、Xさんは2年目の契約更改でC評価・1ランクDOWNとなり、同時に働き方の見直しにより賃率がA85%になったときは、26万100円が2年目の再雇用賃金となります。  同様に3年目もC評価・1ランクDOWNでさらに働き方の見直しにより賃率がB80%となって22万4800円となり、4年目はその賃率のままS評価・2ランクUPで26万5600円というように、再雇用賃金が推移していきます。  次回は、役割給の活用による定年延長とジョブ型賃金の組み合わせ方法や、定年制廃止を視野に入れた、日本企業に合ったジョブ型雇用・賃金待遇のあり方について解説します。 ※1 エルダー2023年8月号 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202308.html ※2 働き方や人材活用の制約が定年前とまったく変わらない場合は100%、@基本的に変わらない再雇用者は正社員の90%、A若干限定される再雇用者は85%、B大きく制約される再雇用者は80%です 図表1 役割等給別の範囲給設定(役割給) 役割等級別の範囲給設定(役割給) 標準的な役割 等級別ゾーン区分 等級 基準職務内容 T U V W X Y 経営管理担当役員 S A X 部門の業務管理職(部長) S B A C W 業務(プロジェクト)の業務推進管理職・技術管理職 S B D A C (4,900) V 担当業務に責任を持つ応用業務担当者 S B D A C (3,700) U 担当業務に責任を持つ定型業務担当者 S B D A C (2,800) T 比較的軽易な定型業務担当者 B D C (2,100) AS 軽易業務担当者、定型業務補助者 D (1,600) 注)( )内は正社員の昇給ピッチ基準額である。(連載第4回※1の図表2参照) c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 ジョブ型継続雇用賃金表(賃金ランク別の上限額) 賃金ランク 上限額 100% 90% 85% 80% 13 520,000 468,000 442,000 416,000 12 485,000 436,500 412,250 388,000 11 451,000 405,900 383,350 360,800 10 419,000 377,100 356,150 335,200 9 389,000 350,100 330,650 311,200 8 360,000 324,000 306,000 288,000 7 332,000 298,800 282,200 265,600 6 306,000 275,400 260,100 244,800 5 281,000 252,900 238,850 224,800 4 257,000 231,300 218,450 205,600 3 234,000 210,600 198,900 187,200 2 212,000 190,800 180,200 169,600 1 190,000 171,000 161,500 152,000 170,000 153,000 144,500 136,000 図表3 職務レベルの判定基準(職務レベルの数は賃金ランクに対応) 職務レベル 職務レベルの判定基準(例) 13 全体最適を維持し、複雑な問題を組織的・統合的に解決する仕事 12 11 機会に集中し、高度な分析的理解と予測・対策により資源を有効活用する仕事 10 9 外部と連携し、幅広い知識を活用して裁量的に判断・意思決定する仕事 8 7 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 6 5 一定の計画・手順を活用して自己責任で判断する仕事 4 3 限られた範囲で任される単純・定型的な仕事 2 1 その都度与えられた仕事を指示通り処理する仕事 図表4 ジョブ型継続雇用賃金表の適用例 例:定年前賃金350,000 円(W等級係長・職長クラス)の場合 W等級正社員 係長・職長クラス(役割給) ↓ゾーン 賃率→ ゾーンの上限額100% S ゾーン上限 451,000 A 〃 419,000 B 〃 389,000 C 〃 360,000 … X さん ※ 350,000 … D 〃 332,000 D ゾーン下限 306,000 7ランク定年再雇用 主任・チーフクラス(ジョブ型継続雇用賃金表) ↓賃金ランク 賃率→ ランクの上限額 100% 90% 9 389,000 350,100 8 360,000 324,000 7 332,000 298,800 ※290,000 ・・・ +10,000 … ※280,000 6 306,000 275,400 5 281,000 252,900 4 257,000 231,300 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 ※W等級35万円 (賃率100%)×賃金支給率80% → ※V等級28万円(賃率90%) 減額理由 @職務内容の変化:これまでの経験・知識・能力を活用できるやや軽易な業務を担当する場合 減額率10% A働き方や人材活用の制約:再雇用という事情以外は基本的に変わらない 賃率90% c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表5 ジョブ型継続雇用賃金の改定基準 (段階接近法R) 昇給単位: 2,800円 5,000円 実績評価 職務レベル判定※ 賃金改定基準 昇給額(例1) 昇給額(例2) S評価 2ランクUP 昇給単位×3倍昇給 +8,400 +15,000 A評価 1ランクUP 〃 2倍昇給 +5,600 +10,000 B評価 同一ランク 上限まで〃1倍昇給 +2,800 +5,000 C評価 1ランクDOWN 昇給なし 0 0 D評価 2ランクDOWN マイナス〃1倍減給 -2,800 -5,000 ※職務レベル判定は、改定前の賃金ランクに対する職務レベルの差異を判定する(図表3「職務レベルの判定基準」を参照)。 (注)段階接近法Rは株式会社プライムコンサルタントの登録商標である。 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表6 短期決済型のジョブ型継続雇用賃金の実施例 W等級正社員 係長・職長クラス (役割給) ↓ゾーン 賃率→ (無限定勤務) 100% Sゾーン上限 451,000 A 〃 419,000 B 〃 389,000 C 〃 360,000 ※350,000 D 〃 下限額 332,000 306,000 7ランク定年再雇用 主任・チーフクラス(ジョブ型継続雇用賃金表) ↓賃金ランク 賃率→ まったく変わらない(無限定勤務) 100% @再雇用という事情以外は基本的に変わらない 90% A働き方や人材活用が若干限定される 85% B働き方や人材活用が大きく制約される 80% 職務レベルの判定基準(例) 9 389,000 350,100 330,650 311,200 外部と連携し、幅広い知識を活用して裁量的に判断・意思決定する仕事 8 360,000 324,000 306,000 288,000 7 332,000 ※ 298,800 282,200 4年目 ※ 265,600 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 6 306,000 1年目 275,400 ※ 260,100 244,800 5 281,000 252,900 2年目 238,850 3年目 ※ 224,800 一定の計画・手順を活用して自己責任で判断する仕事 4 257,000 231,300 218,450 205,600 ※W等級35万円 (賃率100%)×賃金支給率80% → ※V等級28万円(賃率90%) 定年前:W等級係長・職長クラスの例※ 基本給Bゾーン35万円、定年後は80%の28万円に換算(賃率90%)し、1年目は90%の継続雇用賃金の上限額=7ランク・298,800円を適用、2年目以降も職務レベル判定に見合う賃金ランクと、働き方に見合う賃率の上限額を1年契約で適用する。 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 最終回 65歳定年延長とジョブ型賃金(まとめ) 1 定年後再雇用と定年延長のメリット・デメリット  前回まで、正社員に役割給を、60歳以降の定年後再雇用者にジョブ型賃金をそれぞれ導入することにより、異なる雇用形態の高齢者に、役割と貢献度を共通の評価軸とするシンプルな賃金待遇を適用する方法を説明してきました。  最終回は、より積極的な高齢者雇用の方策として、役割給およびジョブ型賃金を活用した65歳までの定年延長のすすめ方を解説します。  図表1は定年後再雇用と定年延長それぞれのメリット・デメリットを比較したものです。  周知の通り、大多数の企業は、これまで60歳定年後の再雇用制度によって65歳までの雇用義務に対応してきました。最大の理由は、それまでの正社員の年功的な賃金カーブの延長線上に高齢者を雇用したのでは、想定外の人件費のオーバー・コストを招き、賃金を切り下げないとそれ以上の雇用延長が難しかったからです。定年を境にいったん退職し、以降は有期雇用契約として役割・労働条件をリセットさせる再雇用制度の方が、働く方も気持ちを切り替えやすく、企業にとっても使い勝手がよかったわけです(連載第3回〈2023年7月号〉参照)。  他方、再雇用にともなう賃金待遇の切り下げは、高齢社員の仕事の質の低下、ひいては帰属意識や働く意欲を大きく低下させ、定年前の正社員にも悪影響がおよぶなどの弊害が多くの企業で問題となっています。また新パートタイム・有期雇用労働法(2020〈令和2〉年4月施行)が求める均衡待遇の規定に照らしても、安易な賃金待遇の切り下げは、法が禁止する不合理な賃金待遇差に問われるリスクがあります。  近年は人手不足の波が高齢者雇用にも押し寄せ、65歳定年延長にふみ切る会社がじりじりと増え続け、2022年6月1日現在、65歳定年の企業は22.2%に達しました(厚生労働省「令和4年『高年齢者雇用状況等報告』※1)。  定年延長を実施した企業の動向をみると、少子化で熟練技能や専門業務の承継者不足が問題となるなか、60歳以降の高齢社員の仕事のニーズが根強く、安定して働ける高齢者が増えればプラス効果が大きいという経営判断がうかがえます。  働く方も、65歳まで仕事も労働条件も途切れなく安定する定年延長のほうが、長年働いてきた組織への帰属意識と貢献意欲を保ちやすいというのは大きなメリットでしょう。  ところで65歳までは定年後再雇用または定年延長、定年廃止などの方法で希望者全員の雇用を確保する義務があります。一方、65歳〜70歳までの就業確保措置については、努力義務であることから、希望者全員ではなく、例えば「直近2年の人事評価がB以上」、「過去3年間の出勤率が95%以上」などの具体的・客観的な対象者基準を就業規則に規定することにより対象者を限定することができます(厚生労働省「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者就業確保措置関係)」IL※2)。 2 65歳定年延長のすすめ方  正社員の役割給と再雇用者のジョブ型賃金を活用して65歳定年延長を実施するパターンは、大きく2通りあります。一つは単純に全員同一基準で65歳定年延長を実施する方法、もう一つはある年齢以降の正社員は責任役職を離れる「シニア社員制度」を活用する方法です。  前者は年功的な賃金カーブがそれほど立っていない中堅・中小企業が、役割給の全面導入を前提として、65歳定年延長を実施する一般的なパターンです(図表2)。  まず、賃金カーブがそれほど立っていない企業の場合、役割等級別に範囲給を設定し、貢献度の高さに見合う賃金の上限規制を実施することにより、高齢社員の人件費オーバー・コストは目に見えて解消します。いったんその見通しが定着すれば、高齢者の雇用ニーズが高い会社は、比較的短い期間で役割給を受け皿とする65歳定年延長に移行できるようになります。  前回、ジョブ型継続雇用賃金表の運用事例を紹介しましたが、もともと1年ごとの契約更改をくり返す定年後再雇用は、役割・職務内容と働き方を見直し、ジョブ型の柔軟な賃金待遇を実践する方式に適しています。  無期雇用のメンバーシップ型の正社員には、さすがにジョブ型賃金はフィットしません。ただし、今後は正社員についても、組織のニーズ、そして働く人のニーズをふまえて役割・職務内容や働き方を見直す、より柔軟な個別の賃金マネジメントが求められることは間違いありません。  これからは人的資本経営の考え方が中小企業にも浸透し、事業戦略の見直しや環境変化に積極的に適応する企業が優位性を占めるようになります。そのような企業では、いわば戦略的な組織・人事運営があたり前になり、経営者は性別・年齢にかかわりなく役割の配置や職務内容を不断に見直し、ポジションにふさわしい実力人材を早期に発掘・登用することに注力するでしょう。  すでに多くの企業では従業員個々の役割と職務内容・成果責任を確認し、目標設定や業績評価、行動評価を行う仕事基準の評価制度が定着しつつあります。今後は、役割給を導入することにより、組織における仕事のポジションに基づいて貢献度を客観的に評価し、賃金待遇を段階的に調整する人材マネジメントが徐々に定着すると思われます(連載第4回〈2023年8月号〉参照)。 3 シニア社員制度を活用した65歳定年延長  他方、定年前の賃金カーブが大きく立っている中堅クラス以上の企業では、役割給を導入しても、人件費のオーバー・コストは完全には解消しないかもしれません。  その場合、次善の策として役職定年や進路選択制の継続雇用制度(厚生労働省「高年齢者雇用安定法Q&A〈高年齢者雇用確保措置関係〉1−5、1−6参照※3)を応用し、正社員身分のなかでいったん高齢社員の賃金を切り下げる「シニア社員制度」を活用する方法も有力な選択肢といえます。図表3がそのイメージ図です。  これは55〜60歳前後を境目に、原則として高齢社員全員が部長・課長などの責任役職※4を離脱し、65歳までシニア社員(名称は任意)として高度専門職または非役職の一般従業員にコース変更させ、65歳まで雇用を継続する方法です。  正社員身分の間に新たな役割と職務内容に転換して賃金待遇を切り下げ、定年前の人件費のオーバー・コストを一定程度減らしておきます。そのうえで65歳以降の再雇用制度を導入すれば、正社員と定年後再雇用者との間の賃金ギャップも少なくなり、同一労働同一賃金にも対応しやすくなります。なお責任役職や通常の正社員に対しシニア社員の賃金を切り下げる根拠については、図表4の(5)(6)(7)を参照してください。  部長・課長などの責任役職に対しては、役職の任期を一定年限で区切り、事業成長のための機動的な組織運営に基づく適正配置・人材活用を徹底し、成果責任を明確にした実力主義の人事処遇を行います。  責任役職を離脱させるにあたっては、新たな役割を付与するリスキリングと再配置を進め、それまでの経験・専門知識や熟練技能、人的ネットワークを会社が必要とする専門分野やフロントラインで発揮させます。後継者の業務支援やOJTなどの後方支援にとどまらず、顧客リレーションや外部ネットワークを活かした商品開発や外部調達、技術導入、新業態開発、業務の内製化など、できるだけ具体的な成果の上がるテーマに貢献させることが肝要です。  事業戦略に連動して、具体的な成果を上げる組織運営と人事が徹底できるようになれば、現実に高齢社員の役割給がオーバー・コストにならないレベルに事業の収益力を向上させることも不可能ではありません。そうなれば、シニア社員制度に頼らなくとも、一律の役割給に基づく65歳定年制に移行することも可能になります。 4 定年制の廃止を視野に  以上のように、役割給や再雇用のジョブ型賃金が徐々に定着すれば、メンバーシップ型の雇用・人事のもとでも役割・職務内容や働き方の見直し、弾力的な賃金待遇がいわばあたり前のものに近づき、日本でもジョブ型に近い開放的な組織風土が浸透する可能性があります。  そうなれば正社員と定年後再雇用の境目も意味が薄れ、定年制を廃止し役割給を全面導入する段階に移れるかもしれません。  ご承知のように、アメリカやイギリスでは年齢による雇用差別が禁止され、日本のような定年制はありません。ただし定年がないといっても、いつまでも働きたいだけ働けるというニュアンスではなく、明確な成果責任と実績評価に基づく雇用・賃金管理が行われ、企業も外部から新たな人材を積極的に採用するので、つねに人材が入れ替わります。外部基準による雇用人事管理を通して役割・職務内容や業績に応じた市場価値による賃金待遇が浸透し、結果として職種・地域の世間相場に準拠したフラットな賃金カーブになるのです。  一般の日本企業が、アメリカやイギリスのような職務給に基づく完全なジョブ型雇用になることは将来もないと思いますが、今後は人手不足がますます進行するなかで、メンバーシップ型とジョブ型が混在した多様な雇用・人事管理へと諸制度が変化していくでしょう。  特に専門人材を外部から採用する動きは活発化し、少なくとも年功賃金を基軸とするメンバーシップ型の雇用・人事を唯一あるいは最優先とする考え方は徐々に解体されていきます。  これからは、世代やいまだ一部にみられる男女の性別役割分担を超えて、社会が必要とする仕事の機会が、広くオープンに提供され、働く人たちがいっそう活躍しやすい、開放的な雇用と賃金処遇の仕組みを探求していかねばならないと思います。 ★本連載の第1回から最終回までを、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけますhttps://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※1 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29133.html ※2 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000745472.pdf ※3 https://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/ ※4 部長・課長、グループ長、チーム長などの単位組織の成果責任をにない、部下を統括するマネジメントの責任者。役職離脱後は、直接の担当組織や部下を持たず、組織マネジメントを行わない高度専門職やスタッフ職に就くことは妨げない 図表1 定年後再雇用と定年延長のメリット・デメリット 定年後再雇用 定年延長 定年 60歳 65歳 65歳までの雇用形態 嘱託などの有期雇用契約 1年有期雇用を原則として反復更新 正社員 期間の定めなし・無期雇用 勤務形態 フルタイム勤務またはパートタイム勤務 フルタイム勤務(ただし育児・介護などの短時間勤務制度あり) 前提 ・定年前の賃金待遇に比べ高齢社員の貢献度が低く、生産性の高い仕事が用意しにくい ・定年後は賃金待遇を切り下げないと人件費のオーバー・コストを招く ・60歳以降の高齢社員が活躍できる仕事のニーズが十分ある ・定年を延長し活躍できる高齢者が増えれば経営プラス効果も大きい メリット ・定年を境に有期雇用に転換、役割・労働条件・意識をリセットしやすい ・職務内容や働き方など個別事情に対応し、賃金待遇を軽量化しやすい ・65歳まで途切れなく組織的な帰属意識と貢献意欲を保ちやすい ・高齢社員の変わらない活躍が期待できる ・複雑な制度の使い分けが不要 デメリット ・定年を境に仕事の質が低下、帰属意識も働く意欲も低下する高齢社員が多い ・正社員との均衡待遇の観点から不合理な賃金の待遇差が問題となるリスクがある ・定年まで変わらない活躍を求め、正社員として同一の労働条件を適用するため人件費が肥大化しがち ・若年・中堅層の成長機会や活躍の場を奪うリスクがある c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 役割給の全面導入による65歳定年延長のイメージ (金額) (年齢) 60歳 65歳 70歳 役割給の上限・下限イメージ Y(部長級) X(課長級) 貢献の差 (SABCD) W(係長級) V(主任級) U(非役職) T(非役職) 役割の違い (役割等級) 役割給の昇給・昇格 モデルカーブのイメージ(役割と貢献度により賃金カーブが分岐) ・実力主義の人事を柔軟に行い、適正配置により組織の戦闘力を維持する ・昇降格にメリハリをつけ、属人的・身分的な待遇から脱皮する 部長モデル 役職・配置の随時見直し 課長モデル 係長モデル 主任モデル 非役職モデル 正社員と継続雇用に同一の役割給体系を適用 (対象者を限定) 定年後再雇用賃金(ジョブ型賃金待遇) 契約更改 同一労働同一賃金に抵触しない設定 定年 雇用確保措置 定年後再雇用 就業確保措置 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表3 役割給とシニア社員制度を活用した65歳定年延長のイメージ (金額) (年齢) 60歳 65歳 70歳 役割給の上限・下限イメージ Y(部長級) 貢献の差 (SABCD) X(課長級) W(係長級) V(主任級) U(非役職) T(非役職) 役割の違い(役割等級) 65歳まで正社員だが、高齢者はシニア社員に区分 65歳以降は再雇用制度を適用 ・役職定年等による責任役職の離脱を厳格に実施する ・シニア社員の期間は退職金増加を半減させる等の措置も可能 部長モデル 責任役職を離脱→専門職へ 旧係長モデル 課長モデル 係長モデル(標準評価) 係長モデル(低評価) 主任モデル 一定年齢〜定年までシニア社員として、役割を見直し待遇を下げる 正社員、シニア社員、再雇用ともに同一の役割給体系を適用 役割・貢献度に基づく弾力的な賃金待遇 (対象者を限定) 契約更改 定年後再雇用賃金(ジョブ型賃金待遇) 定年 同一労働同一賃金に抵触しない設定 シニア社員 雇用確保措置 就業確保措置 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表4 定年後再雇用と65歳定年延長の賃金待遇の取扱い 65歳までの取扱い 60歳定年・定年後再雇用 65歳定年延長 全員同一基準 (図表2) シニア社員制度 (図表3) 職務内容、役職 定年後も同一の職務内容または新たな職務内容に変更(1) 原則として定年まで職務内容は無限定 一部専門職は職務限定正社員制度あり(3) 60歳以降シニア社員は原則として責任役職を離脱し新たな職務内容に変更(5) 配置・異動 定年後も配置異動の範囲は同一または勤務地・職種などを限定(2) 原則として無限定 一部勤務地限定社員制度あり(4) 60歳以降シニア社員は勤務地・職種等を限定(6) 賃金制度 定年後再雇用賃金(本連載はジョブ型)…上記(1)(2)および「定年後再雇用」などそのほかの事情に応じて賃金を減額 定年まで正社員の賃金制度をフル適用 (3)(4)の事情に応じ例外措置あり シニア社員賃金…正社員の賃金制度に準じ、上記(5)(6)の事情に応じて減額 均衡待遇の規定 (パートタイム・有期雇用労働法第8条 不合理な待遇の禁止) 60歳定年前正社員と定年後再雇用との賃金の不合理な待遇差を禁止 65歳定年前正社員と定年後再雇用との賃金の不合理な待遇差を禁止 ・シニア社員を含め正社員同士の賃金の待遇差は均衡待遇の対象外(7) ・65歳定年前正社員(シニア社員含む)と定年後再雇用との賃金の不合理な待遇差を禁止 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載