“学び直し”を科学する  「生涯現役社会」に向け、ミドル・シニア世代の“学び直し”が注目されています。しかし、その重要性は理解しつつも「勉強のやり方がわからない」、「モチベーションが続かない」という人は多く、ミドル・シニアを雇用する企業でも、いかにして学び直しを促進するか模索が続いています。そこで本連載では、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士として、脳を鍛える方法などに関する著書も多く執筆されている加藤俊徳先生に、脳の機能や加齢による変化、ミドル・シニアの学びのポイントなどについてお話しいただきます。 第1回 10代と50・60代の脳の違いとは? 株式会社脳の学校代表/加藤プラチナクリニック院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 脳は一生成長し続ける  「年齢とともに体力が低下するように、脳も衰える」と考えている方は多いと思いますが、それは違います。脳の成長は、いくつになっても右肩上がりです。私自身は約20年前に『老化に挑む』というタイトルのテレビ番組の監修にたずさわり、100歳以上の元気な高齢者の事例を見たときに確信しました。100歳になっても、新しいことを学ぶことはできるのです。100歳で学べるということは、それを支えている脳の仕組みがあるということです。  実際、「超頭頂野(ちょうとうちょうや)」と呼ばれる脳の部位は、人間だけに備わった、情報を分析して理解するときに働く高次脳機能を司り、40代で成長のピークを迎えます。実行力や判断力を司る「超前頭野(ちょうぜんとうや)」のピークは50代。脳が一生成長し続けることは、脳科学的にも明らかになっています。 脳の成人式は30歳  人の身長は20歳ぐらいまで伸びますが、身長が伸びると同時に頭も大きくなります。頭が大きくなるということは、脳みそが増え、重くなるということ。脳の重量は、女性だと16〜18歳、男性で20歳ぐらいまでにピークになります。つまり10代では毎日、脳が大きく重くなっているのです。脳の量が増えていく期間です。  20歳までは、脳の基本的な仕組みがつくられる時期で、20歳を超えたあとは、量は変わらず「質」をよくすることで脳が成長します。脳が構造上「大人になった」という状態になるのは30歳ぐらいです。つまり「脳の成人式は30歳」ということです。  では、脳の「質」とは何かというと、脳の中のネットワークです。神経細胞と神経細胞のネットワークで、私はこれを「脳の枝ぶり」と呼んでいます。脳のネットワークの質を高め、枝ぶりをよくする仕組みは、50・60代になっても、100歳になっても変わりません。 「脳の枝ぶり」がよくなり脳は成長する  脳の中で、高次脳機能を生み出す場所は「大脳(だいのう)」と呼ばれます。大脳は神経細胞でできた「皮質(ひしつ)」で覆われていて、内側には神経線維でできた「白質(はくしつ)」があり、この白質が皮質同士をつなぐ役割をになっています。  人が何かを見聞きして脳に情報を取り入れると、脳内の白質が伸びて太くなります。白質が変化すると、それにあわせて皮質の細胞も成長し、表面積が広がります。これが「脳の枝ぶりがよくなる」ということなのです。簡単にいえば、脳に情報を取り込めば取り込むほど、枝ぶりをよくすることができるということです。  逆に、年齢を重ね、加齢を理由に学ぶことを諦めたり、新しいことを始めることを億劫がったりしていると、脳内のネットワークが鈍化して、「脳のおじさん化」が起こってしまいます。 「学生脳」と「大人脳」の仕組みの違い  10代と50・60代の脳の一番の違いは、「無意味記憶」と「有意味記憶」です。無意味記憶は、意味がわからなくても、聞いたものをいったん脳内に入れて吸収するというもの。聴覚から記憶へとつながるルートが強くて使いやすくなっている、10代の「学生脳」では、無意味記憶が主体となります。  これが、年齢を重ねて経験値が上がり、蓄積された情報量が増えると、感情系や思考系の新たなルートが広がり、学生脳でのルートが徐々に使われなくなっていきます。そういう年齢を重ねた「大人脳」で優勢になるのが有意味記憶。50・60代では、耳から聞いたことを記憶するより先に、「それってどういう意味だろう?」という疑問がわき、意味を理解してから記憶するようになります。  「記憶から理解」するのが無意味記憶の仕組みで、「理解から記憶」するのが有意味記憶の仕組み。ここが50・60代と10代の脳との大きな違いです。聞いたそのままを記憶する、見たままを記憶できる10代と違って、50・60代が記憶するためには陰圧を加える必要があります。その脳の陰圧になるのが「好奇心」や「理由づけ」。あるいは「深い疑問」などです。生きるモチベーションを強くし、情報を脳の中に引き込む陰圧を強くする。それによって50・60代の脳は鍛えられます。 「大人脳」でリスキリング  記憶力の低下も物覚えの悪さも、加齢による脳の老化が原因ではありません。50・60代の学びではまず、「大人脳」の取り扱いについてしっかり理解するのがポイントでしょう。10代の「学生脳」と、いまの「大人脳」では仕組みが変わっていて、10代と同じ勉強法で学んでも、費やした時間に比例する効果は得られません。一方で、大人には大人なりの脳の使い方があり、それができれば学生時代よりも記憶力を高めることも可能でしょう。  学びにおいて50・60代の優位性はたくさんあります。50・60代で「自分には学歴がないから」、「私はたいした仕事をしてきていないから」などという人も多いですが、それはまったく違います。50・60代になるまでに、自分が何度目覚めて、何度食事をしてきたか、考えてみてください。だれもがその間に、多くを学んできているのです。  そうした、これまでの人生で学んできたことに対するリスキリングが大切だと考えます。これまで経験していない新しい分野でのリスキリングもありますが、多くの人が忘れている学び直しが、自分の人生のリスキリングです。自分が人生で得たものを、もう一度理解し直すということこそ、私は必要なリスキリングだと思います。  新しい分野でのリスキリングとともに、自分の人生のリスキリングができれば、50・60代は、さらに学んでいくことができるはずです。 (取材・文 沼野容子) “学び直し”を科学する  “学び直し”を効果的に行う方法を、ミドル・シニアの方々に伝授する本連載。2回目は「大人脳」ならではの記憶力にスポットをあてていきます。1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、50・60代の脳の扱い方、記憶力や理解力がアップする勉強法、学びの効果を高めるポイントなどについてお話しいただきました。 第2回 50・60代の記憶力の使い方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 加齢で記憶力の仕組みが変わる  50・60代になって、「記憶力が落ちてきた」、「物覚えが悪くなった」と感じている人もいると思いますが、年を重ねるだけでは記憶力が衰えることはありません。変わったのは記憶力そのものではなく、記憶するための脳の仕組みです。  10代の「学生脳」では、聞いたものをそのまま吸収する「無意味記憶」が中心で、勉強も暗記が主体になります。一方で50・60代の「大人脳」の場合、「意味記憶」が優勢になり、意味を理解して初めて記憶するように脳の仕組みが変わっているのです。そのため、学生時代と同じ方法で暗記するのはむずかしくなっています。何かを記憶したいときは、「覚えよう」と思うより「理解しよう」と頭を働かせるのが正解です。記憶力の質の変化に気づき、大人脳の仕組みに合った勉強法に切り替えていくことができれば、勉強の効率も上がり、学生時代より記憶力を高めることも可能です。 海馬に「重要だ!」と思わせる  脳には膨大な記憶容量があるといわれていますが、耳や目から入ってきた情報をすべて記憶として貯めこんでいたら、すぐに容量オーバーになってしまいます。そのため脳は、入ってきた情報のうち、重要と判断したもの以外をどんどん消去し、忘れていきます。  私たちが耳や目から集めた情報はまず、脳の中の聴覚系や視覚系などに伝えられます。記憶をつかさどる「海馬(かいば)」がそのとき、同時に働くか否かで、短期記憶のなかから「消去する情報」と「残す情報」を選別する役割もになっています。  記憶は大きく「短期記憶」と「長期記憶」に分けられます。海馬が担当するのは短期記憶。海馬が、情報の入力と同時に働いて、海馬が「残す」と判断した情報が、長期記憶になっていきます。すなわち見聞きした情報を、海馬にしっかり「重要だ!」と思わせ、長期記憶に送り込むことができれば、記憶力は上がるということです。この仕組みを利用することが、50・60代の暗記法のカギになります。 「覚える」より「理解しよう」  海馬に「重要だ」と思わせるためには、海馬に強く長く活動してもらう必要があります。その方法の一つが「理解すること」です。物事を理解するためには、脳内に蓄積されていた情報を引っ張り出し、新しい情報と結びつけることなどが必要になります。すると脳の中では、海馬とともに、理解に関係する部分が働き、脳内が持続的に活性化することで、海馬が「重要だ」と記録し、長期記憶へのルートを開くのです。大人脳では、「覚える」より、「理解しよう」とすることが大切になります。  さらに、海馬に「重要だ」と強く印象づけるには、「情報をくり返し入れる」という方法もあります。つまり復習です。何かの学習を始めたら、毎日の復習によりコツコツとその情報を送り続け、海馬に「重要だ」と判断させることで、しっかり記憶に定着させることができます。 ポジティブな「感情」で記憶力を高める  短期記憶の目安は長くても1〜2週間とされています。例えば、昨日の食事のメニューは思い出せますが、数週間前に何を食べたのかは、なかなか思い出すことはできませんね。一方で、特別な出来事があったときの食事など、何カ月経っても覚えている場合もあります。それは、脳の中で感情や記憶処理にかかわる「扁桃体(へんとうたい)」が海馬の隣にあることと関係しています。感情が大きく動く出来事があると、感情や記憶をつなぐ脳内のルートが刺激され、海馬がそれを重要な情報と判断するのです。何かストーリー性のある出来事には「楽しい」、「嬉しい」、「悲しい」などの感情がともないますが、こうした出来事の記憶は「エピソード記憶」として、長期記憶に無条件に送られるのです。  勉強にポジティブな感情がともなうようになると、記憶力アップが期待できます。特に海馬は、ワクワクとしたポジティブな感情を浴びると、「シータ波」と呼ばれる脳波を出して活発に働くようになり、入ってきた情報を「重要だ」と判断します。シータ波が出ているときは、学習速度も上がるとされます。  勉強そのものを好きになれなくても、ハッピーな気持ちで勉強に取り組むことができるように工夫する、あるいは、ご褒美を設定するなどして、脳が働きやすい環境をつくることが、効率的な学びにつながります。 ミドル・シニアには「長期記憶」の図書館がある  50・60代の人が学ぶうえでの大きな利点は、すでに長期記憶をたくさん持っていることです。ミドル・シニアの脳内には、まるで図書館のように、さまざまな記憶が蓄積されています。  その長期記憶も、使い方を間違えれば「老害」 になってしまいますが、有効活用できれば、さまざまな学びの窓口になります。まずは、自分の中の図書館の本を整理してみることが必要です。そして、足りない本を探しましょう。若いころ、図書館に入れようとしていて、入れられなかったものがあれば、それをやってみるのもよいかもしれません。  昔はできなかったことでも、50・60代までにほかの脳の分野を育ててきたことによって、できることは意外に少なくありません。50・60代になってあらためて取り組んでみると、おもしろさ、楽しさが違うということもあります。長期記憶があるからこそ、いままでやってきたことに対して興味を持ちやすいし、逆にいままでやっていなかったということが興味につながることもあります。  脳の中に図書館を持ち、学びの引き出しが多いのがミドル・シニアです。いろいろなことを理解するための窓口をいっぱい持っていて、学ぶチャンスもいっぱいあるのですが、そのことにまだ、気づいていない人も多いようです。 (取材・文 沼野容子) “学び直し”を科学する  ミドル・シニア世代の“学び直し”について、科学的な見地から解説する連載の3回目。今回のテーマは「やる気」です。「自分でやりたいと望むことなのに行動に移せない」、「モチベーションが続かない」と悩む50・60代に向け、実行力を上げる方法や「脳の基礎体力」の養い方など、やる気を維持して学びを継続させるためのポイントを、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生にお話しいただきました。 第3回 「やる気」を維持する学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 「やる気」が出ないのは「脳」に原因も  40代、50代、60代と年齢を重ねてくると、「何かを始めようとしても行動に移せない」、「目標やゴールを決めて勉強を始めても三日坊主になってしまう」という人が増えていきます。こうした実行力の衰えを、体力や気力のせいだと言い訳をする人も少なくないですが、じつは、行動するように指令しているのは「脳」なのです。  脳は、初めてのことに挑戦するとき、大量のエネルギーを消費するので、脳のコンディションが整っていないと、最初の一歩をふみ出すのがむずかしくなります。やる気が出ない、やる気が続かないというのは、脳の状態に原因があることがほとんどなのです。運動の前に準備体操をするように、脳を働かせる前には脳の準備運動が必要です。脳科学的な準備運動で、脳の基礎体力を底上げすることを心がけましょう。 「40代の行動範囲」を維持することが大事  社会人になると多くの人が同じような日々をくり返すことになり、脳の中では仕事に関連する部分ばかりが使われることになります。そこで、脳の基礎体力を底上げするためにも、脳の各部分の働きについての理解を深め、ふだんあまり動かしていない部分を意識的に動かすことが大切です。  また、50・60代の人は気づかない間に、運動の行動範囲も狭くなりやすく、さらに「自分は年を取ったんだ」という気持ちによって、脳が無意識に悪い方に向きがちになります。しかし私は、脳的に45歳から75歳ぐらいまでは、同じカテゴリーになるべきだと思っています。40代は社会の中枢で重責をになうようになる年代ですが、その40代の脳を30年間維持することは可能だからです。  40代の脳を75歳まで維持できないと、人生100年時代を生き抜くための認知能力と体力、すなわち「脳貯金」が足りなくなります。40代の行動半径を落とさないことが、50・60代の「やる気」にとっても非常に重要です。 「夜型から朝型」、「自分へのご褒美」でやる気を維持  脳は、新しいチャレンジ、抜本的なチャレンジを続けていないと、「億劫」な状態になってしまいます。私がすすめたいのは、30分でも睡眠時間を延ばすチャレンジで、それによって継続的に生活パターンを変えていくことです。一番よいのは、夜型を朝型に変えることです。夜30分早く寝て、朝の30分を増やす、あるいは夜30分早く寝て、朝起きる時間を変えなければ睡眠時間を30分増やすことができます。  やる気というのは、意識覚醒に非常に関係しています。だから朝起きて、できれば午前9時ぐらいまでに、やる気が出るような生活がよいのです。私の場合は、毎日8時間半以上寝て、太陽の光を浴びるためにも朝1時間ぐらい散歩してから、仕事をします。そこに朝の体操を取り入れ、体の動かし方も自分で考えます。  日々前向きに過ごすことも大切です。だれかに褒められることを期待するのではなく、自分で自分を褒めてみたり、または美味しいものを食べたりして、自分へのご褒美が、やる気を上げます。「何をご褒美にしたら自分のやる気が出るのか」を知り、日常にそれを取り入れることが必要なのです。 「座っている時間」を減らす  がんばっているのに、やる気が落ちているときは、座りすぎや運動不足を疑ってみましょう。世界保健機関(WHO)の「身体活動および座位行動に関するガイドライン」にも、座りすぎは不健康になると記載されています。座りすぎによって、やる気は失せるのです。  同ガイドラインには、「身体活動を増やし、座位行動を減らすことにより、すべての人が健康効果を得られる」と明記されています。動けば動くほど、学習能力や思考力が高まります。“立って動く”ということは、その都度、脳の動きをチェンジさせることにつながり、運動は脳全体を活性化させるトリガーになります。  なお、週1回のジム通いなどだけだと、なかなか運動不足は解消できません。日ごろから小まめに立ち上がり歩くなどして活動量を増やすようにしましょう。日々の生活で、座っている時間を減らすほうが効果的です。座りっぱなしでいると、お尻や太ももなどの大きな筋肉の動きが減って血液循環も悪くなるので、机に向かってまさに学習中であっても、20分に1回は立ち上がるなどの工夫をしましょう。 「生きる価値」、「持続可能な目標」を持つ  脳も栄養不足になれば、やる気がなくなります。脳にとっての栄養不足とは、睡眠不足に運動不足、そして「好奇心の不足」です。好奇心が不足すると、慢性的な「マンネリ脳」になり、やる気が落ちるのですが、そこに多くの人たちが気づいていません。  好奇心に関連していえば、50・60代だからこそできることの一つが、「いろいろな見方を楽しむこと」でしょう。私は、若い人たちの意見や行動を、おもしろいと思って見ています。自分の世代ではない人たちを観察するのはとても楽しいことです。そしてまた、いろいろな見方を受け入れることで、自分の見方や考え方を客観化することも重要だと思います。  もう一つ、やる気を持続する方法として実践しているのが、「生きる価値」について絶えず自分にいい聞かせることです。私の場合は、自分を大切にしてくれた祖父母のことを考えます。彼らが生きた証をいまの世に示せるのは自分だけだと思うと、とてもやる気が出るのです。  人には、最低限どんな状態になっても、失われない気力が必要で、それが生きる価値だと考えています。そしてさらに、生きていくうえで、持続可能な目標を持つことも大切です。人間の細胞は老化しますが、目標は老いません。老いないものを持つことが、やる気の維持にもつながっていくのです。 (取材・文 沼野容子) “学び直し”を科学する  ミドル・シニアだからこそできる「大人の学び直し」を、科学的な見地からひも解く本連載。4回目のテーマは“「脳番地」を活かした学び方”です。1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、脳のメカニズムを利用した効果的な“学び直し”の方法について、お話しいただきました。 第4回 「脳番地」を活かした学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 八つの「脳番地」を理解する  脳には1000億個以上の神経細胞があり、それぞれの細胞は機能ごとに集団を形成し、脳内に拠点をつくっています。例えていうなら、脳の中には会社組織を構成する部署のようなもので、私はこれを「脳番地」と呼んでいます。  脳番地は右脳と左脳に各60ずつ、計120ほど形成されていますが、そのなかでぜひ知っておいていただきたいのが、次の八つの脳番地です。 @思考系脳番地…意思決定をになう「脳の総司令塔」。何かを考えるときに働く。 A理解系脳番地…脳に入ってきた情報を統合する役割をになう。わからないことを理解しようとするときなどに働く。 B記憶系脳番地…情報を整理し、必要に応じて引き出す機能を持つ。ものを覚えたり、思い出したりするときに働く。 C感情系脳番地…喜怒哀楽などあらゆる感情を生み出し、それを管理する領域。生涯にわたって成長を続ける。 D伝達系脳番地…コミュニケーションや情報発信をになう「脳の広報」。ほかの脳番地と密接に連携する。 E運動系脳番地…体の動きをコントロールする役割をになう。すべての脳番地のエネルギー源。脳全体を活性化するための起点にもなる。 F聴覚系脳番地…耳から入ってきた音声情報を処理する領域。言葉や音を解析し、情報をほかの脳番地に伝える役割もになう。 G視覚系脳番地…目から入ってきた情報を処理して脳に伝える機能を持つ。目で見た映像や画像、読んだ文章を脳に集積させる。 脳番地を使いこなし、成長を続ける  八つの脳番地の特性を理解し、使いこなすことができれば、学ぶ力は成長します。ただ脳番地は単独では効率的に働かないため、違う系統の脳番地との間の連携強化が重要になります。  例えば、記憶力を高めるためには、記憶系脳番地を鍛えればよいと思いがちですが、記憶系は単独ではなかなか動きません。記憶系と強くかかわる思考系や感情系と積極的にリンクさせることで、記憶を定着させたり、引き出したりすることがスムーズになります。脳番地は、会社組織などと同じで、それぞれがうまく連携ができれば、より大きな成果が期待できるのです。  ミドル・シニア世代の場合、長く同じ仕事をしていたり、生活がパターン化したりして、偏った脳番地ばかりを使っているケースが少なくないので、ふだん使っていない脳番地を意識し、働かせていくことが重要です。脳番地をまんべんなく使う生活によって、脳全体が活性化します。 「強い脳番地」から学びをスタート  ミドル・シニアの学び直しでは、仕事などで使い慣れた脳番地を利用し、学習を始めるのがおすすめです。例えば営業職の場合は伝達系、研究職なら理解系、秘書であれば記憶系というように、職業により、よく使う脳番地は違います。よく使う脳番地のネットワークは、慣れた経路なのでストレスが少なく快適です。そのため処理スピードも速いので、勉強にも活用できれば、短時間で効率的に学べるということです。  さらに人によって得意な脳番地も違います。なかでも顕著なのが「視覚系」と「聴覚系」です。視覚系が強い人の特徴は「スポーツやゲームが得意」、「文字や数字を映像で覚える」などで、聴覚系が強い人は「人の話を聞くのが好き。聞くのも苦にならない」、「言葉や数字は、口ずさんで覚えることが多い」などです。  ただし、視覚系は「疲労しやすい」といった特徴もあり、特定の脳番地ばかり使い続けることにはデメリットもあります。 学び直しで脳が成長 頭がよくなる  八つの脳番地の特徴を知っておくと、生活のなかで「いまここを使っているな」と意識することができます。脳番地を意識することで脳は成長するため、それはとても大切なことです。  勉強しながら脳番地を意識することも重要です。「今日はこの脳番地を使ったから、明日はあっちの脳番地を使おう」と考えながら勉強をするなど、脳番地をまんべんなく使おうとすることは、学習のマンネリ化を防ぐことにもなります。  以前、高校生から「本当はなぜ、勉強しなきゃならないのかよくわからない。でも勉強したら、自分の頭がよくなるというのならやってみようかな」といわれたことがあります。つまり彼は、勉強は嫌いだけれど、頭がよくなりたいと思っているのですが、これは重要な視点ではないでしょうか。  勉強をしたいと思わなくても、学ぶことで脳が成長し頭がよくなる――。それが学び直しの意義にもなるでしょう。 独自に学ぶ「独学」「学びのスタイルの確立」が重要  ミドル・シニアの学び直しでは、楽に学ぶのではなく、実感を持った学びにすることが必要だと考えています。要するに「独学」ということです。「独学」とは、「独りで学ぶ」ということではなく、「独自に学ぶ」こと。そしてその「独自」とは何かというと、「自分だったらこう学ぶ」という独自の学びのスタイルを確立することです。  10・20代での学びは、学業課題がはっきりしていて、出てくる問題もある程度想定できます。しかし大人の場合はそうではないので、学ぶ課題のつくり方、そして学びの手順も、自分独自に考えなければなりません。自分独自の学び方を確立することと、脳番地を活かすことは一体だということも、ぜひ理解していただきたいと思っています。  人はそれぞれ、「体験してみたらできる」、「本を読んだらわかる」など、得意な学び方は異なります。脳番地を意識し、「自分だったらこれが頭に入りやすい」という勉強法を考えること自体が大切なのです。こうしたプロセスが、ミドル・シニアの学び直しの醍醐味ともいえるでしょう。(取材・文 沼野容子) “学び直し”を科学する  定年退職後を見すえて、あるいは「生涯現役」に向けて、さまざまな資格の取得にチャレンジするミドル・シニアの方々が増えています。“学び直し”について、科学的な見地から解説する本連載の5回目は、「資格取得のための計画的な学び方」をテーマに、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、「大人脳」の特徴を活かした試験合格法などについて、解説していただきます。 第5回 資格取得のための計画的な学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 「資格取得」で新しい学び 認知症予防にも効果  ミドル・シニアの方々が資格取得を目ざし、新しい学びを始めるということは、脳にとっても大きなプラスになります。例えば語学。新しい言葉は左脳を刺激し、認知症の予防にもとても効果的です。さらに、学びによって人間関係が広がるということも、たいへん重要だと私は思っています。ミドル・シニアにとって「孤立しない」ということは、きわめて大切なポイントになるのです。  私自身も50代から、それまでは行ったことがなかった国際学会に参加するようになり、大きな衝撃を受けました。例えば最近では、睡眠、アルツハイマー病、ADHD(注意欠如・多動症)に関する三つの国際学会に行っていますが、各学会とも集まる人や組織、それぞれに目的としていることが異なるので、目ざす思想やアプローチも大きく違っています。そこに大きな発見があり、ものすごくおもしろいのです。年を重ねれば重ねるほど、新しい学び、新しい人間関係から刺激を受けるべきだと思いますし、そうすることで人生の価値も高まっていくのだと思います。 「運動系脳番地」で脳を活性化 明確な「行動計画」がポイント  前回※でも説明しましたが、脳には、機能ごとに分類した八つの脳番地があります。資格取得のための勉強を始めようとするのなら、まずは「運動系脳番地」を意識するのが効果的です。運動系脳番地は、手・足・口など、体を動かすこと全般にかかわる部分で、ほかの脳番地を発火させるトリガー(引き金)的な機能があります。脳の中で長期記憶をになう海馬ともつながりやすいため、記憶向上のためには、運動系脳番地は欠かせません。  運動系脳番地は、運動をすることで機能しますが、それ以外でも「行動計画」を立てることで活性化するという特徴があります。運動系脳番地は、「運動企画」という分野が大きな領域を占めており、この領域はスケジュールを組んだり、計画を立てたりすることで働くのです。  また脳は、時間軸がはっきりしていると働きやすくなります。逆に、スケジュールがざっくりであればあるほど、脳は動き出しません。資格試験合格を目ざす場合は、自分の「持ち時間」を明確にするところから始めるのが効果的で、試験日が決まっている場合はまず、勉強にどのくらい時間が使えるのか把握しましょう。例えば、土日が休みの会社員だと、「平日の勉強時間×日数+土日の勉強時間×日数=総勉強可能時間」といった具合です。 計画は100日単位 モチベーション維持に有効  「持ち時間」が明確になったら次は、具体的なスケジュールの作成です。試験日まで半年から1年ほどある場合などは特に、その間のモチベーション維持が課題になると思います。計画倒れにならないよう、モチベーションを維持しつつ、脳が働きやすいようにするためには、「100日単位」のスケジュールがおすすめです。  「100」という数字は具体的にイメージがしやすく、脳にも馴染みがあるというのがポイントです。不思議なことに、これが例えば「120」になると、「20」が余計な要素になり、脳へのアクセスが悪くなるのです。  試験まで1年であれば、65日+100日+100日+100日で考えるようにします。大まかな1年の流れを紹介すると、次の通りです。 ▽勉強スタート時→模擬テスト実施で試験の出題形式と自分の現在の理解度を把握 ▽最初の65日→脳のベースアップ、勉強内容との親密度アップ ▽1回目の100日→テキストの全範囲履修 ▽2回目の100日→模擬テスト、スコアを基にしたカテゴリー学習を実施 ▽最後の100日→模擬テスト、「あいまい」「できない」を得点に結びつける学習を実施 週末2時間勉強するより毎日10分・12日間  勉強を始めるにあたっては、まず脳の「準備運動」で脳のベースアップを図ることが重要です。具体的には、「睡眠」、「運動」、「規則正しい生活」を心がけることが、脳の基礎体力強化につながります。そしてもう一つ大切なのが、これから行う勉強に対して、わくわくした気持ちで向き合えるようにすることです。例えば関連する分野の人がしていることを見る、著作を読むなどして、勉強内容との親密度を高めていきましょう。  実際にテキストで勉強を進めるときは、最初のページから始める必要はありません。参考書をパラパラとめくって、興味が持てるところから始めましょう。勉強内容との親密度が高まっていれば、何かしら興味の持てる内容があるはず。そこからスタートし、興味の幅を広げていくようにするのが効果的です。  勉強で課題になることの一つが、時間の確保ですが、週末に2時間勉強するよりも、10分の勉強を12日間続ける方が望ましいといえます。さらに勉強するなら朝がおすすめです。朝に情報や知識を取り入れることで、脳が活性化し、日中や夕方以降まで学習力が高まります。 「なぜできたのか」の分析を計画には「ごほうび」も  試験範囲を一通り履修した後は模擬試験で、「確実にできる」、「できる」、「あいまい」、「できない」と、テーマごとにスコアをつけていきます。そのうえで最初にすべきなのが、「なぜできないか」ではなく、「なぜできたのか」の分析です。なぜできたのか、自分なりに分析する練習を重ねると、なぜできないかも分析できるようになります。それによって最終的に、「あいまい」、「できない」を「できる」に近づければ、合格も近づくでしょう。  計画を完遂するためには、やはり日々を楽しく過ごすことも重要です。長期目標には、ごほうびも重要なので「ここまでやったら旅行する」とか「旅行先で学ぶ」など、楽しく学べるよう、脳が喜ぶ「ごほうび」を計画に盛り込んでみましょう。 (取材・文 沼野容子) ※ 本連載の第4回(2025年9月号)は、当機構(JEED)ホームページからもお読みいただけます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202509/index.html#page=48 “学び直し”を科学する  ミドル・シニア世代の“学び直し”を、最新の脳科学からひも解いた本連載。最終回は「日々のちょっとした工夫で脳が活性化する方法」について、1万人の脳を診断してきた脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生にお話しいただきました。何歳になっても学びを続け、日々の生活で脳を活性化させることはとても重要で、認知症の予防などにもつながるということです。 最終回 ちょっとした工夫で脳が活性化する方法 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 脳の活性化のためには「自然の摂理に逆らわない」こと  日々の生活のなかで、脳を活性化させようとするとき、一番に意識すべきは生活のリズムでしょう。  生命の起源を考えると、宇宙が最初にできて、その後に生物が発生しているので、われわれ生物は宇宙の仕組みのなかにあるといえます。そのわれわれが一番感じる宇宙の仕組みというのが「昼と夜」。そして、その要因である太陽の動きです。  つまり太陽の動きが、私たちの血圧、覚醒の時間などの原点になっていて、それらをコントロールしているといえます。脳を元気に働かせたければ、自然の摂理に逆らってはいけないということは、とても大切です。日中はしっかりと体を動かし、夜はしっかり睡眠時間をとることが、学びの基礎体力をつくるためにもっとも大切なことになります。  楽しく学ぶためには健康である必要があって、日中の時間の過ごし方や睡眠の質、食事の時間、そういったものがじつは学びのための脳の体力を支配しているのだということを、知っておいてください。 「眠気を取る」 「20分に1度は立ち上がる」  効果的な学びのためには、睡眠を見直し、脳が活性化しやすい基礎を整えることが重要です。しっかり睡眠がとれていないと、日中は眠気に悩まされることになるでしょう。この「眠気」という不快感があると、集中力をつかさどる思考系脳番地の働きが極端に低下して眠気の前後1時間は非効率な脳の使い方になります。そのため、眠気がなくなるだけで、脳のパフォーマンスが格段に上がり、脳全体がしっかり動くようになるのです。  年齢を重ねると、「入眠しにくい」、「中途覚醒してしまう」、「寝ても疲れがとれない」など、睡眠をめぐる悩みを抱える人が増加しますが、眠れなくなるのは加齢のせいではありません。私自身、以前は中途覚醒することもあったのですが、睡眠時無呼吸を治療したり、睡眠の時間設定を明確にしたり、睡眠前に電子機器に触らないようにするなどして、60歳を超えてから3年ほどかけ、平均睡眠時間を約6時間から8時間50分まで延ばしてきました。  さらに、朝は1時間程度のウォーキングを習慣にしています。日中に体をしっかり動かすことも、睡眠の質の向上、十分な睡眠時間の確保につながるのです。そもそも運動は、脳全体を活性化させる起爆剤になるものですから、日ごろから日中に歩くなどして活動量を増やすことは大事です。座りっぱなしの時間が長い人などは、20分に1度は立ち上がるなどの工夫をし、座っている時間を減らすことが必要です。 「好奇心」、「興味」を学びに活かす  生活リズムに加え、脳の活性化で大きな役割をになうのが「好奇心」です。日々の生活のなかで、自分の好奇心をくすぐるような、ちょっとしたネタ、あるいは人物などを見つけると、脳は非常に活性化します。  例えば、ちょっと興味があるなと思った人の名前、読みたいなと思った人の本などをインターネットで検索してみると、その人の話している動画などが出てきて、それを見ると親近感が湧くでしょう。こうした興味、好奇心を学びに活かすことで、物事を習得しやすくなります。感情系の脳番地、共感性を活かした学びということです。  逆に、自分が「嫌だ」と感じること、「できない」と思うことを見直すのも、脳の活性化につながります。自分が否定しているものに近づいて、本当にそこには嫌なものばかりが並んでいるのか見てみましょう。よく見たら嫌なものに見えていただけなのかもしれません。もともと嫌だと感じていたけれど、よく見たらよかったことに対しては、脳がすごく働きますし、やる気にもなります。 「いつものパターン」を外して見方を変える  ミドル・シニア世代の人にとって、自分が嫌だと思うことのなかに入ってみることは、とても大切です。自分が否定しているものに近づくということは、自分の常識を疑うことでもあります。「自分のいままでのやり方がいいと思うなよ」と自分自身に言い聞かせ、客観的に見ることで、いままでとは違うことを知ることができます。自分の記憶系の脳番地にこびりついた「いつものパターン」をちょっとだけ外し、見方を変えてみると、急にやる気が出てくることもあります。  「いつものパターン」を外して脳に刺激を送るためには、若い人たちから学ぶことも効果的です。できれば最低20歳ぐらい年の離れた人、ミドル・シニア世代であれば、30代の人でもいいので、そういう若い人たちと話すのは、すごくよいことです。  若い人たちの感覚、見ている世界は本当に違います。さまざまなメディア媒体があるなかで生まれ育った若者と、インターネットもない時代のわれわれ、ましてや戦中・戦後の人たちとでは、比較すらできないことが多いものです。そういうジェネレーションギャップをはっきりさせながら若者から学ぶことは、脳への刺激につながるのです。 認知機能は「脳貯金」できる、学び続けることで「人生100年」を楽しく  日々の過ごし方を工夫し、脳を活性化させることは、認知症予防の観点からも重要です。じつは認知機能というのは、「貯金」ができるのです。生涯学習は認知機能を高めます。学び続け、脳を活性化させ続けることで、認知機能が貯金されるということです。認知機能を多く「脳貯金」していて、もともとの認知機能が高い人は、仮に認知症になって機能が下がっても、もともとの機能が高いため、そうではない人と大きな差が出ます。  脳の成長はいくつになっても右肩上がり。「人生100年時代」を楽しく過ごすには、健康な体、丈夫な足腰や体力も必要ですが、学び続けて脳を活性化させ、「貯金」をコツコツと蓄積し続けることも大切です。 (取材・文 沼野容子)