【表紙2】 65歳超雇用推進助成金のご案内 高年齢者の雇用の安定に資する措置を講じる事業主の方に、国の予算の範囲において、以下の助成金を支給しています。 65歳超継続雇用促進コース  就業規則等により65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止または希望者全員を対象とする66歳以上までの継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施したこと、当該就業規則の改定等に専門家等に就業規則の改正を委託し経費を支出したことなど一定の要件に当てはまる事業主に、対象被保険者数および定年等を引き上げる年数に応じて、以下の額を支給します。 実施した制度 65歳への定年引上げ 66歳以上への定年引上げ 定年の廃止 66〜69歳の継続雇用への引上げ 70歳以上の継続雇用への引上げ 引上げた年齢 5歳未満 5歳 5歳未満 5歳以上 4歳未満 4歳 5歳未満 5歳以上 対象被保険者数 1〜2人 10万円 15万円 15万円 20万円 20万円 5万円 10万円 10万円 15万円 3〜9人 25万円 100万円 30万円 120万円 120万円 15万円 60万円 20万円 80万円 10人以上 30万円 150万円 35万円 160万円 160万円 20万円 80万円 25万円 100万円 ※ 1事業主(企業単位)1回かぎりとします。 ※ 定年引上げと継続雇用制度の導入をあわせて実施した場合の支給額はいずれか高い額のみとなります。 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  認定された雇用管理整備計画に基づき高年齢者雇用管理整備措置を実施した場合の、当該措置の実施に必要な専門家への委託費等および当該措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウエア等の導入に要した経費を支給対象経費(注)とし、支給対象経費に60%(中小企業事業主以外は45%)を乗じた額を支給します。  なお、生産性要件を満たす事業主の場合は、支給対象経費の75%(中小企業事業主以外は60%)を乗じた額となります。 高年齢者雇用管理整備措置の種類 イ 高年齢者に係る賃金・人事処遇制度の導入・改善 ロ 労働時間制度の導入・改善 ハ 在宅勤務制度の導入・改善 ニ 研修制度の導入・改善 ホ 専門職制度の導入・改善 ヘ 健康管理制度の導入 ト その他の雇用管理制度の導入・改善 支給対象経費 ◎高年齢者の雇用管理制度の導入等(労働協約または就業規則の作成・変更)に必要な専門家等に対する委託費、コンサルタントとの相談に要した経費 ◎上記の経費のほか、左欄の措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウエア等の導入に要した経費 (計画実施期間内の6カ月分を上限とする賃借料またはリース料を含む) (注)その経費が50万円を超える場合は50万円。なお、企業単位で1回にかぎり、経費の額にかかわらず、当該措置の実施に50万円の費用を要したものとみなします。 高年齢者無期雇用転換コース  認定された無期雇用転換計画に基づき50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換させた事業主に対して、対象労働者1人につき48万円(中小企業事業主以外は38万円)を支給します。  なお、生産性要件を満たす場合は対象労働者1人につき60万円(中小企業事業主以外は48万円)となります。  また、対象労働者は1支給年度(4月〜翌年3月まで)1適用事業所あたり10人までとなります。 ※ 助成金の受給のためには、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)第8条および第9条第1項の規定と異なる定めをしていないことなど、一定の要件を満たす必要があります。 詳細な要件につきましては各助成金の「支給申請の手引き」をご確認くださいますようお願いします。 ■お問合せや申請は、都道府県支部高齢・障害者業務課(東京、大阪は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします(65頁参照)。  そのほかに必要な条件、要件等もございますので、詳しくはホームページ(http://www.jeed.or.jp)をご覧ください。 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.62 80歳のヒロインが未知の世界で奮戦高齢者の“いま”と“強さ”を描く 漫画家 おざわゆきさん おざわゆき 1964(昭和39)年、愛知県生まれ。1980年、少女漫画誌『ぶ〜け』でデビュー。2012年、『凍りの掌て―シベリア抑留記―』が第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞。2018年、『傘寿まり子』が第42回講談社漫画賞を受賞。現在も月刊『BE・LOVE』(講談社)で『傘寿まり子』を連載中。  80歳のベテラン女性作家が未知の世界で奮戦する漫画『傘寿(さんじゅ)まり子』をご存じですか? 仕事や住居問題、認知症など、高齢者が抱えるリアルな問題を描きながらも、臆することなく挑戦する主人公・まり子の姿に共感が集まり、2018(平成30)年には講談社漫画賞一般部門を受賞するなど、高齢者の視点から現代社会を描く注目の作品です。今回は、自分らしく人生を謳歌(おうか)する素敵なヒロインを生み出した、作者のおざわゆきさんにお話をうかがいました。 80歳の女性がリュック一つで家出そこから始まる冒険物語が評判に ―現在連載中の『傘寿まり子』は、80歳の女性が主人公です。高齢の女性がヒロインという設定はとてもインパクトがありますが、この作品を描こうと思われた経緯をお聞かせください。 おざわ 前作『あとかたの街』※では、名古屋空襲を当時の少女の視点から描きました。私の母の少女時代の体験をベースにしたものです。その連載が終わり、次の作品の構想を考えていたとき、戦時中の少女が高齢期を迎えて、いまの時代を生きている姿を描きたいと思うようになりました。 ―60代でも70代でもなく、80歳にしたのは何か理由がありますか? おざわ 主人公を高齢の女性にするというアイデアについて、編集者と話し合いました。高齢社会となったいま、高齢者はあたり前の存在で、60代や70代を主人公とした作品はすでにだれかが手がけているかもしれない。でも、さすがに80歳にスポットをあてた作品は、少なくとも漫画では未踏(みとう)のジャンルだろうということで、思い切って80歳の主人公を誕生させました。 ―どなたか身近にモデルになるような方はいらしたのですか? おざわ 連載を始めたころに、私の母がすでに80歳を過ぎていました。また、以前私は踊りを習っていて、周りの生徒さんたちはみな高齢者でしたから、私にとって高齢者は、けっして遠い存在ではありませんでした。いまどきの高齢者は、私たちがかつて抱いていたお年寄りのイメージとは異なります。食べたいものを食べ、着たいものを着て、好きなことに前向きに取り組み、人生をあきらめたりしません。そして愚痴をこぼしたりもします。枯れてもいないし、衰えてもいないですね。  夫に先立たれた主人公のまり子は、息子夫婦、孫夫婦、ひ孫と四世代同居で暮らしていましたが、あることがきっかけとなり、リュック一つで家出をするというところから物語が始まります。年をとってからも、いろいろなことに悩み、次々と新しいことに挑戦していくことになりますが、いまの高齢者なら、多くの方がそれくらいのエネルギーを持っているし、わが身に置き換えて共感してもらえるのではないかと思いました。 ―読者も高齢者が多いのでしょうか? おざわ 漫画の読者層はだんだん年齢が上がり、その一方で若い人たちも読んでいますから、幅が広がっていると思います。ボリュームとして多いのは私と同年代(50代)か、少し下くらいの人たちだと思います。主人公の息子のお嫁さんくらいでしょうか。主人公の子ども世代や孫世代の読者が多いわけですが、その世代の目にいまの高齢者がどう映っているかという視点も意識して描いています。読者アンケートなどでは、「私も年をとったら、まり子のように生きていきたい」という感想もいただいています。 ―主人公のまり子は小説家という設定ですね。 おざわ はい。年をとっても仕事をしている人を描きたかったのです。実際に高齢で活躍されている有名な女性作家さんはいらっしゃいますから、80歳の小説家という設定は違和感なく受け入れられると思いました。 ―文学界で長く活躍してきたまり子ですが、文芸誌での連載の仕事を打ち切られ、自分を含めたベテラン作家の発表の場をつくるために、スマートフォンやパソコンで読めるウェブ文芸誌を立ち上げようとします。 おざわ 文芸誌を発行する出版社も、かつて名を馳せたベテラン作家というステータスだけで誌面を提供するわけにはいきません。売れる作家に代わってもらわなければ立ち行かそでない。しかしれは出版社の事情あって、まり子はまだ仕事をする意欲も能力も衰えておらず、文芸誌の仕事が打ち切りになっても、人生までも打ち切るわけにはいかないのです。  家出をしたまり子は、生活の場としての居場所を確保するだけでなく、仕事での居場所も確保しなければならない状況に直面します。そして作家仲間たちの仕事の居場所をつくるために行動を開始します。それがウェブ文芸誌なのですが、まり子はここで、編集者という新しい仕事、ウェブという新しい手法、どちらも自身にとって未知の世界に飛び込んでいくことになります。 20代の若者に否定される主人公高齢者のリアルな姿が描かれる ―サラリーマンの世界でも、シニアの年代になってから、大きなキャリアチェンジを迫られることがあります。ある分野でのベテランになればなるほど、未知の領域でリスクを背負うことを避けたり、新しい技術や手法を否定したりしがちです。でも、まり子は臆することなく挑戦しますね。20歳そこそこのクリエイターにアドバイスを求めるシーンが印象的でした。まり子がウェブ文芸誌の構想を語ると、クリエイターが手厳しくそのアイデアをこき下ろすという場面です。 おざわ この漫画の読者は、日常的にスマートフォンなどになじんでいて、少なくともまり子の世代よりはネットの世界に通じています。まり子に対するクリエイターの容赦ないダメ出しは、そうした読者の視線を意識しました。どれほど一つの仕事に精通していても、思いつき程度のアイデアでウェブ文芸誌が成功するなどあり得ない。読者はそう感じ、引いたところからまり子の挑戦を冷静に見ていると思います。もしここでまり子の新しい事業がすんなり軌道に乗ったら、それはファンタジーです。世の中そんなに甘いものではないと、私自身もそう思います。 ―感心したのはその後の場面で、まり子はクリエイターに浴びせられた言葉を「同感だわ」と、いったん受け止めます。自分のアイデアを若者に全否定されたのですから、プライドが大きく傷ついたと思うのですが、むしろ泰然と受けて、今度は自分から穏やかに質問していきます。あのシーンからは異世代間のコミュニケーションのあり方を考えさせられ、見事だと思いました。 おざわ ありがとうございます。若い人からの否定的な見解に対して、人生経験豊かな高齢者ならではの受け答えをすることで、相手から有益な情報を引き出していく。そして年をとってからも謙虚な姿勢で新しい知識を吸収して成長していく。私もそうありたいと思う姿を描いたつもりです。 高齢者をとりまく社会環境は急速に変化し続けている ―高齢ドライバーの運転ミスや、店の後継ぎがいないシャッター商店街など、高齢化にまつわる社会問題も物語の随所に取り入れられていますね。 おざわ 社会で日々起きている問題を作品で取り上げたいと思っています。とくに高齢者をめぐる環境は、変化と進化のスピードが速いので、そのような現象を作品に落とし込みたいと思って描いてきました。 ―「変化や進化」とはどのようなことですか。おざわ 連載を始めた4年ほど前は、一人暮らしの高齢者が部屋を借りられないことが問題になっていました。それが近年は、「高齢者入居可」をうたう物件が増えています。家主さんや不動産仲介業者も無視できないほど、高齢者だけの世帯や、一人暮らしの高齢者が増えているのですね。連載を続けるなかで、どんどん環境が変わってきました。そんな変化も作品に織り込みました。高齢者を登場人物の中心に据えることで、次から次へと新しいテーマが生まれてきます。いまの世の中で起きている多くのことが、どこかで高齢化とつながっていることを感じています。 ―「生涯現役社会」という言葉を、どのように受け止めていらっしゃいますか? おざわ 70代、80代はお年寄りといわれますが、自分が年寄りだと思っていない人が増えているように感じます。実際、個人差はありますが、見た目も精神年齢も若い高齢者の人は周りにたくさんいます。そういうみなさんが、年齢で区分されることなく、すべての年代の人が同じテーブルについて仕事をしたり、活動に参加したりするような社会であってほしいと思います。ベテランだからこそ、そのキャリアや強みを活かして新しいものを生み出せることもあると思います。若い人たちの数が少なくなる一方で高齢者が増えるのですから、社会の活力が縮まないように、元気な高齢者がいつまでも活躍することを期待しています。 『傘寿まり子』 ひょんなことから四世代同居の家を飛び出し、一人で新しい生き方を始める主人公まり子。若者たちとかかわりながら活き活きと生活する一方で、家族問題、孤独死、認知症など、高齢者が抱えるリアルな問題も随所に描かれる。『BE・LOVE』(講談社)で、2016年12月1日号より連載中。 (聞き手・文/労働ジャーナリスト 鍋田周一撮影/中岡泰博) ※ 『あとかたの街』……太平洋戦争末期、昭和19年の名古屋で国民学校高等科1年生あい≠フ目を通し、戦争体験が描かれる。全5巻(講談社) 写真のキャプション ネットカフェを初めて訪れたまり子(左)、文芸誌での連載を打ち切られることになる(右) Cおざわゆき/講談社 Cおざわゆき/講談社 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 2020 July ●表紙のオブジェ イラストレーター 柳田ワタル(やなぎだ・わたる) 1947年 大阪府堺市生まれ。1970年 多摩美術大学卒業。アニメーション制作会社勤務ののち、1974年よりフリーのイラストレーターとなる。1977年よりオブジェ、立体クラフトなどの制作を開始。90年代からは写真撮影も始める。 トピック 6 改正高年齢者雇用安定法が公布 2021年4月1日より70歳までの就業機会確保が努力義務に 特集 8 スポーツと健康と高齢者 9 特別インタビュー 小さな努力の積み重ねが大きな力になると信じ“人生”というマラソンに挑み続ける メキシコ五輪男子マラソン 銀メダリスト 君原健二さん 12 テーマ1 スポーツで社員を健康に @休憩時の適度な運動で健康増進・生産性向上を  ―アクティブレスト(積極的休養)の理論とその効果―  福岡大学スポーツ科学部 運動生理学研究室 准教授 道下竜馬 16 Aアクティブレスト(積極的休養)を活用し社員の健康意識と事業所の活気を高める  株式会社正興電機製作所 19 テーマ2 スポーツを第一線で支える高齢者 @スポーツ用やファッション性に富んだ義足をつくりチャレンジする人を長く支え続ける  公益財団法人鉄道弘済会義肢装具サポートセンター 義肢装具士 臼井二美男さん 22 Aレーシングカーデザインの巨匠の新たな挑戦は日本代表選手のカヤックづくり  ムーンクラフト株式会社 代表取締役 由良拓也さん 1 リーダーズトーク No.62 漫画家 おざわゆきさん 80歳のヒロインが未知の世界で奮戦高齢者の“いま”と“強さ”を描く 25 日本史にみる長寿食 vol.321 新ショウガで免疫力パワーアップ 永山久夫 26 マンガで見る高齢者雇用 短期連載 《第3回》「再雇用した高齢社員のモチベーションが低い」どうしたらいい? 32 江戸から東京へ 第92回 生涯に何度も隠居する 細川幽斎 作家 童門冬二 34 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第74回 スターバックス コーヒー 南町田グランベリーパーク店 スタッフ 山田勝子さん(76歳) 36 高齢者の職場探訪 北から、南から 第97回 岩手県 有限会社ゴジュウゴ 40 新連載 高齢社員の賃金戦略 今野浩一郎 44 知っておきたい労働法Q&A《第26回》 家永勲 48 いまさら聞けない人事用語辞典 第2回 「定年」 吉岡利之 50 労務資料 高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン) 58 BOOKS 59 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.313 実際につくる体験を通して帆布製品の魅力を伝える 帆布製品製造・販売 茂木克夫さん、郁治さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第37回] オノマトペ 篠原菊紀 ◎本号では、「読者アンケート」を同封してお届けしています。本誌に対するご意見をアンケート用紙にご記入のうえ、当機構までお寄せください。当機構ホームページからの回答も可能です。より一層の誌面の充実に向け、みなさまからのご意見をお待ちしています。 【P6-7】 トピック 改正高年齢者雇用安定法が公布 2021年4月1日より70歳までの就業機会確保が努力義務に 編集部  2020(令和2)年3月31日、改正高年齢者雇用安定法が公布されました(令和2年法律第14号)。2021年4月1日より、企業には70歳までの就業機会の確保を図ることが求められます。本稿では、改正法の概要について紹介します(編集部)。 改正の背景  少子高齢化が急速に進展し、労働人口が減少している現在、経済・社会の活力を維持するためには、多様な人材の活用が不可欠です。特に高齢者においては、60歳以降も高い就業意欲を持つ方も多く、そういった働く意欲のある高齢者が、その能力を十分に発揮し活躍できる環境を社会全体で整えていくことが必要となります。  一方で、高齢者、特に65歳以上の場合、本人が活躍したいと考えるフィールドや、介護などの家庭の事情、本人の健康状況などにより、正社員以外の働き方を希望する高齢者もおり、多様な働き方のニーズがあることがわかっています。  こうした状況をふまえ、2019年6月に政府が策定した「成長戦略実行計画」において、70歳までの就業機会の確保と、65歳以降の多様なニーズに応えるため、法制度上で多様な選択肢を整えることなどが示され、労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会において、高年齢者雇用安定法の改正に向けた検討が進められてきました。 高年齢者雇用安定法の現行制度  現在の高年齢者雇用安定法では、事業主に対して、希望者全員65歳までの雇用機会を確保するため、左記の「高年齢者雇用確保措置」のいずれかを講ずることが義務づけられています。 高年齢者雇用確保措置 @65歳までの定年引上げ A65歳までの継続雇用制度の導入 B定年廃止  ※ただし、2012年度までに労使協定により、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた事業主については、経過措置として、その基準を適用できる年齢を2025年4月まで段階的に引き上げることが認められています。 改正内容―高年齢者就業確保措置を新設―  3月31日に公布された改正高年齢者雇用安定法においては、事業主に対して、65〜70歳までの就業機会を確保するため、高年齢者就業確保措置として、次の@〜Dのいずれかの措置を講ずる努力義務が設けられました(図表)。 @70歳までの定年引上げ A70歳までの継続雇用制度の導入  ※特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む B定年廃止 C高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に  a.事業主が自ら実施する社会貢献事業  b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業  に従事できる制度の導入  なお、努力義務について雇用以外の措置(前述のCおよびD)をとる場合には、労働者の過半数を代表する者等の同意を得たうえで導入することが求められます。  また、今回の改正では、これらの努力義務のほか、次の事項についても定められています。 ●厚生労働大臣は、高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針を定める。 ●厚生労働大臣は、必要があると認めるときに、事業主に対して、高年齢者就業確保措置の実施について必要な指導及び助言を行うこと、当該措置の実施に関する計画の作成を勧告すること等ができることとする。 ●70歳未満で退職する高年齢者(※1)について、事業主が再就職援助措置(※2)を講ずる努力義務及び多数離職届出(※3)を行う義務の対象とする。 ※1 定年及び事業主都合により離職する高年齢者等 ※2 例えば、教育訓練の受講等のための休暇付与、求職活動に対する経済的支援、再就職のあっせん、教育訓練受講等のあっせん、再就職支援体制の構築など ※3 同一の事業所において、1月以内の期間に5人以上の高年齢者等が解雇等により離職する場合の、離職者数や当該高年齢者等に関する情報等の公共職業安定所長への届出 ●事業主が国に毎年1回報告する「定年及び継続雇用制度の状況その他高年齢者の雇用に関する状況」について、高年齢者就業確保措置に関する実施状況を報告内容に追加する。 図表 現行制度(高年齢者雇用確保措置)と新制度(高年齢者就業確保措置) 現行 〈高年齢者雇用確保措置〉 (65歳まで・義務) @65歳までの定年引上げ A65歳までの継続雇用制度の導入  (特殊関係事業主(子会社・関連会社等)によるものを含む) B定年廃止 新設 〈高年齢者就業確保措置〉(70歳まで・努力義務) @70歳までの定年引上げ A70歳までの継続雇用制度の導入  (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む) B定年廃止 創業支援等措置(雇用以外の措置) (過半数組合・過半数代表者の同意を得て導入) C高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に a.事業主が自ら実施する社会貢献事業 b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業  に従事できる制度の導入 出典:厚生労働省HP「改正高年齢者雇用安定法概要」より 【P8】 特集 スポーツと健康と高齢者 テーマ1 スポーツで社員を健康に テーマ2 スポーツを第一線で支える高齢者 健康寿命※の延伸やスポーツ施設の増加などを背景に、年齢に関係なくスポーツを楽しむ人が増えています。「生涯現役」の視点で見ても、「スポーツ」は今後注目される分野の一つ。競技の第一線で活躍している人、趣味で楽しんでいる人、健康維持のためにスポーツを取り入れている人、競技者を支える立場で活躍している人など、さまざまな形でスポーツとかかわっている高齢者が大勢います。 そこで今回は、五輪メダリストや、スポーツを活用した健康経営に取り組む企業、アスリートを支える職人さんなど、「スポーツ」を軸に、さまざまな立場の方にお話をうかがいました。生涯現役時代におけるスポーツのあり方・かかわり方などについて、考えてみてはいかがでしょうか。 ※ 健康寿命……WHO(世界保健機関)が2000(平成12)年に提唱した指標で、健康上の問題で制約されることなく日常生活を送ることができる年齢 【P9-11】 特別インタビュー 小さな努力の積み重ねが大きな力になると信じ人生≠ニいうマラソンに挑み続ける メキシコ五輪男子マラソン 銀メダリスト 君原健二さん  1964(昭和39)年東京五輪出場、1968年メキシコ五輪銀メダルなど、輝かしい実績を残すマラソンランナー・君原健二さん。1973年に競技の第一線からは身を引きましたが、79歳になったいまも走り続けている生涯現役のランナーです。今回は、君原さんの競技生活について振り返っていただくとともに、「人生100年時代」におけるスポーツのあり方について、お話をうかがいました。 よきコーチ、よき仲間との出会いに支えられて ―君原さんは、メキシコ五輪の銀メダルをはじめ、日本のスポーツ史に残る輝かしい実績を上げてこられました。これまでの競技生活のなかで、印象に残っているレースや出会いについてお聞かせください。 君原 私は小さいころから勉強もスポーツもまったく駄目な劣等生でした。「自分は人より劣っている」という劣等感に陥り続けるなかで、だからこそ小さな努力をしなければいけないのだと自分に言い聞かせるような子どもでした。  中学2年生のとき、クラスメイトから「駅伝クラブ」への入部を誘われ、本格的に陸上を始めました。決して走ることが好きだったわけではなく、気が弱くて友人の誘いを断れなかっただけのことです。それでも自分の性に合っていたのか、高校に入ってからも陸上を続け、高校3年生のときにインターハイ(全国高等学校総合体育大会)の1500mに出場しました。もちろん予選敗退です。  これは後から知ったのですが、この大会の5000mに円谷(つぶら)や幸吉(こうきち)さん※1も出場していたそうです。私のランナー人生で大きな影響を受けた円谷さんと同じトラックを走っていたとは縁の深さを感じます。  高校の卒業直前に八幡(やはた)製鐵(現在の日本製鉄)に就職が決まり、幸運にも陸上競技に専門的に取り組める環境に恵まれました。そして、当時の高橋進すすむコーチとの出会いが私の人生を大きく変えたのです。いつしかマラソンという種目に興味を持つようになり、厳しい指導のもと練習を重ねました。21歳のとき「金栗(かなくり)杯朝日国際(現・福岡国際)マラソン」でフルマラソンに初挑戦し、2時間18分1秒8の日本記録をマークして3位に入賞しました。劣等感のかたまりのような自分でも「やればできるのだ」と自信が持てた、マラソン初挑戦のこのレースは、いまもはっきり覚えています。  翌年には「毎日マラソン」で初優勝、好成績を続けて出したことで、それまで自分とは別世界だと思っていたオリンピックが目の前に近づいてきました。最終選考会で優勝した私と、円谷さん、寺沢徹さん※2の3人が東京五輪の代表になりました。結果、私は8位でしたが、円谷さんが銅メダルを獲得しました。メインスタジアムの国立競技場に日の丸が揚がった光景は、どれほど日本人を勇気づけてくれたことでしょう。 ―初マラソンの挑戦から好成績を上げ続け、それが東京五輪出場、そしてメキシコ五輪での銀メダルにつながっていくわけですね。 君原 初めて挑んだマラソンで日本最高記録を出せたのは、私が子どものころからイメージしてきた「努力の積み重ね」の結果ではないでしょうか。練習のときに「もう少しがんばってみよう」程度の努力を重ねてきただけのことです。それがベースにあったから、オリンピックという大きな目標を持つことができました。  東京五輪は体力がピークの状態で迎えることができましたが、競技とは心技体の総合力です。私の心の部分が弱かったことは否(いな)めません。円谷さんは自己記録を2分近く更新し3位に食い込み、私は自己記録に3分半およびませんでした。つまり、円谷さんが100%実力を出し切ったのに対し、私は存分に発揮できなかった。心が弱かった証です。  東京五輪の後、一時的に競技から離れましたが、翌年に復帰し、4年後のメキシコ五輪で銀メダル、ミュンヘン五輪は5位に入賞することできました。メキシコで2位に入れたのは周囲から期待されていなかったためプレッシャーから解放されていたこと、東京の経験を活かしてリラックスして走れたことが要因だと思います。心技体のなかでも「心」の持ちようが、その後のランナー人生の原動力となりました。だからこそ若くして亡くなった円谷さんのことを思うと悔しくてたまりません。もっと長く一緒に走り続け、走り終わった後に大好きなビールを飲みたかったです。  ミュンヘン五輪の翌年、32歳のときに競技の第一線から退きました。それまでに出場した35回のレースはすべて完走しました。もちろん走ることをやめようと思ったことはなく、年に数回はフルマラソンに出場しました。いまから4年前の75歳のときには、「ボストンマラソン」に出場しました。ボストンマラソンは25歳のときに優勝していますが、それから50年が経っていました。生涯通算74度目、最後のフルマラソンとなることから、30人を超える応援団が日本から駆けつけ声援を送ってくれました。ランナー冥利(みょうり)に尽きるというものです。 人生は長いマラソン、生涯走り続けるために ―少子高齢化が加速する一方で、健康寿命が伸びて高齢者の活躍の場は広がっています。このような時代におけるスポーツの役割はどこにあると考えられますか。 君原 スポーツの大きな役割の一つが、「コミュニケーションを豊かにする」ということです。人は一人では生きていけません。互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合う仲間づくりが大切です。スポーツの場合、ライバルの存在が自分を成長させてくれます。私にとっては円谷さんがそういう存在でした。円谷さんとは、遠征や合宿を通じて親しくさせてもらいました。東京五輪の本番2カ月前、私と円谷さんは札幌で合宿しました。まず、1万mの記録会に出場、3日後にフルマラソンを走り、さらにその4日後の1万mでは円谷さんが1位、私が2位、2人とも日本記録をマークしました。「円谷チーム」の4人と私で円山(まるやま)陸上競技場公園でたくさん飲んだビールは、本当においしかった。  そしてもう一つ、スポーツの役割は多くの人に夢、希望、勇気を与えることです。2020(令和2)年の東京五輪は残念ながら延期となりましたが、来年無事に開催されれば、コロナ禍(か)で疲弊した世界を元気づけてくれることでしょう。  1964年の東京五輪以降、スポーツの大衆化が一気に進みました。高齢者の参加の間口が広がり、あらゆる競技でマスターズを目標に努力している人も増えています。無理をするのは禁物ですが、多くの人たちに自分に合ったスポーツを楽しんでもらいたい。私自身、市民ランナーになってからは、楽しみながら走るようになりました。美しい風景や街並み、花の香りや鳥のさえずり、すべてが楽しみに変わりました。 ―60代、70代と年齢を重ねていくなかで、日々をイキイキと暮らしていくための心構えについてお聞かせください。 君原 何より大切なのは自分の心を変えていくこと。ヒンズー教の教えに「心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる」というものがあります。  つまり、人生を変えるためには、まず「心」を変えることが必要なのです。それによって「態度」が変わり「行動」が変わり、最終的に「人生が変わる」というわけです。何かの本で読んだのか、だれかに教えてもらったのかは忘れましたが、この教えを信条として、私は劣等感と向き合い、自分の心を変えることに苦心してきました。  小さな目標を持って、小さな努力を続けていけば、大きな力になるという考え方は私の原点です。高齢になるほど柔軟な考え方ができなくなる人が増えますが、いくつになっても自分の心を自在に変えていくことが求められていると私は考えています。  また健康にとって一番よいのは、やはり適度に運動して体を動かし続けることです。「運動」、「休養」、「栄養」のバランスをとるように心がけてきました。栄養面では現役時代に高橋コーチから厳しい指導を受けたことが財産になっています。  最近は週3回、6qほどのジョギングをしているほかは特にトレーニングはしていません。よく歩くことを心がけている程度です。 ―今後の抱負や目標をお聞かせください。 君原 私の初マラソンは、いまでは「福岡国際マラソン」と名称が変わりましたが、当時は「金栗杯朝日国際マラソン」という名でした。同じ九州出身の金栗(かなくり)四三(しそう)先生は1912(明治45)年にストックホルム五輪に出場し世界の水準の高さを実感、その後は自身を研鑽(けんさん)しつつ日本におけるスポーツやマラソンの普及に尽力されました。92歳で亡くなりましたが、私の目標の一つはまず先生の年齢を超えること。そしてできることなら90歳くらいまでは走り続けたいですね。  昨年、ランナーズ財団※3からランナーズ賞を受賞しましたが、この賞は市民ランニングの普及や発展に貢献した人物に贈られるとのことです。これからもっと自分のできる範囲で市民ランニングに貢献していかなければと気を引き締めています。  来年開催が予定されているオリンピックに関していえば、聖火ランナーの大役を無事務められるよう健康に気をつけて体力維持を図りたいと思っています。円谷さんのメモリアルマラソンに毎年参加しているご縁から、円谷さんの郷里の福島県須賀川(すかがわ)市でぜひ走ってほしいといわれ、喜んでお引き受けしました。その日が来たら円谷さんと2人で走りたいと思います。  マラソン会場は札幌になる予定ですが、札幌は先にもお話しした円谷さんをはじめ、仲間たちとの思い出の地です。多くの人から声援をいただいた東京オリンピックから57年。今度は私が声をからして選手たちを応援する番ですが、私の隣にはきっと円谷さんがいるはずです。 ※1 円谷幸吉……君原さんと同時期に活躍したマラソン選手。1964年東京五輪男子マラソンで銅メダルを獲得。1968年、27歳の若さで亡くなった ※2 寺沢徹……君原さんと同時期に活躍したマラソン選手。1963年の別府大分毎日マラソンでは世界最高記録(当時)を更新。現役引退後は指導者として活躍 ※3 ランナーズ財団……市民参加型スポーツを支援し、市民の健康増進に寄与することを目的に設立された一般財団法人。市民ランニングの普及、発展に貢献する人物・団体などを「ランナーズ賞」として表彰している きみはら・けんじ 1941年生まれ。北九州市小倉の出身で、現在も北九州市在住。戦後のマラソン黄金時代を牽引したトップランナー。オリンピックに3大会連続出場を果たし、1968年のメキシコ五輪では銀メダルに輝いた。競技者として国内外のマラソン大会に35回出場し、毎日マラソン、ボストンマラソン、別府大分毎日マラソンなど13回の優勝を誇る。1973年に現役引退後は、九州女子短期大学教授、北九州市立大学の特任教授などを歴任。講演活動や市民マラソンへのゲスト出場など多忙な日々を送る。 (写真提供:株式会社RIGHTS.) 【P12-15】 テーマ1 スポーツで社員を健康に@ 休憩時の適度な運動で健康増進・生産性向上を −アクティブレスト(積極的休養)の理論とその効果― 福岡大学スポーツ科学部 運動生理学研究室 准教授 道下(みちした)竜馬(りょうま) アクティブレストとは?  近年、「アクティブレスト(積極的休養)」という概念が提唱されています。アクティブレストとは、従来、スポーツ分野での用語であり、疲労したからといってすぐに横になるのではなく、適度に身体を動かすことによって血液循環をよくし、効果的に疲労を回復させるという考え方です。試合後または練習後のクールダウンがその典型例といえるでしょう。クールダウンをしっかりやるかやらないかで、翌日以降のコンディションが左右されます。  最近では、産業保健分野でも「寝る」、「くつろぐ」などの消極的休養に対して、運動や体操など何らかの活動を行うアクティブレストの方が疲労回復につながり、その後の作業効率が向上すると考えられています。  人生100年時代といわれる今日、健康寿命延伸のためには中年期からの健康づくりが重要と考えられます。そこで私たちの研究グループでは、このアクティブレストの考えをもとに、企業での運動介入研究を実施してきました。本稿では、「アクティブレストプログラム」の概要とその効果について紹介します。 アクティブレストプログラムの概要産業保健分野への応用に至った背景 (a)アブセンティーズムとプレゼンティーズム  高齢化が進む日本では、労働者の健康のみならず労働力の健全性(労働生産性)を保持・増進させることが重要です。「労働生産性」とは労働の効率を示す指標であり、「病気やケガのために損失した労働時間(アブセンティーズム)」と、「出勤はしているが疾患により生産性が低下した状態(プレゼンティーズム)」によって評価され、最近ではアブセンティーズムよりもプレゼンティーズムによる労働損失が大きいと報告されています※1※2。  日本の製薬会社の職員を対象にした研究では、労働生産性に影響をおよぼす健康問題として、上肢痛・腰痛などの筋骨格系疾患、睡眠障害、メンタルヘルス疾患が上位を占めることが示されています※3。さらに高齢化が進む日本では、労働生産性の保持・増進のため、個人だけではなく企業が労働者の健康増進に投資することが今後求められる課題と考えられます。 (b)日本人労働者の休み方  近年、スマートフォンの普及により休憩中は常にスマートフォンを使用する労働者が多く見られ、これにより眼精疲労や肩こりなどの身体上の問題がより大きくなっています。また、ある調査では、日常的に疲労を感じている労働者の割合は約6割におよび、そのうち約4割が6カ月以上も疲労を感じたまま生活を送っていると報告されています※4。  このように、慢性疲労は医学的な問題のみならず、経済損失の観点からも大きな社会問題であり、職場におけるメンタルヘルス対策も労働生産性の保持・増進の視点から取り組むべき喫緊の課題と考えられます。  このような現状に鑑(かんが)み、休み時間にゲームやメールをしている時間を運動に代えることにより、健康への意識が高まり、勤務中や余暇時の身体活動量が増加して労働者の身体的な健康の保持・増進効果が見込めるのではないか。さらに、労働者が職場内で一緒に運動することは、職場のコミュニケーションを良好にし、上司や同僚からの支援が得られやすくなり、その結果、メンタルヘルスや活力、労働生産性の向上に貢献できるのではないかと考えました。 アクティブレストプログラム  本プログラムを導入した企業では、昼休みに10分間の運動を週に3〜4回、部署単位で実施してもらっています。われわれが導入してきた運動は、メタボリックシンドロームやロコモティブシンドローム※5の予防、運動実践のきっかけづくりを目的に、一般社団法人10分ランチフィットネス協会が考案した体操です。身体ほぐし運動〜脳機能向上トレーニング〜有酸素運動〜レジスタンス運動〜整理運動を10分間という短時間に実施できるプログラムになっています(「10分ランチフィットネスR」https://10mlf.com)。  活動量計を用いて、女性インストラクター14人の運動強度を測定した結果、10分間の平均運動強度は1・9メッツ※6、身体ほぐし運動1・6メッツ、有酸素運動3・2メッツ、レジスタンス運動1・5メッツ、整理運動1・3メッツであり、軽く汗をかく程度で普段着のまま、体力に自信のない人や高齢者でも気軽に実施できる運動になっています(図表1)。これまでに多くの方が体験済みであり、運動の安全性についても確認されています。 アクティブレストの効果 1 メンタルヘルス、職場の活性化、プレゼンティーズム改善に対する効果  まず、職場単位で行うアクティブレストが労働者のメンタルヘルス、職場の活性化、プレゼンティーズムの改善におよぼす効果を検証したところ、8週間の介入後、運動介入群※7で職業性ストレス簡易調査の「職場の対人関係上のストレス」、「活気」、「上司、同僚、家族や友人からの支援度」、「身体愁訴(しゅうそ)」の改善効果が認められました。  さらに、職場活性度の指標であるワーク・エンゲイジメント※8の「活力」、プレゼンティーズムの指標であるWFun※9は運動介入群で有意に改善しました(図表2)。この結果から、身体の不調を抱えながら働いていた労働者が、心身ともに良好な状態で働けるようになったことがうかがえます。  また、疲労感や身体の不調が軽減し、活力が向上した人ほどプレゼンティーズムが改善することが示されました。昼休みに職場単位で運動することは職場のコミュニケーションを活性化させ、上司や同僚からの支援が得られやすくなり、それがストレス軽減や気分の向上に良好な効果をもたらし、ひいては仕事の満足度や労働生産性の向上につながるものと考えられます。 2 睡眠の質の改善効果  12頁で紹介したように、プレゼンティーズムに影響をおよぼす健康問題として、筋骨格系疾患、睡眠障害、メンタルヘルス疾患が上位を占めることが報告されています。そこで、職場単位で行うアクティブレストが労働者の睡眠の質、プレゼンティーズム改善におよぼす効果について検討しました。10週間の介入後、運動介入群でWFun、睡眠の質が有意に改善し、睡眠の質が改善した人ほどプレゼンティーズムが改善することが明らかになりました(図表3)。  睡眠の質の低下による日中の眠気は、当然ながら仕事に支障をきたすプレゼンティーズムの一因となります。この結果は、職場で運動することは、労働者の睡眠の質を向上させ、それがプレゼンティーズムの改善をもたらす可能性を示しています。 3 腰痛軽減に対する効果  作業姿勢が長時間固定されるタクシーやバス、トラックなどの大型車、農業トラクターなどの特殊車両に乗務する運転手では腰痛の有訴率が高いことが知られており、慢性腰痛は職業運転手にとって労働安全衛生上の重大な問題です。  そこで、慢性腰痛に着目し、タクシー運転手を対象にしたアクティブレストが腰痛軽減におよぼす効果を検証しました。10週間の介入後、脚筋力、柔軟性、腰痛の程度は運動介入群で有意に改善し、短時間であっても職場で運動することは、タクシー運転手の脚筋力や柔軟性向上、腰痛軽減に有効であることが明らかになりました(図表4)。  作業姿勢が長時間固定される運転業務は、頸部・肩甲帯から腰部にわたる局所の著しい筋緊張をともない、長期間の座位行動は筋力低下を引き起こします。したがって、わずか10分の短時間であっても、本プログラムのような複合的な運動を行うことは、職業運転手の脚筋力や柔軟性を向上させ、その結果、腰痛軽減に良好な効果をもたらす可能性があると考えられます。 おわりに  今回、アクティブレストプログラムの概要とその効果について紹介しました。本プログラムの参加者へ自由記載のアンケートを行ったところ、「体を動かす機会が増えた」、「普段交流のない他部署の社員と会話する機会が増えた」、「午後の仕事にもすぐに臨めるようになった」など、本研究の成果を裏づけるようなコメントを多くいただけました。  高齢化が進む日本では、健康寿命延伸や医療費増加の抑制は喫緊の課題であり、そのためには中年期からの健康づくりが重要と考えられます。残念ながら東京五輪は延期となってしまいましたが、日本の運動・スポーツに対する関心はこれまでにない高まりをみせています。  しかし、運動には体力向上、生活習慣病やメンタルヘルスの改善など多くの効果が確認されているにもかかわらず、実際に運動を習慣化し、継続できている人はわずかです。労働者の健康保持・増進、運動習慣獲得のためには、運動しやすい環境を整え、運動時間を確保することが重要です。ゲームやメールをするのではなく、職場内で体操やウォーキングを行うなど、昼休みの過ごし方を見直してはいかがでしょうか。 ※1 Schultz AB, et al. J Occup Rehabil, 2007. ※2 Collins JJ, et al. J Occup Environ Med, 2005. ※3 Nagata T, et al. J Occup Environ Med, 2018. ※4 簑輪眞澄ほか 厚生科学研究費補助金健康科学総合研究事業「平成11年度研究業績報告書」 ※5 ロコモティブシンドローム……骨や筋肉などの運動器の障害により歩行などの機能が低下した状態 ※6 メッツ……安静座位を基準として、安静時の何倍の強さに相当するのかを評価する運動の単位 ※7 運動介入群……研究のために、健康に影響があると思われるさまざまな要素を試験的に実施した人たちのこと。本稿では「運動介入群=アクティブレストを行い、その効果を検証した人たち」、「観察群=アクティブレストを行わず、データのみを検出した人たち」をさす ※8 ワーク・エンゲイジメント……従業員の仕事に対するポジティブで充実した心理状態のこと ※9 WFun……Work Functioning Impairment Scaleの略。産業医科大学で開発された健康問題による労働機能障害の程度を評価する尺度 図表1 10分ランチフィットネスRの運動強度 加速度センサーつき活動量計を用いて、女性インストラクター14名(平均年齢46.3歳)の運動強度を測定 身体ほぐし運動 1.6±0.3メッツ 有酸素運動 3.2±0.8メッツ レジスタンス運動 1.5±0.2メッツ 整理運動 1.3±0.1メッツ 出典:著者研究資料 図表2 アクティブレスト導入によるメンタルヘルス、職場の活性度、プレゼンティーズムの改善効果 8週間の運動介入によりメンタルヘルス、職場の活性度の指標であるワーク・エンゲイジメント、プレゼンティーズムの指標であるWFunが改善 右上から、職業性ストレス簡易調査の「身体愁訴」、「同僚からの支援度」、プレゼンティーズムの指標である「WFun」。左上から、職業性ストレス簡易調査の「職場の対人関係上のストレス」、「働きがい」、ワーク・エンゲイジメントの「活力」 ●;運動介入群、□;観察群.*;p<0,05、介入前後の比較.†;p<0.05、時間×群の交互作用 職場の対人関係上のストレス(点) 身体愁訴(点) 働きがい(点) 同僚からの支援度(点) ワーク・エンゲイジメント;活力(点) WFun(点) 出典:Michishita R, et al. J Occup Environ Med, 2017. 図表3  アクティブレスト導入による睡眠の質の改善効果 10週間の運動介入によりピッツバーグ睡眠質問票の「睡眠の質」 が改善 ●;運動介入群、□;観察群.*;p<0,05、介入前後の比較.†;p<0.05、時間×群の交互作 睡眠の質(点) 出典:道下竜馬、ほか。第91回日本産業衛生学会(2018)にて発表 図表4 アクティブレスト導入による身体機能の改善、腰痛軽減効果 10週間の運動介入により身体機能の筋力、柔軟性が向上し、腰痛が軽減 上から30秒椅子立ち上がりテスト(筋力)、座位体前屈(柔軟性)、Visual Analog Scale(VAS)で評価した腰痛の程度 ●;運動介入群、□;観察群.*;p<0,05、介入前後の比較.†;p<0.05、時間×群の交互作用 30秒椅子立ち上がり(回) 座位体前屈(cm) 腰痛の程度;VAS(cm) 出典:森晃爾、ほか。労働安全衛生総合研究事業 平成30年度研究報告書 【P16-18】 テーマ1 スポーツで社員を健康にA アクティブレスト(積極的休養)を活用し社員の健康意識と事業所の活気を高める 株式会社正興(せいこう)電機製作所(福岡県福岡市) 地域に根ざした老舗電機メーカー  福岡市博多区にある「株式会社正興電機製作所」は、1921(大正10)年に創業した地域に根ざした老舗電機メーカーである。公共水道の制御装置のほか、環境エネルギーにおける蓄電池や、医療施設などで活用される機能性液晶フィルムなどの開発・製造を行っている。  社員の平均年齢は46歳。定年年齢は60歳で、希望者全員を63歳まで再雇用しており、今後、65歳まで段階的に引き上げていく予定だ。  同社は2013(平成25)年から健康経営※に取り組んでおり「会社も社員も健康で長生き!」をコンセプトに、社員の自発的な健康維持・増進活動に積極的な支援を行い、組織的な健康づくりを推進している。 健康経営の先進企業として  同社の健康経営の推進体制は、健康経営プロジェクト責任者(常務執行役員)が目標や施策を検討し、健康経営プロジェクトメンバー(管理部門、営業部門、設計部門、労働組合および保健師から選任されたメンバー)が健康増進施策を開発、健康経営事務局(人材開発グループ、ヘルスケアグループ)とともに、社員の健康保持・増進活動を展開している。  健康経営に舵を切ったきっかけは、「プラチナ構想」に賛同したことからだという。「プラチナ構想」とは、三菱総合研究所理事長を務める小宮山宏氏らが提唱しているもので、国が直面している地球温暖化や高齢化などの課題を、再生・成長するためのチャンスととらえ、地域の持つ力(ネットワーク)で対応し、課題解決をしようという構想だ。  同社は2013年より九州大学キャンパスライフ・健康支援センターとの共同研究をもとに独自の健康管理ツール「Health‐Ledger(ヘルスレジャー)」を開発。2017年から運用を開始した。その特徴は次の二つである。 @数値データの管理  摂取カロリーや体重、歩数などのデータを蓄積し、毎年の健康診断の結果と合わせて、生活状況の見える化を実現。 Aモチベーション向上のための仕組みづくり  社内の保健師が個別に状況に応じたアドバイスを実施。  これらは継続性と実効性を高めるものとして効果が立証されている。  2016年には、全従業員に歩数や消費カロリー、睡眠データを管理できる腕時計型端末を配付し、スマートフォンのアプリと連動させて健康関連データの自動収集を開始した。  このような健康経営の取組みにより、2008年から2012年の調査で判明していた社員の不健康化と、医療費が増大していた状況が改善。2018年には、2014年比で喫煙者が11・7%減少したほか、健康診断においては正常の人が脂質の項目で1・8%、肝機能は0・4%それぞれ増加、総合判定としての有所見者が占める割合は6・7%減少するなどの成果が上がっている。  また、2016年には健康経営先進企業として第4回プラチナ大賞イノベーション賞を受賞し、2018年からは、経済産業省および日本健康会議の健康経営優良法人認定制度において、3年連続で「健康経営優良法人・大規模法人部門」の認定を受けている。  なお、自社開発した「Health‐Ledger」は、健康経営を始める企業向けにビジネス展開を行っている。同社のグループ会社である正興ITソリューション株式会社サービス部の今道(いまみち)浩幸(ひろゆき)ヘルスケアグループ長は、「生活習慣病などの発症・重症化を予防するための健康経営の実現を提案しています。数年前は営業先で見向きもされませんでしたが、最近は『従業員の健康管理のために』と反応をいただけるようになりました。健康経営への興味の高さを感じます」と話す。 軽い運動を休み時間に取り入れリフレッシュ  同社では社員の運動サポートのために、休日のウォーキングの推奨といった取組みのほか、アクティブレストの取組みとして「10分ランチフィットネスR」を導入している。  10分ランチフィットネスRは、その名の通り昼休みのうちの10分間を利用して行う簡単なフィットネス運動。変調する音楽に合わせて、身体ほぐし、脳機能を向上させるための指先運動、有酸素運動、筋力トレーニング、ストレッチなどをバランスよく取り入れた運動プログラムだ。軽い運動のため、着替える必要がなく、運動が苦手な人でも簡単にできることも企業で取り入れやすいポイントだ。汗をかかない程度の軽い負荷は昼休みの運動にちょうどよく、心身をリフレッシュさせてくれるという。  10分ランチフィットネスRを導入したきっかけは、2015年に産業医科大学健康開発科学研究室との共同研究として、アクティブレストの実証実験に参加したこと。実証実験では週に3回、昼休みに10分間の運動を2カ月半行った。その結果、1日の活動量(歩数)が7200歩から8500歩に増え、対人ストレスが5点評価のところ3・1から2・8に減少し、職場の活気が3・0から3・4に上昇したという。さらに、アクティブレストの参加率が高い人の方が活力の数値が上がっていることも立証された。  こうした結果を受けて、実験では本社のみで実施していたアクティブレストを、古賀市にある工場にも導入。週2回、月曜と水曜の昼休みに10分ランチフィットネスRを実施している。 社内インストラクターを配置し自発性アップ  アクティブレストの特徴の一つがインストラクターの配置だ。実証実験の際は一般社団法人10分ランチフィットネス協会からインストラクターが派遣されていたが、従業員から候補者を募集し、インストラクター養成費用を会社で負担して社内インストラクターを配置した。現在は本社に2人、工場に2人在籍する。インストラクターの派遣費用がかからないことも実施の継続を後押ししている。  社内インストラクターがいることで、社員間のコミュニケーションが促進されるほか、10分ランチフィットネスR参加への呼びかけが効果的で、企業内の自発的な健康づくりにつながるのだそうだ。  経営統括本部人材活性推進部人材開発グループ長の金内(かねうち)元紀(もとのり)氏は、従業員の健康づくりにアクティブレストを取り入れたことについて、「以前は、昼食後にスマートフォンを見て過ごしている人が多かったのですが、そうした過ごし方よりずっと身体にいいですよね。実証実験で効果が確認されているように、対人ストレスを感じることが減り、活気の高まりも実感しています。とりわけ10分ランチフィットネスRを始めてから、参加者の歩数が伸びていることは、運動をする意識が高まったことの現れだと感じています」と話す。  また、職場単位で参加することにより、職場のコミュニケーションが活性化するといった効果も現れているという。 健康経営の今後の課題  最近の取組みとして、今道氏は「10分ランチフィットネスRの参加者はおよそ20人前後で、メンバーも固定しがちです。そこで、10分ランチフィットネスRや歩数競争に参加することでポイントがたまり、景品に交換できるマイレージ制度を導入しました。ポイントがたまったらアプリ上で操作をすることで、コンビニエンスストアで商品と交換できる引換え券が発行(表示)されます。すべてアプリで完結するため使いやすくなっています。こうしたインセンティブを工夫して、活動を盛り上げていきたいと考えています」と説明する。ポイントはスポーツドリンクやミネラルウォーター、健康ドリンクなどと引き換えができるそうだ。  今後取り組むべき課題について金内氏は次のように話す。  「社員食堂では社員証をかざすだけで、キャッシュレスで食事をすることが可能なのですが、選んだメニューの摂取カロリーが健康管理システムに蓄積される仕組みを整えています。自分自身の健康データを見える化できる仕組みなのですが、まだまだ利用者が少ないので、活用拡大のための施策を検討中です。また、社内インストラクター不足も課題の一つ。インストラクターになるには実習テストを受けなくてはならず、1年に1回、更新のための研修も必要となります。任期を2〜3年にし、交代するように設定していますが、なかなか候補者があがってこないのがむずかしいところです」  同社では、10分ランチフィットネスRをはじめ、今後も社員の自発的な生活習慣改善の取組みを強力にサポートしていく考えだ。 ※ 「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標。企業が社員の健康に配慮することで、企業価値の向上につなげるという経営手法 写真のキャプション 経営統括本部人材活性推進部の金内元紀人材開発グループ長(左)、正興ITソリューション株式会社サービス部の今道浩幸ヘルスケアグループ長(右) 本社のエントランスロビーで実施されている10分ランチフィットネスRの様子 【P19-21】 テーマ2 スポーツを第一線で支える高齢者@ スポーツ用やファッション性に富んだ義足をつくりチャレンジする人を長く支え続ける 公益財団法人鉄道弘済会義肢装具(ぎしそうぐ)サポートセンター 義肢装具士 臼井(うすい)二美男(ふみお)さん 日常生活を送るうえで困らないようにする義足をつくる  スポーツ用義足を手がける義肢装具士としてテレビ、新聞、雑誌などさまざまな媒体で活躍ぶりが紹介されている臼井二美男さん。そのキャリアは1983(昭和58)年に始まり、64歳になった現在も第一線で活躍している。  臼井さんが所属する公益財団法人鉄道弘済会義肢装具サポートセンターは、事故や病気で手足を失った人のための義肢や身体をサポートするための装具を製作から装着訓練まで一貫して行う民間における国内唯一のリハビリテーション施設。臼井さんは義足を担当し、研究室長を務めながら義足をつくる日々を送る。現在、同センターでは約5千人の義肢・装具を製作しており、義足の製作はそのうち3500人ほどだ。  スポーツ用義足の第一人者として、パラリンピックアスリートを支えていることで知られる臼井さんだが、「スポーツ用義足を使っているのは担当している人の1割程度。ほとんどは子どもからお年寄りまで、幅広い年齢の人たちが日常生活を送るうえで困らないようにするための義足をつくっています。スポーツ用の場合は、競技に合わせて素材や形状を変えますが、製作するうえで大事なことは基本的にはどの義足も同じ。その人に合わせて、その人に合ったものをつくる、ということです」と説明する。  同センターでは一人の職人が依頼者の一人ひとりに対応して製作する担当制で、臼井さんは修理なども含めて現在400人ほどの義足を担当しているそうだ。  「まず足の型を取り、その型を基にして義足をつくります。2回目に来てもらったときに仮合わせをして、最短だと3回目で完成しますが、仮合わせを3、4回しても合わない場合もあります。完成後も微妙な調整が必要なことも多いので依頼者とは長いつき合いになります。身体につけたときの感じ方には個人差があり、きつい、ゆるい、痛い、こそばゆい、もぞもぞ、むずむず、きりきりなど、表現のしかたもいろいろです。何を伝えようとしているのか、的確に把握し、理解することが求められます。さらに、足の状態、性格、考え方、足を失ったショックや不安な気持ち、体調、その日の天候などさまざまなことが影響するので、コミュニケーションをとり、その人の個性や特徴に合わせた義足をつくります。最も大事なことはそのための人間関係をつくる、ということでしょうか」 偶然の出会いが重なって現在の職場で義肢装具士に  臼井さんがこの仕事に就いたのは、28歳のとき。大学を中退後、なりたい職業が見つからずさまざまなアルバイトをして生活していたが、結婚を機に定職に就くことを決意。公共職業安定所に行くと職業訓練校で訓練生を募集していることを掲示板で知り、多彩な訓練コースのなかから「義肢科」に目がとまった。  「『義肢』という文字を目にしたとき、小学校の先生への思いが瞬間的によみがえりました。6年生のとき、担任の先生が病気でしばらく休み、再び姿を見せた先生は『自分は義足になった』と教室でみんなに話してくれたんです。当時は義足を知りませんでしたし、想像もつかなかったのですが、先生が触れさせてくれて。そのときのことを思い出し、突き動かされるように、義肢コースで学ぼう、と思いました」  ふつふつと湧いてくる思いを胸に職業訓練校へ足を運び、入学の準備を進めた。入学前に義肢製作の現場を見ておきたいとも思い、電話帳で調べた製作所に連絡したところ、小さな工房だったことから、見学するならもっと大きな職場がよいのではないかと、「東京身体障害者福祉センター」(現・義肢装具サポートセンター)を紹介してくれたうえ、同センターに連絡までしてくれたという。さっそく訪ねてみると、たまたま人員を募集していたことから職業訓練校には入学せず、そのまま同センターで働くことになった。  「4月に見習いで入り、10月に本採用となりました。それから5年間実務経験を積み、国家資格を取得して多くの人と出会い、義足をつくってきました」  いきなり入った職人の世界で、見よう見まねで仕事を覚え、臼井さんは力をつけていった。 欧米のスポーツ用義足に衝撃を受けて独学で試作を重ね、アスリートに出会う  スポーツ用義足とのかかわりは30年ほど前、欧米の義肢業界誌でパラリンピックに出場した義足の選手を紹介する記事を読んだことがきっかけになった。「こんな世界もあるんだ」と衝撃を受けて、さっそく海外から文献などを取り寄せてスポーツ用義足を試作した。  1991(平成3)年には、陸上クラブ「ヘルスエンジェルス」(現在は「スタートラインTokyo」)を設立。「義足で走ってみたい人を募り、月に1回、練習会を続けてきました。4人からスタートして30年、いまはチビッ子から高齢の方まで229人の大きなクラブになりました」と明るい声で臼井さんは話す。  スポーツ用義足の試作を重ねながらその成果を臼井さんは業界誌に発表し、その過程で得られたさまざまな選手との出会いが縁となって、2000年のパラリンピックシドニー大会では、日本人初の走り高跳び選手としてパラリンピックに出場した鈴木徹とおる選手に同行。当時20歳だった鈴木選手をパラリンピックの競技場で目にしたとき、遠目からでも緊張が伝わってきたそうだ。結果は6位入賞と善戦したが、本来の実力が発揮できず臼井さんも悔しい思いをしたという。しかし、パラリンピックの会場や世界中のトップ選手が集まっている迫力は想像以上で、「忘れられない思い出」と振り返る。  次のパラリンピックアテネ大会(2004年)から臼井さんは公式に選手をサポートする一員となり、北京大会(2008年)、ロンドン大(2012年)、リオデジャネイロ大会(2016年)と連続して鈴木選手を支えている。女子選手では、トライアスロンの谷(旧姓・佐藤)真海(まみ)選手や走り幅跳びの村上清加(さやか)選手をサポートしている。  パラリンピックの競技レベルは年々高くなり、義足づくりにも、競技と身体特性に合わせて選手の最大能力を活かす精度と機能が求められているという。また、選手、指導者とともに練習の質を高めていくことにもチームの一員として努める日々だ。 義足を履いてどんなことができるか考えつくることを通して得られる喜びがある  取材時(4月)は新型コロナウイルス感染拡大防止の影響で各種スポーツ大会も練習も中止となってしまったが、普段の臼井さんは、週末のたびに「スタートラインTokyo」のメンバーが出場するスポーツ大会に同行し、スケジュールは常に埋まっている日々だという。  「日本選手権、関東大会、地区大会など、ありとあらゆる大会へ金曜の夜から出かけて土曜、日曜と同行します。トップアスリートだけでなく、初心者の大会にも行きますよ」  そうした日々の原動力は何かとたずねると、「ものづくりが好きですし、つくることを通して出会いがあり、選手や子どもたちの成長に立ち会える喜びがあることです」と返ってきた。  いまではスポーツ用義足にとどまらず、ハイヒールなどが履けるおしゃれを楽しむための「リアルコスメチック義足」や、妊婦のための「マタニティー義足」なども開発。「リアルコスメチック義足」を披露するファッションショーの開催にもかかわり、ショーに参加してくれた若者との交流も臼井さんの力になっている。  「まずは義足を履いて学校に行く、仕事に行くことから。その次にスポーツやファッションを楽しむなど、その人の興味のあることができるように、動き出す一歩を後押ししたい。そんな思いで取り組んでいます」  臼井さんは2019年3月、63歳で定年を迎えた。いまは嘱託職員として定年前と変わらない条件や環境で仕事を続けているそうだ。  「仕事に対する思い、姿勢は年齢に関係なく、現場にいるかぎり初心を忘れずにやっています。ただ、歳を重ねた分だけ経験を多く積んでいるので、若い後輩にフィードバックできることが増えてきました。これはこれからも、より力を入れていきたいことです。また、現場には70代の先輩もいますので、目標になります。やっぱり背中が見える、見られるという環境がよいのだと思います。僕も元気ですし、まだまだがんばります」  東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まり、「夢の実現が先延ばしになりましたが、スポーツやファッション、さらに義足でいろいろなことができる人をもっと増やしていきたい」と前向きだ。  小学校6年生のときの担任の先生とは現在も交流が続いており、「義足をつくらせてもらっています」と臼井さん。出会った人たちとの関係を大切にして自らの道を極めながら、後輩へ技術を伝えていく日々が続いている。 写真のキャプション 臼井二美男さん。右手に持つのが通常の義足、左手に持つのがスポーツ用義足(写真提供:義肢装具サポートセンター) パラスポーツ女子走り幅跳びの村上清加選手も、現在臼井さんがサポートしている選手の一人(写真提供:義肢装具サポートセンター) 【P22-24】 テーマ2 スポーツを第一線で支える高齢者A レーシングカーデザインの巨匠の新たな挑戦は日本代表選手のカヤックづくり ムーンクラフト株式会社 代表取締役 由良(ゆら)拓也さん 好きなことを仕事にしたレーシングカーデザインの巨匠  由良拓也さんは、日本のモータースポーツの黎明期(れいめいき)から活躍するレーシングカーデザイナー。68歳になったいまも、自ら立ち上げた「ムーンクラフト株式会社」を率いて、さまざまなクルマの設計・開発を行っている。「彼には空気が見える」といわれる由良さんが生み出すマシンは、優れた空力設計と流麗(りゅうれい)なフォルムを兼ね備え、国内外から高い評価を得てきた。なかでも富士グランチャンピオンレース用に製作したMCS(ムーン・クラフト・スペシャル)シリーズは、圧倒的な強さを誇った。  好奇心旺盛な由良さんは、本業であるレーシングカーのデザインだけにとどまらず、自ら監督となってレースに参戦したこともある。テレビ番組での軽妙でわかりやすいレース解説や、クルマ雑誌で執筆しているコラムのファンも多い。インスタントコーヒーのテレビCMで「違いがわかる男」として出演していたのをご記憶の方も多いだろう。  由良さんがモータースポーツの世界に足をふみ入れたのは、まだ10代、高等専門学校に通う学生だったころのことだ。「とにかくクルマが大好きで。ただ、初めからクルマ関係の仕事に進むと決めていたわけではありません。当時住んでいた東京の目黒にレーシングカーをつくる会社があり、しょっちゅう覗きに行くうちに、『こんな面白い世界があるのか!』と思ったのが入り口です」と由良さんは語る。  レーシングカーショーの準備に追われていたその会社は、毎日のように見に来る由良少年に「なかに入ってもいいよ」と声をかけ、招き入れた。そして、猫の手も借りたい会社の人に頼まれて手伝ううちに、由良さんはクルマづくりの魅力に取りつかれていく。1年後には通っていた学校を辞め、本格的にレーシングカー製作に打ち込むようになった。「10代のころは、丁稚(でっち)みたいなものでした。働きながら教えてもらう形です。その後、フリーの製作者として、あちらでクルマをつくっていると聞けばそこに行って手伝い、こちらでつくっていると聞けば今度はそこへ行って手伝いと、経験を積みながら技術を磨いてきました」と由良さんは振り返る。  5年ほど経った1975(昭和50)年、23歳のときに、サーキット場のある静岡県小山(おやま)町にムーンクラフト株式会社を設立(現在は御殿場(ごてんば)市に移転)。以来、数々の名車を設計・開発し、名声を築いてきた。 コーチの熱意に負け、採算度外視で競技用カヤックの製作を請け負う  そんな世界的な巨匠が、いま、新たな挑戦をしている。東京五輪カヌースラローム男子カヤックシングル日本代表に内定した、足立和也選手の乗るカヤック(カヌー)の製作だ。  きっかけは、2016(平成28)年、足立選手と二人三脚でオリンピック出場を目ざしていた市場(いちば)大樹(だいき)コーチからの依頼。2人は、既製品のカヤックに限界を感じ、海外の一流選手のように自分に合ったオーダーメイドの艇(てい)に乗りたいと考えた。カヤックは、長い年月のなかで淘汰されて現在の形になっており、公式競技では艇の長さ、幅、重さの規定もあるため、どの艇も見た目は変わらない。しかし、ほんの少しの重さや膨らみの違いで、操作性や水流への抵抗に差が出る。  選手の好みをつくり手に細かく伝えるためにはやはり国内で製産されるのがよいが、日本には競技用カヤックをつくるメーカーがない。そこで、市場コーチは由良さんを頼った。実は市場さんは、モータースポーツが好きで、以前から由良さんの名前を知っていた。競技用カヤックは、レーシングカーと同じカーボンファイバー(炭素繊維)製なので、「ムーンクラフトなら」と、藁(わら)にもすがる思いで連絡してきたのだ。  とはいえ、共通項は素材だけ。由良さんたちにカヤックづくりのノウハウはない。また、一からつくるには費用もかさむ。そのため、一度は依頼を断ったが、その後も市場さんとのやり取りは続き、2018年の暮れ、「お金ができました!」とあらためて依頼された。とても足りる金額ではなかったが、市場さんの情熱にほだされ、採算度外視で引き受けたという。 由良さんの艇を使った足立選手が東京五輪代表に内定!  カヤックづくりは、由良さんをもってしても一筋縄ではいかなかった。「同じカーボンファイバーなので、似たようなものと思っていましたが、どういう構造でどこに強度を持たせればよいかもわからない。また、足立選手がそれまで使っていた艇のコピーでは、われわれがつくる意味がない」と、由良さんたちは悩んだ。カヤックの本場である東欧製の艇を参考にしながら、2019年3月になんとか1号艇を完成させたが、足立選手に満足してもらうことはできず、「申し訳ありませんが、これでは使えません」といわれたという。  「このままでは、オリンピックを目ざす選手の足を引っ張ってしまう」と感じた由良さんたちは、すぐに2号艇の製作を開始、たった2週間で新たな艇をつくり上げた。レーシングカーと同じ製法を取り入れたというその艇は、重量が軽いにもかかわらず張り(剛性(ごうせい))があり、波の向きや勢いを敏感に感じ取れ、操作性がよいものだった。この艇に乗った足立選手は、山口県で行われた選手権でぶっちぎりで優勝した。  「そこまでいったら、オリンピックを目ざすしかないじゃないですか。足立選手からは、やればやるほど、『もっとこうしてほしい』と要望が出てきます。私たちも、つくるたびに技術が上がっていく。アスリートのすごさを実感したのですが、足立選手はミリ単位で変えたところにも気づいて評価してくれるんです。だから、こちらもやりがいがあります」と、由良さんは意欲を見せる。むずかしい要望にも期待以上にこたえようとする由良さんたちの存在は、足立選手にもよい刺激になっている。足立選手は、その年の10月、オリンピック代表の最終選考会を兼ねたNHK杯でライバルのポイント成績を逆転。見事、日本代表の座をつかみ取った。 一生懸命努力するのではなく、好きなことを楽しみ夢中になろう  「私がここまで夢中になれたのは、カヤックが全然科学されていないから。ノウハウもないので、つくっては試しをくり返すメイク&トライの連続です。これは、私が10代のころからやってきたこととまったく同じ。ものづくりは情熱がすべてです」と由良さんはいう。  若いころから業界の第一線で活躍してきた由良さんだが、「空気が見える」といわれるほどの才能は、生まれ持ったものではないという。「10代のころから人一倍経験を積んできたことで、若くしてベテランに近づくことができました。日本のカーレースの世界はまだ黎明期で、何が正しいかわからない時代でしたので、海外の本などを見て『こうするとかっこいいね』などといいながら、見よう見まねでつくっていました。箸にも棒にもかからない失敗作もたくさんありますが、そうした経験によって、どうすればよいかがだんだんとわかるようになりました。一番大事なのは、好きであることだと思います。私は、努力はしていないんです。好きなことに夢中になっただけ。『努力』という言葉にはつらい思いをしてがんばるイメージがありますが、好きなことに夢中になると時間を忘れます。若いころは、クルマをつくっていて気がついたら朝だったということがよくありました。楽しくて仕方がなかったです」と由良さんはいう。  いまのレーシングカー製作は、由良さんの若手時代とは違い、実験設備や強度計算などの技術が進歩し、走る前に大体の性能が予測できるようになった。だが、カヤックは違う。しかも、レーシングカーのように常に前を向いて進むのではなく、激流のなかで360度向きが変わり、垂直に立ったりもする。奥が深く、何度も試しながらつくらなければならないが、だからこそ由良さんを夢中にさせる。「やっていてとても楽しいですよ。楽しいから、お金を度外視してつき合ってしまったんですね」と由良さんは笑う。  いくつになっても仕事を楽しみ、夢中になって取り組む由良さんは、自分が楽しむだけでなく、若手を育てるうえでも、本人がいかに打ち込めるか、どれだけ好きになれるかに気を配っている。「一生懸命努力するのではなく、楽しむこと。楽しんで夢中になれば、技術は自ずとついてきます」と考えているからだ。  由良さんが代表を務めるムーンクラフトでは、日曜日も従業員に会社を開放している。何をしているかというと、カーボンファイバーで楽器をつくったり、自分のクルマの部品をつくったりしているのだ。それを認めるのは、自分と同じように、ものづくりの楽しさを知ってほしいから。「私がそうしているので、ダメとはいえません(笑)。これからも、体が動くかぎり、ものづくりを続けられるといいなと思っています」という由良さん。これからの足立選手の活躍、そして、由良さんの次なる挑戦が楽しみだ。 写真のキャプション 由良拓也さん。後ろにあるのは由良さんが手がけたカヤック(写真提供:ムーンクラフト株式会社) ムーンクラフト製のカヤックを操る足立選手(写真提供:ムーンクラフト株式会社) 【P25】 日本史にみる長寿食 FOOD 321 新ショウガで免疫力パワーアップ 食文化史研究家● 永山久夫 旅に欠かせなかったショウガ  半袖姿の人が増えてくるころになると、葉つきショウガも出盛(でさか)りの時季を迎えます。  辛味も、まだあっさりしていてみずみずしい新ショウガ。若々しいショウガに生味噌を添え、ご飯のそばに置くと食がどんどん進みます。また、昔は、旅などで遠出するときは、何をおいても、干しショウガをつくり、道中薬として忘れずに携帯しました。薄くスライスして天日干しにしたもので、疲れたり、体が熱っぽいようなとき、腹痛のときなどに、そのまま噛み、あるいは砂糖湯に入れて飲んだりしました。  女王卑弥呼で有名な『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』にも、古代の日本にはショウガがあったとの記述があり、魚料理に添えたり、薬用などに用いていたようです。  『魏志倭人伝』のなかでは、卑弥呼の時代の日本人はたいへんに長生きで、「100年あるいは80、90年まで生きる」とあり、食による健康管理に長たけていたのだと考えられます。 免疫力を高める効果があるショウガ  ショウガには200種以上もの香り成分が含まれていて、そのなかには発汗や解熱作用、免疫力を強くする働き、健胃作用という効果を持ったものが少なくありません。脳の活動を活性化する作用の強い成分もあり、注目されています。  辛味成分のジンゲロンとショウガオールは、ともに抗酸化作用があり、ウイルスなどに対する免疫力を高める効果もあるといわれています。  昔から日本では、のどが痛い・はれっぽいと思ったら、黒砂糖にすりおろしたショウガを加え、熱湯を注いで、熱々のうちに飲み、早めに休むと風邪などの予防に効果があるとされていました。  「ショウガ紅茶」という方法もあります。ショウガをスライスして、紅茶ポットに入れ、紅茶と好みの砂糖(黒砂糖がベター)を加え、熱湯を注いだら、3分ほどおいてから飲みます。血行もよくなり、体も心も芯からポカポカ。新ショウガを用いると、はるかに香りがよく美味です。 【P26-30】 短期連載 マンガで見る高齢者雇用 第3回 「再雇用した高齢社員のモチベーションが低い」どうしたらいい? 〈先月号のあらすじ〉 「希望者全員70歳までの雇用」の実現に向けて、65歳超雇用推進プランナー(※)・是石の訪問を受けた株式会社エルダー人事課のメンバー。「現状を把握して、対応策を考えながら、条件整備や職場づくりのお手伝いをします」と話す是石に、頼もしさを覚えるメンバーであった。 ※ 65歳超雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザー……高齢者雇用に関する専門知識や経験などを持つ専門家。当機構からの委嘱により、事業主に対し高齢者雇用にかかわる具体的な制度改善提案や相談・助言などを行っている ★ この物語に登場する企業・人物は架空のものです。 第1回、2回はホームページでもご覧になれます。 エルダー 2020年 マンガ 検索 ※JEED 65歳超雇用推進マニュアル その3 検索 つづく 【P31】 解説 マンガで見る高齢者雇用 第3回 「再雇用した高齢社員のモチベーションが低い」どうしたらいい? 「目標→評価→報酬」のサイクルで高齢社員を戦力化 「高齢社員のモチベーションが低い」と感じる場合、高齢社員が自らの役割の変化や処遇に不満を抱えている可能性が高いと考えられます。マンガの場合は「一人ひとりの働きぶりを評価する仕組みがない」ことが、高齢社員の不満につながりました。その人の働きをしっかりと評価し、処遇に反映させることが、高齢社員のモチベーションの向上、ひいては戦力化につながります。 高齢社員のモチベーション低下の背景  高齢社員のモチベーション低下の背景として、高齢社員の役割が、それまで担当していた仕事ではなく、現役社員の「補助的」な役割へと変更され、賃金は定年前の水準から大幅に低く変更されている、といったことがあげられる。  近年は人手不足により高齢者を戦力として活用することを考える企業も増えてきているが、戦力として活躍してもらうためには、現役社員と同様、働きぶりに応じた「目標→評価→報酬」のサイクルを整えることが必要となる。 モチベーション向上のポイント「『目標→評価→報酬』のサイクル」  「目標→評価→報酬」のサイクルを整えるためのポイントが、30頁の「高齢社員戦力化のための七つのポイント」にまとめられている。重要なのは、 ●高齢社員の能力を把握したうえで経営戦略と合致する期待・役割をになってもらうこと ●その期待・役割を本人に伝えること ●そのうえで働きぶりに見合う評価を行い処遇を見直すこと(「目標→評価→報酬」のサイクル化) となる。経験が活かせる仕事や役割を任されることが、高齢者の「働きがい」、そして「戦力化」につながる。 【P32-33】 江戸から東京へ 第92回 生涯に何度も隠居する 細川(ほそかわ)幽斎(ゆうさい) 作家 童門冬二 主人を殺す下克上  細川幽斎は何度も隠居した。かれの考えでは、  「現職でいると、いろいろ仕来(しきた)りや建前があってやりたいことがやれない。隠居だと、現職の喧(やかま)しい仕来りから逃れて、思うように仕事ができる」  というものだった。  最初にかれが隠居したのは(隠居といってもかれの場合は形式的なものではなく、心の持ち方をいう)、仕えていた第13代将軍足利義輝が三好(みよし)一族に殺されたときだ。このころは下克上(下が上に克(か)つ)≠ニいう風潮が、地方から起こっていた。この風潮は日本全国に広まり、武士階級の権力関係が大きく変わった。下位にいた者が上位者のポストを奪い、その権力の座に座って、今度は自分がまた下の者に追われ、殺されたりする、ということをくり返していた。これが戦国時代を招くことになる。  殺された将軍義輝には弟がいた。義秋(後に義昭=jといい、奈良のお寺に入って修行していた。義輝を殺した下克上の実行者たちは義秋を狙った。  「義輝の後を継ぐのは義秋だ」  という見方があったからだ。幽斎はこのときにまず最初の隠居をした。つまり、  「足利義輝の側近のままでいたら、それに縛られて思うようなことができない。一切を捨てて生まれ変わらなければ自分の志が遂げられない」  と考えたからだ。当時かれはすでに、都では歌人として名を高めていた。かれが歌道に志したのは、決して世間の多くの人のように、  「汚れたこの世から脱して、風流の道を歩む」  ということではない。  「歌道の精神で、社会を眺める」  ということだ。現実の生活から決して逃れようなどという考えはかれにはない。むしろ逆だった。  「人々のためになる政治を行うためには、ときに権力を握らなければ何もできない」  という考え方はかれも持っていた。クールな現実主義者なのである。この世の仕組みや、人に与えられる権力の存在をよく知っていた。 幽斎の隠居の意味  かれは隠居するたびに主人を変える。そのために、  「世渡り上手・生き方上手・世渡りの名人」  などと悪口をいわれた。しかし、これは幽斎に対する誤解であって、幽斎にはまったく私利私欲はない。一度たりとも自分のために、権力の座に座ろうなどとは思ったことはない。  「文化に志し、その座に身を置く」  という歌道の道を歩き続けている所以(ゆえん)だ。現在ではすでにだれにも得られない「古今伝授(こきんでんじゅ)※1の資格」を得ている。つまりかれが歌道に志したのは、  「この世における、一切の出世栄達(えいたつ)※2から身を遠ざける。権力亡者には決してならない」という覚悟があったからである。  殺された将軍の弟、義秋を戴いて諸国を放浪した幽斎は、織田信長に巡り合う。明智光秀の紹介だ。光秀は天下に志し、織田信長こそそれを実現できる人物だと考え、いつか信長に接近したいと思っていた。それを幽斎がチャンスになる話を持ってきた。つまり、  「足利義秋を次期将軍に推し立てる」  ということだ。信長はこれに乗った。そして実現する。が、信長と義秋改め義昭との仲が悪くなり、信長はついに義昭を追放する。このとき幽斎はまた隠居した(もちろん心の隠居)。 号は信長への弔意  それは幽斎が考える天下(この世)は、やはり義昭でなく信長の方がはるかに民のことを考えていたからだ。そのかぎりでは、幽斎は譲らない。そのために、またこういわれた。  「旧主人の立場が悪くなると、すぐ見捨てて次の権力者に阿(おもね)る風見鶏(かざみどり)だ」  しかし幽斎は腹の底に、自分で括(くく)った覚悟があるから何とも思わない。平気で信長に仕えた。  その信長が明智光秀に殺された。光秀の娘は幽斎の息子、忠興(ただおき)の嫁だ。信長の仲介に依る。このとき光秀は、  「婿殿に、天下の半分を差し上げる。味方してほしい」  といってきた。幽斎は、  「武士は二君に仕えられぬ」  といってことわった。そしてその証(あかし)に頭を剃って坊主頭になった。ここで幽斎はまた隠居した。そして本名の「藤孝」から号※3を「幽斎」と改めた。  自分の現在の主人はあくまでも信長さまだという意思表示である。その志を高く評価した信長の後継者、豊臣秀吉が幽斎を召し出す。幽斎は秀吉に仕える。やがて秀吉が死ぬと関ケ原の合戦が起こり、徳川家康は石田三成と対立する。このとき、幽斎は家康に味方した。隠居の身で息子の忠興が城主だった城を守り抜く。石田勢1万5千がこれを囲む。しかし幽斎はわずか500の兵力で最後まで戦い抜く。見かねたときの天皇が仲裁人になる。それは、  「幽斎が死ぬと、古今伝授の資格者が絶える」  ということだった。歌道がこのときの幽斎を救ったのである。 ※1 古今伝授……古今和歌集の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えること ※2 栄達……栄えある地位、身分に達すること ※3 号……本名とは別に使用する名称 【P34-35】 第74回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは  山田勝子さん(76歳)は20代から専業主婦として日々を過ごしてきたが、縁あって75歳で新しい世界へ踏み出した。幅広い世代に人気のカフェでいきいきと接客する山田さんは、若いスタッフのよい手本となっている。いつも笑顔を絶やさない山田さんが生涯現役で働く喜びを語る。 スターバックス コーヒー 南町田 グランベリーパーク店 スタッフ 山田(やまだ)勝子(かつこ)さん 専業主婦として半世紀  私は静岡県伊豆長岡(いずながおか)町(現伊豆(いず)の国(くに)市)の生まれです。三島市内の高校を卒業後、すでに東京へ出ていた姉を頼って、大学進学のため上京しました。実家は米穀商を中心にガソリンスタンドなど多角経営していたとはいえ、6人の子どもを全員大学に進ませてくれた両親は苦労しただろうと思います。  大学では中学校と高校の教員免許を取得しました。漠然と教師という仕事に憧れ、人の前で話す教師は滑舌(かつぜつ)がよいことが大切だと考え、アナウンス研究会というサークルに入って話し方を鍛えたのも懐かしい思い出です。鍛錬のかいあって人一倍声が大きいのですが、この大きな声が接客といういまの仕事に役立っているのですから、人生は面白いと思います。  しかし、当時女性が外で働くことのハードルは高く、大学を出たものの、親の意向もあって私は仕方なく花嫁修業に励んでいました。あるとき、大学の人事課から埼玉県秩父(ちちぶ)市の高校で教師を募集していると連絡があり、親の反対を押し切って家を飛び出し、憧れの教壇に立ちました。ところが、しばらくすると父が迎えにきて結局実家に連れ戻されました。  その後25歳で見合結婚。計理士※1の夫を支えつつ2人の子どもを育て上げ、気がついたら専業主婦として半世紀が過ぎていました。  教師の夢は絶たれながらも「当時の女性の多くが辿(たど)った道ですから」と山田さん。「専業主婦」の日々は充実していたと屈託がない。 夫の病気が人生の転機に  当初は品川区に所帯を持ちましたが、結婚の翌年に町田市に転居しました。夫は女性が外で働くことには反対でしたが、家事をこなしてさえいれば、私自身の時間の使い方についてはとても寛大でした。体を動かすことが大好きな私は、近所のジムに通って体を鍛え、そのうちテニスやゴルフも楽しむようになりました。手芸など趣味も広がり、やりたいことを思い切りやらせてもらえたことには感謝するばかりです。  2人の子どもに恵まれ、子育ても順調でしたが、人生は何があるかわかりません。私が64歳のとき、夫が病気をきっかけに認知症を発症したのです。とてもショックを受けましたが、私は与えられた環境のなかでいかに生活を楽しむかということを常に考えてきました。それまで自分の好きなことに没頭してきた私は頭を切り替え、今後は夫に寄り添って生きていこうと決めました。夫は市内の認知症通所施設に通い、手厚く介護していただいたことで、私も何か恩返しをしたいと思うようになり、ショートステイの施設でボランティアを志願しました。利用者の方と歌を歌ったり、かつて趣味でやっていた手芸を教えたり、専業主婦の経験しかない私でも少しは人の役に立てるのだと嬉しく思ったものです。  同じころ認知症友の会と出会い、会合に顔を出すうちにいつしかボランティアを引き受けるようになった。現在の職場で「パワフル勝ちゃん」と呼ばれる源はここにある。 ボランティア活動を力に  認知症を発症してから6年後に夫は他界しました。私は通所施設や認知症友の会でのボランティア活動をきっかけに、コーラスグループを立ち上げたり、高齢者が集う「ふれあいサロン」にかかわったりと、夫に導かれるように世界が広がりました。認知症サポーターの養成講座にも通い、認知症を支援する目印となるリストバンドの「オレンジリング」をいただき、いまも身につけています。  「RUN伴(ランとも)」※2という言葉を聞いたことがありますか? これは認知症の人が家族や支援者とともにタスキリレーをして走る認知症の啓発イベントの一つで、町田市の旧庁舎跡地が「RUN伴」の中継地点になっていました。参加者を応援するブースがいくつも並び、そのときたまたまお手伝いしたのが、スターバックス コーヒーのブースでした。私は持ち前の大きな声で呼び込みを担当、参加者にも大好評で、私自身とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。このときのご縁で、75歳にして初めて外で働くことになるのですから、不思議なものです。  スターバックス コーヒーは短時間勤務のカフェアテンダント制度をシニア雇用に活用している。山田さんはその第1号として採用された。 生涯現役の拠点がある幸せ  「RUN伴」のブースでおいしいコーヒーを提供してくれたスターバックス コーヒー 町田金森店の店長から、2カ月後にグランドオープンする新店舗「南町田グランベリーパーク店」で働かないかと誘われたときは、一瞬からかわれたのかと思いました。スターバックスは若い人の店というイメージがあり、私の年齢で働くのは無謀だと考え、一度はお断りしましたが、その後もお誘いをいただき、思い切って挑戦することにしました。生意気にも、「ボランティア活動主体の生活を続けたいので空いている時間帯で」と条件を出させてもらいました。すぐに研修を受け、昨年11月の新規オープンから、週2回、10時から14時まで働いています。仕事の内容は主にみなさんのサポートですが、新商品の試飲などを担当することもあります。南町田グランベリーパーク店は、若い人をターゲットにしつつも、福祉対策に力を入れる町田市の店舗として、バリアフリーの実験を進めています。車椅子の移動も視野に入れたレイアウトなど、高齢者や障害のある方も気軽に利用していただける空間を目ざしています。私は傾聴ボランティアなどの経験を活かして、心に寄り添う接客を心がけています。店長は息子と同世代、スタッフは孫と同世代で、ここに来るだけで若返るような気がします。若い人には、「いまの経験が必ずその後の人生に役に立つから、どんなことも一生懸命やろうね」と話しています。  新商品を覚えるのも一苦労ですが、みなさんが親切に教えてくれるので、もっと店の役に立たなければと思っています。カウンターのなかに入ることはありませんが、裏方として仕込みができるように、毎日が勉強の連続です。たとえ短時間勤務でも、休めばほかの人に迷惑がかかりますから、健康には十分気を遣い、万歩計をつねに身につけてしっかり歩くように心がけています。  実は、最近和太鼓を習い始めました。「何か新しいことに挑戦すれば脳が活性化するのでは」、との考えからです。どんどん脳を活性化して、お店から「もうこなくていいですよ」といわれる日まで、パワフル勝ちゃんは走り続けようと、ひそかに心に決めています。 ※1 計理士……1927年から1948年まで、計理士法に基づいて与えられた国家資格。公認会計士制度の発足により廃止されたが、資格としては1967年3月まで存続した ※2 RUN伴……認知症にやさしい街づくりを目ざして2007年に設立された「特定非営利活動法人認知症フレンドシップクラブ」が運営 【P36-39】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第97回 岩手県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー(以下「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 「働けるうちは、いつまでも」定年制度廃止が高めた働く意欲 企業プロフィール 有限会社ゴジュウゴ(岩手県盛岡市) ▲創業 1999(平成11)年 ▲業種 高齢者向け介護福祉事業 ▲職員数 83人(うち正規従業員数41人) (60歳以上男女内訳)男性(5人)、女性(20人) (年齢内訳)60〜64歳 6人(7.2%) 65〜69歳 10人(12.0%) 70〜74歳 7人(8.4%) 75歳以上 2人(2.4%) ▲定年・継続雇用制度 定年なし。平均年齢は50.3歳。最高年齢者はヘルパー職の78歳  岩手県は、北は青森県、西は秋田県、南は宮城県と接しており、面積は東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県を合わせた面積より広く、本州最大となる広大で肥ひ沃よくな県土を有しています。  秋田県との県境には日本最長の奥羽(おうう)山脈があり、これに平行して北上(きたかみ)高地が南北に広がっています。この間を北上川が流れ、流域には平野が形成された地形です。北上川沿いの平野部は、内陸性の気候のため夏は暑く、冬は寒さが厳しいのが特徴で、特に「氷上ワカサギ釣り」で有名な岩洞湖(がんどうこ)周辺に位置する薮川(やぶかわ)地域(盛岡市)は、氷点下30℃を記録することがある「本州一寒い場所」として知られています。一方、「三陸海岸」の名で知られる海岸沿いは、宮古市を境に、北側には断崖や海岸段丘、南にはリアス式海岸が広がり、まったく異なる景観を形成しています。  また、岩手県は歌人の石川啄木(たくぼく)、小説家の宮沢賢治、言語学者の金田一京助といった日本を代表する文学者を輩出している県です。  当機構の岩手支部高齢・障害者業務課の上村(かみむら)俊貴課長は同県の産業について、「伝統的に畜産業、農業、漁業が盛んです。第一次産業の就業者割合は10・6%と全国平均の4・0%※を大きく超え、国内有数の食料供給基地として日本の第一次産業をリードしています。とりわけ畜産業は、奥州(おうしゅう)市が誇るブランド和牛『前沢牛』、国内有数のブロイラー産地である二戸(にのへ)地域の養鶏、遠野(とおの)市名物のジンギスカン(羊肉)がよく知られています。三陸沖の魚介類も豊富で、世界三大漁場の一つに数えられています」と紹介してくれました。  一方、甚大な被害を受けた東日本大震災の復興事業は最終段階を迎えており、建設業界は震災需要の反動減に備えた対応が急務となっています。  同支部には、長年の経験と深い見識があるプランナーが在籍し、企業診断システムなどの分析ツールを活用し、企業の実情にあった提案を行っています。また、就業意識向上研修や企画立案など企業が必要とするサービスを提供中です。  今回は、同支部で活躍するプランナー・千葉悦男さんの案内で、「有限会社ゴジュウゴ」を訪れました。 家族が毎月決まって面談に訪れる介護施設  有限会社ゴジュウゴは、菊地孝治(こうじ)代表取締役社長が1999(平成11)年に設立。2003年より介護事業を開始しました。現在、盛岡市で3施設、釜石市で1施設の住宅型有料老人ホームを運営し、盛岡市内の施設ではデイサービス事業、訪問介護サービスも提供しています。  「ゴジュウゴ」という社名の由来は、菊地社長が55歳のときに立ち上げた会社だからだそう。遊び心がある菊地社長は、もともと盛岡市で広告代理店を営んでいましたが、福祉施設を開設することになったきっかけは、自身の母親を介護施設に預けていたころの忘れられない思い出にありました。  「当時は仕事に追われる毎日で、土曜に面会に行くと伝えたのに、結局、次の土曜、また次の土曜と延ばし延ばしになっていくのが常でした。ようやく面会に行っても『今度はいつ来るの』と、母に次を心待ちにされると、後ろめたさで胸が痛みました」(菊地社長)  介護施設に親を預けると、家族は安心して訪問が少なくなることは珍しいことではないかもしれません。しかし、菊地社長は、そうした思いを抱いた経験から一念発起し、「家族が会いに来る施設」をつくろうと考え、毎月の利用料を家族に直接施設まで支払いに来てもらう仕組みの老人介護施設を立ち上げました。  直接の入金手続きは手間がかかるため振込みの方が何倍も効率的です。同社の水村眞紀子施設長は、この取組みについて、「毎月ご家族と会ってコミュニケーションがとれるので、双方の信頼関係の構築にもつながります」と説明します。 「働けるうちは、いつまでも」を唱えて定年制廃止  同社は2006年に定年を60歳から65歳に延長し、2016年には定年制度および継続雇用制度を廃止しました。このような先進的な定年制度の見直しは、菊地社長が日ごろから口にしている「働けるうちは、いつまでも」という口ぐせが体現されたものです。  「私自身、『働くことに喜びがある』と実感しているので、『働く喜び』を高年齢だからと奪うことがないよう、定年制を廃止しました」(菊地社長)。  千葉プランナーは、「定年廃止により、従業員は自分自身で決めた目標の年齢に向かって働くことができるようになります。定年がないからこそ、いつまでもがんばろうと思えるのではないでしょうか」と、定年廃止が高齢従業員のモチベーションを高めたと評価します。  また、「いつまでも楽しく働くこと」を念頭においた助言をしてきたという千葉プランナー。「『楽しく働く』には、年齢に関係なく従業員の自主性に委ねた職場づくりが重要で、少々の不都合があっても、従業員に任せて黙って見守ることが大切です」とくり返し伝えてきたそうです。  このアドバイスを参考にした取組みが、社内レクリエーションです。それまで会社が行っていたレクリエーションの企画や運営を従業員に任せ、予算は会社が出すように変更したところ(一部は従業員による会費)、従業員が自主的に集まって「親睦会」を結成。従業員同士の交流を深めるイベントを次々に企画し、一体感を高めていきました。  特に毎年、夏に行われる「盛岡・北上川ゴムボート川下り大会」への参加は事業所全体の一大イベントになっています。この大会は、8q下流のゴールを目ざしてゴムボートによる川下りのタイムを競うもので、同社のチームには還暦を超えた従業員も参加しました。  こうした取組みは、事業所全体の活性化につながりました。いまでは、レクリエーションにとどまらず、外部の研修に誘い合って参加したり、シフトを組む際に協力し合ったりと、仕事をフォローし合う助け合いの関係が自発的に生まれているそうです。  同社で働く高齢従業員の活躍ぶりについて、水村施設長は、「別業界の会社を65歳で定年退職して入職し、ヘルパーの仕事は初めてという方も多く在籍しています。こういう方々は視野が広いのか、仕事に臨む姿勢も柔軟で、ヘルパーの仕事の合間に修理や掃除など、いろいろな作業をしてくれます。高齢従業員のなかには、不得意な仕事がある人もいますが、ほかの従業員がフォローをするなど、お互いに助け合いながら仕事に取り組んでいます」と話します。  今回は、主に介護支援を行っているスタッフに話を聞きました。 利用者が話しやすく、若手の頼りになる存在  門間(もんま)久子(ひさこ)さん(65歳)は、60歳のときに看護師として入職し、デイサービスを担当して5年になります。看護師の資格のほかに、体操指導を行う「健康福祉運動指導者」の資格を放送大学で学んで取得し、心理学にも造ぞう詣けいがあります。  25年間、宮城県内の病院に勤務していましたが、高齢の母親を介護するために定年の一年前に、故郷の岩手県にUターンしました。  「デイサービスでは病院の看護業務のような医療の実践はありません。大事なことは利用者とのかかわり方だと感じていて、何でも話せるスタッフでいるように心がけています」(門間さん)  門間さんは、外部で行っている研修会にも積極的に参加していて、「よいことはマネしよう」と業務に活かしているそうです。  現場管理者として門間さんと一緒に働く佐藤朋子(ともこ)さん(42歳)は、「門間さんは利用者に安心感を与えてくれる存在です。若いスタッフには話しにくいことを聞いてくれ、その要望に対して的確に対応してくれます」と門間さんへの感謝を語りす。看護師としても、人生の先輩としても、たくさんの知識と知恵をもっている門間さんは、スタッフの相談相手にもなっているそうです。  「門間さんをはじめ、60代のスタッフのみなさんは若々しくパワーがありますので、『高齢社員』と呼ぶのは抵抗があります。年齢は関係なく、同じ職場で働く仲間として頼りにしています」(佐藤さん)。  吉嶋(よしじま)登子(たかこ)さん(73歳)は、指定居宅介護、基準該当居宅介護の2級課程を修了しています。7年前にゴジュウゴに入職し、訪問介護の仕事を担当。これまで、保育士や看護補助をしてきたという福祉医療のベテランです。  介護の仕事を始めたのは自身の親の介護がきっかけだったそうです。「利用者の方が心を開いて話してくださるとうれしいです」と仕事のやりがいについて話す吉嶋さん。利用者の心に寄り添うことを大事に、日々の仕事にあたっています。  体を動かしながら働けることも介護職の魅力の一つだそうですが、最近は腰への負担を案じるようになってきたとか。ヘルパーの仕事は体が資本ということもあり、調子を整えるために、勤務時間を午前のみ、または午後のみの数時間におさえ、週5日の出勤を続けています。  「何歳まで仕事を続けることができるのか、挑戦しています。体力面での心配もありますが、心はまだまだ元気です。自問自答しながら、日々働いています。これからも笑顔で続けていきたいですね」(吉嶋さん)  訪問介護サービスの責任者として吉嶋さんと一緒に働く赤坂悦子さん(60歳)は、「吉嶋さんは利用者との会話がとても上手です。利用者の話を上手に聞き、対応できる能力があります。それに、プライベートや仕事、施設の親睦会にも積極的で、何をしても楽しそうなんですよ」と話していました。  菊地社長は最後に、「これからも、年齢にかかわらず、活き活きと働いていけるような職場にしていきたいですね」と意気込みを語りました。 (取材・西村玲) ※ 2015(平成27)年国勢調査 千葉悦男(えつお)プランナー(69歳) アドバイザー・プランナー歴:26年 [千葉プランナーから] 「(1) 高齢者雇用対策は早め早めが肝心ですので、積極的な提案を行っています。(2) 高齢者対策に対する『やる気』の度合いが、企業の将来を分けるというほど重要だと考えています。(3) 企業の状況を見極めて助言を行っています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆同課の上村課長は、千葉プランナーについて、「率直で飾らず裏表のない人柄で、いつも泰然自若(たいぜんじじゃく)とした態度には、『この人に頼めば大丈夫』という安心感があります。『高年齢者雇用開発コンテストで大臣表彰をねらいます!』と宣言され、気力・体力の衰えを一切感じさせない姿は、まさに人生100 年時代のお手本のような方です。カメラやクラシック音楽鑑賞をはじめ、趣味の範囲が広く、引き出しの多さに驚かされます」と話します。 ◆当課はJR盛岡駅から徒歩15分。盛岡市の中心街・菜園(さいえん)地区の映画館通りに面するビル内にあります。ビルは赤い「Job Cafe」の看板が目印です。関係機関として「ジョブカフェいわてハローワーク盛岡菜園庁舎」が入居しています。 ◆岩手支部には6人のプランナーが在籍し、県内の事業所訪問を通じて高齢者雇用にかかわる相談・助言を行っています。2019年度は制度改善の提案を107件、訪問を411件行いました。 ◆企業診断システムを活用する場合は、分析結果を用いて、ていねいな相談・助言を行うことを心がけています。 ◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●岩手支部高齢・障害者業務課 住所:岩手県盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 電話:019(654)2081 写真のキャプション 岩手県盛岡市 本部が入居するビル 菊地孝治代表取締役社長(左)と水村眞紀子施設長 利用者との良好な関係を築きコミュニケーションをとる門間久子さん 豊富な経験を活かし、幅広い業務に精通する吉嶋登子さん 【P40-43】 新連載 高齢社員の賃金戦略 学習院大学名誉教授 学習院さくらアカデミー長 今野(いまの)浩一郎  高齢者雇用を推進するうえで重要な課題となるのが高齢社員の賃金制度です。豊富な知識や経験を持つ高齢社員に戦力として活躍してもらうためには、高齢社員の能力や貢献を適切に評価・処遇し、高いモチベーションを持って働いてもらうことが不可欠となります。本連載では、高齢社員戦力化のための賃金戦略について、今野浩一郎氏が解説します。 第1回 高齢社員の賃金を考える二つの視点  今回の連載は賃金がテーマです。まず最初に、読者のみなさんには次の仮想事例について考えていただきたいと思います。 * * *  ある会社のことです。同じ賃金をもらう営業スタッフのAさんと技術者のBさんは、社長に次のことを訴えています。  Aさんはこういいます。「技術部門が魅力的な製品を開発できていないのに、会社として利益が上がっているのは、営業部門のがんばりがあるからで、営業部門の会社に対する貢献は技術部門より大きいといえます。その営業部門でこれだけの成績を上げているのに、Bさんと同じ賃金では納得できません」  他方、Bさんはこういいます。「営業部門が売上げを上げられるのは、技術部門が売れる製品を開発したからで、技術部門の会社に対する貢献は営業部門を上まわります。その技術部門でこれだけ新製品を開発しているのに、Aさんと同じ賃金では納得できません」  そして最後に、2人はともに社長に対して、「なぜ2人の賃金が同じなのか」について納得できる説明を求めました。 * * *  読者のみなさんが社長だったら、この2人の苦情にどのように答えますか。2人が納得できる回答ができれば、高齢社員の賃金の問題にも対応できるはずです。なぜそうなのかについては、連載を通して考えてみてください。 1 連載のねらい〜高齢社員の賃金は「賃金の基本」から考える〜  今回の連載では、60歳以上の高齢社員の賃金はどうあるべきかを考えたいと思います。ここで60歳以上を高齢社員としたことには理由があります。いまでも多くの企業が60歳定年制をとり、定年を迎えた社員を嘱託などの非正社員として再雇用し、定年前の正社員と異なる人事管理を適用しています。しかも定年を延長する企業でも、旧定年年齢である60歳を契機に賃金の決め方などを変える企業が少なくないからです。  いま、多くの企業が高齢社員の賃金をどうするのかに苦労し、すぐにでも「賃金はこうあるべき」という解答を求めていると思います。しかし、どの企業にも通用する「あるべき賃金」はありません。「あるべき賃金」は、それぞれの企業がそれぞれの事情に合わせて苦労してつくりあげるものです。それは、賃金は社員をどのように育成し活用するのかにかかわる個々の企業の考え方に沿って決められ、この考え方は個々の企業がとる経営のビジョンや戦略に沿ってつくられるからです。  このように「あるべき賃金」は会社によって異なりますが、どの企業も、それをつくりあげる際に準拠すべき考え方や手順があります。これが「賃金の基本」であり、「賃金の基本」がわかっていれば、経営の状況がどんなに変わっても対応できる応用力がつきます。また、後述するパートタイム有期雇用労働法は、企業に正社員と非正社員の処遇の違いを社員に説明することを義務づけていますが、「賃金の基本」を知ることは、この説明する力を高めることにもつながります。  このようなことから、連載では「賃金の基本」にこだわって高齢社員の賃金を考えたいと、また読者のみなさんには、具体的な制度や施策にとどまらず、それを支える「賃金の基本」についても理解していただきたいと考えています。 2 高齢社員の賃金問題は「社員の多様化」問題の一タイプ  「賃金の基本」とともに重視したいことは、高齢社員の賃金問題は会社全体の賃金問題の一部であるという視点を持つことです。特にいまは、どのような賃金が企業にとって合理的で、社員にとって公正なのかについて、高齢社員以外のさまざまな場面で問題になっています。  例えば、複線型人事管理をとる企業では、働く地域が限定されず転勤のある総合職と、勤務地が限定され転勤のない一般職の賃金の違いはどうあるべきかが問われています。同様のことは、非正社員を雇用する企業では正社員と非正社員の間でも、短時間正社員制度をとる企業ではフルタイム勤務の正社員と短時間勤務の正社員の間でも問われています。  このように、正社員と非正社員などの処遇の違いをどうすべきかは、企業が自ら取り組むべき重要な経営課題なのですが、パートタイム有期雇用労働法はその動きを促進しています。さらに同法は、定年後に非正社員として再雇用された社員にも適用されるので、高齢社員の賃金に与える影響も大きいといえます。そこで、42頁のコラムで同法の内容を簡単に説明しています。詳細については厚生労働省作成の「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」※を参照してください。  ここで重要なことは、これまで紹介した総合職と一般職、正社員と非正社員、フルタイム勤務の正社員と短時間勤務の正社員の賃金格差の問題はすべて、担当する仕事、キャリア形成の仕方、あるいは働き方などで決まる社員タイプ間の問題であるということです。いま、社員が求める働き方やキャリアの多様化が進み(つまり「社員の多様化」が進み)、企業はそれをふまえて人事管理を変えていかねばならない状況に置かれています。そのため、ここにきて企業は社員タイプ間の賃金の違いを点検し、見直すことが必要になっているのです。  本連載で取り上げる高齢社員の賃金は、こうした「社員の多様化」に合わせて人事管理を再編するという大きな変化のなかで問われている問題であるという視点を持ってほしいと思います。さもないと高齢社員の賃金を、人事管理全体の視点からではなく、高齢社員の事情しか見ない狭い視点から考えるということになるからです。くり返しになりますが、人事管理は複数のタイプの社員を対象にし、各タイプ間のバランスを考えてつくられているシステムなので、そのなかの一タイプである高齢社員の人事管理は、ほかのタイプの社員との関係のなかで考えねばならない、ということを常に意識してほしいと思います。 3 「賃金の基本」の第一歩  企業が賃金を決めるにあたって問われる最も基本的なことは、最初にとりあげた仮想事例のなかのAさんとBさんの苦情に集約されています。つまり2人の苦情にどう答えるかは、賃金を考える際に企業が対応しなければならない最も基本となることなのです。しかし、それにどう答えるかはむずかしく、その背景には次のことがあります。  AさんとBさんは、会社の経営成果に貢献するために、異なる仕事(営業と技術)を通して、異なる形態の価値(「売上げを上げること」と「新しい商品を開発すること」)を生み出しています。ここで大切なことは、2人が生んだ価値は形態が異なるために、直接比較してどちらが大きいかを決めることができない、ということです。それにもかかわらず会社は、@形態の異なる2人の貢献を何らかの方法で貢献の大きさに換算する、A2人の貢献の大きさを比較する、B2人の貢献の大きさが同じであったので同じ賃金とする、という手順をふんで2人の賃金を決めています。このように見てくると2人は、会社がどのような換算の方法をとっているのか、その方法がなぜ公正で合理的であるのかを説明してほしいと社長に求めている、ということになります。  賃金を考えるときには、賃金を決める仕組みと、その仕組みを通して決定される賃金額を分けて考えることも必要です。賃金制度というのは、前者の賃金を決める仕組みのことを指します。例えば、ある会社は勤続給をとり、勤続10年目の社員に毎月10万円の賃金を支給しているとすると、この会社は勤続年数にリンクして賃金を決める仕組みの賃金制度をとり、その制度のもとで勤続10年目の社員の賃金額を10万円としているのです。さらに同じ勤続給をとっても、勤続10年目の社員の賃金を10万円とすることも、15万円とすることも、20万円とすることも可能です。ですから前述したように、賃金制度と賃金額は分けて考えることが必要になるのです。  賃金制度をこのようにとらえたうえで、勤続給を仮想事例に当てはめると、社員の貢献の大きさは勤続年数に比例するので、AさんとBさんは仕事内容、つまり会社に対する貢献の形態は違うが勤続年数が同じなので同じ賃金にする、というのが社長の回答になります。ただし社長のいう、異なる形態の貢献を勤続年数で貢献の大きさに換算する方法に、2人が納得するかはわかりませんが。  このように見てくると、賃金制度とは「異なる仕事を通して異なる形態の価値を生み出し、異なる仕方で経営成果に貢献している」状態をお金(賃金)に変換する仕組みであることがわかります。AさんとBさんが同じ仕事であれば、どちらが多くの価値を生み、経営成果に対して多くの貢献をしたかを見極めることは容易ですが、仕事の異なるAさんとBさんのどちらが多くの価値を生み、多くの貢献をしたかを見極めることはむずかしいことです。それにもかかわらず、最後には2人のどちらが経営成果に対する貢献が大きいか、同じか、小さいかを決めないと2人の賃金は決まりません。「あるべき賃金制度」を考えるということは、この問題の解答を考えることなのです。  これまでは仕事内容の違う場合を例にあげて説明しましたが、労働時間などからみた働き方の違いでも、職務・配置の変更範囲の違いでも同じことがいえます。  こうした違いによって社員の会社に対する貢献の仕方の形が異なる場合に、賃金の決め方はどうすべきであるのか。これが「社員の多様化」が進むなかで、いま会社が対応を迫られている課題であり、そのなかの一つが高齢者の賃金なのです。このことを正しく理解することが「賃金の基本」の第一歩です。 ※ 厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル(業界別マニュアル)」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_03984.html コラム パートタイム有期雇用労働法のポイント  パートタイム有期雇用労働法は、正社員と非正社員の間の『同一労働同一賃金』、つまり正社員と非正社員は同じ仕事であれば同じ賃金にしなければならないことを求めている。こう考える読者が多いかもしれませんが、同法の求めていることは、そうではありません。求めていることは、正社員と非正社員の間の「不合理な待遇差」の解消です。ですから正社員と非正社員は同じ仕事であっても賃金に違いがあってもよいのですが、その違いは「不合理な差」であってはならないということなのです。  そうなると「不合理な差」をどのように判断するかが問題になります。この点についての同法のポイントは以下の二つです。  第一は、正社員と「職務内容」、「職務内容・配置の変更範囲」が同じ場合には、非正社員の待遇は正社員と同じ取扱いにするという『均等待遇規定』です。第二は、それ以外の場合には、非正社員の待遇を、「職務内容」、「職務内容・配置の変更範囲」、「その他の事情」に応じて正社員とバランスがとれる形で決定するという『均衡待遇規定』です。  現状を見ると均等待遇の対象になる非正社員はかぎられるので、多くの非正社員で問題になるのは均衡待遇になります。そうなると、正社員と非正社員の待遇差が均衡がとれているか否かをどう判断するかが問題になりますが、基本的には、@個々の待遇ごとに、A当該待遇の性質目的に照らして、「職務内容」、「職務内容・配置の変更範囲」、「その他の事情」の考慮要素から適切な考慮要素を選び、Bその考慮要素に基づいて判断する、という手順をとります。  以上のことに加えて、会社の社員に対する待遇についての説明義務が強化されたこともパートタイム有期雇用労働法の重要な点です。例えば、正社員との待遇差の内容と理由などについて非正社員から説明を求められた場合には、会社は説明することが義務づけられています。 【P44-47】 知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第26回 海外における労働関連法の適用、労働時間と休憩時間 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 海外出張中の労働者には、日本の労働法が適用されるのですか?  海外出張中の労働者については、日本の労働法が適用されると考えて問題はないのでしょうか。一定の期間出向する場合や、海外の支店で勤務する場合はどうなるのでしょうか。  そのほか、海外赴任の際に留意すべき事項を教えてください。 A  短期的な出張の場合は、引き続き日本の労働法が適用されますが、出向や海外の支店で勤務する場合には、当事者間の合意により日本法を適用すると定めていないかぎりは、海外の法律が適用されることになります。  海外赴任中においても、安全配慮義務を尽くす必要があるほか、労災保険法に関する特別加入の申請などを検討しておく必要があります。 1 海外における労働関連法の適用について  企業のグローバル化やインターネットの発展などにより、過去と比較すると物理的な距離が参入障壁になるとはかぎらず、海外においても事業を展開する企業の割合は増加しています。  一方で、海外に勤務する労働者の管理や適用される法律の問題などについては、複雑になりがちであり、日本国内における労務管理とは異なる課題に直面することもあります。  そこで、今回は、海外赴任時に抱える国際的な労働関連法について、解説しておきたいと思います。 2 公法関係と私法関係について  国際的な法律の適用を考えるにあたって、公法関係と私法関係に分けて考えることが有用です。  まず、公法関係とは、典型的には、日本が定める刑罰や行政による規制などを定めた法律(または法律に定められた規定)があげられます。公法関係については、基本的には、日本国内においてのみ適用され、国外において労働する人までも規制の対象とすることはできないと考えられています。  一方で私法関係とは、賃金や就業場所、そのほかの労働条件を定める労働契約が典型例ですが、私人間(企業と労働者間)の合意により定められる権利義務関係を意味しています。理解のためにあえて単純化するとすれば、労働者が使用者に対して有している権利の内容を決めることが、私法関係であるとイメージを持ちやすくなるかもしれません。私法関係については、「法の適用に関する通則法」という法律が、国をまたぐ契約関係などにおいて、どこの国の法律にしたがうのかというルール(準拠法と呼ばれます)を定めています。  原則として、当事者の合意による準拠法が選択され、それが定められていない場合には、最も密接に関連する国の法律が適用されるというのが基本的なルールです。そして、労働関連法においては、労務を提供する場所を最も密接に関連する国と推定していますので、当事者による準拠法の選択がない場合には、労務提供地である海外の労働関連法が適用されることになります。なお、仮に、準拠法を選択して日本と定めていた場合であっても、労働者が適用するよう求めた現地の強行法規(例えば、日本でいう労働基準法や最低賃金法などの最低基準を定めた法律など)に反する合意は、無効とされてしまいます。  したがって、準拠法を日本と定めておく方が人事労務管理はしやすいとはいえますが、現地の法律(特に強行法規)の調査などが不要となるわけではありません。 3 出張中の労働者について  海外出張中の労務提供に関しては、形式的に見れば、現地における労務に従事しているともいえそうです。しかしながら、比較的短期間の出張のために、海外の労働関連法が適用されるのは不都合であり、現実にそぐわないでしょう。  したがって、短期的な国外における就労については、労務の提供を受けているのが日本国内の企業であることから、労務の提供地が日本であるものとして、国外の労働関連法は適用されないことが多いと整理されています。 4 出向中、海外支店勤務について  出向や海外支店において勤務することになった場合は、出張などの短期的な就労とは異なります。したがって、当事者間において準拠法の選択がされていないかぎり、赴任先の国の労働関連法にしたがうことになります。  日本国内で締結した労働契約の条件を維持している場合においても、現地の労働関連法令を順守できているとはかぎりません。また、仮に、準拠法の選択をしていたとしても、労働者が強行法規の適用を希望した場合には現地の労働関連法が適用されることになります。そのため、短期間ではない出向や海外赴任を行う場合には、現地法の調査が必要ということになります。  現地法が適用されることになれば、日本とは労働時間の上限や割増賃金の計算方法などが異なる可能性があるため、支給すべき賃金にも影響する可能性があります。 5 そのほかの留意事項について  海外赴任時において、労働条件と並んで問題となりやすいのが健康管理です。企業は、労働者に対する安全配慮義務を負っており、これを怠った場合には、労働者に対する損害賠償義務を負うことになります。安全配慮義務は、企業と労働者間の私法関係ですが、指揮命令により安全配慮を実施することができるかぎりにおいては、企業の責任を認めている裁判例も存在しています(東京地裁平成22年8月30日)。  健康管理を実施するにあたって、海外においては医療水準もさまざまであり、必ずしも日本と同等の医療的ケアを受けられるとはかぎりません。さらに、海外における診察を受けるには、コミュニケーションがうまくいかないことで、適切な治療が受けられないリスクもあるなど、国内における安全配慮義務の尽くし方とは異なる問題が生じることがあります。  厚生労働省検疫所が公表している「FORTH」(https://www.forth.go.jp/index.html)というウェブサイトにおいては、各国の留意すべき疾病などの情報がまとめられており有益です。また、外務省が公表している「世界の医療事情」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/)においても、各国の医療水準や主要な医療機関などが掲載されており、こちらも赴任前に確認しておくべきでしょう。  そのほか、海外の事業場に属して労務提供する海外派遣者については、労働者災害補償保険法による支給を受けられないとされているため、特別加入を申請し、労災保険の支給対象となるように準備しておく必要がある場合もあります。 Q2 労働時間と休憩時間の区別についてくわしく知りたい  会社を退職した労働者から、未払い残業代を請求されました。内容をよく見てみると、会社としては、始業前の時間や仮眠用の休憩時間であって、労働時間として把握していない時間に関する未払い残業代のようです。  会社としては、始業前の時間や休憩時間については、労働することを求めていない時間であるため、労働時間になる余地はないと思うのですが、問題があるでしょうか。 A  使用者からの指揮命令がない場合でも、労働することが余儀なくされていた場合には、たとえ休憩時間として設定していたとしても労働時間に該当する場合があります。  休憩時間とする場合には、労働からの完全な解放が必要であるため、休憩時間中には小さな業務であったとしても対応をしないよう徹底しておく必要があります。 1 労働時間と休憩時間とは  近年、労働関連法に対する意識の高まりもあり、未払い残業代が請求されることも増えてきています。  会社としては、労働時間として把握している範囲については残業代を支払っているところ、出社してから労働時間の開始までの時間や、休憩時間としている時間などについて、残業代請求を求められるケースです。  会社が休憩時間としてあつかっているという場合でも、さまざまな類型があり、例えば、長距離トラック運転手の荷下ろしの待機時間、警備員や長距離バス運転手の仮眠時間などさまざまなケースがあります。  労働時間の定義については、最高裁の判例で基準は確立されていますが、個々の会社ごとにどう考えていくのかについては、むずかしいところがあります。  最高裁の判例が示している基準は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいい、「客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」とされています。そして、「使用者から義務付けられ」または「これを余儀なくされたとき」は、「使用者の指揮命令下に置かれたもの」で、労働時間に該当するとされています(最判平成12年3月9日)。この裁判例に加えて、最高裁は、不活動仮眠時間に関して「労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」と判断しています(最判平成14年2月28日)。  これらの判例からいえることは、労働契約や就業規則で労働時間を固定化することはできず、実態に即して客観的に判断されるということと、労働からの解放が保障されていなければ、労働時間としてあつかわれることがあるということになります。 2 始業前または終業後の業務  今回の質問で問題となりやすい点は、就業規則などで定められた労働時間における始業前の時間が労働時間であるかというものです。  例えば、朝礼や朝の掃除、制服への着替えなど、始業時間前に準備する場合や終業後の残務処理があります。これらの行為についても、使用者の指揮命令に基づくものであれば労働時間となりますが、指揮命令がなく自主的に行っていた場合や業務との関連性が希薄である使用者の指揮命令があったとはいえないような場合には、労働時間ではないとされます。  労働時間性を否定した裁判例を概観すると、駅員が行う労働時間開始前の口頭で行われる引継ぎに関して頻繁に行われることがない簡潔なものであることから、口頭引継の時間については労働時間性が否定されています(東京地判平成14年2月28日)。そのほか、実習に関する日報であり業務と直接関連するものではないこと、日報が必ず当日中に提出しなければならない決まりがなかったこと、労働時間中に日報作成のための時間が確保されていたことなどから、日報作成のために残業することが義務付けられていたとはいえないとして、労働時間性が否定されています(東京高判平成25年11月21日)。  一方で、上記の駅員の事案においては、始業時間開始前に行われる点呼については、交代時の業務の一環として行われていたこと、マニュアルを作成、配布して点呼方法を周知し、点呼を行うことを教育指導していること、点呼を行わなかったことが不昇格の理由とされたことがあることなどから、点呼の時間は労働時間性が認められています(東京地判平成14年2月28日)。  これらの事例においては、業務との関連性や明示的な指示、マニュアルの存否に加えて、不利益取扱いの有無などをふまえて、判断されています。 3 仮眠時間・不活動時間について  使用者が、労働者に対して、仮眠時間や積極的に業務に取り組む必要がない時間とされている休憩時間について紛争になることがあります。  使用者の立場からすれば、仮眠しても構わないとしているくらいなので、労働時間ではないと判断していることが多いですが、裁判例では必ずしも仮眠時間の労働時間性は否定されていません。  前掲の最高裁判決の事案(最判平成14年2月28日)は、夜間の警備業務において、1名体制であるうえ、警報や電話などにただちに対応することが義務づけられていたことなどから、労働時間性が肯定されています。結果として、仮眠時間としていた時間すべてが労働時間とされたため、一日あたり7時間から9時間の時間外労働(一部は深夜労働でもあります)が増加する結果となりました。  この判例以降も同種の事案は生じていますが、例えば、4名体制の2名ずつ交代制で勤務する形をとり、仮眠室が用意されており、実際に仮眠時間に活動せざるを得ない状況もほぼ皆無であった事案においては、労働時間性が否定されています(東京高判平成17年7月20日)。そのほか、深夜の夜行バスの運転手の事案ですが、2名体制で、休憩中の運転手が仮眠することができるほか、飲食も許されており、制服の上着を脱ぐことも許されていたことなどをふまえて、労働時間性を否定した事案もあります(東京高判平成30年8月29日)。  仮眠時間などを労働時間から除外するためには、複数名体制とすることが最も有効であり、そのうえで、仮眠時間中の即時対応義務を明示的に否定しておくことが重要であることが、裁判例から見て取ることができます。 【P48-49】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第2回 「定年」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  連載2回目の用語として、高齢者雇用を考えるうえで現在大きな動きがある「定年」を取り上げます。定年とは「一定の年齢に到達すると、仕事や役割から離れること」ですが、一般的には、定められた年齢で雇用関係が終了する「定年退職」をさして使われます。 平均寿命の伸びと定年  現在の定年退職年齢の主流は60歳です。この年齢ですが、会社の方針により、60歳ではなく70歳など定年年齢を先延ばしにすることも可能です。しかし、60歳を前倒しして会社独自のルールを設ける(例えば50歳に設定する)ことは、高齢者雇用に対する義務を定めている「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(以下「高年齢者雇用安定法」)により許されていません。  ところで定年の年齢ですが、普遍的なものではありません。例えば筆者が初めて定年という用語を聞いたのは小学生のときでしたが、テレビでサザエさんのアニメを見ていて、当時54歳の波平さんが隠居に近いようなのんびりとした働き方をしているのも、55歳の定年間近だからと説明を受けて、妙に納得した記憶があります。この55歳というのは、大半の会社の定めであり法律上で明確になっていたわけではないのですが、60歳に引上げになった時期は法律上で明確です。高年齢者雇用安定法により1986(昭和61)年に60歳定年が努力義務となり、1994(平成6)年には60歳未満定年制が禁止されています。  では、定年年齢の変化とはどういったきっかけで起きるのでしょうか。ポイントとなるのは「平均寿命」と「健康寿命」です。先ほど登場したサザエさんの放送開始年である1969年の平均寿命は男性69・18歳、女性74・67歳。60歳まで雇用が義務化された1994年は男性76・57歳、女性82・98歳(厚生労働省「簡易生命表」)で、男女ともに7歳以上の伸びを示しています。このような平均寿命の伸びに合わせて、健康寿命(健康上の問題で制約されることなく日常生活を送ることができる年齢)も伸びる傾向にあります。健康寿命までは体力的に十分に就業可能と考えると、平均寿命の伸びに合わせて定年年齢を見直すのは自然の流れともいえます。このような流れのなかで、2012年の高年齢者雇用安定法の改正により、現在の65歳までの雇用義務化が定められました。 雇用義務化への対応法は大きく三つ  定年退職の最低年齢は60歳ですが、それ以降については、年齢を引き上げる「定年延長」や定年という制度そのものをなくす「定年廃止」、また最低65歳までの「継続雇用」の三つのうち、いずれかを実施するように法的に求められているのが65歳までの雇用義務化の意味しているところです。  定年延長や定年廃止に比べ「継続雇用」はわかりにくいと思います。継続雇用とは、いったん定年退職して雇用関係が終了した社員がさらなる就業を希望する場合、雇用契約を結び直して再雇用することをさします。継続雇用における処遇については、雇用契約の結び直しを機に、特に報酬面を見直す運用をしている会社が多いのが実態で、定年退職前の年収水準にくらべ30パーセント以上減額したうえでの雇用が一般的な傾向となっています(独立行政法人労働政策研究・研修機構『高齢者の雇用に関する調査』2016年)。  しかしながら、定年退職前とまったく同じ職務や責任・負担でありながら減額されることもあり、問題も生じています。例えば、この点で争われた「長澤運輸事件」※は2018年に最高裁判所による判決が出て、かなりの注目を集めました。退職前との処遇格差そのものは否定されないものの、不合理な格差は許されないという主旨です。それならば継続雇用という方法をとらずに、定年延長に一本化したほうがよいという議論もたしかにあります。しかし、一気に定年延長を行うと総額人件費の上昇につながり企業経営を圧迫する、本人の体力や気力に応じた働き方とそれに見合った処遇に見直す機会が失われるという意見も強く、なかなか定年延長にはふみ込めないのが実情です。2019年時点では、雇用確保の方法として約8割の会社が継続雇用制度を選択しています(厚生労働省「高年齢者の雇用状況」集計結果2019年)。  今後の動向は70歳までの就業機会確保  さて、ここからは今後の動向について見ていきましょう。2012年の65歳雇用義務化からさらに状況が変わり、直近の公表で平均寿命(2018年時点)は男性81・25歳、女性87・32歳、健康寿命(2016年時点)は男性72・14歳、女性74・79歳(第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料2018年)です。なんと、健康寿命は先に述べた1969年の平均寿命を超えています。「人生100年時代」や「生涯現役」というフレーズもここ数年でよく見られるようになり、かつての60歳以降=定年=隠居というイメージはすっかりなくなり、60歳以降もこれまでつちかったスキルや経験を活かして働く、体力や気力がある間は働くという意識やライフスタイルへ転換してきています。このような情勢をふまえ、70歳までの就業機会確保が来年(2021年)4月施行で努力義務となります。  この努力義務にはすでに解説した「定年廃止」、「定年延長」、「継続雇用」のほか、「他企業への再就職支援」、「継続的な業務委託」、「社会貢献活動への従事」ができる制度の導入が盛り込まれ、従来よりも幅広い選択が可能となっています。注意しておきたいのが、定年の最低年齢は60歳のままで、定年年齢の引上げに直結しているわけではありません。ただし、過去の経緯から見られる通り、努力義務から雇用義務へ、それにともない定年の引上げとなることは十分に想定されます。会社にとっては70歳雇用延長または65歳定年引上げを前提とした社員のキャリアプランや人事制度の見直しが今後は重要課題となると考えられます。また、本人にとっても、どのようなスキルを武器にいかに活躍していくかという長い目で見たキャリア形成を真剣に考える時期がきているともいえます。 ☆  ☆  次回は定年退職に密接にかかわる「退職金」について解説する予定です。 ※ 長澤運輸事件……定年退職後、嘱託社員として再雇用された社員らが、職務の内容は正社員時代と同一であるにもかかわらず、正社員と比べて2割程度低い賃金とされたことについて、労働契約法第20条に違反し無効であると主張していた事件 【P50-57】 労務資料 高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)  厚生労働省は3月16日、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場環境づくりや、労働災害防止のための健康づくりに向けて、事業者や労働者が取り組むべき事項についてまとめた、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称:エイジフレンドリーガイドライン)を公表しました。本稿ではその全文を掲載します(編集部)。 ※「エイジフレンドリー」とは、「高齢者の特性を考慮した」を意味する言葉で、WHOや欧米の労働安全衛生機関で使用されています。 第1 趣旨  本ガイドラインは、労働安全衛生関係法令とあいまって、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場環境づくりや労働災害の予防的観点からの高年齢労働者の健康づくりを推進するために、高年齢労働者を使用する又は使用しようとする事業者(以下「事業者」という。)及び労働者に取組が求められる事項を具体的に示し、高年齢労働者の労働災害を防止することを目的とする。  事業者は、本ガイドラインの「第2 事業者に求められる事項」のうち、各事業場における高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、国のほか、労働災害防止団体、独立行政法人労働者健康安全機構(以下「健安機構」という。)等の関係団体等による支援も活用して、高年齢労働者の労働災害防止対策(以下「高齢者労働災害防止対策」という。)に積極的に取り組むよう努めるものとする。  労働者は、事業者が実施する高齢者労働災害防止対策の取組に協力するとともに、自己の健康を守るための努力の重要性を理解し、自らの健康づくりに積極的に取り組むよう努めるものとする。  この際、事業者と労働者がそれぞれの役割を理解し、連携して取組を進めることが重要である。また、国、関係団体等は、それぞれの役割を担いつつ必要な連携を図りながら、事業者及び労働者の取組を支援するものとする。  なお、請負の形式による契約により業務を行う者についても本ガイドラインを参考にすることが期待される。 第2 事業者に求められる事項  事業者は、以下の1から5までに示す事項について、各事業場における高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の各事業場の実情に応じて、第4に示す国、関係団体等による支援も活用して、実施可能な高齢者労働災害防止対策に積極的に取り組むことが必要である。なお、事業場における安全衛生管理の基本的体制及び具体的取組の体系について図解すると、別紙(図表)のとおりとなる。 1 安全衛生管理体制の確立等 (1)経営トップによる方針表明及び体制整備  高齢者労働災害防止対策を組織的かつ継続的に実施するため、次の事項に取り組むこと。 ア 経営トップ自らが、高齢者労働災害防止対策に取り組む姿勢を示し、企業全体の安全意識を高めるため、高齢者労働災害防止対策に関する事項を盛り込んだ安全衛生方針を表明すること。 イ 安全衛生方針に基づき、高齢者労働災害防止対策に取り組む組織や担当者を指定する等により、高齢者労働災害防止対策の実施体制を明確化すること。 ウ 高齢者労働災害防止対策について、労働者の意見を聴く機会や、労使で話し合う機会を設けること。 エ 安全委員会、衛生委員会又は安全衛生委員会(以下「安全衛生委員会等」という。)を設けている事業場においては、高齢者労働災害防止対策に関する事項を調査審議すること。  これらの事項を実施するに当たっては、以下の点を考慮すること。 ・高齢者労働災害防止対策を担当する組織としては、安全衛生部門が存在する場合、同部門が想定され、業種・事業場規模によっては人事管理部門等が担当することも考えられること。 ・高年齢労働者の健康管理については、産業医を中心とした産業保健体制を活用すること。また、保健師等の活用も有効であること。産業医が選任されていない事業場では地域産業保健センター等の外部機関を活用することが有効であること。 ・高年齢労働者が、職場で気付いた労働安全衛生に関するリスクや働く上で負担に感じている事項、自身の不調等を相談できるよう、企業内相談窓口を設置することや、高年齢労働者が孤立することなくチームに溶け込んで何でも話せる風通しの良い職場風土づくりが効果的であること。 ・働きやすい職場づくりは労働者のモチベーションの向上につながるという認識を共有することが有効であること。 (2)危険源の特定等のリスクアセスメントの実施  高年齢労働者の身体機能の低下等による労働災害の発生リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例から危険源の洗い出しを行い、当該リスクの高さを考慮して高齢者労働災害防止対策の優先順位を検討(以下「リスクアセスメント」という。)すること。  その際、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(平成18年3月10日危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第1号)に基づく手法で取り組むよう努めるものとすること。  リスクアセスメントの結果を踏まえ、以下の2から5までに示す事項を参考に優先順位の高いものから取り組む事項を決めること。その際、年間推進計画を策定し、当該計画に沿って取組を実施し、当該計画を一定期間で評価し、必要な改善を行うことが望ましいこと。  これらの事項を実施するに当たっては、以下の点を考慮すること。 ・小売業、飲食店、社会福祉施設等のサービス業等の事業場で、リスクアセスメントが定着していない場合には、同一業種の他の事業場の好事例等を参考に、職場環境改善に関する労働者の意見を聴く仕組みを作り、負担の大きい作業、危険な場所、作業フローの不備等の職場の課題を洗い出し、改善につなげる方法があること。 ・高年齢労働者の安全と健康の確保のための職場改善ツールである「エイジアクション100」のチェックリスト(別添1)※を活用することも有効であること。 ・健康状況や体力が低下することに伴う高年齢労働者の特性や課題を想定し、リスクアセスメントを実施すること。 ・高年齢労働者の状況に応じ、フレイルやロコモティブシンドロームについても考慮する必要があること。  なお、フレイルとは、加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態等の危険性が高くなった状態であり、ロコモティブシンドロームとは、年齢とともに骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で「立つ」、「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態のことをいうこと。 ・サービス業のうち社会福祉施設、飲食店等では、家庭生活と同種の作業を行うため危険を認識しにくいが、作業頻度や作業環境の違いにより家庭生活における作業とは異なるリスクが潜んでいることに留意すること。 ・社会福祉施設等で利用者の事故防止に関するヒヤリハット事例の収集に取り組んでいる場合、こうした仕組みを労働災害の防止に活用することが有効であること。 ・労働安全衛生マネジメントシステムを導入している事業場においては、労働安全衛生方針の中に、例えば「年齢にかかわらず健康に安心して働ける」等の内容を盛り込んで取り組むこと。 2 職場環境の改善 (1)身体機能の低下を補う設備・装置の導入(主としてハード面の対策)  身体機能が低下した高年齢労働者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じること。  その際、以下に掲げる対策の例を参考に、高年齢労働者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて施設、設備、装置等の改善に取り組むこと。 〈共通的な事項〉 ・視力や明暗の差への対応力が低下することを前提に、通路を含めた作業場所の照度を確保するとともに、照度が極端に変化する場所や作業の解消を図ること。 ・階段には手すりを設け、可能な限り通路の段差を解消すること。 ・床や通路の滑りやすい箇所に防滑素材(床材や階段用シート)を採用すること。また、滑りやすい箇所で作業する労働者に防滑靴(ぼうかつぐつ)を利用させること。併せて、滑りの原因となる水分・油分を放置せずに、こまめに清掃すること。 ・墜落制止用器具、保護具等の着用を徹底すること。 ・やむをえず、段差や滑りやすい箇所等の危険箇所を解消することができない場合には、安全標識等の掲示により注意喚起を行うこと。 〈危険を知らせるための視聴覚に関する対応〉 ・警報音等は、年齢によらず聞き取りやすい中低音域の音を採用する、音源の向きを適切に設定する、指向性スピーカーを用いる等の工夫をすること。 ・作業場内で定常的に発生する騒音(背景騒音)の低減に努めること。 ・有効視野を考慮した警告・注意機器(パトライト等)を採用すること。 〈暑熱な環境への対応〉 ・涼しい休憩場所を整備すること。 ・保熱しやすい服装は避け、通気性の良い服装を準備すること。 ・熱中症の初期症状を把握できるウェアラブルデバイス等のIoT機器を利用すること。 〈重量物取扱いへの対応〉 ・補助機器等の導入により、人力取扱重量を抑制すること。 ・不自然な作業姿勢を解消するために、作業台の高さや作業対象物の配置を改善すること。 ・身体機能を補助する機器(パワーアシストスーツ等)を導入すること。 〈介護作業等への対応〉 ・リフト、スライディングシート等の導入により、抱え上げ作業を抑制すること。 ・労働者の腰部負担を軽減するための移乗支援機器等を活用すること。 〈情報機器作業への対応〉 ・パソコン等を用いた情報機器作業では、「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月12日付け基発0712第3号厚生労働省労働基準局長通知)に基づき、照明、画面における文字サイズの調整、必要な眼鏡の使用等によって適切な視環境や作業方法を確保すること。 (2)高年齢労働者の特性を考慮した作業管理(主としてソフト面の対策)  敏捷性(びんしょうせい)や持久性、筋力といった体力の低下等の高年齢労働者の特性を考慮して、作業内容等の見直しを検討し、実施すること。  その際、以下に掲げる対策の例を参考に、高年齢労働者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて対策に取り組むこと。 〈共通的な事項〉 ・事業場の状況に応じて、勤務形態や勤務時間を工夫することで高年齢労働者が就労しやすくすること(短時間勤務、隔日勤務、交替制勤務等)。 ・高年齢労働者の特性を踏まえ、ゆとりのある作業スピード、無理のない作業姿勢等に配慮した作業マニュアルを策定し、又は改定すること。 ・注意力や集中力を必要とする作業について作業時間を考慮すること。 ・注意力や判断力の低下による災害を避けるため、複数の作業を同時進行させる場合の負担や優先順位の判断を伴うような作業に係る負担を考慮すること。 ・腰部に過度の負担がかかる作業に係る作業方法については、重量物の小口化、取扱回数の減少等の改善を図ること。 ・身体的な負担の大きな作業では、定期的な休憩の導入や作業休止時間の運用を図ること。 〈暑熱作業への対応〉 ・一般に、年齢とともに暑い環境に対処しにくくなることを考慮し、脱水症状を生じさせないよう意識的な水分補給を推奨すること。 ・健康診断結果を踏まえた対応はもとより、管理者を通じて始業時の体調確認を行い、体調不良時に速やかに申し出るよう日常的に指導すること。 ・熱中症の初期対応が遅れ重篤化につながることがないよう、病院への搬送や救急隊の要請を的確に行う体制を整備すること。 〈情報機器作業への対応〉 ・情報機器作業が過度に長時間にわたり行われることのないようにし、作業休止時間を適切に設けること。 ・データ入力作業等相当程度拘束性がある作業においては、個々の労働者の特性に配慮した無理のない業務量とすること。 3 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握 (1)健康状況の把握  労働安全衛生法で定める雇入時及び定期の健康診断を確実に実施すること。  その他、以下に掲げる例を参考に、高年齢労働者が自らの健康状況を把握できるような取組を実施することが望ましいこと。 〈取組例〉 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者が、地域の健康診断等(特定健康診査等)の受診を希望する場合は、必要な勤務時間の変更や休暇の取得について柔軟な対応をすること。 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者に対して、事業場の実情に応じて、健康診断を実施するよう努めること。 ・健康診断の結果について、産業医、保健師等に相談できる環境を整備すること。 ・健康診断の結果を高年齢労働者に通知するに当たり、産業保健スタッフから健康診断項目毎の結果の意味を丁寧に説明する等、高年齢労働者が自らの健康状況を理解できるようにすること。 ・日常的なかかわりの中で、高年齢労働者の健康状況等に気を配ること。 (2)体力の状況の把握  高年齢労働者の労働災害を防止する観点から、事業者、高年齢労働者双方が当該高年齢労働者の体力の状況を客観的に把握し、事業者はその体力に合った作業に従事させるとともに、高年齢労働者が自らの身体機能の維持向上に取り組めるよう、主に高年齢労働者を対象とした体力チェックを継続的に行うことが望ましいこと。  体力チェックの対象となる労働者から理解が得られるよう、わかりやすく丁寧に体力チェックの目的を説明するとともに、事業場における方針を示し、運用の途中で適宜当該方針を見直すこと。  具体的な体力チェックの方法として次のようなものが挙げられること。 ・労働者の気付きを促すため、加齢による心身の衰えのチェック項目(フレイルチェック)等を導入すること。 ・厚生労働省作成の「転倒等リスク評価セルフチェック票」(別添2)※等を活用すること。 ・事業場の働き方や作業ルールにあわせた体力チェックを実施すること。この場合、安全作業に必要な体力について定量的に測定する手法及び評価基準は安全衛生委員会等の審議を踏まえてルール化することが望ましいこと。  体力チェックの実施に当たっては、以下の点を考慮すること。 ・体力チェックの評価基準を設けない場合は、体力チェックを高年齢労働者の気付きにつなげるとともに、業務に従事する上で考慮すべきことを検討する際に活用することが考えられること。 ・体力チェックの評価基準を設ける場合は、合理的な水準に設定し、職場環境の改善や高年齢労働者の体力の向上に取り組むことが必要であること。 ・作業を行う労働者の体力に幅があることを前提とし、安全に行うために必要な体力の水準に満たない労働者がいる場合は、当該労働者の体力でも安全に作業できるよう職場環境の改善に取り組むとともに、当該労働者も作業に必要な体力の維持向上に取り組む必要があること。 ・高年齢労働者が病気や怪我による休業から復帰する際、休業前の体力チェックの結果を休業後のものと比較することは、体力の状況等の客観的な把握、体力の維持向上への意欲や作業への注意力の高まりにつながり、有用であること。 (3)健康や体力の状況に関する情報の取扱い  健康情報等を取り扱う際には、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年9月7日労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い指針公示第1号)を踏まえた対応をしなければならないことに留意すること。  また、労働者の体力の状況の把握に当たっては、個々の労働者に対する不利益な取扱いを防ぐため、労働者自身の同意の取得方法や労働者の体力の状況に関する情報の取扱方法等の事業場内手続について安全衛生委員会等の場を活用して定める必要があること。  例えば、労働者の健康や体力の状況に関する医師等の意見を安全衛生委員会等に報告する場合等に、労働者個人が特定されないよう医師等の意見を集約又は加工する必要があること。 4 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応 (1)個々の高年齢労働者の健康や体力の状況を踏まえた措置  健康や体力の状況を踏まえて必要に応じ就業上の措置を講じること。  脳・心臓疾患が起こる確率は加齢にしたがって徐々に増加するとされており、高年齢労働者については基礎疾患の罹患状況を踏まえ、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業の転換等の措置を講じること。  就業上の措置を講じるに当たっては、以下の点を考慮すること。 ・健康診断や体力チェック等の結果、当該高年齢労働者の労働時間や作業内容を見直す必要がある場合は、産業医等の意見を聴いて実施すること。 ・業務の軽減等の就業上の措置を実施する場合は、高年齢労働者に状況を確認して、十分な話合いを通じて当該高年齢労働者の了解が得られるよう努めること。また、健康管理部門と人事労務管理部門との連携にも留意すること。 (2)高年齢労働者の状況に応じた業務の提供  高齢者に適切な就労の場を提供するため、職場における一定の働き方のルールを構築するよう努めること。  労働者の健康や体力の状況は高齢になるほど個人差が拡大するとされており、個々の労働者の健康や体力の状況に応じて、安全と健康の点で適合する業務を高年齢労働者とマッチングさせるよう努めること。  個々の労働者の状況に応じた対応を行う際には、以下の点を考慮すること。 ・業種特有の就労環境に起因する労働災害があることや、労働時間の状況や作業内容により、個々の労働者の心身にかかる負荷が異なることに留意すること。 ・危険有害業務を伴う労働災害リスクの高い製造業、建設業、運輸業等の労働環境と、第三次産業等の労働環境とでは、必要とされる身体機能等に違いがあることに留意すること。例えば、運輸業等においては、運転適性の確認を重点的に行うこと等が考えられること。 ・何らかの疾病を抱えながらも働き続けることを希望する高年齢労働者の治療と仕事の両立を考慮すること。 ・複数の労働者で業務を分けあう、いわゆるワークシェアリングを行うことにより、高年齢労働者自身の健康や体力の状況や働き方のニーズに対応することも考えられること。 (3)心身両面にわたる健康保持増進措置  「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」(昭和63年9月1日健康保持増進のための指針公示第1号)に基づき、事業場における健康保持増進対策の推進体制の確立を図る等組織的に労働者の健康づくりに取り組むよう努めること。  集団及び個々の高年齢労働者を対象として、身体機能の維持向上のための取組を実施することが望ましいこと。  常時50人以上の労働者を使用する事業者は、対象の高年齢労働者に対してストレスチェックを確実に実施するとともに、ストレスチェックの集団分析を通じた職場環境の改善等のメンタルヘルス対策に取り組むこと。  併せて、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日健康保持増進のための指針公示第3号)に基づき、メンタルヘルス対策に取り組むよう努めること。  これらの事項を実施するに当たっては、以下に掲げる対策の例を参考に、リスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて取り組むこと。 ・健康診断や体力チェックの結果等に基づき、必要に応じて運動指導や栄養指導、保健指導、メンタルヘルスケアを実施すること。 ・フレイルやロコモティブシンドロームの予防を意識した健康づくり活動を実施すること。 ・身体機能の低下が認められる高年齢労働者については、身体機能の維持向上のための支援を行うことが望ましいこと。例えば、運動する時間や場所への配慮、トレーニング機器の配置等の支援が考えられる。 ・保健師や専門的な知識を有するトレーナー等の指導の下で高年齢労働者が身体機能の維持向上に継続的に取り組むことを支援すること。 ・労働者の健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する健康経営の観点から企業が労働者の健康づくり等に取り組むこと。 ・保険者と企業が連携して労働者の健康づくりを効果的・効率的に実行するコラボヘルスの観点から職域単位の健康保険組合が健康づくりを実施する場合には、連携・共同して取り組むこと。 5 安全衛生教育 (1)高年齢労働者に対する教育  労働安全衛生法で定める雇入れ時等の安全衛生教育、一定の危険有害業務において必要となる技能講習や特別教育を確実に行うこと。  高年齢労働者を対象とした教育においては、作業内容とそのリスクについての理解を得やすくするため、十分な時間をかけ、写真や図、映像等の文字以外の情報も活用すること。中でも、高年齢労働者が、再雇用や再就職等により経験のない業種や業務に従事する場合には、特に丁寧な教育訓練を行うこと。  併せて、加齢に伴う健康や体力の状況の低下や個人差の拡大を踏まえ、以下の点を考慮して安全衛生教育を計画的に行い、その定着を図ることが望ましいこと。 ・高年齢労働者が自らの身体機能の低下が労働災害リスクにつながることを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解することが重要であること。 ・高年齢労働者が働き方や作業ルールにあわせた体力チェックの実施を通じ、自らの身体機能の客観的な認識の必要性を理解することが重要であること。 ・高年齢労働者にみられる転倒災害は危険に感じられない場所で発生していることも多いため、安全標識や危険箇所の掲示に留意するとともに、わずかな段差等の周りの環境にも常に注意を払うよう意識付けをすること。 ・高年齢労働者に対して、サービス業の多くでみられる軽作業や危険と認識されていない作業であっても、災害に至る可能性があることを周知すること。 ・勤務シフト等から集合研修の実施が困難な事業場においては、視聴覚教材を活用した教育も有効であること。 ・危険予知トレーニング(KYT)を通じた危険感受性の向上教育や、VR技術を活用した危険体感教育の活用も考えられること。 ・介護を含むサービス業ではコミュニケーション等の対人面のスキルの教育も労働者の健康の維持に効果的であると考えられること。 ・IT機器に詳しい若年労働者と現場で培った経験を持つ高年齢労働者がチームで働く機会の積極的設定等を通じ、相互の知識経験の活用を図ること。 (2)管理監督者等に対する教育  事業場内で教育を行う者や当該高年齢労働者が従事する業務の管理監督者、高年齢労働者と共に働く各年代の労働者に対しても、高年齢労働者に特有の特徴と高年齢労働者に対する安全衛生対策についての教育を行うことが望ましいこと。  この際、高齢者労働災害防止対策の具体的内容の理解に資するよう、高年齢労働者を支援する機器や装具に触れる機会を設けることが望ましいこと。  事業場内で教育を行う者や高年齢労働者が従事する業務の管理監督者に対しての教育内容は以下の点が考えられること。 ・加齢に伴う労働災害リスクの増大への対策についての教育 ・管理監督者の責任、労働者の健康問題が経営に及ぼすリスクについての教育  また、こうした要素を労働者が主体的に取り組む健康づくりとともに体系的キャリア教育の中に位置付けることも考えられること。  併せて、高年齢労働者が脳・心臓疾患を発症する等緊急の対応が必要な状況が発生した場合に、適切な対応をとることができるよう、職場において救命講習や緊急時対応の教育を行うことが望ましいこと。 第3 労働者に求められる事項  生涯にわたり健康で長く活躍できるようにするために、一人ひとりの労働者は、事業者が実施する取組に協力するとともに、自己の健康を守るための努力の重要性を理解し、自らの健康づくりに積極的に取り組むことが必要である。また、個々の労働者が、自らの身体機能の変化が労働災害リスクにつながり得ることを理解し、労使の協力の下、以下の取組を実情に応じて進めることが必要である。 ・高年齢労働者が自らの身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努めること。なお、高齢になってから始めるのではなく、青年、壮年期から取り組むことが重要であること。 ・事業者が行う労働安全衛生法で定める定期健康診断を必ず受けるとともに、短時間勤務等で当該健康診断の対象とならない場合には、地域保健や保険者が行う特定健康診査等を受けるよう努めること。 ・事業者が体力チェック等を行う場合には、これに参加し、自身の体力の水準について確認し、気付きを得ること。 ・日ごろから足腰を中心とした柔軟性や筋力を高めるためのストレッチや軽いスクワット運動等を取り入れ、基礎的な体力の維持と生活習慣の改善に取り組むこと。 ・各事業所の目的に応じて実施されているラジオ体操や転倒予防体操等の職場体操には積極的に参加すること。また、通勤時間や休憩時間にも、簡単な運動を小まめに実施したり、自ら効果的と考える運動等を積極的に取り入れること。 ・適正体重を維持する、栄養バランスの良い食事をとる等、食習慣や食行動の改善に取り組むこと。 ・青年、壮年期から健康に関する情報に関心を持ち、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用できる能力(ヘルスリテラシー)の向上に努めること。 第4 国、関係団体等による支援の活用  事業者は、第2の事項に取り組むに当たり、以下に掲げる国、関係団体等による支援策を効果的に活用することが望ましいこと。 (1)中小企業や第三次産業における高齢者労働災害防止対策の取組事例の活用  厚生労働省、労働災害防止団体及び独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「JEED」という。)のホームページ等で提供されている中小企業や第三次産業を含む多くの事業場における高齢者労働災害防止対策の積極的な取組事例を参考にすること。 (2)個別事業場に対するコンサルティング等の活用  中央労働災害防止団体や業種別労働災害防止団体等の関係団体では、JEED等の関係機関と協力して、安全管理士や労働安全コンサルタント、労働衛生コンサルタント等の専門家による個別事業場の現場の診断と助言を行っているので、これらの支援を活用すること。  また、健康管理に関しては、健安機構の産業保健総合支援センターにおいて、医師、保健師、衛生管理者等の産業保健スタッフに対する研修を実施するとともに、事業場の産業保健スタッフからの相談に応じており、労働者数50人未満の小規模事業場に対しては、地域産業保健センターにおいて産業保健サービスを提供しているので、これらの支援を活用すること。 (3)エイジフレンドリー補助金等の活用  高年齢労働者が安心して安全に働く職場環境の整備に意欲のある中小企業における取組を支援するため、厚生労働省で実施する補助制度(エイジフレンドリー補助金等)を活用して、職場環境の改善を図ること。 (4)社会的評価を高める仕組みの活用  厚生労働省では、高年齢労働者のための職場環境の改善の取組を評価項目として考慮した労働災害防止に係る表彰、好事例コンクール等を実施し、高齢者労働災害防止対策に積極的に取り組む事業場の社会的評価の向上に取り組んでいることから、これらを活用すること。 (5)職域保健と地域保健の連携及び健康保険の保険者との連携の仕組みの活用  職域保健と地域保健との連携を強化するため、各地域において地域・職域連携推進協議会が設置され、地域の課題や実情に応じた連携が進められているところである。また、健康保険組合等の保険者と企業が連携して労働者の健康づくりを推進する取組も行われている。  具体的には、保険者による事業者に対する支援策等の情報提供や、保健所等の保健師や管理栄養士等の専門職が、事業場と協働して、事業協同組合等が実施する研修やセミナーで、地域の中小事業者に対して職場における健康づくりや生活習慣改善について講話や保健指導を実施するといった取組が行われており、これらの支援を活用すること。 ※ 別添1については、厚生労働省ホームページよりご確認ください ※ 別添2については、厚生労働省ホームページよりご確認ください 図表 事業場における安全衛生管理の基本的体制及び具体的取組 体制 経営トップ方針表明 労働者の意見を聴く機会や労使で話し合う機会 組織・担当者の指定 危険源の特定等のリスクアセスメント及び対策の検討 具体的取組 場のリスク 人のリスク 安全衛生教育 予防 把握・気づき 措置 身体機能を補う設備・装置の導入(本質的に安全なもの) 危険箇所、危険作業の洗い出し 身体機能を補う設備・装置の導入(災害の頻度や重篤度を低減させるもの) メンタルへルス対策(セルフケア・ラインケア等) ストレスチェック@個人、A集団分析 職場環境の改善等のメンタルへルス対策 健康維持と体調管理 作業前の体調チェック 高年齢労働者の特性を考慮した作業管理 運動習慣、食習慣等の生活習慣の見直し 健康診断 健診後の就業上の措置(労働時間短縮、配置転換、療養のための休業等) 健診後の面接指導、保健指導 体力づくりの自発的な取組の促進 安全で健康に働くための体力チェック 体力や健康状況に適合する業務の提供 低体力者への体力維持・向上に向けた指導 【P58】 BOOKS 管理職として働く人のための実践書、高齢社員の活躍をうながす方法も掲載 マネジメントスキル実践講座 部下を育て、業績を高める 大久保幸夫(ゆきお)著/ 経団連出版/ 1600円+税  人と組織について人事、キャリア、労働政策の視点から長年研究を重ねてきた著者が、自らの経験もふまえ、マネジメントスキルを体系的に記した実践書。管理職として働くすべての人に向けて、とりわけ「ミドル層を元気にしたい」との思いがこめられた一冊である。  第1章「『マネジメントを学ぶ』ということ」から、第2章「マネジメントの原理原則」、第3章「日常のマネジメントサイクルをまわす」、そして、第4章「ダイバーシティ&インクルージョンのマネジメント」まで、実践するための方法を詳述している。例えば、第4章では多様な人材を活躍に導くためのマネジメントのポイントを解説し、非正規雇用者、仕事と育児の両立支援、仕事と介護の両立支援、高齢者、外国人など対象者ごとにポイントを示している。高齢者については、だれかの役に立つという職業価値観が強くなってくるなどの特性や変化を活かし、活躍をうながす方法を説いている。  最終章は「マネジメントの哲学」と題してマネジャーが持つべき価値観やスタンスを考察し、「マネジメントはとても楽しい仕事だ」と締めくくっている。自身が活き活きと働き、さらなる成長を願う管理職に特におすすめである。 楽しさややりがいが実感できる「ゆる起業」を考えている人へ 55歳から小ビジネスで稼ぐ!教科書 ―「自分にあった仕事」を見つけて、「不安な老後」のお金を稼ぐための本 片桐実央(みお)著/ 辰巳(たつみ)出版/ 1300円+税  高齢期になっても働き続ける選択肢の一つとして、起業を模索するシニアが増えている。著者の片桐実央氏は2008年にシニア起業を支援する「銀座セカンドライフ株式会社」を設立。以来、7千人以上の起業相談にのってきた。本誌6月号の特集※にも登場していただいたので、ご記憶にある読者も少なくないだろう。  ひと口にシニア起業といっても、定年を迎えた人、早期退職をした人、子育てを終えて自分の世界を持ちたいと考え始めた人などさまざまな起業家がいるという。著者が提唱しているのは、少ない費用で始められ、自分のペースで働ける「ゆる起業」と呼ぶ小ビジネスだ。最も優先するのは楽しさややりがいであり、小さな投資で無理なく働き続けることを目的としている。本書は、その小ビジネスを始めるためのノウハウとして、アイデアを固めてビジネスプランをつくり、開業するまでにやるべきことや考えること、資金調達の仕方などを解説。後半では、ゆる起業でやりがいを実感して活き活きと働いているシニア起業家の多様な事例を紹介している。  起業のノウハウのみならず、成功の秘訣や高齢期の生き方のヒントを得ることもできる。 ※エルダー 2020年6月号 検索 21頁〜掲載 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「本体価格」(消費税を含まない価格)を表示します 【P59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 生涯現役促進地域連携事業実施団体候補を決定  厚生労働省は、「生涯現役促進地域連携事業(2020(令和2)年度開始分)」の実施団体候補として、「連携推進コース」13団体と「地域協働コース」19団体を決定した。  同事業は、地方自治体が中心となって労使関係者や金融機関等と連携する「協議会」などが提案するもの。高齢者に対する雇用創出や情報提供などといった高齢者の雇用に寄与する事業構想を募集し、地域の特性などをふまえた創意工夫のある事業構想を選定し、当該事業を提案した協議会などに委託して行う。2020年度から、これまでの事業を「連携推進コース」とし、新たに「地域協働コース」を新設した。委託費は1年度あたり、「連携推進コース」は3000万円、「地域協働コース」は1500万円。事業期間は最大3年。  連携推進コースに採択された13団体は次の通り。@ 帯広(おびひろ)地域雇用創出促進協議会、A 鷹栖町(たかすちょう)社会福祉協議会、Bつがる市生涯現役促進協議会、C公益社団法人秋田県シルバー人材センター連合会、D 和光(わこう)市生涯現役促進協議会、E西東京市生涯現役応援協議会、F長野市生涯現役促進協議会、G公益社団法人岐阜県シルバー人材センター連合会、H 幸田町(こうたちょう)シニア・シルバー世代サポート推進協議会、I三重県生涯現役促進地域連携協議会、J 瀬戸内(せとうち)市生涯現役促進協議会、K 基山町(きやまちょう)生涯現役促進地域連携協議会、Lいちき串木野(くしきの)市生涯現役促進協議会。 厚生労働省 不妊治療と仕事の両立に関するマニュアルとハンドブックを作成  厚生労働省は、「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」と「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」の二冊を作成した。  近年の晩婚化などを背景に、働きながら不妊治療を受ける人は増加傾向にあると考えられるものの、厚生労働省の2017年度「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」結果によると、半数以上の企業が不妊治療を行っている従業員の把握ができておらず、労働者へのアンケートでは、不妊治療をしたことがある回答者のうち半数以上が仕事と両立しているが、16%は不妊治療と仕事の両立ができずに退職し、8%が雇用形態を変更している。  厚生労働省では、仕事と不妊治療が両立できる職場環境の整備を進めていくため、この「マニュアル」と「ハンドブック」の周知などを通じて、職場での理解を深めながら、事業主の取組みを促進したいとしている。  「マニュアル」は事業主や人事部門向けの内容で、企業が従業員の不妊治療と仕事の両立を支援する取組みを進める導入ステップを解説したうえで、企業での取組み事例などを紹介している。「ハンドブック」は、同じ職場で働く上司や同僚向けの内容で、職場での不妊治療への理解を深めてもらうため、不妊治療の内容や配慮すべきポイントなどを記載している。  ともに、厚生労働省のホームページからダウンロードすることができる。 発行物 ダイヤ高齢社会研究財団 『ストップ介護離職3―人材喪失リスクに備える―』  公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団と明治安田システム・テクノロジー株式会社介護の広場本部は、2019年11月に共同開催したセミナーの記録集を発行した。  本記録集は、就労者が直面する老親介護に焦点をあて、企業戦略として仕事と介護の両立支援の必要性を説いた西久保浩二氏(山梨大学教授)の講演をはじめ、大手企業における両立支援の取組み事例、WEBサイトを中心とした両立サポートサービス、高齢者向け住居・施設の選び方、企業の健康経営を支援するサービスなどに関する専門家や実務担当者の講演を収録している。  本記録集は希望者に無料配布している。入手方法などについての問合せ先は次の通り。 ◆公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団  住所:東京都新宿区新宿1-34-5  電話:03-5919-1631  メール:info@dia.or.jp  財団HP:http://www.dia.or.jp/ 【P60】 次号予告 8月号 特集 新任人事担当者のための高齢者雇用入門 リーダーズトーク 新屋和代さん(株式会社りそな銀行 常務執行役員) 「エルダー」読者アンケートにご協力ください。 本号に同封した「読者アンケート」用紙にご記入のうえ、当機構までFAXにてお寄せください。当機構ホームページからの回答も可能です。 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://krs.bz/jeed/m/elder_enqueteであることをご確認のうえ、アクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み  株式会社労働調査会までご連絡ください。  電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 今野浩一郎……学習院大学名誉教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部人財部門 金沢春康……サトーホールディングス株式会社人財開発部 人事企画グループ人事企画担当部長 菊谷寛之……株式会社プライムコンサルタント代表 阪本節郎……人生100年時代未来ビジョン研究所所長 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長・労働政策部長 藤村博之……法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 真下陽子……株式会社人事マネジメント代表取締役 山ア京子……アテナHROD代表、学習院大学特別客員教授 編集後記 ●今号の特集では「スポーツ」を切り口に、さまざまな立場の方にお話をうかがいました。  特別インタビューでは、メキシコ五輪で銀メダルを獲得した君原健二さんにご登場いただきました。円谷幸吉さんとのエピソードや人生100年時代におけるスポーツのあり方など、興味深いお話が満載です。  テーマ1の「スポーツで社員を健康に」では、「アクティブレスト(積極的休養)」について、福岡大学の道下竜馬先生に解説していただくとともに、導入事例として正興電機製作所を取材しました。「アクティブレスト」は社員の健康と同時に生産性向上が期待できる注目の理論。ご参考にしていただければ幸いです。  テーマ2の「スポーツを第一線で支える高齢者」では、義肢装具士の臼井二美男さん、カヤック日本代表選手の艇を製作した由良拓也さんにお話をうかがいました。長い職業人生のなかで積み上げてきた技術や経験が、最前線で活躍するアスリートを支えています。まさに生涯現役時代のお手本のようなお二人です。  趣味や健康のためだけではなく、「人材活用」や「生きがい」といった視点からも、「スポーツ」はこれからの社会のキーワードとなりえるのかもしれません。 ●新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、今号でご協力いただいた多くのみなさまには、リモート取材にてご対応をいただきました。編集部サイドも不慣れなリモート取材に、快く応じてくださり、改めて感謝申し上げます。 ●本号では「読者アンケート」を同封しています。アンケートは当機構ホームページからもご回答できます。より一層の誌面の充実に向け、みなさまからの忌憚のないご意見・ご感想をお待ちしております。 月刊エルダー7月号 No.488 ●発行日−−令和2年7月1日(第42巻 第6号 通巻488号) ●発 行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 片淵仁文 編集人−−企画部次長 早坂博志 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6216(企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.or.jp メールアドレス elder@jeed.or.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5  TEL 03(3915)6401  FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-781-7 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験などを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.313 実際につくる体験を通して帆布製品の魅力を伝える 帆布製品製造・販売 兄・茂木(もぎ)克夫(よしお)さん(右・69歳) 弟・茂木(もぎ)郁治(ゆうじ)さん(左・67歳) ワークショップの原点は、ものづくりの体験を通してお客さまに喜んでいただくこと。それはわれわれにとっての喜びでもあります 産業用資材からトートバッグまで製作  繊維関係の店舗が90以上も軒(のき)を連ねる東京・日暮里(にっぽり)繊維街。そのなかで、一般客を対象にトートバッグづくりのワークショップを開催して人気を集めているのが、帆布製品の製造・販売を手がける株式会社茂木商工である。  帆布はキャンバスとも呼ばれ、綿などを平織りにした厚手の布で、丈夫さが特徴。シートなどの産業用資材からテント、鞄、靴などまで、幅広く利用されている。  戦後、日暮里で創業した同社は、帆布生地の卸(おろし)からスタートし、やがてシートなどの縫製も手がけるようになる。1970年代になると、シート類の受注が減少する一方、アパレルメーカーの注文を受けてトートバッグの製作を開始。そして、約10年前に「品質のよい帆布製品をつくり、リーズナブルに提供したい」との思いから、自社ブランドを立ち上げ、オリジナルのトートバッグの製作・販売を行っている。 縫製精度の高さが評価され大手メーカーからも受注  3代目にあたる代表取締役の茂木克夫さんと弟で専務取締役の茂木郁治さんは、40年以上にわたり帆布の世界にたずさわってきた。  「初めは生地の卸が中心でしたが、付加価値をつけるために縫製も自分たちで行うようになりました。必要な技術は当時雇っていた職人さんや、取引先の工場などに出向いて勉強しながら身につけていきました」  二人は長年にわたりさまざまな帆布製品を扱うなかで、縫製技術を高めてきた。工房には約30種類のミシンがあり、生地の厚さや縫う位置など、用途に応じて巧みに使い分けることで、高品質の製品を生み出している。  縫製技術の精度の高さは大手メーカーからも評価され、航空機や耐震装置などに用いられる資材も受注している。こうした資材は、寸法など品質に対する厳しいチェックが入るが、ある資材では、過去に何十万枚と生産してきたなかで、問題があったのはわずか一枚。しかもそれは縫製の問題ではなく、支給された原材料に汚れがあったためだという。こうしたものづくりへの姿勢は、トートバッグに対しても変わらない。  5年前から始めたワークショップは、毎週土曜日に4回、平日に2回開催している※。定員は1回につき4名だが、毎回応募者数が定員を上回り、抽選を行うほど。人気の理由は、工業用ミシンなどプロの道具を使えることに加えて、ベテラン職人のサポートを受けながら、完成度の高いバッグをつくって持ち帰ることができるところである。  「われわれの方で裁断などの下準備を行い、ミシンを使ったことのない方でもしっかりサポートします。バッグができあがると、みなさんとても喜ばれ、われわれもうれしいです。また、エンドユーザーと触れ合うことは、製品をつくるうえで勉強になります」 商売人の視点でフレキシブルに対応  同社の強みについて聞くと、二人は口を揃えて「フレキシブルに対応できること」だと話す。  「われわれは元々商売人であり、後から技術を身につけてものづくりをするようになりました。それだけに、帆布にはこだわりつつも、時代の変化に合わせて商売を変化させて危機を乗り越えてきました。ワークショップを実現できたのも、商売人だからかもしれません。何よりもお客さまに喜ばれることを第一に取り組んでいます」  現在は、郁治さんの長男の宏之さんが中心となって製造と販売を行っており、二人はサポート役に徹している。取材で訪れた日も、初めて生地を買いに来たお客さんに対して、宏之さんがつくり手の視点からていねいにアドバイスを行っていた。商売人と職人の両面から、帆布の魅力やものづくりの喜びを多くの人に伝えたいという二人の思いは、着実に受け継がれているようだ。 株式会社茂木商工 https://www.mogi-shoko.co.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) ※ 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で6月19日現在は休止中 写真のキャプション 40年以上にわたり帆布製品の縫製にたずさわってきた二人。経験に裏打ちされた正確な縫製技術は、精密機器を製造する大手メーカーも信頼を寄せる 厚手の生地が重なる部分の縫製には、工業用ミシンが不可欠 工業用ミシンを使い、最も太いゼロ番の糸で厚い生地を重ねて縫っているところ。経験が求められる技術の一つ 工房には約30 種類のミシンがあり、用途に応じて使い分ける。ワークショップもこの工房でプロの道具を使って行われる オリジナルブランド「BLUESWALLOW(ブルースワロー)」のタグ ワークショップで製作するトートバッグの見本。プロのアシストで完成度の高いバッグをつくることができる 現在は郁治さんの長男、宏之さん(右)が製造・販売の中核をになう 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は「オノマトペ」で脳トレです。オノマトペは擬音語や擬態語を意味するフランス語で、自然界の音・声、物事の状態や動きなどを音おんで象徴的に表した言葉です。ピタッとはまるオノマトペは脳を活性化します。 第37回 オノマトペ  制限時間はありません。ピタッとくるオノマトペを選ぶのが未来に向けた脳トレです。次の「   」に行動を表すオノマトペを入れて表現してください。  正解は一つではありません。自分のなかでピタッとはまるオノマトペを考えてみましょう! (例) 勢いよく「グイッと」立ち上がる @気持ちを「        」切り替える A書類を「        」取り出す B目標に向かって「        」働く C机の上を「        」片づける D交渉は「        」押していく E先生の話に「        」耳を傾ける Fやる気が「        」湧いてくる G作業は「        」はかどっている H自信をもって「        」話す I不安な気持ちを「        」振り払う オノマトペでやる気を上げる  働き方改革や社会情勢によって、テレワークやオンライン授業など柔軟な生活形態が普及しつつありますが、これには一人ひとりの自律が求められます。慣れないうちは、在宅勤務や在宅授業など、会社や学校以外の場所で集中を維持するのはなかなかたいへんです。  こうした集中しづらい環境でも、安定的にやる気を起こさせるには、実行可能な行動を具体的に思い浮かべ、否定形を使わず、肯定形を使って、口に出してみると効果的です。このとき、オノマトペを使うと、音のリズムで行動がよりイメージしやすくなるうえに、脳の中のやる気を司る線条体と呼ばれる部位が活性化するといわれています。  「ガンガン調べよう」、「チャッチャと資料をまとめよう」、「スイスイ問題を解こう」などといって、仕事や勉強をしている自分目線の映像を思い浮かべれば、さらに脳活動は高まります。気づけばググっとやる気が湧いてきて、サクサク行動できているはずです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRS を使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【解答例】 @パッと  Aサッと  Bバリバリ Cサクサク Dグイグイ Eジーッと Fムクムク Gスイスイ Hハキハキ Iスパッと 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。2020年7月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒261-0001 千葉市美浜区幸町1-1-3 ハローワーク千葉5階 043-204-2901 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒780-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価(本体458円+税) 『65歳超雇用推進事例集2020』を作成しました 65歳以上の定年制度、65歳を超える継続雇用制度の導入企業事例を紹介した「65歳超雇用推進事例集」の3冊目となる「2020」を作成しました。 25事例を紹介 図表でわかりやすく紹介 索引で検索 □「制度の内容」「制度導入の背景」「賃金・評価制度」などを詳しく紹介 □70歳以上の雇用事例も充実! 事例集は、ホームページでご覧いただくことができます。 https://www.jeed.or.jp/elderly/data/manual.html 65歳超雇用推進事例集 検索 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 2020 7 令和2年7月1日発行(毎月1回1日発行) 第42巻第6号通巻488号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会