【表紙2】 助成金のごあんない 〜65歳超雇用推進助成金〜 65歳超継続雇用促進コース  65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止、希望者全員を対象とする66歳以上の継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施する事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 ●労働協約または就業規則で定めている定年年齢等を、過去最高を上回る年齢に引上げること ●定年の引上げ等の実施に対して、専門家へ委託費等の経費の支出があること。また、改正後の就業規則を労働基準監督署へ届け出ること ●1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者が1人以上いること ●高年齢者雇用推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)の実施支給額 ●定年の引上げ等の措置の内容、60歳以上の対象被保険者数、定年等の引上げ年数に応じて5万円から160万円(ただし1事業主あたり(企業単位)1回限り) 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  高年齢者の雇用管理制度を整備するための措置(高年齢者雇用管理整備措置)を実施した事業主の皆様を助成します。 措置(注1)の内容 @高年齢者の能力開発、能力評価、賃金体系、労働時間等の雇用管理制度の見直しもしくは導入 A法定の健康診断以外の健康管理制度(人間ドックまたは生活習慣病予防検診)の導入 (注1)措置は、55歳以上の高年齢者を対象として労働協約または就業規則に規定し、1人以上の支給対象被保険者に実施・適用することが必要。 支給額 支給対象経費(注2)の60%《75%》、ただし中小企業事業主以外は45%《60%》 (注2)措置の実施に必要な専門家への委託費、コンサルタントとの相談経費、措置の実施に伴い必要となる機器、システム及びソフトウェア等の導入に要した経費(経費の額に関わらず、初回の申請に限り50万円の費用を要したものとみなします。) 【《》内は生産性要件(※2)を満たす場合】 高年齢者無期雇用転換コース  50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した事業主の皆様を助成します。 申請の流れ @高年齢者雇用推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)を実施し、無期雇用転換制度を整備 A転換計画の作成、機構への計画申請 B転換の実施後6ヶ月分の賃金を支給 C機構への支給申請 支給額 ●対象労働者1人につき48万円(中小企業事業主以外は38万円) ●生産性要件(※2)を満たす場合には対象労働者1人につき60万円(中小企業事業主以外は48万円) 高年齢者雇用管理に関する措置(※1)とは (a) 職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等、(b) 作業施設・方法の改善、(c) 健康管理、安全衛生の配慮、(d) 職域の拡大、(e) 知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進、(f) 賃金体系の見直し、(g) 勤務時間制度の弾力化のいずれか 生産性要件(※2)とは、『助成金の支給申請を行う直近の会計年度における「生産性」が、その3年度前に比べて6%以上伸びていること(生産性要件の算定対象となった期間中に、事業主都合による離職者を発生させていないこと)』が要件です。 (企業の場合) 生産性=(営業利益+人件費+減価償却費+動産・不動産賃借料+租税公課)÷雇用保険被保険者数 ※詳しいご案内を61〜63頁に掲載しています 高齢者雇用の助成金に係る 動画はこちら→QRコード 〜障害者雇用助成金〜 障害者作業施設設置等助成金  障害の特性による就労上の課題を克服・軽減する作業施設等の設置・整備を行う場合に費用の一部を助成します。 助成額 支給対象費用の2/3 (例)障害者用トイレの設置、拡大読書器の購入、就業場所に手摺を設置 等 障害者福祉施設設置等助成  障害の特性による課題に応じた福利厚生施設の設置・整備を行う場合に費用の一部を助成します。 助成額 支給対象費用の1/3 (例)休憩室・食堂等の施設、施設に附帯する玄関、トイレ等の附帯施設・付属設備の設置・整備 障害者介助等助成金  障害の特性に応じた適切な雇用管理に必要な介助者の配置等の措置を行う場合に費用の一部を助成します。 @職場介助者の配置または委嘱 A職場介助者の配置または委嘱の継続 B手話通訳・要約筆記等担当者の委嘱 C障害者相談窓口担当者の配置 助成額 @B支給対象費用の3/4 A支給対象費用の2/3 C1人につき月額1万円 外 重度障害者等通勤対策助成金  障害の特性に応じた通勤を容易にするための措置を行う場合に費用の一部を助成します。 @住宅の賃借 A指導員の配置 B住宅手当の支払 C通勤用バスの購入 D通勤用バス運転従事者の委嘱 E通勤援助者の委嘱 F駐車場の賃借 G通勤用自動車の購入 助成額 支給対象費用の3/4 障害者雇用の助成金に係る 動画はこちら→QRコード  お問合わせや申請は、都道府県支部高齢・障害者業務課(東京、大阪支部は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします。そのほかに必要な条件、要件等もございますので、詳しくはホームページ(https://www.jeed.or.jp)をご覧ください。 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.67 75歳まで働く人生プランを描き自分が望む“リアルライフ”の実現を ビジネスコンサルタント 有限会社エマメイコーポレーション 代表取締役 大塚寿さん おおつか・ひさし 1962(昭和37)年、群馬県生まれ。株式会社リクルートを経て、サンダーバード国際経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。帰国後、オーダーメイド型企業研修やコンサルティングを展開するエマメイコーポレーションを創業。『できる40代は、「これ」しかやらない』、『50代 後悔しない働き方』※1ほか著書多数。  「人生100年時代」を迎え、ちょうど折り返し地点にあたる40〜50代の働き盛りのビジネスパーソンのなかには、定年後の人生を考えると漠然とした不安を抱いてしまう人も多いのではないでしょうか。  今回は、ビジネスコンサルタントで作家としても知られる大塚寿さんに、企業で働く中堅層が今後に備えておくべきことや、望ましいセカンドキャリアのあり方などについて、お話をうかがいました。 自分自身の客観的な市場価値を知り早い段階から準備することが重要 ―高校受験・大学受験・就職活動では失敗と挫折の連続だったそうですが、入社した会社ではトップセールスマンとして活躍されました。何がきっかけだったのでしょうか。 大塚 高校受験では地域の一番校を目ざしてがんばったのですが、模試の結果が微妙で、結局チャレンジするのをやめました。いわば敵前逃亡です。高校ではそれなりに勉強して大学を受験したのですが、第一志望の受験は失敗。就職活動でも第一志望の会社をあきらめ、株式会社リクルートに入社しました。この会社で、これまで負け続けた人生のリベンジを仕事で果たそうと決意したのです。ラッキーだったのは、営業の天才といわれた先輩がいて、私と同郷、しかもその人の弟が私の姉の同級生という縁で、営業のノウハウを徹底的に叩き込まれたことです。その先輩のツテで証券会社のトップセールスマンなど各業界のプロと出会い、教えを受けるだけでなく、中小企業のオーナー社長や大企業の部長・課長を紹介してもらい、その人たちから通常は聞けないような現場のリアルな話を数多く聞く機会にも恵まれました。その結果、入社1年目でトップセールスを達成することができました。そのときに「自分だけの思いや考えだけで行動すると失敗する。成功する・しないはともかく、仕事の方法などはさまざまな人のアドバイスに耳を傾け、正しい情報を持ち、正しい行動をとることが正解だ」と悟ったのです。 ―「人生100年時代」といわれますが、ちょうど折り返し地点にあたる40〜50代が今後充実した日々を送るためには、どのような準備が必要でしょうか。 大塚 ご自身の10年後、そして65歳以降のワークライフのイメージを描き、準備することをおすすめします。例えば、定年間際になって準備しても、何らかの資格を取得するには間に合いません。できれば10年、短くても5年程度は準備に費やしたい。40代から準備すれば50代から準備した人と比べて転職も有利になります。幹部人材としての転職も可能ですし、さまざまな可能性があります。そこでぜひやってほしいのが、「いまの自分」を5段階で分析することです。それは、@自分の業界、A自分の会社、B自分の部門、C直属の上司、D自分自身、の五つです。自分の業界は将来も有望なのか、会社は業界のトップ企業なのか、中小企業なのか、そして10年後、20年後はどうなっているかを予測する。また、安定している企業でも自分の部門は本流なのか、傍流(ぼうりゅう)なのか、あるいは赤字部門なのか、上司は信頼に値する人なのかを評価する。最後は「自分」ですが、結局自分というのは大海に浮かんだ船のような相対的存在にすぎません。多くの人は自分の分析だけで済ませてしまいますが、「業界」、「会社」、「自分」の順に分析するのが大事なのです。  その結果、自分の業界が斜陽産業であり、会社も右肩下がりで今後自分の能力を活かすことができないと予想されるのであれば、転職することも考えたほうがよい。また、いまの会社に残るにしても出世を目ざすのか、諦めるのかの決断をする。50代であればある程度決着がついているでしょう。そのうえで自分の守備範囲を広げることです。特に大企業出身者が中小企業へ転職する際にネックとなるのが守備範囲の狭さです。自分の得意とする専門分野の両サイドにある異なる事業分野の業務を、準専門レベルまで引き上げる勉強や経験を積んでおくことをおすすめします。もう一つは自分の市場価値を知ること。それが分かればぼんやりとした不安も解消されますし、前向きな生き方ができるはずです。転職エージェントに聞けば、転職しないにしても自分の客観的な市場価値を教えてくれます。 一律の働き方と処遇ではなく本人のやる気を引き出す選択肢が必要 ―定年後に職場や仕事を変える人も多いですが、望ましい「セカンドキャリア」についてはどのようにお考えでしょうか。 大塚 非常に大事なことですが、こればかりは人それぞれです。セカンドキャリアだからこそ、自分がやりたいこと、もしくは自分ができることをやることが理想ですが、実はやりたいことが浮かばない人も多い。その場合は先ほどの守備範囲を考え、自分のできることを目ざしてほしいと思います。  転職では「大手から中小」系、「中小から中小」系、「専門職」系もあります。大企業から中小企業への転職がもっとも多いのですが、中小企業の経営者からは「守備範囲が狭い」と低く評価されることもあるので、くり返しになりますが守備範囲を広げておくことが重要です。  そのほかに起業・フリーランス系、事業承継系、開店・開業系、雇われ経営者系、大学講師系、第1次産業系など、さまざまなパターンがあり、幅広い選択肢があることを知ってほしいですね。起業といっても従業員を雇う大がかりなものではなく、「一人起業」でサラリーマンのときよりも自由にやりたいことをやって、少し余裕のある生活ができればいいという程度の目標で十分でしょう。「一人コンサルタント」をやっている知人は、年間の売上げが500万円ほどですが、やりがいを感じて仕事をしています。法人化しなくても、業務委託などフリーランスという選択肢もあります。事業承継系では、中国から商品を仕入れてアマゾンに出店している会社を、350万円で買った友人もいます。 ―60歳を超えて働き続けることは、もはやあたり前となりましたが、企業としてはシニア層が積み上げてきた経験をどのように活かしていくべきでしょうか。 大塚 定年後は働き方も処遇も一律というのが一般的ですが、そうではなく、雇用形態も含めた多様な働き方の選択肢を用意してほしい。一つ目はこれまでスペシャリストでやってきた人を遇する「顧問・フェロー制度」。二つ目は営業系の「歩合制度」。例えば、一部の企業ではシニア社員を対象に実施していますが、本人にテリトリーを与えればやる気も出ます。三つ目が「請負・委任契約」。一定の業務を本人の裁量に任せるやり方です。四つ目が「ロイヤリティ契約」。例えば、リクルートには研修のプログラムを作成し、受注すると数%のロイヤリティを受け取っている人もいました。五つ目が「週3日のパートタイム」など柔軟な働き方です。仕事はしたいが、責任を持ちたくない人もいます。  現在、多くの企業の年齢構成は就職氷河期世代が少なく、バブル期入社組が多いというワイングラス型のいびつな形状になっています。労働人口が減るなかでバブル世代が抜けると、困難な状況になるのは必至です。だれが若い世代を育成し、業務をになうのか。結局、シニア人材を活用するしかありません。そうなると、一律の働き方と処遇を続ける企業は勝てません。低責任・低収入から高責任・高収入になる仕組みなど、本人のやる気を引き出す幅広い選択肢をつくることで、逆に優秀なシニア人材を獲得することもできるはずです。 65歳になればしがらみから解放されやりたいことがやれるチャンス ―今後の高齢者雇用の展望についてご意見をお聞かせください。 大塚 企業には60歳からの活躍をうながす仕組みづくりに積極的にチャレンジしてもらいたいですし、できれば50代から始めたいものです。制度や仕組みはやってみないとわかりません。果敢に挑戦することが大事なのです。また、企業としては活かす価値のある経験なのかを精査し、適した仕事をになってもらうことです。人手不足で困っている業務や、中高年にしかできない仕事はたくさんあります。特に設備系の企業は人手不足が深刻ですし、これから廃炉作業が始まる原子力技術者も若い人が少ない。メインフレーム※2のメンテナンスも、CコボルOBOL※3などの古い言語がわかるシニアにしかできません。いまは雇う側も雇われる側も思考停止に陥っているように見えます。世の中にはさまざまな仕事がありますし、それによってシニアの生き方に風穴を開けたいと思っています。 ―最後に定年が視野に入ってきた中堅層へのアドバイスをお願いします。 大塚 75歳まで働くのはあたり前という前提で人生設計をしてほしいと思います。これまで宮仕えを長く続け、そのまま尻すぼみの人生というのはあまりにも哀れです。失敗してもいいから最後はやりたいこと、できることにチャレンジしてほしい。65歳になれば子どもも自立して身軽になりますし、やりたいことがやれるチャンスです。フランスの詩人アナトール・フランスの「もし私が神だったら、青春を人生の終わりに置いただろう」という私の好きな言葉があります。人生の「おまけ」のイメージが強いセカンドライフではなく、責任やしがらみから解放されるからこそできる、リアルに自分が望む生き方、「リアルライフ」を実現してほしいと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※1 本書は、本誌2020年11月号「BOOKS」(57頁)でご紹介しました ※2 メインフレーム……主に企業などの基幹業務用システムなどに用いられる大型のコンピュータのこと ※3 COBOL……事務処理用に開発された最初期のプログラミング言語の一つ 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 2020 December ●表紙のオブジェ イラストレーター 柳田ワタル(やなぎだ・わたる) 1947年 大阪府堺市生まれ。1970年 多摩美術大学卒業。アニメーション制作会社勤務ののち、1974年よりフリーのイラストレーターとなる。1977年よりオブジェ、立体クラフトなどの制作を開始。90年代からは写真撮影も始める。 特集 6 シニア採用で会社にイノベーションを 7 総論 シニア人材とイノベーション ―外部労働市場におけるシニア人材の魅力とは― 株式会社シニアジョブ 代表取締役 中島康恵 11 解説 シニア採用におけるミスマッチの防止に向けて 株式会社クオリティ・オブ・ライフ 代表取締役 原正紀 15 企業事例@ コンピュータシステム株式会社 シニアが持つ知恵と経験を活かし シニアが中心となった新プロジェクトを始動 19 企業事例A 株式会社アイネット 上場を見据えた管理体制構築のため 経験豊富なシニア人材を監査役に招聘 23 企業事例B 株式会社ボールド 経験豊富なシニアと業務委託契約を結び ITエンジニアを支える「専任コーチ」に 27 企業事例C 株式会社サラダコスモ「ちこり村」 前職などでつちかった経験を活かし 活き活きと働くシニアが地域を元気にする 1 リーダーズトーク No.67 ビジネスコンサルタント 有限会社エマメイコーポレーション 代表取締役 大塚寿さん 75歳まで働く人生プランを描き自分が望む“リアルライフ”の実現を 30 江戸から東京へ 第97回 老女流作家の意地 清少納言 作家 童門冬二 32 高齢者の職場探訪 北から、南から 第102回 栃木県 株式会社ヌマニウコーポレーション 36 高齢社員の賃金戦略 最終回 今野浩一郎 40 新連載 高齢社員の心理学 ―加齢で“こころ”はどう変わるのか― 増本康平 42 知っておきたい労働法Q&A《第31回》 人事制度の見直し、定年後再雇用制度の改定 家永勲 46 いまさら聞けない人事用語辞典 第7回 「昇格・昇進」 吉岡利之 48 えるだぁ最前線 向洋電機土木株式会社 53 日本史にみる長寿食 vol.326 風邪に負けるなホウレンソウ 永山久夫 54 令和3年度 高年齢者活躍企業コンテスト募集案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 65歳超雇用推進助成金のご案内 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第42回]シャッフルことわざ 篠原菊紀 ※連載「高齢者に聞く 生涯現役で働くとは」、「技を支える」は 休載します 【P6】 特集 シニア採用で会社にイノベーションを  変化の激しいこの時代において、さらなる会社の成長をうながしていくためには、自社にはない強みを持った人材を外部から採用し、活用していくという視点を持つことも重要となります。  そこで今回は、シニア人材の「採用」をテーマとした特集をお届けします。「シニア採用」というと、慢性的に人手不足の業界での採用活動を想像する人も多いと思いますが、近年では、豊富な知識や経験を頼りに、会社の基幹人材としてシニアを採用するケースも増えてきています。海外プロジェクト経験者、人材育成や経理のプロフェッショナルなど、さまざまな専門性や強みを持ちながらも、活躍の場を求めているシニア人材は少なくありません。会社に進化をもたらす“イノベーション人材”として、シニアの採用を考えてみてはいかがでしょうか。 【P7-10】 総論 シニア人材とイノベーション ―外部労働市場におけるシニア人材の魅力とは― 株式会社シニアジョブ 代表取締役 中島康恵(やすよし) イノベーションをになうシニアが活躍中  「イノベーション人材」と聞いて、シニアをイメージする方は少ないと思いますが、すでにイノベーションのにない手となっているシニアは数多くいます。  中小企業は大企業に比べ、社内のノウハウやナレッジが少なく、シニアが外部からノウハウなどを持ち込むだけで劇的な変革が起き、新しいサービスやソリューションがすぐさま誕生することも珍しくありません。そうしたシニアはスーパースターのような特殊な人材ではなく普通の人物です。本人もそんな成果を確信していなかった場合さえあります。  多くの方が思い描くイノベーション人材は、積極的に企画を出し、指揮を執り、社内に革新を生み出していく人物かもしれませんが、そのような人材は世代を問わず稀(まれ)です。日本企業のイノベーションは個人主導ではなく、もっとチームとして、あるいは仕組みとして進めるものへと変わるべきかもしれません。高い技術と豊富な経験、そして積極性を持ったシニア人材は、すでに職場でイノベーションを生み出しています。当社でも70歳の社員がトップクラスの営業成績とともに、若い社員へ多くの気づきと影響を提供しています。むしろ、シニアが提供する影響の受け皿整備など、企業側がシニア活用についてのイノベーションを起こすことで、シニアだけでなく、性別や雇用形態に関係なく、だれもがイノベーションを起こせる環境が整うのではないでしょうか。 シニア人材の特徴は変化している  イノベーション人材のとらえ方を変えれば、すでにイノベーションをになっているシニアの存在にも気づくことができるというお話をしましたが、同じようにシニア人材の特徴や魅力にも、変化が起きています。  もちろん、シニア人材最大の魅力であり、外部労働市場における価値は、いまもなお高い技術と豊富な経験を持つ即戦力であることです。また、現代の若い人材と比べると、受けた教育の違いから、勤勉、礼儀正しい、我慢強いといった特徴も、それほど変わっていないかもしれません。しかしすでに、イメージと異なる傾向も見え始めています。  例えば、ITやインターネットの活用に対して、シニアは苦手なイメージがありますが、いまのシニアは若者ほどではないにしろ難なく使いこなします。頭が固い・頑固というのもそれほどではなく、健康寿命も以前より若返って元気な方が多くいます。  いまのシニアを10年前のシニアと同じように考えてはいけません。いまは50代と60代の差はかなり小さくなりつつあります。 50代と60代の評価の差は縮まっている  それはつまり、外部労働市場における50代と60代の評価の差も縮まったということです。もちろんいまでも年齢を重ねるごとに折り合う給与額は低くなる傾向にありますが、企業や職種によっては60代も50代と遜色なく、むしろスキルや成果に応じて高い給与を実現できるケースも増えています。こうした50代と60代の評価の差は、少子高齢化の進行や、労働力人口の減少と年齢構成の変化を受けて、年々縮まってきています。  特に、高い技術と豊富な経験を持ったシニア人材が高い評価を得ていますが、「働きたい」という意思があり身近な労働力であることそのものが価値だと考える企業も増え、積極的なシニア人材活用を始めています。  シニア人材のみの、ほかの世代にはない価値としては、「教育のにない手」への期待です。高度な技術の伝承はもちろん、マニュアル化できない文化的なものの伝承を期待されることもあります。個々の事情にもよりますが、子育てなどが終わり、若い世代よりもむしろ自由が利く世代としてシニア世代に価値を見出す企業もあります。 企業もシニアも「変化」を直視しなければならない  ところが、こうしたシニア人材の変化に、企業もシニア自身も十分に理解し、対応できているとはいえません。多くの企業の経営者や人事部が採用したい人材は、現在も変わらず将来性のある新卒や有能な若手が中心で、60代にかぎらず50代についても「働かないおじさん問題」※1といったように切り捨てたい思惑があり、事実、大手企業のリストラはコロナ禍前から活発化しています。  一方のシニア人材も、ともすれば「シニアでも転職・再就職が可能」という事実にも疑いを持ち、どうせ無理と諦める方や、「悠々自適な老後」という十数年前のシニア観を捨てきれない方、経験・スキルの整理がされぬまま、見合わない条件を求める方などさまざまです。  「変化についていけない」といういい方は、企業にもシニアにもたいへん失礼なのですが、会社やシニア社員自身の状態や置かれた環境をいま一度、しっかりと見つめ直すことが必要なのかもしれません。  高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)においては65歳までの雇用継続の義務、改正高齢法では2021年4月から70歳までの就業機会確保の努力義務を企業に課しており、若者が確実に減っているなかで若手中心の採用の継続に無理がないのか、企業は採用戦略を見直すタイミングに来ているといえるでしょう。  シニアもまた、一回り上の世代の老後観を捨て、定年が伸びて働き続ける人生設計を行う必要があります。むしろ、上の世代のシニアが享受してきた、「貯蓄も年金もあり、定年から健康寿命の平均まで10年近くも余裕がある」ような「豊かでゆとりのある老後」が特殊だったと考えるべきなのではないでしょうか。  シニアの活用に成功している企業、そして、活躍し続けているシニアに共通しているのは、こうしたシニアの雇用をめぐる変化に対応できていることです。 多くの「働くシニア」はフルタイムを希望  例えば、シニアの働き方に対するニーズが変化していることにお気づきでしょうか。シニアの働き方は、これまで「無理せず時短で」、「好きなことを仕事に」、「新しいチャレンジ」といったイメージでした。もちろんいまでもこうした働き方を実践しているシニアもいますが、多くのシニア、特に60代前半のシニアの働き方は違ったものになっています。  現在のシニアのニーズは、「フルタイム、残業も可」、「正社員希望」、「責任ある立場で、経験・資格を活かしたい」、「働けるかぎり一生働きたい」といった傾向が強まっています。シニア専門人材会社である当社(株式会社シニアジョブ)の主に50代以上のシニア求職者を対象にしたアンケート調査でも、希望勤務日数や希望勤務時間について約8割が「週5日以上」、「1日8時間」とフルタイムの勤務を希望しました(図表1・2)。  こうした働き方のニーズからも、50代と60代の差が意識の面でも縮まっていることを感じます。老後資金の不足という経済面の動機もありますが、事情がないかぎりほとんどの50代がフルタイムでの勤務を望むように、多くの60代もフルタイムで、なおかつ責任ややりがいの大きい仕事を求めています。 シニアの起業・副業ニーズが拡大  また、最新の傾向として、起業や副業など、これまでのサラリーマン像にはない新しい働き方を希望するシニアも増えています。  これは改正高齢法がフリーランスや起業といった新しい働き方に触れている影響もありますが、むしろ、以前よりも独立やパラレルキャリア※2が一般的なものとなっていることや、そこにさらに新型コロナウイルス感染症の感染拡大が発生し、シニアにかぎらず自らのキャリアと収入を見つめ直すきっかけとなっていることが大きな要因と思われます。  シニアの副業ニーズも、旧来のイメージから大きく変化しつつあります。これまでシニアの「本業」自体が、時短や半分趣味のようなフルタイムではないものだったこともあり、シニアの副業のイメージは「空き時間を利用した」、「未経験でもできる」といった片手間感の強いものでした。しかし、コロナ禍以降のシニアの副業ニーズは、「本気」の副業とでもいうような、本業も責任ある立場で注力したうえで、本業と同等に力を注ぐ副業に注目が集まっています。  例えば、自身も事業を運営する経営者が、本業以外での収益を強化するために副業を探すケース、自身はフルタイムで働きたいが職場の規定で数日しか働けず、空いている日に違う仕事をしたいといったケースです。  起業でも副業でも、シニアの動機は「お小遣い稼ぎ」や「好きなことをやりたい」というものではなく、もっとキャリアや収入を強く意識したものとなっており、業務委託や副業を希望するシニアにも強い積極性と専門スキルを持った人材が多いことがわかります。 高齢法の改正でシニア就労はどう変わる?  ご存知の通り、来年4月には改正高齢法が施行され、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となります。しかし、努力義務であり、すべての企業が「70歳まで雇用し続ける」状況になるには、残念ながら時間がかかりそうです。そうしたなかでもシニア側の意識は確実に、70歳まで働くことがあたり前だと感じるように変わっていくのではないでしょうか。  70歳まで働き続けられない職場からは、働き続けたいシニアが流出します。70歳まで働き続けたいシニアやよりよい条件を求めるシニアが、対応しきれない企業から流出することで、シニアの転職市場はさらに活性化するでしょう。  改正高齢法では65歳から70歳までの働き方として、企業が自社で雇用し続けないフリーランスや起業などのパターンも示していますが、シニア自身の希望だけで選べるものではなく、企業がそのための制度を設ける必要があります。このことも「理想の老後の働き方」ではない企業からのシニアの流出につながります。  こうした「理想の老後の働き方で会社を選ぶ」動きは、やがてシニアにとどまらず、若者を含めた全年齢に広がると思われます。企業はシニアの採用のみならず、若い世代も含めた採用全般を円滑に行うために「魅力ある老後の働き方」を早急に整備する必要があるでしょう。 年齢だけでは人材を評価できない時代へ  終身雇用からの脱却を目ざす日本企業が、「魅力ある老後の働き方」を整備し、訴求しなければならないのは皮肉な話で、また、いままで考えたこともないような、シニア人材のフリーランス化や起業の支援についても考えを巡らせなければならず、企業の人事は大きな混乱のなかにあることでしょう。  おそらく来年4月の改正高齢法施行以降も企業の試行錯誤は続き、4月までに改定した社内規定も短期間でつくり直されるかもしれません。  しかし、その間にも先行する企業はシニアを採用し続け、そうした企業を目ざしたシニアの転職も増えるでしょう。  くり返しますが、すでに50代と60代の評価の差は、かなり縮まっています。もはや年齢・世代だけで、低い評価や安い労働力と考える時代ではありません。  個々のシニアの経歴・スキルを評価し、シニアを適切に活用する制度づくりがいま、企業に求められています。イノベーションのにない手は特殊なシニアではありません。シニアの活躍の場をつくることで、イノベーションもまたそこから生まれてくることでしょう。 ※1 働かないおじさん問題……社内の地位や給料に見合った働きをしていない「おじさん」社員がいることで、生産性の低下や、若手社員のモチベーション低下などが懸念されること ※2 パラレルキャリア……本業の仕事以外に、別の仕事や社会貢献活動等を行い、本業のキャリアと同時に第二のキャリアを築いていくこと なかじま・やすよし  株式会社シニアジョブ代表取締役。1991(平成3)年、茨城県生まれ。大学四年時に仲間を募り起業、翌2014年の卒業後にIT会社を登記。シニア転職のむずかしさに衝撃を受け、シニア支援に一生を賭けることを決意。2016年に社名変更した株式会社シニアジョブは、50代以上に特化した人材紹介、人材派遣を提供する会社で、1000人以上のシニアの転職を支援。 図表1 転職・再就職時のシニアの希望勤務日数 週2日以下 1.2% 週3〜4日 11.7% 週5日以上 80.2% 不明 6.9% 図表2 転職・再就職時のシニアの希望勤務時間 1日4時間以下 3.6% 1日5〜7時間 6.3% 1日8時間 76.9% 不明 13.2% 出典:株式会社シニアジョブ「シニアの働き方に関するアンケート」(2019年) 【P11-14】 解説 シニア採用におけるミスマッチの防止に向けて 株式会社クオリティ・オブ・ライフ 代表取締役 原正紀(まさのり) シニアと企業のマッチングの必要性  高齢者の就業率と医療費の関係を都道府県別に見てみると、高齢者の就業率が高く、シニアが長く働いている都道府県ほど、医療費が少ないことがわかります※1。やはり、長く働いてもらうことは大事で、働くことで健康が増進され、健康寿命が延びて、医療費が下がるわけです。  働くことは、三つの面でシニアの健康維持に寄与します。まず、働くと「頭を使う」。認知機能低下の防止にもなりますし、自分自身のキャリアを意識して築いていくことができます。次に「体を使う」。家から出て人と会ったり、毎日歩いたりして、身体の面で健康になります。そして「気を遣う」。これがすごく大事で、人に対して気を遣い、自分を律したり、社会性を保つことで、人はメンタル的に健全でいられます。  シニアが働くメリットは、健康寿命が延びて個人が幸せになるだけではありません。企業は、人材不足のなかで戦力を獲得し、成長・発展することができます。社会全体を考えても、介護や医療の社会負担が抑えられますし、若者たちが未来に希望を持てます。そういう意味では、今回のテーマである「イノベーション」にかぎらず、もっとシニア採用のマッチングを進めていくことが大事です。 イノベーションを起こせるシニア人材とは  イノベーションにつながるシニア採用について考えていく前に、大前提として、みなさんに認識しておいていただきたいことがあります。それは、シニア層においても、イノベーションを起こせる人材として活躍している人はいますが、イノベーションを起こせるシニア人材のマッチングは決して簡単ではない、ということです。シニア人材は能力やキャリアはもちろん、働き方に対する意識も個人差が大きく、ミスマッチを起こさないためには、採用時の人材の見極めが重要となります。  平成の時代をふり返ると、イノベーションこそが日本企業にとっての課題でした。日本のIMD※2世界競争力ランキング※3は、平成の初めには1位でしたが、平成が終わるころには20位を下回り、いまでは30位以下です。人口1人あたりのGDPを見ても、2002(平成14)年ごろまでは世界で10位以内だったのが、20位台半ばまで順位を下げました。企業の時価総額ランキングも、1989年には世界ベスト50に日本企業が32社も入っていたのに、いまではトヨタ自動車1社のみです。  なぜそうなったかというと、イノベーションを起こせなかったからです。諸外国の企業が多くのイノベーションを起こし、生産性やビジネスモデルを革新してきたなか、日本企業のなかには、改善こそしてきたものの、変化に対応しきれなかった企業も少なくありません。その中心にいたのが、現在のシニア世代であることを無視することはできないでしょう。  もちろん、シニアのなかにもイノベーションを起こせる人材はいます。現役時代から経営能力や専門性や感性を高めてきた人材、あるいは、社内外に幅広くプロフェッショナル人材のネットワークを持つ人材です。後者は、自分一人でイノベーションを起こすことはできなくても、ネットワークをコーディネートしてイノベーションを起こせる可能性があります。ネットワークは、シニアの大きな強みです。  また、イノベーションに重要なアイデアや創造性は、実は天才的なひらめきというより、それまでの経験や知識や情報が組み合わされて出てくることが多いものです。情報や経験が多いほどアイデアを出せる可能性が高いので、そういう変換力のあるシニアは、イノベーションを起こせる可能性があります。  反面、シニアの課題として、柔軟な発想や創造性が不足しがちな傾向があるのも事実です。ステレオタイプな考えになり、新しいものに対する好奇心や、それを身につける努力が欠ける傾向があります。インターネットをはじめとするデジタル対応はその最たるものです。イノベーティブなシニア人材を採用したいのであれば、キャリア・経験だけでなく、その人がどういう意識を持っているかも見極めて、ミスマッチを防止する必要があります。 企業が活かすべきシニア人材  これからの企業が活かすべきシニア人材は、大きく二つあります。一つは、管理系または専門系の能力、経験、ネットワークを有する人材です。このようなシニアは、イノベーションが期待できる人材です。もう一つは、ビルの管理、清掃、警備、介護、接客サービスなど、人手不足の傾向にある仕事をになえる人材です。現状働いているシニアは後者が圧倒的に多く、シルバー人材センターがになっている業務やハローワークで求人が出るのもほぼこちらです。もちろんこれも社会を支える大事な仕事ですので、そこをシニアにになってもらうこともシニア人材活用の一つです。このように、企業によってシニア人材の活用方法は異なります。  一方、世界の労働者をハイスキル、ミドルスキル、ロースキルに分け、雇用の喪失がどのゾーンで起きているかを調べてみると、世界中で、圧倒的にミドルスキルの労働者の雇用喪失が起こり、機械やAIなど新しい仕組みに置き換わるか、無用の作業としてリストラクチャリング※4されていっています。そうしたミドルスキル人材も、中小企業の管理職などに活用の余地はありますが、今後は減少していくことが予想されます。  なお、ここで一つ問題提起したいことがあります。それは、そもそもイノベーションとは何かということです。グーグルやアマゾンがやってきたような、物事をがらっと変え、社会に影響を及ぼす革命的なイノベーションばかりでなく、中小企業などが身の周りの事業でちょっとした新しいことを生み出すのも、イノベーションと考えられないでしょうか。緩やかだけれど確実に変わっていく、改善に近いソフトなイノベーションです。例えば、株式会社モスフードサービスは、シニアを積極採用して店舗運営に活用し、成果を上げました。「モスジーバー」と呼ばれる取組みです。こうしたものもイノベーションととらえるなら、現業職のシニアがイノベーションにかかわることもできそうです。 シニア人材のミスマッチとその防止について  ミスマッチというのは、需要もあり供給もあるけれども、それがマッチしない状況です。これを解消するには、まず双方が何を求めているのかを把握する必要があります。  企業がなぜシニア人材を求めるかというと、先ほどお伝えしたように、@経験や専門性、人材ネットワークなどを活用したいケースと、A若者の採用がむずかしい現業部門などでがんばってもらいたいケースがあります。このうち特にミスマッチが大きいのは前者です。「大手で管理職をやってきました」という人の場合、その大手企業でのルールややり方には精通していても、中小企業に来てデジタル機器に対応できない人は、企業のニーズに合いません。けれども、現実にはそういう人が少なくないのです。  一方、個人の側はどうかというと、ご存知の通り、いまは元気なシニアが増えています。老後資金の不安もあり、長く働きたい人が増えています。しかし、先進的なデジタルにも対応し、イノベーションをになってバリバリやりたいか、できるかというと、そこまでではなく、ほどほどに働きたいという人もいるでしょう。しかし、企業はそんな人は求めておらず、「それをやってもらうなら若い人がいいよ」となります。  このように、シニア人材の採用でミスマッチが起きるのは、求める質の問題なのです。一つはスキルの質。特にデジタルスキルやイノベーションスキルの面で、企業の求めるものとシニアが保有しているものが合わないケースです。二つ目はマインドの質。イノベーションを起こすには、かなりハードに考えたり折衝したりしなければなりませんが、そこまでハードにやろうと考えていないシニアもいます。三つ目はフィジカルの質。シニアになると体力的にも、若い人と同じようにハードに働くのはむずかしくなります。これら三つの質の食い違いが随所に見られます。  もちろん、マッチングが成功した事例もあります。私がまず思い浮かぶのは、ライフネット生命保険株式会社です。出口治明(はるあき)さんという業界のプロ中のプロで、しっかりしたマインドを持たれたシニア経営者と、岩瀬大輔さんという若くアグレッシブな経営者が出会い、保険業界にインターネット生命保険というイノベーションを起こしました。シニアと若者のパワーのよい面がかみ合った、まさにイノベーションの好事例です。  では、マッチングの可能性を高めるには、どうすればよいでしょうか。  マッチングというのは、どちらか片方だけでは成立しません。企業と個人の双方と、それを取り巻く社会の三者それぞれの理解促進や行動改善が重要です。  まず、企業については、シニアの考えや現状を知り、その方々をどう活かすべきか戦略的に考える必要があります。日本企業は、新卒一括採用の伝統もあり、基本的には若者重視になっています。そこをどう変えていくか、マインドセットや事業構造などを再検討する必要があるでしょう。  ちなみに、現業部門などでシニアを活用するうえでは、すでにさまざまな対応が採られています。近年は人手不足が続いていたこともあり、職場改善や働き方改革、周囲のマインド変革などが積極的に行われてきました。工場にパワースーツを投入してシニアでも重いものを持てるようにしたり、時間の自由度を高め、朝早く出勤して夕方は早めに終わる勤務制度を採り入れるなど、多くの事例があります。しかし、管理系または専門系の能力、経験、ネットワークを有するイノベーティブな人材を採用するための改善事例はあまりありません。  一方、個人側も、もっと企業のニーズをよく知ったうえで、自分の能力をどう活かすかを考える必要があります。自分のキャリアデザインは大事ですが、市場性も考えないと、思うようなキャリアを築くことはできません。若手を採用する場合であれば、企業も、多少ニーズに合わなくても、「育てればいい」と採用します。しかし、シニアにそこまで手をかけるかというと、伸びしろの問題もありますし、働ける期間・能力の柔軟性の問題もあるので、そうはいきません。現有能力でのマッチングが必要です。  そのためには、自分のキャリアを広い視野で早くから考えることが大事です。50歳から考えたのでは遅く、20代でも、30代、40代でもキャリアデザインをするべきです。そうすることで、環境の変化や企業の変化に合わせて自分の能力開発やマインドセットを見直し、求められる市場性のある人材になっていくことができます。  社会の仕組みとしては、シニアが長く元気に 働ける働き方や環境の整備、周囲の理解促進が必要です。リカレント教育や、企業側の経営改善をうながす仕組み、マッチングをうながす制度も整備していくことが求められます。 シニアのイノベーション人材のマッチング事例  私が代表を務める株式会社クオリティ・オブ・ライフでは、専門性が高く経験豊かなシニア人材と中小企業とのマッチングを行う「生涯プロフェッショナル事業」を展開しています。当社がかかわったシニア人材のマッチングの好事例をご紹介したいと思います。  高知県のある中小企業では地元の食材を使ったよい商品をつくっており、それを全国に広めたいと、社長が東京に営業に来て流通関係を回ったり見本市に出店したりとがんばってきましたが、伸び悩んでいました。その会社に紹介したのが、大手食品メーカーでヒット商品の開発やマーケティング・販売戦略をしていた60代後半のシニア人材です。いまではその人が持つネットワークを活かして流通会社を紹介したり、マーケティング・販売戦略を立てて社長に提案するなど、社長が東京に来なくてもはるかに高い効果を上げています。  また、80歳のシニア人材を中小企業に紹介したケースでは、その人が社長に対して経営のアドバイスをするだけでなく、社長自身の育成にもかかわり、経営力を高めるサポートをしています。  シニア人材をイノベーションに活かすうえでは、「採用」という形だけでなく、このように外部からアドバイザー的にかかわってもらうやり方も有効です。イノベーションのメカニズムには、自分がプレーヤーとなり、組織のなかで周りを引っ張るやり方もありますが、外部からアドバイスをして社長や社員を動かし、その人たちがイノベーションを起こすのを支援するやり方もあります。こうした「間接的イノベーション」も検討に値するのではないでしょうか。 おわりに  イノベーションが大事だということは論を俟(ま)たないでしょう。経営者も社員も、もっとイノベーションを意識する必要があります。そのなかで、シニアの持っている経験やネットワーク、「世のため人のため」というようなマインドを含めて、シニアの力を活かしていくことができるはずです。企業のみなさんには、若者の嫌がる仕事にシニアを活用するだけでなく、経営などの領域で直接的・間接的に力を発揮してもらえるようなシニアの活かし方を考えていっていただくことを期待しています。 ※1 厚生労働省『平成24年版 労働経済の分析』より ※2 IMD……国際経営開発研究所(International Institute for Management Development) ※3 世界競争力ランキング……IMDが公表している国ごとの競争力を示したランキングのこと。世界の主要60カ国・地域を対象に、企業にとってビジネスしやすい環境がどれほど整っているかを基準に順位づけされる ※4 リストラクチャリング……収益構造の改善を図るために事業を再構築すること はら・まさのり  株式会社クオリティ・オブ・ライフ代表取締役、高知大学経営協議会委員・客員教授、成城大学非常勤講師。早稲田大学法学部を卒業後、株式会社リクルートを経て起業。採用・定着・育成・人事制度構築などで多数の企業を支援している。『定年後の仕事は40代で決めなさい』(徳間書店)、『人が集まる、定着する! 会社の採用』(すばる舎)など著書多数。 【P15-18】 企業事例@ コンピュータシステム株式会社(東京都新宿区) シニアが持つ知恵と経験を活かしシニアが中心となった新プロジェクトを始動 年齢に関係なく自発的な行動・成果を評価する社風  「シニアの方が持つ多くの経験と多くの人脈で弊社の発展に尽力していただきたい―」。そんな思いでシニアの戦力化を実践しているのがコンピュータシステム株式会社だ。1990(平成2)年に創業し、ITインフラのシステム開発やネットワーク構築と運用、サイト運営支援をはじめスマートフォンアプリのソフトウェア開発など幅広い事業を展開している。  社員は85人。そのうち9割が未経験者採用だが、独自のIT技術者育成プログラムを持つ。同社人事部の長谷川瑠華(るか)氏は「高卒者や他業種の転職者を積極的に採用しています。入社後は3カ月間の研修を受けてもらいますが、2週間目ぐらいから実習型の実務研修によってITスキルを修得し、研修後は実務経験を経て数年で一人前のエンジニアに成長します」と語る。  その同社が2019(令和元)年、東京都の「東京キャリア・トライアル65」に応募した。経験やノウハウを活かして仕事をしたい65歳以上のシニアと、その経験や知識を活用したい企業を仲介・支援する事業だ。最長2カ月間のトライアル期間があり、その間の派遣人件費や交通費は都が負担し、お互いに合意すれば直接雇用に切り替わる。だが、同社の平均年齢は30歳前後と若い社員が多い。なぜ65歳以上のシニア人材を獲得しようとしたのか。  「もともと60歳以上のシニアを3人ほど採用している実績があり、シニアが持つ経験や知見を活かす方法は心得ています。ただ、その人たちは営業がメインだったので、営業以外で活躍してくださる人がいたらいいなと思って東京都を通じて募集しました。特定の職種にかぎらず、『会社の業務の拡大に貢献でき、こちらの指示で動くのではなく、自分で動いて仕事をつくることができる人材』を探していました」(長谷川氏)  同社の定年は65歳。65歳以降の再雇用制度もあり、勤務体系は個人で働く時間や曜日を選択できる柔軟な仕組みにしている。またリモートワークも可能だ。もう一つの特徴として、賃金体系はシニアを含めた全社員に、基本給以外は売上げなど成果に応じて支払われる成果型報酬制度を採用している。その点では年齢に関係なく自発的に行動し、自ら成果を生み出すことが求められる社風でもある。 シニア人材が提案したHACCP事業プロジェクト  同社のトライアル期間は3週間。そこでシニアから提案された企画が、飲食店向けの最先端の衛生管理手法である国際標準の「HACCP(ハサップ)」のスマートフォンアプリの開発と販売であった。2018年6月に公布された改正食品衛生法により、2021年6月1日から原則としてすべての食品事業者にHACCPに沿った衛生管理が求められる。その需要に加えて当初はオリンピックに合わせて海外旅行客が増えることを見込んで、政府も日本の食の安全と安心を守るためにHACCP導入に力を入れていた。  とはいっても食品・食材の細かい検査や記録管理などの作業は、食品事業者にとってハードルが高い。しかし、スマートフォンの画像記録などを駆使したシステムアプリを開発すればその作業も容易になるという提案に、同社の田村圭一社長も共感し、開発がスタートした。その結果、見事に開発に成功。今年11月中旬から「おたすけHACCP」と名づけたアプリの販売を開始し、会社にとっても有望な事業として期待されている。その立役者がHACCP事業プロジェクトのプロジェクトリーダーの林賢(まさる)さん(67歳)と、同プロジェクト商品開発リーダー・アーキテクトの加納俊之さん(66歳)の2人だ。2人とも東京都が65歳以上のシニアの「学び直しの場」として開設した「東京セカンドキャリア塾」の第一期生だ。 2人のスペシャリストが過去の経験を活かし活躍  林さんは大手オフィス家具メーカーでインテリアデザインやオフィスデザイン業務を担当。45歳のときに自ら顧客向けのワークスタイルデザインやICTを含む総合提案部署をつくり、コンサルティング活動に従事し、定年で退職。定年後は旺盛な好奇心をベースにファーストキャリアとはまったく違う業界の産業給食会社に取締役として再就職。65歳で顧問に就任するが、時間的余裕もあって東京セカンドキャリア塾の門を叩いた。  林さんはコンピュータシステム入社後、HACCPアプリを提案した。その原点は給食会社での品質管理の経験にあった。  「定年まで勤めていた会社にも再雇用制度はあったのですが、いままでとはまったく違う仕事をしてみたいという好奇心があり、給食会社に再就職しました。すると、いきなり品質管理責任者を任され、ISO(国際標準化機構)の認証・監査など品質管理業務を担当させてもらいました。ISOの認証取得など品質管理や衛生管理の業務で現場を回るうちに探究心が湧き、65歳で顧問になってからも、飲食店の衛生管理の外部監査を行う会社で、スポットアドバイザーとして働き、1年間にわたって16社・全国200カ所を回りました」  同社を選んだのは「シニアでも一緒に夢が見られる会社です。自分で企画したものでどんどん儲けてみるのも楽しいんじゃないですか」と田村社長にいわれたのがきっかけだった。その会話のなかでセカンドキャリアの5年間で担当していたHACCPが現場に浸透していない状況を実感し、システムアプリの開発を提案した。  もう1人の加納さんは大手電機メーカーで産業オートメーションを制御するコンピュータシステムの商品開発に長年従事してきたシステムエンジニア。管理職を経て定年後再雇用で働き、65歳で退職した。  「再雇用が満了になり、たまたま東京都のセカンドキャリア塾の募集が目にとまったのです。特に目的もなく、時間があるからという感じで入ったのですが、いろんな仲間と話をしているうちにもう少し働いてみるのも悪くないかなと思い始めました。できればこれまでの経験を多少でも活かせるようなところがあれば勤めてみたいと思い、過去の経験を一番活かせる可能性が高いこの会社を選びました」  そして同社のインターン中に林さんと出会い、HACCPのシステム開発を手がけることになった。  林さんは「私はマーケティングやデザインを中心にやってきたのでITを使うのは大好きですが、プログラミングができるわけでもないし、システムの仕様書も作成したことはありません。自分一人では不安ですし、専門家の加納さんと一緒にやるのが一番よいと考え、インターン中に一緒にやらないかと誘ったのです」と語る。 若い社員との垣根をなくすフラットな評価制度  こうして事業企画担当の林さんとシステム開発担当の加納さんを中心とするアプリ開発のプロジェクトチームが立ち上がった。メンバーは2人を入れて10人。当然、ほかの8人は2人より若い。メンバーとの連携やコミュニケーションはどのようにとっているのか。  「私の役割はシステムの仕様を作成することです。それをもとに若い人たちにプログラミングをつくってもらう。つくりこむ際には、『ああしたらよい』、『いや、こっちのほうがよいのでは』といろいろな意見が飛び交い、まとまらないこともあります。でもそうしたプロセスが大事だと思います。よい製品をつくろうという共通の目標が一致しているからこそ、何でもいい合える関係を築けています」(加納さん)  コロナ禍でWeb会議も増えているが、林さんはコミュニケーションに支障はないという。  「もともとリモートワークができる会社ですが、新たにZoomが入り、私もそうですが、若い人も開発がやりやすいと思います。Zoomの会議では全員が顔や音声を消していますが、こちらが呼びかければすぐに反応してくれます」  林さんが何より高く評価するのは、社員の仕事に向き合う姿勢だという。  「一般の企業だと事業目標に対してトップダウンで目標達成を部下に命じる目標管理型のマネジメントが普通ですが、この会社では基本給以外の報酬を得て収入を増やしていくためには、それぞれの社員が立場に関係なく、売れるために自分は何をすればよいかを考えないといけません。報酬方針がシンプルでわかりやすく、若い人も含めてゴールに向けて一致団結できる雰囲気があります」  こうしたフラットな組織だからこそ年齢や立場を超えてコミュニケーションできる関係を築いている。若い社員はどう受け止めているのか。長谷川氏は「20代、30代の社員は多いのですが、逆に年長の社員がほとんどいないので教えてもらいたくてもいままで教えてくれる人がいませんでした。2人がいらっしゃってからその穴を埋めてもらい、直接教えてもらえるのでよい刺激になっています」と語る。 知識やスキルを活かし働くことが働きがい≠生きがい≠ノする  2人が中心となって開発したHACCPアプリへの期待は大きい。  「2021年6月からすべての飲食店でHACCPの導入が求められますが、いまはコロナで忙しい保健所が、いずれ指導・監査で回ることになります。実は前職時代に衛生管理のレベルをHACCPに引き上げたいと画策していたのですが、現場の抵抗が強く実現しませんでした。これは私がいた会社だけではなく、ほかの会社も同じでほとんど浸透していません。そこで厚生労働省は大規模な大量生産型の食品事業者向けのA基準と、規模の小さい飲食店向けのB基準という二つの規格に分けて実施されることになりました。B基準も一つひとつチェックシートに記入し、記録を保管するなど手間はかかりますが、A基準に比べると比較的ハードルが低い。これならスマートフォンを使ったソフトウェアを開発できれば、記録やデータがすべて見える化≠ウれ、飲食店・給食会社も安心してHACCPを導入できると考えたのです」(林さん)  開発したアプリはサイトからダウンロードすれば利用できるなど手続きも簡単だ。事業者は月額利用料を同社に支払う仕組み。すでに事業計画も策定し、売上げ目標も設定している。同社は法人営業部隊として新たに3人の社員を投入している。  「社長の『営業もできるSE(システム・エンジニア)を育てたい』という意向もあり、3人は私のプロジェクトに加わってもらっています。私は営業のプロではありませんが、過去に営業を担当したことがあるので、全体の仕事の流れなどは教えられると思います。この事業を成功させるには初期営業も重要です。会議で話をしているとみんな意欲があり、十分にいけるのではないかなと思っています。私のような年を重ねた人間は、事業から得られる自分の利益よりも世の中に求められるモノやコトを提供し、そのお手伝いをできることで十分に働きがいを感じています。それがいずれ生きがいのレベルになってくるのかなと思います」(林さん)  加納さんもいまの仕事に十分に手応えを感じている。  「何より自分がこれまでやってきた経験が活きていることに満足しています。仕事のうえでは若い人たちはプログラミングなどをつくることは得意ですが、仕様書など文章を書くのはやや弱い。私はどちらかといえば文章を書くほうを中心にやり、若い人を指導するというより、できるだけ多く書いて、それを見て何かを得てほしいと思っています。そういう形で互いに補完し合っていますが、私にとっては自分が役立っているという気持ちが持てますし、やりがいも大きいですね」 柔軟な勤務体制を整えシニアが無理なく働ける環境を整備  林さん、加納さんの2人にとっての同社の魅力は、働き方の柔軟さにもあるという。ともに1日6時間、週3日勤務。加納さんは「就業時間を割と自由に選べることも魅力です。65歳を過ぎるとそんなに無理をしたくないという気持ちもありますし、1日6時間週3日というのはありがたい」と語る。実は2人は勤務日以外の時間は独自の活動もしている。林さんは自らNPO団体を主催し、ソーシャルアートビュー(目の不自由な方と晴眼者がともに見る対話型絵画鑑賞)活動を行っている。また、加納さんは老人ホームでのボランティア活動を行っている。  林さんの学生時代の同期や会社の同期の友人たちは65歳を過ぎると働かなくなる人が増えているという。しかし、そうした人たちのなかには当然、蓄積された知恵と経験を備えた人も多い。林さんと加納さんは同社と出会って、持てる能力を十二分に発揮することで、あらためて働きがいを獲得し、結果として企業のイノベーションの起爆剤になることを具体的に証明して見せたといえるだろう。 写真のキャプション 左から加納さん、長谷川さん、林さん 【P19-22】 企業事例A 株式会社アイネット(東京都千代田区) 上場を見据えた管理体制構築のため経験豊富なシニア人材を監査役に招聘(しょうへい) 損害保険・生命保険会社の顧客管理システムを開発  株式会社アイネットは、1997(平成9)年に創立された、今年23年目を迎えるソフトウェア・システム開発会社。JR御茶ノ水駅から徒歩1分に位置する複合施設・御茶ノ水ソラシティ内に本社を構える。主な取引先は大手損害保険会社や生命保険会社で、保険会社が保有する企業および個人の顧客管理システムの開発を受託している。  長年つちかったノウハウと豊富な実績を誇る同社のシステム開発の強みは、特殊なプログラミング言語を使った独自のシステム開発にある。またていねいなヒアリングにより課題を掘り起こし、顧客とともにオーダーメイドの開発を行って信頼関係を構築してきた。  同社は案件に直接取引が多いのも特徴で、国内大手の保険会社との直接取引は収益性が高いうえ、工数においてもシステム規模に合った適正なスケジュールを組むことができ、エンジニアの余暇の確保につながっている。100人ほどいる社員の9割近くはシステムエンジニアもしくはプログラマーで、その大半が客先に常駐して技術的なサービスを提供している。 株式上場に向け常勤監査役を務められる人材が必要に  創業以来、安定した経営状態を維持しながら、堅実な成長を遂げてきたアイネットは、株式上場を数年後に見据え、目下組織を再編中だ。2017年に持株会社としてアンドモア株式会社を設立し、アイネットの株式を100%移転させ子会社化した。今後2〜3社が参画する予定である。執行役員総合企画室長兼管理本部長の浦元康彦氏は、上場計画について「収益を上げるためには、直接受注をさらに増やすことが課題になります。それには会社の信用度の向上が不可欠と考え、東京証券取引所での株式上場を目ざして取り組んでいます。上場により社員の士気がさらに高まることも期待しています」と話す。  株式上場には株式の市場流通が確保されることで資金調達力や認知度が向上し、優秀な人材が確保できるなどのメリットもあるが、一方で投資家保護の観点から上場会社としての適格性が求められる。つまり、パブリックカンパニーとしての社会的責任が増大するとともに、企業情報のタイムリーな開示やコンプライアンス経営の実践など、さまざまなことが要求されることになる。  当面は上場企業として適格かどうかを定める上場審査を通るために、内部統制やコーポレートガバナンスの整備など、不正や不祥事を防ぐ仕組みづくりが必要になる。また、常勤の内部監査役を置かなくてはならない。新興市場への上場であれば専任担当者は置かず、総務や法務部門などの担当者が兼任しチェック体制をしくことも珍しくないが、同社の場合は直接上場になるため、内部監査の専任者を置く必要があった。  しかし、監査を行って体制を整えられる人材が社内にはいなかった。マネジメント能力のある人材を養成することに注力する大規模企業と比べて、実務力のある現場のリーダーが求められる中小規模の企業においては、監査体制を整えることができる人材を社内に見出すのは極めてむずかしい。こうした場合、監査を担当できる人材を外部から迎えることが近道だ。 シニア人材のマッチング支援サービス「東商人材情報プラザ」を活用  そこでアイネットが活用したマッチングサービスが、「東商人材情報プラザ」である。「東商人材情報プラザ」は、東京商工会議所が手がける、主に50歳以上の中高年キャリア人材の移動を支援する事業だ。即戦力となる人材を探している企業と、シニア人材を保有する大手企業とのマッチングを行っている。  対象職種は営業関連、管理・事務、技術・研究開発、技能・製造関連、人事労務・総務・経理・財務など、いわゆるホワイトカラーの分野。企業は精力的で経験豊富なシニアのキャリア人材を出向や転籍という形で受け入れることで、自社の経営基盤の強化が期待できる。  一方、ベテラン人材を保有する大手企業は、シニア社員に適材適所の再就職先を紹介し、活躍を支援することができる。東商人材情報プラザに登録している大手企業(人材保有企業)は、2020(令和2)年5月時点で23社を数える。  アイネットが東商人材情報プラザを利用した経緯は、同社とアンドモアの代表取締役である本郷滋氏が、東京商工会議所千代田支部において副会長を務める縁で、東商人材情報プラザの取組みを知ったことからであった。  東京商工会議所の人材・能力開発部人材支援センター副主査の細井悠輔(ゆうすけ)氏は、同事業について次のように説明する。  「東商人材情報プラザの魅力は求人情報の豊富さですが、紙の求人票の枠だけでは伝えきれない情報も多く、そうした情報を実際に面談して交換する場としてイベントを行っています。それが『人材情報交換会』です。企業と人材保有企業の人事担当者が求人に関して情報交換ができる絶好の機会になっていて、年に4回開催しています。双方がしっかり情報を伝え合えるという点は、同事業におけるマッチングの重要なポイントです」  2020年度の人材情報交換会は、第1回が2020年6月16日、第2回が9月18日に開催され盛況に終わり、第3回は12月4日、第4回は2021年3月5日に開催される予定だ。  「東商人材情報プラザ」のサービスは、東京商工会議所会員企業であれば採用に至った場合でも手数料がかからないとのこと。なお、昨年のマッチング実績は7件である。 シニア人材採用のポイントはキャリアや経験+「人間性」  社内監査で管理体制を構築できる人材を探していた浦元室長は、東商人材情報プラザに求人票を登録し、複数の企業から候補者の紹介を受けた。そのなかから、監査業務の経験が豊富な商社出身の人物に決めた。浦元氏自身、もともと大手小売業界などで代表取締役や役員を歴任し、アウトプレースメント(人員の削減対象となった社員に対して、再就職先を見つける支援)にたずさわった経験があり、企業が再雇用したい人材のポイントは「人間性」だと話す。  「今回監査役に就任した方は大企業出身者でいながら、実務経験が豊富なところが魅力でした。何よりたいへん温厚な人柄で、威圧的な雰囲気がまったくありませんでした。社長とも面談したうえで正式に決定となりました。さっそく、当面の管理体制における構築プランを充実させてもらっており、社内プレゼンなどの準備も進めています。アイネットだけでなく持株会社の監査役にも就任していて、包括的に監査役をになっています」  ちなみにアイネットは東京商工会議所が展開する再就職支援事業「キャリア人材Next」を利用し、シニア世代の経理担当者1人を採用した実績もある。同事業は再就職を検討する主に50代以上のキャリア人材を対象とした求人情報を、無料で連携企業に情報提供するサービスとなっている。 中規模企業の管理体制づくりに「役に立てるなら」と参画を決める  2020年8月にアイネットとアンドモアの常勤監査役に就任した菅野(すがの)良巳(よしみ)さん(63歳)は、日本有数の大手総合商社で41年間、財務分野を歩んできたエキスパート。その間イギリス、オランダでの海外駐在経験もあり、海外法人のCFOや社長を歴任した経歴を持つ。また、財務基幹システムの開発プロジェクトにおいてプロジェクト・マネージャーを務めたこともあるという。6年前に本社の監査部に異動し内部監査にたずさわり、60歳を迎えた2017年から同社のグループ企業に出向。3年間、子会社の監査部で内部監査体制の構築・運営にあたった。「合併した元・大手メーカーの子会社のような企業文化が異なる会社や、親会社が買収した小規模で内部監査体制が未整備な専門商社にも出向し、内部統制の業務にたずさわりました。これらの異文化・未成熟な会社での内部統制の仕事は立ち上げこそたいへんですが、それもまたおもしろいのです」と、菅野さんは柔和な表情で語る。アイネットへの転職の決め手は「私で、お役に立てるのならば」という気持ちからだという。  また、今回の転職は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大も大きなきっかけになったという。2020年の2月ころから在宅勤務に切り替わり、行える監査業務は証憑(しょうひょう)書類やシステム上のデータチェックなどに限定されて、従来のように監査先へ直接足を運んで現場を視察したり、現地で担当者にヒアリングを行うといった業務は見送られ、すべての予定が白紙になったのだ。そのようなコロナ禍の事情も背景にあり、4月以降の業務遂行について本社の人事担当者に相談したところ、アイネットによる常勤監査役募集の件を聞き、新しい職場として急浮上。その後はスムーズに進み、2020年5月末に商社を退社した。  なお、菅野さんが勤めていた商社の人事部にはシニア人材のためのカウンセリング課が設けられており、シニア人材とグループ内外の求人ニーズとのマッチングを目的としたシステムを活用して、シニア層の活躍を推進している。  菅野さんは2020年8月末に行われた株主総会において、アイネットとアンドモアの常勤監査役に就任した。ただ、正式な監査役就任前の6月から、「入社前に、社外の人間の視点から社内の現況をつぶさに俯瞰(ふかん)しておきたい」という理由で、非常勤顧問として受け入れてもらい、アイドリング期間とされたそうだ。自ら申し出て設けた準備期間だが、「これといった仕事は何もせず、勉強の時間をいただいただけ」と謙遜する。  監査とは、ただ経営活動を点検して駄目な点を指摘するだけではなく、経営状況や現場の雰囲気などを俯瞰して、組織をよりよくするための提案をすることも重要な役割だが、「残念ながら監査を受ける側の方には、粗探しをしているだけの仕事といったような後ろ向きのイメージを持たれてしまうことは否めません。ですが、これから成長していく会社においては、監査の指摘が次のステップへとつながるアドバイスになることが多く、プラス志向の仕事ができます」と笑顔で話す。  非上場の中小規模の会社であれば問題がなかった記帳の仕方も、上場にあたり変更が必要になることも多い。株主を中心とした外部利害関係者に会社情報を適時開示する義務が生じるからだ。「長年問題がなかった記帳の仕方がなぜダメで、なぜ経理業務の負担が増えるのかを、ただ押しつけるのではなく、ていねいにかみ砕いて説明する必要があります」と、社員教育も必要で、取り組むべき仕事は多いようだ。  管理体制のための社内規程の策定については、「器にあった規程、つまり会社の規模にあった規程が大事だと考えています。いまは100人規模の会社ですが、今後も順調に成長していくと見込まれ、300人規模になったとき、100人規模に合わせた規程では無理が出てくるので変更が必要になります。そのときにスムーズな対応ができるよう、柔軟性のある規程をつくることを目ざしています」と話す。 監査役でも「新人の心構え」をもって、つちかった経験と人間性で会社に貢献  菅野さんに60歳以降もビジネスの現場で活躍するための心構えを聞くと、「経理・総務の部署でみなさんと、席を並べて業務にあたっています。会社に加わったばかりの新人として、社員のみなさんと同じ目線で会社のやり方を身につけることが大事だと思っています」という。また、健康維持・体力づくりのため、通勤時には会社の2駅手前で降りて歩いている。  浦元室長は、シニア人材を採用するメリットについて、「若手人材はこれから知識と経験を積んでもらうため育成に年月がかかります。対して、シニア人材は知識と経験を十分に持っていますから、即戦力としての活躍が期待できます。当社のような上場を目ざす企業にとって、管理体制の構築を進めるにあたり、外部からのシニア人材の経験と人間性は必要不可欠です。それは当社だけでなく同様の企業にもあてはまるのではないでしょうか」と締めくくった。  上場の審査基準は厳格に設けられており、今後はその基準をクリアするために管理部門を強化し、改善プロセスで内部統制やコーポレートガバナンスの整備など、不正や不祥事を防ぐ仕組みを整え、健全な経営体制を目ざしていく。 写真のキャプション 本社受付。持株会社であるアンドモアのオフィスも兼ねている 常勤監査役に就任した菅野良巳さん 【P23-26】 企業事例B 株式会社ボールド(東京都港区) 経験豊富なシニアと業務委託契約を結びITエンジニアを支える「専任コーチ」に  業界の「35歳・40歳定年説」を覆くつがえし定年まで現役で働ける会社に  株式会社ボールドは、2003(平成15)年に設立。SES(システム・エンジニアリング・サービス)といわれるITエンジニア人材サービスを展開し、官公庁から一般企業まで幅広いユーザーを顧客に持つ。同社に所属するSE(システムエンジニア)が顧客企業に常駐して働く事業形態だが、全員正社員として雇用しており、現在約530人が在籍している。  平均年齢は36歳。近年は新卒採用にも力を入れているが、中途採用を活発に行っており、中高年も多く、全体の約3分の1が40代以上である。定年年齢は65歳。65歳以降も雇用を希望する場合は、契約社員として雇用を継続する。  同社が目ざしているのは、「定年まで現役で働ける会社」だ。ITエンジニアの世界では、「35歳定年説」や「40歳定年説」といわれるように、中高年エンジニアが現場で仕事を続けるのがむずかしい現実がある。澤田敏さとし代表取締役社長は、そうした現状を変えるために同社を立ち上げた。  「日本のIT業界では、SEやプログラマーが、現場の仕事を続けたまま正社員として定年まで働ける会社はほとんどないといってよいでしょう。新しい技術を学ぼうとしない中高年エンジニアがいるのも事実ですが、40歳を超えると、『年上は扱いづらい』などといわれ、現場から外されてしまうためです。もちろん、プロジェクトマネジャーを目ざす人もいますが、『マネジメントは苦手だけれど、技術で生きていきたい』という人の道が閉ざされています。そのことに憤(いきどお)りを感じ、そういう会社がほとんどないのなら自分でつくろうと、この会社を立ち上げました」(澤田社長) 社員が自ら目標を立てて取り組み成長していける仕組みを用意  エンジニアとして幸せをつかみ、定年まで活躍するには何が必要かを考え抜いた澤田社長は、いくつかの特徴的な制度をつくり上げた。 @自ら目標を立てさせ、結果を評価に反映  同社には、毎月、大手企業出身者を含む多数の応募がある。その理由を澤田社長は「評価制度が他社との差別化になっている」と明かす。一番の特徴は、半年ごとに自ら目標を立て、その結果を評価に反映する仕組み。同様の制度を取り入れている会社は多いが、うまくいっている例は多くはない。その原因の一つに、ハードルの高い目標を掲げて達成しないと評価が下がるので、そこそこの目標を立てるようになることがあげられる。また、目標と評価・給料との関係が明確でなく、評価結果に納得感が得られない例も多い。  一方、同社は絶対評価で、「評価がAだったら〇〇円昇給する」と決まっている。また、高い目標ばかり立てなければならないわけではなく、「今回は中くらいの目標二つ、低い目標二つにして、高い目標は一つだけねらう」など、自分で決めることができる。当然、目標のレベルによって達成したときの点数は異なるが、評価との関係が明確でわかりやすい。目標の内容も特徴的で、業績や顧客満足にかかわることだけでなく、資格取得やマネジメント能力向上といった「自己研鑽」、自主勉強会の主催など「他者に影響を与えること」も、達成されれば評価・昇給に反映される。 A自主参加型研修「感動大学」  目標を達成していく実力を身につけさせるため、毎日20〜22時に、「感動大学」という自主参加型の研修を開講している。技術力はもちろん、ビジネススキル、マネジメント、メンタルヘルスなど各分野のプロの講師による年間約200講座のプログラムを無料で受講できる。ここで技術力と人間力を高め、主体的に成長していってもらう考えである。 B意欲を高める帰社日「BOLDay(ボールデー)」  帰属意識や自ら学ぶことも必要だ。そのために行っているのが、「BOLDay」と呼ぶ帰社日。  普段は各々の担当企業に常駐している社員たちが、毎月第3金曜日の夜に集まる。そこで行われているのがディスカッションだ。5〜6人ずつに分かれ、「人間力のあるエンジニアは、顧客先でどのような行動をするか」といったテーマで議論する。  その結果、帰属意識や自ら学ぶ意識が高まり、いろいろな人とのコミュニケーション・人間関係も生まれた。  また、「仲間がいるから」、「共に成長するために」と、多くの社員が「感動大学」にも参加するようになった。毎日1〜3コマの授業を行っているが、仕事を終えた社員たちが各講座に平均20〜30人、最高で60人参加する日もある。 経験豊富なシニアが一人ひとりの成長を支援する「専任コーチ制度」  自ら立てた目標を達成しながら給料とチャンスを得ていく評価制度、主体的に学べる環境、仲間とともに成長していく文化を築いた同社が、もう一つ必要と考えたのが「コーチ」の存在だ。  「学生の間、どうして勉強やスポーツをがんばれたかというと、期限つきの目標があったからです。ゴールのないマラソンはがんばれません。テストや試合日という期限があったから、逆算して毎日の勉強量や練習量を決め、努力することができたのです。では、だれが1日の勉強量や練習量を決めていたかというと、自分で決められる人は少ない。それを考えてくれていたのが、教師や監督、コーチです。しかし、社会人にはコーチがいません。上長はいますが、プロジェクトは無数にありますので、たいしてマネジメントできていないのです。だから、人生経験豊富なシニアがコーチとなる『専任コーチ制度』をつくりました」(澤田社長)  コーチは、社員一人ひとりに対してマン・ツー・マンで成長を後押ししていく。まず行うのは目標設定のサポート。同社では半年に一度、3年後のありたい姿を掲げ、それに向けて直近半年間の目標を定める。目標を立てるのは本人だが、その目標が適切か、数値化できる具体的な目標になっているかをコーチが確認し、「こういうことをがんばるといいよ」などと助言する。そして、月1回、個別ミーティングを行って進捗をチェックしながら「伴走」する。仕事やキャリアの悩み相談にも乗り、客先で孤独になりがちなエンジニアを心の面からも支える。定例のミーティングだけでなく、メールやチャットツールも用いて随時やり取りをする。  毎月のミーティングの内容は、報告書として社長に上げる。だれがどんなことで悩んでいるか、それに対してどう指導したかを社長が把握し、対処すべき課題があれば、営業や人事に指示したり、客先と交渉したりして問題解決を図る。コーチは、現場の課題を吸い上げて経営に伝える役割もになっているのだ。  コーチの契約形態は業務委託契約。人生経験、業界経験、マネジメント経験があるシニアを募集し、澤田社長が自ら選考する。「応募者のなかには、正直、ふんぞり返って来る人もいます。そうではなく、若い人と正面から向き合い、腹を割って話し、ダメなときは本気で叱ってくれる人、愛情をもって信頼関係を築く人間力のある人を求めています。この業界では、客先に常駐するエンジニアを放ったらかしにする傾向があり、それをどうにかしたいという思いに共感してくれていることも大事です。また、ねらっているわけではありませんが、それなりの規模の仕事をしてきた人が選ばれており、結果的に多くの方が大手企業出身です」と澤田社長はいう。  現在は20数人のコーチが活躍しており、そのうち3人が女性。1年ごとの契約更新で、上限年齢は定めていない。最年少者は大手企業を早期退職した58歳、最年長者は76歳である。  出勤日数は週1〜3日程度。1人1時間ずつ、1日に3人前後と面談をする。1日に面談できるのが3人くらいなので、各コーチが受け持つ社員の人数は、12人(3人×4週)×出勤日数を目安としている。 「おせっかい」なコーチ陣がエンジニアの成長を本気で後押し  コーチとして活躍する榎(えのき)恒久(つねひさ)さんは64歳。大学を卒業後、大手電機メーカーにSEとして入社し、57歳まで勤め上げた後、ソフトウェア開発会社で役員を務めた。60歳で引退したが、「暇にしていると自分の脳にもよくない」と、61歳のときに新聞広告を見て同社に応募した。当時はコーチと営業支援の2職種でシニア人材を募集しており、当初、榎さんは営業支援として契約した。しかし、榎さんが社員たちとやり取りする姿勢を見た澤田社長が、「営業支援だけではもったいない」とコーチを依頼した。いまは週3日出社し、38人の社員を受け持っている。新人コーチが入ってきたときに指導するリーダーの一人でもある。  「初めは12人を担当し、週1回出社して1日3人と面談をしていました。面談の準備として、事前に本人とやり取りをし、進捗状況を把握しておかなければなりません。そして、コメントを返しておいたうえで面談に臨みます。その後は、結果を社長に報告し、面談で約束したことをしっかりと行っているか追いかけます。私は物事がきちんと回っていないと気に入らない性分なので、何度もメールでやり取りします。やり始めたら、思いのほかやることがたくさんありました(笑)。でも、楽しいですよ。いろいろな人がいて、現場での悩みなどを話してくれて、それにアドバイスすることで、社会との接点を保つことができ、自分自身の活性化にもなっています」と榎さんはいう。  数多くのプロジェクトで責任者などを経験してきた榎さんは、社員の話を聞けば、「いま、お客さまはこういうことを考えているのだろう」、「周りの人はこう動いているはず」と想像でき、「こうするといいですよ」と的確なアドバイスができる。  榎さんが大事にしているのは、自己研鑽の意識を高めること。「エンジニアは技術力がないと生きていけません。いくつになっても学び続けることが必要です。そのことを若いうちに教えたい」と意欲を燃やす。そのために、「次はこういうことを目ざしてはどうか」、「別の現場に行ったときのことを考えると、こういう点が足りないのでは」と、長期的な視点でキャリアを考えさせるようにしている。  若手社員とコミュニケーションを取る際には、上から目線にならないように心がけている。「母親が小さな子に話しかけるときには、しゃがむでしょう? それと同じです。『若い子はこういうことを考えているのだろう』と目線を下げ、本人の気持ちに寄り添いながら成長をうながしていく必要があります。そういう意味では、おせっかいなんです」と榎さんは笑う。澤田社長も、「長く続けていただいているコーチは、みなさん、おせっかいです(笑)。いままで生きてきた人生の集大成ではないですが、『若者のために一肌脱いでやるか』、『本気で若者を成長させてやろう』という感覚でないととてもできません」という。 個々の社員も会社も成長しシニアにとってのやりがいも大きい  榎さんをはじめとするコーチの励ましや叱咤激励によって、成長した社員は多い。  28歳で同社に入社したAさんは、優しく素直な人柄だが、この仕事は未経験。最初の現場でお客さまからダメ出しされ、落ち込んでいた。そんなAさんに対して、榎さんは、「初心者だからわからないのはあたり前。その代わり、最初に会社に入ったときの気持ちで勉強したほうがよい」と話すとともに、現場でどんな作業をしているか週報を作成・提出してもらい、「この作業をするときはここに注意しよう」とアドバイスを続けた。すると、Aさんもだんだんコツがわかってきて、次の現場では顧客評価がぐんと上がった。前向きになったAさんに、「プログラマーで終わらず、設計ができる人になりなさい。そのためにこういう勉強をしたらよいですよ」とすすめ、さらなる成長をうながしている。  Bさんは52歳。前の会社で「開発ではなく運用を担当してください」といわれたが、「web系のソフトウェア開発をしたい」と、同社に転職してきた。業界経験は長いものの、古いプログラム言語しか扱ったことがないBさんに、榎さんは「50代になっても未経験は未経験。乗り越えるには技術力を身につけるしかないですよ」と叱咤激励した。すると、自己研鑽を重ね顧客評価も上がり、いつしか自信満々の顔に。「さらに新しい技術を学び、現場責任者としてメンバーの教育もしてはどうか」とうながすと、自ら勉強会を主催するようになった。  「いくつになっても、やる気があれば変われます。こういう事例があると、こちらもやる気になりますね。エンジニアががんばってくれないと日本のIT業界がつぶれます。少しは社会のお役に立てているかなと思います」と、榎さんはこの仕事のやりがいを語る。  同社には50〜60代のエンジニアも多く、今年は65歳の定年を迎えた人もいる。そういう人たちが最後まで現役で働ける会社を目ざして取り組んできたことが、同社の成長につながっている。澤田社長は、「少子高齢化の時代、日本の活力を高めていくには、女性、海外人材、シニアを活かすことが不可欠です。発想を柔らかくし、よい取組みをしている会社を参考にしながら、『私だったらどうするか』と謙虚に考え、いまの体制を築いてきました」と語る。シニアの経験・知見を活かし、現役世代を支える同社の施策は、多くの企業の参考になるだろう。 写真のキャプション 澤田敏社長(左)とコーチの榎恒久さん(右) 【P27-29】 企業事例C 株式会社サラダコスモ「ちこり村」(本社 岐阜県中津川市) 前職などでつちかった経験を活かし活き活きと働くシニアが地域を元気にする 積極的に多くのシニアを雇用「ちこり村」で働く66%は60歳以上  株式会社サラダコスモは、1945(昭和20)年に創業した「中田商店」が前身。当時はラムネの製造・販売をメインに、冬の閑散期に副業として、もやしの生産を行っていた。  1978年に現社長の中田(なかだ)智洋(ともひろ)氏が社長に就任すると、1980年にラムネ製造・販売から撤退し、無添加・無漂白のもやし生産に注力。さらに無化学肥料によるスプラウト栽培や有機種子を使ったもやし栽培など、「安全・安心・食べて健康」をテーマとした、農薬や化学肥料を使用しない発芽野菜を中心とした生産・販売事業に取り組み、実績を積み重ねながら社会貢献を追求して事業を拡大。1990(平成2)年に現在のサラダコスモへと社名を変更した。  2006年には、岐阜県中津川市の本社敷地内に、西洋野菜「チコリ」をテーマにした農業・商業・観光・文化・教育活動の一体型施設「ちこり村」をオープンした。その少し前から、休耕地を活用し、地元農家と競合しない農作物としてチコリの栽培を始めており、「ちこり村」は同社が目ざしている食料自給率の向上や循環型農業の実践、地域が抱える休耕地対策や高齢者雇用、地域活性化の課題解決に向けた取組みを実践する場でもある。村内には地域の人たちが集える公民館的なスペースも設けており、『地域を元気にしたい』という思いを込めて「ちこり村」を運営していると、同社営業本部営業部長兼物流部長兼広報部長の川口康三(こうぞう)氏は語る。  「ちこり村」は開設当初から、他社を定年退職したシニアなどを積極的に採用しており、村内のいたるところでシニア従業員がさまざまな役割をになって働いている。現在、「ちこり村」では86人の従業員が働いており、60歳以上が57人と全体の約66%を占めている。 個別対応で無理のない働き方を実現70歳以上も33人が勤務を続ける  「ちこり村」のある岐阜県中津川市の2015年の高齢化率(65歳以上の割合)は31%で、すでに人口の3割を超えており、全国平均26・6%よりも大幅に高い。この先も上昇することが予測されているが、定年退職をした人たちが再就職する場がほとんどないことが地域の課題の一つとなっている。そこで同社は、「定年退職をした後も元気に働き続けることができれば、シニアから生産者になる」、「シニアが元気に働く姿は、未来への希望へつながる」と考え、「ちこり村」の開設時から、60歳以上の従業員を積極的に募集・採用している。当時はいまほど高齢者雇用が活発でなかったため、求人にあたり、地域のシニアに関心を持ってもらえるよう、同社はポスターやチラシに工夫を凝らし、次の言葉を記してシニア人材を募った。  『あたらしいことのチャレンジは若者だけの特権ではありません。サラダコスモは世代、性別を問わず、若いこころに乾杯したい』  『シニアのパートさんを募集します。シニアとわざわざ強調するのは、新しい挑戦には豊かな経験こそ、なにものにも代えがたい宝物という思いからです。サラダコスモにはあなたの経験をいかしていただける、たくさんの仕事があります』  現在、「ちこり村」で働く60歳以上の57人を年齢階級別にみると、60〜64歳が11人、65〜69歳が13人、70歳以上が33人。オープン時に60歳以上で入社し、勤務を続けている人もいる。  「定年制はなく、勤務時間や日数は各部門の上司が本人と面談して、8時から17時までの間で個別に決めています」(川口部長)  それぞれの事情や体力などに応じて無理なく働き続けられるよう、65歳以降は短時間・短日勤務で、ゆるやかな働き方をしている人が多い。  シニア従業員が活躍しているのは、チコリの生産ファーム、チコリでつくる焼酎蔵、マルシェ(野菜・土産物販売、カフェスタンド、パン工房)、工場見学ツアーのガイド、地元産の野菜を中心にした手作り家庭料理のレストランなど幅広い。  コロナ禍の現在、工場見学やイベントの開催は中止しているが、以前は大型バスで訪れる団体の観光客なども多く、地元住民にも人気の施設として、来場者数は開村5年目(2011年)で年間約26万3千人、直近の2019年では約31万3千人と伸びて、地域活性化に大きな貢献を果たしている。  その要となっているのが、シニア従業員である。「前職での知識や経験などを活かし、活き活きと働いています。シニア従業員の活躍なしに、この会社は存在しないと思います」とサラダコスモの従業員は口を揃えるようにしてシニア従業員の活躍に敬意を表す。 異なる経験と技術をそれぞれが自ら発揮若い従業員との交流も楽しむ  「ちこり村」で働く小倉義朗(よしろう)さん(81歳)と大橋辰昭(たつあき)さん(80歳)、石原良一(りょういち)さん(71歳)は、オリジナル焼酎の製造・販売・接客を、上司の豊岡聖まさ之ゆき蔵長のもとで担当している。  「ちこり村」では3R(リデュース・リユース・リサイクル)に挑戦しており、収穫後のチコリの根(通称・チコリ芋)を活用した焼酎づくりを行っている。原料となるチコリ芋の選別をはじめ、かめ壺での仕込み、発酵管理などの製造からビン詰め、ラベル貼り、箱入れ、販売・接客まですべての工程を行っている。  小倉さんは、工業高校で38年間教諭を務めて60歳で定年後、ほかの高校で非常勤講師を務め、65歳のときに同社に入社。以来、前職とはまったく異なるこの仕事に好奇心をもって取り組み、「ちこり村」でも「小倉先生」と親しまれて呼ばれ、頼りにされている。  「初めて焼酎づくりと出会い、麹(こうじ)からモロミとなり、発酵して焼酎ができあがっていく過程に感動しました。夢中で取り組んでいるうち15年が経ちましたが、興味は尽きません。ここでは製造から販売、接客まで交代で担当するので、豊岡蔵長の指示のもと、的確に仕事をすることに努めています」(小倉さん)  大橋さんと石原さんは、同じ大手電機メーカーで定年まで勤めた。大橋さんはその後、地域の役員などを務めるなか、65歳で「ちこり村」の求人に応募。かつて石垣島の焼酎蔵を見学したことがあり、焼酎づくりに興味を持っていたことが動機だったという。  「チコリ芋の選別からすべての工程にたずさわるので、売れたときの喜びはひとしおです」(大橋さん)  会社員時代は全国を飛び回る営業マン。その経験を焼酎の販売、接客に活かし、「自分でノルマを設定して、自らに負荷をかけて仕事に臨んでいます」と話す。お客さまとのコミュニケーションを大切にし、試飲時の説明や接客に工夫を凝らして売上げを伸ばしている。  石原さんは大手電機メーカーで技術職を定年まで勤めた後、2年ほどのんびりしていたものの再び仕事をしたいと思ったときに「ちこり村」を知り、再就職した。石原さんは主に家電製品の製造を担当しており、ものづくりの現場のことは熟知しているが、焼酎づくりの現場はもちろん初めてだったそうだ。  「覚えるまではたいへんでしたが、だんだん焼酎づくりに魅せられました。お客さまから、『詳しく教えてくれてありがとう。買っていくよ』といっていただけると嬉しくなります」(石原さん)  焼酎蔵での作業は、毎月3人が勤務日の希望を出し、豊岡蔵長がそれに合わせて作業の予定を立てて取り組んでいく。3人とも8時から16時までの勤務で週2〜3日出勤している。  豊岡蔵長は、3人の仕事ぶりについて次のように話す。  「小倉さんとは15年間仕事をしていますが、まったく変わらず、真剣に焼酎づくりに取り組み、また、体力は私よりあるくらいで、頼もしい存在です。大橋さんは、営業マンの経験をフルに活かして、PRや接客の技は天下一品。大橋さんのファンもいるほどです。かつて市場開拓をされていた経験も活かし、いろいろなアイデアを出して実践してくれています。石原さんは技術職を長く経験され、几帳面な性格できっちりと仕事をしてくれます。図面を書いたり、蔵で作業がしやすいように物の位置を整えたりして作業環境の向上にも貢献してくれています」 長く働き続けるために大切にしていることは「会話」、「挑戦」、「学び」、「健康」  「ちこり村」のマルシェでにこやかに接客する吉村みどりさん(70歳)は、大橋さんや石原さんと同じ電機メーカーなどを経て、書店で定年まで勤めた後、60歳で「ちこり村」に再就職して11年になる。電機メーカーではパソコンを扱う事務職を、その後は接客を経験している吉村さんは、その特技とほがらかな性格から、主に販売と工場見学のガイドとして活躍。適応力が高く、「季節ごとに五平餅(ごへいもち)を販売したり、ソフトクリーム屋さんになったり、お弁当づくりや調理の下準備など、いろいろな仕事をこなして、みんなから頼りにされています」と川口部長は吉村さんの仕事ぶりを語る。  吉村さんは8時から17時までの勤務時間で、月15日ほど出勤している。「休みの希望を聞いてもらえるので、働き続けることができています」と吉村さん。  4人が長く働くうえで大事にしているのは、「言葉を交わしてキャッチボールをすること」(小倉さん)、「『一生挑戦』がモットーです。孫もサラダコスモに入社しましたが、まだ負けないぞ、という気持ちです(笑)」(大橋さん)、「学ぶ姿勢です」(石原さん)、「健康であることです」(吉村さん)とそれぞれに話してくれた。  「ちこり村」では、多くのシニア従業員がそれぞれの働き方で活き活きと働き、地域が抱える課題解決に向けて大きな貢献を果たしている。これもまた「イノベーション」の一つの形である。 写真のキャプション 後列左から小倉さん、豊岡蔵長、前列左から大橋さん、石原さん、吉村さん 【P30-31】 江戸から東京へ [第97回] 老女流作家の意地 清少納言 作家 童門冬二 ケナし合った二人  王朝時代の女流作家で「枕草子」を書いた清少納言と、「源氏物語」を書いた紫式部とは、実際には会ったこともない。生きた時代が違うからだ。同時代だったかもしれないが、清少納言は主人である中宮(ちゅうぐう)の定子(ていし)(藤原(ふじわらの)定子(ていし))に死なれてから勢いを失い、そのまま宮中から去ったからである。そして、孤独な生活を続けた。  しかし、清少納言の名はいつまでも宮中内を漂い、人々の口の端にのぼった。紫式部は、それが癪(しゃく)に触って仕方がない。彼女自身は人々が、  「紫式部は慎み深く沈着で、才能や聡明さを決して面に出さない。陽気で、パフォーマンス欲が強かった清少納言とは、対照的だ」  といわれたほど、つつましやかな生活を送っていた。ところが、実際は紫式部の清少納言に対する競争心はもの凄く、『紫式部日記』でこう書いている。  「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍(はべ)りける人。さばかりさかしだち真字(まな)書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいとたへぬこと多かり・・・」  (清少納言は高慢な顔をして、利口ぶっており、漢学の才能を自慢しているけれど、よく読んでみればまだまだ不十分なことが多い)  おそらく、宮中から去った清少納言も、京都のどこか一隅に居て、宮中内で起こる出来事やいろいろな情報の仕入れには暇なかっただろうから、後輩の紫式部が自分に対して批判していることも当然耳に入っていたことだろう。紫式部の批判はそれだけでは済まず、さらに、  「こういう偽物は、やがてボロを出して惨めな死を遂げるに違いない」  などと、見たこともない清少納言の行く末まで予見しているから、余計頭に来た。  しかし、かつて宮中で公家たちがまつわりついた清少納言の美貌も、いまは老齢ゆえに次第に衰え、自分から表に出ることはほとんどなかった。家の中に閉じこもって、いまでいうステイホーム≠送っていた。だからといって、紫式部に火をつけられたかつての盛名は忘れることがなく、いつもそれを誇りに胸に抱いていた。というよりも、いまの清少納言を誇り高く、背筋をピンと立てさせているのはすべて、「過去の盛名」だけだった、といっていいだろう。彼女の盛名は、紫式部はパフォーマンスだと書いたが、決してそうではない。実績があった。 鬼面になっても誇りは保つ  中宮の定子に仕えているころ、定子の御前で、ほかの女性や公家たちを前にして、  「私はすべて一番と思われたい。二、三番は死んでもいやだ。どんなことをしてでも一番でいたい」  と公言して憚(はば)からなかった。そして事実、彼女は宮廷内では常に一番だった。才能と機知がすぐれていて、定子もそれを愛していたのである。ある雪の日に定子が、  「香炉峰(こうろほう)※1の雪は(何処に)?」  と問うた。そんなものがここの近くにあるわけがない。ところが清少納言はすっと立ち上がり、御簾(みす)を引き上げて、外の雪景色を指さし、  「ここにございます。どうぞご覧ください」  と告げた。これは、「白氏文集(はくしもんじゅう)」※2のなかにある詩に、  「遺愛寺(いあいじ)の鐘は枕をそばだててきき、香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげて看みる」  とあることから、素養のあった清少納言はそのことを告げたのである。知識を持っていた定子は満足げに微笑まれた。脇にいた者も、  「なるほど、一番だけのことはある」  と感心した。  宮中を去った後、孤独に一人老いる清少納言は次第に美貌を失い、ついに鬼のような容貌に変わってしまった。それを聞いた物好きな公家が、彼女の住む粗末な家の前に来て、  「やれやれ、あの清少納言も落ちぶれたものだな」  と笑った。中にいた清少納言はこれを聞くとすっと戸を上げて鬼の面に似て来た容貌を堂々と突き出した。そして、  「駿馬(しゅんめ)の骨を買わないの?」  といった。中国の故事で、名馬の駿馬なら骨でも買い手があるという例えをいったものだ。当時の公家たちはみんなそのくらいの素養があったから、これを聞くと互いに顔を見合わせ、  (鬼面になっても、さすがに誇りだけは相変わらずで大したものだ)  と頷(うなず)き合ったという。清少納言の面目は老いても少しも損なわれることはなかった。気骨である。  王朝時代というと、デレデレした人間を想いがちだが、決してそうではない。趣味といわれる分野においてさえ、命がけで生きていた。 ※1 香炉峰……中国江西省北端にある廬山(ろざん)の一峰 ※2 白氏文集……中国唐の文学者、白居易(はくきょい)の詩文集 【P32-35】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第102回 栃木県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー(以下「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 70歳まで再雇用を延長 現場で光る60歳超社員の存在感 企業プロフィール 株式会社ヌマニウコーポレーション(栃木県下野(しもつけ)市) ▲創業 1945(昭和20)年 ▲業種  リユースショップの運営、地域サブフランチャイザーとしての経営指導等 ▲社員数 670人 (60歳以上男女内訳) 男性(15人)、女性(12人) (年齢内訳) 60〜64歳 24人(3.6%) 65〜69歳 3人(0.4%) ▲定年・継続雇用制度 60歳定年。65歳まで希望者全員、会社が認めた場合は70歳まで再雇用。平均年齢38歳。最高年齢者は66歳  栃木県は福島県、茨城県、群馬県、埼玉県と接する内陸県です。男体山(なんたいさん)や日光白根山(しらねさん)といった2千m級の山がそびえ、二大観光地として、世界遺産に認定された日光東照宮などの社寺や那須高原があります。東京から60〜160qの位置にあり、新幹線を利用すれば片道約1時間で行き来が可能です。栃木県の農業は東京近郊に供給する都市近郊農業が特徴で、イチゴ、ニラ、もやしのほか、かんぴょうやビールの原料となる二条大麦などが全国屈指の生産量を誇っています。工業は、首都圏輸送に有利な立地を活かし、自動車(部品なども含む)、医薬品製剤、業務用機械器具、アルミニウム圧延製品、光学機械用交換レンズの製造が盛んです。  当機構の栃木支部高齢・障害者業務課の飯塚啓史(けいし)課長は「人口が約52万人にのぼる商工都市・宇都宮(うつのみや)市には工業団地が集積しています。国内最大規模の内陸型工業団地である清原工業団地をはじめ、大小七つの工業団地があり、その一つであるテクノポリス地域では、高付加価値型や情報産業・研究所を中心とした優良企業の誘致を進めています。2022年3月には、JR宇都宮駅前と工業団地を結ぶ『うつのみやライトレール』の開業が予定されています」と説明します。  「当課では、『これは実践した方がよい』と事業主の方が高齢者雇用においてアクションを起こせるような提案書の作成を心がけており、65歳超雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザー会議などで伝えています」(飯塚課長)  今回は、同支部で活躍するプランナー・齊藤博さんの案内で「株式会社ヌマニウコーポレーション」を訪れました。 リユース・リサイクルで環境経済社会に貢献  1945(昭和20)年に家電量販店として創業した株式会社ヌマニウコーポレーションは、1995(平成7)年に新規事業に業態転換を図り、リユースショップのフランチャイズチェーンに加盟。中古電化製品を扱う「ハードオフ」と、中古書籍を扱う「ブックオフ」の第一号店を宇都宮市にオープンしました。その後、衣料、家電などを扱う「オフハウス」、カー用品の「ガレージオフ」、おもちゃの「ホビーオフ」といったリユースの専門店を栃木県、茨城県、千葉県、群馬県、埼玉県の北関東中心に出店。現在67店舗を運営しています。同社では定年を60歳、希望者全員を63歳まで、基準該当者を65歳まで雇用する再雇用制度としていましたが、2019(令和元)年11月にパートタイマー、2020年3月に正社員の規程をあらため、希望者全員を65歳まで再雇用する制度に変更しました。定年後は1年契約となり、更新時に契約社員(月給)かパートタイマー(時給)かを選択します。パートタイマーから契約社員に変わることも、その逆も可能です。また65歳以降は、本人が希望し会社が認めた場合は70歳までパートタイマーとして勤務することができます。  以前は、60歳の定年と同時に全員パートタイマーに移行していましたが、制度改定にあたり社員にアンケート調査を実施したところ、契約社員として働きたいという声もあったため、雇用形態を選択できるようにあらためました。これにより、介護など家庭との両立を望む人は時間給のパートタイマーを、安定した収入を得たい人は月給制の契約社員(フルタイム)を選べるようになりました。また、パートタイマーにおいては、勤務日、勤務時間を毎年更新の際に見直すことができます。 ベテランの豊富な商品知識と人間性に固定ファン 家電量販店からリユース事業に転換したヌマニウコーポレーションにとって、量販店時代から働く高齢社員は貴重な存在です。同社の福田洋子経営管理部長は次のように話します。  「高齢社員は、家電製品やパソコンなど古い商品の知識が豊富なため、リユース品を購入するお客さまに的確なアドバイスをすることができます。それが地域の方々の信頼につながっていますし、安心感や人間性から固定ファンがつく高齢社員も少なくありません。それはパートタイマーとして長年働くスタッフも同じで、お客さまとのコミュニケーション手法は、若いスタッフの参考になっています」  こうしたベテラン社員の安心感を与える接客や働きぶりは、再雇用制度の年齢を延長した要因の一つにもなっています。 「仕事能力把握ツール」による分析を推奨  栃木県の県南地域を担当する齊藤プランナーは、2019年5月に初めてヌマニウコーポレーションを訪れました。訪問当時、福田部長は定年前に見受けられる50代社員のモチベーションの低下について、齊藤プランナーに相談したそうです。そこで、齊藤プランナーは、50歳以上の社員と店長を対象に就業意識向上研修や企画立案の活用などを提案しました。  「仕事能力把握ツールにより、社員の気持ちを把握することもおすすめしました。健康管理診断チェックリストや仕事能力把握ツールは、分析結果をお伝えするとほとんどの企業が『ここまでわかるのか』と感心されます。特に仕事能力把握ツールは入力と分析に時間がかかりたいへんですが、企業から信頼される早道。良好な信頼関係を続けることができます」(齊藤プランナー)  また、担当する企業に大企業の子会社が多い齊藤プランナーは、高齢者雇用の形に変化が見えると話します。  「高齢社員は会社へのロイヤリティ(忠誠心)が強く、仕事が安定している、という企業が増えてきました。なかでも、短日勤務などで仕事と趣味を両立できている高齢社員は、仕事に対して喜びを感じる人が多いようです」(齊藤プランナー)  今回は、店舗で接客や商品のクリーニング、品出しなどを行っている高齢社員のお2人に話を聞きました。 仕事が楽しいから、70歳まで働きたい  木村清美さん(66歳)は、62歳で「オフハウス千葉ニュータウン中央店」(千葉県)に入店して今年で4年目になります。洋服・雑貨・食器・ベビー用品・バッグなどの品物をクリーニングして、袋詰めし、売り場に陳列する仕事を担当しています。週3日、フルタイム勤務と短時間勤務を組み合わせて働いています。以前は、歯科衛生士として働いており、定年まで勤め上げました。  「赤ちゃんから老人まで、ずっと口の中だけを診てきました(笑)。いまの仕事は、日常の生活用品を幅広く扱うので、ある意味で馴染み深く、違和感なく始められました。『これを探していたの!』とお客さまが商品を手に笑顔で会計をする姿を見るとこちらも笑顔になります」  昨年65歳を迎えるにあたり退職するつもりでいたところ、再雇用制度の改定があり12月に雇用延長を打診されました。  「『これからも笑いの絶えないスタッフに囲まれて働ける』と思い嬉しくなりました。若い先輩方に教えてもらいながら自分も楽しみ、これからもがんばります」  同店の国定(くにさだ)裕一(ゆういち)店長は、木村さんの仕事ぶりについて次のように話します。  「木村さんは自分の持ち場だけではなく、ほかのスタッフの様子を見ながら、レジ、電話対応などを行ってサポートしてくれます。声がよく通り、プラス思考で、職場のムードメーカーとしても活躍してくれていますよ。お店には年配のお客さまも多く訪れますが、木村さんと楽しそうに会話をしています」  柿沼田(かきぬま)鶴子(たづこ)さん(66歳)は、「オフハウス125号古こ河が 東店」(茨城県)でバッグやアクセサリーの販売・買取り・クリーニング・陳列などを担当しています。49歳で入社してから、勤続年数17年を数える大ベテランです。入社以来、週5日、10時45分から20時の遅番勤務を続けています。「仕事は楽しんでする」がモットー。同店の松崎学店長は柿沼さんを職場の模範的な存在≠ニ評します。  「柿沼さんは仕事に対する意識が高く、仕事に取り組む姿勢、考え方がみんなの模範です。職場のお母さんのような存在で、スタッフみんなの精神的な支柱にもなっています。頻繁に手料理も差し入れてくれて、美味しくいただいています」  二年前、オフハウス125号古河東店は、ほぼ全焼する火災事故に見舞われ、9カ月間の休業を余儀なくされました。当時は再開の目途も立たず、同店のスタッフは別の店舗で働くことに。当時、旧制度下で65歳の誕生日を迎えていた柿沼さんは、残った有給休暇の消化中で、実質的には定年退職している状態でした。  「何年も働いてきたお店がこんなことになってショックでした。遠くにある別の店舗で働き始めたスタッフたちが心配で、差し入れを持って様子を見に行ったこともあります。こんな状況のために仲間が少しずつ辞めていくのも寂しいものでした」(柿沼さん)  店舗の存続にあたっては会社の会長に直談判をしたそうです。晴れてリニューアルオープンが決まった際は、柿沼さんに戻ってきてほしいと真っ先に声がかかりました。今後については、「仕事は掃除や草取りでも、行った後の達成感が最高です。足が動くかぎり70歳までがんばりたいですね」と、柿沼さん。  「お店は、経験豊富なベテランがいてくれるおかげで成り立っています。現場としては、会社が再雇用を延長してくれたことは非常にありがたいと思っています」(松崎店長)  リユース品はインターネットやフリーマーケットアプリなどで手軽に取引ができるようになりましたが、ヌマニウコーポレーションはリアル店舗の利点である対面接客による取引の安心感や商品への信頼性を活かしたサービスを重視しています。今後は高齢社員に高齢者目線でどのようなサービスが必要なのかを提案してもらい、新たなサービスにつなげていくことも検討しているとか。今後も、高齢社員のみなさまの活躍が楽しみです。 (取材・西村玲) 齊藤博プランナー(71歳) アドバイザー・プランナー歴:11年 [齊藤プランナーから] 「企業に寄り添うことを心がけ、高齢者雇用の方針や取組みをうかがっています。お伝えしたいポイントは『高齢者が働きやすい職場をつくることは、若い人にとっても魅力ある企業になる』ということ。仕事能力把握ツールなどを活用して企業分析を行い、他社の事例や私の経験を交えてかみくだいてお伝えしています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆同課の飯塚啓史課長は「齊藤プランナーは主に大企業の子会社が多い県南地域(下野市、小山市など)を中心に活動しています。中小企業診断士として、経営マネジメントや職場改善などに精通し、長年の実務経験から多くの制度改善提案や企画立案サービスを行っています。高年齢者雇用開発コンテストにおいてもたいへんに熱心で、高齢者雇用に前向きに取り組まれている企業が厚生労働大臣表彰を受賞できるように支援しています」と話します。 ◆栃木支部はJR 宇都宮駅から日光街道沿いにバスで20分(約5km)のところにあります。高齢・障害者業務課はポリテクセンター栃木内に併設されており、このメリットを活かし、訓練課、求職者支援課および生産性向上人材育成支援センター業務課と連携しています。 ◆65歳超雇用推進プランナーが6名、高年齢者雇用アドバイザーが1名の計7名で活動しています。県域(県央・県南・県北)ごとに担当者を配置し、2019年度は制度改善提案を164件、相談・助言を429件行いました。 ◆相談・助言・制度改善提案は無料で実施しています。お気軽にご相談ください。 ●栃木支部高齢・障害者業務課 住所:栃木県宇都宮市若草1-4-23 ポリテクセンター栃木内 電話:028(650)6226 写真のキャプション 栃木県下野市 北関東を中心に67店舗を運営している 福田洋子経営管理部長 洋服や雑貨、ベビー用品などを担当している木村清美さん ブランドバッグやアクセサリーなどを担当する柿沼田鶴子さん 【P36-39】 高齢社員の賃金戦略 学習院大学名誉教授 学習院さくらアカデミー長 今野(いまの)浩一郎  高齢者雇用を推進するうえで重要な課題となるのが高齢社員の賃金制度です。豊富な知識や経験を持つ高齢社員に戦力として活躍してもらうためには、高齢社員の能力や貢献を適切に評価・処遇し、高いモチベーションを持って働いてもらうことが不可欠となります。本連載では、高齢社員戦力化のための賃金戦略について、今野浩一郎氏が解説。いよいよ今号で最終回となります。 最終回 高齢社員の賃金制度の設計と課題 1 はじめに〜考慮すべき二つのポイント〜  今回は連載の最終回です。これまで説明したことをふまえて、高齢社員の賃金制度を具体的に考えてみます。その際に考慮しなければならない重要なポイントが二つあります。  第一は、高齢社員は定年を契機に正社員から非正社員に転換するものの、継続して雇用される社員であるので、賃金は定年前の賃金に目配りして決める必要がある、ということです。連載の第4回では、正社員の賃金の現状と変化の方向を説明し、そのなかで次のことを強調しました。  現状の代表的な賃金制度である年功賃金をとる場合には、定年時の賃金が成果を上まわるので、高齢社員の賃金を決めるにあたっては、この上まわる払い過ぎの部分を調整する必要があります。それに対して変化の方向にある成果主義型賃金をとる場合には、定年時の賃金は成果と一致するように決定されるので、年功賃金の場合に行う払い過ぎの部分の調整は必要ありません。  第二は、高齢社員は正社員とは異なる特性を持つ社員なので、それに合わせた賃金制度を設計する必要がある、ということです。この点については連載の第5回で、高齢社員は期待されている雇用期間が短いので短期雇用型社員という特性、働く場所などの働き方に制約があるので制約社員という特性を持つ社員であるため、賃金制度は二つの特性に沿って決める必要があることを説明しました。  つまり短期雇用型社員の特性に対応するには、賃金は仕事の重要度によって決める必要があります。これが「仕事原則」です。制約社員の特性に対応するには、働き方の制約化にともなう労働給付能力レベルの低下に合わせて賃金を調整する必要があります。これが「制約配慮原則」です。なお第3回の「賃金決定の基礎理論」のなかで説明したように、労働給付能力レベルとは業務ニーズに合わせて働ける能力のレベルを示しており、それが高いほど会社にとって価値の大きい(したがって、賃金の高い)社員になります。また労働給付能力レベルの低下に合わせて調整される賃金部分は、第5回で説明したリスク・プレミアム手当にあたります。  ここまで準備すれば、高齢社員の賃金制度を合理的に設計することはむずかしいことではありません。それを示したのが図表です。 2 高齢社員の賃金制度の設計 ■正社員が成果主義型賃金の場合  まず、定年前の正社員の賃金が@成果主義型賃金をとっている場合を考えてみます。ここでは定年時の賃金は成果、つまり仕事の重要度に見合って決められているので、塗りつぶし部分で示してある賃金のすべてが「仕事に対応する賃金部分」と等しくなります。この賃金が、定年して高齢社員になると、どう変わるのかを考えてみます。  まず高齢社員の仕事が定年前とまったく変わらないとします。これは図表の〔現職継続の場合〕にあたります。高齢社員の賃金は「仕事原則」にしたがうと定年前と同じ水準になりますが、「制約配慮原則」を考慮する必要があります。つまり定年を契機に制約社員に転換するので、高齢社員の賃金は「制約配慮原則」に基づいて労働給付能力レベルの低下に見合った分(図表の「制約化部分」に対応します)だけ低くする必要があります。したがって、高齢社員の賃金は図表に示してあるように「定年前賃金−制約化部分」になります。  しかし現状をみると、この〔現職継続の場合〕は少なく、多くの高齢社員は定年前と同じ分野の仕事に就いたとしても職責が低下する〔仕事が変わる場合〕にあたります。この場合には仕事の重要度が低下するので、高齢社員の賃金は「仕事原則」にしたがって、その低下に合わせて低下することになり、それを図表では「仕事変化部分」としています。さらに〔現職継続の場合〕と同様に「制約配慮原則」が適用されるので、高齢社員の賃金は「定年前賃金−制約化部分−仕事変化部分」になります。 ■正社員の賃金が年功賃金の場合  次に正社員の賃金がA年功賃金の場合を考えてみます。高齢社員の賃金制度を設計する基本は成果主義型賃金と同じですが、図表に示したように、「仕事変化部分」、「制約化部分」に加えて「後払い部分」を定年前賃金から控除することが必要になります。  年功賃金の場合には、定年時の賃金が成果を上まわるので、高齢社員の賃金を決める際には、この払い過ぎの部分を調整する必要があることを説明しました。「後払い部分」はこの払い過ぎの部分にあたり、この調整をしないと、いかに「仕事原則」と「制約配慮原則」を適用しても、高齢社員の賃金は「後払い部分」だけ払い過ぎの状態になります。したがって図表に示してあるように、高齢社員の賃金は、〔現職継続の場合〕では「定年前賃金−後払い部分−制約化部分」、〔仕事が変わる場合〕では「定年前賃金−後払い部分−制約化部分−仕事変化部分」になります。  このようにして骨格ができても、「後払い部分」、「制約化部分」、「仕事変化部分」をいくらにするかが決まらないと賃金制度を設計したことになりません。「制約化部分」は連載の第5回で説明したリスク・プレミアム手当にあたるので、その市場相場を参考にしつつ自社の事情を考えて決めることができます。「仕事変化部分」は仕事の重要度の低下にともなう調整部分なので、定年前後の仕事の職務評価の結果、あるいは同じ重要度の仕事に就く正社員の賃金を参考にして決めることができます。なおリスク・プレミアム手当の市場相場、職務評価の詳細については第5回をあらためて参照してください。  それらに比べて、「後払い部分」をいくらにするかを決めることはたいへん困難です。すでに説明したように、理論的に考えると、年功賃金の場合には、定年時の賃金が払い過ぎの状態にあるので、「後払い部分」の調整を行うことは不可欠です。しかし、それがいくらかであるかを理論的に確定することはできませんし、「制約化部分」のように市場相場を参考にすることも、「仕事変化部分」のように何らかの評価の結果に基づいて決めることもできません。そこで会社がとるべき対応は、労働組合あるいは社員と協議し、会社の実情をふまえて決めるという手順をふむことです。 3 残された二つの課題 ■高齢社員の納得性を得ること  このようにして賃金制度を合理的に設計しても、残された大きな課題が二つあります。その一つは、賃金が定年前に比べて低くなることを高齢社員に納得してもらうことがむずかしく、そのことが労働意欲に影響をおよぼすことです。高齢社員を活用するうえでの企業の課題については、これまでくり返し調べられてきました。どの調査でも、健康問題などとともに労働意欲の低下が主要な課題としてあがっていますが、その背景には、賃金低下に納得が得られないことがあるのです。  企業が高齢社員の戦力化を進めるには、この課題に何らかの対応策をとる必要があります。最も大切なことは、賃金をどのように決めているのか、賃金の低下の背景にはどんな理由があるのかを高齢社員にていねいに説明することです。そのためにも、「賃金決定の基礎理論」を理解し、それを応用することで高齢社員の賃金制度を設計するという連載で重視してきたアプローチが重要なのです。  しかし、高齢社員はこうした説明だけでは、十分に納得しないかもしれません。そこで高齢社員にも変わってもらう必要があります。高齢社員は定年を契機に役割が変わり、新しいキャリア段階に入ったことを理解し受け入れること、新しい役割に合わせて働く意識と行動を変えることが求められます。これは高齢社員が職場の戦力として活躍するために必要なことです。  このような高齢社員の変わる努力を支援することは企業の重要な役割であり、それは高齢社員の賃金に対する納得性を高めることにつながります。 ■高齢社員の賃金と総額人件費との関係  もう一つの課題は総額人件費との関係です。高齢社員の賃金のあり方が議論される際に必ずといっていいほど、高齢社員を雇用すると総額人件費が増えるということが問題になります。さらに、それを解決するには、定年前の賃金を減額し、そこで浮いた原資を高齢社員にあてること、そのために現役正社員の賃金制度を変えることが必要であるということが提案されます。  一見するともっともらしい指摘であり提案であるようにみえますが、その合理性や有効性についてはあらためて考える必要があります。連載の第2回で、これまで多くの企業は「成果を期待しない」福祉的雇用型の活用戦略、つまり高齢社員を業務ニーズに合わせて雇用するのでなく、法律に対応するために雇用するとの対応をとってきたと説明しました。この活用戦略をとる企業にとっては、高齢社員に払う賃金は成果に対する対価というより雇用を継続するためのコストであり、そのため高齢社員を雇用することが総額人件費の膨張という問題を引き起こすことになります。  つまり「定年前の賃金を減額し、そこで浮いた原資を高齢社員にあてる」ことは、働く期間が定年後に伸びたにもかかわらず、高齢社員に支払う賃金総額を一定にするという提案であり、そのことは定年後の高齢社員の働きが成果を生まないこと、あるいは成果を生むことが期待できないことを想定していることを示しています。  これまで、企業は高齢社員を戦力化せざるを得ない状況にあること、戦力化するには、業務ニーズに合わせる需要サイド型の活用戦略をとり、賃金は仕事の重要度などに見合って決める必要があることを説明してきました。企業がこうした方向に進むとすれば、高齢社員の賃金と総額人件費との関係に対する見方が変わります。それは、会社が必要とする仕事に就き、貢献に見合って賃金が払われるので、高齢社員を雇用することが総額人件費の膨張という問題につながることがないからです。このようにみてくると問題の核心は、会社が必要とする仕事で活用できているのか、賃金が貢献に見合って決められているのかにあり、総額人件費の膨らむことが問題になるのは、それができていないからなのです。 4 おわりに  これまで6回にわたって、高齢社員を戦力化するために賃金制度をどう設計するかについて説明してきました。高齢社員の活用に苦労されている会社には、それを参考にして賃金を決めてほしいと思いますが、それとともに二つのことを強調して、この連載を終えたいと思います。  法律の要請に応えることに手いっぱいで、ここで示された方向で対応することはむずかしいとする企業は多いと思います。しかし、そうであっても、賃金制度の整備は長期的な観点から取り組むべきテーマであるということを忘れないでほしいと思います。ですから「とりあえず」の対応を考えるにあたっても、長期的にはどうあるべきかを考え、そこから逆算するという取組みが大切です。  もう一つは、連載で示した方向は高齢社員が正社員なのか非正社員なのか、つまり従来型の定年制を前提にしているのか定年延長を前提にしているのかにかかわらないということです。高齢社員をどのように育成し活用する社員として雇用するのかを考え、それに合わせて賃金制度を設計する。これがすべての出発点です。 ※ 第1回(7月号)〜第5回(11月号)はホームページでご覧になれます。 エルダー 高齢社員の賃金戦略 検索 図表 高齢社員の賃金の決め方の概念図 定年前賃金 A年功賃金 仕事に対応する賃金部分 後払い部分 高齢社員の賃金 【現職継続の場合】 賃金 制約化部分 後払い部分 【仕事が変わる場合】 賃金 仕事変化部分 制約化部分 後払い部分 定年前賃金 @成果主義型賃金 仕事に対応する賃金部分 ※筆者作成 【P40-41】 新連載 高齢社員の心理学 ―加齢でこころ≠ヘどう変わるのか― 神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授 増本康平 第1回 「老いること」に対する偏見が高齢社員の活躍を妨げる  高年齢者雇用安定法の改正により就業期間の延伸が見込まれるなかで、高齢者が活き活きと働ける環境を整えていくためには、これまで以上に高齢者に対する理解を深めることが欠かせません。そこで本稿では、高齢者の内面、こころ≠ノ焦点を当て、その変化や特性を解説します(編集部)。 はじめに  今月から「高齢社員の心理学」について執筆することになりました。「心理学」と聞くと心理カウンセリングを想像する人も多いと思いますが、私の専門は、人の記憶、注意、感情、意思決定といった情報処理の仕組みを、心理実験や脳イメージング計測、遺伝子解析といった方法を組み合わせて解明する認知心理学です。これまでに高齢者を対象とした研究を20年行ってきました。この記事では、研究から得られた知見に基づいて、加齢にともない心理機能がどのように変化するのか、またそのような老いにともなう変化にどのように対応できるのか、といった点について、解説していきます。  第1回目のテーマは、「老いに対して正しい知識を持つことの大切さ」についてです。日本は世界で最も高齢化が進んだ超高齢社会です。そのため老いに関する情報についてのニーズは高く、身体機能、認知機能の低下やその予防、改善についてのさまざまな情報が溢(あふ)れています。ですが、それらの情報は必ずしも正しいわけではありません。そのため、私たちがあたり前だと思っている老いに対する前提が誤っていることもあります。 年齢を理由にした根拠のない思い込みや偏見「エイジズム」  「高齢者は全体的に能力が衰えているに違いない」、「高齢者に新しいことなんて身につけられるはずがない」と思っていませんか? 例えば、70歳を超えてプログラミングを勉強し、ゲームのアプリケーションを作成した高齢者がいます。ルービックキューブのすべての面を記憶し、目隠しで完成させる「目隠しルービックキューブ」を70代半ばから始め、80歳を超えても完成させられる高齢者もいます。歳をとってからでも新しいことにチャレンジし、達成する人がいるのですから、「年齢を理由に新しいことができない」と考えるのは誤りです。このような「もう歳だから〇〇できない」、「もう歳なのに〇〇するなんて」といった、年齢を理由にした根拠のない思い込みや偏見は、「エイジズム」と呼ばれています。 老いに対する否定的な考えがさまざまな機能に悪影響を及ぼす  偏見や差別は他者に対して抱くものと思われがちですが、エイジズムはそうではありません。いまは若くても、生き続ければ例外なく私たちは歳をとり、いずれは高齢者になります。そのため、高齢者に対する偏見は、自分が歳をとったときに、そのまま自分自身への評価として跳ね返ってくるのです。痛み止めの薬といわれて、成分的にはまったく効果が期待できない偽物の薬を服用しても、痛みがやわらぐプラセボ効果があるように、人の思い込みの影響は馬鹿にはできません。実際、老いに対する間違った思い込みは、私たちにさまざまな影響を及ぼします。これまでの研究から自分に対して向けられるエイジズムは、精神的健康の悪化や生活意欲の低下、記憶を含む認知機能の低下につながるだけでなく、疾患からの回復を損ない、寿命にさえ悪影響を及ぼすことがわかっています。  例えば、図表1を見てください。横軸は年齢を、縦軸は記憶の成績を表しています。点線が老いに対して否定的な考えを強く持っている人たち、実線は老いに対して否定的な考えをあまり持っていない人たちです。これを見ると、60歳では記憶成績に差は見られませんが、歳を重ねるにしたがい、老いに対して否定的な考えを強く持っている人たちの記憶成績が顕著に低下しています。図表2はストレスを感じたときに分泌されるコルチゾールの量を縦軸に、横軸に最初の計測からの経過年数を表しています。老いに対して偏見を持っている人たちは、老いを肯定的にとらえる人と比べて、歳をとるにしたがってストレスが増加していることがわかります。 エイジズムをなくすためには正しい知識を知ること  私たちの思い込みは、普段接する情報によって形成されます。例えば、テレビなどのメディアは、低下する機能に焦点をあてる傾向があり、歳をとっても維持される、あるいは向上する機能について報じることはあまりありません。「加齢とともに機能が低下していく」という情報に何度もさらされ続けると、加齢とともに全体的に機能が低下するという認識を持ってしまうのは必然ともいえます。裏を返すと、加齢がどのような心理機能に影響し、また反対に影響しないのか、加齢にともなう変化について正しい知識を得る機会はほとんどないといえます。  個人差はありますが、加齢とともにすべての記憶が低下するわけでも、高齢者の判断がいつも鈍るわけでもありません。老いに対して正しい知識を持つことは、高齢社員が自分自身に向けるエイジズムを回避し、歳をとっても活躍できるという気持ちを醸成し、仕事のパフォーマンスを高めることにつながります。また、高齢者を雇用する企業にとっても、適切な知識を持つことで高齢社員のモチベーションを高め、活躍できる環境を整えることにつながるはずです。 ※1 Levy, B. R., Zonderman, A. B., Slade, M. D., & Ferrucci, L. (2012). Memory shaped by age stereotypes over time. The Journals of Gerontology:Series B, 67(4), 432-436. ※2 Levy, B. R., Moffat, S., Resnick, S. M., Slade, M. D., & Ferrucci, L. (2016). Buffer against cumulative stress: Positive age self-stereotypes predict lower cortisol across 30 years. GeroPsych: The Journal of Gerontopsychology and Geriatric Psychiatry, 29 (3), 141?146. 図表1 老いに対する考えが記憶成績の低下に及ぼす影響 記憶成績 年齢 老いに対して否定的な考えをあまり持たないグループ 老いに対して否定的な考えを持つグループ 出典:Levy et al.(2012)※1より抜粋、一部改変 図表2 老いに対する肯定的・否定的な考えがストレスに及ぼす影響 ストレスレベル(コルチゾール) 最初にコルチゾールを測定してからの経過年数 老いに対して否定的な考えを持つグループ 老いに対して肯定的な考えを持つグループ 出典:Levy et al.(2016)※2より抜粋、一部改変 【P42-45】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第31回 人事制度の見直し、定年後再雇用制度の改定 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 就業規則・賃金規程を変更する際の留意点について知りたい  このたび、人事制度の見直しにともない、就業規則や賃金規程の変更を検討しています。既存の従業員の労働条件の変更も必要になるのですが、どのような点に留意する必要があるでしょうか。 A  就業規則の変更による労働条件の不利益変更には、必要性と合理性が必要とされます。変更前と変更後を比較して、変更の程度が合理的といえる程度に抑えておかなければ、就業規則の変更自体が無効と判断される可能性があります。 1 人事制度の見直しについて  日本においては、終身雇用および年功序列による賃金体系などが一般的に採用されていることが多く、これらは成果主義とは異なり、長期的な雇用継続を視野に入れたうえで、勤続年数に応じた賃金の昇給が予定されています。一方で、雇用の流動性も高まりつつあるため、終身雇用および年功序列による旧来型の賃金体系を維持し続けることの合理性も失われつつあります。むしろ、企業における競争力を強化するためには、能力や成果に応じた賃金体系により、勤続年数以外の要素が重視されるべきともいえます。  旧来型の終身雇用および年功序列による人事考課制度については、職能給的な発想で運用されており、現在遂行している職務に応じるのではなく、労働者の能力全般を評価して賃金を決定することを前提としており、基本的な発想として、賃金や役職が下がることは想定しがたいといえます。一方で、成果主義的な人事考課制度とする場合には、職務給的な発想が必要となり、労働者がたずさえている能力全般ではなく、現在遂行している職務や役割に応じて賃金を決定し、職種の変更などに応じて賃金の変更(ときには減額)をともなうことも想定されていなければなりません。  また、同一労働同一賃金への対応を含めて、労働条件や賃金制度の見直しが必要となっていますので、人事制度を見直す企業も増えているように見受けられます。 2 就業規則への影響  人事制度の見直しにおいて、職能給的な制度(終身雇用および年功序列など)から職務給的な制度(成果主義など)へ変更することを検討される企業も多くなっていますが、そこには、就業規則の変更という法的な課題が横たわっています。  なお、同意の取得や労働協約による変更については、過去の掲載でも触れていますが、今回はほとんどの企業において課題となる就業規則の変更に重点を置いて説明したいと思います。  職能給的な制度においては、一度習得した人の能力は失われないことを前提とした制度設計が基本思想となっており、就業規則上の明確な根拠がなければ、降格やそれにともなう減給はできないと考えられている一方で、職務給的な制度においては、職務や役割に応じた賃金の決定や変更を制度の中に明確化することが求められます。そのため、少なくとも、降格およびそれにともなう減給を行うのであれば、それらに関して根拠を新たに具体的に定める必要があるほか、賃金規程の等級表などが存在する場合にはその見直しも必要となります。  就業規則の変更に関する基本的なルールは、労働契約法第10条に定められており、以下の要素を考慮して、その変更の合理性が判断されることになり、不合理と判断された場合には変更自体が無効となってしまいます。なお、変更内容の合理性のほか、就業規則が周知されることも必要です。  @労働者の受ける不利益の程度  A労働条件の変更の必要性  B変更後の内容の相当性  C労働組合等との交渉の状況  Dそのほかの事情  果たして、これらの要素が、人事制度の変更にともなう就業規則の変更においては、どのように考慮されているのでしょうか。 3 人事制度の変更が争点となった裁判例について  過去の裁判例において、年功序列型の賃金制度から成果主義の特質を有する人事制度への変更に関して、変更の合理性に関する考慮事項が比較的明確に整理された事件として、東京高裁平成18年6月22日判決(ノイズ研究所事件・控訴審)があります。  重要と思われるのは、@に関する判断のなかで、従業員に対する賃金支払原資を減少させるものではないということが考慮されている点です。その後の同種事件の裁判例においても、同様の要素を考慮している事例は多くみられます。要するに、人件費カットを目的として人事制度を見直すのではなく、人件費の適正分配を目的としたものであれば、後述の経営上の必要性と相まって、合理性を維持するための重要な要素になるといえるのだろうと思われます。  次に、A変更の必要性に関しては、重要な職務により有能な人材を投入し、重要性の程度に応じた処遇をするという経営上の必要性などを理由に肯定されています。この点は、人事制度を変更する企業の目的や将来目ざす組織づくりなどが合理的に説明可能であることが求められるといえるでしょう。  また、Bに関連して、変更後に採用される人事評価制度の内容やその合理性が検討されています。人事評価制度の合理性は、その透明性や機会の平等性などが考慮されています。成果主義的賃金制度の採用においては、いかなる成果をもって評価するのかを設定すること自体は使用者に裁量の余地はありますが、透明性が確保されなければ、労働者にとってはいかなる成果が評価されるのか分からない状態となり、制度を適切に運用していくことはできないでしょう。  さらに、Cに関連して、合意には至らなかったものの労働組合との団体交渉を重ねていたこと、説明会を開催していたことなどが考慮されています。労使間協議の重要性に関しては、近年の裁判例でもよくみられる傾向ですので、留意しておく必要があります。  最後に、Dに関連しては、減給となる労働者に対して2年間にわたって調整給を支給する不利益緩和措置が採用されていることなども考慮されています。紛争が生じるとすれば、不利益を受ける労働者からの訴えになりますので、不利益緩和措置は紛争予防の観点からも重要な取組みといえるでしょう。  なお、ほかの裁判例においては、特定の属性(例えば、年齢が○歳以上など)をねらい撃ちして不利益を課すような人事制度の見直しに対しては、その変更の合理性を否定した裁判例もありますので、不利益を受けることになる労働者の洗い出しやその対象者の属性に一定の傾向がないかという点についても、注意しておくべきでしょう。 Q2 定年後再雇用制度を改定する際の留意点について知りたい  定年後再雇用の対象労働者について、65歳を超えて継続して雇用しています。このたび、就業規則を変更して、65歳以降の継続雇用については、一定の基準を設けるほか、上限年齢を設定することを検討していますが、何か問題があるでしょうか。 A  変更時に雇止めの対象となる労働者がいる場合には、就業規則の不利益変更の有効性について紛争が生じるおそれがあります。また、労働契約終了の有効性については、高齢者であっても労働契約法により制限されることにも留意する必要があります。就業規則の改正においても、不利益を受ける労働者へのていねいな説明、または経過措置による不利益の緩和などが重要と考えられます。 1 定年後再雇用の限界について  高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの継続雇用制度が多くの企業において採用されています。また、高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの就業機会の確保がうたわれています。実際に労働可能な年齢も徐々に上昇しており、65歳以上の労働者を雇用し続けている企業も増加傾向にあるといえるでしょう。  一方で、60歳の定年制を超えて、65歳以上の年齢をもってあらためて定年制を設定しているような企業は少なく、継続雇用制度を何歳まで実施していくのかという点については、就業規則にも定めていない企業もあるでしょう。  しかしながら、労働者の健康状態と求められる業務内容などをふまえて、一定の限度を設定することや、継続雇用の基準の設定を検討することも必要でしょう。  その場合、就業規則を変更し、当該基準に照らして、継続雇用の基準を満たさなかった場合には、労働契約の終了につながることになりますが、65歳以上であれば、継続雇用を終了させることが当然に許されるというわけではありません。 2 継続雇用の終了と労働契約法第19条  60歳以上の労働者との間で継続雇用を行っている場合、多くの企業では、1年単位などで有期労働契約を締結しているでしょう。  労働契約法第19条は、@反復更新されたもので、当該契約の終了が解雇の意思表示と社会通念上同視できる場合、または、A更新されるものと期待することについて合理性がある場合のいずれかに該当する場合には、契約の不更新が客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、従前の労働条件と同一の労働条件による労働契約が維持されることが定められています。  また、有期雇用ではなく、期間の定めのない雇用として労働契約を継続していれば、労働契約を終了させる場合には、労働契約法第16条による解雇権濫用(らんよう)法理により、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が求められることになります。  高齢者の継続雇用制度においても、これらの規定が適用されることには変更はなく、継続雇用対象者だからといって、契約の終了が当然に認められるわけではありません。 3 高齢者に対する保護  直近の裁判例で、高齢者の継続雇用に対して、契約の終了を行った事案があります(東京地裁立川支部令和2年3月13日判決)。  当該事案においては、65歳をもって定年退職する旨定められていた法人において、65歳を超えて労働契約が維持されてきたところ、当該労働契約の終了に向けて就業規則を変更して、定年後の延長については承認制を採用する旨定められていました。そして、不承認の決定をくだして、労働契約を終了させたところ、これが雇止めに該当するものとして争われたという事案です。  同裁判例においては、高齢者の継続雇用においても労働契約法第16条による解雇権濫用法理が適用されることを前提に、以下のような事実をふまえて、労働契約が存続すると判断しました。  @定年後、特段明示的な承認の手続きを取られないまま、労働契約が更新されていた。  A承認が得られなかったことは、労働契約を終了させる意思表示にほかならない。  B解雇するには、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要だが、その立証がなされていない。 4 基準変更の就業規則の意味  高齢者雇用の事案とは若干異なりますが、継続雇用の基準を就業規則の変更によって行った企業における、労働契約終了についての裁判例もあります(山口地裁令和2年2月19日判決)。  有期労働契約の通算雇用期間の上限について、従来は定めがなかったので、就業規則を変更して5年を上限とする旨設定し、これを適用する形で、有期労働契約を終了させたところ、当該契約の終了の効力が争われました。  使用者としては、就業規則を改正することで、通算雇用期間の上限を設定したうえで、雇用契約の更新の際には、雇用契約にも上限となる期限を明記して署名押印を得ていることから、労働契約法第19条による保護の対象とはならない旨主張しました。  裁判所の判断では、就業規則改正前における労働契約更新手続きが形式的なものにすぎず、その業務態度等を考慮した実質的なものではなかったことなどから、就業規則改正前の時点において、すでに反復継続して更新される合理的な期待が生じていた以上、就業規則の変更に関する説明や契約書の記載によっても当該期待が消滅したとはいえないと判断されています。  また、更新基準に関しても、その判断基準が主観的な表現(「ぜひ雇用継続したい」、「雇用継続したい」、「雇用継続をためらう」、「雇用継続したくない」の4段階)が用いられているだけであることなどを理由に、客観的合理性を欠くものと判断されています。  このような裁判例からすると、基準の設定を行う場合には、客観性を確保する必要があります。客観性の要素としては、手続きとしての透明性(あらかじめ更新基準の要素が明らかにされていることなど)、評価基準については主観的な表現のみではなく、客観的に数値化可能な基準を含んでいることなどが重要と考えられます。  また、改正の手続きにおいても、不利益をともなう労働者に対しては、特にていねいな説明の機会を確保し、真摯な意思をもって更新されないルールに変更となる旨を理解してもらい、更新の期待を明確に打ち消すことなどが必要となります。理解が得られないことがあり得ることもふまえると、制度構築時点における対象者には経過措置として適用対象から除外するなどの配慮が必要になることもあるでしょう。 【P46-47】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第7回 「昇格・昇進」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 「昇格」と「昇進」の違い  「昇格」と「昇進」は言葉も似ていますし、混同されることが多い用語です。文章だけで理解するのはむずかしいので、「等級体系」を表した図表を使って説明します。等級については連載第1回(本誌2020年6月号)の「人事制度」で解説しましたが、求められる役割や業務に必要な能力を定める区分のことです。図表では1等級〜M2等級までの記号で書かれた部分になります。1等級が求められる役割や能力のレベルがもっとも低く、上の等級に移動するほど高くなります。この上への移動を「昇格」といいます。各社員を本人のレベルにあった等級に配置しますが、等級=格とみなして「格付」と呼ぶこともあります。  一方で「昇進」は図表では「役職」と書かれた部分にかかわってきます。役職は権限や裁量の程度を示すものになります。こちらも下の課長補佐の権限や裁量がもっとも小さく、上の役職になるほど大きくなります。この役職が上がっていくことを「昇進」と呼びます。まずは、この昇格と昇進の違いを押さえておいてください。なお、昇格・昇進とは逆に下がっていくことを「降格・降職」と呼びます。 昇格・昇進とポスト  ここまで解説したところで、等級と役職が分かれているから複雑になるのであって、等級・役職、昇格・昇進を一体化したらよいのではないかと疑問を感じる方もいるかもしれません。しかし、「ポスト」という観点から一体化はむずかしいといえます。ポストとはいろいろな解釈のある用語ですが、人事では組織の責任者(組織長)≠ニとらえて間違いはありません。例えば、組織図上の部組織の長は役職では部長となります。組織長は1名でないと指揮命令系統(「レポートライン」とも呼びます)が混乱するため、部長も1名となります。ところが、ポストにはかぎりがあります。だれかが組織長になるとしばらくはほかの社員が昇進できず、報酬も上がらないという現象が起きます。そこで、図表のように部長と同格だが、組織長でない「担当部長」という役職を置いて処遇することがあります。組織長ではないが、部長並みに重要な役割をになう役職です。この場合は部長も担当部長も同格(同じ難易度の役割をになう)であることを示すために、等級というレベルを示す区分が必要となります。また、役職者未満(図表では「一般職」)であっても、だれが組織長の候補者としてのレベルに達しているかを判断するために、等級による区分が必要です。図表の場合、課長の候補者となり得るのは5等級に配置されている人材ということになります。このように、実際の役割に則しているのは役職ですが、その役職の就任に該当するレベルの人材を同等級に配置したほうが、機動的に運用できるという理由から、等級・役職、昇格・昇進は分離することになります。 「管理職」と「管理監督者」は異なる  課長・部長などの組織長への昇進、もしくは対応する等級に昇格すると「管理職」と呼ぶ会社が多くあります。文字通り組織を管理する立場になるため、このように呼んだりするのですが、労働基準法第41条の「管理監督者」とは異なるという点に注意が必要です。この二つも昇格・昇進並みに混同されて使われているため、本稿で触れておきます。厚生労働省の『労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために』(2008年)というパンフレットには、「『管理監督者』は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けません。『管理監督者』に当てはまるかどうかは、役職名ではなく、その職務内容、責任と権限、勤務態様等の実態によって判断します」とあります。  管理職と呼んでいる役職者には、要件を満たしていないにもかかわらず、管理監督者とみなして時間外手当や休日出勤手当を支給しないケースも見られます。真に管理監督者であれば支給対象外ですが、そもそも管理職が管理監督者に該当しないとなると「賃金未払い」の状態になるため注意が必要です。自社の管理職が管理監督者に該当するかどうか疑問に感じる場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談することをおすすめします。 高齢者雇用と昇格・昇進  昇格・昇進の話に戻ります。多くの会社では50〜55歳あたりで昇格・昇進がストップするのが一般的で、一定年齢に達すると役職から外れる「役職定年」を導入している会社もあります。少なくとも定年時には役職を外れたうえで、再雇用へと切り替えることがほとんどです。そのため、60歳以上の雇用については役職も昇格・昇進もない状態が多く見られます。しかし、本来は後進に道をゆずる意味も込めての措置でもあったところ、昨今の人手不足により代わりの人材がいないという事情もあります。また、今後の70歳までの長期雇用を見据えると、昇格・昇進と年齢を切り離して考えた方がむしろ現実的な対応となり、本人のモチベーションに寄与する可能性にも触れておきたいと思います。 ☆  ☆  今回は「昇格・昇進」について解説しました。次回は、最近話題になることが増えている「諸手当」について取り上げる予定です。 ※ 第1回(6月号)〜第6 回(11月号)はホームページでご覧になれます。 エルダー 人事用語辞典 検索 図表 等級体系 管理職 一般職 〈等級〉 昇格 M2等級 M1等級 5等級 4等級 3等級 2等級 1等級 〈役職〉 昇進 部長 担当部長 課長 担当課長 課長補佐 出典:筆者作成 【P48-52】 えるだぁ最前線 建設業に従事する社員のテレワークを推進し高齢社員にとっても働きやすい職場環境を実現 向洋(こうよう)電機土木株式会社 《本事例のポイント》 ・建設現場の事務所をサテライトオフィス化することにより、全社員を対象としたテレワークを実現。 ・ウェブカメラやタブレットなどの活用で、ベテラン社員が遠隔での作業をチェックすることが可能に。 ・社員が働きやすく働きがいのある職場環境を推進することにより、高齢社員にとっても働きやすい職場になった。 将来も生き残れる会社になるために働き方改革≠推進  新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策として、自宅やサテライトオフィスなど、会社から離れた場所で勤務する「テレワーク」を導入する企業が増えている。初めての導入に試行錯誤する企業が多いなか、10年以上前からテレワークを導入している先駆的企業が、向洋電機土木株式会社(本社:神奈川県横浜市、従業員37人)である。  1965(昭和40)年の創業以来、電気設備の設計・施工を手がける同社は、専門性に特化した企業が多い業界において、戸建て住宅からマンション、公共施設、大規模商業施設まで幅広く対応できる技術力を強みとしている。現場での業務が多い建設業界において、同社は全社員がテレワークを活用できるようにすることにより、作業効率を高めてコストを削減。さらに社員の働きがいや能力の向上にも結びつけ、企業の業績を向上させている。こうした同社の取組みは、高齢社員にとっても働きやすく、働きがいのある職場環境の実現に寄与している。  同社のテレワークを推進してきた人物が、CHO・広報部部長の横澤(よこざわ)昌典(まさのり)氏だ。横澤部長は大手商社に勤務し、海外駐在などで活躍したが、父親の介護のために退職。その後、知人を介して向洋電機土木の社長に請こわれ、2007(平成19)年に入社した。横澤部長は入社経緯について「前職とまったく異なる業界ですし、父の介護もあったので、正直なことをいえば、当初は働く気はありませんでした。しかし、社長と数回にわたり話し合うなかで、『いまの会社を変えたい』という社長の思いを知ったことと、『チェンジエージェント(変革の推進者)として思う存分力をふるってほしい』といわれ、やりがいを感じました」と語る。  当時の向洋電機土木は、建設業界の例に漏れず、長時間労働が常態化していた。横澤部長が「社内のルールや業界としての慣習など、会社が四十数年にわたって積み上げてきたものを一度すべて壊すことになりますよ」と話すと、社長は「かまわない」と返答したという。「いまの古い体質のまま続けていても会社に未来はない。自分には会社で働く社員とその家族の生活を守る義務がある。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかないから、会社を生き残れる組織にしたい。変える力を持っている人が会社を中から変えて、自分にとっても働きやすく、社員にとっても働きやすい会社になれば、それは最高の姿ではないか」との社長の言葉を聞き、横澤部長は入社を決意した。  このようにして、同社のテレワーク導入は、担当する横澤部長と、その取組みを背後から支援する社長との二人三脚で進められていった。 テレワークの実現に不可欠な社員の意識改革と業務の可視化  横澤部長の役割は、社員の働き方を変えることで、働きやすく働きがいのある職場を実現するとともに、コストを削減し企業の業績を向上させることである。その一環として、2008年1月からテレワークをスタートさせた。  テレワークを導入するためには、制度やITツールなどの整備が欠かせないが、最も重要なのは、社員の理解を得ることである。いくら仕組みとしてテレワークを導入しても、仕事に対する社員の意識が変わらなければ長時間労働は改善しない。  そこで、横澤部長が最初に取り組んだのが、生産性に対する意識の低い社員の意識改革だった。例えば、女性社員がほかの社員の机を拭いたりお茶をいれたりすること、仕事中の喫煙所での喫煙や無駄話など、勤務時間中に本来の業務以外のことに時間を割くことの積み重ねが、長時間労働の一因となっていた。横澤部長は、社内でおかしいと感じたことを一つひとつ見つけては社員一人ひとりと話をし、相手が納得するまで根気強く指導を続けていった。  また、長時間労働の原因は仕事の進め方にもあった。図面を必要以上に時間をかけてきれいに書くなど、顧客の評価に結びつかないようなやり方が散見されたのだ。そこで横澤部長は、現場にも足を運び、社員の実際の業務を調査したうえで、業務を細かく個々の仕事に分解し、スキルマップを策定するとともに、それぞれの仕事の手順や標準時間を設定。それをもとに、個々のスキルレベルを考慮して、適切な仕事量を割り振るようにした。テレワークを実施するには、個々の社員の業務を明確にし、社員が自律的に働くことが前提となる。そのため、一人ひとりの業務を可視化していき、社員と個人面談を行いながら、テレワーク導入の下地を整えていった。  「仕事に対する考え方や抱えている悩みなどは、社員一人ひとり異なります。ですから、会社の考えを一律に押しつけるのではなく、各社員の現状と将来を見据えながら、働き方を変えることが本人にとっていかにメリットがあることかを伝え、自発的に取り組めるように働きかけていきました」  そして、会社の取組みを理解できた社員から、順次テレワークを導入していく形を取った。 現場事務所をサテライトオフィス化し移動にかかるコストを大幅に削減  横澤部長は、社内の業務を一通り調査・把握したうえで、どのようにすれば社員がテレワークをできるかを検討した。テレワークの目的は、業務上の無駄をなくして効率化し、生産性を高めること。横澤部長がまず着目したのが、自宅・会社・現場間の移動だった。電気設備工事は、建設現場での作業が中心になる。そのため、当時は自宅からまず会社に出勤して、必要な書類などを持ったり、申し送りを行ったりした後に現場へと向かう。そして、一日現場で作業した後は、会社へ戻って日報の作成・提出などを行い、それから帰宅するという流れが一般的だった。つまり、自宅と会社と現場を移動することにかなりの時間が費やされていた。この移動にかかる時間を短縮するために、横澤部長は建設現場の近くで休憩や昼食を取るために使用している現場事務所の活用を思いついた。現場事務所をサテライトオフィス化し、会社で行っている業務をそこでできるようにすれば、わざわざ会社に立ち寄る手間をなくすことができる。  また、それを実現するには、会社にいなければできない業務を削減し、現場事務所でもできるようにする必要がある。そうすれば、介護・育児や病気・ケガなどで出勤できない事情があっても、在宅での勤務が可能になる。そこで、業務にかかわる書類をデジタル化して外部からもアクセスできるようにし、ノートパソコンを会社が社員に貸与するようにした。ただし、ノートパソコンは全社員に一律に貸与するのではなく、会社に寄与した割合の高い社員から優先して貸与するようにした。例えば、利益率の高さや、勉強会への出席率の高さなどである。そうすることで、社員が会社の方向性に意識を合わせることをうながしていった。 ウェアラブルカメラを活用することでベテラン社員の現場チェックの負担を軽減  向洋電機土木が導入したテレワークは、現在、各現場のサテライトオフィスと自宅で可能になっている。セキュリティ上、会社に許可されていない場所でのテレワークは認められていないが、サテライトオフィスはその現場を担当していない社員でも利用可能だ。テレワークは全社員が業務内容とその進捗に合わせて柔軟に利用することができる。したがって、なかにはテレワークの割合が多い社員もいれば、月0時間の社員もいる。  同社は、さまざまなITツールを活用することによってテレワークを可能にし、業務の効率化を図っている。打ち合わせや会議は、インターネットによるビデオ会議ツールを活用することで、離れていてもできるようにした。会議を開く場合、かつては全員が揃う日程を調整するのがたいへんだったり、会社に戻るのが遅れる社員がいれば到着するまでほかの社員が待つ必要があったりした。しかし、テレワークの導入以降は、会社に戻れない社員はサテライトオフィスや自宅からでも参加できるようになった。また、会議の録画を後から視聴することを可能にし、手間のかかる議事録や報告書などをなくした。社内では勉強会も活発に行われており、横澤部長が社員のニーズの高いテーマをあらかじめ複数ピックアップして開催しているが、これにもビデオ会議ツールが活用されている。  また、社員が分散して働くテレワークでは、情報をいかに共有するかがより重要になる。同社では、オープンソースのSNSソフトを導入して社員間のコミュニケーションに活用。さらに、社員の間で技術を共有するために、社員が自由に書き込めるコラボレーションソフトを導入し、マニュアルや仕様書の作成・更新・共有に役立てている。  若手社員が現場で作業状況のチェックを必要としたり、現場の施工に関する悩みを相談したい場合、以前はチェックを担当するベテラン社員が現場に行かなければならなかったため、必要なタイミングでのチェックや相談ができないという問題があった。そこで、ウェアラブルカメラを現場で働く社員のヘルメットなどに装着したり、タブレット端末を活用することで、会社や現場事務所などの離れた場所から動画でリアルタイムにチェックすることも行われている。 業務の効率化で空いた時間をスキルアップに充て業績を向上  テレワークの導入にあたっては、環境整備のための初期費用がかかるイメージがあるが、同社では無料のツールやサービスを活用して自前で環境を構築しており、経営資源のかぎられた中小企業でも取り組みやすくなっている。  テレワークの導入は、現場の社員が会社に立ち寄る必要が減った分、残業代などコストの削減につながっている。テレワークのみの効果とはいい切れないものの、テレワークを開始したばかりの2008年度と2017年度を比較すると、社員は増えたにも関わらず、移動にかかる年間ガソリン消費量は3万4千l→2万7545l、会社の電力使用量は3万2千kwh→2万4938kwh、平均労働時間は2100時間→1800時間にそれぞれ削減されている。  同社では、こうして浮いたコストをITツールの改善などに充てるとともに、労働時間の短縮で空いた時間を、1級電気工事施工管理技士など業務に関連する資格取得などのスキルアップに充てることを奨励している。社内で定期的に講習会を開催するなど、社員の学習を積極的にサポートしており、資格取得者が増加。社員のスキルアップの結果、入札できる案件も増え、売上げは2008年度の9億円から2017年度には18億円へと倍増している。さらに、テレワークの先進企業として有名になったことで、同社の求人には全国から数百名もの応募が集まるようにもなった。  また、テレワークは高齢者にとっても働きやすい職場環境の実現にも寄与している。特にウェアラブルカメラの導入による遠隔での確認は、ベテラン社員が現場まで足を運ぶ負担の軽減につながっている。高齢者はテレワークなどの新しい働き方になじみにくいといわれるが、横澤部長は「テレワークが本人にとって有意義であることをきちんと説明し、理解してもらうことでクリアできます」と話す。 シニアになっても能力を発揮できるように教え方を身につけさせる  当初、社内の業務内容を整理するうえで、横澤部長が特に課題と感じたのが仕事の教え方だった。ベテラン社員から若手社員への技術の継承は、高度な技術力を維持するうえで重要だが、同社では長年にわたり「仕事は見て覚えるもの」、「先輩のやり方を盗むもの」という慣習が根づいていたため、ベテラン社員は教えるスキルを身につけてこなかった。そこで横澤部長は、ベテラン社員に対して、自分の技術を伝承するスキルの必要性を訴えた。  「教えるスキルを身につければ、高齢になって体力が衰えてきても活躍し続けることができます。そのため、『伝えるスキルとマニュアルをつくるスキルの両方を身につけて、それぞれのよさを活かして後輩に教えられるようになった方がいい』と説明しました。特にこれからの建設業界は、若年世代が減少していくなかで、ほかの会社を辞めた中高年世代が建設業に転職してきます。そういう人たちに対しては特に教えるスキルが重要になります。自分自身の10年後、15年後のキャリアを考えて、教えるスキルの重要性を訴えました」  そう語る横澤部長は、ベテラン社員が実際に後輩に技術を教えているところを見ながら直接指導を行った。最初のうちは、「そんないい方でわかると思う?」、「なんでそんな上から目線で話すの?」とダメ出しの連続だった。しかし、「部下が覚えてくれなければ、あなたの評価はない。部下はお客さんなんだよ」と話すと、みな自分の役割に気づいたという。また、当初は「怒る」と「叱る」の違いを知らない社員が多かったとも話す。「『そんなんじゃだめだ』と怒るのは、部下を心配しているからなのはわかりますが、『ただ怒るだけでは相手の心には響かないから意味がないよ』といって、何がだめでどうすべきかをわかるように指導することの大切さを伝えてきました」  多くの企業では、60歳を過ぎると、会社のなかでやりがいを失うケースが少なくない。また、なかには過去の経歴を引きずってしまう人もいる。そのような状態になるのを未然に防ぎ、60歳を過ぎても活躍し続けて会社に貢献してもらうためには、会社が早い時期から、シニアになってもやりがいのある仕事があることを社員に教えるべきであり、そうすれば、その目標に向けて早くからスキルを高めていくことができると横澤部長は話す。  「高齢になれば、若いころと同じようには働けませんから、年齢に応じたワークスタイルにシフトしていかなければいけません。そのことを説得するのに1〜2年、新たなワークスタイルを身につけるには10年程度はかかるでしょう。その間に、どのようなワークスタイルを習得させるべきか。彼らが自分のプライドを満足させつつできる仕事が、若手の教育なのではないかと思います。その内容はもちろん、実務に結びつくものでなければなりません。そのためには、体験談を語るだけでは不十分ですので、本人がその技術をきちんと教えられるレベルになる必要があるのです」  向洋電機土木では、60歳定年でその後は再雇用となるが、従来と変わらず能力を発揮できるのであれば、役職は変わらず、給与も下がることはない。現在は60歳以上の高齢社員が5人勤務しているが、いずれの社員も約10年前から横澤部長の指導を受けて教え方を習得してきたことにより、若手に技術を教える指導的なポジションで活躍している。 テレワークを成功させるために必要なのは「トップのやる気と担当者の本気度」  テレワークの導入で誤解されがちなのは、モバイル端末などのツールさえあれば生産性が上がると思われていること。横澤部長は、中小企業がテレワークを成功させるためには「トップのやる気と担当者の本気度」が必要だと話す。  「人は、いままでの考え方や働き方を変えることに否定的なものです。それだけに、担当者が本気になって社員一人ひとりと向き合い、テレワークの持つ意義を理解できるまで話し合うことが必要です。同時に、個々の社員の働き方の状況を把握したうえで、どのようなテレワークを可能にすれば効果が得られるかを、あらかじめ想定して導入することが重要です。そして、それらの取組みを認め、支えていくリーダーの指導力が不可欠です。入社して間もなかった私の提案が社内で導入できたのは、ひとえに社長の後押しがあったからにほかなりません」  総務省『テレワーク先駆者百選』で総務大臣賞を受賞するなど、高い評価を受けている向洋電機土木。同社の取組みは、高齢者が活躍できる企業という観点からも、大いに注目される。 (取材・増田忠英) 写真のキャプション 横澤昌典CHO・広報部部長 現場の状況をタブレット端末を使って撮影し、会社・現場事務所などにいるベテラン社員と共有し、リアルタイムでサポートが可能となる 【P53】 日本史にみる長寿食 FOOD 326 風邪に負けるなホウレンソウ 食文化史研究家●永山久夫 ポパイはなぜ強いのか  ポパイは強い! 巨漢に襲撃されて大ピンチになると、ポケットから取り出した缶詰めのホウレンソウを食べます。すると、ポパイの腕の筋肉がむくむくと山のように盛り上がって、怪力を発揮するのです。  次の瞬間、ポパイのアッパーカットで巨漢はノックアウト。実に痛快です。  これはアメリカマンガのひとコマですが、ホウレンソウがいくらすばらしい野菜といっても、これほどの即効性はありません。  ホウレンソウの豊富な栄養を、ポパイを通して、マンガ的にオーバーに表現したものです。ホウレンソウを常食すると、ポパイのように強い男になれますよ、という効果をアピールしたかったのだと思います。  事実、ホウレンソウは栄養の宝庫です。β-カロテンをはじめビタミンB1、B2、B6、C、E、K、ナイアシン、葉酸に加えてミネラルではカリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛など。さらに、腸の環境を整えて善玉菌を増やし、免疫力を高める食物繊維もたっぷり。緑黄色野菜のなかでもトップクラスの、長寿効果の高い野菜といってもよいでしょう。 免疫力を強化しよう  ホウレンソウは1年中出回っていますが、旬は冬です。ビタミンCの含有量(100gあたり)を調べてみても、冬場は60mgなのに対して、夏物の場合は20mgしか含まれていません。  また、人間の老化はくい止めることができませんが、老化現象の出現を先送りして、遅らせることは可能です。つまり、アンチエイジングです。老化の進行と深くかかわっているのが、活性酸素の攻撃による細胞の酸化、つまりサビ化現象。これを防いでいるビタミンがビタミンC、E、β-カロテンの若返りトリオです。この三大抗酸化ビタミンがホウレンソウにはたっぷり含まれています。特に旬を迎える冬期の、葉が濃緑色で肉厚なホウレンソウなら理想的です。  冬は風邪やインフルエンザの流行する季節ですが、今年はコロナ禍も終息していません。常に病原菌に対する免疫力を強くしておくためにも、ビタミンCを欠かさないようにしましょう。 【P54-55】 令和3年度 高年齢者活躍企業コンテスト 〜生涯現役社会の実現に向けて〜 高年齢者がいきいきと働くことのできる創意工夫の事例を募集します 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構  高年齢者活躍企業コンテスト※は、高年齢者が長い職業人生のなかでつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業などが行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行います。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業などにおける雇用・就業機会の確保等の環境整備に向けて具体的な取組みの普及・促進を図り、生涯現役社会の実現を目ざしていきます。多数のご応募をお待ちしています。 ※ 令和3年4月1日施行の高年齢者雇用安定法改正にともない、高年齢者が一層活躍できるよう70歳までの就業確保が努力義務化されたことから、名称を変更しました(旧:高年齢者雇用開発コンテスト)。 T 取組内容 働くことを希望する高年齢者が、年齢にかかわりなく生涯現役でいきいきと働くことができるようにするため、各企業などが行った雇用管理や職場環境の改善に関する創意工夫の事例を募集します。なお、創意工夫の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 取組内容 内容(例示) 高年齢者の活躍のための制度面の改善 @定年制の廃止、定年年齢の延長、65歳を超える継続雇用制度の導入 A賃金制度、人事評価制度の見直し B多様な勤務形態、短時間勤務制度の導入 C創業支援等措置(65歳以上における業務委託・社会貢献)の導入※ D各制度の導入までのプロセス・運用面の工夫(制度改善の推進体制の整備、運用状況を踏まえた見直し) 等 高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組み @高齢従業員のモチベーション向上に向けた取組みや高齢従業員の役割等の明確化 A高齢従業員による技術・技能継承の仕組み B高齢従業員が活躍できるような支援の仕組み(IT化へのフォロー、危険業務等からの業務転換) C高齢従業員が活躍できる職場風土の改善、従業員の意識改革、職場コミュニケーションの推進 D新職場の創設・職務の開発 E中高齢従業員を対象とした教育訓練、キャリア形成支援の実施 等 高年齢者が働き続けられるための作業環境の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組み @作業環境の改善(高年齢者向け設備の改善、作業姿勢の改善、配置・配属の配慮) A従業員の高齢化に伴う健康管理・メンタルヘルス対策の強化 B従業員の高齢化に伴う安全衛生の取組み(体力づくり、安全衛生教育、事故防止対策) C福利厚生の充実(休憩室の設置、レクリエーション活動、生涯生活設計の相談体制) 等 ※ 「創業支援等措置」とは、以下の@・Aを指します。 @70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 A70歳まで継続的に、「a. 事業主が自ら実施する社会貢献事業」又は「b. 事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」に従事できる制度の導入 U 応募方法 1.応募書類など イ.指定の応募様式に記入していただき、写真・図・イラストなど、改善等の内容を具体的に示す参考資料を添付してください。 ロ.応募様式は、各都道府県支部高齢・障害者業務課にて、紙媒体または電子媒体により配布します。また、当機構のホームページ(https://www.jeed.or.jp/elderly/activity/activity02.html)からも入手できます。 ハ.応募書類などは返却いたしません。 2.応募締切日 令和3年3月31日(水)当日消印有効 3.応募先 各都道府県支部高齢・障害者業務課へ提出してください。 V 応募資格 1.原則として、企業からの応募とします。 2.応募時点において、次の労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 (1)平成30年4月1日〜令和2年9月30日の間に、労働基準関係法令違反の疑いで送検され、公表されていないこと。 (2)「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(平成29年1月20日付け基発0120第1号)及び「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」(平成31年1月25日付け基発0125第1号)に基づき公表されていないこと。 (3)令和2年4月以降、職業安定法、労働者派遣法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法に基づく勧告又は改善命令等の行政処分等を受けていないこと。 (4)令和2年度の障害者雇用状況報告書において、法定雇用率を達成していること。 (5)令和2年4月以降、労働保険料の未納がないこと。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度を導入(※)し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 ※高年齢者雇用安定法の経過措置として継続雇用制度の対象者の基準を設けている場合は、当コンテストの趣旨に鑑み、対象外とさせていただきます。 4.応募時点前の各応募企業における事業年度において、平均した1月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 W 各賞 【厚生労働大臣表彰】 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 【独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰】 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 ※上記は予定であり、次の「X 審査」を経て入賞の有無・入賞編数等が決定されます。 X 審査 学識経験者などから構成される審査委員会を設置し、審査します。 Y 審査結果発表など 令和3年9月中旬をめどに、厚生労働省および当機構において各報道機関などへ発表するとともに、入賞企業等には、各表彰区分に応じ、厚生労働省または当機構より直接通知します。 また、入賞企業の取組み事例は、厚生労働省および当機構の啓発活動を通じて広く紹介させていただくほか、本誌およびホームページなどに掲載します。 Z 著作権など 提出された応募書類の内容にかかわる著作権および使用権は、厚生労働省および当機構に帰属することとします。 [ お問合せ先 ●独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 研究開発課 〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3丁目1番3号 TEL:043-297-9527 E-Mail:tkjyoke@jeed.or.jp ●独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 連絡先は65頁をご参照ください。 みなさまからのご応募をお待ちしています 過去の入賞企業事例を公開中!ぜひご覧ください!  当機構の「65歳超雇用推進事例サイト」では、「65歳超雇用推進事例集」の掲載事例、「コンテスト上位入賞企業の事例」を検索・閲覧できます。  このほか、「過去の入賞事例のパンフレット」をホームページに掲載しています(平成23年〜29年度分)。  「jeed 表彰事例 資料」でご検索ください。 jeed 65歳超 事例サイト 検索 【P56-57】 BOOKS ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「本体価格」(消費税を含まない価格)を表示します 企業や個人にもたらすメリットや新制度創設に向けた動きも紹介 男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる 小室(こむろ)淑恵(よしえ)、天野(あまの)妙(たえ) 著/PHP新書/880円+税  子どもが誕生した直後の父親に対する新たな育児休業制度の創設に向けた検討が、厚生労働省で進められている。背景には、現在の若手男性社員の8〜9割が育児休業の取得を希望しているものの、実際の取得率は7%台という水準にとどまっているからだ。社会の意識や企業の風土を変えていく制度をつくり、男性の育休取得を促進するねらいがある。  本書は、男性の育休に関する基本的な制度や知識から、取得が広がらない実態と要因、今後の方向性までまとめた一冊。著者の専門分野であるダイバーシティ推進や働き方改革からの知見と豊富なデータ、企業事例を交え、男性の育休と少子化対策の関係、男性の育休にまつわる七つの誤解、男性育休が企業や個人にもたらすメリットなどを紹介し、企業に対する男性の育休の周知義務の必要性や施策も述べている。  男性が育休を取りやすい制度や企業風土が、優秀な若手人材の採用や定着をはじめ、周囲の社員や部下の成長、上司のマネジメント力の向上などさまざまなメリットをもたらしている事例が特に興味深い。高齢者雇用を推進するうえでも参考になる点が多く、経営者や人事労務担当者におすすめしたい。 職場レベルでの取組みを主導するキーパーソンに焦点をあてる シリーズ ダイバーシティ経営 管理職の役割 佐藤博樹(ひろき)、武石(たけいし)恵美子 責任編集/坂爪(さかづめ)洋美(ひろみ)、高村(たかむら)静(しずか) 著/中央経済社/2500円+税  ワーク・ライフ・バランス研究の第一人者・佐藤博樹氏が、女性労働の研究者として著名な武石恵美子氏とともに責任編集者を務める新シリーズの刊行がスタートした。人材に対する企業の考え方が変化を見せるなか、「ダイバーシティ経営の基本書」として、その主要な論点を取り上げ、経営者や人事労務担当者をはじめとした関係者に向けて、有益な情報を提供することをシリーズ刊行の目的として掲げている。  この巻では、職場レベルでのダイバーシティ・マネジメントに着目し、その中核的なにない手となることが期待され、ダイバーシティ経営の成否を左右するキーパーソンといわれる管理職に焦点をあてた。具体的には、「ダイバーシティがもたらす影響と管理職」、「管理職の役割」、「管理職が直面する課題」、「部下のワーク・ライフ・バランスの支援」などの切り口により、課題と解決策が示されている。  高齢者雇用の推進も含めて、これから職場のメンバーの多様性が高まることは間違いない。この巻に続いて、「多様な人材のマネジメント」、「女性のキャリア支援」、「仕事と子育て・介護の両立」などが予定されているこのシリーズを、本コーナーでも順次紹介していきたい。 業績の向上、社員満足の向上につながる技術が学べる 1 on 1の対話レッスン ワンランク上のコーチング 本間達哉 著/経団連出版/1400円+税  「1 on 1(ワン オン ワン)」(「1 on 1ミーティング」)とは、「部下の成長を目的にした1対1のミーティング」のこと。課題解決や人材育成などの効果が期待でき、活用する企業が増えているようだ。  コーチングが「目標設定」を前提としているのに対して、1 on 1では、場合によっては目標設定などを抜きにした会話がなされるなど、「対話の場」になっているのが特徴、と著者は1 on 1を紹介する。1 on 1を実施している企業には、業績の向上や離職率の低下、社員満足度の向上といった成果が表れている事例が数多くみられるという。一方で、失敗事例もあることから、本書はコーチングや1 on 1に役に立つ対話の技術を磨き、その質を高めるための練習法を紹介する。  第1章「まず、向かい合ってみる」から、第2章「心から聴く、そして返す」、第3章「問いかける」、第4章「伝える、振り返る」、第5章「実践する、そして分かち合う」まで、全5章を通じて20のレッスンが収められている。内容によってエクササイズの進め方もわかりやすく説明されており、人事労務担当者はもちろん、社員一人ひとりが手軽に活用できる指南書となっている。 人生の後半を愉しく快適にする歩み方、働き方とは 弘兼流「老春時代」を愉快に生きる 弘兼(ひろかね)憲史(けんし) 著/海竜社(かいりゅうしゃ)/1000円+税  著者の弘兼氏は1947(昭和22)年生まれ。大学卒業後、3年3カ月のサラリーマン生活を経てプロの漫画家となった。代表作「島耕作」シリーズは、サラリーマンを描いた漫画の代表であり、連載スタートの1983年から、いまなお絶大な支持を集めている。  本書は、「まだまだやりたい仕事はたくさんある」という73歳現役の弘兼氏が、コロナ禍で変化を余儀なくされているライフスタイルをふまえつつ、人生後半の歩み方を家族や仕事、他人との関係などをテーマに綴ったエッセイ。「老春(ろうしゅん)時代」は著者が考えた「第2の青春」を表す言葉で、「セカンドキャリアの中で、変化を恐れず、なにかにチャレンジし、それを愉しむ。そして、新しい自分に出会う。それがあなたの『老春時代』です」と同世代へエールを贈る。  「死ぬまで働く」ことは「死ぬまで誰かとの関係性を維持していく」こと、「どんな役職に就くか」よりも「どんな仕事をするか」が大切、人間関係では「立ち入り禁止地域」に注意……など、老春時代を「愉快に働く」ための11のポイントも示されている。セカンドキャリアの助走期間にある40代や50代の人にとっても、将来のヒントが得られる一冊になりそうだ。 知識をワンランク深掘りしたい人のためのテキスト 労働法 川田(かわだ)知子(ともこ)、長谷川聡(さとし) 著/弘文堂/2800円+税  ここ数年、働き方を抜本的に見直すことを目的とした労働法の改正が相次いだ。さらに来年4月1日からは改正高年齢者雇用安定法が施行される。各事業所における適切な雇用管理のよりどころとなる労働法の知識をいま一度整理する、絶好のタイミングではないだろうか。  労働法のテキストは数あるが、本書は、最近の雇用社会の変化を意識しながら、労働法の基礎をしっかりと学べるように企画されたテキストである。大学の講義での使用を目的にしているので、労働法の基本的なテーマや制度の仕組み、法律の制定や改正とその背景が平易な表現でまとめられている。そして、詳細な判例索引とともに、多くの裁判例もしっかりとフォローされており、職場でも話題となることが多いと思われる、最近のトピックについては、コラムという形で「在宅勤務」や「兼業」、「LGBT」、「ディーセント・ワーク」などが取り上げられているので、実務にも役立つ。  法令改正に特化した解説書とは異なり、日々の実務に役立てるというわけにはいかないが、腰を据えて労働法と向き合い、人事労務担当者としての知識をワンランク深掘りしたい人にとって価値あるテキストになるだろう。 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 「生涯現役促進地域連携事業(令和2年度開始分・2次募集)」の実施団体候補を決定  厚生労働省は、「生涯現役促進地域連携事業(令和2年度開始分・2次募集)」の実施団体候補として、「連携推進コース」1団体の採択を決定した。  同事業は、地方自治体が中心となって労使関係者や金融機関等と連携する「協議会」などが提案する、高齢者に対する雇用創出や情報提供などといった高齢者の雇用に寄与する事業構想のなかから、地域の特性などをふまえた創意工夫のあるものを選定し、当該事業を提案した協議会などに委託して行うもの。委託費は、1年度あたり都道府県は4千万円、政令指定都市および特別区は3千万円、その他市町村は2千万円で、事業実施期間は最大3年。  2020(令和2)年度は、「働き方改革実行計画」などに基づき、地域の実情に応じた高齢者の多様な就業機会を確保するための協議会の設置を促進し、当該事業の実施箇所を拡充(2020年度開始分:連携推進コース38箇所、地域協働コース20箇所)するとしている。  今回、採択された団体と事業のタイトルは次の通り。 ◆ちちぶ雇用活性化協議会「健やかに彩り豊かなちちぶで働こうプロジェクト」  なお、2020年10月時点の当該事業(連携推進コース)の実施地域は、76地域(28道府県、48市町)となっている。 厚生労働省 「地域雇用活性化推進事業(令和2年度開始分)」の採択地域に9地域を決定  厚生労働省は、昨年度創設した「地域雇用活性化推進事業」(令和2年度開始分)の採択地域に9地域を決定した。  同事業は、雇用機会が不足している地域や過疎化が進んでいる地域などが、地域の特性を活かして「魅力ある雇用」や「それを担う人材」の維持・確保を図るために創意工夫する取組みを支援するもの。地域独自の雇用活性化の取組みを支援するため、地方公共団体の産業振興施策や各府省の地域再生関連施策などと連携したうえで実施する。具体的には、地域の市町村や経済団体などの関係者で構成する地域雇用創造協議会が提案した事業構想のなかから、雇用を通じた地域の活性化につながると認められるものをコンテスト方式で選抜し、その実施を、事業を提案した協議会に委託する。事業規模(委託費上限)は、各年度4千万円。複数の市区町村で連携して実施する場合、1地域当たり2千万円/年を加算(加算上限1億円/年)。実施期間は3年度以内。 採択された地域は、次の9地域。 @北海道釧路(くしろ)市 A北海道北見市 B岩手県二戸(にのへ)地域 C埼玉県ちちぶ地域 D島根県江津(ごうつ)市 E愛媛県西予(せいよ)市 F熊本県熊本市 G熊本県天草(あまくさ)地域 H鹿児島県奄美大島(あまみおおしま)地域 厚生労働省 令和元年「労働安全衛生調査(労働環境調査)」の結果を公表  厚生労働省は、2019(令和元)年「労働安全衛生調査(労働環境調査)」の結果を公表した。  労働安全衛生調査は、労働災害防止計画の重点施策を策定するための基礎資料および労働安全衛生行政を推進することを目的として、周期的にテーマを変えて行っている。2019年は「労働環境調査」として、危険有害業務に従事する労働者の健康管理や作業環境、危険有害性がある化学物質に対する労働者の意識等について調査した。  事業所調査の結果をみると、労働安全衛生法第57条に該当する化学物質を使用している事業所のうち、すべての化学物質の容器・包装にGHS(化学品の分類、表示などの世界統一ルール)ラベルの表示が行われている事業所の割合は80・1%。労働安全衛生法第57条の2に該当する、安全データシート(SDS)の交付が義務づけられている化学物質を使用している事業所のうち、SDSが譲渡・提供元からすべて交付されている事業所の割合は72・7%。  次に、個人調査の結果から労働者の有害業務への従事状況をみると、有害業務に従事している労働者の割合は29・7%で、年齢階級別にみると60歳以上の労働者では12・9%となっている。また、「主要有害業務」(「鉛を取り扱う場所での業務」、「粉じんが発生する場所での業務」、「有機溶剤を取り扱う場所での業務」、「特定化学物質を製造又は取り扱う場所での業務」のいずれか)に従事している労働者の割合は22・2%で、60歳以上の労働者では9・5%となっている。 総務省 統計からみた我が国の高齢者  総務省は、敬老の日に合わせて、「統計からみた我が国の高齢者」をまとめた。  国勢調査をもとにした人口推計によると、2020(令和2)年9月15日現在の総人口は、1億2586万人で、前年(1億2615万人)に比べ29万人減少した。一方、65歳以上の高齢者(以下「高齢者」)人口は3617万人で、前年(3587万人)に比べ30万人増加し、過去最多となっている。総人口に占める高齢者人口の割合は28・7%となり、前年(28・4%)に比べ0・3ポイント上昇して、過去最高。年齢階級別にみると、いわゆる「団塊の世代」(1947年〜1949年生まれ)を含む70歳以上人口は2791万人(総人口の22・2%)で、前年に比べ、78万人増(0・7ポイント上昇)、75歳以上人口は1871万人(同14・9%)で、前年に比べ24万人増(0・3ポイント上昇)、80歳以上人口は1160万人(同9・2%)で、36万人増(0・3ポイント上昇)となっている。  2019年の高齢者の就業者数は、16年連続で前年に比べ増加して892万人(前年862万人)となり、過去最多。高齢者の就業率は、男性は34・1%(2018年は33・2%)、女性は17・8%(同17・4%)といずれも8年連続で前年に比べ上昇。年齢階級別(男女計)にみると、65〜69歳は48・4%(2018年は46・6%)、70歳以上は17・2%(同16・2%)となっている。15歳以上の就業者総数に占める高齢就業者の割合は13・3%(同12・9%)で、過去最高。 調査・研究 経団連 2020年労働時間等実態調査  一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)は、「2020年労働時間等実態調査」の集計結果を発表した。  調査は、労働時間の推移や年次有給休暇の取得率などの観点から企業の働き方改革の推進状況を把握することを目的に、2017年から毎年実施している。2020年は経団連および業種別・地方別経済団体の会員企業491社から回答を得た。  調査結果によると、一般労働者の年間総実労働時間は、2017年が2040時間であったのに対し、2019年は2000時間と減少している。特に、2018年(2031時間)から2019年にかけて大幅に減少している結果となった。また、時間外労働時間(年間平均)についても、全体(2019年は184時間)・業種別(製造業は同180時間・非製造業は同189時間)ともに減少。特に、2018年から2019年にかけて大幅に減少しており、経団連では、働き方改革関連法の施行が一つの要因として考えられるとしている。  次に、年次有給休暇の取得率をみると、全体の取得率は、2017年は65%、2018年は68%、2019年は71%と年々上昇している。特に、非製造業において上昇したことについて経団連では、働き方改革関連法における「年5日の年休取得義務」施行が一つの要因とみている。 発行物 JILPT 『男性労働者の育児休業の取得に積極的に取り組む企業の事例』ヒアリング調査結果を刊行  独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)は、『JILPT資料シリーズbQ32男性労働者の育児休業の取得に積極的に取り組む企業の事例―ヒアリング調査―』を刊行した。  女性が出産後も就業を継続でき、社会で活躍できるようにするためには、男性の育児・家事をうながし、育児・家事の負担が女性に偏っている状況を変えていくことが必要とされている。そこでJILPTでは、男性の育児休業の取得に積極的に取り組む企業13社に2019年9月〜11月にヒアリング調査を行い、その結果をまとめた。  男性の育児休業取得を促進する主な目的として、多くの企業が「女性社員の活躍推進」や「ダイバーシティの推進」、「仕事と家庭の両立、ワーク・ライフ・バランス」を挙げている。しかし、制度やソフト的な部分には各社それぞれに工夫を凝らしており、本書には各社の取組みの詳細や、取組みによる効果として、育児休業取得率の向上以外にも、「仕事の分担の見直し、仕事の属人化の排除、業務の見える化・標準化」など仕事の進め方の変化や、「助け合う風土やお互い様の意識の醸成」などの変化、人材確保にあたってのPR効果を挙げる企業が多くみられることなどが記されている。  報告書は左記のサイトからダウンロードが可能で、購入する際の価格は1400円(税別)。  https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2020/documents/232.pdf 【P60】 次号予告 1月号 特集 高齢期まで元気に働くための「治療と仕事の両立支援」 リーダーズトーク 田中義幸さん(株式会社ノジマ 取締役 兼 執行役 人事総務部長) 〈高齢・障害・求職者雇用支援機構〉 メールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メールマガジン 検索 ※カメラで読み取ったQRコードのリンク先がhttps://www.jeed.or.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jp でご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 今野浩一郎……学習院大学名誉教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部人財部門 金沢春康……サトーホールディングス株式会社人財開発部 人事企画グループ人事企画担当部長 菊谷寛之……株式会社プライムコンサルタント代表 阪本節郎……人生100年時代未来ビジョン研究所所長 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長・労働政策部長 藤村博之……法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 真下陽子……株式会社人事マネジメント代表取締役 山ア京子……アテナHROD代表、日本人材マネジメント協会副理事長 編集後記 ●今回の特集はシニア人材の採用をテーマにお届けしました。厚生労働省が公表している、「中途採用に係る現状等について」(令和元年)によると、約95%の企業が「35歳未満」の採用に積極的である一方、「55歳以上」になると、約7割の企業があまり採用を考えていないと回答しています。企業の多くが、将来をになえる若手人材を中心に採用したいと考えていることがうかがえますが、高齢人材には若手にはない、長年つちかってきた豊富な知識や経験、スキルがあります。こうしたシニア人材の特徴を最大限に活かし、会社の基幹人材として採用する企業も出てきました。今回、総論・解説をご執筆いただいた、中島康恵氏の株式会社シニアジョブ、原正紀氏の株式会社クオリティ・オブ・ライフのように、シニア人材と企業のマッチング支援を行う人材サービスも増えてきています。  自社にはない強みを持ったシニア人材は、会社や若手社員に、新たな刺激やアイデアを生み出す可能性を秘めています。会社のさらなる発展・成長に向け、外部からのシニア採用にも目を向けてみませんか。 ●「令和3年度高年齢者活躍企業コンテスト」の募集が始まりました。締切りは2021年3月31日です。高齢者雇用に取り組む、みなさまからのご応募をお待ちしています。 ●「高齢社員の賃金戦略」は今号で最終回となります。高齢社員に継続的に戦力として活躍してもらうためにも、賃金制度は重要な要素の一つ。本連載がみなさまの会社の高齢者雇用の一助になれば幸いです。今野浩一郎先生にもあらためて御礼申し上げます。 ●本年も『エルダー』をご購読いただきありがとうございました。引き続き、みなさまのお役に立てる情報の発信に努めて参ります。 月刊エルダー12月号 No.493 ●発行日−−令和2年12月1日(第42巻 第11号 通巻493号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 奥村英輝 編集人−−企画部次長 早坂博志 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6216(企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.or.jp/ メールアドレス elder@jeed.or.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-786-2 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) お詫びと訂正  『エルダー』2020年11月号にて、下記の通り誤りがありました。謹んでお詫び申し上げるとともに下記の通り訂正をさせていただきます。 訂正箇所  48頁図表2の縦軸  誤(%)、75.0、70.0、65.0、60.0、55.0  正(年齢)、75、70、65、60、55 【P61-63】 65歳超雇用推進助成金のご案内  「65歳超雇用推進助成金」は、定年年齢の引上げや、雇用管理制度の整備など、高齢者雇用の推進に取り組む事業主を助成するもので、「65歳超継続雇用促進コース」、「高年齢者評価制度等雇用管理改善コース」、「高年齢者無期雇用転換コース」の3つのコースで構成されています。意欲と能力のある高齢者が、年齢にかかわりなく活き活きと働ける職場を実現するため、ぜひご活用ください。 65歳超継続雇用促進コース 支給額※5〜160万円 ※実施した措置等により異なります 65歳以上への定年の引上げ、定年の廃止、または66歳以上への継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施した事業主に対し、実施した措置等に応じて一定額を助成します。 ■主な支給要件 @定年の引上げ等の実施 ・旧定年年齢※1を上回る65歳以上への定年の引上げ ・定年の定めの廃止 ・旧定年年齢※1を上回る希望者全員を対象とする66歳以上の継続雇用制度の導入 A定年の引上げなどの実施に対して、専門家への委託費等の経費の支出があること B改正後の就業規則を労働基準監督署へ届け出ていること など ※1 就業規則等で定められていた定年年齢のうち、平成28年10月19日以降、最も高い年齢 ■申請手続き  制度実施日の翌日から起算して2カ月以内に、当機構都道府県支部に支給申請書等の必要書類を提出 ■支給額  実施内容により以下の額を支給 実施した制度 65歳への定年引上げ 66歳以上への定年引上げ 定年の廃止 66〜69歳の継続雇用への引上げ 70歳以上の継続雇用への引上げ 引上げた年齢 対象被保険者数 5歳未満 5歳 5歳未満 5歳以上 4歳未満 4歳 5歳未満 5歳以上 1〜2人 10万円 15万円 15万円 20万円 20万円 5万円 10万円 10万円 15万円 3〜9人 25万円 100万円 30万円 120万円 120万円 15万円 60万円 20万円 80万円 10人以上 30万円 150万円 35万円 160万円 160万円 20万円 80万円 25万円 100万円 ※ 1事業主(企業単位)1回かぎりとします ※ 定年引上げと継続雇用制度の導入をあわせて実施した場合の支給額はいずれか高い額のみとなります 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース 支給額 支給対象経費の※最大75% (最大37.5万円) ※企業規模等により異なります 高年齢者の雇用の推進を図るために雇用管理制度の整備措置を実施した事業主に対して、措置に要した費用の一部を助成します。 ■主な支給要件 @高年齢者雇用管理整備措置の実施 ・高年齢者の職業能力を評価する仕組みを活用した、賃金・人事処遇制度の導入・改善 ・短時間勤務制度、隔日勤務制度などの高年齢者の希望に応じた勤務が可能となる労働時間制度の導入・改善 ・高年齢者の負担を軽減するための在宅勤務制度の導入・改善 ・高年齢者が意欲と能力を発揮して働けるために必要な知識を付与するための研修制度の導入・改善 ・高年齢者の意欲と能力を活かすための専門職制度等の導入・改善 ・法定の健康診断以外の健康管理制度(人間ドック、生活習慣病予防検診など)の導入 ・その他、高年齢者の雇用の機会の増大のために必要な高年齢者の雇用管理制度の導入・改善 A @の雇用管理整備措置等の実施計画を定めた「雇用管理整備計画書」を機構に提出し、計画認定を受けていること など ■申請手続き @雇用管理整備計画書の提出  雇用管理整備計画書等の必要書類を、雇用管理整備計画の開始日から起算して6カ月前の日から3カ月前までに、所在する当機構都道府県支部に提出。 A支給申請書の提出  支給申請書等の必要書類を、雇用管理整備計画実施期間の終了日の翌日から起算して6カ月後の日の翌日から2カ月後の日までの間に、当機構都道府県支部に提出。 《申請期間の例》 雇用管理整備計画の実施期間が2021(令和3)年2月1日〜2022(令和4)年1月31日の場合 令和2年 8月2日 3カ月 計画申請期間 (6カ月前〜3カ月前) 雇用管理整備計画書 提出期間 令和2年8月2日〜令和2年11月2日 11月2日 計画認定 令和3年2月1日 開始日 計画実施期間(1年以内) 雇用管理整備計画書実施期間 令和3年2月1日〜令和4年1月31日 終了日 令和4年1月31日 確認期間 (6カ月) 実施確認期間 令和4年2月1日〜令和4年7月31日 8月1日 2カ月 支給申請期間 (2カ月以内) 支給申請書 提出期間 令和4年8月1日〜令和4年9月30日 令和4年9月30日 ■支給対象経費  支給対象経費は次の@およびAに該当する経費とし、その経費が50万円を超える場合は50万円とします。 @ 雇用管理措置の導入または見直しに必要な専門家などに対する委託費、コンサルタントとの相談に要した経費 A @の経費のほか、高年齢者雇用管理整備措置の実施に伴い必要となる機器、システムおよびソフトウェアなどの導入に要した経費 B 上記@およびAの経費については、経費の額にかかわらず、当該措置の実施に50万円の経費を要したものとみなします ■支給額 区分 支給額 中小企業事業主 支給対象経費の60%(生産性要件を満たす場合は75%) 中小企業事業主以外 支給対象経費の45%(生産性要件を満たす場合は60%) ※ 生産性要件……直近の会計年度における生産性が、その3年度前に比べて6%以上伸びていること 高年齢者無期雇用転換コース 支給額 対象労働者1人につき ※38〜60万円 ※事業規模等により異なります 50歳以上で定年年齢未満の有期契約労働者を、転換制度に基づき無期雇用労働者に転換させた事業主に対して、対象者数に応じて一定額を支給します。 ■主な支給要件 @ 有期契約労働者を無期雇用労働者に転換する制度を労働協約、就業規則、その他これに準ずるものに規定していること A「無期雇用転換計画書」を当機構に提出し、計画認定を受けていること B @の規定に基づき、50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した事業主であること など ■申請手続き @無期雇用転換計画書の提出  無期雇用転換計画書等の必要書類を、無期雇用転換計画の開始日から起算して6カ月前の日から2カ月前の日までに、事業所が所在する当機構都道府県支部に提出。 A支給申請書の提出  支給申請書等の必要書類を、無期雇用転換後6カ月分の賃金を支給した日の翌日から起算して2カ月以内に、当機構都道府県支部に提出。 《申請期間の例》 @ 無期雇用転換計画期間が2021(令和3)年2月1日から2024(令和6)年1月31日(3年間)、A 転換実施時期が年1回で1回の転換が10人まで、B 賃金締切日が月末で翌月20日払い、の場合 R2.8.2 R2.12.2 R3.2.1 R3.3.1 R3.4.1 R3.8.31 R3.9.21 R3.11.20 R4.2.1 R4.4.1 R5.2.1 R5.4.1 R6.1.31 計画申請期間 (6カ月前〜2カ月前) 計画年度 計画認定 支給申請年度(注1) 計画実施期間 計画実施期間中(無期雇用転換計画開始日を基準日とし、基準日から起算して1年を経過するまでの期間、2年目以降も同様)に一度も転換を実施しなかった場合、当該計画は失効となり、当該申請にかかる支給はできません。 1年目 2年目 3年目 転換日 3/1 賃金算定期間(6カ月分)(注2) 賃金支払日9/20 支給申請期間(2カ月以内) 2年目以降も1年目と同様 転換計画終了1/31 令和2年度 (10人まで) 令和5年度 (10人まで) 令和4年度 (10人まで) 令和3年度 (10人まで) (注1)支給申請年度(4月〜3月)毎の上限人数は転換日を基準として計算する (注2)通常勤務した日数が11日未満の月は除く ※ 1年間に転換時期が複数回ある場合は、この事例とは異なります ■支給額 区分 支給額 中小企業事業主 対象労働者1人につき48万円(生産性要件を満たす場合は1人につき60万円) 中小企業事業主以外 対象労働者1人につき38万円(生産性要件を満たす場合は1人につき48万円) ※ 支給上限:1支給年度1適用事業主あたり10人まで ※ 生産性要件……直近の会計年度における生産性が、その3年度前に比べて6%以上伸びていること そのほか必要な条件、要件等もございますので、詳しくはホームページ(https://www.jeed.or.jp/)をご覧ください。 なお、助成金の制度概要を説明した動画をYouTubeの「JEED CHANNEL」に掲載していますのであわせてご活用ください。 (https://www.youtube.com/watch?v=Cm9I8srV5jI) また、お問合せや申請は当機構都道府県支部高齢・障害者業務課(東京、大阪は高齢・障害者窓口サービス課 65頁参照)までお願いします。 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回の問題は「アナグラム」。昔からある言葉の並べ替え遊びです。頭のなかで文字の並べ替えをするとき、歳とともに衰えやすいワーキングメモリ(作業記憶)を盛んに使います。目視でチャレンジしましょう。 第42回 シャッフルことわざ 文字をひらがなに変換してから並び替えてできる「ことわざ」を答えてください。 目標 3分 〈例題〉 小箱、二年(こばこ、にねん) [ねこにこばん(猫に小判)] @何かに、応募(なにかに、おうぼ) →[お○○○○○う] Aえ?何の喧嘩?(え? なんのけんか?) →[け○○○○○か] B昼の絵とコツ(ひるのえとこつ) →[つ○○○○○え] Cダメ、砂の水(だめ、すなのみず) →[す○○○○○だ] D星と抜け殻(ほしとぬけがら) →[し○○○○○け] E敵機への洗礼(てききへのせんれい) →[せ○○○○○○○き] チャレンジ脳を鍛えよう  文字を並び替えてことわざなどのワードをつくるときには、頭のなかで何度も試行錯誤をくり返しているものです。特に今回の脳トレ課題のような、問題文のなかに意味のある単語が混ざっていると、どうしてもその単語に引きずられてしまうのでやっかいです。  そこで、いったんバラバラにして意味のない文字列にしてから構築し直していくと、それまで見えなかったものが見えてきます。きっかけになるワードが一つわかれば、あとはすっと答えにたどりつけるはずです。  私たちは「いつも通り」であることを選択してしまいがちですが、慣れていることばかりの環境では、脳の活動は沈静化してしまいます。  それまであったものを壊すことで、新しい発想は生まれてきます。とらわれから抜け出して考える脳トレで「チャレンジ脳」を鍛えましょう。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @鬼に金棒(おににかなぼう) A犬猿の仲(けんえんのなか) B鶴の一声(つるのひとこえ) C雀の涙(すずめのなみだ) D知らぬが仏(しらぬがほとけ) E青天の霹靂(せいてんのへきれき) 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2020年12月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒261-0001 千葉市美浜区幸町1-1-3 ハローワーク千葉5階 043-204-2901 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価(本体458円+税) 『65歳超雇用推進事例集2020』を作成しました 65歳以上の定年制度、65歳を超える継続雇用制度の導入企業事例を紹介した「65歳超雇用推進事例集」の3冊目となる「2020」を作成しました。 25事例を紹介 図表でわかりやすく紹介 索引で検索 「制度の内容」「制度導入の背景」「賃金・評価制度」などを詳しく紹介 70歳以上の雇用事例も充実! 事例集は、ホームページでご覧いただくことができます。 https://www.jeed.or.jp/elderly/data/manual.html 65歳超雇用推進事例集 検索 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 2020 12 令和2年12月1日発行(毎月1回1日発行) 第42巻第11号通巻493号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会