【表紙2】 助成金のごあんない 65歳超雇用推進助成金 65歳超継続雇用促進コース  65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止、希望者全員を対象とする66歳以上の継続雇用制度の導入、他社による継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施した事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 ●労働協約または就業規則で定めている定年年齢等を、過去最高を上回る年齢に引上げること ●定年の引上げ等の実施に対して、専門家へ委託費等の経費の支出があること。また、改正後の就業規則を労働基準監督署へ届け出ること ●1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者が1人以上いること ●高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)の実施 支給額 ●定年の引上げ等の措置の内容、60歳以上の対象被保険者数、定年等の引上げ年数に応じて5万円から160万円 65歳超雇用推進助成金に係る説明動画はこちら 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  高年齢者の雇用管理制度を整備するための措置(高年齢者雇用管理整備措置)を実施した事業主の皆様を助成します。 措置(注1)の内容 高年齢者の能力開発、能力評価、賃金体系、労働時間等の雇用管理制度の見直しもしくは導入、法定の健康診断以外の健康管理制度(人間ドックまたは生活習慣病予防検診)の導入 (注1)措置は、55歳以上の高年齢者を対象として労働協約または就業規則に規定し、1人以上の支給対象被保険者に実施・適用することが必要。 支給額 支給対象経費(注2)の60%《75%》、ただし中小企業事業主以外は45%《60%》 (注2)措置の実施に必要な専門家への委託費、コンサルタントとの相談経費、措置の実施に伴い必要となる機器、システム及びソフトウェア等の導入に要した経費(経費の額に関わらず、初回の申請に限り50万円の費用を要したものとみなします。) 【《》内は生産性要件(※2)を満たす場合】 高年齢者無期雇用転換コース  50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 @高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)を実施し、無期雇用転換制度を就業規則等に規定していること A無期雇用転換計画に基づき、無期雇用労働者に転換していること B無期雇用に転換した労働者に転換後6カ月分の賃金を支給していること C雇用保険被保険者を事業主都合で離職させていないこと 支給額 ●対象労働者1人につき48万円(中小企業事業主以外は38万円) ●生産性要件(※2)を満たす場合には対象労働者1人につき60万円 (中小企業事業主以外は48万円) 高年齢者雇用管理に関する措置(※1)とは(a) 職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等、(b) 作業施設・方法の改善、(c) 健康管理、安全衛生の配慮、(d) 職域の拡大、(e) 知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進、(f) 賃金体系の見直し、(g) 勤務時間制度の弾力化のいずれか 生産性要件(※2)とは、『助成金の支給申請を行う直近の会計年度における「生産性」が、その3年度前に比べて6%以上伸びていること(生産性要件の算定対象となった期間中に、事業主都合による離職者を発生させていないこと)』が要件です。 (企業の場合) 生産性=(営業利益+人件費+減価償却費+動産・不動産賃借料+租税公課)÷雇用保険被保険者数 障害者雇用助成金 障害者作業施設設置等助成金  障害の特性による就労上の課題を克服・軽減する作業施設等の設置・整備を行う場合に費用の一部を助成します。 助成対象となる措置 @障害者用トイレを設置すること A拡大読書器を購入すること B就業場所に手すりを設置すること 等 助成額 支給対象費用の2/3 障害者福祉施設設置等助成金  障害の特性による課題に応じた福利厚生施設の設置・整備を行う場合に費用の一部を助成します。 助成対象となる措置 @休憩室・食堂等の施設を設置または整備すること A施設に附帯するトイレ・玄関等を設置または整備すること B@、Aの付属設備を設置または整備すること 等 助成額 支給対象費用の1/3 障害者雇用助成金に係る説明動画はこちら 障害者介助等助成金  障害の特性に応じた適切な雇用管理に必要な介助者の配置等の措置を行う場合に費用の一部を助成します。 助成対象となる措置 @職場介助者を配置または委嘱すること A職場介助者の配置または委嘱を継続すること B手話通訳・要約筆記等担当者を委嘱すること C障害者相談窓口担当者を配置すること D職場復帰支援を行うこと E職場支援員を配置または委嘱すること 助成額 @B支給対象費用の3/4 A 支給対象費用の2/3 C 1人につき月額1万円 外 D 1人につき月額4万5千円 外 E 配置:月額3万円、委嘱:1回1万円 職場適応援助者助成金  職場適応に課題を抱える障害者に対して、職場適応援助者による支援を行う場合に、その費用の一部を助成します。 助成対象となる措置 @訪問型職場適応援助者による支援を行うこと A企業在籍型職場適応援助者による支援を行うこと 助成額 @1日1万6千円 外 A月12万円 外 重度障害者等通勤対策助成金  障害の特性に応じた通勤を容易にするための措置を行う場合に費用の一部を助成します。 助成対象となる措置 @住宅を賃借すること A指導員を配置すること B住宅手当を支払うこと C通勤用バスを購入すること D通勤用バス運転従事者を委嘱すること E通勤援助者を委嘱すること F駐車場を賃借すること G通勤用自動車を購入すること 助成額 支給対象費用の3/4 重度障害者多数雇用事業所 施設設置等助成金  重度障害者を多数継続して雇用するために必要となる事業施設等の設置または整備を行う事業主について、障害者を雇用する事業所としてのモデル性が認められる場合に、その費用の一部を助成します。 ※事前相談が必要です。 助成対象となる措置 重度障害者等の雇用に適当な事業施設等(作業施設、管理施設、福祉施設、設備)を設置・整備すること 助成額 支給対象費用の2/3(特例3/4) お問合せや申請は、都道府県支部高齢・障害者業務課(65頁参照 東京、大阪支部は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします。 そのほかに必要な条件、要件等もございますので、詳しくはホームページ(https://www.jeed.go.jp)をご覧ください。 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.75 「諦めない」、「怠けない」、「慢心しない」人生は最後まで努力の積重ね 作家・国文学者 林 望さん はやし・のぞむ  1949(昭和24)年生まれ。東横学園女子短大助教授、ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授などを歴任。専門は日本書誌学・国文学。イギリスでの暮らしを綴ったエッセイ『イギリスはおいしい』(平凡社・文春文庫)で作家デビュー。エッセイのほか、小説、古典文学、能作・能評論など幅広い分野で活躍している。  作家、国文学者、作詩家、声楽家などのさまざまな顔を持ち、「リンボウ先生」の愛称で知られる林 望さん。2019(令和元)年に古希を迎えたことを機に、定年後の生き方を指南する『定年後の作法』を出版しました。定年を機に訪れる「組織人」から「個人」への変化は、決して小さなものではなく、戸惑いを覚える人は少なくありません。定年後の人生を豊かにするためのヒントについて、リンボウ先生にお話をうかがいます。 「組織人から個人へ」という立場の変化「孤独・孤立」を恐れない覚悟を ―昨年12月に定年後の生き方を指南する『定年後の作法』を出版されました。執筆の動機について教えてください。 林 一昨年満70歳になり、古希というのが一つのきっかけです。昔は人生50年といわれましたが、70歳になると余生のこと、自分の人生のしまい方を考えないといけません。高齢社会のなかで自分の立ち位置からこうした本を書いておいてもよいのではないかと思ったのです。 ―多くの会社員が定年後は長年過ごした組織を離れ、個人として生きていくことになります。しかし、家庭や地域に戻っても新たなスタートを切れずに苦労している人も多いようです。 林 定年後に組織人から個人に移行するのはたいへんむずかしいことです。失敗している人も少なくないのではないでしょうか。よく考えると、会社依存の生活自体がそもそもおかしいのですが、定年後は依存対象が会社から家族に変わります。いまの高齢者世代は、夫が会社に行き、妻が家で家事をするという価値観があたり前のなかで生きてきたわけですが、夫が会社に行かないのであれば、妻からすれば家事の負担も平等でないとおかしい。ところが夫は「家事は妻の仕事」だと思っている。考え方がまったく異なるので、関係がギクシャクしてしまうのです。  また、これまで年功序列の組織のなかで生きてきたので、年齢によるヒエラルキー※をそのまま引きずり、若い人たちに対して急に横柄な態度をとる人も少なくありません。私は昔から年齢より若く見られるのですが、なかには外見だけで私のことを年下だと思って、横柄な態度になる人がいます。例えば、会社の社長さんが人を介してぜひお話をおうかがいしたいといってくることがあります。いざ会ってみると横柄な人もいて、これでは組織の外でのよい人間関係を築くことはできません。 ―定年後の暮らしや生き方を豊かにするためにはどうすればよいでしょうか。 林 組織を離れた人が受け入れなくてはいけない大きな変化は、個人の「個」、そして孤独・孤立の「孤」の生活です。まず孤独・孤立を恐れないという覚悟を決めることです。そのうえで個(孤)の生活のなかでは常に「自省心」とそれに基づく「自制心」の両方が大切です。  人間には「感じの良い人」と「感じの悪い人」の二種類しかおらず、その中間はいないというのが私の持論です。感じの悪い人とは、自己中心的な人、やたらと上から目線で偉そうにものをいう人、態度が横柄な人です。一方、感じの良い人とは、年下に対しても非常に謙虚でていねいな対応ができる人。20歳年下の人にも、にこやかにやさしい物言いをされる大会社の社長さんにお会いしたことがあります。私も感じの良い人になりたいですし、そういう人とおつき合いしたいと思います。  横柄な態度をとる人は、横柄だという自覚がないので、自ら学ぼうとしないし、「偉い自分が教えてやっているんだ」という態度だから、人からも学ぼうとしません。でもいつも謙虚で穏やかな姿勢で接する人は「これはまずかったな」と自省し、若い人に学ぼうと思う。常に学んでいるからますます感じの良い人になっていくのです。ですから、定年後はむしろ遠慮深く進んでいくことが大事です。いい換えると必要以上に他人のテリトリーに立ち入らない、相手の心に深入りする言行を遠慮する。そういった行動の規範を持つことが大切です。  江戸時代の言葉に「程(ほど)の良さ」というものがあります。夫婦であっても過剰に濃厚密着するのではなく、適切な空間を保つこと、お互いの生き方に過剰にふみ入らないこと。それが夫婦円満の秘訣であり、私は「息(いき)の間(ま)」と呼んでいます。程の良さを保ちつつ、相手に親切に尊敬を持ちあう。友人関係でも同じです。過剰にふみ込んで価値観を押しつけたり、相手に依存しないという程の良さを保つことが、感じの良い人になるための最も大切な条件です。 組織を離れても長く活躍するためには「準備」、「勉強」、「努力」が不可欠 ―林先生は、50歳を機に東京藝術大学を退職し、源氏物語の現代語訳に挑まれるなど、活発な執筆活動を続けておられます。組織を離れても長く活躍し続けるために、心がけることは何でしょうか。 林 やはり準備が必要です。何をするかを考えてから退職するべきであり、辞めてから考えるのでは遅いのです。そして何事かをやろうとすれば、いい古された言葉ですが、「勉強」と「努力」しかありません。  私は50歳で東京藝術大学を辞めて、10年間を助走期間とし、60歳から『謹訳源氏物語』を書き始めました。原稿用紙で6000枚を書き終えるまでに3年8カ月ほどかかりましたが、並大抵の努力ではありませんでした。努力と勉強を重ねること、勉強すればさらにその先が見えてくるし、次の自分の人生を用意してくれます。  健康であれば、少なくともあと10年は元気で動けます。イギリスのマルコム・グラッドウェルという作家は「1万時間の法則」を提唱しました。「しかるべきレベルに達するには最低1万時間の継続的練習が必要」というものです。これは一つの目安ですが、要するに付け焼き刃では何事もできないということです。知識の獲得は木を育てることに似ています。立派な木を育てようと思ってどんなに一生懸命に水と肥料を与えても、3日で大木になることはありません。長い時間をかけてコツコツと努力と勉強を重ねていく、継続する力が大切だということです。 ―定年後を含めて何かをやりたいと思っている人は多いと思いますが、やりたいことを見つけるヒントはありますか。 林 人間は一朝一夕にして現在の生き方になったわけではありません。何十年と時間をかけていまに至っている。その間に、若いころには「必ずあれをやってみたい」、「こういう人間になってみたい」というさまざまなアンビション=野望があったはずです。それが大学の受験に失敗したとか、何かをきっかけに少しずつ諦め、いろいろなことを諦めた末の人生が定年なのです。だから定年まではそうだったが、その諦めたものの枝葉のなかに、もう一回本当にやりたかったことがきっとあるはずです。自分の過去をよく顧(かえり)みて、昔はできなかったが、いまはお金も時間もある程度はあるし、習うべき先生を見つけてもう一回やってみようということがあってもよいと思います。 人の成長・進歩に年齢は関係ない豊かな人生経験が「味」に変わる ―何かをやろうと思ったら「諦(あきら)めない、怠(なま)けない、慢心しない」という三つが大切だと説かれていますね。 林 諦めないから怠けずにやる。怠けずに一生懸命続けると、自分の進むべき道筋が見えてきて、まだまだ先に行きたいと思うので慢心する暇がないのです。それが人間を進歩させてくれます。若いから進歩する、年を取っているから進歩しない、ということはありません。ここが大事な点です。  例えば、字を書くことは、若いときはそれほど上手ではない人も多いのですが、年を取るとそれなりの味が出てきます。自己流でもよいので、文字を書く練習をもう一回きちんとやり直して、味のある字が書けるように磨きをかける。この味は若い人がいくら練習をしても出せません。和歌や俳句にしても、どんなに才能がある人でも、年を取って独特の佳境に至ったことで詠めるものがあります。人生の苦労を経験している人だからこそ味を出せるものがいくつもあります。そういうことにぜひチャレンジしてほしいと思います。 ―2021(令和3)年4月から、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となりました。制度として長く働ける環境は整備される一方で、個人としてどう生きていくのかも問われています。 林 どう生きていくかは職種によるでしょう。特殊な技能と経験を持っている、いわゆる職人の仕事のなかには、60歳ぐらいではまだまだ洟垂(はなた)れ小僧という仕事もあるでしょう。年を取って磨きが出てくることもあり、そうした技を持つ人は本人が働きたい、後進に技を伝えたいと思うかぎりは、いつまでも続けてもらったほうがよいと思います。  しかし、そうではなく、技術革新による仕事の変化に追いつけない人や、変化を求める会社のニーズに応えられない人もいるでしょう。そういう人は場合によってはさっさと早期退職して第二の人生を自分で切り開くという選択肢もあります。なにも国や企業が敷いたレールに乗って生きる必要はありません。自分にとっての幸せとは何かを一人ひとりが考えたほうがよい。組織で働くのが性格的に合わないし、それよりも郷里に帰って晴耕雨読の生活をしたいと思えば、それはそれで結構なことです。残された人生をしっかりと自分で構築することが何より大切だと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※ ヒエラルキー……階層、階級制 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のオブジェ 名執一雄(なとり・かずお) 2021 August 特集 6 生涯現役時代の“学び”を考える 7 特別インタビュー 変化の激しい時代にリカレント教育で中高年齢層の自律的キャリア形成を 慶應義塾大学大学院 特任教授 高橋俊介 11 事例@ 株式会社サザコーヒー 地域の大学と連携し、講義を人材育成に活用理論を学び、いまのキャリアとセカンドキャリアに活かす 15 事例A ボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社 「キャリア越境学習プログラム」で能力をストレッチ 学び続ける先に見えてくる生涯現役のヒント 19 事例B 慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC) 「社会人の学びの場」に集う級友との相互的な対話が次のキャリアの礎を形成 23 事例C パナソニック株式会社 職業スキルを活かして社外ボランティア 「プロボノ」の経験で複業やNPO活動への視野広がる 1 リーダーズトーク No.75 作家・国文学者 林 望さん 「諦めない」、「怠けない」、「慢心しない」人生は最後まで努力の積重ね 27 日本史にみる長寿食 vol.334 昔は赤シソ、いまはオオバ 永山久夫 28 短期連載 マンガで見る高齢者雇用 エルダの70歳就業企業訪問記 《第4回》株式会社建設相互測地社 34 江戸から東京へ 第105回 幸福な父娘旅 北斎と応為 作家 童門冬二 36 高齢者の職場探訪 北から、南から 第110回 富山県 トータル・メディカル津沢株式会社 40 高齢社員のための安全職場づくり〔第8回〕 腰痛災害の防止@ 高木元也 44 知っておきたい労働法Q&A《第39回》 65歳以降の継続雇用と法制度、ハラスメント防止措置 家永 勲 48 生涯現役で働きたい人のための NPO法人活動事例 【第3回】 NPO法人シニア大樂 50 いまさら聞けない人事用語辞典 第15回 「ジョブ・カード」 吉岡利之 52 Report 意欲あふれる高齢者のはつらつ人生を応援 公益社団法人福岡県高齢者能力活用センター (はつ・らつ・コミュニティ) 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 目ざせ生涯現役!健康づくり企業に注目! 【第1回】 アップコン株式会社(神奈川県川崎市) 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第50回]漢字の図形問題 篠原菊紀 ※連載「高齢者に聞く 生涯現役で働くとは」、「技を支える」は休載します 【P6】 特集 生涯現役時代の“学び”を考える  変化の早い現代において、高齢期も継続的に活躍し続けるためには、新しい知識や技術の習得はもちろん、40代・50代のミドル世代のころから、一人ひとりが自分のキャリアをいかに築いていくかを考えていくことが重要となります。そこで必要なのが、学び直し、いわゆる「リカレント教育」です。  本特集では、高齢期の活躍を見すえた「生涯現役時代の“学び”」の意義について解説するとともに、四つの“学び”の事例をご紹介します。社会人の“学び”は場所も方法もさまざま。生涯現役時代における従業員のキャリアづくりに向け、ぜひお役立てください。 【P7-10】 特別インタビュー 変化の激しい時代にリカレント教育で中高年齢層の自律的キャリア形成を 慶應義塾大学大学院 特任教授 高橋俊介  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行されるなど「人生100年時代」への流れが着実に加速するなか、40〜50代を迎えた労働者が今後、第二の人生やセカンドキャリアをいかに築いていくのかが一層の課題になることが予想される。ミドル・シニア世代を含めたリカレント教育(学び直し)に取り組む意義や実践するポイント、その浸透を阻はばむ課題とは何なのか。キャリア開発などに造詣の深い、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の高橋俊介氏にお話をうかがった。 積み重ねた年齢、経験に価値ありリベラルアーツが豊かな発想を生む ―そもそもリカレント教育(学び直し)が必要になった背景には、何があるのでしょうか。また、その意味合いについて教えてください。 高橋 2000(平成12)年前後は山一証券や日本長期信用銀行などの破綻、その後の大手メーカーの大リストラが行われた時代です。先に何が起こるかわからない、キャリアが予定通り積み上がらないという時代のはじまりでした。それがいまやっと、意識されて語られるようになってきました。AIやIoTなどの技術の進展や、グローバル展開などの環境変化が激しいなか、ビジネスモデルも大きく変化しています。リアルの店舗がなくなってEC(電子商取引)になるケースでは、リアルの店舗の販売員はAIにとって代わられたのではなくて、ビジネスモデルが変わることによって仕事を失うということです。だから、いつどんな仕事がなくなるのかは、本当にだれも分かりません。このような状況下で、まさに学び直しがとても必要になってきました。キャリアは単に積み上げるものではなく、つくり変えなければならないものだということ。自律的キャリア形成が重要だということです。キャリアというのは、1本線でずっとじわじわ習熟するものではなくて、停滞して、またそこから学び直すようなことを、生涯のうちに何回かはやらなくてはいけないだろうと思います。  リカレント教育は、新しいテクニックを学ぶリスキリング(職業能力の再開発・再教育)とは違います。本当にゼロからのスタートだったら若い人間にかなうわけがない。年齢を重ね、経験を重ねてきて、積み上げてきたものが何もないということはありません。それまで、どんな学び方をしてきたかで、次の仕事に入ってどこまで積み上げた経験を活かせるか活かせないか、大きく変わります。違う仕事をしてきた経験があるからこそ、その人にしかできないバリューの出し方があると思います。  仕事のテクニックを学ぶことを考えると、次にどの仕事をするか決めないかぎり、何の勉強もできません。そうではなくて、60代より前の40代、50代ぐらいから、普段の学び方自体を深い学びにしていくことが重要です。自分の学びの蓄積の深さや幅の広さをつくることができれば、想定外の仕事に就いても、ほかの人にはない引き出しや発想力が、役立つことがあります。実際に、20年以上キャリアについて調査を行ってきて、そういう話をずいぶん聞きました。  自律的キャリア形成に関心を持って、当時私が主宰していた研究会に最初に参加してきたのは総合電機業界の人たちでした。ビジネスポートフォリオ※1が多岐にわたっていて、組織再編も多い産業です。再編のため撤退した事業部にいた人を、まったく違う部署に異動させなければならない。それに向けてテクニカルな学び直しが必要となりますが、その土台となる自律的キャリア形成を、いわゆる日本企業の特徴である三つの「無限定性」(どんな仕事もします、何時まででも働きます、どこにでも転勤します)が阻害していて、むずかしい対応を迫られていました。このような流れが2000年ぐらいからはっきりし、特に総合電機業界はその典型でした。会社は非常に危機感を持って、社員にキャリア自律を行ってほしいと考えています。このキャリア自律を考えるうえで深刻なのは、会社が主導してきた三つの無限定性では、いまの急激な変化に対応しきれなくなっているということです。では、何が変化に柔軟に対応していくポイントになるのかというと、リカレント教育や生涯学習と同時に、根本であるキャリア自律する本人の意識だと思います。 ―学び直しといっても、いったい何を具体的に学べばよいのでしょうか。 高橋 最近やっといわれ始めましたが、やはり「リベラルアーツ※2」がとても大事だと思います。物事の背景がリベラルアーツなのに、科学的根拠や歴史的背景を知らないのでは意味がありません。リベラルアーツは、仕事で使う脳とは違う部分を使います。それがすごく刺激になるのです。いま、仕事は分業が進んでいて、その部分で必要な能力ばかりを使っていると、それ以外の能力が衰えていきます。次の仕事でどの脳を使うかわからないから、全人的に構えておく必要があるわけです。脳全体のバランスのよい発展のためには、仕事と関係ない部分の脳を使わなければいけません。私が重要だと思うのは、引き出しを増やすこと。引き出しが増えることで、何か未知の新しいものに触れても、過去の引き出しのなかから組み合わせて理解できます。仕事での経験はもちろん、さまざまな学びやボランティアなども、リベラルアーツの基盤があってこそ、引き出しの増加や発想の豊かさにつながります。 勉強は丸暗記やテクニックよりも学ぶ動機と背景まで知る姿勢が大切 ―内閣府の調査をみても、学び直しに意欲のある人は多いものの、実際には、なかなかリカレント教育に入っていけないという現実があります。この阻害要因は何でしょうか。 高橋 そもそも環境が大きいと思います。ある国際調査では、OECD(経済協力開発機構)加盟国など世界の主要国と比べて、ホワイトカラーが自分自身のスキルアップに使う時間とお金は、日本が一番低い。そもそも周りがやっていないから、自分もやってこなかったという部分もあります。加えて、日本は三つの無限定性がベースなので、自己投資しても会社はそれを活かしてくれません。欧米や中国などでは、自腹でMBAや何かの学位を取ると、それによって給料は上がるし、活かすことが可能なわけです。ところが日本の場合は、ディグリー(学位)や専門性を評価しないで、会社のいう通りに動いてくれることを評価してきたので、本人たちもやる気が起きなかったと、とても感じます。  もう一つ大きいのは、日本の学校教育の問題だと思います。大学や大学院の入学者に占める社会人経験者の割合が日本では圧倒的に少ない。大学にかかわっていて、こんなことをいうのは何ですが、よほど日本の学校教育は面白くなかったか、あるいは役に立たなかったということですね。日本では、教育や資格制度も丸暗記主義で、テクニックに頼って、そのものの意味を考えることを否定してきました。このことが日本人のリカレント教育にすごくマイナスの影響を与えていると感じています。  大事なのは、勉強する動機とどこまで深く背景まで含めて学んでいけるか、そしてそれがどれだけ持続して頭の中に残っているか。これらは動機に大きく左右されます。結局、深く長く効果のある学びをやっている人は、勉強自体の中身に興味があるから勉強する。この学びが、これからの自分の仕事や人生に大事だということが腹落ちしていることも重要です。もう一つは、「これだけやると確実にこうなる」というように自分の能力向上が可視化できることです。  いま、ミドルやシニアで、何か勉強しなくてはという危機感を持っている人が多いのですが、何をどうしたらよいかわからない、学び方がわからない。そうすると、リスキリングみたいなイメージになってしまいます。表面的なテクニックの勉強で対応しようということですね。それも、最終場面では必要になってくるかもしれませんが、その前段階の学びの深さが、ちゃんとみなさんに理解されていないと感じます。 独学から始めて「自論」をつくり他人と議論して一生モノの「背骨」を ―学び直しに一歩ふみ出す動機づけという点でいうと、それが役に立つかどうか、なかなか自分では考えられない人が多いと思います。いままで受けてきた先生や先輩などからのタテ型の教育と、自律的なヨコ展開の経験や学びの幅を組み合わせることができればよいのですが、なかなかむずかしいと思います。どうやってうまくそれを結びつけたらよいのでしょうか。 高橋 まさに、タテとヨコの考え方は、50年も前に社会人類学者の中根千枝さんが『タテ社会の人間関係』で指摘している重要な概念です。日本は世界の主要国のなかでも極端なタテ型社会で、多少変わったとはいえ基本はまったく変わっていないと思います。だから、教育も上から下にという伝承になってしまいます。もちろんそれも必要ですが、そればかりに頼るとイノベーションは起きません。先生や偉い人に習うというのではなく、まず自分で調べてみればよいのです。スタートは独学ですね。インターネットの普及など、独学の環境は整っています。  そのうえで大事なのは、自分はどう思うのかという「自論」をつくることです。それだけだと凝り固まってしまうので、そこでヨコの展開として、自論をお互いに発表して意見をいい合う。問題意識を持っている人たち同士が自論をぶつけ合って議論し合うことで、本当の学びになっていくのです。このステップがいわゆるヨコの学びの典型で、これを会社のなかで増やせばよいと思います。  本を読むことが学びのきっかけにもなりますが、未来予想本やノウハウ本を手に取ってはいけません。最初はまず、歴史や社会科学を含めた科学を勉強して、そこで自論を積み上げていく訓練をするべきです。どんな分野でも、自分の興味が持てるものを一つ見つけ出してください。それが「キャリアの背骨」と呼べる一生モノになります。その次のステップで、ちゃんと自分で勉強できる能力をつけるために、ベースとなるリベラルアーツの学びを普段から積み重ねることが重要です。方向性が定まってから、必要なテクニックについて短時間でリスキリングすればいいわけです。  どうしてそうなるのか、その背景は何なのかを考えることが重要なので、効率よく学ぼうとしてはいけません。学びが引き出しになるかどうかは、すべては深く学ぶことができるかどうかだと思います。すぐに問いへの解が見つからなくても、常に考えてその気持ちを持っていると、どこかで違う刺激を受けたときに「ああそうか」、「そういうことだ」と納得することがあります。そのような経験をすることが重要です。 ―そのように深掘りした学びがあれば、レジリエンス(困難に対応する力)も、おのずと身についてくるということですね。 高橋 主体性の背骨がない柔軟な対応だけで は、意味がありません。レジリエンスはキャリアコンピテンシーに置き換えて考えてもよいと思います。変化の激しい時代に、自分自身のキャリアを自分で切り開いていく能力です。自分のスキルが陳腐化しても、また新しくゼロから始めるのではなくて、その下の深い学びで蓄えた引き出しが基盤として役に立つ。その底の部分を時間とともに積み上げていけるかどうかが問われていて、それがレジリエンスになる。目の前の仕事を主体的にやるという思考や行動と人間関係に布石や投資を社内外を含めてやること、最後に自分自身で勉強を主体的にしていくこと。この三つがキャリアコンピテンシーそのものです。 まずは従業員への投資と教育から必要なのは自信と一歩をふみ出す場 ―企業にとって、学び直しはどのような位置づけになるのでしょうか。企業の具体的な取組みを含めてどのように考えればよいのでしょうか。 高橋 企業にとってはまず、キャリア自律を進めるための教育を行うことが必要です。それは従業員に対する福利厚生でもなければ、無責任に放り出すことでもありません。これまで三つの無限定性で自律を妨げられてきたのに、「明日から自己責任でやれ」というのでは、それこそ無責任です。  企業は、きちんとお金をかけて、キャリア自律のための教育を行う必要があります。企業として、こういうキャリア自律を推進するということを、トップから明確に示し、会社もこれだけの投資をするから、個人も自己投資をしてくれと伝えるべきです。キャリア自律というのは、会社と個人のプロフェッショナルとしての相互コミットだということを明確に伝えてほしいと思います。会社としては、これがすべてのスタートになります。  ミドルやシニアは、キャリア自律がそもそも必要だといわれていても、自信がなく、どうしたらよいかわからない。この段階で悩んでいる人たちは、自己評価の低い人も少なくありません。自身の強みに気づかせ、一歩ふみ出すための場や研修が必要です。年代別にいろいろなアプローチを組み合わせていく必要があるでしょう。キャリアコンサルタントの役割も、対応する年代によって違ってくると思います。 ※1 ビジネスポートフォリオ……多様なビジネスの組合せ ※2 リベラルアーツ……自然科学、社会科学、人文科学などの基盤的・汎用的な教養 高橋 俊介(たかはし・しゅんすけ)  慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。東京大学工学部航空工学科を卒業後、日本国有鉄道勤務を経てプリンストン大学院工学部修士課程を修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーから現在のウイリス・タワーズワトソンに入社し、1993年に代表取締役社長に就任。1997年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2011年11月より現職。専門は個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティング。主な著書に『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書・2012年)、『キャリアショック』(ソフトバンククリエイティブ・2006年)など。 【P11-14】 事例1 地域の大学と連携し、講義を人材育成に活用理論を学び、いまのキャリアとセカンドキャリアに活かす 株式会社サザコーヒー(茨城県ひたちなか市) 大手と差別化を図る独自路線のコーヒーチェーン  株式会社サザコーヒーは1942(昭和17)年創業。前身は鈴木誉志男(よしお)代表取締役会長の父が営んでいた映画館だ。鈴木会長は大学を卒業後、東京で映画の興行プロデューサーとして映画の宣伝を手がけていたが、家業を継ぐため帰郷。だが、映画にかつてのような勢いはなく、映画館の興行だけでは経営が立ち行かなかったため、1969年に映画館の一画に喫茶店を開いた。当時、地域にコーヒー専門店などはなく、また、競合はないが見本となるケースもなかった。そのため、喫茶店経営の専門誌だけが唯一の「教科書」だったそうだ。  サザコーヒーの社名は臨済宗の禅語にある「且座(さざ)喫茶」に由来し、「まあ座ってゆっくりお茶でも召し上がれ」という意味があるとのこと。その名の通り、ゆっくりとコーヒーを楽しめる店舗づくりを行ってきた。1号店のオープンから50年あまりを経て、現在は本店1店舗、直営店14店舗(茨城県9店舗、東京都4店舗、埼玉県1店舗)をチェーン展開している。JR常磐線の勝田駅から徒歩7分ほどにある本店は増築しているものの、30年前に建てられたとは思えないモダンな建築で、周囲からも目を引く。店内はコーヒーの産地・中南米の国々で収集した仮面、織物のほか、年代物のコーヒーを淹(い)れる道具類、世界的に知られる高級テーブルウェアブランドから、古伊万里、地元の笠間(かさま)焼など日本有数の焼き物の産地のコーヒーカップがところ狭しと並べられている。  「コーヒーを通じてコーヒーにかかわる産地の文化に触れてほしい」と説明する鈴木会長が胸を張るのはこれだけではない。店内は広く、テーブルは間隔をとってゆったりと並べられ、中庭に面した大きな掃き出しの窓はほぼ開け放たれ、自然を感じられる居心地のよい空間をつくり上げている。「大手のチェーン店にはできないことをするのが当社の強みです。100坪以上ある中庭の雑木は毎日手入れをし、基本的に窓は夏でも冬でも開放して、室温は空調で調節しています。今般のコロナ禍においては感染予防になり、お客さまにも喜ばれています」(鈴木会長)。訪れた平日のランチ時はほぼ満席で、子育て中の若い年齢層から高年齢層まで女性客で占められ、各人がくつろいだ様子でランチを楽しんでいた。 最高年齢者はギャラリー勤務の82歳  「世界でいちばんコーヒーを愛し、コーヒーを楽しむコーヒー会社になる」を理念に掲げるサザコーヒーは、喫茶店の店舗運営を起点に、小売業、卸業に業容を拡大。1997(平成9)年に南米コロンビアのコーヒー農園を取得し農園経営を始め、コーヒー生産、輸入、流通、製菓などの製造まで、幅広く業態を広げてきた経緯があり、いわばコーヒーに特化した専門商社のようなもの。よって、サザコーヒーの社員は多種多様にそれぞれの仕事を担当している。現在の従業員数は230人。定年は60歳で、希望者全員を65歳まで再雇用することを就業規則に明記している。コーヒーショップの店舗運営が事業の柱であることから全従業員の平均年齢は33歳と若いが、職種によっては、新たに高齢者を採用することもある。現在の最高年齢者は82歳の男性で、本店に併設するギャラリー「GALLERY SAZA(ギャラリーサザ)」に勤務している。  ギャラリーは一週間おきに企画展が開催され、一年先まで予約が埋まっているという人気のイベントスペースであり、文化事業に力を入れる同社としては貴重な事業である。このギャラリー勤務の最高齢社員は、入社以前は地元の百貨店で外商を担当し、定年を機にサザコーヒーに入社して20数年勤務。直接雇用の契約社員として勤務している。本人の申し出により現在は退職に向けて、担当業務を後任に引き継ぎ中とのことだ。後任は画家でもあり、他業種を経験し定年退職した64歳の男性。職務内容によるところがあるものの、同社は年齢に関係なく雇用している実態があり、「会社としては本人が希望するまで退社をうながすことはしません」と鈴木会長が話すように、希望者は年齢に関係なく働き続けられる風土が生まれつつあるようだ。 大学と連携し社員対象にリカレント教育  サザコーヒーは、2019(令和元)年に社員の学びとしてリカレント教育「SAZA campus cafe program(サザキャンパスカフェプログラム)」をスタートした。茨城大学社会連携センターが行っている「茨城大学リカレント教育プログラム」の企業を対象にしたコースを活用したもので、毎年、社員から受講者を募り、今年度は男性4人、女性4人の計8人が参加している。受講者の年代は20代から40代、職種は店長、管理職、パティシエ、営業職とさまざまだ。週1回、茨城大学の水戸キャンパスに通い、1コマ120分の講義を受ける。聴講する講義は各々で選択できるが、仕事に役立てたいとの思いから経済、経営分野が多い。一人一つの講座の受講が可能で、複数の受講は本業がおざなりになる可能性を考慮し、推奨はしていない。  もとよりサザコーヒーは茨城大学に「サザコーヒー茨城大学ライブラリーカフェ店」、筑波大学に「サザコーヒー筑波大学アリアンサ店」という、大学の敷地内にあって学生や教職員以外の一般客も利用できるカフェを出店しており、地域貢献を目ざす大学とのコラボレーションを行ってきた。鈴木会長自身がコーヒー、フード、喫茶店経営など事業に関する多くを文献から学びとり、社会人としての学習を実践しており、コーヒーの歴史にも精通。茨城大学が北茨城市の五浦(いずら)地域にゆかりのある美術思想家・岡倉天心を取り上げたシンポジウムを開催するにあたり、鈴木会長が文献を調査し、岡倉天心がボストンに渡った20世紀初頭におけるアメリカの流通状況から当時流通していたコーヒーを割り出して再現。さらに大学と共同開発を行い、「五浦コヒー」として商品化した。五浦コーヒーはブラジルとコロンビア品種をブレンドした浅煎りシティローストコーヒーで、大学の土産品として、また記念品として人気がある。  一方、茨城大学社会連携センターが行っている「茨城大学リカレント教育プログラム」は、企業の人材育成を支援し、地域貢献につなげることをねらいとし、2019年4月から本格的に開始した社会人向けに講義を開放する取組みである。経済学や工学など企業の事業活動に直接役立つような専門科目だけでなく、歴史・文化などの一般教養科目を幅広く開放。2020年からは企業の要望に応え、提供可能な科目数を増やす対応を行った。プログラムのコースは、「オープンコース」、「専門コース」、「カスタムコース」の3種類が用意されている。「オープンコース」は市民がだれでも参加できる公開講座、公開授業で、1科目単位から自由に選び、学ぶことができる。「専門コース」はさまざまな専門分野から体系的に効率よく授業を受けることができ、個人、企業など団体のどちらにも対応している。「カスタムコース」は企業や団体の要望に応じて従業員育成プログラムをカスタマイズして提供するというもの。このコースは同大学独自の取組みで、全国でも珍しく、まだ参加していない企業・団体からも引き合いが強まっているようだ。  サザコーヒーは大学からの提案を受け、カスタムコースに参加している。鈴木会長は、地元のひたちなか商工会議所会頭を務めていることから、地域では顔が広く茨城大学との交流もあった。こうしたつながりから提案されたわけだが、同社は店頭で提供する果物や野菜などはできるかぎり茨城県産を使用し、地域のイベントでは無料でコーヒーを配るなど地域活性化に取り組んできた。同プログラムへの参加を決めたのは、茨城大学が掲げる地域企業の人材育成を支援し、地域貢献を図るという趣旨に賛同したところが大きい。  「今期講義を受けている8人のうち大学を卒業した者は1人ですので、ほぼ全員が初めて大学で学ぶことになります。この経験そのものがよい刺激になっていると思います。受講者はみんな活き活きしていますよ。どんな講義を選ぶかも参加している社員の自由です。これまでに、業務にまったく関係のない哲学の講座を選択した社員もいましたがかまいません。新しいことを学ぶことは自分の弱点を克服することだと考えています。社員にはコンプレックスをバネにし、よいところを伸ばしていってほしい。商社のような特性がある当社では、多種多様な人材育成が必要ですから、多様な人材の特長を引き出すためにも、社員が大学で学ぶ意義はあると思います」(鈴木会長)  「コーヒーは舌で味わい、頭で理解して飲むもの」と考えている鈴木会長にとって、社員が大学の講義で理論的な考えを学ぶという機会を提供することは、自然な流れであったようだ。  2020年4月からサザキャンパスカフェプログラムに参加している受講生からは次のような感想が届いている。  「社会的、文化的な男女の性別・ジェンダーについて、社会が考えるべき問題を学んでいます。ジェンダー問題に対して学生の意見を聞き、彼らの意識の高さを感じました。世界と比べて日本はジェンダーギャップ、いわゆる男女格差が根強く、こうした日本のジェンダー平等の遅れに対して学生が特に敏感であることが印象的でした」(30代男性・店舗事業部係長)  「これからは世界各国の歴史や文化を学んだお客さまや取引先とコミュニケーションをとることが増え、店舗の従業員でも外国人の方と接することが増えてくるので、そうしたお客さまに対して最低限のマナーを学ぶことの重要性について考えさせられました」(20代女性・店舗事業部主任)  「日本では特に男女の貧困差や学歴での判断により格差が起きていて、ワーク・ライフ・バランス社会が働き方改革につながると考えます。会社に活かせる部分においては、雇用戦力を強め、多様な働き方が選択できること、ダイバーシティの意味と、会社の在り方を学びました」(40代女性・店舗事業部主任)  鈴木会長は受講生の活き活きした様子を目の当たりにし、リカレント教育の効果について「思った以上に、大学での学びが社員に響いていることに驚いています。社員に生きがいを持って働いてもらうにはどうしたらよいか、よりいっそう人事面で考えていかなければならないと思いました」と、新しい課題を設定していた。 潜在能力と技術向上のため社員研修に注力  同社では、人材育成は高品質のコーヒーづくりに欠かせないと考え、サザキャンパスカフェプログラム以外にも社員研修に力を入れてきた。最たるものはコロンビア農園での現地研修である。コロンビアの直営農園において栽培品種の選択、栽培条件の整備、加工など、あるいは高級品種の栽培、品種改良や、接(つ)ぎ木による品質の向上などを実施しているが、この現場に社員数十人を派遣し、自分たちの感覚でコーヒーの品質をたしかめている。  コロンビア研修には1回数千万円の予算がかかるものの、社員がコーヒー栽培の現場を見る機会は、同業他社であっても多くはないからこそ価値があると考え、継続して実施している。  また、日本スペシャルティコーヒー協会が開催するバリスタ競技会「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ」にも毎年参加しており、直近の3回の大会においてサザコーヒーの社員から毎年3人が上位入賞を果たしている。一社で3人の入賞は異例であり、同社の人材育成が実を結び、社員の高い抽出技術が認められたことにほかならない。コロンビア研修など採算度外視ともいえる研修費は大きな負担であるが、社員のノウハウとモチベーションを高めると同時に、潜在能力の向上につながっている。 セカンドキャリアを豊かに  こうした研修や学び直しは、知識を身につけるだけでなく、考え方、ものの見方や切り取り方など、これまでにない思考方法を身につけることにつながり、それがいまの仕事に影響を与え、大きく見ればセカンドキャリアを豊かにすることにもつながる。  セカンドキャリアにおいても継続して雇用したい企業に欠かせない人材の輩出は、現役社員への学びの提供によるところが大きいのかもしれない。 写真のキャプション 鈴木誉志男代表取締役会長 広い中庭に面した店内 【P15-18】 事例2 「キャリア越境学習プログラム」で能力をストレッチ学び続ける先に見えてくる生涯現役のヒント ボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社(東京都中野区) 世界展開する医療機器メーカー幅広い領域で革新的な製品を提供  ボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社は、米国に本拠地を置く会社の日本法人である。本体のボストン・サイエンティフィック コーポレーションは1979(昭和54)年に米国で誕生して以来、医療機器メーカーとして業容を拡大、世界最大級の医療機器メーカーとして、医療テクノロジーをリードしてきた。いまでは、1万7000種以上の製品を取り扱い、グローバルで約3万8000人の社員を擁して、13カ所の製造拠点と、120カ国近くのマーケットを展開している。  日本法人は1987年の設立以来、世界第2位の医療機器市場である日本において、血管疾患をはじめ、心臓系疾患、泌尿器疾患、婦人科疾患など多岐な領域にわたり、革新的な医療機器を提供し続けている。  同社は、2021(令和3)年3月、厚生労働省が主催する「グッドキャリア企業アワード2020」のイノベーション賞を医療機器・器具製造業の企業として初めて受賞した。この賞は社員の自律的なキャリア形成支援を展開し、積極的に人材育成に取り組む企業に贈られるものであり、「社内公募の積極的活用などキャリアオーナーシップ(キャリア自律)をキーワードとした主体的なキャリア形成支援」が能力開発支援の取組みとして高い評価を受けた。 きっかけは働き方の見直し主体的なキャリア形成支援を強化  同社では、ビジネス環境の変化にともない、自律的に行動できる人材の育成を重視し、社員のキャリア形成を積極的に支援しているが、その背景には2016(平成28)年に行った働き方の見直しがあった。2016年時点では「働き方改革」というのはまだ広まっていなかったが、同社では働き盛りの40代以降の社員に訪れるだろう介護の問題やさまざまなバックグラウンドを持つ社員の働き方の多様化、優秀な人材確保などの課題に対して、長期戦略としての働き方の見直しを決断し、「制度」、「キャリアオーナーシップ」、「スキルレベルの向上」という三つの柱をもとにさまざまな施策を展開していった。  「終身雇用といった日本型雇用慣行の企業と違うところは、当社では定年退職まで自分の椅子が安閑と存在し続けるとは、だれも思っていないことです。また、40代、50代になればそれなりの役職が約束されているということもありません。一方で、ビジネスが加速度的に変化し複雑性を増す社会において、一つの専門性や限定的な経験だけでは、個人や組織も対応しきれなくなっていること、またグローバル化や長寿化するなかで個人のライフステージや組織を構成する社員も多様化していることから、2016年に『WOW(Ways of Working)!プロジェクト』を立ち上げ、それ以来社をあげて働き方改革を推進してきました」と前田敦子(あつこ)人事本部長は当時をふり返る。  『WOW!プロジェクト』では「キャリアオーナーシップ」をキーワードに、人事本部が全国の支店や営業所でワークショップを開催。社員自身がキャリア開発の先導者であること、個人の持続的成長と変化への対応が求められること、そしてキャリアは「アップ」するだけでなく「シフト」やときには「ダウン」という縦横斜めの選択肢があること、それぞれの選択肢を選ぶ際は給与や職場環境などの変化もあることをはっきり伝えていった。  「かなり、ストレートなセッションをしたので、社員の転職を誘発し、人材流出につながるのではないかというリスクもありました。それでも社員がキャリアオーナーシップを持って自身の生産性を日々向上させ、パフォーマンスを最大化することが重要であると考え、2016年から大きく一歩ふみ出したわけです。折りしも2017年から『働き方改革』が推進されるようになりましたが、1年早く、まさに時代を先駆けた当社の取組みでした」と、前田人事本部長は胸を張る。 多様なニーズに応えるプログラム越境学習で自己能力を研鑽  同社は、社内の活性化と積極的に挑戦する組織風土を醸成することを目的として、2018年から部署を問わずオープンポジションを社内共有し、社員からの応募を継続的に受けつけているが、過去2年の社内公募は延べ230ポジション、応募者総数は188人に上っている。さらに2019年からは、管理職登用を原則公募制にするなど、社員公募による社内のキャリア開発の機会拡大に加えて、社員が自らキャリアを意思決定していくための情報を可能なかぎりオープンにしてきた。  また、社員のラーニングオーナーシップ(主体的に学ぶ意識)を支援するために、2019年から導入した社員の手あげ制による応募型研修プログラムのなかでは、キャリア形成におけるライフステージの影響を考慮し、30代、40代と各年代を対象にしたキャリアワークショップを展開した。  そして、40代を対象にしたワークショップ参加者から希望者を募り、『キャリア越境学習プログラム』を実施した。これは、所属外の組織で経営課題の抽出や改善提案に取り組むプログラムで、ワークショップで醸成した意識を、行動変容につなげるための仕掛けとして導入したものである。  「『キャリア越境学習プログラム』は定員12人としていたのですが、予想以上の希望があり、社員のニーズの高さをあらためて感じました」と、人事本部タレント・ディベロプメントチームスペシャリストのファムティホイ フンさんは話す。  また、「『キャリア越境学習プログラム』に参加した社員に持ち帰ってもらいたい成果として四つのことを期待しました。一つ目は自身の親しんでいる場所から視点を変えてビジネスをとらえてみる『視野の拡大』。二つ目は自分がいままでつちかってきたスキルがどこまで活用できるかを試みる『ポータブルスキルの活用』。三つ目は『ダイバーシティの実践』。四つ目は、スモールビジネス※の経営に直接触れることによる『視座の向上』です」とねらいをふり返る。  プログラム自体は3日間だが、この間に約2週間のインターバルを設けることから実施期間は2カ月にも及んだ。外部のパートナー企業の講師がプログラムをリードしてくれたこともあり、参加者からは「これまでの研修のなかで最も面白かった」という声も聞こえてきたという。  プログラムの設計において特に慎重に検討したのは、越境先の選定だった。今回が初めての試みということで、同社とまったく関連性のない企業では社員のモチベーションが上がりにくく、スキルを応用しにくいのではと考え、比較的関連性の高いヘルステクノロジー系ベンチャー企業2社を選出した。また、経営者とは事前にていねいに話し合い、準備を重ねていった。  3日間の研修内容は、初日はベンチャー企業の仕組みや、スモールビジネスに関するレクチャーを実施し、後半には経営者たちから企業が抱える課題と提案内容に対する期待値をヒアリングした。2〜3週間のインターバルの後、越境先企業を訪れ、再度ヒアリングを実施し、3日目は越境先企業へのプレゼンテーションで、運営体制や環境も含めて提案するというのがプログラムの全容だ。  「当時は越境という考え方やプログラム自体もないのが現状で、パートナー企業の講師のネットワークの力を借りてベンチャー企業2社を選定しました。経営者は非常にパワフルで、自分の会社に対してパッションを持っていました。『キャリア越境プログラム』を通じて、越境先の企業が日常のなかでは考えにくい課題を、違う視点で一緒に考える仲間を求めているという互いのニーズがマッチし、2社が決まりました」とファムさんの笑顔がこぼれた。  2019年に『キャリア越境学習プログラム』に参加したメンバーからは、プログラムにチャレンジすること自体が刺激になり、それまでうまくいっていた環境からあえて抜け出したことで、見方が変わったという声が多く寄せられている。大切なのは経験を捨てるのではなく、さまざまな経験をどうやって自分のなかで「化学合成」させていくのかということのようである。 シニア世代に必要なのは現状維持から飛び出す勇気  30代、40代のキャリア形成についてはその実態が見えてきたが、彼らが今後勤続を重ねていったときの対策はどのようになっているのだろうか。前田人事本部長は次のように指摘する。  「当社では、多様な働き方を実現し優秀な人材が活き活きと働き続けられるような環境づくりを推進しており、シニア世代だけにかぎった施策を現状は展開していません。また、アメリカの本社ではリタイアメントエイジ(定年)がありませんから、自分でライフプランを立てれば何歳までも働けるのです。日本法人である当社でも年齢や性別といった属性に関係なく人材を評価する文化が根づいており、年齢による差別は一切ありません。シニア層に共通するのは『右上がりの世代』、つまり勝ち続けてきた人たちですから、ステップダウンへのシフトは負けることと同じだという感覚があると思います。いま自分がいるところとは違う場所へ飛び出す勇気がシニア世代にも必要であり、自分に何を求められているのかという発想を持っていないと、独りよがりになってしまうのではないかと思います」  加えて、前田人事本部長によれば、たとえ自分のいまがよくても世の中は絶えず変わっていくのだから、自分が止まったままでいることは劣化にほかならないと手厳しい。前田人事本部長やファムさんたちは「いまがいい」という社員には、もし、1年後のいまは変わっていると気づいたら手遅れにならないように変化は必要であることをくり返し伝えているという。「何をしたいかというよりも、何を期待されているのか自分への期待値を把握することが大切であり、シニア世代にはとりわけその発想が必要であると考えています」と前田人事本部長は強調する。  ファムさんは「私はいろいろな視点から自分のキャリアを見つめて、ふり返ってみるということがとても重要ではないかと思い、社員がいろいろな角度から自分のキャリアを考えてもらえるようなツールやイベントを企画し、社内に配信しています。例えば、中長期的な視点で上司と何を話したらよいのかわからないという人のために、動画を作成しました。また、キャリア上の悩みを感じている人を対象に定期的にキャリアニュースを配信しています。社員一人ひとりがオーナーシップを持ち続けることの大切さを発信しようと、いろいろな角度から施策を打っているところです」と、人事本部としての真摯な取組みについて説明した。 キャリアの多様化に向けオンラインでの越境≠ノ対応  今回のコロナ禍はビジネスの世界において多くのマイナス要因を生み出したが、同社では「応用力を試されたような気がする」と、前向きにとらえている。人事本部としては継続してこれまでと同じことに取り組むのではなく、より高い次元で施策を行うことを最大の課題に掲げる。  コロナ禍を経て、同社ではリモートワークを標準化するとともに、リモートとオンサイトを活用するハイブリッドな働き方にシフトした。  キャリアの多様化は一層進むことが予測されるなか、昨年はコロナ禍で一時止まったものの、今後はオンラインでの『キャリア越境学習プログラム』の再開を予定しており、形を考えながら継続して来年以降も実施していく。常に時代を先駆けてきた同社の飽くなき挑戦が続く。 ※ スモールビジネス……企業形態の一種で、優良なベンチャー企業や中小企業のこと 写真のキャプション スティーブン・モース代表取締役社長(左)と「グッドキャリア企業アワード2020」の受賞を喜ぶ前田敦子人事本部長(右から2人目)とファムティホイ フンさん(同3人目) キャリア越境学習プログラムにあわせて行われた社内研修 【P19-22】 事例3 「社会人の学びの場」に集う級友との相互的な対話が次のキャリアの礎(いしずえ)を形成 慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)(東京都千代田区) オフィス街に設立した「学びの場」  慶應丸の内シティキャンパス(以下、「慶應MCC」)は、2001(平成13)年に慶應義塾の社会人教育をになう機関として開設された。全国から受講者が集まり、その人数は年間2万人を超える。全体の7〜8割が企業から派遣された社員で、その所属先の企業は国内有数の大企業が名を連ねている。企業は次世代リーダーおよび将来の経営者・幹部候補の育成、管理職のブラッシュアップを目的とし、派遣される社員はさまざま。社員個人が自己開発を目的として自発的に手をあげて参加するケースも多い。  他方、個人の申込みもあり、転職や将来のキャリアを見すえ、広い視野で学びたいというビジネスパーソンや中小企業の経営者などがいる。  慶應MCCは、経験を積んだ社会人が学ぶ意義について、「これまでの実践や経験に、新たに獲得した知識・理論を結びつけ、自らの解釈を加えて得た知見により、行動と意識を変容し続けること」と定義し、実践的な仕事の方法論から専門性の深耕、社会観・人間観の醸成まで、参加者の関心領域や置かれた状況に応じた社会人向けの幅広い学びを提供している。  学びの舞台となるキャンパスはオフィス街・丸の内エリアにあり、JR東京駅から徒歩3分というアクセスのよいビルに所在する。日本を代表するターミナル駅である東京駅に近いうえ、千代田線、丸の内線、東西線の三つの地下鉄路線の利用が可能で、いずれも徒歩6分以内。終業後に通いやすく、地方のビジネスパーソンであれば出張の合間に利用することも可能だ。 各分野の第一人者が講師を務める  慶應MCC創立のきっかけは、三菱地所による丸の内エリアの再開発だった。丸の内界隈は、高度成長期には立ち並ぶビル群に金融をはじめとした企業がひしめき、屈指のオフィス街として機能してきた地区だ。しかし、バブル崩壊後の景気低迷などにより、賃料が高い丸の内から流出する企業が増加したため、1998年に三菱地所が再開発に着手。2002年に丸の内ビルディング(通称・丸ビル)が竣工して以降、多くの新しいビルが建設され新たなビジネスセンターとして整備された。それと同時に、テナント誘致によりブランドショップをはじめとする商業施設や三菱一号館美術館といった文化施設がオープンし、休日も多様な人々でにぎわう街へと変貌を遂げた。慶應MCCは再開発の一環としての「学びの場の創出」という計画に、慶應義塾が参画してスタートしたものである。  運営は同塾の関連法人である株式会社慶應学術事業会が行っている。慶應MCCのラーニングファシリテーターを務める保谷(ほうや)範子さんは、大学ではなく企業が運営するメリットについて次のように説明する。  「ビジネスパーソンの学びやすさに大きく貢献していると思っています。さまざまな情報が行き交う世界有数のビジネスセンターである丸の内で、慶應義塾大学をはじめとする大学の英知を、働く人たちに最適な手段、スピードでお伝えできるのは、機動性の高い企業ならではのメリットといえます」  なお、慶應義塾大学は主に社会人を対象とした慶應義塾大学ビジネススクール(KBS)を開講しているが、こちらは全日制の大学院であり、MBA取得を目的としている。ビジネスパーソンが働きながら学べる場である慶應MCCとの棲み分けがなされているとのことだ。 多様なプログラムと多彩な学び方を提供  慶應MCCの公開プログラムは大きく二つに分けられる。主に30〜50代のビジネスパーソンが、仕事の方法論の習得から専門分野を深く掘り下げるなど、経営の本質を学んでいる「ビジネス・経営プログラム」と、セカンドキャリアを見すえた参加者が比較的多く、30〜70代と幅広い年代が学んでいる「agora(アゴラ)」だ。  さらに、ビジネス・経営プログラムはビジネスの原理原則、変化を起こす思考法を学び、多様な人とのかかわり方を実務で活用する実践力を養う「ビジネスコアプログラム」と、経営に関する高度専門知識や戦略課題をテーマに、専門性を深める「先端・専門プログラム」に分けられている。  ビジネス・経営プログラムのなかでも、特に人気の高いプログラムの一つが「戦略的交渉力」だ。一コマの流れを紹介すると、まず講義において交渉の理論と心理について学び、次に模擬交渉で実践する。ここで自身の思考のクセを知り、模擬的にさまざまな業種の他者視点に立つことで、交渉する力を身につける。最後に模擬交渉を行った体感をフィードバックして理論に結びつけたところで終了。プログラムで得た知見を日々の業務に落とし込み、ひいては意識と行動を変えることにつなげている。  一方、agoraは古典、歴史、芸術、身体論など多彩なテーマを扱い、社会観、人間観を養う講座である。  agoraの人気プログラムに「作家・阿刀田(あとうだ)高(たかし)さんと小説を語らう」という講座がある。課題となる短編小説を読んで参加者がそれぞれ自身の感想を話し、講師の阿刀田氏と感想を共有する。阿刀田氏のわかりやすい解説と魅力的な人柄に触れながら、小説を楽しみ、自らの人生をも考えるという人気のプログラムになっている。  いずれも15〜25人の少人数制で、講師による講義と双方向のやりとりによる学びを重視しているのが特徴だ。参加者は自身の目的・関心にあわせて1プログラムから参加できる。多くの講義は18時30分から始まり、1コマが3時間。  「公開プログラムは初めの1時間で講師の話を聞き、その後1時間はワークショップ形式で手や体を動かし、残りの1時間を使って参加者全体で意見を共有します。1コマ3時間はみなさんあっという間だとおっしゃいます。学生のころと違い、社会人の方々は必要に駆られて自ら学習しているということも、集中して学べる要因だと思います」(保谷さん)  プログラムの多くは全6回を隔週で開催され、2〜3カ月で終了。終了時には修了証を発行する。  「未来協創マスタリーコース」は、複数のビジネスプログラム、agoraをそれぞれ計画的に履修するコースで、1〜2年の履修期間にプログラムを自由に組み合わせて学べる。  現在は未曾有のコロナ禍にあって、丸の内キャンパスにて対面で行っていたプログラムをオンライン、ハイブリッドに変更するなど、開催形態に幅をもたせて対応している。 参加者に合わせた多彩な学び  二つの公開プログラムでの学びのほか、多彩な学び方が選択できるのも慶應MCCの魅力だ。  「夕学五十講(せきがくごじゅっこう)」は年間50講演におよぶ定例講演会である。「時代の“潮流と深層”を読み解く」をコンセプトに、政治経済、経営、技術、文化芸術、スポーツなど各分野の第一人者が講演を行う。実際に聴講する以外に、インターネットでリアルタイムに視聴することができるため全国から受講が可能である。  この夕学五十講のアーカイブ映像を視聴できる「夕学(せきがく)クロシング」は、会員制オンライン学習システムだ。時間や場所に制約されないので多忙なビジネスパーソンは参加しやすい。月に2回、夜間にオンラインでディスカッションを開催して、参加者同士が自ら語り合い意見を共有する場を設け、オンラインの学習システムであっても、相互性を持たせている。  慶應MCCではこのように、公開型プログラム、講演会、オンライン学習など、参加者のさまざまな目的、あるいは環境に適した学び方が選択できるよう、多様な開催形式で学びを提供している。 セカンドキャリアにつながる出会いの場  「仕事をしながら学ぶということはたいへんなこと。そのお手伝いをしています」と話す保谷さんをはじめ、慶應MCCでの学びをサポートしてくれるのが「ラーニングファシリテーター」という存在だ。参加者と講師をつなぎ、参加者の関心や置かれた状況に応じて、さまざまな学びを提案するほか、参加者の理解を深めるための情報提供や多様な視点の提示、あるいは理論を実務へ応用する際のアプローチ方法や問題提起など、さまざまな学びのきっかけを提供している。保谷さんは40〜50代の学びについて次のように話す。  「実際のところ、40〜50代のビジネスパーソンが定年後のセカンドキャリアを見すえて、学んでいるケースは少ないかもしれませんが、いまの学びが、次のステージでの活躍につながっているということはいえるのではないでしょうか。40代となると同じ業界に身を置いて20年程度は経っている人が多いでしょうし、会社での勤続年数も長くなっていると思います。そうすると、その業界や勤めてきた会社の常識のなかで積み重ねてきた経験が逆に足枷(かせ)になることもあると思います。ビジネスの動きが速い昨今において、『井の中の蛙』であるよりは、他業種、他社の方とかかわりを持つことは、今後の生き方のヒントにもなるのではないかと思います」  慶應MCCでは、講師との対話、参加者同士の対話を重要と位置づけており、自らの考えを話し、ほかの人の考えを知り、学問として理論的に体系立てて学ぶことから、「長年同じ業界、同じ会社に在籍して狭くなっていた視野が広がり、自分の考え方が変容したことで、自分の会社が好きになった」という人もいるという。  「アメリカの社会学者のマーク・グラノヴェターが、家族や同僚を『強い紐帯(ちゅうたい)』、週に1回しか会わないような、例えば慶應MCCのクラスメートのような関係を『弱い紐帯』とくくり、新たなキャリアを切り拓くために有益な情報や助言は、職場や家族、親しい友人からではなく、交流範囲の辺境に位置する異業種、他社のような『弱い紐帯』の人々から得られるという論を展開しています。慶應MCCで顔を合わせるクラスメートはまさに弱い紐帯であり、同じように働きながら学ぶ者同士、キャリアに関することなど深い話ができるようです。なかには人生の先輩として目ざしたいと思うロールモデルに出会えたという人もいます」(保谷さん)  プログラムが終了した後も、自主的な勉強会を行い、交流会や読書会を開催したり、クラスメートの新規事業の立ち上げに参画したり、協力したりすることもあるとのこと。このようにつちかったネットワークやコミュニティが継続していく。学びを通じた出会いが、次のキャリアに及ぼす影響は決して小さくはないようだ。 ミドル世代が「学び続ける場」を企業が提供  40〜50代は人生の折り返し地点であり、多くの人が仕事やキャリアに対する考え方・価値観の変化を経験するといわれる。昇進・昇格のような出世を志向する意識に変化が見られるのが40代半ばであり、このころから社会貢献であったり、仕事における成長であったり、社会に対する意義や自分にとってのやりがいにキャリア意識が変化していく人がいる。同キャンパスには次のような人がいるという。  「開設初期のころから、長年学ばれている方がいらっしゃいます。40代ではビジネス・経営プログラムを学ばれ、50代半ばになるとagoraで歴史や心理学のプログラムを選択し、生き方について学ばれていました。60歳で定年を迎えられ、いまは出向先で活躍されています。会社で求められる変化にしなやかに対応されている様子が印象的でした。その方は『40代から学んできたことが、いまの基盤になっている』とおっしゃっていました」(保谷さん)  40〜50代の時期にいかに自身のキャリア観を身につけることができるか、キャリアに対する考え方を見つめ直す機会を持てるかが、重要であることを示唆している。  慶應義塾には「半学半教(はんがくはんきょう)」という理念がある。教える者と学ぶ者との立場を定めず、先に学んだ者が後で学ぼうとする者を教えるという考え方だ。  「40〜50代になっても知らないことを知り、探求したいことを探求し、一生を通して、知らないことを好奇心を持って学んでいくことは必要だと思います。60代、70代になっても知らないことを知ることができます。いくつになっても学ぼうとする意欲と姿勢が、いつまでも若々しく活躍できる要因になるのではないでしょうか」(保谷さん)。  40〜50代の学びとは、キャリアの棚卸しや強みの発見につながり、仕事の社会的な意義や仕事に対する自分にとってのやりがいを見つめ直す機会となる。特に一人での学びでなく、他者との学び合いによってそれは促進されるようだ。社員にとって望ましいセカンドキャリアの働き方とは何かを考えるきっかけとなる「場」を提供することも、企業が取り組むべき一つの試みといえるかもしれない。 写真のキャプション 授業風景 【P23-26】 事例4 職業スキルを活かして社外ボランティア「プロボノ」の経験で複業やNPO活動への視野広がる パナソニック株式会社(大阪府門真市) 創業100年を超える総合電機メーカー本業での経験を活かす「プロボノ」  1918(大正7)年に創業したパナソニック株式会社は、「経営の神様」として知られる松下幸之助氏(1894〜1989)が前身である松下電気器具製作所を設立した。現在は家電から電設資材、住設建材、車載向けシステムや法人向け商品・ソリューションまで手がけている。2021(令和3)年3月期の売上高は6兆6988億円で、連結の子会社は523社、従業員数は24万3540人(2021年3月末現在)を有する総合エレクトロニクスの名門メーカーだ。  同社は創業以来、安価で高品質なアタッチメントプラグや国産初となる電気カミソリ、世界最軽量のビデオカメラといった消費者ニーズに応える画期的な製品を次々と開発し、豊かな社会づくりや暮らしの向上に寄与してきた。この「事業を通じて人々のくらしの向上と社会の発展に貢献していく」という経営理念に沿って、事業活動とともに企業市民活動に取り組んでおり、近年力を入れている取組みが「Panasonic NPO/NGOサポート プロボノプログラム」である。従業員が仕事で身につけたスキルや経験を世の中のために役立てる機会と位置づけているボランティア活動だ。  「プロボノ」とは、「公共善のために」を意味するラテン語「Pro Bono Publico」の略語。社会的かつ公共的な目的のために行う奉仕活動の一種だが、参加者自身が仕事や職業でつちかった技能や知識を活かす点が一般的なボランティアとの違いといえる。同社のプロボノは、NPO向け公募型助成金プログラム「Panasonic NPO/NGOサポートファンド for SDGs※」で、同社が資金援助したNPOに対するフォローアップの一環として、2011(平成23)年度に始まった。  支援対象は同ファンドの助成対象分野をはじめ、東日本大震災直後に始まったというタイミングもあり、大規模な自然災害からの復興といった領域にも拡大した。その支援実績は、NPOの事業運営にかかわる計画策定からウェブサイトのリニューアル、パンフレット・営業資料作成、業務フローの改善提案、マーケティング調査、データ整理・分析などまで多岐にわたる。資金やスタッフの人数に制約があるNPOにとって、事業計画の策定や効果的な集客、PR活動などに課題を抱えているケースは少なくない。同社はNPOやNGOの持続的発展と基盤強化に一役買おうと、国内でプロボノを推進している認定NPO法人サービスグラントと協働しながら10年間で延べ54団体の各種プロジェクトを支援。参画した延べ社員数は296人に上る。こうした職業上のスキルや経験を活かしたボランティアの新たなスタイルは、2016年度に東京都の「共助社会づくりを進めるための社会貢献大賞」で特別賞に輝くなど社内外で注目を集めている。 グループ会社も参加対象、幅広い職種から従業員がチームでNPOの課題解決  プロボノを始めた理由について、事業を統括するCSR・社会文化部事業推進課の東郷(とうごう)琴子(ことこ)主幹は「従業員のスキルや経験を広く社会のなかで役立て、NPOの事業展開力の強化を支援して社会課題の解決をさらに促進するのがねらいです」と説明する。同社のプロボノは、参加できる従業員にグループ会社も含まれ、正規、非正規、派遣を問わず手をあげられるオープンさも特徴だ。これまでに企画・マーケティング、広報、営業、経営企画、新規事業開発、システムエンジニア、財務・会計など多彩な所属や年齢、職位の従業員が名乗りを上げた。活動はすべて無報酬かつ就業時間外に行うものの、従業員が潜在的に持つ「自身のスキルや経験をもっと社会のために役立てたい」、「自身の視野を広げ成長したい」、「ネットワークを広げたい」といった社会奉仕などに対するニーズを何らかの形で受けとめる機会を設けようと、会社が主導して2011年度にプロボノプログラムを立ち上げた。  同社でプロボノは、実際にどのように進められるのか。毎年、社内で説明会が行われ参加希望者は得意とするスキルや技能を登録する。NPOのニーズに基づいて事務局がメンバー4〜7人によるチームを編成し、プロジェクトに参画してもらう。メンバーがプロボノに充てる時間は週平均で5時間程度、活動期間は短期(約4〜5カ月間)と長期(約7〜8カ月間)の主に2種類。メンバーたちはNPO関係者とメールのやり取りやオンラインで会議を重ね、最後に具体的な成果物を納めて終了する流れが一般的だ。  多忙なビジネスパーソンが約半年間にわたり、プロボノのための時間を捻出(ねんしゅつ)するのはむずかしそうだが、「事前にプロジェクト期間とチーム内での役割によって忙しい時期がある程度わかるため、従業員も計画が立てやすく活動しやすいと感じてもらっています」と東郷主幹は話す。2020(令和2)年度は社員31人が、環境や福祉、災害復興、海外での平和教育などに取り組むNPO4団体に対する支援活動に従事した。2021年度は新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐため、原則オンラインで計5団体の支援活動に取り組んでいる。  開始から11年目を迎えたプロボノについて、東郷主幹は「従業員にとっても、NPO支援を通じて社会課題解決の現場や、NPOのみなさんの熱い志に触れることで、イノベーションマインドの向上につながっており、本業にもよい変化が生み出されています」と意義を強調する。実際に毎年、プロボノ参加者からは「社会貢献したというよりも勉強させてもらった」などと社内では得がたい経験や外部の人とのかかわりを肯定的に受けとめる反応が目立つという。  東郷主幹自身も2012年度、若年層の就労支援や不登校児への学習支援に取り組むNPOでプロボノ活動の経験を持つ。取り組んだのはNPOのホームページを訴求力の高い内容に刷新するもの。団体が社会に向けて発信するメッセージを明確にしていくため、当事者や家族とも直接会話する機会を得て、その生活ぶりや胸の内に触れた。団体の活動の意義を改めて認識し、「困難を抱えている方々の声を直接聞くことで、自分ごととしてとらえるきっかけになりました。自分自身の子育てや仕事への姿勢にも影響を受け、そこで出会った有識者の方とはいまも仕事でおつき合いをしています」と感慨深げに話す。  同社のプロボノは特定の世代に照準を定めていないため、プロボノ事務局に登録した296人は新入社員からシニアまでと幅広い。一方で、年代別でみると、40代が約34%、50代が約17%と中高年層が半数以上を占めている。東郷主幹は登録者全体の印象について「従来のボランティアとは違って自分のビジネススキルや職務経験が活かせるという点で、初めてのボランティアがプロボノという人が多くいます。さらに、日ごろから社会課題に対してアンテナを立てている人も多いです」と語る。さらに「『プロボノ=専門性の高い技術力』と敷居の高そうなイメージがありますが、どのような職種の人でも参加できます。一人ではなくチームで取り組むので、NPOを応援したいという気持ちがあれば、だれでも能力を発揮できます」と特色について語る。 50代を迎えてキャリアと向き合う契機に会員獲得のための市場調査に奔走  「人生100年時代といわれるなかで50代を迎えて、今後のキャリアをどう築いていこうかと考えたのがきっかけです。自分のスキルが社外で役立つのかどうかを知る機会になればと思いました」。こう話すのは、企業向け人材育成や組織開発のコンサルティングを手がける「パナソニックライフソリューションズ創研」の九州研修所で所長を務めている久保山武さん(53歳)だ。2020年8月〜2021年2月、福岡県南西部に位置する八女(やめ)市黒木町笠原地区を拠点に都市部と農山村の交流事業などを手がける認定NPO法人山村塾でのプロボノプロジェクトに参画した。  1994年に設立された山村塾は棚田と山林を保護する活動を始め、都市在住者に山村での仕事や農作業を体験する機会を提供している。その一環として、豊かな自然環境で育った米や野菜を買ってもらうプロジェクトを続けているなかで、2017年に起きた九州北部豪雨で同地区の田畑が甚大な被害を受けた。被災直後は全国から寄付やボランティアが急増したが、時間の経過とともに地元生産者が丹精に育てた米を買って食べてもらう「笠原棚田米プロジェクト」は、購入者であるサポーターが年々減少していた。  久保山さんを含む20〜50代の男女9人でつくるチームに課されたミッションは、サポーター獲得に向けNPOの活動や理念に関する新たな情報発信の方法の検討だった。メンバーにマーケティング業務に精通した人も多く、久保山さんたちは「笠原棚田米プロジェクト」の関係者らへのヒアリングから始めた。米の生産者をはじめ、類似する非営利団体や大口の顧客らから、山村塾の取組みについて印象や率直な思いをていねいに聞き取った。さらに、サポーターを続けている会員だけでなく、プロジェクトを途中で退会してしまった人、未加入だが取組みに興味を持っている人たち計241人にも、独自のアンケート調査を実施。NPO当事者ではない第三者的な立場を最大限に活かしながら、会員の属性や退会した理由といったあらゆる生の声を収集して、数値やデータでNPOの現状を可視化した。NPO側と重ねたオンラインの打合せは25回以上。感染症対策に留意しながら現地で生産者との合宿も実施して、最終的に仮想空間やSNSを活用した情報発信、会員同士が集うオンラインコミュニティ形成など、コロナ禍の現状もふまえた視点での提案にこぎつけた。 活かされた組織マネジメント力今後の複業や社外活動に大きな手応え  久保山さんが今回参画したプロボノプロジェクトメンバーは、同じパナソニックグループの所属だったが、互いに初対面であり、年齢や職位、仕事内容も異なる人たちばかり。チームのまとめ役であるプロジェクトマネージャーをになった久保山さんは「年長者としてミーティングやプロジェクトの円滑な管理進行に徹しました。口下手な人でも意見を出しやすいように心がけたり、特定の人に仕事が偏らないように役割を割りふったりしました」とふり返る。久保山さんは1990年に松下電工株式会社(現・パナソニック株式会社)に入社し、海外部門での営業・宣伝や新規事業創出の部署など企画畑を中心にキャリアを歩んだ。その後は地元である福岡県に戻り、グループ会社である住宅設備のショールーム9事業所を束ねる九州地区責任者として、スタッフ計100人ほどの陣頭指揮をとってきた。今回のプロボノでは「チームをまとめながら納期までに成果を出していく力が活かせたと思います」と久保山さんは語る。  山村塾でのプロボノは今年2月に終了して数カ月が経つが、久保山さんはNPOの代表と現在も連絡を取り合い、NPOが運営するホームページのリニューアルを含めPR戦略について相談に乗っている。実は、久保山さんは20代のころから非営利組織の可能性やその経営に興味があったものの、「若いときは社内での昇進ばかりを気にしていました」と打ち明ける。今回のプロボノを通じて「非営利組織で社会的なやりがいや達成感をダイレクトに感じるよい機会になりました。キャリアを複線化させながら、できるだけ視野を広く社外活動をしていきたい。自分でNPOをつくることも考えています」と、漠然としていた定年後の働き方やキャリアがイメージできたようだ。  同社が2020年度に実施した社内アンケートによると、プロボノを実践した従業員は「これまでの経験、スキルを活かして仕事の幅を広げたい」、「今後のキャリアのあり方を考えるきっかけになった」、「プロボノを通じて仕事への意欲が高まった」と約70%が回答。久保山さんと同様に、プロボノが自律したキャリア形成に好影響を与えていることがわかっている。一人でも多くの従業員に参加してほしいと、近年は支援期間の短い1日のみの単発イベントや1泊2日で完結する短期集中型プログラムなども導入している。コロナ禍という時勢を反映して「在宅やオンラインを中心にプロボノにかかわりたい」という声も急増していることから、今後はプログラムに工夫を凝らしながら参加できる従業員のすそ野を広げていく方針だ。  「大人の社会科見学」や「大人の部活動」と表現されることもあるプロボノ。そのカジュアルな言葉とは裏腹に、NPOで自身のスキルや経験を本格的に活かす体験は中高年層を刺激し、今後のキャリアビジョンを検討するうえで新たな生き方を見出す機会になりそうだ。 ※ Panasonic NPO/NGOサポートファンド for SDGs……貧困解消に向けて取り組むNPOやNGOの基盤強化に資金援助する同社独自のプログラム。これまでに国内外426団体に、5億3,863万円を支援している 写真のキャプション 東郷琴子主幹 NPOの拠点を現地訪問した久保山武さん(左) 【P27】 日本史にみる長寿食 FOOD 334 昔は赤シソ、いまはオオバ 食文化史研究家●永山久夫 赤シソから青シソ(オオバ)へ  シソは漢字では「紫蘇」と書きます。赤紫色をした、命を蘇らせる力のある植物という意味で、その栄養効果や芳香など薬効性の高さをいったものです。  昔は、梅干しは自家製でしたから、着色用に赤シソは欠かせませんでした。しかし、戦後はライフスタイルの変化によって、梅干しは買う食品となり、シソも変化して赤シソから青シソになりました。日本人が大好きなシソのさわやかな香りはペリルアルデヒドで、薬味に欠かせません。料理に添える場合でしたら、赤シソよりも青シソの方が見た目にも美しいし、清涼感もあります。  やがて青シソは「オオバ(大葉)」と呼ばれるようになり、薬味やあしらい、料理などに用いられて現在に続いています。 オオバの栄養と薬効  香りや味わいだけではなく、オオバは栄養的にもとてもすぐれています。香り成分の中核をなすペリルアルデヒドには強い殺菌力があり、食中毒の予防剤として刺身に添えられています。さらに、私たちの嗅覚細胞を刺激して唾液や胃液の分泌をうながし、食べたものの消化吸収に役に立ちます。  刺身のツマにはオオバだけではなく、穂ジソ(未熟な実)なども使われますが、それぞれ芳香と殺菌力、ビタミンなどの栄養を持ち、食欲増進効果がありますから、単に飾りと見るのではなく、しっかりと食べたいものです。  オオバにはシソ油が含まれ、そのなかのアルファ−リノレン酸には血行をスムーズにして老化を防ぐ働きがあります。体の老化を早めてしまう体細胞の酸化も健康長寿の大敵ですが、それを防ぐのが緑黄色野菜に多いベータカロテン。この成分が、オオバは野菜のなかではトップクラスの含有量なのです。  ほかには、若さを保つ美肌効果のビタミンEや骨を丈夫にするビタミンK、脳の老化を防ぐ葉酸、免疫力を高めるビタミンC、カルシウムやカリウムなどのミネラルも多く含まれています。 【P28-32】 短期連載 マンガで見る高齢者雇用 エルダの70歳就業企業訪問記 第C回 株式会社建設相互測地社(福島県郡山市) 高齢従業員の役割を明確化!だれもが働きがいのある職場を創出 ※ 本連載は、厚生労働省と当機構の共催で毎年実施している「高年齢者雇用開発コンテスト」(現・高年齢者活躍企業コンテスト)受賞企業における取組みを、応募時点の情報に基づき、マンガとして再構成しています。そのため、登場人物がマスクをしていないなど、現時点の状況との違いがあります ※ 健康事業所宣言……協会けんぽ等保険者と連携し、従業員の健康保持・増進を推進するため、事業所が健康づくりに関する目標を設けて実践すること 【P33】 解説 マンガで見る高齢者雇用 エルダの70歳就業企業訪問記 <企業プロフィール> 株式会社建設相互測地社(福島県郡山市) 創業1969(昭和44)年 補償コンサルタント業・用地補償・測量調査  2018(平成30)年に定年年齢を65歳に引き上げました。65歳以降は、一定の条件(健康状態と本人の意思)のもと、年齢の上限なく継続雇用しており、現在の最高年齢者は81歳となっています。短時間勤務・短日勤務といった柔軟な勤務制度のほか、高齢社員の役割の明確化、高齢社員が中心となった「作業手順書」の作成などにも取り組み、令和元年度高年齢者雇用開発コンテスト※では、厚生労働大臣表彰優秀賞を受賞しました。 内田教授に聞く 株式会社建設相互測地社のココがポイント! 会社が抱える課題解決のため経験豊かな高齢社員を活用  建設相互測地社が取り組むべき課題ははっきりしていました。同社の中核となる人材の確保、技術継承を通した人材育成です。一方、これからは顧客へ提供するサービスの品質向上が欠かせず、それを証明する国際規格であるISOの認証取得が急がれました。建設相互測地社の社長はこれらの難題解決に、自社の経験豊かな高齢者を起用することを迷わず選択しました。  高齢者が安心し、意欲を持って働き続けるには、会社が方針と制度をしっかり打ち出すことが必要です。建設相互測地社は65歳へ定年を延長し、定年後も健康で働く意欲があれば年齢の上限なく継続雇用することとしました。加えて柔軟な雇用制度で、短時間勤務や短日勤務も選択可能です。これにより高齢者の意欲が高まりました。  同社は、高齢者に期待することをはっきり示しています。「若手社員への技術の継承」と「品質チェック機能、工程管理」です。高齢者は若手への技術継承が自分の役割であることを深く認識して実践するだけではなく、業務の品質管理や工程管理に欠かせない「作業手順書」を高齢者主導で作成し、仕事を「見える化」しました。  また、同社ではドローンなど最新技術を積極的に取り入れ、若手と高齢者がペアで作業しています。ドローンを操作するのは新しいことをすぐ覚える若手、ドローンが撮影した画像を分析するのは知識と経験豊かな高齢者です。それぞれの強みを出せれば両者の間に信頼感と尊敬が生まれ、コミュニケーションも深まります。  「生涯現役」の実現に向け、高齢者に求めるものを会社がはっきりと示し、高齢者が現役であり続けるために必要な制度や仕組みづくりを積極的に進めた建設相互測地社の取組みは、おおいに参考になるでしょう。 《プロフィール》 内田 賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者雇用開発コンテスト」(※現・高年齢者活躍企業コンテスト)審査委員(2012年度〜)のほか、「65歳超雇用推進研究委員会」委員長(2016年度〜)を務める。 【P34-35】 江戸から東京へ 第105回 幸福な父娘(おやこ)旅 北斎と応為(おうい) 作家 童門冬二 奇人父娘  お栄えいは葛飾北斎の三女だ。資料には生没年不詳とある。特に父北斎が死んだ1849(嘉永2)年以後の消息はまったくわからないという。画家の南沢等明(とうめい)に嫁いだが、夫の絵をコキおろし罵倒のかぎりをつくして追い出された。これが1829(文政12)年ごろではないかと推測されている。以後は父が死ぬまで同居した。父に劣らぬ画才の持ち主で、画号を応為(おうい)といった。父が彼女の名を呼ばず、オーイ、オーイと呼んだからだという。そして  「親爺以上の変わり者だ」  といわれた。同居しても父の世話なんか碌(ろく)にしない。特に絵を描き始めるとそっちに夢中で、父はもちろんのこと、自分の面倒もみない。同じように絵に夢中になっている父北斎が、  「オーイ、腹が減ったな」  というと、  「もうすぐ店屋(てんや)から出前がくるよ」  と、絵筆を休ませずに応ずる。  「今日は何だ?」  「すしにした」  「昨日もすしじゃなかったか?」  「昨日はうなぎだ。ボケたね」  「そうだったかな」  相手の性格を知っているので北斎もこだわらない。出前を取らないときはお栄が気晴らしを兼ねて、惣菜を買ってくる。幾日分ものまとめ買いだ。全部食べ終わらないうちに次の分を買い込んだり、店屋から出前を取ったりする。残された総菜は竹の皮に包まれたまま腐ってしまう。異臭が漂う。耐えかねて北斎がいう。  「オーイ、引っ越そう。家を探せ」  「わかった」  お栄の記録だけでも江戸市内での引越しは九十三回に及んだという。  お栄が六十代になったころ、父娘で旅行した。招き手があった。それも常連(じょうれん)だ。信州(長野県)北方の名望家高井鴻山(こうざん)だ。豪農で篤志家(とくしか)だった。小布施(おぶせ)村を拠点にして農民の救済指導に力を入れていた。  「信州は大半を武田信玄に支配されたが、この辺りは上杉謙信の匂いが残っている」  といって、謙信の義の精神≠賞(ほ)め、北斎の奇人ぶりを愛していた。北斎にとっては得難いスポンサーの一人だった。ちょうど地域の名産・栗の実の収穫が始まるので、  「好きな栗飯を食べにおいで」  という誘いだった。  「娘さんも連れておいで」  と添え書きがあった。お栄は喜んだ。旅が好きだからだ。父は本所(東京都墨田区)割下水(わりげすい)に生まれ、ずっと下町暮らしを続けてきたので、お栄も下町っ子の気質が強い。  「お父っつあん、栗飯だぞォ」  と手を振った。  「いい年令(とし)をしやがって、それが六十婆ァのいうことか」  「悪かったね、ところでお父っつあんはいくつだっけ?」  「とっくに忘れたな。もう仙人みてえなもンだからな」  北斎は本当に自分の年齢を忘れていたかも知れない。  画風も六度改まっている、といわれる北斎は、まったく一つの画風に停(とどま)ることなく、次から次へと研究を続け、自分の絵の発展を工夫した。その動機にお栄の影響がまったくなかったとはいえないだろう。 栗の里の日々  そのせいかどうか、お栄も北斎が美人画を描くときには、スッポンポンになってモデルを務めたりした。しかし美人画については、  「父親の絵より娘の描いた物の方が優れている」  と、評価する向きもかなり多かった。  竹の皮に包まれた食い残しの惣菜の山、その山の発する腐臭をそのままに、父娘は住居をあとにした。  「江戸に戻ってくれば、どうせ引っ越す家だ」  と、二人とも思っている。衣食住の三つに、およそ愛着を持ったことのない父娘だ。愛着がないから未練もない。明日は明日の風が吹く。とにかく昨日を忘れ、絵筆一本を握って父娘は生きていく。  小布施の高井鴻山は歓待してくれた。絵を欲しがる人は異常に多かった。北斎だけでなく娘の絵へのニーズ(需要)も高かった。北斎はしばしば、  「オーイ、今度の客もお前だ」  と叫んだ。馴染みのこの里で、二人は大いに栗を楽しんだ。  「先生(北斎)じゃありませんよ。お嬢さんの絵ですよ」  と、注文者がいってくれるのが、お栄には嬉しかった。この地域には何度も来たのだろう。父の絵を持っている家は多かった。しかし注文者は北斎の娘だからというのではない。北斎から離れた評価をしてくれた。  もちろん北斎の方も、次々と画風を変える努力をしているので、新しい作家としてみる好事家もたくさんいる。そういう人たちは父娘二人の絵を欲しがった。北斎は里の人々に、  「いま、わしの絵の相場はイクライクラだ」  などとは決していわない。  「思し召しで結構。何なら栗五粒でもいい」  と告げるから、お栄もそれにならう。 (長屋の連中に持って帰りたい)  ゴミだらけの見捨てた長屋だったが、お栄には懐かしさもあった。それは北斎も同じだったろう。そしてこの里での日々は、父娘にとって得がたい幸福な日々だったに違いない。 【P36-39】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第110回 富山県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー(以下「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 柔軟な働き方や健康経営に取り組み 働くことを望むだれもが働ける職場へ 企業プロフィール トータル・メディカル津沢株式会社(富山県高岡市) ▲創業 2003(平成15)年 ▲業種 社会保険・社会福祉・介護事業 ▲職員数 173人(うち正規職員数63人) (60歳以上男女内訳) 男性(12人)、女性(58人) (年齢内訳) 60〜64歳 33人(19.1%) 65〜69歳 17人(9.8%) 70歳以上 20人(11.6%) ▲定年・継続雇用制度 定年65歳。65歳以降は本人が希望し会社が業務上必要と認めた場合、勤務日数や時間などを相談のうえ継続雇用(年齢上限なし)。最高年齢者は介護職の79歳。  富山県は、本州の中央北部に位置し、富山湾を抱くように東西約90km、南北約76kmと、まとまりのよい地形が特徴です。三方を山岳地帯に囲まれ、3000m級の山々が連なる立山連峰や日本一の深さを誇るV字形の谷黒部峡谷などダイナミックな自然環境に恵まれています。また、世界文化遺産に登録された五箇山(ごかやま)合掌造り集落など、見どころは多彩です。  当機構の富山支部が所在する高岡市には、国の伝統的工芸品として、400年続く高岡銅器、高岡漆器や、県内全体では井波(いなみ)彫刻、庄川挽物木地(しょうがわひきものきじ)、越中和紙、越中福岡の菅笠(すげがさ)の6品目が指定されているほか、歴史と風土につちかわれ、受け継がれてきた工芸品が多数存在します。  富山県の産業構成は、第2次産業の比率が全体の38・3%(2016年度)を占め、全国(同27・2%)と比べて高いことが特徴です。主に、医薬品やアルミニウム関連産業が集積しています。 雇用力評価ツールを活用して  当機構の富山支部高齢・障害者業務課の竹内一郎課長は、「当課では、4月以降、65歳超雇用推進助成金の問合せと申請が急増しています。また、6人の65歳超雇用推進プランナーが企業を訪問し、改正高年齢者雇用安定法に基づいた高齢者雇用に向け、定年年齢・継続雇用年齢の引上げの制度改善の提案を行っていますが、その提案を受けて、見直しを進めたと回答する企業の割合が高いのが特徴となっています。プランナーが積極的に『雇用力評価ツール』を活用していることが有効に働いているといえます」  今回は、同支部のプランナーの一人、藤井正博さんの案内で「トータル・メディカル津沢株式会社」を訪れました。  藤井プランナーは、特定社会保険労務士、行政書士、宅建主任者、危険物取扱者、公害防止管理者など数多くの資格を持ち、プランナー活動においては、その豊富な知見と経験を活かし、各企業の状況に応じて専門的かつ技術的な相談・助言に取り組み、県内の事業主などから信頼を得ています。また、当機構の「高年齢者活躍企業コンテスト」について、訪問先の事業所に対して応募勧奨を行い、支援することにより、好事例を普及していくことにも注力しています。 地域のなかで認知症介護を実践  トータル・メディカル津沢株式会社は、2003(平成15)年に設立され、富山県高岡市と砺波(となみ)市において認知症対応型グループホームや認知症対応型デイサービス、訪問介護や訪問看護ステーションなどの事業を行っています。  事業理念に「尊厳の保持」、「安心と安全」、「地域との共生」を掲げ、地域に根づいた施設となるよう、また、認知症の人々に寄り添う介護を目ざし、地域ニーズに対応した施設を設立し、サービスの提供を順次行ってきました。現在では、6カ所のグループホームをはじめ、デイサービス、有料老人ホームなどを展開しています。  職員数は173人で、このうち160人が介護職・看護職に就いています。 継続雇用の上限年齢は定めず  同社では、2009年に定年を60歳から65歳に引き上げました。人手不足が続く介護業界にあって同社も例外ではなく、なかなか就職先として選択してもらえないなか、同社で働いている職員の高齢化も進んできたことが、定年引上げの背景にありました。一方で、介護業務には高齢者の持つ豊富な経験が必要であると判断し、高齢になっても雇用を継続する必要があると考えました。  65歳の定年後は、本人が希望し、会社が業務上必要と認めた場合、1年契約の契約職員またはパートタイマーとして雇用しています。雇用年齢の上限は定めていません。  この制度を導入してから、定年年齢に達した同社の職員はほとんどの人が継続雇用を希望し働いています。継続雇用の際は、本人と現場の管理者とで面談し、勤務時間や日数、勤務場所などについて一人ひとりの希望をヒアリングし、なるべく希望に沿ったシフトを作成して対応しています。これにより、定年後も無理なく仕事を続けられるうえ、子育てのため時短勤務をしている職員を高齢職員がカバーできるようになり、子育てしやすい職場になるという効果もみられました。  65歳超雇用推進プランナーの活動として、2014年に初めて同社を訪ねた藤井プランナーは、次のように話します。  「先進的に高齢者雇用に取り組まれており、特に支援の必要はないと思いましたが、介護分野においては、民間の株式会社として施設運営・介護サービスを実施していく場合、経営資源(人、物・サービス、金、時間、情報など)を効率よく活用して多種多様なサービスを行わなければ黒字経営はむずかしいという現実があります。それをふまえて雇用労務管理をする観点に立ち、アドバイスを行いました」  具体的には、「他社とは差別化された介護サービス」の提供、高齢者活用による「人(顧客・利用者、職員)に優しい施設」の運営を目ざし、質の高い研修計画などの実施を提案したといいます。  そうしたアドバイスを受けて同社では、高齢者雇用をさらに推進するため、まず、職員の希望に沿える労働条件の改善や産業医による健康診断後のフォローの強化などに取り組みました。その結果、高齢職員から「高齢になり、ちょっとしたことが不安になっていたが、産業医と相談したことで、安心感が出て仕事に対して積極的になった」、「得意な業務をすることで、自信をもって仕事ができている」などの声が聞かれています。  こうしたなかで藤井プランナーは、「平成30年度 高年齢者雇用開発コンテスト(現・高年齢者活躍企業コンテスト)」の応募を支援し、同社は当機構理事長表彰特別賞を受賞しました。  同社の人事業務をになっている土代(どしろ)正治(まさはる)さんは、「受賞は光栄でした。また、応募し受賞したことにより、全国の多様な企業の高齢職員雇用の取組みを知ることができ、大いに参考になっています」とコンテストをふり返ります。  今回は、同社が運営するグループホーム「ひだまり南星(なんせい)」で、ヘルパーとして活躍する高齢職員の方と上司の方にお話を聞きました。 働けること自体にやりがいを感じて  関村弘子さん(78歳)は、認知症の方が穏やかな生活を送れるように職員が支え、医療機関との連携により生活環境や健康面をケアするグループホーム「ひだまり南星」で働いています。69歳のときにパートタイマーとして入社し、同施設に勤務して9年になります。今年5月までは月9回の夜間勤務のみに就いていましたが、負担を少し減らし、現在は月8回の夜間勤務と月2、3回の日中勤務を行っています。  関村さんは、トータル・メディカル津沢に入社する以前にも約6年間の介護業務経験があり、当時、介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を取得して働いていました。しかし、交通事故に遭い、退職。しばらく休養していましたが、体調が戻ったのを機に再び働こうと思い、自宅から通いやすいこの施設で働き始めました。  いま、仕事をするうえで大事にしていることは、「利用者の方に笑っていただける雰囲気をつくること。冗談をいったり、積極的に話しかけたりするようにしています」と関村さん。そして、「利用者の方が笑顔を見せてくれることに、幸せを感じます」と声を弾ませて話します。  さらに、「働けること自体にやりがいを感じ、この歳で働くことができる環境に感謝しています。先日、81歳の男性が介護の仕事をしているという話を聞き、私も元気なかぎり、まずは81歳を目ざして仕事を続けたい、という目標を持ちました」とほがらかに話してくれました。  グループホーム「ひだまり南星」の管理者で、関村さんの上司の田中みどりさん(52歳)は、関村さんの働きぶりについて、次のように話します。  「いつも明るく、利用者の方に楽しそうに話しかけたり、場を盛り上げたりしてくれます。夜間勤務が中心ですが、職員のシフトのやりくりに困っていると、『昼間も出られるときは出ます』といってくれる、頼りになる職員です。関村さんにはいつも、『無理のない働き方で、長く勤務を続けてください』とお願いしています」  また、同社の高齢者雇用の取組みについて、「当施設は特に認知症の方に対応しますので、いろいろな世代や特技などを持つ多様な職員がいることがありがたいですし、私自身も将来、長く現役を続けたいと思っています。管理者としては、職員の希望する勤務時間などに応じてシフトを組むことに苦労もありますが、職員同士でカバーしたり、されたりということが多く、助かっています。幅広い世代がいると考え方などの違いを感じることもありますが、現在の介護にとって大事なことを全員に理解して働いてもらえるよう、伝え方などを工夫し、コミュニケーションを取っています」と語りました。 話し合いながら柔軟に対応する職場へ  同社の人事をになう土代さんは以前、大きな病院の本部に定年まで勤務し、その後も継続して勤め、78歳で退職。その後すぐに、トータル・メディカル津沢から、前職の経験や介護福祉経営士の能力を活かして、介護施設の新事業のマネージメントを打診され、入社しました。  「改正高年齢者雇用安定法の施行にともない、当社においても70歳以上の就労を推進することを決意しました。私が雇用されたのも、この決意の表れだと思います。今後、私が担当する新事業の職場についても、高齢者の採用を積極的に行う方針です」と土代さん。  介護の仕事は、多様な経験が糧になると考え、健康で働きたいと希望する人は年齢に関係なく採用したいとのことです。  「仕事をするにあたっては、勤務条件の希望を聞き、話し合いながら柔軟に対応していく職場づくりに努めています。意思疎通を図ることで、『この時間なら働けるという友人がいます』といって友人や知人を誘ってくれることがあります。そうして、ワークシェアできる環境づくりも進めていきたいですね。また、熱心な産業医と連携し、健康経営にも取り組み始めたところです」(土代さん)  将来的に、定年年齢の引上げ、または定年制度の廃止を視野に入れている同社。最後に土代さんは、SDGs(持続可能な開発目標)の「誰ひとり取り残さない」という誓いを同社でも取り入れ、「職員、利用者、地域社会の『すべての人に健康と福祉の提供』と『住み慣れた安心安全なまちづくり』を目ざします」と話してくれました。 (取材・増山美智子) 藤井正博プランナー(68歳) アドバイザー・プランナー歴:8年 [藤井プランナーから] 「プランナーの事業所訪問活動では、企業活動が円滑に発展していけるように支援することを心がけています。そのために可能なかぎり、その企業について情報を収集して訪問するように努めています。訪問時にはヒアリングにより、事前に収集した情報の再確認と経営理念や経営方針もお聞きし、客観的に見た『雇用環境の現状と今後の変化(コロナ禍後を見据えて)』や『生涯現役(就業)』について、また、雇用管理などについてご理解いただけるよう努力しています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆富山支部の竹内一郎課長は、藤井プランナーの活躍について次のように話します。「社会保険労務士や行政書士の資格を持ち、賃金・退職金管理、教育訓練・能力開発、人事労務管理などで豊富な経験を活かした活動を行っています。2020年度には企業へのアプローチを68件行いました。相談・助言活動をはじめ、高年齢者活躍企業コンテストにも積極的にかかわるなど、企業に寄り添った活動で、厚い信頼を得ています」 ◆富山支部は、JR高岡駅でバスに乗り換え、富大高岡キャンパスバス停から徒歩約2分。富山職業能力開発促進センター内にあります。 ◆同課には、6人の65歳超雇用推進プランナーが在籍し、2020年度は433件にアプローチし、79件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●富山支部高齢・障害者業務課 住所:富山県高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 電話:0766(26)1881 写真のキャプション 富山県高岡市 同社が運営するグループホームの一つ、「ひだまり街なか」 人事を担当する土代正治さん グループホーム「ひだまり南星」で、利用者の方の生活を支えている関村弘子さん 【P40-43】 高齢社員のための安全職場づくり ―エイジフレンドリーな職場をつくる― 労働安全衛生総合研究所 高木元也  生涯現役時代を迎え、60歳、65歳を超えて、より長く活躍してもらうためには、企業が職場における安心・安全を確保し、高齢社員が働きやすい職場環境を整えることが欠かせません。本連載では、高齢者の特性を考慮したエイジフレンドリー≠ネ職場の実現方法について、職場の安全管理に詳しい高木元也先生が解説します。 第8回 腰痛災害の防止@ 1 はじめに  高齢者に多い職場の労働災害として、これまで、転倒災害、熱中症災害を紹介してきましたが、今回は「腰痛災害」を取り上げます。高齢者は、筋力の低下により重量物を持ち上げるときの負担が大きく、また、柔軟性の低下により無理な体勢を取りやすく、腰痛リスクが高まります。本稿では、腰痛災害の実態、腰痛の原因などを紹介し、どうすれば腰痛を防ぐことができるのかを2回にわけて解説します。 2 腰痛とは  腰痛には、ぎっくり腰、椎間板ヘルニアなどがあり、腰の痛みだけに留まらず、臀部(でんぶ)から大腿後面・外側面、膝関節を越え、下腿の内側・外側から足背部・足底部にわたり、痛み、しびれが広がるものもあります。 3 業務上疾病の6割近くは腰痛  職場で働いているときにかかる疾病、いわゆる業務上疾病(2018年疾病者数8684人)のうち、災害性腰痛(同疾病者数5132人)は6割近くを占めています(図表1)。 4 業種別の腰痛発生状況  業種別に腰痛の発生状況をみると、保健衛生業(社会福祉施設、医療保健業等)が30・5%と最も多く、次いで、商業・金融・広告業の17・3%、製造業の14・8%の順になっています(図表2)。また近年、社会福祉施設での腰痛の増加が顕著です(図表3)。 5 年齢階層別にみた腰痛発生状況  平成28年の国民生活基礎調査によれば、「腰が痛い」と訴える人は年齢を重ねるにつれ多くなり、65〜69歳でピークを迎えます(図表4) 6 腰痛災害事例  次頁の通り、高齢者の腰痛災害はさまざまな業種で発生しています。重い物を持ち上げたとき、人を抱え上げたとき、中腰、前かがみ、ひねりなどの無理な姿勢をとったときなどで腰痛になっています。 腰痛災害事例 製造業 事例1 荷物が入った箱を持ち上げようと、前のめりぎみに箱を持ち上げたところ、腰を痛めた。 事例2 パレットに積まれた25kgの袋を移動させるため、パレットの一番奥にあった1袋を引っ張ったとき、腰に痛みが走った。 病院・社会福祉施設 事例3 患者のおむつ交換で、患者の身体を自分の方に寄せたときに腰を痛めた。 事例4 浴室で、職員2人で利用者を湯船から上げようと、1人は利用者の前方に立ち足を持ち、被災者は後方から身体を抱え上げようとしたが、その際、腰を痛めた。 運送業 事例5 トラック荷台で作業中、中腰で物を取ろうとしたとき、腰を痛めた。 事例6 トラックの後方扉を開けたところ荷物が落下し、それを取ろうと身体を曲げたとき、腰を痛めた。 小売業 事例7 バナナ20kgをカゴ車から下ろす作業を45分ほど行った後、カット野菜を箱から出し、中腰で腰をひねりながら並べていたところ、腰から左臀(さでん)部、左ひざを痛めた。 事例8 レジ作業中に扇風機を倒してしまい、起こそうと不自然な体勢をとり腰をひねった。 7 腰痛の発生要因  厚生労働省「職場における腰痛予防指針」によると、以下のように腰痛の発生要因には、さまざまなものがあります。 @動作要因 (a)重量物の取扱い ・重量物の持上げ、運搬などで、腰に強度の負荷を受ける (b)人力による抱上げ作業 ・介護・看護作業など、人力による人の抱上げ作業で腰に大きな負荷を受ける (c)長時間の静的作業姿勢(拘束姿勢) ・立位、椅座位など、静的な作業姿勢を長時間とる (d)不自然な姿勢 ・前屈(おじぎ姿勢)、ひねり、後屈ねん転(うっちゃり姿勢)など、無理な姿勢をしばしばとる(A環境要因により無理な姿勢を強いられることもある) (e)急激または不用意な動作 ・急に物を持ち上げるなど、急激または不用意な動作をする(予期せぬ負荷が腰にかかれば腰筋などの収縮が遅れ、それにより身体が大きく動揺し腰椎に負担がかかる) A環境要因 (a)振動 ・車両系建設機械などの操作・運転時の振動(著しく粗大な振動) ・車両運転などによる長時間振動 (b)気温、湿度 ・寒冷な作業環境(血管収縮が生じ筋肉が緊張することにより、十分な血流が保たれず筋収縮および反射が高まる) ・多湿な作業環境(湿度が高く発汗が妨げられると疲労しやすく、心理的負担が大きくなる) (c)床面の状態 ・滑りやすい床面、段差など(床面、階段でスリップ、または転倒すると、瞬間的に腰に過大な負荷がかかる) (d)職場の明るさ ・暗い場所での作業(足元の安全確認が不十分な状況では転倒などのリスクが高まる) (e)作業空間・設備の配置 ・狭く乱雑な作業空間、作業台等の不適切な配置(作業空間が狭く、配置が不適切で整っていないと無理な姿勢につながる) (f)勤務条件等 ・小休止や仮眠が取りにくい、長時間労働、施設・設備が上手く使えない、一人勤務が多い、教育・訓練が十分に受けられない(強い精神的な緊張度を強いられ、C心理・社会的要因が生じる) B個人的要因 (a)年齢差・性差 ・年齢差(高齢者の筋力低下)や性差(一般的に、女性は男性よりも筋肉量が少なく体重も軽く、作業負担が大きい) (b)体格 ・体格と作業台の高さが合っていないなど (c)身体能力差 ・握力、腹筋力、バランス感覚等の違い (d)既往症、基礎疾患の有無 ・椎間板ヘルニアなど、腰痛の既往症、血管性疾患、婦人科疾患、泌尿器系疾患などの基礎疾患 C心理・社会的要因 ・仕事への満足感や働きがいが得にくい、上司や同僚からの支援不足、職場での対人トラブルなどにより、また、労働者の能力と適性に応じた職務内容となっておらず、過度な長時間労働、過重な疲労、心理的負荷、責任等が生じ、このことで腰痛になる  このように、腰痛には作業内容や職場環境など、さまざな要因があります。次号では、事業者に求められる各種腰痛対策について解説します。 ※ 前回までの内容は、当機構ホームページでご覧になれます。 エルダー 高齢社員のための安全職場づくり 検索 図表1 疾病分類別 業務上疾病者数 負傷に起因する疾病(災害性腰痛等)※うち災害性腰痛5016人 5937人 物理的因子による疾病(熱中症等) 1437人 作業態様に起因する疾病(重激業務による運動器疾患等) 457人 化学物質による疾病(がんを除く) 263人 脳血管疾患・心臓疾患等 48人 強い心理的負荷をともなう業務による精神障害 76人 その他 466人 出典:厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(平成30年)」 図表2 業種別 腰痛発生状況 保健衛生業 1537人(30%) 商業・金融・広告業 870人(17%) 製造業 745人(15%) 運輸交通業 738人(15%) 接客・娯楽業 252人(5%) 建設業 172人(3%) その他 729人(14%) 出典:厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(平成30年)」 図表3 保健衛生業における腰痛災害発生状況の推移 保健衛生業 うち社会福祉施設 出典:厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(平成30 年)」 図表4 腰が痛いと訴える人数 ※熊本県は除いたもの ※下記の人数には、入院者は含まない 出典:厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」 【P44-47】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第39回 65歳以降の継続雇用と法制度、ハラスメント防止措置 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 65歳以降の継続雇用と法律の関係について知りたい  65歳定年制を採用しているところ、定年以降の雇用継続を求められているのですが、応じなければならないのでしょうか。高年齢者雇用安定法の改正の影響はあるのでしょうか。 A  高年齢者雇用安定法の改正により65歳から70歳までの雇用または就業機会の確保が努力義務となりました。65歳を超える雇用制度の実現に向けて取り組む努力が求められます。なお、労働契約法により雇止めが違法となり、結果として雇用継続が必要となる可能性はあります。 1 高年齢者雇用安定法の改正について  2020(令和2)年3月31日、「雇用保険法等の一部を改正する法律」が公布されたことにともない、高年齢者雇用安定法(以下、「高年法」)の一部が改正され、2021年4月1日から施行されました。これまで「65歳」までの雇用確保が義務化されていたところ、改正法では「70歳」までの就業機会の確保が目標とされています。65歳までは「雇用」を確保していたことに比べて、70歳までの「就業機会」の確保に変更されている点が相違点となっています。  70歳までの就業機会の確保のために、以下のような「就業確保措置」が努力義務とされました(改正高年法第10条の2第1項・2項)。 @70歳までの定年の引き上げ A定年制の廃止 B70歳までの継続雇用制度の導入 C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入 (ア)事業主が自ら実施する社会貢献活動 (イ)事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業  65歳以上の継続雇用制度を導入する場合、改正高年法においては、努力義務にとどめられていることから、対象者の基準を設けることも可能と考えられています。  基本的な考え方としては、労使の協議に委ねられており、過半数労働組合等の同意を得て基準を設定することが望ましいとされています(「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」令和2年厚生労働省告示第351号)。 2 70歳までの就業機会確保の努力義務について  65歳から70歳までの就業機会の確保については、制度実現に向けた努力を尽くす必要があります。また、努力義務であるからといって、65歳以降の継続雇用がいつでも終了できるというわけではなく、労働契約法との関係で雇止めが許容されない場合もありますので、注意が必要です。  最近の裁判例ですが、65歳定年制を採用している大学において、雇入れ時の説明時に、定年が70歳であると伝えており、定年退職後に適用される再雇用規程や内規などに1年ごとの更新にて、最大で満70歳まで更新する旨定められていた事案において、65歳以降の継続雇用が争いになりました(奈良地裁令和2年7月21日判決)。  高年法の定める努力義務と一見相違する争点であると感じられるかもしれませんが、このような結論を導いているのは労働契約法19条の適用が問題となっているからであり、高年法自体の法的な効果ではありません。  労働契約法19条は、一定の事由が存在するときには、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないかぎりは、契約満了を理由として労働契約を終了させることはできず、従前と同様の内容で労働契約を成立させる効果を有しています。一定の事由とは、@期間の定めのない契約と社会通念上同視できるとき、または、A更新されるものと期待することについて合理的な理由があるときのいずれかに該当することを意味しています。この規定が適用されるのは定年までに限定されているわけではなく、定年後の再雇用などにおいても適用されることがあります。  同裁判例では、就業規則上の定年は65歳とされていましたが、当初の労働契約の成立時においては定年が70歳である旨の説明がなされており、その認識を払拭することなく、65歳の定年退職後に有期労働契約が締結され、その後も更新されていたことなどから、更新を期待する合理的な理由があるものと判断されており、雇止めには、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が必要と判断されています。  このような判断がなされれば、たとえ、65歳を超えていた場合であっても、70歳までの雇用の期待を理由として、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性がないかぎりは、雇用を継続する義務が生じることになります。  ほかにも、社会福祉法人の施設長という管理職としての立場の事例でも、定年後の雇用延長が争点になったものがあります(東京地裁立川支部令和2年3月13日判決)。  事案の概要は、以下の通りです。就業規則において、65歳定年制を採用しつつ、例外的に法人が必要と認める場合に延長することができると定められていました。65歳の定年を超えて勤務を継続していたところ、理事会により今後の雇用継続についての承認が得られなかったことから、雇用契約の終了が争いになりました。  裁判所は、法人が必要と認める場合に延長する例外規定であることから、理事会による決議が条件となると判断しつつ、承認の手続きが行われないまま雇用が継続されていたことから雇用契約が黙示の更新がなされ、雇用契約を終了させるためには解雇の意思表示や解約の申し入れが必要であると判断されました。  たとえ、定年後における再雇用が制度化されていない場合であっても、定年後の再雇用における説明の内容、定年後における継続雇用の実績、更新に必要な手続きや審査の履践(形骸化していないか)などの状況に応じて、定年後の再雇用が実質的には義務づけられることもありますので、有期労働契約の更新時と同様に、定年後再雇用においてもていねいな手続きや説明を心がける必要があるでしょう。 Q2 パワーハラスメントと判断される行為とはどのようなものですか  労働施策総合推進法の改正にともないハラスメント防止措置を準備したものの、ハラスメントに該当するか否かの判断がむずかしく、苦慮しています。参考になる情報はあるのでしょうか。 A  厚生労働省のガイドラインにおいて、該当例と非該当例が紹介されています。裁判例の傾向なども参考になるのでご紹介します。 1 ハラスメント防止措置について  「労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」の改正により、ハラスメント防止措置が義務化されました。典型的には、通報窓口の設置などにより、ハラスメントの把握を早め、発生を予防することが求められているところですが、通報を受けた後は、調査や対処が必要になります。  調査や対処を実際に行うにあたっては、どのような行為がパワーハラスメントに該当するのかという基本的な知識を有していなければ、法律においても求められている迅速かつ適切な対応ができないことにもなりかねません。 2 ハラスメント該当の判断について  同法においては、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」が禁止されており、この内容がいわゆるパワーハラスメントの定義に該当するといえるでしょう。とはいえ、この表現だけでは具体的な対応のポイントを把握することはむずかしいかもしれません。  重要である要素としては、「必要性」と「相当性」の二つであり、これらを的確に判断することが、パワーハラスメント対応への第一歩になると思います。  わかりやすく説明するために、「必要性」という言葉を置き換えれば、ハラスメントに該当しかねない行為を「なぜ」行ったのかという理由のことをさしています。また、「相当性」という言葉は、その行為の「手段」や「方法」、「程度」をさしています。違法なパワーハラスメントに該当するか否かについては、この「必要性」と「相当性」のバランスを考慮して、必要性が高ければ取りうる手段や方法の選択肢が広くなり、必要性が低いのであれば取りうる手段や方法の選択肢も狭くなるといえます。  この判断と、厚生労働省が整理している6類型を照らし合わせてみることも重要です。6類型とは以下のような分類です。 @身体的な攻撃 A精神的な攻撃 B人間関係からの切り離し C過大な要求 D過小な要求 E個の侵害  @身体的な攻撃の必要性は、ほとんどの場合において認められず、違法なパワーハラスメントに該当する可能性が高いといえるでしょう。一方で、警備業務の訓練や実習などもあることから、身体的な攻撃だからといって必要性がまったく認められないわけではありませんが、特殊な事情が必要であると理解しておくことが重要です。厚生労働省のガイドラインにおいて非該当例とされているのも「誤ってぶつかる」のみです。  A精神的な攻撃には、さまざまな言動が含まれるため、身体的な攻撃ほど単純ではありません。なぜその言動を行う必要があったのかという事情をふまえて判断することが重要です。例えば、遅刻などのルール違反を再三注意しても改善されないときに一定程度強く注意することは許容されると整理されています。  B人間関係からの切り離しは、わかりやすくいえば職場内での「いじめ」です。無視や冷笑などの態度などが典型例でしょう。身体的な攻撃と同様、必要性が認められにくい類型といえます。新規採用労働者の研修を目的として、別室で教育を実施することなどは、研修などの目的が明確であることから該当しないと整理されています。  C過大な要求やD過小な要求は、業務における指示や命令等を含むため、必要性の程度については具体的に検討する必要があります。育成や能力に応じて業務量を調整することは、該当しないと考えられています。  E個の侵害とは、プライバシー侵害といえばイメージしやすいかもしれません。こちらも必要性が認められにくい類型といえます。労働者への配慮を目的とした家族状況のヒアリングや病歴なども本人の同意を得て業務上の配慮のために情報を取得することは許容されていますが、基本的には本人の了解を得て行うことを求められることが多いでしょう。 3 近時の裁判例について  ハラスメントに関する最近の裁判例としては以下のようなものがあります。  例えば、次期社長候補である取締役が、労働者に対し、繁忙期における休暇取得と誤信して激しい剣幕で怒鳴りつけ、労働者が休暇を返上せざるを得なくなったほか、業務改善を目的として休日に呼び出したうえ、感情的で厳しい口調で改善点をまとめた文書を部下の面前で読み上げたという事例において、そのほかの過重労働と相まって、これらの言動が原因で精神疾患を発症したものと肯定しました(高知地裁令和2年2月28日判決及び高松高裁令和2年12月24日判決)。  この事例は、激しい剣幕での怒声や感情的な指導といった精神的攻撃に加えて、休日に呼び出すという義務にないことを要求するという意味で過大要求に該当する行為が重なった事案といえるでしょう。また、部下の面前において行われたことも相当性を欠く結論に至る考慮要素になったものと考えられます。裁判所の認定においても、一般論としては、業務改善などを目的とした業務上の指導の必要性を肯定していますが、それを緊急性がないにもかかわらず休日に行うことや感情的ないい方をすることなどの相当性を否定することで、精神疾患を引き起こすようなパワーハラスメントであると評価しています。  精神的攻撃において、基本的に悪質性が高いと評価されやすいのは、人格を非難するような言動や感情的な言動によって行われるケースです。これらの言動は「必要性」が低く、相当なものと許容されにくいでしょう。  そのほか、決意書と題する目標設定を自身で行うよう求められたうえ、年始には抱負書と題する書面も提出するよう求められ、遂行不可能なノルマ達成を求められ続けた結果、精神疾患を発症したとして損害賠償を請求した事案があります。この事案においては、決意書や抱負書の記載内容からは強制的に記載を求められた要素が見受けられず、訪問すべき顧客の数値を指示されていたとしても、営業業務として達成が困難な程度のノルマないし業務量を課したものとはいえないとして、業務の割り当てに関して違法であると評価しませんでした(東京地裁令和元年10月29日)。  過大要求の一種といえますが、業務内容の必要性と相当性の判断において、少なくとも必要性がまったくないような状況は想定し難く、その相当性が問題になることが多いでしょう。  厚生労働省が整理した6類型を把握するのみではなく、類型ごとにみられる必要性や相当性の傾向も知ることで、ハラスメント該当性の判断や調査時にヒアリングすべき事項の整理にも役立つものと思われます。 【P48-49】 生涯現役で働きたい人のための NPO法人活動事例  高年齢者雇用安定法が改正され、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となるなど、生涯現役時代を迎え、就業期間の長期化が進んでいます。一方で、60歳や65歳を一区切りとし、社会貢献、あるいは自身の趣味や特技を活かした仕事に転身を考える高齢者は少なくありません。そこで本企画では、高齢者に就労の場を提供しているNPO法人を取材し、企業への雇用≠ノこだわらない高齢者の働き方を紹介します。 第3回 NPO法人シニア大樂(だいがく) (東京都千代田区) シニアの講演デビュー≠後押し  NPO法人シニア大樂は、2003(平成15)年4月、シニアの社会参加を支援することを目的に、現理事長である藤井敬三さんら10人のシニアライフアドバイザーで発足した。シニアライフアドバイザーは、財団法人シニアルネサンス財団が認定し、中高年齢者の生活全般にわたる支援をするための資格だ。シニア大樂の発足当時、藤井理事長は40年近く勤めた大手広告代理店を退職した直後で、シニアライフアドバイザー養成講座の同期仲間と一念発起して立ち上げた。  シニア大樂ではさまざまな活動を行っているが、その中心となっているのが「講師紹介センター」である。主にシニアを講師として登録し、それぞれが現役時代に蓄えた豊かな知識や経験、あるいは趣味を活かし、講演活動が行えるよう、自治体や企業などが主催する講演会やセミナーに紹介し、派遣する事業だ。  登録されている講師の人数は、現在350人。平均年齢は71.2歳。対応する講演テーマは、「高齢社会・くらし」、「心とからだ」、「生き方、わが人生」、「教育、家庭、衣食住、資格」といった身近な話題から、人生を彩る「趣味、芸術、文化、生涯学習」、「レジャー、スポーツ、旅行」、「エンターテインメント、演芸、司会」、さらには、「ビジネス、研修」と幅広い。講師陣には多彩な経験や才能の持ち主が揃っており、国際線のパイロットや新聞記者、ホテルマン、落語家、アナウンサーなど、そのジャンルは十人十色。現役時代の体験や長年の経験に基づいた講演を行い、主催者や聴講者から好評を得ている。  シニア大樂は2021(令和3)年で発足18年目を迎えているが、これまでの講師紹介実績は約2900回。派遣先は、自治体の生涯学習や市民講座、団体や企業の研修などである。 講演料がシニア講師の収入に  シニアが講師として登録するには、所定の登録申込書(主な職歴、所属団体、取得資格、登録希望の講演タイトルなどを記載)と400字以内の小論文を講師紹介センターに送る。小論文の課題は、「私の自己PR」または「私が話したいこと」から一つを選ぶ。これらの内容を、講師紹介センター事務局で確認のうえ、登録を承認する。申込みをしてくるのは「講演活動をしたい」という意思のある人たちなので、小論文の内容も水準に達しており、ほとんどの申込みに対し、登録を承認している。  講師登録は2年ごとに更新し、登録された講師は、更新時に基本登録料2000円(2年分)を事務局に納める。登録された講師は、事務局が2年ごとに作成する「講師リスト」に掲載され、このリストは首都圏を中心とした自治体や公民館、企業、団体など、講師派遣の依頼が予測されるところに配布されるほか、シニア大樂のホームページでも公開される。  また、講師紹介センターでは、自治体の市民講座などの担当者へのプレゼンテーションとして、「成功する市民講座・企画立案と講師の選び方」講座を開催し、人気講師十数人によるショート講演を行うなどして、受注開拓に注力している。  講師派遣を依頼する場合は、まず講師紹介センターに相談する。その内容を同センターが登録講師へ連絡。講師が決定すると、以降の詳しい打合わせは依頼者と講師とで直接行い、講演料も講師が依頼者から直接受け取る。講師紹介料は無料だが、講師は講師料を受領後、その10%を紹介事務費としてシニア大樂に納める。 仲間と高め合うことも楽しみに  シニア大樂の講師が依頼者や受講者から人気を得ているのは、講演内容の質の高さにある。  「依頼者からよく、『話のおもしろい講師を』といわれます。そこで、講師のための話し方講習会を毎月開催し、スキルアップを図っています」と藤井理事長。自身も講師として登録しており、この講習会で学んでいる。  講師のための講習会は、専門講師による話し方指導と人気講師による20分間の講演で学んだ後、受講者が3分間スピーチを行いスキルを磨く内容だ。コロナ禍により毎月の開催が困難となっているが、この講習会はすでに200回を超えている。何度も参加する講師が多く、その理由について、講師であり副理事長の長嶋秀治(ひではる)さんは、「勉強しながら、ほかの講師の面白い話を聞くことができ、懇親会で仲間が増える楽しみもあるからです」と明かしてくれた。また、同じく講師で副理事長の平井幸雄(たかお)さんは、「全国各地から呼んでもらって話をし、みなさんに楽しんでいただけることにやりがいを感じています。いろいろな出会いがあることもうれしいことです」と講師として活動する喜びを笑顔で話す。  藤井理事長は、「講師として話をするためには、得意分野であってもしっかり勉強し直すことが大切です。それを1人ではなく仲間と一緒に行い、刺激し合い、高め合うことも楽しいのです」と講師としての活動の魅力を語る。  シニア大樂の活動はほかにも、「シニアにもっと笑いを」をテーマに、ユーモアスピーチの会、ユーモアシニア川柳サロン、脳トレ・発明サロン、小ばなし・落語入門サロン、全国シニア社会人落語会などを開催している。  現在、同法人の本部は30人。「本部の活動は報酬ゼロですが、好きな分野で活躍して楽しんでいます」(藤井理事長)。それぞれが得意な分野で役に立つことで、運営が継続されている。  ただいま、「60代、70代の登録講師を大募集中」とのこと。今後は、講師デビューを応援する講座の開催数を増やしていく考えだ。また、シニアの地域活動を応援する場へ講師を派遣していく取組みにも力を入れていく。 写真のキャプション NPO法人シニア大樂の藤井敬三理事長(中央)、平井幸雄副理事長(左)、長嶋秀治副理事長(右) 【P50-51】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第15回 「ジョブ・カード」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、ジョブ・カードについて取り上げます。名称を聞いたことがない、内容をよく知らないという方もいるかと思いますが、政府の掲げる戦略や雇用政策とのかかわりが深く、普及・促進にかなりの力が入れられている制度です。 ジョブ・カードの目的と活用  ジョブ・カードについては、厚生労働省が運営している「ジョブ・カード制度 総合サイト」に概要・活用法から活用支援ツールまでまとめられています。そこではジョブ・カードについて、「『生涯を通じたキャリア・プランニング』及び『職業能力の証明』の機能を担うツール」と定義されています。前者は自身の職業経験、強みや志向を棚卸しすることでキャリアを考えることの支援をする、後者は学習・訓練歴や職務経験などの情報を蓄積することで職業能力を見える化することを目的としています。まとめると、ジョブ・カードとは、キャリアを自身で考え他者に証明するための支援ツールといえます。  活用法についてみていきます。まずは、指定された様式(カード)に自身の情報を記入・蓄積していきます。様式はキャリアプラン・職務経歴・職業能力証明(免許・資格)・職業能力証明(学習歴・訓練歴)・職業能力証明(訓練成果・実務成果)・職務経歴書(ジョブ・カード標準様式)といった複数に分かれています。これらのシートは在職者用・求職者用・学生用に大別されます。次に、記入した情報をもとに、職業選択や中長期のキャリア形成、それを実現するための教育訓練に関するアドバイスを受けるキャリアコンサルティングにより自身のキャリアに対する考えを深めていきます。また、記入された様式を加工し履歴書の付属資料として採用を希望する企業に提出することで、企業側が採用したい経験やスキルなどを有しているかを判断する材料としていきます。  企業にもジョブ・カードの導入が推奨されています。在職者に対しても自身の経歴やスキルなどの棚卸しをし、キャリアコンサルティングを受けてもらうことで、計画的な教育訓練を実施しやすくなり、社員の仕事に対するモチベーションの向上、離職者の減少などが効果として期待できるからです。 ジョブ・カードと政府の戦略・労働政策とのかかわり  ジョブ・カードの活用促進には、政府や厚生労働省がかなりの力を入れています。キャリア形成という本来は個人の課題に対して、公的機関が強く支援することを疑問に思われるかもしれませんが、成長戦略や雇用政策とのかかわりといった観点からみると理解できるかと思います。図表は2018(平成30)年に開催された「第7回 ジョブ・カード制度推進会議」の参考資料の抜粋で、ジョブ・カード関連制度についてまとめています。2008年を起点とし、このころ社会問題として顕在化していた非正規労働者やフリーターなど職業能力形成の機会に恵まれない人に対する救済策≠ニしてジョブ・カード制度は創設されました。  2011年には政府の新成長戦略のもと、少子高齢化による労働力人口減少への対応策として「若者・女性・高齢者など潜在的な能力を有する人々の労働市場への参加を促進」がうたわれ、その推進策の一環としてジョブ・カードが位置づけられ、2020年までにジョブ・カード取得者300万人が目標として設定されました。  2014年の「日本再興戦略」改定2014によりジョブ・カードが「学生段階から職業生活を通じて活用し、自身の職務や実績・経験、能力等の明確化を図る」ものとされ、2015年には新ジョブ・カードとしてコンセプト・仕様ともに現在のものに見直しが図られています。従来の救済策≠ゥら現在のキャリア・プランニングと職業能力の証明に重きが置かれた背景には、有効求人倍率を含めた雇用環境が改善される一方で、人生100年時代の長い職業人生に代表されるキャリア・プランニングの重要性や生産性向上に向けた職業能力と職務のマッチングなど、雇用や労働に関する課題が変化したことがあげられます。  しかし、ジョブ・カードの普及に関しては十分ではない状況です。広報活動関連施策や助成金を導入するなど普及に努めてきましたが、目標300万人に対して、2019年8月末時点で228万人(「キャリア形成支援策としてのキャリアコンサルティングについて」資料)といわれ目標達成には遠い状況にあります。 高齢者雇用とジョブ・カード  高齢者雇用とジョブ・カードには深いかかわりがあります。高年齢者雇用安定法により解雇などで離職が予定されている高年齢者など(45歳以上65歳未満)が希望する際には円滑な再就職活動を行えるように、本人の職務経歴や職業能力などの情報を記載した求職活動支援書を作成・交付しなければならないとされています。記載されたジョブ・カードに再就職援助措置関係シートをつけることで求職活動支援書として活用することができます。  また、同一の会社に定年退職後も再雇用される場合や、積極的に別の会社での再就職活動をする際にもジョブ・カードは有効です。本人が定年後の職業人生においてやりたいことを描き、それを実行するための能力を証明する助けとなります。一方企業側では、再雇用や業務付与や採用について詳細な根拠をもって行うことができ、能力のミスマッチを防ぐことができます。普及に遅れがみられるジョブ・カードですが、高齢者雇用におけるメリットはより打ち出してもよいのではないかと筆者は考えています。 ☆  ☆  次回は「役員」について取り上げる予定です。 図表 ジョブ・カード推進に関する制度・施策 2008年 ジョブ・カード制度創設・職業能力形成プログラム策定・全国推進基本計画策定 2010年 新成長戦略 2011年 「ジョブ・カード制度新全国推進基本計画」策定 2012年 職業能力形成プログラムに公共職業訓練・求職者支援訓練を追加 2013年 キャリアアップ助成金創設 2014年 専門実践教育訓練創設 2015年 企業内人材育成推進助成金創設・新ジョブ・カード制度に移行 2016年 中高年齢者雇用型訓練創設・職業能力形成プログラムに追加 2018年 ジョブ・カード様式の改正 出典:第7回ジョブ・カード制度推進会議の資料を基に筆者作成 【P52-55】 Report 意欲あふれる高齢者のはつらつ人生を応援 公益社団法人福岡県高齢者能力活用センター(はつ・らつ・コミュニティ)  公益社団法人福岡県高齢者能力活用センターでは、自治体や関連機関と連携し、就労を希望するシニアと企業のマッチングをはじめ、さまざまな活動を通してシニアの就労を支援している。今回は、同センターの取組み内容とともに、同センターを通じてシニアを雇用している企業、実際に働いているシニアの声をレポートする。 シニアの就労支援を目ざしてセンター設立  公益社団法人福岡県高齢者能力活用センター(以下、「センター」)「はつ・らつ・コミュニティ」(貫(ぬき)正義(まさよし)会長、小早川(こばやかわ)明徳(あきのり)理事長)は、地元の経済界が中心になり、県や北九州市、福岡市の行政機関参画のもと、1996(平成8)年に社団法人として産声を上げた。以来、おおむね60歳以上のシニアと企業との出会いの場を創出する人材派遣事業および職業紹介事業を進めている。また、関連団体と連携して、就業を希望するシニアに対して各種セミナーを開催するなど、さまざまな支援メニューを提供している。センターの権現(ごんげん)昭二専務理事は、活動の特徴を次のように話す。  「シニアのライフスタイルに合った職種、就業場所、勤務時間などの希望をふまえて、センターで企業とのマッチングをしています。  私たちが紹介する仕事は、センター設立に賛同された会員企業からの要請であるため、シニアへの理解があり安心して働けることが大きなポイントです。今年5月現在の登録者数は9369人で、平均年齢は70.55歳。派遣者の人数は833人となっており、派遣者の割合を高めていくことがこれからの課題です。  『はつ・らつ・コミュニティ』という愛称も少しずつ周知されるようになりましたが、センターの存在をもっと広く知っていただくための取組みを創意・工夫しているところです」 豊かな経験とスキルを持つシニア  「はつ・らつ・コミュニティ」は福岡市に事務局職員20人(うち営業10人)と周年事業担当3人が在籍しているほか、営業部隊として「はつ・らつ・コミュニティ北九州」に9人、筑後地域を担当する「はつ・らつ・コミュニティ久留米」に4人の総勢36人の陣容で運営されている。三つの拠点があることから福岡県内を広くカバーしているところに、センターの強みがある。  「少子高齢化が急速に進むなかで、シニアが持つ豊かな経験と技術がいまほど求められているときはありません。センターでは、豊かな経験と技術や知識を持つシニアがサービス分野や事務分野をはじめさまざまな分野で活躍しています。簿記や宅地建物取引主任、建築士、電気工事士などの有資格者も多数登録しており、会員企業からは高い関心が寄せられています。センターでは人材派遣と職業紹介を行っていますが、いずれも人生経験豊かなアドバイザーが、一人ひとりに合った仕事を一緒に探します。アドバイザー自身、センターの仕事がセカンドライフという人も多く、利用者の願いに寄り添ったマッチングが実現できます」と権現専務理事の言葉に熱がこもる。 福岡から時代を先駆ける  センターは福岡商工会議所ビルの1階にあり、今年の3月には同じフロアにシニアハーローワークが開設されたことで、両者の連携も生まれている。センターではハローワークから情報を提供してもらうだけではなく、毎月1日、求人状況一覧を作成してハローワークなどの関連機関に配布している。  権現専務理事は、「ハローワークの募集要項で年齢不問とあっても、実際はシニア不可というような場合もあります。そういうときは60歳以上の就労を支援する当センターを紹介していただくことがあります。  また、博多駅前にある福岡県70歳現役応援センターには毎週水曜日に出かけ、窓口で来訪者への声がけをさせてもらっています。このほか、産業雇用安定センターや福岡市シルバー人材センターとも連携を図っています。この五つの機関が協力して『活き生きセミナー』を開催しており、関係団体が総力をあげてシニア就労を応援する福岡モデルが確立しつつあります」と、力強く話してくれた。  今年10月には、設立25周年を迎える福岡県高齢者能力活用センター。8月28日には、25周年記念式典の開催が予定されており、ますますのシニア就労の機運の高まりも期待される。地域社会にシニアの就業機会を提供することは、県内企業の人材確保の役割を果たすことにもつながる。  シニアが「支えられる側」から「支える側」へ移行できる社会の実現という大きな希望に向かって、「はつ・らつ・コミュニティ」の挑戦は続く。 シニア人材活用企業の声@ シニアの知識・経験がお客さまの信頼につながる  20代で鳥飼(とりかい)ハウジングの社長に就任した原田光代さん。出産や子育てなど人生の節目を経て、地域に根ざした不動産業務を展開している。同社では現在、センターの紹介により、6人のシニアが就業。賃貸契約書類のチェックや更新、お客さま対応など、現場の戦力として活躍している。  「地域で中小企業の集まりがあり、そこでセンターのことを知ったことがきっかけとなり、当社も会員になりました。現在、本社で就業しているシニアの方は、銀行での勤務経験があり、テキパキした対応に、お客さまはもちろん社内の同僚の信頼も厚いです。不動産業はやはり信用が第一ですから、シニアの方の存在は大きく、日々感謝しています。ご縁があって、センターが主催している『シニア就業希望者セミナー』で講演したとき、『シニアにしかない力』という言葉を何度も使いました。これはシニアの方々の働きぶりに日々触れたことで実感したことです。  シニアの人たちの責任感と道徳観、経験に裏打ちされた所作や言葉にはただ脱帽するしかありません。これからもシニアの方が働き活躍できる場所として、環境を整備していきたいと思っています」と、原田社長は話す。  シニア人材と日々接しており、採用と管理を担当する松村隆寛係長は、シニア人材について次のように話してくれた。  「私は派遣のシニアのみなさんの責任感の強さに驚いています。例えば私が何かを指示すると、若い社員でしたら指示されたことをやるだけですが、シニアのみなさんはほかの部分からも提案や意見を出してくれます。支店業務ではお客さまと営業の間をつないでくれるので助かっています。みなさんのコミュニケーション能力の高さに学ばせてもらっています」 シニア人材活用企業の声A 長期にわたって数多くのシニアが活躍  佐藤株式会社は創業から半世紀を誇り、福岡市内と大野城(おおのじょう)市に5店舗のスーパーマーケットを展開。現在44人のシニアがセンターから派遣されており、長期にわたって働いている人も多い。同社人事総務部の西田修部長は、マッチングの秘訣を次にように話す。  「気がついたら44人になっていたというのが正直なところですが、スーパーの働き方がシニアのみなさんの生活リズムとマッチしていたからだと私は思います。営業時間は10時から21時と長いのですが、さらに食料品を補充して朝の開店に間に合わせる『品出し』の仕事があり、その時間帯にシフトに就いてもらっているのがシニアのみなさんなのです。朝7時から3時間、あるいは5時間という勤務に子育て中の主婦の方が就くのはむずかしく、その部分をカバーしてもらっています」  同社でシニアの採用が始まったのは2006年のこと。4人のシニアを採用し、全員が『品出し』を担当していたという。現在、センターから派遣されている44人のうち、70代以上が7割を占め、最高齢者は81歳。この15年間に働いたシニアは延べ158人に上る。  「シニアのみなさん一人ひとりが長期間にわたって貢献してくれています。高齢になると病気などのリスクがあることもたしかですが、それを差し引いても長く働いてくれるので助かっています。病気が長期化したときなどはセンターのアドバイザーに相談して調整してもらっていますが、各店舗の責任者が高齢者の体調に十分留意するよう心がけて勤務にあたっています。今年の初め、胸が痛いと訴えた79歳の方に、店長はすぐに病院に行くことを指示、即入院となり大事に至りませんでした。こういう判断は一朝一夕にできることではありません。  これからも安心・安全に働ける環境を整え、シニアのみなさんに楽しく働いていただきたいと願っています」 シニア人材の声@ かつての経験を活かし音楽演劇練習場の窓口業務に  かつて航空会社の社員として羽田空港でチェックインや発券などカウンター業務に就いていた佐野良二さん。家庭の事情により定年の1年前に早期退職し、63歳のときにセンターの紹介で、音楽演劇練習場「パピオビールーム」の窓口業務の仕事を始めた。2日出勤1日休みのシフトで、17時から23時の勤務に就いている。  「人生は何が起こるかわからないもので、勤めていた航空会社をあと1年で定年というとき郷里の父が倒れ、介護のために退職しました。2カ月に一度福岡県から新潟県に住む父を訪ねる暮らしが3年続きました。介護が終わると気持ちの張りがなくなり、無為の日々を送っている私を見かねたのか、友人がセンターを紹介してくれました。さっそく登録をして、夜間勤務の仕事を紹介してもらいました。  最初は夜間勤務に抵抗がありましたが、いまではすっかり慣れました。何よりも利用者さんとの触れ合いが楽しく、ていねいな言葉と笑顔で対応するよう心がけています。笑顔でお客さまに対応することは前職の業務で叩き込まれました。経験は人生を豊かにします。高齢者でもだれかの役に立てることを誇りに、健康に気をつけて長く働き続けたいと思っています」 シニア人材の声A 仕事経験ゼロから就業74年の人生経験を活かして活躍  宇藤海畦子さんは、働いた経験がなく、専業主婦として子育てや孫の世話に専念してきたが、一人暮らしをきっかけに外で働くことを考えるようになった。シニアの社会参加を支援している福岡県70歳現役応援センターを訪ねたときに、たまたま福岡県高齢者能力活用センターの所長が窓口にいたことから、その足でセンターに行き登録。現在は、お弁当や惣菜を扱う「博多いもっ子屋」で働いている。働いて2年目ながら、仕事先の店舗では、貴重な戦力となっているそうだ。  「家の事情で生活環境が一変し、私も自立しなくてはと思うようになった矢先、友人から『70歳現役応援センター』を紹介され、勇気を振り絞って出かけていきました。たまたまその日、福岡県高齢者能力活用センターの所長さんが窓口に来ていて、いまから一緒に自分のところへ来ないかと誘ってくださいました。私は人に会うのが好きなのでお弁当や惣菜を扱う『博多いもっ子屋』を紹介してもらいました。初めて見学したときのことはいまも忘れられません。『70歳を超えており、働いた経験もありません』という私に、社長さんは『私が求めるのは笑顔と元気と思いやりで、一番ほしいのは宇藤さんの74年の人生経験です』と、笑顔で話してくれました。嬉しくて涙がこぼれました。働き始めたばかりのころは、レジの扱いに慣れず失敗の連続でした。それでも優しく見守ってくれた周りのみなさんに恩返しするつもりで、体力が続くかぎりここでがんばりたいと思います。もし仕事のことで悩んでいる人がいたら、『大丈夫、立派に働けるよ』と、今度は私が励ましてあげる番だと思っています」 写真のキャプション 権現 昭二専務理事 鳥飼ハウジング株式会社 代表取締役社長 原田 光代さん 管理課係長 松村 隆寛さん 佐藤株式会社 人事総務部 部長 西田 修さん 佐野 良二さん(70歳) 宇藤(うとう)海畦子(みえこ)さん(76歳) 【P55-56】 BOOKS 人事労務担当者が手軽に活用できる労働法ガイドブック Q&Aで読む実務に役立つ最新労働判例集 木下潮音(しおね)著/一般社団法人日本労務研究会/3080円  労働法に関する知識を人事労務管理の実践につなげる際に、労働判例から得られる情報が役立つことが珍しくない。例えば、2020(令和2)年10月に相次いで出された最高裁判決は、同一労働同一賃金への対応などの各種制度の見直しに影響を及ぼしたのではないだろうか。一方で、判例を読みこなすためには相応の知識が必要であり、多忙な人事労務担当者のなかには、なかなか手が出ない人もいると思われる。  本書は、こうした悩みに応えるために企画されたもので、月刊誌『人事労務実務のQ&A』誌上で10年にもわたって続いている連載がベースになっている。精選した70の判例を「労働契約」、「賃金・労働条件」、「懲戒・解雇・雇止め」、「その他(労災・損害賠償等)」に分類して収録。各判例の解説は、「どんな事件ですか」、「何が争点となったのでしょうか」、「判決の具体的な内容はどうだったのですか」、「判決が与える影響はどうでしょうか」という四つのQ&Aを切り口に、わかりやすく、そしてコンパクトにまとめられている。「判決要旨」に目を通すことで、判例の概要を把握することも可能だ。人事労務担当者が手元に置くガイドブックとしておすすめしたい。 働きやすい企業・職場づくりに向け、理論からデータ、労働者の声まで網羅 考える力を高める キャリアデザイン入門 なぜ大学で学ぶのか 藤村博之(ひろゆき)編/有斐閣(ゆうひかく)/2090円  本誌編集アドバイザーで法政大学大学院教授の藤村博之氏をはじめ、社会保険労務士やキャリアコンサルタントら4人による共著。法政大学で2018(平成30)年度に行われた「キャリアデザイン入門」の講義内容をベースに構成されている。  キャリア形成や労働関連法の基本知識をはじめ、働き方改革やジョブ型雇用、「人生100年時代」におけるキャリア構築といった時事的な話題も豊富に取り上げた一冊。社会人として仕事に向き合う際の心構えを説く大学生向けの指南書だが、新卒であったり、業務経験が少なかったりする人事労務担当者の入門書としても活用できる内容となっている。  若者の早期離職や女性活躍、非正規労働などに関する政府の統計データを織り交ぜながら、育児休業中のワーキングマザーや零細企業へ転職した元大手企業勤務の男性の体験談、就職を控える大学生たちのリアルな声も掲載。マクロとミクロの両面から働く人たちの「今」を知ることができ、働きやすい会社や職場づくりについて考える基礎的資料としても役立ちそうだ。  年齢にかかわらず、生涯学び続けることの大切さを再認識させられる一冊だ。 企業の付加価値を高めるジョブ型人事制度の取り入れ方を示す 生産性向上に効くジョブ型人事制度 加藤守和(もりかず)著/日本生産性本部生産性労働情報センター/2200円  「働き方改革関連法」が施行されて以降、長時間労働の是正や有給休暇の取得促進などを掲げた「改革」が多くの企業で進められた。そこにコロナ禍が直撃し、テレワークが急速に普及。このように、テレワークを含んだ働き方改革への関心が高まった結果、注目を集めつつあるのがジョブ型雇用である。  ジョブ型雇用とは、ジョブ(職務)を限定し、その内容を明確にして人材を採用する雇用をいう。本書のタイトルにあるジョブ型人事制度とは、「職務に機軸を据えて評価・処遇をおこなっていくしくみ」と著者は説明している。  本書は、組織・人事の領域でコンサルタントとして多様な経験を持つ著者が、日本企業独特のスタイルである新卒一括採用をもとにしたメンバーシップ型雇用の変遷と行方を展望し、今後は従来のメンバーシップ型の枠組みを残したまま、ジョブ型雇用の要素を取り込んでいくことになっていくと示唆(しさ)。さらに、企業の付加価値を高め、生産性向上につながるジョブ型人事制度の設計・導入方法や定着させるためのポイントを示し、ジョブ型制度を通じて生産性を向上させた企業事例を紹介している。ジョブ型制度の導入を考える際、参考になる一冊である。 非価格経営へシフトするために必要な八つのポイントを指南 もう価格で闘わない 非価格経営を実現した24社の取り組み 坂本光司(こうじ)著/あさ出版/1760円  著者の坂本光司氏は、中小企業経営論などを専門とする経営学者で、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の審査委員長としても知られる。同賞は、従業員とその家族をはじめ、外注先・仕入先、顧客、地域社会、株主の五者を幸せにする経営を実践している企業を表彰し、社会に増やしていくための顕彰制度である。  本書のベースにもこの視点があり、「安くてよいもの」を選択する顧客の行動は自然ではあるが、その価格が「だれかの犠牲や我慢のうえに成立しているのであれば、その値決(ねぎ)めは健全・適正とは言えない」と指摘している。  そこで本書では、安くするために原価を絞り、従業員の給与を抑え、そこそこの商品やサービスを提供するという悪循環におちいる価格競争から脱し、非価格経営を実現するために必要なポイントを八つの角度から指南。こうした非価格経営のキーワードとして、「ブランディング」、「ニッチ市場」、「差別化」、「いい会社」を掲げ、これらをもとに非価格経営へのシフトに成功した24社の実例を掲載している。自社に蓄積されたノウハウを活かして成長する企業、次世代へバトンを渡すという使命感が力になった企業など、各社の取組みから勇気をもらえる内容だ。 いますぐ自宅でできる、健康長寿のためのトレーニングを紹介 順天堂大学医学部健康スポーツ室式 長生き部屋トレ 順天堂大学医学部附属順天堂医院健康スポーツ室監修/文響(ぶんきょう)社/1408円  健康長寿と生涯現役を実現するためには、自分で動ける身体を維持することが大切だ。ところが、コロナ禍により外出を控える生活が続き、運動不足になっている人が増えている。身体を動かす機会が減ると心肺機能が衰え、生活習慣病の発症や重篤な病を招くリスクが高まるうえ、筋肉や筋力が減り、動くことがさらにおっくうになって状態を悪化させる可能性も高まる。  本書は、スポーツ医学や運動生理学、運動処方、トレーニング理論などの科学的根拠に基づいて、健康づくりのための運動指導をしている大学病院の健康スポーツ室が、健康で長生きするために考案した「長生き部屋トレ」を多数紹介している。自宅でいますぐできるトレーニングを主に写真で解説し、トレーニングごとに「長生きポイント」も紹介。例えば、足の筋力向上には、いすを使った「立ち座り運動」がよく、ゆっくりした動作でも効果が得られるという。  簡単に診断できる「いつもの生活動作でわかる長生き度チェック」、長生きの秘訣とされる「4つの力(脚力・バランス力・柔軟性・握力)のチェック」を使えば、自分のレベルを把握して、適切な部屋トレに取り組むことができる。運動不足が気になる人におすすめしたい。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 国会 65歳定年制を含む改正国家公務員法が成立  国家公務員の定年を段階的に65歳に引き上げる「国家公務員法等の一部を改正する法律案」が6月4日、参議院本会議で可決・成立した。  改正法の主なポイントは次の通り。 ●定年の段階的引上げ  現行60歳の定年を段階的に引き上げて、65歳とする(2023年度61歳、2025年度62歳、2027年度63歳、2029年度64歳、2031年度65歳) ●役職定年制(管理監督職勤務上限年齢制)の導入 @管理監督職の職員は、60歳(事務次官等は62歳)の誕生日から同日以後の最初の4月1日までの間に、管理監督職以外の官職に異動 A公務の運営に著しい支障が生ずる場合に限り、管理監督職を継続する特例を設ける。 ●60歳に達した職員の給与  当分の間、職員の俸給月額は、職員が60歳に達した日以後の最初の4月1日以後に適用される俸給表の職務の級・号俸に応じた額に7割を乗じた額とする。 ●高齢期における多様な職業生活設計の支援 @60歳以後定年前に退職した職員の退職手当は、当分の間、「定年」を理由とする退職と同様に退職手当を算定する A60歳に達した日以後定年前に退職した職員を、本人の希望により、短時間勤務の官職に採用できる制度(定年前再任用短時間勤務制)を設ける 厚生労働省 令和2年の労働災害発生状況を公表  厚生労働省がまとめた2020(令和2)年の労働災害発生状況(確定値)によると、昨年1年間の労働災害による死亡者数は802人となっており、前年(845人)と比べ43人(5・1%)減少し3年連続で過去最少となった。  死亡者数を業種別にみると、最も多いのは建設業の258人(全体の32.2%)、次いで、第三次産業225人(同28.1%)、製造業136人(同17.0%)、陸上貨物運送事業87人(同10.8%)の順となっている。事故の型別にみると、最も多いのは「墜落・転落」の191人で前年に比べ25人(11.6%)減、次いで、「交通事故(道路)」が164人で同7人(4.5%)増、「はさまれ・巻き込まれ」が126人で同22人(21.2%)増の順となっている。  次に、死傷災害(死亡災害及び休業4日以上の災害)をみると、死傷者数は13万1156人となっており、前年(12万5611人)と比べ5545人(4.4%)の増加となった。業種別にみると、第三次産業6万6959人(全体の51.1%)、製造業2万5675人(同19.6%)、陸上貨物運送事業1万5815人(同12.1%)、建設業1万4977人(同11.4%)の順となっている。  年齢別では、全死傷者数の約4分の1(全体の26.6%)を占める「60歳〜」は3万4928人となっており、前年に比べ3.6%増、平成29年に比べ16.3%増となっている。なお、新型コロナウイルス感染症の罹患(りかん)による労働災害を除くと、「50歳〜59歳」および「60歳〜」で増加した。 厚生労働省 「生涯現役促進地域連携事業(令和3年度開始分)」の実施団体候補  厚生労働省は、「生涯現役促進地域連携事業(2021(令和3)年度開始分)」の実施団体候補として、「連携推進コース」4団体の採択を決定した。  同事業は、地方自治体が中心となって労使関係者や金融機関等と連携する「協議会」などが提案するもの。高年齢者に対する雇用創出や情報提供などといった高年齢者の雇用に寄与する事業構想を募集し、地域の特性などをふまえた創意工夫のある事業構想を選定し、当該事業を提案した協議会などに委託して行う。「連携推進コース」と「地域協働コース」がある。  「連携推進コース」の委託費は、1ヵ所あたり各年度約3000万円。事業実施期間は最大3年間。  「連携推進コース」に採択された4団体と各事業タイトルは次の通り。 @秦野(はだの)市生涯現役促進地域連携事業推進協議会  「高年齢者が様々な分野で健康的に活躍するまち『Full Life はだの』」 A柏崎(かしわざき)地域シニア活躍支援協議会  「元気なシニアが、地域社会を、生きにくさを抱えた人たちを、子供たちを支え、自らも生きがいを感じる街づくり」 B竹原(たけはら)市生涯現役促進地域連携協議会  「誰もが いつまでも いきいきと 自分らしく輝く竹原市づくり」 CМINE・秋吉台シニアワーク地域連携協議会  「МINE・秋吉台シニアワーク促進プロジェクト」 ※「地域協働コース」に採択された団体は本誌7月号のこのコーナーに掲載 厚生労働省 「過重労働解消キャンペーン」の実施結果  厚生労働省は、2020(令和2)年11月に実施した「過重労働解消キャンペーン」における重点監督の実施結果をまとめた。  それによると、監督を行った事業場のうち71.9%に労働基準関係法令違反が認められた。今回の監督は、長時間の過重労働による過労死等に関する労災請求のあった事業場や若者の「使い捨て」が疑われる事業場などを含め、労働基準関係法令の違反が疑われる事業場に対して集中的に行った。  結果をみると、監督を行った9120事業場のうち、6553事業場に労働基準関係法令違反が認められた(違反率71.9%)。  主な違反内容をみると、違法な時間外労働があったものが2807事業場(全体の30.8%)、賃金不払残業があったものが478事業場(同5.2%)、過重労働による健康障害防止措置が未実施のものが1829事業場(同20.1%)となっている。  主な業種別の違反率をみると、製造業74.4%、建設業70.9%、運輸交通業79.5%、商業70.4%、接客娯楽業77.4%となっている。  一方、事業場規模別の監督指導実施事業場数をみると、最も多かったのは「10〜29人」の3694事業場(全体の40.5%)、次いで、「1〜9人」の2592事業場(同28.4%)、「30〜49人」の1247事業場(同13.7%)、「50〜99人」の712事業場(同7・8%)、「100〜299人」の622事業場(同6.8%)、「300人以上」の253事業場(同2.8%)の順となっている。 厚生労働省 「無期転換ルールに対応するための取組支援ワークブック」を作成  厚生労働省は、「無期転換ルールに対応するための取組支援ワークブック」を作成し、インターネット上のサイトに公開した。  無期転換ルールは、同一の使用者(企業)との間で、有期労働契約が5年を超えて更新された場合、有期契約労働者(契約社員、アルバイトなど)からの申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換されるルールのこと(2013年4月1日施行)。契約期間が1年の場合、5回目の更新後の1年間に、契約期間が3年の場合、1回目の更新後の3年間に無期転換の申込権が発生する。有期契約労働者が使用者(企業)に対して無期転換の申込みをした場合、無期労働契約が成立する。  このワークブックは、企業が無期転換ルールに対応するにあたって問題となるポイントを中心に、ワーク形式の演習を交えながら解説したもので、巻末には八つのステップからなるワークシートが掲載されている。  厚生労働省では、2018(平成30)年に同省より発行された「多様な正社員及び無期転換ルールに係るモデル就業規則と解説(全業種版)」とともに使用し、無期転換ルールに対応した社内制度の整備に活用してほしいとしている。  「無期転換ルールに対応するための取組支援ワークブック」は、左記のサイトで公開されている。 ●有期契約労働者の無期転換ポータルサイト  https://muki.mhlw.go.jp/  (ワークブックは、サイト上にある「導入支援策」の2で公開) 東京都 中小企業労働条件等実態調査「働き方改革に関する実態調査」結果  東京都は、働き方改革関連法のうち労働時間制度に関する認知度や取組み状況、新型コロナウイルス感染症拡大による働き方の変化について労使双方の意識を把握するための調査を実施し、その結果をとりまとめた。  この調査は、事業所(都内の常用従業者規模30人以上の3000事業所・有効回収率32.1%)と従業員(事業所調査の結果から協力を得られた事業所の正社員2000人・有効回収率51.2%)を対象に、それぞれ2020(令和2)年10月1日時点について実施したもの。  調査結果から、働き方改革関連法の改正内容の認知度について事業所調査の結果をみると、「時間外労働の上限規制」と「年5日の年次有給休暇の確実な取得」は「知っている」が9割を超え、そのほかの項目でも、「知っている」が過半数を超えている。  次に、多様で柔軟な働き方についてみると、事業所調査の結果では、「既に導入済」と「導入済だがさらに拡大したい」を合わせた回答が最も多かった項目は、「時差出勤制度」(60.9%)、次いで「在宅勤務・テレワーク」(50.7%)となっている。また、「今後導入したい」制度で最も多かったものは、「フレックスタイム制」(15.4%)、次いで「在宅勤務・テレワーク」(9.8%)となっている。一方、従業員調査の結果から、「今後導入してほしい」働き方についてみると、「週休3日制」(54.5%)が最も多く、次いで「フレックスタイム制」(35.3%)、「サテライトオフィスなど勤務場所の変更」 (29.6%)となっている。 【P60】 次号予告 9月号 特集 “働き続ける”ための仕事と介護の両立支援 リーダーズトーク 渡辺聡子さん(株式会社京葉銀行 執行役員 人事部長) 〈(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構〉 メールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メールマガジン 検索 ※カメラで読み取ったQRコードのリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み  株式会社労働調査会までご連絡ください。  電話03-3915-6415  FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jp でご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊 律子……読売新聞編集委員 今野浩一郎……学習院大学名誉教授 大木 栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部人財部門 金沢 春康……一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ代表理事 菊谷 寛之……株式会社プライムコンサルタント代表 阪本 節郎……人生100年時代未来ビジョン研究所所長 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長・労働政策部長 藤村 博之……法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 真下 陽子……株式会社人事マネジメント代表取締役 山ア 京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会副理事長 編集後記 ●「リカレント教育」に注目が集まっています。「リカレント(recurrent)」とは、「くり返し」、「循環」などの意味があり、「リカレント教育」とは、一度社会に出た人が、教育機関などで学習機会を得て、その成果を再び社会で活かしていくことをさす言葉で、「学び直し」と表現されることもあります。  生涯現役時代を迎え、60歳以降も長く活躍し続けるためには、この「リカレント教育=学び直し」に早いうちからいかに取り組んでいくかを、企業・個人の双方が考えていくことが重要になります。高齢者雇用の視点で考えると、時代の変化に応じた新しい知識や技術の習得も大切ですが、それ以上に重要となるのが、40〜50代のミドル世代のリカレント教育です。高齢期に向けて自分の持っているスキルや経験、長所、短所を見直し、学び直しにより高齢期に活躍するための準備をしておくこと、つまり「キャリア自律」の視点が重要となります。  本号特集では、「生涯現役時代の学び」をテーマに、四つの事例を取り上げています。自社の従業員の知見を広げるための研修制度を導入している「サザコーヒー」、越境型研修を導入している「ボストン・サイエンティフィック ジャパン」、社会人に学びの場を提供している「慶應丸の内シティキャンパス」、社会貢献活動への参加機会を創出している「パナソニック」と、いずれもミドル世代を主なターゲットとしており、学び≠フ場所や方法は多種多様です。本企画を従業員の学び・キャリア自律を支援するうえでの参考にしていただければ幸いです。 ●10月は「高年齢者就業支援月間」です。当機構では、全国5都市でシンポジウム、各都道府県で地域ワークショップを開催します。各イベントの詳細は本誌、または当機構ホームページにて随時ご案内します。みなさまのご参加をお待ちしています。 月刊エルダー8月号 No.501 ●発行日−−令和3年8月1日(第43巻 第8号 通巻501号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 奥村英輝 編集人−−企画部次長 五十嵐意和保 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL043(213)6216(企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.go.jp/ メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-860-9 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 目ざせ生涯現役! 健康づくり企業に注目! 第1回 アップコン株式会社(神奈川県川崎市) 楽しく健康活動に取り組み、病欠・遅刻日数を大幅に削減  生涯現役時代を迎え、企業には社員が安心して長く働ける制度・環境の整備が求められていますが、生涯現役の視点で考えると、「社員の健康をつくる」という視点も欠かせません。  そこで本企画では、社員の健康づくりに取り組む先進企業の事例をご紹介します。 放任主義を改め会社として社員の健康に関与  近年、働きやすい職場づくりの一環として、社員の健康づくりに積極的な企業が増えている。社員が生涯現役で活躍するためには、健康づくりは企業にとって不可欠な施策といえる。  今回紹介するアップコン株式会社は、会社をあげて社員の健康増進活動に取り組み、病欠・遅刻日数を大幅に削減、さらに喫煙者の大幅な削減にも成功している。その活動が評価され、「安全衛生優良企業」(厚生労働省)、「健康経営優良法人(ブライト500)」(経済産業省)に認定されるなど、健康づくりの先進企業として注目を集めている。  2003(平成15)年6月に設立された同社は、建物や公共インフラなどにおいて、地震や地盤沈下などで傾きや段差などが生じたコンクリートの床を、ウレタン樹脂を用いた独自工法(「アップコン工法」)により、短工期で補修する施工を全国で展開している。社員数は49人(2021年4月現在)、平均年齢30代の若い企業である。  同社が社員の健康づくりに取り組み始めたきっかけは、2015年に病欠や遅刻をする社員が急増したことだった。「設立から10年が過ぎ、少し社風が緩ゆるみ始めた時期でした」と振り返るのは、代表取締役社長の松藤展和(のぶかず)氏。チームを組んで現場で施工する同社にとって、社員の病欠や遅刻は事業に直接影響を及ぼすため、何らかの対策が必要になった。  同社は創業時から基本理念として「健康第一」、「安全第一」、「家庭第一」を掲げてきたが、もともと社員に対しては放任主義だったという。「社員はみな大人ですから、自分の健康は自分で管理してほしい、という考えでずっとやってきました。しかし、放任していてはダメなことがわかり、会社として社員の健康に関与するように方針を変えました」(松藤氏)  そこで発足させたのが、社員の健康に役立つ活動を企画・運営する「健康活動倶楽部」(略称:健活(ケンカツ)倶楽部)である。松藤氏は、社員に楽しみながら健康活動に取り組んでもらいたいと考え、社員有志が会社非公認で週末などに活動していたレクリエーション部を巻き込んで、会社が費用を負担し、就業時間内に活動を行う社員全員参加の社内プロジェクトとして、2016年2月にスタートした。 「健活ポイント制度」で社員の運動習慣を後押し  健活倶楽部は図表1のような組織になっている。リーダーのもと、プロジェクトのメンバーは社内の各部署を横断する形で構成されている。「管理部主体でやると、ほかの社員が乗ってきません。そこで全員参加の体制を整えました」(松藤氏)  健活倶楽部の活動の中心は、毎月1回以上のレクリエーションの実施である。内容はボルダリング、フットサル、バスケットボールなどの各種スポーツのほか、ヨガ、大人の塗り絵、座禅体験などのメンタルケアに役立つ活動も行われている。  また、運動習慣の定着にも取り組んでいる。例えば、同社のオフィスはビルの6階にあるが、階段利用を奨励しており、昼休憩時はエレベーターの利用を禁止している。2018年からは、年に一度、全社員が体力測定を実施。現状の体力を把握し、健康維持に役立てている。  こうした活動を支えるユニークな仕組みが「健活ポイント制度」である。健康に関するさまざまな活動の実施に応じてポイントが付与されるもので、1ポイントは1円に換算され、500ポイントごとに使用できる(図表2)。カタログ商品への交換のほか、地元の社会福祉協議会などへの寄付にも使用できるようにしている。多い人では、年間2万ポイントもたまるという。健活ポイントは、運動することへのモチベーションを後押しする仕組みといえる。  さらに、健活倶楽部では毎年目玉企画を立案して実施している。2020(令和2)年は毎月第1月曜日の午後3時〜5時半を「健活タイム」に設定。また、5キロマラソン大会を初めて開催した。2021年は、スマートフォンアプリを使って5月中のウォーキングの歩数などを競うオンラインイベント「さつき・ラン&ウォーク」※1に参加。いずれも順位をつけて上位者には健活ポイントが付与されるため、大いに盛り上がったそうだ。 「全社員非喫煙宣言」で喫煙率が35%低下  健康活動のなかでも重要な取組みの一つとして、社員の禁煙率向上があげられる。建設・工事業は喫煙者が比較的多い業種だが、同社でも健活倶楽部スタート時点で、全社員の37%にあたる14人が喫煙者だった。  「禁煙が健康につながることはわかっていても、強制的に禁止されると社員は反発します。そこでまず、2年後に会社は『非喫煙宣言』を全国に向けて宣言するという目標を立て、その目標に向けて半年ずつ禁煙の段階を上げていくスケジュールを社内に公表しました」(松藤氏)  第1段階は就業時間中の禁煙、第2段階は就業時間外(昼休みや就業時間前後)の禁煙、第3段階は家庭での禁煙をそれぞれ推奨。第4段階では会社に出入りする外部の人にも禁煙をお願いした。また、喫煙している社員には喫煙本数のヒアリングを毎月実施し、さらに家族に手紙を送付して禁煙協力を依頼。禁煙達成の際には健活ポイントを1万ポイント支給することでモチベーションアップにつなげた。禁煙をあくまで強制ではなく推奨し、本人の自主性を尊重した結果、現在の喫煙者は1人(全体の2%)にまで減少した。 健活倶楽部が成功した三つのポイント  健活倶楽部の活動を実施した結果、課題となっていた病欠・遅刻日数は大幅に減少した(図表3)。さらに、同社の医療費の削減にもつながっており、被保険者1人あたりの年平均医療費は、所在地や業種別の平均値の半分以下となっている。結果として、労働生産性の向上につながり、ひいては経営の安定・企業価値の向上にもつながっている。「健康活動はコストではなく投資と考えて取り組んでいます」と松藤氏。これだけの活動をしながら、年間予算は社員1人あたり約1万円、年間50万円程度となっている。  健活倶楽部が成功した理由について、松藤氏は三つのポイントをあげている。  一つめは、会社公認のプロジェクトとして、就業時間中の活動を認めていること。  二つめは、ゲーム感覚で楽しくやること。「『◯◯しなければいけない』というやり方では、義務的になってしまい、いくら就業時間中であっても活動は長続きしません。『こんな楽しいことを仕事中にやっていいの?』というくらい楽しいことをやっているからこそ、長続きしています」(松藤氏)  そして三つめは、健活倶楽部のリーダーの役割である。「『2・6・2の法則』があります。上の2割の人は賛成し、下の2割の人は反対する。真ん中の6割は『やった方がいいかな』という感じでしょう。このときに、リーダーが下の2割を上に上げようと努力すると、苦労して疲弊してしまいます。そのため当社では、社内でプロジェクトを行うときには、真ん中の6割を上の2割に上げることをリーダーの仕事にしています。そして下の2割には、ついてくるか否かは本人にまかせて、放っておくのです。そうするとリーダーはがんばれます。2割の人にいやいや入ってこられても、楽しんでやっている人たちがつまらなくなってしまいますからね。上の2割と真ん中の6割が楽しくやっていれば、下の2割も自然についてきます」(松藤氏)  そしてもちろん、経営者の後ろ盾が健活倶楽部の活動を支えていることはいうまでもない。松藤氏自身、率先垂範して健活倶楽部の活動に楽しんで参加している。  同社では現在、社員の健康リテラシーを高めるため、全社員に「日本健康マスター検定」※2(日本健康生活推進協会)の資格取得を推進しており、松藤氏は同協会の普及認定講師として、職場での普及活動にも取り組んでいる。「最終的には、社員全員が健康に関する知識を深め、健康への意識を自ら高めてもらいたいと考えています。わが社には定年退職制度はありません。働きたければ何歳まででも働ける会社です。過去には80歳の社員も活躍していました。ぜひ健康を意識して、末永く活躍してほしいと思います」(松藤氏) ※1 さつき・ラン&ウォーク……一般財団法人アールビーズスポーツ財団が主催するイベント。企業対抗でウォーキングの歩数や、ランニングの走行距離を競う ※2 日本健康マスター検定……日本健康生活推進協会が主催する検定。日々の生活や仕事に役立つ健康知識やノウハウに関する検定試験を行い、合格者は「健康マスター」として認証され、職場や地域の健康リーダーとしての活躍が期待される 図表1 健活倶楽部組織図(2021年4月現在) 代表取締役社長 健活倶楽部リーダー (営業部) 健活倶楽部 営業部 (2人) 営業/経営企画部 (8人) 健活倶楽部 管理部 (1人) 管理/経理部 (4人) 健活倶楽部 技術部 (5人) 技術部 (37人) 図表2 健活ポイントの加点条件(一部の例) ■会社と駅の移動・通勤は歩き(片道)……………5pt ■禁煙達成者…………………………………10000pt ■階段の上り下り(一往復)………………………26pt ■健活のレクリエーション参加………………100pt 図表3 病欠・遅刻状況の推移 病欠人数 遅刻早退 病欠日数 遅刻回数 2016年2月 健活倶楽部発足 大幅削減 写真のキャプション 写真提供:アップコン株式会社 レクリエーションの一環として行っているボルダリングの様子(上)代表取締役社長の松藤展和氏(左) 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は脳内変換の問題です。漢字の空間的な並び方から画像を想像します。脳では漢字の処理にかかわる側頭頭頂接合部、空間的位置関係の把握にかかわる右頭頂連合野、画像の操作にかかわる左頭頂連合野が活動します。 目標 各1分 第50回 漢字の図形問題 漢字を使って絵を描いてみました。 何を表しているでしょうか? 問題1 紐紐紐紐紐紐 板板板板板板板板 歯 歯 問題 2 針 若武者 箸箸箸箸箸 椀 川川川川川川川川 「ひらめき」を毎日続けることが大切  今回の漢字の図形を使った問題は、解けた瞬間に「あっ!そうか!」とひらめく「気づき」を体験できるものであり、この「気づき」は、いわゆる勘とは異なります。  問題を理解して、粘り強く考え続けることで生じる一瞬の合致感(「あ、そうか!」、「こうすればできる!」と感じること)は、達成感や小さな感動といった「歓び」にもつながり、みなさんの脳だけでなく、心にもよい影響を与えてくれるでしょう。  また、今回の脳トレ問題が「むずかしい…」、「ひらめくことができなかった…」と感じられた方もいらっしゃるかと思います。しかし、解けなかったとしてもかまいません。問題に取り組むことで、脳は刺激を受けます。問題が解けずに頭を悩ませることこそ、立派な脳トレになるのです。  「脳トレ」は「勉強」ではありません。何よりも大切なのは、楽しみながら毎日続けていくことです。そうすれば、脳のはたらきを若々しく、健康に保っていけるでしょう。 【問題の答え】 問題1 → 下駄(げた) 問題2 → 一寸法師 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2021年8月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒261-0001 千葉市美浜区幸町1-1-3 ハローワーク千葉5階 043-204-2901 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒780-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価503円(本体458円+税) 10月は「高年齢者就業支援月間」です 高齢者雇用に取り組む事業主や人事担当者のみなさまへ秋のイベントをご案内します 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 シンポジウム  毎年ご好評をいただいている「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を本年度も開催します。  令和3年4月からの改正高年齢者雇用安定法施行により、70歳までの就業確保措置を講じることが「努力義務」となったことにともない、高年齢者雇用安定法改正をテーマとして開催する予定です。高齢者が活躍できる環境整備の必要性や今後の高齢者雇用について、みなさまとともに考える機会にしたいと思いますので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 10月〜11月 全国5 都市 カリキュラム(予定) ●高年齢者雇用安定法改正について ●学識経験者による講演 ●事例発表  など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) ※詳細・申込方法につきましては、決定次第、当機構ホームページに掲載する予定です。 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 地域ワークショップ  当機構では各道府県支部が中心となり、生涯現役社会の実現に向けた「地域ワークショップ」を開催します。事業主や企業の人事担当者などの方々に、高年齢者に戦力となってもらい、いきいきと働いていただくための情報を提供します。各地域の実情をふまえた具体的で実践的な内容ですので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 高年齢者就業支援月間の10月を中心に各地域で開催 カリキュラム (以下の項目などを組み合わせ、2〜3時間で実施します) ●高齢者雇用対策関連法【70歳までの就業機会の確保など】 ●専門家による講演【高年齢者雇用に係る現状や各種施策など】 ●事例発表【先進的に取り組む企業の事例紹介】  など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) ※各地域のワークショップの内容は、各道府県支部高齢・障害者業務課(65頁参照)までお問合せください。 ※新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、開催日時などに変更が生じる場合があります。当機構ホームページで随時お知らせしますので、ご確認ください。 2021 8 令和3年8月1日発行(毎月1回1日発行) 第43巻第8号通巻501号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会