【表紙2】 さまざまな事業所の好事例を掲載しています! 『70歳雇用事例サイト』 https://www.elder.jeed.go.jp 156社の事例を豊富なキーワードで簡単検索 70歳以上まで働ける企業 定年が61歳以上 or 条件を変更する イベントの案内、研究資料などの関連情報をまとめて見られます! jeed elder 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.elder.jeed.go.jpであることを確認のうえアクセスしてください 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 普及啓発課 【P1-4】 LeadersTalk リーダーズトーク No.94 「雇われている」という意識を捨て株式会社自分≠フ経営者として生きる ルーセントドアーズ株式会社 代表取締役 黒田真行さん くろだ・まさゆき 1988(昭和63)年株式会社リクルート入社。以降、30年以上にわたり転職サービスの企画・開発に従事。「リクナビNEXT」編集長、「リクルートエージェント」ネットマーケティング企画部長などを経て、2014(平成26)年に株式会社リクルートを退職し、ルーセントドアーズ株式会社を設立。  人生100年時代、生涯現役時代が到来。これからのキャリアを考え、転職を視野に入れるミドル・シニア世代が増えてくることが予想されます。そこで今回は、ミドル・シニアの転職支援を行っている黒田真行さんにご登場いただき、転職市場におけるミドル・シニアの現状や、転職活動のポイントについてお話をうかがいました。転職志望者だけではなく、キャリアを考えるうえで、働くすべての人に示唆のあるお話が満載です。 特定の専門領域を除き、依然として厳しいミドル・シニアの転職事情 ―黒田さんは、ミドル・シニア世代に特化した転職支援に取り組まれています。若手ではなく、ミドル・シニアの支援をしようと思ったきっかけは何でしょうか。 黒田 私は株式会社リクルートに入社以降、長年、転職メディアにたずさわってきました。企業の募集ニーズは20代から35歳ぐらいまでが圧倒的に多いのが現状です。求人数は35歳を超えると半減し、40歳でさらに半減、45歳でまた半減するなど、5年ごとに半減期が訪れ、50歳以上は極端に少なくなります。リクルートの転職サイトの責任者として求職者の集客を担当しましたが、毎週、新規登録いただく数多くの求職者のうち6割を占める35歳以上の求職者に対して、マッチングできる求人が非常に少ない状態が続いていました。  もちろん35歳以上の求職者のなかには、有能な人もたくさんいます。この世代の方々が企業から必要とされる機会を増やし、適材適所の転職を増やしていきたいと思い、リクルートを退職し、2014(平成26)年に、ミドル・シニア世代専門の転職エージェントを立ち上げました。35歳以上の就職支援サイトをつくり、登録者の匿名の職務経歴を、人材募集をしていない企業の経営者に見てもらう仕組みで、転職支援を行っています。少子高齢化による労働力不足が顕在化するなかで、外国人や女性にかぎらず、ミドル・シニアをいかに活用していくかが、今般の非常に重要なテーマであると考えています。 ―近年は40代以上の転職も増えているといわれていますが、実際はいかがでしょうか。 黒田 リーマンショック以降、労働力不足が続き、求人自体は右肩上がりで増え続けています。その流れでミドルの求人も増えてきていると思います。ただし、若手と比較すると厳しさはいまも変わりません。長期勤務によるキャリア形成や技能・ノウハウの継承といった観点から、依然として若手へのニーズが高いのが現状です。しかも増えている求人には時給制のアルバイトも含まれますし、転職の難易度は変わっていません。もちろん年齢に関係のない職種もあります。例えばAIや半導体などの技術者、医薬品の開発研究者、一級建築士や施工管理技士、あるいは国際法務に長けている人など、人材が足りない職種は引っ張りだこです。しかし営業職や事務職経験の求職者が圧倒的に多く、そうした一部の特殊な領域を除くと、ミドル・シニアの需要は少ないのが現実です。 ―それでも転職したいと思う40代以上の人たちはどういう人が多いのでしょうか。 黒田 この5〜10年で多いのは早期退職者募集に応募して退職した人たちです。あるいは倒産やM&Aによる事業再編で会社を辞めざるを得なくなった人もいます。その背景には製造業からサービス業、情報産業へと産業構造の地殻変動が激しくなるなかで、これまでの経験やスキルの需要が徐々に減り、企業は中高年の人材を減らして若手を採用したいと考えるようになっていることもあります。 ―当然、転職活動も厳しくなりますね。 黒田 年収など希望する条件が折り合わずに失業期間が1年、2年と長引くケースも少なくありません。例えば年収が1500万円の元部長が、転職活動初期に1000万円のオファーを断ってしまい、その後100社受けても落ち続けると、「500万円でも雇ってくれるところがあれば」と希望条件を下げざるを得なくなります。そして、ブランクの期間が長期化するほどさらに転職がむずかしくなるという悪循環に陥ります。1年以上かけて最後は不本意なところで決まることもありますし、最終的にはアルバイトなどの時給で働く人もいます。 転職成功のカギは、自らの市場価値を測定し採用側の視点で利益をアピールすること ―ミドル・シニアが転職に失敗する際の要因とは何でしょう。 黒田 転職は「雇われる先を変える」という話になりがちですが、文字通り、職を変えることを意味し、その本質は自分の市場価値を自分で測定し、いかに売るかということです。採用側も「この人に1000万円投資したら、いくら稼いでくれるか」という視点で見ています。個人の能力で稼ぐ成果もあれば、人をマネジメントすることで生み出す成果もあります。採用側の目線ではなく、「前職でこれぐらいもらっていたから、これぐらいはほしい」という売り込み方では当然売れません。大企業で高い年収の元部長であっても「このくらいの報酬を出してくれるなら、あなたの会社を手伝ってあげますよ」という態度では見向きもされません。雇われることに慣れてしまっているために、既得権のように錯覚しているのでしょう。活動初期にはこうした失敗が少なくありません。  また、いくら前職での経験だけをアピールしても通用しません。例えば、「御社の課題はこうです」、「前職の経験からこうすれば解決します」、「その結果、これだけの利益をもたらすことができます」というように採用側の視点に立ってプレゼンテーションすることが大切です。あるいは「いまは仮説ですが、こうやれば御社の事業はもっと伸びると思いますし、それを私に手伝わせていただけませんか。成果を出したら、それを評価してもらえればよいです」といえる人は強いです。 ―事前の準備がきわめて大事だということですね。 黒田 在籍中に転職サイトに登録し、転職活動をしなくても自分の職務経歴にどんな求人のオファーがくるかを見ておくだけでも、自分のおおよその市場価値を把握できます。「いまのスキルでは年齢が上がると求人が減ってくる」という傾向もわかりますし、転職するかもしれない業態の状況もインプットしておく。転職活動はスタートが大事です。50代後半〜60代での転職を見すえるのであれば、少なくとも40代から始めておくべきです。55歳になって急に始めても遅すぎます。 働き続けてきたミドル・シニアは世の中に必要なスキルを必ず身につけている ―活動初期の人たちにどんな支援やアドバイスをしていますか。 黒田 例えば「転職しても1000万円はもらえるはずだ」と思っている人には、「それだけ自分のスキルに自信があるのなら、1社100万円の業務委託契約を10社と結ぶプランを1回考えてみてください」と話しています。企業も1人を1000万円で丸抱えするより、リスクが少なくてすむし、本人もリスク分散につながります。  こういう選択肢を示すと、「独立・起業なんて恐ろしいことは考えられない」という人がほとんどです。しかし、自分を1000万円で売れるというのであれば、それだけの市場価値があるということです。プランを描いてみることで、いざというときにその選択肢もあり得ると思えますし、転職活動も変わってきます。先ほどいった採用側の視点や考え方も理解できますし、転職の売り込み方も変わってくるでしょう。 ―自分の市場価値を考える作業は、転職志望者にかぎらず、働いているミドル・シニアが今後の職業人生を考えるうえでも重要な視点ですね。 黒田 会社に自分を売っている点では一緒といえるでしょう。今後どうしたいかは人それぞれですし、あと何年働くつもりなのかによっても違います。60歳まで働くのか、あるいは70歳まで働くのか、その間どのように働きたいのか、あるいはどれぐらい稼ぎたいのかによって働き方も変わります。例えば、いま50歳の人が20年間働く場合、10年後、20年後にどんな変化が起こるのかを自分で予測し、そのときに手持ちのスキルがいくらで売れるのか、そもそも買い手がつくのかを考える。テクノロジーの進化で産業やビジネスがどう変わっていくのかを見すえ、自分ができそうなことは何か、足りなければいまから新しいスキルを身につけるなど、自分で考えることが大切です。  大事なのは自分が経営者だという認識を持つことです。「株式会社自分」の経営者として、売れるスキルをどうやって身につけていくかを考えるべきでしょう。 ―雇われているという意識を捨て、自分にとっての働きがいや生きがいを見つけることでもありますね。 黒田 ミドル・シニア期まで働いてきた人であれば、世の中に必要とされるスキルを必ずお持ちだと思います。転職にかぎらず、自分のスキルと能力をどのように社会に活かしていくかを考えることが何よりも大切です。何のために生きているのかを考え、あと何年働いて何を残していきたいかをしっかりと決めること。  人間はいつか死にます。役職や報酬も大事ですが、それは副次的なものにすぎません。自分の人生と向き合い、残りの貴重な仕事人生をどう使うかを考えて決めてほしいと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のオブジェ 名執一雄(なとり・かずお) 2023 March No.520 特集 6 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム〈東京会場〉 11月1日開催「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 11月25日開催「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」 11月1日開催 7 基調講演 自分らしいキャリアのつくり方 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 高橋俊介 11 企業事例発表@ 生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成について キヤノン株式会社 人事本部人事統括センター グローバル要員管理部長 小島武彦 13 企業事例発表A パーパスドリブンな自律的キャリア形成支援 損害保険ジャパン株式会社 人事部人材開発グループリーダー 田剛毅 15 企業事例発表B ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について〜社員の自律を支援する“Career Canvas Program”〜 ソニーピープルソリューションズ株式会社 EC人事部統括部長 大塚康 17 パネルディスカッション 生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成について 11月25日開催 23 企業事例発表@ 「無期限の継続雇用制度」定年退職を事実上廃止にする人事制度を新設 〜改正高年齢者雇用安定法の施行にも対応〜 三谷産業株式会社 執行役員人事本部長 佐藤正裕 25 企業事例発表A 70歳までの「定年延長制度」でいくつになっても仕事ができ、学べる場を提供 株式会社USEN-NEXT HOLDINGS 執行役員コーポレート統括部長 住谷猛 27 パネルディスカッション 70歳就業時代におけるシニア活用戦略 1 リーダーズトーク No.94 ルーセントドアーズ株式会社 代表取締役 黒田真行さん 「雇われている」という意識を捨て株式会社自分′o営者として生きる 33 日本史にみる長寿食 vol.352 アシタバは島の長寿草 永山久夫 34 江戸から東京へ 第124回 古着は宝の原石だ 高島屋新七と秀 ◆前編◆ 作家 童門冬二 36 高齢者の職場探訪 北から、南から 第129回 山口県 株式会社ニシエフ 40 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第79回 株式会社ノジマ 原島俊夫さん(69歳) 42 高齢社員活躍のキーマン管理職支援をはじめよう! 【第2回】 年下上司からのアプローチ方法@ 岡野隆宏 46 知っておきたい労働法Q&A《第58回》 エイジフレンドリーガイドラインの詳細、中小企業の割増賃金と代替休暇 家永勲 50 活き活き働くための高齢者の健康ライフ 【第4回】腰痛に悩まされていませんか? 坂根直樹 52 いまさら聞けない人事用語辞典 第32回 「正社員と非正規社員」 吉岡利之 54 労務資料 令和4年「就労条件総合調査」結果 厚生労働省政策統括官付参事官付賃金福祉統計室 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 59 読者アンケート結果発表!! 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.325 着物の特徴を活かして美しい洋服にリメイク 婦人・子供服注文仕立職 佐藤順子さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第69回]どちらが大きい? 篠原菊紀 【P6】 特集 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 〈東京会場〉 11月1日開催「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 11月25日開催「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」  当機構では、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2022(令和4)年度は企業のみなさまの関心の高いテーマごとに全4回開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表・パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2022年11月1日に開催された「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」、同11月25日に開催された「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」の模様をお届けします。 【P7-10】 11月1日 基調講演 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 自分らしいキャリアのつくり方 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 高橋(たかはし)俊介(しゅんすけ) 社会・環境の変化に合わせて変わる「キャリア」の価値観  私は、2000(平成12)年に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任し、藤沢キャンパスのキャリア・リソース・ラボラトリーを拠点として、自律的キャリア形成の研究を行ってきました。数多くのインタビューや大規模なアンケート調査を実施し、数値的な多変量解析※1を行い、そこからわかってきたことがいろいろあります。本日はそうした話を織り込みながら、自分らしいキャリアのつくり方についてお話ししたいと思います。  21世紀に入る前後からの日本のキャリア形成をめぐる環境についてふり返ると、1997年の山一證券株式会社の破綻にかかわる出来事が思い出されます。1990年代後半あたりには、バブル崩壊の後遺症から、日本の雇用環境が大きく変わっていくことを示唆する出来事がいくつか起こりました。さらに、デジタル社会の展開などさまざまな環境変化を背景に、キャリア形成をめぐる環境変化の速度がアップしているように思います。  社会では高齢化が進みながら、そうした環境変化が速まっていくなかで、キャリア形成に対する考え方も、かなり変化してきているという印象も持っています。  キャリアというのは、以前は「自分に向いている仕事、あるいは会社にどこかで出会い、試行錯誤があってもそこでまっとうする」というものでしたが、現在は「生涯を通じて変化する環境に自分が適応し続ける」、あるいは「それに対して自分が適応するために学び直したり、チャレンジしたりすることを生涯続けなくてはいけない」というものに変化してきています。2000年から22年間にわたってここまで研究を重ねてきて、この変化をいま、あらためて実感しています。 幸せなキャリアをつくるための三つの要件とは  キャリアに勝ち負けはありません。ただ幸せなキャリア≠ニ不幸なキャリア≠ヘあります。その評価軸は自分のなかにありますから、自分の評価軸に照らして、自分が満足できるキャリア、つまり「自分らしいキャリア」をどうすれば実現できるのでしょうか。  自分らしいキャリアをつくるために、次の三つの要件があると私は考えています。  一つは、「目標より習慣」です。よい習慣が、自分らしいキャリアに導いてくれるのです。比較的若い人にみられる傾向ですが、10年後のキャリア目標を定めて、効率よくそこにたどり着こうという発想を持つ人がいます。しかし、キャリアも人生も、ダイアグラムを詳細につくったらそこにたどりつけると考えるのは、大きな間違いだと思います。先のことはだれにもわからないからです。そういう意味で、目標を持つより、よい習慣を身につけることが大事だと考えます。「習慣」については、また後ほど説明します。  二つめは「普遍性の高い学びの能力」、または、その大前提となる「学びの主体性」です。日本ではこれまで、受け身の学びがほとんどだったと思います。最近では、政府や経済界、企業が、「学び直し」や「リスキリング」を掲げて取り組んでいます。もちろんそれもよいのですが、学ぶ側からすると「今度はこれを学びなさい」とふり回されているように思う人もいるでしょう。自分らしいキャリアを実現するためには、会社主導ではなく、本人が主体的に学ぶこと。そして、その学びが深い学びであることが大事になります。  普遍性の高い学びのポイントは「のこぎり曲線を積み木崩しにしない学び方」です。どういうことかというと、想定外の異動があったり、違う分野の仕事に就いたりすると、それまでの経験は表面的には使えなくなります。しかし、仕事や学びの体験から深く学んできた人は、いくつもの引き出しを持っていて、違う分野の仕事にも役立つ、あるいはその違う分野しか経験がない人たちでは思いつかないような引き出しを持っていたりするのです。キャリアが積み木崩しになってしまうのはつらいことです。一生の間にはのこぎりの歯のように上がることもあれば下がるときもあって、学び直しが必要になることが何度も起こります。しかし、学んで経験したことは自分の財産になります。そういう感覚を持って学ぶことが大事だと思います。  三つめは、「健全な仕事観」です。想定外の変化を主体的に乗り切るには、腹落ちするようなしっかりとした仕事観を持つことが、大切だと思います。 自分らしいキャリアを実現した人は仕事を自分らしくやり続けてきた人  要件の一つめにあげた「習慣」のことを、私は「主体的ジョブデザイン行動」と名づけました。要するに、いかに自分らしく仕事に取り組み続けているか。この習慣が大事になるのです。  以前、数千人を対象としたアンケート調査で、「自分らしいキャリアができていると思いますか」、「そのキャリアは自分で切り拓いてきたという感じがしますか」とたずねました。この二つの質問は非常に相関性が高く、多変量解析の結果をおおまかに説明すると、自分らしいキャリアを自分で切り拓いてつくってきた人は、仕事を自分らしくやり続けてきた人、だったのです。  また、「ネットワーキング行動」も大事になります。人間関係に対する投資や布石です。  米国スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授がキャリア理論の一つとして、1999年に「計画的偶発性理論」を発表しました。彼が説いているのは、自分が予想もしていなかったような人と偶然によって巡り合えている人と、巡り合えていない人がいて、その違いは何かというと、「普段の行いが違う」というのです。要は、人間関係への投資や布石の違いが、出会いの確率にあらわれるというものです。  最近よく「人的資本」という言葉を見聞きしますが、もう一つ、閉じていない、開いた関係を意味する「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」は、情けは人のためならずという状況を生むわけです。そういう意味でもやはり、「ネットワーキング行動」は自分らしいキャリアの実現にとって非常に重要だと思います。  そして、自分らしいキャリアを自分で切り拓いてきた人の説明要因として、もう一つ大事なことが「スキル開発行動」です。「今後どのようなスキルを開発していくか、具体的なアクションプランを持っているか」、「スキル・能力開発のために自己投資をしているか」ということです。  自分らしいキャリアを実現するための学びは、主体的に行うことが重要です。例えば、いまの世の中には、正解のない仕事が山ほどあります。正解のないことを思いつくという能力が、さまざまな仕事で求められるようになってきています。  ところが、学校教育はずっと正解型できています。また、日本では資格を取得することが尊重されています。そのための勉強が無駄とはいいませんが、資格試験の問題の多くは、「正解をこのなかから選びなさい」といったものが多く、試験勉強は丸暗記になりがちです。すると、勉強がおもしろくないわけです。対して欧米の資格試験は「自分の考えを述べよ」という内容が多く、自論を考えてアウトプットすることになります。できることなら、タテの関係で正解を教わるのではなく、ヨコの関係で自論をぶつけ、議論をすると、自分に抜けていた視点に気がついたりしますので、そうしたことをぜひ行っていく必要があると考えています。  「主体的ジョブデザイン行動」、「ネットワーキング行動」、「スキル開発行動」、これら三つの行動が、自分らしいキャリアを自分で切り拓いてきた人の説明要因として、重要なものであることをお話ししました。 自分が自然にできることで価値が出せる働き方を模索する  ここからは、自分らしさの基本である「内的動機」という概念について、お話ししたいと思います。「内的動機」とは、一人ひとりが持っている心の機能の志向性のことで、「自分の内なる自然なドライブ」、「心の利き手」ともいわれます。ごく自然に無理なく使っている利き手があるように、心的機能にも、ごく自然に無理なく使ってしまうものと、意識して努力しないと使えないものがあります。「利き手ではないほうの手で名前を書きなさい」といわれても、上手には書けませんしストレスがたまります。心の利き手にも同じことがいえます。  例えば、社交動機が強い人と弱い人の違いは、人見知りかどうかです。子どものころに人見知りだった人は、社交動機が弱い可能性が高くなります。つまり「初めて会った人と仲よくなりたい」と思う自然なドライブが無意識に出る人と、「できれば避けたい」と思う人の違いは、理由ではなく、心の利き手の違いなのです。  内的動機は、ゲノムや幼少期の影響を受けているともいわれ、大人になってから大きく変化することはほぼないとされています。「内的動機」自体に良い・悪いはなく、本人がどのように使い、成熟させるかが大切だといえるでしょう。  例えば、リーダーによくみられる内的動機には、達成動機、パワー動機、親和動機が共通してあるといわれます。自然体でこれらができる人はよいのですが、そうではない人がやろうとすると、利き手ではない手で朝から晩まで字を書くといった状況になり、非常につらくなります。人はみな違いますから、自分らしいキャリアは人をマネしていてはつくることができません。  リーダーによくみられる内的動機として、「復元動機」もあげられます。復元動機とは「打たれ強い」ということです。大失敗をしたり、怒鳴られたりしても「なにくそ、次こそうまくいくさ」というようなドライブです。気をつけたいのは、復元動機の強い人は、下手をするとパワハラをしてしまいます。「自分はそうやって鍛えられた」、「ここまで成長できたのはそのおかげなんだ」と思っているので、よかれと思って部下を怒鳴りつけてしまう。しかし、その部下の復元動機が弱い場合はうまくいきません。「人はみな違う」ということをまず理解する必要があります。  内的動機の話を本日しているのは、「仕事が向いているか、向いていないか」は、職務記述書と自分のスナップショットを合わせただけでわかることではないからです。  例えば、営業職が向いているかどうか。社交的ではなくても、実は営業で使える内的動機はたくさんあります。達成動機が強ければ「だれも落とせなかった案件を自分がやるんだ」という気持ちになります。闘争心が強い人であれば「同期には負けない」という意欲が湧くでしょう。内的動機はいろいろあるので、「自分らしく自然体でパフォーマンスを出せる」、「自分らしい営業の仕方に出会えるかどうか」が問題なのであって、営業という職務記述書があって、それが自分に向いているか向いていないかではないのです。  したがって、自己分析をしながら自分の得意技に持ち込んで、自分が自然にできることでほかの人たちにもバリューが出せるような、そんな働き方を試行錯誤していただきたいのです。大事なことは、自分自身の客観視やメタ認知※2です。 自分ならではの専門性を持って勉強し続けることが大事  最後に、たくさんの方にインタビューをした経験から、自律的キャリア形成に役立つと感じた話をいくつか紹介したいと思います。  まず、「理解しても納得するまで考える習慣をつけていくこと」。その習慣が、普遍性の高い学びを生みます。そのためにも、原理原則や基礎理論、歴史的背景を理解することも大事です。  また、「どう見られているかの前に、どう見られたいかを意識する」、「自己ブランドを確立する」ということも、自律的キャリア形成に役立ちます。人間力として、「あの人はこんなところが秀でているよね」といわれるような、仕事の個別性とは関係ないことも重要になってくると思います。  それから、これからの時代は、「生涯追い続けるテーマや自分ならではの専門性を持って勉強し続けること」も重要だと考えています。これを私はキャリアの「背骨」と呼んでいます。何歳からでも、仕事をリタイアしてからでもよいのです。例えば、地政学の知識がベースにあると、ビジネスに活かせる場面もありますし、リタイアしてどこか旅行へ行こうというときにも、自分のテーマを持って勉強している人はより楽しめるでしょう。生涯を通して、主体的に勉強したいテーマを見つけて、ぜひ続けていただきたいと思います。  それから、「二番目に得意なことを仕事にする」。これもけっこう大事なことです。一芸で生きていける人は少数ですから、最低でも二つ以上は得意なことをつくりたいものです。  そして、「多様な人からの刺激が、キャリアの広がりへの気づき」になります。受身的にキャリアを育んできた人は、ある程度の年齢になると、自分のキャリアの選択肢が狭まって見えてしまいます。ところが、越境学習などをして刺激を受けると、人生の選択肢が広がったような気になる瞬間というものが訪れます。重要なことだと思います。  最後に、「キャリアはフェーズで使い分ける」ことについてお話しします。  生涯にわたってワーク・ライフ・バランスが取れているキャリアを歩めるかというと、かなりむずかしいでしょう。ワークとライフのいずれかに偏るフェーズはあるでしょうから、トータルでバランスが取れればよいのではないでしょうか。そのためには、「フェーズの節目のデザインが重要」になります。無駄なフェーズは一つもありません。必ず何かの意味づけがあります。  例えば、これからの3年間を、10年後、20年後にふり返ったときに、自分の人生にとってどういう意味のあるフェーズにしたいか、それを考えていくとよいと思います。 ※1 多変量解析……さまざまな分析方法を用いて多数のデータから相互関連を分析する方法 ※2 メタ認知……自分の認知活動(考える、感じる、判断するなど)を客観的に認知すること 【P11-12】 11月1日 企業事例発表@ 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成について キヤノン株式会社人事本部人事統括センターグローバル要員管理部長 小島武彦 《特徴的な取組み》 ●創業当初からの行動指針である「自発」、「自治」、「自覚」の「三自の精神」に基づいて、社員にも変化・変身することを求め、学びと新たなチャレンジの仕組み(社内公募制度)を設けている ●50歳を迎えた社員に対し、「クリエイティブライフセミナー」を実施。自らのキャリアをふり返り、今後のキャリアや再雇用後について考える機会を提供している ●「自ら成長する意欲を持った社員を支援する」という考え方のもと、学び方改革や、教え方改革に取り組んでいる  当社は、1937(昭和12)年創業で、本社は東京都大田区にあり、現在は世界に330社ほどの連結子会社があります。キヤノンというと、カメラのイメージが強いかもしれませんが、2021(令和3)年12月期の売上げの内訳は、約半分がプリンティング事業で、カメラなどのイメージング事業が19%、半導体製造装置などのインダストリアル関連事業が16%、メディカル事業が14%となっています。社員数は、連結で約18万人、キヤノン株式会社単体で約2万5000人です。本日お話しする内容は、この2万5000人を対象とした取組みとなります。  当社の雇用・人事に関する考え方に、「実力終身雇用」、「人間尊重」があります。実力終身雇用は、年功序列ではない実力による公平な処遇を基本とした終身雇用の人事制度です。人間尊重とは、実力主義や健康第一主義などの人間尊重の姿勢をベースとした人事制度を意味しています。また、創業当初から「三自の精神」を行動指針に掲げています。「三自」とは、何事も自ら進んで積極的に行う「自発」、自分自身を管理する「自治」、自分が置かれている立場・役割・状況を認識する「自覚」の意味で、これをベースに人事制度がつくられています。  私の所属するグローバル要員管理部は、部門と社員の生産性向上を図るとともに、雇用を守っていくことを大きなミッションとしています。具体的には、社内転職の促進、適材適所の推進、重点成長事業への要員供給、採用です。本日発表する「自律的キャリア形成」の取組みは、グローバル要員管理部と人事部、人材組織開発センターが連携して取り組んでいるものです。 人材を再教育して適所に再配置する人生100年時代の実力終身雇用を実践  キヤノン流の自律型キャリア形成について、社内転職を中心にご説明いたします。この取組みは、人生100年時代の実力終身雇用という考え方に基づくものです。事業が少し下向きになってもリストラはせず、適材適所の考え方で新しい事業への人材を社内で育てて再配置していきます。事業は時代によって変化していきますので、それに合わせて社員も変化・変身していかなければなりません。  そのために、人材を創出し、再教育して社内転職を図り、会社全体として生産性向上と戦略的な大転換を果たしていくことを目ざして取り組んでいます。  自律的なキャリア形成は、「キャリアマッチング制度」(社内公募制度)をメインにして取り組んでおり、主に四つの特徴があります。  一つめは、未経験者でも応募できること。これを補完するため、通常のキャリアマッチング制度に加え、研修とセットにして社内公募ができる「研修型キャリアマッチング制度」があります。  二つめは、社内公募のなかに「50代おすすめ職種」を設定し、この世代の応募をうながしていることです。  三つめは、50歳を迎えた社員に、「クリエイティブライフセミナー」を行っていることです。当社の定年は60歳で、定年後の再雇用では役職がなくなります。そこで、このセミナーは、これまでの自分のキャリアをふり返るとともに、これからのキャリアや再雇用後について考える機会を提供するものと位置づけています。  四つめは、社内公募に合わせて、「キャリアカウンセリング」を行っていることです。応募すると、最初に社内カウンセラーのカウンセリングを受け、これまでに積み上げてきたスキルや経験、自分の強みなどを整理したうえで、選考に臨むことができます。  通常のキャリアマッチング制度に応募した場合、応募→キャリアカウンセリング→審査→選考→再配置となります。これが、「研修型キャリアマッチング」では、応募→キャリアカウンセリング→審査→選考→研修となり、研修のなかでもう一度キャリアカウンセリングを受け、その後に再配置していくという流れになっています。  キャリアマッチング制度の応募者は年々増えてきており、今年も過去最高の応募数となる見込みです。合格率はおおよそ40%前後で、応募者を職種別にみると、53%が技術系、26%が事務系となります。年代別では40代が35%、50代が31%、30代が22%です。キャリアをふり返って新しいことにチャレンジする社員が、40代、50代に多いという特徴がみられます。  一方、研修型キャリアマッチング制度では、ソフト開発などのソフト関係の職種や装置関係、品質部門・経理部門などの職種を募集しており、約6年間の累計で500人ほどが職種転換を図っています。  これらの社内転職のポイントは、「やる気」と「適性」です。この2点が揃わないと、新しいことに挑戦するのはむずかしいので、選考ではこの2点を特に重視しています。 自ら成長する意欲を持った社員を教育と社内転職の機会で支援する  人材育成については、「自ら成長する意欲を持った社員を支援する」という考え方のもと、学び方改革、教え方改革に取り組んでいます。  学び方改革は2017(平成29)年に始めた取組みで、研修を「いつでも」、「どこでも」、「何度でも」受けられるよう、週末開催、定時後開催、オンライン開催を行っています。また、研修内容の質の向上のため、コンテンツの開発力、講師の力、編集力の向上にも注力しています。  キヤノン流の自律的キャリア形成は、実力終身雇用の考え方をベースに、自ら新しい職務にチャレンジする社員に、会社が強化したい職種とその仕事に就くための教育機会を準備して、職種転換を図る取組みです。「変化は進歩」、「変身は前進」ということを常に意識し、今後100年、200年と発展し続ける会社になるよう、今後もさまざまなことに取り組んでいきます。 【P13-14】 11月1日 企業事例発表A 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 パーパスドリブン※1な自律的キャリア形成支援 損害保険ジャパン株式会社 人事部人材開発グループリーダー 田(たかだ)剛毅(ごうき) 《特徴的な取組み》 ●社員を人的資本としてとらえ、経営戦略と人材戦略を連動させて、人材育成体系の抜本的な見直しにチャレンジしている ●「会社のなかの自分の人生」から「自分の人生のなかの会社、仕事」という考え方へ抜本的な意識改革を図り、社員の幸せや働きがいの実現を目ざして、自律的キャリアを実現する人事制度を展開している ●シニア世代のセカンドキャリア支援策として、新たに「シニアリスキリングプログラム」がスタートした  SOMPOグループでは、「安心・安全・健康のテーマパーク」により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現することをパーパスとして掲げています。社員数は、グループ全体で約7万5000人、そのうち損害保険ジャパンの社員数は約2万5000人です。  当社では新中期経営計画の基本戦略において、働き方・仕事のやり方改革、人材育成を掲げています。人事戦略では、「もっと働きがいを感じる会社=vの実現を目ざし、成長支援、評価、異動・登用、セカンドキャリアを含む退職までのキャリア形成を支えていく各種施策や支援策を展開しています。  近年は「人的資本経営」という言葉をよく耳にするようになり、当社においても、人材を人的資本としてとらえ直し、持てる強みを発揮して、価値を生み出すために必要な機会を提供していくという方針で社員を支援しています。あわせて、経営戦略と人材戦略を連動させて、育成体系を抜本的に見直すことにチャレンジしています。  同時に、社員に対しても変化をうながしています。これまではどちらかというと、「キャリアも仕事も与えられるもの」というイメージでしたが、これからは一人ひとりがマイパーパス※2に基づいて、あふれる好奇心を持ち、「しよう」、「したい」、「なりたい」という志に突き動かされる人材へと変化していってほしいと考えています。  こうした取組みの結果として、これからは、一つの企業に収まらない人材が増えてくる可能性もあり、社員と会社は「選び、選ばれる関係」になっていくと考えています。社員には自律した個となることにコミットしてもらい、会社は社員が強みを発揮しやすい多様性に富んだ職場づくりを行い、成長の場を次々と提供していくことにコミットしています。その結果、社員の成長と会社の成長が好循環を生み出し、相互信頼を高めていくことで、エンゲージメントの向上を実現していきたいと考えています。 自律的キャリアを実現する人事制度  これまでは、一つの会社に勤め続けるという社員がほとんどで、「会社のなかに自分の人生がある」と考える社員が多かったと思います。しかし、社会環境や個人の価値観が変化するなか、これからは「自分のなかに会社がある」といった形のほうが活き活きと働くことができるのではないか、そうなることで、おのずとイノベーションが起き、会社も強くなっていくのではないかという考えのもと、意識改革を図っているところです。  まずは、自分たちの働く意義ともいえる「マイパーパス」を言語化することを進めています。そして、会社のパーパスと重ねていくことで、社員の幸せや働きがいの実現を目ざします。現在、パーパス経営への理解浸透、マイパーパスの言語化、メンバーのマイパーパスを言語化するための対話の習得に取り組んでいます。これにより、相互理解が深まってきて、日常のコミュニケーションが変化したことを感じています。  マイパーパスを言語化して自分でキャリアを描き、自律的にキャリアを実現する人事制度を用意しています。  一つめは「ドリームチケット」制度です。顕著な活躍をしている社員に対し、本人の希望通りの異動を実現するという制度で、2002(平成14)年から運用しており、毎年10人ほどがこの制度で夢を叶えています。  二つめは、「ジョブチャレンジ制度」という社内公募制度です。2021(令和3)年実績では、グループ会社も含めて約700の公募ポストを用意し、約80人がこの制度を利用して希望するキャリアを実現しています。また、2021年からは「リモートチャレンジコース」を新設しました。こちらは、介護や子育てなどで転居をともなう異動がむずかしく、自身の希望するポストにチャレンジできない社員のために、フルリモートで業務を行うことを前提とした社内公募制度です。  三つめは、社内副業制度「SOMPOクエスト」です。所属部署の業務を行いながら、他部署の業務にたずさわることができる制度で、すでに400人超がチャレンジしています。自分の経験やスキルを棚卸しして強みを再認識してもらうとともに、ジョブを体感することでなりたい自分≠明確にする、あるいは、全国の社員の強みを融合し、新たな価値を創造することなどを目的として立ち上げた制度です。 新しい時代に対応する学びの場としてシニアリスキリングプログラムを開始  続いて、シニア世代のセカンドキャリア支援プログラムについて説明します。進路や働き方をイメージするための研修・自己研鑽のほか、社内・社外での活躍の場を提供する各種制度を通じて、セカンドキャリアの支援を行っています。  さらに、新しい時代に対応する学びの場として、「シニアリスキリングプログラム」を2022年秋から新たにスタートしました。従来のマインドセットに加えて、継続的にリスキル、アップスキルに取り組める環境を提供していきます。今後も、さらなる活躍の場の提供と新たな働き方を後押しする制度の整備について検討を進めていきます。  また、キャリアを実現するための学びの場として、人材育成体系の抜本的な見直しを行い、2020年10月に損保ジャパン大学(オンライン企業内大学)を設立し、2022年10月には自律的キャリアをさらに後押しする場として進化させました。学びの履歴をレコード化することにもチャレンジしています。学びのレコード化を異動・登用に活用することで、自律的にキャリアを描いて自ら学び行動する。そんな社員にチャンスが多く訪れる仕組みをつくっていくことで、私たちの目ざす変革の方向性を実現し、パーパスドリブンな自律的キャリア形成を後押ししていきたいと考えています。 ※1 パーパスドリブン……企業が社会における存在意義や目的を定め、それに基づいて企業活動が行われていること ※2 マイパーパス……自分自身の人生の意義や目的、働く意義 【P15-16】 11月1日 企業事例発表B 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について 〜社員の自律を支援する Career Canvas Program=` ソニーピープルソリューションズ株式会社 EC人事部統括部長 大塚(おおつか)康(やすし) 《特徴的な取組み》 ●会社と社員が「都度、選び合い、応え合う」関係であるとの考え方から、「自分のキャリアは自分で築く」という言葉が、以前から社内で周知され、社員に定着している ●「Career Canvas Program(キャリア カンバス プログラム)」を2017年に導入し、社内・外の新しいキャリアへ進むことを支援している ●「シニアインターンシップ(社外体験プログラム)」により、中小企業支援体験、地方創生体験、ワンデイ仕事体験などのプログラムを展開している  ソニーグループは、エレクトロニクス事業からスタートして、現在ではゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画、金融、半導体といった幅広い領域で事業を展開しています。各事業を分社化しており、人事の機能について、ソニーピープルソリューションズ株式会社という別会社として、当社で各事業を支援しています。  ソニーグループでは、会社と社員の関係について、「ソニーのパーパスである『感動』をつくり出すのは一人ひとりの特別な『個』であり、それを受け入れる『場』がソニーである」と定義しています。そして、会社と社員がもたれ合うことなく、「都度、選び合い、応え合う」関係であるとして、「自分のキャリアは自分で築く」というワードが、ソニーのなかで以前から、いわゆるキャリアを語る言葉として周知され、社員に定着しています。 人生80年をベースに考えるチャレンジと学びの支援プログラムを整備  2017(平成29)年にスタートしたベテランとシニア社員向けの「Career Canvas Program」は、人生80年をベースに考える「社員のキャリア自律」を支援するプログラムです。また、単に、個々の施策・制度の導入ではなく、メッセージも含めたシナリオのあるパッケージを提示していることが特徴です。  また、ベテラン社員の活躍支援として、経験を活かすだけではなく、専門性やスキルを継続的にアップデートしていくことが重要であると考えており、社員のキャリア自律をベースにして、自らの意思で社内外問わず、さまざまな道を選んでいける風土・文化に変えていくことが目的であるということが、ポイントとなっています。  プログラムは、ソニーで活き活きと働きながら将来の資産形成をしてもらい、それぞれのキャリアライフに合ったタイミングで、社内外の新しいキャリアに進んでもらうものです。そのための二本柱を掲げて、社員のマインドを下支えする取組みを展開しています。  二本柱の一つが「新しい分野への挑戦の支援」で、いわゆる社内公募制度です。ソニーでは、もともと社内公募が盛んで、上司に許可を得ることなく応募し、合格した場合には必ず異動させる、という制度が定着しており、1966(昭和41)年から累計7500人以上が利用しています。この制度を少し前にリニューアルして、「キャリアプラス」、「キャリアリンク」、「社内FA制度」の三つの制度を導入しました。  特に、ベテラン社員に活用してもらいたいと考えて導入したのが「キャリアプラス」と「キャリアリンク」です。「キャリアプラス」は、いわゆる兼業の社内公募制度で、合格した場合には、現業を行いながら、応募した業務も兼業してもらいます。具体的な事例を紹介すると、「アニメが好きな人を兼業で公募して、商品にアニメのエッセンスを入れて、よりビジネスの向上を図る」という求人があり、かなりの応募がありました。また、主に若手が行っている新規事業にベテランの知見を求めるといったものもあります。品質や生産性向上などの知見をかけ合わせてサポートをするような求人です。動員をかけるのではなく、社内の「やりたい人」にかかわってもらうという考え方です。  もう一つの柱は「学び直しの支援」で、「Re-Creationファンド」という制度を新設しました。50歳以上の正社員を対象に、10万円を上限として、今後のキャリアづくりに向けて、保有スキルの向上や新しいスキルを獲得する学びを支援するものです。学ぶ内容は、社員自らが考える制度となっています。この制度は「ベテラン社員に学びを続けてほしい」という会社からのメッセージである一方で、「学ぶ内容は自分で考えてください」という方針を取っています。これまでの申請例として、中国語会話やそば打ち、アロマ検定など、新しい分野へのチャレンジ≠烽れば、保有スキルのメンテナンスのような位置づけのものもあります。  また、これらの制度を下支えする取組みとして、30代から50代までの世代別研修のほか、管理職向け研修があります。  50歳以上のキャリア研修は2回あり、研修後に必ず一人ひとりにキャリアメンターをつけて、研修のサポートを行っているのが特徴です。キャリアメンターは、主にマネジメント経験者で国家資格キャリアコンサルタントを取得した者が担当し、自律的なキャリア支援を行います。上司、人事とは別軸で、いわゆる人生の先輩として相談できる関係を目ざしています。キャリアメンターは本業と人事部を兼務し、業務の10〜20%程度をメンター業務に充ててもらいます。現在、約30人のメンターが活躍中です。 シニアインターンシップ制度で社外を含む多様なチャレンジを支える  2021(令和3)年からは、シニアインターンシップ(社外体験プログラム)を新たにスタートしました。中小企業支援体験プログラムや、自治体とソニーでコラボレーションして地方創生体験をするプログラム、1日だけやってみたい仕事にチャレンジするワンデイ仕事体験などがあり、あらかじめプログラムを宣言して、社内公募でやってみたいという社員にチャレンジしてもらう仕組みです。なかにはとある町おこしプロジェクトにたずさわり、ソニー社員の提案がふるさと納税の返礼品として採用された例もあります。そうした経験を通して、それまでにつちかった力がどのようなところで発揮できるのか、社内だけではなく社外も含めて考え、新たなチャレンジを支援するという取組みです。  本日ご紹介した制度は、ベテラン・シニア社員が、自らの意思で社内外のさまざまな道を主体的に選んでいく風土・文化に変えていくことを目的としたものです。その結果として、組織の強化・活性化≠ニ社員のライフキャリアの充実≠フ両立につなげていきたいと考えています。 【P17-22】 11月1日 パネルディスカッション 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」 生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成について コーディネーター 学習院大学名誉教授 今野(いまの)浩一郎(こういちろう)氏 パネリスト キヤノン株式会社 人事本部人事統括センター グローバル要員管理部長 小(こじま)武彦(たけひこ)氏 損害保険ジャパン株式会社 人事部人材開発グループリーダー 田(たかだ)剛毅(ごうき)氏 ソニーピープルソリューションズ株式会社 EC人事部統括部長 大塚(おおつか)康(やすし)氏 企業プロフィール キヤノン株式会社 (東京都大田区) ◎創業 1937年 ◎業種 精密機器製造 ◎社員数 (単体)25,377人(2021年12月末日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年60歳、希望者全員65歳まで再雇用。50歳到達時の社員に対し、自らのキャリアをふり返り、定年・再雇用などに備えるための「クリエイティブライフセミナー」を実施。新たなチャレンジの仕組みとして、社内公募制度を設けている 損害保険ジャパン株式会社 (東京都新宿区) ◎創業 1888年 ◎業種 損害保険業 ◎社員数 22,537人(2022年4月現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年60歳、希望者全員65歳・基準該当者70歳まで再雇用。社員と会社は「選び、選ばれる関係」になっていくと考え、自律的キャリアを実現する人事制度を整備。シニア世代のセカンドキャリア支援策としては、新たに「シニアリスキリングプログラム」をスタートした ソニーピープルソリューションズ株式会社 (東京都港区) ◎創業 2012年 ◎業種 サービス業 ◎社員数 350人(2022年4月現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年60歳、希望者全員65歳まで再雇用。ソニーグループに定着する「自分のキャリアは自分で築く」というポリシーのもと、ベテラン社員のキャリア自律を支援するプログラムを整備。「新しい分野への挑戦の支援」、「学び直しの支援」、「シニアインターンシップ」などの取組みを実施している 自律的キャリア形成を社員に求める理由と背景 今野 本日は、自律的なキャリア形成について、シニア層のことも念頭に置きながら議論をしていきたいと思います。はじめに、なぜ社員に自律的なキャリアを求めるのか。この点からお聞きしたいと思います。キヤノン株式会社の小島さんからお願いします。 小島 自律的なキャリア形成を社員に求めるメリットは、大きく二つあると考えています。一つは、本人の生産性、パフォーマンスが上がり、それが部門のパフォーマンスにも影響していくという点です。もう一つは、「やりたい仕事が会社にない」、あるいは「この会社ではできない」となると、退職してほかの会社で働くという選択肢が生じてきますので、そこにリテンションをかける、という意味でもメリットがあると思います。 今野 パフォーマンスを上げるためには、よい仕事を任せるという方法と、やりたい仕事をできるようにするという、二つのルートがあると思います。昔は比較的、前者の傾向が強かったのですが、本日ご登壇いただいた3社の事例発表では、共通して「やりたい仕事をしてもらうほうがパフォーマンスが上がる」ということでした。なぜ、このルート変更があったのでしょうか。 小島 いろいろ悩むことはあるのですが、できれば「やりたい仕事に就いて活き活きと働いてほしい」という考え方がいまは大きくなってきています。また、退職者を増やしたくないという視点もあります。 今野 ありがとうございます。損害保険ジャパン株式会社の田さんは、いかがでしょうか。 田 当社が自律的キャリア形成を求める方向に舵を切ったのは、健全な危機感からだったと思います。少子高齢化や社会環境の変化などから、働き手、個人、消費者の価値観も変化し、ビジネスのあり方も劇的に変わってきています。先が読めないなかで、持続的に成長し価値を生み出し続ける企業活動を行っていくためには、自らが主体的に何かを生み出す、そんな内発的な動機に突き動かされる人材をしっかり育てて、キャリアを形成していかないと、企業の生き残りそのものが危ぶまれるのではないかという危機感がありました。 今野 変化の激しい時代には、価値を創造していくことをしてもらわなくてはいけない。そのためには自律的にキャリアを積むことを考えてもらう必要がある、ということでしょうか。 田 はい。自分が「こうしよう」、「こうしたい」という思いが根底にないと、小さな変化すら起こせないのではないかという考えを持っています。 今野 そうすると、自律的キャリアは本人の問題のようですが、社員のみなさんに、価値を生み出すことを求めるということが背景にあると、理解したほうがよいのでしょうか。 田 そういった思いも根底にはあるということが正直なところです。 今野 ありがとうございます。そういう点では、時代が変わってきたという感じがしますね。ソニーピープルソリューションズ株式会社の大塚さんは、いかがでしょうか。 大塚 非常に変化の激しい時代ですので、キヤノンの小島さん、損害保険ジャパンの田さんのお2人がお話しされたことは、まさにその通りだと思います。別の視点で話をすると、いまは職業人生がとても長くなってきていて、20歳のころに入社してから40年間、50年間と職業人生が続きます。同じ会社に長く勤める間、モチベーションを高く持って過ごす人もいれば、どんどんチャレンジをする人もおり、いろいろなバリエーションが出てくると思います。人生をハッピーに生きるためにも、社員の一人ひとりが、会社におんぶに抱っこではないという状況をつくることは、会社にとっても社員にとってもよいことではないかという意識を持っています。 今野 ありがとうございます。そうなると、会社と個人が、Win−Winになる関係をどうつくっていくか。そこが大切になってきますね。 自律的なキャリア形成をうながすための仕組みやポイント 今野 自律的なキャリア形成を社員にうながすための取組みを各発表のなかでお話しいただきましたが、特に重要だと思われていることや、取組みを進める際に生じた課題などについてお話しいただきたいと思います。小島さん、いかがでしょうか。 小島 当社の場合、社内公募制度の一つで、未経験者でも応募することができる研修型キャリアマッチング制度が、いま、たいへんうまく機能しています。選考面接を行うと、応募した社員は目をキラキラさせながら、「こういうことがやりたい」と話してくれます。会社に貢献していきたいという、そういう思いを伝えてもらえる場にもなっています。そこで、未経験者でもチャレンジできる仕事を、どんどん増やしていきたいと思っています。 今野 仕組みとしては、求人情報があって、それを見て、手をあげる。でも、スキルが足りないから研修を受けるという流れですね。 小島 はい。求人情報は、普通の社内公募は2500ほどあるのですが、研修型キャリアマッチング制度では10職種ほどで募集しているという状況です。 今野 田さんはいかがですか。 田 一つは、当社のパーパス経営、「マイパーパス」ということかと思っています。やはり自律的キャリアを考えていくときには、まず「自分は何者なのか」、「何を成し遂げたいのか」が定まらないと、そもそもキャリアを考えることはできないと思っていますので、まずはマイパーパスをしっかりと言語化する。この取組みを大切にして進めています。  もう一つは、そこから自分がキャリアを実現していくための学びや、実現するための制度として、事例発表でもお話しした「SOMPOクエスト」と、「ジョブチャレンジ制度」のなかのリモートチャレンジコースで、いずれも社員からの提案から生まれてきたものです。その声を形にして、少しずつ育てており、そういった取り組み方も重要なことだと思っています。 今野 マイパーパスの言語化について「私にもできるだろうか」と思いながら聞いていました。言語化するためのコツはありますか。 田 最初のころは、会社の経営計画の写しみたいなものを書いてきたというケースもありました。そうではなく「こういう思いはいつからあったのか」、「どういう体験がきっかけになったのか」などを話すパーパスの共有会みたいなものを行ったり、上司と部下との1on1などを通じて、原体験を深掘りしていきます。そうした対話が重要なのかなと思います。 今野 大塚さんは、いかがでしょうか。 大塚 社員の自律的なキャリア形成ということが、事業や職場のビジネスにもプラスになる、役に立っているんだという理解を、社員にきちんと持ってもらうことが必要ではないかと思います。当社の場合、公募制度には50年ほど前から取り組んでいます。社員のためというよりも、職場のマネージメントも必要だと思ってやっているところがあります。どちらかに偏っていると定着しなかったり、広がらなかったりすると思いますので、そこをどうしかけていくか、そのあたりが大事なのではないかなと考えています。 自律的なキャリア形成と人事評価、処遇の変化について 今野 自律的なキャリア形成を進めていくと、それにあわせて評価・賃金を見直す必要性が出てくると思うのですが、いかがでしょうか。大塚さんからお願いします。 大塚 役割に応じて変動するようなメリハリのある形に持っていくことと、それをできるだけオープンにして、納得性も高めていくことが大事だと思います。 田 評価のメリハリ、それにともなう処遇の変化のメリハリは必要だと思います。また、ジョブを明確にして、そのジョブに見合う専門性などを有した人材がそこに入っていく、ジョブアサインメントのあり方を変えていくことが必要ではないかと思っていますが、課題もまだまだあると思っています。 小島 評価の透明性ということが、やはり大事なことだと思います。 シニアの自律的キャリア形成とマインドセットの取組みの工夫 今野 シニア社員に絞ったときの自律的キャリア形成についてうかがいます。こうすればうまくいく、こんな課題を抱えていますということをお聞かせください。 田 当社では、シニアリスキリングプログラムという取組みで、マインドセットからリスキル、継続的な学びを展開しています。もっとも大事なのはマインドセットの部分だと思っています。自分がどういうキャリアをこれから描いていきたいのか、そのキャリア観や、これからも長く働くということを改めて理解し直すこと、そのために何ができるかという部分です。そこをしっかりと見つめ直すことが大切ではないでしょうか。  もともと、ワークライフデザイン研修や、キャリア開発50研修というプログラムを展開していたのですが、それをきっかけに「何かやってみよう」と考えたときに、自分の足りないスキルを補えるような仕組みがありませんでした。そこで生まれたのがシニアリスキリングプログラムになります。始めたばかりの取組みなので、走りながら見直しを進めていく必要があると思っています。 小島 当社では、役職定年制度がなく、60歳を迎えたら急に役職をはずれて一般職の仕事になるという状況です。そのためのマインドセットと、どのようなスキルで会社や部門に貢献していくことができるのか、その2点が大きなポイントになっていると思います。 今野 60歳から一般職に移ると、上司は元部下ということになりますね。そのあたりのご苦労もあるのではないでしょうか。 小島 「ない」とはいえませんが、意外とうまくマインドセットできているメンバーが多いのか、60歳定年者の80%が再雇用を選んでおり、アンケート調査で活躍具合をたずねると、所属長の回答は、9割ぐらいの方々が期待通り、もしくは期待以上に活躍しているという調査結果も出ています。 大塚 「いまの職場で長く働きたい」という人もいれば、社内で新しくチャレンジする人、あるいは社外へ行く人もいます。そういった、さまざまな色を持つ人たちを見て、後輩の社員が将来の自分の姿を考えられるような形にしておくのがよいのかなと思います。一色になってしまうと、なんとなくそこに引きずられてしまうので、多様な状態をどうつくっていくのかというところが大事ではないでしょうか。 今野 マインドセットを変えてもらうために、3社とも共通して、50歳ぐらいでキャリア研修をされていますね。やはり年齢的には50歳ごろで実施するのがよいのでしょうか。 大塚 30歳ごろにも実施していたのですが、2022(令和4)年から新たに45歳を対象とした研修も始めました。人生でも会社生活でもちょうど真ん中あたりの年齢で、会社で活躍することを考えている人もいれば、プライベートを大事にしている人もいます。さまざまな考えを持つ人が集まり、それが刺激になるので、早い時期に将来について考えてもらうこと自体はよいことだと思いました。 田 シニアリスキリングプログラムは50歳からが対象になっているのですが、マインドセット部分は、ワークライフデザイン研修を45歳で実施しています。なぜ45歳がよいのかという点も考えているところで、本当はもっと早い段階からキャリアについて考えるプログラムや、相談できる場などを用意したほうがよいのかなと思っているところもあります。これから会社として考えてまいります。 小島 これまで社員に自律的キャリアを考えてもらうといった機会があまり多くはありませんでしたので、50歳で60歳以降のキャリアをどう考えていくかということを投げかけています。もっと若いときからキャリア研修をしていけば、社員の意識もそれだけ変わってくるかもしれないという思いはあるのですが、現在は50歳時点の働きかけによって、社員がギアを変えて考え始めているのが実際のところです。 自律化のポイントは企業内労働市場の市場化 今野 最後に、これだけは話したいということをお聞かせください。小島さんからお願いします。 小島 本日は貴重な場をいただき、また、みなさまの事例やお話から勉強をさせていただきまして、ありがとうございます。当社はこれから事業をどんどん変えていこうという課題がありますので、社員のやる気をどう引き出して職種転換を図っていくか。そのことが経営課題になっています。だれもがやりたい仕事に就けるかというと、実際にはそうではないかもしれませんが、会社の成長と本人の成長がうまく合うように、キャリア形成の取組みを進めていきたいと思います。 田 当社の取組みはまだ道半ばであり、できることからやってみるということからスタートしました。本日のみなさまのお話には、当社でも採り入れたいことも多々あり、情報の重要性を改めて感じました。そして、本日得た情報を、自分たちに合わせて咀嚼(そしゃく)して取り入れていく、自分たちなりのやり方を考えることが大切だとも思います。ありがとうございました。 大塚 本当に貴重な機会をいただき、いろいろなお話を聞かせていただいて参考になりました。シニアの取組みでは、なかなか知恵が出てこないというところがありますので、1社だけで考えて取り組むよりも、他社間の連携、あるいは地方との連携など、いろいろなつながりをつくりながら、みんなで考えながら取り組んでいきたいと感じました。本日お会いしたみなさまとも、人事担当者としてつながりながら、課題を解決できるといいなと思っています。本日はありがとうございました。 今野 みなさん、ありがとうございます。キャリア形成については、せっかくなら個人は豊かなキャリアを積みたいでしょうし、会社は変化の激しい市場のなかで生産性を高め経営成果をあげたい。その両方をマッチングさせるには、キャリアの自律化が必要なのだというお話だったと思います。  キャリアの自律化を進めたときに、仕事とのマッチングをどう図っていくかが重要なポイントになっており、本日の3社のみなさまのお話では、例えば、社内公募といった方法などで、一種の企業内労働市場の市場化に取り組んでいることが、たいへん重要な施策であると思いました。そうすると、個人は自分の何を会社に売りたいのかをちゃんと考える必要がある、これがキャリアの自律化と直結すると思います。一方で、会社では何を買いたいのかを明確にすることが必要になります。そういう企業内労働市場の市場化は、非常に重要なコンセプトかなと思います。つまり、「キャリアの自律化のためには企業内労働市場の市場化がポイントである」ということを、本日のまとめにして終わりたいと思います。 写真のキャプション 学習院大学名誉教授の今野浩一郎氏 キヤノン株式会社人事本部人事統括センターグローバル要員管理部長の小島武彦氏 損害保険ジャパン株式会社人事部人材開発グループリーダーの田剛毅氏 ソニーピープルソリューションズ株式会社EC人事部統括部長の大塚康氏 【P23-24】 11月25日 企業事例発表@ 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」 「無期限の継続雇用制度」 定年退職を事実上廃止にする人事制度を新設 〜改正高年齢者雇用安定法の施行にも対応〜 三谷(みたに)産業株式会社 執行役員人事本部長 佐藤(さとう)正裕(まさひろ) 《特徴的な取組み》 ●2021(令和3)年4月1日から、60歳以上の全社員を対象として、「無期限の継続雇用制度」を新たに制定 ●定年後65歳までを「マスター正社員」、66歳からは「マスター嘱託社員」として、人事考課を継続。「マスター正社員」は昇給・賞与を、「マスター嘱託社員」には賞与を支給する ●66歳となる年度以降は、1年ごとに契約を更新し、評価基準を満たした社員が更新の対象となる  当社は2021年4月より、「無期限の継続雇用制度」を導入しました。この制度は、導入までに2年間ほど議論を行ったのですが、制度導入の反響が思いのほか大きく、メディアにも取り上げていただき少々驚いています。本日はこの無期限の継続雇用制度についてお話しします。  当社は、1928(昭和3)年に創業した卸売業の会社で、石川県金沢市と東京都千代田区の2カ所に本社があり、化学品、情報システム、樹脂・エレクトロニクス、空調設備工事、住宅設備機器、エネルギーの6セグメントで事業を展開しています。また、ベトナムに7つの子会社を展開しています。  新たに制定した無期限の継続雇用制度は、国内グループ会社の60歳以上の全社員が対象です。定年となる60歳を人生の節目として、今後の働き方を見つめ直し、自身にとって最適なワーク・ライフ・バランスをデザインすることができる制度となっています。まず、新制度導入にあたり、「三谷産業グループが目指す60歳以降の働き方」と題して、社員全員に次のメッセージを発信しました。  「人生の節目となる定年は、自分の仕事ぶりや今後の働き方を見つめ直すタイミングと捉え、その機会を60歳においています。家族の状況や住んでいる場所をはじめ、一人ひとりのライフステージが違う中で、どのように働くことが最善のバランスと感じるのか、自ら問いかける必要があるからです。  また、役職者におかれましては、これまでつちかってこられた成功体験やノウハウ等を、後進に道を譲る機会として、原則60歳の『役職定年制』も導入いたします。  みなさんには、体力や知力の自己点検と同時に、仕事ぶりを評価する目標・考課を継続することで、その実力を正しく測り、成果に見合った賞与も支給していきます。  会社は、60歳以降も働く場所を提供していきますが、決して受け身とならず、能動的に定年までのキャリアデザインを描くこと、そして定年後の働き方を変化させていくことを求めていきます」 仕事ぶりを評価する人事考課を継続し成果に見合った賞与も支給  旧制度では、60歳定年時にグループ会社のアドニス株式会社に転籍してもらい、65歳までは嘱託社員として契約。プロパーで定年を迎える社員は毎年10人ほどで、66歳以降は個別雇用契約を結び、ほとんどの人が仕事を継続していました。新たな制度は、そうした実態にあわせて制定したもので、60歳となる年度末でアドニス株式会社に転籍後も、65歳となる年度末まで正社員として個別雇用契約を結びます。66歳となる年度以降は、嘱託社員として契約します。  定年年齢は60歳で、これは変更していません。大きく変更したのは「65歳までは正社員である」としたことです。61歳年度からは「マスター正社員」、66歳年度からは、1年ごとに契約を更新する「マスター嘱託社員」として、評価基準に照らし問題がなければ継続雇用を行う制度です。また、定年後も年2回の人事考課を継続し、「マスター正社員」は昇給・賞与を、「マスター嘱託社員」には賞与を支給しています。  簡単にいうと「戦力になっている人には、ずっと働いていてほしい」ということです。やる気があるかどうかもみて、評価・処遇にもメリハリをつけたほうがよいという考え方から、マスター正社員、マスター嘱託社員ともに、半期ごとに目標設定をして管理し、人事考課をしていく制度になっています。  退職金は、60歳に達した年度末での支給に加え、継続雇用終了後にも支給する第2の退職金という仕組みをつくりました。  働き方は、正社員と同様に時差出勤や短時間勤務、テレワークを選択できます。  また、当社では1999(平成11)年に年功序列をやめて、成果主義的な制度へと大きく変えたときから、「役職」に代えて「人材区分」というようになりました。60歳定年以降の人材区分はなかったのですが、新制度では65歳までを正社員としたので、新たに「熟達者」という区分をつくりました。大きく、「熟達者T(定型労働型)」、「熟達者U(現業継続型)」、「熟達者V(専門性発揮型)」に分かれています。ラインの管理職をしていた社員はだいたい熟達者V、いわゆるマネジメントの補佐的な役割に移っていきます。現業を継続していく社員は、基本的には熟達者Uになります。一方、60歳を過ぎたら、ワークよりライフのほうを中心にしたいと希望する社員は熟達者Tになります。  また、モチベーションを上げる施策として、「出来高払いオプション」という仕組みを設けました。実力がある人は66歳を過ぎても、例えば、社内外講師や、グループ会社や子会社などで技術指導を行うなど、さまざまな活躍の場を広げているので、そういう人には給料とは別に出来高払いオプションを設定しています。 マスター嘱託社員(66歳〜)の契約更新は勤務評定Bランク以上などの基準を設ける  「マスター嘱託社員(66歳〜)」は、評価基準を満たした場合のみ無期限の継続雇用制度の対象となります。評価基準の一つは、人事考課(7段階評価)において、直近1年間の勤務評定がBランク(4段階目)以上であること。二つめは、産業医による直近の健康診断のデータ確認と面談を行い、就業上支障がないと判断されること。三つめは、仕事に対する意欲などをアンケート方式でたずね、キャリアアドバイザーと面談する「キャリアドック」を受けてもらうことです。ほかにも、懲戒処分がないこと、人材区分別職務給に同意することなどの基準を設けています。  60歳以降の働き方を主体的に選択していくためにも、2021年からは57歳以上の社員にキャリア研修を実施しており、徐々に研修の対象年齢を若くしていこうと考えています。 【P25-26】 11月25日 企業事例発表A 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」 70歳までの「定年延長制度」でいくつになっても仕事ができ、学べる場を提供 株式会社USEN−NEXT HOLDINGS 執行役員コーポレート統括部長 住谷(すみたに)猛(たけし) 《特徴的な取組み》 ●「定年延長制度」を2019(令和元)年9月よりスタート。キャリアデザインの節目として60歳で第一の定年を迎え、希望者には人材価値に応じて再査定・再オファーを行い、再雇用契約を結ぶ。その後、第二の定年となる70歳まで正社員として働くことが可能 ●年齢に関係なく、「貢献度」に応じた評価・査定を毎年実施し、報酬に反映。これにより、働く人たちのモチベーション低下を防ぎ、優秀な人材の確保を実現している ●働き方改革に取り組み、グループ内のスカウト制度や公募制度、ジョブローテーションなどキャリア支援制度の充実も図っている  USEN−NEXT GROUPは、店舗にBGMを提供するUSENと、動画配信を行っているU−NEXTが、2017(平成29)年12月に経営統合して誕生しました。現在では「未来を今に近づけるソーシャルDX<Jンパニー」として、店舗サービス事業(タブレット型のレジやテーブルトップオーダーのシステムなど、飲食店や業務店のDX)や通信事業、業務用システム事業、コンテンツ配信事業、エネルギー事業を展開しています。現在、事業会社が25社あり、全体の従業員数は約5000人となっています。 60歳と70歳、2回の定年を設定成果に応じた報酬でやる気をアップ  以前は、定年年齢が60歳で、同時に役職定年となり、希望者全員65歳まで、1年更新で契約社員として働く制度で、定年以降は給与が一律に下がり、成果に関係なく給与額は一律という内容でした。当時、60歳になる社員から話を聞いたところ、「仕事に関係なく一律で報酬が下がり、役職もなくなることに対し、非常にモチベーションが下がる」と話していました。考えてみれば、60歳はまだまだスキルも意欲も高い世代ですから、すぐに就業年齢の引上げに取り組みました。  一般的に、シニアはITリテラシーが低いといわれますが、若い社員にもパソコンが得意ではない人はいますから、結局は人によるということです。年齢ではなく、固有の人材価値でその人を評価しようというのが、当グループの人事の基本的な考え方です。  新たな制度では、定年を2回にしました。最初の定年は従来通り60歳です。ここをキャリアデザインの節目として第一の定年を迎え、希望者全員に、一人ひとりの人材価値を再査定して再オファーを行い、再雇用契約を結びます。中途採用と同じ感覚です。一律に給与を下げることはしません。重要なポイントは、「貢献度」に応じた評価を毎年実施することです。  希望者は第二の定年である70歳まで「正社員」として働くことができます。当社は完全年俸制ですので、60歳未満の社員と同様、1年に1回、評価・査定を行い、成果に応じて報酬が変わります。これにより働く人たちのモチベーション低下を防ぎ、優秀な人材の確保を図ります。  なお、60歳以上の社員が同じオフィスで活き活きと働く姿が、若い社員の模範となっていることを強く感じています。  この定年延長制度に取り組んだ背景には、人材確保への思いが大きくあります。2030年には644万人の労働力人口が不足するといわれ※、企業にとって新卒者の採用はさらに競争が激しくなるでしょう。そうしたなかで、経験豊富な人材を手放すことは、人材確保の観点では絶対に損です。経験、スキル、企業文化などを長年支えてきた人たちを継続雇用していくことが、生産性の向上につながると判断しました。  定年延長制度の導入にあたって、グループ各社からは反対の声もありました。もっとも大きかったのは「人件費が増える」、「コストがかさむ」という意見ですが、これは間違いです。なぜなら、65歳の人に支払う人件費も、30歳の人に支払う人件費も、同等価値だからです。つまり、一人の人材の生産性に対して適正な評価・査定を行い、適正な報酬を支払う。それで総額人件費とヘッドカウントをコントロールできれば人件費は上がりません。この説明をグループ内でていねいにくり返し、制度を導入しました。  大切なことは、評価・査定をしっかり行うこと。そして、それぞれの年齢に応じて、できる仕事を増やしていく、能力開発をしていくこと。そういう環境を整えていくことが重要です。  現在、60代の継続雇用の正社員で、インサイドセールス(オンラインのマーケティング)の仕事に転じ、大活躍している社員がいます。60歳になってから始めた仕事ですが、クラウドを活用し、完全リモートワークで働いています。  年齢にかかわらず、人材価値の向上を図るうえでは、個人の努力も必要ですし、会社にはそれを支援する制度が必要です。何歳になっても仕事ができて、自身の成長を含めて学べる場を提供することで、定年という概念を払拭し、年齢に関係なく人材を抜擢していくことが、大切なのではないかと思っています。 結果を出すための最適な方法を追求し時間や場所に制約されない働き方を実現  当社はこの約3年間「Work Style Innovation」を掲げ、働き方改革に取り組んできました。「かっこよく、働こう。」をキーテーマに、働き方の多様性を大切にしています。会社は多様な働き方を提供し、働くスタイルを決めるのは社員です。結果を出すための最適な方法を追求するために、時間や場所に制約された働き方からの解放を求めました。  フルリモートワークも可能で、現在、全グループの総労働時間の約3割がリモートワークになっています。また、コアタイムのないスーパーフレックスタイムを導入しました。それから、社外はもちろん、社内の副業制度もつくりました。さらに、グループ内で転職することも可能です。  キャリア支援制度としては、社員自らが自身のキャリアの希望を登録し、会社側がオファーする「Scout U」というグループ内スカウト制度を設けました。また、各会社・各部門からの公募に対し社員が手を上げ、選考を経て配置される「Want U」制度、グループ内でジョブローテーションを行う「Try U」制度もあります。  こうした取組みを推進して、人材を最大活用、最適活用して生産性を上げ、一人ひとりの人材価値もさらに上げていきたいと思います。 ※ パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」(2018年) 【P27-32】 11月25日 パネルディスカッション 令和4年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」 70歳就業時代におけるシニア活用戦略 コーディネーター 東京学芸大学 教育学部教授 内田(うちだ)賢(まさる)氏 パネリスト 三谷産業株式会社 執行役員人事本部長 佐藤(さとう)正裕(まさひろ)氏 株式会社USEN-NEXT HOLDINGS執行役員コーポレート統括部長 住谷(すみたに)猛(たけし)氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会理事/弁護士 倉重(くらしげ)公太朗(こうたろう)氏 登壇者・登場企業プロフィール 三谷産業株式会社 (石川県金沢市・東京都千代田区) ◎創業 1928年 ◎業種 卸売 ◎社員数 (連結)3,805人 (単体)582人 (2022年3月末日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年60歳、年齢上限なく再雇用。60歳定年後、「無期限の継続雇用制度」を新たに導入した。定年後も年2回の人事考課を行い、定年後65歳までは「マスター正社員」として昇給・賞与を支給、66歳からは評価基準に照らし1年ごとに契約を更新する「マスター嘱託社員」として賞与を支給する 株式会社USEN-NEXT HOLDINGS (東京都品川区) ◎設立 2009年 ◎業種 専門サービス業 ◎社員数 4,846人(連結)(2022年8月末時点) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年70歳。2019年9月にスタートした「定年延長制度」では、60歳定年後、希望者には人材価値の再査定をして再オファーを行い、再雇用契約を結ぶ。その後は、70歳まで正社員として働くことができる。1年に一度、評価・査定を実施し、報酬に反映させている 倉重 公太朗氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会理事/弁護士 経営者側労働法専門弁護士として労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。2022年、週刊東洋経済・弁護士ドットコム共同調査による「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」人事・労務部門第1位。主な著書に、『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか』(労働調査会、著者代表)、『【改訂版】企業労働法実務入門』(日本リーダーズ協会、著者代表) 高齢者雇用を推進していくうえでの法的な課題とは 内田 はじめに、労働法がご専門の倉重先生から、今回のテーマである「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」について、企業側から見る高齢者雇用の活用と、2021(令和3)年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)における法的課題について解説していただきたいと思います。倉重先生、よろしくお願いします。 倉重 それでは、高齢法の法律的な意味や企業が行うべきことなどについて論点を整理してお話ししたいと思います。  70歳就業が視野に入ってくるなか、企業にとっては高齢社員も含めて、いかに高いパフォーマンスで社員に働いてもらうかが課題になっています。そうしたなかで、高齢法では、新たに業務委託が含まれるようになったことが非常に大きな変化です。これにより、社員フリーランス制度を始めた企業もすでにあり、経理や財務といった間接部門のプロフェッショナルやコンサルタント、デザイナーなど、その業務内容は多岐にわたります。定年間近になってから、突然「あなたはフリーランスですよ」といってもできることではありせんので、企業には、現役時代からキャリア自律を意識し、キャリアの棚卸しと今後の方向性を常に考えさせる研修や能力開発などの支援が求められていくと思います。  高齢者雇用における賃金水準の法的課題としては、考慮すべきことが2点あります。一つは「同一労働同一賃金」の観点。もう一つは、「高齢法の趣旨」に反してはいけないということです。高齢者雇用の考え方としては、どう活かす方向で処遇するか、また、70歳定年時代を見すえて高齢社員のキャリアをどう考えるか、現役世代との公平性をいかに図るか、高齢社員の「声」をだれがくみ取るのか、といった視点が大事になってきています。  そして、高齢社員の活用類型を加味した制度設計のあり方としては、@プロフェッショナル型、Aベテラン非管理職型、B現場のメンター型、C軽易定型業務型、D兼業あるいはフリーランス型などのパターンがあり、組み合わせて複数の制度を設ける事例が増えてきています。これまでは、60歳以降の賃金を一律カットするなど、「高齢者雇用制度は一つのみ」という事例が多かったのですが、いまは細分化してきています。正解があることではありませんが、こうしたことをふまえて取り組んでいくことが必要だと思います。  また、今後は高齢社員の処遇をめぐる紛争が増えていくと思われます。高齢社員の役割を設定して処遇を決めたり、定年前と同じ仕事をする場合でも高齢社員の特殊性を加味して業務内容の何かを変えたりするほか、責任を減らす、原則として配置転換はないことを明記するなど、@「業務内容」、A「責任」、B「配置転換」の三つの視点からしっかりと考えていただきたいと思います。  特に、同一労働同一賃金は紛争になりやすく、例えば「長澤運輸事件」※では、まったく同じ働き方をしているのに、定年後再雇用時の給与が下がっていることが問題になりました。結論だけを申し上げると、精勤手当については、正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はない。つまり「違ってはいけない」という判決でした。それ以外の、基本給、住宅手当、家族手当などに関しては、高齢者の特殊性というところを考えて、差異を設けることが可能という判断になっています。要は「説明がつかないものかどうか」ということだと思います。  高齢法の趣旨をふまえたうえで、高齢者雇用の制度設計について企業ごとに考えるべきことは、一つめは定年後再雇用をどのように位置づけるのか。二つめは、定年後再雇用の賃金制度設計。三つめは、会社のパフォーマンスを高くするためにどう戦力化するのか。四つめは、「稼げる高齢者」になるのがカッコいい、というような事例を示していくこと。「このポジションだから偉い」ということではなく、自分は何ができるのかを常に考えさせる仕組みが重要になってくると思います。 内田 ありがとうございます。高年齢者雇用安定法の改正により、企業が高齢者を活かす選択肢が増えたと思っているのですが、倉重先生はどのようにお考えでしょうか。 倉重 そうですね。労働力不足のなか、企業によってどこまでやるか。温度感は違いますが、その温度差というのをむしろ認めて、企業によっては「こういった点を活かしていくぞ」というところが出しやすくなったと思います。 シニアになっても戦力であるために会社が一貫して進めていくことは 内田 続いて三谷産業株式会社の佐藤さん、株式会社USEN−NEXT HOLDINGSの住谷さんにもお話を聞いていきたいと思います。まずは倉重先生からご質問をお願いします。 倉重 はい。さっそくですが、65歳以降の給与水準と、もし途中で契約を終了する場合、その基準などはどのように考えているのかお聞かせください。 佐藤 賃金については、60歳のタイミングで少し下げていますが、65歳までは人事考課をして昇給する制度となっています。管理職だった人は役職定年になると、いったん賃金が下がりますが、時間外対象者になるため、残業すればきちんと追加でお支払いします。また、65歳を過ぎたときのタイミングで、賃金は再度見直しています。 住谷 当グループでは、「60歳定年後、新たに採用する」という考え方で、正社員の無期雇用を行い、以降の定年が70歳ですので、契約終了という概念や基準はありません。65歳以降の給与水準も、その時点のその方の人材価値に応じた報酬を適正に査定評価して、適正な報酬を支払うことを徹底していますので、「人による」ということになります。 倉重 ありがとうございます。 内田 続いて私からの質問ですが、シニアになってもいつまでも戦力であるために、会社が一貫して進めていくこととして、どのようなことがありますか。 佐藤 当社が意識しているのは、60歳を節目として、自分の仕事ぶりや今後の働き方を見つめ直してほしいということです。キャリア研修を通じてそのきっかけをつくっていますが、最後はやはり自分で考えてほしいという会社の思いを、全社員に発信しています。 住谷 社員に対して自発性を期待しているということを、しっかり伝えていくことが大事だと思います。究極的には個々人が自分のキャリアをしっかり見つめて、自分自身の人材開発をしていく。それを自発的に行っていくことが大切だと思います。会社がそのためにできることは、結構むずかしいのですが、ただ、そこに期待をしているんだというメッセージを送り続けて、社員一人ひとりの自発性を引き出すことに熱心に取り組んでいます。例えば、当社で働いて成長したいのも成長したくないのも自由だし、どのように成長するのかも自由です。だから自発的に考えて、それを実行してください、というメッセージです。こうしたことを、社員に働く環境として提供し、社員がそれを自発的に決めてくれることに期待をしています。 内田 ありがとうございます。大学教員として、学生のみなさんに聞かせたい言葉ですね。 キャリア自律を高めるための人事施策やメッセージの発信について 倉重 個人のキャリア自律を高めるための人事施策について、会社で意識されていることがあればお聞かせください。 佐藤 キャリアを考える勉強会を始めたところです。OB・OGの苦労話やグループ会社の社長から会長になった方の話などを聞くのですが、意外にも若い社員から「ためになりました」という感想が多くあがっています。一方で、話すほうも自らをふり返り、「考える時間をもらって助かった」という声もありますので、よい刺激になっていると思います。 住谷 コミュニケーションの自由が大切だと思います。会社も、社員同士も、上司も部下も、自由にコミュニケーションができるカルチャーでありたいですね。人事の考え方や人材活用の考え方についても、社内に随時情報発信をしています。文字はなかなか読んでもらえないので、動画を多用した社内SNSを活用して、会社からのメッセージをそこから集中して発信します。また、取材を受けたり、外部の方々に私たち人事の考え方などを発信したりしていくと、社員は当社が人事についてどんな考え方をしているかということを、社外のメディアからも受け取ります。これはかなり効果があると感じています。社員に対するインナーブランディングとして、そうしたことも意識しています。 倉重 社外メディアは効くんですよね。あえて、YouTubeで発信するという企業もありますね。 住谷 そうですね。この4年間で社員がいちばん見てくれたのは、私が外部のYouTubeに出たときだったと思います。 内田 会社の思いを伝えるツールをどうしていくのか、それも大事なことですね。続いて、環境変化の激しい現代において、高齢社員にも変化が必要でしょうか。必要とすれば、何を変えてもらうべきでしょうか。 佐藤 60歳前と60歳以降の働き方は、いまはそれほど変わらないのですが、5年後、10年後にはどうでしょうか。AIの影響などを早めに察知して、備えをしていけるよう、そういう変化への気づきの研修が必要だろうと考えています。 住谷 変化できる人はすごいと思います。50代後半ぐらいになると、いままでできていたパフォーマンスができなくなる、低下する方は少なからずいますが、努力してパフォーマンスを維持している方も多く、それもすごいことです。これからの日本の労働社会における人材については、いわゆる人材の陳腐化を自発的に防ぐ、そのための維持の努力ができるかどうかが、シニアでも活躍できる人材の条件になるのではないかと思います。 倉重 高齢法では、70歳までの就業機会の確保の選択肢の一つとして、業務委託も可能になりました。今後、業務委託も検討しますか。 佐藤 多様な働き方の一つとして、また、外部の動きなども見ながら可能性としてはあると思っています。 住谷 会社とそこで働く人の新しい関係というのを、試行しているところです。 高齢者雇用を推進したことによる思わぬ効果について 内田 高齢者雇用を推進した結果、想定していなかった思わぬ効果≠ネどがあれば教えてください。 佐藤 無期限の継続雇用制度を開始した2021年4月から、社員に対する明確なメッセージを発信したことにより、これまでなんとなく60歳を迎えていた社員のなかに「これからのことについて考えなくてはいけない」と思うようになった人が増えたと感じています。60歳定年前の社員にヒアリングをすると、今回の新たな制度によって働く選択肢が増えたことについて、「とてもありがたい」という声を聞きます。ですから、この制度をつくってメッセージを発信したことで、社員にその先の働き方を選択できるという意識が芽生えたという変化があったのだと思います。 内田 そういう効果が、これからじわじわと効いてくるのかもしれませんね。住谷さんはいかがでしょうか。 住谷 当社の事例発表で、60歳になってジョブチェンジをして、インサイドセールスを完全リモートワークで行っている社員の例をお話ししました。実は、リモートワークは大阪で行っています。大阪にいるリモートワークのシニア社員がリードを取って、それをクロージングする業務をペアで行っていますが、ペアの社員は東京にいて、20代半ばの女性社員です。親子以上に年が離れているうえ、東京と大阪という距離もあるのですが、オンラインで2人がつながって成果を出し続けています。非常によい化学反応だと感じています。  こうしたことができるのは、年齢や性別などにとらわれず、その人の意欲、そして、できることに応じたかたちで仕事をしてもらっているということで起きた化学変化です。そうしたものがグループ社内に芽生えてきていることが、すごくよかったと思っています。 トライ&エラーをくり返し各社オリジナルの高齢者雇用を 内田 最後に、これから高齢者雇用を進めようとしている企業に、メッセージをお願いします。 佐藤 会社の風土や歴史、業態・業種に応じた進め方があると思います。いろいろな事例が出てくると、コピペをするように「真似して制度を導入しました」などとやってしまいがちです。しかし、それではやはりうまくいかないと思います。  当社においても、コピペはダメという方針で、当社らしい、当社に合う、何かしらのプラスアルファを考えながら、制度づくりを進めています。リスクを考えたり、シミュレーションをしたり、試行錯誤をくり返しています。苦労が多いのですが、トライ&エラーで1回やってみて、ダメなら少しずつ修正を加えていくというスタンスで取り組んでいます。今回の無期限の継続雇用制度も、まさに走りながら取り組んでいるところです。 住谷 日本企業の人事は、すごく保守的だと思います。それは理由があるからなのですが、ただ、この保守的な人事を続けていては、この先の発展はないとみています。労働力人口も日本全体の人口も減っていきますので、国内市場は収縮していきます。ですから、日本の人事も変わらなければいけません。そこに革新性を求めたいと思っています。  人事制度・施策において、何か新しいことをやろうと思ったら、とりあえずやってみることが大事だと思います。佐藤さんも話されていたように、トライ&エラーで、やってみてダメだったらやめればいいし、また新しくすればいい。そういった思い切りが大事なのだと思います。 内田 ありがとうございます。倉重先生からも最後にメッセージをお願いします。 倉重 最後のお2人の言葉は、聞いていてその通りだと思いました。本日のテーマは「この事例がいいから真似をしてください」ということではなく、みなさんの会社にとっての最善の施策の答えは、やはり現場にあるわけです。その課題について、社員と対話して決めていく、というところが極めて重要なのだと思います。もし、そこでどう考えたらいいかわからないというときは、一緒に考えましょう。 内田 ありがとうございました。本日は、70歳就業時代のシニア活用について、先進的に進められている2社の取組みをご紹介いただき、また、高齢法の趣旨も考えながら、倉重先生からのお話もありました。みなさんのニーズに合った取組みを、走りながら考えて、トライ&エラーをくり返して、オリジナルの高齢者雇用のシステムをつくっていただければと思います。そして、会社とそこで働く人たち、高齢者だけではなく、将来高齢者になる社員のみなさんも含めて、幸せになれる仕組みをつくっていくことにつながるのではと思います。本日はありがとうございました。 ※ 定年後再雇用されたトラック運転手が、正社員であるトラック運転手との賃金格差について会社を訴えた事件 写真のキャプション 東京学芸大学教育学部教授の内田賢氏 三谷産業株式会社執行役員人事本部長の佐藤正裕氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会理事、弁護士の倉重公太朗氏 株式会社USEN-NEXT HOLDINGS執行役員コーポレート統括部長の住谷猛氏 【P33】 日本史にみる長寿食 FOOD 352 アシタバは島の長寿草 食文化史研究家● 永山久夫 代用食や薬草としても役立つアシタバ  アシタバは、「明日葉」と書くように、「今日摘んでも、明日になると新しい葉がつく」といわれるほど、生命力が強く、八丈島を中心に伊豆七島に多く自生している日本原産のセリ科の植物です。  江戸時代の本ほん草ぞう学者で、養生学の大家である貝原(かいばら)益軒(えきけん)は、『大和本草(やまとほんぞう)』のなかで、「八丈島の民多く植えて、朝夕の食糧(かて)にあてている。彼島(かのしま)は米殻なき故なり」と述べています。島で穀物が不足したときには、代用食として重要な役割も果たしていたのです。アシタバは、カルシウムが豊富に含まれているのが特徴で、カルシウムの利用効果を高めるビタミンKも一緒に含まれているので、骨を丈夫にするうえでも役立つ野菜です。  また、アシタバは食用だけではなく、民間薬として用いられてきた歴史もあります。注目したいのは、茎などを折ったときに出る黄色の液体です。これはポリフェノールの一種であるカルコンという成分で、老化防止に加えて、抗菌、ガン予防、血行促進などの働きがあります。さらに、ビタミンCやビタミンE、カロテンなどが豊富に含まれており、血栓予防や血圧の安定などにも効果があります。つまり、不老長寿に効果的な薬草なのです。  さらにアシタバには、ウイルス感染を防ぐうえで効果のあるミネラルの亜鉛も含まれています。 アシタバで長生きした戦国武将  NHKの大河ドラマ『どうする家康』は、なかなか面白い展開で、いま話題を呼んでいます。関ケ原の合戦の場面もやがて登場すると思われますが、この合戦による敗北側の武将の人生には厳しいものがありました。  1600年に関ケ原の合戦で西軍(豊臣方)の総大将であった石田(いしだ)三成(みつなり)の副将として戦った宇喜多(うきた)秀家(ひでいえ)は、57万石の大名から、八丈島へ流され流人となってしまったのです。島での生活は困窮をきわめました。東軍(徳川方)との合戦が終わったと思ったら、飢えとの戦いが始まったのです。島には水田がほとんどなく雑穀ばかり。あとは大根や芋類の畑作物。しかし、わずかに山菜や海藻、イワシがとれ、貝も拾うことができました。そんな苦しい生活のなかで、力になったのはアシタバでした。  八丈島で暮らすこと50年。秀家は、1655年に83歳で悠々と大往生しました。75歳まで生きた徳川(とくがわ)家康(いえやす)より8年も長生きしました。関ケ原では負けましたが、長寿合戦では勝利したのです。 【P34-35】 江戸から東京へ [第124回] 古着は宝の原石だ 高島屋新七と秀 ◆前編◆ 作家 童門冬二 米哲学の実行商人  おこもり暮らし≠ヘぼくに温故知新(おんこちしん)=i古きをたずねて新しきを知る)の古語を思い出させました。  新しい流行を追うのも大事でしょうが、古い過去のなかにも見落とした宝石の原石がいくつもあります。今回はそんな話を書かせていただきます。  江戸時代後期の天てん保ぽうごろ、京都烏丸(からすまる)※1でお米屋さんを営む高島屋(たかしまや)儀兵衛(ぎへい)※2という人物がいました。かれは次のような米哲学≠持っていました。 ・米は人間を養ってくれる大事な作物だ ・それだけでなく天下(日本国)を養う大事な財源(年貢)にもなっている ・米は中身だけでなく、中身を守るワラも、ワラジやタワラになって、人間の暮らしを助けてくれる ・だから米は天の与えてくれた宝物だ ・それを売って暮らす自分は冥加者(みょうがもの)(幸福な人間)だ ・だから米の値は常に公正にしなければならない  というものです。  京都は花街の多い所ですが、儀兵衛は仲間とそういう場所に出入りすることもなく、米を尊んでいました。妻も娘の秀もそういう儀兵衛を尊敬し、家族はうまくまとまっていました。  そんな儀兵衛が、  「娘のムコにほしいな」  とネライをつけていた若者がいました。三条大橋脇の「角田(つのだ)」という呉服屋で働いている鉄次郎(てつじろうと)いうでっち(小僧。店員の最下位)です。 「古着哲学」を持つ若者・鉄次郎  人から聞いたところでは、鉄次郎は「古着哲学」を持っているそうです。次のような内容です。 ・新しいデザインばかり追うことが大事ではない ・古い物(古着)のなかにも、見落としてきた大切な宝がある ・呉服屋は古着を売ることを忘れてはダメだ  というものです。しかし店主は、  「京都は新しい着物の生産地で、ウチはそれを売るのだ」  といって、店員を煽(あお)り、  「新しい着物の型の勉強をしてくる」  といって花街にばかり行っていました。米屋の儀兵衛は、  「鉄次郎が可哀想だ、角田はやがてつぶれる」  と語っていました。  そのとおりになりました。角田呉服店はつぶれ、店員は全員解雇です。多少の退職金が出ましたが、鉄次郎には古着が数枚渡されました。  「お得意さまに売って退職金のかわりにしておくれ」  人のいい店主はそういい、  「お得意先はおまえにゆずるよ」とつけ加えました。  鉄次郎は承知せざるを得ませんでした。お得意先は全部行商で、かれ自身が努力して得たものです。  行商は暁(あけ)の明星から宵(よい)の明星まで≠ニいうのがかれの信条です。暁の明星も宵の明星も同じ星です。金星です。月の護衛のようにピッタリついています。朝早くから夜がくるまで、という労働時間の長さを例えた言葉です。鉄次郎はそういう働かされ方をしていました。かれの古着重視≠ェ店で嫌われたからです。  しかしその鉄次郎に、米屋の儀兵衛は声をかけ家に呼びました。初対面ではありません。目的(ムコにしたい)を持つ儀兵衛は前々からネライをつけて鉄次郎に接近し、昼食に誘ったりしていました。鉄次郎の「古着哲学」もよく知り、  「古い物にも磨けば宝石になる原石がある」  という主張に共感していました。  そして意外なことに、娘の秀がこの接近を前向きに受けとめました。普通なら、  「生涯の伴侶を親が勝手に決めるな」  と反撥(はんぱつ)するところですが、秀は違いました。  ということは彼女も鉄次郎に好感を持っていた、ということです。ですから親にかくれて鉄次郎に関する情報を自分なりに集め、ひとりで分析し、  「うん、なかなかいいじゃない」  とナットクしていたのです。そしてこの夜は期待に溢れてフスマの裏に座っていました。  はじめての話ではなく、それらしい予兆は鉄次郎も知っています。儀兵衛と鉄次郎の話合いは支障なく進みました。 ・鉄次郎は飯田儀兵衛家に入り秀のムコとなる。名も新七(しんしち)と改める ・儀兵衛が隠居するまでは米の商売を手伝う ・儀兵衛の隠居後、鉄次郎は独立し古着商になる ・このときの秀の進退は秀にまかせる  ということで合意しました。乾いたクールな申し合わせです。こうして高島屋米店は再出発しました。  しかし若い鉄次郎・秀夫婦の未来には「古着商」という夢がありました。 (次号に続く) ※1 烏丸……現在は「からすま」 ※2 高島屋儀兵衛……「高島屋」は屋号で本名は「飯田」儀兵衛 【P36-39】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第129回 山口県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 高齢者雇用に積極的な態勢で定年延長など制度改善に取り組む 企業プロフィール 株式会社ニシエフ(山口県下関市) 創業 1971(昭和46)年 業種 FRP船舶、救命艇、搭載艇および成形品の設計、製造 社員数 77人(うち正社員数70人) (60歳以上男女内訳) 男性(7人)、女性(3人) (年齢内訳) 60〜64歳 5人(6.5%) 65〜69歳 3人(3.9%) 70歳以上 2人(2.6%) 定年・継続雇用制度 定年65歳。70歳まで希望者全員を再雇用。平均年齢は39歳。最高年齢者は総務経理部門の72歳の社員  山口県は、本州最西端に位置し、関門海峡(かんもんかいきょう)を挟んで九州と向かい合っています。南は瀬戸内海、北は日本海に囲まれ、中央部を東西に中国山地が走っています。  当機構の山口支部高齢・障害者業務課の正井(まさい)彩誉(さよ)課長は、県の産業について次のように説明します。  「水産物加工、重化学工業、鉄道車両をはじめとする金属加工・機械製造などが代表的な産業となっています。山陽側は工業地帯が連なっていますが、東部は広島市、西部は北九州市や福岡市などの大都市に近いこともあり、若年層の流出による高齢化が顕著です。また、山陰側は過疎化が大きな問題となっています。2022(令和4)年度のデータでは全国で3番目に高齢化が進んだ県となっています※1。そうした状況下で、若年層を中心とする深刻な人手不足に陥っている事業所が増えており、相談内容もそれに関連するものが多くなっています」  同支部では、高齢者雇用の企画立案、就業意識向上研修※2の積極的な実施に取り組んでいます。実際に就業意識向上研修の講師を務めることもあるプランナーの一人、橋(たかはし)貞暢(さだのぶ)さんは今年で8年目を迎えた地元出身のプランナーです。県内の公的支援事業にサポートアドバイザーとして参画するなど、地域経済の活性化にも尽力しています。  得意分野は、企業診断(企業の現状把握)、戦略計画策定支援(環境変化に対応した中長期の戦略的経営計画策定支援)、企業再生支援(戦略と管理の着実実施による事業の再生)で、専門的な知識と総合的な見地をもってプランナー活動を行っています。  今回は、2022年2月に社長を含めた管理職を一堂に集め、就業意識向上研修を実施し好評を得たという、株式会社ニシエフを橋プランナーの案内で訪れました。 複合材料FRPを用いる専業の造船会社  株式会社ニシエフは、1971(昭和46)年11月に大手化学メーカーの子会社として設立後、1998(平成10)年に完全独立しました。FRP(繊維強化プラスチック)専業の造船会社として、FRP漁船建造実績および建造能力で国内最大級を誇ります。「船舶」の建造と合わせて、一般商船に搭載する「救命艇」、ならびに官公庁向けの「特殊艇」を建造しています。造船のほか、修理、点検整備、設計コンサルタント、FRP成形品の製造販売を手がけ、本社工場のほかに小浜工場(福井県)と東京営業所があります。  綿谷(わたたに)智史(ともひと)代表取締役社長は「FRPという複合材を用いて、家以上に大きい総トン数20トン以上の大型船舶を建造する技術は他社にはない当社の強みです。FRP造船は素材からつくるところが特徴で、素材の製造過程においては、繊維と樹脂を合わせたものから気泡をとり除く脱泡という作業が発生します。熱硬化するFRPは作業可能な時間がかぎられているため、その間に脱泡を完了させなければならず、ベテランはこの作業が早いです。都度変わるさまざまな形状を脱泡するため、経験豊富なベテランと若手では生産性に差が出ます。当地域では少子高齢化が進み、新卒者を含めて若年層の獲得はむずかしいという状況があります。しかし、そうでなくても高齢者は貴重な労働力であり人材です。みなさんに長く働いてもらえるよう、働きやすい職場環境を整えたいと考えています」と語ります。 プランナーの提案により制度改定と研修を実施  「高齢者雇用の制度整備に積極的な企業」と橋プランナーが評する株式会社ニシエフ。2022年1月に、定年を63歳から65歳、再雇用制度を「希望者全員66歳まで」から「希望者全員70歳まで」に、それぞれ上限年齢を引き上げました。今回の制度改定は2021年7月に橋プランナーが訪問し提案した「65歳への定年引上げと70歳までの基準該当者への継続雇用制度の導入」という内容に沿った形で、かつそれを上回る改善でした。  橋プランナーは同社への提案について次のようにふり返ります。  「綿谷社長をはじめとする経営陣は、何ごとに対しても前向きに取り組もうという姿勢がうかがえましたので、今後のアクションを起こすきっかけづくりとして、制度改善(定年延長と継続雇用延長)の提案を行いました。さらには、管理者層の意識改革や対応力強化など、職場管理者の育成が必要との問題意識をお持ちであったことから、当機構の就業意識向上研修のメニューの一つである『生涯現役職場管理者研修(基礎編)』の実施を提案しました」  こうして、会社の高齢者雇用に対する姿勢とプランナーの提案がうまく合致し、制度改善と研修の実施がスピーディーに行われたようです。  今回は、ニシエフを長年支え、定年後も重要な役割をにない活躍しているお2人にお話を聞きました。 定年後も会社で存在感を放つベテラン  技術部に所属する勤続42年目の松山(まつやま)康司郎(こうしろう)さん(70歳)は、同社に入社する以前は、総合重工業メーカーの造船部門で大型船舶の修理にたずさわり、1級小型造船技術者資格を所持する造船のプロフェッショナルです。ニシエフでは技術部長を経て、定年後も引き続き設計業務を担当しています。設計のデジタル化にともなって、60歳を過ぎてからCAD※3のスキルを習得したという松山さん。「CADは描き直しができるところがいいですね。営業担当とのやりとりがしやすく、コロナ禍で打合せができないときも、リモートワークでの図面のやりとりが容易でした」と話します。  綿谷社長は、「松山さんは主要構造部の計算がだれよりも速く、計算のノウハウを若手に教えてほしいと思っています。気さくな人柄から顧客との打合せもスムーズで、話も盛り上がります」と信頼を寄せています。  松山さんが造船の設計において特に大事にしているのが、顧客である船主との打合せです。「以前の会社では打合せに参加していなかったので、船主の要望がくみとれず、設計するにもやる気が出なかったものです。ここでは打合せに直に参加できるようにしてもらい、船主のつくりたい船の詳細を聞きとりながら、製造現場についてや図面だけでは伝わりづらいことが伝えやすくなり、スムーズにやりとりができるようになりました。ポイントは早め早めに船主に確認をしていくことです」(松山さん)  顧客を大切にする松山さんの姿勢は、社内外から高く評価されており、「船の場合、営業はもとよりできあがった船の実績が重要です。『この船はだれがつくったのか』と折に触れて聞かれ、技術者の名前があがります。『松山さんはお元気ですか?』と聞かれることもしばしば。顧客の要望をしっかりくみ取り、満足のいく船をつくっていることが実績につながっていると思います」と、綿谷社長は話します。  松山さんは所有する農地の管理や親の介護、地域活動と自治会長としての役割もあって多忙ですが「仕事はこれからも続けていきたいです」と意欲を示しました。  勤続43年目の江本(えもと)豊美(とよみ)さん(72歳)は、ニシエフが子会社の時代から総務部で経理を担当し、会社の変遷を間近に見てきたベテラン社員です。現在も決算、税理の業務にたずさわり、毎月行われる経営会議に合わせて月次決算をまとめたり、経理部の若手を育成したり、社員の相談に乗ったりと業務は多岐にわたります。「このところは売上げが上がり、その分仕事も増えています(笑)。経理部には未経験の若手が3人いて、それぞれ入社3カ月、2年目、4年目です。経験がない方に仕事を覚えてもらうのは年数がかかりますが、どんどん成長してもらえるように教え込んでいます」  江本さんは地域の漁協婦人部でボランティアとして活躍するほか、多趣味なことでも知られ、卓球の試合、日本舞踊の稽古と忙しい毎日を送っています。これからは旅行もしたいと考えているそうです。  「会社の休みは取りやすいです。業務の進行は気になりますが、段取りだけして若い社員に任せるようにもしています」(江本さん)  石井(いしい)省三(しょうぞう)専務取締役は、「江本さんは判断のスピードが早く、休みを上手に取りながら期日中に必ず仕事を仕上げてくれるので信頼しています。実は江本さんは、私が入社したときの直属の上司なのです。そのころからまるで変わらず、エネルギーと好奇心は会社一で、頼られると断れない姉御肌。若い社員たちにとっても、とても頼りになる存在です」  自宅からは社屋が見えるといい、休みの日でも会社が気になるのだそう。「会社の業績は年ごとに波があるものですが、いかに平坦に継続できるかがカギになると思います。これからも会社が長く存続してほしいと願っています」と江本さんは語ってくれました。 高齢社員の管理スキル向上に向けて助言  同社は2016年に新工場を竣工しました。空調設備や排気設備を完備し、クレーンを新しく増設して作業環境を大幅に改善。屋根を高く設定して、以前は野外で行っていた作業を屋内で行えるようにもなりました。年齢を問わず社員みんなが働きやすくなり、工期も短くなったそうです。さらに技術設計を行う第5工場(デザインラボ)を新設し、工場見学を目的とした部屋を設け、寮も新しく完備。人材確保に向け、これからも働きやすい職場づくりに取り組んでいく方針です。  橋プランナーは「経営陣は今後、大きな環境変化や業況の変化などが生じた場合、これらに対応していくための社内体制、特に中間管理者層の意識改革や対応力強化、職場管理者育成が必要と考えています。とりわけ今後も増加すると予想される、高齢社員に対する管理スキルの向上についてもサポートしていきたいと思います」と話しました。 (取材・西村玲) ※1 内閣府「令和4年版高齢社会白書」より ※2 「就業意識向上研修」の詳細は、当機構ホームページをご覧くださいhttps://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html ※3 CAD……コンピューターによる設計支援ツール 橋(たかはし)貞暢(さだのぶ)プランナー(66歳) アドバイザー・プランナー歴:8年 [橋プランナーから] 「『勇気を失うな。くちびるに歌を持て。心に太陽を持て』を信条としています。訪問時にはまず四方山話(よもやまばなし)をしてリラックスした雰囲気づくりを心がけ、経営理念をお聴きし、経営環境から労務関係、高齢者の雇用関係とマクロからミクロに内容を展開しヒアリングをしています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆山口支部高齢・障害者業務課の正井課長は橋プランナーについて、「山口県を拠点とする地方銀行に勤務後、中小企業診断士の資格を取得し、企業経営のコンサルティング会社の所長としても活躍しています。2021年度からは就業意識向上研修の取組みも行っており、実施企業から好評を得ています。毎年、提案件数に実績があり、積極的に相談・助言活動に取り組んでいます」と話します。 ◆山口支部高齢・障害者業務課は、JR山口駅から2駅目の矢原駅で下車し、椹野川(ふしのがわ)に向かって徒歩約3分の所に立地しています。近くには、詩人中原中也の生誕地として人気の湯田温泉があり、維新の志士たちゆかりの宿も健在です。また、J2リーグ所属のレノファ山口FCのホームスタジアムがある維新公園へも800mほどの距離です。 ◆同県では、7人の65歳超雇用推進プランナーが活動し、専門的な知識を活かし、高年齢者雇用に関する相談・援助業務を行っています。2021年度は、158件の制度改善のための提案を行いました。また、企画立案を2件、就業意識向上研修を3件実施しました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●山口支部高齢・障害者業務課 住所:山口県山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 電話:083-995-2050 写真のキャプション 山口県下関市 本社全景 綿谷智史代表取締役社長(左)と石井省三専務取締役(右) CADを使って船舶の設計をする松山康司郎さん 経理部のスタッフに業務を説明する江本豊美さん 【P40-41】 第79回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 株式会社ノジマ マルイファミリー志木店 シニアパートナー 原島(はらしま)俊夫(としお)さん  原島俊夫さん(69歳)は、銀行畑一筋で働いてきた。定年後は、家電専門店に販売員として就職。これまでつちかってきた接客の技を活かして現場に立ち続ける原島さんが、生涯現役の喜びを笑顔で語る。 母の期待に応えて  私のルーツは東京都台東区(たいとうく)浅草ですが、父が郵政省(当時)の職員であったため、宿舎をいくつか移り住み、恵比寿の宿舎に住んでいたときに産声をあげました。物心がついたころには中野坂上の宿舎に住み、その後、東村山市に転居しました。  私の母は教育熱心な人で、小・中学校は国立大学附属の学校に通うことになりました。母が名門の女学校出身なので、子どもたちにも学業のためによい環境を用意してくれたのかもしれません。  附属には高校もありましたが、横浜市日吉に校舎があった慶應義塾高等学校を受験し、幸運にも合格してそのまま大学まで進みました。考えてみれば、受験をしたのは高校だけで、苦労のない学生生活を過ごさせてもらい申し訳ないほどです。ただ、高校は厳しく、落第制度があり、高校5年生、6年生などという、つわものもいました。いま思えば悠長な時代でした。  大学では経済学を専攻し、大手都市銀行に就職しました。大手企業に入社できた安堵感はありましたが、その後、二度の合併を経験することになります。一見順風満帆(じゅんぷうまんぱん)の人生にもそれなりの岐路があり、だからこそ人生は面白いのだと思います。  銀行マンとしてのスタートは東京の神田支店です。のんびりとした時代でしたから、現在のように即戦力を求められるわけではなく、預金、為替、窓口というふうに順番に経験を積ませてもらいました。神田支店で3年間過ごした後、大阪の梅田支店に転勤。銀行マンにとっては避けて通れぬ、転勤の人生がスタートしました。  原島さんは「私の人生にはあまりドラマがないので」と謙遜するが、時代に翻弄される大企業の実態をつぶさに見てきた半生といえよう。柔和な雰囲気の姿に企業戦士の風格が漂う。 接客の心を学んだ銀行マン時代  梅田支店時代に銀行内の選抜試験を受けて、日本生産性本部の経営コンサルタント養成研修に外部派遣させてもらえることになりました。わずか4カ月ほどでしたが、銀行以外の外の世界を知ると同時に、多彩な人材との出会いがあり、刺激的な日々でした。チームで企業に実地研修に入るなど、ここで学んだ生産管理やマーケティングは、その後の人生に大きな影響を与えてくれました。4年ほど経ってまた東京に戻り、渋谷支店を皮切りに法人の渉外担当や本店営業部で大企業を担当、41歳のときに初めて支店長になりました。いくつかの支店で支店長を務めた後、合併を機に52歳でグループ会社に配属されました。54歳で工作機のメーカーに異動になりましたが、本社が信州にあったため、長い単身赴任生活が始まりました。工作機メーカーは好景気には飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、リーマンショックの影響で、ここでも合併を経験しました。合併後のグループに監査役として残り、66歳で退職。忘れられないのは工作機メーカーの福島工場にいたときの東日本大震災です。身じろぎできないほどの恐怖をいまも覚えています。  関連会社も含めて40年にわたり、多くの銀行業務を経験してきた原島さん。いまは、店頭でお客さまに向き合う日々だが、すべての経験は接客の心につながっている。 出会いとは不思議なもの  66歳でいわゆる悠々自適の日々を迎え、転勤や単身赴任が多くて苦労をかけた妻をねぎらいたく、今後は2人で、海外や国内を旅しようと考えていたところコロナ禍に…。企業の合併もそうですが、世の中というものは思うようにならないものです。旅行三昧の余生を妻と送るつもりが、海外はもちろん国内も自由に旅することが制限される時代を迎えました。  鬱々として近所のスポーツクラブに通っていましたが、次第に飽きてきました。もう一度働きたいけれど、シニアが働く場所など容易に見つからないだろうなとあきらめていた矢先、たまたま観ていたテレビで家電専門店のノジマでは、多くの高齢者が活躍しているということを知りました。半信半疑で電話してみると「現在も募集中です」といわれ、さっそく応募しました。ノジマには家電をはじめ、通信など四つの部門がありますが、パソコン好きの私は幸いにも情報部門に採用してもらうことができました。2021(令和3)年11月に入社し、1年と少しを経ただけの新米ですが、毎日いろいろなお客さまに出会えることは幸せです。思えば銀行業務の原点は接客ですから本来の場所に帰ってきたような気がしています。  家電専門店ノジマは自社の社員のみが店頭に立つことで知られている。社員を大切にする風土が、再雇用の年齢制限を事実上撤廃し、シニア人材の活躍に結実している。 働く喜びを胸に  私たちシニアをノジマでは「シニアパートナー」と呼んでいます。その働き方は多様で勤務時間もいろいろと考慮してもらえます。私は月・水・金曜日の週3日間、一日7時間の勤務です。始業は10時、終業は18時ですが、中途半端な接客はできませんから残業になることも多いです。正社員をはじめ、学生アルバイトや主婦のパート社員さんなど、若いスタッフが多いので現場は常に活気があり、楽しい毎日です。孫ぐらいの年齢の人と話す機会も多く、気分も若返ります。  一方、私が働くマルイファミリー志木店は、都心から少し離れていることから、地元で家電を求めようという高齢層のお客さまが多いのが特徴といえます。同年代の私になら初歩的な質問もしやすいのではないでしょうか。少しでも会社の役に立てるならこんなに嬉しいことはありません。  定年後も働きたいと考えるシニアはたくさんいると思います。ただ、なかなか生きがいを見出せる職場に出会うことがむずかしく、あきらめてしまうケースが多いように思います。テレビや新聞などでもよいので、情報をキャッチするアンテナを広げていけば、高齢者の活用に積極的な会社と出会えると私は思います。  恵まれたこの出会いを大切にし、スポーツクラブで鍛えながら、腰痛の悪化に気をつけて、明日からも笑顔でノジマの店頭に立ち続けます。 【P42-45】 高齢社員活躍のキーマン 管理職支援をはじめよう! 株式会社新経営サービス 人材開発部 シニアコンサルタント 岡野隆宏  役職定年や定年後再雇用により、かつての上司だった高齢社員が部下となるケースなど、逆転する人間関係に戸惑いながら業務にあたっている管理職は少なくありません。しかし、豊富な知識や経験を持つ高齢社員にその能力を発揮してもらい、戦力として活躍してもらうためには、管理職の役割が重要なのはいうまでもありません。当連載では、高齢者雇用を推進するうえで重要なキーマンである管理職の支援のあり方について解説していきます。 第2回 年下上司からのアプローチ方法@ 1 はじめに  前回は、「高齢社員を取り巻く現状を確認すると同時に、活性化を図るためには年下上司による年上部下のマネジメントがポイントである」、という内容をお伝えしました。では、高齢社員の活性化はどのように進めればよいのでしょうか。今回は年下上司からの具体的なアプローチ方法をご紹介します。 2 高齢社員も教育対象者という認識  自分よりも年齢が上、なかには元上司という方々が部下となれば、やりにくさを感じる管理職の方は少なくないでしょう。しかし、組織においてはこのような状況もあり得ることと前向きにとらえ、それぞれの役割を遂行することが求められます。  新人研修や管理職を対象とした研修は行うものの、ほかは手つかずになっているという状況を耳にします。ましてや高齢社員ともなれば「過去の経験をもとに、自分で対応してくれるだろう」、「先が見えてきた層なので対象外」など、教育対象から外されるケースがあります。  しかし環境変化はくり返し生じ、それに応じた対応が常に求められます。現状のままでは変化を乗り越えられず、先々で困難に直面することが想像されます。そのように考えるならば、上司は「高齢社員にも適切な教育は必要である」と考えるべきです。  また、高齢社員自身が過去の努力や経験によって獲得してきたスキル・ノウハウも、残念ながら時代の流れとともに陳腐化してしまうことがあります。同様に、長年にわたって残してきた成果も、いまでは評価に値しないと厳しい声が上がることもあります。過去へのこだわりがあるのは察することができるものの、現実的には新たに未来を創る気持ちへの切り替えが必要であると理解してもらうことが重要です。  さらに、昨今年齢を問わず社員からの「自信がない」という言葉をさまざまな場面で耳にします。立場や環境の変化によって苦手、未経験の仕事を担当することになり、不安心理が増幅しているケースです(図表1)。これは高齢社員にとっても同様で、先述のような状況下では自信を喪失しているため、自信がないという高齢社員も意外と多いようです。  この背景の多くは「思考過多(考えてばかりで、行動しない)」によるもので、結果として活動量が減少している状態が考えられます。自信を得るには、周囲からの励ましや賞賛なども効果的なのですが、もっとも有効なのは自分自身が行動を起こすことで経験し、手応えをつかむことです。それがチャレンジ意欲をかき立て、次の一歩につながっていきます。高齢社員にも新たな教育を施すことで自信を与え、「自分もまだまだやれる!」という自己肯定感の醸成をうながすこともポイントでしょう。 3 組織・部門の課題共有化  前回、ポストオフによって役職が外れ、立場が変わり、孤立した状況に陥ることがあることに触れました。それによって、自分自身の目標・ゴールを見失っていることになっている高齢社員がいます。また高齢社員の上司も、高齢社員の役割が変化することによって、期待事項が不明瞭になり、その状態が放置されてしまうことが少なくありません。まずは状況変化に応じてあらためてしっかりと今後の目標をすり合わせ、それを共有しながら「再スタート」することが重要です。  ここでのポイントは、再スタートをした後も、小さな話を通じて頻繁に共有状態を確認することがあげられます。一定スパンを空け、時折り多くを語り合うこともありますが、高齢社員にはむしろこまめに声をかけ、ズレが生じていないかをチェックすると同時に、向かうべき方向性をくり返し分かち合い、認識強化につなげることが有効です。  またゴールを共有していくなかで、上司としての期待を言葉で伝えることも効果的でしょう。人は、相手が自分に対して抱いている期待を感じることによって、成果が上向きに変わるといわれています。この期待感を持って指導・教育することで物事が前進し、成果につながる現象を「ピグマリオン効果」といいます。逆に、「ゴーレム効果」という、期待感を持たずに接することでパフォーマンスが下がる現象があることも知られています。  第一線から外れ、疎外感を持つ高齢社員に、例えば「立場は変わっても、これからも一緒に目標に向かって進んでいただきたい。そのなかで〇〇をになっていただき、ともに成果を出したい」と、年下上司としても素直な思いを明確に伝えるようなイメージです。これによって、人間が保有する「(期待に応えようという)貢献欲求」が満たされ、高齢社員が一歩踏み出そうという心境を導きやすくなります。 4 協働力の強化  この数年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、多くの組織で上司・部下間のコミュニケーションが総じて不足しているといわれています。言葉を交わしたとしても業務上の必要な連絡事項のやり取り程度で、十分に時間をかけての意思疎通が図りにくい状況になっています。またコミュニケーション機会として面談の場を設けたとしても、多忙ななかで時間をかけた話ができないといったケースも散見しています。このような状況が発生することによって、若手・中堅社員のみならず高齢社員のモチベーション・ダウンも誘発してしまい、双方の良好な関係構築が困難になっています。  このような状況を好転させ、年下上司と高齢社員がともに協力体制を構築する、いわゆる協働力の発揮を目ざしたいものです。  先述した課題共有化を進めるうえでも、協働力を強化するにはコミュニケーション量を一定量以上に保つことが必須事項であるといえます。昨今、広く取り入れられている1on1ミーティングは、相互理解を深め、チーム形成するには効果的な手法ですので、おすすめの活用法です(「1on1ミーティング」については、次回に詳細をご紹介します)。  そしてコミュニケーションを図るなかでのポイントに、「承認」の言葉を投げかけることがあげられます。人は、否定されるよりは肯定される方が好ましく感じるもので、これは高齢社員にとっても同様で、承認されることはプラスに作用するでしょう。  また、人は自分を承認してくれる人に対しては、自分も相手の美点・長所を探し、承認行為を返そうとするものです(これを「返報性の法則」と呼びます)。このような作用が働くことで、両者の関係性が良好になり、仲間(パートナー)として働く協働体制が構築しやすくなります。  異なる切り口として、協働力の強化には、年下上司からの「依頼」も有効な手段でしょう。依頼というのは単純にいえば仕事を頼むことですが、依頼されることによって頼られている、(よい意味で)責任を与えられている、という心理を生みやすく、これが動機づけにつながることもあります。協働力の強化に、意外と効果的な観点であるといえるでしょう。 5 ノウハウの共有化  長年にわたり努力や実績を重ねてきた高齢社員たちは、豊富な経験を有しています。ただ多くの組織において、それらが有効活用されていないケースも見受けられます。このマイナス点を解消することが必要です。そのための着眼点として、以下の3点をマネジメントすることがポイントと考えられます。 @スキル・ノウハウの見える化  後輩世代に向けて、高齢社員が保有する知識や技術の伝承が求められます。そのために、まず高齢社員自身が保有している知識やノウハウ、経験値などを確認し、いわゆる「棚卸し」をします。そして、それらをどのような場面で、どのような活用方法によって活かすことができるかという具体的な方法を考えます。それらを一覧表に落とし込んでいきます。時の流れとともに、なかには陳腐化している内容もあるでしょうが、エッセンスとして活かせることも多くあります。ていねいに作業を進め、正しく「伝えて」、「残す」ようにします。 A周囲とのいえる∞聴ける♀ヨ係づくり  伝えるべき内容を整理したうえで、伝えるべき後輩世代との関係を良好にすることも念頭に置きます。ここでもカギを握るのは周囲とのコミュニケーションの量・質でしょう。もちろん、関係性が悪いということではないでしょうが、一方ではお互いに遠慮が先行してしまい、本音では口にしたいことでも伝えきれないことがあります。逆に、充分な聴き取りが不足していることで相互理解がなされていない場合もあり、固定観念や思い込みが働く、また相手の意図が正確につかめないケースもあります。この点の解消に、ここでもやはり対話の頻度を増やし、そのなかで自由闊達(かったつ)な意見交換ができる関係をつくる意識を高めます。それによって、高齢社員のスキル・ノウハウが活かせるようになってきます。 B異なる価値観・多様性の受容  上記Aに関連して、コミュニケーションを図る際に、年長者である高齢社員から後輩世代に対して「自分たちのころは…」といった言葉を発してしまうことがあります。しかし、後輩世代は異なる時代背景のもとで成長してきたため、考え方が違って当然です。エジプトのピラミッドには「いまどきの若い者は…」という言葉が彫られているそうですが、大昔から年長者は若者を受け入れがたく感じる傾向にあるようです。相手を理解し、相手に合わせることも時に必要と考え、柔軟な姿勢を示すことが重要でしょう。  ノウハウの共有化を進めるために、高齢社員が保有しているこれまでの思考、感情のみにとらわれず、積極的に状況に合わせて変化することが肝要です。「マインドセット(自分に習慣として根づいている物の見方や考え方)」という言葉がありますが、これを場面に合わせて適応させていくことが求められます。高齢社員のマインドセットの進化を図り続けるサポートも、年下上司の役割として認識しておくべきでしょう(図表2)。 図表1 立場の変化による不安心理 今から成長を求められても… 元部下には聞きにくい… 気力・体力に自信がなくなってきた… 何をやっても誉められない… 失敗したら格好悪い… ついていけない“お荷物”… フェイドアウトしようか… 資料提供:株式会社新経営サービス 図表2 マインドセット進化 シニア人材のマインドセット進化 ノウハウの見える化 異なる価値観・多様性の受容 周囲とのいえる・聴ける関係づくり 資料提供:株式会社新経営サービス 【P46-49】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第58回 エイジフレンドリーガイドラインの詳細、中小企業の割増賃金と代替休暇 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 高齢労働者が働く際の安全配慮について知りたい  人手不足を解消するためにも、高齢労働者の活用が必要だと考えていますが、職場環境や安全面で気をつけることはありますか。 A  加齢とともに労災リスクが増大する傾向があるため、エイジフレンドリーガイドラインを参考にしつつ、高齢労働者に対する安全配慮を尽くしておくことが求められます。 1 エイジフレンドリーガイドライン  厚生労働省は、労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち、60歳以上の労働者が占める割合が増加傾向にあることなどから、高齢労働者向けの労働災害防止の指針として「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称:エイジフレンドリーガイドライン)を定めています。  事業者に求められる事項として、五つの事項(図表1)が定められています。 2 安全衛生管理体制の確立等および職場環境の改善  安全衛生管理体制の確立等の観点からは、経営トップから高齢労働者の労働災害防止に取り組む姿勢を示すことが、安全意識を高めることにつながります。そのほか、産業医を中心とした産業保健体制の活用などをふまえた組織内の体制を整えることも求められています。  また、危険源の特定などのためにリスクアセスメント(リスクを把握して、対策の優先順位を検討すること)を実施することも求められています。多くの場合は、危険源を洗い出してリストアップして、それぞれの項目の危険度と発生の可能性を考慮して、分析していくという手法がとられます。  職場環境の改善の観点からは、身体機能の低下を補う設備・装置の導入(ハード面)と高齢労働者の特性を考慮した作業管理(ソフト面)の対応が求められています。  ハード面については、図表2のような事項、ソフト面については図表3のような事項があげられています。 3 健康や体力の状況の把握とそれに応じた対応  雇い入れ時および定期の健康診断を確実に実施することが重要視され、特定健康診査などを受ける意思を高齢労働者が有している場合には、そのための勤務時間変更や休暇の取得などの対応をすることや、法令における健診義務の対象外であっても健康診断の対象として対応すること、産業医や保健師などとの相談体制を整備することなどがあげられています。また、日常的なかかわりのなかで把握することも重要です。  体力の把握は、高齢労働者を対象とした体力チェックを実施することが推奨されています。体力チェックのなかでは、加齢による心身の衰え(フレイルチェック)を導入することや「転倒等リスク評価セルフチェック票」(厚生労働省が公表しているもの)を活用することが想定されています。  把握した健康や体力の状況は、それを活かして就業上の措置を講じることとされており、加齢にともなうリスクの増大をふまえて、労災認定基準にも照らしつつ、過重な時間外労働や心身の負担を回避することに配慮が必要となります。  なお、過度に業務内容を減らすこともまた適切とはいえず、個人差も大きいことから、作業内容の見直しは労働者の了解を得られるように努めることとされています。そのほかストレスチェックの実施とその結果をふまえた面接指導などを通じて、健康維持に努めることも重要です。 4 安全衛生教育  高齢労働者および管理監督者に対して、安全衛生に関する教育を実施することが求められています。高齢労働者自身には、加齢とともに自身のリスクが高まっていることを自覚してもらうことに意義があります。会社が実施しようとする健康診断の推奨や体力チェック、ストレスチェックなどによる状況把握は、高齢労働者本人の自覚が重要です。  管理監督者への安全衛生教育は、高齢労働者に特有の特徴(リスク)やそれに対する対応策を理解し、労災発生による管理監督者の責任、会社経営に及ぼすリスクを把握してもらうことで、積極的に運用面での取組みを推進することに意義があります。 5 労働者に求められる事項  エイジフレンドリーガイドラインでは、事業者に求められる事項が定められる一方で、労働者に求められる事項として、次のような内容も定められています。 ・自らの身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持・管理に努める ・定期健康診断を必ず受ける(法令の対象外の場合は、地域で実施されているような特定健康診査などを受けるように努めること) ・体力チェックに参加し、自身の体力の水準について確認し、気づきを得る ・日ごろから基礎的な体力の維持と生活習慣の改善に取り組む ・事業所の目的に応じて実施されている職場体操には積極的に参加すること。通勤時間や休憩時間にも、簡単な運動をこまめに実施し、運動などを積極的に取り入れる ・適正体重を維持する、栄養バランスのよい食事をとるなど、食習慣や食行動の改善に取り組む ・健康に関する情報に関心を持ち、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用できる能力(ヘルスリテラシー)の向上に努める  このように、高齢労働者の健康や安全確保には、事業者が努力するだけでなく、労働者にも求められる事項があるということを、社内の研修などにおいて周知していくことも重要でしょう。 Q2 中小企業における時間外労働の割増賃金率とは何ですか  中小企業も時間外労働の割増賃金率が引き上げられると聞きました。どのような制度であるのか、今後の労働時間管理をどうしていけばよいのか教えてください。 A  1カ月あたり60時間を超える時間外労働に対して、割増賃金として平均賃金の5割に相当する金額を支払う必要があります。休日労働、時間外労働の相違点に注意しながら労働時間管理を行うほか、必要に応じて、代替休暇制度の導入を検討することになります。 1 中小企業における時間外労働の割増賃金率の引上げ  2010(平成22)年4月1日に労働基準法が定める時間外労働に対する割増賃金率について、月60時間を超える部分の割増賃金率を50%とする規定(労働基準法第37条第1項ただし書)が施行されました。この規定は、2023(令和5)年3月31日まで中小企業への適用が猶予されていましたが、ついにその期限を迎える時期になりました。なお、自社が中小企業に該当するか否かは、図表4を参考にしてください。 2 割増賃金の種類と1カ月あたりの時間外労働の把握  労働基準法では、「時間外労働」、「休日労働」、「深夜労働」を割増賃金の対象としています。時間外労働の割増賃金率は図表5の通りです。  時間外労働の割増率が、1カ月あたりの時間外労働時間数に応じて変動することになります。そのため、「1カ月」あたりの「時間外労働」の時間数を正確に把握する必要があります。  まず、「1カ月」の範囲については、企業ごとに就業規則で定めることが可能です。賃金締切日と合致させておくことが、賃金計算における煩雑さを回避するためには適切と考えられます。  また、「時間外労働」と「休日労働」は異なりますので、1カ月あたり60時間の計算においては合算せず、この2種類を明確に区別して管理する必要があります。ポイントは、休日について、「法定休日」と「所定休日」を区別しておくことです。法定休日における労働は、時間外労働ではなく、休日労働になりますので、時間外労働には合算することにはなりません。一方、所定休日における労働時間は、1週間40時間を超える範囲において時間外労働になるため、時間外労働として合算することになります。週休二日制を採用している企業においては、いずれの休日を法定休日とするのか明確にしておく必要があります。  法定休日を定めていない場合は、行政解釈において日曜日を週の開始日とみて降順に位置する土曜日が法定休日となるとされています。 3 代替休暇制度について  割増賃金率の引上げと同時に導入されたのが「代替休暇」制度です。代替休暇とは、1カ月60時間を超える時間外労働により生じた割増賃金の増加部分に相当する休暇を付与することができるとする制度です。導入するにあたっては、就業規則の規定および労使協定の締結が必要となります。一般的な代替休暇付与の換算率等の計算方法は図表6の通りです。60時間を超えた時間分のすべてが代替休暇の対象となるわけではない点には留意が必要です。  代替休暇は、1日または半日単位のいずれかで付与しなければなりませんので、換算率に基づき計算した結果が、1日または半日に満たない場合、そのままでは代替休暇を付与することができません。このようなときには、時間単位の有給休暇と合わせて取得させるか、有給休暇とは別の特別休暇(ただし、通常の賃金が発生する休暇とする必要がある)を付与して、1日または半日の単位で取得できるようにする必要があります。代替休暇の付与は、時間外労働が60時間を超えた月の末日の翌日から2カ月以内とされています。  なお、たとえ代替休暇を付与したとしても、これにより代替されるのは、割増賃金の増加部分のみであるため、通常の割増賃金として25%の割増率による賃金の支給は必要になります。 図表1 事業者に求められる五つの事項 項目 概要 安全衛生管理体制の確立等 経営トップによる方針表明および体制整備等 職場環境の改善 身体機能低下を補う設備・装置の購入等 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握 健康診断の確実な実施、体力チェック等 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応 個々の健康や体力をふまえた措置等 安全衛生教育 高年齢労働者に対する教育、管理監督者等に対する教育等 ※「エイジフレンドリーガイドライン」(厚生労働省)を基に筆者作成 図表2 職場環境改善(ハード面)の例 共通的な事項 段差の解消、手すりの設置、墜落防止器具、滑りやすい箇所などの解消または注意喚起など 危険を知らせるための視聴覚に関する事項 警報音等は中低音域を採用する、指向性スピーカーの利用、騒音の低減など 暑熱な環境への対応 涼しい休憩場所の整備、通気性のよい服装の準備、熱中症の初期症状を把握できるIoT機器の利用など 重量物取扱いへの対応 補助機器などの導入、不自然な作業姿勢の解消、身体機能を補助する機器の導入など 介護作業等への対応 リフト、スライディングシートなどの導入、労働者の腰部負担を軽減する機器の活用など 情報機器作業への対応 照明、画面における文字サイズの調整、必要なメガネの使用など ※「エイジフレンドリーガイドライン」(厚生労働省)を基に筆者作成 図表3 職場環境改善(ソフト面)の例 共通的な事項 勤務形態や勤務時間を工夫する(短時間、隔日、交替制など)、ゆとりあるスピードまたは無理のない姿勢などに配慮した作業マニュアルを用意する、注意力や集中力を要する作業については作業時間や優先順位の判断を考慮する、腰部に過度の負担がかかる作業の軽減、身体的な負担に対して定期的な休憩の導入や作業休止時間の運用など 暑熱作業への対応 意識的な水分補給の推奨、健康診断結果をふまえた体調確認と日常的な指導、病院への搬送や救急隊の要請を行う体制の整備など 情報機器作業への対応 過度に長時間にわたり行われることのないようにする、作業休止時間を適切に設ける、相当程度拘束性がある作業(データ入力等)では無理のない作業量とするなど ※「エイジフレンドリーガイドライン」(厚生労働省)を基に筆者作成 図表4 中小企業該当性の判断 @、Aのいずれかに該当すること 業種 @資本金の額または出資の総額 A常時使用する労働者数 小売業 5,000万円以下 50人以下 サービス業 5,000万円以下 100人以下 卸売業 1億円以下 100人以下 その他の業種 3億円以下 300人以下 図表5 割増賃金率一覧 労働時間の種別 割増賃金率 時間外労働(月60時間まで) 25%以上 時間外労働(月60時間超) 50%以上 深夜労働 25%以上 休日労働 35%以上 時間外(月60時間まで)かつ深夜労働 50%以上(25%+25%) 時間外(月60時間超)かつ深夜労働 75%以上(50%+25%) 休日労働かつ深夜労働 60%以上(35%+25%) 図表6 代替休暇換算率の一例 代替休暇時間数=(1カ月の時間外労働時間数−60)×換算率 換算率=代替休暇取得しないときの割増賃金率−代替休暇取得時に支払う割増賃金率(通常は、「50%−25%=25%」となる。) 例えば、時間外労働時間数が80時間であった月の場合、{(80時間−60時間)=20時間}×25%(換算率)=5時間 【P50-51】 活き活き働くための高齢者の健康ライフ Healthy Life for the elderly  70歳までの就業が企業の努力義務となり、時代はまさに「生涯現役時代」を迎えようとしています。高齢者に元気に働き続けてもらうためには、何より「健康」が欠かせません。  働く高齢者の「健康」について、坂根直樹先生が解説します。 第4回 腰痛に悩まされていませんか? 腰痛の原因  厚生労働省の「国民生活基礎調査の概況(2019〈令和元〉年)」によると、男女とも気になる自覚症状として腰痛が上位にあがっています(図表1)。ぎっくり腰や筋肉疲労による腰痛なら1〜2週間程度で治ることが多いのですが、長期間にわたって続く「慢性腰痛」へと移行する人もいます。尿路結石症や膵炎(すいえん)など内臓の疾患による腰痛もありますが、大半はX線など画像検査では腰に明らかな異常が見られない腰痛です。腰痛を悪化させる要因としてストレスや不安があり、タバコやお酒の摂取量が多い人ほど、腰痛になりやすいこともわかっています。  コロナ禍でオンラインによるテレワークが進み、通勤での運動量が低下するだけでなく、座位時間が増えている人もいます。姿勢や動作によって腰にかかる負担(椎間板の内圧)は変わります。まっすぐ立っている際の負担を100とすると、立った状態でお辞儀する(腰を前に20度傾ける)と150、その状態で20sのものを持つと220、椅子に座ると140、椅子に座って腰を前に20度傾けると185となります(図表2)。つまり、猫背の姿勢は腰に負担をかけているのです。また、楽をしようとおしりを前に滑らせている人がいます。これも腰に負担をかけています(図表3)。 腰痛を予防するには?  『腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版』(監修:日本整形外科学会/日本腰痛学会、発行:南江堂)によると、肥満、喫煙や飲酒、運動不足、ストレスなどが、腰痛になるリスクを高めます。まずは、ライフスタイルの改善に取り組んでみるのがよいと思います(図表4)。  次に、コルセットを装着すること自体にはあまり効果がないのですが、運動療法は腰痛予防になります。体幹の筋力を強化する運動やストレッチは、1日2回痛み止めの薬を飲むのと同じ程度の効果で、生活の質(QOL)の改善も期待できます。古くは、腰痛予防教室などでは「ウィリアムス体操」が腰痛体操の一つとして用いられてきました。これは腰にかかる負担を減らすことを目的に開発されたもので、腰を守るコルセットの役割をする腹筋、大殿筋、ハムストリングス、背筋のストレッチを行います。  ただし、椎間板ヘルニアなど基礎疾患がある人は悪化する可能性がありますので、専門家の指導のもとに実施した方がよいでしょう。 【参考文献】 1.Wilke HJ, et al. New in vivo measurements of pressures in the intervertebral disc in daily life. Spine (Phila Pa 1976).1999;24(8):755-62. 2.Nachemson A, et al. Lumbar discometry. Lumbar intradiscal pressure measurements in vivo. Lancet.1963;1(7291):1140-2. 図表1 気になる症状の有訴者率(人口千対) 順位 男性 女性 1 腰痛(91.2) 肩こり(113.8) 2 肩こり(57.2) 腰痛(113.3) 3 鼻がつまる・鼻汁が出る(49.7) 手足の関節が痛む(69.9) 4 せきやたんが出る(49.6) 体がだるい(54.5) 5 手足の関節が痛む(41.3) 頭痛(50.6) ※「国民生活基礎調査の概況(2019年)」(厚生労働省)を参考に筆者作成 図表2 姿勢と腰にかかる負担(椎間板の内圧) 立位 100 座位 140 猫背 185 ※筆者作成 図表3 腰痛を起こしやすい姿勢 正しい座り姿勢 お尻が前に滑る ※筆者作成 図表4 腰痛予防の対策 座る姿勢 正しい座り方をする ライフスタイルの改善 体重管理、禁煙、節酒、運動、ストレス管理 運動療法 体幹トレーニング、腹筋など ※筆者作成 写真のキャプション ▲コロナ禍によりテレワークが増加するとともに腰痛になる人も 【P52-53】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第32回 「正社員と非正規社員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 定義は必ずしも明確ではない  今回は、正社員と非正規社員について取り上げます。  広く社会に浸透し、あたり前のように日常で使われている用語ですが、その定義は必ずしも明確ではありません。正社員も非正規社員も法律上の用語ではなく、複数の雇用形態のうち、一般的に認知された通称といえるものと考えています。イメージを具体化していくために、雇用形態について代表的なものの解説から始めます。 @雇用期間…労働者が雇用される期間の定めのない無期雇用(満60歳以降の定年設定は可)と、定めのある有期雇用(原則、最大3年。更新可)の区分あり。 A労働時間…企業が定めている所定労働時間(原則、最長1日8時間、週40時間)のすべての時間を働くフルタイムと、より短い時間で働くパートタイムの区分あり。 B雇用元…勤務先の企業と労働者間で雇用に関する契約を結ぶ直接雇用と、勤務先とは別の企業と労働者間で契約を結ぶ間接雇用の区分あり。  これら三つの形態のうち、正社員は@無期雇用、Aフルタイム、B直接雇用の組合せと一般的に認知され、厚生労働省の資料などをみても、おおよそこの組合せを基本とした記述になっています。一方で、非正規社員は正社員以外の労働者を括る用語であり、雇用形態上は@有期雇用、Aパートタイムまたはフルタイム、B直接雇用または間接雇用が一般的に認知されている組合せとなります。さらに細かい形態の差異により、非正規社員はパート・アルバイト・契約社員・嘱託社員・派遣社員などと区分されます。  先ほどから「一般的な認知」と逐一記載しているのには理由があります。実は、これらの組合せから外れる正社員・非正規社員が存在するからです。例えば、働き方改革の一環として多様な正社員が推奨されるなかで、Aがパートタイムにあたる短時間正社員制度を導入している企業があります。また、有期雇用契約が更新されて通算5年を超えた場合に、労働契約法に基づき労働者本人からの申し込みにより@の無期雇用に転換した後も、その他の労働条件に変更がなく、会社内で正社員として位置づけられない場合は、無期雇用の非正規社員が発生します。これらはあくまで一例ですが、ほかにも多様な形態の正社員・非正規社員が存在し、一般的な認知を基本としつつ、最終的には各企業が正社員・非正規社員の定義を就業規則等で定めているのが実情です。 統計から把握できる雇用状況・処遇  次に、正社員・非正規社員の実態について、雇用状況や処遇に関する統計から把握していきたいと思います※1。  雇用状況については、厚生労働省のホームページの「非正規雇用の現状と課題」※2という資料に基づきみていきます。正社員と非正規社員数の年別推移は、1984(昭和59)年は全労働者3936万人のうち、非正規社員は604万人(構成比15.3%)となっています。全労働者が5000万人を超えた2009(平成21)年には全労働者5124万人のうち非正規社員は1727万人(33.7%)、直近の統計2021(令和3)年には全労働者5662万人のうち非正規社員は2075万人(36.7%)と推移し、非正規社員は増加傾向にあります。一方、それぞれの年の正社員数をみると1984年は3333万人、2009年は3395万人、2021年は3587万人と近年増加傾向にあります。  非正規社員を年齢階級別にみると、2021年の非正規社員のうち45歳以上が1253万人(60.4%)、65歳以上の推移は、2009年には65歳以上の非正規社員が158万人(9.1%)に対して、2021年には393万人(18.9%)と実数・構成比ともに倍以上となるなど、65歳以上の割合が高まっています。  また、非正規社員のうち正社員として働く機会がなく非正規社員として働いている者の割合は、2013年で342万人(19.2%)に対し、2021年には216万人(10.7%)と減少傾向にあります。  処遇については、厚生労働省が公表している「令和3年賃金構造基本統計調査 結果の概況」に掲載されている雇用形態・性別の賃金格差で傾向がつかめます。調査対象日における対象者平均の最高水準は、男性正社員は428万6000円に対し非正規社員は274万7000円、女性正社員305万6000円に対し非正規社員は200万2000円であり、男女ともに正社員に比べ非正規社員の賃金は65%程度にとどまります。  また、同じく厚生労働省の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」のうち、現在の会社における各種制度等の適用状況をみると、退職金制度は正社員77.7%に対し非正規社員13.4%、賞与支給制度は正社員86.8%に対し非正規社員35.6%、福利厚生施設等の利用は正社員55.8%に対し非正規社員25.3%の適用と、正社員に適用されても非正規社員は適用外の制度も多くあります。  これらの内容から、正社員・非正規社員の雇用状況・処遇については、次のようにまとめることができます。 ・全労働者が増加するなか、正社員・非正規社員ともに増加傾向が続いてきており、非正規社員は65歳以上の割合が高まっている。 ・正社員として働く機会がなく、非正規社員として働いている者の割合は10%程度。 ・正社員と非正規社員の処遇上の差は、賃金の額や制度面でも明らかに確認できる。  こうした状況のなか、同一労働同一賃金の導入による、同一企業・団体における正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差の解消を目ざすパートタイム・有期雇用労働法が2021年4月1日から全面施行されています。そもそもの定義からして複雑な正社員・非正規社員ですが、本稿が理解の一助となれば幸いです。  次回は「ハラスメント」について解説します。 ※1 統計上、正規雇用・正職員などで表記されているものは本稿では正社員、非正規雇用・正社員以外の労働者などで表記されているものは非正規社員と表記している ※2 http://www.mhlw.go.jp/content/001041163.pdf 【P54-55】 労務資料 令和4年「就労条件総合調査」結果 厚生労働省政策統括官付参事官付賃金福祉統計室  厚生労働省では、わが国の民間企業における就労条件の現状を明らかにすることを目的に、毎年「就労条件総合調査」を実施しています。令和4年は、常用労働者30人以上の民営企業で、6387社を抽出して、令和4年1月1日現在の状況等について調査を行い、3757社から有効回答を得ました。  本稿では、同調査のなかから、「定年制の状況」について抜粋してご紹介します。 (1)定年制の有無、定め方  定年制を定めている企業割合は94.4%(平成29年調査95.5%)となっており、そのうち、定年制の定め方別の企業割合をみると、「一律に定めている」が96.9%(同97.8%)、「職種別に定めている」が2.1%(同2.2%)となっている。 (2)一律定年制における定年年齢の状況  一律定年制を定めている企業のうち、「65歳以上」を定年年齢としている企業割合は24.5%(平成29年調査17.8%)で平成17年以降の調査年において過去最高となっている。企業規模別にみると、「1000人以上」が17.8%、「300〜999人」が14.1%、「100〜299人」が20.8%、「30〜99人」が27.0%となっている。産業別にみると、「運輸業、郵便業」が37.7%で最も高く、「複合サービス事業」が5.0%で最も低くなっている(図表)。 (3)一律定年制における定年後の措置 ア 勤務延長制度及び再雇用制度の実施状況  一律定年制を定めている企業のうち、勤務延長制度又は再雇用制度若しくは両方の制度がある企業割合は94.2%(平成29年調査92.9%)となっている。企業規模別にみると、「1000人以上」が95.6%、「300〜999人」が94.9%、「100〜299人」が95.1%、「30〜99人」が93.8%となっている。産業別にみると、「鉱業、採石業、砂利採取業」が100.0%で最も高く、「情報通信業」が88.5%で最も低くなっている。制度別にみると、「勤務延長制度のみ」の企業割合は10.5%(同9.0%)、「再雇用制度のみ」の企業割合は63.9%(同72.2%)、「両制度併用」の企業割合は19.8%(同11.8%)、「勤務延長制度(両制度併用含む)」の企業割合は30.3%(同20.8%)で、平成17年以降の調査年において過去最高となっており、「再雇用制度(両制度併用含む)」の企業割合は83.7%(同83.9%)となっている。 イ 勤務延長制度及び再雇用制度の最高雇用年齢  一律定年制を定めており、かつ勤務延長制度又は再雇用制度がある企業のうち、最高雇用年齢を定めている企業割合は、勤務延長制度がある企業で55.1%(平成29年調査56.9%)、再雇用制度がある企業で76.5%(同80.8%)となっている。最高雇用年齢を定めている企業における最高雇用年齢をみると、「66歳以上」を最高雇用年齢とする企業割合は、勤務延長制度がある企業が31.7%(同16.9%)、再雇用制度がある企業が22.0%(同9.8%)で、両割合とも平成17年以降の調査年において過去最高となっている。 図表 一律定年制を定めている企業における定年年齢階級別企業割合(単位:%) 企業規模・産業・年 一律定年制を定めている企業 1) 2) 定年年齢階級 60歳 61歳 62歳 63歳 64歳 65歳 66歳以上 (再掲)65歳以上 令和4年調査計 [96.9] 100.0 72.3 0.3 0.7 1.5 0.1 21.1 3.5 24.5 1,000人以上 [90.9] 100.0 79.3 0.7 1.1 0.9 0.2 17.1 0.7 17.8 300〜999人 [91.9] 100.0 81.7 0.5 1.1 1.9 0.4 13.8 0.2 14.1 100〜299人 [97.8] 100.0 76.6 0.6 0.6 1.3 0.1 19.2 1.6 20.8 30〜99人 [97.3] 100.0 69.8 0.2 0.6 1.6 - 22.5 4.5 27.0 鉱業、採石業、砂利採取業 [100.0] 100.0 75.7 - - 2.6 - 21.7 - 21.7 建設業 [97.1] 100.0 67.7 0.1 1.6 0.4 - 26.2 3.9 30.1 製造業 [98.0] 100.0 79.0 0.0 0.4 2.0 - 13.2 4.4 17.6 電気・ガス・熱供給・水道業 [93.0] 100.0 76.6 - 2.8 0.9 - 17.9 1.8 19.7 情報通信業 [97.9] 100.0 83.2 0.4 0.2 0.5 - 15.7 - 15.7 運輸業、郵便業 [97.0] 100.0 58.3 0.8 0.1 2.3 0.8 34.0 3.7 37.7 卸売業、小売業 [97.0] 100.0 82.6 - 0.8 0.1 - 15.8 0.6 16.5 金融業、保険業 [99.0] 100.0 88.4 0.2 - 0.9 - 10.5 - 10.5 不動産業、物品賃貸業 [99.4] 100.0 77.5 1.8 0.2 2.7 - 16.1 1.4 17.4 学術研究、専門・技術サービス業 [98.0] 100.0 76.0 0.1 1.3 1.1 - 21.5 - 21.5 宿泊業、飲食サービス業 [98.0] 100.0 63.3 - 0.4 2.5 - 27.2 6.7 33.8 生活関連サービス業、娯楽業 [94.8] 100.0 70.6 - 0.1 0.1 - 21.6 6.3 27.8 教育、学習支援業 [84.1] 100.0 64.9 - 1.3 1.7 - 30.4 0.5 30.9 医療、福祉 [96.5] 100.0 66.1 0.1 0.4 2.0 - 25.6 4.7 30.2 複合サービス事業 [97.9] 100.0 90.4 0.7 2.4 1.6 - 5.0 - 5.0 サービス業(他に分類されないもの) [98.1] 100.0 63.0 1.6 1.8 2.8 0.1 24.0 5.6 29.6 平成29年調査計 [97.8] 100.0 79.3 0.3 1.1 1.2 0.3 16.4 1.4 17.8 注:1)[ ]内の数値は、定年制を定めている企業のうち、一律定年制を定めている企業割合である 2)「一律定年制を定めている企業」には定年年齢階級が「不明」の企業を含む 【P56-57】 BOOKS ストーリー形式で、自らを守る知識が自然と身につく 知らないと損する労働法の超基本 石井(いしい)孝治(こうじ) 著/日本実業出版社/1540円  コロナ禍が続くなか、テレワークや時差出勤、オンラインを活用した会議の導入など、いわゆる「新しい働き方」の取組みが進められ、それらが定着しつつある会社が増えているようだ。また、2019(平成31)年4月の労働基準法の改正により、残業時間の上限規制や年次有給休暇の取得義務化などに対応し、働き方のルールを変更した会社も多いだろう。  本書は、こうした最近の働き方も含めて、働く人たちが労働の現場で感じている疑問、例えば、「テレワーク中のケガって労災になる?」、「電話番をしながらのお昼休みって休憩といえるの?」といった身近な話題を取り上げながら、知っておきたい労働法の基本をわかりやすく解説。楽しく学べるように、主人公ツバサが、長らく後回しにされてきた労働環境の整備を任され、戸惑いながらも労働法を学んでいくストーリー仕立てとなっている。ツバサたちの会話から、自然と労働法の知識が頭に入り、労働法の基本が身についていく。  知らないと損をする賃金や育児・介護休業についてや、副業などに関するルールも学べる。総務・人事の新任者や労働環境に疑問のある人など、幅広い人たちの参考になる一冊といえる。 リスキリングへの理解をうながし、具体的な実践方法も紹介 自分のスキルをアップデートし続けるリスキリング 後藤(ごとう)宗明(むねあき) 著/日本能率協会マネジメントセンター/2035円  最近よく聞く「リスキリング」とは、単に「学び直し」を意味する言葉ではなく、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」と本書の著者は説明する。そのうえで、これからの時代は、自分自身を「リスキリング」するスキルそのものがきわめて重要になるとし、年齢にかかわらず、外部環境の変化に合わせて、「リスキリング」を習慣づける必要があると指摘する。  著者は、自らの経験をふまえて、リスキリングを日本で広める活動に取り組み、2021(令和3)年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体「一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ」を立ち上げ、リスキリングにかかわる多角的な支援活動を行っている。  本書は、リスキリングの意味や必要性から、海外企業における状況、リスキリングを実践する10のプロセス、リスキリングによるキャリアアップと人材の流動化などについてくわしく解説。実際にリスキリングを行う方法では、ベテラン社員が築いてきた熟練スキルとデジタルスキルを融合させる手法のヒントや、中小企業でリスキリングを導入するための方法なども紹介している。 ミドル、シニアこそ「主体的で継続的な学びが必要」と提唱 キャリアをつくる独学力 プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント 高橋俊介 著/東洋経済新報社/1870円  「『AIによる代替はいつ来るか』の予測が難しい」、「ビジネスモデルの転換で、個人のキャリアも変化を余儀なくされる」など、本書の著者は、キャリア形成の視点からいま起きている変化と問題について、五つの「大変化」をあげる。そのなかで、自律的なキャリア形成の必要性がより高まっているとし、著者は「独学」に着目。ここでの「独学」とは、「なぜ」、「何を」、「いかに」学ぶかの3要素からなる「学びの主体性」を意味し、本書は、独学力を高める意味合い、専門性コンピテンシーの強化の仕方、独学の進め方などを説く。また、独学者の事例や、独学力の知的基盤となるリベラルアーツ(一般教養)を学ぶ意味、学び方も提示している。  主体的な学びは、仕事上のキャリアだけでなく、人生を豊かにするとして、本書はすべての世代に向けて書かれているが、「新しいモデルの仕事は、過去の経験の蓄積だけで適応するのは困難」との見地から、中高年齢者こそ「主体的で継続的な学びが必要」と強調。後進を育成する役割をになうとしても、「自らの専門性を高める意識で、育成の仕方の学び直しが求められる」と指摘するなど、中高年齢者に独学をうながし、独学する際の視点やポイントも紹介している。 現場の安全管理者をはじめ、個人の安全確保にも役立つ一冊 ヒューマンエラーの心理学 労働災害防止を現場から学ぶ 大橋(おおはし)智樹(ともき) 著/日本労務研究会/2200円  ヒューマンエラーとは、「意図しない結果を生じる人間の行為」のこと(厚生労働省「職場のあんぜんサイト」より)。安全対策を徹底しても、ヒューマンエラーによる事故をなくすことはむずかしく、労働現場での事故を分析すると、多くの場合にヒューマンエラーが見つかるという。  本書は、産業心理学、安全人間工学を専門とし、心理学の立場から、産業現場における労働災害を中心とした諸問題の解決や現場の安全にかかわってきた著者が、ヒューマンエラーと労働災害の問題に向き合った内容で、月刊『労働基準』(日本労務研究会発行)に連載中の「ヒューマンエラーの心理学」を書籍化したものだ。  「人間を知ろうとすること」がヒューマンエラー対策の第一歩であるとして、第1章では、人間をシステムとしてとらえ、「目」や「耳」などの特性や、「記憶」、「感情」が、どのようにしてヒューマンエラーの発生と結びついているのかに迫り、それらによるヒューマンエラーをいかに防ぐかを考察。第2章では、過去の事故事例の分析から学び、第3章では、事故が起こった後のこと、第4章では、安全・安心、成功、違和感をテーマにヒューマンエラーを掘り下げる。個人が安全を学ぶうえでも役立つ一冊。 老化で何が起こるのかを説き、健康に暮らすためのヒントを示す 最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM 山田(やまだ)悠史(ゆうじ) 著/講談社/1980円  日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えているが、健康寿命は男性では約72歳、女性では約75歳という報告がある。つまり、多くの人が人生最後の数年間は、支援や介護を受けて生きているということだ。本書によると、65歳以上の「約10人に1人は車椅子か寝たきり」、「約5人に1人は認知症」、「約3人に1人は5種類以上の薬を毎日飲んでいる」という。  これらの現実を変えて、最期まで元気に暮らすためにはどうしたらよいのか。本書はその答えとして、「5つのM」の課題を整理し、「最高の老後」を実現するための道を示している。  「5つのM」とは、「からだ(Mobility)」、「こころ(Mind)」、「よぼう(Multicomplexity)」、「くすり(Medications)」、「いきがい(Matters Most to Me)」。カナダおよび米国老年医学会が提唱したもので、高齢者診療の指針となっているそうだ。  この「5つのM」を、ニューヨーク在住の老年医学専門医である著者が、科学的根拠に基づいて、項目別に老化で何が起こるのかを説き、どうすれば最高の老後になるか、そのヒントをまとめている。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 2022年度「現代の名工」  厚生労働省は、その道の第一人者と目され、卓越した技能を有する現役の技能者150人を「現代の名工」として決定し、2022(令和4)年11月14日、東京都内で表彰式を行った。  「現代の名工」の表彰制度は、極めてすぐれた技能を有し、技能を通じて労働者の福祉の増進と産業の発展に寄与し、ほかの技能者の模範と認められる現役の技能者に対して、厚生労働大臣が表彰を行うもの。1967(昭和42)年度に第1回の表彰が行われて以来、今年度が56回目となり、今回受賞の150人を含めて、これまで6946人が表彰を受けている。  今年度の主な受賞者は、伝統的な鍛金(たんきん)技術を駆使し、素朴かつ緻密で繊細な作品が高く評価される一方で、後進の育成にも熱心な手かじ工の植田(うえだ)充紀(みつとし)さん(71歳)、サブミクロン精度の仕上げを実現するすぐれた技能を有し、その技術を後進に伝えたり、「ものづくりマイスター」として企業や高校などでも指導にあたる仕上機械工の小林(こばやし)智(さとし)さん(67歳)、西陣(にしじん)爪掻(つめかき)本綴織(ほんつづれおり)の職人として高度な技術を持ち、国内外で作品が高く評価されるとともに、女性伝統工芸士展を開催するなどして職人の地位向上や業界の発展に貢献している織布工の小玉(こだま)紫泉(しせん)さん(70歳)、高度な衣服製造技能を有し、「生涯現役」を目標にして、着心地と美しさを兼ね備えた服づくりと後進の育成に力を注いでいる紳士服仕立職の芹澤(せりざわ)國夫(くにお)さん(74歳)ら。 厚生労働省 「第11回健康寿命をのばそう!アワード」  厚生労働省およびスポーツ庁は、第11回目となる「健康寿命をのばそう!アワード」において、生活習慣病予防分野で12企業・団体・自治体、介護予防・高齢者生活支援分野で18企業・団体・自治体、母子保健分野で9企業・団体・自治体の受賞を決定した。  「健康寿命をのばそう!アワード」は、右記の三つの分野に関して優れた取組みを行っている企業などを表彰する制度。各分野の内容と今回の受賞企業・取組みタイトルなどは次の通り。 ●生活習慣病予防分野…従業員や職員、住民に対して、生活習慣病予防の啓発、健康増進のための優れた取組みをしている企業などから57件の応募があり、厚生労働大臣最優秀賞1件(大橋運輸株式会社「『治療より予防』社内の健康経営から地域の健康活動へ。」)などを表彰した。 ●介護予防・高齢者生活支援分野…地域包括ケアシステムの構築に向け、地域の実情に応じた優れた取組みなどを行っている企業などから56件の応募があり、厚生労働大臣最優秀賞(三色吉(みいろよし)シニア倶楽部「これぞ!お互いさまの助け合いの原点〜住み慣れた我が家で暮らし続けられるために〜」)などを表彰した。 ●母子保健分野…母子の幸せで健康な暮らしを支援するための優れた取組みを行っている企業などから67件の応募があり、厚生労働大臣最優秀賞(宮崎大学医学部看護学科生活・基盤看護科学講座地域看護学領域「若者の生きる力を育む性(生)教育」)などを表彰した。 厚生労働省 「令和4年版 過労死等防止対策白書」  政府は、2022(令和4)年10月21日、「令和3年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」(「令和4年版過労死等防止対策白書」)を閣議決定した。  「過労死等防止対策白書」は、過労死等防止対策推進法に基づき、国会に毎年報告を行う年次報告書となっている。7回目となる今回の白書の主な内容は、以下の通り。 (1)「過労死等の防止のための対策に関する大綱(2021年7月30日閣議決定)」に基づき、新型コロナウイルス感染症やテレワークの影響に関する調査分析等について報告 (2)長時間労働の削減やメンタルヘルス対策、国民に対する啓発、民間団体の活動に対する支援など、昨年度の取組みを中心とした労働行政機関などの施策の状況について詳細に報告 (3)企業における長時間労働を削減する働き方改革事例やメンタルヘルス対策等、過労死等防止対策のための取組み事例をコラムとして紹介  コラムでは、「過労死等防止調査研究センターにおける体力科学研究について」、「働く人々の疲労回復におけるオフの量と質の重要性」、企業の取組みとしては、労働者が安心して活用できるテレワーク環境の確立などの事例も紹介している。  「過労死等防止対策白書」は、厚生労働省ホームページの左記URLからダウンロードできる。https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/karoushi/22/index.html 【P59】 読者アンケート結果発表!! ご協力いただき、ありがとうございました  日ごろより『エルダー』をご愛読いただき、ありがとうございます。今年度実施した「読者アンケート」には、みなさまから多数のご意見・ご要望をいただきました。心よりお礼申し上げます。今号では、読者アンケートの結果の一部をご紹介いたします。今後の企画・編集の貴重な資料として活用させていただき、よりよい誌面づくりに努めてまいりますので、引き続きご愛読をよろしくお願いいたします。 (アンケート調査実施期間:通年、集計期間:2021年10月1日〜2022年9月30日) 参考になったコーナーとその理由 特集 ・マンガを使って解説していてわかりやすかった。 ・高齢者雇用の現状と、これから求められる対応について学ぶことができるので参考になる。 など 知っておきたい労働法Q&A ・実際に自社でも起こりうる事例とともにその対応などが詳細に記載されている。 ・専門的な見解、説明が為になる。 など リーダーズトーク ・経営者の考えや今後の方向性などが参考になる。 ・他社事例から制度を検討する具体的なイメージにつなげている。 など 高齢者の職場探訪 北から、南から ・全国の65 歳超雇用推進プランナーが紹介する、企業の課題や取組みが具体的で参考になる。 ・各地で働く高齢社員の生の声が聞けてよい。 など いまさら聞けない人事用語辞典 ・具体的で理解が深まり実際の業務にすぐ活かせる。 ・理解していると思っている用語について、改めてその内容や解説を再認識できる。 など マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! ・高齢者雇用の問題点がわかりやすく提起されていて、対処法も具体的でわかりやすい。 ・マンガだと内容が理解しやすい。 など ご回答者の立場 (勤務先を「民間企業」と答えた方のみ) 人事総務部門責任者・担当者 60.1% 経営者・取締役(役員含) 28.6% その他(一般社員など) 3.8% その他の管理監督者(工場長、支店長、管理職など) 7.0% 無回答 0.5% 本誌に対する評価 非常に参考になる 37.0% 参考になる 56.4% あまり参考にならない 2.9% 無回答 3.7% さらに充実を図ってほしいコーナーと理由 ・〈特集〉70歳までの継続雇用は近々の課題であるため、他社の制度導入事例など具体的な内容を知りたい。 ・〈高齢者の職場探訪 北から南から〉  地方の中小企業現場での課題や問題点、取組み、手法、取組みの解決後がわかるとよい。 など 今後取り上げてほしい内容、ご意見、ご要望 ・定年延長に向けての施策、注意点。 ・70歳以上の社員を雇用している企業の人事施策。 ・高齢者の転職や再就職の視点で課題や事例を紹介してほしい。 ・テーマが複雑でむずかしいので、理解しやすいテーマやコーナーを増やしてほしい。 ・小規模な企業の先進的な取組み事例を紹介してほしい。 など 興味・関心のあるテーマについては、当機構ホームページに掲載しているバックナンバーもご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/backnumber.html エルダー バックナンバー 検索 【P60】 次号予告 4月号 特集 70歳就業時代の副業を考える リーダーズトーク 上野隆幸さん(松本大学人間健康学部教授) (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 メールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メールマガジン 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み  株式会社労働調査会までご連絡ください。  電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jp でご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 田村泰朗……太陽生命保険株式会社取締役専務執行役員 丸山美幸……社会保険労務士 三宅有子…… 日本放送協会 メディア総局 第1制作センター(福祉)チーフ・リード 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会副理事長 編集後記 ●今号の特集は、2022(令和4)年11月1日・25日に東京で開催された「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をお届けしました。それぞれ「生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成」、「70歳就業時代におけるシニア活用戦略」をテーマに、有識者による基調講演や企業事例発表、パネルディスカッションを行いました。  70歳までの就業確保が求められるなかで、高齢社員に戦力として活躍してもらうためには、モチベーションの維持・向上や、キャリア自律をうながしていくための取組みが欠かせません。  本特集を参考にしていただき、それぞれの会社に合った取組みをぜひ検討・実施していただければ幸いです。 ●「リーダーズトーク」では、ミドル・シニア世代の転職支援を行っている黒田真行氏にご登場いただきました。ポスト高齢者≠ナあるミドル世代は、いわゆる就職氷河期世代。非正規社員が多いとされる世代ですが、今後数年〜十数年で、この世代が60歳を迎えます。ミドル世代はもちろん、現在20〜30代の若者を含む全世代が、高齢者になっても活躍できる社会を、一緒につくっていきましょう。 読者アンケートにご協力お願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから▼ 公式ツイッターはこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー3月号No.520 ●発行日−−令和5年3月1日(第45巻 第3号 通巻520号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 飯田剛 編集人−−企画部情報公開広報課長中上英二 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6216 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp/ メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-928-6 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 訂正とお詫び 2023年2月号「知っておきたい労働法Q&A」(46ページ)で「富山地裁川崎支部令和4年7月20日判決」と記載しておりましたが、正しくは「富山地裁令和4年7月20日判決」です。訂正してお詫び申し上げます。 【P61-63】 技を支える vol.325 着物の特徴を活かして美しい洋服にリメイク 婦人・子供服注文仕立職 佐藤(さとう)順子(じゅんこ)さん(63歳) 「洋裁は扱う布や糸によって『手加減』が必要。そのコツがつかめるように、やって見せながらわかりやすい説明を心がけています」 既製服製造の段取りを注文服づくりに取り入れる  「洋裁が大好きで、特にミシンをかけているときが一番楽しいです。世の中、思い通りにいかないことが多いものですが(笑)、洋裁には、自分の手で思い通りのものをつくれる楽しさがあります」  そう話すのは、婦人・子供仕立服として2022(令和4)年度「卓越した技能者(現代の名工)」を受賞した佐藤順子さん。2004(平成16)年に自身の工房「Jフローラ」(東京都新宿区)を開設し、注文婦人服を仕立てるかたわら、洋裁教室を開いて後進の育成も行っている。  洋裁を始めたきっかけは、結婚後に夫の実家が営むアパレルメーカーで縫製を手伝うようになったことだった。  「最初の一年ほどは、お直しのために戻ってきた商品の袖口や肩などのほどき≠ホかりやっていました。それから少しずつミシンをいじらせてもらえるようになり、次第に、私のような素人の手がけたものがお客さまに届くのは嫌だなと思うようになったんです」  そこで、技術専門校の夜間コースに半年間通った後、「現代の名工」である洋裁の先生に師事し、洋裁の基本を一通り習得。2002年に洋裁技能の国家検定1級に合格した。家業の手伝いを続ける一方、知り合いなどから仕立てを頼まれるようになり、自身のブランド立ち上げに至った。  「夫の会社で既製服の製造にたずさわってきたので、効率のよい段取りを注文服の製作にも取り入れています。例えば、順番通りの作業ではなく、ミシンやアイロンをかける部分はまとめてかけたり、ミシンでできるところはなるべくミシンですませます。そうした工夫が、時間短縮と仕上がりのよさにつながっているように思います」 異なる柄の生地でも違和感のない柄合わせを実現  佐藤さんが得意とするのは、着物から洋服へのリメイク。着物に使われている生地や柄などの特徴を活かして洋服に仕立て直す。  「留袖などのお祝い着は柄が華やかなので、カジュアルな形ではなくワンピースにしたり、大島紬のように伸縮性の低い着物は、あまり体にフィットしたものではなく、ジャケットやコートなどにすることをおすすめしています。また、洋服にすると帯や帯留めなどで差し色ができないため、地味になりすぎないような工夫もします」  着物は洋服と違い、生地の幅が一尺(鯨尺・約38cm)という制約がある。また、前合わせの違いや、カットされている部分もあるため、柄合わせがむずかしい。佐藤さんは、型紙を生地にあてながら最適な柄合わせを考え、隣り合う生地の柄が異なっていても違和感のないデザインに仕立て上げる。  それを可能にしているのは、型紙、裁断、縫製など、一つひとつの技術の正確さだ。特徴的な技術の一つに「きりびつけ」がある。型紙から生地に印をつける際に、チャコやヘラの代わりに糸で印をつけていく方法だ。手間はかかるが、生地を傷めず、補正もしやすいというメリットがある。 自分の手で思い通りにつくれる楽しさを伝えたい  佐藤さんは自身の洋裁教室に加えて、一般社団法人日本洋装協会の講習会で技能検定を受ける人たちの指導にもあたっている。  「洋裁で大切なのは手の感覚です。例えば、生地の継ぎ目に少しゆとりを加えることを『キセをかける』といいますが、キセの幅は常に同じではなく、生地の素材や厚みなどによって手加減を加える必要があります。教えるときには、自分自身が学んだ経験も活かしながら、なるべく早くコツがつかめるように、手の動きを見せてあげながら、言葉でもわかりやすく説明するように心がけています」  ファストファッションがあたり前となった昨今、洋裁人口は減少傾向にある。そんななかで佐藤さんは、一人でも多くの人に洋裁の楽しさを知ってもらい、職業にできるように後進を育てていきたいと奮闘している。 洋服のリメイク&リフォームJフローラ TEL:03(3357)7283 E-mail:J-flora@castle.ocn.ne.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション ミシンで2枚の布を重ねて縫うと、上の布は押さえられ下の布は送り歯で送られるため、必ずずれが生じる。練習を重ね、ずらさず縫うコツを体で覚えた 先が曲がった目打ち(中央)を愛用 目打ちを使って布の端を押さえる バラした生地の上に型紙を置きながら、柄の合わせ方を検討する 着物の袖の柄をそのまま活かしたドレス。胸の部分には青い名古屋帯を使用 留袖をワンピースにリメイク中。柄の切れ目を上手に合わせている 下部の柄が合っているため上部の柄の切れ目が気にならない 令和4年度「卓越した技能者」の楯。「身に余る光栄」と佐藤さん 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は計算を使った脳トレです。短い時間、脳に記憶して比較などをするときは、脳の前頭前野が深くかかわるワーキングメモリ(作業記憶)が使われます。この機能は、加齢にともない低下しやすいのですが、鍛えることで能力が高まるといわれています。日常生活で計算が必要な際は紙などにメモをするのではなく、 脳にメモしてチャレンジしてみましょう。 第69回 どちらが大きい? 左右に並んだ式を計算して、どちらが大きいか□に不等号(左が大きければ>、右が大きければ<)を書き込んでください。 目標5分 @ 13+4 □ 9+9 A 23−16 □ 17−9 B 5+8+3 □ 21−4−2 C 17+2+4 □ 6+8+8 D 7+5+8 □ 7×3 E 28−14−6 □ 5×2−3 F 3×4+12 □ 5×5 G 28 −9−12 □ 6×2−4 H 8×4 □ 19−6+18 I 7×4−13 □ 2+11+3 J 5×9−28 □ 4×9÷2 大切なのは記憶を引き出す力、その訓練  記憶には「記銘」、「保持」、「想起」の三つの段階があります。記銘は覚えること、保持はその記憶を保つこと、想起はその記憶を引き出すことです。この想起の力が衰えると、いわゆるど忘れや物忘れが増えます。よくよく考えたり、何かのきっかけがあれば思い出すことはできるので、記銘や保持は大丈夫でも、想起に問題が生じているのです。  そこで、おすすめなのが今回のようなワーキングメモリを鍛えるトレーニングです。ワーキング(作業)のためのメモリ(記憶)。ちょっと覚えておいて、あれこれする力です。ちょっとした計算は、嫌でも脳にメモしながら知的作業をすることになります。  ワーキングメモリの力は、18〜25歳くらいをピークに、加齢とともに低下しやすいことが知られています。しかし一方で、トレーニングすることによって、その能力が上がることもわかっています。記憶を想起する力を、しっかりと鍛えましょう。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @ < A < B > C > D < E > F < G < H > I < J < 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2023年3月1日現在 ホームページはこちら 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内※ 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 ※2022年10月3日より、上記住所へ移転 【裏表紙】 定価 503円(本体458円+税) 高年齢者活躍企業フォーラム生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム アーカイブ配信のご案内 高齢者雇用に取り組む、事業主や人事担当者のみなさまへ  昨年10月に東京で開催された「高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)」、10月〜12月に東京・福岡で開催された「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をアーカイブ配信します。  改正高年齢者雇用安定法が令和3年4月に施行され、「70歳までの就業機会の確保」が努力義務となりました。このため、本年度は企業において高年齢者の戦力化を図るために関心の高い「健康管理・安全衛生」、「自律的キャリア形成」、「シニア活用戦略」、「生涯キャリア形成」をテーマとして開催しましたシンポジウムの模様を、お手元の端末(パソコン、スマートフォン等)でいつでもご覧いただけます。  学識経験者による講演、高年齢者が活躍するための先進的な制度を設けている企業の事例発表・パネルディスカッションなどにより、高年齢者が活躍できる環境整備の必要性や今後の高齢者雇用について考えるヒントがふんだんに詰まった最新イベントの様子を、ぜひご覧ください。  各回のプログラムの詳細については、当機構ホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/index.html 視聴方法 当機構ホームページ(トップページ)から 機構について→広報活動(メルマガ・啓発誌・各種資料等)→ YouTube 動画(JEED CHANNEL)→ 「イベント」からご視聴ください。 または jeed チャンネル 検索 https://youtube.com/@jeedchannel2135 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043−297−9527 FAX:043−297−9550 https://www.jeed.go.jp/ 写真のキャプション 上:高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)の様子 下:シンポジウムの様子 2023 3 令和5年3月1日発行(毎月1回1日発行) 第45巻第3号通巻520号 〈発行〉独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会