【表紙2】 10月は「高年齢者就業支援月間」です 高年齢者活躍企業フォーラムのご案内 (高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)  高年齢者が働きやすい就業環境にするために企業等が行った創意工夫の事例を募集した「高年齢者活躍企業コンテスト」の表彰式をはじめ、コンテスト入賞企業等による事例発表、学識経験者を交えたトークセッションを実施し、企業における高年齢者雇用の実態に迫ります。「年齢にかかわらずいきいきと働ける社会」を築いていくために、企業や個人がどのように取り組んでいけばよいのかを一緒に考える機会にしたいと思います。 日時 令和5年10月6日(金)13:00〜16:00 受付開始12:00 〜 場所 イイノホール(東京都千代田区内幸町2-1-1 飯野ビルディング) 東京メトロ日比谷線・千代田線「霞ヶ関」駅 C4出口直結 東京メトロ丸ノ内線「霞ヶ関」駅 B2出口徒歩5分 定員 会場100名、ライブ配信500名(事前申込制・先着順) 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) プログラム 13:00〜13:10 主催者挨拶 13:10〜13:40 高年齢者活躍企業コンテスト表彰式 厚生労働大臣表彰および独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 13:40〜14:10 基調講演 テーマ「多様な人材が活躍できるダイバーシティ・マネジメント:管理職の役割が鍵」 佐藤博樹氏 東京大学名誉教授 14:10〜14:25 (休憩) 14:25〜16:00 トークセッション テーマ「70歳就業時代のシニア社員戦力化〜入賞企業に聞く」 コーディネーター……内田賢氏 東京学芸大学 教育学部 教授 事例発表・パネリスト……コンテスト受賞企業3社 参加申込方法 フォーラムのお申込みは、以下のURLからお願いします。 https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html 参加申込締切 〈会場参加〉令和5年10月4日(水)14:00 〈ライブ視聴〉令和5年10月6日(金)15:00 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 写真のキャプション 佐藤博樹氏 【P1-4】 Leaders Talk No.100 ヒューマンエラーによる労働災害を防止し安心・安全に働ける職場の実現を 宮城学院女子大学学芸学部心理行動科学科教授 大橋智樹さん おおはし・ともき 日本学術振興会特別研究員、株式会社原子力安全システム研究所ヒューマンファクター研究プロジェクト研究員を経て現職。公認心理師、認定人間工学専門家。産業心理学、安全人間工学を専門とし、産業現場において発生する労働災害を中心とした諸問題の解決に、心理学の立場からたずさわる。  働く高齢者の増加にともない、高齢者の労働災害も増加傾向にあります。その要因の一つとして考えられるのが、身体機能の低下のほか、人間の情報処理特性が引き起こす「ヒューマンエラー」です。今回は、心理学の視点からヒューマンエラーについて研究している宮城学院女子大学教授の大橋智樹さんに、ヒューマンエラーを防止し、高齢者を含むすべての従業員が安心・安全に働ける職場づくりについてお話をうかがいました。 労働災害予防のために本能によって起こるエラー≠知ることが必要 ―厚生労働省が発表した2022(令和4)年の「労働災害発生状況」によると、死亡者数は774人で過去最少、休業4日以上の死傷者数は過去20年で最多となりました※1。 大橋 負傷者数の増加と災害発生件数の増加は気になるところです。新型コロナウイルス感染症の5類移行後の状況を注視する必要があると考えています。  一方、死亡者数は1960年代半ばの6000人強をピークに減少し、10分の1近くになりましたが、この10年は減り幅が鈍化しほぼ横ばい状態です。死亡者数が減少した要因としては、じつは医療体制の変化が大きい。ドクターヘリやドクターカーによる搬送技術の進歩や、三次救急※2での医療技術の向上などの要因が間違いなくあります。企業を対象とした講演では「産業の現場の方には申し訳ないが、みなさんの努力が少なくとも死者数の減少には響いていないと思われます」と話しています。  日本の労働安全衛生において最大のトピックは1972(昭和47)年の「労働安全衛生法」の成立です。その思想は事故を引き起こした当事者を罰する責任追及で終わらせるのではなく、原因追及に力点を置いています。結局、ヒューマンエラーは組織のなかの何らかの不具合が人のミスとなって表に出てくるものであり、組織の問題が顕在化した結果なのです。労働災害においても顕在化した部分だけを指摘しても意味がありません。労働安全衛生法成立以降は、組織の内部にある背後要因を一つひとつ潰していく対策が取られてきました。死亡者数も減少し、労働災害発生件数も全体的に見れば減少傾向にあるのは、労働安全衛生法の効果が間違いなくあります。しかし、なぜ死亡者数が横ばいで減らないかといえば、労働安全衛生法の成立から50年間、やり方を変えなかったことが大きいのではないかと私は考えています。つまり原因追及を徹底して行うだけではなく、そこに新たな視点を追加することが必要なのです。 ―「新たな視点」とは心理学的アプローチということでしょうか。 大橋 人間は目、耳、鼻などから情報を獲得し、獲得したその情報を処理しています。すべての行動はそれらの情報を自分のなかに取り込むことによって初めて成立します。ヒューマンエラーを発生させる原因の一つは、情報を獲得する過程にあり、視覚情報もその一つです。例えば物理的には動いていない線が、心理的に動いているとしか見えない現象が起こります。元々人間が環境に適応するために持つ特性が、ある意地悪な環境では裏目に出てしまうのです。私はこれを本能によって起こるエラー≠ニ呼んでいますが、いままでの原因追及対策では、この本能によって起こるエラーは防げません。ヒューマンエラーは人間が起こすものである以上、人間がどういう行動をとる生き物であるか、その特性を知ったうえで防がないといけません。  心理学の研究で、「傍観者効果」と呼ばれる実験があります。小さなブースに複数の被験者を入れて、そのうちの一人が60秒間苦しむ演技をします。部屋にもう一人しかいない場合は3分以内に被験者全員が助けを呼びに行きましたが、助けを呼びに行ける人数が2人になると4分経過しても15%ぐらいの人が助けを呼びに行かず、5人になると40%の人が助けを呼びに行かないというデータ※3があります。これは自分と同じことができる人が周りに多くいることが認識されると「自分がやらなくてもいい」と思ってしまうという人間の特性なのです。  関連する事例としては、東京都立高校入試の問題にミスが多発し、ダブルチェック、トリプルチェックと人を増やしてもミスが減らず、最終的には4人でチェックをすることになったそうです。これはチェックする人を単純に増やすだけでは安全につながるわけではないことを示しています。 不安全行動・状態を見つけたら立場や年齢に関係なく作業を中止する権限を ―高齢就業者の増加にともない、労働災害も増えています。加齢とヒューマンエラーとの関係について教えてください。 大橋 労働災害は、若い人に多く、壮年・中年層で減少に転じ、高年齢層で再び高まるというのが、ある種の典型的な発生傾向です。若い人で多いのは経験が少なく、やり方もわからないからです。例えば、墜落防止用保護具である安全帯は、知識不足により装着方法が間違っていれば事故のリスクも高まります。一方、高齢者の場合は、認知機能など加齢による心身機能の低下もありますが、経験が豊富なことからくる慣れや慢心が事故のリスクを高めている側面があります。もちろん、高齢者は安全に対する経験も知識もありますが、歳を重ねると考え方の柔軟性が失われていくという調査結果※4もあります。  慣れや慢心による事故を防止するための対策は二つあります。一つは教育です。人間は歳を重ねると、思考の柔軟性がなくなっていくものであり、それを自覚して行動することを教えることが重要です。もう一つは、現場のあり方として、若手や高齢者に関係なく、安全に不安を感じたら作業を中止する権限を与えることです。あるプラント設備の製造工場では「SWA(Stop Work Authority)」という制度を設け、不安全行動・状態を見つけたら、立場や役職、年齢に関係なく、作業を停止させる権限をだれにも認めています。不安全な状況を指摘された側は「ありがとう」と返して、作業を停止します。もちろん、作業を停止して確認した結果、不安全な状況ではなくてもよいのです。こうしたルールをつくり、高齢者にかぎらず、慣れや慢心による事故を防ぐことが大切です。 ―大橋さんの著書『ヒューマンエラーの心理学』※5では、「標準な状態」を自分のなかに蓄積することが大事だと書かれていますね。 大橋 ある空港の管制塔の様子を見学した際、管制官が数q先から着陸しようとしている飛行機を指さして、「大橋さん、あの飛行機はあと何秒で着陸すると思いますか」と聞かれたことがあります。あてずっぽうで答え、もちろん大きく外れました。管制官は何秒で着陸するかが体に染みついていて、ちょっと遅いなと感じたら頭のなかで警報が鳴ると教えてくれました。つまり、標準が身についているからこそ、標準からの逸脱に気づけるのです。どれだけ多くの標準≠備えているかが、どれだけ多くの逸脱≠発見できるかに直結します。自分のなかに標準をつくるためには、座学の研修だけでは不可能です。「正しくない状態に気づく」ためには、何度も現場に足を運ぶ「現場百遍」が何より大切です。  ただ、現場の責任者は、以前に比べて事務仕事が増えており、現場に出向く機会が減っています。標準の蓄積が以前に比べて薄れてきていることが気になっています。 「成功からの学び」を増やし従業員の安心・安全の確保を ―労働災害防止は失敗から学ぶことも多いですが、著書では「成功からの学び」の重要性も指摘されています。 大橋 もちろん労働災害が発生したら、その原因に着目し、改善しなければいけません。一方で、うまくいっていることにも目を向けるという発想が、レジリエンス工学※6の分野で指摘されています。「成功からの学び」といってもいたってシンプルです。例えば、工場で何事もなく製品を製造し、生産性を上げていることの背後に、どんな工夫があったのかに着目するのです。作業者本人は自覚していなくても、「あのときうまくトラブルを回避していた」など、普通の行動のなかで工夫された点を学んで共有するという発想です。いまの安全衛生対策や安全教育は成功からの学びが少なく、よいことからの学び1割、悪いことからの学び9割となっている軸足を、2対8、ないし3対7ぐらいまで増やしてもよいのではないかと思います。 ―「安全」と「安心」という言葉が日常的によく使われます。この二つの言葉についてどう考えていますか。 大橋 「安全は客観的で、安心は主観的なものだからまったく異なる」という声もありますが、私は「安全も安心も主観」だと思っています。「安全」とは客観的なデータに基づいて線引きをしており、どこで線を引くかを人間が決めているのは間違いありません。一方、「安心」が自分の心や定性的な何かに基づいて線を引いているという意味では、両方とも主観的なものなのです。だから私は、日ごろから「安全を語るのをやめて危険を語りましょう」といっています。例えば、ある工事をする際に、「いままで同じ工事を○件しましたが、○日休業災害が1件起こりました」と客観的なリスクを伝えることが必要ではないでしょうか。安全な工事かどうかは受け止める側がどう考えるかによります。「安全な工事です」というからすれ違いが起こるのです。客観的なリスクを伝え、そのうえで安心を得られない人たちへの配慮が重要になるのです。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※1 死亡者数、死傷者数はいずれも新型コロナウイルス感染症への罹患による労働災害を除いたもの ※2 三次救急……一次救急(軽症患者に対する救急医療)や二次救急(手術や入院が必要な重症患者に対する救急医療)では対応できない重篤患者に対して行う救急医療 ※3 Bystander Intervention in Emergencies: Diffusion of Responsibility Darley, J.M.; Latane, B. (1968). Journal of Personality and Social Psychology. 8(4), pp.377〜383. ※4 Salthouse, T.A. What and when of cognitive aging? Current Directions in Psychological Science, 13, pp.140-144. ※5 『エルダー』2023年3月号「BOOKS」(57ページ)でご紹介しています https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202303.html ※6 レジリエンス工学……内外のさまざまな要因に対し、状態を平常に保つための能力、あるいは早期に回復できる能力を備えた社会・システム実現のための研究に関する分野、リスクマネジメントに関するアプローチ手法 【もくじ】 ●表紙のイラスト古瀬 稔(ふるせ・みのる) 2023 September No.526 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 特集 6 高齢者雇用と就業規則入門 7 総論 就業規則の基礎知識 ワンズオフィス社労士事務所 代表 特定社会保険労務士 大関ひろ美 11 解説@ 高年齢者雇用確保措置・就業確保措置と就業規則のポイント 社会保険労務士法人ヒューマンキャピタル 代表 特定社会保険労務士 杉山秀文 16 解説A 同一労働同一賃金と就業規則 社会保険労務士いちむら事務所 代表 特定社会保険労務士 市村剛史 21 解説B 高齢者雇用と就業規則Q&A パーソネル・ブレイン 二宮事務所 所長 社会保険労務士 二宮孝 和田人事企画事務所 所長 社会保険労務士 和田泰明 1 リーダーズトーク No.100 宮城学院女子大学 学芸学部 心理行動科学科 教授 大橋智樹さん ヒューマンエラーによる労働災害を防止し安心・安全に働ける職場の実現を 25 日本史にみる長寿食 vol.358 シイタケ食べてウイルス退治 永山久夫 26 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生!こんなときどうする?Season2 《最終回》 高齢社員の活躍推進に向け「学び直し」に取り組もう 32 江戸から東京へ 第130回 亡びる者への奉仕 真木嶋昭光(二) 作家 童門冬二 34 高齢者の職場探訪 北から、南から 第135回 佐賀県 社会福祉法人スプリングひびき 38 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第85回 社会福祉法人秩父市社会福祉事業団 養護老人ホーム 長寿荘 支援員 町田テル子さん(74歳) 40 シニア社員のための「ジョブ型」賃金制度のつくり方 【第5回】定年後の役割・働き方の見直しと賃金改定 菊谷寛之 44 知っておきたい労働法Q&A《第64回》 名古屋自動車学校事件最高裁判決について、LGBTへの対応について 家永勲 48 スタートアップ×シニア人材奮闘記 【第4回】 部品の選定や調達にもシニア人材の知見を活かす 熊谷悠哉 50 いまさら聞けない人事用語辞典 第38回 「就業機会の確保」 吉岡利之 52 Let,s Try!! オフィスでできる長生き簡単トレーニング 順天堂大学医学部附属 順天堂医院 健康スポーツ室 横山美帆 54 お知らせ 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウムのご案内 56 心に残る“あの作品”の高齢者 【第4回】 映画『生きる』(1952年) 一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会 代表理事 平ゆかり 57 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.331 金属を思いのままに加工し一点物のジュエリーを製作 貴金属装身具製作技能士 三塚晴司さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第75回] コグニサイズ 篠原菊紀 【P6】 特集 高齢者雇用と就業規則 入門  65歳までの「高年齢者雇用確保措置」、70歳までの「就業確保措置」などの高齢者雇用制度をはじめ、新たな人事制度の導入や改定を行ううえで欠かせないのが、「就業規則」の見直しです。  就業規則は、事業者・労働者間でトラブルが発生した際には、その効力が裁判で争われることもある、いわば会社における働き方を定めたルールブック。それだけに就業規則の作成・見直しにあたっても、さまざまなルールが存在します。  そこで今回は、「高齢者雇用と就業規則入門」と題し、就業規則にまつわる基本ルールや、高齢者雇用に関連する就業規則見直しのポイントについて解説します。高齢社員をはじめとする社員みんなが、活き活きと安心して働ける仕組みづくりに、ぜひお役立てください。 【P7-10】 総論 就業規則の基礎知識 ワンズオフィス社労士事務所代表特定社会保険労務士 大関(おおぜき)ひろ美(み) 1 就業規則をつくる目的は  就業規則は、労働時間や賃金などに関するルールを明確に記載することで、規則の対象者間に不合理な差が生じることを防ぎ、労働者の権利や福利厚生を守ることに役立ちます。  例えば、社員があらかじめ決められている始業時間から16分遅れて出勤したとき、月給制の正社員の遅刻控除をどのように計算するのでしょうか。  制裁の対象になる場合を除いては、遅刻した時間よりも長い時間を賃金控除してはなりませんが、実際の計算はその会社の就業規則に定めた方法で行うことになります。  ある会社では、30分未満の遅刻は遅刻控除の対象にしないと定めているかもしれませんし、ほかの会社では1分単位で遅刻控除をすると記載している場合もあります。  また控除は基本給なのか、ほかの手当も含めるのかも各社の計算方法が違いますし、時間単価の算出式をどのようにするのかについても異なります。よって、このような取扱いは、就業規則でしっかり定めて労働者と事業主の共通認識にしておく必要があります。  一方で、安全衛生に関することを就業規則に定めることによって、良好な職場の安全衛生を維持する役割もあります。  また、勤務をする際に守るべき約束事をあらかじめ決めて労使で共有をしておくことで、無用なトラブルを防ぐことができます。  これらの目的を達成するために就業規則を作成しますが、作成に関連することが決められている法令や労働協約に反してはいけないことになっています(労働基準法第92条)。  適正な手順で合理的な内容を定めた就業規則は、事業主と労働者間のトラブルを防いで、働きやすい労働環境の整備と、企業などの組織の継続と発展に役立つものになります。 2 就業規則と労働基準法  組織の運営に必要な就業規則ですが、作成と届出の義務や、変更の手続き、労働者へ周知させることについて法律で定められています。  常時10人以上の労働者を使用する使用者は、決められた事項について就業規則を作成して行政官庁に届け出なければなりません。そして、その内容を変更したときも同じように届け出なければなりません(労働基準法第89条)。  就業規則に定めておく事項には、必ず記載する必要がある事項(以下、「記載必要事項」)と、定めをするならば記載する必要がある事項(以下、「相対的記載必要事項」)があります(図表1)。 3 就業規則の作成・変更、届出をする  就業規則を新しく作成したときや、その記載事項を変更したときは、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、または、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴いて、その意見を記した書面を添付して届出をしなければなりません(労働基準法第90条)。  届出先は、事業所を管轄する労働基準監督署です。会社内に複数の事業所がある場合は、それぞれの事業所で労働者の意見書をつけて、労働基準監督署に提出する必要があるので注意が必要です(図表2)。  届出は電子申請でも可能です。なお、管轄の労働基準監督署によっては、変更届を提出するときに新旧対比表等を一緒に届けるように求められることがありますので、添付する書類などは事前に問合せをするとよいでしょう。 4 高齢者の雇用に関する変更  高齢者の雇用に関して、定年の引上げ、または、継続雇用制度の延長などの措置を講じる場合や、創業支援等措置にかかる制度などを社内で新たに設ける場合には、労働基準法第89条の「退職に関する事項(同条第3号)」などに該当しますので、就業規則を作成・変更し、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。  また、定年後再雇用した人を正社員と異なる労働条件で雇用するときは、就業規則にどのように記載するのかを検討する必要があります。  一つの規程で管理をするならば、一つの条文のなかに「正社員はこうする。定年後再雇用の社員(以下、「再雇用社員」)はこうする」というように雇用形態別の労働条件などを並べて規定することもできますが、正社員就業規則・再雇用社員就業規則というように雇用形態などの区分ごとに就業規則を定めることもできます。  これについては、雇用形態別に定めるか否かを労働基準法は言及していませんので、会社のなかで運用しやすい体系で作成するとよいでしょう。 5 労働契約と就業規則の関係は  労働契約は、契約の一つですから労働契約書を交わしますが、必ず書類を交わすことが必要ではなく、一定の状況で合意することによって契約が成立します。  労働契約法の該当する条文を見てみると、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」(労働契約法第6条)となっており、労働契約書という書面で契約をしない場合でも互いが合意をすれば成立します。  また、一般的に労働契約書で契約する場合であっても、労働条件の詳細まで記載している例は少なく、就業規則によって統一的に労働条件を設定することが行われています。  そこで、労働契約書と就業規則の関係を整理すると、実際に使用者が定めている就業規則を労働者に周知させていた場合は、就業規則の内容に達しない労働条件を労働契約書などで合意していても、その部分は就業規則の労働条件に引き上げられます。  ただし、就業規則よりも個別の労働条件の合意内容が有利な場合は、就業規則によって労働条件が引き下げられることはなく、個別に合意した内容がその労働者の労働条件になります(労働契約法第7条)。  労働条件のうちの労働時間について、使用者と再雇用社員の認識が違っていたことで、トラブルになった例がありました。  そのケースでは、1日の労働するべき時間について双方の言い分が違うので、使用者と労働者に別々の機会を設けて話を聞いてみると、使用者側が再雇用時の面接のときに、就業規則より有利な労働条件を伝えていました。面接をした代表者が「再雇用の嘱託社員の所定労働時間は8時間ですが、効率よく仕事をした日は、少しくらい早く帰ってもいいですよ」と伝えていたのです。  その会社には再雇用社員就業規則があり、早退すると賃金控除をすることが書かれていました。しかし、少し信じられないかもしれませんが、会社側の面接者がその内容を認識しておらず、それに加えて、どれくらいの時間ならば早く切り上げてよいのかと、早退控除の扱いをどうするかについて説明することなく、「少しくらいなら早く帰っていいですよ」と話したことが後になってわかりました。一方で、定年後は、できれば短い時間の勤務に切り替えたいと考えていた再雇用社員は、「これまで会社に貢献してきたのだから、新しい再雇用契約の月額賃金は早退をしても賃金控除されないのだな」と受け取ったようです。  このトラブルになったケースでは、就業規則よりも有利な労働条件で合意が成立していたかどうかを検証しなければなりません。状況によりますし、実際には「言ったか、または言っていないか」という証拠がない、たいへんむずかしい問題になります。 6 就業規則は周知をする必要があります  就業規則は労働者へ周知させなくてはなりません(労働基準法第106条)。雇用形態別に複数の就業規則を制定した場合、再雇用社員に正社員就業規則を見せないというようなことはできません。そもそも、正社員と再雇用社員の労働条件に差があるときなどは、差があることについて合理的な理由を説明する必要があります。  周知の方法は、例えば、 (1)常時各作業場の見えやすい場所へ掲示、備えつけること (2)書面を労働者に交付すること (3)磁気テープ、磁気ディスクそのほかに記録し、かつ、各作業場に労働者がこの記録内容を常時確認できる機器を備えること などの方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておく必要があります。  「労働者に周知させていた」という状況のなかには、新たに労働契約を締結する新入社員についても、労働契約の締結と同時に周知をさせていた場合も含まれるものとされています(厚生労働省「労働契約法のあらまし」12ぺージ※)。なお、労働契約の締結が内定日なのか入社日なのかという判断があります。これについては、採用内定の状況において労働契約が成立しているという解釈がありますので、採用内定の段階で就業規則を周知させておかなければならないと考えられます。 7 就業規則を変更するとき  就業規則の内容を変更することで労働者が不利益となる場合は、合意をしたうえで変更しなければなりません。就業規則の変更によって労働契約の内容を変更するときは、労働者と使用者がその変更内容に合意することで変更することができます(労働契約法第8条)。さらに、使用者は、労働者と合意をしていないのに、就業規則を変更することによって労働者の不利益になる労働条件に変更することはできません(労働契約法第9条)。  実際には、労働環境をとりまく変化は想定されるものですから、就業規則を変更することは少なくありません。労働者に不利益となる就業規則の変更によって、一方的に労働条件の内容を不利益に変更することはできませんが、一定の要件を満たしていると就業規則の変更によって労働条件を変更することが可能になります。労働契約法第10条で次のように定められています。長い条文ですが、そのまま引用すると、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。」となっています。  就業規則の変更の内容が不利益な変更になるときは、本来労働者と個別に合意しなければなりません。しかし、一定の要件のもとに変更した就業規則は有効な内容になります。そのためには、変更前の就業規則を労働者に周知させていることはもちろんですが、変更後の就業規則も周知をさせることが必要ですし、不利益の程度、労働条件の必要性、変更後の内容の相当性を整理したうえで労働組合などに、ていねいに説明を行うことになります(図表3)。 8 就業規則の改正  就業規則は、法令改正や人材活用の方針変化などに応じて、随時見直しが必要になることはいうまでもありません。最新の内容が記載されているように就業規則変更を適切に継続して行っていただきたいと思います。 ※ https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/leaf.pdf 図表1 就業規則作成の義務(労働基準法第89条) 記載必要事項 (1)始業および終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合においては就業時転換に関する事項 (2)賃金の決定、計算および支払いの方法、賃金の締切および支払いの時期並びに昇給に関する事項 (3)退職に関する事項(解雇の事由を含む) 相対的記載必要事項 (1)退職手当に関する事項 (2)臨時の賃金(賞与)等、最低賃金に関する事項 (3)食費、作業用品などの負担に関する事項 (4)安全衛生に関する事項 (5)職業訓練に関する事項 (6)災害補償および業務外の傷病扶助に関する定め (7)表彰および制裁の種類および程度に関する事項 (8)その他事業場の全労働者に適用する事項 ※厚生労働省リーフレット「就業規則を作成しましょう」より筆者作成 図表2 就業規則の作成・変更の届出 就業規則 作成 変更 意見書添付 届出 労働者へ周知 労働基準監督署 事業所ごとに 労働者の過半数で組織する労働組合、または、労働者の過半数を代表する者の意見書をつけます ※厚生労働省リーフレット「就業規則を作成しましょう」から引用し筆者一部加筆 図表3 使用者が就業規則を変更して労働条件を(不利益に)変更した内容が有効になるときとは ●変更後の就業規則を労働者に周知させること ●就業規則の変更が次の事情と照らし合わせて合理的なものであること ☆不利益の程度、労働条件変更の必要性、変更後の内容の相当性 ☆労働組合等との交渉の状況 ☆その他の就業規則の変更にかかわる事情 ※筆者作成 【P11-15】 解説1 高年齢者雇用確保措置・就業確保措置と就業規則のポイント 社会保険労務士法人ヒューマンキャピタル代表特定社会保険労務士 杉山(すぎやま)秀文(ひでふみ) 1 はじめに  事業者には、高年齢者雇用安定法により、希望者全員65歳までの雇用を義務づける「高年齢者雇用確保措置」、70歳までの就業機会確保の努力義務を課す「高年齢者就業確保措置」の実施が求められています。これらは、「退職に関する事項」に該当するため、就業規則への記載が欠かせません。本稿では、ケースごとの就業規則の記載例について紹介します。 2 60歳定年、希望者全員65歳まで継続雇用の例  継続雇用制度のうち再雇用制度は、定年でいったん退職とし、新たに労働契約を結ぶ形態です。  対象者は希望者全員ですが、就業規則に定める解雇事由または退職事由(年齢にかかわるものを除く)に該当する場合には、再雇用しないことができるとされています。  再雇用制度においては、になってもらう役割や位置づけ、雇用形態、労働時間、賃金などの処遇、本人希望の確認などについて検討する必要があります。  以上をふまえた就業規則の条文例は以下のようになります。 第〇条(定年) 1 社員の定年は満60歳とする。 2 定年退職日は満60歳到達月の末日とする。 第〇条(再雇用) 1 本人が希望する場合は、次の各号に該当する場合を除き、65歳を限度に嘱託として再雇用する。再雇用の日は定年退職日の翌日とする。 @ 就業規則第○条に定める懲戒解雇事由に該当するとき A 就業規則第○条に定める退職事由に該当するとき B 就業規則第○条に定める解雇事由に該当するとき 2 会社は定年退職日の3カ月前に以下の事項を本人から聴取し、本人が再雇用を希望する場合は業務内容、労働条件などを決定し、再雇用するものとする。 @ 再雇用希望の有無 A 再雇用を希望する場合の業務内容、労働時間・労働日数 B その他再雇用にあたって必要な事項 第〇条(嘱託契約)  嘱託契約は再雇用の日より1年とする。ただし契約更新時に本人が希望したときは、前条第1項第1号〜第3号に該当する場合を除き契約を更新するものとする。 第〇条(嘱託の人事等級)  嘱託の人事等級は以下の通りとし、本人の担当する職務、能力等に応じ決定する。 嘱託3級…所属長を補佐し、担当業務の計画、調整を自ら行い、遂行する 嘱託2級…具体的な指示、定められた手続きに従い定型的な業務を遂行する 嘱託1級…具体的な指示、定められた手続きに従い補助的業務を遂行する  人事等級は、定年前と同じとするか、異なったものにするのかなど、になってもらう役割や位置づけによって決定します。 第〇条(嘱託の労働時間等)  嘱託の所定労働時間、休憩、休日は以下の通りとする。 @嘱託1級 ・所定労働時間は休憩を除き1週40時間、1日8時間、休憩は1日1時間とする。 ・始業・終業時刻および休憩時間は次の通りとする。 始業時刻 午前9時 終業時刻 午後6時 休憩時間 正午から午後1時 ・所定休日は毎週土曜日、日曜日、国民の祝祭日とする。 A嘱託2級、3級 ・所定労働時間は休憩を除き1週40時間以内、1日6時間以上8時間以内の範囲で個別に定める労働契約書によるものとする。 ・原則的な始業・終業時刻および休憩時間は次の通りとし、個別に定める労働契約書によるものとする。 始業時刻 午前9時 終業時刻 午後6時 休憩時間 正午から午後1時 ・所定労働日は個別に定める労働契約書によるものとする。なお、所定労働日以外の日を所定休日とする。 ・休憩時間は1日の労働時間が6時間を超え、8時間未満の場合は45分、8時間の場合は1時間とする。  労働時間については、業務実態、本人の希望などをふまえて設定します。ここでは嘱託1級はフルタイム、2級、3級は個別設定を想定しています。 第〇条(嘱託の賃金)  嘱託の賃金は、基本給、通勤手当、時間外・休日・深夜労働賃金とする。 @基本給  月給制とし、本人の人事等級、職務内容、経験、技能、勤務成績等を考慮し決定する。 A通勤手当  公共交通機関交通費の実費を支給する。 第〇条(嘱託の昇給) 1 昇給は基本給を対象に、本人の能力、経験、技能、職務内容、勤務成績、勤務態度を基準に毎年4月に行う。 2 本人の能力、経験、技能、職務内容、勤務成績、勤務態度によっては降給、現状維持とすることがある。 3 業績悪化等経営上の都合により昇給を実施しないことがある。 第〇条(嘱託の賞与)  賞与は毎年2回原則として7月と12月の賞与支給日に在籍する嘱託に対し、会社の業績、本人の勤務成績等を勘案して支給する。支給額、支給日等は都度決定する。ただし、営業成績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には支給時期を延期し、または支給しないことがある。 第〇条(嘱託の年次有給休暇)  正社員就業規則第〇条を適用し、定年到達時の年次有給休暇残日数、勤続期間は引き継ぐものとする。  定年後再雇用となった場合、年次有給休暇は引き継がなくてはなりません。 第〇条(嘱託の休職制度)  正社員就業規則第〇条を適用する。ただし契約期間の終期が休職期間の終期より前の場合、休職期間は契約期間の終期(更新された場合は更新後の契約期間の終期)までとする。  正社員に休職制度がある場合、労働契約法の不合理な待遇格差の禁止規定および同一労働同一賃金ガイドラインの観点から、再雇用者にも適用する必要があります。ただし、労働契約期間を超えてまで休職とする必要はありませんので、その点を明記します。 3 65歳定年の例  就業規則の条文例は以下の通りです。 第〇条(定年) 1 社員の定年は満65歳とする。 2 定年退職日は満65歳到達月の末日とする。 4 60歳定年、希望者全員65歳・基準該当者を70歳まで継続雇用の例  会社は70歳までの高年齢者就業確保措置を取ることが努力義務となっています。 @70歳までの定年引上げ A定年制の廃止 B70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入 C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入 a.事業主が自ら実施する社会貢献事業 b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業  このうち、B〜Dの措置については、対象者を限定する基準を設けることができます。ただし、会社が恣意(しい)的に一部の高齢社員を排除しようとするようなものは認められません。  以上をふまえた就業規則の条文例は以下のようになります。 第〇条(定年) 1 社員の定年は満60歳とする。 2 定年退職日は満60歳到達月の末日とする。 第〇条(再雇用) 1 本人が希望する場合は、次の各号に該当する場合を除き70歳を限度に嘱託として再雇用する。再雇用の日は定年退職日の翌日とする。 @ 就業規則第○条に定める懲戒解雇事由に該当するとき A 就業規則第○条に定める退職事由に該当するとき B 就業規則第○条に定める解雇事由に該当するとき 2 前項にかかわらず、65歳到達後の契約更新は次の各号の基準を満たす者に限る。 @ 心身ともに健康で業務に支障がなく、契約更新以前3年間の定期健康診断をすべて受診し、要注意以上の所見が含まれていない者 A 契約更新以前3年間の業績評価結果がいずれもA以上である者 B 契約更新以前3年間に懲戒処分を受けていない者 C 契約更新以前3年間の出勤率が平均80%を下回らない者 3 会社は定年退職日の3カ月前に以下の事項を本人から聴取し、本人が再雇用を希望する場合は業務内容、労働条件などを決定し、再雇用するものとする。 @ 再雇用希望の有無 A 再雇用を希望する場合の業務内容、労働時間・労働日数 B その他再雇用にあたって必要な事項 第〇条(嘱託契約)  嘱託契約は再雇用の日より1年とする。ただし契約更新時に本人が希望したときは、前条第1項第1号〜第3号に該当する場合を除き契約を更新するものとする。ただし65歳到達後の契約更新は前条第2項の基準を満たした者に限る。 ※以下は2の「60歳定年、希望者全員65歳まで継続雇用の例」の「第〇条(嘱託の人事等級)」以降の条文が入ります。 5 65歳定年、基準該当者を70歳まで継続雇用の例  この場合の条文例は以下の通りです。 第〇条(定年) 1 社員の定年は満65歳とする。 2 定年退職日は満65歳到達月の末日とする。 第〇条(再雇用) 1 本人が希望する場合は、次の各号に該当する場合を除き70歳を限度に嘱託として再雇用する。再雇用の日は定年退職日の翌日とする。ただし、次項各号の基準を満たす者に限る。 @ 就業規則第○条に定める懲戒解雇事由に該当するとき A 就業規則第○条に定める退職事由に該当するとき B 就業規則第○条に定める解雇事由に該当するとき 2 前項の基準は以下の通りとする。 @ 心身ともに健康で業務に支障がなく、定年前3年間及び契約更新以前3年間の定期健康診断をすべて受診し、要注意以上の所見が含まれていない者 A 定年前3年間及び契約更新以前3年間の業績評価結果がいずれもA以上である者 B 定年前3年間及び契約更新以前3年間に懲戒処分を受けていない者 C 定年前3年間及び契約更新以前3年間の出勤率が平均80%を下回らない者 3 会社は定年退職日の3カ月前に以下の事項を本人から聴取し、本人が再雇用を希望する場合は業務内容、労働条件などを決定し、再雇用するものとする。 @ 再雇用希望の有無 A 再雇用を希望する場合の業務内容、労働時間・労働日数 B その他再雇用にあたって必要な事項 第〇条(嘱託契約)  嘱託契約は再雇用の日より1年とする。ただし契約更新時に本人が希望したときは、前条第1項第1号〜第3号に該当せず、かつ前条第2項の基準を満たした場合、契約を更新するものとする。 ※以下は2の「60歳定年、希望者全員65歳まで継続雇用の例」の「第〇条(嘱託の人事等級)」以降の条文が入ります。 6 65歳定年、希望者の意向をふまえて継続雇用または創業支援等措置の例  創業支援等措置とは、4の高年齢者就業確保措置のうちC、Dの措置をさします。  C「業務委託契約」を締結する場合、次のように、これまでの経験やノウハウを活かして会社に貢献してもらうことになります。 ・個人事業主として、営業、システム開発などの特定業務を請け負う ・専門領域にかかるコンサルティングサービスを行う ・研修インストラクターとして後進の指導、専門教育をになってもらう  D「社会貢献事業」を実施する場合には、計画を作成し、過半数労働組合等の同意を得て、周知する必要があります。  以上をふまえた就業規則の条文例は以下のようになります。 第〇条(定年) 1 社員の定年は満65歳とする。 2 定年退職日は満65歳到達月の末日とする。 第〇条(就業確保措置) 1 本人が希望する場合は、次の各号に該当する場合を除き会社は就業確保措置を講ずる。ただし、次項各号の基準を満たす者に限る。 @ 就業規則第○条に定める懲戒解雇事由に該当するとき A 就業規則第○条に定める退職事由に該当するとき B 就業規則第○条に定める解雇事由に該当するとき 2 前項の基準は以下の通りとする。 @ 心身ともに健康で業務に支障がなく、定年前3年間及び契約更新以前3年間(次項第2号、第3号の場合は定年到達前3年間、以下同じ)の定期健康診断をすべて受診し、要注意以上の所見が含まれていない者 A 定年前3年間及び契約更新以前3年間の業績評価結果がいずれもA以上である者 B 定年前3年間及び契約更新以前3年間に懲戒処分を受けていない者 C 定年前3年間及び契約更新以前3年間の出勤率が平均80%を下回らない者 3 第1項に定める就業確保措置は次のいずれかとする。会社は本人の希望、諸般の事情を勘案し、いずれの措置を講じるかを決定するものとする。第2号、第3号の詳細は第〇条〜第〇条による。 @ 70歳を限度とした嘱託としての再雇用 A 70歳までの継続的な業務委託契約の締結 B 以下の事業に70歳までの継続的な従事 a 事業主が自ら実施する社会貢献事業 b 事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業 4 会社は定年退職日の3カ月前に就業確保措置にかかる希望等を本人から聴取し、本人が希望する場合は、措置内容を決定するものとする。 ※嘱託再雇用の場合、以下は5の「65歳定年・基準該当者を70歳まで継続雇用の例」の「第〇条(嘱託契約)」以降の条文が入ります。 ※業務委託契約、社会貢献事業の条文例は次項に記載します 7 業務委託契約・社会貢献事業の例  業務委託契約、社会貢献事業の条文例を以下に示します。 ■業務委託契約の場合 第〇条(業務委託契約) 1 第〇条第3項第2号に定める業務委託契約は、創業支援等措置にかかる計画に基づく業務委託契約を締結することにより実施するものとする。 2 会社が受託者に準備する業務、報酬は個別に締結する業務委託契約によるものとする。 3 業務委託契約期間は1年とし、受託者が70歳に達する日の属する月の末日まで原則として更新するものとする。  ただし会社は、次に掲げる日以降は、業務委託契約を更新しないものとする。 @ 心身の故障のため業務に堪えられないと認められた日 A 業務の状況が著しく不良で引き続き業務を果たし得ないと認められた日 4 その他本規程に定めのない事項は、業務委託契約に定めるところによるものとする。 ■社会貢献事業の場合 第〇条(社会貢献事業) 1 第〇条第3項第3号に定める社会貢献事業は、創業支援等措置にかかる計画に基づく社会貢献事業にかかる契約を締結することにより実施するものとする。 2 業務内容、報酬等は個別に締結する社会貢献事業にかかる契約(以下、「契約」という)による。 3 契約期間は1年とし、社会貢献事業に従事する者が70歳に達する日の属する月の末日まで原則として更新するものとする。  ただし会社は、次に掲げる日以降は、契約を更新しないものとする。 @ 心身の故障のため業務に堪えられないと認められた日 A 業務の状況が著しく不良で引き続き業務を果たし得ないと認められた日 4 その他本規程に定めのない事項は社会貢献事業にかかる契約によるものとする。 (厚生労働省「創業支援等措置の実施に関する計画の記載例等について」を元に作成) 【参考資料】 厚生労働省リーフレット「高年齢者雇用安定法改正の概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000694689.pdf 厚生労働省リーフレット「創業支援等措置の実施に関する計画の記載例等について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000750086.pdf 【P16-20】 解説2 同一労働同一賃金と就業規則 社会保険労務士いちむら事務所代表特定社会保険労務士 市村(いちむら)剛史(つよし) 1 同一労働同一賃金とは  同一労働同一賃金は、もともとは産業別労働組合が主流となっているヨーロッパ(日本では企業別労働組合が主流)で生まれた考え方で、ごく大雑把にいえば、それぞれの産業において職務ごとの賃金額があらかじめ決められており、職務が同じであればどの企業で働いたとしても賃金はおおむね同じ水準になるというものです。これに対し、わが国の同一労働同一賃金は、"同じ事業主のもとで"働く正社員と非正規社員の待遇差を解消し、多様な働き方を自由に選択できるようにすることを目的としています。制度の目的や内容がヨーロッパなどとは異なることから、「日本版同一労働同一賃金」と呼ばれることもあります。  さて、現在のわが国の同一労働同一賃金は、「パートタイム・有期雇用労働法(以下、「パート有期法」)」において「均衡待遇」および「均等待遇」として規定されています。  「均衡待遇」は、短時間労働者や有期雇用労働者(以下、「短時間・有期雇用労働者」)と通常の労働者(正社員を含む無期雇用フルタイムの労働者)との間で、 @職務内容(業務内容と責任の程度) A人材活用の仕組み(職務内容や配置の変更範囲) Bその他の事情 の三つの要素を考慮して不合理と認められる(つまり、明らかにバランスを欠くような)待遇差を設けてはならない、とするものです(パート有期法第8条)。一方、「均等待遇」は、@職務内容、A人材活用の仕組みが同じである一定の労働者について、短時間・有期雇用労働者であることを理由として待遇差を設けてはならないとするものです(同法第9条)。  均衡・均等待遇の基本的な内容は前述の通りですが、短時間・有期雇用労働者のうち特に定年後再雇用者(以下、「再雇用者」)については、再雇用者特有の事情を考慮した判断がされるケースがあります。そこで、次にそのような考え方が示された裁判例について詳しく見てみましょう。 2 定年後再雇用と同一労働同一賃金  再雇用者の均衡待遇を考えるうえで、まず確認しておきたい裁判例が「長澤運輸事件」(最高裁平成30・6・1判決)です。これは、再雇用された嘱託ドライバーが正社員ドライバーとの待遇差(賞与を含む年収ベースで約79%に低下)を違法であるとして争ったものです※1。この事件では、嘱託の@職務内容、A人材活用の仕組みのいずれも正社員と同じであることから、これらが異なるケースに比べて待遇差の不合理性が認められやすいといえる事案でした。  最高裁は、待遇差が不合理といえるかどうかの判断枠組みとして、次の考え方を示しました。 ・待遇差が不合理かどうかは、賃金の総額を比較するのみならず、個別の賃金項目ごと(つまり、基本給、各手当、賞与のそれぞれについて)に考慮される ・再雇用者であることは、Bその他の事情として考慮される ・賃金などの労働条件のあり方は、団体交渉などを通じた労使自治に委ねられるべき部分が大きいことから、団体交渉を通じて労働条件を決定したという事実もBその他の事情として考慮される  そのうえで、それぞれの賃金項目の待遇差の不合理性について、図表1のように判断しましたが、このなかで待遇差が不合理であると認められたものは、事実上精勤手当のみでした。再雇用がBその他の事情にあたることで、ただちに待遇差が肯定されることには当然なりませんが、一般論として、通常の短時間・有期雇用労働者と比べると再雇用者は待遇差が是認される方向に働きやすいといえるでしょう。  そして、もう一つ確認しておきたい裁判例が、今年の7月に出された「名古屋自動車学校事件」(最高裁令和5・7・20判決)です。この事件は、自動車教習所の教習指導員が定年後の待遇は旧労働契約法第20条に照らして不合理であるとして争った事案です。この事案も、定年の前後で@職務内容、A人材活用の仕組みともに同じであり、長澤運輸事件と共通しています。  争われた待遇は基本給と賞与です。定年の前後で、基本給は5割以上減っており、賞与は不支給ではないものの、基本給と連動する仕組みにより大きく減額されていました。下級審は、労働者の生活保障の観点からこのような低下幅は看過しがたいとして、正社員の6割を下回る部分を違法(つまり最低でも6割は支給するべき)と判断しました。これに対して最高裁は、原審は基本給および賞与の性質や目的をふまえた検討を行っておらず、また労働組合等との労使交渉については結果に加えて、その経緯についても検討すべきだったとして、高裁判決を破棄し、差し戻しました。つまり、単に待遇の低下幅が大きいという事実のみをもって不合理性を判断してはならない、というわけです。  これらの裁判例からいえるのは、待遇差の不合理性は、それぞれの待遇の性質・目的・趣旨、さらに経緯を含めた労使交渉の状況などもふまえ、ケースバイケースで判断されるということです。その意味で、それぞれの裁判の結論(待遇差が不合理と判断されたかどうか)だけに注目しても、あまり意味がないといえるでしょう。  なお、これらの裁判例は、「均衡待遇」を定めた旧労働契約法第20条をめぐって争われましたが、当時は有期雇用労働者を対象とした「均等待遇」の規定はありませんでした。しかし、現在はパート有期法第9条が設けられていますので、@職務内容、A人材活用の仕組みが同一である場合には、短時間労働者または有期雇用労働者に該当する再雇用者は、「均衡待遇」ではなく「均等待遇」の規定に基づいて判断される可能性もある、という点にも留意しておくべきでしょう。 3 おもな労働条件と就業規則の規定  それでは、均衡・均等待遇の規定や裁判例などをふまえ、待遇差を設けたい、あるいは設けざるを得ないといった場合に、どのように検討を進め、就業規則に定めるべきかについて考えてみましょう。  まず、すべての待遇に共通してポイントとなるのは、@職務内容、A人材活用の仕組みについて正社員との差異を設けられるか、という点です。これらの差異が小さいほど、均衡待遇に抵触する可能性は高まることになります。  特に、A人材活用の仕組みは、一律に取り扱うことが容易であることから、差異を設けるのであれば就業規則上も明確に規定しておくべきです。例えば、正社員には配置転換や転居をともなう異動があるといった規定がある場合には、再雇用者については「あらかじめ本人の同意を得たときを除き、職場および職種を変更し、または出向をさせない」など一方的な配置転換をしない旨を明確にしておくことが考えられます。あるいは、所属事業場の変更があり得る場合には「会社は再雇用者の職場を変更することがある。ただし、変更する職場は、本人が自宅から通勤できる範囲に限る」など、異動の範囲を限定しておくと、待遇差についても説明しやすくなるでしょう。  そして、前掲の裁判例にも示されているように、それぞれの待遇を定める目的や理由は何なのか、その目的や理由などに照らして再雇用者の待遇について一定の納得感を得られる説明ができるか、という点も意識しておきたいポイントといえます。  以上をふまえたうえで、次にそれぞれの待遇について見てみましょう。 (1)基本給  過去に筆者も「再雇用者の基本給の低下幅は一律何%までなら許されるか」といった質問を企業から何度か受けたことがありますが、名古屋自動車学校事件で待遇差の不合理性に関する判断は基本給の性質や目的をふまえて行う必要があるとあらためて示されたことから、こうした議論はもはや意味がなくなったといえるでしょう。  基本給について考える際には、正社員と再雇用者とで同じ制度を適用するのか、異なる制度とするのか、という点を最初に整理する必要があります。  双方に同じ基本給制度を適用する場合には、基本的に再雇用による待遇差を設けることを重視しない運用になるものと思われます。やや極端な例ですが、例えば純粋な職務給を導入しており、再雇用後も定年前と同じ業務に従事させているといった場合には、職務給の性質・目的をふまえれば待遇に差はつけないという運用になるはずです。  ただし、多くの企業では正社員と再雇用者の基本給制度は異なるものとして(どこまで明確に意図されているかはさておき)運用されているのではないでしょうか。典型例としては、正社員については「基本給は、会社業績、各人の職務遂行能力、勤続年数、経験、成果等を総合的に勘案して決定する」などと定めて長期雇用を前提に年功的な要素を含んだ基本給とする一方で、再雇用者については年功的な要素は加味せずに担当業務の内容に基づいて決定する職務給的な基本給とする、といったケースです。このような場合は、それぞれの制度の性質、目的が異なることに加え、定年後再雇用であることがBその他の事情にあたることから、一般論としては同じ基本給制度を適用しているケースに比べ待遇差が肯定されやすくなるといえるでしょう※2。  再雇用者に関しては、「基本給は時給とし、雇用契約書により個別に定める」といったシンプルな規定としているケースがよく見られますが、今後は基本給を適切に運用することを目的として、例えば「基本給は、本人の職務内容に応じて決定する」、「職務内容に変更があった場合に限り、変更後の職務内容に応じて基本給を改定する」などと定め、正社員とは異なる制度であることを明確にしておくことも考えられるでしょう。 (2)諸手当  ここでは、諸手当を図表2の2種類に分けて考えてみます。  長澤運輸事件で精勤手当(皆勤手当)の不支給が不合理な待遇差とされたように、業務直結型手当の性質や目的を考えると、原則として待遇差を設けるべきではないといえるでしょう。ただし、裁判例を見ると、これらの手当に相当する部分が基本給などに組み込まれているといったケースも見られ、不支給の理由を合理的に説明できる場合には賃金全体のバランスという観点から許容される可能性はあります。  一方、生活保障型手当のうち、住宅手当や家族手当については、長澤運輸事件は幅広い世代がいる正社員に支給する制度上の意義を認め、不合理な待遇差ではないとしていますが、その後の下級審の裁判例で不合理とされたものもありますので(令和3・3・23神戸地裁姫路支部判「科学飼料研究所事件」)、検討する際にはあわせて確認しておくとよいでしょう。通勤手当や食事手当については、通勤や食事に費用を要することは正社員も再雇用者も変わりませんので、これらも原則として待遇差を設けるべきではないといえます。  諸手当については給与規程などで支給目的や支給基準が明確に規定されているケースが多く、ほかの待遇に比べて検証もしやすいかもしれません。実務で意外に問題となりがちなのが通勤手当で、例えば月の支給上限額に差異があったり、あるいは非正規社員の通勤手当は1日につき一律○○円としているなど、過去からの経緯などもあって明確な意図がなく待遇差が設けられているケースは少なくありません。これを機に、自社の手当に関する規定を再度チェックしてみてもよいでしょう。 (3)賞与  長澤運輸事件では、賞与の不支給は不合理な待遇差とはいえないという結論でしたが、名古屋自動車学校事件の内容から、再雇用であるという事実をもってただちに賞与の不支給が認められるわけではないことはすでに述べた通りです。  賞与について待遇差を設けるのであれば、基本給と同様に、異なる目的・性質の賞与制度として使い分けることがポイントになるでしょう。規定の一例として、正社員については「賞与の支給額は、会社業績および算定対象期間における各人の成果、勤務成績、勤務状況等にかかる査定結果にもとづき個別に決定する」と定め、再雇用者については、「会社業績が良好なときは、○○円の範囲で一律に賞与を支給することがある」などといったように、賞与制度の違いが明確にわかるように定めておくと、規定に沿った運用や待遇差の説明もしやすくなるでしょう。 (4)その他  均衡・均等待遇は、賃金を含むすべての待遇を対象としていますが、このうち特に判断が悩ましいのは休暇制度などを含めた福利厚生の取扱いではないかと思われます。  給食施設・休憩室・更衣室といった福利厚生施設については、法令で非正規社員などにも利用の機会を与えなければならないとされていますので(パート有期法第12条、パート有期法施行規則第5条)、特段の事情がないかぎり正社員と同様の使用を認める必要があります。  一方、休暇や休職については、(再雇用者ではない)非正規社員の事案で裁判例が複数あり、また同一労働同一賃金ガイドライン(以下、「ガイドライン」)でも言及されていますが、これらの判断はひとことでいえばケースバイケースであり、裁判例とガイドラインで結論が異なるものも少なくありません。さらに、例えば慶弔見舞金など、判断が示されていない福利厚生制度もあります。  そこで、これらについては、裁判例などで具体的な考え方が示されるまでは、就業規則に制度がある旨のみ定めておき、詳細は本人と都度協議しながら決定するといった運用も考えられます。例えば休職については、私傷病休職を命じることがある旨を定めたうえで、「休職期間については、本人の職務内容、健康状態、所定労働時間および勤続年数等を総合的に勘案のうえ、都度個別に決定する」などとしておくと、裁判例の動向や対象者の実態などに応じた対応が可能となります。再雇用者の働き方は人によってさまざまといったケースも想定されますので、柔軟な運用を確保できる意義は小さくないのではないかと思われます。 4 おわりに  以上、再雇用者の待遇と就業規則に規定を設ける場合の考え方について見てきました。同一労働同一賃金という規制の性格上、本稿では待遇差を設ける場合に重点を置いて説明してきましたが、一方でこれまで見られた"定年後再雇用時に労働条件を低下させるのは当然である"といった考え方は、近年変わりつつあります。すなわち、人手不足の深刻化を背景に、高齢者を貴重な戦力として積極的に活用するとともに、その貢献に見合った処遇を行うことで人材の定着・確保を図ろうという企業が増えてきているということです。こうした方針のもとでは、法令違反を避けるためではなく、自社の処遇制度の一貫性を維持する目的で均衡・均等待遇の実現を図ることになり、再雇用者を含むすべての従業員の納得をより得られやすいのは間違いないでしょう。  人手不足がわが国の構造的な問題であることを考えたとき、再雇用者の待遇を単なる法律問題としてとらえず、中長期的な視点で自社に即した待遇、制度を検討していくという姿勢が、今後ますます求められるようになるのではないでしょうか。 ※1 この裁判例は、均衡待遇を定めた旧労働契約法第20条について争われたものですが、その後働き方改革関連法によって同規定は削除され、パート有期法第8条に移されました。「均衡待遇」に関する判断枠組みは、移行後も基本的には異ならないものと考えられますので、本稿では長澤運輸事件の考え方はパート有期法第8条に照らした場合にも同様にあてはまるものとして、執筆しています ※2 厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」(平30.12.28厚労告430号)は、賃金の決定基準・ルールに相違があることが待遇差の要因になっている場合について、「将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」といった主観的、抽象的な説明では足りないとしたうえで、その相違は「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして、不合理と認められるものであってはならない」としています 図表1 長澤運輸事件における待遇差の不合理性について 賃金項目 待遇差が不合理かどうか 判断の理由 基本給 正社員:基本給・能率給・職務給 嘱託:基本賃金・歩合給 不合理ではない 基本給の趣旨・目的を考慮したうえで、次の点をふまえ不合理とはいえないとした ・正社員の基本給(基本給・能率給・職務給の3種類で構成)と嘱託の基本給(基本賃金・歩合給の2種類で構成)を比較した場合、相違が2〜12%程度にとどまっていること ・嘱託の基本給について、収入の安定や賃金への成果反映などの点で工夫されていること ・要件を満たせば老齢厚生年金を受給でき、年金の支給開始までの期間は調整給(2万円)が支給されること 精勤手当(いわゆる皆勤手当) 不合理 出勤を奨励する必要性は正社員も嘱託も変わらず、不合理な待遇差にあたる 住宅手当・家族手当 不合理ではない これらの生活補助は、幅広い世代がいる正社員に支給する制度上の意義が認められる一方、嘱託はすでに定年退職しており、老齢年金の受給も予定されていることから、不合理とはいえない 役付手当 不合理ではない あくまでも役付者であることに対して支払われるものであり、年功給や勤続給のような性格の手当とはいえないので、不合理とはいえない 賞与 不合理ではない 賞与は、労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上など、多様な趣旨を含み得るとしたうえで、次の点をふまえ不合理とはいえないとした ・定年退職の際に退職金の支給を受けていること ・老齢厚生年金の支給を受ける予定であること ・生活費の補填として調整給が支給されていること ・年収が定年退職前の79%程度にとどまり、嘱託の収入の安定に配慮されていること ※筆者作成 図表2 諸手当のタイプ タイプ 内容 具体例 業務直結型手当 業務の遂行と密接な関係のある手当 役職手当、皆勤手当、特殊作業手当、特殊勤務手当など 生活保障型手当 従業員の生活費の補填を目的とする手当 家族手当、住宅手当、通勤手当、食事手当など ※筆者作成 【P21-24】 解説3 高齢者雇用と就業規則Q&A パーソネル・ブレイン二宮事務所所長社会保険労務士 二宮(にのみや)孝(たかし) 和田人事企画事務所所長社会保険労務士 和田(わだ)泰明(やすあき) Q1  当社では、定年後の再雇用者は数人とまだ多くはありませんが、正社員の就業規則とは分けて別の就業規則を作成しなくてはならないのでしょうか。 A  正社員と労働条件が異なるところがあれば、クレームやトラブルを未然に防ぐためにも再雇用者用の就業規則を正社員用とは分けて作成することをおすすめします。  いわゆる正社員のみならず定年後の再雇用者、パートタイマー、臨時従業員、アルバイトなどの非正規社員も含め、常時10人以上の従業員を雇用している事業所は、就業規則を作成し労働基準監督署に届け出なくてはなりません。  就業規則は、まず正社員用のものを念頭に置いて作成することになると思われますが、例えば、雇用形態別に労働条件の違いがあれば、「〜に関する規定は、再雇用者およびパートタイマーには適用しない」などと一つひとつ細かく明記することになります。  ただし、労働条件の違いが多くなれば、条文も増え解釈がむずかしくなってきます。これにより、再雇用者など正社員以外の従業員にとっては、労働時間や手当など、どの項目がどこまで適用されるのか、適用されないかが、わかりにくくなってしまいます。このこともあって、雇用形態別の就業規則を設けた方がよいことはおわかりになると思います。このように雇用形態別に作成することによって、再雇用者など特定の雇用形態の従業員については、自分たちに適用される就業規則が簡潔になって理解しやすいものとなり、クレームやトラブルを未然に防止することにも結びつきます。  また、労働基準法によって義務づけられている就業規則は、個々の雇用契約書よりも法的に強い効力が認められています。例えば、再雇用者やパートタイマーなど特定の従業員に対する雇用契約書では「退職金の支給はない」となっていても、一つの就業規則しかなく、これには「退職金を支給する」との記述があり、再雇用者に対する退職金の支給の有無が明記されていない場合にはこの就業規則が優先されることとなり、正社員と同様に退職金を支払わなくてはならないと解釈されることにもなります。すなわち、就業規則で定める基準に達しない個別の労働契約は無効となり、就業規則で定める基準が適用されることになるわけです。一方で一部の再雇用者に対して就業規則を上回る労働契約を結ぶことについては認められます。  いい換えると、就業規則に特則や除外規定が設けられていない場合にはすべてに適用されることとなり、また一部の労働者を就業規則の適用から除外しながら、その労働者のための別の規則を作成していない場合には違反となるのです。  このように、トラブル防止のためにも雇用形態別に就業規則をつくることがいっそう求められてきています。  なお、再雇用者など特定の従業員に対する就業規則については、対象者の意見を聴くよう努める必要がありますが、労働基準監督署への届出にあたっては再雇用者のみの過半数を代表する者の意見書までは求められません。あくまでも事業所のすべての労働者の過半数を代表する者となります。 Q2  当事業所では就業規則の変更を検討しています。労働基準監督署へ提出するにあたって従業員の意見書が必要になるということですが、従業員の代表者を決める際に注意すべき点は何でしょうか。なお、当社に労働組合はありません。 A  従業員代表の選出にあたっては、いわゆる正社員だけではなく定年後再雇用者、パートタイマーなどの非正規従業員も含めて、そのなかの過半数を代表する者を選出することになります。また、選出の方法としては投票や挙手などの民主的な手続きによらなくてはなりません。会社側が一方的に指名することは認められないので注意が必要です。また、過半数代表者に管理監督者を選出することは避けなければなりません。  就業規則の作成、変更の際には、従業員を代表する者の意見を聴く必要があります。この意見聴取を実施する意義としては、内容への関心を高め、従業員に発言権を与えるとともに内容をチェックする目的があげられます。また、36協定(時間外・休日労働に関する協定書)などの労使協定を締結する場合などにも従業員の代表者が事業主と締結することになります。  事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合になりますが、ない場合には労働者の過半数を代表する者を選出しなくてはなりません。これを過半数代表者といい、労働者側の代表のことをさします。  過半数代表者を選出するにあたって対象となるのは、いわゆる正社員だけではなく、定年後再雇用者(嘱託者など)、パートタイマー、臨時従業員やアルバイトなどの非正規従業員も含めることになります。さらに休職中の者やほかの企業などへ出向している者も含める必要があります。この一方で派遣会社から派遣された者や下請けの労働者については雇用されていないので含まれません。  また、過半数代表者を選出するためには、投票や挙手などの民主的な手続きによらなくてはなりません。民主的な方法であれば、話合いや持回りによる決議なども認められますが、その方法と経緯をあらかじめ明確にしておく必要があります。  このことから、事業主が一方的に指名した者は認められないことになります。さらに親睦団体代表を自動的に代表者とすることも認められません。すなわち、就業規則の意見聴取の目的であることを前提にしたうえで選出する必要があります。この選出方法が不適切である場合には、就業規則の効力を否定する判決も続いており、最近特に重視すべき事項ともいえます。  なお、労働基準法第41 条で定める「管理監督者」は、過半数代表者の選出には参加することになりますが、過半数代表者になることはできません。  さらに、過半数代表者が行う正当な行為について使用者側が何らかの不利益な扱いをすることは認められません。使用者は、当該行為が円滑に遂行できるよう必要な配慮を行うことが求められることになります。 Q3  契約社員について、就業規則に一定の年齢(60歳)以後は契約の更新をしない旨の定めをすることは可能でしょうか。それとも、契約社員を対象とした継続雇用制度を導入しなければ、高年齢者雇用安定法違反となるのでしょうか。 A  高年齢者雇用安定法第9条による雇用確保措置は、期間の定めのない労働者を対象としています。したがって、期間に定めのある雇用契約を結ぶ契約社員は同措置の対象外と考えられ、一定の年齢(60歳)以後は契約の更新をしない旨の定めをすることは可能であり、そうした定めをした場合でも、高年齢者雇用安定法違反とはなりません。  一般的に契約社員とは、期間の定めのない労働契約を交わす労働者(正社員など)との対比で、期間に定めのある労働契約(=有期労働契約)を交わした労働者をさします。フルタイムなら「契約社員」、短時間・時給制なら「パート」や「アルバイト」など、企業によって名称を分けていることも多いですが、ここでは有期雇用契約の労働者全般を「契約社員」と呼ぶことにします。  定年退職制度は「期間を定めない雇用契約」に適用されるという理解が一般的です。そのため「期間に定めのある雇用契約」を結んでいる契約社員にはそぐわないとされています。  高年齢者雇用安定法第9条による雇用確保措置は、期間の定めのない労働者が65歳未満で定年を迎えた場合に、継続雇用の機会を与えることを目的としています。したがって、期間に定めのある雇用契約を結ぶ契約社員は同措置の対象外と考えられます。  この点については、厚生労働省の高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)※(以下、「Q&A」)においても、「有期契約労働者について、就業規則等に一定の年齢(60歳)に達した日以後は契約の更新をしない旨の定めをしている場合は、契約社員を対象とした継続雇用制度の導入等を行わなければ、高年齢者雇用安定法第9条違反となるのですか」との質問(Q1-11)に対し、「高年齢者雇用安定法第9条は、主として期間の定めのない労働者に対する継続雇用制度の導入等を求めているため、有期労働契約のように、本来、年齢とは関係なく、一定の期間の経過により契約終了となるものは、別の問題であると考えられます」と回答しています。  一方、契約社員をめぐる法整備には、2013(平成25)年4月1日施行の「改正労働契約法」における「無期転換ルール」があります。これにより、有期労働契約が5年を超えて更新された場合、有期契約労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換することが義務化されました。  このルールによって無期転換をした契約社員は「期間の定めのない労働契約」を結ぶことになるので、就業規則に定めることによって定年制度を適用することとなります。さらに、65歳未満の定年制度を導入する場合は、高年齢者雇用安定法第9条による雇用確保措置の対象にもなります。  無期転換の可能性がある契約社員を抱える企業は、転換を見すえた就業規則の改訂・新設などによる対応が必要であり、定年制を導入する場合は、雇用確保措置の内容もセットで考えることが求められることになります。 Q4  就業規則において、継続雇用しないことができる事由を、解雇事由または退職事由の規定とは別に定めることは可能ですか。 A  就業規則の解雇事由または退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として別に規定することは可能です。しかし、解雇事由または退職事由と別の事由を追加することは認められません。  2012年の高年齢者雇用安定法改正により、継続雇用の対象者の範囲を労使協定で限定することはできなくなりました。そのため、就業規則の解雇事由または退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として、就業規則に定める解雇事由や退職事由の規定とは別に、「継続雇用規定」や「再雇用規定」などに定めることは可能か、さらには、就業規則の解雇事由または退職事由と別の事由を追加することは可能かということが問題となります。  この点について、Q&Aでは、「就業規則において、継続雇用しないことができる事由を、解雇事由又は退職事由の規定とは別に定めることができますか」との質問(Q2-2)に対し、「法改正により、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止されたことから、定年時に継続雇用しない特別な事由を設けている場合は、高年齢者雇用安定法違反となります。ただし、就業規則の解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として、別に規定することは可能であり、例えば以下のような就業規則が考えられます。  なお、就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため、認められません」とし、以下の就業規則記載例を紹介しています。 (解雇) 第○条 従業員が次のいずれかに該当するときは、解雇することがある。 (1)勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たし得ないとき。 (2)精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。 (3)…… (定年後の再雇用) 第△条 定年後も引き続き雇用されることを希望する従業員については、65歳まで継続雇用する。ただし、以下の事由に該当する者についてはこの限りではない。 (1)勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たし得ないとき。 (2)精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。 (3)……  このように、あくまで就業規則の解雇事由、退職事由と同一の事由にかぎり例外を認めるとの見解であり、別の事由を追加することは認められていません。  例えば、通常の労働者に適用される就業規則で「休職期間を満了してもなお復職しないとき」を退職事由に定め、その休職期間を最大3年としている場合、継続雇用するかどうかの判断についてのみ、休職期間を「定年前の半年」とする運用の定めを「継続雇用規定」などで設けることはできず、継続雇用しない事由は、運用も含め、通常の労働者に適用される就業規則の解雇事由や退職事由と同一とする必要があります。 ※https://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/ 【P25】 日本史にみる長寿食 FOOD 358 シイタケ食べてウイルス退治 食文化史研究家● 永山久夫 キノコの季節がやってきました  日本は、山の恵みが実に豊かです。  木立ちが色づくころになると、落ち葉の下には頭をもたげてキノコが育ち、朽ち木や老木などにも、キノコが群がって生えてきます。キノコは、健康に役立つ特殊な成分に加えて、味がよく、干して保存しだしにも使用するなど、昔から重宝されてきました。  特に味がよく出るのがシイタケ。秋山のナラやクヌギなどの枯木に発生しますが、最近は、人工栽培が普及し、スーパーなどにも年中出まわっています。  和食の四大だしというと、カツオ節、昆布、煮干し、干しシイタケ。干しシイタケのうま味成分の中心はグアニル酸ですが、グルタミン酸も含まれています。生シイタケの香りやうま味は、それほど強くありませんが、干しシイタケにすると、格段に強くなります。  コンニャクや大根などの野菜類と干しシイタケを一緒に煮ると、グアニル酸がしみ込み、仕上がりがいっそう美味に。干しシイタケのうま味をさらに増幅させるためには、昆布とあわせるのが一番。干しシイタケのグアニル酸は、昆布のうま味のグルタミン酸との相性がきわめてよく、うま味が何倍にもなるからです。 ビタミンDはスーパー栄養素  シイタケは味がよいだけではなく、食物繊維も多く整腸作用を高め、男性ホルモンを増やすといわれているミネラルの亜鉛も豊富に含まれています。  健康維持や長寿、免疫力の強化に役立つ成分もたっぷり。そのひとつがエルゴステリンで、日光の紫外線にあたるとビタミンDに変化し、カルシウムの吸収を助け、骨を丈夫にする働きが期待できます。生シイタケでも、料理をする前に、カサの裏側を1時間ほど太陽にあてると、ビタミンDが増えます。  ビタミンDは骨を強くするだけではなく、ウイルスなどに対しても免疫力を増強させ、認知症やガンを予防し、不老長寿にも効果が高いといわれる「スーパー栄養素」。このところもっとも脚光を浴びているビタミンといってもよいでしょう。 【P26-30】 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! こんなときどうする? Season2 いよいよ最終回! 高齢社員の活躍推進に向け「学び直し」に取り組もう ★ このマンガに登場する人物、会社等はすべて架空のものです ※ 厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/guideline.html ※「生産性向上支援訓練」の受講をご希望される企業様は、最寄りの生産性向上人材育成支援センターにお問い合わせください。 https://www.jeed.go.jp/js/jigyonushi/seisansei.html 【P31】 解説 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! こんなときどうする? Season2 最終回 高齢社員の活躍推進に向け「学び直し」に取り組もう  社会や労働者を取り巻く環境が急激に変化していくなかで、一人ひとりが活躍し続けるためには、「学び直し」により知識やスキルのアップデートをしていくことが欠かせません。70歳までの就業確保が企業の努力義務となったいま、“生涯現役”で活躍するための高齢社員の「学び直し」の重要性について、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 若手や中堅社員にはない強みを持つ高齢社員が戦力であり続けるには「学び直し」が必要  高齢社員が働きやすい職場の実現には、評価や処遇など人事制度の改善や職場環境の整備だけではなく、高齢社員自身が環境変化に適応して強みを発揮できる人材へと変身することが欠かせません。  多くの高齢社員に期待される若者への技能伝承や後継者育成ですが、高齢社員にとってはあたり前だった「背中を見て学べ」という方法はいまでは効果が小さいでしょう。「先輩のやり方を見て、自分で感じ取って学ぶものだ」と高齢社員が精神論を語っても若者には通じず、レベルも向上しません。教える側が具体的に分かりやすく説明しながらやって見せることが必要です。高齢社員には若者の意識やレベルを感じ取る力、分かりやすく説明して納得させる教え方を身につけることが求められます。  製造技術や販売手法、使われる設備や機材はつねに変化しています。日常業務でもパソコンや業務ソフトが不可欠となり、仕事の進め方も昔とはおおいに異なります。若者の仕事に向きあう考え方も変わっています。品質や顧客への姿勢などこれからも変えてはならないものはしっかり守りながらも、変化した現状を理解し、現在の技術や手法、ツールを活用した「いまに即した教え方」を身につけて指導することが効果を高めます。そこで必要となるのが高齢社員の「学び直し」です。その結果、若者や中堅にはない強みを持つ高齢社員が、時代の変化に対応できる柔軟性を持った戦力へと生まれ変わります。  なお、若者の側に高齢社員に対する先入観があれば、すれ違いが起こるかも知れません。高齢社員から教わる前に若者が高齢社員の思考や行動パターンを理解しておけば、高齢社員の教えを受け入れやすくなります。(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)では若者向けマンガ「マンガで考える高齢者雇用」※を用意しています。JEED ホームページからご覧になれるほか、冊子を無料で配布しています。 ※https://www.jeed.go.jp/elderly/data/sankousiryou/shosinsha/comic.html プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 【P32-33】 江戸から東京へ [第130回] 亡びる者への奉仕 真木嶋(まきしま)昭光(あきみつ)(二) 作家 童門冬二 ついて行きます、どこまでも  どんなに気持ちが強がっても、合戦は現実だ。赤ん坊のときから合戦のなかで育ってきた織田信長に、もともと、合戦なんて知らないよ%I生き方をしてきた足利(あしかが)義昭(よしあき)が勝てるワケがない。たちまち負けた。 「くやしいな」 「信長は合戦巧者です。どうします?」 「紀(き)の国へ行こう。味方がいるはずだ」 「わかりました。お供します」  ここまで供をしてきたのだから、真木嶋昭光には、もう義昭を見捨てる気はない。 (死ぬまで供をしよう)と心を決めている。紀の国へ行った。味方はいなかった。みな顔をそむけた。 「チッ、みな冷たいな」  義昭は舌を鳴らした。 「世の中はそういうものです。さてどうしますか?」 「鞆(とも)の津(つ)へ行こう。あそこから足利家と縁が深い毛利が味方してくれるだろう」 「そうかも知れません。参りましょう」 (期待してもムダですよ、われわれは完全に社会から、というより、この世から追い出されたのですよ)、と口まで出かかっていたが、やめた。いってもムダだと思ったからだ。  鞆の津は備後国(びんごのく)に(広島県福山市)にある港だ。安国寺(あんこくじ)もある。いったん都を遂(お)われた家祖の足利尊氏が再起の兵をあげ、成功した地でもあった。 (いくらか気持ちが高まるかもしれない)  いまはもうマイナス状況のなかで、プラスになる要因を探して義昭を励ますよりほかに方法はない、と思っている昭光はワラにもすがる思いだった。  そんな忠誠心も知らずに義昭は迷惑がる港の旅宿で、景気づけの宴(うたげ)をひらいた。最初のうちはつきあった毛利家も、かんたんに見放した。  それどころではなかった。一族をあげて織田信長軍(派遣軍の指揮者は羽柴秀吉)と戦っていた。戦況は必ずしも思わしくなかった。一族の小早川(こばやかわ)隆景(たかかげ)などは、 「機をみて、和を結んだほうがいい」  といい出していた。 「ちょうど鞆の津に前将軍がおられる。人質にできますよ」  と非情きわまることまでいい出す。  が、戦国は非情の論≠ナ成立する。道≠セの礼≠セのはない。昭光をもっと非情なことがおそった。ある日、外の用から戻ると、義昭が死んでいた。供をしてきた者がオロオロして遺体を囲んでいる。 義昭死す 「どうしましょう」  昭光をみるとすがりついた。 「どうしましょうって何をだ?」 「上様(うえさま)(義昭)のことです」 「もう亡くなっているンだろ?」 「そうです」 「ならばそれに見あった礼をつくすまでだ」 「何をするンですか」 「葬式だ。それが武士としての最後の礼だ」 「ここでやるンですか?」 「いや、京都でおこなう。等持院(とうじいん)という足利家の菩提寺がある。そこにお願いする」 「引き受けてくれますかね」 「菩提寺でことわるようなら、世も末だ」  そういいながら昭光は義昭に呼びかけた。 「上様、こういうのって、ありですかね? いいかげんに疲れましたよ」  しかしいくら疲れても昭光にとってはまだ終わりはこなかった。  葬式のことでもう一悶着(ひともんちゃく)起こったからだ。悶着の相手は羽柴秀吉だった。  日本の武士は侍(サムライ)≠ニよばれて珍重される。その理由をぼくは、 「武士道をつらぬくからだ」  と思っている。武士道は質実剛健(しつじつごうけん)のくらしを守り、決してゼイタクはしない。いわゆる社会的弱者をけっしてイジメない。逆に守る。つまり、 「弱きを助ける守護神」なのだ。  これはヨーロッパの騎士(ナイト)≠ノ似ている。 「日本のサムライはナイトだ」  という認識を欧米の人びとは感じたのではあるまいか。最近では野球のWBCで、選手たちがその役割を果たした。  根っこにあったのは道≠セ。礼≠ナある。これを守った。  真木嶋昭光は立派なサムライだった。 つづく 【P34-37】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第135回 佐賀県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 高齢職員の職場環境改善を目ざしプランナーと共同して制度改革 企業プロフィール 社会福祉法人スプリングひびき(佐賀県佐賀市) 設立 2002(平成14)年 業種 障害福祉サービス事業(生活介護事業所、就労継続支援B型事業所、グループホーム、放課後等デイサービス)など 職員数 56人(うち正規職員数27人) (60歳以上男女内訳) 男性(4人)、女性(9人) (年齢内訳) 60〜64歳 5人(8.9%) 65〜69歳 6人(10.7%) 70歳以上 2人(3.6%) 定年・継続雇用制度 定年66歳、希望者全員を70歳まで再雇用。最高年齢者は送迎スタッフの73歳  佐賀県は九州の北西部に位置しており、東は福岡県、西は長崎県に接し、北は玄界灘(げんかいなだ)、南は有明海(ありあけかい)に面しています。朝鮮半島までは約200km足らずと近接しており、大陸文化との交流が深く、歴史的・文化的に重要な役割を果たしてきました。JEED佐賀支部高齢・障害者業務課の花田(はなだ)清二(せいじ)課長は、県の産業について次のように説明します。  「吉野ヶ里町(よしのがりちょう)と神かん埼ざ き市にまたがる吉野ヶ里遺跡のほか、有田町(ありたちょう)、伊万里(いまり)市、唐津(からつ)市でつくられる陶磁器が有名です。また、板のり収穫量、ハウスみかん収穫量・出荷量、陶磁器製置物、シリコンウェハー(表面研磨したもの)の出荷金額などが全国1位となっています。県内の産業を事業所数でみると、食料品、窯業・土石製品、金属製品、生産用機械器具が多く、製造品出荷額などでみると、食料品、電子部品・デバイス・電子回路、輸送用機械器具、化学工業が多くなっています」  同支部で活躍するプランナーの一人である副島(そえじま)泉(いずみ)さんは、特定社会保険労務士と中小企業診断士の資格を持ち、戦略的な就業規則の整備による経営基盤の強化に手腕があるプランナーとして同支部で長く活躍しています。今回は、副島プランナーが企画立案サービスを行い、高齢職員活用の一助となった「社会福祉法人スプリングひびき」を訪れました。 重度の障害のある人も地域で伸び伸びと暮らす  社会福祉法人スプリングひびきは、1996(平成8)年に創業。2002年に社会福祉法人ひびき親和会として法人を設立し、2007年に現在の「スプリングひびき」に名称を変更しました。「どんなに重い障害のある人も地域で暮らしながら、それぞれの個性を発揮し一人ひとりに合った自立ができるように」を方針に掲げ、利用者とその家族に寄り添った運営を行っています。  同法人の宮原(みやはら)里美(さとみ)理事長は、「利用者の目線に立ち、利用者の可能性を考えることができる支援者であることを大切にするよう、職員にはつねに伝えています」と話します。同法人では、かねてより高齢者を継続的に採用し、戦力として活用してきました。同法人の高齢職員活用の方針について、宮原理事長は「人手不足が常態化するなか、現場の雰囲気を和ませてくれる高齢職員は、ムードメーカーとしても頼りになりますし、土・日曜日、早朝のシフト調整にも協力してもらえて、とても助かっています。高齢職員がこれまでつちかってきた外部での経験やノウハウ、自らの強みを活かして、年齢に関係なく働き続けることができる職場づくりに取り組んでいます」と説明します。 短時間正規職員制度を導入し柔軟な働き方を促進  副島プランナーは、2013年に初めてスプリングひびきを訪れました。  「当時は、定年年齢が60歳で継続雇用者は1人という状況でしたが、職員全体における50歳以上の人の割合が3割を占めるなど、職員の高齢化が進んでおり、その対策として高齢職員を戦力として活用していくためのアドバイスを行いました。2019年に再訪問した際には、職員数がおおむね2倍程度に増加しているのと同時に、66歳超の職員が11人と想定よりもかなり高齢化が進展していました。この時点で定年年齢は66歳、希望者全員を70歳まで再雇用する制度へと改定されていましたが、定年後の労働条件については個別に決定しているような状況があったので、高齢職員を含むすべての職員が安心して継続的に勤務可能となるような人事制度を提案しました」とふり返ります。  職員が安心して働ける取組みの一つが「短時間正規職員制度」の導入です。正規職員のまま短日数または短時間での就労を可能にするというもので、「同制度を利用することで、病気の治療を続けながら働けるほか、若い世代であれば育児と仕事の両立を図るうえでも便利な制度です。実際に制度化している事業所はまだまだ少なく、先進的な取組みだと思います」と副島プランナーは話します。  また、55歳以降は昇給なしとしていた賃金制度とともにキャリアパスを全面的に見直し、高齢期に至るまでのキャリアルートを整備。あわせて業務の棚卸しを実施しました。これにより高齢職員に期待する役割や職責が明らかとなり、高齢職員からは「やりがいが出る」と歓迎の声があがっています。  そのほか、職員の健康づくりにも注力しており、看護師資格を持つ職員を健康推進責任者として任命し、健康相談窓口を設置するほか、定期健康診断のフォローを徹底しています。気心の知れた職員からの気さくな声かけや、相談のしやすさは、健康に不安を抱えがちな高齢職員が安心して働ける環境につながっています。  一方、職員慰労旅行や食事会は、高齢職員のみならず職員全体に好評な慰労イベントです。1人1万円の補助があり、事業所ごとに実施するところがポイント。各人の都合により他事業所のイベントへの参加も可能となっており、ほとんどの職員が参加しているそうです。幅広い年齢やほかの事業所の職員との交流の貴重な機会になると喜ばれています。  今回は、高齢での入職ながら、職場になくてはならない存在となっているお2人の高齢職員にお話をうかがいました。 他業界での知見を福祉業界で発揮し事業に貢献  勤続年数12年の秀島(ひでしま)博文(ひろふみ)さん(67歳)は、就労継続支援B型事業所※1「スプリングフィールド」で作業主事として利用者の就労支援を行っています。「利用者が自分でできるように」をモットーに掲げ、温かく見守りながら利用者の支援にあたっています。  同法人への入職以前は、営業職として、民事再生事業などに取り組んできた秀島さん。厳しい交渉は日常茶飯事で、ときには激しい意見のぶつかりあいになることもあったのだとか。「互いに本気の意見をいいあうからこそ、結果的に信頼関係を築くことにつながります。だからこそ、若いスタッフには、『嫌いな人とつきあうとよい、相手は自分にないものを持っているから吸収できることがある』と話しています。また、1人で見たら一つのことも、2人で見たら二つの視点があります。マニュアルだったら一つしかありません。だから積極的に人とかかわって視野を広げてほしいです」と、若手への指導のポイントを話してくれました。宮原理事長は、そんな秀島さんの高い交渉力や広い視野を次世代に引き継いでもらいたいと期待しています。  現在は週5日フルタイムで勤務し、休暇は趣味を楽しんでリフレッシュし、不調の際は無理せず休むようにしているとのこと。「『だれにでも平等にある24時間をどう使うか』という若いころに聞いた言葉がいま響いています。健康を維持しながら、自分の長年の経験を伝えて、みなさんの役に立っていきたいです」と話してくれました。  秀島さんから直接指導を受けている保坂(ほさか)志麻(しま)さんは、「秀島さんは利用者の能力を見きわめ、それぞれに合った支援方法を何通りも提案できる方で、みんなから頼りにされています。一日の業務が終了した後、自然と会議のようになって話合いをすることもあります。何を聞いても的確なアドバイスを返してくれるので、本当に頼りになります」と秀島さんへの信頼を語ります。  入社2年目のコ廣(とくひろ)光春(みつはる)さん(68歳)は、生活介護事業所※2「響(ひびき)」において、利用者の送迎と生活支援補助を担当。午前と午後の各2時間半の勤務を月22日程度行っているほか、週2〜3日は夕方に1時間〜1時間半、放課後等デイサービス「奏(かなで)」の送迎や環境保全業務を行っています。  コ廣さんはメーカーの営業職として、60歳定年後、66歳まで嘱託社員として勤務。メーカーを退職後、ハローワークで求人を探しているときに、「情熱を持って、相手を感じて、信用される行動をしよう」という同法人の行動指針が心に響き、入職を決めたそうです。「それまでは、競争が激しいメーカーの世界に身を置いていたからか、社会福祉という事業に惹かれ、この行動指針を見て『人間はこうあるべきだ』と共感しました。いまは利用者の方にどれだけ喜んでもらえるかを考えて行動するのが仕事なので、心が温まります」と穏やかな笑顔で話します。  入職後、コ廣さんは移動サービス認定運転者講習を受講し、車いすを使った移動・移乗の仕方を習得しました。  「講習で声かけの大切さを知りました。突然車いすを押されたりすると、驚いてしまうそうです。安心・安全な送迎と移乗介助を心がけています。あまりに周りを見渡すものだから首が凝るようになりました(笑)。迎えに行くと利用者さんが満面の笑みで迎えてくれるのがうれしいですね」(コ廣さん)  「コ廣さんは職場のムードメーカーで、周りを明るくしてくれます。送迎だけではなく、環境保全業務もしていただき本当に助かっています」(宮原理事長)  休日はゴルフを楽しみ、その後温泉につかるのが至福の時。「無理のない短時間勤務はちょうどよく、毎日、規則的な生活が送れるので健康的に過ごせています。仕事がよいアクセントになって人生を楽しんでいます。これからも気力と体力を充実させ、できるかぎり長く働きたいです」と抱負を語りました。 「抱きかかえることがない介助」を目ざして  現在、スプリングひびきでは、高齢職員の負担を軽減する介護ロボットの導入を進めています。宮原理事長は「介護用の浴室用リフトを導入した際、『入浴介助が楽になったので、もう少し仕事を続けられる』と話した職員がいました。これはとても価値のあることだと思います。職員の負荷が少ない『抱きかかえることがない介助』を目ざします」と力強く語りました。  副島プランナーは、「今後も職員の高齢化が進展していくと思いますので、宮原理事長が目ざしている障害者支援を続けていくために、職員が高齢期になっても継続して働けるだけではなく、働きやすく≠ネるよう、お手伝いをしていきたい」と話し、今後のサポートを約束していました。 (取材・西村玲) ※1 就労継続支援B型事業所……一般企業に雇用されることが困難であって、雇用契約に基づく就労が困難である障害のある人に対して、生産活動などの機会の提供、知識および能力の向上のために必要な訓練などを行う事業所 ※2 生活介護事業所……常時介護を必要とする障害のある人に、通所することによりおもに昼間に入浴や排せつ、食事などの介護、調理、洗濯、掃除などの家事、生活などに関する相談、および助言や創作的活動、生産活動の機会の提供などを行う事業所 副島 泉プランナー アドバイザー・プランナー歴:14年 [副島プランナーから] 「訪問する事業所の状況やニーズを可能なかぎり把握するように心がけ、高齢者の活用にあたって、少しでも役立つことを提案、助言したいと考えています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆佐賀支部高齢・障害者業務課の花田課長は副島プランナーについて、「特定社会保険労務士と中小企業診断士の資格を有し、その専門性を活かした多角的な視点で企業へ相談・助言活動を行っています。特に人事労務管理、賃金に精通し、相談・助言活動では企業の課題の解決につながることも多く、事業所からの信頼が厚いプランナーの1人です」と話します。 ◆佐賀支部高齢・障害者業務課は、JR佐賀駅から福岡方面へ1駅のJR伊賀屋駅から徒歩1分、佐賀市内の「ポリテクセンター佐賀」内にあります。佐賀市は佐賀県の最大の都市ですが、同支部周辺は、見渡すかぎりののどかな田園風景が広がり落ち着いた環境です。 ◆同県では、5人の70歳雇用推進プランナーと、1人の高年齢者雇用アドバイザーが活動し、企業訪問・相談・指導にあたっています。2022年度は、222件の相談・助言および63件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●佐賀支部高齢・障害者業務課 住所:佐賀県佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 電話:0952-37-9117 写真のキャプション 佐賀県佐賀市 就労継続支援B型事業所スプリングフィールド入口 宮原里美理事長 作業内容について若手職員の保坂志麻さん(左)と打合せをする秀島博文さん(右) 利用者と笑顔でコミュニケーションをとりながら車いすを押すコ廣光春さん 【P38-39】 第85回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  町田テル子さん(74歳)は、養護老人ホームの最年長スタッフとして活き活き働いている。気がつけば四半世紀近い歳月が流れ、利用者の人たちに明るく接する姿は若い世代のお手本となっている。楽しいことが大好きな町田さんが仲間とともに生涯現役で働くことの魅力を語る。 社会福祉法人 秩父市社会福祉事業団 養護老人ホーム 長寿荘 支援員 町田(まちだ)テル子さん 子どもたちのはじける笑顔に支えられ  私は埼玉県秩父(ちちぶ)市生まれの秩父育ちです。学校を出てしばらくは会社勤めをしましたが、出産を機に退職、専業主婦として子育てに専念しました。  2人の子どもたちが小学校高学年になったころ、子育てが一段落したこともあり、学校給食のパート職員になりました。PTA活動に参加するなかで、給食の職員に欠員が出て手伝ってくれる人を探していると聞き、子どもがお世話になっているから力になれればと、軽い気持ちで手をあげました。もともと調理は好きでしたし、子どもたちと同じタイミングで休めること、何よりも多くの子どもたちと触れあえることに魅力を感じ働き始めました。「いつもおいしい給食をありがとう」という可愛い手紙をもらったこともあり、とてもやりがいのある仕事でした。給食は子どもたちにとって楽しみの一つであり、給食室で出会う子どもたちの笑顔に励まされ、14年間働き続けました。  14年経ったとき、学校の働き方がいろいろ切り替わることになったのをきっかけに退職することになりました。そのとき学校長が私を気遣ってくれて、「あなたならきっとできる」と紹介してくれた職場が長寿荘でした。歩いてきた道をふり返ると、さまざまな場面で多くの人に助けてもらってきたことにあらためて感謝したいと思います。  東京近郊からも多くの人が訪れる秩父観光の玄関口、西武秩父駅から車で20分ほどの山間に長寿荘がある。利用者の笑い声が外まで聞こえてくるアットホームな養護老人ホームだ。ここを紹介した校長先生は先見の明があった。 人生の大先輩たちとの出会い  1998(平成10)年9月に社会福祉法人秩父市社会福祉事業団が設立され、翌年4月に「秩父市立養護老人ホーム長寿荘」の事業運営を開始しました。同じ年の10月から私も長寿荘で働くことになりました。それから20年以上という年月が経ち、自分でもびっくりしています。  面接を受けたとき、私の息子世代のような若い人たちと働くことを知り、福祉の経験がまったくない私に務まるだろうかと不安になりました。ただ、施設内のさまざまな部屋を案内してもらいミシン室をのぞいたとき、手芸好きの自分なら、ほころびを縫ったり、ボタンをつけたりできるとホッとしたことをいまも覚えています。また、娯楽室も紹介してもらい、みんなで民謡を踊ったり歌ったりする場所だと聞いて、ここでも私に何か手伝えることがあるに違いないと思えました。  2000年に「秩父市特別養護老人ホーム偕楽苑(かいらくえん)」の事業運営開始とともに複合型の高齢者福祉施設として「ほのぼのマイタウン」を新設、通所介護や訪問介護、居宅介護支援事業が開始されますが、そのなかの3階に長寿荘も引っ越しました。東を向いた窓からは朝日を望め、ときには雲海を眺めることもできる好環境で利用者さんも大喜びでした。  私はいま、施設全体で働くなかでは最高年齢とのことですが、利用者さんは93歳の方を筆頭にみなさん人生の大先輩ばかりです。福祉の職場の経験がなかった私が長く働いてこられたのは、激動の時代を生き抜いてこられた先輩たちとの出会いに支えられてきたからだと思います。  一方で働く仲間たちは若い人が多く、こちらは刺激を受けることが多いです。世代を超えた出会いが人生を豊かにしてくれると私は思います。  2年前に長寿荘の施設長に就任した加藤(かとう)孝(たかし)さんは「私と町田さんは同期です」とにっこり。施設のイベントではコンビで推理劇に挑戦することも。息子のような相方の存在に町田さんのモチベーションは上がれども下がることがない。 だれかの役に立てる喜び  私の仕事は入浴介助や食事の配膳介助、健康面での日々の体調の管理をすること、レクリエーションを企画して楽しんでもらうことなど多岐にわたります。現在50人ほどの方が入居しており、介護面での苦労は少ないのですが、入浴が嫌いな人が多く、すすんで入浴してもらえるよう工夫を凝らしています。自分で歩ける方の部屋に車いすで迎えに行き、「今日は特別に車で迎えにきました」と入浴室の近くまで送っていくこともあります。また、ある人は入所以来ずっと入浴を拒否してきたのですが、夜の時間帯にシャワー浴から始めるなどゆっくり気持ちを解きほぐし、いまでは風呂掃除まで手伝ってくれるようになりました。  マニュアル通りではなく人の心に寄り添った介助を目ざしていますが、気持ちが届いたときは本当にうれしく、この仕事を続けてきてよかったと思います。 生涯現役で明日も元気に  70歳までは月に4回の宿直がありました。契約職員の私は、年に一度、上司と面談をして勤務形態など契約を見直しており、古希を迎えたときに宿直を月2回に減らしてもらうなど、臨機応変な対応に感謝しています。現在は、週休2日、遅番、宿直、日勤でシフトが組まれます。仕事の性格上、お盆休みやお正月にも働くことはあります。勤務時間は朝8時15分から17時までが基本です。長寿荘が入っている「ほのぼのマイタウン」は四季折々の自然が楽しめる場所にありますが、秩父の中心から少し遠いため、車で通勤をしています。車の運転免許を取ったのは18歳のときで、当時は免許を取る女性は珍しがられていました。自家用車は持たず、ずっとペーパードライバーでしたが、いまは通勤に使えているので免許を取っておいてよかったなと思います。  出産まで働いていた会社はけっこう大きかったものでドライブクラブや手芸クラブ、軽音楽クラブなどがありました。若さにまかせていろいろかじってきましたが、それらがすべていま役に立っていることを思えば、人生には無駄な経験など一つもないのだと思います。手芸の腕を活かして利用者さんの洋服に刺繍をしてあげるととても喜んでくれますし、イベントなどで歌ったりするのも、軽音楽クラブでボーカルを担当していたときの度胸に助けられています。  休日は秩父の自然を活かしたふきみそや山椒みそづくりなどに精を出し、ときにはそばやうどんを打ちます。長寿荘でうどんを打ってみなさんに食べてもらうこともあります。いつまで働けるかわかりませんが、健康に気をつけて、若い職員さんたちからエネルギーをもらい、人生の先輩の利用者さんたちの心に笑顔で寄り添って、この仕事を続けていきたいと思います。スタッフの最高年齢記録を自分で塗り替える気概をもって、明日も元気に出勤します。 【P40-43】 シニア社員のための「ジョブ型」賃金制度のつくり方 株式会社プライムコンサルタント 代表 菊谷(きくや)寛之(ひろゆき)  従来型のヒト基準の日本的人事制度が制度疲労を起こし、年齢や性別を問わず人材が活躍できるシンプルな雇用・人事・賃金制度に対するニーズが高まっています。今回は、「ジョブ型継続雇用賃金表」のつくり方と、労働契約書に基づく定年再雇用者の役割・働き方の見直しにともなう賃金改定方法を解説します。 第5回 定年後の役割・働き方の見直しと賃金改定 1 ジョブ型継続雇用賃金表のつくり方  前回は、正社員の役割給に準拠しつつ、定年後の新たな職務内容に応じた役割等級と働き方の制約に応じて、定年前の基本給に賃金支給率(%)を掛け算して再雇用賃金の基本給部分を算定する方法を紹介しました。  ただし、この仕組みは「内規」としては有効ですが、一般の社員には複雑ですし、定年後の職務内容の軽減や働き方・人材活用の制約など、賃金の減額理由を一人ひとり具体的に説明するのは、かえって継続雇用者のモチベーションを下げるリスクもあります。  そこで今回は、定年後の新たな職務内容と働き方の制約に応じて、再雇用賃金の基準をダイレクトに説明できる「ジョブ型継続雇用賃金表」を紹介します。  図表1は、前回の図表2(2023年8月号※1 39ページ)で紹介した役割等級別の範囲給(役割給)のゾーン区分の位置関係を示します。  これに対応して、T等級Dゾーンの1ランクからスタートし、Cゾーン2ランク、Bゾーン3ランク…X等級Sゾーン13ランクというように、図表2に連番で賃金ランクを設定します。左の役割給のゾーン別の上限額を、そのまま対応する賃金ランクの上限額とします。  上限額は、前回紹介した正社員の金額を賃率100%の金額とし、その右に賃率90%、85%、80%の金額を設定します。賃率の適用基準は前回紹介した定年再雇用の賃金換算表の例と同じです(2023年8月号※1 41ページ図表4)※2。 2 初年度の再雇用賃金の決め方  図表4で、前回の例を再び用いて説明すると、定年前の基本給がW等級係長・職長クラス35万円の従業員Xさんに対し、賃金換算率を80%(減額理由は枠内)、V等級とした場合の再雇用賃金は28万円です。この金額を右側のように継続雇用賃金表の賃率90%にあてはめると、賃金ランクの7ランク(上限29万8800円)に該当します。これは図表3の「企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事」という職務レベルに対応する賃金ランクです。  Xさんには、枠内の減額理由の根拠とした定年後のXさんの具体的な職務内容を労働契約書に明記し、次のように説明します。  定年後はおもにこれらの仕事に従事してもらいます。これは継続雇用賃金表の7ランク「企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事」に該当し、初年度の再雇用賃金は28万円となります。2年目以降の契約更改では、1年間の仕事の実績をみて職務内容を見直し、新たな賃金ランクを提示します。  再雇用者には、上記の基本給に加えて、非管理職には時間外手当を支給します。  管理職には、従前通りフルタイム勤務を求めるのであれば相当額の管理職手当(役職手当)を支給する必要があります。ただし再雇用者は定時勤務または短時間勤務を基本とする場合は、勤務形態に応じて減額してもよいでしょう。  また家族手当や住宅手当などの職務内容とは無関係の手当は、同一労働同一賃金の観点から全額を支給し、短時間勤務者には所定労働時間の割合に応じて減額支給することを推奨します。賞与についても正社員の支給基準に準じ、再雇用者の賃金ランクに基づいた賞与額を働き方の制約に応じた賃率で支給します。短時間勤務者はやはり所定労働時間割合に応じて減額します。 3 定年後再雇用者の職務レベル判定と賃金改定  図表5に、再雇用2年目以降のジョブ型賃金の改定基準を示しました。  使い方は、前年の労働契約書で確認した職務内容(賃金ランクに連動)について年間の実績評価を行い、職務レベルを再判定します。  現行の賃金ランクと職務レベルを比較し、(+)前回契約時よりも高い職務レベルで貢献していると判定できる場合は、 ・2ランク上位相当ならS評価とし、昇給単位の3倍の昇給を行います。 ・1ランク上位相当ならA評価とし、2倍の昇給を行います。 (±0)前回契約時と変わらない場合はB評価とし、昇給単位の1倍の昇給を行い、上限額を超えないよう昇給額を調整します。 (−)前回契約時よりも低い判定の場合は、 ・1ランク下位相当はC評価とし、昇給なしとします。 ・2ランク下位相当はD評価とし、マイナス1倍の減給を行います。  昇給単位の金額は任意に設定できますが、図表5では正社員のV等級の昇給単位2800円を用いた例1と、賃金改定幅の拡大をねらって5000円とした例2を示しました。  この例では、2年目はXさんの職務レベルをA評価=「1ランクUP」と判定し、例2の5000円×2倍=1万円の昇給を行いました。結果、2年目の金額は29万円・7ランクとなります。  「1ランクUP」と判定したにもかかわらず、2年目の賃金も7ランクのままなのは、昇給単位の金額(5000円)が職務レベル変更に見合う賃金改定を1回でカバーできる大きさに設定されていないからです。定年後もある年限まで有期雇用を反復・継続する合意のもとでは、この程度のタイムラグは実務上あり得ると考えられます。この場合、3年目も職務レベルをA評価=「1ランクUP」と判定すれば、再度5000円×2倍=1万円昇給し、3年目で30万円・8ランクとなります。  このようなジョブ型賃金の改定基準を用いた契約更改を続けると、段階的に各人の職務レベルに対応する賃金ランクの上限額に接近し、収れんします(段階接近法R)。  また、契約更改後の働き方について本人の申し出があったときなどは、相談のうえ、働き方や人材活用の仕方が変わるときは、対応する新たな賃率(85%、80%など)を用いて再雇用賃金を合意します。例えば契約更改2年目の基本給が29万円で賃率を90%から85%に変えるときは、29万円÷90%×85%≒27万3890円が見直し後の新たな再雇用賃金となり、2年目以降は図表2の85%の継続雇用賃金表を用いて運用します。  このように賃率を意識的に適用することで、働き方や人材活用の制約の度合が、@基本的に変わらない再雇用者は正社員の90%、A若干限定される場合は85%、B大きく制約される場合は80%というように、正社員と定年後再雇用者との均衡待遇が常に維持できるようになります。 4 短期決済型の再雇用賃金の運用方法  前の節で昇給単位の金額は任意に設定できると書きましたが、職務限定の有期雇用にふさわしい短期決済型のジョブ型賃金を運用するためには、定年前の正社員の昇給ピッチ(例:V等級2800円、W等級3700円など)よりも意識的に大きな昇給単位とすべきでしょう。  なぜなら、高齢者の場合、働く人の志向性や健康状態、家庭事情などにより、能力・意欲はもとより、本人が希望する就労条件も予想外に変化することが多いからです。  業務の内容や責任の程度が大きく変わる可能性や、契約そのものを終了させる可能性も想定すると、契約更改のつど対応する賃金ランクに変更できる短期決済型の仕組みのほうが、合理性があるという意見も否定できません。  図表5では正社員と同じ賃金改定手法(段階接近法R)を継続雇用賃金に応用する方法を紹介しましたが、短期決済型のジョブ型賃金の考え方をより一歩進めて、職務レベルの判定に対応した賃金ランクの上限額をストレートに適用する方法を紹介します(図表6)。  これは労働契約書で定めた職務内容(賃金ランクに連動)について、1年間の実績評価と職務レベル判定を行い、また働き方についても話し合い、契約更改の都度対応する賃金ランクおよび賃率の再雇用賃金を提示します。  前述のXさんの例でいうと、定年前の賃金35万円に支給率80%(賃率90%−減額率10%)を掛け算して定年後はV等級28万円という仮計算を行います。賃率90%の賃金表でこの28万円と同額または直近上位の上限額を求め、B評価に対応する上限額29万8800円がXさんの1年目の再雇用賃金となります。  2年目以降の契約更改は、現行の賃金ランクと職務レベルを比較し、賃金ランクと職務レベルとにギャップがある場合は、実際に従事する職務レベルにあわせて賃金ランクおよび再雇用賃金をただちに変更します。  さらに働き方や人材活用の仕方が変わったときは、対応する新たな賃率を適用し、その金額が新年度の再雇用賃金となります。  図表6の右の例では、Xさんは2年目の契約更改でC評価・1ランクDOWNとなり、同時に働き方の見直しにより賃率がA85%になったときは、26万100円が2年目の再雇用賃金となります。  同様に3年目もC評価・1ランクDOWNでさらに働き方の見直しにより賃率がB80%となって22万4800円となり、4年目はその賃率のままS評価・2ランクUPで26万5600円というように、再雇用賃金が推移していきます。  次回は、役割給の活用による定年延長とジョブ型賃金の組み合わせ方法や、定年制廃止を視野に入れた、日本企業に合ったジョブ型雇用・賃金待遇のあり方について解説します。 ※1 エルダー2023年8月号 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202308.html ※2 働き方や人材活用の制約が定年前とまったく変わらない場合は100%、@基本的に変わらない再雇用者は正社員の90%、A若干限定される再雇用者は85%、B大きく制約される再雇用者は80%です 図表1 役割等給別の範囲給設定(役割給) 役割等級別の範囲給設定(役割給) 標準的な役割 等級別ゾーン区分 等級 基準職務内容 T U V W X Y 経営管理担当役員 S A X 部門の業務管理職(部長) S B A C W 業務(プロジェクト)の業務推進管理職・技術管理職 S B D A C (4,900) V 担当業務に責任を持つ応用業務担当者 S B D A C (3,700) U 担当業務に責任を持つ定型業務担当者 S B D A C (2,800) T 比較的軽易な定型業務担当者 B D C (2,100) AS 軽易業務担当者、定型業務補助者 D (1,600) 注)( )内は正社員の昇給ピッチ基準額である。(連載第4回※1の図表2参照) c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表2 ジョブ型継続雇用賃金表(賃金ランク別の上限額) 賃金ランク 上限額 100% 90% 85% 80% 13 520,000 468,000 442,000 416,000 12 485,000 436,500 412,250 388,000 11 451,000 405,900 383,350 360,800 10 419,000 377,100 356,150 335,200 9 389,000 350,100 330,650 311,200 8 360,000 324,000 306,000 288,000 7 332,000 298,800 282,200 265,600 6 306,000 275,400 260,100 244,800 5 281,000 252,900 238,850 224,800 4 257,000 231,300 218,450 205,600 3 234,000 210,600 198,900 187,200 2 212,000 190,800 180,200 169,600 1 190,000 171,000 161,500 152,000 170,000 153,000 144,500 136,000 図表3 職務レベルの判定基準(職務レベルの数は賃金ランクに対応) 職務レベル 職務レベルの判定基準(例) 13 全体最適を維持し、複雑な問題を組織的・統合的に解決する仕事 12 11 機会に集中し、高度な分析的理解と予測・対策により資源を有効活用する仕事 10 9 外部と連携し、幅広い知識を活用して裁量的に判断・意思決定する仕事 8 7 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 6 5 一定の計画・手順を活用して自己責任で判断する仕事 4 3 限られた範囲で任される単純・定型的な仕事 2 1 その都度与えられた仕事を指示通り処理する仕事 図表4 ジョブ型継続雇用賃金表の適用例 例:定年前賃金350,000 円(W等級係長・職長クラス)の場合 W等級正社員 係長・職長クラス(役割給) ↓ゾーン 賃率→ ゾーンの上限額100% S ゾーン上限 451,000 A 〃 419,000 B 〃 389,000 C 〃 360,000 … X さん ※ 350,000 … D 〃 332,000 D ゾーン下限 306,000 7ランク定年再雇用 主任・チーフクラス(ジョブ型継続雇用賃金表) ↓賃金ランク 賃率→ ランクの上限額 100% 90% 9 389,000 350,100 8 360,000 324,000 7 332,000 298,800 ※290,000 ・・・ +10,000 … ※280,000 6 306,000 275,400 5 281,000 252,900 4 257,000 231,300 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 ※W等級35万円 (賃率100%)×賃金支給率80% → ※V等級28万円(賃率90%) 減額理由 @職務内容の変化:これまでの経験・知識・能力を活用できるやや軽易な業務を担当する場合 減額率10% A働き方や人材活用の制約:再雇用という事情以外は基本的に変わらない 賃率90% c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表5 ジョブ型継続雇用賃金の改定基準 (段階接近法R) 昇給単位: 2,800円 5,000円 実績評価 職務レベル判定※ 賃金改定基準 昇給額(例1) 昇給額(例2) S評価 2ランクUP 昇給単位×3倍昇給 +8,400 +15,000 A評価 1ランクUP 〃 2倍昇給 +5,600 +10,000 B評価 同一ランク 上限まで〃1倍昇給 +2,800 +5,000 C評価 1ランクDOWN 昇給なし 0 0 D評価 2ランクDOWN マイナス〃1倍減給 -2,800 -5,000 ※職務レベル判定は、改定前の賃金ランクに対する職務レベルの差異を判定する(図表3「職務レベルの判定基準」を参照)。 (注)段階接近法Rは株式会社プライムコンサルタントの登録商標である。 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 図表6 短期決済型のジョブ型継続雇用賃金の実施例 W等級正社員 係長・職長クラス (役割給) ↓ゾーン 賃率→ (無限定勤務) 100% Sゾーン上限 451,000 A 〃 419,000 B 〃 389,000 C 〃 360,000 ※350,000 D 〃 下限額 332,000 306,000 7ランク定年再雇用 主任・チーフクラス(ジョブ型継続雇用賃金表) ↓賃金ランク 賃率→ まったく変わらない(無限定勤務) 100% @再雇用という事情以外は基本的に変わらない 90% A働き方や人材活用が若干限定される 85% B働き方や人材活用が大きく制約される 80% 職務レベルの判定基準(例) 9 389,000 350,100 330,650 311,200 外部と連携し、幅広い知識を活用して裁量的に判断・意思決定する仕事 8 360,000 324,000 306,000 288,000 7 332,000 ※ 298,800 282,200 4年目 ※ 265,600 企画・プロセスを配慮しながら自主的に判断・意思決定する仕事 6 306,000 1年目 275,400 ※ 260,100 244,800 5 281,000 252,900 2年目 238,850 3年目 ※ 224,800 一定の計画・手順を活用して自己責任で判断する仕事 4 257,000 231,300 218,450 205,600 ※W等級35万円 (賃率100%)×賃金支給率80% → ※V等級28万円(賃率90%) 定年前:W等級係長・職長クラスの例※ 基本給Bゾーン35万円、定年後は80%の28万円に換算(賃率90%)し、1年目は90%の継続雇用賃金の上限額=7ランク・298,800円を適用、2年目以降も職務レベル判定に見合う賃金ランクと、働き方に見合う賃率の上限額を1年契約で適用する。 c 株式会社プライムコンサルタント 禁無断転載 【P44-47】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第64回 名古屋自動車学校事件最高裁判決について、LGBTへの対応について 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年後再雇用者の賃金の取扱いに関する最高裁判所の判断は?  定年後の再雇用となる従業員の賃金の減額について、新しい最高裁の判例が示されたとのことですが、どのような内容なのでしょうか。 A  2023年7月20日に、60%を下回る賃金減額部分を違法と判断した下級審の判断に対して、基本給の支給目的などの考慮が足りないという理由で差し戻されたところです。そのため、結論はまだ明確に示されていません。 1 名古屋自動車学校事件について  定年退職した後の有期労働契約を締結していた労働者(以下、「嘱託社員」)と期間の定めがない労働契約を締結している労働者の賃金に関して、基本給および賞与などの相違が労働契約法第20条(法改正の影響で、現在ではパートタイム・有期雇用労働法の第8条に相当する内容であり、不合理な待遇差を禁止したもの)に違反するか否かを争点とした事件です。  過去に当該事件について触れたことがあります(本誌2021年6月号※)。当時は、最高裁まで争い続けるか不透明でしたが、2023(令和5)年7月20日に最高裁が判断を下しました。  事案の概要としては、定年後の嘱託社員について、嘱託規程に基づき、賃金体系はその都度決め、賃金額は経歴、年齢そのほかの実態を考慮して決める旨定められており、再雇用後は役職に就かない旨が明記され、賞与の支給はないものの嘱託社員には一時金を支給することがある旨も定められていました。  訴えていた労働者の基本給などの変動は図表の通りです。なお、2人の労働者が訴えていますが、ほぼ同程度の金額であるため、1人のみの図表としています。定年退職後には、老齢厚生年金および高年齢雇用継続基本給付金の受給を受けていますので、収入全体でいうと、これらの金額のみではありませんでした。 2 控訴審までの判断について  地方裁判所および高等裁判所(以下、「下級審」)までは、以下のような理由から、基本給の60%を下回る部分について、不合理な差異であるとして、違法と判断し、使用者に対して賠償を命じました。  判断の前提として、業務の内容、責任の程度、変更の範囲などに関して、「定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかった」という点を考慮しています。  次に、「基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、…勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている」と、その差異が際立っていたこと、「労使自治が反映された結果」でないこと、「労働者の生活保障の観点からも看過し難い」といった理由で、定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分について労働契約法第20条にいう不合理な差異に該当すると判断していました。 3 最高裁の判断  最高裁は、下級審判決を是認することなく、高等裁判所へ審理を差し戻しました。そのため、あらためて高等裁判所において判断されることになります。  まず前提として、基本給や賞与であったとしても不合理な差異としてはならないということを確認したうえで、「判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」という過去の最高裁判例の基準を踏襲しました(最高裁令和2年10月13日判決、大阪医科薬科大学事件)。  そのうえで、「正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある」という結論を導いています。  最高裁の判決が考慮した事情は、大きく分けると、@定年前の基本給の目的と嘱託社員の基本給の目的の相違が不明瞭であること、A労使交渉の結果のみならずその具体的な経緯をも勘案すべきという2点です。  一つ目の考慮事項として基本給の目的を重視しています。今回の事案における基本給の位置づけについて、定年前の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる「勤続給」としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる「職務給」としての性質をも有する余地があり、また、基本給には功績給も含まれていることから「職能給」としての性質も有する余地があることに加え、長期雇用を前提として役職に就き昇進することが想定されていたこと、役職に対しては「役付手当」が支給されていたがその金額も不明であることなどから、正社員に対して支給されている基本給の性質やその目的が確定不能であるとされました。  また、嘱託社員についても、「役職に就くことが想定されていないことに加え、正職員とは異なる基準の下で支給され、勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等から、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するとみるべきである」とされたうえで、嘱託社員の基本給の性質および目的も検討されてないとされました。  二つ目の考慮事項として、労使交渉に関する事情があげられています。同一労働同一賃金の不合理さを判断するにあたって「その他の事情」として考慮するということは、従前の判例で示されています。また、当該事情については、その結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものとされています。本件の下級審においては、原告のうち1人が労働組合の分会長として、嘱託社員と正社員との賃金の相違について回答を求める書面を送付した事実が認定されているだけで、その後の具体的な経緯が不明瞭なままとなっていました。  最高裁としては、正社員の基本給の性質および目的が不確定であるうえ、嘱託社員の基本給の性質および目的も検討されていなかったこと、労使交渉の具体的経緯が不明であることから、高等裁判所で判断し直さなければならないと判断したということです。  基本給の性質や目的について、わざわざ定めているとはかぎらず、使用者が詳細に定めていない場合、これまでの運用などから認定されることになると考えられます。正社員と嘱託社員における基本給の性質および目的を相違させておくということも、賃金の相違を説明する要素になるということは一考に値するでしょう。 Q2 LGBTに関する対応について教えてほしい  男性職員から、自分はMtF(Male to Female)なので、女性トイレの利用を認めるように申し入れがありました。多様性を認める観点からはこれを認めていく必要性があるようにも思われますが、女性職員の意向も汲くむ必要があると思います。どのように対応したらよいでしょうか。 A  各社の状況や具体的な職員の意思などをふまえて、個別具体的に決定していくことが重要です。ただし、時間をかけつつ、可能なかぎり理解を求めていくという努力は必要になると考えられます。 1 多様性の確保とその対応  近年、多様性を受け入れること、とりわけ性的少数者とも呼ばれるLGBTについて、対応をしていくことが求められています。LGBT理解増進法も成立し、今後はLGBTの対応に関する話題が加速していく可能性があります。  例えば、トイレの利用は、男性と女性が分けられており、これは身体的な性別により分けられてきたというのが、これまでの歴史的な背景としてあります。女性の立場からすると、身体的には男性の人物がトイレに入ってくることに抵抗を感じるという話題はよく耳にするところであり、性自認に合わせたトイレの利用を認めることは容易ではないでしょう。 2 トイレ利用に関する最高裁判決について  経済産業省において、ご質問と同様にMtFの職員が、女性トイレの利用を認めるように求めた事案について、執務するフロアと上下1フロア離れたトイレ以外の利用しか認めなかった判断に対して、2023年7月11日に最高裁の判決が出ました。  結論として、女性トイレの利用を認めないという措置が違法であるという判断であったため、広く報道されるなど、企業に与える影響も大きかったようにも思われます。しかしながら、最高裁判決では、慎重な考慮を重ねたうえで結論を出しており、結論だけを見ることはミスリーディングであるともいえるでしょう。  まず、前提となる事実を整理しておくことが重要です。原告となった男性の特徴を整理すると、@1998(平成10)年ごろから女性ホルモンの投与を受けており、翌年には性同一性障害であるとの医師の診断を受けている、A2008年ごろから女性として私生活を送っていた、B2011年には名の変更許可審判を受けて男性名から女性名に変更した、C2010年3月ごろまでには、男性ホルモンの量が男性の基準値を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた、D性別適合手術については健康上の理由から受けていない、という状態です。  いわゆる、自身がLGBTに該当すると述べているだけではなく、医師の診断を重ねていることや、生活状態も女性として振る舞っており、名の変更審判も受けていたという状態という点が特徴的です。  経済産業省が、それでもなおトイレの利用について、執務するフロアと上下1フロア離れた女性トイレの利用しか認めなかったのは、@性別適合手術を受けていなかったこと、A女性トイレを利用することについて同一の部署で働く職員に説明会を開いたところ、明確な異議は出なかったものの数名の女性職員が違和感を抱いているように見えた、B一つ上の階のフロアを日常的に利用している女性職員が存在した、といった事情を考慮したものでした。  経済産業省がそのような決定を行った後、原告は、2フロア以上離れた女性トイレを利用し始めましたが、ほかの職員との間でトラブルが生じないまま4年10カ月が経過しましたが、この間、取扱いが見直されることもありませんでした。  最高裁は、このような状況に対して、「本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたもの」として、違法と判断しました。  今回の事件から参考になる事項としては、@性別適合手術の有無という形式的な基準のみに依拠して区別することは許容されない場合があること、A抽象的な事情ではなく個別具体的な事情(自社の事情、女性職員の有無、自社の職員のLGBTに対する理解の程度など)をふまえて判断する必要があること、B長期にわたって見直すことなく状況を維持・固定化することがないように心がける必要があること、などがあげられるでしょう。  なお、裁判長の補足意見において「トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべき」と触れられている通り、オープンな利用が前提である施設には、判例の述べたような内容はあてはまりません。 3 これからのLGBT対応について  最高裁の事件では、トイレの利用だけが争点となっていますが、じつは原告が求めた対応は多岐にわたっており、その内容はLGBTの人物が求める措置と重なる部分があるでしょう。  原告が求めたのは、@女性の身なりで働くこと、A女性用休憩室の利用を認めること、B健康診断において乳がん検診を受けられるようにすること、C出席簿の名札の色を女性用の色にすること、Dシステムなどの名前および性別を女性に変更すること、Eメールアドレスの名前を変更すること、F身分証の名前および写真を変更すること、などです。すべてがあてはまるとはかぎりませんが、自社でも対応が必要になる部分があるとイメージすることはできるのではないでしょうか。  LGBT理解増進法では、事業主には、労働者に対してLGBTの理解を促進し、研修の実施、普及啓発、相談体制の整備などが努力義務として課されており、最高裁判例において示されたような事情もふまえつつ、具体的な対応が求められていくことになりそうです。 【P48-49】 スタートアップ×シニア人材奮闘記 株式会社Photosynth(フォトシンス)取締役 熊谷(くまがい)悠哉(ゆうや)  起業したばかりのスタートアップ企業においては、はじめてのことばかりで経営や事業にはうまくいかないことや課題にぶつかることが数多くあります。そこで、「スタートアップ企業にこそ、経験豊富で実務のノウハウを持ったシニア人材が必要」という声もあり、実際に、その経験を活かしてスタートアップ企業で働く高齢者も増加しています。  このコーナーでは、スタートアップ企業に必要なシニア人材をどう見出し、活用し、活躍に結びつけていくかについて、実際にスタートアップ時にシニア人材(深谷(ふかや)弘一(ひろかず)さん)を採用し、現在も活躍中である、株式会社Photosynthの熊谷悠哉取締役に、当時をふり返りながらシニア人材活用のポイントについて語っていただきます。 第4回 部品の選定や調達にもシニア人材の知見を活かす 部品調達でも発揮された高いアンテナ感度と情報収集力  前回は製品が安定して生産できるまでに役立ったシニア人材ならではの知見として、おもに回路設計に関してご紹介しましたが、部品の選定や調達でも活躍したこともお話ししました。今回はその調達について、もう少し詳しくお話ししましょう。  部品を選定する際は、QCD(クォリティ・コスト・デリバリー)のバランスが重要です。一つの要素の条件がよくてもほかに課題があると事業としてうまくいきません。例えば、品質やコストの条件がよくても、納期が長いと量産スケジュールが遅延してしまい、増産の際も制約になってしまいます。あるいは、部品が安くても品質が悪ければ歩留まりの悪化による後工程のコストが発生し、市場トラブルが発生するとお客さまの信頼を損ねてしまいます。これらのバランスを考えながら部品を選定し評価する必要があります。  深谷さんに調達に入ってもらったのは、そうしたいくつかの条件に見合った部品を探すためでした。例えば、製品が要求する消費電力を実現するための電源ICを、さまざまな技術的な仕様や設置環境、予算感を理解したうえで複数のメーカーから探す、というような業務になります。  ほかの事例では、小型スピーカーだったと記憶していますが、こちらの設定した条件の性能や納期を満たす製品を探すために複数の商社にあたってもらいました。  この場合は、スピーカーという世の中にすでに出回っている既存の製品から、より低価格でより安定的に供給可能なメーカーを探す、というパターンですが、まだ世に出ていない新製品のICを「これくらいの性能がある製品が新たに販売されているから採用しては?」といったパターンで提案してもらうこともありました。海外の製品から探すことも多く、その高いアンテナ感度と情報収集力には何度も助けられました。  もちろん、深谷さんが提案した部品であってもこちらの要求仕様と購買条件が合わなければ、採用しないこともありました。相見積もりを取った結果、価格で折り合わなかったこともあります。 高度な専門知識と技術が要求される製造現場との折衝にシニア人材を活用  また、深谷さんには購買担当者としてだけでなく回路設計者としての観点で、部品選定の要件を出していただきました。例えば、設計観点として安全率※1があります。  品質の高い製品を設計するためには、製品にかかる負荷を考慮して適切な安全率を設定することが重要です。しかし、顧客環境でどのような負荷が発生するかを網羅的に予測することは私たちの知見だけではむずかしいところもありました。そんなとき深谷さんは「こういうところが危ないんじゃない?」と教えてくれるのです。  具体的には、電気的なノイズや静電気対策などでは、深谷さんの意見や知見から危険を回避できたことが何回かありました。  こうして深谷さんにはさまざまな面で量産化に貢献してもらいましたが、ほかのシニア人材にもスポット的にサポートをお願いすることはありました。  例えば、外側の筐体(きょうたい)はプラスチックの射出成形※2でつくるのですが、量産立上げ時に発生する成形不良を解決するためには、金型や成形に関する知識が必要とされるため苦労しました。  金型は金属の塊を削ってつくりますが、一度つくると簡単にはやり直すことはできず、修正する選択肢には制約が生まれます。  また、金型の温度や冷却時間などの成形条件を変えることでも成形品は変化します。成形については、あるメーカーに所属されている現役のシニア人材に入ってもらうことで問題を解決しました。製造の現場では経験豊富なさまざまなベテランの方々に、多くのことを教えていただきました。 経験からのアドバイスだけではなく最新情報にアップデートした提案  こうして量産が軌道に乗った後も、深谷さんはアドバイザーというよりは、ごく普通に当社のメンバーの一員として「手を動かして」くださいました。  私の印象では、深谷さんはものづくりがすごく好きで、現場も大好きなのだと思います。そして仕事の選り好みをしません。特に何か新しいことやチャレンジングなことを行う際には情熱を燃やすタイプです。それに加え、泥臭いというか根気のいる仕事、例えば思い通りに動作しない回路の原因を探ったり、不良品を見つけ出すといったことも率先してやってくれるのです。多分もう、「好きな仕事」といった感覚は卒業していて、より「チームのために」という発想で仕事をしているのだと思います。  特にすごいと思うのは、設計のアドバイスにしても、何か部品を選定して調達するというときも、自分の過去の記憶から出すのではなくて、つねに最新のものから探すということです。「自分が現役のときはこれを使ってたよ」といった提案はほとんどないのです。むしろ私たちも知らないような製品や技術情報をキャッチして、つねにアップデートした提案ができるというのは本当にすばらしいと思います。 つづく ※1 安全率……製品が破壊される負荷と、使用環境で想定される最大負荷の比率。荷重や電圧、曝露量などのさまざまな負荷に対して用いられる ※2 射出成形……プラスチックなどの材料を加熱して溶かし、射出口を通じて金型のなかに圧力で流し込み、望む形状の製品を作成する製造方法 写真のキャプション 量産開始時に製造した金型と実際の製品(写真提供:株式会社Photosynth) 【P50-51】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第38回 「就業機会の確保」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  就業機会の確保とは「仕事に就ける機会を確実に手に入れること」をいいますが、人事では「70歳までの就業機会の確保」と使われることが多い用語です。本稿でも高年齢者雇用に特化して説明していきます。 70歳までの就業機会の確保の選択肢はさまざま  高齢者の雇用推進や活躍できる環境整備を図るための法律として高年齢者雇用安定法※1があります。ここでは60歳以上の雇用について、大きく二つの定めをしています※2。  一つ目は、65歳までの雇用確保(義務)です。ここでは、事業主に対して60歳未満の定年禁止と65歳までの雇用確保措置を義務として実施すべきと定めています。65歳までの雇用確保については、@65歳までの定年引上げ、A定年制の廃止、B65歳までの継続雇用制度(雇用している高齢者を、本人が希望すれば定年後も引き続いて雇用する、「再雇用」などの制度)のいずれかの措置をとるべきとされています。  二つ目は、65歳から70歳までの就業機会の確保(努力義務)です。ここでは、事業主は次のいずれかの措置をとるように努めるべきことが定められています。@70歳までの定年引上げ、A定年制の廃止、B70歳までの継続雇用制度、C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入、D70歳まで継続的に社会貢献事業(事業主が自ら実施する社会貢献事業、事業主が委託・出資等する団体が行う社会貢献事業)に従事できる制度の導入の五つです。  @〜Bは65歳までの雇用確保と年齢が異なるだけで同一の内容に見えますが、Bの継続雇用については継続雇用の範囲が65歳未満は自社または特殊関係事業主(自社の子法人、親法人、関連法人等)であるのに対して、65歳以上70歳未満はこれらに加え、特殊関係事業主以外の他社も範囲に含まれます。またCDについては65歳までの雇用確保にはない選択肢です。また、@〜Bは直接雇用であるのに対して、CDは雇用はしないものの就業機会を提供するという点が異なります。特にCについては、事例としても実際に増えています。例えば、個人事業主として起業し、得意とする業務の遂行や成果に対して報酬を受け取る業務委託契約を在籍していた会社や複数の会社から得るようなケースです。なお、このような雇用によらない選択肢をとる場合、事業主には、制度に関する計画を策定し過半数労働組合などの同意を得て、計画を周知する手続きを行ったうえで、個々の高齢者と業務委託契約などを締結する創業支援等措置を実施することが求められます。 高齢者こそ柔軟な働き方が必要  働き方の選択肢が広がっている点が70歳までの就業機会の確保のポイントとなるのですが、これは高齢者雇用を考えるうえで参考となります。  70歳までの就業機会の確保が努力義務化されたのは、改正高年齢者雇用安定法が施行された2021(令和3)年4月1日からと近年のことです。しかし、ここに至るまで、65歳以降の雇用についてはニッポン一億総活躍プラン(2016〈平成28〉年)、働き方改革実行計画(平成29年)、成長戦略実行計画(2019年)など国の大きな方針を定める計画や会議などに何度も論点として出てくるため、特に今後深刻化が見込まれる人手不足解消の重要課題として考えられてきたのは間違いありません。そこで共通しているのは、高齢者の寿命や健康・身体能力の観点から高齢者の就業率は現在よりも大幅に高い水準になる余地がある、また多くの高齢者も65歳を超えても働きたいと願っているのに、高齢者が働く環境が整っていないという課題感です。一方で、体力や意欲差が大きく、介護などの事情を抱えるケースもあり、フルタイムでの働き方を一律で押しつけるわけにはいかないという実態もあります。このため、高齢者のニーズに応じた働き方ができるようにして、より多くの継続的な就業をうながしたいという意図が70歳までの就業機会の確保の選択肢が広がった背景にあります。 企業の対応状況は道半ば  最後に、70歳までの就業機会の確保に対する企業の対応状況を見ていきます。改正高年齢者雇用安定法の施行から1年以上経つ「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によると、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は27.9%(前年より2.3%増)、また、図表を参照すると66歳以上まで働ける制度のある企業のなかでも、基準該当者66歳以上の継続雇用制度という65歳以上の希望者全員を必ずしも対象としない制度を用いている会社は11.8%となっています。これらのことから改正高年齢者雇用安定法の意図する対応ができていない企業がまだまだ多いということがわかります。  この理由については、現状では「努力義務」であるため喫緊の課題とはとらえていない企業があることと、対応はしたいが健康面や働き方の観点から不安があり実行に移すのが不安という面もあると思います。後者の場合には、「70歳雇用推進事例集」((独)高齢・障害・求職者雇用支援機構〈JEED〉)※3、「シニアが輝く職場をめざして」(東京都産業労働局)などの企業における具体的な事例を参考にする、高齢者雇用の専門家であるJEEDの70歳雇用推進プランナーや高年齢者雇用アドバイザーに相談や助言・提案を受けることなどで、実施に向けた一歩がふみ出せるかもしれません。 * * *  次回は「両立支援」について解説します。 ※1 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 ※2 本連載第2回(2020年7月号)「定年」をご参照ください https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.htm ※3 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/manual.html 図表 66歳以上まで働ける制度のある企業の状況 全企業(40.7%) 定年制の廃止3.9% 66歳以上定年3.2% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度10.6% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度11.8% その他66歳以上まで働ける制度11.2% 301人以上(37.1%) 定年制の廃止0.6% 66歳以上定年0.8% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度5.1% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度15.3% その他66歳以上まで働ける制度15.3% 21〜300人(41.0%) 定年制の廃止4.2% 66歳以上定年3.4% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度11.0% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度11.5% その他66歳以上まで働ける制度10.8% ※66歳以上定年制度と66歳以上の継続雇用制度の両方の制度を持つ企業は、「66歳以上定年」のみに計上している。 ※「その他66歳以上まで働ける制度」とは、業務委託等その他企業の実情に応じて何らかの仕組みで66歳以上まで働くことができる制度を導入している場合を指す。 出典:厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」(2022年) 【P52-53】 LetLet,s Try!! オフィスでできる長生き簡単トレーニング  今回は、健康に活き活き働くための、オフィスで気軽に取り入れられる長生き簡単トレーニングを紹介します。 順天堂大学医学部附属順天堂医院健康スポーツ室 横山(よこやま)美帆(みほ) Withコロナ時代に考える「高齢者の健康二次被害」  新型コロナウイルス感染症が社会に及ぼした影響として、経済的活動にかかるものが多く報告されていますが、自粛生活の長期化で、身体活動量や社会参加が減少した結果、基礎疾患の悪化や筋肉量の低下、ストレス、認知機能の低下などの「健康二次被害」も懸念されています。 二次的な健康被害として心配されること ・糖尿病や高血圧などの持病の悪化 ・筋力低下による転倒や骨折 ・ストレスによるメンタルヘルスの悪化 ・認知機能の低下など  高齢者の場合、数週間程度の活動量の低下により、通常の活動量を維持した生活の数年分以上の筋肉量が低下するとの研究結果も示されています。バランスのよい食事と良質な睡眠に加えて、適度に体を動かすことは自己免疫力を高め、ウイルス性感染症の予防に役立つといわれています。内閣府が公表している「高齢者が感じるストレスの原因」※1では、健康上の問題が一番であり、「友人に話を聞いてもらう」、「配偶者に話を聞いてもらう」、「スポーツをする」などがストレス解消法の上位にあげられています。  身体活動が低下すると、筋肉量が低下して要介護状態になりやすいフレイル※2やロコモティブシンドローム※3につながりやすくなり、健康寿命に影響を及ぼします。「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」において、高齢者については「じっとしていないで1日40分(横になったままや座ったままにならなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分行うこと)」が推奨されています。身体活動は走ったり体操したりするだけでなく、掃除や買物に出かけること、家庭菜園などの園芸作業など、日常生活で体を動かすことも含まれます。ここでは、オフィスでできる簡単トレーニングを紹介しました。日ごろから、時間を見つけてできることから取り組んでいきましょう。 (注意)血圧の高い方や痛みがある場合は、始める前に医師に相談してください。体調が悪い場合は、無理をしないようにしてください。 ※1 内閣官房「平成8年度 高齢者の健康に関する意識調査の結果について 概要版」 ※2 フレイル……日本老年医学会において、「高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転帰に陥りやすい状態で、筋力の低下により動作の俊敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念」と定義されています ※3 ロコモティブシンドローム……日本整形外科学会において、「運動器の障害のために移動機能の低下を来した状態」と定義されています 職場でできる 下半身ストレッチ 目標 左右20秒×2セット  座りっぱなしの生活は、つねに身体を支えるために働いているももの裏側やお尻の筋肉を硬く、縮め、やがて伸びづらくします。時間を見つけて、大きな筋肉をじっくりほぐしましょう。息を止めず自然な呼吸を心がけましょう。 1 イスに座って裏もも伸ばし  イスに浅く腰かけ、片方の足を伸ばし、伸ばした方の足のつま先を立て、反動をつけず上体をゆっくり倒して20秒キープしましょう。伸ばしている足の裏ももが気持ちよく伸びていることを意識しましょう。 2 イスに座ってお尻伸ばし  イスに座り、片方の足を、もう片方の太ももの上にのせましょう。背筋を伸ばし、反動をつけず上体をゆっくり倒して20秒キープしましょう。 職場でできる 複合スクワット運動 目標 10〜15回×2〜3セット  スクワット運動はお尻、太ももの前側、後ろ側、ふくらはぎなどの下半身の筋肉すべてに効果的な運動です。ここでは、立ち上がる際に、つま先、かかとを上に伸ばすことにより「第2の心臓」と呼ばれるふくらはぎへさらにアプローチする運動となっています。 1  手をイスの背もたれにおき、足を肩幅より少し開いて立ち、つま先を30度くらい外に開きましょう。目線は前に、お尻を突き出しながら、ゆっくり腰を下ろしましょう。お尻、太ももを意識しましょう。 2  しゃがんだときと同じくらいにゆっくりと立ちあがり、最後はかかと、つま先まで伸ばしていきましょう。@Aを10〜15回、息をこらえず、自然な呼吸で動作をくり返しましょう。 NGポイント  ひざが内側に入らないようにしましょう。ひざがつま先より前に出ないようにしましょう。 【P54-55】 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 高齢者雇用に取り組む、事業主や人事担当者のみなさまへ  令和3年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業機会の確保が努力義務化されて約2年が経過し、高年齢者の戦力化について各企業の人事担当者の関心がさらに高まっています。本年度は、特に関心の高い「職場コミュニケーション」、「ウェルビーイング」、「キャリア・リスキリング」、「評価・賃金制度」をテーマとして4回にわたり開催いたします。講演や事例発表、パネルディスカッション等を実施しますので、みなさまのご参加をお待ちしています。 コミュニケーション 「人的資本経営における職場コミュニケーション〜 Z 世代からポスト団塊世代まで」 日時 令和5年10月12日(木)14:00〜16:35 〈プログラム〉 【総論】 亀田高志氏 株式会社健康企業代表、医師、労働衛生コンサルタント 【事例発表】 西川あゆみ氏 WorkWay 株式会社 取締役会長、CEAP, MRI、一般社団法人国際EAP協会 日本支部 理事、NPO法人 メンタルレスキュー協会 理事 西川幸孝氏 株式会社ビジネスリンク代表取締役、株式会社物語コーポレーション社外取締役 前川孝雄氏 株式会社FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師 【パネルディスカッション】 コーディネーター 亀田高志氏 パネリスト 事例発表企業3社 【視聴者からの質問回答】 【総括】 亀田高志氏 10月12日専用申込ページ(外部サイト) 女性社員のウェルビーイング 「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」 日時 令和5年10月19日(木)14:00〜16:35 〈プログラム〉 【総論】 芥川奈津子氏 さんぎょうい株式会社代表取締役社長 【事例発表】 小島玲子氏 株式会社丸井グループ取締役CWO(Chief Well-being Officer)専属産業医 東川麻子氏 株式会社OH コンシェルジュ代表取締役 【組織における課題】 亀田高志氏 株式会社健康企業代表、医師、労働衛生コンサルタント 【パネルディスカッション】 コーディネーター 芥川奈津子氏 パネリスト 事例発表企業2社 【視聴者からの質問回答】 【コメント】 亀田高志氏 【総括】 芥川奈津子氏 10月19日専用申込ページ(外部サイト) 全会場 参加方法:ライブ視聴(※事前申込制・先着500名) 参加費:無料 申込み方法 以下のURLへアクセスし、専用フォームからお申込みください。 https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html リスキリング 「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」 日時 令和5年10月27日(金)14:00〜16:45 〈プログラム〉 【基調講演】 「50歳からの幸せなキャリア戦略」 前川孝雄氏 株式会社FeelWorks 代表取締役、青山学院大学兼任講師 【事例発表】 浅井公一氏 NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 キャリアコンサルティング・ディレクター 岡本真治氏 旭化成株式会社 人事部 キャリア開発室長 【パネルディスカッション】 コーディネーター 大木栄一氏 玉川大学 経営学部 国際経営学科 教授 パネリスト 事例発表企業2社 【視聴者からの質問回答】 【総括】 大木栄一氏 10月27日専用申込ページ(外部サイト) 評価・賃金 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 日時 令和5年11月1日(水)14:00〜16:40 〈プログラム〉 【基調講演】 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 今野浩一郎氏 学習院大学 名誉教授 【事例発表】 小林崇氏 (株式会社NJS管理本部 人事総務部長) 杉浦由佳氏 (日本ガイシ株式会社 人材統括部 人事部長) 森田喜子氏 (TIS株式会社 人事本部人事部 人材戦略部 セクションチーフ) 【パネルディスカッション】 コーディネーター 今野浩一郎氏 パネリスト 事例発表企業3社 【視聴者からの質問回答】 【総括】 今野浩一郎氏 11月1日専用申込ページ(外部サイト) 主催 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 後援 厚生労働省、中央労働災害防止協会、特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会、一般財団法人ACCN お問合せ先 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)高齢者雇用推進・研究部普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 https://www.jeed.go.jp/ 【P56】 心に残る“あの作品”の高齢者  このコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品≠フ高齢者」を綴ります 第4回 映画『生きる』(1952年) 一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会 代表理事 平(たかひら)ゆかり  『生きる』は、巨匠・黒澤(くろさわ)明(あきら)監督の代表作として、『七人の侍』と並び世界的にも高い評価を得た作品です。物語の主人公・渡辺(わたなべ)勘治(かんじ)は、市役所に勤める市民課長。山積みの書類に囲まれて、ひたすらハンコを押すだけの無為な日々を過ごしています。「休まず、遅れず、働かず」という役人としての王道をまじめに歩んできた寡黙な初老の役人ですが、ある日末期がんで余命わずかであることを知らされます。  思いがけない医師の宣告に戸惑い、混乱し、苦悩する主人公。職場も無断で欠勤し、居酒屋で知り合った中年の男に連れられて、夜の歓楽街を彷徨(さまよ)います。そんな父親の行動が理解できず、息子夫婦にも怪訝(けげん)な顔をされてしまいます。失意の主人公にとって明るい光となったのは、屈託なくケロケロっとよく笑う市役所の若い女性職員・小田切とよでした。とよの活気あふれる姿に魅せられた主人公は、「このままでは死に切れぬ…。生きて…死にたい…。そのために、何かしたい…」とつぶやきます。そして、職場に戻りたらい回しのあげく棚上げになっていた市民陳情の小公園を造るために奔走します。その仕事ぶりは、市役所の同僚を驚かせ、助役や市の議員をも動かします。  5カ月後、完成した小公園のブランコに揺られながら、『ゴンドラの唄』を口ずさむ主人公。  「いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇あせぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを」  市民のために、未来に残る仕事を最後に成しえた主人公の眼に涙が溢れています。  余談になりますが、この『ゴンドラの唄』は、大正時代の流行り歌としても有名です。1915(大正4)年に松井(まつい)須磨子(すまこ)が演じる第5回芸術座公演『その前夜』の劇中歌として作られました。もの悲しいメロディと歌詞が相まった『ゴンドラの唄』は、現代のアニメ作品の主題歌としても使われています。アレンジはかなり違いますが、この楽曲がもつ魅力は現代にも色あせていません。また、『生きる』はノーベル賞作家のカズオ・イシグロにより2022(令和4)年にリメイクされています。  主人公が生きた時代の定年は55歳。平均寿命は60歳です。70年後の現代は、寿命も職業人生も伸び続けています。生きる時間軸が伸びた現代では、生きづらさを抱え悩む人が少なくありません。仕事や働き方の価値観も多様化しています。自分にとっての「生きる」を考えさせてくれる映画です。 「生きる<Blu-ray>」Blu-ray発売中 5,170円(税抜価格 4,700円) 発売・販売元:東宝 c 1952 TOHO CO.,LTD 【P57】 BOOKS 幸せに働くヒントが満載!シニアの「幸福な働き方」とは? 定年前と定年後の働き方 サードエイジを生きる思考 石山(いしやま)恒貴(のぶたか) 著/光文社/946円  自己評価による幸福感と年齢の関係は、U字型カーブになることが研究により指摘されているという。幸福感は、20代、30代では高いが、その後低下して40代後半で底をうち、以降は再び上昇する。身体の衰えなどさまざまな喪失を感じる高齢期に、なぜ幸福感が上昇するのか。  本書は、この疑問点にシニアが幸福に働く鍵があるとして、多数の研究結果をもとに、シニアの働き方と幸福感の関係をひもとく。そして、シニア個人の違いを尊重した「幸福な働き方」を実現する思考法のあり方を追求していく。  たとえば「SOC理論」では、喪失するからこそ新しく何かを獲得することができると考え、シニアは若いときとは違う次元の発達をしていく存在、ととらえる。この発達のためには、自らの加齢の変化に適した「選択」をすること、それに適応する「最適化」、喪失したことを補う「補償」の三つが大事だという。実践として、手術室看護師が、加齢に対応して多数の工夫をしながら仕事を続けている事例を紹介している。  そのほかの思考法についてもていねいに説き、中高年者が自らの将来の働き方を考えるヒントを提示。組織のシニアへの対応についても、多くの事例を紹介し、新たな示唆を与えてくれる。 離職率低下や生産性向上に「チャンバラ」など「あそぶ社員研修」が効果的! エンゲージメントを高めるあそぶ社員研修のススメ 赤坂(あかさか)大樹(だいき) 著/幻冬舎/990円  「エンゲージメント」は、「婚約、誓約、約束、契約」を意味する英単語で、「深いかかわりあいや関係性」を示す言葉として、ビジネスシーンでも使用され、注目されている。本書によると、「エンゲージメントとは社員の企業に対する帰属意識を表す指標で、これが高い企業は離職率の低下や生産性の向上といった、プラスの作用がもたらされる」ことがわかっているという。  しかし、米国のギャラップ社の調査によると、日本企業において「エンゲージメントが高い社員」の割合は、わずか5%とのこと。調査対象129カ国中128位と、極端に低い水準にある。  本書は、あそびを通した社員研修プログラムを提供することで、多くの企業の経営課題の解決をサポートしてきた著者が、「あそぶ社員研修」がなぜ社員のエンゲージメント向上につながるのか、そして、企業があそびによってどのように変化したかについて解説。著者が実際の研修で行っている「チャンバラ合戦」や「謎解き脱出ゲーム」などの事例をあげながら、それらが効果的な理由をひもといている。  エンゲージメントの改善は、人材難に苦しむ企業の解決策として注目されている。経営者や人事担当者に手にとってほしい一冊である。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 2022年「労働災害発生状況」  厚生労働省がまとめた2022(令和4)年の「労働災害発生状況(確定値)」によると、昨年1年間の労働災害による死亡者数(※)は774人となっており、前年(778人)と比べ4人(0.5%)減少し、過去最少となった。死亡者数を業種別にみると、最も多いのは建設業の281人(全体の36.3%)、次いで、第三次産業198人(同25.6%)、製造業140人(同18.1%)、陸上貨物運送事業90人(同11.6%)の順となっている。  次に、死傷災害(死亡災害および休業4日以上の災害)についてみると、死傷者数(※)は13万2355人となっており、前年(13万586人)と比べ1769人(1.4%)の増加となった。業種別にみると、最も多いのは第三次産業の6万6749人(全体の50.4%)、次いで、製造業2万6694人(同20.2%)、陸上貨物運送事業1万6580人(同12.5%)、建設業1万4539人(同11.0%)の順となっている。  次に、「高年齢労働者の労働災害発生状況」についてみると、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の割合は28.7%となっており、前年(25.7%)と比べ3ポイント増加した。また、60歳以上の男女別の労働災害発生率(死傷年千人率)を30代と比較すると、男性は約2倍、女性は約4倍となっている。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33256.html 厚生労働省 2024年4月から、労働者募集時等の明示事項が追加(職業安定法施行規則が改正)  職業安定法施行規則が改正され、2024年4月から、労働者の募集や職業紹介事業者への求人の申込みの際、明示しなければならない労働条件が追加される。また、手数料表等の情報は自社のホームページなどでの情報提供が認められる。 改正されるのは、次の2点。 1.労働者募集時等に明示すべき労働条件の追加  求職者に対し明示しなければならない労働条件に、以下の事項が追加された。 (1)従事すべき業務の変更の範囲 (2)就業場所の変更の範囲(*) (3)有期労働契約を更新する場合の基準(通算契約期間または更新回数の上限を含む) 2.手数料表などの情報提供の方法  有料職業紹介事業者が事業所内に掲示しなければならない左記の事項につき、当該掲示に代えて自社ホームページなどでも情報提供ができるようになる(人材サービス総合サイト上での手数料表、返戻金制度の情報提供は引き続き必要)。 (1)手数料表 (2)返戻金制度に関する事項を記載した書面 (3)業務の運営に関する規程 *「変更の範囲」とは、雇入れ直後にとどまらず、将来の配置転換など今後の見込みも含めた、締結する労働契約の期間中における変更の範囲のこと。 ◆求人企業向け  https://www.mhlw.go.jp/content/001114110.pdf ◆職業紹介事業者向け  https://www.mhlw.go.jp/content/001114111.pdf 厚生労働省 「生涯現役地域づくり環境整備事業(2023年度開始分)」の実施団体候補  厚生労働省は、「生涯現役地域づくり環境整備事業(2023〈令和5〉年度開始分)」の実施団体候補として、5団体の採択を決定した。  この事業は、2016年度より高齢者雇用対策として取組みを進めている「生涯現役促進地域連携事業」に続く事業として、2022年度より新たに実施されているもの。  働く意欲のある高齢者がその能力を発揮し活躍できる環境を整備する必要性が高まり、今後は企業内での雇用だけでなく、高齢者のニーズに応じ、地域において高齢者が活躍できる多様な雇用・就業機会を創出する取組みを促進していくことが必要とされている。そこで、地域ですでに定着している取組みとの連携を強化し、地域のニーズをふまえた高齢者の働く場の創出と持続可能なモデルづくりや、他地域への展開を推進する事業となることを目ざしている。  2023年度開始分の募集は、同年1月下旬から3月下旬にかけて行われ、有識者等からなる企画書等評価委員会により実施団体候補が採択された。採択された5団体は次の通り。 @帯広地域雇用創出促進協議会(北海道) A鷹栖町(たかすちょう)生涯現役地域づくり環境整備推進協議会(北海道) B柏市生涯現役促進協議会(千葉県) C幸田町(こうたちょう)生涯現役推進協議会(愛知県) D基山町(きやまちょう)産業振興協議会(佐賀県) ◆採択団体の事業概要  https://www.mhlw.go.jp/content/11700000/000786061.pdf 厚生労働省 2023年度エイジフレンドリー補助金  厚生労働省は、2023(令和5)年度のエイジフレンドリー補助金について公表した。この補助金は、高齢者を含む労働者が安心して働くことができるよう、中小企業事業者による高年齢労働者の労働災害防止対策やコラボヘルスなどの労働者の健康保持増進のための取組みに対して補助を行うもの。次の二つのコースがある。 「高年齢労働者の労働災害防止コース」  高年齢労働者にとって危険な場所や負担の大きい作業を解消する取組みなどに対して補助を行う。例えば、転倒・墜落災害防止対策、重量物取扱いや介護作業における労働災害防止対策など。  補助金:上限100万円・経費の1/2以内 「コラボヘルスコース」  コラボヘルスなどの労働者の健康保持増進のための取組みに対して補助を行う。例えば、健康診断結果などをふまえた禁煙指導、メンタルヘルス対策(オンライン開催、eラーニングなども含む)など。※産業医、保健師、精神保健福祉士、公認心理師、労働衛生コンサルタントなどによるもの。  補助金:上限30万円・経費の3/4以内 補助金申請受付期間:2023年10月末日まで(ただし、交付決定額が予算額に達した場合、申請期間中であっても受付は締切りになる)  詳細は、2023年度補助事業者一般社団法人日本労働安全衛生コンサルタント会の左記ウェブサイトより。  https://www.jashcon-age.or.jp 内閣府 2023年版「高齢社会白書」  内閣府は、2023(令和5)年版「高齢社会白書」を公表した。1996年から毎年政府が国会に提出している年次報告書。  2023年版は、「令和4年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況」、「令和5年度 高齢社会対策」の2部から構成されている。  第1章の高齢化の状況をみると、2022年10月1日現在、総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は29.0%となっている。  次に、「高齢期の暮らしの動向」から、高齢者世帯(65歳以上の者のみで構成するか、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)の平均所得金額(2020年の1年間の所得)についてみると、332.9万円で、全世帯から高齢者世帯と母子世帯を除いたその他の世帯の平均所得金額(689.5万円)の約5割となっている。  年齢階級別就業率の推移をみると、60〜64歳、65〜69歳、70〜74歳、75歳以上では、10年前の2012年の就業率と比較して、2022年の就業率はそれぞれ15.3ポイント、13.7ポイント、10.5ポイント、2.6ポイント伸びている。  また、「特集」として、「高齢者の健康をめぐる動向について」をテーマに、高齢者の健康や社会活動に関する調査結果などを紹介しているほか、高齢者の健康づくり・社会参加に取り組む自治体の事例などを紹介している。 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/zenbun/05pdf_index.html イベント ダイヤ高齢社会研究財団 認知症と介護離職をテーマとしたシンポジウムを開催  公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団(ダイヤ財団)は、「認知症を正しく理解し、ストップ介護離職」をテーマとしたシンポジウムを開催する。  第1部は、精神科医としての認知症に関する専門性と、訪問診療を通じた地域ケアに対する豊富な経験と見識を持つ上野(うえの)秀樹(ひでき)氏による基調講演。  第2部では、第1部の基調講演を踏まえ、上野秀樹氏と企業に勤める社員をパネリストに「ストップ介護離職4」をテーマとしたディスカッションを行う。 配信期間 2023年9月20日(水)〜2024年3月31日(日) 視聴 無料 【第1部】 基調講演「認知症の正しい理解のために」 千葉大学医学部附属病院患者支援部特任准教授、精神科医 上野秀樹氏 【第2部】 パネルディスカッション「ストップ介護離職4」 パネリスト:上野秀樹氏、江崎光希氏(キリンホールディングス株式会社)、渡辺健美氏(東京海上日動火災保険株式会社)、椿本哲也氏(明治安田生命保険相互会社) コーディネーター:佐々木晶世氏(ダイヤ財団) お申込み ダイヤ財団ホームページの財団主催シンポジウム・セミナー(https://dia.or.jp/disperse/event/)申込みフォームから。 お問合せ シンポジウム事務局(中村、佐藤) メール:sympo@dia.or.jp TEL:03-5919-3162 ※ 死亡者数、死傷者数はいずれも新型コロナウイルス感染症への罹患による労働災害を除いたもの 【P60】 次号予告 10月号 特集 高年齢者活躍企業コンテスト 厚生労働大臣表彰受賞企業事例から リーダーズトーク 平田薫さん(三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社 主任研究員) JEEDメールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 田村泰朗……太陽生命保険株式会社取締役専務執行役員 丸山美幸……社会保険労務士 三宅有子……日本放送協会 メディア総局 第1制作センター(福祉)チーフ・リード 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会副理事長 編集後記 ●今号の特集は「高齢者雇用と就業規則入門」と題し、就業規則の基礎知識をはじめ、高齢者雇用にまつわる就業規則例、同一労働同一賃金の実現に向けたポイントなどについて解説しました。  高齢者雇用にかぎらず、制度の見直しや新たな人事制度を導入するうえでは、就業規則の見直しは不可欠であり、それにともなう社員への周知・理解の促進も欠かせません。人事制度とともに就業規則の適切な見直し・作成が、労使間のトラブルの防止にもつながります。  7月号特集「新任人事担当者のための高齢者雇用入門」、8月号特集「どっちがいいの?『定年延長』と『再雇用』」とあわせてお読みいただき、高齢者雇用を推進するうえでの参考としていただければ幸いです。 ●10月は「高年齢者就業支援月間」です。10月6日に開催する「高年齢者活躍企業フォーラム」をはじめ、10月を中心に全国47都道府県で、「生涯現役社会の実現に向けた地域ワークショップ」を開催します。専門家による講演や先進企業の事例など、充実したコンテンツを用意しておりますので、ぜひご参加ください。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式ツイッターはこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー9月号No.526 ●発行日−−令和5年9月1日(第45巻 第9号 通巻526号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 境 伸栄 編集人−−企画部次長中上英二 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6216 FAX 043(213)6556 (企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.go.jp/ メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-979-8 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.331 金属を思いのままに加工し一点物のジュエリーを製作 貴金属装身具製作技能士 三塚(みつか)晴司(はるじ)さん(72歳) 「それぞれの金属の性質がわかると、形を自由自在に変化させられるようになります。自分の思い描く通りのものがつくれると楽しいですね」 約半世紀にわたり「よせもの」を手がける  金、銀、プラチナなどの貴金属や天然宝石を用いた装身具(ジュエリー)の製造法には、量産に向いた「キャスト(鋳造)」と、手作業による「よせもの(寄せ物)」がある。東京都文京区に工房を構える三塚晴司さんは、約半世紀にわたり「よせもの」を手がけてきた。合金を溶かして複数のパーツを接合する「ロウ付け」や、宝石を貴金属の枠に留める「石留め」の技術を得意とする。現在は個人の顧客からの注文に応じて製作する一点物が中心。そのたしかな技術から、「三塚さんにぜひ頼みたい」というファンも多い。  三塚さんは大分県別府市出身。実家は時計の修理業を営んでおり、工具で遊びながら育った。家業を継ぐつもりでいたが、クオーツ時計の登場で修理業は下火になってしまう。さまざまなアルバイトを経て、23歳のときにこの職業と出会い、「これこそ自分が探し求めていた仕事だ」と感じた。  就職先はジュエリーのキャストに用いる原型をつくる会社。通常、職人は指輪なら指輪など、決まった種類のものしかつくらないが、事前に独学で技能の練習をしていた三塚さんは、社長に腕を見込まれて「手作り部門」に配属。そこでさまざまなコンテストへの出展作品などを製作する機会を得たことで、幅広い技能を身につけた。  同社の製作室長を経て、1990(平成2)年に退社。自身の会社「有限会社コンプリート」を設立し、妻でジュエリーデザイナーの雅子さんとともに、顧客に喜ばれるジュエリー製作を行ってきた。2021(令和3)年には「卓越した技能者(現代の名工)」に選出された。 金属の性質を見きわめることで自在な加工ができる  素材の貴金属にはそれぞれの性質がある。例えば、プラチナは軟らかくて粘りがあるが、金はある程度まで曲げると折れてしまう。しかし、熱を加えて冷やす「なまし」を行うことで、軟らかくなり、曲げられるようになる。こうした金属ごとの性質を、経験を積んで把握することで、思うままに加工できるようになった。  取材中、銀の角棒から指輪をつくる様子を見せてもらった。バーナーでなまし、金づちなどで叩いて形を整え、ヤスリで削るなどの工程を経て、わずか15分ほどで完成。まさに金属を自在に加工する匠の技が見てとれた。なお、このように叩いてつくられた指輪は、金属の粒子が締まり、キャストでつくられた量産品と違い、指にはめたときの着け心地もよいそうだ。  また、各パーツを接着するロウ付けにも高い技術が求められる。ロウ付けは、合金のロウを溶かすことでパーツ同士を接合する。複数のパーツを組みあわせる場合、用いるロウの融点が同じだと、ロウ付けをする際に、先にロウ付けした部分のロウが溶けてパーツが外れてしまうことがある。そこで三塚さんは、金属の配合を変えて融点の異なるロウを複数つくり、融点の高いロウから低いロウへと順にロウ付けを行うことで、複雑なロウ付けでも対応できるようにしている。  こうした高い技能を持つ三塚さんのもとには、金属と竹や皮といった異素材の組みあわせや、厨子(ずし)の制作など、過去に経験のない依頼が寄せられることも少なくない。そうした注文に対して、その都度研究をしながら新たな方法を編み出すのが楽しいそうだ。 若い世代にはやりたい道を進んでほしい  三塚さんは製作にたずさわるかたわら、東京貴金属技能士会の事務局長、文京区伝統工芸会の会長などを務め、技能の振興にも取り組んでいる。東京都が実施する、若い世代が職人の指導を受けて技能の継承や後継者育成に結びつけることを目的とした「職人塾」にも長年にわたり協力してきた。また、雅子さんが主宰するジュエリー製作の教室を通じて、若手の育成も行っている。「本当に好きでやりたい若者がいれば、何としてもその道に進んでほしい」と後進にエールを送る。 有限会社コンプリート TEL:03(3942)7992 http://www.jewelry-complete.co.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 金属は熱を加えて冷やす(なまし)と軟らかく加工しやすくなり、叩くと硬くなる。なましと叩きをくり返しながら、求める形に近づけていく 23歳のときに独学でつくった作品。入社面接時に持参し、「手作り部門」に採用された 三塚さんが手がけたブラックオパールの指輪。周囲には複数のダイヤモンドが施されている ジュエリーデザイナーの妻・雅子さんと打合せをしながら、顧客に喜んでもらえるようなジュエリーのデザインを検討する 右の指輪の裏側。繊細な細工が施されているのがわかる。手作業でなければできない技だ 銀製の指輪づくりの一工程。わずか15分ほどで銀の角棒が指輪状になった 三塚さんの仕事場。所狭しとさまざまな道具が置かれている 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  運動しながら頭を使うエクササイズは、「デュアルタスク」や「コグニサイズ」などと呼ばれ、認知機能の低下を軽減することが実験的に示されています。運動をしながら心と体の健康をつくっていきましょう。 第75回 コグニサイズ  コグニサイズとは、コグニション(認知)とエクササイズ(運動)を組み合わせた名称で、認知症予防を目的とした取組みです。手軽なコグニサイズで、脳の機能を活性化させましょう。 コグニステップ その場で足ぶみしながら肩をタッチ ステップ運動+3の倍数ごとに手の動きだけストップ STEP 1 @ 足ぶみをしながら行いましょう。 STEP 2 A STEP 3 B STEP 4 手はストップ 足は足ぶみ STEP 5 C STEP 6 D STEP 7 E STEP 8 手はストップ 足は足ぶみ STEP1〜8をくり返し行いましょう! POINT ●その場で足ぶみをしながら交互に肩をさわりますが、3の倍数ごとに手の動きを一拍止めます。手と同時にステップが止まらないように気をつけましょう。 ●数字の代わりに五十音で行ったり(「あ・い・う」→「え・お・か」→「き・く・け」…)、五十音と数字を組みあわせてやってみましょう。(「1・2・あ」→「3・4・い」→「5・6・う」…) やる気と報酬  脳や身体の健康を保つために、脳トレ問題に挑戦したり、今回のコグニサイズに挑戦したりすることは、とても素晴らしいことです。しかし、最初のうちはやる気がみなぎっていたのに、だんだん億劫になってしまう、いわゆる「三日坊主」の経験はないでしょうか。  私たちが「やる気」と呼ぶ活力を生んでいるのは、大脳基底核(だいのうきていかく)の一部である線条体(せんじょうたい)という部位です。線条体の働きは「行動」と「報酬」を結びつけることです。「○○をするとよいことがあった」という経験を蓄積した線条体は、あらゆる行動に対して報酬の有無を予測します。  ここでいう報酬とは、物理的なモノだけをさすのではありません。他者からほめられたり、自分自身が「楽しい!」、「できた!」と感じたりすることも報酬として学習します。そして、報酬が得られると判断した行動を前にすると線条体が活性化し、「やる気」がでるのです。  「なんだかやる気が出ない…」というときは、自分で自分をほめる「自己報酬」をうまく使うとよいでしょう。 篠原菊紀 (しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2023年9月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価 503円(本体458円+税) 高齢者雇用に取り組む事業主のみなさまへ 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 地域ワークショップ  高年齢者雇用にご関心のある事業主や人事担当者のみなさま!令和3年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法に基づき、高年齢者の活躍促進に向けた対応を検討中の方々も多いのではないでしょうか。  JEEDでは各都道府県支部が中心となり、生涯現役社会の実現に向けた「地域ワークショップ」を開催します。事業主や企業の人事担当者などの方々に、高年齢者に戦力となってもらい、いきいき働いていただくための情報をご提供します。  各地域の実情をふまえた具体的で実践的な内容ですので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 高年齢者就業支援月間の10月を中心に各地域で開催 カリキュラム(以下の項目などを組み合わせ、2〜3時間で実施します) 専門家による講演【70歳までの就業機会の確保に向けた具体的な取組など】 事例発表【先進的に取り組む企業の事例紹介】 ディスカッション など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) 開催スケジュール 下記の表をご覧ください(令和5年9月1日現在確定分) ■開催スケジュール 都道府県 開催日 場所 北海道 10月27日(金) 北海道職業能力開発促進センター 青森 10月12日(木) デーリー東北新聞社 岩手 10月26日(木) いわて県民情報交流センター(アイーナ) 宮城 11月10日(金) 宮城職業能力開発促進センター 秋田 10月19日(木) 秋田県生涯学習センター 山形 10月24日(火) 山形国際交流プラザ(山形ビッグウイング) 福島 10月17日(火) 福島職業能力開発促進センター 茨城 10月20日(金) ホテルレイクビュー水戸 栃木 10月24日(火) とちぎ福祉プラザ 群馬 10月31日(火) 群馬職業能力開発促進センター 埼玉 10月12日(木) さいたま共済会館 千葉 10月11日(水) ホテルポートプラザちば 東京 10月16日(月) 日本橋社会教育会館 神奈川 11月17日(金) かながわ労働プラザ 新潟 10月17日(火) 朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンター 富山 10月27日(金) 富山県民会館 石川 10月13日(金) 金沢市異業種研修会館 福井 10月11日(水) 福井県中小企業産業大学校 山梨 10月26日(木) 山梨職業能力開発促進センター 長野 10月17日(火) ホテル信濃路 岐阜 10月17日(火) じゅうろくプラザ 静岡 10月19日(木) 静岡県コンベンションアーツセンター「グランシップ」 愛知 10月24日(火) 名古屋市公会堂 三重 10月18日(水) 四日市市文化会館 都道府県 開催日 場所 滋賀 10月30日(月) 滋賀職業能力開発促進センター 京都 10月16日(月) 京都経済センター 大阪 10月12日(木) 大阪府社会保険労務士会館 兵庫 10月26日(木) 兵庫県中央労働センター 奈良 10月27日(金) ホテル・リガーレ春日野 和歌山 10月13日(金) 和歌山職業能力開発促進センター 鳥取 10月27日(金) 倉吉未来中心 島根 10月18日(水) 松江合同庁舎 岡山 10月12日(木) 岡山職業能力開発促進センター 広島 10月27日(金) 広島職業能力開発促進センター 山口 10月26日(木) 山口職業能力開発促進センター 徳島 10月19日(木) 徳島県JA会館 香川 10月18日(水) 香川県立文書館 愛媛 10月20日(金) 愛媛職業能力開発促進センター 高知 10月17日(火) 高知職業能力開発促進センター 福岡 10月25日(水) JR博多シティ 佐賀 10月17日(火) 佐賀市文化会館 長崎 10月26日(木) 長崎県庁 熊本 10月25日(水) くまもと県民交流館 パレア 大分 10月16日(月) トキハ会館 宮崎 10月31日(火) ニューウエルシティ宮崎 鹿児島 10月24日(火) 鹿児島サンロイヤルホテル 沖縄 10月12日(木) 沖縄県労働局 各地域のワークショップの内容は、各支部高齢・障害者業務課(65ページ参照)までお問い合わせください。 上記日程は予定であり、変更する可能性があります。 変更があった場合は各都道府県支部のホームページでお知らせします。 jeed 生涯現役ワークショップ 検索 2023 9 令和5年9月1日発行(毎月1回1日発行) 第45巻第9号通巻526号 〈発行〉独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会