知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第88回 定年後再雇用時の労働条件変更、試し勤務における従業員の協力義務 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 定年後再雇用契約時に就労条件を変更したうえで、賃金を減額することに問題はないのでしょうか?  定年後再雇用の契約について、業務の内容や責任の程度を変更したうえで、それをふまえて賃金を減額する内容で定年後の労働条件を提示しました。労働者から、納得ができないという意見が出されたのですが、納得できるまで条件を引き上げる必要があるのでしょうか。 A  使用者には、同一労働同一賃金の規定に違反しないような合理的な裁量の範囲であれば、労働条件が下がるような提示が許されないわけではありません。ただし、大幅な引下げに対しては、引き下げることを正当化できる合理的な理由が求められる場合があります。 1 定年後再雇用時の労働条件について  定年後に継続雇用する制度を導入し、再雇用を行う場合、厚生労働省は、「合理的な裁量の範囲」の条件を提示していれば、高年齢者雇用安定法の違反にはならないとの見解を公表しています。ただし、継続雇用をしないことができるのは、解雇事由または退職事由と同一の範囲に限定されていることに留意する必要もあります(「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」参照)。  同指針においては、継続雇用後の賃金については、継続雇用されている高齢者の就業の実態、生活の安定等を考慮し、適切なものとなるよう努めること、といった方針も示されています。労働条件変更の提案自体が禁止されているわけではありませんが、継続雇用対象者に対して、合理的な裁量の範囲としてどの程度の提示が許容されるのかは悩ましい問題です。 2 労働条件の提示に関する裁判例について  学究社事件(東京地裁立川支部平成30年1月29日判決)においては、継続雇用に関する条件の提示の仕方、それに対する返答などから、継続雇用が成立しているのか、成立しているとしていかなる労働条件となるのか、それが同一労働同一賃金に反するものではないか(合理的な裁量の範囲内であるか)などが争われました。  労働者からは、定年前の賃金と継続雇用後の賃金の差額の支払いを求め、理由としては、継続雇用の契約を締結したものの、その賃金について定年前と同額で合意したと主張しており、使用者は、勤務形態を変形労働時間制から時間単位の勤務とし、賃金の計算方法を時給に変更(変更後は定年前の30%から40%が目安)したうえで提示しており、当該条件にしたがうべきと反論していました。  使用者からは、書面を用いて継続雇用後の労働条件を説明したものの、労働者はこれに応じるとは回答せず、再雇用契約書には署名押印をしていませんでしたが、定年退職後も使用者から指定される時間に勤務する状況が続いていました。  原告は、変更の合意がないかぎりは従前の労働契約が継続しているという趣旨の主張をしていましたが、裁判所は、「原告と被告との間の再雇用契約は、それまでの雇用関係を消滅させ、退職の手続をとった上で、新たな雇用契約を締結するという性質のものである以上、その契約内容は双方の合意によって定められるもの」として、定年退職前の労働契約は終了していることを前提とした判断をしています。  また、提示した労働条件が同一労働同一賃金について定めた規定(当時の労働契約法20条)に違反するものではないかという点については、業務の内容や責任の程度に関連して、「定年前は専任講師であったのに対し、定年後の再雇用においては時間講師であり…勤務内容についてみても、再雇用契約に基づく時間講師としての勤務は、原則として授業のみを担当するものであり、例外的に上司の指示がある場合に父母面談や入試応援などを含む生徒・保護者への対応を行い、担当した授業のコマ数ないし実施した内容により、事務給(時給換算)が支給されるもので…再雇用契約締結後は、時間講師として、被告が採用する変形労働時間制の適用はなく、原則は、被告から割り当てられた授業のみを担当するもの」と判断し、業務の内容および責任の程度に差があることを認め、「定年退職後の再雇用契約と定年退職前の契約の相違は、労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して不合理であるとはいえず、労働契約法20条に違反するとは認められない」と結論づけました。  変形労働時間制の適用を受けなくなることが考慮されていることは、特徴の一つであり、労働時間制度の変更が業務内容や責任の程度の差異として評価されることは参考になります。  九州惣菜事件(福岡高裁平成29年9月7日判決)においても、継続雇用時の労働条件の提示が合理的な裁量の範囲内であるかが争点とされました。  この事案では、「有期労働契約者の保護を目的とする労働契約法20条の趣旨に照らしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、有期労働契約に転換したことも事実上影響して再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されない」ことを前提として、「フルタイムを希望したのも、長時間労働することが目的ではなく主に一定額以上の賃金を確保するためであると解される。…本件提案の条件による場合の月額賃金は8万6400円(1カ月の就労日数を16日とした場合)となり、定年前の賃金の約25パーセントに過ぎない。この点で、本件提案の労働条件は、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。したがって、本件提案が継続雇用制度の趣旨に沿うものであるといえるためには、そのような大幅な賃金の減少を正当化する合理的な理由が必要である」としており、労働者の意に沿わない条件の提示に対して厳しい判断がなされています。  正当化する合理的な理由を判断するにあたって、「担当業務の量が本件提案において大幅に減ったとまではそもそもいえないこと…定年退職を機にその担当業務を本件提案の内容に限定するのが必然であったとまではいえないこと」を考慮して、「本件提案によった場合の労働時間の減少…が真にやむを得ないものであったと認めることはできない。そうすると、月収ベースの賃金の約75パーセント減少につながるような短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由があるとは認められない」と結論づけました。  賃金など労働条件の引下げについては、同一労働同一賃金による規制もふまえて、業務の内容や責任の程度の変更を意識しつつ、定年前と比較した労働条件の不利益な変更に見合うだけの合理的な理由が求められることに注意が必要です。 Q2 休職していた従業員が、復職に向けた試し勤務を拒否しています  精神疾患で長期休職していた従業員が復職を希望しています。会社としては就業規則の規定にしたがって従業員に試し勤務を指示したところ、従業員が試し勤務を拒否しています。拒否は許されるのでしょうか。 A  従業員は、復職の可否の判断に際して会社に協力する義務を負います。そのため、試し勤務を命じる必要性・合理性があり、従業員において試し勤務を拒否すべき合理的な理由がない場合には、従業員は試し勤務命令を拒否できないと考えられます。 1 試し勤務について  近年、メンタルヘルスの不調によって休職する労働者が増加しているとされています。実際、厚生労働省の「労働安全衛生調査」によれば、過去1年間でメンタルヘルスの不調で休職した労働者がいる事業所の割合は、2022(令和4)年の10.6%から、2023年は13.5%へと上昇しています。  メンタルヘルスの不調による休職は、ほかの疾病に比して、復職の可否の判断、すなわちメンタルヘルス不調が回復しているかどうかの判断がむずかしいとされています。そこで、会社においては、試し勤務(「試し出勤」、「リハビリ勤務」、「トライアル勤務」などと呼ばれることもあります)の制度が用いられることがあります。  試し勤務中の賃金請求権の有無については、試し勤務の実態に応じて判断されることになります。すなわち、試し勤務中は、読書や身の回りの整頓のみを行わせるなどして、会社の業務に従事させないようにした場合には、賃金請求権は発生しないとされています。他方で、試し勤務中に会社の業務を命じて遂行させた場合には、仮に休職期間中は無給とする旨を就業規則で定めていた場合でも、賃金請求権は発生すると考えられています。指揮命令下における業務遂行の有無によって判断が分かれることになります。 2 そもそも休職とは  休職とは、労働者を就労させることが不適切な場合に労働契約関係を存続させつつ就労を免除または禁止することをいうとされています。このうち、労働者が就労不能となってもただちに解雇せずに一定期間の欠勤を認めるものを傷病休職といいます。メンタルヘルス不調での休職もこれにあたります。  休職の趣旨は、解雇の猶予にあるといわれることもあります。労働契約は、労働者が使用者に対して労務を提供する義務を負い、他方で使用者が労働者に対して賃金を支払う義務を負う、いわゆる双務契約と呼ばれる契約類型になります。そのため、労働者が心身の不調をきたしてしまった結果、労務提供をできない状態というのは、法的には、労働者に債務不履行(契約違反)がある状態となり、契約の解消事由(解雇事由)を構成することになります。もっとも、ただちに債務不履行に基づく労働契約の解消を行うのではなく、労働者を一定期間休ませることにより心身の不調の回復の機会を設けるということです。  そのため、通常、休職期間は永久に続くものではなく、就業規則上、在籍期間や疾病の種類に応じて一定の期間に限定されています。そして、就業規則においては、休職期間満了時に復職できない場合には自然退職となる旨の規定が置かれていることが一般的です。そのため、メンタルヘルス不調による休職の場合、休職期間満了時までにメンタルヘルスの不調が回復しない場合には、自然退職として処理することが検討されることになります。 3 復職判断の基準について  休職期間の満了が近づいたり、従業員から復職の申出があれば、会社は復職の可否を判断することとなります。復職の可否は会社が判断する事項であるところ、各会社の規定や運用にもよりますが、一般的には、主治医との面談、産業医の診察結果、試し出勤の結果などを考慮して判断することになります。  復職の可否は、疾病が「治癒」しているか否かによって判断されることになります。治癒とは、従前の職務を通常程度に行える健康状態に復したことをいうのが原則ですが、それに至っていない場合でも、相当期間内に傷病が治癒することが見込まれ、かつ、当人に適切でより軽易な作業が現に存在する場合には、使用者は傷病が治癒するまでの間、労働者をその業務に配置するべき信義側上の義務を負い、このような配慮をせずに労働者を解雇または退職とした場合には、解雇または退職が無効と判断される可能性があります。  そのため、会社としては、従業員が従前の職務を通常行える程度の健康状態に回復していない場合であっても、従業員に治癒の可能性がある場合には、従事させることが可能な軽易な業務がないかといった点に関して、慎重に検討する必要があります。 4 従業員における会社の復職判断への協力義務  上述の通り、会社としては、@従前の職務を通常程度に行える健康状態に復したかといった点だけでなく、A復していないとして、相当期間内に傷病が治癒する見込みがあるか、B見込みがあるとして当人に適切な軽易な業務がないかといった点までも判断する必要があります。そのためには、会社は、従業員の状態を正確に把握することが必要です。それでは、従業員には協力義務はあるのでしょうか。  日本硝子産業事件(静岡地裁令和6年10月31日判決)は、「復職の要件である治癒とは、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したときを意味し、それに達しない場合には、ほぼ平癒したとしても治癒には該当しない。もっとも、当初、軽作業に就かせれば、ほどなく通常業務に復帰できる場合には、使用者に、そのような配慮を行うことが義務付けられる場合もあるというべきである」としたうえで、「治癒の認定手続きが就業規則に定められていなくても、治癒の主張をする労働者には、会社による治癒の認定ができるように協力する義務があると解すべきである」として、労働者における会社の復職の可否の判断についての協力義務があることを判示しています。  また、同裁判例は、従業員が試し勤務を拒否したことについて、「長期間にわたって休職したことが認められ、試し勤務を命じる必要性や合理性はあったものと認められる。被告の(試し勤務の給料を…最低賃金…とする)提案は、暫定的なものであったことなどからすると、会社の提案を理由に、甲による試し勤務の拒否を正当化することはできない。甲は、正当な理由なく、会社による治癒の認定ができるように協力する義務を怠ったものであるから、休職から復職させなかったことについて、被告の債務不履行又は不法行為が成立するとはいえない」と判示しています。  したがって、試し勤務を命じる必要性・合理性があり、従業員において試し勤務を拒否すべき合理的な理由がない場合には、従業員は試し勤務命令を拒否できないと考えるべきでしょう。