“学び直し”を科学する  定年退職後を見すえて、あるいは「生涯現役」に向けて、さまざまな資格の取得にチャレンジするミドル・シニアの方々が増えています。“学び直し”について、科学的な見地から解説する本連載の5回目は、「資格取得のための計画的な学び方」をテーマに、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、「大人脳」の特徴を活かした試験合格法などについて、解説していただきます。 第5回 資格取得のための計画的な学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 「資格取得」で新しい学び 認知症予防にも効果  ミドル・シニアの方々が資格取得を目ざし、新しい学びを始めるということは、脳にとっても大きなプラスになります。例えば語学。新しい言葉は左脳を刺激し、認知症の予防にもとても効果的です。さらに、学びによって人間関係が広がるということも、たいへん重要だと私は思っています。ミドル・シニアにとって「孤立しない」ということは、きわめて大切なポイントになるのです。  私自身も50代から、それまでは行ったことがなかった国際学会に参加するようになり、大きな衝撃を受けました。例えば最近では、睡眠、アルツハイマー病、ADHD(注意欠如・多動症)に関する三つの国際学会に行っていますが、各学会とも集まる人や組織、それぞれに目的としていることが異なるので、目ざす思想やアプローチも大きく違っています。そこに大きな発見があり、ものすごくおもしろいのです。年を重ねれば重ねるほど、新しい学び、新しい人間関係から刺激を受けるべきだと思いますし、そうすることで人生の価値も高まっていくのだと思います。 「運動系脳番地」で脳を活性化 明確な「行動計画」がポイント  前回※でも説明しましたが、脳には、機能ごとに分類した八つの脳番地があります。資格取得のための勉強を始めようとするのなら、まずは「運動系脳番地」を意識するのが効果的です。運動系脳番地は、手・足・口など、体を動かすこと全般にかかわる部分で、ほかの脳番地を発火させるトリガー(引き金)的な機能があります。脳の中で長期記憶をになう海馬ともつながりやすいため、記憶向上のためには、運動系脳番地は欠かせません。  運動系脳番地は、運動をすることで機能しますが、それ以外でも「行動計画」を立てることで活性化するという特徴があります。運動系脳番地は、「運動企画」という分野が大きな領域を占めており、この領域はスケジュールを組んだり、計画を立てたりすることで働くのです。  また脳は、時間軸がはっきりしていると働きやすくなります。逆に、スケジュールがざっくりであればあるほど、脳は動き出しません。資格試験合格を目ざす場合は、自分の「持ち時間」を明確にするところから始めるのが効果的で、試験日が決まっている場合はまず、勉強にどのくらい時間が使えるのか把握しましょう。例えば、土日が休みの会社員だと、「平日の勉強時間×日数+土日の勉強時間×日数=総勉強可能時間」といった具合です。 計画は100日単位 モチベーション維持に有効  「持ち時間」が明確になったら次は、具体的なスケジュールの作成です。試験日まで半年から1年ほどある場合などは特に、その間のモチベーション維持が課題になると思います。計画倒れにならないよう、モチベーションを維持しつつ、脳が働きやすいようにするためには、「100日単位」のスケジュールがおすすめです。  「100」という数字は具体的にイメージがしやすく、脳にも馴染みがあるというのがポイントです。不思議なことに、これが例えば「120」になると、「20」が余計な要素になり、脳へのアクセスが悪くなるのです。  試験まで1年であれば、65日+100日+100日+100日で考えるようにします。大まかな1年の流れを紹介すると、次の通りです。 ▽勉強スタート時→模擬テスト実施で試験の出題形式と自分の現在の理解度を把握 ▽最初の65日→脳のベースアップ、勉強内容との親密度アップ ▽1回目の100日→テキストの全範囲履修 ▽2回目の100日→模擬テスト、スコアを基にしたカテゴリー学習を実施 ▽最後の100日→模擬テスト、「あいまい」「できない」を得点に結びつける学習を実施 週末2時間勉強するより毎日10分・12日間  勉強を始めるにあたっては、まず脳の「準備運動」で脳のベースアップを図ることが重要です。具体的には、「睡眠」、「運動」、「規則正しい生活」を心がけることが、脳の基礎体力強化につながります。そしてもう一つ大切なのが、これから行う勉強に対して、わくわくした気持ちで向き合えるようにすることです。例えば関連する分野の人がしていることを見る、著作を読むなどして、勉強内容との親密度を高めていきましょう。  実際にテキストで勉強を進めるときは、最初のページから始める必要はありません。参考書をパラパラとめくって、興味が持てるところから始めましょう。勉強内容との親密度が高まっていれば、何かしら興味の持てる内容があるはず。そこからスタートし、興味の幅を広げていくようにするのが効果的です。  勉強で課題になることの一つが、時間の確保ですが、週末に2時間勉強するよりも、10分の勉強を12日間続ける方が望ましいといえます。さらに勉強するなら朝がおすすめです。朝に情報や知識を取り入れることで、脳が活性化し、日中や夕方以降まで学習力が高まります。 「なぜできたのか」の分析を計画には「ごほうび」も  試験範囲を一通り履修した後は模擬試験で、「確実にできる」、「できる」、「あいまい」、「できない」と、テーマごとにスコアをつけていきます。そのうえで最初にすべきなのが、「なぜできないか」ではなく、「なぜできたのか」の分析です。なぜできたのか、自分なりに分析する練習を重ねると、なぜできないかも分析できるようになります。それによって最終的に、「あいまい」、「できない」を「できる」に近づければ、合格も近づくでしょう。  計画を完遂するためには、やはり日々を楽しく過ごすことも重要です。長期目標には、ごほうびも重要なので「ここまでやったら旅行する」とか「旅行先で学ぶ」など、楽しく学べるよう、脳が喜ぶ「ごほうび」を計画に盛り込んでみましょう。 (取材・文 沼野容子) ※ 本連載の第4回(2025年9月号)は、当機構(JEED)ホームページからもお読みいただけます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202509/index.html#page=48