新連載 ジョブ・クラフティング JOB CRAFTING 入門 釧路公立大学 准教授 岸田(きしだ)泰則(やすのり)  働く人が、自ら仕事に対する認知や行動を変えることで、仕事をやりがいのあるものへと変える手法「ジョブ・クラフティング」。役職定年や定年後再雇用により、それまでの業務や役割が変更となり、モチベーションの低下が懸念されるシニア世代のパフォーマンスの向上に向け、ジョブ・クラフティングは効果的といわれています。本企画では、ジョブ・クラフティングの基礎知識について、釧路公立大学の岸田泰則准教授に解説していただきます。 第1回 1 はじめに  みなさんは「この仕事、もう少し自分らしくできないかな」と思ったことはありませんか。ちょっとした工夫で仕事の景色が変わり、昨日まで退屈だった作業をやりがいあるものに変えることができます。こうした「仕事を自分に合わせてつくり直す工夫」のことを、いま「ジョブ・クラフティング」と呼び、注目が集まっています。本稿では、ジョブ・クラフティングの意味や方法、効果などをわかりやすく紹介します。 2 ジョブ・クラフティングの定義  ジョブ・クラフティングとは、「働く人一人ひとりが、仕事や人間関係に主体的に変化を加え、自分にとってよりよい仕事経験に変えるプロセス」(高尾、2024)★1です。この概念は、Wrzesniewski & Dutton(2001)★2が提唱したもので、従業員を受け身で仕事を遂行する存在ではなく、自ら仕事を形づくる能動的な存在としてとらえる点に特徴があります。  ジョブ・クラフティングは、「業務クラフティング」、「関係性クラフティング」、「認知的クラフティング」と大きく三つの形態に分類されます。 ・業務クラフティング……仕事の内容ややり方を工夫することです。例として、エンジニアがプロジェクトのために同僚に技術を教えるといった行動があげられます。 ・関係性クラフティング……仕事における人間関係の質や範囲を工夫することです。美容師が客との会話を通じて信頼関係を築くことなどが該当します。 ・認知的クラフティング……自分の仕事のとらえ方や意味づけを変えることです。例えば、病院の清掃員が「自分は医療行為を支えている」と認識するようなことなどです(Wrzesniewski & Dutton,2001)。 3 ジョブ・クラフティングの具体例  ジョブ・クラフティングは決して理論上の概念だけではなく、実際の職場で広く見られる行動です。例えば、テーマパークの清掃スタッフは、「きつい・きたない」といった2K職場と呼ばれる仕事を、「お客さまを保護する」、「快適な空間をつくる」という誇りある仕事へと意味づけています。こうした認知的クラフティングにより、スタッフは笑顔で業務に取り組み、結果的に顧客満足度の向上にもつながっています。  また、新幹線の清掃を担当する株式会社JR東日本テクノハートTESSEIのスタッフは、清掃を単なる作業としてではなく「お客さまの旅を盛り上げる劇場のキャスト」ととらえています。この事例は、仕事の意味づけを変えることで新たな誇りを得た典型的なジョブ・クラフティングの実例です。 4 ジョブ・クラフティングの効果  ジョブ・クラフティングは、従業員の心理的・身体的健康や組織成果に多大な影響を及ぼすことが、研究を通じて明らかになっています。具体的には以下のような効果が報告されています。  第1に、エンゲイジメントの向上に寄与します。ジョブ・クラフティングにより、仕事に没頭し、活き活きと働く状態を高めることができます。  第2に、パフォーマンスの向上につながります。従業員が主体的に工夫することで、組織全体のパフォーマンスも向上する可能性があります。  第3に、ウェルビーイングを上昇させることができます。ジョブ・クラフティングにより、ストレスが軽減され、活力や幸福感が増すことが報告されています。図表に示すように、多くの研究でジョブ・クラフティング介入プログラムにより参加者のエンゲイジメントや職務満足度が高まることが示されています。 5 ジョブ・クラフティングが注目される背景  ジョブ・クラフティングが近年特に注目を集めているのは、次に説明する社会的・組織的背景があるためです。  第1に、組織と個人の関係性が変化していることがあげられます。従来のように組織がキャリアを一方的に設計する時代は終わり、個人が自律的にキャリアを形成する必要性が高まっています(高尾、2023)★3。そのなかで、自ら仕事を再設計するジョブ・クラフティングは重要な意味を持ちます。ジョブ・クラフティングは、自分のキャリアを主体的に築く有効な手段となるのです。  第2に、「VUCA(ブーカ)※」などと巷(ちまた)ではいわれていますが、変化の激しい時代に対応する必要があります。市場の変化が激しいなかで、トップダウンの指示だけでは十分な対応ができません。現場で働く従業員が柔軟に職務を見直すことが必要とされています。ジョブ・クラフティングは、現場発の柔軟な対応を可能にする手法として注目されています。  第3に、経営・人事課題への解決策としての期待です。日本企業の従業員のエンゲイジメントは、国際比較調査においてもつねに最低レベルに位置しています。エンゲイジメントは「仕事に対するポジティブで充実した心理状態」を意味しています。日本企業の従業員は海外と比べ、仕事にポジティブな心理状態にはなく熱意が不足していることを多くの調査は示唆しています。そのため、多くの企業でエンゲイジメントの向上が経営・人事課題として取り上げられています。近年、その解決策として、ジョブ・クラフティングの実践を試みる企業が増えてきました。  あるいは、健康経営といった課題にもジョブ・クラフティングは有効なアプローチとして期待されています。なぜならば、ジョブ・クラフティングの実践により仕事と自分のミスフィット感を軽減できたり、仕事に意義を見つけることができるようになり、それがメンタルヘルスの維持・向上につながるからです。 6 ジョブ・クラフティングは巷にあふれている  ジョブ・クラフティングの考え方は、じつは私たちの日常の働き方や意識のなかにすでに広く浸透しています。一田(いちだ)(2015)★4がジョブ・クラフティングという言葉を使わずに、ジョブ・クラフティングの核心を突いた説明をしていますので、紹介します。「いまの仕事には、きっともうひとつの方法がある」という発想は、まさにジョブ・クラフティングそのものです。与えられた仕事をそのまま受け取るのではなく、自分なりの工夫を加えることで、同じ仕事がまったく異なる意味や魅力を帯びることがあります。  ここで重要なのは、どのような仕事にも「A面」と「B面」があるという点です。A面とは自分が本当にやりたいこと、B面とはできれば避けたいと思うことです(一田、2015)。多くの人はB面の存在に目を奪われがちですが、ジョブ・クラフティングを通じて、B面の仕事をA面に近づける工夫を行うことが可能です。例えば、単調に思える事務作業でも、顧客にとっての利便性を意識したり、同僚との連携の場として活用したりすることで、新たな意味づけが可能になります。  さらに、「『いい仕事』の定義を自分で決めてよい」(一田、2015)という視点は大きな転換点になります。従来は「上司や会社が評価する基準」が仕事の良し悪しを規定していました。しかし、自分自身が「このやり方は自分らしい」、「この工夫は価値がある」と実感できれば、それがその人にとっての「いい仕事」となります。この主体的な解釈が、働きがいの源泉となり、長期的なモチベーションを支えるのです。  また、「やりたいのにブレーキを踏んでいるのは自分自身」(一田、2015)という言葉は、ジョブ・クラフティングに取り組むうえでの心理的障壁を端的に表しています。自分にしかできない工夫や、自分らしい働き方を形にすることは、往々にして周囲との摩擦や評価への不安をともないます。しかし、勇気を持って一歩踏み出すことで、仕事は「他人事(ひとごと)」から「我が事」へと転換し、働く意味が大きく変わっていきます。 7 シニア社員とジョブ・クラフティング  筆者が特に関心を持つのは、シニア社員におけるジョブ・クラフティングの重要性です。シニア社員は豊富な経験や知識を持ちながらも、加齢にともなう身体的制約や組織内での役割縮小に直面することがあります。こうした状況において、ジョブ・クラフティングはキャリアを持続的に発展させる有効な手段となります。  例えば、シニア社員が自身の専門知識を若手に伝授することは、単なる業務遂行を超えた「教育者」としての役割を見出すことにつながります。また、社外のネットワークを活用して新たな活動を始めることで、セカンド・キャリアを形成することも可能です。こうした取組みは、サステナブル・キャリア(持続可能なキャリア)の実現にもつながっていきます。  ジョブ・クラフティングの実践は、定年後の活躍にも大きく貢献します。仕事に自ら工夫を加え、役割を再定義する経験を積むことは、定年後の転身や再雇用の場面で、新しい職場環境にスムーズに適応する力につながります。  さらに重要なのは、ジョブ・クラフティングが「働く意味づけ」を変える点です。定年後には役職や肩書きが外れることで、自己の存在価値を見失うシニアも少なくありません。しかし、現役時代から「自分なりの仕事の意味」を見出してきた人は、再雇用後や転職先でも「ここでも自分らしい役割をつくり出せる」と前向きに適応できます。  このように、ジョブ・クラフティングは単なる現役時代の工夫にとどまらず、セカンド・キャリアを活き活きと過ごすための基盤となるのです。 8 おわりに  ジョブ・クラフティングは、個人の自発的な工夫だけでなく、組織が支援することでより大きな効果を発揮します。近年では、ジョブ・クラフティングをうながす研修やワークショップが企業などで導入され、一定の成果が報告されています。また、デジタル化の進展によりリモートワークや副業が広がるなかで、働き手が自ら仕事の枠組みを再設計する必要性はいっそう高まっています。  ジョブ・クラフティングは、働く人が主体的に仕事を再構築し、よりよい働き方を実現するための営みです。その実践は、個人の幸福感や健康を高めると同時に、組織のパフォーマンス向上や持続的な成長にもつながります。  そして何よりも、ジョブ・クラフティングは自分の経験や強みを再確認する貴重な機会となります。特にシニア社員にとっては、これまでの知識や人脈を活かしながら「いまの自分だからできる工夫」を見つけることが、これからのキャリアを前向きに築く礎となります。企業にとっても、シニア社員が活き活きと働き続けられる環境を整えることは、人材不足を補うだけでなく、多世代が学び合う豊かな組織文化の醸成につながります。  ここまでお読みくださったみなさんも、ぜひ日々の仕事をふり返り、「小さな工夫」を一つ探してみてください。その一歩が、自分らしい働き方を形づくる第一歩になるはずです。ジョブ・クラフティングは、現場からの自発的な工夫を尊重し、多様な働き方を支える基盤として、今後ますます重要性を増していくでしょう。 【参考文献】 ★1 高尾義明(2024)『50代の幸せな働き方―働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』ダイヤモンド社 ★2 Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of Management Review, 26(2), 179-201. ★3 高尾義明(2023)「ジョブ・クラフティングとは」『看護管理』, 376, 1052-1055. ★4 一田憲子(2015)『「私らしく」働くこと―自分らしく生きる「仕事のカタチ」のつくり方』マイナビ ※VUCA……「Volatility(変動性)」、「Uncertainty(不確実性)」、「Complexity(複雑性)」、「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった言葉。未来の予測がむずかしく、不確実な状態であること 図表 ジョブ・クラフティングの効果 いきいき活力 ジョブ・クラフティング 健康 パフォーマンス ストレス 社員の力も健康もアップ 出典:島津明人・櫻谷あすか(2019).『ジョブ・クラフティング介入プログラム』.p.7.スライド4を筆者が加筆修正