Leaders Talk リーダーズトーク No.126 企業の成長に不可欠なジェンダー格差の解消 各種人事制度を見直し、公正な評価の導入を 聖心女子大学 現代教養学部人間関係学科 教授 大槻奈巳さん おおつき・なみ 専門は労働とジェンダー、女性のキャリア形成。文部科学省・女性の多様なチャレンジに寄り添う学びと社会参画支援に関する有識者会議座長をはじめ、行政や自治体の有識者会議委員を歴任。  ダイバーシティの推進により、高齢者だけではなく、女性や障害者を含め、さまざまな人材の活用が進んでいる一方で、職場には依然としてジェンダー格差があるといわれています。人生100年時代を迎え、生涯現役で働くことが求められるなかで、職場のジェンダー格差はキャリア形成にも大きな影響を与えます。今回は、労働とジェンダーを専門とする聖心女子大学の大槻奈巳教授に、職場におけるジェンダー格差がキャリア形成に与える影響について、お話をうかがいました。 国際的に低い日本のジェンダー指数 正社員としての働き方がその要因に ―大槻さんは、長年にわたってジェンダーの研究をされていますが、もともと民間企業に就職し、結婚後にアメリカで社会学を学ぶなど、ユニークなキャリアを歩まれているそうですね。 大槻 私が若いころは大学でジェンダーを学ぶ時代ではありませんでした。ジェンダーの視点から行われていた講義はあったと思いますが、ジェンダーへの関心が薄い時代です。大学卒業後は一般企業に就職し、その後、結婚相手がアメリカに赴任し、仕事を辞めてアメリカで5年間暮らしました。アメリカ滞在中は専業主婦のかたわらボランティアなどをしましたが、「この先自分はどうなるのか」という漠然とした不安感はありました。そんなとき、知合いからコミュニティカレッジの存在を聞き、社会学の講座を受講したのですが、私が日ごろから考えていることや不満に思っていることをうまく説明してくれたのです。  それから社会学に興味を持ち、州立大学で学ぶために英語の勉強を始めて進学しました。約2年後に夫の帰国にあわせて日本に帰りますが、もう少し社会学を勉強したいと思い、大学院に進学しました。 ―現在、日本は「ジェンダーギャップ指数2025」で148カ国中118位と低迷しています。その背景には何があるのでしょうか。 大槻 日本では正社員の働き方の拘束性が強いことがあげられます。長期雇用慣行のなかで残業時間も長く、転居をともなう転勤もあります。仕事以外のインフォーマルな場面でもなんらかの形で貢献が求められる場面があり、それができないと標準とは見なされず評価が低くなる傾向があります。例えば、育児休業や短時間勤務は女性が利用するケースは多いですが、標準から外れているために低評価になってしまうこともあります。  また、以前のような露骨な男女差別はなくなってきましたが、いまでも男女において職場での期待や求められているものが異なることは少なくありません。仕事の割りふりでは、男性はキャリアの階段につながる仕事を与えられるのに対し、女性はやりがいはあっても知識やスキルがつきにくい仕事を与えられる傾向があります。例えば、男性の正社員であれば、将来管理職になっていくことが期待されますが、女性は「いつまで勤められるのか」という扱いになり、上司からの声かけのあり方も違うことなどが指摘されています。 ―例えば伝統のある会社の人事部などの場合、人事制度企画や労使交渉対応の労政担当が男性で、採用や福利厚生の担当が女性というイメージはありますね。 大槻 そうですね。女性は中核の仕事になかなか就けないというのがいまも続いていると思います。よく「女性の視点を入れて仕事をしてください」といういい方をします。そのこと自体は重要ですが、「男性の視点を入れて仕事をしてください」とはいいません。男性が中核で女性が周辺だからではないでしょうか。やはりジェンダー規範や男性の無意識の偏見があるのではないでしょうか。 ―女性の管理職比率もそれほど伸びていませんが、やはりいまおっしゃったことと関係があるのでしょうか。 大槻 女性の管理職の増加に向けて、これまでは「家事・育児といった家庭内の責任を負っているからむずかしい」という「家族重視モデル」をもとに、対策が実施されてきました。ですが私は、職場そのものに女性が仕事を続けていけない、あるいは管理職を志向しなくなる要因がある「職場重視モデル」から研究を続けてきました。  私が参加した国立女性教育会館のプロジェクトで若年層の管理職志向の調査を行いました。入社1年目から5年目までの追跡調査ですが、入社1年目の管理職志向のある男性は約95%、女性は約68%。5年目になると男性約84%、女性が約44%と、女性の下落率が20ポイント以上となります。  その原因についてもう少し詳しく分析すると、男性の場合、「将来のキャリアにつながる仕事をしている」人は管理職志向にプラスの影響があり、女性の場合は「専門能力を高めたい」、「仕事満足度がある」人が管理職志向にプラスの影響がありました。一方で、「主に女性が担当する仕事についている」人はマイナスの影響があることも判明しました。  つまり、管理職になりたい、なりたくないという志向は、になっている仕事や求められる期待が影響しているのです。企業全体や職場のあり方が大きくかかわっています。 就いている仕事や職場環境が女性の管理職志向に大きく影響 ―ジェンダー格差を解消し、生涯現役を見すえた女性のキャリア形成支援のために、企業が取り組むべきことは何でしょうか。 大槻 いまは多様な人材が活躍できることが重視され、多様な人材が活躍できない制度の見直しが求められています。これまでは基幹的業務の仕事には拘束性の強い制約のない社員を配置してきたわけですが、女性のように制約のある社員も基幹的業務に配置できるよう見直していく必要があります。  基本的には、@人材育成における公正性を担保する、A自律的なキャリア形成が可能な仕組みをつくる、Bスキル形成そのものを評価する仕組みをつくる、C無意識のジェンダーバイアスを解消することがあげられます。  具体的には、正社員のなかで分かれている雇用管理区分を一つにすること、そして会社指示の転居をともなう転勤を廃止することなどが必要だと思います。また、短時間勤務を利用すると評価が下がる企業もありますが、そういった評価の仕組みを変えていくことが必要です。社員が自分でキャリアを考えるキャリアオーナーシップを発揮させるには、社内公募制度の活性化など、自分で仕事を選択できる仕組みを増やすことも大切です。  また、よかれと思って行うことが差別となる好意的差別(例えば、子育て中の女性の仕事を勝手に軽くする)に注意することも重要です。 ―共働き世帯が増えるなかで、転居をともなう転勤を嫌がる人も増えています。転勤を廃止することは現実的に可能でしょうか。 大槻 ここ数年、転勤に関する調査を実施していますが、国内で転居をともなう転勤の可能性がある総合職を対象とした調査では、一度も転勤していない男性は4割強、女性は5.5割もいます。その一方で転勤のない地域限定総合職の人は給与が2割減になったり、課長までしか昇進できないという制約もあります。転居をともなう転勤の対象者であっても、一度も転勤していない男女が半分もいるのに、そうした人事制度があることが、はたして公正なのかという問題もあります。  また、調査対象の総合職の3分の2が「転勤したくない」と回答し、そのうち85%が家族の負担が大きいことを理由にあげています。転勤は仕事の能力を向上させるという意見もありますが、転勤経験者で「職業能力が上がった」という人は半分しかいませんでした。  そうであれば従来の全国転勤ありの総合職と転勤のない一般職の雇用管理区分を廃止すること、そして会社指示による転勤ではなく、本人の意志で転勤するかどうかを考えられる仕組みにしたほうがよいのではないでしょうか。  同時に、転勤することと昇進・昇格を紐(ひも)づけている制度や慣行も廃止するべきだと思います。実際にある金融系の企業では、総合職と一般職という雇用管理区分を撤廃し、社員自ら全国型かエリア型かを選択しますが、評価と給与・昇進などの処遇は同一とする制度に変えました。やはり企業自身も変わらざるを得なくなってきています。 キャリアオーナーシップを発揮できる各種制度の整備が求められる ―働く女性自身がミドル・シニア期のキャリアを形成していくうえでの視点、必要な取組みとは何でしょうか。 大槻 まず、自分の志向そのものが、仕事のあり方に影響を受けていることを自覚することがとても大切です。そして、いまの常識を問い直すこと。例えば、「10年やって一人前」といわれる仕事がありますが、本当に10年やらなければ知識やスキルが身につかないのかを自ら検証する姿勢を持つことが大事です。  また、自分が「こうしたい」と思っていることについて立ちはだかる壁とは何か、持てる資源とは何かを考えて、自分の進みたい道を自ら切り拓く力を養うこと。具体的には自分の持つ知識・技能の組合せを考えること。例えば、英語力と経理など、二つ以上の得意分野をつくり、組合せによって業界でのキャリアを築いていくことが重要です。  最後に、やりがいはもちろん大切ですが、それ以上に知識・技能が得られる仕事を見つけることが、キャリアを切り拓くことにつながります。そして社内外の人的ネットワークを広げることも、キャリア形成にとってはきわめて重要です。 (インタビュー・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)