“学び直し”を科学する  ミドル・シニア世代の“学び直し”を、最新の脳科学からひも解いた本連載。最終回は「日々のちょっとした工夫で脳が活性化する方法」について、1万人の脳を診断してきた脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生にお話しいただきました。何歳になっても学びを続け、日々の生活で脳を活性化させることはとても重要で、認知症の予防などにもつながるということです。 最終回 ちょっとした工夫で脳が活性化する方法 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 脳の活性化のためには「自然の摂理に逆らわない」こと  日々の生活のなかで、脳を活性化させようとするとき、一番に意識すべきは生活のリズムでしょう。  生命の起源を考えると、宇宙が最初にできて、その後に生物が発生しているので、われわれ生物は宇宙の仕組みのなかにあるといえます。そのわれわれが一番感じる宇宙の仕組みというのが「昼と夜」。そして、その要因である太陽の動きです。  つまり太陽の動きが、私たちの血圧、覚醒の時間などの原点になっていて、それらをコントロールしているといえます。脳を元気に働かせたければ、自然の摂理に逆らってはいけないということは、とても大切です。日中はしっかりと体を動かし、夜はしっかり睡眠時間をとることが、学びの基礎体力をつくるためにもっとも大切なことになります。  楽しく学ぶためには健康である必要があって、日中の時間の過ごし方や睡眠の質、食事の時間、そういったものがじつは学びのための脳の体力を支配しているのだということを、知っておいてください。 「眠気を取る」 「20分に1度は立ち上がる」  効果的な学びのためには、睡眠を見直し、脳が活性化しやすい基礎を整えることが重要です。しっかり睡眠がとれていないと、日中は眠気に悩まされることになるでしょう。この「眠気」という不快感があると、集中力をつかさどる思考系脳番地の働きが極端に低下して眠気の前後1時間は非効率な脳の使い方になります。そのため、眠気がなくなるだけで、脳のパフォーマンスが格段に上がり、脳全体がしっかり動くようになるのです。  年齢を重ねると、「入眠しにくい」、「中途覚醒してしまう」、「寝ても疲れがとれない」など、睡眠をめぐる悩みを抱える人が増加しますが、眠れなくなるのは加齢のせいではありません。私自身、以前は中途覚醒することもあったのですが、睡眠時無呼吸を治療したり、睡眠の時間設定を明確にしたり、睡眠前に電子機器に触らないようにするなどして、60歳を超えてから3年ほどかけ、平均睡眠時間を約6時間から8時間50分まで延ばしてきました。  さらに、朝は1時間程度のウォーキングを習慣にしています。日中に体をしっかり動かすことも、睡眠の質の向上、十分な睡眠時間の確保につながるのです。そもそも運動は、脳全体を活性化させる起爆剤になるものですから、日ごろから日中に歩くなどして活動量を増やすことは大事です。座りっぱなしの時間が長い人などは、20分に1度は立ち上がるなどの工夫をし、座っている時間を減らすことが必要です。 「好奇心」、「興味」を学びに活かす  生活リズムに加え、脳の活性化で大きな役割をになうのが「好奇心」です。日々の生活のなかで、自分の好奇心をくすぐるような、ちょっとしたネタ、あるいは人物などを見つけると、脳は非常に活性化します。  例えば、ちょっと興味があるなと思った人の名前、読みたいなと思った人の本などをインターネットで検索してみると、その人の話している動画などが出てきて、それを見ると親近感が湧くでしょう。こうした興味、好奇心を学びに活かすことで、物事を習得しやすくなります。感情系の脳番地、共感性を活かした学びということです。  逆に、自分が「嫌だ」と感じること、「できない」と思うことを見直すのも、脳の活性化につながります。自分が否定しているものに近づいて、本当にそこには嫌なものばかりが並んでいるのか見てみましょう。よく見たら嫌なものに見えていただけなのかもしれません。もともと嫌だと感じていたけれど、よく見たらよかったことに対しては、脳がすごく働きますし、やる気にもなります。 「いつものパターン」を外して見方を変える  ミドル・シニア世代の人にとって、自分が嫌だと思うことのなかに入ってみることは、とても大切です。自分が否定しているものに近づくということは、自分の常識を疑うことでもあります。「自分のいままでのやり方がいいと思うなよ」と自分自身に言い聞かせ、客観的に見ることで、いままでとは違うことを知ることができます。自分の記憶系の脳番地にこびりついた「いつものパターン」をちょっとだけ外し、見方を変えてみると、急にやる気が出てくることもあります。  「いつものパターン」を外して脳に刺激を送るためには、若い人たちから学ぶことも効果的です。できれば最低20歳ぐらい年の離れた人、ミドル・シニア世代であれば、30代の人でもいいので、そういう若い人たちと話すのは、すごくよいことです。  若い人たちの感覚、見ている世界は本当に違います。さまざまなメディア媒体があるなかで生まれ育った若者と、インターネットもない時代のわれわれ、ましてや戦中・戦後の人たちとでは、比較すらできないことが多いものです。そういうジェネレーションギャップをはっきりさせながら若者から学ぶことは、脳への刺激につながるのです。 認知機能は「脳貯金」できる、学び続けることで「人生100年」を楽しく  日々の過ごし方を工夫し、脳を活性化させることは、認知症予防の観点からも重要です。じつは認知機能というのは、「貯金」ができるのです。生涯学習は認知機能を高めます。学び続け、脳を活性化させ続けることで、認知機能が貯金されるということです。認知機能を多く「脳貯金」していて、もともとの認知機能が高い人は、仮に認知症になって機能が下がっても、もともとの機能が高いため、そうではない人と大きな差が出ます。  脳の成長はいくつになっても右肩上がり。「人生100年時代」を楽しく過ごすには、健康な体、丈夫な足腰や体力も必要ですが、学び続けて脳を活性化させ、「貯金」をコツコツと蓄積し続けることも大切です。 (取材・文 沼野容子)