高齢者の職場探訪 北から、南から 第159回 山梨県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 実態に即した定年・再雇用制度をプランナーと二人三脚で構築 企業プロフィール 社会福祉法人ひかりの家(山梨県西八代郡(にしやつしろぐん)市川三郷町(いちかわみさとちょう)) 設立 1977(昭和52)年 業種 児童発達支援センター(児童発達支援事業、保育所等訪問支援、放課後等デイサービス、障害児相談支援) 職員数 38人 (60歳以上男女内訳) 男性(5人)、女性(9人) (年齢内訳) 60〜64歳 0人(0.0%) 65〜69歳 9人(23.7%) 70歳以上 5人(13.2%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員を65歳まで、基準該当者を70歳まで継続雇用。さらに法人が認める者は年齢上限なく継続雇用。最高年齢者はバス運転手の74歳  山梨県は本州の内陸に位置し、富士山や南アルプス、八ヶ岳などの雄大な山々に囲まれた自然豊かな県です。富士五湖や昇仙峡(しょうせんきょう)などの景勝地は四季折々の美しい景観を楽しむことができ、温泉地も多く観光資源に恵まれています。また、リニア中央新幹線の建設地としても注目を集めており、自然と産業、文化が調和する地域です。  JEED山梨支部高齢・障害者業務課の竹内(たけうち)一郎(いちろう)課長は山梨県の産業と支部の特徴について、次のように話します。  「豊かな水資源と気候を活かした産業が発展しており、ミネラルウォーターの生産量は全国の約4割を占め、ぶどうや桃などの農産物、ワインなどの県産品は『やまなしブランド』として親しまれています。地場産業であるジュエリー出荷額は国内トップクラスです。また、電子部品や半導体デバイス、半導体製造装置、ロボット産業など、機械電子産業の一大集積地域となっています。  当県においても少子高齢化により若年層の採用は厳しく、高齢労働者の戦力化がいっそう求められています。当支部には改正高年齢者雇用安定法への対応として継続雇用制度の対象者基準の定め方をはじめ、健康管理や賃金・処遇制度等の相談が多く寄せられており、各企業の実状に沿った施策や制度改善提案など適切な支援を心がけています」  2019(令和元)年度から同支部で活躍するプランナーの内田(うちだ)美幸(みゆき)さんは、特定社会保険労務士、第一種衛生管理者、運行管理者の資格を持ち、専門性を活かした多角的な視点で企業への相談・助言を行っています。  今回は内田プランナーの案内で、社会福祉法人ひかりの家を訪れました。 50年にわたり地域の児童福祉を支える  「ひかりの家学園」を運営する社会福祉法人ひかりの家は、1977(昭和52)年に日本キリスト教団市川教会を母体として設立されました。教会は100年以上続く古い教会であり、町の人々が集います。ひかりの家学園は、山梨県で初めて民間施設として障害児の保育・療育を行った画期的な存在でした。現在、同園は児童発達支援センターとして、児童発達支援事業、保育所等訪問支援事業、放課後等デイサービス、相談支援事業所ムーミンの運営など、地域のセンター的機能をになっています。母体が同じで隣接する市川幼稚園とは思いを一つにし、子どもたちの個性を大切に育んでいます。  渡邊(わたなべ)美南子(みなこ)園長は、事業への思いについて次のように話します。  「ひかりの家は『一人ひとりの子どもを神様から与えられたかけがえのない存在として、愛情を持って育てる』という理念を掲げています。50年前、障害のある子どもたちが地域で暮らし、教育を受けることがあたり前ではなかった時代に、地域の声を受けて発足しました。2012(平成24)年の改正児童福祉法施行により児童発達支援センターへ移行してから、私たちの役割はさらに広がりました。  ひかりの家では、職員が長年つちかってきた専門知識と実務経験を組織の重要な資産として位置づけ、特に相談支援の分野では、高齢職員の豊富な経験と専門性が若手職員の育成や保護者との連携、組織全体の質の向上に直結する価値ある人的資源として運営の基盤を支えています」 安心して力を発揮できる高齢者雇用制度  同法人では、定年60歳、希望者全員65歳・基準該当者70歳までの継続雇用制度を整えており、さらに法人が認める者については継続雇用の年齢上限を撤廃しています。この制度改定を支援したのが、内田プランナーです。  内田プランナーが最初にひかりの家を訪問したのは、2024年春、山梨県の働き方改革支援事業がきっかけでした。それ以来、数回にわたって訪問し、就業規則の大幅な見直しを支援するなかで、高齢者が実際に活躍している状況と既存の制度に乖離(かいり)があることに気づいたといいます。  「正規職員においては、いままでに定年を迎えた方が1人のみで、定年後再雇用の実績が少ない状況でしたが、短時間勤務者に目を向けると、70歳を超えた職員が元気に働き、戦力として活躍していました。同法人として能力と意欲がある高齢者に長く働いてほしいと考えてはいるものの、制度がそれに追いついていないという状況でした。そのため法人を訪問し、定年制度についても本格的な見直しを行うことになりました」(内田プランナー)  雇用力評価ツールを活用して課題を分析し、賃金制度見直しや評価制度の運用など具体的な助言を実施するなど、約1年間にわたる継続的な支援のなかで、「定年65歳。基準該当者70歳、法人が認める者は年齢上限なく継続雇用」という提案を行ったそうです。退職金制度なども含めて同法人の状況を総合的に検討し、渡邊園長と何度も話合いを重ねた結果、「定年60歳。希望者全員65歳・基準該当者70歳までの継続雇用、法人が認める者については年齢上限なく継続雇用」という現在の制度に落ち着きました。  「制度と実態の乖離を解消し、高齢職員が安心して働ける職場づくりを支援しました。もとより高齢者だけでなく、女性が多い職場で結婚・出産後も働き続けることのできる、全世代にやさしい制度設計でした。こうした柔軟な勤務制度や勤務時間の変更などの工夫や仕組みをさらに制度化し、ルールとして確立するよう助言しました」(内田プランナー)  渡邊園長は内田プランナーについて、「イエス、ノーをはっきりいってくれる専門家として、率直なアドバイスをいただけることに感謝しています。制度改定により、65歳以上の職員からは『まだ働けるのですね』という喜ぶ声が出ています。体力的にフルタイム勤務がむずかしい職種でも、2時間や3時間といった短時間勤務でも、パフォーマンスを発揮できる環境が提供できるようになりました。内田プランナーは法改正への対応や情報提供だけでなく、一緒に歩んでいただいている存在です」と深い信頼を寄せていました。  今回は、豊富な経験を活かして園の重要な役割をになう、お二人の高齢職員にお話をうかがいました。 ベテランの知恵と経験が光る児童福祉の現場  「相談支援事業所ムーミン」で相談支援専門員として働く佐野(さの)充保(みつやす)さん(73歳)は、県の福祉専門職を退職後、同園に入職しました。渡邊園長が佐野さんのいままでの経験とスキルを高く評価し、肝いりで迎え入れた人物です。「相談支援事業所の立上げの中心となってほしい」という園長の期待に応え、各種規程の作成や書類様式の作成など、一から事業をつくり上げることにたずさわりました。  「正直なところ、立上げ当初はプレッシャーもありました。しかし自分の思い通りに仕事を進められたことは大きなやりがいでした」と話す佐野さん。佐野さんの強みは、長年の経験からつちかわれた知識と、保護者から見て「おじいさん・おばあさん世代」という安心感です。「年齢を重ねているからこそ、深い悩みも打ち明けてもらいやすいです。視野を広く持って物事を考え、目先の支援だけでなく、将来的な悩みにも寄り添ったアドバイスをしています」と続けます。保護者が佐野さんの提案を実践し、子どもの変化を報告してくれることが一番の喜びだといいます。  現在はフルタイムで勤務していますが、自身のペースで仕事ができる自由度があり、体調管理にも気をつけているとのこと。今後の抱負としては、後輩に徐々に仕事を任せていきたいと語りました。  佐野さんの後継者に抜擢された政所(まんどころ)拓哉(たくや)さんは、佐野さんの豊富な知識量と面談時の話を引き出す技術について「保護者の緊張感を和らげ、心を開かせる技術は豊かな経験に裏打ちされたものです」と話し、感銘を受けていました。  保育所等訪問支援事業を担当する二宮(にのみや)洋子(ようこ)さん(68歳)は、特別支援学校の教員を35年間勤めた後、57歳で退職し、2年後に同園に入職しました。教員時代から渡邊園長と面識があり、その縁で声がかかったといいます。訪問支援事業には、保育園だけでなく学校への訪問も含まれるため、幼児期だけでなく学齢期の子どもたちの支援経験を持つ二宮さんが適任と判断されました。  「福祉事業所の立場として学校に入っていくことに最初は苦労しました。保護者と学校、そして支援員(自身)が共通理解を持って支援策を考えていかなくてはいけません。子どもの状況は一人ひとり異なり、学校の先生が替わるだけでも状態が変化することもあります。保護者と学校の意見が食い違う際には、それぞれの思いを聞きながら調整役をになっています」(二宮さん)  むずかしい事例に直面することも多いといいますが、子どもたちの行動を成長の表現としてとらえ、周囲と共有しながら、長期的な視点で支援を考えることを心がけているそうです。  自身の働き方については、「仕事を任せてもらっていて、学校との連絡調整や訪問計画を自身の都合と学校の都合を合わせながら立てることができるので、融通が利く働き方ができています」と語りました。 高齢職員が力を発揮できる居場所づくりに注力  渡邊園長は今後の展望について、次のように語ります。  「人材不足が深刻化するなかで、年齢にかかわらず、個々の意欲、能力、体力に応じて最大限に力を発揮できる居場所をつくり続けたいです。大先輩たちの活躍が園にとって不可欠ですから」とあらためて高齢職員への期待を語り、内田プランナーは「今後も同園に寄り添いながら、可能なかぎり支援していきたいです」と伝えていました。  ひかりの家は、プランナーとの継続的な連携により実態に即した制度設計を実現し、高齢職員の豊富な経験と専門性を組織運営の核として活用していました。一人ひとりの職員を大切にする理念が、世代を超えた活躍の場を生み出し続けています。 (取材・西村玲) 内田美幸プランナー アドバイザー・プランナー歴:6年 [内田プランナーから] 「訪問の目的をしっかり伝え、制度化に一歩でも近づけるよう70 歳までの就業機会の確保について、ていねいな説明を心がけています。訪問先の貴重な時間をいただいているので、実状をよく聞き、法改正の情報など一つでも役立つアドバイスができるよう努めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆山梨支部高齢・障害者業務課の竹内一郎課長は内田プランナーについて、「最新の法改正や関連する情報の提供を行いつつ、各企業に即した人事労務管理や賃金体系の整備、評価制度の導入など具体的なアドバイスを行い、企業から厚い信頼を得ています。地域ワークショップでは講師を務めるなど、支部にとって欠かせないプランナーの一人です」と話します。 ◆山梨支部高齢・障害者業務課は、JR身延(みのぶ)線の甲斐住吉(かいすみよし)駅から徒歩約15分。南甲府警察署の真向かいに位置する山梨職業能力開発促進センター(ポリテクセンター山梨)内にあります。周辺には小・中学校や高等学校が点在。サッカーJ2リーグのヴァンフォーレ甲府の本拠地スタジアムもあります。 ◆同県ではプランナー5人が活動しており、2024年度の県内事業所訪問では189件の相談・援助を実施し、48件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●山梨支部 高齢・障害者業務課 住所:山梨県甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 電話:055-242-3723 写真のキャプション 山梨県西八代郡市川三郷町 社会福祉法人ひかりの家 渡邊美南子園長 保護者の相談に乗る佐野充保さん 学校と保護者へのメールを作成する二宮洋子さん