第109回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  加藤譲二さん(70歳)は、22歳のときに大型自動車の運転免許を取得、それから半世紀近く大型トラックのハンドルを握り続けてきた。手入れの行き届いたトラックで安全運転第一を心に刻み、いまも現場の第一線で働く加藤さんが、ドライバーとして生涯現役を貫く心意気を語る。 菱木(ひしき)運送株式会社 トラックドライバー 加藤(かとう)譲二(じょうじ)さん 大好きな世界に飛び込めた喜び  私は千葉県八街(やちまた)市の生まれです。4人兄弟の2番目で、母は女手一つで4人の子どもを育ててくれました。早く母を楽にさせたいという気持ちから、中学校を卒業すると水道工事会社に就職しました。幼いときから自動車が大好きで、自分もいつかは大きな自動車を乗り回してみたいという漠然とした夢がありました。まずはオートバイの免許を取り、自動車の普通免許が取れる年齢になるのをひたすら待ちました。18歳になって念願の自動車の免許を取得、当時は普通免許で4t車まで運転することができましたので、4t車に乗れたときはとてもうれしかったことを憶えています。次に目ざしたのは大型トラックの免許です。大型トラックの免許取得には普通免許を取ってから3年以上経過しなければなりません。私は22歳で大型免許を取得しましたが、ここが長いトラックドライバー人生の始まりです。すぐに個人経営の運送店にお世話になり長距離もこなすようになりました。  人との出会いとは不思議なもので、荷卸しなどで何度か出会ったトラックの、手入れがあまりにも行き届いていたことに心が惹かれました。思い切ってたずねてみると、そのトラックのドライバーは菱木運送の先代社長でした。社長自らが大型トラックを乗りこなす姿にほれ込んで、菱木運送で働いていた知人に口を利いてもらい、めでたく菱木運送への入社を果たしました。  八街市は日本を代表する落花生(らっかせい)の生産地。その生産に適している火山灰地は粒子が細かく乾燥すると風で舞い上がる。砂ぼこりの中を走り抜けてきた加藤さんのトラックは美しく磨き抜かれていた。先代社長の教えが生きている。 好きこそものの上手なれ  25歳で菱木運送へ入社して、気がつけば45年が経ちました。入社したときは私が一番の若手で、先代社長からドライバーの心構えを教わりました。そして、先輩ドライバーたちの背中を追いかけながら夢中で腕を磨いたものです。時代は高度成長期に向かっていましたから物流業界も景気がよくとても忙しかったです。荷積みや荷卸しは機械化されていなかったので体はきつかったのですが、やりがいもありました。トラックドライバーは運転だけしていればよいわけではありません。安全運転のためにタイヤやオイルのチェックはもちろん、洗車するときも濡らしてはいけない部分に注意するなど、ハンドルを握っていないときにこなすべき作業は無数にあります。それをていねいに行うことが安全運転につながります。自分のトラックを大切に扱うことがドライバーの心得の第一条なのです。先代社長のトラックの美しさに惹かれたのが縁で入社させてもらったので、トラックの手入れには、いまでも心を込めています。  65歳までは、大型トレーラーも動かしていました。トレーラーで名古屋や大阪まで行って、行く先々で仲間ができて楽しかったです。大型特殊免許は入社してから会社で取らせてもらいました。感謝しかありません。  トラックの安全走行に心を配る加藤さん。トラックが出入りする際にご近所の樹木の枝にぶつかることがないように、木の枝の剪定をお願いしに行く加藤さんの姿を目撃した同僚もいる。加藤さんの存在そのものが若手を育てている。 アイデアマンの二代目の挑戦  大好きなトラックの仕事ですが、体力的にきついので、会社がドライバーの働き方改革に積極的に取り組まなければ、70歳まで働き続けてこられなかったかもしれません。  先代亡き後、二代目を継いだ現社長は無類の車好きで、無類のアイデアマンです。現社長が開発した「乗務員時計」というスマートフォンのアプリがあります。あとどれくらい運転ができるのか、休憩時間がどれくらいあるのかがリアルタイムでわかります。お客さまから追加の仕事の依頼があってもアプリで表示される時間を根拠に断ることができます。現社長によれば、労働基準監督署から法令順守の一部ができていないことを指摘されたことがアプリの開発のきっかけになったそうです。業務中に守るべき情報を運転手と運行管理者にリアルタイムで表示できるこのアプリは、18年前から改良を重ね特許も取得しました。現社長は幼いころからよく知っていて、私のトラックの助手席に乗せたこともあります。ドライバーに寄り添う風土を先代から見事に受け継いでくれています。 仕事を誇りに生涯現役を目ざしたい  私たちは、かつて「運ちゃん」などと呼ばれたものです。最近では「ドライバーさん」とていねいに呼んでくれるお客さまも増えて、時代は変わるものだと思います。  私の現在の勤務ですが、例えば午前4時から5時の間に会社を出発して、埼玉で時間指定の荷卸し。そこから群馬まで走って荷を積み、千葉で荷卸ししてから14時前後に退勤するといった具合です。昔のような待ち時間が解消されたのは、この業界の進歩なのでしょう。予定が無事こなせたときは達成感があり、これがモチベーションにつながっています。お客さまに喜んでいただいたときは、お役に立てたことがうれしくてたまりません。  いつも朝が早いので、夜9時には睡魔に襲われます。安全運転のためには質のよい睡眠が欠かせないと考え、睡眠時間には気を遣っています。お酒はほとんど飲みませんし、たばこも若いころ吸っていましたがきっぱりやめました。体調管理が長く働き続けるコツだと思います。当社には、現在33人の従業員がいますが、私が最高齢で勤続年数も一番長いので、ほかの従業員のお手本にならなければと気を引き締めています。  これといった趣味もないのですが、一つあげるとすればコンサートに出かけることです。サザンオールスターズのコンサートによく出かけていましたが、いまは矢沢(やざわ)永吉(えいきち)にぞっこんです。彼がソロとして独立する前の時代から、大きなバイクに乗ってコンサート会場に駆けつけたものです。彼はたしか、現在76歳、まさに生涯現役で励まされます。  オートバイの免許を取ったときから、いつも次の目標を決めて歩いてきたように思います。若い人たちには目標をしっかり持ってほしいと伝えたい。そして好きなことに夢中になってほしい。いまは、自分が働くことでだれかの役に立ちたいという気持ちが一番強いです。  最近は高齢者の運転が何かと話題になることが多いですが、自分の運転がおろそかになり出したと感じたら、そのときが引退するときだと思っています。しかし、ハンドルを握った瞬間、もう少しがんばろうと思えるのですから、人生とは愉快なものです。