技を支える vol.357 お客さまの要望に応えて綿を選び布団を仕立てる 寝具仕立工 熱方(あつかた)勉(つとむ)さん(73歳) 「若いころは勢いだけでした。経験を重ね精神的に余裕ができたので、この仕事をもっと深めて、いろいろなことに挑戦したいと思います」 綿の仕入れ、製綿から仕立てまで幅広く活躍  「布団のできの良し悪しは、綿で決まります。よい綿布団は、体をしっかり支えてくれるので疲れません」と話すのは、株式会社和泉屋(いずみや)製綿所(せいめんじょ)(東京都狛江(こまえ)市)で工場長を務める熱方勉さん。  布団づくり一筋50年以上のベテラン職人で、2024(令和6)年に「東京マイスター」を受賞した。現在、週3日は工場で布団の中に入れる綿を綿花からつくる製綿をにない、後の2日は布団の仕立てに従事と忙しい日々を過ごしている。  同社の特徴は、自然素材を使い、顧客の体格や要望に合わせたオーダーメイドの布団づくりを行っていることだ。  「布団は、製綿して繊維の向きを整えたシート状の玉綿(たまわた)を重ねて仕立てます。敷き布団なら20枚前後です。玉綿1枚でもかなりの違いがあります。例えば、ふだんの寝方が仰向(あおむ)けか横向きかによって厚みを変えたり、腰の悪い人なら腰の部分に綿を2枚多く入れたりするなど、お客さまの声をふまえて仕立てます」  現在、同社では8種類ほどの綿を用意し、顧客の要望に合わせて使い分けている。  熱方さんのもとには、ほかの布団店の職人からも「おたくじゃなければダメだ」と綿の注文が入る。熱方さんがつくる綿の均一な厚さが、職人仲間にとっても仕立てやすいと好評なのだそうだ。 技能士会に入会し仕立てを学び直す  熱方さんがこの道に入ったのは18〜19歳のころ。当時交際していた女性(後に妻となる)の父にあたる同社の先代社長に気に入られて働き始めた。  「もともと父が兼任で職人の仕事もしていたので、職人になることに抵抗はありませんでした」  当初は先輩に学びながら仕立ての仕事を始めたが、入社半年後に先代社長が体調を崩し、製綿工場を担当することになった。受注が多かった時代なので、新しい機械を導入して工程を改良することで、生産効率を大幅に向上させ、先代社長の期待に応えた。  工場を担当するようになってからも、夜は仕立ての仕事を続けた。そして工場の稼働が減ってきた10年ほど前、東京都寝具技能士会に入会し、顧客の体調や寝姿勢に合わせた綿の入れ方を学び直した。  「例えば、逆流性食道炎の人には背中の部分を高くするといった、お客さまに合わせたさまざまな寝具の工夫の勉強を続けています」 後継者を無償で育成し仲間を増やす  布団業界でも職人の高齢化が進んでいる。熱方さんは後継者の育成に熱心で、技能士会からの依頼で希望者を受け入れ、仕立ての技術をボランティアで指導する。  「お金を取らないのは、彼らを仲間だと思っているからです。慕ってきてくれるだけでうれしいですし、教えることは自分の勉強にもなりますから。彼らにつねにいっているのは『このレベルで終わってはダメだよ』ということです。ある程度のレベルに達すると、そこで満足して成長が止まってしまいがちです。布団づくりは奥が深い。その先を目ざすことを大事にしてほしいと思っています」  また、小学校の家庭科の授業でも座布団づくりを教えている。  「綿に実際に触ってもらい、こんな世界があることを子どもたちに知ってもらうだけでも価値があると思っています」  仕事への探究心も衰えていな い。現在は衛生面で効果があるとされる柿渋(かきしぶ)染めの布団カバーづくりに挑戦している。  「年を重ねるほど、この仕事をもっと深く追究したいと思います」  大事にしているのは、綿や布団の仕上がりについてお客さまの声を聞くこと。特に、職人仲間に褒めてもらえるとうれしいと話す。  顧客の声に耳を傾け、1枚1枚ていねいに仕上げる姿勢は変わらない。50年以上をかけて磨き上げた技術と探究心で、今日も心地よい布団をつくり続けている。 寝具工房いづみや 株式会社和泉屋製綿所 TEL:03(3489)1711 https://wata-izumiya.com (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション ちぎってサイズを変えた玉綿を、幾重(いくえ)にも重ねて座布団の形に仕立てる。ちぎるサイズや厚さは、長年の経験でつちかわれた感覚で判断している 右ページの写真からあっという間に座布団の形に仕立てられた。座ったときにひざなどが乗る位置も意識してつくられている 「座布団に始まり座布団に終わる」といわれるほどむずかしいとされる座布団の製作。最もむずかしいのが、四つの角への綿入れ。しわが寄らないように綿を配分する 熱方さんがこだわるのが綿の品質。インドのアッサム地方の最高級品で、繊維が短く太いのが特徴 原料の綿花の繊維の方向を整えて製綿するカード機。熱方さんが入社する前から何十年も現役で活躍し続けている 製綿されてできあがった、薄いシート状の玉綿。この玉綿を複数枚重ねて布団を仕立てていく。熱方さんのつくる玉綿は厚さが均一で、職人仲間からも好評だ 柿渋で染めた生地を天日(てんぴ)で干す。ひび割れを防ぐため、薄い重ね塗りをくり返す。「自然相手に楽しみながらやっています」