Leaders Talk No.127 ミドルシニアが主体的にキャリアを開拓 キャリアの再設計のために積極的支援を 法政大学 キャリアデザイン学部 教授 田中研之輔さん たなか・けんのすけ 専門はキャリア論、組織論。日本学術振興会特別研究員などを経て、2008(平成20)年に法政大学キャリアデザイン学部に着任。2018年より現職。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事をはじめ、企業の社外取締役・社外顧問なども務める。『これからのキャリア開拓』(中央経済社、2025年)などキャリアに関する著書多数。  企業に70歳までの就業確保措置の努力義務が課されているように、生涯現役時代を迎えたいま、就業期間は延伸傾向にあります。そのようななかで働く人に求められているのが、キャリアを自らの力で切り拓いていくための「キャリア自律」です。  今回は、ミドルシニアのキャリア形成に詳しい、法政大学教授の田中研之輔さんにご登場いただき、キャリア自律が求められる背景や、ミドルシニアにおけるキャリア形成のポイントについて、お話をうかがいました。 組織にキャリアを預ける時代から自ら考えキャリアを開拓する時代へ ―「キャリア自律」という言葉に代表されるように、働く人が自身のキャリアを自ら切り拓くことが求められてきています。なぜキャリア自律が必要なのでしょうか。 田中 まず働く期間が長くなってきたことがあげられます。健康寿命も延びていますし、いま50歳であれば、70歳まで働くとしても20年もあるわけです。一方で、私たちが思っている以上に、生成AIに代表されるようにテクノロジカルイノベーションがものすごいスピードで進んでいます。この変化に対応し生涯現役で働き続けるためには、一人ひとりがキャリアを自分で考えるキャリアオーナーシップを持ち、自分のビジネススキルを磨きながらキャリアを形成していくことがとても重要な時代になっています。  これまでは組織にキャリアを預け、評価されて昇進し、50代半ばで役職定年を迎える、というのが一般的なキャリアの歩みでした。ですが、いまは組織にキャリアを預ける時代ではなく、一人ひとりが自分で考えて新たなキャリアにチャレンジしなければいけない時代といえます。  ミドルシニア世代のキャリア形成においても大きな転換期を迎えているととらえています。政府もそのことに気づいて副業・兼業をすでに推奨していますし、大企業も副業・兼業の解禁だけではなく、何歳からでも新しい仕事にチャレンジできる社内公募制度の拡充にも力を入れています。 ―企業も“社員一人ひとりがキャリア自律しなければ企業も成長しない”と気づいたということでしょうか。 田中 企業が何に直面したかといえば、“優秀な人材を獲得しても長年仕事を任せていると停滞してくる”という事実です。この停滞を「キャリアプラトー」と呼んでいます。ポテンシャルの高い人たちが経験を積んでプロフェッショナルとして長年働いていれば、本来はできることが増えていかなければいけませんが、組織での役割が限定され、固定化されるようになり、キャリアプラトーに陥ってしまうのです。それを打破するためには、副業・兼業や公募制など新しい行動に自ら挑戦するキャリア自律の支援が不可欠になります。 ―実際に働くミドルシニアは、どのようなキャリア上の悩みを抱えているのでしょうか。 田中 例えば、50歳前後には非管理職の人も多いですが、「がんばっているのに組織のなかで評価されなくなる」、つまり客観的な評価を受けづらくなることがあげられます。あるいは、部長職に昇進している人のなかにも「その先が見えない」という悩みを抱えている人がいます。  また、「自分の能力が高まっているのかがわからない」と悩む人もいます。例えば100m走であれば、いまの15秒という記録を来週までに14.5秒に縮めるという目標を立て、そのための練習プログラムは簡単につくることができますが、ビジネスの世界ではむずかしいのです。50歳の人が「来週までに能力を上げよう」といったときに、何のどういう能力なのかをだれも規定してくれないので、キャリアプラトーに陥ってしまいます。  人間は本人が思っている以上に能力が高く、一度物事を解決すれば大概のことができてしまいます。例えば重要な商談を成功させると、そのスキームですべて回るので刺激がなくなります。自発的にトレーニングを積むことができる人は能力のレベルが上がっていきますが、そうではない40〜50代の中高年層のほとんどが停滞します。私も多くの人にインタビューし、さまざまなデータを分析しましたが、こうした傾向はどの業界にも共通しています。私はそれをだれもが直面する“キャリアの風邪”、あるいは“キャリアの沼”と呼んでいます。風邪ですから当然、処方箋がありますし、マインドセットやキャリアアップリスキリングによって処方し、キャリアの沼から抜け出せといい続けています。 「キャリア資本の蓄積」を軸に自分のあるべき姿を具体的にイメージ ―キャリアの沼から抜け出し、一人ひとりが自らのキャリアを切り拓いていくにはどのような取組みをすればよいのでしょうか。 田中 抜け出すには、まず50歳を超えたら副業でもよいので個人事業主として自分の屋号を持ってほしいですね。副業によってキャリアの幅を広げるのです。「不動産や自動車を所有し、長く使えばメンテナンスやリノベーションするのに、50代になっても昇進や評価を組織に預けたままで、どうして自分でキャリアのメンテナンスはしないんですか」というと、みなさんハッとします。  キャリアを開拓する際に大切なのは、働くことを通じて世の中に何を残したいのかを言語化することです。私たちは別に給料のためだけに働いているわけではありません。私がおすすめしているのは、「キャリア資本の蓄積」を軸にした自分の「あるべき姿」をできるだけ具体的にイメージ・言語化して、中期キャリア計画シートを作成することです。だれでも働く経験を通じて何らかのキャリア資本を蓄積しています。まずどんなキャリア資本を蓄積しているかを整理、つまりキャリアの棚卸しをします。そのうえで、5年後、10年後にどのように働きたいのかを、獲得したいキャリア資本に分解して言語化します。  キャリア資本には、@ビジネス資本、A社会関係資本、B経済資本の三つがあります。経済資本は金銭的資産や投資などです。ビジネス資本は学歴、職歴、資格やこれまでつちかったスキルとこれから自分がやっていきたいことです。例えば何かを伝える、まとめる、分析すること、商談の成功などです。社会関係資本は社内・社外、友人、地域などの人的ネットワークです。じつは成功している人のキャリアを分析すると、ビジネス資本と社会関係資本の二つを蓄積し続けている人ほど経済資本を手に入れている人が多いです。逆に「半年間でこの二つをどれだけ貯めていますか」と質問すると、停滞している人ほど貯まっていません。半年間同じ仕事しかしていない、ネットワークも社内にかぎられる人が多いのです。 ―ビジネス資本と社会関係資本を、つねにアップデートしていくことが重要ということですね。 田中 私自身も30歳までの初期キャリア形成期、45歳までの中期キャリア形成期にどんな資本を蓄積したのかを整理し、45歳から70歳までに自分が何をしたいのか、働くことを通じてどんなアウトプットを出していくのかという「後期キャリア形成期」の計画を立てアップデートしていますし、さらにその先の70歳から100歳までの「ポストキャリア形成期」のシート項目の作成も始めました。キャリア資本を貯める突破口としては兼業をおすすめします。資本を貯めていくという行動習慣を50歳から始めてほしいと思います。 社内・社外兼業の仕組みの整備が重要 人事担当者自身の個人事業主化に期待 ―ミドルシニアのキャリア資本の形成を支援していくために、企業にはどのような取組みが求められますか。 田中 大企業の経営陣からも同じ質問を受けますが、私は「兼業」と答えています。社外がむずかしいなら「社内兼業」もおすすめです。社内兼業ができる仕組みを整備し、さらに異動先を自ら選べる公募制も拡充すべきでしょう。  マインドセットも重要です。そのためにキャリア開発研修を実施し、そのなかでキャリア開発診断を受けることも有効です。私がつくった「キャリアAIドック」は60の設問があり、いまのキャリアの状態を点数化することができます。  そのうえで本人が自らのキャリアについて語る1on1による「キャリア対話」を重ねながら伴走し、キャリア開発のために社内兼業がよいのか、社外兼業がよいのかを考えたり、あるいは自身に足りない部分については自己学習をしたりします。eラーニングや対面型の学習講座によるトレーニングも効果的です。  こうした取組みを半年間行い、もう一回キャリア診断を受けると点数も上がり、キャリアの状態も好転します。企業としてはキャリアの再設計のために一連の流れをパッケージで用意し、それをくり返し回していくようにすると、確実にパフォーマンスも上がってきます。 ―キャリア形成支援にたずさわる経営者や人事担当者にアドバイスをお願いします。 田中 社員一人ひとりの可能性を最大化させるために、経営者や人事のみなさん自身がキャリア開発のプロデューサーになっていただきたいですし、プロデューサーに必要な知見を自ら学んでほしいと思います。例えばキャリアに関する最先端の理論を学ぶ、AIを使ってどのように個々人のキャリアに伴走するかも大切ですし、そこはつねにアップデートし続けることがとても重要です。そして人事担当者ご自身もぜひ「個人事業主化してください」といいたいですね。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)