高齢者の職場探訪 北から、南から 第160回 岐阜県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 能力を発揮してやりがいを感じ長く安心して働ける終身雇用を追求する会社 企業プロフィール 新世日本金属(しんせいにほんきんぞく)株式会社(岐阜県岐阜市) 創業 1987(昭和62)年 業種 鉄を切断・加工する製造業 社員数 66人(すべて正社員) (60歳以上男女内訳) 男性(2人)、女性(1人) (年齢内訳) 60〜64歳 1人(1.5%) 65〜69歳 1人(1.5%) 70歳以上 1人(1.5%) 定年・継続雇用制度 定年65歳。希望者全員70歳まで継続雇用することを就業規則に明記。70歳以降も運用により継続雇用。現在の最高年齢者は70歳  岐阜県は日本のほぼ中央に位置し、県内は西濃地域・岐阜地域・中濃地域・飛騨地域・東濃地域と五つの地域に分けられ、それぞれ特色のある産業や文化が根づき、歴史と自然が調和しています。観光面では、世界遺産の白川郷や高山の古い町並みが有名で、北アルプスの雄大な山々や清流・長良(ながら)川など、四季折々の自然環境も豊かです。産業では、製造業が盛んで、自動車部品や航空機関連の技術力が高く、また、伝統工芸品の美濃焼や美濃和紙、関の刃物も全国的に知られています。  JEED岐阜支部高齢・障害者業務課の中野(なかの)亮(りょう)課長は、同支部の取組みについて、「労働局やハローワークと連携して、多くの企業のお役に立てるよう制度改善提案に努めています」と話します。県人口は、自然減少に加え、学業や職業を理由とする転出超過が続き、特に15〜34歳の転出超過が多いことなどから、県内では高齢者雇用の重要性が高まっています。  同支部で活動するプランナーの一人、市原(いちはら)良信(よしのぶ)さんは、地元金融機関での豊富な企業支援の経験を活かし、県の企業支援コーディネーターを長く務め、JEEDの活動には2019(平成31)年からたずさわり、企業にプラスとなる情報や制度などをていねいに提案して県内企業の経営者や人事担当者らの力になっています。  今回は、市原プランナーの案内で「新世日本金属株式会社」を訪れました。 70歳までの雇用を就業規則に明記  新世日本金属株式会社は、1987(昭和62)年4月に設立されました。以来、鉄を切断・加工するメーカーとして実績を重ねています。同社の強みは、顧客のさまざまな要望に応えることができる最先端の設備と高い技術力。建造物、橋梁(きょうりょう)、プラント、航空機、道路、工作機械、刃物など、多方面にわたる領域で暮らしや産業を支えています。  2021(令和3)年8月、定年を60歳から65歳に引き上げると同時に、希望者全員70歳までの継続雇用制度を整え、就業規則に明記。70歳以降は、話合いにより継続雇用が可能です。同社では1年ほどかけてこの制度改正に取り組み、市原プランナーはその最中に同社を訪問しました。  同社代表取締役社長の森(もり)託也(たくや)さんは、市原プランナーの訪問を受けて、「理想とする終身雇用実現のために、どのような継続雇用制度に改善したらよいか」といった制度づくりや、高齢社員の健康、体力面といった課題を相談したそうです。市原プランナーは、「高齢社員にかぎらず、すべての社員が安心して長く働ける職場を目ざし、以前からさまざまな取組みを行っていることに感銘を受けました」と訪問当初をふり返ります。そして、2回目の訪問の際に、高齢社員の戦力化および課題解決の提案として、65歳への定年引き上げ、66歳以降の継続雇用についても明確化することなどを提案。同社ではそれらの提案を参考にして検討を重ね、提案以上の現制度に改定しました。 大切なのは技術をつちかった社員の定着  社員66人のうち、60歳以上の高齢社員は3人(2025年10月現在)。若い人材を毎年採用できている同社で、なぜ70歳まで働けることを明文化した高齢者雇用制度を整えたのでしょうか。  「当社を選んで入社した社員が、どうしたら安心し、かつやりがいを持って長く働ける職場を実現できるか。このことを追求して、仕事と子育ての両立、ワークライフ・バランスの推進、健康経営などに取り組んできました。定年延長もそのなかの一つです」(森社長)  同社では、年齢を重ねても安心して、仕事に誇りと責任、やりがいを持って働ける職場環境を整えた「終身雇用」を目ざして、おもに次のことに取り組んでいます。 ■社員全員が正社員  社員一人ひとりが会社の一員としての認識を持ち、それぞれの持つ能力を発揮してできることを行い、支え合う。 ■すべての職種がジェンダーレス  本人の意向とものづくりへの意欲を重視した採用、製造現場への積極的な女性配置に取り組み、男女の隔てなく仕事ができる職場を実現しました。同時に、子育てをする社員が働きやすい環境づくりも推進し、産休・育休の取得はもちろん、復職しやすい環境となり、男性の育児休暇取得率も80%となっています。 ■活躍の場の創出  多様な人材が活躍する職場を目ざして、文・理系学科、あるいは経験の有無による職域、ハンディキャップの有無での制限はせず、積極的な採用活動に取り組んでいます。2025年10月現在、7人の障害者を雇用しており、障害の有無にかかわらず、全社員が互いを理解・尊重し、能力を発揮して働ける職場づくりに努めています。  「仕事ができるからその人を雇っているのであって、もちろん障害者を雇用することが目的ではありません。高齢者も、性別についても同じです。その人に長けていることがあるから、それを活かしたポジションについて働いてもらう。キャリアを積んだ社員が、意欲的に長く働ける環境を整えることが大切ですし、技術をつちかった社員が定着することが当社にとって、とても重要なのです」(森社長)  こうした取組みに社員が賛同し、同社は成長してきました。そして、黒字企業として安定した賃金の実現や、年齢を重ねても安心して働ける職場を目ざしていることが広まり、ここ数年、新規学卒者を毎年採用。入社後3年以内の職場定着率は100%を実現しています。「多様な人材の多様な技術や経験があるから多様な仕事ができる」という同社の強みが増したと森社長は強調します。 高齢者雇用の取組みのポイント  同社では、高齢者雇用に関連して、次のような取組みを展開しています。 ★定年以降の働き方は、健康やライフスタイルなどにより、フルタイム勤務のほか、短日・短時間勤務などを選択可能。 ★定年後も人事評価を行い、賞与に反映。 ★定年以降の退職金はないが、全社員に養老保険を契約しており、退職時に支給。 ★福利厚生の一つとして、資産形成や老後のお金の心配などについて、社員がファイナンシャルプランナーに無料で相談できるサービスがある。 ★健康、体力、収入面などについて、社長と社員とで話し合える環境づくりをしている。 ★2024年からフランチャイズで、生活支援「アシスタ」事業を開始。  アシスタは、介護保険では賄えない日常の不便を抱える高齢者と、それを解決する学生を同社がつなぐサービスです。  「庭の草取りや囲碁・将棋の相手がほしいといった依頼に学生に応えてもらう事業です。地域への恩返しになればと思い始めたのですが、当社の高齢社員にできることであれば、新たな活躍の機会になるかもしれないとも考えています」(森社長)  同社の取組みは、社員の定着率を高めることにつながっています。今回は、同社に勤めて25年の60歳の社員の方からお話をうかがいました。 「経験したからこそ力になれることがある。職場の役に立ちたい」  谷川とも子さん(仮名)(60歳)は、35歳で入社し、正社員としてフルタイムで働いています。コンピューターを使って設計や作図をするCADを担当。前職もアパレル企業でCADを使っていましたが、「業種が異なるとCADが違うため、入社時は未経験者とほぼ同じでした」とふり返ります。  現在の仕事内容は、注文書をもとに、切断する鉄製品の図面を作成したり、それを切断用の機械にプログラムすること。谷川さんは、「作成したプログラムに基づいて、切断、加工作業を経て出荷されるので、とにかくミスをしないことが重要です。納期に間に合うよう、最終工程まで頭に入れて迅速に作業することを心がけています。やりがいは、平面図から完成品をイメージし、プログラムすることで、それが製品の仕上げに役立ち、製品がいろいろなところで使われていることです」と笑顔で話します。  入社時は、小学生と中学生のお子さんの子育て真っ盛りの時期でしたが、働き続けられるように会社がサポートしてくれたそうです。お子さんたちが授業の一環で同社へ見学しに来たこともあり、「それが縁だったのか、二人とも設計の仕事をしています」と、お子さんが自分と同様の仕事を選んだことをうれしそうに話します。  定年は65歳になりましたが、旧制度の60歳で人生設計を考えていた社員もいることから、谷川さんが60歳になった際、森社長から今後の働き方の意向を聞かれたそうです。「そのとき、まだ自分が必要とされていることがわかり、うれしかったですし『まだまだしっかり働いていたいです』と即答しました」(谷川さん)  入社時は子育て、数年後にはご家族2人を介護していた時期もあったそうです。「最近は、私自身が病気をして休暇をいただいたのですが、無事に復帰することができました。ふり返るとたいへんな時期もありましたが、仕事を続けたいという気持ちがいつもありました。会社の制度や同僚の協力があって継続することができ、辞めずにこられてよかったと思っています。自分が経験したからこそわかることや、力になれることがあると思うので、これから会社に恩返しをしていきたいです。社員同士が助け合いながら、仕事を長く続けられる会社であることを、若い人たちに伝えていきたいし、その役に立ちたいと思っています」と話してくれました。 理想的な終身雇用を目ざして  市原プランナーは、「理想的な終身雇用を目ざして、生涯働いていたくなる職場づくりに注力されてきたことがよくわかりました。10年後、20年後を見すえて、社員のニーズを先にくみ取り、取組みを進めてきたことが、ベテラン社員の安心と若い人の採用につながっていると思います。すばらしいと思います」と同社の取組みを評価しました。  森社長は、「50代の社員が多いのですが、定年延長などの制度を整えたことにより50代や40代の社員の安心感を高めたと思います。年を重ねた経験豊富な社員が、今後も若手の育成をはじめ、いろいろな面で役に立ってくれると思います。どうしたら社員が長く働きたいと思う企業になれるか、つねに自問しながら、経営者としてはきちんと利益を出していくことに努め、社員に信頼される経営を続けていきたいです」と語りました。  社員が自社でつちかい磨いてきた技術をなによりも大切に考え、安心して長く働ける職場をつくることを追求している同社。今後の挑戦にも注目です。(取材・増山美智子) 市原良信 プランナー アドバイザー・プランナー歴:6年 [市原プランナーから] 「少子高齢化が進展するなか、高齢者の戦力化は中小企業の人材確保・育成にとってもっとも重要な人事戦略の一つと考えています。プランナーとして企業訪問する際は、高齢者雇用の延長の提案だけでなく、その企業が抱えている課題とセットで提案することを心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆岐阜支部高齢・障害者業務課の中野課長は市原プランナーについて、「企業での人事部門の経験に加えて、経営全般についての知識も豊富であり、企業の課題を顕在化し、解決のための適切な助言をていねいに行っています。また、後輩プランナーに対して、自身の経験をふまえたノウハウを惜しみなく伝えていただいており、とても頼りになる存在です」と話します。 ◆岐阜支部高齢・障害者業務課は、県内の企業が集中する岐阜市内の岐阜駅から徒歩10分程度のオフィスビル内という利便性の高いところに立地しています。 ◆同県では、11人のプランナー、アドバイザーが広い県域をくまなくカバーし、精力的に活動しています。2024年度は329件の相談・助言、126件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●岐阜支部高齢・障害者業務課 住所:岐阜県岐阜市金町5-25 G-front U 7階 電話:058-265-5823 写真のキャプション 岐阜県岐阜市 新世日本金属株式会社の工場 森託也代表取締役社長 CADのソフトウェアを立ち上げて仕事を開始する谷川さん