知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第89回 高齢者の体調不良と安全配慮義務、解雇後の再就職と就労の意思 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 持病を抱えている高齢従業員への安全配慮義務はどう考えればよいのでしょうか  持病を抱えている高齢従業員が、業務遂行中に脳梗塞で病院に運ばれました。労働災害に該当する可能性があり、会社にも使用者の責任があると指摘されているのですが、本人が持病を有していたことは考慮されないのでしょうか。 A  労働災害と認定された場合には使用者責任を問われる可能性が高くなりますが、使用者の責任を判断される際に、持病を治療せずに放置していたことや症状について報告していなかったことなどが考慮されて、責任が軽減される可能性があります。 1 高齢者と持病  65歳以上の労働者の割合が高くなり続けるなか、高齢者に対する安全配慮義務として、どのような配慮が必要であるか問題になることがあります。  高齢者とそれ以外の労働者における相違点があるとすれば、年齢を重ねていることから、身体的な能力が低下していることが多く、そのことをふまえた「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称「エイジフレンドリーガイドライン」)が策定されていることは、過去にもご紹介した通りです※。  エイジフレンドリーガイドラインにおいては、健康や体力の状況の把握もテーマに掲げられていますが、今回は、体力ではなく、健康の側面に注目したいと思います。高齢者は、体力の低下だけではなく、持病を有している確率も相対的に高くなります。例えば、生活習慣病と呼ばれるような症状(高血圧症、糖尿病、メタボリックシンドロームなど)があらわれることも多くなり、体調の管理に課題が出てくることがあります。  エイジフレンドリーガイドラインにおいて、健康状況の把握の観点からは、健康診断を確実に実施することに加えて、高齢者が自らの健康状況を把握できるような取組みとして、以下のような取組みが望ましいとされています。 ・法定健診の対象外であっても希望する者に対して勤務時間変更や休暇取得など柔軟に対応することや健康診断を実施するよう努めること ・健康診断の結果について産業医や保健師等に相談できる環境を整備すること ・健康診断の結果を通知するにあたり産業保健スタッフからていねいに説明すること ・日常的なかかわりのなかで、高齢者の健康状況に気を配ること  このように使用者には、高齢者の健康状況について把握するよう努めることが求められています。 2 持病が悪化した影響が大きい疾病に対する使用者の責任  大阪高裁平成15年5月29日判決では、心房細動の素因、高脂血症および飲酒といった生活習慣があった労働者が、業務中に脳梗塞を発症したという事案につき、使用者の責任が問われました。  労働者の遺族は、中高年齢者であるのに、業務が過重にならずほかの労働者との負担割合が公平になるように配慮しなかったこと、多数回の夜間作業や昼夜連続作業に就かせたこと、著しい連続勤務に就かせたこと、溶接時間が急増したこと、作業中に鉄粉が目に刺さるけがを負った後にもその体調を把握し安静にさせるなどをしなかったことなどを指摘し、使用者としての安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求しました。  裁判所は、労働者の遺族の主張内容をふまえつつも、脳梗塞発症時の健康状態についても考慮しながら、次のような判断をしました。  「健康状態及び業務実態によれば、本件脳梗塞は、…(中略)…業務によって蓄積した疲労のみを原因とするものではなく、B(筆者注:労働者)の心房細動(の素因)、高脂血症及び飲酒といった身体的な素因や生活習慣もその原因となっており、とりわけ、Bの脳梗塞は心原性のものでありその発症に心房細動が大きく関与したものと考えられる。そして、…使用者として安全配慮義務を負っており、労働者であるBの健康状態を把握した上で、同人が業務遂行によって健康を害さないよう配慮すべき第一次的責任を負っているから、Bの身体的な素因等それ自体を過失相殺等の減額事由とすることは許されない。」  この判断は、労働者が身体的な素因(例えば、持病など)を有していたことをもって、使用者の責任が軽減されるわけではないことを示しています。したがって、高齢者であるからといって、使用者の安全配慮義務が軽減されるわけではなく、むしろ年齢を重ねるごとにリスクが顕在化しやすくなるとすれば、より繊細な安全配慮義務を負担することが求められているともいえます。  身体的な素因を単純に考慮することはできませんが、持病を治療することなく放置したり、使用者が健康状態を把握することに非協力的な態度をとっていた場合には、使用者の責任が軽減されることがあり、同裁判例でも次のように判断しています。  「しかしながら、健康の保持自体は、業務を離れた労働者個人の私的生活領域においても実現されるべきものであるから、使用者が負う前記の第一次的責任とは別個に、労働者自身も日々の生活において可能な限り健康保持に努めるべきであることは当然である。本件において、Bは、…心房細動等により治療を必要とするとの所見を医師から示されており、それ以前から、心房細動同様に胸内苦悶や不整脈といった心由来の疾病に罹患した経験を有していた…それにもかかわらず、Bは、本件脳梗塞が発症するまで心房細動等についての治療等を受けなかった」として、治療を受けていなかったことを指摘し、さらに、「使用者が上記義務を十分に履行するためには、その前提として、労働者が使用者に対して、発生した事故の内容や自己の症状に関する報告をし、使用者側でこれを十分に認識する必要がある」として、自己の症状等について適切な報告をすべきと指摘しました。  最終的な判断としては、労使間の非対等性を考慮してもなお、損害の公平な分担という法の趣旨に鑑みて、使用者の安全配慮義務違反により被った損害額から4割を控除して、損害全体の6割に対する責任のみを肯定しました。  身体的な素因があること自体で使用者の責任が軽減されるわけではありませんが、健康の保持や具体的な健康状況の報告は労働者にも責任があるとされている点には注意が必要でしょう。 Q2 問題行動から解雇をした元従業員がいるのですが、すでに他社に再就職しているにもかかわらず復職の訴えがありました  先日、ある従業員を解雇したところ、当社に、その従業員が依頼した弁護士から内容証明郵便が届きました。内容証明郵便では、解雇は無効であるため、解雇から現在までの給与相当額を支払ったうえで復職の処理をするよう要請されています。しかしながら、その従業員は、現在では新たな会社に、正社員として就職しているようであり、当社で働いていたときと同水準の給与を得ているようです。仮に解雇が無効と判断されたとしても当社に復職する気はないように思いますが、このような場合でも、従業員の主張が認められるのでしょうか。 A  解雇された労働者が、解雇後に再就職をして、同水準の賃金を得ていたとしても、労働者の主張がただちに否定されるものではありません。裁判例でも、生活の維持のため、解雇後ただちにほかの就労先で就労することは復職の意思と矛盾するとはいえないとして、労働者が再就職先で同水準以上の賃金を得ていた事案で、就労意思の喪失を否定しています。 1 解雇のハードルについて  会社と従業員は、労働契約という契約関係にあります。労働契約の基本的な内容は、従業員が会社に対して、労務提供義務を負い、他方で、会社が従業員に対して、賃金支払義務を負うというものです(民法第623条)。  一般に、当事者の一方が債務を履行しない場合、他方当事者は契約を解除することができます(民法第541条、第542条)。そのため、労働契約においても、会社は、従業員が労務提供義務を満足に履行しない場合には、当該従業員との間の労働契約を解除(解雇)することができるということになりそうです。しかしながら、労働契約法は、会社の従業員に対して行う解雇に一定の制限を課しています。  すなわち、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められなければ、解雇権を濫用したものとして無効とするとしています(労働契約法第16条)。そのため、実務上は、単に、労働者の労務提供義務の履行が満足に行われていないというだけでは、解雇は有効とは認められない可能性が高いです。  労働契約およびそこから発生する賃金は、従業員にとって生活の礎であり、これを簡単に失ってしまうとすれば、当該従業員の生活は不安定なものとなってしまうため、解雇には、通常の契約解消に比して高いハードルを設定しているのです。 2 違法な解雇の帰結  それでは、会社が違法無効な解雇を行ってしまった場合には、どうなってしまうのでしょうか。解雇が無効となった場合の法的な帰結について整理したいと思います。 (1) 労働者たる地位の存続  解雇が無効である以上、会社と従業員との間の労働契約は、未だ解消されていないことになるため、従業員の有する会社の労働者たる地位は存続することになります。 (2) 賃金請求権の継続的発生  労働契約が存続する以上、従業員は会社に対して労務提供義務を負い、会社は従業員に対して賃金支払義務を負うこととなります。そして、賃金支払義務は、労務提供が行われたことにより、具体的に発生することとなります(ノーワーク・ノーペイの原則)。  そうすると、解雇された従業員は、解雇後は会社に対する労務提供を行っていないのだから、労務提供義務の履行がない以上、賃金支払義務(賃金請求権)も発生しないとも思えます。  しかしながら、これについては、労務提供義務の履行を行えないのは、会社の違法な解雇によるものであるため、反対債権である賃金支払請求権は存続すると考えられています(民法第536条2項)。つまり、従業員が働いていないとしても、それは会社のせいであるため、従業員が働いているかどうかにかかわらず、賃金支払義務は発生し続けるということです。  そのため、違法無効な解雇を行った会社は、解雇日以降も、従業員に対する賃金支払義務を負い続けるということになります。 3 就労の意思  労働者が解雇後に就労の意思を喪失した場合には、解雇の承認により労働契約が終了する、解雇の意思表示と相まって労働契約が終了する、解雇と並行してなされた使用者の合意解約の申し込みに対する労働者の承諾の意思表示がなされたことにより終了するなど、法的構成はいくつかあるものの、労働契約は終了し、労働者は労働契約上の地位を喪失すると考えられてます。  また、バックペイの発生根拠は、労働者の労務提供義務の履行が会社の帰責事由により不能となっていることにあるところ、労働者において就労の意思がない場合には、会社の帰責事由による労務提供義務の履行不能とは評価できず、バックペイの発生が否定される可能性があります。  ただし、解雇された労働者が生計を維持するために他社に再就職をするということは、通常なされるものであるため、単に解雇後に再就職をしているというだけでは、就労意思の喪失はただちには認められないと考えられています。 4 フィリップス・ジャパン事件(東京地裁令和6年9月26日判決)  就労意思の喪失が問題となった最近の事例として、フィリップス・ジャパン事件があります。  この事件は、能力不足を理由に解雇された労働者が、会社に対して、賃金などを請求した事件です。従業員は、解雇がなされた後に、他社に解雇前と同水準以上の労働条件で就職していたため、会社側としては、労働者の就労意思の喪失を主張しました。  この点につき、裁判所は、「一般に解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、解雇後直ちに他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他の就労先で就労を開始した事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと直ちに認めることはできない」とした高裁判決(新日本建設運輸事件、東京高裁令和2年1月30日)を引用し、労働者の就労意思の喪失を否定しています。 ※ 本連載第58回「エイジフレンドリーガイドラインの詳細」(2023年3月号)をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202303/index.html#page=48