新連載 諸外国の高齢化と高齢者雇用 第1回 アメリカ合衆国 独立行政法人労働政策研究・研修機構 人材開発部門 副統括研究員 藤本(ふじもと)真(まこと)  世界でもっとも高齢化が進行している国が日本であることは、読者のみなさんもご存じだと思いますが、高齢化は世界各国でも進行しており、その国の法制度に基づき、高齢者雇用や年金制度が整備されています。本連載では、全6回に分けて、各国における高齢者雇用事情を紹介します。第1回は「アメリカ合衆国」です。 「年齢による雇用差別禁止法」により違法となる定年制  日本では一般的な定年制=一定の年齢に到達したことを理由に雇用契約が終了する制度を、年齢による差別として違法とし、禁止する国・地域があります。そうした国・地域としてもっとも著名なのが、「年齢による雇用差別禁止法」(Age Discrimination in Employment Act、以下、「ADEA」)を制定・施行しているアメリカ合衆国(以下、「アメリカ」)です。  ADEAは1967(昭和42)年に、公民権運動など社会におけるさまざまな差別を解消していこうとするトレンドのなかで制定されました。その目的は、年齢が能力に影響するという根拠のない思い込みによって高齢労働者が雇用において直面しうる不利益に対処することです。ADEAは、従業員が20人以上の雇用主(国や州を含む)を対象とし、40歳以上の労働者を、採用、賃金、解雇、昇進、労働条件など、雇用のあらゆる場面で年齢を理由に差別することを禁止しています。また同法は、職業紹介所が年齢を理由とする職業紹介の拒否その他の差別を行うことや、労働組合が年齢を理由として組合員資格の剥奪やその他の差別を行うことを禁じています。1967年の制定当初は、65歳までの労働者に対する差別が禁止対象となっていましたが、1986年に上限年齢についての規定がなくなりました。  ADEAで禁止されている年齢を理由とした雇用における差別的慣行には、求人広告で「新卒者」のような年齢を特定する表現を用いることや、解雇の決定において年齢を要因として用いることなどが該当します。また、高齢者に対する敵対的な職場環境の形成につながるような、頻繁もしくは深刻な年齢を理由としたハラスメントのほか、例えば職務に直接関連しない体力テストが高齢の応募者を排除する可能性があるといった場合など、一見年齢中立的ではあるものの実際は「差別的影響」を持つ雇用方針・慣行も禁じられています。  ADEAの執行は、おもに雇用機会均等委員会(EEOC)がになっています。年齢差別の被害を受けたと主張する労働者は、裁判所に訴訟を提起する前に、問題となる違法行為が生じた日から180日以内にEEOCに行政救済申立をしなければなりません。EEOCは申立を受理した後、調査、調停を進め、調停で解決しなかった場合に、申立をした労働者に対して訴訟提起権通知書を発行します。  なお、アメリカにおいても定年制が許容されるケースがあります。一定金額以上の退職金を受給できる上級管理職等に対し、65歳以上での定年を適用するケースや、州の警察官や消防士に対して、州法または地域法で55歳以上の定年年齢を規定するケースなどです。 シニア労働者の増加と課題  ADEAが制定・施行されたアメリカですが、65歳以上人口に占める雇用者の割合は1970〜1980年代を通じて低下し続けました。しかし1987年に約11%となって以降は上昇に転じ、2023(令和5)年には65歳以上人口の19%が雇用者として働いています(Pew Research Center, 2023)。またアメリカ労働統計局の集計によると、2024年の65歳以上雇用者は約1128万人(前年比40万人増)で、16歳以上の全雇用者(約1億6135万人)の約7%を占めています(図表)。労働統計局は今後も65歳以上の雇用者数は増加すると見ており、2032年には全雇用者の8.6%に達すると推測しています。  65歳以上のシニア雇用者が増加した理由の一つは、アメリカ全体の高齢化です。日本ほど急速ではありませんが、アメリカでも人口の高齢化が進んでいます。特に第2次大戦後の1946〜1964年に生まれた「ベビーブーム世代」が65歳以上となる2011(平成23)年以降、高齢化が加速しており、2010年に13%であった65歳以上人口の比率は、2030年には20%に到達すると予測されています。  人口面以外のシニア雇用者増加の要因としては、@現在の高齢者はかつての高齢者に比べて教育水準が高いこと、A現在の高齢者はかつての高齢者に比べて健康状態がよく、障害を負う可能性も低いこと、B主要な退職金制度が、確定給付型から401Kなどの確定拠出型に移行し、雇用者の早期退職がうながされなくなったこと、C1983年の社会保障制度改正により、満額受給開始年齢が65歳から67歳に引き上げられたこと、D肉体的に過酷ではない、より大きな自律性と柔軟な勤務スケジュールを許容する仕事が増えたこと、などをあげることができます★1。  シニア雇用者が増加するなかで、さまざまな課題も浮かび上がっています。アメリカ上院の労働力の高齢化に関する特別委員会は、2017年に発表した報告書のなかで、シニア雇用者が活き活きと働くことをむずかしくする諸課題として、以下の点を指摘しています★2。第一はADEAが施行されているにもかかわらず根強く残る年齢差別です。第二は、高齢者は新しい技術に不慣れであるという偏見などにより、企業側がシニア雇用者への投資に消極的であったり、シニア雇用者自身が新しいスキルを学ぶ機会を得られなかったりするという、不十分な教育訓練機会の問題です。第三は、より高齢になるにしたがって上昇するシニア雇用者が抱える健康リスクへの対応、第四は高齢の親族の介護をしながら働くシニア雇用者の「仕事と介護の両立問題」への対応です。第五に、引退に向けた経済的な備えが十分にできないために、希望するよりも高齢に至るまで労働条件を下げてでも働かざるを得ないシニア雇用者の存在が課題として指摘されています。 【参考文献】 ★1 Pew Research Center, 2023, Older Workers Are Growing in Number and Earning Higher Wages. ★2 United States Senate Special Committee on Aging,2017, America's Aging Workforce: Opportunities and Challenges. 図表 65歳以上のシニア雇用者の人数と全雇用者に占める割合(2020〜2024年) 2020年 981.8万人 2021年 1012.7万人 2022年 1057.4万人 2023年 1087.9万人 2024年 1127.6万人 出典:アメリカ労働統計局集計