特別寄稿 中小企業(建設業)における高齢社員と若手社員の効果的なコミュニケーション 〜『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブック』より 玉川大学経営学部 教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 1 はじめに−「ヒト」から見た建設業界が置かれている現状と課題  建設業の就業者数は、2021(令和3)年平均で485万人で、ピーク時の1997(平成9)年平均から約29%減少している。また、55歳以上が35.5%、29歳以下が12.0%などと高齢化が進行している。建設業就業者数の減少と高齢化にともない、にない手の確保と次世代への技術承継が大きな課題となっている。こうしたことから、建設業では、若年入職者の確保・育成が課題とされてきた。しかしながら、若者を採用しようにも若年人口は減少しており、若年労働者の確保はむずかしい状況にある。  人手が不足するなかで「働き方改革」への対応も必要となっている。2018年に成立したいわゆる「働き方改革関連法」(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)は、50年後も人口1億人を維持し、だれもが活躍可能な社会(「一億総活躍社会」)の実現を目ざして、日本における8本の労働法の改正を行うための法律の通称である。  働き方改革関連法のおもな内容のなかで、建設業で特に影響が大きく、対応が急務となっているのが「時間外労働の上限規制」の適用である。建設業での適用には5年間の猶予が設けられていたが、2024年4月度から適用開始となっている。時間外労働の上限規制は罰則規定つきであり、守らない場合は、労働基準法違反として、「6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」が科されることになる。また、罰金にとどまらず、違法行為を行ったとして公共工事の受注などにも影響してくる。「働き方改革」に取り組むことは、現在の働き手の環境を改善するだけでなく、次世代のにない手の確保につながる。しかしながら、直近では、時間外労働に制限がかかり、生産性の向上なしには人手不足感に拍車がかかることとなる。  このように、建設業界は、「若年層の採用難」、「人材の量的な不足」、「人材の高齢化」といった人材問題を抱えている。業界の持続的な発展のため、ICT化等により生産性を向上させつつ、働き方改革を進め、処遇改善を図ることでにない手を確保していくことが必要である。そのためにも、意欲ある高齢社員(60歳以降の社員)にできるだけ長く活躍してもらい、にない手を確保するとともに、若手社員の定着や中堅社員の負担軽減にいかにつなげていくかが大きな課題となっている。 2 高齢社員に期待されている役割とは  執筆者が参加した一般社団法人日本機械土工協会・機械土工工事業高齢者雇用推進委員会(2023)『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブックー高齢従業員の活躍と若手従業員の定着に向けて』(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構委託事業)※は、高齢社員と若手社員のコミュニケーションに着目し、高齢社員と若手社員とのコミュニケーションのコツや、お互いの得意・不得意を補完し合って協業している事例などを紹介するとともに、機械土工工事業における高齢者活用の推進方策を取りまとめている。  それによれば、高齢社員の多くに期待されていることは、長年つちかってきた「技術・技能」、「経験やノウハウ」が活かせる分野でできるだけ長く活躍してもらうことであるが、これに加え、一部の高齢社員は、多忙な中堅層の役割の一部を肩代わりしてもらう役割を果たしている。建設業界(機械土工業界)の企業のなかには、社員の年齢構成が歪(いびつ)になっていて、人数が相対的に少ない中堅層に負担が集中しているケースがみられる。中堅層の負担を軽減する方向で、若手社員の指導や育成をになってもらったり、職長や現場代理人等の仕事をサポートしたりする役割をになっている(図表1)。加えて、職長や現場代理人等の相談相手になってもらうことで、中堅層の負担を軽減しているケースもみられる(図表2)。 3 高齢社員と若手社員の効果的なコミュニケーションの取組み (1)怒ってはいけないのか  高齢社員と若手社員がともに働くうえでも、高齢社員が若手社員を指導・育成するうえでも、鍵になるのがコミュニケーションである。高齢社員のなかには、若手社員とのコミュニケーションが苦手という人もいる。他方、若手社員の側にも、高齢社員に苦手意識を持つ人がいる。高齢社員と若手社員のコミュニケーションをよくすることは、職場の雰囲気をよくし、ともに働きやすく、続けやすい職場をつくることにつながる。  若手社員とうまくコミュニケーションがとれている高齢社員の特徴をみると、「絶対怒らない」、「優しい」といった特徴がみられるが、多くの者は「怒り方」を工夫している。安全にかかわること、危険を避けるためには、怒鳴ったり怒ったりせざるを得ない場も少なくない。必ずしも怒ることがだめなわけではなく、怒り方や怒った後の切り替えを工夫することが大切であることが明らかになっている。また、教え方に関しては、褒めて伸ばすほうがよいとの意見も多くみられる(図表3)。 (2)若手社員とうまくコミュニケーションがとれている高齢社員の特徴  若手社員とうまくコミュニケーションがとれている高齢社員の特徴は以下の六つに整理することができる。一つめは、声がけができる人である。来るものは拒まない、どんな人でも受け入れる、面倒見がよい、口数の多い人のほうが若手社員と打ち解けるのは早い、些細な気づかい、声がけができる(若手社員は自ら高齢社員へ話しかけることがむずかしいので重要である)、という特徴を持っている。  二つめは、褒めることができる人である。笑顔、褒める、この2点に尽きる。よくできたことはしっかりと「こういうところがよかった」と褒める。うまく褒めることは作業効率が上がることにつながる。  三つめは、上から目線でない、押しつけない人である。上から目線で指導しない。上から目線ではなく、アドバイス的な物言いをする。自分の考えを押しつけない。頭ごなしに批判しない。あたりが柔らかい。寄り添った会話ができる。相手を思いやり、見守り、困ったときに優しく助けることができる人である。  四つめは、相談しやすい、聞き上手な人である。相談しやすく、若手から高年齢の人までの相談役になっている人である。相手の特徴をつかんで、成長につながるアドバイスができている。相談しやすい雰囲気を持っている。話をよく聞いている。自分の経験を強く出さない冷静さがある。  五つめは、ブレない人である。自分の仕事に対して自信を持っている人である。指示や指導を行っても意見がブレないので、若手社員が不安や不信感を抱かず素直に聞くことにつながっている。  六つめは、上記の五つ以外での要素、若手社員に偉そうにいわれても気にしてない、ひねくれていない。「オレが若いころは…」と語らない、人の悪口、自慢話、昔話をしない、人である。 (3)高齢社員が若手社員とのコミュニケーションをよくする工夫  若手社員とうまくコミュニケーションがとれている高齢社員は、「シニアの側から声がけする」、「タイミングと距離感を図る」、「意見を否定しない」、「すべて聞き終わってから意見をいう」などを心がけている。例えば、高齢社員の側から「わからないことがあるか」と聞く。若手社員が返事をしなくても、とにかく話し続ける。コミュニケーションをとることも仕事のうちであると割り切っている。コミュニケーションでむずかしいのはタイミングと距離感である。聞く側のスキルが重要である。一方的な説教はダメだし、放っておいてもよいわけではない。いいたそうなしぐさを見つけたら話しかける。そうしたことで「この大人になら話してもよい」と思ってもらえることが必要である。若手社員の意見を否定せずにすべて聞き終わった後で、判断し、指示をしている。若手社員の意見を一方的に否定せず、ある程度同調しながら作業している。仕事をするうえで若手と目線を同じにし、上から目線を出さない、などの工夫を行っている。 (4)高齢社員とうまくコミュニケーションがとれている若手社員の特徴  他方、高齢社員とうまくコミュニケーションがとれている若手社員の特徴は以下の二つに整理することができる。一つめは、素直、謙虚、敬意を払える人である。素直な性格で、いわれたことをとりあえずやってみる。謙虚でまじめである。高齢社員は若手社員を育ててあげたいという気持ちが強いので、謙虚に教わる姿勢が大事である。相手に敬意を払っている。  二つめは、学ぶ意欲がある人である。作業内容や手順を覚え、指示される前に動くことができる。いわれる前に動ける。機械に乗るのが好きで意欲がある。自分が上達するために「なぜあそこでは、あのように動かすのですか」などと質問できる。技能、技術を学ぶ意欲がある人である。不明な点は理解できるまで聞き、遠慮なく何事も聞くことができるという特徴を持っている。 4 おわりに−高齢社員と若手社員の効果的なコミュニケーションに向けて  企業経営を取り巻く環境の変化にともない、労働者(従業員)を取り巻く環境は大きく変化しつつある。その結果、市場と企業が「労働者(従業員)に求めること」は確実に変化してきている。そのため、企業は「社員にどのようなことを期待しているのか」を明確にしたうえで、それを社員に知らせ、他方では「社員は何の能力やどの程度の意欲を持っているのか」を正確に把握することが必要である。これを社員の側からみると、企業が「社員に期待する役割」を知り、他方では「社員の持っている能力や意欲」を明確にしたうえで、それを会社に知らせることが必要になってくる。つまり、企業は高齢社員に若手社員とコミュニケーションを図ることが仕事の一環であることを明確にし、それをふまえて、高齢社員が若手社員とコミュニケーションを図るに際して、何が課題であるのかを把握する。把握した課題を解決するための取組みを行う、ということである。  こうした仕組みは、企業にとって高齢社員を戦力化し、若手社員との効果的なコミュニケーションを図るためには必要不可欠である。と同時に、高齢社員にとっても、長く働き続けていくためにも必要である。それは、企業が高齢社員に期待する役割が現役時代(59歳以下)と変わることと、高齢社員自身にとっても、多くの企業が採用している定年年齢である60歳時点を契機として、働く意識や意欲も変わるからである。 【参考資料】 一般社団法人日本機械土工協会・機械土工工事業高齢者雇用推進委員会(2023)『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブックー高齢従業員の活躍と若手従業員の定着に向けて』(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構委託事業) (https://www.jeed.go.jp/elderly/enterprise/guideline/q2k4vk00000510a0.html) ※このガイドブックは、日本機械土工協会の会員企業および会員企業の社員を対象にアンケート調査およびヒアリング調査を実施し、その結果をふまえて「機械土工工事業高齢者雇用推進委員会」で検討を行い、機械土工工事業における高齢者活用の推進方策を取りまとめたものである。アンケート調査は企業(人事担当責任者)および職長・現場代理人調査の二つが実施された。回答企業の従業規模は300人未満が92.1%を占めている 図表1〈事例〉職長や現場代理人等の仕事をサポートする例 ・定年は60歳、希望者は継続で65歳までとしているが、実際は技能者で72歳、技術者で65歳で働いている人がいる。働き方は現役時と変えていない。定年時に役職は外すが、現場代理人が不足しているので、再雇用者にお願いすることがある。その場合は、現場代理人手当を付けている。 ・社内講師として活躍している高齢者がいる。定年前は安全部長を務めた人で、インストラクター資格を取り、特別教育や職長教育など、職場を回っていろいろしてもらっている。うちだけでなく、下請けを集めて教育するなどしている。 ・現場管理者の先輩として、管理をしていく上でのポイントや注意すべき事等を具体的な事例を交えて現場管理者に指導してくれる。 ・現場代理人の経験者として、自らそれに関する仕事をしたり、若手に教育したりしている。 出典:一般社団法人日本機械土工協会・機械土工工事業高齢者雇用推進委員会(2023)『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブックー高齢従業員の活躍と若手従業員の定着に向けて』 図表2〈事例〉職長や現場代理人の相談相手になっている例 ・こまかな作業で、コツコツと作業を進めてくれる。私たちとは違った目線で物事を見ていて、私たちが気付かなかった所を助言してくれる。 ・掘削作業において、「自分ではこう思っているが、合っているか」、「他のやり方はあるか」等、いろいろ相談にのってもらっている。型枠工に付いても同様である。 ・経験が豊富なため、施工についての相談をしたり、安全設備等について提案してもらっている。 ・経験のない作業を行う際、高い技術、経験を生かしたアイデアを豊富に出してくれている。 ・進捗遅れの時などに、アドバイスをしてくれる。 ・管理技術の指導を行っている。 出典:一般社団法人日本機械土工協会・機械土工工事業高齢者雇用推進委員会(2023)『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブックー高齢従業員の活躍と若手従業員の定着に向けて』 図表3〈事例〉怒ってはだめなのか(若手従業員とうまくコミュニケーションがとれている高齢従業員の特徴より) ■怒ってはだめか ・絶対怒らない。物腰が優しい。孫のような接し方をしている。 ・若手従業員の話にも耳を傾けると共に、時には叱る事も辞さない(嫌われる事を恐れない)将来を見据えた接し方には感銘を受ける。 ■怒った後が大事 ・叱る時は叱るが、その後のフォローが上手い。 ・危険な時には厳しく指導するが、休憩時にはプライベートな話をするなどON/OFFができている。ほど良い緊張感のある現場をつくっている。 ・厳しい時は怖いところもあるが、常は明るくニコニコして、若手も声を掛け易い。 ■怒り方・教え方の工夫 ・叱り過ぎない。ダメ出しばかりでなく、仕事をやらせてみて、失敗した所で説明し理解をさせる。 ・失敗してもキレない。怒り方も優しい。自分の失敗談をし、「こうしたらよかった」などとアドバイスをくれる。仕事以外でも相談に乗ってくれ、話しやすい。 ・上から目線で指導しない。上から目線ではなく、アドバイス的な物言いをする。 ・間違いを指導する時、頭ごなしに怒っても聞く耳を持たない。たとえば、まずは、若手がした間違いを冗談まじりでデフォルメした失敗例を見せる。若手が萎縮するのではなく、笑みを浮かべながら何となく理解したところで、落ちついて、もう一度しっかり指導する。そうすることで、若手は確実に聞く耳を持ってくれる。 ・怒るわけでなく、冗談も言いながら、諭す、教えるといった表現が正しいようなコミュニケーションをとっている。 ■褒めて伸ばす ・良くできた事はしっかりと「こういう所が良かった」と褒める。 出典:一般社団法人日本機械土工協会・機械土工工事業高齢者雇用推進委員会(2023)『機械土工工事業における高齢者活用推進のためのガイドブックー高齢従業員の活躍と若手従業員の定着に向けて』