技を支える vol.358 アナログ制御の機械で精度の高い箔押(はくおし)を実現 箔押印刷工 渡辺(わたなべ)繁(しげる)さん(65歳) 「むずかしい仕事を手がけて、お客さまから『よかったよ、渡辺さん』と喜んでもらえると、職人冥利(みょうり)に尽きますね」 47年のキャリアを持つ「新宿ものづくりマイスター」  金箔(きんぱく)や銀箔(ぎんぱく)などのフィルムを、紙や布などの素材に熱と圧力で転写する「箔押」。本の表紙、ポスター、ハガキ、製品パッケージなどに、メタリックな光沢を施(ほどこ)す加工技術だ。例えば、上の写真は箔押で干支を表現した年賀状。左は金箔、右の2点は赤い顔料の箔が押されている。この仕事に47年間従事しているのが、有限会社繁光堂(はんこうどう)箔押印刷(東京都新宿区)の代表取締役社長、渡辺繁さん。その技術が認められ、2024(令和6)年度の「新宿ものづくりマイスター」に認定された。 豊富な経験をもとに最適な温度・圧力を見出す  同社は渡辺さんの祖父が1939(昭和14)年に創業。渡辺さんは高校卒業後、同業他社での修業経験を経て、三代目として家業に入った。  「祖父の時代は手動の機械を使っていました。私が小学生のころ、父が電気化された全自動機・半自動機を導入したこともあり、親の代で終わりにしてはもったいない、という気持ちが生まれました。仕事を始めてからは、とにかく“見よう見まね”で覚えましたね」  当時導入された機械が、現在も活躍している。近年は数量の少ない仕事が多いため、一度セッティングすれば自動で大量に処理できる全自動機よりも、1枚1枚手差しで加工する半自動機を使うことが多い。その理由は、細かな調整が効くためだ。  箔押は、加熱した版に圧力をかけて箔を素材に転写する。紙などの材質と使用する箔の組合せ、さらにはデザインによって、転写時の最適な温度や圧力が異なってくる。そのため、温度や圧力の微妙な調整が重要になる。それを可能にするのが、昔ながらのアナログ制御の半自動機であり、最適な温度・圧力を見つけるには、長年の経験がものをいう。  「特に最近は、箔押しする素材の予備が少ないことが多いため、試し押しの段階から、できるだけ失敗しないことが求められます」  また、顧客が求める品質のレベルも以前よりも高まっているため、検品しながら進めるうえでも半自動機が適しているという。  準備段階では、箔を紙などに均一に定着させるための「ムラ取り」が必要になる。経験とセンスが求められ、「箔押の肝(きも)」となる技術だという。  また半自動機では、箔押しする紙などを手差しで出し入れするため、その位置決めも重要になる。紙の場合は「見当」という道具を使い、紙を置く位置を正確に決める。同じ紙に異なる箔を押すケースもあり、その際はそれぞれの箔の位置がずれないように、位置決めにはかなりの精度が要求される。  渡辺さんはこれらの技術を駆使し、やわらかい布への箔押や、複数の箔を組み合わせるなど、これまで数々の難易度の高い箔押を成功させてきた。 家族の絆を大切に技術を継承していく  このように、箔押は経験が大きくものをいう仕事であり、渡辺さん自身も、まだまだ経験が足りないと考えている。  「新しい材料が出てきたり、経験したことのないものを依頼されたりすることもありますから、つねに勉強するようにしています。毎日のように挑戦できることが、この仕事の魅力かもしれません」  仕事をするうえで大切にしていることが二つある。一つは顧客の要望にできるかぎり応えること。そしてもう一つは家族の絆だ。会社は家族で経営しており、同社のもう一つの工場も弟の家族が運営している。じつは「繁光堂」という社名は、渡辺さんの父が、2人の息子の名前から名づけたもの。息子の匠(たくみ)さんが入社してからは、一緒に仕事をしながら技術の継承を進めている。  「家族あっての仕事なので、これからも家族の絆を大切にしながら、箔押の技術を次の世代へ引き継いでいきたいと思います」 有限会社繁光堂箔押印刷 TEL:03(3260)2941 (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション (版のデザイン制作:タイム・スペース・アート株式会社) 手差しで1枚ずつ加工する半自動箔押機。版を付けた熱板で、箔と紙などの素材に圧力をかけることによって、素材に箔を定着させる 幅80pまでの箔押ができる半自動箔押機。面積が広ければ広いほど、箔を均一に定着させるためのムラ取りの難易度が増し、調整に時間がかかる 四代目にあたる息子の匠さんの作業を見ながらアドバイスをする。匠さんは「父の豊富な経験に学ぶことは、まだまだ多い。生涯現役で続けてほしい」と期待を寄せる 箔押の準備@:箔押に不可欠な版は、製版会社に外注する。この版を箔押機の盤につけ、熱と圧力で箔を紙などの素材に転写する 箔押の準備A:@の版を使って、試しに箔押ししたもの。箔が転写されていない白い部分(=ムラ)をなくす必要がある 箔押の準備B:ムラ取りができたら、箔押をする紙を置く位置の見当をつける。(@、Aの図柄は渡辺さんの母校の小学校の校章) 箔押をした製品の一例。箔押は文具、パッケージ、ポスター、カタログなど、さまざまな製品に用いられている 箔押に用いる箔のロール。同じ色でも、裏に付着している接着剤によって複数の種類があり、転写する素材との相性で選ぶ