特集 年金入門  2025(令和7)年に成立した「年金制度改正法」。読者のみなさまはどこまでご存じですか? 年金保険の加入対象の拡大や、在職老齢年金の見直しなど、人事担当者として押さえておきたい改正もありました。各種改正内容は、2026年4月より順次施行されます。  そこで今号の特集は、新しい公的年金の仕組みに焦点を当てた「年金入門」と題し、2025年の改正内容を中心に解説します。老後資産形成に向けてNISAなども注目を集めるなか、公的年金は老後生活の土台となるもの。従業員の金融リテラシーの向上に向け、ぜひお役立てください。 総論 新しい時代の年金制度とライフプランニング 大妻女子大学短期大学部 教授 玉木(たまき)伸介(のぶすけ) @はじめに  公的年金の制度は、その時代の日本国民の暮らしの実態の変化への適合をくり返していかねばなりません。そのような変化とは具体的に何であるのかといえば、もっとも根本的なものは、高齢期の人々の肉体的な若返りといえるでしょう。若返りを医学の角度から科学的に研究した成果の一つが、2017(平成29)年の「高齢者の定義と区分に関する、日本老年学会・日本老年医学会 高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提言」です。  同提言においては、「現在の高齢者においては10〜20年前と比較して加齢に伴う身体的機能変化の出現が5〜10年遅延」していること、すなわち「若返り」が指摘されています。  同時に、国民の働き方や家族のあり方も、高齢者や女性の就業が劇的に拡大するなど、最近の10〜20年できわめて大きく変化しています。加えて、インフレーションが定着する可能性も出てきました。  こういう新しい時代において、年金制度と人々のライフプランニングの関係をどう考えたらよいのでしょうか。 A高齢者と女性の就業の増加による年金制度の「若返り」  近年、生産年齢人口(15〜64歳)は年に50万人前後のペースで減少しています。2010年の8103万人から2023(令和5)年の7395万人へと、13年間で708万人減、年に約54万人の減少です※1。これに着目して「年金制度は維持できない」という悲観的な見方も出されました。  ところが、この間の就業者数は、2010年の6298万人から2024年の6781万人へと、14年間で483万人、年に約35万人も増えています※2。悲観的な見方の根拠は大きく揺らいでいるのです。  65歳以上の年齢階層別就業者数(男女計)の推移を見てみましょう。  図表1(8ページ)を見ると、2010年代前半から65〜69歳の就業が増加しています。これは、ベビーブーマー(出生率が上昇した1946〈昭和21〉年から1964年に生まれた世代。1948年生まれは2013年に65歳)が65歳を超えて多く働いたからです。2020年ごろにベビーブーマーが70代に入ると、今度は70〜74歳の就業者数が増えました。ベビーブーマーは働き続けたのです。さらに、75歳以上の就業者数は2005年の103万人が2024年には248万人へと2.4倍になっています。わが国の65歳以上の方々のありようは、かくも大きく変わったのです。  女性はどうでしょうか。図表2で女性の年齢階層別の就業率を見てみましょう。2005年のグラフを見ると、30代前半および後半の出産・子育て期の就業率のへこみがどんどん小さくなっています。30代前半および後半の就業率は2005年以降の20年弱の間に20ポイントほども上昇しました。これは劇的な変化です。 B就業増加と将来の年金  このような変化は、いうまでもなく、年金財政の基盤を強化します。わが国の年金制度は、若返ったのです。2024年の財政検証で将来の所得代替率が上昇したこの背景には、こういう事情がありました※3。  少子化の背後には、若者の不安があるのかもしれません。それが、「年金は破綻するのではないか」などという懸念で増幅されているとしたら、不幸なことです。若者には、十分に説明せねばなりません。この点、今回の財政検証では、国民への説明の道具立てにおいてイノベーションがありました。それは将来の給付額の分布推計です。  これは、人々の加入状況およびそれを反映した将来の給付の分布をシミュレーションしたもので、年金給付に関する世の中全体の姿を描いています。  このようなシミュレーションの結果、得られる年金給付の将来像は、モデル年金(夫は会社員を40年、その間、妻は専業主婦という夫婦がもらう給付)が描き出すものに比して、少なからず明るいものです。なぜでしょうか。今後は、女性が厚生年金に加入する期間が長くなって、報酬比例部分が増えるからです。  2024年財政検証における2060年度のモデル年金(2024年価格)は、成長型経済移行・継続ケースで33.8万円、過去30年投影ケースで21.4万円となっています。後者は、2024年度の22.6万円より少し減ります※4。  これに対し、いまの若い女性は、厚生年金加入期間が彼らの母親たちよりはるかに長い人生を送るので、将来の報酬比例部分が増えます。1959年度生まれの女性の平均が9.3万円のところ、2004年生まれの女性の平均は、成長型経済移行・継続ケースで19.8万円、過去30年投影ケースでも11.6万円に増えます※5。  若者への説明では、「夫が40年間厚生年金に加入して平均的な収入を得て、妻は40年間専業主婦」という前提のモデル年金は、いったん、脇に置いてもよいでしょう。彼らが結婚する場合のライフプランニングに関し、「@夫婦共働き、A45〜50年の勤労、B70歳または75歳までの受給繰下げ」という選択肢(受給額はモデル年金をはるかに超える)にも目を向けさせることが賢明ではないでしょうか。 C労働力稀少社会の到来と経済の潮目の変化  2010年ごろ、人数が多いベビーブーマーは60代前半、ベビーブーマージュニアは30代から40歳前後の働き盛りでした。つまり、当時のわが国の労働市場には、ともに人数の多いベビーブーマーとベビーブーマージュニアがいて、労働力を供給しました。さらに、女性が家庭から出て就業することが増え始めていたので、労働力の需要側の企業にとっては、選りどり見どりの天国ともいえるものでした。  ところが、いまや、状況は一変し、ベビーブーマーの引退などからどこもかしこも人手不足です。本格的な労働力稀少社会が到来しつつあります。労働市場において、最低賃金が上昇し始めました。ここ数年、年に5〜6%ずつ上昇しています。企業の間では、初任給を30万円以上にするなどの積極的な人材確保策の事例が増えてきました。5年前の2020年(コロナ禍が始まった年)は、まだ、デフレ脱却が叫ばれていましたが、いまや政治の焦点の一つは物価高対策です。経済の潮目が変わったのかもしれません。 D経済の潮目の変化と年金制度  こういう経済の潮目の変化と年金制度はどう関係するでしょうか。短時間労働者などへの被用者保険(厚生年金保険など)の適用拡大を巡る環境に変化が生じるかもしれません。  今回の年金制度改正では、適用拡大に向け、企業規模要件が撤廃されたり、個人事業所の非適用業種において適用拡大の道が部分的に開かれたりしました。しかし、企業規模要件の撤廃は2035年にかけて段階的に行うとされ、また、非適用業種の撤廃は「既存事業所は、経過措置として当分の間適用しない」という制約がついています。  しかし、労働力稀少社会とは、雇う側が雇われる側に選んでもらうべく努力する社会です。労働市場の需給関係の逆転という地殻変動が、適用拡大を巡る世論や政治の領域の風向きに変化をもたらすのか否か、注目したいところです。 Eより長生きする社会にふさわしい「45年加入」と厚生年金の所得再分配効果  現行制度では、農家や自営業主などは1号被保険者であって、月1万7510円(2025年度)の定額の保険料を40年間払うと、基礎年金を満額(年に約83万円)受給できます。会社員やその被扶養配偶者(2、3号被保険者)が受け取る基礎年金も同額です。  40年加入で満額ということは、多くの人が20〜59歳の保険料納付で終わりということです。しかし、いまや、わが国の基幹的農業従事者の平均年齢は69.2歳、65歳以上の比率は79.9%です※6。  また、基礎年金の大きさは厚生年金の所得再分配効果の大きさに強く関係しています。厚生年金では、保険料が報酬に比例しますが、給付額については、賃金に比例する厚生年金部分と、定額の基礎年金部分で構成されます。イメージとして、月給60万円の人は20万円の人の3倍払いますが、基礎年金は定額なので、20万円の人は、60万円の人の1/3しか払わずに同じ基礎年金を受給できることとなります。これが再分配効果であり、低所得者の強い味方です。  ところが、経済が好調に推移しない場合、将来の基礎年金の水準が低下すると見込まれています。その理由は少なからずテクニカルなのですが、デフレ期に、物価下落以上に賃金が下がったことが根底にあります。この結果、基礎年金を底上げすべきという議論になっていきました。  基礎年金を底上げするのにもっとも自然な方法は、45年加入です。45年加入とは、いまの40年加入を45年に延ばし、基礎年金を相似形で45/40倍にする(保険料も給付も同じ比率で増える)というものであり、80万円強の基礎年金を約10万円増やすというものでした。しかし、この案は、次期年金制度改正の議論が本格化するなかで検討対象から落とされてしまいました。5年間の国民年金保険料の約100万円の負担増というネガティブイメージが先に広まってしまったのです。  代わって出てきた案は、積立金を用いるなどして基礎年金を底上げする案だったのですが、きわめて複雑な内容で、結局は今回の制度改正では実現していません。ただ、次回の財政検証で実施する可能性をかなり残す附則が制度改正法に加えられました。  低年金の高齢者を減らすことは、間違いなく必要です。そのための自然な手段は、45年加入のほか、被用者保険の適用拡大によって、短時間労働者や個人事業所で働く方々に報酬比例部分が給付されるようにすることです。今後も粘り強く進めていく必要があるでしょう。 F注目すべき公的年金のインフレ耐性  2022年以降、インフレの状況が続いています。特に、米をはじめ食料品の価格上昇が急激なので、庶民の生活が脅かされています。多くの国民が不安を感じているところでしょう。  インフレのもとで、老後の年金はどうなるのでしょうか。年金は基本的に、物価や賃金に連動していくので、インフレ耐性は強いといえます。ただ、当面は、以下のようにインフレ連動は不完全です。  インフレで物価も賃金も上昇し、しかも賃金上昇率の方が高い(実質賃金が上昇する)場合は物価上昇率から、賃金上昇率の方が低い(実質賃金が低下する)場合は賃金上昇率から、スライド調整率をそれぞれ差し引いて給付を改定します。差し引く分だけ、連動が不完全になります。  スライド調整率※7は、現役世代の減少率と高齢者の平均余命の伸び率を元にして設定し、2025年度の給付額の設定においては▲0.4%でした。また、マクロ経済スライド※7は永久に続くのではなく、今後100年の年金財政のバランスを一定範囲内に収めることができると判断された時点で終了します。  老後資産を形成できた人も、インフレで資産の実質価値が目減りすることを完全に防ぐことは至難の業です。加齢によって認知機能が低下すれば、実質価値を維持できる運用など到底不可能になるでしょう。公的年金のインフレ耐性の強さは、ライフプランニングにおいて、注目に値します。 Gおわりに  公的年金制度を取り巻く環境は激変しています。制度自体も変化しています。少子高齢化で「年金は破綻する」、「あてになどできない」と即断するのではなく、冷静にライフプランニングに活かしていくべきでしょう。 ※1 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」(2025年) ※2 総務省「労働力調査」 ※3 ただし、出生の減少は、日本社会の大問題である。もっとも極端なケースとして、出生がゼロになれば80年後の日本には80歳以上しかいないから、年金制度など機能するはずがない ※4 第16回社会保障審議会年金部会(2024年7月3日)資料1、p.4 ※5 第16回社会保障審議会年金部会(2024年7月3日)資料4−2、p.13 ※6 農林水産省ホームページ「農業労働力に関する統計」https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html ※7 マクロ経済スライド…… 公的年金被保険者の変動と平均余命の伸びに基づいて、マクロ調整率を設定し、その分を賃金と物価の変動がプラスとなる場合に改定率から控除するもの。2004(平成16)年年金制度改正で導入 図表1 65歳以上の年齢階層別就業者数(万人) 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 65〜69歳 70〜74歳 75歳以上 ※出典:総務省「労働力調査」 図表2 女性の年齢階層別就業率(%) 15〜19歳 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75歳以上 2005年 2015年 2024年 ※出典:総務省「労働力調査」 解説1 2025年年金改革の概要 ニッセイ基礎研究所 主席研究員 中嶋(なかしま)邦夫(くにお) @働き方に中立的な制度に向けて前進  2025(令和7)年6月20日に、年金制度改正法が公布されました。この改正法には、厚生年金の対象拡大など、働き方に中立的な制度に向けた各種の見直しが盛り込まれました(図表1)。その一方で、将来の基礎年金の底上げなどは、今後の検討課題となりました。  本稿では、今回の改正内容の概要と、次回以降の改正に持ち越された内容を紹介します。 A三つの要件を撤廃して厚生年金の対象範囲を拡大  第一の改正点は、厚生年金の対象範囲の拡大です(12ページ図表2)。働き方や勤め先による違いをなくすため、厚生年金の対象範囲は、これまでも段階的に拡大されてきました。今回の改正では、@パート労働者の企業規模要件、Aパート労働者の賃金要件、B個人事業所の業種要件、の三つが見直されます。  パート労働者の企業規模要件は、現在の社員50人超から、4段階に分けて拡大され、2035年10月に撤廃されます。当初の案では、2段階に分けて2029年に撤廃される計画でしたが、企業などへの影響に配慮して、時間をかけることになりました。  パート労働者の賃金要件は、現在は月8.8万円以上で、年収に換算して「106万円の壁」とも呼ばれていますが、公布から3年以内に撤廃されます。なお、2026年4月には全都道府県の最低賃金が1023円以上になる予定で、時間要件の下限(週20時間)で働いた場合に現在の賃金要件(月8.8万円)を超える形になるため、公布の3年後を待たずに廃止される可能性があります。  個人事業所の業種要件は、現在は17業種に限定されていますが、2029年10月に全業種が対象となります。ただし、企業などへの影響に配慮して、施行時点で存在している事業所は、当分の間、厚生年金の対象外となります。  なお、パート労働者の企業規模要件や個人事業所の業種要件を満たさない事業所でも、労使が合意すれば、任意で厚生年金の適用を受けられます。  加えて、これらの拡大で厚生年金の対象になった人が保険料の負担を理由に就労を控えないよう、任意適用を含む新たな適用事業所では、適用拡大から3年間にかぎって、年収150万円程度までの人の保険料の本人負担が軽減されます。また、「130万円の壁」とも呼ばれる被扶養配偶者の認定について、給与所得者の場合は残業代を含めずに判定する運営が、2026年4月から開始されます。 B働いた場合に年金が減額される対象者を縮小  第二の改正点は、働きながら年金を受け取ると減額される仕組み(在職老齢年金)の、対象者の縮小です。将来の年金水準の低下を抑えるために、経済的に余裕がある高齢者の年金額を抑える仕組みで、現在は月あたりの標準報酬(賞与を含む)と厚生年金(2階部分)の合計が「現役男性の平均的な標準報酬相当(2025年度は51万円)」を超えると、超過分の半額が減額されます。  企業などは、高齢者の賃金が上昇していく傾向にあることなどから、制度の見直しを要望していました。他方で、基準を引き上げると、収入が高い人のみが恩恵を受ける点や、年金財政が悪化して将来の給付水準が現在の見通しよりも低下する点が、指摘されていました。  今回の改正では、将来の給付などへの影響に配慮して、検討された案のなかでもっとも低い水準への引上げになりました。具体的には、2026年4月から、減額を判定する基準が「50代の平均的な賃金で働いて一定以上の年金を受給しても減額されない水準(2024年度で62万円に相当)」へと引き上げられます。なお、具体的な基準額は、それまでの賃金変動を反映して、2026年1月に決定される予定です(図表3)。  2022年度末時点では、65歳以上で在職中の厚生年金の受給権者308万人のうち、50万人が減額の対象ですが、この改正が適用されると約20万人に減少する見込みです。 C保険料や年金の計算基礎となる月給の上限を引上げ  第三の改正点は、標準報酬月額の上限の引上げです。標準報酬月額は、保険料や年金額の計算基礎となる、月給をいくつかの等級に区分した金額です。現在の上限は、年金額の格差を抑えるために、平均額の2倍を目安として65万円になっています。しかし、上限の該当者は、給与に対する保険料の割合がほかの加入者よりも低くなる、という問題があります。2024年には、上限に該当する人が、男女合計で約7%、男性だけで見ると約10%に達しています。  今回の改正では、上限に該当する人を男女合計の4%程度に抑えるため、上限が75万円へ引き上げられます。ただし、企業への影響などに配慮して、2027年9月から段階的に引き上げられます(12ページ図表4)。 D遺族厚生年金を男女共通化(原則5年化や加算など)  第四の改正点は、現役時に死亡した場合の遺族厚生年金の見直しです。これまでは、男女の就業環境の違いに配慮して、受給の要件などに男女差がありました。しかし、近年の就業環境に合わせて、20年をかけて男女共通の仕組みに変更されます。  見直し後は、遺族厚生年金の役割が「生活を再建するためのもの」と位置づけられ、60歳未満に対しては、原則として5年間の給付になります。その際、現行制度で設けられている収入要件がなくなり、現在の遺族厚生年金の水準に加算がつきます。また、5年以内に十分な生活再建に至っていない人に配慮して、所得や障害の状態に応じた給付が、最長で65歳まで継続されます。加えて、給付期間が短縮されることへの配慮として、婚姻中の夫婦の厚生年金の加入記録を分割する形で、残された配偶者の老齢厚生年金に加算がつきます。  なお、遺族年金の対象になる子がいる受給者は、子がいる期間は現行制度と変わりがなく、子が成長するなどして遺族年金の子の要件から外れた場合には、その時点から前述した有期給付などが適用されます。また、改正時に40歳以上の女性や受給中の人には、この見直しが適用されません(図表5)。 E今後の検討課題  これらの見直しが改正法の本則に規定された一方で、次の4項目は、議論すべき課題が残っているために、附則で政府に検討などを義務づける内容にとどまりました。 ◆厚生年金のさらなる拡大  第一の検討課題は、厚生年金のさらなる対象拡大です。今回の改正で拡大が進みますが、パート労働者の労働時間の要件や個人事業所の事業所規模の要件は、今後も残ります。  パート労働者の時間要件については、所定労働時間が週20時間以上という現在の基準を、2028年に施行される改正後の雇用保険と同じ週10時間以上にすることが検討課題となっています。また、複数の事業所で勤務する場合に労働時間を通算して判定することも、検討課題になっています。 ◆基礎年金の対象期間  第二の検討課題は、基礎年金の年金額に反映する加入期間の延長です。基礎年金(1階部分)の年金額に反映される加入期間は、現在の制度では原則として20歳から59歳までの40年間ですが、これを64歳までの45年間に延長し、それに比例して給付を増額する案です。  今回の改正に向けて、審議会では賛成が多数を占めましたが、世論では負担の増加に反対する声が多く聞かれたため、政府は検討を中止しました。しかし、厚生年金は現在でも69歳までが対象で、その保険料には基礎年金の費用が含まれているため、制度が見直されても会社員や公務員の負担は増えません。むしろ、厚生年金に40年以上加入しても、基礎年金(1階部分)の年金額には40年分の加入しか反映されない点が、60代の就労が増えている現状に合っていません。次の改正に向けては、世論への説明が課題となりそうです。 ◆第3号被保険者の範囲  第三の検討課題は、国民年金の第3号被保険者の範囲です。第3号被保険者には、厚生年金加入者に扶養される年収130万円未満で日本に居住する配偶者のうち、20〜59歳の人が該当します。ただし、厚生年金の要件に該当する場合は厚生年金が優先して適用され、第3号被保険者にはなりません。  第3号被保険者は保険料を支払いませんが、厚生年金の保険料や給付(2階部分)は収入に比例するため、厚生年金加入者で世帯合計の収入が同じ夫婦では、片働きでも共働きでも、世帯合計の負担と給付が同額になります。しかし、現在は第3号被保険者の約半数が就労しており、これらの世帯では保険料の対象にならない収入が存在する点で、夫婦とも厚生年金に加入している世帯より有利になっています。  女性に占める第3号被保険者の割合は近年低下しており、政府は厚生年金の対象者を拡大することで、第3号被保険者のさらなる縮小を目ざしています。他方で、第3号被保険者を廃止して国民年金保険料を課すべきという意見があるため、状況を調査したうえで検討する規定になっています。 ◆基礎年金と厚生年金の給付抑制期間  第四の検討課題は、基礎年金の底上げ策とも呼ばれた、基礎年金(1階部分)と厚生年金(2階部分)の給付抑制期間をそろえる仕組みです。現在の制度では、保険料の引上げをやめた代わりに、年金財政が健全化するまで年金額の伸びを物価や賃金の伸びより抑え、実質的に目減りさせる仕組みになっています。しかし、デフレで経過措置が長引いた影響で、厚生年金よりも基礎年金で給付の抑制が長引き、現役時代に給与が少なく厚生年金が少ない将来世代ほど、年金額全体の目減りが大きくなる見込みになっています。  政府は、厚生年金の給付抑制期間を現在の制度よりも延長し、その財源で全加入者に共通の基礎年金の給付抑制期間を短縮して、両者を一致させる仕組みを提案しました。しかし、厚生年金の目減りが継続する点や、厚生年金の抑制分の一部が自営業などの基礎年金の底上げに使われる点、基礎年金の水準上昇にともなって国庫負担が増える点などが、批判されました。  政府は、この仕組みを除いた法案を国会へ提出しましたが、国会での修正協議を経て、次の将来見通しの結果によっては基礎年金と厚生年金の給付が目減りする期間をそろえることが、改正法の附則に盛り込まれました。しかし、具体的な実施方法は記載されておらず、今後の検討課題として残っています。  今回成立した改正は、働き方に中立的な制度に向けた内容ですが、通過点に過ぎません。実施される改正の影響だけでなく、次の改革に向けた動向にも、目を配る必要があるでしょう。 図表1 2025年年金改革のおもな項目 項目 施行時期 厚生年金の適用拡大 パート労働者の企業規模要件の段階的撤廃 2027年10月〜 パート労働者の賃金要件の撤廃 公布3年以内 個人事業所での業種要件撤廃 2029年10月(*) 適用拡大事業所での就業調整対策 2026年10月 (被扶養配偶者認定での就業調整対策2026年4月) 在職老齢年金(減額)の対象者縮小 2026年4月 標準報酬月額の上限の段階的引上げ 2027年9月〜 現役期の遺族厚生年金の男女差解消 2028年4月〜 *既存事業所は当面非適用。被扶養配偶者の認定は運用の変更 ※筆者作成 図表2 厚生年金の適用拡大 パート労働者の企業規模要件 現在:社員(*1)50人超 2027年10月〜:35人超 2029年10月〜:20人超 2032年10月〜:10人超 2035年10月〜:撤廃 パート労働者の賃金要件 現在:基本給月8.8万円以上 公布後3年以内:撤廃 個人事業所の業種要件 現在:17業種が対象 2029年10月〜:撤廃(*2) *1 パート労働者以外の厚生年金加入者 *2 既存事業所は当面非適用 ※筆者作成 図表3 在職老齢年金の見直し 在職老齢年金の減額判定基準額 (月あたり標準報酬+厚生年金) 現在: 現役男性の平均的な標準報酬(2024年度は50万円、2025年度は51万円) 2026年4月〜: 50代の平均的な賃金で働いて一定以上の年金を受給しても減額されない水準 (2024年度で62万円に相当) *実際の金額は賃金上昇率で改定 ※筆者作成 図表4 標準報酬月額の見直し 厚生年金の標準報酬月額の上限 現在: 平均額の2倍を目安 (現在:65万円) 改正後: 上限該当者が全体の4%程度になる水準へ段階的に移行 2027年9月:68万円 2028年9月:71万円 2029年9月:75万円 ※筆者作成 図表5 現役期の遺族厚生年金の見直し 遺族厚生年金の支給対象 (遺族基礎年金の対象になる子がいない場合) 現在: 女性で30歳未満=5年間 女性で30歳以上=無期 男性で55歳未満=なし 男性で55歳以上=60歳から無期 *いずれも年収850万円未満の場合のみ支給 改正後: 男女とも60歳未満=5年間+継続給付 男女とも60歳以上=無期(現行どおり) *5年間の給付には収入要件なし *現行制度よりも給付を増額(老齢年金にも) *改正時に40歳以上の女性や受給中の人は改正の適用対象外 ※筆者作成 解説2 人事担当者のための年金Q&A 丹治社労士事務所 社会保険労務士 丹治(たんじ)和人(かずひと) Q1  大学卒業後サラリーマンを続け、まもなく65歳になりますが、「働くと金額が減る在職老齢年金」について教えてください。 A 減額の対象は「報酬比例部分」だけ、年収500万円を超えるような人でなければ年金が減らされることはありません。  「在職老齢年金」というのは、厚生年金加入中の人に支給される年金を調整する制度ですが、65歳以降で減額の対象になるのは、@の報酬比例部分だけです(図表1)。Aの差額加算、Bの老齢基礎年金は一切減額されません。また、65歳未満の一定要件※1に該当する配偶者がいる場合に加算されるCの加給年金は、報酬比例部分が「全額支給停止」でないかぎりは年額41万5900円(2025〈令和7〉年度)で受けられます。  報酬比例部分と給料※2の合計が51万円までは年金の減額はなく、超えると「超えた分の1/2の年金がカットされます。報酬比例部分は、在職中の給料や賞与が多く、掛けた期間が長いほど高額になりますが、大企業で定年まで勤め上げたような人でも、「月額15万円=年額180万円」になる人は稀です。月額14万円なら「サラリーマンで最高の部類」といえるでしょう。報酬比例部分が「月額14万円」なら、月収が37万円でも合計51万円で、年金は全額もらえます。37万円×12カ月=444万円くらいの年収(賞与なしとして)なら、年金額が最高レベルの人でも減額されません。この在職老齢年金のことを「働くと年金が減る制度」といういい方をするので、「年金が減るなら働くのをやめよう」という人がいるようですが、平均的な金額の報酬比例部分が10万円程度なら、年収500万円を超えるような高給取りでないかぎり、年金は全額もらえます。  年金が減り始める「支給停止基準額」は、法律には「48万円」と明記されていますが、物価や賃金変動を考慮して、2025年度は51万円になりました。今回の年金改正で、2026年4月から、法律上の金額が「62万円」になることが決まっていますが、最近の物価と賃金の上昇を考えれば、実施時の額は65万円くらいになると予想されます。  基準額が62万円に変わっても、社長や取締役などで、「いままで全額支給停止」だった人が、少しもらえるようになるだけで、多くの働く高齢者には影響がありません。また、経験や能力を買われ、65歳を過ぎても、年収500万円を超えるような高給で雇われ、昇給もあるような人の場合、給料が増えることで減らされる年金は、増えた給料の半分です。「給料が2万円増えたら、年金が1万円減る」わけですから、生活費としては確実に増えます。この在職老齢年金という制度は、マスコミがいうほど「損」ではなく、正しい情報を正確にわかりやすく伝えれば、「年金が減るから働くことをためらう」人は減るはずです。 ※1 20年以上加入の厚生年金を受けていない、前年の年収が850万円未満であること ※2 給料……標準報酬月額+直近1年間の賞与合計額の1/12で、「総報酬月額相当額」と 図表1 65歳からの年 60代前半の厚生年金(特別支給) ▽65歳 報酬比例部分…@ 差額加算………A 老齢基礎年金…B 加給年金………C ※筆者作成 Q2  社会保険の適用拡大により、当社の短時間労働者も対象となります。具体的な加入条件や、申請の手続きなどについて教えてください。 A  今後は、給料に関係なく「週20時間」以上働く人は「短時間被保険者」として加入手続きが必要になります。  2016(平成28)年10月にスタートした社会保険適用拡大は、いいかえれば、パート労働者の社会保険加入基準の強化ということになります。「いままで夫(妻)の扶養」だった人が社会保険に加入することで、@将来の年金が増える、A傷病手当金などが受けられる、と国はメリットを強調しますが、真の目的は「年金制度を維持するために、本人だけでなく会社も保険料を負担する社会保険の加入者を増やす」ことで、結果的に、以前から不公平だといわれている「国民年金第三号被保険者を減らす」ことにもつながります。  いままでは、事業所の所定労働時間の3/4未満が未加入の条件でしたが、適用拡大対象事業所で働く場合は、「週20時間未満・月収8万8000円未満・学生※3」のいずれかに該当しなければ加入義務が生じます。現在は、厚生年金被保険者数51人以上の事業所までですが、今後、徐々に小規模事業所も対象になり、10年後の2035年10月以降はすべての法人が対象になる予定です(図表2)。  よく「年収106万円の壁」といわれますが、当初は、収入要件の月8万8000円を12倍した105万6000円から、「年収106万円程度に抑えておけば加入しなくてすむ」だったものが、いつの間にか「年収106万円が収入要件」のようにいわれるようになり、「106万円を超えないように、12月にパート時間を調整する」などと、無意味な就労制限をする人を増やしてしまいました。新たに対象になった事業所への調査では、「週20時間と月収8万8000円」がチェックされるだけで、年収を確認することはありません。  ところで、時給1016円で週20時間働くと、月収8万8000円を超えます(1016円×20時間×52週※4÷12カ月=8万8053円)。2026年4月以降は、全都道府県が最低時給1016円超になるため、同年10月からは、月収8万8000円の収入要件が撤廃されることになっています。しかし、東京都や神奈川県など最低時給の高い地域は、かなり前から「実質的には、週20時間だけ」になっていたのです。  学生云々が問題になることは稀なので、今後の条件は「週20時間だけ」ということになります。「年間52週」として、週20時間を月に換算すると「20時間×52週÷12カ月=86・666…時間」になります。したがって、今後、社会保険に加入したくない人は「月の労働時間87時間未満」が目安です。そして、それ以上働く人は、家庭の事情や本人の意思などに関係なく加入手続きをしなければなりません。被保険者資格を取得する際は、予想される残業時間なども含み、総支給額で標準報酬月額が決められます。 ※3 昼間学生や専門学校生などで、夜間学生や通信制の生徒などは含まない ※4 日本年金機構は、年間52週として計算している 図表2 今後の適用拡大実施予定…人数は厚生年金被保険者 2027年10月から 36人以上 2029年10月から 21人以上 2032年10月から 11人以上 2035年10月から すべての法人。個人事業所でも、5人以上は一部の例外を除き対象になる ※筆者作成 Q3  「週の所定労働時間20時間未満」で雇用契約を結んでいる労働者が、残業により20時間を超えた場合は、加入対象になるのでしょうか? A  残業が対象外とされるのは、「たまにある」場合だけです。恒常的な残業は除外できません。  以下は、2024(令和6)年9月5日に、厚生労働省保険局保険課が出した事務連絡(通知)の一部です。 問34 就業規則や雇用契約書等で定められた所定労働時間が週20時間未満である者が、業務の都合等により恒常的に実際の労働時間が週20時間以上となった場合は、どのように取り扱うのか。また、施行日前から当該状態であった場合は、施行日から被保険者の資格を取得するのか。 (答)実際の労働時間が連続する2月において週20時間以上となった場合で、引き続き同様の状態が続いている又は続くことが見込まれる場合は、実際の労働時間が週20時間以上となった月の3月目の初日に被保険者の資格を取得します。なお、施行時においては、実際の労働時間が直近2月において週20時間以上となっており、引き続き同様の状態が続くことが見込まれる場合は、施行日から被保険者の資格を取得します。  収入要件の「月収8万8000円」には、通勤手当や家族手当、時間外手当など、最低賃金算定の対象外とされる手当を含まない、とされていたため、「週20時間未満・月収8万8000円未満がわかる雇用契約を締結しておけば、いくら残業をしても被保険者にならない…」という誤った情報を見かけます。厚労省が、Q&Aを出したのは、こういうパート労働者を惑わす情報が多いからです。  年金事務所が実施する社会保険調査では、通常、その時点から前2年分の賃金台帳、出勤簿を用意します。新たに適用拡大対象事業所になった場合は、対象になって以降の期間を調べられることになると思われますが、パート労働者が、その期間のうち「週20時間以上≒月87時間以上」働いた月が半分以上なら加入すべきでしょう。  残業が毎月あり対象期間のほとんどが「週20時間以上」なら加入が必要です。悪質だと判断されれば、遡って適用され保険料徴収、本来なら、在職老齢年金で年金が減額されるような場合は、時効にかからない2年分の年金返還を命じられることもあります。  厚労省のQ&Aでは、「2ヶ月続けて残業込みで週20時間を超えて、3ヶ月目も続くようなら、3ヶ月目の初日に適用する」といっています。要は、「たまにある残業」ならいいが、「恒常的な残業」は除外しない…ということになります。