第111回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  竹内一夫さん(69歳)は、食用油関係の会社で営業や物流管理などの分野で活躍した後、現在は長年の経験を活かしてNPO法人の一員として社会貢献を目ざして働くとともに、自己研鑽(じこけんさん)に励んでいる。自分の生きがいを追求する竹内さんが、生涯現役で働くヒントを語る。 認定特定非営利活動法人 経営支援NPOクラブ 竹内(たけうち)一夫(かずお)さん 物流部門を四半世紀歩き続けて  私は東京都渋谷区(しぶやく)で産声をあげました。父はNHKのアナウンサーで、NHKの社宅で育ちました。中野(なかの)、世田谷(せたがや)と転居を重ね、中学2年生の時に町田市(まちだし)に落ち着きました。父はアナウンサーとしてニュースを読むかたわら、歌舞伎を始めとする古典芸能の番組で解説をしていました。机に向かって原稿を書いている姿が印象的でした。私はとても同じ道には進めないと考え、慶應義塾大学商学部を卒業すると同時に食用油関係の会社に就職しました。  就職がなかなか厳しい時代だったので、従業員数1000人の企業で大卒の同期はたった14人でした。入社と同時に営業の世界に足を踏み入れ、家庭用・業務用の食用油や食品原料の営業の道を歩きました。宣伝や販売管理の仕事を経て、40歳の時に物流部門に移り、65歳の定年まで物流をメインに担当したサラリーマン生活でした。最後は物流子会社に出向・転籍しましたが、一貫して同じ会社のグループで働けたことに感謝しています。物流が大きく変化する時代の到来によって、物流構造改革が求められ、改革によるコストダウンや受注・需給センターの設立などさまざまな課題に取り組んだ日々には、やりがいもありました。ふり返れば、自分にマッチした仕事だったと思います。  順風満帆という言葉が、竹内さんの職業人生にはふさわしい。もちろんさまざまな葛藤はあったはずだが、往年の慶應ボーイは、60代後半のいまでも十分にかっこいい。父と同じ道には進まなかったものの、血は争えず、竹内さんの低音ボイスはとても耳に心地よい。 中小企業について一から学んだ日々  2021(令和3)年に65歳で定年を迎えました。それから1年くらいは、いわゆる“サンデー毎日”の日々を過ごしましたが、だんだん毎日が退屈になってきました。一念発起してハローワークに出向き、いくつか仕事の紹介を受けましたが、見事にすべて不採用。少しばかりショックを受けましたが、あきらめずにハローワークに顔を出したときに、東京しごと財団が主催する「シニア中小企業サポート人材プログラム」のことを知り、応募しました。幸いなことに、2カ月間で13回の講座を受講することができました。私も含め、受講者の多くは大企業で仕事をしてきた人たちで、私たちは中小企業のマインドと会社に役立つための具体的な仕事を一から学びました。とても新鮮な時間でした。  講座の最終日に、受講者一人ひとりが、自分はどういう人間でこれからどんな仕事をしていきたいかというシートを書きました。これは「私を雇ってみませんか」というアピールなのですが、すぐに食品充填(じゅうてん)機械製造会社から声がかかりました。面談の後、採用されたのは、「総務・経理業務」という未経験の業務でした。  「シニア中小企業サポート人材プログラム」とは、大手企業などで重ねた豊富な経験とつちかってきた調整能力やコミュニケーション能力などを活かし再就職を目ざす人のために、中小企業で働く心構えや経営戦略などを総合的に学ぶプログラムだ。 経営支援NPOクラブとの出会い  人生が「おもしろいなぁ」と思えるのはいろいろな場面で縁(えん)の糸がつながっているところです。1年間の総務・経理の仕事をした後、次のステップを探っていたとき、前職での上司から中小企業のための認定特定非営利活動法人経営支援NPOクラブ(以下、「NPOクラブ」)を紹介されました。「一度遊びに来てよ」といわれて軽い気持ちで出かけてみましたが、法人の理念や方針を聞いて、私も仲間に入れてもらうことにしました。  NPOクラブは2002(平成14)年に初代理事長が20人の仲間とともに中小企業の支援を目ざして立ち上げました。企業支援だけでなく、次世代の若者支援、大きな自然災害からの復興支援などの活動を行っています。私も仲間になりたいと思ったのは、ただ社会貢献を目ざすだけではなく、新たな技術や制度に関する情報を収集し、今後の支援に役立てるために、複数の研究会を設けて自己研鑽に励もうという、この法人ならではの理念への共感でした。  NPOクラブでは、毎日決まった仕事があるわけではない。このため竹内さんは、2024年春ごろから週2回、ある工場に出入りする作業者の人たちの受付や自動車の駐車受付をする監視員の仕事をしている。「早朝7時からの勤務ですから、週2回は朝5時起きの生活です」と竹内さんは笑顔で語る。 生涯現役で社会貢献を目ざして  NPOクラブは設立当初、中小企業への支援方法についての模索からはじまりましたが、現在は地方自治体や公的支援機関などから販路開拓支援などの委託を受けています。また、商品開発・改良の助言、企画や組織運営の助言、講演や人材紹介などNPOクラブの仕事は多岐にわたります。私は「食品」と「システム、情報通信、金融、その他サービス」の二つのグループに入っており、それぞれ月に1回定例会があります。後者には物流も含まれ、私のこれまでの経験をいかんなく発揮できると自負しています。私は50代の終わりに「ロジスティクス経営士」の資格を取っており、物流会社で働いてきた経験を活かし、NPOクラブの一員として中小企業の支援に役立てればと思っています。現在、NPOクラブの会員は約260人、出身企業は200社を数え、ほとんどの業種を網羅しています。まさに「実業界の人財図書館」です。  私は現在、埼玉県内の中小企業の販路拡大の支援をしています。昨年は観光バス会社の支援を行いました。この会社は自転車をそのまま積み込む「サイクリングバス」を発案しました。中小企業はユニークなアイデアをたくさん持っていますが、それを商売に活かすルートがありませんから、ルートを切り拓く支援をしていきたいと思います。また、岡山市のアシストスーツ会社の販路拡大では、私の物流時代の人脈が活かせました。ドライバーの腰痛対策なども私が経験してきたことです。かつての経験をいまの仕事に活かせるのは、定年後の働き方として理想的ではないでしょうか。会員の平均年齢は73歳で、80代も大勢いるので、私などはまだ若手です。  長く働き続けてきて、大切にしていることは「うそをつかない」、「ごまかさない」ということです。公共放送で公平を旨として働いていた父の無言の教えであるような気もします。理念に共感したNPOクラブで先輩たちの背中を追いかけながら生涯現役を目ざしていきたい。週に1度の太極拳でリフレッシュして、自らの研鑽にも力を注ぎ、さあ、明日も朝5時起きで出かけます。