知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第90回 同一労働同一賃金と労使自治、従業員による部下の引き抜き行為の違法性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 社内の労働組合と合意していた内容について、社外の労働組合に加入している労働者からの訴えがあった場合、どちらが優先されるのですか  定年退職後の処遇について、社内の労働組合と協議して合意した内容で処遇しています。ところが、別の労働組合に加入している当社の労働者から同一労働同一賃金に違反する不合理な処遇であるとして、正社員と同様の処遇が求められてしまいました。労働組合と合意をしていたとしても、同一労働同一賃金に違反することになってしまうのでしょうか。 A  労働組合との協議や合意に至ったという経緯は、裁判例でも重視されており、加入していない労働者との間でも合理性が認められやすくなる傾向にあります。ただし、賃金の項目の趣旨や目的に照らした検討は個別具体的になされるため、労働組合の合意があればすべて解決するわけでもありません。 1 定年退職後の同一労働同一賃金  現在、同一労働同一賃金に関して、パート有期労働法第8条が定められています。その内容は、「基本給、賞与その他の待遇」について、@業務の内容および業務にともなう責任の程度、A職務の内容および配置の変更の範囲、Bその他の事情を考慮して、不合理な相違が禁止されています。  また、考慮事由@からBまでについては、待遇の性質および当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものが、考慮対象になるものとされています。  定年後再雇用においては、同一労働同一賃金が問題となることが多くなっています。そもそも、定年後の継続雇用においては、有期雇用が採用されていることが通常であり、さらに、当該再雇用前には正社員であったことから、正社員と有期雇用労働者の比較という場面が必ず生じるからです。  使用者としては、自社の正社員と再雇用後の有期雇用労働者について、賃金の相違を設けるにあたっては、@からBまでの考慮事由をふまえて、合理的な範囲の相違になっていることを説明できるように準備しておかなければなりません。ただし、@およびAが同一である場合には、差別的な取扱いが禁止されているため、同一の取扱いが必要になりますので、合理的な範囲で異なる取扱いを行う場合においても、少なくとも@とAのいずれかについては相違点を設けておくことが前提になります。 2 定年後再雇用者の各種賃金に関する裁判例  福岡地裁令和6年11月8日判決(JR九州事件)においては、定年後再雇用者に対する賃金等の減額が同一労働同一賃金に違反するものとして争われました。  争われた賃金の項目等を一覧にまとめると図表の通りとなります。  いずれについても、賃金等の相違が不合理ではないと判断されていますが、判決の理由などから、使用者の取組みなどを参考にしておく点があります。 (1)労働組合との協議、合意(労使自治の尊重)  この事件の使用者は、企業内の労働組合と外部ユニオン二つとの間で、定年後再雇用労働者の処遇について協議を重ねていました。なお、企業内の労働組合には従業員の9割超が在籍しています。  定年後再雇用労働者の処遇に関しては、企業内の労働組合と外部ユニオンのうち一つとの間で合意に至っており、当該合意に則した内容で賃金等の相違が設けられていました。また、期末手当Aの支給額についても各労働組合と協議を経たうえで合意に基づき決定がされています。  これらの交渉経過および結果を個々の組合員にも伝えていたことは、相違の合理性を肯定する要素として考慮されました。 (2)業務の内容等に関する相違点  業務の内容については、定年前後で大きく相違するものではなく、転勤、転職および出向を命じることができる規定は共通していたことなど、業務内容等に相違が小さいことも指摘されています。  しかしながら、高齢者用の業務負担の軽減措置をとっていたことや、転勤等については規定を用いることなく本人の同意なく転勤等を命じることがなかったという実態をふまえて、職務内容には若干の相違が生じていたことおよび配置の変更の範囲については明らかな相違が存在したと判断されています。  配置の変更の範囲については、住宅援助金のように拠点の変更をともなうことに備えた手当の合理性との関係では特に意味が大きいものとなります。 (3)定年後再雇用に共通する事情  定年後再雇用労働者は、最高約1920万円、最低1642万円の退職手当を受給して一定の資産形成を遂げていることが考慮されており、退職金の支給額が影響することを示しています。  そのほかにも高年齢者雇用継続基本給付金や一定の条件を満たせば老齢厚生年金の受給ができることも考慮されており、これらは高齢者雇用に共通することが多い事情といえるでしょう。 (4)福利厚生関係の手当について  裁判所は、福利厚生に関する手当については、「経営判断及び団体交渉等による労使自治に委ねられる部分が大きい」としました。  例えば、扶養手当については、「将来的に直面する可能性のあるライフイベントの有無や内容、過去の資産形成の機会の有無や程度等に関する正社員と嘱託再雇用社員との相違に照らすと、両者の福利厚生に一定の相違を設けることが使用者の経営判断として許容されるべき範囲を逸脱するとはいえない」とされています。  これまでの判例においても、労使間の協議や団体交渉を考慮要素にすることは示されてきましたが、ていねいな交渉の結果が影響した事例として参考になると思われます。 図表 争われた賃金の項目等 賃金の項目 性質 減額幅 結論 基本給(期末手当B) 正社員には長期就労の誘因目的がある約 65%〜74%程度 不合理ではない 期末手当A 業務への貢献程度の反映・労働意欲向上 基準額が75%〜50%とされる 不合理ではない 扶養手当 福利厚生(家族の扶養) 再雇用者には支給なし 不合理ではない 住宅援助金 福利厚生(住宅費の援助) 再雇用者には支給なし 不合理ではない ※筆者作成 Q2 多数の部下を引き抜く行為は許されるのでしょうか  会社の役員でもあった従業員が多数の部下とともに一斉に他社に転職しました。調査によれば、在職中から部下に対して勧誘を行っていたようです。このようなことが許されるのでしょうか。 A  単なる転職の勧誘を超え、社会的相当性を逸脱する方法で引き抜き行為が行われた場合には、そのような引き抜き行為は違法と評価され、不法行為が成立することになります。もっとも、従業員には職業選択の自由があるため、違法となるハードルは相当程度高く設定されています。 1 はじめに  現在、人材の流動性は高くなってきており、人材の確保・定着が喫緊の課題となっている会社も多くあります。そのようななか、複数の従業員が、突然に一斉退職した場合、会社としては、事業の執行に多大な支障を生じることが想定されます。取引先との契約の維持も困難となる場合もあるでしょう。以下では、従業員による引き抜き行為・転職勧誘行為について最新の裁判例を紹介しつつ、解説していきます。 2 役員・従業員の義務について  会社法上、役員は、会社に対して忠実義務を負っています(会社法第355条)。また、労働契約において、従業員は、「使用者の正当な利益を不当に侵害しないよう配慮する義務」(誠実義務)を負っているとされています。そのため、役員や従業員が自身の在職中にほかの従業員に対して勧誘・引き抜き行為を行うことは誠実義務違反に該当しうると考えられています。なお、幹部社員については、その影響力の強さから、より高度な誠実義務を負うものと考えられています。在職中の役員・従業員が引き抜き行為・転職勧誘行為を行った場合には、これらの義務に反するものと判断される可能性があります。 3 従業員の権利について  引き抜き行為が行われた場合、一定の状況においては、引き抜き行為の違法性が肯定されます。もっとも、違法性が認められない範囲もかなり広くあるというのが現状です。  この判断の背景にあるのは、従業員の職業選択の自由(憲法第22条1項)です。従業員はそれぞれ職業選択の自由を有しており、原則として、会社を自由に退職することができ、転職先についても自由に選択することができます。勧誘行為をすべて違法としてしまえば、職業選択の自由が実質的に保障されないことになってしまいます。 4 引き抜き行為の違法性  では、どのような場合に引き抜き行為・転職勧誘行為が違法になるのでしょうか。裁判例では、転職先での労働条件等を提示して転職を持ちかけるといった程度では違法ではないとされています(大阪地裁平成12年9月22日判決)。  他方で、単なる転職の勧誘を超えて、社会通念上の相当な範囲を逸脱した場合には、違法な転職勧誘行為・引き抜き行為として、不法行為を構成するものとされています。転職勧誘が社会通念上の相当な範囲を逸脱しているか否かは、引き抜かれた従業員の地位、人数、退職による会社への影響、転職加入の方法、態様など諸般の事情を総合して判断するとされています。 5 アジャイル事件(東京地裁令和7年1月22日判決)  従業員による引き抜き行為の違法性が問題となった最近の事件として、アジャイル事件(東京地裁令和7年1月22日判決)があります。本件は、キャラクターなどを活用した商品企画等を主たる業とする会社Xが、Xの元役員であったY1、Y2および会社Y3(Y2が代表取締役)に対し、Yらが共謀して、Xの従業員(22人)をY3に移籍させようとした引き抜き行為が、不法行為を構成すると主張して、Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。  裁判所は、「被告Y1らは、共謀の上、本件一斉退職によって、退職従業員らを被告会社に引き抜く行為(本件引抜行為)を行った」ものであると認定したうえで、「被告Y1らが、事前に計画のうえ、被告Y1がPM本部本部長の地位にありながら、A事業(相当多額の売上を上げていた。)を担当するPM3部の22名もの従業員(部長、グループマネージャー、チームマネージャーなど、PM3部の役職者の多くが含まれていた。)に直接又は間接に働き掛けをし、本件一斉退職をしたもので、本件引抜行為は、原告の経営に重大な打撃を与えるものであったことに加え、被告Y1らが、原告在職中からA【※Xの顧客(筆者追記)】の担当者に対し、別会社がA事業を行うことにつき、原告の了承を得ているなどと事実に反する説明をし、被告Y1及び退職従業員らの原告在職中から、退職従業員らのうち複数名に被告会社のメールアドレスを割り当てるなど、不当な方法を用いたことからすれば、本件引抜行為は、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものである」と判断しました。  そのうえで、結論としては、「被告Y1らの本件引抜行為は、原告に対する共同不法行為を構成し、また、被告Y2の行為は、被告会社の代表取締役の職務を行うにつき行った行為と認められる」と判示し、「被告Y1らは、共同不法行為(民法719条1項)に基づき、被告会社は、会社法350条に基づき、本件引抜行為により原告に生じた損害を賠償する責任を負う」として、Xの請求を一部認容しました(なお、Xが3億円以上の請求をしていたのに対し、2900万円余の範囲で損害を肯定し、請求を認めました)。  本件は、会社の元役員らが、多額の利益を上げていた重要部署における主要メンバーの多数を一斉に引き抜くものであり、その方法も不適切であったことから、引き抜き行為の違法性が認められており、妥当な判断と思われます。