いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第56回 「グローバル人材」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、グローバル人材について取り上げます。 2000年代初期に広まった用語  この用語が広まりだしたのは、2000年代初期といわれています。公的な資料で大きく扱われてきたのもこのころです。例えば、2011(平成23)年に設置されたグローバル人材育成推進会議がとりまとめた「グローバル人材育成戦略」(2012年)では、グローバル化について、「情報通信・交通手段等の飛躍的な技術革新を背景として、政治・経済・社会等あらゆる分野で「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」が国境を越えて高速移動し、金融や物流の市場のみならず人口・環境・エネルギー・公衆衛生等の諸課題への対応に至るまで、全地球的規模で捉えることが不可欠となった時代状況」と定義し、わが国がこのような経済・社会のなかで育成・活用すべき人材をグローバル人材としています。  また、一般社団法人日本経済団体連合会(以下、「経団連」)の「グローバル人材の育成に向けた提言」(2011年6月14日)という資料の冒頭に、「急速な少子高齢化の進展とそれに伴う人口の減少により、国内市場が縮小する中、天然資源に乏しいわが国経済が将来にわたって成長を維持するためには、日本の人材力を一層強化し、イノベーション力や技術力を高めることで、発展するアジア市場や新興国市場の需要を取り込んでいくことが不可欠」とし、グローバル人材の育成に向けた提言をしています。  引用部分が少し長くなりましたが、グローバル人材という用語が広まった背景として、1990年代のいわゆるバブル経済の崩壊にはじまる国内景気の長期低迷と国内市場の縮小に対して、企業は収益を高めるために、製品の販売ターゲットを国内から世界に広げ生産コストの低い国へ生産手段を移さざるを得ない、またインターネットに代表される技術革新により、望むと望まざるとにかかわらず国境を越えた競争に巻き込まれてしまうような社会情勢に対応できる人材の育成・活用が急務だったことがよくわかります。 グローバル人材に必要な要素  グローバル人材は一言で表現すると、「グローバル化を推進するために国境を越えて活躍できる人材」といえますが、より具体的な定義についてみていきましょう。  グローバル人材育成推進会議資料では、グローバル人材を次の要素※1を有した人材としています。 要素T:語学力・コミュニケーション能力 要素U:主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感 要素V:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー  また、経団連資料では、グローバル人材を「日本企業の事業活動のグローバル化を担い、グローバル・ビジネスで活躍する(本社の)日本人及び外国人人材」とすると定義しています。ここで特徴的なのは、グローバル人材育成推進会議の方では、日本人人材を対象としたグローバル人材育成をいかに進めるかに比重が置かれているのに対して、経団連の方は外国人人材にもターゲットが広がっている点です。  これらの資料が作成されたときは、グローバル人材を輩出するために教育の重要性が強く説かれ、グローバル人材育成推進会議資料では、語学(特に英語)教育の充実化や大学教育システムの改善、海外留学・留学生交流の推進がおもに提言されています。また、経団連資料ではグローバル人材育成に対する大学教育の果たす役割はきわめて大きいとして、産業界の求める人材と大学で育成する人材のマッチングを進めるための産業界と大学の連携強化や、イノベーション創出に向けた理工系教育の強化、グローバル人材育成プログラムの実施などが提言されています。  その後、2013年6月に閣議決定された「第2期教育振興基本計画※2」の未来への飛躍を実現する人材の養成としての基本施策16に「外国語教育、双方向の留学生交流・国際交流、大学等の国際化など、グローバル人材育成に向けた取組の強化」が掲げられ推進されることになります。 グローバル人材の課題は続いている  現在に目を向けてみましょう。グローバル人材という考えや存在は“あたり前”となり、一時に比べて用語としてはみかける機会が減りました※3。ただし、課題は依然として残っています。  本稿で取り上げた2000年代初期は海外に出て活躍できる日本人の育成に比重が置かれていましたが、現在は外国人が日本で働くうえでの課題も表出化してきています。日本で働く外国人労働者数は2010年約65万人から2024(令和6)年約230万人と右肩上がりに増えているなか※4、外国企業の日本への進出はそれほど増えていないといわれています。例えば、経済産業省の「第54回外資系企業動向調査(2020年調査)」をみても2015年度から2019年度の日本への新規参入企業は2015年度74社に対して、2018年度45社、2019年度48社という状態です※5。  この理由については、「令和4年度我が国のグローバル化促進のための日本企業及び外国企業の実態調査報告書」(2023年2月 経済産業省委託調査)から知ることができます。外国企業からの回答のなかで、「先進国と比較した日本のビジネス環境の『強み』と『弱み』」に対する質問として最も弱みとして回答があったのが「英語での円滑なコミュニケーション」です。このことは「日本に拠点を立地させるうえでの阻害要因」の第二位、「グローバル日本人人材を確保する上での阻害要因」の第一位にもなっています。外国企業の日本への進出をむずかしくしているのは、事業活動コストや市場の大きさなどの面もありながらも、グローバル人材の課題としてかねてからあげられている外国語でのコミュニケーションに起因する要素は非常に大きく、課題としては継続しているといえます。 ***  次回は、「産前産後休業・育児休業」について取り上げます。 ※1 三つの要素の説明の次に、「このほか、『グローバル人材』に限らずこれからの社会の中核を支える人材に共通して求められる資質としては、幅広い教養と深い専門性、課題発見・解決能力、チームワークと(異質な者の集団をまとめる)リーダーシップ、公共性・倫理観、メディア・リテラシー等を挙げることができる」との追記がある ※2 教育基本法に示された理念の実現と、わが国の教育振興に関する施策の総合的・計画的な推進を図るため政府として策定する計画。直近では、2023年6月16日に第4期が閣議決定 ※3 国立国会図書館リサーチで「グローバル人材」をキーワードとして含む資料を検索すると、2010年〜2014年は886件、2015年〜2019年は788件に対して、2020年〜2024年は283件と2020年以降、減少していることからもみてとれる ※4 「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」(厚生労働省、2024年10月末時点) ※5 本調査は、2020年調査をもって終了のため、本調査が最新となる