知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第82回 高年齢雇用継続給付の改正、給与制度の変更 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1 高年齢雇用継続給付の支給率変更の影響は?  継続雇用制度に関連して、高年齢雇用継続給付の改正が行われると聞きました。改正は継続雇用制度にどのような影響があるのでしょうか。 A  改正により支給限度額が低くなるため、定年後再雇用における同一労働同一賃金へ影響すると考えられます。 1 公的給付と同一労働同一賃金  定年後の継続雇用制度を実施するにあたって、定年後の労働条件(特に賃金)をどのように変更するかは、悩ましいところがあります。  厚生労働省のQ&Aなどでは、継続雇用にあたっては、労働条件の変更がまったく許されないわけではないとされつつも、合理的な裁量の範囲内での労働条件の提示をすべきと整理されています。ここにいうところの、合理的な裁量の範囲≠ニはどういった範囲であるのか、という点については、定年前の業務内容、役職や責任の程度やそれらをふまえて設定されている賃金の額と、定年後の業務内容や責任の程度などと比較しながら決定されることになるため、ケースバイケースの判断が必要となります。  このような継続雇用の状況に加えて、働き方改革にともなって同一労働同一賃金制度が広く周知され、定年前と定年後の労働条件について、同一労働同一賃金による検討も加える必要が生じるようになりました。同一労働同一賃金については、@業務の内容、A業務にともなう責任の程度、B職務の内容と配置の変更の範囲、Cその他の事情を考慮して、労働条件の差異が合理的な範囲にとどまっているか(均衡待遇といえるか)が判断されますが、定年後の継続雇用であることは、Cその他の事情として考慮されることになっています。  最高裁の判例(長澤運輸事件、平成30年6月1日判決)では、定年後再雇用であることに関連して「定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる」と判断しており、その他の事情として、老齢厚生年金の受給など公的給付も考慮することが想定されています。  また、現在差し戻しされており判断が確定した事件ではありませんが、名古屋高裁令和4年3月25日判決(名古屋自動車学校事件控訴審)においては「高年齢雇用継続基本給付金も老齢厚生年金(報酬比例部分)も、高齢者の低減した賃金総額の補填をも目的として給付されるものであると解されるから、一審原告らがこれらを受給したことを、労働契約法20条にいう不合理性の評価を妨げる事実として考慮することはあり得るというべきである」と判断しており、公的給付に関して長澤運輸事件での判断と同様に、老齢厚生年金および高年齢雇用継続給付の受給をCその他の事情の考慮要素としており、考慮要素として加味したこと自体は最高裁の判断においても直接否定されたわけではありません。 2 高年齢雇用継続給付制度  高年齢雇用継続給付を受給する要件は、@60歳以上65歳未満の一般被保険者であること、A被保険者であった期間が5年以上あることであり、その支給額は、2025(令和7)年3月31日までは、賃金月額が75%を下回る場合において、賃金月額の75%との差異を埋めるような金額を支給されることになり、賃金額が61%を下回らないかぎりは、おおむね賃金月額の75%程度となるように調整されていました。  2025年4月1日以降、この支給額が減少する予定です。受給の要件は変わらず、賃金月額が75%を下回る場合において、賃金月額の75%との差異を埋めるような支給額になるという制度の全体像は維持されていますが、支給率の上限が10%となり、賃金額が64%以下の場合でも、10%を超えて支給されることはありません。  適用対象は、60歳に達した日が2025年4月1日以降であるか否かによって判断されることになります。 3 今後の留意事項  前述の名古屋自動車学校事件の控訴審判決において月額賃金が60%を下回る範囲を違法と判断されていました。判決内で明言されているわけではありませんが、高年齢雇用継続給付を受給しても75%を下回る支給額になることも判断に影響していなかったとは考え難いところです。  2025年4月1日以降は、高年齢雇用継続給付の支給率が変更されることによって、64%未満の額まで月額賃金を減少させる場合には、同給付を受けることのみをもって、一定程度の補填がなされているとはいえなくなってきます。また、現在、同一労働同一賃金の制度に関する見直しの議論においては、賃金の差異に関する説明に関する見直しなども議論されています。  また、前述の名古屋自動車学校事件の上告審では、基本給や賞与に代わる一時金の性質や目的に着目した判断がなされていなかったことが高裁への差し戻し理由とされました。  これらの状況をふまえると、今後、定年後の継続雇用においては、同一労働同一賃金における考慮事項である@業務の内容や、A責任の程度、Bこれらの変更の範囲について、定年前から変更して削減または軽減することや、これらの変更をふまえた給与体系を構築しておくことで、賃金の削減にあたって合理的な説明が可能な根拠を用意しておくことが重要です。  また、高年齢雇用継続給付の支給額が減少することに照らして、64%未満の削減を行うことに対して慎重に判断することが必要になると考えられます。 Q2 給与制度を変更する場合の留意点について知りたい  このたび、各従業員に支給している精勤手当を廃止して定額残業代制度を導入することを検討しています。制度変更の方法や注意点を教えてください。 A  @労働者との合意、A就業規則の改定、B労働協約の締結のいずれかの方法で行う必要があります。労働者との合意は労働者の自由な意思に基づくものである必要があり、就業規則の改定については高度の必要性に基づく合理的な変更である必要があります。なお、導入する定額残業代制度の有効性については検証しておく必要があるでしょう。 1 労働条件の変更について  定額残業代については、固有の問題点もありますが、ここでは制度変更の点に絞ってみていきましょう。労働条件については、原則として使用者が一方的に変更することはできません。もっとも、労働条件の変更がまったく不可能というわけではなく、一定の要件を満たせば、労働条件の変更は認められます。労働条件の変更の方法としては、@労働者と使用者との合意による変更(労働契約法第8条)、A就業規則の改定による変更(労働契約法第10条)、B労働協約の締結による変更があります。以下みていきましょう。  労働契約法第8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定しています。そのため、各従業員との間で、労働条件の変更について合意を得れば、その従業員の労働条件は合意にしたがって有効に変更されることとなります(なお、この場合には、後述する労働契約法第10条の変更の合理性の要件を満たすか否かは問われません)。  もっとも、最高裁は、「労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである」(最判平成28年2月19日)と判示しており、更生会社三井埠頭事件(東京高判平成12年12月27日)では、「就業規則に基づかない賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らし、それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効であると解すべきである」と判示され、賃金や退職金に関する不利益変更に関する同意については実務上厳格に判断されています。  就業規則の改定による労働条件の変更については、(1)変更の合理性、(2)変更後の就業規則の周知が必要になります。そして、変更の合理性については、@労働者の受ける不利益の程度、A労働条件の変更の必要性、B変更後の就業規則の内容の相当性、C労働組合等との交渉の状況等の事情により判断されます(労働契約法第10条)。賃金、退職金などのように労働者にとって重要な労働条件を不利益に変更する場合には、通常よりも高度の変更の必要性が要求されると解されています。 2 ビーラインロジ事件(東京地裁令和6年2月19日)  Qに掲げた事案と似たものとして、ビーラインロジ事件があります。この事件は、使用者が従前支給していた手当を廃止して定額残業代の制度を新設したことにより、労働者の残業代の算定の基礎となる賃金が減少する不利益が生じたため、労働者が使用者に対して、制度変更が無効であることを前提に、未払残業代などの請求を行ったという事案になります。  この事案では、会社は、制度変更前に従業員に対する説明会を実施したうえ、口頭または書面による同意を得た従業員から新しい給与体系により給与を支給し、また、労働者からは、新給与体系を反映した労働条件通知書兼労働契約書の署名捺印をもらっていましたが、同意による変更および就業規則の変更による条件変更はともに否定されました。  すなわち、裁判所は、同意による変更が認められるかという点に関して、「被告従業員が新給与体系の変更について自由な意思に基づいて同意したといえるためには、被告従業員が新給与体系の変更に関する同意に先立って、新給与体系への変更により労働基準法37条が定める計算方法により時間単価を算定した時間単価が減少するという不利益が発生する可能性があることを認識し得たと認めることができることが必要であった」と指摘したうえで、「平成25年労働条件通知書の控えは原告らに交付されておらず、新給与体系への変更に関する説明会における説明内容、本件説明会資料の記載は前記のとおり旧給与体系における基礎賃金の範囲すら正確に把握することが困難であったと認められ、原告らが新給与体系の変更に同意した際、時間単価が旧給与体系に比して約69%から約81%の幅で減縮されるという不利益が発生することが認識し得たとは到底認められない。そうすると、原告らが自由な意思に基づいて新給与体系の変更に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない」と判示し、同意による変更を否定しました。  また、就業規則の改定による変更について、「分かり易い給与体系に改善する必要性があったことは否定できないが、旧給与体系における時間単価を労働契約法37条等が定める方法により算定した場合には最低賃金法違反の問題は発生せず、この点で新給与体系に変更する必要性があったとは認められない。そして、新給与体系に変更することによる従業員の不利益の内容及び程度は前記3で検討したとおり、時間単価が旧給与体系に比して約69%から約81%の幅で減縮するというものであり、新給与体系の変更に関する説明会は実施されているものの、原告らにおいて当該不利益の内容及び程度を十分に把握し得るだけの情報提供が行われたとは認め難い」と指摘し、就業規則の変更による条件変更も否定しました。  本裁判例では、説明会、口頭または書面による同意の取りつけ、新給与体系を反映した契約書の締結といった対応をしているにもかかわらず、制度変更の有効性が否定されていますが、会社からの情報開示や説明が不十分であったことが重視されていると考えられます。制度変更を進める際には、制度変更の必要性を吟味したうえで、労働者に対して適切に情報を提供しているかについては最低限注意すべきでしょう。