【P6】 会社の成長のカギを握る 特集 「高齢社員の活かし方」 会社成長のカギ!  少子高齢化などの影響により労働力人口が減少していくなかで、会社の持続的な成長を維持していくためには、多様な人材の活用が欠かせません。なかでも高齢社員は、長い職業生活のなかでつちかってきた知識や技術、豊富な経験や人脈があるだけに、その能力を発揮できる仕組み・制度を整備していく視点は、これからますます重要となります。  そこで今回は、高齢社員が持っている能力を活かしていくための仕組みについて、企業事例を交えてご紹介します。 【P7-10】 総論 高齢社員の“強み”と活用の課題 トレノケート株式会社 国家資格2級キャリアコンサルティング技能士 田中(たなか)淳子(じゅんこ) スキルや経験を活かせる場が減ればモチベーションは低下する  職業能力というものは、一般に経験年数と比例して増えていくと考えられます。人によってその能力の範囲や深さ、専門性などは異なるものの、働いた年数なりの知識、スキル、仕事上の多様な知恵などがあるものです。いまでは通用しない知識や知恵もあるでしょうが、組織のなかで伝承し、次世代にも活かしていきたいものがあるはずです。いや、伝承以前に、高齢社員自身がさらに能力を伸ばし、これからもその能力を高く発揮してもらいたい、というのが、これからの高齢社員に期待すべきことのように思います。  なぜならば、65歳までの雇用の完全義務化に加え、昨今では努力義務である70歳、あるいはそれ以上の年齢まで就業する機会を設ける職場も増えつつあるからです。  しかし、50〜60代社員に聴くと、長年つちかってきた職業能力を組織が活かそうとしないため、だんだんモチベーションが下がるという声も出てくるのです(図表1)。  以下は、私がここ数年で実際に耳にした55歳以上の方たちの声です。 ■50代後半男性(書籍編集)  役職定年で給与が減ったことより、仕事内容が悩みの種です。役職から外れ、本来好きだった編集の仕事に集中できると楽しみにしていましたが、上司と面談時、「定年まで5年。新しい本を出すなどはりきらなくてよいので、今後は目の前の業務を粛々と担当してください」、「今後は、加点はないです。減点にならないことに気をつけてください」といわれたのです。全社の方針は「挑戦しよう!」なのに、モヤモヤしています。 ■60代前半女性(人事)  さまざまな人事・人材育成施策を自分の考えで動かしてきました。従業員の声を集めながら、「この取組みは従業員のためになるな」と知恵を絞り、企画を動かしてきました。経験を活かした自分らしい仕事ができるようになってきたと思えたのは50代になってから。ところが、60歳を超え、再雇用になったとたんに、上司からは「これからはあなたのアイデアを実現するのではなく、後輩たちが考えたことを実現する手伝いをしてほしい」といわれました。これからも実現したいことがあり、そのための勉強もしていたので、羽が折られたような気分です。 ■50代後半男性(エンジニア)  50代前半で役職定年後、開発プロジェクトのマネージャを担当、それはそれで経験も活かせて、やりがいがありました。しかし55歳を超え、しばらくすると新規プロジェクトにアサインされないようになってきました。「あれ?」と思い、上司にたずねると、「残り数年の方には、新規プロジェクトを任せないという方針です」といわれました。もう挑戦しがいのあるおもしろい仕事は回ってこないのか。65歳まで10年近くあるけど、すでに“終わった人”のような扱いになるんだなと思い、気落ちしました。  私と同年代であることもあるので、気安い気持ちで話してくださるのでしょうが、これらはほんの数例です。  日本全体で見ると、若年層の人口自体が減り、各所で人手不足が進み、なんとしてでも労働力人口を維持したい、高齢社員も活躍できるようにと法改正も進んでいるなかで、どの組織でも相当なボリュームゾーンだと思われる高齢社員を取り巻く職場の環境は、何十年も前とあまり変化していないのかもしれません。「55歳役職定年以降」、「60歳定年以降」の社員が、「おまけ」のような扱いを受けてしまうのは非常にもったいない気もします。  一般に、給与面などの処遇が変化することから、業務内容自体もある程度変えざるを得ないのはわかるものの、だとしても、「担当していた業務や新しいことへの挑戦機会もなくす」、「やりがいを損ねるようなコミュニケーションを図る」というのは、組織にとっても得策ではないと思うのです。  職場では、後に続く40代や30代など若手中堅社員も、高齢社員の扱われ方を見ているわけです。「いずれ自分たちもこういうふうな目にあうんだな」と失望するかもしれません。 高齢社員が“やりがい”を感じられる環境を  高齢社員自身の悩みは、大きく分けて二つだろうと考えています。一つは、金銭的な面。もう一つが、やりがいの面です。  金銭的な面については、企業ごとの方針などもあり、ここでは論じませんが、「やりがい」を奪われるという点は、どの組織もまだまだ対応可能な領域ではないでしょうか。  やりたい仕事、好きな仕事も取り上げられてしまえば、「自分の何十年という蓄積はなんだったのか」、「これからは何に向かってがんばればよいのか」がわからなくなってしまうのも無理はありません。  「高齢社員は学ばない」、「高齢社員は変化しようとしない」から「どうすればモチベーションを上げられますか?」という相談を企業の人事担当者からときどき受けるのですが、高齢社員の「挑戦機会」を設けているか、能力開発を支援しているか、仕事の「やりがい」を奪うなどしていないか、期待をかけているかといった視点で、組織側も高齢社員の働く環境を見直すことは必要でしょう。  組織としては、「若い世代を育てなければならない」と考えるのは当然です。そうでなければ、事業を継続することができません。世代交代は、いつの時代でもどの組織でも取り組むべき課題ではあります。  とはいえ、「はい、高齢社員はここまででよいです。あとはのんびり若手を見守って支援に回ってください」といわれ、主体的にできる仕事を奪ってしまうことが、組織にとってよい影響を与えるとも思えないのです。  では、どうすればよいか。いくつかのアイデアを提起します(図表2)。 @キャリアの棚卸機会  いまの若手社員は、学校教育でもキャリア教育を受ける機会がありますが、高齢社員は、学校教育だけでなく、職業に就いてからもキャリア教育を受ける機会がなかった世代です。したがって、50代・60代になってもキャリアの棚卸をしたことがない人が多いのです。ということは、現在自分が持っている能力は何かや、今後どのように働いていきたいかなどが明確にできていない人も多いのです。高齢社員の活躍を推進するためには、キャリアの棚卸と今後のキャリアを考える機会を設けることがおすすめです。 A目標設定と評価  まだまだ、「60歳定年後の再雇用以降は目標設定も評価もなし」という運用をしているケースもあるようです。これは、再雇用者の給与を一定額に決めてしまう場合、評価する必要もないとの判断があるからだと思われます。  ただ、「今年からは目標設定も評価もない」といわれたら、「何に向かってがんばるのか」、向かう方向も見失うことになるでしょう。これまで述べてきたように、「新しいこともしなくてよい」、「後輩のサポートだけしてください」などといわれても、それでは、「はりきるだけ損」とも思えてきて、省エネモードに陥るのも無理はありません。60歳以前の社員と同じ仕組みでなくても、何らかの目標と評価は検討の余地があるはずです。 B後輩指導のメンターの役割とリスキリングの機会  ある企業の人事担当者からこんな話を聴きました。  「再雇用の社員がいる部署のほうが、若手社員の離職率が低いのです。若手に聴いてみると、『40〜50代の上司や先輩はまだまだ現役でギラギラしている。だから相談しても、そのギラギラ感で対応されるので余計に疲れる。だが、60代の方たちは、よい感じにギラギラ感が薄れているので、話をじっくり聴いてくれるし、自分の悩みの解消ができることがある』といわれたことがあります」  別の企業では、新入社員に業務指導をするOJTトレーナーとは別に、ラインの異なる部署の先輩を「キャリアや仕事の相談に応じる」メンター役に任命する仕組みを持っていました。若い社員で回していたメンターを、高齢社員が増えたことから、60代にもになってもらうようにしました。これには右記と同様の効果があったそうです。  高齢社員の落ち着きや知恵などが十分発揮され、若手社員への支援にもつながる、やりがいをもたらす取組みだと感心しました。  ただし、メンターなど若手の成長支援にかかわる高齢社員には、「現代のキャリア観や働く価値観、新しい育成のあり方」などを学び直してもらう必要があります。古い考え方、古い価値観で若手とかかわることは避けなければなりません。 C高齢社員へのまなざしのアンラーニング  60歳定年制が義務化されてから30年ほどは経ちます。「定年間近の50代は、失速する」、「その後の再雇用で残る人もやる気がない」、「そもそも年齢が年齢だけに新しいことも覚えたがらないだろう」といった「眼鏡」で高齢社員を見ているという面はないでしょうか。もちろん、高齢社員は、気力、体力、記憶力など、20代・30代と比較すればどうしても不足する面はあるかもしれません。  でも、高齢社員が現役で長く働き続ける時代になって、高齢社員の能力や経験や知恵、人脈などをうまく活かす方法はないのかを、経営も人事も現場の若手管理職も考え直すときが来ているのです。  個人差があるので、ぜひ、人事や管理職には、一人ひとりとじっくり対話してほしいと思います。特に、高齢社員のやりたいことと能力をうまく活かす場を設計することはとても大事な取組みです。「やりたいことがある」という場合、それが企業、組織の目ざす方向とずれていないかぎり、やってもらったほうが成果につながるケースもあるはずです。何もかも、「後進に譲りなさい」、「あなたは裏方で補助的な動きだけしてくれればよい」というのは、合理的ではありません。70歳を超えても働くかもしれないこの時代に、「補助的役割」を10年以上も与え続けることが労働生産性の向上につながるのか、いま一度考えていただきたいのです。 「愛されシニア」になるためにていねいなコミュニケーションを  最後に、高齢社員へのアドバイスを。  まずは、何歳になっても学び続けることです。興味のあること、新しいことにアンテナを立て、少しでも学んでいる姿を若い人たちに見せるのです。学ばないと思われている高齢社員のイメージを覆すには、あなた自身の行動で示すしかありません。  それでも、わからないことは、後輩たちに教えてもらうことがあるでしょう。その際、素直に学び、ていねいにお礼を述べていますか?  「これ、わからないんだけど、教えてくれる?」ではなく、「ここ、わからないので、教えていただけますか?」とていねいな言葉で話し、「ありがとう」ではなく「ありがとうございます」といっているでしょうか。  あなたより若い社員は、あなたのサポートをするために職場にいるわけではありません。だれでもわからないことがあるのは当然で、教えてもらうこと自体が悪いわけではありませんが、教えてもらって当然、やってもらって当然、ではありません。  ただでさえ、老眼などで険しい顔をしやすい高齢社員。ていねいで敬意を持った態度や言葉づかいを心がけ、ご機嫌で相手と接し、若い方たちから「愛されシニア」となれるよう努力を忘れないでいたいものです(図表3)。 図表1 高齢社員のやる気・やりがいを奪ってはいないか? はりきらなくて大丈夫ですよ 新しくやりたいことがあるんですが… 今後は新しいプロジェクトにはアサインしません もっと挑戦的な仕事がしたいのに… その役割は若い人に任せて、支援や補佐に回ってください 自分で企画した施策を実現したいと思っていたけれど… 高齢社員自身の「やる気」ばかりを話題にするが、「やりがい」を奪うような環境になっていないでしょうか? ※筆者作成 図表2 高齢社員がやりがいを持って活躍できる職場環境の整備 高齢社員に対するまなざしを職場全体でアンラーニング(学び直し)し、高齢社員がやりがいを持って活躍できる環境を整えることが大事 【高齢社員以外】 「高齢社員とはこういうもの」という、昔ながらの見方をアンラーニングする 【高齢社員への施策】 キャリアの棚卸機会 〜自分のキャリアを考える機会を設ける〜 目標設定と評価 〜しっかり目標を立て、評価する〜 後輩社員のメンター役 〜知識スキルなどの伝承や若手のケアなどに取り組む〜 ※筆者作成 図表3 愛されシニアになろう 年齢問わず、学び続ける 例:新しいことにアンテナを立てていることを示す 年下の同僚たちとていねいに接する 例:「ですます」で話す 年下の同僚に教えてもらうときも素直に学ぶ 例:謙虚な態度で学習する ご機嫌で過ごす 例:意識して笑顔でいる ※筆者作成 【P11-14】 解説1 高齢社員のスキルを活かす仕組みづくり @「社内公募制」の活用 株式会社ジェイック HRドクター編集長 古庄(ふるしょう)拓(たく) 1 はじめに  少子高齢化の影響が広がるなかで、高齢社員の活躍支援は各組織の重要テーマとなっています。  高齢社員側も“人生100年時代”といわれ、年金制度などへの不安もあるなかで「あと少しで定年したら仕事はせずに引退生活」と考える方は少なく、60・70代までなんらかの形で経験やスキルを活かしたいと考える人が増えています。経験やスキルを持った高齢社員を活かすうえで有効な仕組みの一つが、「社内公募制」です。  本稿では、高齢社員の活躍支援につながる社内公募制の概略と、導入や運用のポイントを解説します。 2 高齢社員の活躍を支援する「社内公募制」とは  社内公募制は、組織内の、人員を配置したいポジションを公開し、社員に応募してもらう仕組みです。社内公募制では、各部署を“採用企業”、社内を“労働市場”に見立て、募集ポジションの業務内容、求める経験・スキル、待遇や積めるキャリアなどを開示して、社員が応募できる状態にします。応募後は各部署などで選考を行って、合格(配属)が決定されると所属部署にも開示され、一定の期間で異動が実施される形が一般的です。  社内公募制は大手企業を中心に導入され、ジョブ型人事の導入などにともなって管理職への昇格選考も社内公募制で挙手した社員のみを対象に実施するような事例もあります。社内公募制では業務を熟知している、また活躍しているメンバーが異動してしまうことも起こりますので、組織運営上の問題や業績低下などのリスクを心配する方もいます。しかし、適切に運用することで優秀人材の離職防止、社員のモチベーション向上、採用コストの削減、幹部候補の育成につながります。  高齢社員の活躍支援という観点でも、 ・高齢社員が持っている経験やスキルを活かす ・キャリアの選択肢を広げ、高齢社員のモチベーションを向上させる ・高齢社員のキャリア自律の意識づけにつながるといったメリットがあります。  私が所属している株式会社ジェイック(以下、「ジェイック」)では、「可能性を羽ばたかせる」というミッションを掲げ、社員のキャリア自律を促進しています。ジェイックにおけるキャリア自律支援は、 @キャリア研修など、キャリア自律を「考えるきっかけ」 A社内でのキャリアカウンセリング、社外でのキャリア面談など「個別のケア」 B社内公募制や異動希望制などの、キャリア自律を「後押しする制度」 Ce-ラーニングや資格の取得支援などの「学ぶ環境」 という組み合わせで実施され、記事テーマとなる社内公募制に関しては、社内公募・異動希望の制度「マイキャリア」を運用しています。  もともとジェイックでは人材育成と相乗効果の発揮を意図して、部門や職種、拠点をまたいだ人事異動を積極的に行ってきました。そのなかで、会社からの指示による人事異動とともに運用しているのが、求人応募、異動希望を出せる社内公募制「マイキャリア」です。次章では社内公募制の実態をイメージしていただくため、ジェイックが運用するマイキャリア制度の概要を紹介します。 3 ジェイックの社内公募制「マイキャリア」  ジェイックが運用する社内公募制「マイキャリア」の特徴は、 ・毎年、全社員が自身のキャリア希望を申告できるアンケートを実施 ・公開ポジションへの応募+それ以外の異動希望の意向を取得 ・社内公募制とキャリア面談を通じて、キャリア自律のきっかけとする といった点です(図表1)。  アンケートは図表2(13ページ)のようなものです。マイキャリアの導入を検討する際には「本音を答えてもらう」と「回答結果を活用する」というバランスのなかで、アンケート結果をどこまで共有するかなども検討事項の一つでした。質問項目も、本音を聞き出すとともに、ネガティブな感情が生まれないよう、何度もブラッシュアップしています。また、出した希望が必ず通るわけではないという点も明確に発信しています。  異動希望の設問では「異動先で成果が出せるか不安」といった心配もあることを考慮し、異動希望とは別に「興味のあること」、「今後挑戦してみたいこと」、「将来築きたいキャリア」などについての自由記述の質問も取り入れています。これは「異動希望を出すふんぎりはついていないが、チャレンジしたいことがある」といった本音を聞き出す工夫です。 4 社内公募制の成果と気づき  マイキャリアの導入後、毎年一定数の社員がマイキャリアの回答を基に異動機会を得ています。自身の希望による異動は、意欲が高まるだけでなく、受け入れた部署側でも成長目標の設定やマネジメントをしやすくなります。このような観点からも、社内公募制が適切に実施されるとよい影響が生じると感じています。  全員の希望を即座に叶えることはむずかしく、希望が通らない場合も多くあります。一方で、マイキャリアの回答をふまえて、他事業部の事業部長が「ポジションをオファーしたい」となることもありますし、人事委員会で検討して異動を決定することもあります。また、即時ではなく、翌年度の下半期、再来期に向けて人事委員会で異動を仮決定することもあります。  異動希望に関しては叶った場合も叶わなかった場合も、必ず「検討して結果としてどうなった。それはなぜか、どうすれば叶う可能性があるか」をフィードバックしています。  ジェイックでは、マイキャリア導入以前から入社3〜5年目、30歳、40歳、50歳など、節目のタイミングでキャリア面談を行っていました。ただ、人事による面談には工数の制限もありましたし、「人事にはいいにくい」という声もありました。特にミドル・シニア層になると、「自分より人事の方が若い」というケースも多く、プライドなども含めて社内では相談しにくい状況もありました。現在、節目の面談は「社外へのキャリア相談」を基本として、マイキャリアを実施する際にも「外部」、「人事」、「事業部長」、「その他」という選択肢からキャリア面談の相手を希望できるようにしています。  このようにマイキャリアやキャリア面談を通じて、特に管理職やミドル・シニアなどから「相談」という形では出てこなかった本音や異動希望、やりたいことを吸い上げられるようになっています。  なお、「マイキャリア」を導入したのは、異動の希望を聞きたいという目的がすべてではありません。「マイキャリア」を導入した大きな目的は、「1年に1回、全社員に自分のキャリアを真剣に考える機会を提供する」ことでした。したがって、回答する際には自身のキャリアをふり返り、将来のキャリア構築に真摯に向き合ってほしいという思いが込められています。そのために、回答期限もアナウンスから約1カ月後と長めに設定し、希望者は回答前にキャリア面談を受けることができるようにしています。 5 なぜ社内公募制が高齢社員の活躍支援につながるのか?  ここまでジェイックで運用する社内公募制を紹介しましたが、なぜ社内公募制が高齢社員の活躍支援につながるのでしょうか。  高齢社員の活躍支援を考えるうえで非常に大切となるのは、「つちかってきた経験やスキルをどう活かすか?」です。一方で、活躍支援を運用するうえでハードルとなるのも「つちかってきた経験やスキル」であることが多いものです。例えば、多くの職場でミドル・シニアが持つ豊富な経験やスキルは貴重なものであり、部署内で頼られる存在となっています。つちかってきた経験やスキルとともに役職についている方も多いでしょう。  高齢社員の活躍支援を考えるうえでは、経験やスキルをどう活かすかとともに、経験とともに生まれている固定観念などをアンラーニングしてもらうことも重要です。多くの企業において、高齢社員に活躍してもらうことと同時に、若手や中堅社員を抜擢して組織を活性化させる、10年後、20年後に向けた組織づくりをすることも重要です。だからこそ、役職定年の仕組みがあったり、成果主義やジョブ型人事の導入が進んでいたりするのです。  社内公募制は高齢社員に「自分のスキルや経験がどう活かせるか?」を考えてもらったり、「興味や関心がある仕事にチャレンジできる」という高いモチベーションを生み出したりする効果があります。同時に、社内公募制で「自ら仕事を変える」ことは固定観念やポジションをアンラーニングして、「新人」となる機会を提供することにつながります。  また、受入れ側も「自ら手をあげて異動してきた」からこそ年齢や過去の役職などを気にせずマネジメントしやすい面が生まれます。高齢社員側も自らがやりたい、興味がある仕事に手をあげる形であれば、年下の上司を持ったり、年下のメンバーと同列で仕事をしたりすることも受け入れやすくなります。 6 社内公募制とともに導入すべきもの  高齢社員に自らのキャリア、スキルや経験の活かし方を主体的に考えてもらう、キャリア自律をうながすためは、社内公募制とともに以下の工夫や仕掛けを一緒に考えることがおすすめです。 ・キャリア研修…高齢社員は、“人生の残り時間”を意識する世代だからこそ、アプローチを工夫したキャリア研修はキャリアを考えるきっかけとして有効です。人事制度だけではキャリアに対する主体性は生まれません。制度を使う意思、きっかけとなるのがキャリア研修であり、キャリア面談です。 ・社外でのキャリア面談…前述の通り、高齢社員にとって社内の人事担当者は、年下であり、入社年次の後輩であることも多くなります。そうすると本音では相談しにくい状況が生まれます。社内でキャリア面談できる選択肢はもちろんあってよいですが、関係性のない社外の第三者に相談できる場をつくることがおすすめです。 ・リスキリング支援…高齢社員が活躍するためには、持っている経験やスキルに加えて新たな知識をインプットすることが必要となることが多いでしょう。それは、生成AIなどの知識かもしれませんし、自分の経験やスキルをメタ認知するスキルかもしれません。こうした活躍に必要な学習を支援しましょう。 7 まとめ  「社内公募制」は高齢社員の経験を活かしつつ、キャリア自律を促進する仕組みとなり得ます。自らのキャリアを考える機会、そして選択する場を設けることで、高齢社員に「自らの経験とスキルをどう活かすか?」を考え、キャリア自律をうながすきっかけとなるのです。本記事が高齢社員の活躍支援を考える参考となれば幸いです。 図表1 「マイキャリア」の基本の流れ STEP 01 年に一度、全社員を対象にアンケートを実施 ※ジェイックは1月末決算になるため、翌期の異動検討に間に合う10〜11月に実施 STEP 02 アンケート結果は上司などを通さず、人事と人事委員会(経営層)のみで共有 STEP 03 「異動希望者」と「キャリア面談の希望者」は個別面談を実施 STEP 04 面談結果もふまえて異動などを検討して決定本人へのフィードバックを実施 資料提供:株式会社ジェイック 図表2 アンケート内容 ※アンケート内容はほとんどの原型を留めつつ、表現や社内用語の修正などを加えています。ご了承ください。 @所属部署・職務・経過年数(選択式) 1.所属部署(選択式) 2.現在の職務(選択式) 3.現職務での経過年数(選択式) A希望キャリアパス(選択式) ⇒マネジメントコース、プロフェッショナルコース、その他 ※社内のキャリアパスとして組織のマネジメントを行うマネジメント職と、個人の専門性で貢献するプロフェッショナル職の2コースが存在します。 B興味のあること、今後やってみたいこと、将来築きたいキャリア等(自由記述) C異動希望 1.異動希望(選択式) ⇒今すぐ異動したい  できれば異動したい  どちらでも構わない  できれば異動したくない  いまの職務がよい 2.異動希望_理由(自由記述) D異動希望がある場合の希望先 1.異動先の第1希望(部署)(選択式) 2.異動先の第1希望(職務)(選択式) 3.異動先の第2希望(部署)(選択式) 4.異動先の第2希望(職務)(選択式) 5.異動先の第3希望(部署)(選択式) 6.異動先の第3希望(職務)(選択式) ※選択の前提として、社内におけるポジション情報も開示されています。 E転勤希望 1.転勤できない理由があれば教えてください(自由記述) 2.転勤したい方のみお答えください。希望する時期はいつですか(選択式) ※全国転勤を前提として採用活動・雇用していますが、ある程度社員の意向も確認しながら転勤決定をしています。 Fキャリア面談 1.キャリア面談を希望しますか(選択式) 2.キャリア面談を希望する相手を選んでください(複数選択式) ⇒「外部」「人事」「事業部長」「その他(記述式)」 3.キャリア面談を希望する相手の要望があれば、お書きください(自由記述) ※グループ会社Kakedasで提供するキャリア面談サービスを活用して、「第三者に相談して整理したい」ニーズを拾い上げています。評価者である人事や事業部長に相談しにくいキャリア相談も、第三者であれば本音で話しやすく、自分の考えを整理する機会となっています。また、「外部に相談して考えを整理したうえで、社内で面談して実現のアドバイスをもらう」といった形でも使われています。 Gその他会社に知っておいて欲しいことはありますか?(自由記述) 資料提供:株式会社ジェイック 【P15-18】 解説2 高齢社員のスキルを活かす仕組みづくり A「スキルマップ」の策定と活用 株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース シニアマネージャー 堀井(ほりい)元禎(もとただ) 1 はじめに  労働力人口の減少により、企業は経験豊富な高齢社員の知見を活かした組織の競争力強化が求められています。しかし、企業においては「高齢社員」とひとくくりにとらえてしまい、個人ごとの強みを活かした活用ができておらず、競争力強化が進んでいない現状も見てとれます。そこで本稿では、高齢社員のスキルを可視化し企業価値の向上につなげるためのスキルマップの策定・運用のポイントを解説します。 2 高齢社員の強み  高齢社員には若手をはじめとする一般社員と比べて大きく三つの強みがあると考えられます。 @豊富な業務経験  長年の業務経験から得た専門知識やノウハウは高齢社員だからこその強みです。 A人脈とネットワーク  これまでの経験を通じて得た社内外の幅広い人脈は一朝一夕には得がたい強みです。 B組織の文化・価値観の継承  自らも文化をつくる側として参画してきているため、その会社ならではの文化の維持や後進への伝承は高齢社員にこそ期待できる強みです。 3 高齢社員の課題  一方で高齢社員ならではの課題もあります。 @新技術・デジタル化への適応  最新の技術やツールへの適応力は加齢とともに落ちていくのが一般的です。 A体力・健康面での制約  若手社員と比較して業務負荷の面で制限が生じる可能性が高くなると考えられます。 Bモチベーションの低下  いわゆる「出世」と離れる立場になることで、役職定年やキャリア終盤になるほど成長や貢献意欲を維持することはむずかしくなります。 4 高齢社員向けスキルマップの意義と目的  そもそも「スキルマップ」とは、社員のスキルや経験を可視化し、適材適所の配置や能力開発を行うためのツールです。高齢社員向けのスキルマップは、先述の強みや課題に応える形で、以下三つの目的で活用できます。 @スキルの見える化  高齢社員個々人の強みを整理し、適所の活用を図ります。 A組織・ほかのメンバーへの知識伝承  経験や知見を組織内に共有しノウハウとして蓄積するために、高齢社員が持つスキル・経験の伝承を図ります。 B高齢社員の得意領域におけるスキルアップ  これまでの経験で得たスキルに加え、専門性の高い領域でのさらなる活躍を期待して、強化可能なスキルを特定しリスキルを図ります。また、成長期待を伝えることでモチベーション低下を防ぐ効果も期待できます。 5 スキルマップの策定方法  前段で高齢社員向けスキルマップを策定・活用していく必要性をお伝えしてきましたが、ここからはそのつくり方をお伝えしていきます。  業務遂行に必要なスキルや知識を洗い出し、スキルマップを策定するには五つのSTEPがあります(図表1)。  まずはじめに行っていただくのは、【STEP1】マップ範囲の選定です。前述したスキルマップの目的のうち、自社は何をメインの目的として活用していきたいか、を決めていきます。目的に応じてスキルを抽出する粒度や範囲は変わってくるので、関係者の認識を合わせることをゴールにしてください。  続いて【STEP2】業務の洗い出しを行います。対象となる高齢社員の方々がかかわってきた業務だけに絞るのか、これから先のことも考えて社内の業務全体まで広げて設計しておくのかを決めていきます。  【STEP3】アンケートの実施では、対象業務にかかわる組織長や業務に習熟している方、対象の高齢社員にアンケートやインタビューを実施して、必要となるスキルを洗い出していきます。スキルを洗い出す際は社内にどのような業務プロセスが存在するか整理して、プロセスごとに必要なスキルを質問していきます(17ページ図表2)。職種ごとに業務プロセスを整理したうえでアンケートやインタビューを実施することで、抜け漏れなくスキルを可視化することができます。  また、アンケートとインタビューは情報収集の広さ×深さの観点で使い分けるとよいでしょう(17ページ図表3)。  【STEP4】業務ごとのスキル・基準選定では、STEP3で洗い出したスキルから「特に付加価値を創出する重要なスキル」を抽出してリスト化していきます。 ※スキルマップをつくる際の注意点として、あれもこれもと欲張らないことがあげられます。弊社がご支援する際は、最大でも30個程度に絞り込むことを推奨しています。  評価基準を検討する段階では、スキルごとに4段階〜5段階の点数設定がよいとされています。高齢社員向けに絞ってスキルマップを活用したい場合は「未経験」レベルを削除した4段階が使い勝手がよいと考えます(図表4)。  【STEP5】評価方法の確定・マニュアル策定については、運用を行う際、評価者によって評価方法や評価基準がばらつかないよう手順書に落とし込むことが重要です。  以上の五つのSTEPを通じて、高齢社員に活用できるスキルマップを策定していきます。 6 スキルマップ策定と運用のポイント  高齢社員向けスキルマップ策定時は、含める項目に特徴があります。一般社員向けスキルマップは、能力開発状況の把握・育成が主目的のため、「獲得すべきスキル」の可視化が重要です。一方、高齢社員向けスキルマップは、高齢社員の活用が主目的のため「獲得してきたスキルや経験」を可視化する必要があります。「経験」が含まれる点がポイントです。  運用時は、高齢社員の心理的負担軽減とスキルマップを活用していくために、以下五つの点に考慮して工夫を行う必要があります。 @目的の周知  スキルマップを用いて実現していきたいこと、つまり「スキルの見える化」、「知識伝承」、「高齢社員のさらなるスキルアップ」であることを高齢社員および管理職層に周知して、スキルマップを更新し続けることの意義を浸透していくことが重要です。 Aプロセスの簡素化と継続性の確保  高齢社員が負担感を感じずにスキルマップを入力・更新できるよう、簡易なフォーマットにすること、入力サポート体制を構築しておくことが望ましいでしょう。また、一回入れて終わりにせず、年一回更新するタイミングを設けるなど、ルールを設けておくことも必要です。 B現場管理職との連携  知識伝承や高齢社員の育成場面でどのようにスキルマップを活用していくか、現場の管理職に対する教育機会を事前に設けておく、年一回の説明会の場を設けるなどの仕組みを設定して、スキルマップ策定時の目的と運用に乖離を生まない取組みが必要です。 Cフィードバックと動機づけ  導入時の説明だけに留めず、年一回のスキルマップ更新時にあわせてスキル変化に対するフィードバックを行うとよいでしょう。高齢社員の組織に対する貢献を伝えるなど、今後のさらなるスキルアップに対する動機づけも行うことで、スキルマップ活用に対する意識変化も期待できます。 D知識伝承機会の設定  社員や組織への知識伝承を高齢社員に任せきりにすることは望ましくありません。スキルマップで明らかにしたそれぞれの強み・伝承してほしい知識や知見を共有する場を会社として設けることで、高齢社員に対する期待を伝えやすくなります。  上記五つの取組みを行う際には、個々人の「経験」から得られる知見・考え方から得られるスキルの重要性を伝えていくことを心がけましょう。それによって高齢社員にモチベーション高くスキル継承を行ってもらうことで、組織力強化ひいては企業の競争力強化が実現できるのではないでしょうか。  また、今後はデジタル技術の活用によるスキルデータの管理や、柔軟なキャリア設計の導入を進めることで、より効果的な高齢社員活用の仕組みを構築することが求められます。スキルマップは一回つくって終わりではなく、自社にとって最適な仕組みと運用を考え続けることも重要なポイントです。 7 結びに  今後も日本国内の高齢化が進むなか、高齢社員の持つスキルが失われていくことは企業の競争力低下に直結します。特に一朝一夕では身につかない「経験や知見、専門的スキル」を可視化して、若手継承へとつなげていただく、本稿がその一助になれば幸いです。 図表1 スキルマップ策定の五つのステップ 【STEP1】 マップ範囲の選定 スキルマップを運用する目的・部署・階層・評価項目・評価反映先を議論する 【STEP2】 業務の洗い出し スキルマップ選定の前提となる業務区分を洗い出す 【STEP3】 アンケートの実施 運用する方々へアンケートを実施し、必要としているスキルを確認する 【STEP4】 業務ごとのスキル・基準選定 各業務ごとにスキルマップに載せるスキルを選定し、その評価基準を作成する 【STEP5】 評価方法の確定・マニュアル策定 評価段階や評価シートを設計し、運用マニュアルを作成する 作成:株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 図表2 職種ごとの業務プロセスに応じたアンケート・インタビュー @営業 対象層のゴール像 ×××××××××××××××××××××× (経験)××××××××××××××× (知識&スキル)××××××××××× (基本姿勢)××××××××××××× Aマネジメント ×××××××××××××××××××××× (経験)××××××××××××××× (知識&スキル)××××××××××× (基本姿勢)××××××××××××× B技術スペシャリスト ×××××××××××××××××××××× (経験)××××××××××××××× (知識&スキル)××××××××××× (基本姿勢)××××××××××××× 業務プロセス 顧客リスト化 関係構築 ヒアリング 提案 クロージング 長期 短期 人 仕事 ・組織設計 ・後任育成 ・信頼構築 ・動機づけ ・MVV策定 ・戦略策定 ・目標設定 ・業務管理 現状分析 要件定義 詳細設計 テスト・検証 導入 フォロー 作成:株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 図表3 情報収集の広さと深さ アンケート 広く多くの方の意見を効率的に集める 対象層/職種が多いときに実施 信ぴょう性はやや低いので補足的役割 無記名ではなく記名式がおすすめ or インタビュー 深く特定の方の意見を効率的に集める 基本はハイパフォーマーにするが、声の大きい方やネガティブな方の意見もあえて聴く 作成:株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 図表4 評価基準の設定 5段階 評価点数 0 1 2 3 4 評価基準 未実施 要指導レベル 準自立レベル 自立レベル 指導レベル 4段階 0 1 2 3 要指導レベル 準自立レベル 自立レベル 指導レベル 作成:株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 【P19-22】 事例1 日本ガイシ株式会社(愛知県名古屋市) 事業構成の転換にあたり人事制度を改定「社内スカウト制度」でミドル・シニア層の活躍を推進 「挑戦」をキーワードに基幹職の活躍をうながす新制度  日本ガイシ株式会社は、1919(大正8)年に日本陶器合名会社(現・ノリタケ株式会社)のガイシ部門が独立し、日本碍子(がいし)として創業した。国内の電力普及にともない、当時輸入に頼っていた特別高圧がいしを国産化し、近代日本の送電インフラ構築に大きく寄与。戦後の高度成長期には事業の多角化・拡大を推進し、世界的なモータリゼーションの進展にともない、排ガス浄化用セラミックス装置を主力製品とし、グローバルに展開するなど、半導体製造装置用、電子電気機器用など、独自のセラミックス技術を活かし、社会の基盤を支え、環境保全に役立つ製品を開発・提供してきた。日本の陶磁器産業を代表する森村グループの中核をにない、2025(令和7)年3月現在、海外18社を擁するグローバル企業である。  近年の電気自動車の普及と、世界的な脱炭素の大きな流れのなか、「NGKグループビジョン Road to 2050」を策定し、「独自のセラミック技術でカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)とデジタル社会に貢献する」をありたい姿として掲げ、2050年にこれらの分野における関連製品が売上高の80%を占めることを目ざしている。事業構造の転換を加速させ、グローバルブランドとして確立させていくため、2026年4月1日付で社名を「NGK」に変更する予定だ。  同社では、2025年4月に、基幹職(管理職)の人事制度を改定した。  人材統括部人事戦略部グローバル人事グループの山田(やまだ)倫大(みちひろ)グループマネージャーは、人事制度改定のねらいについて、次のように話す。  「NGKグループは、『5つの変革(収益力向上、商品開花、DX推進、研究開発、ESG経営)』で、事業構成の転換に挑戦しています。グループビジョン実現のためにも、人的資本経営方針に基づいて優秀な人材を社内外から確保し、全社一丸となって挑むべく、基幹職人事制度を改定しました。新しい人事制度のコンセプトは『透明性・公平性・納得性の向上』と『自律的な行動促進』、『挑戦の後押し』です。事業構造の転換に向け、多様な人材の最大活用と自律的行動を促進し、年齢に関係なく意欲を持って主体的に挑戦する人材の創出につなげていきます」  基幹職を対象にした人事制度改定は約20年ぶりとなる。改定の中心となるのが等級制度の変更だ。これまで1種類であった等級を複線化し、すべての職務に対してジョブディスクリプション(職務記述書)を設定、それぞれの職務内容を明確にした。あわせて、年収は職務に応じることとし、年齢による処遇の低下や役職定年を廃止した。また、評価制度についても見直しを行い、年収は等級と各年の評価結果によって増減するとし、これまでの「成果に対する評価」に加え、基幹職に求められる行動の達成度を評価する仕組みを整備。そして、従来の社内公募を全基幹職に適用することに加え、社内スカウト制度を導入した。 役職定年制を廃止し「役職任期制」に変更  同社は2017(平成29)年4月に、一般職を対象にした人事制度を改定し、基幹職を含めた全社員の定年年齢を65歳に延長している。一般職については、60歳到達時の給与水準を維持し、賞与や福利厚生なども含め60歳以前と同様の処遇とした。また、疾病や介護に対するサポートとして、短時間勤務や週3日勤務といった柔軟な勤務制度を導入したほか、親や配偶者の介護が必要な社員への支援として、介護支援一時金の導入などを行っている。この制度改定では、「しっかり65歳まで現役として働くことを意識してもらうこと」を重視し、おもに両立支援の整備を行ったそうだ。定年年齢を65歳に延長する一方で、58歳の到達年度にポストオフと給与がダウンする役職定年制は維持し、基幹職者は役職定年後も、65歳まで専任職として職務に就くこととした。  一方で、2017年の制度改定から数年を経て、シニア層の優秀な人材が役職を失いモチベーションを下げているというケースが顕在化しており、社内からも「ポストオフ後のシニア社員がモチベーションを低下させている」といった声が多く届くようになっていた。しかも、元役職経験者はこれから毎年積み上がっていく。山田グループマネージャーは次のように話す。  「役職定年制度は、役職者としての能力を持ち、貢献意欲の高い方からも役割を奪っており、会社としてもったいないことをしているという想いがまず先立ちました。役職定年制の維持は若手への権限移譲を担保する目的でしたが、結果的にマイナスの面の方が大きいと判断し、今回の基幹職人事制度の改定で廃止することにしました。シニア層のモチベーション向上とあわせて、今後は外部からの優秀な人材の獲得にもつながるのではないかと期待しています」  一律的なポストオフの廃止に加え、モチベーションの向上や物価上昇への対応のため、基幹職の年収水準を約10%引き上げた。  また、役職定年制廃止のねらいは、効率的な人事配置の実現にもある。  「今回の制度改定にあたっては、社員の挑戦を喚起するしかけとして、『役職任期制』を導入しました。年齢に関係なく6年間同じ役職を務めた方はポストオフになる仕組みです。一人の人が一つの役職を占有して、若手のチャンスを奪うことがないように配慮したものです」(山田グループマネージャー)  6年間という任期については社内でも議論になったが、その役職に就いて、一通り経営に資する動きが組織長としてできるためには、一定の時間が必要であり、どの部署であっても6年間あれば一通りのことは成し遂げられるであろうという結論に至った。ただ、若手社員の側には、「やはり6年は長い。チャンスがない」という意見もあるという。6年の任期を満了しなければならないことは決してないが、6年間継続するケースが出てくると予想されるため、その役職の仕事にチャレンジしたい社員の意見も鑑みつつ、経過を見て対応していく方針だ。 主体的なキャリア形成を可能にする等級の複線化  新制度の柱である等級の複線化は、役職任期制とも関連している。従来はプレイングマネージャー1本の等級であったが、三つの等級を設定した。新しい職務等級として設けた「マネジメント等級」は、マネジメントに専念し、組織長として戦略策定の具体化や人材のマネジメント、組織成果の最大化に寄与することを期待される職務である。同じく新たな職務等級である「エキスパート等級」は、例えばデータサイエンティストなどの専門性の発揮に特化した職務となる。従来のプレイングマネージャーは、「シニアプロフェッショナル等級」となり、専門性を発揮するスペシャリスト(個の専門性を軸に貢献)と組織をリードするチームリード(集団のリードや組織運営支援を主軸に貢献)の二つの役割が期待される。  等級の複線化により、役割を明確にし、多様な人材が自身の持ち味を存分に発揮していくことが期待される。になう職務に応じて等級を決定することから、年齢を理由に報酬が下がっていた問題についても、解消することができる。  「58歳になるとどんな仕事をしていても、一律で給料が下がり、60歳になるとまた下がっていましたが、新制度では年齢は関係なく、同じ仕事を続ければ58歳になっても、60歳になっても同じ等級で、給料が変わらなくなります。価値が高い仕事をすれば、年齢は関係なく報酬が得られる仕組みです」(山田グループマネージャー)  他方、若い世代からすると、仕事が変われば等級も変わるため、30代であったとしても給料が下がる可能性もある。人材統括部の斉藤(さいとう)達也(たつや)人事部長は次のように語る。  「例えば、38歳で課長職に就き、43歳でいったん役職を降りるとします。その人はそこで勉強して、次に別の部署の課長となってマネジメントを続けるか、あるいは『私は専門性を高めていきたい』と覚悟を決めるのであれば、その部署のまさにプロフェッショナルのプレイヤーとして活躍していくというキャリアの選択肢があります。今回の人事制度改定には、『年齢に関係なく、自分でキャリアを選ぶことができ、縦横無尽にどの職務でも活躍することができる』というメッセージが込められています」 全基幹職の社内公募制拡大と見える化を活かしたスカウト制度  新制度では、社内公募の対象を全基幹職に拡大し、新しく「社内スカウト制度」を導入した。個人の意思で次のキャリアに挑戦できる機会を増やし、組織の活性化と新たな挑戦を生み出していくことがねらいだ。  社内公募制度は、各部門の募集に対し、社員本人の意思で選考プロセスに進むことができる仕組みで、応募の際は、所属部署に知られずに選考を受けられるという利点があり、完全に本人の意思による自律的な挑戦が可能となっている。今回新設した社内スカウト制度は、各部門が欲しい人材にアプローチし、本人に社内公募制度を使った応募をすすめるという仕組みとなっており、部門側から求める人材の獲得に動くことができるというものとなる。  「スカウト制度は適所適材の異動配置を加速させるための取組みで、スキルや要件の見える化がセットになっています。今回の制度改定では基幹職1150ポストのジョブディスクリプションをすべて作成して職務を明確にし、になう職務に応じて等級を決定しました。どの部署にどんな職務があり、求められる成果や責任、権限・マネジメントの範囲、必要な知識およびスキルを、対象者はだれでも知ることができます。  部門側がジョブディスクリプションを提示するのに対して、基幹職者はキャリアシートを作成します。自身の経歴や保有しているスキル、および自身のキャリアプランに関して、例えば異動希望や、活かしたいスキル、挑戦したい領域をキャリアシートで見える化します。部門は求める人材をキャリアシートのデータから検索しスカウトします。ジョブディスクリプションとキャリアシートの相互開示により人材マッチングの質を向上させることがねらいです」(斉藤部長)  ミドル・シニア層がスカウトされるケースについては、「単純な専門知識だけでなく、機会がないと得られない経験であったり、その経験に基づいた判断であったり、幾度となく起きる想定外の事態に動じない姿勢など、ベテランの強みに白羽の矢が立つことが十分に考えられます」(斉藤部長)という。  同社では、シニア層がアドバイザーとしての要素が強いポジションで活躍しており、社内でも大いに需要がある。また、海外拠点の製造工場の拠点長は、事業運営、マネジメントといった多面的な経験が必要であることから、多様な経験を持った人物がになう必要がある。長年の営業経験を活かして新事業で新しいビジネスを開拓するポジションで活躍することもできる。  「ジョブディスクリプションの開示により、社内にどんな仕事があるか、何が求められているかが見えてくるので、シニア層の社員には、活躍する職務をぜひ見つけてほしいと思います」(山田グループマネージャー)  自律的に成長し、自身と会社を変革し続ける人材を育成するため、会社主導で行ってきた人事配置から、個人が挑戦する場面を準備し、挑戦したい領域での活躍を叶える人事配置へ転換を図っている。なお、社内スカウト制度は、年度始まりの異動を見すえ、数カ月間に限定して実施する予定だ。  なお、基幹職の新制度を導入するにあたり、説明会に社長が登壇し改革に関してメッセージを送った。今後は、さらにインナーコミュニケーションを通じて、発信を続ける方針だ。  また、今後の課題として、以前から基幹職者として活躍してきた世代は、一律にプレイングマネージャーをになってきただけに、今後、マネージャー等級になって人を通してのみで成果を出すことになる点に不安がある人は多く、マネジメントに特化した研修などを通して支援をしていくという。 2025年4月より65歳定年後の再雇用制度を導入  同社は基幹職の人事制度改定と同時に、2025年4月から65歳定年後の再雇用制度を導入した。一般職、基幹職にかかわらず、定年後、本人が継続雇用を希望し、会社が求める職務と本人の能力を鑑みて再雇用する。再雇用の年齢上限は70歳で、1年更新の有期雇用となる。  「基幹職のコンセプトと同じで、ジョブディスクリプションを用意し、職務内容と処遇の条件を開示します。65歳を超えるとさまざまな事情を持った人がおり、価値観も多様化していますので、シニア層の多様性に応えられるように仕事のバリエーションを増やして、ジョブディスクリプションを用意しています。65歳でいったん退職しますので、元一般職、元基幹職ということは関係なく、どの仕事をになうかで処遇を決めていきます。2年ほど前からトライアルを実施しており、すでに65歳定年後の再雇用として35人が働いています(2025年3月時点)。各職場におけるアドバイザーの役割として、つちかったノウハウを伝授しながら活躍しています」(斉藤部長)  再雇用ではジョブ型の仕組みを活かし、シニア層に合った働き方を提供して、持てる力を活用していくという。役職定年制の廃止や社内スカウト制度の導入、70歳までの継続雇用制度とジョブ型の活用など、ミドル・シニア層の活躍をうながしていく同社の取組みは、他社にとって参考になるのではないだろうか。 写真のキャプション 人材統括部斉藤達也人事部長(右)、人材統括部人事戦略部グローバル人事グループ山田倫大グループマネージャー(左) 【P23-26】 事例2 山九(さんきゅう)株式会社(東京都中央区) ダイバーシティ推進のため経験豊かなシニア人財を採用 創業100余年の大手総合物流会社 三つの事業分野を有機的に展開  山九株式会社は、1918(大正7)年に「山九運輸株式会社」として、福岡県北九州市で創業。八幡(やわた)製鐵所(せいてつしょ)および山口県の海軍燃料廠(ねんりょうしょう)にて石炭荷揚げ、貯蔵、構内作業をになう事業からスタートした。「山九」という社名は、当時の事業基盤であった山陽と九州の頭文字と、感謝の心を表す、英語の「Thank you」に由来している。1980(昭和55)年に現在の社名「山九」に変更し、長い歴史のなかで積み上げてきた現場力を活かし、大手総合物流会社に発展した。  現在は、「ロジスティクス(物流)」、「プラント・エンジニアリング」、「ビジネス・ソリューション」の三つの事業分野を有機的に結びつけた、独自のビジネスモデルを構築。本社を東京都中央区勝どきに構え、国内支店39、国内関係会社44、海外現地法人40などを展開する山九グループとして、製鉄所や化学系プラントなどの企画段階から、設計・建設・重量物輸送・据付・試運転までのトータルサポート、さらに操業支援、設備のメンテナンス、調達・生産・販売までワンストップサービスを提供し、産業の根幹から、人々の暮らしまでを支えている。 「人を大切にする」経営理念を継続 社員を「人財」と表し、活躍を手厚く支援  創業以来、「人を大切にすること」を経営理念とする同社では、社員を「人財」と表し、その育成に注力してきた。階層別やスキルに応じた豊富な研修プログラムを用意して社員の能力向上を図り、最大限に能力を発揮して活躍できるように支援している。  社員数(単体)は、約1万3000人。うち、65歳以上は560人(パート・アルバイトを除くと130人)。新規学卒者を毎年採用しており、正社員の平均年齢は41.0歳となっている。60歳を超える社員が増えてくるなか、2021(令和3)年に定年を60歳から65歳に延長するなど、シニア世代の活躍推進にも取り組んでいる。  現在の高齢者雇用制度は、定年65歳(60歳以降は定年年齢を選択することが可能)。65歳定年後は70歳まで契約社員として働くことができる再雇用制度がある※。希望により、短日・短時間の柔軟な働き方をすることが可能で、実際に65歳超の社員の働き方はさまざまだという。  なお、再雇用制度では、本人と会社の希望、健康状態を勘案して、1年ごとに契約を更新している。現在の最高年齢者は77歳で、管理職を務めた後、定年以降もつちかった技術を発揮しながら、後継者の指導に活躍しているそうだ。 外部からのキャリア採用は新たな知見や経験から学ぶため  定年延長などにより、社員が長く働ける環境を整えると同時に、特定のスキルや経験を有する人財を即戦力として迎えるキャリア採用にも取り組んでいる。  人事部の松本(まつもと)靖(やすし)人事企画担当部長兼採用グループマネージャーは、「外部からキャリアのある人財を積極的に採用するようになったのは、2023年からです。それまでは年間4人ほどでしたが、2023年は17人、2024年は18人を採用しています」と状況を説明する。  小川(おがわ)晋(すすむ)人事部長は、外部からのキャリア採用のねらいについて次のように話す。  「当社は、プロパー社員が多いことから、『外から学びたい』という考えが根底にあります。また、お客さまのご要望を受けとめて、ていねいにしっかりとお応えするという文化のある会社ですが、新しいことに取り組むときのスピード感などに少々欠けると感じるところがあり、そういったスキルや知見を持つ方に入社してもらいたいと考えました」  このようなねらいから、公益財団法人産業雇用安定センターの「キャリア人材バンク」に登録して、シニア世代のキャリア採用を行っている。  産業雇用安定センターのキャリア人材バンクは、働く意欲が高く、能力、経験が豊富な60歳以上の高齢者と、その能力や経験を必要として採用を希望する企業が登録し、求人・求職の申込みを受けて、同センターが間に入り、マッチングを支援する仕組みだ。  登録後は、同センターの担当者と面談を行い、求職者はこれまでの職務経験や希望する職種、賃金、勤務時間などを伝えて、同センターが収集した求人情報から条件に合った企業を紹介してもらう。求人企業は、希望する人材、求められる能力、資格、経験などを伝え、それらの条件に合った求職者を紹介してもらう。面接日程の調整や採否の連絡なども含めて、同センターがマッチングを行う。  このキャリア人材バンクを通じて、2024年5月、黒丸(くろまる)修(おさむ)さん(65歳)が入社した。  それまで同社では、キャリア採用で50代後半から60歳くらいまでの人財を採用したことはあったが、65歳での採用は黒丸さんが初めてとなる。  「ダイバーシティに取り組むことを検討していたこともあり、キャリア人材バンクには、『人事で活躍されたキャリアがあり、ダイバーシティの取組みを進めていくための経験者を求めています』と希望を伝えて求人を申し込んだところ、黒丸さんを紹介していただきました」(松本人事企画担当部長)  採用面接を経て、「厳しい環境下で長年責任ある仕事をされてきたこと、人事の仕事やダイバーシティを進めてこられた経験もあると知り、当社としては、その経験から学びたい、当社で活かしてほしいと思いました。物腰がやわらかく、温かい雰囲気を持って人に接している様子も、人事部門にふさわしく、求めている人財にピッタリとあてはまったので、戦力として採用を決めさせていただきました」と小川人事部長は黒丸さんの採用時についてふり返る。 研究職から管理部門までさまざまな経験を活かせる仕事を  黒丸さんは、研究開発型の製薬企業に四十数年間勤務して、2023年11月、65歳でその会社を定年退職となった。  製薬会社には研究者として入社し、長年研究開発にたずさわった後、50歳を超えてから退職までは人事領域に異動して、社員向けの研修をになう組織の責任者となり仕事に邁進。57歳のときに役職定年を経験した。  「このとき、今後は肩書きのない一人のプレイヤーとしてどれだけ仕事ができるのかを問われるのだと思い、それまで社内でさまざまな役割を経験したことが自分の強みになると考えて、キャリアコンサルタントの資格を取得し、それからは資格を活かして、企業内キャリアカウンセリングも担当しました。同時に、シニア社員の一人として、自分の行く末についても日々考えるようになりました」(黒丸さん)  65歳で退職する少し前に、産業雇用安定センターのキャリア人材バンクに登録して、求職を申し込んだ。  「65歳まで懸命に働いて、『それなりに満足した会社生活を送ることができた』という気持ちもありました。ただ、コロナ禍にフルリモートを経験した際、何か物足りなさを感じたことを思い出し、自分は組織のなかで、Face to Faceで意見を出し合いながら進めていくような仕事が性に合っているのだと気づいたのです。再就職をするなら、それができる会社で、経験が活かせる人事領域で働きたい、そう思うようになりました。異業種の会社で、これまでと違う世界をのぞいてみたいという好奇心もありました。  とはいえ、フルタイムで働くのはきついかなとも思い、キャリア人材バンクでは『週3日くらいの勤務で採用していただける会社があれば』と少しわがままをいって、求職の申し込みをしました」  キャリア人材バンクの登録は、当時勤務していた会社で、在職中に受けることのできる再就職支援サービスの一つだった。  ほどなくして、産業雇用安定センターからキャリア人材バンクの求人企業の紹介があり、山九の本社を訪ねて面接を受けることになった。  黒丸さんは、山九という会社に対し、経営理念の最初に「人を大切にすること」を掲げていることにまず共感したそうだ。また、社会のインフラを支える大切な事業をになっている会社であること、面接での訪問時に感じた社内の雰囲気に好感を持ったこと、取引先に著名な企業が名を連ねていて世界が広がるような気持ちになったことなどから、この会社に再就職したいと思ったそうだ。「入社してからもいろいろな発見があり、実際に視野が広がっています。よい刺激をいただきながら仕事ができています」と黒丸さんは表情をさらに明るくして話した。 ダイバーシティ推進の準備をにない会社の文化を理解することから始める  同社に入社した黒丸さんは、人事部DEI推進グループに所属。希望通り、週3日、8時30分〜17時30分で勤務している。  DEI推進グループは4人の幅広い年代の社員で構成され、ダイバーシティ推進を担当している。本格的に取組みを進めていくうえで、さまざまな準備を始めたところだという。  「前の会社でもダイバーシティ推進室を立ち上げる準備にたずさわりました。ダイバーシティは何年もかけて徐々に浸透し、会社が変化していきます。社員が発する言葉や行動も変わっていく、そんな変化を目の当たりにしました。そのときの経験を、いま活かすことができています。ただ、ダイバーシティは風土改革でもありますから、100年企業の山九の文化を、まず私自身が理解することが大事です。機会をいただいて現場を見学したり、社員のみなさんが大切にしていることの理解に努めたりしながら、どのようにして取組みを推進していったらよいのか、考えています。週3日勤務の私は、フォロワー的な存在です」と黒丸さんは現在の仕事を語る。  週3日の勤務は「ワーク・ライフ・バランスがとれてありがたい」と感じているが、円滑に仕事が進むように、会社にいるときにはできるかぎりグループメンバーとコミュニケーションを取り、成果物を都度共有するように努めているという。  さらに黒丸さんは、次のように話す。  「ダイバーシティの取組みについては、これから承認をもらい、アクションに移していく、まずそこをやっていきます。それから、キャリア自律を支援する取組みにも、時間を注ぐことができたらと考えています。私自身、研究職から人事へ異動した経験があり、最初は戸惑いましたが、やってみるとまったく異なる仕事ということではなく、人事が自分に合っていると思うことができました。山九はいろいろな仕事がある会社ですから、社内にどんな仕事があるのか、社員から見えやすい形にすると、一人ひとりの可能性をさらに広げられるのではないでしょうか。それは、社員にとっても会社にとってもよいことだと思いますので、そんなことも進めていきたいと思っています」  そして、「経験を活かし、つちかってきた能力を発揮できていること、会社から期待してもらえていることにやりがいを感じています」と黒丸さんは話し、笑顔をみせた。 経験豊富なシニアから若い社員が多くを学ぶ  小川人事部長は「黒丸さんは経験豊富なうえ、人をひきつける力が強く、黒丸さんから若い社員が学べることは、じつに多くあると思っています」と語り、黒丸さんの今後の活躍にも大きな期待を示すとともに、「キャリア採用というと、即戦力のイメージを持って採用されると思います。私もそうでした。しかし、それだけでないことを実感しています。若い社員にはいろいろな知識・経験から学んで自身を高めていってほしいので、シニアを採用することで、社外のことを学べる機会ができる、そういった人財育成をキャリア採用のシニアに期待することができています。年齢にかかわらず、今後もいろいろな経験を積んだ方々を採用していきたい」と続けた。  同社が求めるシニア人財については、「技術・技能だけではなく、人と人とのつながりで仕事をすることが多くあるので、人柄やコミュニケーションの面も重視しています。採用した側としては、その方の優れた面を活かす配置をすることが重要だと思います」と小川人事部長は話す。シニアを採用してから心がけていることは、「経験の長い方からは、学ぶものが必ずあります。それを学びたいという気持ちを持って接していると、うまくいくのだと思います」と返ってきた。  さまざまな経験を積んだシニア人財が技術や知識・経験を活かし、さらに活躍できるようにするには、シニアとその力に期待する会社の呼吸が合うことも大事な要素であることが伝わってくる。 ※ 70歳以降は、事業運営や人財育成の観点から個別に契約をするケースもある 写真のキャプション 人事部 松本靖人事企画担当部長兼採用グループマネージャー 人事部 小川晋人事部長 キャリア人材バンクを通じて65歳のときに入社した、人事部DEI 推進グループの黒丸修さん