高齢者の職場探訪 北から、南から 第154回 神奈川県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 ダイバーシティに注力し生涯現役の職場を実現 企業プロフィール 株式会社栄和(えいわ)産業(神奈川県綾瀬(あやせ)市) 創業 1974(昭和49)年 業種 自動車部品の製造 従業員数 174人 (60歳以上男女内訳) 男性(18人)、女性(7人) (年齢内訳) 60〜64歳 11人(6.3%) 65〜69歳 7人(4.0%) 70〜74歳 5人(2.9%) 75歳以上 2人(1.1%) 定年・継続雇用制度 定年67歳。基準該当者を年齢上限なく継続雇用。最高年齢者は仕上げ担当の81歳  神奈川県は、関東平野の南西部に位置しており、東京都に隣接する横浜市と川崎市を中心に人口が密集し、東京都に次いで全国2位の人口を擁しています。  JEED神奈川支部高齢・障害者業務課の伊東(いとう)正人(まさと)課長は「神奈川県の事業所数は約28万5000所、従業員数は約352万6000人で、ともに全国4位の多さです※1。商工業地帯、宅地の占有が多い反面、県の約半分を農地・森林が占め、県中央部分には豊かな森林と田園が多く残り、水稲や野菜、果物、足柄茶(あしがらちゃ)、鶏卵などを生産しています。また、地域企業の特徴の一つとして、横浜みなとみらい21地区は、都内などからの大企業の本社・研究開発拠点や関連企業などの移転が複数あり、オフィスビル、関連ビルの建設が次々と進んでいるほか、文化施設や商業施設などの多彩な施設も集積され、街並みの様子はここ数年でだいぶ変わってきています」と話します。  同支部に多く寄せられる相談については、次のように説明します。  「改正高年齢者雇用安定法が施行され4年が経過したいまでも、70歳までの就業確保措置の努力義務に課題意識をもった企業からの問合せがあります。最近は、高齢社員の個人差が大きくなる状況においての雇用管理に関する相談が増えています。中小企業においては、働き手の不足から、定年後も運用で高齢社員を継続雇用している企業が多いことから、該当する企業に対して、相談・助言、制度改善提案を通じて、規定などの整備をうながすことにも力を入れています」  同支部で活躍するプランナーの一人、関(せき)芳矩(よしのり)さんは、2007(平成19)年からJEEDの高年齢者雇用アドバイザー、プランナーとして活動し、今年19年目を迎えた大ベテランです。80歳を超えたいまも精力的に県内の事業所を訪問し、訪問先の実態に合わせた助言を行っています。  関プランナーは「高齢社員の能力をうまく活用できている企業は、総合的に勢いがあると思います。定年や役職定年など、会社の制度には高齢社員のモチベーションを下げる材料がたくさんあります。この意欲低下をどう切り替えていくかが大切です」と語ります。  今回は、関プランナーの案内で株式会社栄和産業を訪れました。 ダイバーシティの力で笑顔あふれる未来をつくり出す  株式会社栄和産業は、神奈川県横浜市戸塚(とつか)区にて1974(昭和49)年に創業、1981年に綾瀬市に移転し、自動車部品、ショベルカーなど建設機械のエンジンフードや、バスのパネルフロントルーフなどを製作しています。現在は綾瀬市内の12の工場のほか、静岡県沼津(ぬまづ)市に工場を構えています。  同社は、「ダイバーシティの力で笑顔あふれる未来を創りだす」を企業理念に掲げ、年齢、性別、障害の有無、国籍の垣根をとり払い、だれでも活躍できる会社づくりを目ざしています。  高齢者雇用だけではなく、障害者雇用にも注力しており、県内13校の特別支援学校、インクルーシブ教育実践推進校から、職場実習を受け入れて、現在15人の障害のある人が同社で働いています。  また、外国籍労働者も積極的に雇用しており、カンボジア人、タイ人、ラオス人の53人が在籍。日本語がまったく話せなくても雇い入れ、母国語で仕事ができる環境を整えています。  女性活躍推進については、「私が入社したころは母(前社長夫人)しか女性はいませんでした」(伊藤(いとう)正貴(まさたか)代表取締役社長)とのことですが、現在は全社員の約2割にあたる31人の女性が活躍するまでになりました。同社の女性活躍推進の取組みは高く評価されており、2019(令和元)年12月に「えるぼし」認定の三ツ星を取得しており、将来的には男女比が半々になることを目ざしています。  また、2020年3月に「新・ダイバーシティ経営企業100選」(経済産業省)、2021年3月に「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員会特別賞を受賞、2023年3月に「障害者雇用に関する優良中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)」の認定を受けています。 高齢社員の生き方が若手社員のお手本に  栄和産業では、2019年に67歳定年、基準該当者を年齢上限なく継続雇用する制度を導入しました。その背景について伊藤社長は次のように説明します。  「昭和のがむしゃらに働く時代は、みんなが無理をして働き、結果、疲労して50歳くらいで退職するケースが多く、定年を迎える人はなかなかいませんでした。そんな“人の力”でなんとかしていた時代から、次第に現場の機械化が進み、生産性の高い機械をどれだけ持っているか、という時代になりました。当社も機械を多く導入したことで社員の総労働時間も減っていき、定年を迎えられるようになりました。そこで定年を延長し、セットで年齢上限のない継続雇用制度を設けました。実質的に定年はないようなものですが、『定年』を機に後進の育成を意識してほしいと思っています」  同社では、定年後もほとんどの社員が継続雇用で働くことを希望しているそうです。本人が自身の定年や退職を意識し、その後どうするのか考え始めるのは定年の1年くらい前からとのこと。定年後もほぼフルタイム勤務を継続しますが、70歳を境に勤務形態を見直す人が増えており、週4日勤務や、短時間勤務など、本人の希望と健康状態に応じて、柔軟に対応しています。  「当社で高齢者が長く働いている要因の一つに、柔軟な勤務制度があると思います。最年長は81歳で、いまもフルタイムで働いています。若手が自分の将来を考える際のお手本のような存在です。私は、若手に定年や年金、高齢になってからの働き方を考えるように話しています。まだピンとこなくても、80代の社員が活躍する姿を見て、自分の生き方に重ねられるくらいの意識を持てるようになってほしいですね」(伊藤社長)  今回は、65歳を超えて活き活きと活躍するお二人に話をうかがいました。 新入社員の教育計画を立てるアドバイザー  佐々木(ささき)一照(かずてる)さん(67歳)は、46歳のときに同社に入社しました。以前は本社工場に勤務していましたが、2022年に稼働した吉岡第6工場に本社工場の機能が移ったのと同時に異動。現在はアドバイザーとして若手育成を担当しています。  第6工場は、おもにバスやトラック部品の板金・溶接などの工程を行っています。佐々木さんは「取引先がいくつもあり、納期が重なってしまうことがあります。その際は案件ごとに工程を見きわめ、優先順位を決めて、時間がかかる案件を途中まで進めておくなど、工夫して工程管理を行っています。作業人数が多ければ、人数の割りふりで調整できますが、2〜3人で行っているので、すごくやりくりがむずかしい。ですが、それがやりがいでもあります」と語ります。  佐々木さんは、新入社員の実習計画の策定を担当しており、マニュアルの作成なども行っています。基礎から応用までまんべんなく組み込んだもので、「むずかしい仕事ですが、後進を育てていかないと、辞めるに辞められません」と笑いながら話し、若手育成に意欲を見せていました。  製造部グループリーダーの三浦(みうら)祐樹(ゆうき)さん(31歳)は、佐々木さんから技術的な指導を受けています。「むずかしいところはていねいに教えてくれますし、ときどき『調子はどう?』と様子を見にきてくれるところもありがたいです。仕事以外でも車の不具合の相談や、保険のことなど、いろいろなことを教えてくれるので頼りにしています。今後は佐々木さんの仕事を私が引き継いでいけたらと思っています」 営業、製造、社内教育の改善まで提案する顧問  製造技術部門および営業渉外部の顧問として活躍する有地(あるち)毅成(たけのり)(68歳)さんは、Tier1(ティアワン)サプライヤー※2の自動車部品メーカーを定年退職後、前職でつきあいがあった栄和産業の求人情報を見て入社しました。「自動車部品や建設機械キャビンの設計・開発を40数年経験した後、戦略的な情報収集であったり、提案をしたりする業務をになってきたので、その経験を活かせると思いました」とふり返ります。  現在は、取引き先へのVA/VE(品質維持とコスト削減を目的にする方法)提案から、社内業務の合理化提案、教育体系立案まで、積極的に提案活動を行っており、そのかたわら、経済動向や業界動向の情報収集を行い、伊藤社長はじめ社内での共有に努めています。  「私が行う提案に対して、顧客や同僚からよい反応があるとやりがいを感じます。今後も経済や業界の動向の情報収集に努め、分析と情報共有をしていきたいです」  若いころは空手やキックボクシング、登山など、力強い競技や趣味に打ち込んできたという有地さん。「最近は体力の衰えを感じることもある」と話しますが、いまの趣味はボクシングとのこと。「行き過ぎなければよい運動です」と涼しい顔で話します。最後に「会社という公器を少しでもよい状態で後任に渡したい」と抱負を述べました。  営業渉外部次長の森田(もりた)雅博(まさひろ)さん(58歳)は、有地さんとともに新規開拓の企業や協力企業を訪問しています。「有地さんは人脈が広く、これまで接触がなかった企業と面談ができるようになりました。営業活動で得た情報を適正に共有してくれるところも頼りになります。好奇心が旺盛で新しいことに興味を持ち、柔軟なところもすばらしいです」と話していました。  取材を終え、関プランナーはJEEDの『70歳雇用推進事例集』※3を伊藤社長に示し、「参考に」と同業種で規模が近い企業事例を紹介していました。そして「栄和産業は4〜5年で高齢社員がぐっと増えました。高齢社員のモチベーションを高く維持するには、会社側が高齢社員をどうとらえているかがたいへん重要です。佐々木さんも有地さんも会社から期待されていますし、同社は今後も伸びていくと思います」と、今後への期待を語りました。 (取材・西村玲) ※1 総務省統計局「令和3年経済センサス−活動調査」 ※2 Tier1(ティアワン)サプライヤー……自動車メーカーと直接取り引きする一次サプライヤーを営む企業。Tier1に部品などを納品するTier2、Tier2に納品するTier3と続く ※3 裏表紙をご参照ください 関芳矩プランナー アドバイザー、プランナー歴:19年 [関プランナーから] 「プランナーにとって大切なのは専門的知識によるアドバイスとなります。高年齢者雇用安定法にともなう制度の相談や助言とあわせて、総務担当者が見落としがちな改正労働法令、賃金制度、健康管理、安全管理、労働者と企業のコミュニケーションなどについて、時間をかけた相談・助言活動を心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆神奈川支部高齢・障害者業務課の伊東課長は関プランナーについて、「年齢は80歳を超えていますが、バイタリティにあふれています。現在も特定社会保険労務士として活躍しており、その一方でJEED の業務にもご協力いただいています。日ごろから懇切ていねいな説明と適確な助言を行っており、訪問企業からの評判もよく、提案実績を伸ばしています。当支部にとって、なくてはならないプランナーの一人です」と話します。 ◆神奈川支部高齢・障害者業務課は、相鉄本線の希望ヶ丘駅(南口)から徒歩約12分。関東職業能力開発促進センター(ポリテクセンター関東)内にあります。 ◆同県では20人のプランナー・高年齢者雇用アドバイザーが活動し、年間約1000件の相談・助言活動を行っています。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●神奈川支部高齢・障害者業務課 住所:神奈川県横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 電話:045-360-6010 写真のキャプション 神奈川県綾瀬市 本社工場 伊藤正貴代表取締役社長 溶接の手本を見せる佐々木一照さん 提案事項を整理する有地毅成さん