地域・社会を支える高齢者の底力 The Strength of the Elderly 最終回 労働者協同組合上田(長野県)  労働力人口の減少が社会課題となるなか、長い職業人生のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かし、多くの高齢者が地域・社会の支え手として活躍しています。本連載では、事業を通じて地域や社会への貢献に取り組む企業や団体、そこで働く高齢者の方々をご紹介してきました。最終回となる今回は、長野県の労働者協同組合上田を取材しました。 「協同労働」という新しい働き方で地域の課題解決に取り組む  長野県の東部に位置し、約15万人の人口を擁する上田(うえだ)市。労働者協同組合上田(通称、「労協うえだ」)は、JR東日本の北陸新幹線などが乗り入れる上田駅から車で15分ほどの民家を拠点に、活動をしている。現在の組合員数は18人で、内訳は70代が8人、60代が7人、40代が3人。「こんな時代だからこそ 新しい働き方」を合言葉に、組合員それぞれの経験や趣味、資格を活かし、高齢者からの相談事などを仕事にし、地域の課題解決に取り組んでいる。  労働者協同組合は、2022(令和4)年10月に施行された労働者協同組合法に基づいて設立された法人で、「組合員が出資し、それぞれの意見を反映して事業を行い、自ら働くことを基本原理とする組織」とされる。組合員が3人以上集まれば、都道府県への届け出で設立することができ、労働者派遣事業を除くあらゆる事業を行うことが可能。働き手が出資して、自ら経営にたずさわる「協同労働」という新たな働き方を実現する制度で、介護、障害福祉、子育て支援、地域づくりなど、幅広い分野でのにない手の確保、シニア世代の仕事創出などの面からも期待されている。  労協うえだの代表理事を務める北澤(きたざわ)隆雄(たかお)さんは現在77歳。20歳のときに農協に就職し、労働組合の専従役員などを務めた後、40歳で広告宣伝などを扱う情報伝達サービスの会社に転職した。その会社が広告収入の悪化で倒産したのを受け、50歳のときに関連の会社を立ち上げ、その会社を63歳で定年退職。その後はアルバイトで、福祉施設の送迎にたずさわった。「さまざまな出会いもあり楽しかった」のだが、そこも70歳で定年となった。  2回目の定年後も、「まだ体も動きそうだから、どこかで働こうと思ったが、なかなか自分の思うような仕事に出会えなかった」という。週の何日か時間を区切られて、いわれたことをするだけの仕事しか見つからず、「ちょっとそれだと働きがいがないな」と感じていたそうだ。「やりがい」を求めて職探しをしていた2020年12月、北澤さんは、国会において労働者協同組合法が全会一致で可決・成立したというニュースを耳にした。  「さっそく制度の資料を取り寄せました。自分で主体的に新しい働き方で働ける―。『ああ、これだな』と感じて、ぜひ地元で具体化してみようと思いました」(北澤さん)  現役時代の先輩を通じて、日本労働者協同組合連合会からの紹介を受け、労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事業団の北陸信越事業本部を訪問。2021年に、任意団体として「ワーカーズ上田地域応援隊」を立ち上げ、法律施行後の2023年3月に、労協うえだを設立した。 地域の高齢者の相談事を仕事にメンバーの個性、経験を活かし楽しんで働く  ワーカーズ上田地域応援隊でまず取り組んだのは、農協出身の北澤さんが得意とする農業分野。上田市内の知人から広い休耕田を借り受け、応援隊のメンバーで木を抜き、トラクターで耕して家庭菜園にした。現在は「市民ふれあい体験型家庭菜園」として希望者を募り、2000円の年会費で農業体験に活用している。さらに、応援隊に加入したメンバーに電気工事の資格保持者がいたことから、市内のコミュニティスペースのリフォームと空調設備工事を請け負うことができ、営繕に関する仕事もするようになった。  労協うえだは、応援隊発足の約2年後に設立。当初の組合員は5人で、営繕の事業が中心だった。それが市の地域包括支援センターと連携するようになり、地域の高齢者の相談、困りごとに対応する形で、仕事が増えてきた。北澤さんによれば、「『庭の草を刈ってほしい』とか、『エアコンを直してほしい』とか、いろいろな相談事が地域包括支援センターを通じて入ってきます。それをみんなで、できることをやって、お金をもらい配分をして、事業収入を得ながら回していく」という仕組みで活動が広がっている。  北澤さんたちが、労協うえだの活動で大切にしているのは、「組合員それぞれの個性を活かすこと」だ。「自分の個性や経験を活かしながら参加できれば、主体的に動けるし、楽しいじゃないですか。そういう働き方があって初めて、活動が広がっていくと思っています」と北澤さんは強調する。  実際、組合員には多種多様な人材が名を連ね、例えば設立当初からのメンバー、矢口(やぐち)毅(たけし)さん(70歳)は警察OB。「元気のよい高齢者が、少し弱っている高齢者と助け合うという活動の趣旨を聞いて、自分も健康なうちに、何か社会に役立てたらよいと思った」という。  地域包括支援センターが主催した会議をきっかけに、労協うえだに加わった平林(ひらばやし)浩(ひろし)さん(67歳)は元小学校教諭。「もともと労働者協同組合法には興味があったのですが、こんな身近でやっている人がいると知ってびっくりした」と話す。土屋(つちや)一夫(かずお)さん(60歳)は兼業で活動する組合員で、本業はワーカーズコープ・センター事業団北陸信越事業本部の事務局次長。本業で労働者協同組合を県内に広める仕事をしつつ、実際に自分も労協うえだに入って活動をしている。「本業の定年後、いずれ軸足をこちらに移していこうと考えている」そうだ。 地域の課題は地域のみんなで解決 老いても自立し仲間をつくり楽しく  労協うえだでは今後、市内に10カ所ある地域包括支援センターと連動する形で、5人以上の組合員で構成する10の地域支部を立ち上げる計画で、総勢50人の組織を目ざしている。仕事もメンバーも増やし、「地域の課題は地域のみんなで解決できる。労協うえだを、そんな組織にしていきたい」というのが組合員共通の思いだ。  さらに北澤さんは、「高齢者も元気なうちは労働者協同組合のような形の活動に加わり、地域をになっていくのが、ふさわしい超高齢社会のあり方ではないか」と訴える。矢口さんも「やはり老いても、自立ということを捨ててはいけないと思うのです。自立して仲間をつくって、楽しく生きないとね」と強調した。  労働者協同組合の活動などで、「支える側」に立つ高齢者が増えれば、地域で好循環が生まれる。そのために北澤さんは、「定年前に、定年後の地域での暮らし方、地域と自分のかかわり方を考えていくべき」と指摘する。「人生100年時代、定年後の残り30年をどう生きていくかは非常に重要な問題です。企業のなかでも、地域が抱える問題、地域で生きていくのに必要なスキルなどについて、研修などを行ってもらいたい」との願いを語った。 写真のキャプション 左から、矢口毅さん、北澤隆雄さん、平林浩さん、土屋一夫さん