特別寄稿 事例にみる大企業の高齢社員(60歳前半層)の戦力化の現状と課題 〜業界における代表的な大企業10社に対するヒアリング調査結果より〜 玉川大学経営学部 教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 1 企業の高齢社員(60歳前半層)の雇用状況  企業の60歳前半層(「高齢社員」)の雇用状況については、定年制の状況と高年齢者雇用確保措置の二つから整理すると以下のようになる。  前者については、2023(令和5)年の「高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によれば、企業における定年制の状況について定年年齢別にみると、大企業、中小企業とも「60歳定年制」の企業の割合が65%以上を占めて最も大きく、特に大企業では77.2%の割合を占めている。また、60歳定年企業における定年到達者の動向をみると、87.4%の者が継続雇用されており、継続雇用を希望しない定年退職者は12.5%、継続雇用を希望したが継続雇用されなかった者は0.1%となっている。定年到達者の9割近くが同じ企業で継続雇用されていることがうかがえる。  さらに、2022年の「就労条件総合調査」(厚生労働省)でみると、定年制を定めている企業は94.4%であった。2007(平成19)年、2012年、2017年の同調査においても、9割以上の企業が定年を定めていた。定年制の定め方としては、定年制を一律に定めている企業が96.9%であった。定年制を職種別に定めている企業は2.1%、定年制をその他の方法で定めている企業は0.6%であった。2007年、2012年、2017年においても、9割以上の企業が定年制を一律で定めていた。また、一律定年制を定めている企業のうち(2022年の同調査を参照)、定年年齢を60歳としている企業は72.3%、65歳としている企業は21.1%、定年年齢を61〜64歳としている企業は2.6%、66歳以上としている企業は3.5%であった。経年推移をみると、定年年齢を60歳とする企業は減少傾向にあり、代わって定年年齢を65歳とする企業が増加傾向にある。  後者の高年齢者雇用確保措置は2013年に改正された高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)で導入された。その改正高齢法では、65歳までの雇用の確保を目的として、「定年制の廃止」、「定年の引上げ」、「継続雇用制度の導入」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じるよう事業主に義務づけている。2023年の「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果によれば、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は報告した企業全体の99.9%となっている。高年齢者雇用確保措置の措置内容別の内訳についてみると、大企業(常時雇用する労働者が301人以上)では「継続雇用制度の導入」による実施が81.9%を占め、中小企業(同21〜300人)の68.2%を上回っている。一方、「定年の引上げ」(大企業17.4%、中小企業27.7%)や「定年制の廃止」(同0.7%、4.2%)」による実施については、中小企業のほうが大企業よりも実施率が高い状況にある。  さらに、70歳までの就業の確保を目的とした「高年齢者就業確保措置」(努力義務)の実施率についてみると、70歳までの就業確保措置を実施している企業は29.7%となっている。規模別にみると、中小企業のほうが大企業よりも実施割合が高い傾向にある。  上記のようなことから、65歳までの雇用確保について、現状では、定年年齢を60歳としたうえで、65歳までの継続雇用制度により実現する傾向が、特に大企業でみられることがわかる。継続雇用制度の場合は、雇用契約が有期雇用とされ、処遇などが60歳を契機に変更される可能性が高いと考えられる。いい換えれば、意欲がある高齢社員が、その能力を十分に発揮することができる仕組みの構築については取組みの途上にあるとも考えられる。 2 高齢社員の戦力化にかかる取組みの現状と課題  筆者が参加したわが国の各業界における代表的な大企業10社(「素材・資源A社」、「産業インフラ・サービスB社」、「運輸・公共C社」、「自動車・住宅(自動車)D社」、「自動車・住宅(住宅)E社」、「消費財・小売F社」、「生活必需品・ヘルスケアG社」、「金融サービスH社」、「エレクトロニクス・情報通信(エレクトロニクス)I社」、「エレクトロニクス・情報通信(情報通信)」J社)に対してヒアリング調査を行った三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(2023)『生涯現役社会の実現に向けた調査研究事業報告書』(令和5年度厚生労働省委託)は、大企業における高齢社員の戦力化にかかる取組みの現状と課題を明らかにしている。  それによれば、第1に、65歳までの雇用確保については、調査対象企業10社すべてが実施済みであった。雇用確保の方法については、定年制を廃止した企業はなく、定年延長または継続雇用制度によるものとなっていた。また、定年制についてみると、60歳定年制が6社、60〜65歳の間での選択定年制が1社、65歳定年制が3社となっていた。65歳定年制となっている企業3社のうち、E社は2013年度という早い時期に定年を60歳から延長していた。A社は2021年度に、H社は2022年度に定年を延長しており、2021年4月施行の高齢法改正が延長のきっかけとなったほか、技能継承や人材確保の必要性が延長の背景にあった。  65歳を超えて働くことができる制度の導入については、一部の企業で実施されていたものの、今後の課題として位置づける企業が多かった。調査対象企業10社のうち、70歳までの就業確保を実施していた企業が5社、未実施の企業が5社であった。実施方法は継続雇用制度であり、70歳までの定年延長や定年廃止を行った企業、創業支援等措置を導入している企業はなかった。  第2に、60歳前後での働き方の変化(65歳までの働き方)についてみると、60歳前後で働き方が大きく変わらないとする企業が5社、働き方の選択が可能な企業が4社であった。また、定年延長や役職定年制の廃止により、60歳以前と働き方が大きく変わらなくなったとする企業が複数みられた。60歳以前と変わらない働き方とするか、短日・短時間勤務などでペースを落とした働き方とするかの選択が可能な制度としている企業も複数みられた。  第3に、高齢社員の処遇についてみると、調査対象10社のうち、高齢社員について、59歳までと処遇を切り替えている企業が7社、切り替えていない企業が3社であった。処遇が下がる場合は、定年前の5〜8割程度となっている。ただし、従前に比べると処遇を改善し、落ち幅を小さくしたり(自動車・住宅D社)、元管理監督者や専門性が高い者などについては個別契約とし、現役並みの処遇となりうるという企業もみられた(産業インフラ・サービスB社、生活必需品・ヘルスケアG社、エレクトロニクスI社)。定年後の処遇を下げない選択をした企業も一部みられたが、処遇は下げつつも従来より処遇の改善を図り、さらに、高齢社員も評価対象とし成果や働きぶりによって処遇に差がつく仕組みを入れることで、高齢社員のモチベーション向上や戦力化を図ろうとしていることがうかがわれた。  第4に、高齢期(60歳以降)の活躍に向けた取組み(キャリア形成支援・能力開発)についてみると、高齢期の活躍を見すえたキャリアづくりを考える機会については、中高年期以降から設けている企業が多いが、20代や30代など早期からの自律的なキャリアづくりを推進しているという企業もみられた。他方、能力開発については、調査対象企業10社においては、高齢社員も対象者に含めて能力開発を行っているという企業がある。ただし、特に高齢期に活躍するための能力開発を目的とした取組みを行っているという企業はみられなかった。「高齢社員は、定年以前に培った専門的ノウハウやスキル、および業界ネットワークを駆使して活躍(素材・資源A社)」という声もあり、高齢社員については、すでに身につけた知識や技術、人的ネットワークを用いて成果をあげることを企業は期待していることがうかがわれる。  第5に、高齢社員のニーズや意見の把握(社員とのコミュニケーション)に関しては、「社員の意見を把握する仕組み(労働組合等)」と「高齢社員に関する事項についての労使協議の有無」、の2点から整理すると、以下のようになる。  前者についてみると、調査対象企業10社のうち、労働組合ありは9社であった(組合なしは自動車・住宅E社)。労働組合あり9社のうち、ユニオン・ショップ制の組合があるという企業は5社(自動車・住宅D社、運輸・公共C社、産業インフラ・サービスB社、金融サービスH社、エレクトロニクスI社)、企業別労働組合は2社(素材・資源A社、消費財・小売F社)である。情報通信J社は任意加入の組合あり、生活必需品・ヘルスケアG社は一部工場に単体の組合ありとのことであった。なお、非正社員も組合員としている労働組合がある企業は3社(運輸・公共C社、素材・資源A社、消費財・小売F社)、元管理職や元役員が再加入できる労働組合がある企業は5社(運輸・公共C社、素材・資源A社、金融サービスH社、エレクトロニクスI社、情報通信J社)であった。  一方、労働組合がない企業(自動車・住宅E社)においては、「人事部員がヒアリング等を通じてニーズをくみ上げている」、「中期計画策定時(3年毎)に全社員(嘱託、契約社員も含む)に人事制度全般に関するアンケートを実施し、検討の材料にしている」とのことであった。  後者についてみると、労使の間で高齢社員に関する事項が取り上げられるかについては、「現時点で高齢者雇用が大きな論点として取り上げられてはいない(自動車・住宅D社、産業インフラ・サービスB社)」、「定年延長後は高齢者雇用が大きな論点として取り上げられてはいない」(素材・資源A社)」、「労働組合は定年延長について中長期で議論していきたいというスタンスを示している(運輸・公共C社)」との声が聞かれた。一方、過去の制度変更にあたっては、労使でていねいな話し合い・調整がなされていることがうかがわれた(自動車・住宅D社、運輸・公共C社、金融サービスH社)。制度設計や条件変更時は、再雇用者(非組合員)に対しても協議・ヒアリングを実施したという企業(金融サービスH社)もみられた。 3 求められる社員が60歳を超えて活躍し続けるための仕組みづくり  社員が60歳を超えて活躍し続けるためには以下の4点が重要になってくる。第1に、「これまでの定年=雇用の終了」という意味合いから「キャリアの節目としての定年制」へと定年制が変化していることを社員に理解してもらうことである。60歳を定年年齢とする企業においても、多くの者が60歳以降も継続して働いており、定年は退職の年齢ではなく、キャリアの節目となる年齢へと変化している。企業は定年前後で役割の見直しを求めることがあるが、現状では働く側にそのことがきちんと伝わっていない可能性がある。役割の見直しを求めるのであれば、企業はそのメッセージをしっかりと発信し、一方で働く側もそれを受けとめて自らの仕事やキャリアについて考える必要がある。  第2に、仕事と報酬の再設定である。65歳までの雇用確保についてはほぼすべての企業で実施がなされており、ヒアリング調査の対象とした大企業においても65歳までの雇用確保は行われているが、定年後の(あるいは高齢期の)仕事と報酬の再設定については多くの企業で取組みの途上にある。定年後の処遇を下げない選択をした企業も一部みられたが、処遇は下げつつも従来よりも処遇の改善を図る企業が多くみられた。企業においては、高齢社員の人数が増えるなか、高齢社員の「戦力化」を図っていくことが課題となっている。それを解決するためには、定年後ないしは高齢期に期待する仕事と役割を明確化し、その働きぶりを評価し、それに見合った納得感の得られる報酬を再セットすることが重要である。  第3に、高齢社員とのコミュニケーションである。企業は社員に対して、50代までは個別にキャリア研修をしたり、今後長く働くためにはどうしたらよいかについて、個人と企業の間でコミュニケーションをとるなどしている。しかし、ヒアリング結果からは、60歳以降についてはそうしたコミュニケーションの機会が、まだ整備されていないように見受けられる。65歳以降の活躍を考えるうえでも、高齢社員のニーズをくみ上げすり合わせるような企業と高齢社員とのコミュニケーションが重要である。企業では雇用期間が長期化するのに合わせて高齢社員の「戦力化」を求める流れがあるが、一方、社員の側では、高齢期になるとワーク・ライフ・バランスをより重視するなど仕事以外に重きを置くようになる者も増加する。高齢社員の多様なニーズに対して、労使間で個別に対応する柔軟性が重要である。その実現に向け、労働組合を通じた集団的なコミュニケーションと、個別ニーズを聞きとるような個別的なコミュニケーションの双方を通して、当事者のニーズを労使双方が納得する形で制度や取組みに反映させ、活躍と処遇がセットとなった仕組みをつくっていくことが、企業にとって今後ますます重要となる。  第4に、高齢期の活躍を見すえた自律的なキャリアづくり・能力開発である。企業が社員に期待するキャリアや役割を伝えるため、たとえば10年刻みなどでキャリア研修やキャリア面談を行っていくことが考えられる。それにより、企業と社員の双方にとって、スムーズなマッチングが図られることが期待できる。そうしたなかで、現状では、高齢期の活躍を見すえたキャリアづくりを考える機会については中高年期以降から設けている企業が多いが、今後はより多くの企業で、20代や30代など早期からの自律的なキャリアづくりに取り組ませることが考えられる。自律的なキャリアづくりの手段として、社員が自社のなかだけでなく社外での活躍の場を広げることについても、企業として支援していくことが考えられる。 【参考資料】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(2023)『生涯現役社会の実現に向けた調査研究事業報告書』(令和5年度厚生労働省委託) (https://www.mhlw.go.jp/content/001252845.pdf)