Leaders Talk リーダーズトーク No.121 65歳定年、60歳からは選択定年制を導入しモチベーション維持と生産性向上を実現 株式会社カクヤスグループ取締役兼CHRO(最高人事責任者) 篠崎淳一郎さん しのざき・じゅんいちろう コンサルティング会社勤務などを経て、2001(平成13)年に株式会社カクヤス(現・株式会社カクヤスグループ)に入社。2018年に執行役員兼人事部長、2020年に取締役兼グループ人事部長、2023年より現職。  首都圏や大阪、九州を中心に、酒類小売りチェーンを展開する株式会社カクヤスグループ。「カクヤス」のロゴの入った配達車を目にしたことのある読者も多いのではないでしょうか。同社では、2023(令和5)年に人事制度を全面的に改定するとともに、65歳定年制を導入しました。今回は、同社取締役兼CHROの篠崎淳一郎さんに、人事制度改定のねらいとともに、同社における高齢者雇用の取組みについて、お話をうかがいました。 採用力の強化と人材の定着を目ざし成長実感のある人事制度に改定 ―最初に、貴社の事業内容と社員が従事する職種や業務について教えてください。 篠崎 当社は酒類をはじめとする食料品の販売および卸売事業を行っています。旗艦店である「なんでも酒やカクヤス」を拠点に、飲食店と一般のお客さまに対し販売を展開することで、商圏エリアの配達量を増やし、短時間でお届けできるよう効率的な配達サービスの実現を目ざしています。  社員の職種は店舗の販売職、物流系のトラックドライバー、飲食店のお客さま担当の営業職の三つに分かれています。社員数は、店舗の販売職が約560人、物流系が約600人、営業職が約200人、加えて商品開発やマーケティング、人事などの管理部門を含めて約2000人です。このほかに店舗などで3000人超のアルバイトが働いています。 ―貴社では、2023(令和5)年10月に人事制度の改定と同時に、定年年齢を60歳から65歳に延長しました。人事制度改定のねらいについて教えてください。 篠崎 当社は2019年12月に東京証券取引所スタンダードに上場し、翌2020年に中期の人材戦略方針を策定し、そのなかで今後の人事の課題を抽出しました。当時はコロナ禍を経て、社会全体が人口減少や価値観の変化が進み、転職市場が活発化している時期です。当社は一定の採用数を確保しているものの、職種によっては今後厳しくなり、よりいっそうの採用難や早期離職も予想されました。今後も成長を続けていくためには、採用力の強化と人材の定着、社員の能力開発が課題であることがはっきりし、その解決を図っていくために人事制度を改定しました。  改定のポイントは、@役割に応じた等級の設定・評価を行う、Aキャリアアップや成長実感のある制度、B管理職や専門職キャリアをより早い段階から描ける、C多様性の推進、この四つです。  以前も等級制度はありましたが、要件が現場の実態に合っていないのであらためて役割に基づいた要件を定義するとともに、2等級しかなかった非管理職層の等級を4段階に区分することで、成長実感を持てるような仕組みに変えました。販売や物流のように、職場が固定されていると、自分が成長しているのか見えにくい面もあります。そこで、新人の「J1(大卒)」と熟練の「J2」等級、主任・リーダー職の「L等級」、課長代理の「M0等級」を新たに設け、さらに実力次第でJ2からM0等級に“飛び級”での昇格も可能にし、キャリアアップや成長実感を持てる形にしました。M0等級を設けたのは、課長になるための訓練期間として課長層を厚くしたいという思いもあります。 ―管理職を目ざすだけではなく、専門職として活躍したい人のコースもあるそうですね。 篠崎 管理職層の「M1(課長)」、「M2(部長/次長)」、「M3(執行役員)」以外に、プロフェッショナル職として「P0(課長代理相当)」、課長職相当の「P1」と部長職相当の「P2」の三つを設けています。  管理職ではなく販売のプロ、営業のプロ、あるいは財務、マーケティングのプロを目ざしたいという人もいるでしょう。そこでP0等級を新たに設け、本人の希望をふまえて、上司の推薦などによってP0に昇格できる道をつくりました。ただ、いったん専門職コースに進んでも仕事をしていくうちに管理職になりたいと思う人もいると思うので、その場合はスイッチできるようにしています。  高齢社員のモチベーションの維持・向上に向け65歳を上限とする選択定年制を導入 ―定年延長の目的や背景について教えてください。 篠崎 目的は人事制度改定のポイントの一つである、多様性の推進と人材の確保です。当社の社員構成を見ると、現在は50代が約330人、40代が約500人と多く、いずれ60歳を迎えます。年齢に関係なく、また男性・女性に関係なく活躍してほしいという思いが、制度改定の背景にあります。定年延長後は60歳以降、評価、賃金、勤務形態、異動などの条件を含めて、正社員と変わらない処遇になります。従来の再雇用制度では、賞与もなく、給与も現役時代の20〜25%程度減っており、そこに対する不満が当初からありました。加えて当社の退職金制度は、2007(平成19)年に前払い型の確定拠出年金(DC)制度を導入しており、前払いで受け取る、あるいはDCへの拠出も可能な選択制なのですが、定年を迎えた際にまとまったお金がもらえず、生活に困るという声もありました。  一番の課題は、本人のモチベーションの低下と周囲の対応の混乱です。旧再雇用制度では、当初は評価制度の対象にしていなかったことから、現場から「どうマネジメントすればよいかわからない」という声があり、その後、再雇用社員も評価制度の対象としましたが、「同じ仕事をやっているのに給与が違う」という不満が生じたり、一方の再雇用社員を管理する管理職も、「かつての先輩に対し、現役社員と同様の仕事の指示を出してもよいのか」と、かなり悩んだりしていたようです。  こうした点をふまえて、60歳以降も正社員と同様の評価・処遇制度を適用することで、高齢社員のモチベーションを維持し、現役と同じように会社の貴重な戦力として活躍してほしいと考え、定年を延長しました。 ―65歳までの間に本人が定年年齢を選択できる選択定年制とした理由は何でしょうか。 篠崎 定年延長を検討する際、「65歳まで働く人は多いとしても、なかには途中で働き方を変えたい、ほかの好きな仕事をしたいという人もいる。そうなると雇用保険上の扱いは自己都合退職となり、不利益を受けるのではないか」という意見もあり、満60〜65歳の間で定年を選択できるようにしました。  なお、60〜64歳までに定年を選択した場合、再雇用で働くこともできます。すでに再雇用で働いている人にも正社員に戻るかどうか本人の意思を確認したところ、対象の全員が正社員に戻りました。  また、役職者については、原則として60歳で役職を降りますが、部門によって後進が育っていない場合は役職の延長も可能です。管理職を降りてドライバーになると、その等級の給与になり、基本的に下がります。ただし、専門能力を発揮して活躍したいと思えば、給与が同じプロフェッショナル等級のP1、P2に移行することも可能ですが、その場合はP等級の要件の認定を受ける必要があります。 ―65歳定年後の雇用はどうなっていますか。 篠崎 基本的に部門に必要とする仕事があり、本人が希望すれば、70歳までアルバイトとして雇用が継続されます。店舗の販売職などは時給制ですが、営業職や管理部門などは1年更新の契約社員として働いてもらっています。実際に人事部でも68歳の女性が働いていますし、65歳以降も働いている人が多くいます。  現在は、雇用の年齢上限は70歳としていますが、みなさんお元気ですし、いずれは年齢上限を廃止する方向で検討していきたいと考えています。 健康管理の徹底と柔軟で多様な勤務制度で社員がより長く安心して働ける環境を整備 ―働くシニア層が増えると、社員の健康管理も重要になります。また、介護などの家族の事情を抱えるシニアも増えてきます。 篠崎 健康状態に応じて、短時間勤務や残業・休日勤務の免除などの制度を利用することができますし、体力などに応じて、例えば配送ドライバーから運転サポート業務に転換することも可能です。  シニア社員に関して、特に注意する必要があるのが、ドライバーの運転能力の低下です。そこで、2024年度は、60歳以上のドライバーについては、NASVAの適性診断(独立行政法人自動車事故対策機構の適性診断測定システム)を実施しています。  また、家族の介護などの事情を抱える社員もいますが、当社はもともと個人の事情に即 し柔軟に対応する風土と制度があります。例えば販売職では、いったん時給制のアルバイトで働き、その後に社員に戻る人も少なくありません。スタッフ部門では、在宅ワークと組み合わせながら仕事をしている人もいます。柔軟に働ける風土、これが当社の特徴でもあります。 ―高齢者雇用における今後の展望についてお聞かせください。 篠崎 最終的には、年齢に関係なく活躍してもらうという観点から、雇用の年齢上限をなくすこと、そして評価制度などの精度を高めることで、適材適所の配置を進め、役職定年もなくしていく方向で検討していきたいと考えています。  働き方についても、現在正社員の所定労働時間は1日8時間ですが、育児・介護に関係なく、例えば6時間でも正社員として働けるなど、より働きやすい環境にしていくための議論を進めていきたいと考えています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博)