特集 介護離職防止に向けて  国民の5人に1人が後期高齢者となり、さまざまな分野に影響を及ぼすとされる「2025年問題」をご存じでしょうか。社会保障費の増大や医療・介護人材の不足などのほか、要介護者の増加による介護離職を防ぐことも、2025年問題の一つとなっています。家族の介護をしながら働く社員は、働き盛りで経験豊富な40〜60代が多く、介護離職を防止することはもちろん、日ごろの介護疲れから仕事の生産性が低下することも懸念されることから、仕事と介護の両立支援の取組みの推進は欠かせません。  そこで今回は、介護離職を防止するために企業が取り組むべきポイントについて、企業事例を交えて解説します。 総論 働く人の介護離職防止に向けた現状と課題 一般社団法人介護離職防止対策促進機構 代表理事 和氣(わき)美枝(みえ) @介護離職を考える  「介護離職」とは家族の介護を理由に、それまで勤めていた会社を退職し、家族の介護に専念することをいいます。総務省の令和4年就業構造基本調査による「介護・看護のために過去1年間に前職を離職した者の数」が10万人前後を推移しており、大きな社会課題となっています。  この「介護離職者10万人」という数字は、彼らがいまもなお働いていないわけではなく、あくまでも前職の離職理由を調査した結果、「介護・看護のために過去1年間に前職を離職した者」が10万人前後いる、ということです。介護離職は離職の一つの理由であり、離職を選択すること自体は個人の人生の選択の一つですから他人が否定すべきことではありません。ではいまなぜ「介護離職」が取りざたされているのでしょうか。  日本は人口減少の渦中にあります。当然、生産年齢人口も減っています。そこで、政府はなんらかの理由で、いま働いていない人に少しでも働いてもらう対策、ならびにいま働いている人に長く働いてもらう対策を次々にとっています。その結果、近年の労働力は微増しています。総務省統計局労働力調査(2025〈令和7〉年2月分)の結果概要によると、就業者数は6768万人で前年同月に比べ40万人増加しています。これは31カ月連続の増加です。  一方で「介護・看護のために過去1年間に前職を離職した者」が10万人前後を推移し続けているのはなぜでしょう。それは法律に基づく多様な対策に企業が取り組む過程において、介護離職の課題が、すべての有業者に関する「離職」、「キャリア」という視点から、要介護者を中心とした「介護」の課題解決に視点がすり替わってしまっていることが大きな原因だと考えます。 A仕事と介護の両立とは  働いている人にとって、家族や親族に介護が必要な人がいる生活・人生は、そのかかわり方は多種あるとはいえ「仕事と介護の両立」という生活をしていることになります。その生活は突然始まることが多く、仕事と介護の両立という生活を始めずに会社を辞める人もいれば(介護離職)、仕事と介護の両立という生活の過程において、なんらかの理由でいままで勤めていた会社を退職する方や(介護離職)、仕事と介護の両立という生活を、対象家族が亡くなるまで続ける方もいらっしゃいます。  このように、介護離職や仕事と介護の両立をしているのは、就業者です。介護離職防止や仕事と介護の両立支援の観点からいうと、対象は「雇用者」です。家族の介護にかかわりながら、いかに仕事を続けるのかが、仕事と介護の両立です。つまり、企業がすべきは、いかに仕事を続けられるかを支援することです。  また、雇用者は事業主との雇用契約を締結しています。したがって雇用者には労務提供義務があります。こういった側面からも、雇用者にとっての仕事と介護の両立とは、家族の介護に専念することではなく、労務提供義務を極力まっとうしながら、必要に応じて家族の介護にかかわることであることがわかると思います。 B介護離職防止対策と仕事と介護の両立支援の対象者の違いを理解する  介護離職が減らないもう一つの理由は、介護離職防止対策の対象者と、仕事と介護の両立支援の対象者、ならびにその対策の違いを理解していないこともあります。  まず対象者から考えてみましょう。  介護離職は離職問題なので、全有業者にかかわる課題です。総務省の令和4年就業構造基本調査でいえば約6700万人です。一方で仕事と介護の両立支援の対象者は、現在仕事と介護の両立をしている人約365万人です(図表)。  介護離職は介護に直面して、初めて起こる現象なので、対象者は365万人と思われがちですが、仕事と介護の両立という生活をせずに会社を辞める方もいらっしゃることから、その対象者は介護に直面している、していないは関係ないことがわかります。  実際に、厚生労働省委託調査「令和3年度仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業労働者調査報告書」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)によると、「手助・介護」を始めてから「手助・介護」のために仕事を辞めたときまでの期間で、1カ月未満に辞めた人が約12%いることがわかっています。つまり、介護が始まってすぐに辞めている人が全体の12%だということです。介護が始まってから仕事と介護の両立支援をするのでは、介護離職防止対策にはならないのです。 C介護離職をする理由  一般社団法人日本経済調査協議会の『「介護離職」防止のための社会システム構築への提言〜最終報告書〜企業への調査結果から』(2020年)では、介護離職に至ったケースを四つに分類しています。@両立困難型介護離職、A職場起因型介護離職、B孤立型介護離職、C心情型介護離職の四つです。  残念ながら、働く介護者に対するセーフティネットはありません。諸事情から離職したくなくても、離職せざるを得ない状況の方は少なからずいらっしゃいます。要介護者の状況や介護者の生活環境の変化にともない、介護者がいったん離職していた就業を再び始めることを希望するのであれば、そのとき仕事と介護の両立をしながらなのか、はたまた介護がない状況なのかにかかわらず、介護離職者の就労支援は力を入れるべき社会課題だと感じています。  一方で、「A職場起因型介護離職」は、介護の有無にかかわらず職場や職業に対して悩みを抱えている状況のもと、家族の介護が始まったタイミングで離職を選択したパターンです。  介護経験者の多くは、「介護」という事象をきっかけに否応なしに自分の人生に向き合ってきました。そのなかで「会社を辞められない」と強く認識した方もいれば、「違うキャリアを歩みたい」、「介護に専念したい」と認識した方もいます。介護離職は離職の一つの理由ですから、職業選択の自由を考えても、完全にゼロにすることはむずかしいです。しかしながら、家族の介護に直面したことをきっかけとした「介護離職」は企業努力によって減らせるのではないかと考えます。 D働く介護者の困難の根っこにあること  介護離職を悪としないでください。そして介護離職は企業の介護離職防止対策の失敗でもありません。離職を悪としたら職業選択の自由を奪うことになってしまいます。また、現実的にいえば、いまの日本の家族介護は、家族、福祉、企業、地域など「だれかがちょっと無理をして」成り立っています。むしろ、だれかがちょっと無理をしないと成り立たないのです。だから仕事と介護の両立という生活は綱渡りなのです。  仕事と介護の両立とは、家庭環境と職場環境と自分の心身の環境の最適化を図りながら生活をすることです。仕事と介護の両立の困難は、環境の最適化ができていないために起こります。  例えば、「介護サービスを拒否する親御さんに苦労している」、「障害のあるお子さんが大きくなるにつれ、身体的にしんどくなっている」、「施設に預けたいが条件に満たないから、在宅で介護するしかない」などの声が届きます。また「職場に理解がない」、「夜勤を免除してもらうのが心苦しい」、「フルタイムで働けないから昇格試験を見送りました」など、職場に関する声も届きます。  「介護は家族がやるしかない」、「介護は家族の問題」、「本人が嫌がっているのだから、自分が世話をするしかない」など、これらの声の根っこには何があるのでしょうか。それは“介護者の不安”だと思っています。  一見、「自分が直接または間接的にかかわること」、「要介護者の住まいはいままで住み続けているところ」への執着があるように思えます。これに対し、「家族はプロにまかせましょう」、「施設に預けることは親不孝ではありません」というマインドセットや、介護リテラシーなどといった方法で解決することも、場当たり的には必要です。しかしながら、仕事と介護の両立という綱渡りの生活をしている従業員の心の根っこにある「不安」の解消には至らないのです。  先にも伝えたように、家族の介護という事象は、それを通して自分のことを顧みるきっかけとなっていることが多いのです。自分には何ができるのか、どうしたらよいのか、と、働く介護者の多くは、要介護者の生活支援を通して自分の将来の姿が見えないことに不安を感じているのです。選択肢が見えないと同時に、取捨選択に自信がないともいえます。「これでよかったんだ」という想いは、きっと介護が終わってから思うことなのでしょう。 E改正育児・介護休業法の意図するところ  介護離職防止対策と仕事と介護の両立支援の対象者が異なることは理解いただいたかと思います。介護離職防止対策は介護に直面している、していないは関係ないのですが、これに対する理解促進をしている時間的猶予がなくなりました。  そこで、国は法律をもって企業へ介護離職防止対策に取り組むようにしました。それが2024年の育児・介護休業法改正です。介護離職防止のための個別の周知・意向確認、雇用環境整備などの措置が事業主の義務となります。このたびの法改正の肝は、「介護に直面する前の早い段階(40歳など)での情報提供」です。そのうえで「制度を使いやすくする」、「申出をしやすくする」ために「雇用環境整備」も必須の対策となったのです。  この法改正の意図には、事業主には介護両立支援制度の理解促進、従業員には介護両立支援制度の認知促進があります。  まずは周知・意向確認、情報提供をする事業主が育児・介護休業法を理解する必要があります。育児・介護休業法は就業支援の法律なので、働き続けるための制度です。なぜ、いまさら事業主に対して、育児・介護休業法の理解促進をしているのか、それは間違った解釈によって介護離職を促進しているからです。  企業においては介護休業の日数を拡充している場合があります。どういったメッセージのもと、制度拡充しているのかを従業員に理解してもらっているでしょうか。もしかしたら、業種業態によっては就業継続するために介護休業の拡充が必要なのかもしれませんが、その必要性を検証したうえでの制度拡充なのでしょうか。制度拡充の意図が不明瞭だと、それは「仕事のことはいいから、一時的にでも介護に勤しんでください」というメッセージとなりかねません。  介護休業は介護の体制を構築するための休業です。介護休暇は日常的な介護のニーズにスポット的に対応するための休暇です。そしてそのほかの介護両立支援制度は、日常的な介護のニーズに定期的に対応するため働き方を変える制度です。  次に従業員への制度の認知促進です。そのために早期情報提供の義務化がはじまります。では、40歳以下は知らなくてよいのか、といわれれば、まったくそうではありません。むしろ、本来であれば介護両立支援制度のみならず、法定休暇においては社会人としてあたり前に知っておくべきことなのです。まずは、その第一歩として早期情報提供を40歳と規定しただけと考えるべきでしょう。 F企業として介護離職防止対策ならびに仕事と介護の両立を支援する  これらのことから、企業が介護離職防止対策ならびに仕事と介護の両立支援のためにすべきことは何でしょう。 @介護両立支援制度を理解する Aキャリア支援に力を入れる B会話と対話の多い会社を目ざす  とにかく経営者や運営側が介護両立支援制度ならびに、介護離職の構造や仕事と介護の両立が何たるかをしっかり理解すべきです。特に、介護=高齢者のイメージがありますが、障害のあるお子さんの介護も含まれますので、その場合は、育児の制度と介護の制度の組合せで就労支援をしていきます。企業がすべきことは、育児や養育や介護の支援ではなく、就労支援です。  次に、介護離職防止にはキャリア支援に力を入れることです。毎年キャリアを考える機会があれば、自ずと結婚や出産、健康やお金、介護や職を離れた後をイメージします。そして、そのときどきに必要である法定福利厚生や法定休暇の知識の提供をしてください。キャリアを考えるなかで必要な知識の教育が仕事と介護の両立に役立ち、そういった取組みこそが、雇用環境整備につながっていくのではないでしょうか。  対話は離職を防止します。会話は働きやすい職場をつくります。そして、対話と会話の機会は従業員のコミュニケーションスキルを上げることにつながります。近年では「心理的安全性の担保」という言葉がありますが、まさに、心理的安全性の高い職場をつくるために必要な行為が会話や対話です。会話や対話から、仕事に集中できない理由や家族・親族のことで困難を抱えているなどの情報を引き出し、一緒に考える姿勢を示すこともできます。従業員が「これでよかったんだ」と思える選択肢と支援をお願いします。 図表 仕事と介護の両立支援対象者 15歳以上の人口 約110,195,000人 (15歳以上無業者43,135,000人) 15歳以上有業者 67,060,400人 介護離職の可能性のある人 仕事と介護の両立支援対象者 (働きながら介護している有業者) 3,646,400人 ※総務省「令和4年就業構造基本調査」より筆者作成 解説1 育児・介護休業法と2025年改正のポイント 社会保険労務士事務所あおぞらコンサルティング 古城(こじょう)早紀子(さきこ) @はじめに  2025(令和7)年4月1日に、改正育児・介護休業法が施行されました。改正法では、介護離職の防止の観点から、仕事と介護の両立支援の強化が図られています。  本稿では、育児・介護休業法に規定されている介護休業、介護休暇、その他の仕事と介護の両立を支援する制度(以下、すべてあわせて「介護両立支援制度」)についてあらためて確認するとともに、今回の法改正の内容について解説します。 A介護休業  介護休業とは、要介護状態にある対象家族を介護するために一定期間取得できる休業です。  介護休業は、従業員が介護に専念するための制度ではなく、休業中に介護の体制を構築し、働きながら対応できるようにすることを目的としています。そのため、介護サービスの利用手続きや、介護施設の見学などのためにも取得することができます。  「対象家族」とは、従業員本人の配偶者、父母、子、祖父母、兄弟姉妹、孫、配偶者の父母をさします(図表1)。従業員と同居しているかどうかは問いません。「配偶者」には事実婚関係を含みますが、「子」は法律上の親子関係がある実子と養子のみが対象となります。  「要介護状態」とは、けが、病気、身体や精神の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態のことをいいます。高齢者にかぎらず、障害児(者)や医療的ケア児(者)の介護・支援が必要な場合も含まれます。具体的には、介護保険制度において要介護2以上の認定を受けている場合、または厚生労働省が公表している判断基準(図表2参照)の条件を満たしていると会社が判断した場合に要介護状態にあたります。  なお、図表2の判断基準の項目は、従来はおもに高齢者介護を想定した記載になっていましたが、2025年1月より、障害児や医療的ケア児を介護する場合にも判断しやすいように記載が一部変更されています。  介護休業の取得可能日数は、対象家族一人につき通算93日までです。3回まで分割して取得することもできます。この条件に反しないかぎり、対象家族の介護が続いている間はいつでも介護休業を取得することができるため、会社は取得日数や分割回数を対象家族ごとにわかりやすく管理する必要があります。  介護休業の対象外となる従業員は、法律上対象外と定められている、@日々雇用の従業員、A介護休業開始予定日から93日を経過する日から6カ月以内に契約期間が満了することが明らかな有期雇用の従業員と、労使協定を締結した場合にのみ対象外とすることができる、B勤続1年未満の従業員、C介護休業の申出日から93日以内に雇用関係が終了することが明らかな従業員、D1週間の所定労働日数が2日以下の従業員です。@は、後述の介護休暇、その他の介護両立支援制度においても対象外となります。  なお、雇用保険に加入している従業員が介護休業を取得した場合には、一定の条件を満たせば介護休業給付金が支給されます。 B介護休暇  介護休暇とは、要介護状態にある対象家族の介護や世話を行うために取得できる休暇です(「要介護状態」、「対象家族」の定義は、介護休業と同じ)。  介護休暇は、対象家族を直接介護するためだけでなく、対象家族の通院の付添いや、家事や買い物の世話などのためにも取得することができます。また、介護休暇は、日常的な介護のニーズにスポット的に対応することを目的としているため、一日単位だけでなく、時間単位でも取得できます(労使協定で、時間単位での取得が困難な業務に従事する従業員を時間単位取得の対象外とした場合を除く)。時間単位で取得する場合には、法律上は始業または終業の時刻と連続して取得することとされており、いわゆる「中抜け」の形で取得することは想定されていませんが、会社が「中抜け」を認めることは可能です。  介護休暇の取得可能日数は、1年度に5労働日(要介護状態にある対象家族が2人以上いる場合は10労働日)です。また、労使協定を締結した場合には、1週間の所定労働日数が2日以下の従業員を介護休暇の対象外とすることができます。以前は、勤続6カ月未満の従業員も対象外とすることができましたが、2025年4月1日施行の改正育児・介護休業法において撤廃されました。そのため、介護休暇は、入社してすぐから取得することができるようになりました。  介護休暇の取得申請があった場合、年次有給休暇と異なり、会社には時季変更権がありませんので、業務に支障をきたすなどの事情があったとしても、申請を拒むことはできません。また、介護休暇の取得理由には突発的なものもありうることから、直前の取得申請であっても認める必要があります。なお、介護休暇の取得申請にあたり、対象家族が要介護状態であることなどを証明する書類の提出を求めることは可能ですが、介護休暇の取得の妨げとならないよう、事後の提出を認めるなどの配慮が必要です。 Cその他の介護両立支援制度  育児・介護休業法は、介護休業、介護休暇以外にも、介護両立支援制度として、「所定外労働の免除」、「時間外労働の制限」、「深夜業の免除」、「所定労働時間の短縮等」という四つの制度を設けることを会社の義務としています。それぞれの制度の内容と、対象外となる従業員は図表3の通りです。  いずれの制度も、要介護状態の対象家族を介護する従業員が対象ですが(「要介護状態」、「対象家族」の定義は、介護休業と同じ)、勤続1年未満の従業員と、1週間の所定労働日数が2日以下の従業員はいずれの制度も対象外です(制度によって、労使協定の締結が必要な場合があります。図表3参照)。また、「深夜業の免除」においては、所定労働時間の全部が深夜にある従業員や、深夜に対象家族を介護できる同居の家族がいる従業員も対象外となります。  「所定外労働の免除」は、「所定労働時間の短縮等」とあわせて利用することができますが、「所定外労働の免除」と「時間外労働の制限」は一緒に利用することはできません。 D2025年4月1日施行の育児・介護休業法改正の概要  このように、育児・介護休業法にはさまざまな介護両立支援制度が定められていますが、従業員がこれらの制度を十分に活用できなければ、結局は介護離職に至ってしまうことも考えられます。そこで、2025年4月1日施行の改正育児・介護休業法では、介護離職の防止の観点から、仕事と介護の両立支援の強化が図られています。改正点の概要は図表4(14ページ)の通りです。 @介護申出時の個別周知・意向確認  従業員が介護両立支援制度の利用を申し出やすくするため、会社は、対象家族が要介護状態となったことを申し出た従業員に対し、介護両立支援制度等について個別に知らせ、制度の利用の意向を確認しなければなりません。  周知する事項は、介護両立支援制度の内容、制度利用の申出先、雇用保険の介護休業給付金に関することの3点です。周知と意向確認の方法は、妊娠・出産等を申し出た従業員に対して育児休業等について周知・意向確認をする方法と同じく、面談、書面交付(従業員が希望する場合は、FAX、電子メール等も可)のいずれかです。 A介護に直面する前の早期の情報提供  従業員が突然介護に直面した際に初動に迷わないようにするため、また、介護に直面したときに会社に申し出やすくするために、会社は、従業員が40歳になるタイミングで、前述の介護申出時の個別周知事項と同じ内容を知らせなければなりません。40歳になると、介護保険料の徴収が始まることもあり、介護に関する制度についての関心が高まってくるため、このタイミングで介護両立支援制度等に関する情報提供を行っておくことが効果的だと考えられています。このときに、介護保険制度に関する情報もあわせて伝えておくとより効果的でしょう。  40歳になるタイミングとは、40歳に達する日の属する年度の初日から末日までの期間または40歳に達する日の翌日から1年間のいずれかの期間をいいます。会社によって、管理しやすい方の期間内に実施すればよいでしょう。なお、毎年度全従業員に対して情報提供を行うこととしても差しつかえありませんが、40歳になる従業員には必ず情報が伝わるようにしましょう。  この情報提供は、対象となる従業員から希望がなくても実施する必要があります。また、情報提供の方法は、基本的には介護申出時の個別周知・意向確認の方法と同様ですが、従業員が希望していなくてもFAX、電子メール等の方法をとることができる点が異なります。 B介護両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備  従業員が介護両立支援制度の利用を申し出やすくするため、会社は、図表4Bのa〜dのいずれかの措置を講じなければなりません。複数の措置を講じても差しつかえありません。  相談窓口を設置する場合には、形式的に設けるだけではなく、実質的な対応ができる担当者を置き、従業員に周知するようにしましょう。 C介護休暇の対象者の拡大 D在宅勤務等(努力義務)  介護休暇の対象者の拡大については、「B介護休暇」(12ページ)で述べた通りです。  また、対象家族が要介護状態にあり、介護休業をしていない従業員に対し、在宅勤務等(自宅や会社が認めた場所での勤務)を認めることが、会社の努力義務とされました。 図表1 対象家族の範囲 祖父母 祖父母 父 母 本人 兄弟姉妹 配偶者の父 配偶者の母 配偶者 子 孫 ・「配偶者」には事実婚関係を含む ・「子」は法律上の親子関係がある実子・養子のみ ※厚生労働省「介護休業制度」特設サイトをもとに筆者作成 図表2 要介護状態の判断基準 ※2025年1月に変更された箇所を抜粋(下線部分) 次の項目@〜Kのうち、Aの状態であるものが2つ以上またはBの状態であるものが1つ以上あり、かつ、その状態が継続すると認められること。 項目 状態 A B G外出すると戻れないことや、危険回避ができないことがある ときどきある ほとんど毎日ある I周囲の者が何らかの対応をとらなければならないほどの物忘れなど日常生活に支障を来すほどの認知・行動上の課題がある ときどきある ほとんど毎日ある J医薬品又は医療機器の使用・管理 一部介助、見守り等が必要 全面的介助が必要 ※厚生労働省「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」をもとに筆者作成 図表3 介護休業、介護休暇以外の介護両立支援制度 制度 内容 労使協定 対象外となる従業員 @所定外労働の免除 所定労働時間を超える労働を免除する 要 ・勤続1年未満 ・1週間の所定労働日数が2日以下 A時間外労働の制限 法定労働時間を超える労働を1カ月24時間、1年150時間以内に制限する 不要 ・勤続1年未満 ・1週間の所定労働日数が2日以下 B深夜業の免除 深夜(22時から翌日5時)の労働を免除する 不要 ・勤続1年未満 ・深夜において対象家族を介護できる(以下のいずれにも該当する)16歳以上の同居の家族がいる  ・深夜に就業していない  ・けが、病気等で介護ができない状態ではない  ・産前産後期間中ではない ・1週間の所定労働日数が2日以下 ・所定労働時間の全部が深夜にある C所定労働時間の短縮等 以下のa〜cのうち一つ以上の措置を講じる a.短時間勤務制度 b.フレックスタイム制度または始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ c.従業員が利用する介護サービスの費用の助成など 要 ・勤続1年未満 ・1週間の所定労働日数が2日以下 ※筆者作成 図表4 2025年4月1日施行の育児・介護休業法の改正点(介護関連のみ) 制度 新設または変更 改正内容 @介護申出時の個別周知・意向確認 新設 対象家族の介護が必要となったことを申し出た従業員に対し、介護両立支援制度等について個別に知らせ、制度利用の意向を確認する A介護に直面する前の早期の情報提供 新設 40歳到達時に、介護両立支援制度等についての情報提供を行う B介護両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備 新設 介護両立支援制度を利用しやすくするため、a〜dのいずれかの措置を講じる a.介護両立支援制度に関する研修の実施 b.介護両立支援制度に関する相談窓口の設置 c.自社における介護両立支援制度の利用事例の収集・提供 d.介護両立支援制度の利用促進に関する方針の周知 C介護休暇の対象者の拡大 変更 労使協定により勤続6カ月未満の従業員を対象外とする規定を撤廃 D在宅勤務等(努力義務) 新設 介護期に在宅勤務等を利用できるようにする ※筆者作成 【P15-19】 解説2 仕事と介護の両立支援制度の策定・運用のポイント 社会保険労務士事務所あおぞらコンサルティング 特定社会保険労務士 池田(いけだ)直子(なおこ) @はじめに  従前から仕事と介護の両立のためにさまざまな支援策に取り組んでいる企業はありますが、近年の企業を取り巻く環境の変化は仕事と介護の両立にも影響を与えています。従前では一部の企業にかぎられていたテレワークやフレックスタイム制などの働き方は、新型コロナウイルス感染症の蔓延により外出自粛や密集を避けるなどのために、多くの会社にとって身近となりました。  また、いままで以上に人材の確保の重要性が増してきました。新型コロナウイルス感染症が収束し経済活動が活発になったことで人手不足が顕著となり、人材獲得の競争が激化しています。最低賃金や初任給などをはじめとする賃金の引上げなども起こり、人材の流動化も顕著になっています。このようななかで求職者はワーク・ライフ・バランスの実現や働きやすい職場を求める傾向も強くなっており、いままで以上に介護する従業員の離職を防止し、介護する従業員にとっても働きやすい環境づくりをすることが求められています。  また、2025(令和7)年4月の育児・介護休業法の改正では、介護離職の防止のために制度利用の促進や情報提供などの運用面に重点が置かれています。その点からみても仕事と介護の両立は、制度を利用しやすくすること、事前の準備をすることが重要だということがわかります。 A両立支援制度の策定手順  仕事と介護の両立支援策の策定は図表1のように進めていきます。まず、両立支援制度を策定する目的を確認・検討します。両立支援の目的は介護離職防止や仕事と介護の円滑な両立というだけではなく、介護をする従業員の働きやすさや今後の介護に備えた仕事と介護の両立を目ざす場合もあります。また、仕事と介護の両立をするという目的はあっても、まずは現状の把握をしてから、実態や課題を明確にしたうえで目的・目標を決めてもよいでしょう。  両立支援制度の策定では自社の現状やニーズの把握をすることが重要です。すでに一度、現状把握をしても、状況は変わります。前回から一定の期間が経過している場合は実施した支援策の効果を含めて現状とニーズを把握しましょう。現状把握をしておきたい項目例は図表2の通りです。最近では、介護を隠すような雰囲気が少なくなってきましたが、個人差もあるので、アンケートをとる際はプライベートな情報に配慮します。  アンケートでは、最初に現在の介護の状況、介護の可能性について確認し、その状況にあわせて設問を変えて設定すると効果的です。また、介護の可能性はあっても具体的な介護のイメージがつかない人が多い場合もあるので、アンケートだけではなく、仕事と介護の両立についてのセミナーなどの情報提供を実施したうえでアンケートを実施してもよいでしょう。  仕事と介護の両立をするためには事前の準備がとても重要なので、いまは介護をしていない従業員に対して、今後の介護の可能性を具体的に、1〜2年以内、5年以内、10年以内、意識したことがない、など調査をしておくとよいでしょう。  次に把握した現状やニーズから両立支援の方向性を決めます。両立支援の方向性は、法律を超える制度を策定し制度の充実を図る方針、制度利用を促進する運用重視の方針、法律の支援制度にとらわれず予防から両立まで柔軟な制度を導入する方針など、把握した現状やニーズとほかの人事施策とのバランスを考えて決めていきます。  また、支援策にはそれぞれメリット・デメリットがあるので、方針に沿って検討し決定します。その後、導入を決めた支援策の策定作業を行い、従業員へ周知し、実施していきます。実施した後はモニタリングなどにより支援策の効果を検証しつつ、また、変化する従業員構成や企業環境、介護に関連する法律にあわせて、支援策を見直していきます。 B支援策の種類  仕事と介護の両立支援には、直接的な支援として、勤務支援、環境整備、情報提供があり、間接的には仕事に関する支援のほか、介護に関する支援があります(図表3)。  支援策は、勤務に関する支援が中心となりますが、今回の法律の改正では情報提供や環境整備の支援が義務づけられました。具体的には、企業に対して、介護に直面した従業員へ個別に、介護休業をはじめとする仕事と介護を両立するための勤務支援制度を周知し、制度利用の意向確認を義務づけています。そして、介護保険の被保険者となる年齢である40歳の従業員を対象に早期情報提供ということで、介護に直面する前から介護に関する両立支援制度の周知などを義務づけました。このほか、仕事と介護の両立を円滑にするために相談窓口の設置や、両立に関する方針の周知などの職場環境の整備も義務づけられました。  このような法律の改正内容をみても、仕事と介護の両立を実現するためには運用面での情報提供も重要であり、介護に直面する人のほか、将来の仕事と介護の両立のために事前の準備も求められています。 C支援の選択とメリット・デメリット  18ページ図表4は、支援策のメリットとデメリットを企業と従業員の立場でまとめました。どんな支援策にもメリットだけではなくデメリットもありますので、両立支援の方針や会社の状況にあわせて検討していきます。 D勤務支援  勤務支援は、従業員にとっては選択肢が多いと柔軟な働き方ができる可能性が高くメリットが多いですが、企業からみると制度を運用するむずかしさや周囲の従業員の理解度・納得度、業務負担の解消などの問題があります。また、交代勤務などがある製造業などが、多様な勤務支援制度を導入するためには根本的な業務や組織の見直しが必要な場合も多く、そもそも多様な勤務支援を導入するのがむずかしい場合もあります。支援制度のなかでは休暇を有給にしたり、新たな人材の確保をする場合は人件費の増加にもつながります。  勤務支援のうち未消化分の年次有給休暇を積み立てる積立年次有給休暇は、私傷病など介護にかぎらず利用できるようにすれば、介護しない従業員との公平性が比較的保たれ、納得度も高くなります。  介護休業を法律で定められた期間より長くする場合は、法律で決められた休業期間を超えた期間分は雇用保険の介護休業給付金が支給されません。せっかく介護休業を長くしても思いのほか活用されない場合があります。なお、法律で定めた介護休業期間に会社が給与を全額支給すると、雇用保険から給付金が支給されませんので注意が必要です。  在宅勤務は、仕事と介護が両立しやすいと思われがちですが、実際は問題もあります。本来、在宅勤務は勤務する場所が会社ではなく自宅で仕事をすることをいいます。つまり、仕事中に介護をしてよいということではありません。また、仕事中に介護をすることで、業務がはかどらず深夜に仕事をするなど、本人が無理をして健康を害する場合もあります。在宅勤務はあくまで、通勤時間がないことをメリットととらえ、勤務時間に介護をするのではなく、勤務時間は、自宅でもしっかり働くことができる環境をつくるようにしましょう。  そのほか、介護する従業員の経済的な負担を軽減する支援策を検討する場合、導入時点では対象者が少なくても将来的には対象者が増えることも想定して検討してください。例えば、介護休業中の本人負担分の社会保険料を本人に代わり会社が負担する支援をしている会社があります。この支援は社会保険料の負担の仕組みをよく理解していない従業員にとっては、会社の負担が比較的大きいわりに国が負担していると勘違いをするなど効果を感じないケースも見受けられますので、慎重に検討していきましょう。また、会社が負担した社会保険料は給与として、税金の対象となりますので注意しましょう。 E情報提供  情報提供の支援を考えるときに、これから仕事と介護の両立を考える従業員と、すでに介護が始まった従業員では必要な情報が異なります。これから仕事と介護の両立を考える従業員には、図表5のような内容の情報提供をします。このように、まだ介護をしていない従業員にも情報提供をすることで、いざというときに仕事と介護の両立がスムーズになるので介護離職の防止となるだけではなく、「お互いさま意識」が醸成され、周囲の従業員の理解が得られやすい職場環境になります。 F相談窓口・担当者の設置  2017(平成29)年1月の育児・介護休業法の改正では、企業に対して介護休業やその他勤務措置の利用に関するハラスメントの相談窓口設置が義務づけられました。今回の育児・介護休業法の改正では、仕事と介護の両立のための環境整備が義務づけられ、その環境整備の措置の一つに相談窓口の設置があります。  相談窓口では、個人情報の取扱いに気をつけながら、両立支援のための情報提供のほか、職場の業務調整などのために人事部門や職場の管理職と連携をすることも必要です。また、相談内容は、仕事と介護を両立するための勤務制度のほか、介護保険の利用や介護サービス、介護の仕方など相談が多岐にわたる可能性もあります。対応には限界があることを理解し、対応する範囲を事前に決めておき、必要に応じて外部機関の利用も考えましょう。 G運用のポイント  仕事と介護の両立支援策では、介護自体が介護する従業員の家族構成や状況、介護される家族の状態や住んでいる場所などがさまざまで画一的に考えることはできません。求められる支援も多種多様になりますが、ニーズに合わせてたくさんの制度を導入するとその制度の管理がたいへんなだけでなく、制度を周知することもたいへんです。制度は周知が十分でないと利用されにくくなるだけではなく、職場の上司や同僚なども理解されず業務カバーがやりにくく、周囲の納得度も低くなり、職場の雰囲気にも影響します。  仕事と介護の両立で成果を出している企業をみると、共通しているのは、定期的かつ継続的に情報提供をし、相談窓口が充実していることです。仕事と介護の両立では、支援策の充実も大事ですが、仕事と介護が両立できる職場環境づくりが重要です。仕事と介護の両立が円滑な職場環境は、多様性を受け入れ、情報の共有や連携が円滑で、業務が可視化、多能工化され、ほかの人の業務支援がスムーズにできる職場づくりともいえます。 図表1 両立支援制度策定の手順 目的の検討・決定 現状把握 ニーズの把握 介護施策等の方向性の決定 支援策の検討・決定 ニーズとのマッチング 支援策決定 支援策の策定作業 実施 PDCAで考える ・実際の介護経験者 ・全員…介護での不安 今後の介護の可能性 ・現状の職場満足度 「情報提供」 「環境整備」 「勤務支援」 図表2 介護に関する実態把握の項目例 従業員の状況把握 従業員の介護の可能性や状況 □従業員の属性 □親の年齢 □親と同居・別居 □現状の介護状況 □介護の将来の可能性(1年以内、3年以内、5年以内、その他) 自社の両立支援に関すること □現状の両立支援の認知度 □両立支援の利用予定 □両立支援を利用する上での不安 □両立支援への要望 介護に関すること □介護に関する基礎知識の有無 □介護全般に関する不安・要望 介護経験者に対しての確認 □現状の両立支援の利用経験 □現状の両立支援の使い勝手 □必要だと思う両立支援 自社の状況把握 □現状の両立支援の利用率 □介護離職の状況 ※筆者作成 図表3 支援の種類 直接支援 仕事に関する支援 勤務支援 ・介護休業 ・介護休暇 ・短時間勤務 ・在宅勤務 ・フレックスタイム勤務 ・短時間フレックス勤務 ・始業・終業時刻の繰り上げ下げ ・時間外・深夜勤務等の制限 など 環境整備 ・相談体制づくり ・休業中のバックアップ など 介護に関する支援 情報提供 ・情報提供(セミナー、イントラ、冊子) ・個別相談 など 間接支援 仕事に関する支援 その他の支援 ・職場の雰囲気づくり ・休業後の復職支援 ・再雇用制度 ・業務体制の見直し(業務分担、在宅環境の整備)など 介護に関する支援 その他の支援 ・生活保障(休業・休暇時の給与補填) ・費用補填(ヘルパー、住宅、見守り) ・ヘルパー派遣 ・介護用品の現物支給 など ※筆者作成 図表4-1 勤務支援の例 勤務措置 メリット デメリット 従業員 会社 従業員 会社 介護休業 ・急な介護の発生など緊急な対応ができる ・介護初期の介護体制づくり期間として有効 ・雇用保険の給付を利用し従業員の給与補てんが可能 ・休業期間内に介護が終わらない場合がほとんど ・休業中の給与補てんがない場合は経済的不安 ・事前に申請が必要、手続きが必要 ・休業中の労働力低下と休業期間によっては代替要員確保が必要 介護休暇 ・さまざまなケースに利用しやすい ・手続きが簡易 ・周囲への業務負担少 ・本格的な介護には日数が不足する可能性 ・業務上、休業より影響は少ないが労働力は低下 積立年次有給休暇 ・抵抗感が少なく、使いやすい ・手続きが簡易 ・「介護」と特別視されにくい ・周囲への業務負担少 ・介護以外の用途での利用率の低下の可能性 ・失効年休の管理が煩雑になる可能性 ・支給事由を増やすことで消化率があがりコスト増 短時間勤務 ・勤務時間が短縮されることで心身の負担が軽減 ・デイサービス等の利用がしやすい ・周囲への業務負担少 ・業務分担の見直しや予定が立てやすい ・勤務時間短縮にともない給与補てんがされない場合は経済的不安の可能性 ・業務上、休業より影響は少ないが労働力低下 フレックス勤務 ・従来通りの労働時間を確保するため経済的不安が少ない ・介護を中心とした勤務体制づくりが可能 ・労働力を確保しつつ、勤務可能 ・労働時間を減らすことなく介護をするため、本人の身体・精神的負担が大きくなる可能性大 ・職種や部門によって、フレックスタイム勤務制度の導入が困難 ・会議や打ち合わせの時間が制約される可能性 その他 勤務措置(★) ・労働時間の抑制や時間帯を制限することで介護しやすい ・周囲への業務負担少 ・通常の勤務をしているなかで周囲への理解が不安 ・柔軟な対応が必要な職務内容や繁忙期の対応、臨時の対応などの対応がむずかしい 在宅勤務 ・通勤時間がなく介護時間を確保しやすい ・介護中心の生活をしながら業務の遂行がしやすい ・労働力を確保しつつ、継続勤務が勤務可能 ・仕事と介護のメリハリがつけづらい ・労働時間も介護時間も減らすことなく両立する場合は本人の身体・精神的負荷大 ・勤怠管理、セキュリティ対応等の在宅勤務の導入コスト、管理負担が必要 ※筆者作成 (★)その他勤務措置には ・始業・終業繰り上げ下げ ・深夜業制限 ・時間外労働制限 などがある 図表4-2 その他の支援の例 メリット デメリット 従業員 会社 従業員 会社 費用補てん等 ・介護費用の負担が軽減され、従業員への効果大 ・周囲を気にせず利用しやすい ・費用補てんの対象となっている内容の利用がなければ効果なし ・効果の高い費用補てんの項目の廃止・見直しが困難 ・コスト負担 ・介護のない従業員との待遇格差が明確になりやすい 見舞金制度 ・介護費用の負担の緩和 ・介護以外の用途での利用も可能 ・介護のない従業員との待遇格差が明確になりやすい ・支給基準の判断が難しい 再雇用制度 ・退職後の再就職不安が軽減される ・雇用リスクの軽減とともに雇用確保の手段として有効 ・仕事と介護の両立ができない ・労働力の損失が大きい ・再雇用基準の判断がむずかしい ・再雇用後の処遇、復帰プログラムの検討が必要 職場復帰支援 ・職場復帰を円滑にしやすい ・利用の時間がつくれない ・復帰の計画等の予定が立てにくい ・利用率が低くなる可能性大 ※筆者作成 図表5 仕事と介護の両立のための情報提供の内容(例) 1.介護の現状と必要性 …日本社会の高齢化の現状等を通じ、介護が他人事でないことを認識してもらう 2.介護とは …介護がどうやって始まるか、何年くらい続くかなど介護のイメージを膨らませてもらう 3.知っておきたい介護基礎知識 …おもに介護保険の仕組みや給付の受け方や内容、お金に関することを知ってもらう 4.仕事と介護の両立 …介護離職せずに仕事との両立を図ることの重要性や両立に向けての準備について知ってもらう ※筆者作成 事例1 たねやグループ〈株式会社たねや・株式会社クラブハリエ・株式会社キャンディーファーム〉(滋賀県近江八幡(おうみはちまん)市) 「しあわせ推進室」を設置し、育児や介護をしながら働く従業員に寄り添い、支える 明治時代に創業した和菓子の老舗  株式会社たねやは、和菓子の製造・販売を手 がける老舗企業。1872(明治5)年に「種家末廣(たねやすえひろ)」の屋号で近江八幡にて創業し、後に社名を「たねや」とあらためた。現在では東京、大阪など各地の百貨店に売場を構え、全国に知られる和菓子店となっている。  株式会社クラブハリエは、たねやの洋菓子部門として、1951(昭和26)年に洋菓子製造・販売を始め、後に社名を「株式会社クラブハリエ」とした。1998(平成10)年には農業生産部門「永源寺農園」を設立し、現在は「株式会社キャンディーファーム」として活動している。  たねやとクラブハリエ、キャンディーファームは「たねやグループ」として成長を続けており、2015年には同グループのフラッグシップ店として“自然に学ぶ”をコンセプトにした「ラコリーナ近江八幡」をオープン。約3万6000坪の自然豊かな敷地内にショップやカフェ、工房、田んぼなどが点在し、連日多くの人が訪れている。  たねやグループで大切にしていることの一つに、「すべてのいのちを大切に」という思いがある。  安心・安全なお菓子づくりと、お菓子にかかわる一人ひとりの心と体の健康を目ざすという思いから、自然や社会に配慮した素材を使ったお菓子づくりを行っている。また、労働安全衛生の徹底と健康経営○R(★)の推進、そして従業員の幸せを大事にする職場環境づくりを追求している。 育児休業後の復帰率100%女性管理職も多数  たねやグループの従業員数は1872人で、販売業務に就く従業員が多く、女性比率が77.0%(1442人)と高い(2025〈令和7〉年4月1日現在)。同グループの定年年齢は60歳で、希望者全員を65歳まで継続雇用。65歳以降は、本人と会社の希望により、1年ごとの契約で最長70歳まで雇用する。  現在は子育て世代の従業員が多く、65歳以上の従業員は11人と少ない。ただし、定年の60歳で退職する人はほとんどいないこと、中高年世代が増えてきていることなどから、今後、仕事と介護の両立支援の必要性が高まることが見込まれている。  これまでは、企業内保育園の開設や育児のための短時間勤務制度の導入など、育児をしながら働き続けられる支援に注力してきた。成果として、女性従業員の育児休業取得率は100%、育児休業後の復帰率も100%となっている。  また、女性管理職が多く、現在の管理職170人(管理職、執行役員、役員含む)のうち、83人(同)が女性である。  同社は2019年に、内閣府の「女性が輝く先進企業表彰」において、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)表彰を受賞している。 従業員の幸せを追求する「しあわせ推進室」  これまで以上に女性だけでなく、すべての従業員が健康で活き活きと働き続けられる職場づくりが大切になっていくとして、同グループでは、2021年4月に「しあわせ推進室」を設置した。  経営本部・しあわせ推進室の田原(たはら)佳代(かよ)室長は、その役割を次のように説明する。  「すべての従業員が幸せでいることが当社の究極の目標であり、その実現に向けて、従業員の幸せを追求する専門部署として、しあわせ推進室はスタートしました。  具体的には、パパ育休の取得促進を含む育児や、介護をしながら働き続けるためのサポートのほか、健康、働き方、ハラスメントなど、従業員のさまざまな困りごとの相談窓口となっています。どこに聞いたらよいのかわからないことも、『まずはしあわせ推進室に相談に来てください』と呼びかけています。相談内容に応じて人事や総務、保健師など必要な部署に橋渡しをして、必要に応じてしあわせ推進室も加わり、困っている従業員、悩んでいる従業員に寄り添って、一緒に解決策を探っていきます。  また、保健師と連携して、健康教室や医師を招いてのセミナー、従業員が子どもと一緒に参加できるワークショップなどの開催も担当しています」  早くから手厚い支援づくりに取り組んできた育児との両立支援では、出産予定日がわかりしだい、妊婦面談を行い、産休まで元気に働けるように支え、育休中は孤立感を持たないように週1回オンラインで育児のアドバイスや絵本の読み聞かせなどを行うリモート保育園を開催するなど、育休から安心して復帰できるように支援している。これらの取組みも、田原室長が担当している。  田原室長は、企業内保育園の保育士として入社し、経験を重ねて園長を務めたあと、現職に就いた。  「いまは、みなさんから話を聞き、課題を見きわめ、相談者に寄り添って、適切に対応し、解決に導いていくことを意識しています。仕事をするうえでたいへんなことがあるのなら、解決できるように一緒に考えることが私の役割と認識しています」 介護に関する相談窓口を設置 よりよい支援のために従業員の声を集める  仕事と介護の両立支援については、法定の介護休業・休暇制度に加え、しあわせ推進室で相談を受け、ニーズに応じて社内にある制度を組み合わせて利用してもらうなど、無理なく働き続けられるように対応を図っている。また、2025年4月からの改正育児・介護休業法の施行に対応し、仕事と介護の両立支援に関する相談窓口(保健師や総務部などの関係部署で連携)を整えているほか、介護に関する情報発信にも努めている。  介護休業などの取得者はこれまでは少数で、しあわせ推進室への相談も介護関連の内容はわずかではあったが、「『2025年問題』といわれるように、要介護者が増えていくということは、ビジネスケアラーが増えるということ。介護離職を防ぐには、これを会社の問題としてとらえ、ビジネスケアラーを支えていくことがかなり大切になってくると考えています」と田原室長。  しあわせ推進室ではいま、相談者だけではなく、ほかの従業員にも声をかけて、介護に関して会社に希望することなどを聞き、声を集めてよりよいサポートのかたちづくりを始めたところだという。  「家族がいて一緒に介護をしている人もいれば、一人で介護をしている人、一人で二人を介護している人、あるいは、育児と介護のダブルケアをしている人もいるかもしれません。介護は育児と違って先の見通しが立てにくく、そのときどきによって状況が変わりますし、事情もそれぞれで異なりますから、どのような支援がよいのか、制度をつくるのはとてもたいへんなことです。それでも、例えば介護をしていて疲れていることに気づかないまま体調を崩しているといった場合、働き方や、通勤中の事故が起きないように、どういうサポートができるのかなど、検討を進めています」  実際に介護をしている従業員に対していまできることとして、田原室長は、「何かあればいつでもしあわせ推進室に電話やメールで状況を聞かせてください」と声をかけ、連絡を受けたときは「ありがとう。またいつでも連絡してくださいね」と感謝の言葉を送ることを心がけているそうだ。 55歳を迎える従業員を対象としてセミナー「みらい学」を開始  介護はある日突然始まることもあり、ふだんから情報に触れておくことが望ましいとの観点から、しあわせ推進室では社内向けに毎月発信しているインフォメーションのなかで、介護の情報や豆知識を必ず掲載。「介護をすることになったら、まずどこに何が相談できるのか」、「介護施設にはどのような種類があるのか」といった情報を発信している。  「ふだんから少しでも情報に触れていれば、必要になったときに役立ちますし、しあわせ推進室で介護の話をしていたことだけでも思い出して、相談に来ていただければありがたいです」  また、「介護をしていることをオープンにしたくないという人もいると思います。そうした人たちにも届くような発信の仕方や、セミナーなどをこれから実施していきたいと、考え始めたところです」と田原室長は続ける。  2024年度からは「みらい学」という取組みをスタートした。55歳を迎える従業員を対象としたセミナーの一つで、対象者は全員参加することとしている。  両立支援に直結する内容ではないが、「60歳の定年を迎える前に、これまでのねぎらいとこれからも仕事を続けていただきたいという会社の思いを伝えるために始めました。初年度は55歳から60歳までの従業員を対象として、2回に分けて開催し、あわせて50人ほどが受講しました。産業医から健康に関する講話を、人事部から定年後の働き方と賃金の話を、また、ファイナンシャルプランナーを招いて55歳以降のお金のあれこれについて学び、自分や親の介護でどれくらいの費用がかかるのかといったお話もしていただきました」  丸一日のスケジュールで開催されたこのセミナーは、好評なうえ、同年代の従業員が久しぶりに再会する機会となり、健康談義に花が咲くなどして「同世代と話せる機会が持てたこともとてもよかった」という感想も聞かれたそうだ。  「『みらい学』というネーミングは、『行ってみたい』とか『行ってみてよかったから人にすすめたい』と思うネーミングと内容にしようという発想から生まれました。55歳は定年が近づいてくる年齢ですが、まだまだ働きたいと思っている人がほとんどだと思い、55歳から先の未来をあらためて考えてもらうセミナーにしたい、そんな思いを込めて名づけました」  このセミナーでは、具体的な介護の話は盛り込まなかったものの、困ったことがあれば、しあわせ推進室にいつでも相談できることと、必要なサポートを一緒に考えていくということを伝えている。 育児支援から得られたノウハウを活かし気持ちよく働ける職場環境づくり  両立支援を円滑にするには、制度のみならず、職場環境も重要となる。たねやグループの育児支援の取組みでは、短時間勤務制度や育休中のリモート保育園など、充実した制度があるが、例えば、短時間勤務制度は、9時から16時までの勤務となるように利用する従業員が多いという。ところが、百貨店の売場では夕方からお客さまが増えてくるので、人を増やしたい時間帯に人員が減ってしまう状況となり、ほかの従業員にかかる負担が重くなっている現場もあるそうだ。  しあわせ推進室では、子育てをしながら短時間勤務をしている80人ほどの従業員にリモート説明会を開催し、育児をしながら仕事をするためのいろいろな応援制度が会社にあるという説明をあらためてすると同時に、そのことに関して、現状としてほかの従業員の負担が増している現場があるということを、役員を交えて報告した。すると、保育園の送り迎えを家族で話し合い、「この日は遅番でも大丈夫です」といった柔軟な働き方を申し出る人も出てきたそうだ。  両立支援を円滑に行うには、「お互いさまの気持ちで働けるように協力しあう職場環境づくりが大事」と田原室長は強調し、育児支援の取組み経験を、今後、介護をしながら働く人への支援にも活かしていきたいと話した。  しあわせ推進室ではこのほか、睡眠をテーマにした健康教室を開いたり、肩こり解消の体操を習ったり、女性のヘルスケアについて学ぶといった、元気に働いている従業員がこれからも元気でいられるようにサポートする健康教室やセミナーを工場など各拠点で開催している。  しあわせ推進室はいまでは社内でも浸透してきており、「相談だけではなく、『こんなことがありました』、『こんな人がいますよ』と、働いている部署のよい話も聞こえてくるようになりました。よい話はどんどん発信して社内で共有します。取り上げられた部署にとってはモチベーションアップになるでしょうし、ほかの人たちにとっては、ほかの部署のことを知る機会になります」と笑顔で語る田原室長。  「なんでもいってね」、「いつでも話を聞かせてね」と全従業員に呼びかけ、聞いた話に対して責任を持って関係部署と連携し対応を図るしあわせ推進室は、今後、介護をしながら働く従業員にとっても、たねやグループにとっても大きな存在であることは間違いないだろう。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション 「ラコリーナ近江八幡」 経営本部・しあわせ推進室の田原佳代室長 事例2 株式会社ダッドウェイ(神奈川県横浜市) さまざまな目的で取得できる、同社独自の有給休暇制度を活用し介護疲れを癒して離職を防ぐ ベビー・キッズ用品の輸入・卸・販売会社  1992(平成4)年10月に設立された株式会社ダッドウェイは、ベビーならびにキッズ向けの子育て用品の企画・輸入・販売事業を展開。乳幼児用品として、抱っこひも、哺乳瓶、ベビーカー、おもちゃなどを網羅し、ファミリー層に利用されている。量販店、専門店、百貨店向けの卸売りを中心に、自社にて店舗運営を行っているほか、学童保育も手がけている。「ダッドウェイ」という社名は、父親の子育てがまだ一般的ではなかった創業当初、創立者が自身の経験もふまえて「お父さんの子育てをもっと楽しくしたい」を提唱したことに由来しているそうだ。  2025(令和7)年4月時点での社員数は209人(男性20.4%、女性79.6%)、年代比率は20代が18.1%、30代が31.7%、40代が27.1%、50代以上が23.1%。設立から30年余、当初から若手が中心で、子育て中の社員が活躍しているが、次第に年齢層が上がってきているという。 家族の介護が必要な社員を人事が手厚くサポート  働きやすい職場づくりに定評がある同社。社員の家族構成やライフステージに合わせて、一人ひとりのニーズに対応できるように休暇制度を整えてきた。産休・育休後の職場復帰率は96%で、休暇取得者のほぼ全員が復帰している。  同社には独自のユニークな人事制度として、不妊治療や養子縁組にかかわる費用を支給する「コウノトリ制度」をはじめ、幅広い用途で休暇を取得できる「ファミリーサポート特別休暇」、病気などで休職せざるを得ない社員に対して、社員がそれぞれ付与されている「ファミリーサポート特別休暇」を当該社員にプレゼントできる「休暇プレゼント制度」などがある。現在までに、3人の社員がプレゼントされた休暇も活用しながら入院・治療を行った実績があるそうだ。  同社では、「こどもとワクワクする毎日を」を理念に掲げ、ファミリー全体を支える事業を展開していることから、社員もその家族も大事に考えるという創業者の強い思いがこれらの施策の根底にある。人事部ジェネラルマネージャーの宮澤(みやざわ)敦子(あつこ)さんは、同社における家庭と仕事の両立の取組みについて、次のように話す。  「扱っている商材がベビー・キッズ向けであり、子育てをするお客さまに対して手厚いサポートをしてきたのと同じように、産休・育休を取得する社員、家族を介護する社員に対してもサポートを行っています。特に介護については、実際に介護に直面した際に制度の活用にいたらない従業員がいるのではないかと人事部としては考えています。介護は出産や本人の病気と異なり、届け出や申請がなく、事情を公表するかどうかは個人の判断によるところがあります。そこで、日ごろのコミュニケーションで気づきがあれば利用の案内をするようにしています。介護そのものの理由ではなくても、本人のリフレッシュが目的での取得もできることを伝えることで、安心して利用してくれるようになります」  また、仕事と介護の両立に直面しているが、それを公にしたくない社員もいることから、福利厚生のサービスとして、介護の相談ができ、情報提供を行う外部窓口を設置している。問合せ窓口には、会社を通さず個別に相談することができる。  「社内でも相談できる場をつくるなど、体制を整えていますが、部署のなかでのコミュニケーションを密にすることでお互いの置かれている状況を把握できたり、本人の体調の変化に気がつくようになります。介護でファミリーサポート特別休暇取得が増えてくると、まわりの従業員の理解や取得のきっかけも増えると考えています」 取得理由を拡大し利用者が増加したファミリーサポート特別休暇  では、社内の介護者はどんな制度を利用し、どんな働き方ができるのだろうか。宮澤ジェネラルマネージャーは次のように話す。  「多彩な働き方の拡大として、2021年に時差出勤、2022年からはフレックスタイム制を導入しました。これは、丸1日休む必要のない用事、例えばケアマネージャーとの打合せや、役所に行く、出勤前に施設に寄ることなどで活用できます。『1時間だけでも時間が必要』という場合に、全日休暇を取らなくてもよいのは大きいと思います」  休暇には「ファミリーサポート特別休暇」をあてることができる。この休暇制度は、育児や介護、看護など、家族のために休む目的のほか、冠婚葬祭、誕生日(本人含む)、災害・事故などによる被害の復旧、取得者本人の通院・治療、取得者本人のリフレッシュなど、さまざまな目的で取得することができる有給の特別休暇だ。家族の範囲は、2親等以内の親族のほか、同居人や同居するペットも含まれる。  「ファミリーサポート特別休暇は2011年から開始した取組みで、当初は2親等以内の家族の学校の送迎や各種行事、介護や災害発生時など、取得用途が限定されており、実質的に子ども関連の理由で使われることが多い休暇制度となっていました。しかし、家族にもさまざまな形があり、子どもがいない人、高齢の親がいる人なども含め、どの世代でも男女問わず使えるような休暇にしようと、対象者や取得理由の見直しを行ってきました。現在では同居するパートナーやペットまで対象を広げて、用途は広がってきています」  ファミリーサポート特別休暇は、それ以前に夏季休暇を従業員が各自で日程を選んで取得する特別休暇を、さらに自由な用途で使えるように見直したことで発足した。家族や子どもの有無にかかわらず、(正社員で週5日勤務の場合)最大年9日の有給休暇を時間単位で取得できる 仕組みとして整備している。  こうした制度の見直しにより、おもに子どもの用事で使われていた休暇制度が、より身近で利用しやすい休暇制度に変わっていった。現在は社員自身のリフレッシュにも使われるようになり、いまでは取得用途の第1位になっているそうだ。2位は子どもの看護、通院、学校行事、3位は体調不良(本人、親以外)、4位は親の介護、通院となっている。  最近では親の病院のつきそいでの取得理由が増加傾向にあり、全体的に社員の年齢が上がってきていること、いままでは年次有給休暇を利用して家族の介護をしていた社員が、ファミリーサポート特別休暇を活用しているのではないかと、同社では分析している。  なお、ファミリーサポート特別休暇の取得にあたっては、年次有給休暇を当年度に5日以上取得していることを条件としている。以前はこうした条件を設けていなかったが、ファミリーサポート特別休暇の有効期限は1年のみで毎年リセットされることから、2年が有効期限である年次有給休暇よりも、先に取得されやすい。そうなると、5日間の年次有給休暇取得義務を果たせなくなる可能性もあることから、ファミリーサポート特別休暇取得のための条件に、当年度での年次有給休暇5日以上の取得を加えた。 実際に仕事と介護の両立に取り組む社員の声  ファミリーサポート特別休暇では、最大で年間9日の休暇を取得できるが、毎日介護につきっきりとなると、日数が足りるとはいえないものの、通院を含め、ほかの家族と協力しながらの介護を想定し、法定の介護休暇や介護休業、さらに年次有給休暇もあわせて活用してもらうことを想定している。  現在、仕事と家族の介護の両立を続ける本社勤務のマネージャー職の社員がおり、介護のさまざまな用事に対して、1日、半日、1時間の休暇を柔軟に取得しながら、仕事との両立を図っているそうだ。通院の送迎とつきそいであれば半日休暇をとり、ケアマネージャーが訪問するときは予定の時間だけ休みを取得する。一方、通院先であったり、介護施設を探すための情報収集などにはかなり時間が必要となり、役所や関係各所を回らなくてはならないので、そういう場合は1日の休みを取得しているそうだ。  実際に仕事と介護の両立を体験した社員からは、ファミリーサポート特別休暇をはじめとする同社の制度について、次のような声が上がっている。 ・病院や施設とのやりとりなど、介護に直接的にかかわる目的ではなくても運用の自由度が高いので、休息や余暇にもあてられることで心身の健康を保てる。 ・10時出社OK。16時退社OKのフレックス制度がありがたい。 ・職場に各々の時間に出社、退社する社員がいるので気兼ねがない。 ・介護はどうしても休暇を取らないといけない用事が出てくる。年次有給休暇と合わせることで、休暇を使い切る心配をせず、プレッシャーなく乗り切ることができた。特別休暇は使い切った。 ・これまで育児などで特別休暇を利用する機会がなく、初めて介護で使った。とても便利な制度だと思った。 ・チームのメンバーには早い段階で休みが増えることを周知したので、出社のプレッシャーを過度に感じなくてもすんだ。  一方で、社内で両立支援制度を整えても、結果的に介護離職にいたってしまった社員もいるそうだ。ファミリーサポート特別休暇をはじめとする社内の各種制度や、法定の介護休業・介護休暇などについて説明をしたうえで、所属部署のメンバーも交え、介護をしながらどういった働き方ができるかを相談したが、両親ともに介護が必要であり症状が重く目が離せないこと、社員本人以外に介護にあたれる人がいなかったことなどから、最終的に本人が仕事との両立に限界を感じて離職にいたってしまったそうだ。  「離職してしまうと経済的な面も心配ですし、人事としてはこういった方にこそ、より会社に残ってほしいと思い、話し合いを重ねました。勤務していたのが物流倉庫の事業所で、荷物が到着する時間や集荷の時間に合わせて仕事のタイムスケジュールが決まる関係上、時間単位での休暇取得やフレックスタイムなどの柔軟な勤務がむずかしかったという側面があったことも感じています」  さまざまなケースがある介護だけに、多くの休暇が必要な人をサポートする意味でも、前述の「休暇プレゼント制度」の活用にも期待が集まる。同制度はファミリーサポート特別休暇の一部をほかの社員にプレゼントするもので、休暇をプレゼントする側の社員は公募1件につき1日まで提供することができ、プレゼントされる側が受け取れる休暇日数の上限は公募1件につき最大2カ月分までとなっている。  「人事が会社の掲示板で、『こういった理由で希望者が出ています』と代理で募ります。プレゼントする人が上限の2カ月分にあたる60人に達したら締め切ります。毎回、公開から1〜2日で上限になってストップします。病気で療養している方が希望することが多く、みんな仲間ですので『しっかり回復につとめ、復帰を待っています』という気持ちからプレゼントしています」ほぼ、病気や入院で長期の休みが必要になった社員に利用されているが、介護者が増加するようであれば、介護における事例が出てくる可能性もあるだろう。 介護離職の防止に向けた今後の課題  「現在、仕事と介護の両立を行っている社員は、本社勤務でマネージャー職として仕事を采配できる立場にいるので、休みの調整がしやすく、比較的時間の融通が利く環境にあります。ですが、当社の社員の半数がシフト制の販売員です。シフト制において急な休暇の取得にどこまで対応ができるかは大きな課題です。  また、介護に対する情報を知りたくても、『どこに聞けばよいかもわからない』という声を聞きますので、介護者の社員が増えてきたら、社員同士で情報交換ができる場があればよいと思っています」  介護をすることで心身の疲労が溜まったり、「つらい」と感じたときに、会社に来て会話をしたり、仕事に夢中になっている数時間は介護を忘れられることも、仕事を続けるうえで大きい意味を持つ。介護のためだけでなく、介護の疲労を心身ともにリフレッシュできる環境づくりが、介護離職防止の重要なポイントになっている。 写真のキャプション DADWAY/Ergobaby二子玉川ライズ店(写真提供:株式会社ダッドウェイ) 人事部ジェネラルマネージャーの宮澤敦子さん 【P28-31】 事例3 株式会社伍魚福(ごぎょふく)(兵庫県神戸市) ワーク・ライフ・バランスの充実を図り介護離職を防ぐ柔軟な勤務体系を用意 味に注力して品ぞろえ拡充・販路拡大神戸発の老舗珍味メーカー  株式会社伍魚福は明治時代から食品加工業を営む老舗の珍味メーカー。1953(昭和28)年に兵庫県神戸市でするめ加工業として創業し、1955年に有限会社五魚福を設立、1970年に「株式会社伍魚福」に改組し、2025(令和7)年4月に法人設立70周年を迎えた。  美味しさにこだわり、さきいか、チーズ、生ハム、からすみなど、定番のおつまみからプレミアム感のあるチルド品まで約400種類を展開しており、年間50アイテム以上の新製品を発売。同社の商品群はおもてなしの気持ちと食べる楽しみが感じられる「エンターテイニングフード○R」(★)として、幅広い層のファンを獲得している。同社独自の味つけやデザインの商品を全国の協力工場のラインにて製造するファブレス※企業である。  同社の山中(やまなか)勧(かん)代表取締役社長は、「創業時から続くいか製品、魚介類の加工品を土台に、1960年代に酒販店に販路を求めたころより、全国の工場から原材料を仕入れてリパックする業務を行っており、それが現在のファブレスにつながっています。1989年からはチルド珍味開発に取り組み、お酒のディスカウントストアのブームなどもあり全国に販路が広がりました」とその経緯を語る。  現在は、スーパー、百貨店、酒販店、コンビニエンスストアなど、全国約4000店以上で同社の商品が取り扱われており、自社のオンラインショップや大手ネットショッピングモールでも販売が行われている。2013(平成25)年には直営店として「KOBE伍魚福阪神梅田店」をオープンし、2022年12月に「伍魚福オツマミドコロ神戸三宮」をオープンするなど、着実な成長を続けている。  関西地域限定の土産品の販売も行っており、看板商品である「いかなごのくぎ煮」は、神戸周辺の漁師町において親しまれてきた郷土料理を同社が商品化したもの。近年はいかなごの供給が減少して価格が高騰し、庶民の味が希少化しつつあるなか、地域の食文化を継承していくために、同社が事務局となり「いかなごのくぎ煮振興協会」を設立し、文化の継承活動を行っている。 伍魚福版「三方よし」の一角である従業員の人生を「おもしろく」する  同社の定年は60歳、希望者全員を65歳まで嘱託社員として再雇用する。65歳以降は時給制のパート社員に移行し、現在は70歳を上限としているが、延長も検討中だ。従業員79人のうち、正社員が42人(男性25人、女性17人)、嘱託社員が2人、パート社員が35人(男性8人、女性27人)。60歳以上の従業員は、60〜64歳11人、65〜69歳7人(2025年4月1日時点)となっている。  同社では、2007年にまとめた中期計画のスローガンに、「神戸で一番おもしろい会社になろう!」を掲げ、2009年に「伍魚福クレド」(行動指針)を策定した。「1 すばらしくおいしいものを造り、お客様に喜ばれる商いをする」、「2 仕事を通じてお互いに共感をもたれる商いをする」、「3 仕事を通じて人格の向上に喜びを感じるようにする」、「4 神戸で一番おもしろい会社になろう!」、「5 全員がヒット商品の開発者になろう!」の五つの行動指針を中心に、「伍魚福エンターテイニングスパイラル」(図表)を示し、その実現を目ざしている。  「エンターテイニングスパイラル」とは、従業員満足度と協力会社、財務の、いわば伍魚福版の「三方よし」。商品がおもしろく(よく)なればお客さまがおもしろくなり(喜び)、会社もおもしろくなる(成長する)、このサイクルをくり返し、改善を図ることで、組織全体の生産性や収益性を着実に向上させ、それにより待遇改善が可能になり、従業員・家族がおもしろく(幸せに)なるという、理念体系である。  このエンターテイニングスパイラルの一環として、従業員の人生を豊かにするために、同社ではワーク・ライフ・バランスの実現に取り組んでいる。  かつて、同社はワンマン経営であり、従業員は残業が多く、有給休暇も取りにくい環境だったという。この状況を改善するため、採用を強化し人員増を図るとともに残業を減らす取組みとしてICカードを用いた勤怠システムを導入し、残業時間を正確に把握。その削減に取り組んだ。そして、年次有給休暇の取得を促進するため、年次有給休暇のうち5日は1時間単位で取得できる制度を導入、短時間ですむ用事などにも利用できるようにしたほか、年に1回5〜7連休を取得する制度も導入。その結果、年次有給休暇取得率は、2014年度の39.99%から、2024年度では75.04%と大きく改善した。さらに、時差出勤制度を導入し、午前7時から10時の間は30分刻みで出勤時間を選べるようにするなど、社員がそれぞれの事情に合わせて柔軟に働ける仕組みを整えている。 従業員個別のニーズを把握し有給で利用可能な介護休暇制度を整備  同社では、2020年度から有給で利用できる介護休暇を導入。2022年度からは時間単位での取得も可能としている。介護が必要な1人に対して年間5日、最大で年間10日が付与される。そのほか、介護を目的として活用できる制度は、短時間勤務制度や在宅勤務制度がある。  仕事と介護の両立支援に関する制度の導入は、女性従業員の増加に起因している。  「酒販店で商品を販売していた時代、おもな購買層は男性でした。しかし、2000年ごろからスーパーで商品を展開するようになり、いまではスーパーやコンビニエンスストアでの販売が過半数を占めています。こうした変化にともない、商品デザインにあたっては女性を意識した方向性に転換するため、20年ほど前に女性のデザイナーを採用しました。そのデザイナーが活躍し、育児休暇や短時間勤務、介護休暇などが必要になったことから、各種制度を整備し、希望するだれもが利用できる環境を整えてきました。従来、物流や事務部門のパートタイマーとしては多くの女性が活躍していましたが、正社員として、栄養学を学んだ女子学生が求人に応募してくれるようになり、女性の正社員が増加しています。出産・育児で離職せず、育児休業から復帰する人も増えています」(山中社長)  介護休暇の取得者数は、2022年度17人、2023年度15人、2024年度13人。取得する年代や属性は幅広く、若い世代の利用もある。特に要介護者の施設入所にあたっては、さまざまな用事が発生するので、時間単位で取得できる介護休暇が活用されている。  経理・総務チーム副責任者課長の川口(かわぐち)雄太(ゆうた)さんは、「通院時のつきそいには、介護休暇を時間単位で取得し、遅く出社したり、早めに退社する社員もいます。フルタイムの社員は1日8時間勤務ですが、必要な時間だけ時間単位で取得すれば、何日にも分けて利用することができます。課題としては、介護は家庭の事情によるところがあるので、職場でオープンにして共有するわけにもいかず、介護休暇で休む際に、仕事のしわ寄せが周りに行き、状況がわからないだけに納得を得られない人が出てくる可能性があることです。そこは配慮が必要かと考えています」と語る。  同社では、これまで家族の介護が原因で社員が介護離職に至ったケースはない。これはワーク・ライフ・バランスを実現できる柔軟な勤務体系が、自ずと介護離職の防止対策になっているとみられる。 親の将来を含めて「人生設計」を作成介護をする将来と働き方を見すえる  また、介護を大きなスパンでとらえ、人生設計においてキャリアと介護の両立を考えるためのきっかけの提供に努めている。同社では、2011年から毎年、一人ひとりが人生設計(ライフプラン)を作成している。その目的は「より良い人生のために、より良い仕事をする」こと。そのために本人の気づきをうながし、人生の目標とその実現に向けて、仕事でチャレンジすることを明確化することにある。  ライフプランシートには、本人と家族の年齢を記し、本年、3年後、5年後、10年後、20年後、30年後の目標およびプランを考える。結婚、子どもの誕生、家の購入など、大きなライフイベントはもちろん、家族にまつわるできごととして親の世話や子どもの教育、あるいは仕事におけるできごとやボランティアなど社会にかかわるできごとに至るまで、自分と家族の将来を思い描いてプランを立てる。  「頭の中で漠然と考えてはいるものの、表にして目にするとあらためて気づくことも出てきます。年表を見れば、親が歳をとることもわかり、いずれ親に育児の手助けを求めることや、介護についても考えておくことができます。このシートを元に、年に1度は深く考えることが大切です。年に1度、経営計画の発表会の場で、従業員全員がライフプランのなかで、周りと共有できることを色紙に書き出して発表しています」(山中社長)  若いころは、思いおよばないものだが、こうした取組みが、数十年後、親の介護が必要になる将来について気づきを得る機会になっている。 ワーク・ライフ・バランスを実現する健康経営○R(★)の取組みと社内改善  同社では、ワーク・ライフ・バランス実現の取組みの一環として、2024年に健康経営優良法人の認定を受けている。  「健康経営優良法人に申請するにあたり、すべての項目においてあらためて何かをする必要もなく、ベースができていました。時差出勤、時間単位年次有給休暇はすでに実施しており、健康診断の面では女性特有のがん検診を毎年会社負担で行っています。禁煙の取組みでは、喫煙時間を休憩扱いにし、午前中は全面禁止にすることで、喫煙頻度が確実に減少しました。  また、毎朝出社後にラジオ体操を実施しています。ラジオ体操は朝のスイッチとして効果があり、従業員の健康に寄与しています。社内で行っているPDCAに則って、健康経営においても計画、実行、評価、改善を回し、2025年度は上位500社のブライト500認証を目ざします」(川口課長)  また、従業員のエンゲージメントおよび従業員満足度を高めるために、半年に1回のディープサーベイ※、毎月1回のショートサーベイや気力のチェック、ストレスチェックを行っている。調査結果は従業員の声として活用し社内改善に活かす。  さらに、社長に直接提案と報告を行う制度(提報)を20年以上運用しており、社内の環境改善や、従業員の働き方におけるニーズの吸い上げにつながっている。  また、商品アイデア提案制度があり、毎月1件の提案につき100円を支給する仕組みで、さらにグループ表彰や皆勤賞を導入し、アイデアをより多く得るよう参加を促進している。なお、商品開発の提案では優れたものは商品化されており、大ヒット商品がこの制度から生まれている。  最後に山中社長は、「伍魚福がよいスパイラルを自ら回すだけではなく、日本の食品業界のよいスパイラルの起点となることを目標にしています。SDGsに関連した取組みを展開するとともに、おもしろい会社を目ざし、社会に役立つ存在であり続けたいと思います。特に地域社会や協力企業との関係を通じて、日本中でよいスパイラルを生み出すきっかけになることが目標です」と先を見すえた取組みを語られた。  従業員の声を細やかにくみ上げる施策により、ニーズを迅速に制度化するなどの社内改善活動を行っている同社。介護の負担を負う従業員に柔軟な勤務ができる労働環境を用意し、自ずと介護離職を防いでいるようだ。商品を通じて顧客に喜びや楽しさを提供し、この先、介護にかかわる社会の変化が生じても、スパイラルアップの理念体系で対応していく。 ※ファブレス……「fabricationfacilityless]の略で、自社で生産設備を持たず外部に製造を委託すること ★「エンターテイニングフード○R」は、株式会社伍魚福の登録商標です。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※ディープサーベイ……従業員の心身の状態や組織の状況を把握するために行う調査 図表 伍魚福エンターテイニングスパイラル ※資料提供:株式会社伍魚福 写真のキャプション 山中勧代表取締役社長(右)、川口雄太経理・総務チーム副責任者課長(左) 伍魚福の「エンターテイニングフード」(写真提供:株式会社伍魚福)