第105回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  鹿島田直子さん(69歳)は、介護職の道一筋に33年間歩き続けてきた。施設の利用者に寄り添った介護サービスの実践に対し、昨年には、瑞宝双光章(ずいほうそうこうしょう)※を受章した。介護の現場でいつも笑顔を絶やさない鹿島田さんが、生涯現役で働くことの喜びを語る。 社会福祉法人誠友会特別養護老人ホーム栄白翠園 介護職員 鹿島田(かしまだ)直子(なおこ)さん つらい経験から学んだ福祉の心  私は茨城県の牛久(うしく)市に生まれ、高校卒業まで牛久で過ごしました。実家は農家で、家の中に囲炉裏があり、私は赤ん坊のころその囲炉裏に落ちてしまい、顔にやけどを負いました。父がバイクで病院に運んでくれたそうです。いまの医療なら跡が残らない治療も可能だったでしょうが、目元に大きなしみが残りました。  高校を卒業して就職しましたが、19歳で結婚、すぐに仕事を辞めました。結婚が人より早かったのは、やけどの跡が残る自分に「一緒に人生を歩もう」といってくれた人の存在が大きかったと思っています。  そうして左官業の夫との新婚生活がスタートしましたが、私の成人式の前日に、夫が運転する車に同乗して交通事故に遭いました。夫婦一緒にしばらく入院、幸い大事には至りませんでした。ただ、成人式に出席できなかったことはいまでも悔いが残ります。  23歳で長女が生まれ、3年後に長男、さらに3年後に次男が誕生して、子育てに専念する日々が続きました。育児の手が少し離れたころ知人が「老人ホームで働かないか」とすすめてくれました。まったく知らない世界なのに福祉の仕事に興味を覚えたのは、つらいできごとのなかでもだれかに助けてもらっていまの自分があることへの感謝が心のどこかにあったような気がします。  顔写真を撮ることに少しためらいながらも快く応じてくれた鹿島田さん。「過酷なできごとに遭遇してきたからこそ心のこもった介護ができるのでは」と問うと、「仕事が大好きなだけです」と笑顔で応じた。 気がつけば介護の世界に  最初に働いた老人ホームは人間関係で悩んで早々に退職しました。ただ、介護の仕事は自分に合っていると思い、求人情報で介護施設を探すなかで出会ったのが、千葉県佐倉(さくら)市にある特別養護老人ホーム「白翠園(はくすいえん)(現・佐倉白翠園)」でした。当時36歳でしたが、幸い正規職員として採用されました。  「白翠園」は1989(平成元)年に開所以来、地域とともに生きることを基本理念としており、その存在は知っていましたので、職員として採用されたときはうれしかったです。老人ホームで少し働いたことがある程度で、介護の世界は初心者も同然でしたが、仕事をするなかで学ばせてもらう日々でした。また、何度も試験に落ちながら介護福祉士の資格を取得でき、少しは成長できたかなと思っています。  「白翠園」を運営する社会福祉法人誠友会(せいゆうかい)は2001年に千葉県印旛郡(いんばぐん)栄町(さかえまち)に特別養護老人ホーム「栄白翠園(さかえはくすいえん)」を開所し、私は異動で新天地に移りました。利根川流域にある栄町は水田地帯が広がり、施設の近くではウグイスの鳴き声も聞こえてきます。自然豊かな町で大好きな仕事ができる毎日に感謝しています。早いもので介護の仕事に就いて33年が経ちました。  「白翠園」という名前は、雨上がりの田園風景をうたった中国の詩にちなんだとのこと。地域との共生を基本理念に掲げ、6年ほど前からは積極的に外国人技能実習生を受け入れ、施設の敷地内には実習生の住居も整備されている。 心に寄り添う介護を目ざして  介護の仕事というのは、食事や排せつ、入浴など生活のあらゆる場面で利用者さんとかかわりますから、つい、職員の感情が出てしまうことがあります。私も若いころは、ときどき口調が厳しくなったものでした。特に排せつなどでうまくいかなくて私たちがいらいらすると利用者さんも心を閉ざしてしまいがちです。やさしく話しかけると利用者さんも笑顔になることが、長年経験を積むなかでようやくわかるようになりました。年上の利用者さんには人生の先輩に対する尊敬を忘れないこと、逆に私よりも若い利用者さんには、人としての尊厳を大切にすることを肝に銘じてきました。  利用者さんは職員のことをしっかり見ています。休みが続くと、「病気でもしていたの」と心配してくれます。最近は、休みが続くときは対話ができる人たちには事前にきちんと伝えています。重い認知症の人にも、伝わらなくてもよいから同じように必ず声かけをしています。理解できないように見える人たちも、本当はちゃんとわかっているような気がしてなりません。ただ、忙しいときはついつい対応が雑になってしまい、反省の毎日です。  いまスリランカから4人の実習生が来ていますが、彼女たちのていねいな仕事ぶりに学ぶことが多いです。母国を離れて働いているからこそ、他人の気持ちが身に染みてわかるのかもしれません。 どんなときも前を向いて  現在の私は常勤パートで、週5日、自宅から車で15分かけて通っています。36歳で正規職員として採用され、60歳から65歳までは嘱託職員で、65歳から夜勤のないパートになりました。いまは早番と日勤遅番の勤務です。早番は朝6時30分からですが、早めに家を出るようにしています。介護の仕事は体力が必要なので規則正しい生活を心がけています。最近は男性職員が増えて入浴介助などの仕事が少し楽になりました。ただ、短期間で離職する人も多く、介護現場は慢性的な人材不足が続いています。若い人たちが意欲的に働けるような環境が整備されればよいなと、思います。  昨年、瑞宝双光章をいただいたとき、あらためて長い間介護現場で働き続けてこられたことに感謝しました。何よりも利用者さんとの出会いを大切にしながら、楽しく働くことを目ざしてきました。お誕生会の担当だったときは、毎月の誕生者ポスターに切り絵を添えていました。係ではないいまも、季節感のある切り絵を添えることを楽しんでいます。「白翠園」は、お誕生会をはじめ利用者さんと一緒に職員も楽しめるイベントが盛りだくさんで、利用者さんの笑顔に支えられています。  私は赤ちゃんのころに顔にやけどを負い、成人式の前日に自動車事故に遭いました。それだけを話すと何か不幸の連続の人生のようですが、3人の子どもに恵まれました。そして小学生の孫に加え、最近、息子に女の子が生まれました。小さな命の誕生が、生きるということの大切さを教えてくれました。  介護という仕事も、思えば命にたずさわる仕事です。命の大切さに気づかされるこの場所で、もう少しがんばってみようかと、明日もまた元気に職場へ向かいます。 ※瑞宝双光章……国家または公共に対し功労があり、公務等に長年にわたり従事し、成績をあげた方に授与される勲章