加齢による身体機能の変化と安全・健康対策  高齢従業員が安心・安全に働ける職場環境を整備していくうえでは、加齢による身体機能の変化などによる労働災害の発生や健康上のリスクを無視することはできません。そこで本連載では、加齢により身体機能がどう変化し、どんなリスクが生じるのか、毎回テーマを定め、専門家に解説していただきます。最終回のテーマは「加齢と疾病」です。 株式会社はるうらら代表/日本医師会認定産業医/産婦人科専門医 高尾(たかお)美穂(みほ) 最終回 加齢と疾病 @はじめに  日本では、少子化高齢化が進むなかで、働く期間がどんどん長くなっています。70歳まで働くことが企業の努力義務になったり、健康で長生きを目ざす動きが広がったり。そんな時代だからこそ、歳を重ねることで少しずつ変わる心と体に、早め早めに準備をしておくことが大切です。  これからの私たちにとって特に気になるのは、加齢とともに増える病気のリスク。女性の場合特に、ホルモンの変化(エストロゲンやプロゲステロンの減少)によって、特定の病気を引き起こしやすくなります。骨粗しょう症、心血管疾患、乳がん、アルツハイマー病、2型糖尿病といった病気も、毎日の生活習慣を見直したり、医療の力をうまく取り入れたりすれば、リスクを大きく減らせることがわかっています。女性の健康課題に対する意識を持ち、早いうちから対策を始めましょう。  企業も、健康な状態を維持できるよう、相談窓口や情報提供を整えつつあります。でも、まずは自分の体は自分で知ること、自分の体は自分で守ることが大切です。加齢による病気や女性特有の健康の変化についてあらかじめ学んでおけば、未来の健康リスクが減り、ご自身が望む人生に近い人生を過ごせる可能性が高くなるでしょう。 A加齢において気をつけたい病気と対策  歳を重ねると、だれでも体の変化を感じるものです。男女共通でリスクが上がる病気と、すぐに始められる対策方法をご紹介します。無理なく、できることから始めてみましょう。 @心血管疾患(心筋梗塞・脳卒中) →心臓と血管をいたわりたい  厚生労働省によると※1、65歳以上の心疾患による死亡率は全体の約3倍と高く、血管が硬くなったり(動脈硬化)、血圧が上がったり(高血圧)するのがおもな原因です。女性は閉経前、つまり50歳前後まではエストロゲンが血管を守ってくれているのでリスクがそこまで高くはありませんが、閉経後は気がつかないうちに守られなくなっており、さまざまなリスクが急上昇します。65歳以上の女性の心筋梗塞は男性を上回り、75歳以上では心血管疾患が死亡原因の半分以上を占めることも報告されています。 【生活においてできる対策】 ●食事  塩分は1日6g未満に。濃い味つけに慣れている方は、味つけの方法を見直してみてください。外食は塩分多めですから、スープは残すくせをつけましょう。魚や野菜、オリーブオイルたっぷりの地中海風の食事が血管や心臓にやさしいです。 ●運動  週に150分、ウォーキングなどの軽い運動をおすすめします。1日30分を5日でもOKです。エスカレーターではなく、階段を使うのもよいでしょう。 ●血圧チェック  130/80mmHg未満を目ざして、毎日同じタイミングで測って記録してみましょう。血圧が高めの方は、家に血圧計があると有用です。 ●医療でのサポート  血圧やコレステロールを下げる薬で、心臓への負担を軽くすることが可能です。心筋梗塞・脳卒中が起こらないように、あらかじめの取組みを意識しましょう。 A糖尿病 →体のバランスを整える  2022(令和4)年の調査※2では、65歳以上の5人に1人が糖尿病かその予備軍です。加齢によりインスリンの働きが弱くなることで、2型糖尿病のリスクが上がります。男性のほうが糖尿病を発症しやすい傾向はありますが、女性は閉経後に内臓脂肪が増えることで、リスクが上がります。65歳以上の女性の糖尿病有症率は約15〜20%。特に肥満女性の有症率は一般人口の2〜4倍に達する場合もあります※3。 【生活においてできる対策】 ●健康診断  HbA1cは6.5%未満が望ましいです。年に1回のチェックで、自分の体の状態を把握しましょう。 ●食事  糖質は1日130g程度に。ご飯は小盛り、野菜や豆をたっぷり。甘いものは「ご褒美」程度の頻度に抑え、野菜たっぷりの食事を意識しましょう。また、食物繊維を1日30g摂ると、糖尿病発症のリスクを減らすことができると報告されています。 ●体重  BMI(体重kg÷身長m÷身長m)を18.5〜25に。減量によって糖尿病発症のリスクを減らすことができます。 Bがん →早めの気づきが鍵  国立がん研究センターによると※4、60歳以上のがん罹患率は全体の7割。細胞の修復力が落ちることが原因とされています。女性は特に乳がんに気をつけてください。エストロゲンが分泌される期間(初潮から閉経までの期間)が長い女性や、家族に乳がん経験者がいる場合は、乳がん発症リスクが増加することが知られています。閉経後のホルモン補充療法(HRT)も、わずかではありますがリスクを高めるとされます。乳がんは日本人女性の9人に1人が経験する病気です。  がんは、見つけるのが早ければ命を落とさずにすみます。検診とセルフチェックで、ご自身の安心を手に入れましょう。 【生活においてできる対策】 ●禁煙  タバコは肺がんリスクを4〜5倍に。禁煙10年で発がんリスクを半分に減らすことができます。まずは「1日1本減らす」から始めましょう。タバコを吸わない方は、受動喫煙を避けることを意識しましょう。 ●お酒  禁酒がおすすめですが、まずはビールなら1日600ml、日本酒なら1合程度までに抑えましょう。  アルコール摂取量が多いと、発がんリスクが上がる一方で、アルコール摂取量を抑えることは乳がん発症リスクが下がることが知られています。 ●検診  早期発見のためのスクリーニングとして、年に一度、肺がん、大腸がん、胃がんの検診を受けましょう。乳がんについては2年ごとのマンモグラフィでの検診と、月1度のセルフチェックを習慣にしましょう。セルフチェックはお風呂や寝る前など、リラックスしているときがおすすめです。  しこりや皮膚の変化、痛みなど、いつもと違うことがあれば、乳腺外科を受診しましょう。 ●生活習慣  体重管理はとても重要です。BMIを25未満に維持すると、閉経後乳がんリスクが低下します。 C骨粗しょう症 →骨を強く、しなやかに  骨粗しょう症は、骨密度の低下と骨質の劣化により骨折リスクが高まる疾患です。骨密度は加齢によって毎年1〜2%減少し、日本骨粗鬆症学会によると※570歳代の女性で約3人に1人(約33%)、60歳代で約5人に1人(約20%)が骨粗しょう症に罹患しています。女性においては、閉経後のエストロゲン減少が骨吸収を加速させ、骨形成が追いつかなくなります。エストロゲンは破骨細胞の活性を抑制するため、その欠乏が骨量減少を促進します。  国際骨粗鬆症財団(IOF)によると※6、50歳以上の女性の3人に1人が骨折を経験します。転倒などによる骨折は生活の質を落とすだけでなく、特に大腿骨近位部骨折において、1年以内の死亡率は20〜24%と高いことも知られています。まずは骨密度の計測により、現状を把握することがとても大切です。骨はあなたの「体の柱」です。カルシウムと運動で、いつまでもしっかり立ったり歩いたりできる体を維持しましょう。 【生活においてできる対策】 ●カルシウム  1日650〜800mgを、牛乳など乳製品や小魚から摂取しましょう。 ●ビタミンD  カルシウムを骨に吸収させるビタミンDにおいて、日本人の平均摂取量は推奨量に達しないことが多い※7ため、日光浴やサプリメントを活用し、ビタミンDを1日15〜20μg摂取することが望ましいとされています。これらにより骨密度低下を抑制できるとされています。 ●運動  週2回程度の筋力トレーニングによって、骨密度低下を抑制することが可能であり、週に3回程度の重量負荷運動(ウォーキング、軽いウェイトトレーニングなど)は骨密度を1〜2%増加させます。運動習慣は骨に対して有効です。 ●医学的なサポート  整形外科ではビスホスホネート(アレンドロネートなど)の薬剤が選択肢としてあげられ、骨吸収を抑制し、大腿骨骨折リスクが約50%低減します。女性において、閉経後早期にホルモン補充療法(HRT)を開始することで骨密度を維持でき、適切な介入によって骨折リスクを3〜5割減らせます。 D認知症 →頭をすっきりと保つ  厚生労働省の推計※8では、65歳以上の約20%(約700万人)が認知症に罹患し、特に85歳以上では発症率が40%超とされています。また、女性は男性よりアルツハイマー病(AD)の発症率が高く、これはエストロゲン減少によって失う神経保護効果や、遺伝子の影響を強く受けると考えられています。アミロイドβやタウタンパク質の蓄積が脳の機能を障害します。 【生活においてできる対策】 ●睡眠  1日7〜8時間、しっかりと睡眠をとることで脳をリセットしましょう。 ●脳トレ  週3回以上の記憶力・計算課題、読書、パズルなど脳トレ的な要素を含む頭のエクササイズが、認知症予防に効果的とされています。 ●運動  週150分の運動で認知機能低下が抑制されるほか、血圧・糖尿病の管理によりAD発症リスクを低下できるため、AD予防としても生活習慣の見直しは大切です。 ●友人との時間  週1回のおしゃべりや趣味の集まりなど社会への参加で、認知症のリスクは3割減少します。社交的な活動がおすすめです。脳は「ちゃんと使おうと思えば使える」もの。友人との時間やちょっとした脳トレで、いつまでもすっきりとした頭を維持しましょう。 E身体機能の低下 →動ける体を大切に  身体機能面においての加齢による変化としては、骨密度の低下が知られていますが、筋肉量も毎年減少していきます。筋力と筋肉量の減少(サルコペニア)は意識的な運動習慣、特に筋力トレーニングで補える一方で、関節機能の変化により慢性的な痛みを経験する女性は少なくありません。変形性関節症の有病率は65歳以上で約半数と報告されており、膝の可動域が低下し、動作が制限され、痛みが生じることで活動量が減少し、肥満や筋肉量減少の原因となり、さらに身体機能の低下を引き起こす、といった負のスパイラルに陥りがちです。  仕事を長く続ける時代において、身体機能をある程度の状態に維持することは必須不可欠です。 【生活においてできる対策】 ●筋トレ  週2回の軽い筋トレで、筋力をキープしましょう。ペットボトルを持って腕を動かすだけでも筋トレになります。 ●関節ケア  毎日ストレッチして、柔軟な膝や股関節を維持しましょう。痛みが続くようであれば整形外科を受診しましょう。 ●動く習慣  意識的に階段を使ったり、1駅分歩いたり。少しの運動が体と心を元気にしてくれます。体は、意識的に動かすことでちゃんと応えてくれるもの。小さな一歩から、アクティブな毎日をお過ごしください。 B加齢は「自分を大切にするチャンス」  年齢を重ねることは、体の変化との出会いともいえます。でも、心血管疾患、糖尿病、がん、骨粗しょう症、認知症、身体機能の低下、どんな病気も、毎日の小さな習慣と早めのケアで、リスクを多少なりとも減らせるものです。運動、食事、睡眠といった生活習慣、定期的な健康診断やがん検診、そして友人との時間、ご自身の笑顔を大切に、これからの自分のためにできることを見つけてください。  これからは特に、自分が「健康の主役」です。今日からできることをまずは一つ、始めてみましょう。 ※1 内閣府「令和4年版高齢社会白書」および厚生労働省「令和5年(2023)人口動態統計(確定数)」をもとに推計 ★ 本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけます  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※2 厚生労働省「令和4年国民健康・栄養調査」 ※3 国際糖尿病連合(IDF)「糖尿病アトラス第10版」(2021年) ※4 国立がん研究センター「がん情報サービス『がん統計』」2020年データ(https://ganjoho.jp/reg_stat/index.html) ※5 一般社団法人骨粗鬆症学会「骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2015年版」 ※6 InternationalOsteoporosisFoundation「Facts&Statistics」(https://www.osteoporosis.foundation/facts-statistics) ※7 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)『日本人の食事摂取基準』策定検討会報告書」 ※8 厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」(2019年)