知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第84回 団体交渉中の再雇用終了、偽装請負に基づく労働契約の成立 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1  団体交渉を継続しているなかで、再雇用を拒否することが可能なのか知りたい  定年後の労働条件について、当事者間では折合いがつかず、労働組合を交えた団体交渉に応じています。  会社として団体交渉には誠実に応じていこうと思っているのですが、当該社員が団体交渉の経過において会社の機密情報を必要以上に組合に共有したり、対外的にも事実と異なることを取引先にも伝えたりしており、定年後の再雇用を継続することがむずかしいと考えるようになりました。  団体交渉が継続しているような状況で再雇用を拒絶することは可能なのでしょうか。 A  原則として、再雇用を拒絶することは適切ではない対応となります。ただし、交渉に付随する行動を理由として、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が認められることもあります。 1 労働組合との団体交渉  労働組合法は、労働組合との団体交渉について、使用者に誠実交渉義務を課しており、これに違反する場合には、不当労働行為(同法第7条第2号)として、労働委員会への救済命令申立てにつながるほか、訴訟上で不法行為として損害賠償請求の原因になることもあります。  また、労働委員会への申立て等をしたことなどを理由として、解雇その他の不利益取扱いを行った場合も、同様に不当労働行為に該当します(同法第7条第4号)。  したがって、団体交渉の継続中については、使用者としては、団体交渉には誠実に応じなければならないうえ、不利益取扱いについても制限を受けている状態になります。  団体交渉の対象は、労働条件その他団体交渉に関する手続やルールなどは義務的団体交渉事項とされており、これを使用者が拒むことはできず、誠実交渉に応じる必要があります。  定年後の労働条件は、労働条件の一種であることから義務的団体交渉事項として対象になるところ、最近では、定年後の労働条件について、外部の労働組合に加入して団体交渉を求められるケースも出てきています。  もともと、社内に労働組合がない場合には、自社で団体交渉に対応することに慣れておらず、前述した団体交渉への誠実交渉義務なども知らないまま対応をしてしまうおそれもあります。まずは、労働組合からは、組合員の加入通知と団体交渉の申入書が届き、団体交渉の申入事項とあわせて団体交渉実施時期に関して、期限を区切って回答を求められることが一般的ですので、労働組合からの書面が届いたときには、自社で対応できるか否か、できない場合には専門家への相談などを検討することが重要です。 2 定年後の労働条件の交渉と再雇用拒絶  労働組合からの団体交渉事項として、ある労働者(もしくは定年を迎える労働者全般について)の定年後の労働条件が対象となることがあります。  使用者としては、同一労働同一賃金の観点もふまえつつ、なぜ定年後の労働者の労働条件が切り下げられるのかについて、説明を求められることが多いでしょう。  ここで、定年後に継続雇用される労働者の労働条件について、定年後に継続雇用された労働者であることのみをもって通常の労働者より待遇を下げることは不適切であることに注意が必要です。  業務の内容、責任の程度、配置の変更などさまざまな事情を考慮して通常の労働者との相違が不合理なものでなければ差が生じることは問題ありませんが均衡のとれたものとする必要があります。  ただ、これらに注意して定年後の労働条件を提示し誠実な交渉を尽くしていたとしても、労働組合(またはその組合員)が希望する内容では合意に至らず結論に齟齬があれば、労働組合による労働委員会への救済申立てに発展するケースもあります。 3 裁判例の紹介  団体交渉の経緯もふまえて、再雇用を拒絶するというケースについては、相当に慎重な判断を要すると思われますので、参考となる過去の裁判例を紹介したいと思います(東京地裁令和6年3月27日判決)。  事案としては、定年後再雇用対象となっていた労働者について、労働組合を通じた団体交渉を継続していたところ、不適切な行動が度重なっていたことから、契約を終了するために定年後再雇用を更新しない旨を通知したという事案です。  不適切な行動の内容が重要なところですが、会社が指示したシステム連携に必要なシステム構築の委託先と、当該システム連携で協力が必要な倉庫業者との打合せや具体的な業務遂行を遅々として進行させず、最終的には信用を喪失させて倉庫の保管契約を解除されるに至ったことや、日常的な対応として報告するように指示したことを無視して返答すらせず、改善も見られなかったという状況でした。特殊な背景事情としては、移管対象のシステムについて、労働者本人が構築に関与しており、仕組みや操作方法のマニュアルもない状態で、労働者本人の協力がシステム移管に必要だったという点もありました。  具体的には、システムの委託先と倉庫業者との打合せにおいて、当該労働者が@移管に関する必要性が社内で共有されておらず混乱していること、A当面の間は現行システムを利用したいこと、B会社とはこれまで労働条件に関して何度か裁判になったことや現在も裁判中であることなど会社の意向とは異なる内容を伝えた結果、システム会社の担当者から当該労働者がやりたくないといっているようにしか聞こえず非常に困っている、このままでは進められないと返答され、その後、労働組合の執行委員長からこれらの企業宛に労働委員会で審理されている事件の速記録を送付されるなどした結果、倉庫の保管契約なども含めて解除されるに至りました。  裁判所は、労働者および労働組合の行為を、システム移管の計画を頓挫させる目的で行われたもので、労働者がシステム会社および倉庫業者に伝えた内容も計画を頓挫させることをねらった行動と評価され、再雇用契約を更新しないことには客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性があるものと認め、契約の終了を認めました。  団体交渉においても、システム移管の計画自体の合理性や妥当性が交渉事項と関連させられていたものであり、更新拒絶するという判断には困難がともなうものであったことは想像に難くないところですが、たとえ団体交渉継続中といえども、労働時間中については、通常通りの労務提供が必要です。団体交渉中であったとしても、日常業務における労務提供に不備が著しい状況に至った場合には、再雇用契約を終了させるという判断も許容される場合があります。 Q2 業務委託先の従業員に対する指示は問題になるのか知りたい  当社は、長い間、他社にある業務を委託しているのですが、その会社の従業員に対する指示や労働時間に関する指示、服務規律に関する指示などは当社が行っています。何か問題はあるでしょうか。 A  いわゆる偽装請負として法令違反の問題が生じる可能性があります。偽装請負は、違反者には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金といった罰則があるほか、労働者との間の直接契約が認められる可能性があります。 1 偽装請負とは  他社に労働力を供給する、いわゆる労働者供給事業は、これを自由に許してしまうと労働者に対する不当な搾取につながりかねないため、法律で許された場合のみ許容されます(労働基準法第6条、職業安定法第44条)。また、労働者供給事業の一つである労働者派遣は、許可を受けた業者のみ行えるものとして、無許可業者がこれを行うことは禁じられています(労働者派遣法第5条第1項)。  そして、偽装請負とは、実質的にみれば労働者派遣(労働者供給)であるにもかかわらず、形式的には請負契約や業務委託契約を締結するなどの方法をとって、これらの法的規制を免れようとする行為をいいます。偽装請負を行った場合については、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が規定されており(職業安定法第44条、64条)、また、偽装請負の目的をもって偽装請負を行った場合には、労働者との直接雇用が認められる可能性があります(労働者派遣法第40条の6第1項5号)。 2 裁判例の紹介 (1) 事案の概要  偽装請負による直接雇用が認められた裁判例として、東リ事件(大阪高裁令和3年11月4日判決)があります。  本件では、床材の製造などを目的とする会社であるA社が、巾木(はばき)、床材の製造の請負業務などを目的とするB社との間で、巾木の製造および加工に関して、業務委託契約を締結し、B社に雇用された従業員らは、A社の工場において巾木工程などに従事していました。しかしながら、その後、A社とB社は、業務委託契約を労働者派遣契約に切り替え、契約期間満了をもって従業員らを整理解雇しました。  そこで、労働者らは、本件の業務委託契約が派遣法第40条の6第1項5号に該当するとして、A社からの直接雇用の申込みを承諾する旨の意思表示を行い、A社との労働契約上の地位の確認などを求め、訴訟を提起しました。@偽装請負の状態にあったか、A偽装請負の目的があったかが争点となりました。 (2) 偽装請負該当性  裁判例は、「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することができない」としたうえで、「労働者派遣と請負との区別については、……『労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示』が公表されて」おり、これを参照すべきとしました。  そして、本件では、B社は、業務の遂行方法に関する指示そのほかの管理を自ら行っていたとは認められないこと、B社が自己の従業員の労働時間管理をしていたとは認められないこと、B社がA社から製品の不具合に関して請負人としての法的責任の履行を求められたことがないこと、原材料や製造機械を自己の責任や負担で調達したものとは認められないことといった事情を認定し、偽装請負の状態にあったことを肯定しました。 (3) 偽装請負の目的  また、裁判例は、労働者派遣法第40条の6の規定の制度趣旨について、「違法派遣の是正に当たって、派遣労働者の希望を踏まえつつ雇用の安定を図ることができるようにするため、違法派遣を受け入れた者に対する民事的な制裁として、当該者が違反行為を行った時点において、派遣労働者に対し労働契約の申込みをしたものとみなすことにより、労働者派遣法の規制の実効性を確保することである」とし、労働者派遣法第40条の6第1項5号について、「特に偽装請負等の目的という主観的要件を付加したもの」であり、「偽装請負等の状態が発生したというだけで、直ちに偽装請負等の目的があったことを推認することは相当ではない」が、「日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたことが認められる場合には、特段の事情がないかぎり、……偽装請負等の状態にあることを認識しながら、組織的に偽装請負等の目的で当該役務の提供を受けていたものと推認するのが相当である」と判示しました。  これを前提に、本件では、日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたとして、偽装請負の目的が肯定されています。  そして結論として、A社と従業員との直接雇用を認めました。 3 終わりに  本裁判例は、@偽装請負該当性の判断にあたって、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭和61年労働省告示第37号。平成24年厚生労働省告示第518号による改正後のもの)を参照していること、A偽装請負の目的の認定に際して、日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていた場合には、特段の事情がないかぎり、偽装請負目的を推認するという考え方を採用したことが特徴的です。  他社に業務委託をする場合には、少なくとも、上記告示の基準を満たすものであることをチェックすることが重要でしょう。