新連載 “学び直し”を科学する  「生涯現役社会」に向け、ミドル・シニア世代の“学び直し”が注目されています。しかし、その重要性は理解しつつも「勉強のやり方がわからない」、「モチベーションが続かない」という人は多く、ミドル・シニアを雇用する企業でも、いかにして学び直しを促進するか模索が続いています。そこで本連載では、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士として、脳を鍛える方法などに関する著書も多く執筆されている加藤俊徳先生に、脳の機能や加齢による変化、ミドル・シニアの学びのポイントなどについてお話しいただきます。 第1回 10代と50・60代の脳の違いとは? 株式会社脳の学校代表/加藤プラチナクリニック院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 脳は一生成長し続ける  「年齢とともに体力が低下するように、脳も衰える」と考えている方は多いと思いますが、それは違います。脳の成長は、いくつになっても右肩上がりです。私自身は約20年前に『老化に挑む』というタイトルのテレビ番組の監修にたずさわり、100歳以上の元気な高齢者の事例を見たときに確信しました。100歳になっても、新しいことを学ぶことはできるのです。100歳で学べるということは、それを支えている脳の仕組みがあるということです。  実際、「超頭頂野(ちょうとうちょうや)」と呼ばれる脳の部位は、人間だけに備わった、情報を分析して理解するときに働く高次脳機能を司り、40代で成長のピークを迎えます。実行力や判断力を司る「超前頭野(ちょうぜんとうや)」のピークは50代。脳が一生成長し続けることは、脳科学的にも明らかになっています。 脳の成人式は30歳  人の身長は20歳ぐらいまで伸びますが、身長が伸びると同時に頭も大きくなります。頭が大きくなるということは、脳みそが増え、重くなるということ。脳の重量は、女性だと16〜18歳、男性で20歳ぐらいまでにピークになります。つまり10代では毎日、脳が大きく重くなっているのです。脳の量が増えていく期間です。  20歳までは、脳の基本的な仕組みがつくられる時期で、20歳を超えたあとは、量は変わらず「質」をよくすることで脳が成長します。脳が構造上「大人になった」という状態になるのは30歳ぐらいです。つまり「脳の成人式は30歳」ということです。  では、脳の「質」とは何かというと、脳の中のネットワークです。神経細胞と神経細胞のネットワークで、私はこれを「脳の枝ぶり」と呼んでいます。脳のネットワークの質を高め、枝ぶりをよくする仕組みは、50・60代になっても、100歳になっても変わりません。 「脳の枝ぶり」がよくなり脳は成長する  脳の中で、高次脳機能を生み出す場所は「大脳(だいのう)」と呼ばれます。大脳は神経細胞でできた「皮質(ひしつ)」で覆われていて、内側には神経線維でできた「白質(はくしつ)」があり、この白質が皮質同士をつなぐ役割をになっています。  人が何かを見聞きして脳に情報を取り入れると、脳内の白質が伸びて太くなります。白質が変化すると、それにあわせて皮質の細胞も成長し、表面積が広がります。これが「脳の枝ぶりがよくなる」ということなのです。簡単にいえば、脳に情報を取り込めば取り込むほど、枝ぶりをよくすることができるということです。  逆に、年齢を重ね、加齢を理由に学ぶことを諦めたり、新しいことを始めることを億劫がったりしていると、脳内のネットワークが鈍化して、「脳のおじさん化」が起こってしまいます。 「学生脳」と「大人脳」の仕組みの違い  10代と50・60代の脳の一番の違いは、「無意味記憶」と「有意味記憶」です。無意味記憶は、意味がわからなくても、聞いたものをいったん脳内に入れて吸収するというもの。聴覚から記憶へとつながるルートが強くて使いやすくなっている、10代の「学生脳」では、無意味記憶が主体となります。  これが、年齢を重ねて経験値が上がり、蓄積された情報量が増えると、感情系や思考系の新たなルートが広がり、学生脳でのルートが徐々に使われなくなっていきます。そういう年齢を重ねた「大人脳」で優勢になるのが有意味記憶。50・60代では、耳から聞いたことを記憶するより先に、「それってどういう意味だろう?」という疑問がわき、意味を理解してから記憶するようになります。  「記憶から理解」するのが無意味記憶の仕組みで、「理解から記憶」するのが有意味記憶の仕組み。ここが50・60代と10代の脳との大きな違いです。聞いたそのままを記憶する、見たままを記憶できる10代と違って、50・60代が記憶するためには陰圧を加える必要があります。その脳の陰圧になるのが「好奇心」や「理由づけ」。あるいは「深い疑問」などです。生きるモチベーションを強くし、情報を脳の中に引き込む陰圧を強くする。それによって50・60代の脳は鍛えられます。 「大人脳」でリスキリング  記憶力の低下も物覚えの悪さも、加齢による脳の老化が原因ではありません。50・60代の学びではまず、「大人脳」の取り扱いについてしっかり理解するのがポイントでしょう。10代の「学生脳」と、いまの「大人脳」では仕組みが変わっていて、10代と同じ勉強法で学んでも、費やした時間に比例する効果は得られません。一方で、大人には大人なりの脳の使い方があり、それができれば学生時代よりも記憶力を高めることも可能でしょう。  学びにおいて50・60代の優位性はたくさんあります。50・60代で「自分には学歴がないから」、「私はたいした仕事をしてきていないから」などという人も多いですが、それはまったく違います。50・60代になるまでに、自分が何度目覚めて、何度食事をしてきたか、考えてみてください。だれもがその間に、多くを学んできているのです。  そうした、これまでの人生で学んできたことに対するリスキリングが大切だと考えます。これまで経験していない新しい分野でのリスキリングもありますが、多くの人が忘れている学び直しが、自分の人生のリスキリングです。自分が人生で得たものを、もう一度理解し直すということこそ、私は必要なリスキリングだと思います。  新しい分野でのリスキリングとともに、自分の人生のリスキリングができれば、50・60代は、さらに学んでいくことができるはずです。 (取材・文 沼野容子)