いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー執行役員・ディレクター 吉岡利之 第58回 「労働生産性・労働分配率」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働生産性と労働分配率について取り上げます。両方とも人事の主要テーマである賃金水準や働き方に密接にかかわる指標(判断・評価の基準や目安)です。 労働生産性は労働者の成果を指標化したもの  まずは、労働生産性からみていきますが、労働生産性の定義の前にそもそも生産性とは何かについて確認していきましょう。  日本の生産性向上の推進活動を行っている公益財団法人日本生産性本部によると生産性の代表的な定義を「生産諸要素の有効利用の度合いである」とし、あるモノをつくる産出にあたり投入する生産諸要素がどれだけ効果的に使われているかを割合で示したものが生産性と説明しています。算式であらわすと「生産性=産出(output)÷投入(input)」となります。ここでポイントになる生産諸要素とは何かですが、モノをつくる際に必要となる機械設備、土地、建物、エネルギー、原材料、そして人が行う労働などになります。  労働生産性は、投入する生産諸要素を労働の視点からとらえたもので※1、労働者1人あたり、あるいは労働1時間あたりでどれだけ成果を生み出したかを示すものです。同じ労働量で多くのモノを生産したり、少ない労働量で同じ量のモノを生産すると労働生産性が向上した状態といえますが、これらを測るためには、おもに二つの方法があるとしています。 ・物的生産性…産出部分を生産するモノの大きさや重さ、あるいは個数などといった物量にしたもの ・付加価値生産性…産出部分を企業が新しく生み出した金額ベースの価値=付加価値額※2にしたもの 先ほどの算式にあてはめると、「労働生産性=産出(生産量/付加価値額)÷投入(労働者数×労働時間)」で労働者1時間あたりの生産性を測ることができます。  この労働生産性ですが、他国と比較して低いことがしばしば報道等で指摘されています。日本生産性本部が公表している『労働生産性の国際比較2024』という資料を参照すると、2023(令和5)年の日本の1時間あたり労働生産性(付加価値生産性)は56.8ドルでOECD※3加盟38カ国中29位という状況です。主要先進7カ国※4で順位を比較したグラフで経年を確認しても、1970(昭和45)年以降日本は最下位、また2018(平成30)年21位だったものが2022年には31位(2023年29位)と近年の落ち込みが大きいのが気になるところです。また、同資料に一人あたり労働生産性比較もありますが、OECD加盟38カ国中32位という状況で、日本の労働生産性は指摘の通り“低い”といえます。 労働分配率は人件費への還元度合いを指標化したもの  次に、労働分配率についてみていきましょう。労働分配率は、「付加価値額に占める人件費の割合」で、労働によって生み出された価値が従業員にどの程度還元されているかを示したものです。ここでの人件費には、従業員の基本的な賃金である給与・賞与のほか、退職金や法定福利費(社会保険料、労働保険料等)、福利厚生費(健康診断費用、慶弔見舞金、懇親会費など会社が独自に取り組む福利厚生の費用)、教育研修費、役員報酬など従業員を雇用するにあたりかかる費用のすべてが含まれます。  算式で示すと、「労働分配率=人件費÷付加価値額」で示すことができますが、労働分配率の見方については、労働生産性のように「高い状態=望ましい状態」には必ずしもならない点に注意が必要です。労働分配率が高い場合には、人件費の還元度合いが高い(望ましい)と付加価値額が小さい(望ましくない)の両方の状況が考えられるからです。同様に、労働分配率が低い場合には、付加価値額が大きい(望ましい)と人件費が抑制されている(望ましくない)の両方の状況が考えられます。これは、企業規模別に比較すると顕著で、統計上の賃金水準は小規模企業や中規模企業に比べて大規模企業が高い※5にもかかわらず、図表にあるように労働分配率は大規模企業がもっとも低い数値であることからもみられます。これは、大企業の付加価値額がもっとも高いことに起因しています。  しかし、『令和5年版労働経済の分析』(厚生労働省)に、「1996〜2000年では諸外国と比べても比較的高い水準であった我が国の労働分配率は、ここ20年間、一貫して低下傾向で推移し、2016〜2020年には、主要国で最も低くなっている」との記載がある通り、他国と比べて労働生産性が低く生み出される付加価値額が小さいにもかかわらず労働分配率も低いという実態があります。このことから、近年の賃上げ議論のなかで出てくる、企業の従業員に対する人件費の還元は十分ではないという指摘は十分妥当性があると考えられます。  一方、労働生産性が低いまま労働分配率を上昇させるだけでは企業経営の面からいつか限界が来ます。労働分配率を無理のない水準に保ちつつ、人件費の還元を増やすためには、日本が遅れているといわれている収益性の高い事業へのシフトやITを活用した業務プロセスの効率化、働き方改革による労働時間の短縮化などの労働生産性向上の取組みが不可欠になります。  次回は、「組織」について取り上げます。 ※1 このほかの生産性には、資本の視点からとらえた「資本生産性」や投入した生産諸要素すべてに対してどのくらい生産されたかの視点でとらえた「全要素生産性」がある ※2 付加価値とは、生産額(売上高)から原材料費や外注加工費、機械の修繕費、動力費など外部から購入した費用を除いたもの ※3 経済協力開発機構(OrganisationforEconomicCo-operationandDevelopment)。国際的な経済協力と発展を目的とした政府間組織のこと ※4 米国・フランス・ドイツ・イタリア・英国・カナダ・日本が対象 ※5 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」からも小規模企業・中規模企業に比べ、大規模企業の賃金が高いことが確認できる 図表 労働分配率の推移 大企業 57.6% 中規模企業 80.0% 小規模企業 86.5% 資料:財務省「法人企業統計調査年報」 (注)1.ここでいう大企業とは資本金10億円以上、中規模企業とは資本金1千万円以上1億円未満、小規模企業とは資本金1千万円未満。 2.ここでいう労働分配率とは付加価値額に占める人件費とする。 3.付加価値額=営業純益(営業利益−支払利息等)+人件費(役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課。 4.金融業、保険業は含まれていない。 出典:中小企業庁「2022年版中小企業白書」